霊夢がぼんやりと宙に浮かびながら神々と交信していると、ナズーリンがトンタントンとリズミカルに神社の階段を登ってきた。
近頃の命蓮寺はすっかり「修行寺」の雰囲気で、近寄るだけで暑苦しい。ナズーリンも用事のついでに足腰を鍛えたかったのだろう。ねずみがこれ以上素早くなったら手に負えない。今のうちに退治しておこうと霊夢は思った。
「何をしているんだい?」とナズーリンは霊夢を見上げる。
「チャットよ。七福神には言いたいことがたくさんあるわ」
「奉るならネズミに優しい大黒様がいい。よろしく伝えておいてくれたまえ」
「あなたは毘沙門のネズミでしょうが……。ま、どこにでも沸くからネズミか」
霊夢は懐からスペルカードを取り出したが、ナズーリンが大きな布袋を下げてることに気がついて、襲いかかるのをやめた。
「それ、何?」
「梨だよ。分けてやろうと思ってね」
「あら、あらあらあら」
霊夢はにこにこしながら、梨を剥くべく縁側に降りたつ。
「ありがとね。聖によろしく伝えておいて」
「私も食べたいのだが」とナズーリンが自分を指さす。
「禁欲しなさいよ。それじゃ喜捨にならないわよ」
「仏陀は苦行を禁じておられる」とナズーリンは手を合わせた。「運動するのはお腹を減らすためなのだよ、霊夢くん」
梨をもぐもぐやりながら、このナズーリンちょっと態度がでかくなってるなと霊夢は思った。修行をして自信を付けたのだろうか。
「あんたのところも大所帯になって、大変ね」と霊夢は探りを入れてみた。
「それほどでもない」と正座でシャクシャク齧っていたナズーリンは言う。「道仙はほとんど何も食べないからね。居ても居なくても、同じようなものだ」
「梨も食べないの?」
「ところが果実には意地汚いんだ。余分な梨を残しておくと、争いの種になりかねないのだよ」
桃源郷には桃がたくさんありまして――。
華扇も柿の種好きだっけ。いやどうだっけ。
そういや最近、華扇の姿を見ないなと霊夢は思った。
「華扇、そっちに居るの?」
「うん? 姿を見ないこともないが。どうしてだい」
「今も外の世界から迷い込んできた「神霊もどき」が、寺に吸い寄せられてるでしょう? 説教好きとしては見逃せないポイントかなって」
「人格がない欲望の塊に説教たれてもしょうがないさ」
「それもそうね」
二人は梨をもぐもぐシャクシャクと食べ続ける。
なんとなく会話が止まってしまった。
やはり弾幕がないと間が持たないなと霊夢は頷く。
「食べたら一勝負しない?」
「悪くない。しかし食後の急激な運動は体に悪い。人間ならもっと自愛したまえ」
「……うーん」
泰然自若とでも言おうか。こういう落ち着いた会話って、実は向いてないのよねと霊夢は思った。
相手がしゃべくりな魔理沙なら聞き役に回ってるだけで退屈しないし、ボケボケの紫なら突っ込みに回れば退屈しない。
バカっぽい吸血鬼姉妹ならおちょくってれば退屈しないし、酔っ払い鬼なら酒を飲んでふざけてれば退屈しない。
――セオリーがあるのだ。
でも、ナズーリンはただただ落ち着いて、行儀良く梨を食べるのみである。
必要以上の会話を求めていない。――梨を「会話のためのダシ」として用いてこない。
まるで遠慮なく梨を食べるためだけに、ここに来たみたいではないか。
「ははーん、さてはそうとう堅苦しい寺になってるみたいね」と霊夢は茶化す。
「集団生活には規律が必要だよ」とナズーリンは梨を飲み込んでから答える。
「しかし、梨を真剣に食べようと思って、ここに来たのは事実だ。食欲をいかに昇華するか。「三時のおやつ」というレベルの形式では、少し物足りなくなってしまってね」
「……ふうん」
確かに、食べ物を消化するには胃袋との相談が大事。三時に必ずお腹が空くわけでもない。納得はできなくもないなと霊夢は思った。
「いかにも、形式の問題なんだ。ささやかな破戒は新しい戒律のためにある。創意工夫がなければ梨を食べても飽き足らぬ。道仙のように霞を食うのは安易に過ぎるが、さりとて餓鬼道に堕ちるのも愚かに過ぎる。あらゆる欲に対しては、ちょっとはしたないぐらいがちょうどいい。というのが今の私の結論なんだ」
「へえ」
霊夢はすっかり恐れ入った。
よくよく聞いてみれば「そのまま食べても美味しくないから料理をしよう」というレベルの話で、梨が会話のダシになる代わりに、「わざわざ私と食べること」が梨のダシになっているだけなのだけれど。
確かに、料理する対象を変えてみれば、この状況も悪くない。
ナズーリン以外の誰と食べても、梨の味に集中することはできないだろう。
あるいは集中しようと一人で食べても、寂しさが混じって苦くなる。
――過ぎたるはなお及ばざるが如し。
会話や弾幕がなくても、誰かと一緒にいる意味はあるのかと、霊夢は新鮮な気持ちになった。
霊夢とナズーリンはサラサラと包丁で梨の皮を剥き、剥いては食べて口を拭い、またサラサラと剥いていく。
ナズーリンは四つほど食べて満足したのか、五つめの皮を剥こうとはせず、てきぱきと二人分のお茶を入れて、音もなく啜った。
「馳走になったよ。やはり新鮮な果実は、新鮮な相手と食べるのがよい」
「そうかもね」と言って、霊夢は汁のついた指を舐めた。なんだか体中が甘ったるくなった気がする。
「まだ食べれるけど。残りは夜まで残しておこうかしら」
「それがいい。君もいろいろと食べ方を考えてみることだ。梨の味とて一通りではないのだよ、霊夢くん」
○
夕方頃に、魔理沙が空から飛んできた。秋の魔理沙は狩人にジョブチェンジをする。あちこちの富貴そうな妖怪や神様に喧嘩をふっかけては、戦利品を仕入れてくるのだ。
「いやー、今日は楽しかったぜ。焼き芋食おうぜ焼き芋」
と言って、一杯になった布袋から芋や茄子を掴み出す。黒い姿と大きな袋。これはこれで大黒様に見えなくもないなと霊夢は思った。
囲炉裏に火を灯すうちに、とっぷりと日が暮れる。上弦の月は七分ほど満ちているが、薄い雲に覆われている。
もっとも茶の間には四角いカバーに入った電灯が釣り下がっていて、明かりは十分だ。まっこと、河童は得難き盟友である。
「おー、あっつい」魔理沙は串に次々と里芋と茄子を刺しては、灰の中に刺していく。
「里芋なのに、煮ないの?」
「なんとなく、焼き味噌で食べたい気分なんだぜ」と魔理沙は言った。「実はさつま芋もあるんだが、そっちはすまし汁にしようかなと」
「いつもと逆ね」
「いいじゃないか。同じことばっかりじゃ、飽きるからな」
「……そうね」
霊夢は袋からさつま芋を取り出すと、流しで切り分け、鍋に入れる。
「すまし汁と味噌汁、どっちにする?」
「すまし汁。塩を利かせてくれ」
水は蛇口をひねればすぐに出てくる。河童に細かな「貸し」をたくさん売りつけた甲斐もあって、博麗神社の住宅と家電の事情は大幅な改善を見せている。むしろ博麗神社は遅れている方で、守矢神社は元より、命蓮寺や霧雨魔法店にすらカラーテレビがあるらしい。幻想入りした番組や天狗の「ごっこ遊び」が不定期に映るそうだが、霊夢には興味が持てなかった。
「というか、本能がやばいと告げているのよね。ぐうたらテレビ見だしたら加速的に太るような気がして」
「今だってぐうたらしてるじゃないか」
「神様とチャットするのにはけっこうカロリー使うのよ?」
「なら、神様とテレビ見ながらチャットすれば?」
「あ、なるほど」
霊夢は納得しかけたが、心の片隅にまだ梨を食べるナズーリンの姿が残っていた。
「いえ、そういうのはよくないの」と、囲炉裏に鍋を吊るして言う。
「何事によらず、楽しむためには集中しないとね。ながらチャットはよくないわ」
「今だってながら会話してるじゃないか」と魔理沙は芋に目を注ぎながら言う。「神様と何話してるんだ?」
「だいたい、その場にいない神様の噂話ね」と霊夢は答える。
「例えば……そうね。今日は須佐之男の尊をネタに盛り上がってたかしら。彼ね、高天原を追放された後、下界で女神にもてなされるんだけどね。その女神がお尻の穴から食べ物を取り出したものだから、怒って斬り捨てたのよ」
「……お、おう」
魔理沙は味噌を乗せた皿をちらちらと見つめる。
「つまり、肥料の肥はコエってことよ。神様にコエをふんだんに使った農作物を捧げるのは失礼だ。という考え方があったのね。言うなればトイレに行かないアイドルにトイレで採れた飯を食わせるようなものよ。生真面目に信仰する上では、気になる部分だったと思うわ。――この逸話の意味するところは、神様に捧げるための農作物はコエを使わずに作りましょうという教訓なの。その分美味しくないし量も採れないけど、神様にとっても信者にとっても、より大事なのは気持ちだから、問題はないのよね」
「霊夢……私はこれから焼き味噌を付けてだな」
「あ、ごめん」霊夢は、つい話に夢中になってしまったことを恥じ入った。
「と、ともかく。そういう話だったの。そこからカインとアベルの話に繋がって、盛り上がってたところにナズーリンがやってきて、一緒に梨を食べたの」
「梨?」
「いくつか冷蔵庫に残ってるけど。後で食べるわよね?」
「当然だぜ。お腹の配分を考えなきゃな」
茄子は素焼きで美味しかったが、里芋は焼き加減が難しかった。外側が焦げる前にあぐあぐと齧って、剥き出しになった生焼け部分に火を通すのがコツだった。試みは一勝一分けというところか。
「ともかくだな、べつにテレビじゃなくてもいいが、会話にだってスパイスは必要だぜ」と魔理沙は茄子に味噌を塗りたくる。
「創意工夫ってのが大事なんだ。その日一日分の会話を特別にするのは、その日一日分の思い入れなんだ。一期一会って奴だぜ」
「……ふうん?」
どういうことだろう。
魔理沙まで、ナズーリンと似たようなことを言っている。
「ま、霊夢にはわからんかもしれんがな」
「はいはい」
すまし汁を椀によそって飲むと、ちゃんと甘くて美味しい。さつま芋は未来に残すべき偉大な発明だと霊夢は頷く。
「秋って最高ね」
「そうだな。もし生まれ変わるなら熊がいいぜ。人間の胃袋は、秋には小さ過ぎる」
「冬は寝ていたいしね」と霊夢は笑った。
食後のデザートに梨を剥くと、霊夢は言った。
「ね、梨食べてる間、しゃべるの禁止ね」
「ん? どうしてだ」
「実験よ。私なりの工夫」
二人は向き合って、もぐもぐシャクリと梨を食べる。他に見るものもないから、霊夢は梨を食べる魔理沙を見つめる。
濡れて光る唇。
梨が削れるたびに、膨らんでは戻る頬。
滴る果汁。
細やかな喉の上下。
チラチラと合う視線。
あ、ちょっともじもじしてる。
恥ずかしいのだろう。私もなんだか恥ずかしくなってきた。
「や、やめだやめ」と、魔理沙はプイと横をむいた。「落ち着かないったらないぜ」
「そうね」と霊夢も咳払いをする。「魔理沙とじゃ、うまくいかないわ」
「……ん? 誰とならうまくいくんだよ」
「なーいしょ」
「なんでだぜ」
――やっぱり、魔理沙とは会話しながらの方が美味しい。
それはそれで、いいのだろう。大事なのは楽しむことであって、創意工夫も集中も、そのためにやることなのだと、霊夢は思った。
○
翌朝、目が覚めると射命丸文が布団に潜り込んでいた。
「うわ! あんた、何してんのよ」
「おはようございます」と文は元気に挨拶をする。
霊夢は文を突き飛ばして布団からはい出る。……特に何かされた形跡はないが、耳元にまだ鼻息の感触が残っている。
「何してんのよ」
「えーっと、博麗霊夢の寝起きドッキリと申しましょうか。私なりの創意工夫?」と、新妻ノリの甘ったるい口調で文は言う。正座をして、人差し指で布団に「の」の字を書いている。
――また、それだ。
「なんなの、みんなして創意工夫創意工夫って。流行ってるの?」
「ふふふ、実は私が流行らせたのです」と文は胸を張った。
「あんたが……?」
説得力には程遠いゴシップ趣味の天狗が、どうやって人生論を流行らせたというのか。
「新聞にコラムでも載せたの? 坊主にでも書かせて……」
「あ、私の新聞、ちゃんと読んでくれてないんですね。ショックです」と文は泣き崩れるポーズをする。朝の人間にはとてもついていけないテンションだった。
「ま、そうイライラせずに」と座り直して文は言う。
「実は、テレビを利用した新企画、「実録、英霊の滑らない話」というのをやっておりまして」
「……英霊?」
「寝起きの頭でもついていけるようにかいつまんで説明しますと」
ただの人間がなんらかの英雄行為によって信仰や尊敬を勝ち得た場合。
生きていれば現神人、もしくは単に英雄と称される。
死んだ後にも信仰が失われず、一定の期間祀られれば神となる。菅原道真のように、死が契機になって畏れの対象になり、神となる事例もある。
そのような、言わば成り上がりの人格神を、生粋の神々と区別するために「英霊」と呼ぶことがある。
「ま、いちおう巫女であるあなたにこんな説明をするのは釈迦に説法ですかね」
「英霊ね……。ま、きちんと思い出に残るような人なら、残された者にとって何かしらの神性は帯びるけれど。そんなものを今さら呼び出してどうするの?」
「え、だって、お話したいじゃないですか」
「……それだけ?」
「それだけですよ?」
――これもまた、ダシの違いかと霊夢は思った。
神の力をダシにして何かを達成するのではなく。
苦労してでも神との接触そのものを求める。
巫女とイタコなら、今はイタコの方が流行るのかもしれない。
科学によって人が出来ることが増え、信仰の在り方も変わった。
霊夢は今更ながらに、それを実感できてしまった。
「で、イタコは誰がやったの。早苗?」
「はい。守矢神社は祭神の数、もとい応用力で比較すれば博麗神社に劣りますからね。そこに付け込んで企画を持ちかけたら、ちょろいちょろい。召喚にご協力いただけたわけです」
「ふうん……」
霊夢はようやくはっきりしてきた頭を振りつつ、文に言った。
「続きは茶の間で話さない? トイレ行きたいし」
「はいはい。お待ちしておりますよ」
――数分後、茶の間。
「確か、一般的な英霊の召喚って」霊夢はお茶を啜って、続きを言った。
「その英霊にまつわる依代が必要だったわよね」
「はい、そうですよ」と文は頷く。「まあ霊夢さんならチャットで一発かもしれませんけど」
「私の場合は相手のやる気と、呼び出す目的と報酬しだいよ」と霊夢は言った。「こっちに呼び出してから交渉するってことは、しないわね。労力の無駄」
「世知辛い巫女ですね」と文はクスクス笑う。
「……で、依代はなんだったの」
「依代から聞くってことは、当て物したいわけですか?」
「お茶請けのお遊び」と霊夢は言う。
「まあ、推理のしがいもないと思いますよ。依代は、黒塗りの茶器です」
黒塗りの――茶器。
引っ掛けを疑いたくなるほど簡単だった。
「千利休?」
「はい。その通り。彼が第一回のゲストでした」
拝まれるかはともかく、尊敬と畏れはピカイチだと霊夢は思った。
数寄を極め、茶道を大成し。戦国の世に生まれながらも文化で天下に名を轟かせ。
茶、侘びの美学そのものを、戦国に通用するレベルにまで高めた人である。
だが、人気、実力共に頂点にありつつも、堺をめぐる政治の思惑に巻き込まれ、天下人秀吉により切腹を命ぜられる。
以後、自らの権現に日輪を選んだ秀吉は、秋の日の釣瓶落としのように、不幸な日々を転がり落ちていく。
弟の死。息子の死。老いらくの奇跡のような二人目の息子の誕生が、跡継ぎの座を奪われると怯えた甥の発狂を呼ぶ。朝鮮出兵は苦戦をよぎなくされ、疲弊していく国内。損なわれていく名声。乱心の末「殺生関白」とまで呼ばれた甥を切腹させ、その妻子三九名をことごとくを処刑したのは、ひとえに息子――秀頼の治世を守りたいがため。
だが、処刑によってますます離れていく人心。黄金の聚楽第、絢爛な伏見城は大地震で崩れ落ち。望んだ自身の出陣は病によってならず。息子のために講和を結び。家康を始め五大老にすがり。誓いの覚書を幾度となく求め、逃れがたい子煩悩と不信を露わにした。
彼の死に際、側近の石田三成始め五奉行は、寝所を立ち入り禁止にした。
耄碌した秀吉に、余計な遺言を残されては困るからだ。
孤独のうちに死んでいった英雄の没落に、利休や殺生関白の祟りを、当時の人々は肌で感じていたに違いない。
「実は私、昔から物好きでしてね。利休さんのお茶を頂いたこともあるんですよ」と文は自慢する。
そういやこの天狗、なにげに二千年以上生きてるんだっけと霊夢は思い出す。
「まんざら知らぬ仲でもなし、というわけで。早苗さんに憑依させてテレビの前で講演会をしてもらったのですが」
――これが思いもよらぬ大成功。
利休が語った美学。侘び、数寄、もてなし、創意工夫の精神に。テレビを見ていた者たちはことごとく被れたのだそうだ。
「なるほどね。それで魔理沙まで里芋を焼いて食べたがったと」
戦国人を魅了した利休の言葉なら、ナズーリンどころか、魔理沙にすら届いて不思議ではない。
「天狗の間でも評判がよく、利休も私も視聴者も大団円のうちに降霊会が終わった、のはいいのですが」
――しばらく、利休さんの心持ちで生きていきますと、早苗は陶然として呟いたそうだ。
「はい。そりゃあ、テレビに流すには口で説明してもらわねばならず。モロに憑依させちゃった私も悪いんですけどね。早苗さんすっかり影響されちゃって、あのお転婆さは何処へやら。こつこつ茶室まで作る始末で」
「あー、あるある。私も未熟な頃は真に受けちゃって大変だったわ」と霊夢はぼんやり思い出す。「こればっかりは慣れないとね。早苗、自分の神格や「あの二柱」はともかく、縁のない神様を降ろした経験は浅いでしょうから。あまり短期間に繰り返すと、自我が崩壊してひどいことになるわよ。しばらく「利休ごっこ」させてあげなさい」
「ええ……しかし、しかしですね」
文はパンパンと畳を叩く。
「こんなウケのいい企画、一回やったぐらいで諦めるわけにはいかないんですよ。ってか義経きゅんと運命の再会したいですし、天海坊主や第六天魔王と再戦したりもしたいんですよぉ。あぁ、戦乱の世。それは天狗の黄金期。人間どもが熱く激しく殺し合う様を空の上から眺めているあの感覚――思い出しただけでうっとりします」
「妖怪め」と霊夢はため息をつく。「そんなに再会したいなら、さっさとあの世に送ってあげるわ」
「あと五千年生きたら考えます」と文は座り直す。
「――というわけで、早苗さんがしばらく使えなくなった今、私の企画を完遂できるのは霊夢さんしかいないのです。どうせ渋るだろうなーとかギャラを求めてくるだろうなーとか、そこらへんは織り込み済みなんで安心してください。悪いようにはしませんよ?」
「んー……」
霊夢はお茶を飲みつつ考える。
衆目に向けてアピールしたい神様や、人間をからかって遊びたい神様は、チャットで募ればいくらでもいるだろう。
利休が見事に成功したことは事実だ。おかげで私も美味しい梨が食べられた。
だが、基本的に、神様がテレビで語れることなど高がしれている。――ダシの違いだ。自身の目的のために祈るのではなく、神様そのものを見世物として楽しむのなら、神様だってそれなりの態度しか取ってくれない。
神とはつまり、望みのための創意工夫の一つなのだ。
利休の言うことを真に受けるなら、創意工夫のないところに、本当の満足は得られない。
「やめときましょう」と霊夢は言った。
「どうせ成功しないわよ。少なくとも、みんなが千利休を真に受けているうちはね」
「どうせすぐ忘れますよ」と文は言う。「それが利休の負の宿命とでもいいましょうか。強烈に濃いのに、後に引かないお茶なんですよね」
「天狗の舌じゃ参考にならないわ」と霊夢はクスクス笑った。
――そう、人間が常に求道するなんて、自然じゃない。
なんら工夫のないチャット、おしゃべりだって、この上なく楽しい。
何一つ叶わず、何一つ進歩しないまま。それでも常に笑っていることは、それほど悪いことではない。
「そうそう、道仙は果実には、はしたないのよね。果実はそのまま結果を意味する。他の食べ物とは訳が違う。利休に被れれば道に目覚める。ナズーリンがこのまま仏教から道教に転向するか否か。――ちょっと興味深いわね」
「む、話を逸らす気ですね?」と文は立ち上がる。
「やはり、あなたを言葉で説得するのは無理ですか」
「わかりきったことよ」と霊夢も立ち上がって、大きく伸びをした。「朝っぱらから大運動会ね。何枚でやる?」
「スペルカードは十枚で。私、けっこうマジですよ?」
文は縁側から明け方の空に飛ぶ。ぼんやりと残る朝焼けが眩しい。昨日の雲はいつの間にか晴れてしまった。
「秋ね」と霊夢も後を追う。
弾幕には創意工夫を。
でも弾幕にはお遊びを。
異変の解決でもないし、勝っても負けても、どちらでもいいかと霊夢は思った。
過ぎたるはなお及ばざるが如し。
利休はやはり、千年に一人の逸材でいいような気もする。
まだ冷蔵庫に梨は残っていたっけとぼんやり思いながら、きびきびとした文の弾幕を、よける霊夢は笑っていた。
淡々というよりは飄々かな? 文体や登場人物達の描写がドンピシャで俺好み。
〝――セオリーがあるのだ。〟
こういう言い回しが実に、こう、なんとも言えず良いんでありますな。
そんでもって一週間後くらいに俺はこのお話のことを忘れている。おそらくね。
なんだけど半年後くらいに「あれ? あのお話どなたの作品だっけか? うっわ、なんか凄く読み返してぇ」
とか考えながら必死に作品集を漁るんですな。はしたないことに。
好きなんだけど、あえてサラサラと流してしまう作品。
作者様にとっては苦笑いするしかないんだろうけど、
俺にとってはこれも一つの作品に対する愛情表現ということで、勘弁しておくんなまし。
知的な印象だったナズーリンが、読み進めていくことで実際はテレビに影響されていただけとわかり、そのギャップを微笑ましく感じます。
全体的に文章にキャラクターを表す情報がしっかり込められており、その文章が主張しすぎていないので何度か読み返したくなる作品だと思いました。
この作品自体がながら読みするよりは集中して読んだ方が楽しめる物になっていると思います。
なかなか面白い幻想郷をのぞかせていただきました