女の子といえば買い物だって?
真偽は私には分からないが、少なくとも私は霊夢とつるんで買い物にいくことが多いな。
訪れるのは人間の里なんだがな。私はあまりうろちょろしたくないんだよ。親とさ、顔をあわせたら気まずいだろ。
ただ霊夢はのんきな顔してぐるぐる見て回る。おっかなびっくりの私とは大違いだ。
このとおり二人の歩行速度には明らかな違いがあるわけだ。だから油断しているとはぐれてしまんだよ。
そして、今日の私は油断しきっていた。
気がついたらそばにいたはずの霊夢がどこにいるか分からない。
人間の里は小さいが裏路地にも店が立ち並んでいるから、店という店を巡り回っていると迷路を探検しているようになってしまうんだ。だから案外はぐれやすい。
こうなると仕方ない。こういうときは変に探して歩くより、一つの場所に留まっていたほうがいい。私は龍神様の像の前で待機することにした。
しばらく。
待っていると向こうのほうから紅白の目立つ服装をした女がキョロキョロしながら歩いてきた。そう、我らが霊夢さんだ。
霊夢は私を見つけたなり眉をひそめながら小走りで近づいてきた。
「魔理沙、やっと見つけた。どこ行ってたのよ」
それはこっちが言いたいセリフだが、まあお互い様か。
「まだ見ていくか。というか見ていこうぜ。私ぜんぜん見てない」
「私はもう帰りたいんだけど」
霊夢が左手に下げている手提げ袋は、買われたばかりの品物たちによって膨れあがっている。まだ少ないほうだ。霊夢が本気を出せば手提げ袋があと三つは追加される。
私たちはこのまま帰ることになった。と思っていると。
前方からやってきた紅白の目立つ服装の女を、私は目を白黒させて出迎えることになった。おやおや、さらに霊夢じゃないか。
第二霊夢は眉を釣り上げてながら走り寄ってくるなり、大声をあげた。
「またマミゾウか!」
また。
この言葉が意味するところは一つ。つまりまたマミゾウが霊夢に化けてやってきたということで、前回が存在しているということなんだ。
それは一体いつ頃だろうな。話は五日前にさかのぼるぜ。
五日前のお昼過ぎだ。ご飯を食べ終わったわたし霧雨魔理沙は、なんとなく思いつきで霊夢の元へ遊びにいくことにした。
博麗神社に到着してからが、本題になる。
私は、神社の上空にきたので足元を見渡してみる。
庭の掃除はすでに終えているみたいだな。さっぱり綺麗になっているぜ。遠慮なく着陸させてもらおう。
私は降り立ち、玄関を無視して裏手のほうへと歩いていった。やがて縁側が見えてくる。
縁側から中の様子を覗いてみると……お、いた。霊夢だ。霊夢の背中だ。相変わらず紅白の衣装を着こなしていらっしゃる。
けど私は知っているぜ、最近は胸に巻いているさらしが苦しくなってきたそうじゃないか。発育がたくましいようで何よりだ。
「よお霊夢。きたぜ」
「あら、魔理沙」
霊夢は振り返ると愛想のない顔を私へむける。
おや、なんだかいつもと様子が違うぞ。表情というか、顔の雰囲気というか。何だろうこの感じ。大人びていると言えばいいのか。
「霊夢? ……なんかおかしくないか」
「そうかしら。いつも通りのつもりだけど」
そうだな。いつも通りの素っ気無い霊夢だ。特におかしい部分なんてない、はず。
だが見れば見るほど奇妙だ。今まで私がみてきた霊夢にはないものがあるぞ。目をあわせているとちょっとドキドキしてくる。
まさかこれは、恋? いやいや、そんなわけ。何度も会っているし昨日だって顔をあわせたし、今日になっていきなり恋愛感情が芽生えるなんて、なあ。
「魔理沙?」
「お、おう!」
実に冷めた目で見てきてやがる。その目でさえもどことなく艶やか……。
待て。こいつは果たして本当に霊夢なのか? そう、霊夢じゃないかもしれない。それが違和感の原因かも。
よく整理してみるんだ。
まず大胆なカッティングが唯一無二って具合の巫女服を着ている。もうこの時点で霊夢以外の何者でもないが、いちおうまだ続けよう。
次に頭に飾られているのは大きな紅白リボンだ。織り成す形が三角形だから、獣耳っぽく見えるんだよな。というかもう獣耳の霊夢だ。今日はことさらケモケモしい気がする。
フリルのあしらわれたスカートが、可憐な見た目の割に生活感丸だしな皺を刻んでいるのも相変わらず。やや足が太いように、見えなくもない。
その他にもよく観察してみたが、うん、何も変わりはないな。すまん霊夢、心の中でとは言えお前を疑ってしまった。
「うーん霊夢。今日の私はちょっとおかしいみたい」
「それっていつも通りなんじゃないの?」
「そこで提案なんだが、病状悪化を食い止めるためにハグをしてくれよ。ハグ」
「ハグって、抱きつけってこと?」
「そうだ。さあ抱きついてこい!」
半ば冗談のつもりで言った。
ここで霊夢はいつもなら「柱とでも抱きついてれば?」と無表情で言ってくるものだ。私は心底がっかりしながら柱に抱きつく振りをして、その隙に霊夢が飲みかけているお茶を奪い取るわけだ。完璧だな。
そのはずだった。ところが霊夢は柔和なほほえみを浮かべて、正座していた足をスススと私のほうへ引き寄せてきた。
「あれ、れ、れいむ?」
疑問が私の脳裏によぎったかと思ったら、霊夢の腕が私の背中へまわり、頬が触れる間際まで近づいてきたのだ。
え、いや、え、うそ。
何をしているんだ霊夢! けしからんぞ。そんな冗談が私に通じるとでも思ったか。くそうこうなったら私も腕を回してやる。
ほらどうだ、霊夢の背中にタッチしたぞ。
不思議と触り心地がいいな。なんだ、背中に茶色い毛玉みたいなものがあるぞ。
尻尾? 霊夢は尻尾を生やしていたのか。新発見だなこりゃ。モフモフできるぜ。
「フフフ。魔理沙、尻尾はそんな乱暴に触っちゃダメ」
おお、そりゃすまなかった。もふもふ。
「私の尻尾ってやらかいでしょう。気持ちいいでしょう」
まるで誘うような言い方だな。もふもふ。
「何やってんのよあんたら」
何ってそりゃあお楽しみを。もふ、も、ふ?
襖のほうから声がしたのでそっちを覗いてみたら霊夢が眉間をよせて仁王立ちしていた。
おお霊夢。ちょうど今さっきからお前の尻尾を堪能していたところなんだ。あれ。じゃあどうしてお前そこにいるんだ。
その霊夢はズカズカとこちらへ近寄ってきた。
「くおら化けダヌキ。勝手に人様に化けて遊んでるじゃないわよ」
私と抱き合っていたほうの霊夢をにわかに引き剥がして、後ろへ乱暴に突き飛ばしやがった。おいてめえ。いくら霊夢といえども霊夢に暴力を振るうとは許せないぜ。
「この霊夢め!」
「そうよ、この霊夢よ」
「あれ、なんだ霊夢だったのか」
「何だと思ってたのよ……」
霊夢が二人いるじゃないか、と思って突き飛ばされたヤツへ目をよこしてみたら、背中を打ち付けた痛みに耐え切れず畳の上でもじもじとしている。
おもしろいな。と思ったのも束の間、そいつはたちまち煙に包まれて、みるみるうちに姿を変えていったのだ。
お、おや、おやおや。
「惜しかったのう。あともう一息で魔女っ子を包絡できたところじゃったのに」
なんと、煙から現われたのはタヌキ婆さん、マミゾウだった。
マミゾウは背中をさすりながら起き上がると、丸眼鏡をくいっと上にあげてニッカリ笑った。そのとき私は実感したよ、さっきまで霊夢から感じていた艶やかさの原因は、この年増の雰囲気だったんだと!
「な……なんてことだ……私は騙されていたのか」
すると霊夢が声を張り上げた。
「いや、一目見たときから気づきなさいよ」
「それは無茶な注文ってやつだぜ」
「無茶なんかじゃないでしょ! ほら、タヌキが化けていた私を思い出してみなさい。まず毛に覆われた耳が生えていたでしょう。そしてスカートから太い尻尾も出ていたでしょう」
そうだったかしら。
「そう言えば尻尾はあったような気がするなあ」
「気がするってなんなのよ!」
「耳はちょっと分からなかったな。ほら霊夢って、いつもリボンが獣耳みたいだろ」
「仮にリボンがそう見えたとしましょう。けど私のリボンは紅と白だし、茶色い毛は一本たりとも生えていないのよ。見間違えるわけないでしょ!」
霊夢はマミゾウの頭にのっかっている、二つの茶色い三角を指さした。マミゾウはそれに応えるように三角をひょこひょこ動かして笑った。
いやいや霊夢さん。これが案外分かりづらいものなんだぜ。現に私がはじめにマミゾウ霊夢を見たときには、そんないかにも怪しい物体は一つも見て取れなかった……と、思う。
が、この言葉を口に出そうとは私は思わなかった。出したらお札や針が飛んできそうだからな。
その折にも、マミゾウは私と霊夢のやり取りを眺めていたが、ここでうほんと咳払いをして話に加わってきた。
「まあまあまあ二人とも。ケンカはよしなさい。ケンカをして傷つくのは両方じゃて、良いことはなんにもない」
「あんたのせいでしょうが」
霊夢が閻魔様のように凄んだ顔をマミゾウへ向けた。マミゾウはそれに笑顔でこたえた。
幸いなことに、しばらくして霊夢は落ち着いてくれたよ。
霊夢はマミゾウが勝手に淹れたお茶を、ぶつくさ言いながら取り上げると台所へ消えて、もどってくると湯のみを三つのせたお盆を運んできてくれた。
こういうところ、意外と律儀だよな。
私たちは丸いちゃぶ台をかこんで一服することになったワケだが、どうも空気はそんなに優しくはない。霊夢は湯のみをかたむけつつも、じろじろと私へ厳しい目をよこしてくる。
「何だよ。マミゾウの変化(へんげ)が分からなかったのは仕方ないだろ」
「いつも私と会ってるくせに、分からないなんて……アホ」
「待て。これでも違和感は感じ取ったんだぜ」
ああそうとも。違和感だけはハッキリと感じ取ったんだ。いつもの霊夢じゃないなって、私の鋭いカンは察知したんだ。本当だぜ。
真っ先に私を駆け抜けていった違和感と言えば、普段よりも大人びていたってことだな。
これは印象的だったからよく覚えている。
なんともいえぬ柔和な表情。桃色に濡れるふくよかな唇。それだけじゃない。どこか懐かしい感じのする目のうるみ。ほんのすこし張った体。
まるで一足先に大人になってしまった霊夢がそこにいたような……私はそれに憧れとも妬みともつかない感情を揺すぶられたような……。
……あれ。これってもしかして、マミゾウ霊夢のほうがよくないか?
「霊夢、お前って」
「ちょっと待ちなさい。どうしてそんな憐れみのこもった目を向けられなくちゃいけないの」
霊夢にガンを飛ばされたので、退散してマミゾウのほうへ顔を向けた。
マミゾウはお茶をずるずるとすすりながら、年寄りくさいため息を吐いていた。霊夢に化けていた際に私が感じていたはずのアレやコレやがすっかり見られない。
たったの数分で普通の婆さんになっちまったぜ。
「博麗の巫女よ、お茶だけではちと味気ないのう。お茶うけはないかえ」
「ないわよ。今はきらしてるの」
自分の分だけしか用意していないのだから、嘘はついていないな。
やがてお茶を飲みつくしたマミゾウは飄々と帰っていってしまった。そのあっけなさに私は拍子抜けしたよ。
狐につままれたような、おっと狸につままれたような感じだな。化かされる人間の昔話はよく耳にはするが、皆こういう気持ちだったのだろうか。
「よし霊夢! 一段落ついたことだし私と相撲をとろう」
「いやよ」
「そう言うと思ってただの相撲はするつもりじゃなかった。私の手作り紙相撲をやろう」
「いやよ」
イヤと言いながらもそうそう断らないのが霊夢なんだよな。というわけでお手製紙相撲(魔法を仕込んだ)で私は霊夢と夕方まで対戦することになった。
と、言うような塩梅だ。
これが私および霊夢の化かされ初体験だったんだよ。いつかの弾幕ごっこの時に味あわされた変化は、弾幕に気をとられていてよく覚えていなかったからな、初体験と言っても違いはない。
そして一度だけならさして印象にも残らなかったろうけど、そこは化けダヌキってところか。この二日後にもマミゾウはやってきた。
「おや……」
幻想郷の澄み渡った空をゆらりと飛んでいた私は、はるか向こうの林の影に霊夢を見た、気がした。
あの紅白は暗い緑を背景にするとすごく目立つぜ。だが一瞬しか見て取れなかったからな。もしかしたら目の錯覚かも。
追いかけてみようと思った私はここで名案。
そうだ。神社に行って霊夢を確かめればいいじゃないか。いなければ、さっき私が見たのは霊夢ということになる。たぶん。
いなかったらお茶うけを食べてやるだけにしておこう。
私はひとっ飛びで神社まで向かい、庭へふわりと着陸を決めこんだ。砂埃と落ち葉が舞い散ったのでまだ掃除は済んでいないようだ。
今日の私はいつもより優雅に過ごしたい気分なんだ。だから特別に玄関から上がってやるぜ。
玄関戸のがらがら音、廊下を渡るどたどた音、引き続いては襖を開く音。
居間へ向かってみた私の前に待っていたのは……霊夢だった。
「なんだいたのかよ」
思わず口に出ちゃったよ。
「いたのかよってどういう意味よ。いないつもりで入ってきたの?」
呆れた表情をする霊夢。
いたのなら仕方がない。
私は霊夢の前にどっかり座りこんだ。霊夢はお茶を音たてながら飲んでいた。せっかくきてやったんだ。お客さんの私にも注いでほしい。
「霊夢、おちゃ」
「はいはい。わかってるわよ」
そう言うと霊夢は重たそうに腰をあげて台所へ向かっていった。
分かっているなら即行動にうつすべきだぜ。
もし未来に婿さんができてだな、そいつがひどい亭主関白をわずらっている人間だとしたら、さっきみたいな言葉を言ったが最後、怒りはもう止められないぜ。
まあ私は亭主でも関白でもないからな。霊夢の日常はカメのようにゆったりとしていることくらい知っているさ。亀といえば玄爺はどこいったんだろうな。食べたのか。
霊夢と未来の婿さんが夫婦げんかをしているところを想像していると、霊夢がお茶をもってきて私の前に置いてくれた。
「お前なあ、あんまり旦那さんにはきつくするなよ」
「なんの話よ。まだ結婚してないわよ」
ということは、いつかする予定なんだな。ああ、私の霊夢……。
などとしみじみ思いながら淹れてもらったばかりのお茶に手をつけた。
熱くて、濃いめの渋いお茶。見ただけで分かる。これは出がらしじゃない。茶柱が立っていたわけではないが、今日の私は運が良かったみたいだ。
いただきます。ごくり。
……うん。なんだ。
たしかに出がらしじゃなかった。お茶っ葉もいつもと同じものだ。だが何だろう、味がちがうぞ。どこがどう違うのかハッキリ説明できないが、違うと断言できる何かがあった。
私はちらっと霊夢を見た。
霊夢はもとの場所へすっかり戻って、天狗の新聞をつまらなさそうに広げている。
もしかして、マミゾウか?
私の頭には丸眼鏡をかけて木の葉をかぶったタヌキ婆さんが浮かんでいた。もちろん目の前の博麗霊夢とはどうやっても見違えることがない妖怪だ。
しかしマミゾウは変化ができる。耳と尻尾は隠すことができないようだけど、容姿に関しては完璧と言っていい化けっぷりだったのは覚えている。
この霊夢はマミゾウが化けたものかもしれない。つい二日前にそんな出来事があったばかりだしな。
しかし私が今見るかぎりでは、ここにいる霊夢に不審な点はなかった。
マミゾウが化けた霊夢には、本人からは感じられないツヤがあったことは記憶に新しい。
この霊夢をじっと見てみたが、そんなものは一つも感じ取れなかった。さらに言えば、耳と尻尾も見当たらない。
今回は本当だぜ。じっくりと霊夢の頭部を見つめてみたが、紅白リボン以外はなにもないんだ。
私は念をおした。立ち上がって霊夢の後ろへ回りこみお尻も確認した。フリフリのスカートがあるばかりで、抱きまくらのような大きな尻尾はやはりないのだ。
振り返った霊夢が私へいぶかしげな顔を向ける。
「なによ、なんの用よ」
「いや、綺麗なお尻だなあと思ってさ」
「あんたお尻を見るためだけに回りこんできたの?」
ジトっとした目が私を射ぬく。なるほど。これはいよいよ霊夢だ。
というか私には「霊夢じゃない」と推定できる要素が見つけられない。
私は座布団に座りなおして再びお茶を飲みこんだ。うーむ、やっぱりどことなく味が違う。舌がおかしくなってしまったのだろうか。
と、ここで私はある大変な思いつきをしてしまった。
そうか分かったぜ。霊夢は変わらず茶葉も変わらずと言うのなら……もっとも変異を疑わねばならぬのは、使われている水ではないのか。
「霊夢、ここの井戸はだいじょうぶか!」
私はそう言い放ったなり、居間から飛び出すことにした。
神社の井戸はたしか裏にあったっけ。そこに行ってみると、升を大きくしたような木造井戸がしめ縄に囲まれていた。表面ははびこる苔のせいで緑みを帯びている。
しめ縄を乗り越えフタをひっぺがして真下を覗きこんだ。真っ暗でなにもみえん。八卦炉で照らしてみようか、と思ったが落とすと面倒だからやめておいた。
間もなく霊夢が走ってくると井戸の前の私をみるなり怒りだした。
「何やってんの! ここの井戸は近寄っちゃいけないの」
「ありゃ、そうだったのか。もしかして女が這い出してくるのか」
「バカ。神事のときしか使っちゃいけない決まりだからよ。しめ縄があるでしょう」
霊夢に腕をつかまれてズルズルと連行されていく私。こうなったら素直に尋ねたほうがいいかもしれない。
「なあ霊夢。きょうお前が淹れてくれたお茶だけど、いつもと違うんじゃないのか」
「……」
「なあ」
「ちょっとがんばって淹れてみたのよ」
「なんだ。がんばったら味が変わるのか」
「変わるに決まってるじゃない」
あれ、さっきまで私の腕をつかんでいたはずの霊夢の手が、気がついたら手を握っているぞ。おい、そんなに強く握るなよ。その、なんか、照れるじゃないか。
「今日はゆっくりしていってほしいの」
霊夢が私を誘った……だと。
ああ……ゆっくりしていくぜ、と言いたいところだが。
「おまえ霊夢じゃないな! 霊夢が私を誘うときはもっとぶっきらぼうに“今日はするわよ”って言ってくるもんだぜ」
そう言われて愕然とする相手さん。
もちろんコレは私の想像だ。霊夢からはまだ誘われた経験すらない。悲しいことだよ。
すると、
「こらあッ!」
頭の上からそんな大激怒が降ってきたと思ったら、私たちの前にとある人が軽やかに着地してきた。
何も入っていない薄っぺらの買い物手提げを左手に下げて、眉をくねらす霊夢だった。
「また私に化けて何やってんのよタヌキ。魔理沙も勝手なこと言わないでちょうだい」
ホンモノだろうかとほんの少し疑っていると、手を握っていた霊夢がくっくっと押し殺した声を漏らしはじめて、やがて堰を切って大笑いしだした。
笑いと共にけむりがモクモク上がってきたかと思ったら、マミゾウの姿がアラワになった。
「いや、お見事! よく気づいたのう魔理沙。そしてお使いからお帰り、巫女さん」
「魔理沙!」
霊夢は私を見るなり恐ろしいがに股で近寄ってきた。おいおい、ケンカをふっかける相手を間違えているんじゃないのか。
「あんたね、あんたねえ、気づきなさいよ! ちょっと前に騙されたばっかりじゃない!」
「落ち着け。今回は本当に心から分からなかったんだぜ。嘘はついてない」
「嘘つきなさい! 私が空から眺めたときにはハッキリと、私に化けていたのがマミゾウだって分かったわよ。耳と尻尾が見えていなかったなんて言わせないわよ」
お前のほうこそ目は大丈夫か。私はわざわざマミゾウ霊夢の後ろへ回りこんでまで、耳と尻尾の存在を確認しようとしたんだぜ。その結果として何も見なかった。疑いようがないじゃないか。
こんな反論をすると、霊夢はますます修羅めいてきてさすがの私も冷や汗をかかずにはいられなかったほどだ。
ところが、すぐに表情を一変させて、視線を私からマミゾウへうつした。あの冷静な顔は、何かに気づいた証だ。
「あんた、ただ化けているだけじゃないみたいね」
「ふぉっふぉ。と、言うと?」
「見た目を真似るだけじゃなりきれないから、幻術とかもつかって誤魔化しているんでしょう」
「うむうむ。ご名答ご名答」
これは初耳。するとアレか、私はマミゾウから幻をみせられていたってことになるのか。体を変化させるだけではなく、騙す相手に向けて術までかけていたのか。
マミゾウは霊夢をなだめながらこう言った。
「ふつうのタヌキは術までつかわんのよ。前回の反省を活かしてな、完璧になりきってやろうと思ったんじゃ。結果としては失敗してしもうたが」
「はあ……。あとさ、なんで部外者のあんたが井戸のことを知ってたのよ」
「何をするにあたっても、下調べは大切じゃぞ」
その後、霊夢がお札と針を振り回しながら追いかけ回したので、マミゾウは逃げるように神社から離れることになった。
「さらばじゃ。博麗の巫女と、魔理沙よ」
「どうして魔理沙だけ名前で呼んでるのよ!」
「おお、そういえば。いやあなりきっていたら口に癖がついてしまったようじゃ」
マミゾウは消えていった。
さて。標的を見失った霊夢がつぎに狙いを定めたのは誰かというと、言うまでもなく私だった。
怒りはすっかりなりを潜めていたが、どうしても私に一言いわずにおけないようだ。
霊夢から放たれる無言の圧力が私の足を居間へと動かして、ぺったりと座布団の上にたたませてしまう。霊夢は私の前に座った。
霊夢の説教は槍で突ついてくるように直球で、反論のしようがない。せっかく用意しておいた皮肉とぼけが台無しになってしまったぜ。
ところで霊夢はなにをそんなに怒っているんだろうな。
話を聞いている限りでは、私がマミゾウを見破れなかったことよりも、見破った瞬間のある言動が問題のようだった。
つまりあの「今日はするわよ」のことだ。
「私はあんなこと言わないわよ!」
ああそうだ。私だって今まで一度も言われたことはない。
「でも霊夢ってあんなイメージだぜ。今日はするわよ……霊夢はそう言って私の腕をつかみ、寝室へと引きずっていく。私は困惑して、ただうつむきながら従うしかなかった……」
「変な妄想垂れ流さないでよ。どちらかというと、そういう誘い方って魔理沙のほうが似合うじゃない」
「んなわけあるか」
「でしょう。私だってそうよ」
その日はここから派生して、幻想郷の誰がいちばん愚直な誘い方をしそうかを、二人で議論しあった。
なかなか有意義だったが、その話はよしておこう。
とまあ、これが二度目のマミゾウ変化だった。お分かりいただけたかな。
念のためにもういちど言っておくが、私にはお茶の味が違うという他を除いては、本当にマミゾウを見抜くことができなかった。見た目はもう文句のつけどころがなく真似できていた。
霊夢は「威嚇してやったからさすがにもう来ないでしょう」と言ったが、私はそうは考えていなかった。
ほら、二度あることは三度あるって、ありがたい言葉もあるだろ?
ここでようやく冒頭に繋がるんだぜ。
私と霊夢で人里へ買い物にいったのは、前回から数えて三日後。すなわち初めにマミゾウ変化を食らってから五日後になる。
整理すると、霊夢からはぐれた私が龍神像のまえで待ち、そこに霊夢が二人現われた。一度はぐれてから再び出会った霊夢と、続けざまに現われた霊夢。この二人が今いる。
もはや前者がマミゾウであることは明白だ。なんたって後から来た霊夢が「またマミゾウか!」と人目もはばからず叫んだからな。
初めに来たマミゾウは霊夢とはぐれた私を引き連れて、そのまま帰ってしまおうという算段だったんだろうな。
けど本物の登場があまりに早かったから、それも叶わず。せっかく手提げまで真似してきたってのに、かわいそうに。
後から来た霊夢が額に皺を浮かべて声を荒げている。
「ホントいいかげんにしなさいよ! 退治されたいのかしら」
待て待て。そんな大きな声をあげたら回りから白い目で見られるぜ。ああほら、もう見られている。
霊夢はヒステリック気味にマミゾウ霊夢へ詰め寄っていく。
「あんたねえ。仏の顔も三度までってコトワザくらい知っているでしょう。あんた私たちにちょっかいをかけてこれで三度目よ」
うむむ。たしかに三度目となるとしつこいって印象があるな。いくら天丼ネタと言えどココらへんが限界ってもんだ。マミゾウもここいらで手を引いたほうが身のためかもしれないぜ。
そう思ってマミゾウ霊夢を見やってみたが、どうも想像していたより様子が違っている。
彼女は憤然として冷ややかな声をあげた。
「誰がマミゾウよ」
……風向きが怪しくなってきたようだぜ……。
その霊夢はつづける。
「いいかげんにしてほしいのは私のほうよ。まさか偽者にニセモノ扱いされるなんて」
「な、なんですって。偽者はアンタでしょうが」
さて。二人の霊夢はどちらも「自分が本物だ」と主張しだした。断っておくが私にはどちらの霊夢も同じに見えている。
どちらが本物で偽者か、容姿と言動を見るだけでは見当がつかない。だが一応は尋ねておいたほうがよさそうだな。
「どっちが霊夢なんだ」
私の言葉に反応した二人は同時に口をひらいた。
「アホね、私に決まっているじゃない」
「アホね、私に決まっているじゃない」
表情までいっしょにするなよ。思わず吹きだしそうになったじゃないか。
ここは分かりやすいよう、初めにやってきてマミゾウと疑われた霊夢を第一霊夢。後からやってきた霊夢を第二霊夢としよう。
その二人は顔を見合わせ目をギラギラさせながら何ともいえない距離を保っていた。
周りの人間からの視線がしだいに濃くなってきている。いったいこの霊夢たちをどう捉えているんだろう。双子ってところかな。
「タヌキの癖にしつこいヤツめ」
「タヌキがいっちょ前に文句いわないでよ」
こんな双子はいないな。
どちらも自分が本物だと言ってゆずらないので話が進まない。これはこれで見物だが私だってぐずぐずしているのは好きじゃないからな、一つ解決案を提示してみよう。
私はこう思った。どれだけ姿を真似ることができても弾幕までは模倣できまい。そこで二人に弾幕ごっこをしてもらうのだ。霊夢の弾幕とマミゾウの弾幕、見比べれば一目瞭然だ。
私がこのことを伝えると第二霊夢はニヤり笑ってこう言った。
「なるほど。じゃあソレでいきましょう。どちらが化けダヌキか分かるうえに、妖怪退治も行える」
その霊夢はノリ気だった。しかし片方の第一霊夢はつまらない顔をする。
「ダメよ、そんなの」
「へえ、どうして。バレるのがまずいから?」
「ここで弾幕ごっこなんて出来るわけないでしょ」
ここは人里のど真ん中、たしかに弾幕ごっこをするには悪環境だ。そんなことを言われた第二霊夢は表情をかえ、あからさまな嘲笑をうかべた。
「こんな狭いところでするわけないでしょ。ははあ読めたわ。あんたイチャモンをつけて挑戦を受けないつもりね。魔理沙! こいつがマミゾウよ」
第二霊夢は第一霊夢をほんのかるく突き飛ばすと、私を抱き寄せて後退りした。おっと、こんな公共の場でラブロマンスをやるとは度胸があるじゃないか。
まるでこのままお姫様だっこをして神社まで連れ帰ってしまいそうな……そんなことをしでかしたら霊夢とは呼べないが。
第一霊夢はよろけた後に姿勢をもどして、いくぶん真面目な顔を張り付けたままこう返した。
「あんた必死ね。そうまでして里の外に出たいんだ。幻術を思うぞんぶん使いたいから? ここにいる全員の目をあざむくのは、さすがの婆さんタヌキさんでも苦しいようね。何十人と相手にするより、二人だけを幻にかけるほうがずっと楽だものね」
なんとそうきたか。と、思わず私のほうが唸ってしまいそうになった。
私の両肩に手をかける第二霊夢は、ぐぐっと歯をくいしばって悔しそうにする。
ますますどっちが霊夢なのか分からなくなってきたぜ。二人の言い分のどちらを優先すればいいのやら、私にはさっぱりだ。
周りを眺めてみると、気長に観戦している奴らの間でも意見が分かれているようだ。おいそこの若い三人、賭け事のタネにしない。
私はこっそりと第二霊夢のそばから離れて、できるだけ両人にとってフェアな位置へ足を落ち着けた。ようするに二人の真ん中だ。
そんなこんなしていると、私たちを取り囲んでいた人ごみの一部が突如として割れた。何事かと思ってみるとキビキビ歩いてくる一人の女。
懸念はしていたが、ついにやってきてしまったか、慧音。懸念と慧音……惜しい。
「いったい何の騒ぎかと思ったら。お前らか」
「とりもなおさずお前らだぜ」
「やはりお前らは里の出入りを禁止したほうが……うん?」
みろよ慧音の顔を、対峙する二人の霊夢に面食らっているぜ。
「魔法使い。これはいったいどういうことだ。お前たちは里で何をしでかすつもりだ」
私はこれまでのいきさつを語った。
ついでに、私自身は何もするつもりがなく、何かあったとしても全て霊夢とマミゾウのせいになることを付け加えておいた。責任の行き場所は早いうちにハッキリさせとかないと厄介だからな。
慧音はしかつめらしく二人を見つめて考える素振りをしてみせる。
「これは、マミゾウとやらに私の目まで幻惑させられているのか」
「両方とも霊夢に見えているのなら、その通り」
同じ妖怪である慧音の目まで術に惑わすとは、マミゾウの力は侮れないものがあるようだぜ。
それはともかく、子どもたちに勉強を教えている聡明な慧音先生だ、いったいどういう解決策を示してくれるのやら。
「さあ慧音、おまえの策はなんだ!」
「私がいなくても簡単に解決しそうなものだけどなあ」
「しかしてその心は?」
「極めて簡単。霊夢本人にしか分からぬような質問をすればよいだけだ。ほら、さっさと質問をしてみろ」
せっかく斬新で改革的な提案を期待していたのに、それじゃあすぐに片付いてしまうじゃないか。
しかし、ここいらで決着をつけさせてやらないとな。
「二人の霊夢よ、こちらを見たまえ」
私の言葉に二人は反応して、顔をむけてくる。左右から霊夢に見つめられるという新鮮な体験を得ながら、私は言った。
「お前の巫女服を仕立てているのは誰だ。二人いっしょに答えるんだ。せーの」
さあこい。
「霖之助さん」
「霖之助さん」
二人は一切の狂いなく同時に答えてみせた。
な、なんだと。勘弁してくれよ。こんなの霊夢と私と霖之助くらいしか分からないような内容だぜ。
「あんた何でそんなこと知っているのよ」
「あんたこそ……」
また二人が口喧嘩をしだしそうになったので、慧音が手を叩いて落ち着かせてくれた。そのあとに私へと目配せを送る。
なるほど、もっとプライベートに突っ込まなきゃいけないわけだ。
「じゃあ次だ。霊夢よ、お前はスペルカードをいくつ持っているんだ? せーの」
スペルカードは基本的に人に教えるものじゃないから他人にはまず分からない。だが私は霊夢と何度も弾幕ごっこを繰り返しているから、どのスペカもソラで呟けるほどに記憶している。
うってかわって、一度しか戦っていないマミゾウはどうかな。
「四十よ」
「四十枚ね」
あれー? 言い方に微妙なちがいはあれど、どちらも紛うことのない正解だ。
左の霊夢(もはやどっちが第一か第二か忘れた)が私へきつい視線を投げかけてくる。
「あんたねえ、本当に偽者を見つける気があるの?」
そう言われると悩ましい。私はべつに霊夢が二人いても構わないんだけどな。こんなこと本人にいえば弾幕ごっこをすっ飛ばして殴られそうだが。
さて、もうトドメを指すべきだな。もう本当に誰にも分からないような秘密中の秘密ってヤツをくれてやらないと。
「よし。この質問で全てが分かるぜ。霊夢よ、お前は前に◯◯◯で□□□をしてたよな。そのとき“※※※!”って言ってたのをよく覚えているぜ。まあそうやって盗み見していた私なんだがお前に見つかったんだ。そこでお前は△△△したはずだ。では、そのとき私がお前にむけて言ったセリフは何だったか。せーの」
そのときだった。
私が言い終わる前に、右にいた霊夢が急に走り寄ってくると、両手で私の口をふさぎにかかった。
「あんた何の話をしてんのよやめなさい!」
お、おお、この激烈な反応はまさか。
「でもお前してたじゃないか。□□□を」
「してないわよアホ! 捏造しないで!」
霊夢が口をふさぐ行為から首を絞めつける行為へうつりはじめたところで、私は早めのうちに謝った。
それでもほんの数秒は力がこもった二の腕の硬さを味あわされた。情けない声をもらさずにはいられなかった。
まあいいさ。これでどちらが霊夢か決定したな。恥ずかしい話にすかさず飛びついてきた右霊夢が本当の霊夢で、そうでなかった左霊夢がマミゾウだ。
一部始終を眺めていた左の霊夢は、すべてが終わったあとにやれやれといった表情をあらわし、体を煙で覆い隠した。
じきに現出したのはマミゾウである。よかった。ここで相変わらず霊夢だったら私は叫んでいたかもしれない。
「よくぞ見破った! 今回は予習も復習もして自信があったんじゃがのう」
煙が薄まっていくと同時に、周りから拍手の音が聞こえてきて、しまいには波のように私たちを包みこんでいった。そうか、そんなに私たちのやり取りは面白かったのか。
しかし、歓声が大きくなるにつれて霊夢からの圧迫も大きくなっていくのは、どういうことだろうな……ウゲッ。
「あんたねえ、あんたねえ、どうしてくれんのよ。大恥かいちゃったじゃない」
「れ……霊夢……お前の腕って……あんがい太いな……」
マミゾウのけらけら笑いが耳に響く。なんだか目の前が真っ白になっていくぜ。
という間一髪のところで慧音が私を助けてくれた。霊夢は恨めしそうな鋭い目を私へ突き刺したあと、くるっと回ってマミゾウへもブスリ。
「私帰るからね。あと、あんたら! ???なんてしてないからね」
最後に全員を睨め回したあと、ふわっと向こうの空へ飛んでいった。
終わったな。
集まっていた群衆は見世物が済んだものだからちりぢりになっていく。私もそろそろ帰るかしらと思っていると慧音とマミゾウが近づいてきた。
慧音が喋る。
「お前たち、あんまり目立つようなことをすると里に入れさせてやらないぞ。そちらの……えー、タヌキさんも、新しい人のようだが、今回のようなことが多いとだな、ここの出入りを禁止しなければならなくなるから、どうか控えめに」
「そうかそうか。そのときはテキトウな人間に化けて入ることにするよ」
慧音はちょっと困った顔をしてから立ち去っていった。
私はマミゾウと二人きりになった。本当はもう帰りたくてウズウズしていたところだったが、ちょうどいい機会だ、せっかくなので尋ねてみることにした。
「どうして霊夢に化けて、私たちを騙したんだ。一度だけでなく三度も」
「そうじゃなあ。弾幕ごっこのときに儂が巫女さんに化けたじゃろ。アレは即興でやってみせたものなんじゃが、思っていたより上手にできてな。勿体なかったからもっと試してみたかったんじゃよ。いまは満足しておるわい」
ふうん。ずいぶんあっさりした理由だぜ。
「でもそれってなんとなく分かるなあ。私も魔法を作ってる身だからな。デタラメに作った魔法があんがい面白そうだったときは煮詰めてみたくなるぜ」
「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃろう。なんだか話が合うではないか」
「かもな。話が合うついでになんだが、実は私って化け学に興味があるんだ。なんでもいいから教えてくれよ」
「よろしい。ちょっと長くなるがいいかえ?」
「長くてなんぼってもんだぜ。あの飲み屋でいっちょう」
じゃあいいです。と、誰かが耳元で囁いた気がしたが、きっと空耳だろう。
「ちょっと! また私に化けて悪さするつもりね!」
そんな大声が博麗神社に響き渡った。
私は、目の前に座っていた霊夢の顔を見下ろしたが、ちょっとだけ眉を寄せた疑りの顔だった。間もなくして口が動き出す。
「なに叫んでんの、魔理沙」
「しらけるなよ。もっと構ってくれ」
今の私はいつもの黒白スタイルではなく、紅白の巫女服をみにつけていた。
できるだけ霊夢の着ているものに近い作りを狙ったんだが、大雑把にしか真似できなかったようだ。腋のあたりが自信あるんだけどな。
さて言わずもがな、これは先日マミゾウから教えてもらった変化、化け学、幻術を試したみたものだ。結果は見ての通りだが。
霊夢に感想を尋ねてみたら、いかにもアホらしいという面をしながらこう言ってきた。
「かみが、きんぱつ。せたけが、まりさ」
「大目に見ろよ」
「アホじゃないの」
私もまだまだ修行が足りないようだぜ。
一段落ついたので、私は霊夢の前に腰をおろして、ちゃぶ台に用意されていたミカンを手にとった。もうミカンが似合う季節か。
霊夢はお茶を静かに飲み、私はミカンの皮と戦った。
ふと部屋の隅を眺めてみると、数日前に私が持ってきた紙相撲と、天狗の新聞が積み上げられているではないか。
そういえばマミゾウ霊夢は新聞を読んでいたな。普段の霊夢なんか興味すら示さないのに。こう考えてみれば、どれだけ精巧になりきってみせても、さりげない部分でボロが出ちまうものらしい。修行が足りていないのは私だけではなかったか。
なんていっちょ前な感想を思いながらミカンをほうばっていると、廊下のほうからせわしない足音が近づいてきた。
なんだ。と振り向く間もないうちに襖が勢いよく開かれる。
「ちょっと! また私に化けて悪さするつもりね!」
その大声を間近に受け取った私の耳は、あやうく破裂するかと思った。
後ろを見てみると、さてどうしたことだろうな。
髪が金髪、背丈が魔理沙。中途半端な霊夢の服装をする、私がいるぜ。
真偽は私には分からないが、少なくとも私は霊夢とつるんで買い物にいくことが多いな。
訪れるのは人間の里なんだがな。私はあまりうろちょろしたくないんだよ。親とさ、顔をあわせたら気まずいだろ。
ただ霊夢はのんきな顔してぐるぐる見て回る。おっかなびっくりの私とは大違いだ。
このとおり二人の歩行速度には明らかな違いがあるわけだ。だから油断しているとはぐれてしまんだよ。
そして、今日の私は油断しきっていた。
気がついたらそばにいたはずの霊夢がどこにいるか分からない。
人間の里は小さいが裏路地にも店が立ち並んでいるから、店という店を巡り回っていると迷路を探検しているようになってしまうんだ。だから案外はぐれやすい。
こうなると仕方ない。こういうときは変に探して歩くより、一つの場所に留まっていたほうがいい。私は龍神様の像の前で待機することにした。
しばらく。
待っていると向こうのほうから紅白の目立つ服装をした女がキョロキョロしながら歩いてきた。そう、我らが霊夢さんだ。
霊夢は私を見つけたなり眉をひそめながら小走りで近づいてきた。
「魔理沙、やっと見つけた。どこ行ってたのよ」
それはこっちが言いたいセリフだが、まあお互い様か。
「まだ見ていくか。というか見ていこうぜ。私ぜんぜん見てない」
「私はもう帰りたいんだけど」
霊夢が左手に下げている手提げ袋は、買われたばかりの品物たちによって膨れあがっている。まだ少ないほうだ。霊夢が本気を出せば手提げ袋があと三つは追加される。
私たちはこのまま帰ることになった。と思っていると。
前方からやってきた紅白の目立つ服装の女を、私は目を白黒させて出迎えることになった。おやおや、さらに霊夢じゃないか。
第二霊夢は眉を釣り上げてながら走り寄ってくるなり、大声をあげた。
「またマミゾウか!」
また。
この言葉が意味するところは一つ。つまりまたマミゾウが霊夢に化けてやってきたということで、前回が存在しているということなんだ。
それは一体いつ頃だろうな。話は五日前にさかのぼるぜ。
五日前のお昼過ぎだ。ご飯を食べ終わったわたし霧雨魔理沙は、なんとなく思いつきで霊夢の元へ遊びにいくことにした。
博麗神社に到着してからが、本題になる。
私は、神社の上空にきたので足元を見渡してみる。
庭の掃除はすでに終えているみたいだな。さっぱり綺麗になっているぜ。遠慮なく着陸させてもらおう。
私は降り立ち、玄関を無視して裏手のほうへと歩いていった。やがて縁側が見えてくる。
縁側から中の様子を覗いてみると……お、いた。霊夢だ。霊夢の背中だ。相変わらず紅白の衣装を着こなしていらっしゃる。
けど私は知っているぜ、最近は胸に巻いているさらしが苦しくなってきたそうじゃないか。発育がたくましいようで何よりだ。
「よお霊夢。きたぜ」
「あら、魔理沙」
霊夢は振り返ると愛想のない顔を私へむける。
おや、なんだかいつもと様子が違うぞ。表情というか、顔の雰囲気というか。何だろうこの感じ。大人びていると言えばいいのか。
「霊夢? ……なんかおかしくないか」
「そうかしら。いつも通りのつもりだけど」
そうだな。いつも通りの素っ気無い霊夢だ。特におかしい部分なんてない、はず。
だが見れば見るほど奇妙だ。今まで私がみてきた霊夢にはないものがあるぞ。目をあわせているとちょっとドキドキしてくる。
まさかこれは、恋? いやいや、そんなわけ。何度も会っているし昨日だって顔をあわせたし、今日になっていきなり恋愛感情が芽生えるなんて、なあ。
「魔理沙?」
「お、おう!」
実に冷めた目で見てきてやがる。その目でさえもどことなく艶やか……。
待て。こいつは果たして本当に霊夢なのか? そう、霊夢じゃないかもしれない。それが違和感の原因かも。
よく整理してみるんだ。
まず大胆なカッティングが唯一無二って具合の巫女服を着ている。もうこの時点で霊夢以外の何者でもないが、いちおうまだ続けよう。
次に頭に飾られているのは大きな紅白リボンだ。織り成す形が三角形だから、獣耳っぽく見えるんだよな。というかもう獣耳の霊夢だ。今日はことさらケモケモしい気がする。
フリルのあしらわれたスカートが、可憐な見た目の割に生活感丸だしな皺を刻んでいるのも相変わらず。やや足が太いように、見えなくもない。
その他にもよく観察してみたが、うん、何も変わりはないな。すまん霊夢、心の中でとは言えお前を疑ってしまった。
「うーん霊夢。今日の私はちょっとおかしいみたい」
「それっていつも通りなんじゃないの?」
「そこで提案なんだが、病状悪化を食い止めるためにハグをしてくれよ。ハグ」
「ハグって、抱きつけってこと?」
「そうだ。さあ抱きついてこい!」
半ば冗談のつもりで言った。
ここで霊夢はいつもなら「柱とでも抱きついてれば?」と無表情で言ってくるものだ。私は心底がっかりしながら柱に抱きつく振りをして、その隙に霊夢が飲みかけているお茶を奪い取るわけだ。完璧だな。
そのはずだった。ところが霊夢は柔和なほほえみを浮かべて、正座していた足をスススと私のほうへ引き寄せてきた。
「あれ、れ、れいむ?」
疑問が私の脳裏によぎったかと思ったら、霊夢の腕が私の背中へまわり、頬が触れる間際まで近づいてきたのだ。
え、いや、え、うそ。
何をしているんだ霊夢! けしからんぞ。そんな冗談が私に通じるとでも思ったか。くそうこうなったら私も腕を回してやる。
ほらどうだ、霊夢の背中にタッチしたぞ。
不思議と触り心地がいいな。なんだ、背中に茶色い毛玉みたいなものがあるぞ。
尻尾? 霊夢は尻尾を生やしていたのか。新発見だなこりゃ。モフモフできるぜ。
「フフフ。魔理沙、尻尾はそんな乱暴に触っちゃダメ」
おお、そりゃすまなかった。もふもふ。
「私の尻尾ってやらかいでしょう。気持ちいいでしょう」
まるで誘うような言い方だな。もふもふ。
「何やってんのよあんたら」
何ってそりゃあお楽しみを。もふ、も、ふ?
襖のほうから声がしたのでそっちを覗いてみたら霊夢が眉間をよせて仁王立ちしていた。
おお霊夢。ちょうど今さっきからお前の尻尾を堪能していたところなんだ。あれ。じゃあどうしてお前そこにいるんだ。
その霊夢はズカズカとこちらへ近寄ってきた。
「くおら化けダヌキ。勝手に人様に化けて遊んでるじゃないわよ」
私と抱き合っていたほうの霊夢をにわかに引き剥がして、後ろへ乱暴に突き飛ばしやがった。おいてめえ。いくら霊夢といえども霊夢に暴力を振るうとは許せないぜ。
「この霊夢め!」
「そうよ、この霊夢よ」
「あれ、なんだ霊夢だったのか」
「何だと思ってたのよ……」
霊夢が二人いるじゃないか、と思って突き飛ばされたヤツへ目をよこしてみたら、背中を打ち付けた痛みに耐え切れず畳の上でもじもじとしている。
おもしろいな。と思ったのも束の間、そいつはたちまち煙に包まれて、みるみるうちに姿を変えていったのだ。
お、おや、おやおや。
「惜しかったのう。あともう一息で魔女っ子を包絡できたところじゃったのに」
なんと、煙から現われたのはタヌキ婆さん、マミゾウだった。
マミゾウは背中をさすりながら起き上がると、丸眼鏡をくいっと上にあげてニッカリ笑った。そのとき私は実感したよ、さっきまで霊夢から感じていた艶やかさの原因は、この年増の雰囲気だったんだと!
「な……なんてことだ……私は騙されていたのか」
すると霊夢が声を張り上げた。
「いや、一目見たときから気づきなさいよ」
「それは無茶な注文ってやつだぜ」
「無茶なんかじゃないでしょ! ほら、タヌキが化けていた私を思い出してみなさい。まず毛に覆われた耳が生えていたでしょう。そしてスカートから太い尻尾も出ていたでしょう」
そうだったかしら。
「そう言えば尻尾はあったような気がするなあ」
「気がするってなんなのよ!」
「耳はちょっと分からなかったな。ほら霊夢って、いつもリボンが獣耳みたいだろ」
「仮にリボンがそう見えたとしましょう。けど私のリボンは紅と白だし、茶色い毛は一本たりとも生えていないのよ。見間違えるわけないでしょ!」
霊夢はマミゾウの頭にのっかっている、二つの茶色い三角を指さした。マミゾウはそれに応えるように三角をひょこひょこ動かして笑った。
いやいや霊夢さん。これが案外分かりづらいものなんだぜ。現に私がはじめにマミゾウ霊夢を見たときには、そんないかにも怪しい物体は一つも見て取れなかった……と、思う。
が、この言葉を口に出そうとは私は思わなかった。出したらお札や針が飛んできそうだからな。
その折にも、マミゾウは私と霊夢のやり取りを眺めていたが、ここでうほんと咳払いをして話に加わってきた。
「まあまあまあ二人とも。ケンカはよしなさい。ケンカをして傷つくのは両方じゃて、良いことはなんにもない」
「あんたのせいでしょうが」
霊夢が閻魔様のように凄んだ顔をマミゾウへ向けた。マミゾウはそれに笑顔でこたえた。
幸いなことに、しばらくして霊夢は落ち着いてくれたよ。
霊夢はマミゾウが勝手に淹れたお茶を、ぶつくさ言いながら取り上げると台所へ消えて、もどってくると湯のみを三つのせたお盆を運んできてくれた。
こういうところ、意外と律儀だよな。
私たちは丸いちゃぶ台をかこんで一服することになったワケだが、どうも空気はそんなに優しくはない。霊夢は湯のみをかたむけつつも、じろじろと私へ厳しい目をよこしてくる。
「何だよ。マミゾウの変化(へんげ)が分からなかったのは仕方ないだろ」
「いつも私と会ってるくせに、分からないなんて……アホ」
「待て。これでも違和感は感じ取ったんだぜ」
ああそうとも。違和感だけはハッキリと感じ取ったんだ。いつもの霊夢じゃないなって、私の鋭いカンは察知したんだ。本当だぜ。
真っ先に私を駆け抜けていった違和感と言えば、普段よりも大人びていたってことだな。
これは印象的だったからよく覚えている。
なんともいえぬ柔和な表情。桃色に濡れるふくよかな唇。それだけじゃない。どこか懐かしい感じのする目のうるみ。ほんのすこし張った体。
まるで一足先に大人になってしまった霊夢がそこにいたような……私はそれに憧れとも妬みともつかない感情を揺すぶられたような……。
……あれ。これってもしかして、マミゾウ霊夢のほうがよくないか?
「霊夢、お前って」
「ちょっと待ちなさい。どうしてそんな憐れみのこもった目を向けられなくちゃいけないの」
霊夢にガンを飛ばされたので、退散してマミゾウのほうへ顔を向けた。
マミゾウはお茶をずるずるとすすりながら、年寄りくさいため息を吐いていた。霊夢に化けていた際に私が感じていたはずのアレやコレやがすっかり見られない。
たったの数分で普通の婆さんになっちまったぜ。
「博麗の巫女よ、お茶だけではちと味気ないのう。お茶うけはないかえ」
「ないわよ。今はきらしてるの」
自分の分だけしか用意していないのだから、嘘はついていないな。
やがてお茶を飲みつくしたマミゾウは飄々と帰っていってしまった。そのあっけなさに私は拍子抜けしたよ。
狐につままれたような、おっと狸につままれたような感じだな。化かされる人間の昔話はよく耳にはするが、皆こういう気持ちだったのだろうか。
「よし霊夢! 一段落ついたことだし私と相撲をとろう」
「いやよ」
「そう言うと思ってただの相撲はするつもりじゃなかった。私の手作り紙相撲をやろう」
「いやよ」
イヤと言いながらもそうそう断らないのが霊夢なんだよな。というわけでお手製紙相撲(魔法を仕込んだ)で私は霊夢と夕方まで対戦することになった。
と、言うような塩梅だ。
これが私および霊夢の化かされ初体験だったんだよ。いつかの弾幕ごっこの時に味あわされた変化は、弾幕に気をとられていてよく覚えていなかったからな、初体験と言っても違いはない。
そして一度だけならさして印象にも残らなかったろうけど、そこは化けダヌキってところか。この二日後にもマミゾウはやってきた。
「おや……」
幻想郷の澄み渡った空をゆらりと飛んでいた私は、はるか向こうの林の影に霊夢を見た、気がした。
あの紅白は暗い緑を背景にするとすごく目立つぜ。だが一瞬しか見て取れなかったからな。もしかしたら目の錯覚かも。
追いかけてみようと思った私はここで名案。
そうだ。神社に行って霊夢を確かめればいいじゃないか。いなければ、さっき私が見たのは霊夢ということになる。たぶん。
いなかったらお茶うけを食べてやるだけにしておこう。
私はひとっ飛びで神社まで向かい、庭へふわりと着陸を決めこんだ。砂埃と落ち葉が舞い散ったのでまだ掃除は済んでいないようだ。
今日の私はいつもより優雅に過ごしたい気分なんだ。だから特別に玄関から上がってやるぜ。
玄関戸のがらがら音、廊下を渡るどたどた音、引き続いては襖を開く音。
居間へ向かってみた私の前に待っていたのは……霊夢だった。
「なんだいたのかよ」
思わず口に出ちゃったよ。
「いたのかよってどういう意味よ。いないつもりで入ってきたの?」
呆れた表情をする霊夢。
いたのなら仕方がない。
私は霊夢の前にどっかり座りこんだ。霊夢はお茶を音たてながら飲んでいた。せっかくきてやったんだ。お客さんの私にも注いでほしい。
「霊夢、おちゃ」
「はいはい。わかってるわよ」
そう言うと霊夢は重たそうに腰をあげて台所へ向かっていった。
分かっているなら即行動にうつすべきだぜ。
もし未来に婿さんができてだな、そいつがひどい亭主関白をわずらっている人間だとしたら、さっきみたいな言葉を言ったが最後、怒りはもう止められないぜ。
まあ私は亭主でも関白でもないからな。霊夢の日常はカメのようにゆったりとしていることくらい知っているさ。亀といえば玄爺はどこいったんだろうな。食べたのか。
霊夢と未来の婿さんが夫婦げんかをしているところを想像していると、霊夢がお茶をもってきて私の前に置いてくれた。
「お前なあ、あんまり旦那さんにはきつくするなよ」
「なんの話よ。まだ結婚してないわよ」
ということは、いつかする予定なんだな。ああ、私の霊夢……。
などとしみじみ思いながら淹れてもらったばかりのお茶に手をつけた。
熱くて、濃いめの渋いお茶。見ただけで分かる。これは出がらしじゃない。茶柱が立っていたわけではないが、今日の私は運が良かったみたいだ。
いただきます。ごくり。
……うん。なんだ。
たしかに出がらしじゃなかった。お茶っ葉もいつもと同じものだ。だが何だろう、味がちがうぞ。どこがどう違うのかハッキリ説明できないが、違うと断言できる何かがあった。
私はちらっと霊夢を見た。
霊夢はもとの場所へすっかり戻って、天狗の新聞をつまらなさそうに広げている。
もしかして、マミゾウか?
私の頭には丸眼鏡をかけて木の葉をかぶったタヌキ婆さんが浮かんでいた。もちろん目の前の博麗霊夢とはどうやっても見違えることがない妖怪だ。
しかしマミゾウは変化ができる。耳と尻尾は隠すことができないようだけど、容姿に関しては完璧と言っていい化けっぷりだったのは覚えている。
この霊夢はマミゾウが化けたものかもしれない。つい二日前にそんな出来事があったばかりだしな。
しかし私が今見るかぎりでは、ここにいる霊夢に不審な点はなかった。
マミゾウが化けた霊夢には、本人からは感じられないツヤがあったことは記憶に新しい。
この霊夢をじっと見てみたが、そんなものは一つも感じ取れなかった。さらに言えば、耳と尻尾も見当たらない。
今回は本当だぜ。じっくりと霊夢の頭部を見つめてみたが、紅白リボン以外はなにもないんだ。
私は念をおした。立ち上がって霊夢の後ろへ回りこみお尻も確認した。フリフリのスカートがあるばかりで、抱きまくらのような大きな尻尾はやはりないのだ。
振り返った霊夢が私へいぶかしげな顔を向ける。
「なによ、なんの用よ」
「いや、綺麗なお尻だなあと思ってさ」
「あんたお尻を見るためだけに回りこんできたの?」
ジトっとした目が私を射ぬく。なるほど。これはいよいよ霊夢だ。
というか私には「霊夢じゃない」と推定できる要素が見つけられない。
私は座布団に座りなおして再びお茶を飲みこんだ。うーむ、やっぱりどことなく味が違う。舌がおかしくなってしまったのだろうか。
と、ここで私はある大変な思いつきをしてしまった。
そうか分かったぜ。霊夢は変わらず茶葉も変わらずと言うのなら……もっとも変異を疑わねばならぬのは、使われている水ではないのか。
「霊夢、ここの井戸はだいじょうぶか!」
私はそう言い放ったなり、居間から飛び出すことにした。
神社の井戸はたしか裏にあったっけ。そこに行ってみると、升を大きくしたような木造井戸がしめ縄に囲まれていた。表面ははびこる苔のせいで緑みを帯びている。
しめ縄を乗り越えフタをひっぺがして真下を覗きこんだ。真っ暗でなにもみえん。八卦炉で照らしてみようか、と思ったが落とすと面倒だからやめておいた。
間もなく霊夢が走ってくると井戸の前の私をみるなり怒りだした。
「何やってんの! ここの井戸は近寄っちゃいけないの」
「ありゃ、そうだったのか。もしかして女が這い出してくるのか」
「バカ。神事のときしか使っちゃいけない決まりだからよ。しめ縄があるでしょう」
霊夢に腕をつかまれてズルズルと連行されていく私。こうなったら素直に尋ねたほうがいいかもしれない。
「なあ霊夢。きょうお前が淹れてくれたお茶だけど、いつもと違うんじゃないのか」
「……」
「なあ」
「ちょっとがんばって淹れてみたのよ」
「なんだ。がんばったら味が変わるのか」
「変わるに決まってるじゃない」
あれ、さっきまで私の腕をつかんでいたはずの霊夢の手が、気がついたら手を握っているぞ。おい、そんなに強く握るなよ。その、なんか、照れるじゃないか。
「今日はゆっくりしていってほしいの」
霊夢が私を誘った……だと。
ああ……ゆっくりしていくぜ、と言いたいところだが。
「おまえ霊夢じゃないな! 霊夢が私を誘うときはもっとぶっきらぼうに“今日はするわよ”って言ってくるもんだぜ」
そう言われて愕然とする相手さん。
もちろんコレは私の想像だ。霊夢からはまだ誘われた経験すらない。悲しいことだよ。
すると、
「こらあッ!」
頭の上からそんな大激怒が降ってきたと思ったら、私たちの前にとある人が軽やかに着地してきた。
何も入っていない薄っぺらの買い物手提げを左手に下げて、眉をくねらす霊夢だった。
「また私に化けて何やってんのよタヌキ。魔理沙も勝手なこと言わないでちょうだい」
ホンモノだろうかとほんの少し疑っていると、手を握っていた霊夢がくっくっと押し殺した声を漏らしはじめて、やがて堰を切って大笑いしだした。
笑いと共にけむりがモクモク上がってきたかと思ったら、マミゾウの姿がアラワになった。
「いや、お見事! よく気づいたのう魔理沙。そしてお使いからお帰り、巫女さん」
「魔理沙!」
霊夢は私を見るなり恐ろしいがに股で近寄ってきた。おいおい、ケンカをふっかける相手を間違えているんじゃないのか。
「あんたね、あんたねえ、気づきなさいよ! ちょっと前に騙されたばっかりじゃない!」
「落ち着け。今回は本当に心から分からなかったんだぜ。嘘はついてない」
「嘘つきなさい! 私が空から眺めたときにはハッキリと、私に化けていたのがマミゾウだって分かったわよ。耳と尻尾が見えていなかったなんて言わせないわよ」
お前のほうこそ目は大丈夫か。私はわざわざマミゾウ霊夢の後ろへ回りこんでまで、耳と尻尾の存在を確認しようとしたんだぜ。その結果として何も見なかった。疑いようがないじゃないか。
こんな反論をすると、霊夢はますます修羅めいてきてさすがの私も冷や汗をかかずにはいられなかったほどだ。
ところが、すぐに表情を一変させて、視線を私からマミゾウへうつした。あの冷静な顔は、何かに気づいた証だ。
「あんた、ただ化けているだけじゃないみたいね」
「ふぉっふぉ。と、言うと?」
「見た目を真似るだけじゃなりきれないから、幻術とかもつかって誤魔化しているんでしょう」
「うむうむ。ご名答ご名答」
これは初耳。するとアレか、私はマミゾウから幻をみせられていたってことになるのか。体を変化させるだけではなく、騙す相手に向けて術までかけていたのか。
マミゾウは霊夢をなだめながらこう言った。
「ふつうのタヌキは術までつかわんのよ。前回の反省を活かしてな、完璧になりきってやろうと思ったんじゃ。結果としては失敗してしもうたが」
「はあ……。あとさ、なんで部外者のあんたが井戸のことを知ってたのよ」
「何をするにあたっても、下調べは大切じゃぞ」
その後、霊夢がお札と針を振り回しながら追いかけ回したので、マミゾウは逃げるように神社から離れることになった。
「さらばじゃ。博麗の巫女と、魔理沙よ」
「どうして魔理沙だけ名前で呼んでるのよ!」
「おお、そういえば。いやあなりきっていたら口に癖がついてしまったようじゃ」
マミゾウは消えていった。
さて。標的を見失った霊夢がつぎに狙いを定めたのは誰かというと、言うまでもなく私だった。
怒りはすっかりなりを潜めていたが、どうしても私に一言いわずにおけないようだ。
霊夢から放たれる無言の圧力が私の足を居間へと動かして、ぺったりと座布団の上にたたませてしまう。霊夢は私の前に座った。
霊夢の説教は槍で突ついてくるように直球で、反論のしようがない。せっかく用意しておいた皮肉とぼけが台無しになってしまったぜ。
ところで霊夢はなにをそんなに怒っているんだろうな。
話を聞いている限りでは、私がマミゾウを見破れなかったことよりも、見破った瞬間のある言動が問題のようだった。
つまりあの「今日はするわよ」のことだ。
「私はあんなこと言わないわよ!」
ああそうだ。私だって今まで一度も言われたことはない。
「でも霊夢ってあんなイメージだぜ。今日はするわよ……霊夢はそう言って私の腕をつかみ、寝室へと引きずっていく。私は困惑して、ただうつむきながら従うしかなかった……」
「変な妄想垂れ流さないでよ。どちらかというと、そういう誘い方って魔理沙のほうが似合うじゃない」
「んなわけあるか」
「でしょう。私だってそうよ」
その日はここから派生して、幻想郷の誰がいちばん愚直な誘い方をしそうかを、二人で議論しあった。
なかなか有意義だったが、その話はよしておこう。
とまあ、これが二度目のマミゾウ変化だった。お分かりいただけたかな。
念のためにもういちど言っておくが、私にはお茶の味が違うという他を除いては、本当にマミゾウを見抜くことができなかった。見た目はもう文句のつけどころがなく真似できていた。
霊夢は「威嚇してやったからさすがにもう来ないでしょう」と言ったが、私はそうは考えていなかった。
ほら、二度あることは三度あるって、ありがたい言葉もあるだろ?
ここでようやく冒頭に繋がるんだぜ。
私と霊夢で人里へ買い物にいったのは、前回から数えて三日後。すなわち初めにマミゾウ変化を食らってから五日後になる。
整理すると、霊夢からはぐれた私が龍神像のまえで待ち、そこに霊夢が二人現われた。一度はぐれてから再び出会った霊夢と、続けざまに現われた霊夢。この二人が今いる。
もはや前者がマミゾウであることは明白だ。なんたって後から来た霊夢が「またマミゾウか!」と人目もはばからず叫んだからな。
初めに来たマミゾウは霊夢とはぐれた私を引き連れて、そのまま帰ってしまおうという算段だったんだろうな。
けど本物の登場があまりに早かったから、それも叶わず。せっかく手提げまで真似してきたってのに、かわいそうに。
後から来た霊夢が額に皺を浮かべて声を荒げている。
「ホントいいかげんにしなさいよ! 退治されたいのかしら」
待て待て。そんな大きな声をあげたら回りから白い目で見られるぜ。ああほら、もう見られている。
霊夢はヒステリック気味にマミゾウ霊夢へ詰め寄っていく。
「あんたねえ。仏の顔も三度までってコトワザくらい知っているでしょう。あんた私たちにちょっかいをかけてこれで三度目よ」
うむむ。たしかに三度目となるとしつこいって印象があるな。いくら天丼ネタと言えどココらへんが限界ってもんだ。マミゾウもここいらで手を引いたほうが身のためかもしれないぜ。
そう思ってマミゾウ霊夢を見やってみたが、どうも想像していたより様子が違っている。
彼女は憤然として冷ややかな声をあげた。
「誰がマミゾウよ」
……風向きが怪しくなってきたようだぜ……。
その霊夢はつづける。
「いいかげんにしてほしいのは私のほうよ。まさか偽者にニセモノ扱いされるなんて」
「な、なんですって。偽者はアンタでしょうが」
さて。二人の霊夢はどちらも「自分が本物だ」と主張しだした。断っておくが私にはどちらの霊夢も同じに見えている。
どちらが本物で偽者か、容姿と言動を見るだけでは見当がつかない。だが一応は尋ねておいたほうがよさそうだな。
「どっちが霊夢なんだ」
私の言葉に反応した二人は同時に口をひらいた。
「アホね、私に決まっているじゃない」
「アホね、私に決まっているじゃない」
表情までいっしょにするなよ。思わず吹きだしそうになったじゃないか。
ここは分かりやすいよう、初めにやってきてマミゾウと疑われた霊夢を第一霊夢。後からやってきた霊夢を第二霊夢としよう。
その二人は顔を見合わせ目をギラギラさせながら何ともいえない距離を保っていた。
周りの人間からの視線がしだいに濃くなってきている。いったいこの霊夢たちをどう捉えているんだろう。双子ってところかな。
「タヌキの癖にしつこいヤツめ」
「タヌキがいっちょ前に文句いわないでよ」
こんな双子はいないな。
どちらも自分が本物だと言ってゆずらないので話が進まない。これはこれで見物だが私だってぐずぐずしているのは好きじゃないからな、一つ解決案を提示してみよう。
私はこう思った。どれだけ姿を真似ることができても弾幕までは模倣できまい。そこで二人に弾幕ごっこをしてもらうのだ。霊夢の弾幕とマミゾウの弾幕、見比べれば一目瞭然だ。
私がこのことを伝えると第二霊夢はニヤり笑ってこう言った。
「なるほど。じゃあソレでいきましょう。どちらが化けダヌキか分かるうえに、妖怪退治も行える」
その霊夢はノリ気だった。しかし片方の第一霊夢はつまらない顔をする。
「ダメよ、そんなの」
「へえ、どうして。バレるのがまずいから?」
「ここで弾幕ごっこなんて出来るわけないでしょ」
ここは人里のど真ん中、たしかに弾幕ごっこをするには悪環境だ。そんなことを言われた第二霊夢は表情をかえ、あからさまな嘲笑をうかべた。
「こんな狭いところでするわけないでしょ。ははあ読めたわ。あんたイチャモンをつけて挑戦を受けないつもりね。魔理沙! こいつがマミゾウよ」
第二霊夢は第一霊夢をほんのかるく突き飛ばすと、私を抱き寄せて後退りした。おっと、こんな公共の場でラブロマンスをやるとは度胸があるじゃないか。
まるでこのままお姫様だっこをして神社まで連れ帰ってしまいそうな……そんなことをしでかしたら霊夢とは呼べないが。
第一霊夢はよろけた後に姿勢をもどして、いくぶん真面目な顔を張り付けたままこう返した。
「あんた必死ね。そうまでして里の外に出たいんだ。幻術を思うぞんぶん使いたいから? ここにいる全員の目をあざむくのは、さすがの婆さんタヌキさんでも苦しいようね。何十人と相手にするより、二人だけを幻にかけるほうがずっと楽だものね」
なんとそうきたか。と、思わず私のほうが唸ってしまいそうになった。
私の両肩に手をかける第二霊夢は、ぐぐっと歯をくいしばって悔しそうにする。
ますますどっちが霊夢なのか分からなくなってきたぜ。二人の言い分のどちらを優先すればいいのやら、私にはさっぱりだ。
周りを眺めてみると、気長に観戦している奴らの間でも意見が分かれているようだ。おいそこの若い三人、賭け事のタネにしない。
私はこっそりと第二霊夢のそばから離れて、できるだけ両人にとってフェアな位置へ足を落ち着けた。ようするに二人の真ん中だ。
そんなこんなしていると、私たちを取り囲んでいた人ごみの一部が突如として割れた。何事かと思ってみるとキビキビ歩いてくる一人の女。
懸念はしていたが、ついにやってきてしまったか、慧音。懸念と慧音……惜しい。
「いったい何の騒ぎかと思ったら。お前らか」
「とりもなおさずお前らだぜ」
「やはりお前らは里の出入りを禁止したほうが……うん?」
みろよ慧音の顔を、対峙する二人の霊夢に面食らっているぜ。
「魔法使い。これはいったいどういうことだ。お前たちは里で何をしでかすつもりだ」
私はこれまでのいきさつを語った。
ついでに、私自身は何もするつもりがなく、何かあったとしても全て霊夢とマミゾウのせいになることを付け加えておいた。責任の行き場所は早いうちにハッキリさせとかないと厄介だからな。
慧音はしかつめらしく二人を見つめて考える素振りをしてみせる。
「これは、マミゾウとやらに私の目まで幻惑させられているのか」
「両方とも霊夢に見えているのなら、その通り」
同じ妖怪である慧音の目まで術に惑わすとは、マミゾウの力は侮れないものがあるようだぜ。
それはともかく、子どもたちに勉強を教えている聡明な慧音先生だ、いったいどういう解決策を示してくれるのやら。
「さあ慧音、おまえの策はなんだ!」
「私がいなくても簡単に解決しそうなものだけどなあ」
「しかしてその心は?」
「極めて簡単。霊夢本人にしか分からぬような質問をすればよいだけだ。ほら、さっさと質問をしてみろ」
せっかく斬新で改革的な提案を期待していたのに、それじゃあすぐに片付いてしまうじゃないか。
しかし、ここいらで決着をつけさせてやらないとな。
「二人の霊夢よ、こちらを見たまえ」
私の言葉に二人は反応して、顔をむけてくる。左右から霊夢に見つめられるという新鮮な体験を得ながら、私は言った。
「お前の巫女服を仕立てているのは誰だ。二人いっしょに答えるんだ。せーの」
さあこい。
「霖之助さん」
「霖之助さん」
二人は一切の狂いなく同時に答えてみせた。
な、なんだと。勘弁してくれよ。こんなの霊夢と私と霖之助くらいしか分からないような内容だぜ。
「あんた何でそんなこと知っているのよ」
「あんたこそ……」
また二人が口喧嘩をしだしそうになったので、慧音が手を叩いて落ち着かせてくれた。そのあとに私へと目配せを送る。
なるほど、もっとプライベートに突っ込まなきゃいけないわけだ。
「じゃあ次だ。霊夢よ、お前はスペルカードをいくつ持っているんだ? せーの」
スペルカードは基本的に人に教えるものじゃないから他人にはまず分からない。だが私は霊夢と何度も弾幕ごっこを繰り返しているから、どのスペカもソラで呟けるほどに記憶している。
うってかわって、一度しか戦っていないマミゾウはどうかな。
「四十よ」
「四十枚ね」
あれー? 言い方に微妙なちがいはあれど、どちらも紛うことのない正解だ。
左の霊夢(もはやどっちが第一か第二か忘れた)が私へきつい視線を投げかけてくる。
「あんたねえ、本当に偽者を見つける気があるの?」
そう言われると悩ましい。私はべつに霊夢が二人いても構わないんだけどな。こんなこと本人にいえば弾幕ごっこをすっ飛ばして殴られそうだが。
さて、もうトドメを指すべきだな。もう本当に誰にも分からないような秘密中の秘密ってヤツをくれてやらないと。
「よし。この質問で全てが分かるぜ。霊夢よ、お前は前に◯◯◯で□□□をしてたよな。そのとき“※※※!”って言ってたのをよく覚えているぜ。まあそうやって盗み見していた私なんだがお前に見つかったんだ。そこでお前は△△△したはずだ。では、そのとき私がお前にむけて言ったセリフは何だったか。せーの」
そのときだった。
私が言い終わる前に、右にいた霊夢が急に走り寄ってくると、両手で私の口をふさぎにかかった。
「あんた何の話をしてんのよやめなさい!」
お、おお、この激烈な反応はまさか。
「でもお前してたじゃないか。□□□を」
「してないわよアホ! 捏造しないで!」
霊夢が口をふさぐ行為から首を絞めつける行為へうつりはじめたところで、私は早めのうちに謝った。
それでもほんの数秒は力がこもった二の腕の硬さを味あわされた。情けない声をもらさずにはいられなかった。
まあいいさ。これでどちらが霊夢か決定したな。恥ずかしい話にすかさず飛びついてきた右霊夢が本当の霊夢で、そうでなかった左霊夢がマミゾウだ。
一部始終を眺めていた左の霊夢は、すべてが終わったあとにやれやれといった表情をあらわし、体を煙で覆い隠した。
じきに現出したのはマミゾウである。よかった。ここで相変わらず霊夢だったら私は叫んでいたかもしれない。
「よくぞ見破った! 今回は予習も復習もして自信があったんじゃがのう」
煙が薄まっていくと同時に、周りから拍手の音が聞こえてきて、しまいには波のように私たちを包みこんでいった。そうか、そんなに私たちのやり取りは面白かったのか。
しかし、歓声が大きくなるにつれて霊夢からの圧迫も大きくなっていくのは、どういうことだろうな……ウゲッ。
「あんたねえ、あんたねえ、どうしてくれんのよ。大恥かいちゃったじゃない」
「れ……霊夢……お前の腕って……あんがい太いな……」
マミゾウのけらけら笑いが耳に響く。なんだか目の前が真っ白になっていくぜ。
という間一髪のところで慧音が私を助けてくれた。霊夢は恨めしそうな鋭い目を私へ突き刺したあと、くるっと回ってマミゾウへもブスリ。
「私帰るからね。あと、あんたら! ???なんてしてないからね」
最後に全員を睨め回したあと、ふわっと向こうの空へ飛んでいった。
終わったな。
集まっていた群衆は見世物が済んだものだからちりぢりになっていく。私もそろそろ帰るかしらと思っていると慧音とマミゾウが近づいてきた。
慧音が喋る。
「お前たち、あんまり目立つようなことをすると里に入れさせてやらないぞ。そちらの……えー、タヌキさんも、新しい人のようだが、今回のようなことが多いとだな、ここの出入りを禁止しなければならなくなるから、どうか控えめに」
「そうかそうか。そのときはテキトウな人間に化けて入ることにするよ」
慧音はちょっと困った顔をしてから立ち去っていった。
私はマミゾウと二人きりになった。本当はもう帰りたくてウズウズしていたところだったが、ちょうどいい機会だ、せっかくなので尋ねてみることにした。
「どうして霊夢に化けて、私たちを騙したんだ。一度だけでなく三度も」
「そうじゃなあ。弾幕ごっこのときに儂が巫女さんに化けたじゃろ。アレは即興でやってみせたものなんじゃが、思っていたより上手にできてな。勿体なかったからもっと試してみたかったんじゃよ。いまは満足しておるわい」
ふうん。ずいぶんあっさりした理由だぜ。
「でもそれってなんとなく分かるなあ。私も魔法を作ってる身だからな。デタラメに作った魔法があんがい面白そうだったときは煮詰めてみたくなるぜ」
「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃろう。なんだか話が合うではないか」
「かもな。話が合うついでになんだが、実は私って化け学に興味があるんだ。なんでもいいから教えてくれよ」
「よろしい。ちょっと長くなるがいいかえ?」
「長くてなんぼってもんだぜ。あの飲み屋でいっちょう」
じゃあいいです。と、誰かが耳元で囁いた気がしたが、きっと空耳だろう。
「ちょっと! また私に化けて悪さするつもりね!」
そんな大声が博麗神社に響き渡った。
私は、目の前に座っていた霊夢の顔を見下ろしたが、ちょっとだけ眉を寄せた疑りの顔だった。間もなくして口が動き出す。
「なに叫んでんの、魔理沙」
「しらけるなよ。もっと構ってくれ」
今の私はいつもの黒白スタイルではなく、紅白の巫女服をみにつけていた。
できるだけ霊夢の着ているものに近い作りを狙ったんだが、大雑把にしか真似できなかったようだ。腋のあたりが自信あるんだけどな。
さて言わずもがな、これは先日マミゾウから教えてもらった変化、化け学、幻術を試したみたものだ。結果は見ての通りだが。
霊夢に感想を尋ねてみたら、いかにもアホらしいという面をしながらこう言ってきた。
「かみが、きんぱつ。せたけが、まりさ」
「大目に見ろよ」
「アホじゃないの」
私もまだまだ修行が足りないようだぜ。
一段落ついたので、私は霊夢の前に腰をおろして、ちゃぶ台に用意されていたミカンを手にとった。もうミカンが似合う季節か。
霊夢はお茶を静かに飲み、私はミカンの皮と戦った。
ふと部屋の隅を眺めてみると、数日前に私が持ってきた紙相撲と、天狗の新聞が積み上げられているではないか。
そういえばマミゾウ霊夢は新聞を読んでいたな。普段の霊夢なんか興味すら示さないのに。こう考えてみれば、どれだけ精巧になりきってみせても、さりげない部分でボロが出ちまうものらしい。修行が足りていないのは私だけではなかったか。
なんていっちょ前な感想を思いながらミカンをほうばっていると、廊下のほうからせわしない足音が近づいてきた。
なんだ。と振り向く間もないうちに襖が勢いよく開かれる。
「ちょっと! また私に化けて悪さするつもりね!」
その大声を間近に受け取った私の耳は、あやうく破裂するかと思った。
後ろを見てみると、さてどうしたことだろうな。
髪が金髪、背丈が魔理沙。中途半端な霊夢の服装をする、私がいるぜ。
口語体で読みやすいのもグッド。
マミゾウさんは懲りる気がない様子w
マミゾウさんを一番活かせる話はやっぱりこういうネタですよね。
さすがはマミゾウおばあちゃん、といったところでしょうか
霊夢が前にナニをしていたのか気になります
なんだか読んでるうちに楽しくなってしまいましたw
お茶目でいたずら好きなマミゾウさんマジおばあちゃん
性懲りもないマミゾウばーちゃんの化かし根性はマジモンやね。
>ああ、私の霊夢……。
っていう魔理沙の気持ちわかる!わかるぞ!
嫁に行ったら親の気分で泣いてしまいそう…