金木犀が風に乗って薫ってくると、ああ秋だなって感じる。庭の桜は紅く染まって、ひらひらと葉を落としていた。のんびりとお茶を啜りながら、落ち着く風景に心を委ねる。ふんわりと吹く風が前髪をくすぐって、遊んでくれと急かすよう。桜から散る葉は、花びらを赤く変えたようで。紅葉吹雪なんて言葉は、なかったかしらね。
これは近々、秋の幸で宴会かな。なんて思いながら、湯呑を置いて境内の掃き掃除を始めた。心地のいい秋晴れ、薄く吹き遊ぶ風が掃き集めた落ち葉を少し散らかす。小さく溜め息。でも、今回くらいは許せる気がした。
「おーい、霊夢!」
一際強い風と一緒に、そんな呼び声が吹き抜けた。思わず目を閉じて、乱れる髪を押さえる。風が止んで目を開けると、ちょうど魔理沙が石畳に降りるところだった。
「ちょっと、もう少し落ち着いて来なさいよ! 落ち葉がまた散らかったじゃない!」
「いいじゃないか、どうせ暇潰しだろ?」
相変わらず図々しく言い放って、魔理沙は空の湯呑を手に取ってがっかりした顔をした。勝手に奥に入ってお茶やらお菓子やらを物色しそうな雰囲気だったので、小石を投げて牽制しておく。
「ちぇっ、ケチ」
文句を言って、魔理沙は縁側に腰掛けた。
「暇なら手伝いなさいよ」
「生憎、暇じゃないんだぜ」
したり顔で笑う魔理沙。よく見てみると、箒の柄に大きめな藤籠がかかっていた。私の視線が籠に向いていることに気付いた魔理沙はニッカリ笑うと、ズイとその籠を突き出す。
「折角の秋だ。秋の幸で宴会といこうぜ」
籠の中身は、溢れんばかりの茸だった。
松茸、椎茸、平茸、シメジ、エリンギ、舞茸、その他多くの謎な茸。それと魔理沙お気に入りの日本酒が二本。……流石というか、なんというか。持ってきたのは茸とお酒、ほんとにそれだけね。
「茸だけで飲む気?」
不満を押し隠す気もしないままに聞くと、魔理沙も案の定不満なようだった。
「もう少し何か欲しいよなあ、秋だし。秋鮭はそろそろ遡上してきてる頃だろうし、芋とか栗、梨やら林檎やらの果物も欠かせないだろ」
なんといっても食欲の秋。お酒の席にもいろいろ欲しい。家にあるのはせいぜい大根とほうれん草と春菊と茗荷と蕎麦粉と……あとは秋とか関係ない乾物類とか、そんなもんか。でも、それ以外はどう調達しようかしらねえ。誰かが持ってきてくれればいいんだけど。そんな棚ぼたを期待していると、鳥居のほうから声をかけられた。
「霊夢、いる?」
「咲夜?」
呼ばれて見れば、鳥居の下に咲夜がいた。珍しいわね、いつもは仕事が忙しいって、こっちには滅多に来ないのに。咲夜は両手で少し大きめの籠を持っていた。
「お、咲夜じゃないか。珍しいな」
「あら、魔理沙もいたのね。偶の休暇を頂いたのよ。折角だから、庭で収穫した秋野菜を持ってきたわ」
「あら、気が利くじゃない」
籠の中身は人参、じゃがいも、ブロッコリー、カリフラワー。この野菜、咲夜が収穫したのかしら。……収穫してる咲夜の姿、想像してみるとなんか面白いわね。汗かきながら土を掘ってる姿とか。
「ちょうどお酒を飲もうってところで、アテが少なくて困ってたのよ。助かったわ」
「それはどうも。当然、お相伴にあずかれるのよね?」
「勿論」
……さて、と。これで食材は茸と秋野菜と私の家にあるやつ。うーん、悪いなんてことは全然ないんだけど……。
「……やっぱ、鮭とか栗とか欲しいよな」
メインがない。具体的には、動物的な食材がない。精進料理だってお酒には合うし秋っぽくもあるけど、それでも物足りなさを感じてしまう。
「でも、いまから川に採りに行くのもめんどくさい……」
二人は別に口にはしないけども、考えてることは同じだろう。このままいけば「ま、いいいか。始めよ」となりそうなところで、
「霊夢さーん!」
と、呼びかけてくる声が。この声は……
「早苗?」
「お邪魔しますね」
早苗は白くて大きい不思議な素材―ビニールって言うらしいけど―の袋を両手で持って降りてきた。袋はパンパンでかなり重そう。よっこらせ、なんてちょっと年寄りくさい声を出しながら袋を置く。袋がゴロ、と動いた。
「……誰?」
咲夜がちょっと視線を鋭くした。ああ、そういえば初対面だっけ。
「山の上の神社の巫女よ。早苗、咲夜と会うのは初めてよね? 紅魔館のメイドの咲夜よ」
「紅魔館のメイドさん、ですか? ……ああ! 諏訪子様から話は伺ってます! 本物のメイドさんなんて初めて見ました、私! やっぱり本物はオーラというかなんというかが違いますね!」
「名乗れって言ってんのよ」
「あ、っと。……山の上の神社で現人神がてら巫女をやってます、東風谷早苗です。その節では、諏訪子様がお世話になりました。よろしくお願いします」
「……メイドの十六夜咲夜よ。よろしく」
……初対面が酒の席でよかったわ。で、それよりも。
「早苗、その荷物は?」
「あ、はい。山の方々からいろいろたくさん頂いてしまったので、折角ですしいかがかなと」
袋の口を開けて、早苗が中身を出していく。栗、さつまいも、蓮根、里芋、長芋、牛蒡、梨に林檎に葡萄に柿に……秋鮭も丸々一尾。なにかしらの差し入れだろうな、とは思っていたけれど……想像以上に大漁。
私たち三人、顔を合わせて小さく笑んだ。こうもまあ棚ぼたが続いたら、そりゃ笑っちゃうわよね。
「? どうかしました?」
首を傾げる早苗にも笑いかける。
「……早苗、いいタイミングでいいもの持ってきてくれたわね。折角よ、あんたも相伴しなさいな」
「? ええ、いいですよ」
「……宴会、ですか。私、お酒あんまり飲めないんですけど」
早苗が七輪を用意しながらぼやく。そういえば、連中の異変の後の宴会でもあっさり潰れてたっけね。まあ、そんなのは別にどうでもいいんだけど。
「別に無理に飲ませるつもりはないわよ、嫌がる奴に飲まれるなんてお酒のほうも可哀そうだし」
裏の蔵から炭を持ってきて、七輪の中に軽く放り込んで火種をくべる。火を熾そうとしていると、咲夜が傍らに袋を置いて声をかけてきた。
「茸と栗は任せたわ。霊夢、料理作るから少し手伝ってくれる?」
「ええ、構わないわ」
火の管理を魔理沙に委託して立つ。早苗は外の世界から来た関係上、あんまりこういうのに詳しくないみたいだしね。
パタパタと団扇で風を送る魔理沙に、咲夜は何気なく言った。
「ああ、魔理沙。貴女のお酒一本、もらっていくわね」
「……んなっ!?」
魔理沙が吃驚しだした時には、咲夜はもう魔理沙が持ってきた日本酒を一本持っていた。
「なんでだよ!? 霊夢の所にもあるだろ?」
「このお酒、美味しいんでしょう?」
「……美味いよ。それが?」
「だからよ」
「は?」
まったく理解できないみたいに間抜けた声を出す。咲夜はもう、ちゃっちゃか台所に向かっていた。まあ、別に構いやしないけど、ここまで勝手知ったるっていうのはどうなのかしら。……まあ、別に構いやしないけど。
「……さて、始めましょうか」
「何作るの?」
「まあ、色々とね」
咲夜はクスリと笑って、俎の上に秋鮭を載せた。
「霊夢も適当に何品か作ってもらえる?」
「はいはい。それじゃ、大根や牛蒡とかは任されたわ」
大根は皮つきのまま厚すぎない程度に輪切りにして、ついでに家にある油揚げも四つに切る。軽く醤油を塗りながら焼けば大根と油揚げの醤油焼き。一応七味唐辛子も出しておく。牛蒡はささがきにして、じゃがいもと人参を千切りに。これをちゃっちゃと炒めて砂糖と醤油で味付ければ金平の出来上がり。折角なのでいりごまも振ってやる。普段なら絶対しない。贅沢だ。
かなりあっさりと二品完成。あと何作ろうかと考えていると、
「霊夢、悪いけどあっちから茸をもらってきてくれない? シメジとエリンギと舞茸、ってところかしらね」
「ん、了解」
ついでに作っちゃった料理は持っていくことにする。頼まれた茸をもらって台所に戻ると、秋鮭はものの見事に解体されて、今はじゃがいもと人参をゴロッと切っているところだった。
「持ってきたわよ」
「ありがとう。それじゃ、蓮根を輪切りにして茹でてもらえる? ちょっと酢を入れてね」
「はいはい」
言われた通り蓮根を茹でて、春菊とほうれん草を切る。蓮根を茹で終えると、次は里芋の皮を剥いて――。
――塩で味付けした秋鮭を日本酒とみりんに漬けて焼いた、秋鮭の酒浸し焼き。
茹でた里芋を潰して大葉といりごまを混ぜたタネを蓮根で挟んで焼いた、蓮根の里芋挟み焼き。
鮭とブロッコリーとじゃがいもと人参とほうれん草と茸をホワイトソースで煮込んだクリーム煮。
その他、春菊と咲夜謹製コンビーフの胡麻和え、長芋のナムル、鮭とカリフラワーのグラタン、あと私が作った大根と油揚げの醤油焼きに金平に、魔理沙たちが用意した焼き栗、茸の炭火焼き。で、林檎や梨や葡萄や柿はそのまま切って味わうように。
……正直な話、手伝ってた私でも驚いたんだから、いきなりこんな豪勢な料理を出された魔理沙と早苗の驚きは、私の比じゃあないと思うのよね。
「はわー……これ、お酒の席の料理って感じじゃないですねえ……」
キラキラした目で吃驚してる早苗。いや、これはどちらかというと感動かしら。これだけの料理を作ろうと考えた咲夜は、慣れた手つきで梨の皮を剥きながら言った。
「だって、貴女はお酒強くないんでしょう? なら、料理くらいはないとつまらないと思って」
「っ……!」
……早苗のキラキラした目が咲夜に向いた。咲夜は気付いてないのか振りなのか特に反応しないで、三個の梨を剥き終えてからナイフを置いた。
「さ、そろそろお酒を準備しましょう? 今日は人間だけだし、そこまで量はなくても?」
「そうだなあ。でもま、そこそこ用意しとこうじゃないか」
「答えた魔理沙がお酒の準備ね。ついでに早苗も行ってらっしゃい。裏の蔵に置いてあるから」
面倒臭がりはしたものの、やがてちぇーって言いながら取りに行った。早苗もそのあとに続いていく。まあ、飲みたがりだし、結局あっちが根負けするのは当然だったけど。
ん? ……庭の桜の、紅葉の陰を窺う。……まあ、いっか。
「そういえば、咲夜はお酒とか持ってきたの?」
「一応ワインの赤白とロゼ、それに果実酒を持ってきたわ。計五本ね」
「持ってきたわねえ、全部飲む気だった?」
「もっと集まっているかと思って」
確かに、今回はだいぶ人数が少ないわね。いつもよりは落ち着いた宴会になるのかしら。もっとも、早苗が酔ったらどうなるのかは知らないから何とも言えないけど。
と、そういえば。
「こんなに料理を用意するなんて、咲夜も優しいのね?」
咲夜は結構警戒心が強いというか、気を許すまでに時間がかかる性質だと思ってたのだけど。出会ってすぐにこんな優しさを見せるなんて、正直言って意外だった。
咲夜は続いて、林檎の皮を剥きながら言う。
「……まあ、ね。少しは、誰かに優しくしてもいいんじゃないかって、気の迷いのように思っただけよ」
表情は、変わっていなかったけれど。
その表情は、なんだか照れているように見えた。
「持ってきたぜー!」
「ご苦労さ……って、なんでそんないいやつ三本も持ってくるのよ!? 結構高いやつなのよ!?」
「固いこと言うなよ。私らに飲まれるか妖怪連中に飲まれるかだけの違いだぜ」
「固いこと言うわ! 今度はいつ手に入るかわからないくらい貴重なお酒なのに……」
文句を言っても魔理沙が手放す気配はない。……溜め息が出た。
「……まあ、仕方ないか」
ごねたって仕方ない。折角咲夜が腕を振るってくれた料理を冷ますのもあれだし、結局お酒は飲まれるのが至上。諦めて、貴重なお酒の味を堪能するとしよう。
それじゃ、そろそろ始めるか。
「ほら、一人一杯お酒持ちなさい。折角だから乾杯するわよ」
「弱い人向きのお酒ってありますか?」
「美味い日本酒は度数なんて感じないわよ?」
「まあ、それじゃあこれなんてどうかしら。葡萄で作った果実酒。度数は少し高いけど日本酒ほどじゃないし、飲みやすいと思うわよ」
「あ、ありがとうございます」
「あー! この酒かなり美味いぜ!」
「乾杯前に飲むな!」
ああもう、結局混沌とするのは変わんないのね! 原因は魔理沙にしかないけど!
全員に盃ないし杯が行き渡ったのを確認して、軽く盃を持ち上げる。
「それじゃ、かんぱーい!」
それぞれのお酒がポチャンと跳ねた。
「んー……このお酒、すごい美味しいわね」
「む、この鮭美味いな。いくらでも行けそうだぜ」
「魔理沙の日本酒のおかげよ。まだまだあるから好きに食べなさい」
「ふあ、この葡萄のお酒美味しいですね。ジュースみたいだけど、なんかお腹が熱くなります」
「すきっ腹に入れるとすぐに酔っぱらうわよ? 折角いろいろ作ってあるんだから食べなさい」
「ほら、咲夜も飲めって。この酒ほんとに美味いんだぜ?」
「あら、じゃあいただこうかしら」
「あー……飲みたい!」
「この蓮根の挟み焼き美味しいわね」
「あのー、折角なのでそちらのいただけます?」
「お、案外イケる口じゃないか!」
「潰れて吐いたりするんじゃないわよ?」
――瓶の口から、最後の一滴がポチャンと落ちた。なんだかんだで、こっちが出した日本酒三本、咲夜が持ってきたワインの赤白、ロゼに果実酒二本、魔理沙が持ってきてた日本酒二本も空いたから、計十本か。早苗もなあなあのうちにいっぱい飲んでた、というか飲まされてたとはいっても、よくもまあこんなに空くものよね。早苗と魔理沙は潰れてもう寝てる。咲夜は潰れて寝てこそないものの、ポーッと、だいぶ弛んだ目をしていた。宴の酣なんてとっくに通り過ぎてる。
これで最後の一杯、なんて思ってると、ひらりと一葉、落ち葉が波紋を立てた。朱色の盃に紅色の椛。……ああ、ほんとに秋ねえ。く、と盃を傾けて、秋色の酒を飲み干す。
……葉っぱ口に入っちゃった。
◆ ◆ ◆
……はー、やっと片付け終わったわ。しんどい。
「手伝いありがとね、咲夜」
「構わないわ。一人でやるには大変でしょう? 他の二人はまだ寝てるし」
「きっと、起きたら二日酔いでグワングワンなってるんでしょうね」
むしろ、あれだけ飲んでまともに活動してる私たちのほうがおかしいのかしら。……そんなことないか。
片付け終わり、手伝いの労いに番茶と芋羊羹を用意する。……と、
「号外ー! 『文々。新聞』の号外だよー!」
空を飛びながら新聞をばら撒く天狗の声。文は相変わらず、煩いわねえ……。鬱陶しさを籠めて空を飛ぶ姿を眺めていると、文が急停止してこっちを見てきた。……あっかんべーしてきたし。子供か。
新聞は縁側に落ちてバッサと広がる。あと少しで番茶がこぼれてたわ。冷や冷やしながら新聞に目を遣ると、
「……ん?」
三面辺りに大きな写真。
「あら、これって昨日のここじゃない?」
「ほんとだ。やっぱりいたのね、放っておいたけど」
咲夜と二人、その新聞記事を眺める。見出しは『紅葉爛漫 博麗神社秋の宴』。四人で飲んだくれながら、楽しそうに笑っている写真。
……顔を合わせて、小さく笑った。
「あの天狗も、たまにはいい写真撮るじゃない」
「三面に置くあたり、らしいと言えばらしいけど」
咲夜さんとまたSTGで会いたいものです
そういえばまだ紅葉見てないなあ
早苗×咲夜っていいよね