Coolier - 新生・東方創想話

ポラリスに告ぐ

2011/10/29 22:46:27
最終更新
サイズ
16.71KB
ページ数
1
閲覧数
1344
評価数
8/35
POINT
1990
Rate
11.19

分類タグ

今日も夜が来る。

その闇の色を纏った、彼女を伴って―――。





紅魔館の地下に広がる大図書館。
日中ですら明かりの届かないそこは、夜ともなれば更に重苦しい雰囲気になる。


「………」


闇に抗うように、ジジッ、と音を立てて燃えるランタンの炎が揺れる。
ゆらゆらと明るさが変わるそれを直視し続けることは、視力の維持を考えれば非常に悪い。
だが、そんな事には意も介さず、大仰な椅子に座るこの図書館の主、パチュリー・ノーレッジは静かに本を読み進めていた。

―――ぱさり

ページをめくる音が、空虚に空間に響いた。





本はいい。

遙か昔の思いや考えを伝える、人類史上における英知の結晶だ。
それまで私の知らなかった価値観や知識を与えてくれる。
かつての賢者、ソクラテスやプラトンといった、もはや会うこと叶わぬ人々の言葉を代弁してくれるのだ。

幸せだ、とパチュリーは思う。

有史以来、こうして積み上げられてきた知識を蓄えるという行為が、何にも増して己の幸福である事を実感する。


小悪魔は既に休ませている。

ただ静寂と孤独だけが図書館を支配していた。


もうすぐ深夜にも近い時刻だ。
最近、夜ともなればめっきり冷え込むようになってきた。

持病の喘息を心配する小悪魔には、何度も「早めに休んでくださいね?」と繰り返された。
自分の体の事は自分がよく知っている。
無理をしていいものではない、ということはあの子以上に知り得ているのだ。

だが、それでも止めることはできない。

時間は、有限だ。
いかに長い寿命を得ようとも、本を読める時間も、何かに考えを巡らせる時間も、いつか尽きてしまう。

おそらく、小悪魔もその事を理解しているのだろう。
無理はするな、と口うるさく繰り返しながら自分が寝る前に必ず暖かいお茶を魔法瓶に詰めてそっと机に置いといてくれる。

おっちょこちょいだけれど、本当に良くできた使い魔だ。



―――ボーン



「…………」

壁に掛けてある時計が、一回鳴った。
反射的に視線を上げ、時間を読み取れば、大分時間が経っているのが分かった。

ふぅ、と静かに息を吐く。

集中していると無意識に息を止めてしまうのは、我ながら悪い癖だな、と思う。
眼鏡を外して、目頭を揉みながら、何となく考える。この目頭を揉むという行為は、本当に目に良い事なのだろうか、と。
眼球の近くを圧迫するのはむしろ悪い気がするのだけど。

そんな取りとめもない事を考えながら、眼鏡を適当に机に放置して厚手の紙で作られた栞をページに挟みこむ。
栞という概念を始めて考え出した人は、どういう思いでそれを作ったのだろうか。
ただ、便利だったからなのか、それともこの本の1ページに「ここを読んでいるんだ!」という己の意思を刻み込みたかったのか。

どうでもいいことだわ。

少なくとも、本を読む上では便利な道具の一つである事は間違いない。
栞を挟んだ分厚い本をグイッ、と机の奥へと押しやる。

本の唯一の欠点を上げろ、といわれたらスペースを取ること。

改めて机の上を見渡せば、左側にこれから読む4冊の本が重なり、右側に読み終わった5冊の本が重なり、そして目の前には今読んでいる本が開かれて鎮座している。
比較的大きな机も半分以上が本によって占拠されてしまっている事を思えば、何とかもう少し省スペースにはならないものだろうか、と出来もしない事を考える。


机の端に控えめに乗っているお盆には魔法瓶とティーカップが2つ。
それを、お盆ごと自らの方へと手繰り寄せながら、これを用意してくれたあの子へのお礼を心で呟く。

魔法瓶を手に取り、キュッキュッ、と音を立てながらゆっくりと蓋を開ける。

白磁器のカップへと琥珀色の液体を注げば、微かに白い湯気が立った。

冷めぬうちに、と魔法瓶の蓋を閉めて、カップを口元へと寄せれば独特の強い香りが鼻腔を刺激した。
アールグレイだろう。
アイスで飲まれる事が多い茶葉だが、私はホットのほうが好きだ。

ふー、ふー、と息を吹きかけて冷ます。
以前、無警戒に口に含んだら想像以上に熱く、舌を火傷してしまったことがあった。

十分に冷めたかな、と思えば口を付けてゆっくりとカップを傾ける。
独特の苦みが舌に広がれば、ふぅ、と一息吐いて天井を見上げた。


先ほど鐘が一つ鳴ったということは、そろそろ来る時間だろう。



―――ガチャリ



そんな事を考えていれば、紅茶のカップを下ろすとほぼ同時に、図書館の扉が開かれた。
現時刻は深夜で、それを考えれば不審者でも侵入したものと考えてパニックになるのだろうが、残念ながら週に必ず一回はこんな時間にやってくる不審者ともなれば最早常連だ。


「また来たのね」
「おう、また来たぜ」


振り返ることなく、常連の不審者へと声をかければ、飄々と返される言葉。
その余りの軽さにこれ見よがしに、はぁ、と深いため息を吐く。


「せめてもう少し早い時間にしてくれないかしら? もう深夜よ?」
「はっはっは、悪い悪い。この時間なら門番もメイド長も寝てるから、つい、な」


こつこつ、と歩きながら近づいてくる彼女のこれっぽっちも悪いことをしたと感じさせない言葉に、まったく、と一人愚痴る。
彼女にとって、私は図書館の主以上でも以下でもないのだろう。


「こんな時間まで動き回ってたら体に悪いわよ?」
「お?心配してくれるのか?だが、それなら年中喘息のお前さんこそ早く休んだらどうだ?早寝早起きは健康への一番の近道だぜ?」
「私が寝たら、誰もこの図書館を守れないでしょう?」
「心配するな、別に荒らさないし、ちょっと借りていくだけだぜ」


―――こつっ。
すぐ近くで鳴る足音。
その言葉に反応するように、私は半身で振り返り彼女を見上げた。


「あら、“ちょっと”ってどれくらいなのかしら?」
「私が死ぬまで、だぜ」


金色の長い髪を揺らしながら、彼女、霧雨魔理沙は笑った。


紅霧異変からもう数年の月日が過ぎた。
その時に知り合い、それ以来彼女はよくこの図書館の蔵書を狙って忍び込むようになり、必然的に顔を合わせる機会も増えた。

彼女と私の関係は?と問われると何とも返答に窮する。
少なくとも、私は『友達』だとは思わない。
友達というのは、いわば相互理解の果てにある一つの結末だ。
互いに顔を見合わせて「私たち友達だよね」なんて言い合うような馬鹿げた事でもしなければ胸を張って友達だと言い切れないと思う。

因みにだが、数少ない私の友人である吸血鬼とそんな馬鹿げた事をして友達になった訳じゃない。
ただ、時間を掛けて互いの価値観を理解しあい、レミリアの隣に立って初めて互いに友人であると認識した。
どんな綺麗事を並べてみても結局は重ねた時間の量か質、そして互いの歩み寄りが大切なのだ。
そんなものだ、私が考える『友情』というのは。

話が逸れたが、何故魔理沙がこんな時間帯にこの図書館を訪れるのか?と言うと案外下らない理由だったりする。
当初は日中堂々と門番の美鈴をお得意のマスタースパークでぶっ飛ばして侵入してきていたのだが、最近は「いい加減本を手に入れる為だけに疲れるのは割に合わないぜ」との事で深夜にこっそり侵入する事も多くなってきた、ただそれだけ。

別に深夜に誰かから隠れるように逢引きをしに来た、なんていうロマンの欠片だって有りはしないのだ。

ただまぁ、時間帯が変わってもやってることは変わらないのだから、結局彼女は良い意味でも悪い意味でも変わっていないのだと思う。

空いていたカップを一つ手元に寄せれば、小悪魔が入れてくれた紅茶を、とくとく、と静かに注ぐ。
そうして注いだそのカップを、私が一言でも「どうぞ」と言う前に、当然のように彼女は横手にさらっていく。

本当に、彼女は強引だ。
以前など、昼間に突然やって来て「ビタミンDが足りないぜ!」なんて訳の分からない事を言い出して日向に引っ張られた事もあったくらいだ。

くんくん、とカップを鼻に近付けて香りを確認する姿を見ると、まるで犬のようだ、と思う。


「ん、今日はアールグレイか。相変わらず紅魔館は良い茶葉使ってるな」
「別にあなたの為じゃないんだけどね?」


ズズッ、と美味しそうにカップを傾ける彼女を見て、呆れたように呟く。
よくまぁ、ここまで遠慮会釈もない態度ができるものだ、と思う。
だが、その剛胆さこそが彼女が彼女である所以であろうことを思えば、やっぱり彼女は変わっていない、のだと思う。

変わったのはそう、微かに伸びた背や、豊かになった胸周りなど、いわゆる“成長”したという事だろう。
少々酷な言い方をすれば“老いた”ともいえる。


「それより、今日は一体何の本を盗りにきたのよ?」
「お?大人しく盗らせてくれるのか?」
「そんなわけないでしょう?全力で阻止するに決まってるじゃない」
「まったく、減るもんじゃないんだし、いいじゃないか」
「減っていくのよ、蔵書の数が。あなたが返さないのだから、ね」
「いやいや、だから返すって言ってるだろ?死ぬまで借りてるだけだ」


そんな心地よい軽口のやりとり。
それを、心地よい、と初めて感じたのは何時のことだっただろうか。

本の知識で得た、まるで初恋のような淡い気持ちを彼女に抱いたのは。
今思い返せば、ほとんど一目惚れに近いものだったのだろうな、と思う。

自分とは違う、活発でどこまででも一人で突き進めるだけの行動力と、初めて出会った者にも親密に接する事が出来る人柄の良さ。
そんな、人を惹きつけるだけの物を、彼女は持っていた。

本の強奪は、正直勘弁してもらいたい。
でも、ここに来てくれることは単純に好ましいと感じた。
僅かな時間でも、彼女と言葉を交わし彼女という人柄を知ることが読書に変わるほどの喜びとなり、彼女の唯一の存在になりたい、そんな夢を見た。


「それを一般的に返さない、っていうのよ。そもそも、死んだらどうやって返すつもりよ」
「そうだな~……遺書に綴っておくから門番にでも取りによこしてくれ」
「せめてもう少し誠意ある対応はないの?」
「おいおい、この私がわざわざ一筆書くって言ってるんだぜ?これ以上ない誠意だろ?」


たかだか一言書く事で一体どれだけの誠意を出せるのだろうか。
やってられないわね、と小さく呟けばすっかり冷えた自分のカップを手にとって、より苦味が強くなった紅茶を嚥下する。

熱いものは、いつか冷める。
私が抱いた想いも例外ではなかった。

時間の経過と共に否応が無く感じさせられたのだ。
老いる彼女と、老いぬ自分、に。

僅か数年で、彼女は体付きを“女性らしく”変えてしまった。
なら、これが10年なら? 20年なら?

けれども、同じ時間を生きているはずの彼女は、そんな自分だけが変わっていくという思いを他人に―――少なくともこの紅魔館の住人に一切見せる事はなかった。

彼女の知人には妖怪や神等の人以上の圧倒的な長寿を有している者が多い。
自分一人だけが道を進むそれは、ただ一人時間の中に取り残されるようなものだ。
彼女と仲が良い友人に少なくとも一人は人間がいるのを知っているが、それが慰めになるとは思えなかった。


本来なら彼女自身が誰よりも強く時間の流れの違いを感じる筈だ。
その否応なく孤独を感じさせられるであろう環境下で、何が彼女を支えているのか、私には分からなかった。

だから本当に、尊敬した。
老いながらも、その本質を一切変えない彼女の姿に。

そして、そんな彼女の本質的な部分を私が理解できないという事は、何も知らないという事に同義であることに気付かされた。


何も知らないのに、私が彼女を一方的に好きだ何だと思うのが非常に失礼な気がした。

だから、抱いた恋心が霧散して単純に思ったのだ。
一切の迷いを見せずに真っ直ぐに歩き続ける彼女を心から理解したい、と。
友達になりたい、と思ったのだ。

思えばそれ以来、時間の有限性もまた、より強く感じるようになったのだと思う。
基本的に眠らなくても大丈夫な体だったから、無理なく無理をすることができた。


「せめて自分で返しにくるとか、少しは考えなさいよ……」
「ふむ……まぁ、パチュリーにそこまで言われたらな……考えておくぜ」


考えているだけね、きっと。
まるで夏の空のように爽やかに笑う彼女の顔を見ながら、嘆息する。
当の彼女は、ごちそうさん、と飲み終わったカップを机に置く。
相棒でもある箒を持ったまま器用に、んーっ!と思い切りノビをすれば、はぁ、と息を吐き出した。


「さて……じゃあお茶も飲んだし、今日は目的の物も手に入らなさそうだし帰るとするぜ」
「あら、随分と素直じゃない。明日は槍でも降るのかしらね?」
「はっはっは、面白い冗談だな、パチュリー。この魔理沙さんはいつでも素直だぜ?」


一体何を言っているのやら。
彼女は時々大真面目な顔をして巫山戯た事を言う。
やれやれ、と溜息を吐きながら、カップを置き椅子を引いて立ち上がる。

どうでもいいことだけども、彼女と一緒にいると溜息も増える。
溜息の数だけ幸せが逃げるのだとすれば、彼女の所為で一体どれだけの幸せが逃げたのか分かったものじゃない。


「お?わざわざ今日も見送ってくれるのか?」
「本を盗まないなら“一応”客人だしね。咲夜も休んでるんだし、館の人間として見送りくらいするわよ?」
「ははは、いつでも見送ってくれていいんだぜ?」


彼女が来た時の、最近の日課。
ただ、玄関まで見送る、というそれだけ。

テーブルの上で読書に使っていた光源のランタンを手に持てば、彼女が先導するように先に歩き出した。

後を追うようにゆっくりと歩きながら、箒を片手に持った彼女の背中を眺める。

陰と陽。
私と彼女を表すなら、これほどピッタリな表現はないだろう。
いつだって、日向にいる彼女は、日陰にいる私とは違った物を常に視界に捉えている。
それこそが、私が未だに知る事が出来ないでいる、彼女の価値観だ。

果たして、彼女の視線の先には何があるのだろう?

私の何倍ものスピードで人生を過ごす彼女。
今、私と彼女の間はどれだけ離れているのだろうか。
後、どれだけの時間を過ごせば、彼女と同じ景色を見ることが出来るのだろうか。

実際の距離にして1メートル程の距離。
それが如何に遠いものであるかという事を、私は知っている。

―――ガチャリ

重い音を立てて再び彼女によって開けられた扉。
私の為に扉を開けておいてくれる彼女に、ありがとう、と言いながら勝手知ったる扉をくぐり、暗い闇に染まった廊下へと歩き出す。


「そういえば、パチュリーは最近もずっと図書館に篭もりっぱなしなのか?」
「ええ、陽の光は苦手だし、やっぱり本を読むことが好きだから」


カツン、カツン―――

二つの足音が廊下を反響する。
闇を仄かに照らすランタンの明かりに映し出された二つの影のうち、一つが可笑しそうに揺れた。


「本もいいが、たまには外に出た方がいいぜ?今日なんか、星空が綺麗だ」


まるで、星の美しさすら知らないだろう、と言わんばかりの言葉に流石にムッとした。
確かに篭もりがちだが、彼女にとって私はモグラ以上に地上に顔を出さない者と認識されているようだ。
いくらなんでも、それでは語弊がある。


「失礼ね。星の美しさなら私だって知っているわ」
「―――ああ、そっか!占星術やるんだったら星を見なくちゃな」


にやり、と意地の悪い笑みが振り返ってきた。
はぁ、と肩を落とす。
その顔は、確信犯だと知っているから。


「本当、失礼な人ね」
「はっはっは、悪い悪い!だけど、パチュリーが魔術とは関係無しに天体観測とは意外といえば意外だな」
「確かに本で事足りることではあるのだけどね……そうね、強いて言えば魔理沙の所為かしらね?」
「ほほう、つまり私の弾幕が美しすぎて思わず魅入ってしまったってことか」
「寝言は寝て言いなさい。貴方の弾幕は威力だけで、それこそ美しさが足りないわ」


んなっ?!と顔を顰める彼女を見て、薄く口元に笑みを浮かべた。
いつも散々やられているのだから、これくらいやり返しても罰は当たらないだろう。


―――コツ、コツ


地上と地下を繋ぐ、石造りの急な螺旋階段を登る時は、一際硬い音が立つ。
普段は飛んでしまうから、鳴ることの無い音。
その無機質な音を聴き、段々と辛くなる呼吸を必死に隠して考える。

人としての成長をしてもなお、変化が無いという事はブレないという事なのだろう。
まるで彼女は、北天に輝く北極星(ポラリス)のように、ただ一点のみを指し示しているのだ。
一方の私は、風に吹かれれば簡単に揺れてしまう、暗闇にひっそりと咲く月見草といったところか。

そんな、遠い先にある彼女の背中を思えば、一緒の時間に生きているという事は当然ではない、ということに気づかされる。

生まれた時も、死ぬ時も別々なのだ。
それなのに生きる時を合わせようとする、こちらにとっては必死だ。

必死に、彼女の友達になろうとしているんだ。

私は、人としての人生を邁進する彼女の気持ちを知らない。
同じように、人としての人生を邁進するその姿に抱いた私の気持ちも、彼女は知らないだろう。

お互い様、だ。


「それよりも、今日は一段と寒いわね」
「ああ、空が綺麗に晴れてるからな」
「放射冷却ね……昼間は嬉しいけれど、夜と朝方はちょっと辛いわね」
「どうせ飛ぶなら私は晴れていた方が気持ち良いけどな!」


聞きたい事も言いたい事も、ありはしない。
かつて抱えていた身が燃え尽きてしまいそうな想いは既に私の中で昇華して、より尊い物になってしまったのだから。


ギィ―――


螺旋階段を登った先にある、正面玄関の扉を押し開く。
途端に、冷やされた夜の空気が館の中へと舞い込み、その寒さにぶるり、と体を震わせる。
こんな寒さの中、空を飛ぶなんて正気の沙汰じゃない。
そもそも楽をしたいが為と言いつつ、こんな本来生物が睡眠に使うであろう深夜に来るという事自体が理解が出来ない。

そう、理解不能、という事は私はその行動原理が理解出来ないという事だ。

寒さに思わずカチカチと歯を噛み合わせながら、それでも私は自然と笑みを浮かべていた。

ランタンの灯火の心許ない温かさを手に感じる。
身を突き刺す程の冷たい空気に水の香りを感じる。
開けられた扉の外へと進んでいく彼女の後ろ姿を見ながら、ただ愚直なまでに彼女の友達になりたいというだけの滑稽な思いを抱えて、想うのだ。


息を切らして階段を登るのも、凍てつく寒さが身を刺すのも、かつて抱えた想いがふとした時に鎌首をもたげようとするのも、辛い。

でも、それでも私は今胸を張って言えることが一つだけある。


楽しい


彼女と一緒の時間を生きられるのは、楽しい―――と。


彼女と出会わなければ、階段を登る為に感じる苦しみを味わう事は無かった。


彼女と出会わなければ、夜中の外気がこれほどまでに身を刺す冷たさを持つ事を知る由は無かった。


彼女と出会わなければ、この一分一秒が掛け替えない物だと感じることは無かった。


日向の彼女は、日陰の私に無い、本だけでは得ること出来ない多くの可能性を見せてくれるのだ。


もし

もしも、叶うならいつか届けたい事は、ある。


「魔理沙」
「ん?何だ?パチュリー」



―――ずっとあなたの背中を目指してた―――



「……何でもないわ。風邪を引かないようにね?」
「おう、任せろ。体が頑丈なのは折り紙つきだぜ?」


本来対極にある彼女の隣に立って、友達だと胸を張って言える日は来るだろうか。

彼女の人生のほんの1ページで構わない、そこに私という栞を挟み込む余地はあるのだろうか。

彼女の背中を追うようになったのは、私の勝手。

そして、その背中の行く道を決めるのは、彼女の勝手だ。


だから、お互い様だ。


振り返り、また笑った彼女が箒に跨った。
それに返すように、笑みを浮かべて告げる。


「それじゃあ、またね、魔理沙」
「ああ、またな、パチュリー」


ゆっくりと浮き上がった彼女が、夜空へと舞う。

いつものように、私は暗闇へと消えていくその背中を追う。


数秒間。


衰えた視力で霞む視界から、闇色の服を纏う彼女の姿はすぐに夜空へと飲み込まれてしまう。


ただ、私の視線の先にはいつも通りの満天の星空があった。


小さく、本当に小さく私は笑った。


彼女を見上げ続けている内に教えられた美しい星々は、今日も変わらずに燦然と輝いていたのだから―――
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

大して書いて無いのに早速スランプっぽくなったので、気分を変えようと紅霧異変から数年後のパチュリーをメインとした話です。
友情から始まる恋があるなら、恋から始まる友情があってもいいのではないかな、というつもり書いたのですが……どうだったでしょうか。人によってはハッピーエンドともバッドエンドとも、もしくはそれらとも違う終わり方になってしまったかもしれません。
知識がある分、回りくどい思考をしている、というイメージがあったので、それを意識した心情描写を心がけましたが難しいですね……上手く表現しきれなかったかな、と思う箇所がいくつもちらほらと……今後も、精進致します。
書いている時は楽しかったのですが、話を纏めるとなんか壮大な友達作りですよね。

王道なカップリングなので、先にこのような話が書かれたのでは?と探せる限り探したのですが作品数が流石に膨大でした…。
もし、被っていましたら申し訳ございません(汗)

追記:
多くのご感想ありがとうございます!
そして、ご指摘頂きまして本当にありがとうございます!早速訂正させて頂きました! 普通に日本語の使い方を間違えておりました……お恥ずかしい限りです(汗)


12/11/23
諸事情により、Twitterへのリンクを表示致しました。
不知火
http://twitter.com/Unknown_fire
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1240簡易評価
2.80奇声を発する程度の能力削除
穏やかな空気でとても良かったです
8.90名前が無い程度の能力削除
パチュリーと魔理沙の組み合わせは良いですよね-。
もこてる等も好きな自分には、パチュマリの『犬猿の仲』設定などスパイスにしかなりませんし、
本気で喧嘩するのも微笑い合うのも、友情であれ恋であれ関係を繋ぐには必要な行為です。
そして友情も恋も、明確にするまでは行ったり来たりするものですよね。
13.90名前が無い程度の能力削除
人間の魔法使いと魔女
それぞれがどう考えているのか興味に尽きない組み合わせですよね
15.100名前が無い程度の能力削除
恋愛ならぬパチュマリ、良い
17.100愚迂多良童子削除
綺麗ですね。
二次創作なんだから被りの心配なんてするだけ無意味ですよ。
18.100名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気よのう
19.100名前が無い程度の能力削除
すてきな関係でした
22.90名前が無い程度の能力削除
>よくまぁ、ここまで慇懃無礼な態度ができるものだ、と思う。

「慇懃無礼」は表面上丁寧な態度をとっているが、心の中では相手を軽く見ていること(大辞林)
なので、ちょっと違和感が。
遠慮会釈のないーなどのイメージでしょうか?