Coolier - 新生・東方創想話

人生あるいは一発勝負

2011/10/23 03:25:30
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 アリス・マーガトロイドは、強烈な匂いのため目を覚ました。
 臭いの発生源を探そうと上体を起こすと、丁度布団を挟んだ足の上に腐った猫の死体が転がっていた。
 その濁った目は、どこか遠くを眺めていた。
 アリスは、カラスでも入ったのかしらと猫の目駄目を眺めつつ死体の出所を考えていた。その途端、背後から大声が響いた。

 「ぎゃおー!!!!!」

 余りの大声にガラスがカタカタと音を立てた。しかし、アリスの表情は露とも動かず、さっとベッドから飛び出し声の発生源である唐傘お化けの首根っこを捕まえ、そのまま床へと組み伏せた。
アリスが、冷たい声で問いかける。

「どういうつもりかしら?」
「どういうつもりとは失礼な、ただ驚かすために」
「そう、驚かすためなら」

 彼女がパチンと一つ指を鳴らすと、人形の一人が死体を掴み、小傘の鼻先へと放り投げた。悪臭のために顔を歪める小傘であったが、そんなことは意に介さずに話を続ける。

「こんなものを私の寝込みの間に仕込んでおいてもいいと思ってるわけね」
「そ、それは、私の仕事というか、生き甲斐と言うか」
「生き甲斐? ただくだらない悪戯をしかけて、迷惑をかけることがあなたの生き甲斐と言うわけね」
「それは」

 小傘は一瞬言葉を濁し、開き直るように息を吐いた。

「それこそが、驚いてもらうための私の努力、って奴なのよ」
「そう」

 アリスは、無表情のまま小傘を玄関まで引きずっていき、乱暴にドアを開くと、そのままゴミの様に小傘を投げ捨てた。小傘は、思い切り地面と衝突した痛みで、うっと小さなうめき声を上げた。彼女は、さらにそれに折り重なるように狙って、床に転がっていた猫の死体を窓から投げつけた。そして、しばらく起き上がってこないのを観察すると、ナプキンで汚れていたベッドを拭いて睡眠の続きを取り始めた。



 自分のプライドが、いや、プライドというのはあまりにもちっぽけな衝動であったが、そんな自分を動かすための何かが暴力的に踏みにじられた時に、人はどう動くだろうか。
少なくとも、今までの多々良小傘ならば泣きながら地面を這いつくばって住処へと返り、枕を濡らしつつ諦めていたに違いない。しかし、アリスのあまりにも非道といえば非道なその「力」の大きさに小傘は魅せられてしまった。
 たった一つの気まぐれが、彼我の人生を大きくねじ曲げてしまうことがある。小傘にとってアリスをターゲットにしようと思った理由は、散歩をしていてただその自宅を見つけたからに過ぎない。しかし、その気まぐれ、あるいは偶然がが確かに彼女の人生に大きな変化をもたらそうとしていた、
 今この瞬間、アリス・マーガトロイドを驚かすことが、多々良小傘が存在するための至上命題へと変わった。

 小傘は、小さな穴を掘って今朝方アリスを驚かすための小道具に使った猫の死体を埋めた。レンガを置いて墓標とし、手を合わせて祈りを捧げた。別に大きな意味はなく、彼女には元々生物の死を思うような倫理観は無い。強いて言えば、儀式のようなものであった。あるいは、おまじない。これから自分が為すべきことを勧めるための元を担ごうと思ってやったことであった。神様なんてものが居るかはわからないが、多分悪くはならないだろうと考えた。



 夜道にパーンという大きな音が響く。発生源は、人里の小さな店で買ったクラッカーというおもちゃであった。「こいつはすごいよ」との店主の評判通り、見事な音量であった。
こいつは一本とれたな、と小傘はクラッカーの空を投げすて、アリスへと話しかける。

「どう、驚いた?」

 しかし、悲しいことに反応はなく。アリスはすたすたと歩いて行く。相手にしても無駄と判断されたのだろう。だがしかし、これでへこたれるような彼女ではない。今の彼女には、アリスこそが大きな壁。最後のゴールなのだ。
 宴会のある日には、アリスが外出することを貼り込んで知っていた。元々驚かすことが仕事である彼女のこと、人目を忍んでひょいひょいと跳びまわるのはお得意であったのだ。
宴会の日どりをチェックし、アリスの後を追う。そして、そのたびに色んな物を取り出す。あるときは爆竹、あるときは臭い玉。牛糞も使ったし、逆手を取ってはどうかと美味しい饅頭を投げてもみた。古き手段とこんにゃくをあててみたこともある。しかし、アリスは絶対に反応することなく、ただただ自宅への道を歩いて行くのであった。負ける度に、小傘は家に帰って一人で反省会をする。投げたものは良かったのか? タイミングは?時間は? そんな思考を繰り返し繰り返し頭の中でこねくり回して、床に就く。
 宴会のない日の日課として、小傘は人里へと繰り出し売り物を物色する。迷惑をかけていた妖怪と言うことで最初は警戒されていたが、その事を詫びつつ素直な態度で色々と質問をしている内に、いつの間にやら小傘は人間に馴染んでいた。古今東西の妖怪ものを調べるために本屋の人間と仲良くなり、良い物を探すためによろず屋や八百屋の人間と顔見知りになった。人里に馴染めば当然、アリスの動向などの噂も舞い込んでくる。それも彼女にとっての利点となった。元々は人懐っこい妖怪なのだ。子供と会えば笑い、赤子を見れば脅かすための手段として身につけた崩し顔を使い笑わせる。そして、感謝の気持ちとしてもらったお菓子を手土産に、小傘に情報をくれる人間の元へと行く。それが小傘の生活となっていた。



「よう、アリス」

 ある晩、小傘は子供に習った声真似を使いアリスの背後から話しかけた。もちろん真似をしたのは、アリスと睦まじい仲と評判の霧雨魔理沙だ。

「どうしたの魔理沙」
「じゃーん、驚いた?」

 振り向く瞬間を狙って思い切り声を上げる、反応の程は……とアリスの表情を見ようした瞬間、小傘は思い切り吹っ飛んで樹木へと叩きつけられた。鋭い痛みが全身に走る。しかし、彼女は笑っていた。お腹を震わせるごとに痛みが走っていたが、それでも低い声で笑い続けた。吹っ飛ばされる寸前に、確かに見たのだ。完全に空虚を付かれた、人形遣いの表情を! 驚いたことは確認できなかったので、ギリギリでの敗北。しかし、この負けは大きな負け。少なくとも、一本は取れたのだ。


 その一夜から、さらに小傘は熱を上げて驚かすための努力を始めてた。大事なのは技術だ。街で評判の人物の下に駆けつけていき、色々な技を学ぶ。ある者は動物の鳴き声がとても上手く、しばらく聞いてコツを掴んだ。またある者は、気配を消す方法を心得ていた。別のある者からは、人の隙を上手く見つける方法を、と言った風に色々な技術を探しては身に付けていった。知識が増えることも喜びの一つであったが。たまに、習った知識を子供たちに教え、悪巧みの仕方を少しずつ仕込んでいった。この前習ったアレで、どこの誰々を脅かしてやったよ、と語る子供たちを見ることにも彼女は言い様の知れぬ喜びを感じていたのだった。

 ついにその日がやってきた。
 アリスが、数月に一度人里へと買い物にやってくる日。いつも勝負の時間は、夜で神社の帰り道と決めていた。だから、あくまでそこをひっくり返して、真昼の人里を狙うのだ。彼女は、人里の人々の話を聞いて大体の日付の予想は立っていたので、その数日前からじっと人気のない路地裏に潜んでアリスを待っていた。時々、子供たちが不安そうな顔で覗き込んできたが、その度に笑顔で手を振って応じた。そして、彼女が路地裏に潜んで三日目の朝、ついに念願のライバル、アリスが現れたのだ! 小傘は、喜びと期待が口から漏れて気づかれぬ用に必死に息を殺した。そっと目で追い、無警戒な一瞬を狙うため、獲物を狩る猛獣のように気配を殺す。そして、アリスが財布を落としたその瞬間、小傘は路地裏から飛び出した。気配は完全に消し、息は止め、スピードは風のように、アリスの側へと舞い降りる。アリスがこちらに気づいてないことを確認して、貯めていた息を、殺していた声を、大きく高らかに吐き出した。

「わあっ!!!」

 アリスが声を出して、飛び退いた、気がした。そう、気がした。何故なら、アリスが驚いたその瞬間に、多々良小傘はそこには存在していなかったのだ。最後の瞬間の大きな声に、小傘は全ての力を注ぎ込み、彼女という存在すべてを掛けて「勝負」をしていた。彼女自身も、気づいていたのだ。元々驚かして食欲を満たすことことが小傘の本能であり、それはもちろん彼女のエネルギーを補充するための手段でもあった。しかし、アリスと出会ってからというもの、小傘はそれを怠った。いや、"怠った"という後ろ向きな表現では彼女に失礼だ。強いていうならば彼女は食欲という本能を捨てて、ただひとつの大きな目標を追うという理性に従ったのだ。その理性に従ったため、彼女は存在し続けることが不可能となったのだった。
 それは、正しいことだったのだろうか。


 アリスは、驚きの余り取り落としたバッグを拾い上げ、一つため息を付いて独りごちた。

 「『びっくりました』。私の負けです」

 そして、どこか清々しい笑顔を浮かべて自宅への道をゆっくりと歩いていった。
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コメント



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8.70奇声を発する程度の能力削除
おおう…これは何とも…
13.80名前が無い程度の能力削除
えっ……
小傘が
15.80名前が無い程度の能力削除
最後にアリスが清々しい笑顔だったのは何故なんだ・・・
小傘が消えて、計画通りってことなのかな
20.80名前が無い程度の能力削除
###このコメントは消滅しました###
21.80名前が無い程度の能力削除
計画通りってことなのか?
27.80名前が無い程度の能力削除
落語っぽいw
28.60名前が無い程度の能力削除
>そして、そのたびに色んな物を取り出す。あるときは爆竹、あるときは臭い玉。
小傘ちゃん小傘ちゃん臭い玉なんてどこから調達したんだい小傘ちゃん
まさか……自前?

                   ,'⌒,ー、           _ ,,..  X
                 〈∨⌒ /\__,,..  -‐ '' " _,,. ‐''´
          〈\   _,,r'" 〉 // //     . ‐''"
           ,ゝ `く/ /  〉 /  ∧_,. r ''"
- - - -_,,.. ‐''" _,.〉 / /  . {'⌒) ∠二二> -  - - - - - -
  _,.. ‐''"  _,,,.. -{(⌒)、  r'`ー''‐‐^‐'ヾ{} +
 '-‐ '' "  _,,. ‐''"`ー‐ヘj^‐'   ;;    ‐ -‐   _- ちょっと小傘ちゃんの臭い玉もらいに行ってくる
 - ‐_+      ;'"  ,;'' ,''   ,;゙ ‐-  ー_- ‐
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