早朝、挿し込む日の光は博麗霊夢の右頬を照らしていた。
今日は村のほうへ向かう予定ではあったのだが、全くやる気が起こらない。
かと言って、神社の掃除をするような気分でもない。
しかし、眠気もない。
なにもせずに座っていると、いつのまにか考えていた。
自分の立場について、自分の役割について、自分について。
博麗神社に妖怪が多く来ることは前からであったし、そのことで人間が神社に近づくことを恐れていることを知っていた。
そして、なにより自分自身、すごい力を持っている人間としては見られておらず、人間の形をした妖怪の互角に渡り合える、「人ではないなにか」として認識されていることを知っていた。
私は別にどう思われようとよかった。
だが、人間はやはり人間だ。
そのような気持ちを抱えながら、他の人間に対して接するように、自分にも接してくれていた。
私は人間のそのような所が好きだった。
私は職業柄、妖怪と接している時間のほうが長い。
一部の妖怪クラスの力を持った人間。具体的に言うと魔理沙や咲夜、早苗などを除くとほとんど妖怪と接していた。
だから人間よりも妖怪の事のほうが良くわかっているとも思う。
多く妖怪の性格は人間のように矛盾してはいない。
例えば私が気に入らなかった場合は、襲ってくる。
まして、気味が悪いと感じているにも関わらず、親しげに話しかける・・・なんてことは到底できなかった。
私は妖怪のそのような所が好きだった。
私の職業は巫女であることから、神社の管理が主だった。
普段は雑務用の衣類を着用しているが、改まった場面で着用する千早と呼ばれる装束も持っていた。
だが、千早を着る機会は滅多にない。
そもそも、私の仕事は神社の管理よりも、妖怪退治のほうにシフトしているからである。
時々、ほぼ定期的に起こる異変レベルの事から、村の人間の小さな依頼までを引き受けていた。
はじめは小さな依頼を引き受けてはいなかったのだが、神社の境内の掃除が面倒であったことから引き受けるようになった。
だが、今思えば、人間から博麗神社にイメージを妖怪の溜まり場から、神社に戻したいという気持ちがあったのかもしれない。
博麗神社は幻想郷の端にあった。
だから、参拝者が少ないのは当たり前のことであったのだが、妖怪が多く訪れるようになってから博麗神社に近づく人間は皆無であった。
私はこの時期から人間と妖怪を分けて考えるようになったと思う。
逆に言えば、私はこの頃まで人間と妖怪を同一の存在と考えていた。
今、自分がどう思っているのか。
そのことについて考えるのが怖い。
考えることによって、自分の存在が曖昧な物になってしまいそう、そんな予感がしていた。
そして、自分の勘はよく当たると自負していた。
日の光は神社の屋根に遮られ、博麗霊夢の爪先を照らすのみであった。
ここまで考えた時、来客が来た。
◆
山の森が衣替えを始めても、魔法の森の木々はそんなことには興味がない様子でだった。
故に、魔法の森はいつも同じような暗さがあり、落ち着いて物事を考えるにはぴったりの場所であった。
霧雨魔理沙は考える。
今日会った友人の悩みについてだ。
先に結論が見えてしまっていたが、私自身が出来ることはほとんどないだろう。
というのも、自分が人間の魅力について語った所で、友人の認識では私は人間に分類されていない。
友人が人間として見る人間が、人間の魅力を証明しなければならなかった。
友人の悩みを聞いた時は驚いた。
「人間よりも妖怪のほうが魅力的に見える」
と言うのである。
それに対して友人が悩んでいることも驚きであった。
友人はそんなことで悩むタイプではなく、もし仮に悩んだとしてもなんらかの行動を取ってその悩みを解消するなりしていたからだ。
そもそも自分がこういった系統の悩みを聞かされること自体滅多にないことだったのだ。
・・・しばらく考え続けたが、自分が友人にしてやれることよりも、自分自身、妖怪や人間についてどう思っているのかを気にしていた。
今まで人間と妖怪という2つの存在を対比的に考えたことはなかったからである。
だが、考えずともどちらも同じくらい大好きで、人間が嫌いなどということは全く持ってなかった。
そもそも、妖怪は妖怪なのだけど、人間らしい所が多々見られる。
逆に人間にも妖怪らしい所があるとも思えるのだ。
悪い意味でも、良い意味でも。
私は、妖怪を愛してるいるし、人間も愛している。
神は?妖精は?
もちろん愛している。
まぁ、神も妖怪も妖精も人間もあまり変わらない。
ただ、私の友人はそのように考えなかった。
他人の思考がどこかの妖怪のように読めるわけではない。
ただ、友人の境遇を、立場を、気持ちを想像するのだ。
この想像力においては、人間のほうが妖怪などに比べて勝っているとも思えた。
ただ、この優れた人間の想像力でも、私の友人の気持ちは理解できない・・・と感じた。
そもそも「妖怪のほうが魅力的」というのは「人間に魅力がない」という訳ではない。
したがって、人間が嫌いになった訳でもないので、そのことについて悩む友人の気持ちがわからなかったのである。
ところで、私はさっきから友人、友人と考えているのには理由がある。
具体的な名前を挙げながら考えると、その友人に個人的な感情があって、こういう問題の解決の妨げになると考えていたのである。
しかし、今回の問題は友人として考えるよりも、霊夢として考えたほうが、友人の為になるような気がしてきたのである。
もう一度、霊夢に会おう。
そう思って、空を見上げると、夕焼け空に鰯雲のような、それにしては綺麗ではないなんとも言えない雲が漂っていた。
◆
魔理沙が去った後、私は魔理沙に自分自身の気持ちを全て話したような、話せていないような曖昧な気持ちで、気分が前よりも塞ぎこんだ。
私の口が魔理沙に話したことは、人間よりも妖怪寄りになっている自分がいけないのではないか、ということだった。
魔理沙は人間にも良い所があるとわかっているならば、好き嫌いがあるのは仕方がないことだ。ということを話してくれた。
とても有り難いのだが、自分が悩んでいることではないような気がして、自分のことがわからなくなってしまった。
どうしようもなくて、少しだけ泣いた。ほんの少しだけだ。
それから、何も考えずに過ごそうとしたが、考えてしまう自分に嫌気がさした。
なにかに夢中になりたくて、空を飛ばずに博麗神社の裏へ駆け出した。
こうして、走るのは久しぶりだった。
空を飛べる自分は、走るより空を飛んだほうが楽なので、ふわふわと飛んでばかりいたが、こうして走るのはこんなにも気持ちの良い事だとは知らなかった。
空から見る夕焼け空と、地を走りながら仰ぐ夕焼け空は全く違った印象で、いつも自分の視界の下に広がっていた森が、こうも近くを通り抜けてゆくのを見て私は人間だと思ったのである。
私は人間だ。
◆
博麗神社に着くと霊夢が居なかった。
どこにも行く気がしないと言っていた先程の霊夢の様子を見ると、どこにも行くはずがないと決め込んでいたが、霊夢はどこかに行ったようだ。
ただ、霊夢が博麗神社を離れる時に、どこか目的地を持って移動するのは少なくて、ただぶらぶらと飛んでいることが多い。
だから、霊夢がどこに向かったか、なんてことはわからなかったし、予想もつかなかった。
仕方がないので、先刻の霊夢が座っていた所に自分も腰掛け、霊夢との会話を思い返す。
ここでハッと気がつく。
霊夢は人間と妖怪について悩んでいるように思っていたが、妖怪のことばかりを話しながら、その軸には人間があって、人間から見た妖怪の話ばっかりであったこと。
なぜ、こんなことに気づかなかったのか。
そこから、私が、自分を、霊夢を、人間ではなく妖怪側サイドに分類している事に気づいた。
多分、霊夢は自分を人間として見ているのだろう。
いや、この考え方自体がおかしいのかもしれない。
普通の人間が、自分を人間以外に分類するだろうか?
人間特有の想像力、なんて言葉はいかにも人間以外が使う言葉だ。
私は人間なのだろうか?
◆
霊夢は人里に出た。
知っているだろうか、人里の人はよく空を見上げる。
それは明日の天気を予想するためでもなく、空模様の美しさを目に焼き付けるためでもない。
幻想郷に居る多くの妖怪は空を飛んで移動するから、空を見上げることによっていち早く妖怪の接近を感じ取るのである。
と言っても、最近は妖怪が人間の里を襲撃するなんてことはない。
どちらかと言うと、もっと環境的な異変が起こることが多いはずだ。
それでも皆、よく空を見上げている。
私が人間の里に行く時に、向こうが私に気づいていなかった事など記憶する限り一度もない。
それぐらいに空をよく見上げていたのであった。
だから、めずらしく走ってきた霊夢は、紅白の目立つ服を着ているのにも関わらず、人間の里の人に誰にも気づかれることがなかった。
もう日は暮れて月が昇り始めた頃だったのは大きな要因の一つだと思うが、夜に見回りをしている人の大半が空を見上げていたのであった。
いつもは心の底からではないだろうと思うが歓迎してくれるのだ。
今日はそれがなかったから人間の里が新鮮に見えた。
それで、夜なので酒場か何かに寄ろうと思って民家の近くを通った時、愚痴のような言葉が聞こえたきた。
「最近は人間の里に妖怪が寄らなくなって、魔除けのお守りが売れなくて困ってるんだよ・・・」
「前はあんなに売れてたのにね。かと言ってこの年で他の職業始めたってどうせ贅沢はできないでしょ?」
「わかってるよ!こんな時に酒さえあれば飲んでやれるのに!」
「というか、ここ最近妖怪は全く見ないのに、今でも少し売れてるのが不思議だわ。」
「ああ・・・。それは、あの妖怪神社の巫女さんが村に来るからだよ。妖怪退治する巫女用の魔除けは今でも売れてる。」
「なるほどね。妖怪退治する妖怪はいつでも村に来るからかぁー」
ああ、知ってた。
私の立場は、私の価値は、私が心から歓迎されていないことは知ってた。
それでも、私はそんなことを表に一切出さなかったし、向こうも私を不快に思っていることをできるだけ隠そうとしてくれていた。
でも、なんとも言えない苦い味に、お酒が欲しくなって。でも、見えた酒場に居る人達が笑っているのを見て私はトボトボと歩いて来た道を引き返した。
先程まで雲の間から覗いていた月は、いつの間にか雲の後ろに隠れてしまって、鳥目な私は足元の石で転んだ。
◆
私は人里に向かっていた。
霊夢が人里に向かうような気がしたからだ。
もはや、私は自分を人だとは思わなかった。思えなかった。
ただ、そこまでショックではなかった。別に、私はあまり人間と接していなかったし、人間であるか魔女であるかというと魔女でありたい魔法使いなのだ。
妖怪の人間らしさで私は満足だった。
わざわざ、人間に接することはない。
だからと言って人間が嫌いな訳ではなかった。
むしろ大好きだった。
さっきまで全く自分のことなんてなにもはわからないと嘆いていた霊夢には悪いが、私は人間が大好きであることがわかった。
私は、人にも妖にも愛されている自信もあった。
自意識過剰かと言われても仕方がないが、証拠はないが、確信があった。
それでも、私は人間ではないように感じた。
もちろん、人間ではあるのだが。
「人間より妖怪のほうが魅力的」と言っていた霊夢の言葉は、霊夢の事ではなく、私の事だったのか。
そんなこんなを考えている内に人間の里に着いた。
人間の里の酒場でお酒でも飲んでいるのではないかと思った私は、初めて人間の里の酒場に足を踏み入れる。
人間がたくさんいて、私を見るとにこにこと笑って話しかけてくれる者や、私には全く気づかずに飲み続ける者などが居た。
私は霊夢が来ていないか尋ねた。
そうすると、人間たちは顔をしかめて、あいつは今日は来ていないし、こんな時間からやってくることもなかった。といったようなことを口々に言った。
私は、釈然としなかった。
何故、霊夢が人間に嫌われているのか。
とにかく、私の予想ははずれたようで、仕方がないので家に戻ろうと思ったその時。
村のはずれでうつ伏せに倒れている霊夢を発見した。
「なにしてるんだ?」
「・・・地面に伝わる振動で、近くの移動するものの動きを感知しているの」
「どこの妖怪だよ」
この時、わずかではあるが、霊夢の表情が硬くなるのを私は気づいた。
「それより、どうしてここに?」
「ああ、今日の昼のことなんだが・・・」
「もう気にしないで。解決したから。」
「いや、そうじゃないんだ。」
霊夢は黙っていたので、言葉を続ける。
「妖怪が人間より魅力的って言ってたよな?ただ、私はそうは思わないんだぜ。妖怪の魅力は、人間らしさなんじゃないか?妖怪に人間らしさを求めているってことは人間のほうが魅力的ってことだろ?」
私は、勢いで喋ったので、自分でも何を言っているかわからない上に、自分の気持ちとは半分嘘の事を話していた。
◆
魔理沙が人間の魅力について話しているのを聞きながら、私は、私が妖怪のほうが魅力的であることで悩んでいるのではないことに気づいた。
私は、ただ、私を人間としてみて欲しかったのだ。
人間の里のみんなに、全く躊躇せずに話しかけてくれる妖怪たちに。
「わかったわ」
私は、とにかく魔理沙を安心させることに努めようと思った。
そうすると、今度は魔理沙のほうが私に悩み事があると打ち明けたのだ。
「その、悩みって言うほどのもんじゃないんだぜ?ただ、私は、私を人間として見れないんだ。」
私は、この目の前の親友が、私とは全く違う価値観を持って話していたことに気づいた。
私は私を人間としてみてきたし、人間でありたいと思い続けていたのだ。多分。
それに対して魔理沙は、自分自身を妖怪として、私を妖怪として見てきた。
気づくと口が勝手に動いていた。
「魔理沙は妖怪でも、私は人間だわ。」
自分を人間として見ないと言ったばかりの魔理沙は、少し悲しそうな顔をして項垂れた。
私は、何も言わずに、ただこの場から逃げ出したくなって、博麗神社がある闇の中に姿を隠した。
◆
それから、私は魔理沙と会うことが少なくなった。
妖怪も前より集まってくることが減った気がする。
◆
私は自問する。
私は人間でしょうか?
今日は村のほうへ向かう予定ではあったのだが、全くやる気が起こらない。
かと言って、神社の掃除をするような気分でもない。
しかし、眠気もない。
なにもせずに座っていると、いつのまにか考えていた。
自分の立場について、自分の役割について、自分について。
博麗神社に妖怪が多く来ることは前からであったし、そのことで人間が神社に近づくことを恐れていることを知っていた。
そして、なにより自分自身、すごい力を持っている人間としては見られておらず、人間の形をした妖怪の互角に渡り合える、「人ではないなにか」として認識されていることを知っていた。
私は別にどう思われようとよかった。
だが、人間はやはり人間だ。
そのような気持ちを抱えながら、他の人間に対して接するように、自分にも接してくれていた。
私は人間のそのような所が好きだった。
私は職業柄、妖怪と接している時間のほうが長い。
一部の妖怪クラスの力を持った人間。具体的に言うと魔理沙や咲夜、早苗などを除くとほとんど妖怪と接していた。
だから人間よりも妖怪の事のほうが良くわかっているとも思う。
多く妖怪の性格は人間のように矛盾してはいない。
例えば私が気に入らなかった場合は、襲ってくる。
まして、気味が悪いと感じているにも関わらず、親しげに話しかける・・・なんてことは到底できなかった。
私は妖怪のそのような所が好きだった。
私の職業は巫女であることから、神社の管理が主だった。
普段は雑務用の衣類を着用しているが、改まった場面で着用する千早と呼ばれる装束も持っていた。
だが、千早を着る機会は滅多にない。
そもそも、私の仕事は神社の管理よりも、妖怪退治のほうにシフトしているからである。
時々、ほぼ定期的に起こる異変レベルの事から、村の人間の小さな依頼までを引き受けていた。
はじめは小さな依頼を引き受けてはいなかったのだが、神社の境内の掃除が面倒であったことから引き受けるようになった。
だが、今思えば、人間から博麗神社にイメージを妖怪の溜まり場から、神社に戻したいという気持ちがあったのかもしれない。
博麗神社は幻想郷の端にあった。
だから、参拝者が少ないのは当たり前のことであったのだが、妖怪が多く訪れるようになってから博麗神社に近づく人間は皆無であった。
私はこの時期から人間と妖怪を分けて考えるようになったと思う。
逆に言えば、私はこの頃まで人間と妖怪を同一の存在と考えていた。
今、自分がどう思っているのか。
そのことについて考えるのが怖い。
考えることによって、自分の存在が曖昧な物になってしまいそう、そんな予感がしていた。
そして、自分の勘はよく当たると自負していた。
日の光は神社の屋根に遮られ、博麗霊夢の爪先を照らすのみであった。
ここまで考えた時、来客が来た。
◆
山の森が衣替えを始めても、魔法の森の木々はそんなことには興味がない様子でだった。
故に、魔法の森はいつも同じような暗さがあり、落ち着いて物事を考えるにはぴったりの場所であった。
霧雨魔理沙は考える。
今日会った友人の悩みについてだ。
先に結論が見えてしまっていたが、私自身が出来ることはほとんどないだろう。
というのも、自分が人間の魅力について語った所で、友人の認識では私は人間に分類されていない。
友人が人間として見る人間が、人間の魅力を証明しなければならなかった。
友人の悩みを聞いた時は驚いた。
「人間よりも妖怪のほうが魅力的に見える」
と言うのである。
それに対して友人が悩んでいることも驚きであった。
友人はそんなことで悩むタイプではなく、もし仮に悩んだとしてもなんらかの行動を取ってその悩みを解消するなりしていたからだ。
そもそも自分がこういった系統の悩みを聞かされること自体滅多にないことだったのだ。
・・・しばらく考え続けたが、自分が友人にしてやれることよりも、自分自身、妖怪や人間についてどう思っているのかを気にしていた。
今まで人間と妖怪という2つの存在を対比的に考えたことはなかったからである。
だが、考えずともどちらも同じくらい大好きで、人間が嫌いなどということは全く持ってなかった。
そもそも、妖怪は妖怪なのだけど、人間らしい所が多々見られる。
逆に人間にも妖怪らしい所があるとも思えるのだ。
悪い意味でも、良い意味でも。
私は、妖怪を愛してるいるし、人間も愛している。
神は?妖精は?
もちろん愛している。
まぁ、神も妖怪も妖精も人間もあまり変わらない。
ただ、私の友人はそのように考えなかった。
他人の思考がどこかの妖怪のように読めるわけではない。
ただ、友人の境遇を、立場を、気持ちを想像するのだ。
この想像力においては、人間のほうが妖怪などに比べて勝っているとも思えた。
ただ、この優れた人間の想像力でも、私の友人の気持ちは理解できない・・・と感じた。
そもそも「妖怪のほうが魅力的」というのは「人間に魅力がない」という訳ではない。
したがって、人間が嫌いになった訳でもないので、そのことについて悩む友人の気持ちがわからなかったのである。
ところで、私はさっきから友人、友人と考えているのには理由がある。
具体的な名前を挙げながら考えると、その友人に個人的な感情があって、こういう問題の解決の妨げになると考えていたのである。
しかし、今回の問題は友人として考えるよりも、霊夢として考えたほうが、友人の為になるような気がしてきたのである。
もう一度、霊夢に会おう。
そう思って、空を見上げると、夕焼け空に鰯雲のような、それにしては綺麗ではないなんとも言えない雲が漂っていた。
◆
魔理沙が去った後、私は魔理沙に自分自身の気持ちを全て話したような、話せていないような曖昧な気持ちで、気分が前よりも塞ぎこんだ。
私の口が魔理沙に話したことは、人間よりも妖怪寄りになっている自分がいけないのではないか、ということだった。
魔理沙は人間にも良い所があるとわかっているならば、好き嫌いがあるのは仕方がないことだ。ということを話してくれた。
とても有り難いのだが、自分が悩んでいることではないような気がして、自分のことがわからなくなってしまった。
どうしようもなくて、少しだけ泣いた。ほんの少しだけだ。
それから、何も考えずに過ごそうとしたが、考えてしまう自分に嫌気がさした。
なにかに夢中になりたくて、空を飛ばずに博麗神社の裏へ駆け出した。
こうして、走るのは久しぶりだった。
空を飛べる自分は、走るより空を飛んだほうが楽なので、ふわふわと飛んでばかりいたが、こうして走るのはこんなにも気持ちの良い事だとは知らなかった。
空から見る夕焼け空と、地を走りながら仰ぐ夕焼け空は全く違った印象で、いつも自分の視界の下に広がっていた森が、こうも近くを通り抜けてゆくのを見て私は人間だと思ったのである。
私は人間だ。
◆
博麗神社に着くと霊夢が居なかった。
どこにも行く気がしないと言っていた先程の霊夢の様子を見ると、どこにも行くはずがないと決め込んでいたが、霊夢はどこかに行ったようだ。
ただ、霊夢が博麗神社を離れる時に、どこか目的地を持って移動するのは少なくて、ただぶらぶらと飛んでいることが多い。
だから、霊夢がどこに向かったか、なんてことはわからなかったし、予想もつかなかった。
仕方がないので、先刻の霊夢が座っていた所に自分も腰掛け、霊夢との会話を思い返す。
ここでハッと気がつく。
霊夢は人間と妖怪について悩んでいるように思っていたが、妖怪のことばかりを話しながら、その軸には人間があって、人間から見た妖怪の話ばっかりであったこと。
なぜ、こんなことに気づかなかったのか。
そこから、私が、自分を、霊夢を、人間ではなく妖怪側サイドに分類している事に気づいた。
多分、霊夢は自分を人間として見ているのだろう。
いや、この考え方自体がおかしいのかもしれない。
普通の人間が、自分を人間以外に分類するだろうか?
人間特有の想像力、なんて言葉はいかにも人間以外が使う言葉だ。
私は人間なのだろうか?
◆
霊夢は人里に出た。
知っているだろうか、人里の人はよく空を見上げる。
それは明日の天気を予想するためでもなく、空模様の美しさを目に焼き付けるためでもない。
幻想郷に居る多くの妖怪は空を飛んで移動するから、空を見上げることによっていち早く妖怪の接近を感じ取るのである。
と言っても、最近は妖怪が人間の里を襲撃するなんてことはない。
どちらかと言うと、もっと環境的な異変が起こることが多いはずだ。
それでも皆、よく空を見上げている。
私が人間の里に行く時に、向こうが私に気づいていなかった事など記憶する限り一度もない。
それぐらいに空をよく見上げていたのであった。
だから、めずらしく走ってきた霊夢は、紅白の目立つ服を着ているのにも関わらず、人間の里の人に誰にも気づかれることがなかった。
もう日は暮れて月が昇り始めた頃だったのは大きな要因の一つだと思うが、夜に見回りをしている人の大半が空を見上げていたのであった。
いつもは心の底からではないだろうと思うが歓迎してくれるのだ。
今日はそれがなかったから人間の里が新鮮に見えた。
それで、夜なので酒場か何かに寄ろうと思って民家の近くを通った時、愚痴のような言葉が聞こえたきた。
「最近は人間の里に妖怪が寄らなくなって、魔除けのお守りが売れなくて困ってるんだよ・・・」
「前はあんなに売れてたのにね。かと言ってこの年で他の職業始めたってどうせ贅沢はできないでしょ?」
「わかってるよ!こんな時に酒さえあれば飲んでやれるのに!」
「というか、ここ最近妖怪は全く見ないのに、今でも少し売れてるのが不思議だわ。」
「ああ・・・。それは、あの妖怪神社の巫女さんが村に来るからだよ。妖怪退治する巫女用の魔除けは今でも売れてる。」
「なるほどね。妖怪退治する妖怪はいつでも村に来るからかぁー」
ああ、知ってた。
私の立場は、私の価値は、私が心から歓迎されていないことは知ってた。
それでも、私はそんなことを表に一切出さなかったし、向こうも私を不快に思っていることをできるだけ隠そうとしてくれていた。
でも、なんとも言えない苦い味に、お酒が欲しくなって。でも、見えた酒場に居る人達が笑っているのを見て私はトボトボと歩いて来た道を引き返した。
先程まで雲の間から覗いていた月は、いつの間にか雲の後ろに隠れてしまって、鳥目な私は足元の石で転んだ。
◆
私は人里に向かっていた。
霊夢が人里に向かうような気がしたからだ。
もはや、私は自分を人だとは思わなかった。思えなかった。
ただ、そこまでショックではなかった。別に、私はあまり人間と接していなかったし、人間であるか魔女であるかというと魔女でありたい魔法使いなのだ。
妖怪の人間らしさで私は満足だった。
わざわざ、人間に接することはない。
だからと言って人間が嫌いな訳ではなかった。
むしろ大好きだった。
さっきまで全く自分のことなんてなにもはわからないと嘆いていた霊夢には悪いが、私は人間が大好きであることがわかった。
私は、人にも妖にも愛されている自信もあった。
自意識過剰かと言われても仕方がないが、証拠はないが、確信があった。
それでも、私は人間ではないように感じた。
もちろん、人間ではあるのだが。
「人間より妖怪のほうが魅力的」と言っていた霊夢の言葉は、霊夢の事ではなく、私の事だったのか。
そんなこんなを考えている内に人間の里に着いた。
人間の里の酒場でお酒でも飲んでいるのではないかと思った私は、初めて人間の里の酒場に足を踏み入れる。
人間がたくさんいて、私を見るとにこにこと笑って話しかけてくれる者や、私には全く気づかずに飲み続ける者などが居た。
私は霊夢が来ていないか尋ねた。
そうすると、人間たちは顔をしかめて、あいつは今日は来ていないし、こんな時間からやってくることもなかった。といったようなことを口々に言った。
私は、釈然としなかった。
何故、霊夢が人間に嫌われているのか。
とにかく、私の予想ははずれたようで、仕方がないので家に戻ろうと思ったその時。
村のはずれでうつ伏せに倒れている霊夢を発見した。
「なにしてるんだ?」
「・・・地面に伝わる振動で、近くの移動するものの動きを感知しているの」
「どこの妖怪だよ」
この時、わずかではあるが、霊夢の表情が硬くなるのを私は気づいた。
「それより、どうしてここに?」
「ああ、今日の昼のことなんだが・・・」
「もう気にしないで。解決したから。」
「いや、そうじゃないんだ。」
霊夢は黙っていたので、言葉を続ける。
「妖怪が人間より魅力的って言ってたよな?ただ、私はそうは思わないんだぜ。妖怪の魅力は、人間らしさなんじゃないか?妖怪に人間らしさを求めているってことは人間のほうが魅力的ってことだろ?」
私は、勢いで喋ったので、自分でも何を言っているかわからない上に、自分の気持ちとは半分嘘の事を話していた。
◆
魔理沙が人間の魅力について話しているのを聞きながら、私は、私が妖怪のほうが魅力的であることで悩んでいるのではないことに気づいた。
私は、ただ、私を人間としてみて欲しかったのだ。
人間の里のみんなに、全く躊躇せずに話しかけてくれる妖怪たちに。
「わかったわ」
私は、とにかく魔理沙を安心させることに努めようと思った。
そうすると、今度は魔理沙のほうが私に悩み事があると打ち明けたのだ。
「その、悩みって言うほどのもんじゃないんだぜ?ただ、私は、私を人間として見れないんだ。」
私は、この目の前の親友が、私とは全く違う価値観を持って話していたことに気づいた。
私は私を人間としてみてきたし、人間でありたいと思い続けていたのだ。多分。
それに対して魔理沙は、自分自身を妖怪として、私を妖怪として見てきた。
気づくと口が勝手に動いていた。
「魔理沙は妖怪でも、私は人間だわ。」
自分を人間として見ないと言ったばかりの魔理沙は、少し悲しそうな顔をして項垂れた。
私は、何も言わずに、ただこの場から逃げ出したくなって、博麗神社がある闇の中に姿を隠した。
◆
それから、私は魔理沙と会うことが少なくなった。
妖怪も前より集まってくることが減った気がする。
◆
私は自問する。
私は人間でしょうか?
確かに霊夢はいろいろと人間離れしてるけど…
それでも人間だと思うな。
たぶん妖怪ならそういうことで悩んだりしないと思うので。
「マジで?ちょうやべぇじゃん。」
母星で当て嵌めてみるとなんかしっくり来ました。
星母録にも影響されております。
その他にも
九井涼子さんという方が、pixivで漫画を公開していらっしゃるのですが、人気が出て最近単行本にもなりました。その方の描く「RPG」の勇者の話とか
最近読んだ「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」とか(ブレード・ランナーという映画のほうが有名かもしらん)
色々影響されております。
東方で小説を書く理由の一つとして、既に完成された世界観であったり、キャラクターであったりを使わせていただけるというのは大きいなぁ、ありがたいなぁと実感。
その他コメントくださった方、評価してくださった方、ありがとうございます。
人と妖怪の間で自意識が揺れる霊夢や魔理沙が素敵でした