「門番とか欲しいわね。それも唯の門番なんかじゃなくて、私に相応しい門番が」
「…ふーん」
ベッドに寝転がり、だらけた格好のお姉様から呟かれた言葉を私は適当な相槌を打って聞き流す。
もし、お姉様が『本当に』『心から』『何があろうと』『絶対に』欲しいと思っていなければ、
ただの姉妹間でのお喋りの一ページで済むのは、これまでの経験から学習済み。どうかお願いだから流してこの話題はそのまま流してお姉様。
無関心を装って、持っている本から視線を一ミリたりとも動かさなかった(というか本の内容何処まで読んだかとんじゃった)私だけど、
どうやら今回は私の願いは神様に届きそうもないらしい。吸血鬼に祈る神なんて存在しないってことかしらね、畜生。…まあ、いいけど。
「やっぱり門番が要るわよ、フラン。
折角この広い館を手に入れたというのに、私達二人しかいないのでは意味がないわ」
「そうかな?私はお姉様と二人っきりでいる時間も大好きだよ?」
「そこで門番なのよ、フラン。強さと美しさを兼ね備えた吸血鬼の下まで辿り着くには、障害が存在しなくてはならないわ。
強いて言うならば、門番とは館の主の存在の大きさを示す物差しなのよ。もしも館の門前に恐ろしい程の強さを持つ門番がいれば、
それを知った連中は『門番でこのレベルなら館の主は…!?』って思うでしょう?という訳で、やっぱり門番が必要なのよ、フラン」
きーちゃいない。私の恥ずかしさを頑張って押し殺して言った台詞を一ミクロンたりともきーちゃいない。駄目だこれ。
お姉様がこうなると、最早私に止める術なんて存在しない訳で。私は『はあ』と大きく溜息一つ、読んでいた本を閉じてお姉様の方へ視線を向ける。
…あーあ、目もばっちり合っちゃった。もう逃げられないわね、これ。あとお姉様、この館は手に入れたんじゃなくて買ったんだからね?
他の誰でもない『私』が、お父様とお母様に頼み込んでお金を借りて、立派な館を建設出来る人間とその状態を永久に保持出来る術を使える魔法使いを
必死に探し出して交渉して、三カ月くらい不眠不休で現場に足を運び続けて指示を出して、その結果完成した館だからね。…まあ、いいけど。
「門番、門番ね。お姉様は門番が欲しいのね」
「そう、門番が欲しいのよフラン。でも、門番する奴が誰でもいいって訳ではないわよ?
さっきも言ったけれど、私の館の門番なのだからね。その辺に溢れかえってるようなレベルの存在(やつ)では駄目なのよ」
「強い門番が欲しいんだよね」
「物凄く強い門番が欲しいの。加えて言うなら、強さだけでは私に相応しくないわ。
強く華麗に美しく…力も智慧も美しさも全てを兼ね備えた門番が私は欲しいのよ」
…物凄く、か。強く華麗に美しく、か。力も智慧も美しさも、か。ハードル上がってるなあ。ぐいぐい上がってるなあ。
私は生じ始めた頭痛を必死に堪えながら、お姉様の注文を頭の中に叩き込む。『幻想種なんて素敵かも』とか聞こえた気がするけれど、これはスルーする。
自分の要望を並べるだけ並べて満足したのか、お姉様は『以上』と一度言葉を切り、いつものように自信満々の笑顔を浮かべて私に再度口を開く。
「そういうことで、私は今から門番を探してくるから館を空けるわ」
「分かった。お帰りはどのくらい?」
「そうねえ…とりあえず一週間を目処に出るつもりよ。まあ、私が探してあげるのだから初日にすぐ出会えるとは思うのだけれど。
どう?何ならフランも一緒に行ってみる?私と門番との出会いを見届けるのも一興かと思うわよ?」
「いい。私は館でのんびりしてるわ」
「フランは相変わらずねえ。まあ、いいわ。全てはお姉様に任せなさい。貴女は館で子猫のようにごろごろしてなさいな」
私はお姉様の愉悦を押し殺せていない表情を眺めながら、心の中で大きく溜息をつく。
さて、期限は一週間。要望は力も智慧も美しさも全てを兼ね備えた存在。望むなら吸血鬼にも負けない程の種族。
私は最早何処まで読んだのか覚えていない本をそっと本棚に戻しながら、心の中で思うのだ。『私がごろごろ出来るのは一体
いつの日になるのやら』、と。…まあ、いいけど。
私の名前はフランドール。フランドール・スカーレット。
齢にして四百を超える吸血鬼。自分で言うのも何だけど、その辺の妖怪なんかには負けないくらい強い吸血鬼だ。
そんな力のある吸血鬼である私は、己が暴力を以って住居周辺の妖怪や人間達を蹂躙…なんてしてない。するつもりも元気も無い。
妖怪とは力を誇示したがる存在、ましてや相手が自分より強いなどと勘違いしている輩が相手では猶更。故に妖怪は闘争に生きる者も
少なくない。現に私の両親は、数多の人妖を従えとある欧州の地を治めているくらいだ。だけど、私はそんなの全然これっぽっちも興味無い。興味持てないくらい忙しい。
妖怪とは数多の時間を許された存在。そんな私が忙しい、忙しいと連呼するには当然理由がある。
何故、私は忙しいのか。それは私には他者を蹂躙したり、己の力を誇示したりする暇も余裕もない程に大変な仕事を与えられているからだ。
私、フランドール・スカーレットが他の誰でもない、この世に生を受けた世界より与えられた唯一無二の仕事、それは――『お姉様に振り回される』仕事である。
そう。私は忙しい。今を生きる一秒一瞬、全ての刹那において私は『お姉様に振り回される』仕事をこなさなくてはならない。他の
誰でもない我が姉――レミリア・スカーレットという吸血鬼に全力で振り回されるお仕事を。
「…あー、そう。やっぱり実力ある妖怪は難しいよね。そうよね、今は妖怪達の群雄割拠の時代だもんね。
力ある妖怪は既に引き抜きにあってるよね…は?ポメラニアンの妖怪なら紹介できる?いや、そんなの紹介されても…当主が
求めているのは門番であって番犬でも愛玩妖怪ではなくて…しかも生後五カ月って、唯のペットじゃん…無理じゃん…
いや、そんな熱を込めてポメラニアンの妖怪の番犬能力を語られても…そもそも人の姿になれない言葉も話せないって、それ唯の長生きするポメラニアンじゃん…」
私は月明かり差し込む夜空を、フラフラと飛行しながら言葉を紡いでいた。
勿論、これは独り言を話していたりする訳じゃない。お姉様の求める門番を自らの足で探し回ることと並行し、別の手段を用いて捜索を行っていたりする。
その別の手段とは、様々な妖怪を派遣・紹介・斡旋してくれる団体への相談だ。この団体は、とあるさとり妖怪が己が読心能力を更に開発・発展させて
生み出した能力、『念話』を用いて、私のように遠く離れた妖怪と直接会うことなく交渉を行い、妖怪を紹介してくれる団体だ。
…いや、物凄く胡散臭いとは思うんだけど、使えるものは何でも使うのが私の流儀だ。本当、胡散臭いけど…大体、この団体を知った理由が
紅魔館に投げ入れられていたクシャクシャのボロ紙切れってのもまた…いや、今はこの変な団体のことはどうでもよくて。
とにかく私は、お姉様の要望である『門番』を探す為に、あちこちを奔走しながらこの団体に紹介を頼んでいた。…ただ、まあ、案の定、
お姉様の求めるレベルの存在はあちらにも用意されておらず、代わりの妖怪を紹介されていた訳なんだけど…
「とりあえず、分かった。分かりました。申し訳ないけれど、今回は縁が無かったということで…は?現在の居場所?
いやいや、何でそんなことを貴女に…まあ、いいけど。多分、もう欧州じゃない。人間の生活状態が向こうとは違うし…多分東の方。
はあ?感覚共有させろ?いや、だからなんで私がわざわざ…って、勝手にしてるんじゃない!今ビリッとしたわよ!貴女勝手に私と
視覚共有したでしょ!?こんのクソ会社!もう二度と使ってあげな…は?南西の山の山頂付近の滝?いや、何で私がそんなところに向かわなきゃ…」
…この団体、自由奔放っていうか、無茶苦茶過ぎる。優秀な妖怪紹介しろって言ったら、ポメラニアンごり押しするわ
勝手に人と感覚共有するわ訳の分からない指示を出してくるわ…まあ、いいけど。どうせお姉様の求める門番を探す為に、あちこち
回らないといけないし、そもそも当てなんて何もない訳だし。
しかし、超遠距離(だと思う)からの念話能力といい、強制的な感覚共有といい、念話先の女はかなりの化物ね…アホだけど。
本当にアホで意味不明なんだけど、最上級クラスの妖怪だ。マジでアホだけど。
「それじゃ、私はそこに向かってみるから。…あ?ポメラニアンはもういいって。要らないって。最初から欲しいなんて言ってないって。
…いやいやいやいや、『三日後には館にお届けします』って、何勝手なこと言ってんのよ?本気でポメラニアンなんか要らないって…
は?忙しいから念話を切るですって?いや、ちょっと待ちなさいよ。『遊びに来てくれた友人に紅茶を淹れないといけないから』って貴女、そんな理由で…」
…アホ妖怪、念話切っちゃったよ。好き勝手言うだけ言ってポメラニアン押しつけ宣言して念話切っちゃったよ。本気で殺したい。
もう二度とあんな胡散臭い斡旋団体に関わるものかと私は心に誓いながら、念話先の妖怪が指示してきた南西の山奥へと進路を向ける。
『今後ご贔屓にして頂く為にも、今宵の出会いにて貴女からの信頼を築きあげられればと思っています』とか何とか言われたけれど、
どーせ南西の山奥に行ったところで、出てくるのは柴犬とか三毛猫とかエリマキトカゲとかなんでしょ?
もう…お姉様の要望に答える期限まであと四日。私は本当に急いで『強くて智慧もあって美しい妖怪』を探さないといけないのに。
今やもう本当に藁をも掴む状態で、アホ妖怪の言葉に縋りついてる。とりあえず、無駄足になるだろうなとは思いつつ、次はさらに東の
島国にでも向かってみようかなどと考えつつ、夜の山、その山頂を目指して飛行を続けていた。滝ねえ…それらしきものを見つけた私は
高度をゆっくりと落としてゆき、その中々に壮大な滝壺へと降り立ち…そこにはどうやら先客が居て。
後ろ姿だから容姿はよく分からないんだけど、紅髪かつ少し長身の女。多分、私の存在には気付いているんだろうけれど、女は
視線を滝壺の方から少しも動かそうとしない。まあ、普通に私に興味がないんだろう。というよりも、他の存在に…かな。
そんな姿に、私は少しばかりイラっとして声をかける。豆柴だかアメショーだか知らないけれど、私を無視するのは頂けないわ。
「夜分遅くに客が足を運んでくれたのよ?礼節マナーの一つも振る舞えないのでは、品を疑われてしまうわよ」
「…不要ですよ。私にとっての来客は、私にとっての邪魔者に過ぎない。
己が身に不相応な大欲を抱き、自ら身を滅ぼそうという愚昧な輩にどうして私が礼を尽くす必要がありましょう」
「それはそれは可哀想に。これまでの貴女は素敵な出会いに恵まれなかったのね。
けれど、安心なさい。今宵、貴女の前に現れた女(わたし)はその価値に値する存在よ。
…さて、そろそろ視線をこちらに向けてくれるかしら?礼を失した奴の前でいつまでも優しくいられるほど、私は大人になりきれないわ。
我が身をその目に入れ、下等と見下すならば瞬きする間もなく殺しつくしてあげる。天蓋と媚び諂うならば、そのままこの地で老い風化しろ。
けれど、もし私を同等の存在と見るならば――ああ、実に素敵じゃない。特別大サービスに、紅茶の一杯でも振る舞ってあげてもよくってよ?」
笑って羅列した私の言葉に、女は何か感じるものがあったらしく、素直に私の方へと向き直る。
――なんて綺麗。後ろ姿から何となく予想は出来ていたけれど、この女、とんでもないレベルの美貌持ってる。加えて挙動に一切の無駄が無い。
女は無言のまま、じっと私の方を見つめている。何、観察してるのかしら。数えて一分ぐらいだろうか、十分に私を観察し終えた女はゆっくりと口を開き直す。
「…成程。貴女の言う通り、どうやら過去の私はどうしようもなく出会いに恵まれていなかったようですね。
貴女の持つ『全ての気』は実に面白く、実に興味深い。滝壺に眠る愚者共とは一線を画しています」
「滝壺の中ねえ…何、近寄る連中を片っ端から殺してるの?」
「逃げる者は追いませんよ。我が血肉、我が鱗、我が幻想…そのようなモノに魅入られ、愚かにも牙を剥く者にのみ眠って貰っています」
「良いことじゃない。弱者は相手にせず、愚者は葬る、実に気高い在り方だわ。見た目は勿論、智慧もよく回る。
さて、最後の一項目さえ該当すれば私は館でゆっくりできそうなんだけど――お前は強いのかい?」
「さあ、どうでしょうね?『貴女のお姉様への気持ち』と比べられては、些か分が悪いかもしれませんね?」
「――ッ、お前、人の考えが」
「失礼。ですが先に言いましたよ?貴女の持つ『全ての気』は実に面白い、と。
妖気、邪気、覇気、気質、気分…フランドール・スカーレット、ええ、実姉も含めて貴女は実に面白い吸血鬼です。
私がこのように他人に興味を抱いたのは初めてですよ。私の前に対峙する者は誰もが私を屠ることしか考えていなかった」
「本当に運のない女ね。けれど、その運の悪さも私との…いいえ、お姉様との出会いの為と考えれば安いもの。
人の考えを盗み見ることが出来るようなら、私の要望も理解しているでしょう?今更口にするのも馬鹿らしいわ」
私の言葉に、女はすぐには言葉を返さない。まあ、当然か。私の要望は『お姉様の部下になって館の門番をしろ』ってことだもの。
女の口ぶり、在り方からして分かり切ったことだけど…この女は相当強い。そして私の考えてたようなチワワやシーズークラスの妖怪なんかじゃ
ないってことも分かる。恐らくは、中々に上級の妖怪…そうね、もしかしたらゴールデンレトリバークラスの妖怪かもしれないわ。…いや、
これはあくまでモノの例えであって、本当にこの女が愛玩犬の妖怪だと困るんだけど…とにかく、まさにお姉様の求めていた人材に違いないわ。
この女なら、お姉様は必ず喜んでくれる筈。最早私には、この女を何としても連れ帰ることしか頭に無かった。
そんな私に、女は初めて無表情を崩し微笑む――ああ、本当に綺麗ねこの女。そんなことを考えていた私に、女は返答を返す。
「そうですね…ただ水の流れを眺め続けて生きることも一興かと思いましたが、気が変わりました。
貴女のような『歪な妖怪』に、それほど求められること…実に興味深いです。貴女についていけば、少なくとも今よりは楽しそうですね。
そして何より、貴女をそこまで突き動かす存在――レミリア・スカーレットに実に興味が在る。実際に会ってみたい、そんな想いが芽生えていることは事実」
「それは嬉しい言葉ね。話の早い奴は嫌いじゃないわ。貴女、名前は?」
「名など在りませんよ。私は妖しにして事象、現象。名など与えてくれる存在など、私には存在しませんでしたので」
「そう。それならお姉様に後で貰うことね。名無しのままでは、庭の草刈りを頼むのも面倒だわ」
「そうします…ですが、フランドール・スカーレット。貴女達には資格が在りますか?
この私を飼い慣らす程の器量が、果たして貴女達に」
「意外と身持ちが固いのね。けれど、そうでなければお姉様に相応しくないわ。
誰でも構わず首を垂れる者に興味は無いわ。言いなさい、お前の示す条件を」
「実に簡単なことです。フランドール、貴女の力を私に見せて下さい。
今より五分、私は貴女に一切の反撃をいたしません。その間に一度でも我が身を貫くことが出来れば私は貴女に従いましょう」
「へえ、本当に簡単で単純明快ね。本当にその条件でいいのね?」
「ええ、構いませんよ。ただし、五分の時が過ぎてもなお私の身体を貫けぬ場合は――喰らいます。
貴女は私が生まれて初めて興味を抱いた人。その身に相応の力が無いのならば仕方ない、己が血肉として体内に刻んで差し上げます」
「見かけに似合わず情熱的じゃない。私にそれだけ執着してくれるのは嬉しいけれど、それでは身が持たないわよ?
だって、お姉様は私なんて比べ物にならない程に凄い方なんだもの――さて、初めて構わないかしら?名無しの妖怪さん?」
「ええ、始めましょうか――見せて下さいな。貴女が私を満足させるに値する存在である、その証明を」
言葉を言い終え、女の身体から眩い光が放たれる。変化、偽りの人間体から妖怪本来の姿へ戻っているということ。
さて、一体何がくる?あれだけの大口を叩いたんだもの。本当にジャンガリアンやトビネズミ如きでは困るわ。
豹?虎?狼?鰐?何でもかかってきなさい。どんな相手だろうと、私がこの手で蹂躙して必ずやお姉様の元に――
『――我が龍鱗こそ、過去に誰一人として傷をつけられなかった最強の鎧なり。さあ、期待外れに終わってくれないでよ、フランドール』
…死にたい。何よこの馬鹿でかい紅龍。反則過ぎる。幻想種とかそんなレベル超越してる。
流石お姉様だ、お姉様に振り回されると本当に本当に本当にロクな目に合わない。難易度が一気にSSSランクに跳ね上がってる。
…まあ、いいけど。今更嘆いたところで、現状が変わる訳でも無し。過去に誰一人として貫けなかった龍鱗、最初の一人になれなければ
残念無念腹の中。だったら私のやるべき行動は唯一つ。生き残る為に、何よりお姉様の要望に答える為にも――この増長した蜥蜴を打ち貫くだけよ!!
「へえ、立派な館じゃないですか、フランドール」
「当たり前でしょ…一体どれだけ私が借金して建てたと思ってるのよ…」
名無しの妖怪に背負われて(もう妖気すっからかんで一人で歩けないのよ)、館に戻った私。
館を見て嬉しそうな声をあげる女に、思わず借金の明細書でも付きつけてあげようかとか考えてしまう
私だが、次の女の一言に最早そんな下らない考えは何処かへ飛んで行ってしまった。
「フランドール、門前に何やら可愛らしい生き物が存在しているのですが」
「門前に?何よ可愛らしい生き物って…おい」
「わふっ」
紅魔館の門前、そこには一匹の犬…というかポメラニアンがいた。首輪をつけて、門に繋がれて。
そして、そのポメラニアンの横にはどう見てもお姉様の字で書かれた看板が突き刺さっていて。
看板には『紅魔館が誇る最強の門番、ケルベロス』と書かれていて。何度も言うけれど、どう見てもお姉様の字で。
それを見て、女は少し考える素振りを見せた後に言葉を紡いだ。
「…えっと、私の同僚さん?」
「…貴女の仕事は門番兼ポメラニアン飼育係に決まりそうよ。というか本当にポメラニアン送ってきやがったよあのアホ妖怪…
お姉様も門番見つからなかったからって、何普通に『これ』を門番にしてるのよ…ケルベロスとか名付けてるし…」
「わふっ」
「あ、どうもこんにちはです先輩。私、今日から同僚として門番を務めさせて頂くことになりまし…」
「ポメラニアン相手に挨拶するなっ!これは門番じゃないっ!」
ポメラニアンに頭を下げる女の頭をはたきながら、私は大きな溜息をつくしか出来なかった。
本当に本当に本当にお姉様は…まあ、いいけど。門番も連れてきたし、これでしばらくは平穏な日々が続くと思いたい…
私は、物心ついた頃には既にそうだった気がする。
そうとはつまり、お姉様に振り回されるお仕事を任されていたということだ。
お姉様、レミリア・スカーレットは私より五年ほど先に生まれ、どんな時でもそれはそれは楽しげに私を振り回してくれた。
『綺麗な星空が見たいわね』なんて言った時は、嫌がる私を引っ張って馬鹿みたいな高山を登った。本気で死ぬかと思った。
『綺麗な花が見たいわね』なんて言った時は、嫌がる私を連れ出して世界中の花と言う花をかき集めた。本気で死ぬかと思った。
幼少の頃より、お姉様に全力で振り回されまくった結果、私は学んでしまった。『お姉様の我儘は止められない』ということ、
そして『自分の被害を少なくする為には、お姉様の要望をこの手で解決した方が良い』ということを。
ちなみに、お姉様に反発すればいいのではないかとも考え、何度か実行しようとしたんだけど…ね。とにかく私はお姉様の我儘を受け入れてる。
お姉様は吸血鬼の中でも歴史、実力共に指折りのスカーレットの後継者に相応しい存在だ。高潔で、高貴で…我儘で。
そんなお姉様を私は誇らしいと思いながら育ってきた。そんなお姉様に振り回され続ける日々は…お世辞にも良かったとは言えないけれど。
お姉様が我儘を言って、私がその我儘に付き合って、お姉様が満足して。そのエンドレス・ワルツを繰り返して数百年。お姉様が突如として
お父様とお母様に告げた『フランと二人で家を出るわ。立派なスカーレットの後継者となるために』の一言は私の生活を更に振り回されるものとしてくれた。
お姉様の突飛な申し出を両親は快諾した。そしてお姉様がいないところで、私はお父様とお母様にお言葉を頂いた。
お父様曰く『しっかりレミリアを支えてやってくれ。フランがいるからこそ、私達はレミリアの申し出を受け入れたのだから』
お母様曰く『レミリアは昔のこの人と同じだからね…本当にそっくりよ。フラン、レミリアの傍で沢山の経験をしてしっかりと学びなさい』
両親の言葉をまとめると、『頑張ってレミリアに振り回されてくれ』だった。その夜私は泣いた。本気で泣いた。お姉様振り回され係はとっくの昔に両親公認だった。
荷物をまとめ、実家を出てお姉様の発した一言目、『さてフラン、これから私達は何処に棲めばいいかしら?』。決めてなかったのかと。
考えてなかったのかと。『私に相応しい館が欲しいわ』なんて更にぶっとんだことを言い出したので、私は実家に回れ右をして、
両親に土下座してお金を借りて館を建てた。必死にお願いする私を見つめる両親の生温かい優しい目は未だに忘れられない。畜生。
フランドール・スカーレット。この私の生は、最初の最初からお姉様に振り回されっぱなしなのだ。
だからこその私の言葉。私はとても忙しい――何故なら私には『お姉様に振り回される』という大変な仕事が存在するのだから。
「フラン、時代は今、知識人を求めていると私は思うのよ」
お姉様の一言に、私は口に運びかけたティーカップをぴたりと制止する。
…始まった。お姉様のいつもの病気、それも特大級のモノがきたと私は過去の経験から察することが出来た。
あの日、門番――紅美鈴を連れてきてから数十年の時が過ぎて、勿論大変ではあるモノの比較的平穏(お姉様の我儘の意味で)が
続いていたんだけど、どうやら私の平和は打ち破られる為に存在するらしい。拙いなあ、軌道修正できないかなあ。
そんな私の気持ちを当然知る由も無く、お姉様はゴロゴロとベッドを転がりながら、楽しげに語る。
「高貴な者の館には必ず相応の参謀、知識人が存在するものよ。賢者とも言うべきかしら」
「そうかな?お父様とお母様の館には、そんなもの存在しなかった気がするけれど」
「うん、良いわね知識人。そうね、どうせなら私に相応しい巨大な図書館も欲しいわ。大図書館、良いじゃない」
きいちゃいない。相も変わらず私の話が全然耳に届いてないよねこれ。…まあ、いいけど。
私は久方ぶりの大きな溜息一つ、諦め一つ。カップをテーブルに戻して、お姉様に訊ねかける。
「それで、お姉様はどんな知識人が欲しいの?」
「そうね。やはり私の傍に位置する者は美しくなければ駄目よ。加えて唯の頭でっかちに興味なんてないわ。
戦闘能力まで持っていれば最高よね。例えば魔法使いとか…いいじゃない、吸血鬼と魔女、実に素敵な組み合わせだわ」
「ふーん」
興味なさ気に振る舞いつつ、私はお姉様の要望をしっかり記憶する。
まさに才色兼備、文武両道って奴ね。まあ、魔法使いの分、美鈴の時よりはまだハードルが低いかも…いや、美鈴の時は私が勝手にハードル
あげちゃっただけのような気がするんだけど。とにかく魔法使いか…私の持つ心当たりを手当たり次第当たってみるしかないか。
館を建てた時に頼った魔法使いの知人とか、その辺りからせめてみましょうか。そんなことを考えていると、お姉様が『よし』と気合を入れて立ち上がった。
「そういう訳でフラン、私は今から知識人を探してくるから館を出るわ」
「はいはい、分かりましたわ。それでお帰りはどれくらい?」
「そうね、二週間後には帰ると思うわ。ふふっ、期待してなさいフラン。貴女も驚くくらいの凄い奴を持って帰ってきてあげるわ」
「うんうん、楽しみにしてるよお姉様」
お姉様の言葉に返答しながら、私はお姉様の要望のハードルがまた一つ高くなったのを感じていた。
そうか。驚くくらい凄いのを連れて帰らないと駄目なのね…まあ、いいけど。そんなことはどうせ最初から分かっていたことだしね。憂鬱。
その後、お姉様が館から出て行ったことを確認した後、私も館から出る為に門の方へと足を運ぶ。
館の門前には、あの日、この館の住人となった紅龍――紅美鈴が存在していた。両手にもう一匹の新たな住人であるポメラニアンを抱いて。
私の存在に最初から気付いていたようで、私が現れると同時に挨拶より早く楽しげに語ってくれた。
「それで、今回はどんなトンデモで振り回されてるんですか?」
「…お姉様は知識人、魔法使いをご所望だそうよ。期限は二週間、貴女のときみたいに綺麗で強くて頭も回るが最低条件」
「それはそれは。頑張ってくださいね、フランお嬢様。
大変かとは思いますが、レミリアお嬢様の期待に応えることこそ、私達の役割であり使命ですからね」
「わふっ」
「他人事だと思って好き勝手言っちゃって。それにお前も『わふっ』じゃないの」
「こらこら、ペロをいじめちゃ駄目ですよ」
舌を出してわふわふ言うポメラニアンを軽くでこピン、めっ、と美鈴に怒られる私。
でも、ポメラニアンは全然気にしてないらしく、私の指先をベロベロと舐めまわしてる。コイツ本当に成長しないわね…まあ、いいけど。
ちなみにこのポメラニアンの名前はペロに決定した。お姉様はケルベロスって呼んでる。本気でコレをケルベロスだと思ってる。ポメラニアンなのに。
私と美鈴はこれをペロって呼ぶことにした。ペロは何だかんだ言って、本当にポメラニアンの妖怪らしくて、あれから五十年以上の時が
過ぎても一向に死ぬ気配もなければ成長する気配も無い。どれだけ長寿なのよってレベルなのに、この五十年で覚えたのはお手とお代わりとお座り。ペロはアホ犬だった。
『最近は待てを学んでいる最中なんですよ』とは美鈴の談。それを聞いて五年くらい経ってるけど、未だに待ては難しいらしい。本当にアホ犬だった。
まあ、こんなでも今では立派な館の一員な訳で。ペロをお姉様はそれはそれは可愛がっている。美鈴は言うに及ばず。私もまあ…可愛がってるとは思う。
…いや、ペロのことなんて今はいいのよ。私は軽く息をついて、美鈴に向き直って言葉を続ける。
「そういう訳で、私も館を出るから。館のこと、よろしくね」
「任されました。ですが、いいんですか?私は協力しなくても…っと、これは貴女に対して無粋な言葉でしたね。
レミリアお嬢様に振り回されること、その役目はフランお嬢様だけにしか許されない――それが絶対でしたね」
「ふん…二週間後には帰るから、そのつもりで」
「分かりました。お帰りをお待ちしています」
「わふっ」
腕に抱いたペロの片手を持って、小さくバイバイを作る美鈴。相変わらずわふわふしか言えないペロ。
そんな館の住人達に見守られながら、私は暗闇が支配する空へ身を投げる。はあ…今回はさっさと見つけて家に帰りたいわ。
少なくとも美鈴のときのような思いは二度としたくないわね…本当、お姉様の特大級の我儘は。まあ、いいけど。
「…いや、だから私が求めているのは魔法使いなのよ、魔法使い。分かる?ま・ほ・う・つ・か・い。
それなのにどうして貴女は私に『ゴマフアザラシの妖怪』なんて薦めてるのよ。アザラシが一体何の魔法を使えるのよ?
…いや、そんな逆切れされても。大体ウチには既に貴女に押し付けられたポメラニアンがいるのよ?あれの面倒ちゃんとみてるのよ?
それを貴女ね、更に人間の姿にもなれない言葉も理解出来ないゴマフアザラシを飼えと?馬鹿も休み休み言いなさいよマジで」
今日で十日目、目的の魔法使いは未だ見つからず。
その結果に私は頭を悩みに悩ませ、結局縋りついたのは…美鈴のときに頼った例の胡散臭い斡旋団体だ。
あれから数十年経って、もう流石に連絡は取れないかなとか思ったんだけど、そんなことは全然無くて。念話は簡単につながって、
あのアホ女は当たり前のように『こんばんは、フランドール』なんて言ってきたし…なんで私のこと覚えてるのよアホ女は。
ただ、このアホ女が頼りになることはこの身を持って理解してる。なんせ、この女は美鈴の存在を私に教えてくれたのだ。
どうやって美鈴のことを知ったのかはしらないけれど、胡散臭い団体を立ち上げるだけあって、この女の情報力は本当に頼りになる。
だからこそ、こうやって色々と我慢に我慢をして連絡を取ってみたんだけど…紹介されたのがゴマフアザラシの妖怪。しかも生後二カ月。
頭を痛めつつ会話をしてるんだけど、もうどうしようもないほどにアザラシ一択ごり押し。何が貴女をそこまでさせてんのよってくらいごり押し。勘弁してほしい。
「分かった、分かりました。ゴマフアザラシはもう良いから、いい加減情報を教えなさいよ。
…は?いや、商談成立って一体なんの…そうそう、前の門番の件みたいに教えて欲しいのよ。もう、出来るなら最初からその話しなさいよね。
ふんふん…ここから西にある古城ね。は?認識阻害魔法?なんでそんな面倒なモノが…ああ、解除してくれるの?それはそれはご親切にどうも…」
なんでもアホ女曰く、ここから西に数十キロ程離れた森の奥に、小さな古城が在り、そこに私の目的の魔法使いは存在するらしい。
…本当、美鈴の時にも思ったんだけど、そういう情報持ってるなら最初から出せっていうのよ。アホ女の情報に満足していると、向こうから
相変わらず滅茶苦茶にも程がある念話の続きが強制的に送られてくる。
「…は?いや、だから何で三日後にゴマフアザラシを館に送る話になってるのよ?それは断った筈でしょ?話聞いてるの?馬鹿なの?死ぬの?
貴女、まさかポメラニアンの時同様、無理矢理私に押し付けて面倒見させる気じゃないでしょうね?いい?うちはもうお姉様とペロだけで
いっぱいいっぱいなのよ…って、何笑ってるのよ。実姉とペットをイコール関係にしたのがツボに入ったって…だって、どっちも好き勝手に私を振り回す点では一緒だし。
って、また勝手に念話を切ろうとしてるでしょ!?『友人が拗ねてるので機嫌取りをします』って、ちょっと、私の話はまだ終わってな…」
…切りやがったよ。確か前の時も友人がどうこう言いながら念話を切ったわよね。
全く、他人と交渉の最中に友人と遊んでるんじゃないわよ。アホ女の友人も友人よ。一体どんな奴なのか顔が見てみたいわ。絶対
自分勝手で我儘で他人を振り回しては喜んでるような奴に違いないわ。ああ、アホらし。私は下らない思考を止めて、与えられた情報のことを考える。
西の古城に棲む、認識阻害魔法を使う魔法使い…か。なかなかに面倒そうな相手じゃない。けれど、それくらいじゃないとつまらないわ。他の
誰でもない、あのお姉様を満足させなきゃいけないんだもの。その辺の有象無象では意味が無い。私は吸血鬼らしく、傲慢に口元を歪めて想いを紡ぐ。
「さて、今宵の出会いは果たして如何なるものか――楽しみにしてるわよ、魔法使い。面倒なのは本当に御免だけど、ね」
私はアホ女の指示通り、この地より西に飛翔する。
暗闇の森を見下ろしながら飛行を続けていると、どうやら目的の地らしき建物が見えてくる。
成程、あのアホ女が古城と表現したのもよく分かる。その建物は完全に朽ちかけている、言わば『終わりを迎えた城』だった。
「…その割には、どうにもこの場所は渇き過ぎているね。さて、どうしてこの城は『血に飢えている』のかしらね?」
城の内部を一歩、また一歩と歩き進める度に感じる違和感。それは、城内に嫌と言うほど染み付いた血の香りのせい。
吸血鬼である私だから分かることなのだけれど、これらの血の匂いは決して古いものではない。むしろ、真新しいものだと断言出来る。
面倒事の予感を感じつつ、城の最奥まで足を進めることで、ようやくこれらの匂いの元凶へと辿り着くことが出来た。
「――成程。これだけ夥しい数の死体があれば、館中が匂っても仕方のないというものね。
フフッ、魔法使いの身でありながら随分と屍を積み上げたものね、魔法使い?」
私は城の奥にある大広間、そこに散らばった幾百もの人間の屍の中央で佇む女に声をかける。
そんな私に、魔法使いは一瞥をした後に、返答代わりとでもいうように容赦なく魔弾を解き放つ。
…美鈴の時とは違い、こっちは交渉する余地も無し、ね。成程、随分と面倒な相手じゃない。私は己に向かい来る魔弾を軽く左手で弾いて話を続ける。
「いきなりご挨拶じゃない。初対面の相手には礼節を持って接しろと親に教えて貰わなかったのかい?」
「…人間じゃない?」
「何を今更。人間如きに今の一撃を片手で防げるものか。この身は誇り高き吸血鬼、その程度で私の肌に傷つけられると思わないことね」
「…人間じゃないなら帰って。私は貴女に用なんてないわ」
「けれど私は貴女に用がある。だから残念、貴女の願いはきいてあげられないわね」
私の言葉に、女――魔法使いは面倒そうに私に向き直る。
成程、返り血にこそ染まっているけれど、綺麗な紫の髪に人形のような可愛らしい容姿。美鈴とはまた別方向の美貌ね。
加えて、今の挨拶代わりの一撃に込められた魔法の威力。本当、あのアホ女の情報力には恐れ入るわ。
笑みを零す私とは対照的に、魔法使いの表情は依然暗いままだ。この世の全てがつまらないというような表情のまま、私に語りかける。
「用とは何?まさか貴女も私を処刑しようとでも言うのかしら?
異端の力を持つ者と見做し、魔女と恐れ、徒党を組んで虐殺を行う。本当に愚か…人間は本当に愚かで度し難いわ」
「…成程、お前は魔女狩りの被害者か。この惨状を見るに、被害者と呼ぶには力が在り過ぎるようだけれど、ね」
「私は誰にも邪魔されること無く過ごしたいだけ…それなのに、人間どもは勝手に私達の力を恐れ、邪悪だと、討つべきだと声にする。
父は死んだ。母も死んだ。けれど、人間どもは満足しない。魔法使いという種族、それを根絶やしにしなければ人間は満足しない」
「いいや、違うわね。人間はそれでも満足しないわよ?恐怖は疑心を生み、負の連鎖を加速させる。
貴女が消えても、人間達は今度は新たな魔女を自分の手で生み出すでしょうね。それが例え無辜の同族たる人間であろうとも、ね」
「…つくづく救えないわ。人間の憎悪は私の認識阻害魔法すら打ち消してしまう。本当に邪魔…」
「そんなに人間を疎ましく思うなら、己が欲望のままに殺しつくせばいいじゃない。貴女にはそれだけの力があるでしょう?」
「…面倒は嫌いなのよ。それに私は、人間を殺し尽くすよりも楽な道を知っている。
――本当、良い機会なのかもしれないわね。何の運命か、今宵私の前には常軌を逸した存在が現れた。
その存在は私をも超える力を持つ血に飢えた妖怪。ねえ、貴女…私の願いを叶えてくれないかしら」
「一応聞いてあげるわ。言ってみなさい」
「…私を殺して欲しいのよ。もう面倒事は沢山。人間も、私を取り巻く全ても、何もかもが面倒なの」
何でもないように言ってみせる魔法使い。その言葉に、私は心の中で大きく溜息をつく。
面倒事は御免だと思っていたけれど、まさか相手が死にたがりの魔法使いとは思いもよらず。これはもしかしなくても
美鈴の時以上に面倒かもしれないわ。さて、死を望むような相手。一体どうすればこちらの願いは通じることやら。
「嫌よ。私だって面倒は嫌いだもの。死ぬなら自分自身の手で勝手に死ね」
「正論ね。そうね、確かにその通りだわ。誰かの手にかかって死にたいだなんて、つまらぬ甘えも良いところだものね。
…そういう訳で、帰ってくれる?他人の無様な生の終焉を覗くような趣味があるなら、話は変わるけれど」
「そんなつまらない趣味はないよ。けれど、帰ってなんてあげないわ」
「…変な奴ね。私の死体に用でもあるの?欲しいなら別に無料であげるけれど」
「死体なんて要らないよ。私が欲しいのは生きたままのお前だ」
私の言葉に、魔法使いは何を言われたのか理解できないとでも言うような反応をした。
目を丸くして、時間が止まったように口をぽかんとさせて。へえ、こんな顔も出来るんじゃない。
私は楽しげに愉悦を零しながら、再度魔法使いに向けて言葉を紡ぐ。
「もう一度言うわ。お前の死や死体なんて私にはどうでもいいのよ。
私が欲しいのは、今を生きるお前なの。力も在る、知識も在る、そんなお前が私は欲しいのよ。
塵芥の人間共などに縛られるなよ。そんな下等なモノは一笑に付し、私の手を取って歩いてみなさい。
そうすれば、私がお前に与えてあげるわ。お前の何より欲する生きる意味を、心の充足を――ね」
「…貴女、名前は?」
「フランドール・スカーレット。誇り高き吸血鬼、それが私。
さて、人に名を訊ねたときは己が名を名乗るがマナーでしょう。貴女の名前は?」
「…パチュリーよ。パチュリー・ノーレッジ」
魔法使い――パチュリーと名乗った女は、軽く瞳を閉じて、素早く呪文の詠唱を行う。
そして、彼女の周囲に現れた七色の宝石達。その一つ一つに恐ろしい程の魔力が込められていることは想像に難くない。
魔力の質を見るに、どうも友好的な魔法ではなさそうね。私は軽く息をつき、視線でパチュリーに真意を問う。
「私は他人を信じない。信じ、騙され、裏切られ、そうして父も母も命を落としたわ」
「へえ、それで?」
「けれど、貴女の言葉を信じてみたいと思う自分がいるのも真実。
裏切られると理解していても、身を委ねてみたいという私がいるのも事実」
「私は裏切らないわよ?ましてや、これから貴女が『真に出会うべき相手』は私とは比べる必要すらないわ」
「…捻くれてるのよ。私は誰かを真っ直ぐに信じるなんて生き方を当の昔に捨ててしまった。
だからフランドール、もし本当に貴女が私を欲しいと思ってくれるのならば、私を力づくでねじ伏せて頂戴。
強引に、反論も抵抗も許さない程に強く私を縛り付けて。もし、貴女が私に勝てたならば――私の生涯、貴女に捧げましょう」
魔法使いの言葉に、私は了承の意味も込めて己が妖気を解き放つ。
私の本気を感じ取ってくれたのか、魔法使いもまた己が魔力の全てを解き放つ。
――成程、これが魔法使いの本気か。何て出鱈目。美鈴も無茶苦茶だったけれど、この魔法使いも十分過ぎる程にヤバ過ぎる。
これだけの力を持つ者が自ら死に向かおうとしていたなんて笑ってしまう。この力は使われるべきだ。他の誰でもない、私のお姉様の為に。
だから私は殺し合いの合図のように、魔法使いに向かって叫びながら斬りかかる。さあ、始めましょうか。貴女にとって最後となる面倒な夜を――
「最後に一つ訂正しておくわ。貴女が生涯を捧げるのは私ではないわ」
「貴女でなければ、一体誰?」
「そんなこと決まってるでしょう。この私を好き勝手に振り回してくれる、この世で一番素敵に我儘なお姉様よっ!!」
「ここが…貴女の為に事前に用意してた図書館よ…好きに使って頂戴…」
「そう。それじゃ遠慮なく使わせて頂くわ」
ボロボロになった私は必死に己が身体に鞭を打って、パチュリーを地下図書館まで案内する。
地下図書館を一瞥し、満足そうに微笑むパチュリー。何よ、そんな風に興味を持てるモノが存在するなら
最初から己の死なんて選ぶな馬鹿。気真面目に生きず、お姉様のように好き勝手に生きればよかったのよ。本当に馬鹿な魔法使い。
それじゃあ、と疲れ切った身体を癒す為に、部屋に戻ろうとした私だけど、パチュリーの質問にその足をピタリと止める。
「ところでフランドール。図書館の中央に存在するあの不思議な生き物は何かしら」
「…は?不思議な生き物?そんなもの図書館にいな…何これ」
「ぱうー」
図書館の中央に置かれた水桶(何か氷が入ってる)。その中に存在するは雪のように真っ白な…ゴマフアザラシ。
そんなアザラシの入ってる水桶には、これまたどう見てもお姉様の書いた字で何か書かれていて。
『紅魔館が誇る最高の頭脳、リヴァイアサン』ってどう見てもどう読んでもお姉様の文字で書かれていて。
…あのアホ女。また本気で送ってきやがった。ゴマフアザラシの妖怪を館に送ってきやがった。
そして、お姉様…知識人が見つからなかったからって、またこんな…もうどんな顔をしていいのか分からない程に疲れた私に、パチュリーは素で言い放つ。
「本が濡れると困るから、あなたに司書は難しいかしら。でも防水の魔法を使えば…」
「そういう問題じゃないっ!犬ならまだしもアザラシなんて想定外過ぎるのよ!あのアホ女!」
「ぱうー」
結果から言えば、このアザラシ妖怪はパチュリーが面倒をみることになった。
美鈴といい、パチュリーといい、何でこんな滅茶苦茶を簡単に受け入れるのよ?懐広過ぎるでしょ本当に…まあ、いいけど。
こうして、私達の館に新たな二人の住人が出来た。正確には一人と一匹なんだけど…どうでもいいことだけど、アザラシの名前は
うぱ子に決まった。ぱうぱう鳴くからうぱ子。お姉様はうぱ子のことを『リヴァイアサン』って呼んでるけど…それはないわ。割とマジで。
こうして家族の存在が増え、私が相も変わらずお姉様に振り回される日々が繰り返されて。
私達の棲む館、紅魔館が新たな世界、『幻想郷』へと転移した時、これまで長年の間封印され続けてきたお姉様の『爆弾級』の我儘が投下された。
本当、本当に今回ばかりは冗談では済まされないくらいの我儘で。どれだけ私が反対に向けて頑張っても方向転換出来なくて。
お姉様が落としたメガトン級の爆弾、その内容は『幻想郷中に己が力を示すこと』だった。
お姉様曰く、新世界に足を踏み入れたなら己が存在を示すことが妖怪としての礼儀らしい。んなもん聞いたことないわよド畜生。
自身の発言通り、自ら幻想郷中の妖怪達にケンカを売りに行こうとしたお姉様を私は必死に説得して押し留める。『館で一番偉いお姉様が
最初から出るのは格好悪い』『まずは配下に任せるのが主の仕事』なんて適当な理由でお姉様を納得させた。
そして、お姉様には『美鈴とパチェと私が現在幻想郷を侵攻中』と嘘の情報を流しているが、これまたいつまで持つか本当に怪しい。
だからこそ、私はこんな悪夢過ぎるお芝居を終わらせる為に、幻想郷中を駆け回っては必死に一人の妖怪を探し続けていた。
美鈴やパチュリーの力も借りて、ようやく、ようやく探し当てることの出来た相手。その女を前にして、私は安堵の息をつきたくなった。
良かった、本当に良かった。お姉様がコイツと本気でぶつかることになる前で――この最強の妖怪、八雲紫と殺し合いになる前で。
「博麗の巫女から話は聞いているわ。何でも私に用があるそうね、吸血鬼のお嬢さん?」
「フランドール・スカーレットよ、幻想郷の管理人、八雲紫」
「ええ、それでは私も貴女のことをフランドールと。さて、私も暇ではないわ。用件の方を話して頂けるかしら」
妖艶に微笑む八雲紫に、私は『そうね』と一旦言葉を切った後に用件を告げる。
ここ数日ほど睡眠すら取らずに考えに考え抜いた私の案。お姉様の心、誇りを傷つけず、如何にしてお姉様の望みを叶えるか。
必死に考え、紡いだ結論を私は八雲紫に伝える。もう私に出来ることは多分これしかないと信じて。
「八雲紫、貴女には私の喜劇に付き合って欲しいのよ」
「喜劇?」
「そう、貴女にとっては心の底からつまらぬコント。だけど、私にとっては命を賭するに値する一大舞台。
私が望むは唯一つ、貴女にはお姉様の前で道化を演じて欲しいの。『幻想郷を攻められ、下らぬ行動を起こした吸血鬼を罰する管理人』の役割を」
「…少し興味が湧いたわ。詳しくお話願えるかしら、お嬢さん?」
私が考えたお姉様を満足させる方法、それは『最強の妖怪が直接お姉様に手打ちの交渉を行いに訪れること』だ。
八雲紫に一役演じて貰い『貴女の力は十分理解した。そろそろ兵を引いて貰えないか。そうすれば今回の件は水に流す』と言って貰う。
勿論、私達は幻想郷に何一つ害を齎していないのだから、手打ちも何もないのだけれど、『最強』である八雲紫がこう言えば、絶対にお姉様は満足する。
お姉様が満足さえすれば、最早私達は幻想郷を攻め込む理由はない。これは下らぬ面倒を生まない意味では八雲紫にも
利を生む行動だ。つまらぬ役者を演じることにはなるけれど、それだけで幻想郷に騒乱を引き起こされないと考えれば安いだろう。
そう考えての私の提案だった。だったのだけれど…全てを告げ終えた私に、八雲紫が返した答えた『NO』だった。
「…理由を訊いてもいいかしら、八雲紫」
「一つ。私には貴女の望みを叶える理由が無い。一つ。増長した吸血鬼如き、道化を演じずともこの手で潰すのは実に容易い。
一つ。その行動をすることで、私に一体何のメリットが存在するのか。さて、他に理由が必要かしら、お嬢さん」
「メリットなら…」
「貴女の語るメリットは二つ目の理由で潰れてしまう。さて、他に話は?」
「…ないわ。ないけど、このまま帰す訳にはいかない。貴女には何としても私の願いを叶えてもらう」
「私が外界で何と呼ばれてるかご存知?」
「――『最強の妖怪』」
「なればこそ分かるわね?私の機嫌を損ねてしまえば、五百年と生きていない貴女では」
「死ぬでしょうね。殺される…でも、それでも私はお前がウンと言ってくれるまで帰れないのよ、八雲紫」
「そう死に急ぐこともないでしょうに――本気で殺されたいか?小娘」
真っ直ぐに殺気をぶつけてくる八雲紫。その殺気は私が過去に経験したことの無い程に巨大かつ重圧あるもので。
その気配に、私は思わず笑ってしまう。ああ、殺される。このまま逆らえば、間違いなく私はアレに殺されるだろう。
だけど、私は止まらない。だけど、私は止まれない。だって、ここで逃げてしまえば、お姉様の我儘に応えられないから。お姉様の
望みが叶えられないから。だから私は、返答代わりに右手に炎の剣を具現化させる。それは力づくでも願いを叶えさせるという意志の証明。
そんな私の姿に、八雲紫は少しばかり驚くような表情を見せた後に、私に問いかける。それは私にとって実に下らぬ問いかけで。
「どうしてそこまで命を賭ける?貴女は姉の下らぬ我儘の為に命を落とそうというの?
そんなもの投げ捨ててしまえば良いじゃない。『お前の我儘なんてきけない』と切って捨てればいいじゃない」
「…九万九千四十二回」
「その数が何?」
「九万九千四十二回。それがお姉様の我儘に、物心ついたときから数えて私が振り回されてきた回数よ。
『紅茶淹れて』が六千二回、『あれ取って』が五千三百九回、『暇だから相手して』が三千六百四十五回」
「えっと…」
「願いごとの九割九分がそんな些細な我儘よ。本当に大変だったのは一分未満に過ぎない。
でもね…私はそんなお姉様の願いを何一つ叶えられなかったことはないの。私は全てのお姉様の望みをこの手で叶えてきた。
お姉様の為に、私は紅龍の鱗すら貫いてみせた。お姉様の為に、私は七色を操る魔法使いをも打ち破ってみせた」
私の言葉に、八雲紫は呆然と言葉を失っていた。それは当然だ。
私の口から語られる話は本当にトンデモなくアホ過ぎる話で。だけど私の言葉を止められない。
「我儘を叶えると、お姉様は喜んでくれたわ。そんなお姉様の笑顔を見るのが、私は何よりの幸せなの。
私はお姉様が好きよ。お姉様が世界で一番大好きなの、大切なの、譲れない存在なの。
そんなお姉様の我儘に応える未来、そしてこれまでの応えてきた過去は私にとって何よりの誇りだわ。私の生きた足跡と言っても過言じゃない。
お前にとっては下らないことでしょうね。切って捨てればいいと、我儘なんて無視しろと思うでしょうね。
…だけど、そんな選択肢なんて端から存在しないのよ。何故なら、お姉様の我儘に応えることが私の望みだから。
大変だと思う。面倒だと思う。逃げ出したいと思うことだってある。だけど、叶える。だって、これは私だけの特権だもの。
お姉様の我儘に振り回されること、お姉様の望みを叶えること――そして、お姉様の笑顔を一人占めすること、それは誰にも譲ってあげられないのよ」
だからね、そう前置きした後に、私は己が力の全てを解放する。
勝てるとは思わない。恐らく私は八雲紫に負け、この場所にて命を落とすだろう。だけど、それでも構わない。
私が自分の生き方を変えずにいられるのならば。私がお姉様の為に存在出来るなら。十分過ぎる程に満足だ。
そんな私に、八雲紫は大きく溜息をついて、そっと言葉を紡ぐ。
「――本当、呆れるほどに真っ直ぐな妹さんね。正直なところ、これだけ想ってもらえる相手がいるなんて羨ましいわ。
ねえ、ここだけの話なんだけれど、この娘を私に譲ってくれないかしら?私、この娘が本当に気に入ったわ」
「…は?ちょっと八雲紫、貴女一体何の話を…」
「――それは困るな。この娘は誰が相手だろうと譲れないわ。だって、この娘に負けないくらい、私にとっての一番はこの娘なんだもの」
突如、私の背後から誰かの声が聞こえ、私が振り返ろうとした刹那、急激な眠気が私を襲う。
――なんて、強力な催眠魔術。まさか私にもレジスト出来ない程の使い手が、八雲紫以外にもいたなんて迂闊。
私は堕ちる意識の中で、誰かに抱きとめられたような感覚に襲われた。そして、その抱きとめてくれた者の温もりを感じて思ってしまう。
「…沢山の出会いや経験を通じて色んなことを学ばせるつもりが、まさかこんな想いを胸に抱いていたなんてね…無茶し過ぎよ、馬鹿フラン」
私を抱きとめてくれた相手が、まるで私の世界で一番大好きなお姉様のようだなんて…そんな風に思ってしまった。
そんな錯覚を引き起こす自分自身に私は苦笑してしまう。ああ、私は本当にお姉様のことが大好きなんだって――
八雲紫との交渉後のこと、そのことは実はあんまり語りたくない。
目が覚めた私に、八雲紫は先ほどまでとは打って変わったような態度で私の提案を了承してくれた。
どうして気が変わったのかを訊ねると、ただ笑ってはぐらかすだけ。それでも、一応の協力を得られたことに
私は安堵する。良かった。これでお姉様が八雲紫に殺されるような未来はない、と。
…ただ、その後の寸劇は本当に語るも嫌な話で。
後日、妖狐の部下をつれて館に現れた八雲紫は満面の笑顔でこうお姉様に突き付けた。
『レミリア・スカーレット。貴女達のせいで幻想郷の者達は怯えきっているわ。
けれど、遊びはこれで十分でしょう?これで手打ちにしてくれないかしら?』
『断る。どうして私がお前の要求に応えなければならない?我々は誰一人欠けることなく、幻想郷を侵攻しているというのに』
『フフッ、威勢のいいことで。ならば、これを見ても貴女はまだそんな強気でいられるかしら?』
『なっ――』
そう言って、八雲紫が見せたのは、気持ち良さそうに眠ってるペロとうぱ子。本当に気持ち良さそうに眠ってるペロとうぱ子。
その二匹を配下の妖狐に抱かせ、八雲紫は楽しげに微笑む。そしてお姉様は苦渋に満ちたような顔。いや、なんでよ?
『馬鹿な…我が紅魔館が誇る妖魔を退けていただと…?』
『ええ、実に強敵でしたわよ?流石は悪魔の館にその者在りと謳われる獣達だったわ』
嘘つけ。強敵な訳ないだろ。ペロは未だに待てが出来ないし、うぱ子はお腹空いてパチュリーにぱうぱう鳴くくらいしか出来んわ。
そして、お姉様はどうしてそんなに驚いているのよ。ありえないでしょう。この二匹は愛玩動物であってウチが誇る妖魔でもなんでも
ないから。あと紅魔館って何だ。ローンが五十二年残ってるウチの名前はいつから紅魔館になったのよ。私初めて知ったんだけど。
とにかく、そんな二匹を人質(動物質?)に取られ、うめくお姉様。…お姉様、二匹を本当に可愛がっているからなあ…
『…いいわ、要求を呑みましょう。ケルベロスもリヴァイアサンも私にとって大切な配下、見捨てることは出来ないわ』
『話が早くて助かるわ、レミリア・スカーレット』
『だが覚えておけ八雲紫。この二人が成長した暁には、必ずやお前に復讐の牙を突き立てるぞ?』
『ええ、覚えておきましょう』
突き立てないから。ていうかこいつら成長しないから。ポメラニアンとゴマフアザラシに一体お姉様は何を期待しているの。
ペロは甘噛みしか出来ないし、うぱ子は最近ようやく魚を食べられるようになったばかりだし…一体どうやって牙を突き立てるのよマジで。
とまあ、自分で提案しておいてなんだけど、本当に繰り広げられた寸劇は喜劇もコントも良いところで。
…とりあえず疲れた。本当に疲れた一件だった。八雲紫との交渉が終わったその日、私は何も考えずに眠りに就いた。
お姉様がペロとうぱ子に『部下としての在り方』として『どんなことがあっても人質に取られてはいけない』と説教してた気がするけど
見て見ぬふりをした。お姉様、そんなものを教える前にペロには待てを、うぱ子には食べ散らかしを止める躾を教えてあげて。
それから月日は流れ。
私達の館(紅魔館が完全に定着したらしい)は以前以上に賑やかになった。
まず何より住人が増えた。その人物は人間の娘、十六夜咲夜…とカルガモの妖怪。名前はガー。お姉様はフェニックスって呼んでる。
十六夜咲夜は、お姉様がまたいつもの我儘で『人間の従者が欲しい』とか言いだしたときに、私がまた胡散臭い団体頼りで見つけた
女の子。そしてガーは…そのときにまたアホ女に押し付けられた妖怪。つーか唯のカモじゃん…面倒は咲夜が見てる。
咲夜が館に来た時、人間嫌いのパチュリーと一騒動あったり色々とあったのだけれど、今は平穏無事な毎日といったところかしら。
咲夜が来てから数年。私は少し前からは考えられないくらい平穏な日々を過ごしている。
お姉様に振り回されるのは私の仕事、私だけの役割。でも、思うのだ。たまにはこんな風に静かな平穏を享受することも大切だって。
もうね、しばらくはゆっくりしたい。美鈴がいて、パチュリーがいて、咲夜がいる。ペロも、うぱ子も、ガーも一応いる。
これだけ住人が増えたんだもの。しばらくはお姉様も無茶を言ったりはしないと思う。
そう信じて、私はベッドの上でゴロゴロと平穏な日々を受け入れる。ああ、本当に幸せだなあ。やっぱりこんな日々も私は悪くないと…思っているのになあ。
思考を止め、身体をベッドから起こして、私は力強く開かれた扉の方へと視線を向ける。
そこにあるのはお姉様の輝くばかりの笑顔。ああ、私が大好きな、何より愛してるお姉様の素敵な笑顔だ。
そんなお姉様の笑顔が意味するものを、私は痛い程に理解している。
そう、これは前兆なのだ。お姉様が私に無茶苦茶という名の嵐を巻き起こす前の。
「フラン!友人に聞いたんだけれど、最近博麗の巫女が代替わりしたそうよ!」
「ああ、そうなんだ…えっと、それで?」
「幻想郷を管理する人間が替わったのよ?これは紅魔館の主として、その人間に挨拶をしてあげないといけないわ!
力在る存在が人間を試し遊ぶのは古来よりの伝統よ。博麗の巫女がどれほどの人間か、私直々に測ってあげないとね」
「…えっと、それはつまり」
私の問いに、お姉様はニッと笑って声を大にする。
その笑顔はまるで晴れ渡った太陽の様で。吸血鬼なのに不思議だな、そう苦笑しつつ私はお姉様の『我儘』を聞き届けるのだ。
「異変を起こすわよ!幻想郷中を巻き込むような、そんな素敵な異変をね!」
お姉様の宣言に、私は心の中で大きく溜息をつきながらも思うのだ。
ああ、今回も私の仕事は大変なものになりそうだと。私だけに許された、誰にも絶対に譲らない大切なお仕事が、忙しくなりそうだ。
「…まあ、いいけど」
その報酬が、お姉様の喜ぶ素敵な笑顔なら、どんな艱難辛苦だって私にとっては安いものだから――
フランちゃん可愛いよ、とても面白かったです
さとり妖怪・・・一体何者なのか。
こんなフランドールは初めて読みました。
ていうか、動物妖怪どんだけ押し付ければ気がすむんだwww
こんな性格のフランちゃんもいいですね
いい我が儘姉妹でした
ところで50年生きるポメラニアンはどこにいますか、おjy……。
アホ女=ゆかりん、その友達=おぜうだったのかな?
ちなみに途中までペロが咲夜さんに、うぱ子が小悪魔になるんだとばかり思っていましたw
無かったことにするならなんらかの説明が欲しかった。
さとり妖怪の友人・・・一体何者なんだ・・・
だが、それよりもほんの数行のおぜうのカリスマに魅せられちまった・・
そして、ゆかりんに貰われちゃうフランちゃんも若干見てみたくなったりしちゃったよ
しかしこのおぜう…ハ○ヒだ…w
拙い→儚い の方が意味的に合いそう?
こんなフランちゃんもありだw
まさかペロとうぱ子とガーが三身合体した姿なのか!?
冗談は置いといて、小悪魔をうっかり忘れる詰めの甘さが気になったのでこの点数で。
しかしフランドール様も負けず劣らず格好良い。
どんな難問も「まあいいけど」で済ませちゃうあたりクールですね。
あとさとりんは情報の代わりに依頼主をペットの里親にしてるのかw
それにお嬢様もしっかりカリスマをしていらっしゃる…
楽しく読ませていただきました
しかしおぜうさま・・・もうちょっとネーミングセンスなんとか
ならなかったんですか?w
咲夜エピソードも読みたいぜ!
めーりんもパチュリーもかっこよかった。レミリアも実は。
やっぱりやることはやってくれますね!
紅魔館ができるまでの話、面白かったです
地底にいそうな団体、念話、友人に紅茶を淹れる……。
読み返してみて、舌を巻きました。
サスペンスのように段々と判明していく設定、そして、その整合性の美しさに感動しました。
お話そのものや文体、心情の描写、とにかくすごい。
面白かったです、ありがとうございました。
この辺りで爆笑した
つーか謎の団体さんはなぜポメラニアンを頑なに押し付けたのかw
ここまでやってくれるなら咲夜のエピソードも見たかったなーw
二次設定の塊で司書どころか勝手に住み着いてる変なのの可能性も高いし、
詰めが甘いも何もないよ。
楽しませて頂きました。フランちゃん可愛い