ゆっくり開く目に、見慣れぬ天井が映る。
ちょうど今朝方まったく同じ体験をしたが、その時に見た天井とも異なるようだ。
それでも妖忌は、ここが何処なのか見当がついていた。
「医者がお大事に、と言うのは」
その予想に違うことなく。
半眼でこちらの顔を覗き込んできたのは竹林の才媛――永遠亭の薬師、八意永琳だった。
呆れたようにこめかみを押さえて、彼女は細く溜め息をつく。
「営業の口上でもなんでもなく本心なのだけれど、あなた知ってたかしら」
「…………どれだけ寝ていた?」
仏頂面の永琳には答えず、妖忌はシーツをのけて身体を起こした。
今度寝かされていたのは布団ではなく寝台だった。部屋の壁には薬棚や医学書が並び、医療器具と思しき器具が並んだ机も窺える。患者の治療を行う部屋なのだろう。
自身を見下ろせば、身体中に包帯が巻き付けられていた。今朝着せられていた服ではなく、血塗れで裂け目だらけ、自前の襤褸を纏っている。火箸に融着していた両掌も綺麗に剥がされ包帯を当てられ、薬草のつんとする香りを放っていた。
その臭いに顔をしかめる妖忌に、寝台脇の椅子に腰掛けた永琳は大仰に首をすくめて見せる。
「いつから意識を失っていたか知らないから、なんともね。……今はあなたが退院していったその日の夜よ。じきに日付を跨ぐ頃かしら」
「薬臭いな」
「我慢しなさい、これ以上霊薬を使うと反動だけで命が枯れ果てる恐れがある」
呻く妖忌に淡々と言葉を返し、永琳は僅かに背中を丸めた。
「胸の傷だけは仕方なく霊薬に頼ったけれど。……あと一寸深ければ、心臓を斬られていたわよ」
「…………」
言われ、改めて身体を見下ろす。
袈裟懸けに身体を割っていった胸の傷は、多少引きつる感覚が残っていたが概ね塞がっているようだった。
彼女が――――ゴリアテ人形がつけていった、傷。
押し黙る妖忌を横目に窺い、薬師がそっと静かに囁いた。
「事情は聞いているわ。『キツネ憑き』のことも…………あの大きな人形のことも」
「聞いた――?」
「わたしが話しました」
訝る目を向けた妖忌に答えたのは、永琳の声ではなかった。
声のした方、寝台の向かいに見える藤編みの扉へ視線を向ける。
音もなく開いたその向こうから現れたのは――――妖忌と同じく包帯だらけになった、古明地さとりであった。
「気分はどうですか、サムライ」
「……そう良くはないな」
「まだ面会許可は出していないわよ」
「すみません。心の声が聞こえたので、もう良いものかと」
飄々と答えるさとりに、永琳が呆れた風に肩をすくめる。元より本気で咎めた訳でもなかろうが。
さとりに続き、大きな体を折り畳むようにして星熊勇儀が扉をくぐってきた。こちらも、全身に薬臭い湿布を当てられている。
「萃香の方はもう落ち着いたよ。いま寝入ったところだ。……助かったよ、先生」
「どういたしまして。――地底の妖怪が駆け込んできたときはどうしたことかと思ったけれど」
ちろりと、鋭い視線を勇儀とさとりへ向け。
二人がたじろぐこともなくその視線を受け、無言で見つめ返すのを確認すると、永琳は小さな微笑みを口の端に浮かべた。
「五月蝿いことは言わずにおきましょう。地底の主が自ら出向いてきてくれたのだものね」
「そう言っていただければ助かりますよ、竹林の賢者。……あなたの知恵を当て込んできたというのが正直なところなので」
「古明地殿」
「質問に答える前に、全て説明させてください」
声を絞り出す妖忌の先を制し、さとりがじっとこちらを見つめる。
そして彼が口を噤むのを確認してから、失礼します、と頭を下げ寝台の脇まで歩いてきた。
包帯の下の傷を見透かすような目を向け、彼女はそっと吐息を押し出す。
「まずはお礼を。あなたたちのおかげで旧都は救われ――そして、『キツネ憑き』の騒動に決着がつきました」
「…………」
「原因は、地獄釜で責め苦を受ける怨霊が姿を変じた毒。……既に、死神が通達に走ってくれたおかげで彼岸側の監視態勢は組み直されました。我々地霊殿でも、お燐を監視につけて怨霊の毒素化を禁じています。これ以上、新たな『キツネ憑き』が発生することは無いでしょう」
「しばらくは、力の弱い子たちに『これ』を配らなくてはいけないけれどね」
横から話を引き継いで、永琳が胸のポケットから小瓶をつまみ出す。
無色透明の液体が入ったそれをくるくると揺らし、薬師は片眼を細めた。
「メディスンの集めた毒のサンプルから作った、完成したばかりの『予防薬』。発症さえしていなければ潜在的な毒素も中和できる」
「素晴らしい。地底の方へも入荷させていただきたいものです」
「なら試供品をどうぞ。……うちの子を使いに出せたから、冥界へも連絡が行っているわ。ご家族はすぐこちらへ向かうそうよ」
さとりへ小瓶を放り渡してから、永琳は妖忌を見て微笑んだ。
病に怯える精神を解きほぐすようなその笑みを向けられて、患者は心から彼女を信頼するのだろう。決して頭脳叡哲なだけではない。人々をして名医と言わしめる理由は腕前以上に、この心遣いにあることは疑いなかった。
だからこそ、「そちら」へ話が向かないようにしていることも容易に伝わる。
薬の小瓶について不自然なほど熱心に話し込んでいる二人へ、妖忌は声低く訊ねた。
「……奴は、どうなった」
「――――――」
元より、誤魔化し通すつもりでもなかったろうが。
それでもぴたりと言葉を止めたまま、永琳もさとりも口を開かない。
「あたしが話そう」
部屋に降りた沈黙を破ったのは、それまで黙って壁にもたれていた、星熊勇儀。
固く組んでいた腕を解き壁から背を離して、鬼の頭領は額の一本角をく、と僅かに下げる。
「だが侍、断っておくが…………辛い話になるよ」
「分かっている」
「そうだと思ったから、二人も話すまいとしたんだがね」
即座に頷く妖忌に苦く笑い、彼女は薬師と覚り妖怪に視線を向ける。二人はそれぞれ諦観を込めた嘆息を溢していた。
その姿に首をすくめてから、改めて勇儀が険しく表情を尖らせる。
「あの時――あんたがぶっ倒れてすぐに、大人形は暴れるのを止めた。あたしにはいっとき、正気を取り戻したようにさえ見えたよ」
「…………」
「皆なにが起きたか分からなかった。阿呆のように棒立ちになったあたしたちに、あいつは、襲いかからなかった。『キツネ憑き』の狂気と戦ってたんだろうな――――ぼろぼろの表情で、逃げるみたいに姿を消しちまった」
沈痛に頭を振る勇儀の話を、妖忌は黙って聴いていた。ただ、奥歯を噛みしめる力が僅かに強くなる。
小さく息をつき、鬼は長い髪へ乱暴に手を差した。
「風穴の方へ逃げていったように見えたよ。多分、地上へ出たんだろう。……それで、あとはそれっきりさ」
「こちらでも方々へ確認を取ったけれど、あの子の行方はまだ知れないわ」
だから余計なことを考えるなよと言わんばかりに、永琳が淡々と言葉を挟む。
横目にそちらを窺ってから、勇儀は僅かに声の調子を落とした。
「この先は彼岸の閻魔から通達の来た話だ。疑いのない事実ってことだけ、忘れないで聞くんだよ」
「……心得た」
「大人形は夜明けまで保たん」
――その言葉は。
予想以上に真っ直ぐ胸を突いた。実際に殴られでもしたように息を詰める妖忌へ、鬼は苦渋に満ちた、しかし一時たりと淀みない口調で続ける。
「怨霊の処理記録と萃香が萃めた毒素の割合から、あいつに取り憑いた怨霊の毒量を割り出した。そいつを限界まで少なく見積もり、あいつの魂の強さを最大限希望的に考えて、その上でどんな強運豪運が重なったところで………………あいつは、『キツネ憑き』に堕ちる。そいつを目一杯長く見込んだ時間が夜明け前ってことだ」
「――――」
「すまないな、侍。あの毒を操る娘が居れば毒を抜いてやることもできたんだろうが――」
「それでは意味がないのよ」
歯噛みして唸る勇儀にそう言ったのは、永琳。
腰掛けていた椅子を立ち鬼の頭領と視線を合わせて、薬師は声を沈ませる。
「なぜ『解毒薬』でなく、『予防薬』を作ったと思う? ……解毒には意味がないのよ。魂の傷は『回復し得ない』。怪力乱神、あなたのお友達は本当に特別なの――――出鱈目に強力、抜群に頑健、体力も霊力も呆れるくらいに底なしの伊吹鬼をして、快復までには長い永い時間がかかる」
「いわんや、芽生え始めたばかりの無防備な人形の魂をや、というわけですか」
「ええ。もし毒を抜けたとしても…………傷ついた魂は、そのまま消滅するしかないでしょう」
瞬きしないさとりの第三の目を臆せず見返し、はっきりと言い。
ゆっくり寝台を振り返って、永琳は真っ直ぐに妖忌の目を見据えた。
「ただ、ね…………不確かな話だと、最初に断っておかなくてはならないけれど…………救いというか、せめてやってあげられることが無いわけでもない」
「なに?」
「『あの子』ではなく『ゴリアテ人形』ならば、救うことができるかも知れない」
訝しげに顔をしかめたのは、妖忌だけではない。
その話は初めて聞いたのだろう、勇儀が片眉を持ち上げ、さとりは抱え持った第三の目でじっと薬師を見つめている。
三者三様の眼差しを受けて、永琳は細い身体を抱くように腕を組んだ。
思案ながらに紡ぐ言葉は、宣言通りに確たる所のある口調ではなかったが……
「『キツネ憑き』に魂を食い荒らされたとしても、その魂の萌芽を促した自律術式――擬似精神の設計図までは侵食が及んでいない可能性がある。魔法は門外漢だから推測でしかないけれど……完全に狂気へ堕ちる前なら、自律術式をサルベージできる可能性は高い」
「……あいつを『キツネ憑き』から救えるってことかい?」
「いいえ」
しかめ面で訊ねる勇儀に、返した言葉ははっきりとした物だった。
魔法の心得が無いのは妖忌とて同じ事だったが――薬師の言わんとするところは概ね察していたため、黙って双眸を伏せる。
その顔を僅かに見やってから、彼女は音を殺して溜め息をついた。
「あくまで、現在の『あの子』の元となった術式を掬い上げるだけ。同じ人形の身体に、同じ条件を揃えて施術したとしても、そこに蓄積されていた記憶や人格が再現されるわけではない…………まして、同じ魂が芽生えるはずも、ない」
「そんなことになんの意味がある」
「あの子の全てを怨霊に明け渡さなくて済む――そんな気休めにはなるわね」
呻く鬼の頭領へ即座に答えると、永琳は自嘲の笑みを浮かべて肩をすくめた。
「ごめんなさい――もう『せめてやってあげられること』以上に、医者がしてやれることはなにもないの」
「……いや。気遣い、痛み入る」
「埒もない」
粛然と頭を下げる妖忌に向かい、遠慮のない大声をかけ。
どかどかと床を踏み鳴らして寝台に歩み寄り、勇儀は薬師を押しのけるようにして妖忌の顔を見下ろした。
「侍。あんたとあいつにはどでかい借りがある。あんたたちが来てくれなけりゃ今頃地底は火の海だったし、萃香はとうにくたばっていたはずだ」
「…………」
「その借りをこいつで返せるとは思わん。それでも…………あたしにも、『せめてやってやれる』ことがある」
きっぱりと言い切って、勇儀は無造作にこちらへ手を伸ばす。
肩口に当てた布を剥がし、未だ傷から滲み出る血をこそぐようにぬぐい取った。
乱暴なその手付きに薬師が眉を顰めるが、鬼は一顧だにしない。その血を、拳に染み込ませるように強く握りしめると、彼女はその拳をぐっと天井へ突き上げる。
朗々と、語る言葉はまるで硝子の翼が生えたように柔らかく、透明で――
怪力乱神、剛毅剛健の大鬼を一瞬、楼上の歌姫の如くに思わせた。
「届けよう、地上の侍。この星熊勇儀の拳を以て、お前の血も、想いも、力も。全部あの大人形に伝えた上で――――花塵一片ほども苦しませることなく、送ってやる」
「愚か」
即座に。
刃物じみた鋭さで言葉を突き刺したのは地底の主、覚り妖怪。
一歩。大股に距離を詰め、彼女は睨めつけるような半眼でぼそりと呟いた。
「いまのあなたにそれが出来るとは思えませんね。その傷だらけの身体で、一度は伊吹萃香をも下した巨大人形の相手をすることが出来るとでも?」
「……舐めるな、古明地の嬢ちゃん。通すべき筋は命に替えても貫くから、あたしらは鬼を名乗っていられるんだ」
「ではあなたが命を懸ければ、夜明けまでにあの人形を捜し出せると?」
皮膚が焦げ付くような怒気を巻き上げる勇儀へ、さとりは平然と切り返してみせる。
睨みつける鬼は視線こそ外さなかったものの、何かを言い返すこともなかった。ばりり、と音が鳴るほどに歯を噛みしめるその形相に、さとりは小さく頭を振る。
「わかっていませんね。『キツネ憑き』変事は解決し、既に収束の段階に入っている。大量の毒を抱えて地上をうろつくゴリアテ人形は今や是非曲直庁が最優先に解消すべき問題点とされているのです。…………そんな中、我々地底の妖怪がのこのこ歩き回れるとお思いですか?」
「関係ないね――たとえ閻魔だろうが、文句があるならぶん殴ってやるまでだ!」
「殴り返されるのがオチですよ。……彼岸はあの子を狩り出すため、優秀な『お迎え』の死神を大勢投入したそうですから」
息巻く勇儀へ、彼女は嘲笑うように唇を歪める。
そして視線をこちらへ――否。
どこともつかない空中に彷徨わせながら、覚りの少女はくく、と喉を鳴らした。
「まだ形も成していない魂とはいえ、食い荒らされた残骸を放置しては、そこから新たに怨霊を生み出しかねませんからね。……光栄なんじゃないですか。たかが一人形師の作品の為に、天人や仙人とも渡り合う死神たちが動いてくれるのですから」
「ッ、あんた…………!」
「いいじゃないですか。どのみち助からない魂です。せめて死神の手で正式に輪廻から外されれば、下手にこじれて怨霊・悪霊になる心配もない。ここで我々が感傷で動くことこそナンセンスです。――――違いますか? サムライ」
激昂する勇儀に胸倉を掴み上げられながらも、こちらを向いたさとりは、嫌らしい、捻れた笑みを消そうとしなかった。
「あとは彼岸の方々に任せておくのが考える余地なく最善の手。……さて、もうひと眠りもしたらどうです? 目が覚めたときには美味しいお茶を用意しておきましょう」
「さとり! あんたは――――!」
「古明地殿」
掴み上げたさとりへ、勇儀が怒号を上げかけた、その時。
ぽつりと妖忌が呟くのに、全員の視線が彼に集中する――その声が余りに静かで、凪のように揺らがない口調だったので。
寝台から脚を降ろす。
膝を支えるようにしてゆっくりと立ち上がると、妖忌はのろのろとさとりを見つめ――
引きつる頬に、苦労して苦笑を浮かべた。
「やはり、貴殿も演技には向いていない」
「…………それは失礼」
胸ぐらを掴まれたまま、覚り妖怪は狡猾な笑みのまま肩をそびやかす――不自然なほど露骨に不快感を煽る、造り物の笑顔のまま。
何を言っているのか分からなかったのだろう、怪訝な顔でこちらを見る勇儀と、腹の内の読めぬ曖昧な表情を浮かべている永琳をそれぞれ見比べて、妖忌は一礼した。
「星熊。女史も。あの莫迦弟子を慮っていただき、真にかたじけない」
「……侍?」
「心遣いは忘れぬ。――――世話になった」
「どうしても」
勇儀の手が緩んだ隙にするりと抜けだし、さとりが声をかける。
その声の意外な大きさに、彼女自身が驚いたのだろう――一度口を噤んでから、改めて三白眼でこちらを睨んできた。
「どうしても、それしかないのですか」
「――――」
「まさかと聞くまでもないけれど……」
妖忌が何か答えるより早く。
書き物机の上に腰掛けた永琳が、脚を組み替えて溜め息をついた。
「……その怪我を押してでも、征くつもりなのでしょうね」
「診療代は彼岸の小野塚につけてくれ」
「侍、無茶だ」
そこに至り、ようやく彼の心算に思い至ったらしい勇儀が慌てて詰め寄ってくる。
無理もない――心を読める覚り妖怪か、道理を切り離して思考を回せる天才でなければ、この感覚は理解できまい。
否、彼女たちですら、真の意味で理解が及んではいないかもしれない。
怪我だらけの妖忌の肩を掴み、鬼は鼻先へ指を突きつけてくる。
「あんた、この身体で――――――大人形と斬り合いに行くつもりなんだな?」
「…………」
「侍よ、そいつはだめだ。気持ちはわかるが人間のあんたにゃあ無理だ」
痛ましげに唇を噛み、勇儀はゆっくり頭を振った。
「あたしが征くのが気に食わんのなら、彼岸の連中が片をつけるのを待て。先生の言うように、魔法使いに頼んで自律術式のサルベージに懸けたって良い。だが、あんたには無理だ。あんたが無茶をしてくたばることなんて、大人形も望みやしないはずだろう」
「で、あろうな」
「なら――」
「だがな」
鬼よ。
勢い込んで言い募ろうとする勇儀へ、静かに言い置く。決して大声ではないその言葉は、不思議と強く空気を震わせ、辺りを静まりかえらせた。
息を呑む彼女を真っ直ぐ見つめ、妖忌はゆっくり言葉を紡ぐ。
「私たちは、鬼のように気高く、潔くはないのだ」
「……なに?」
「女史よ。貴殿のように強く、賢明ではないのだ」
「…………」
「古明地さとりのように……優しくはなれんのだ」
最後に目を向けたさとりは、何も応えず顔を背けた。読み取った妖忌の心が、余りに理解に苦しむものだったのだろう。
こちらを見る勇儀と永琳にも、こちらの意図は伝わらなかったろう。この心を理解できるとすれば、それは自分と同じ――愚か者だけだ。
鬼の義心にも、天才の頭脳にも、覚りの瞳にも伝わりはすまい
理解は求めぬ。偏狭故に。
道理は求めぬ。粋狂故に。
なぜならば。
我等愚かな、剣侠故に
踏み出す脚を止めようとする者は最早居なかった。
見るだに緩慢に、床を擦るような足取りで、それでも扉へ向かう妖忌の前から、勇儀が、さとりが黙って退いてゆく。
扉に手をかけ、最後に振り向いた妖忌の鼻先へ――それを待っていたかのように、何かが放り投げられた。
軋む腕で咄嗟に掴み取れば、それは小さな竹筒であった。丸薬でも封じてあるのか中でからころ軽い音がする。
机の抽斗を脚で乱暴に閉めた永琳が、引き戻した腕を組んで面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「死ぬ気が出来たら飲みなさい。ほんの四半時、傷の痛みを忘れられる。その後は火で炙られようが指一本動かせなくなるけどね」
「――――かたじけない」
「怪我人に劇薬を処方させた罪は重いわよ。精々、お大事に」
心底不機嫌な顔で呟くと、薬師は下唇を突き出しそっぽを向いてしまう。
先程までの叡哲な物腰とかけ離れた子供っぽい仕草に、内心だけで苦笑して。
妖忌は改めてその場の一同を見渡し、深く頭を下げると、あとは振り返りもせず部屋を後にした。
永遠亭の長い廊下を歩く。
時折、庭先を妖怪兎が無邪気に跳ねてゆくのが窺えた。他には遠くの方で、ひどくやけくそな玄翁の連打音も聞こえた気がする――小屋でも建てているのだろうか。
玄関へ降り、草鞋を履く。それだけのことが痛む身体には億劫に感じた。
ともあれすり切れた古草鞋を履きつけ、意外なほど素朴な拵えの戸を開ける。
降り注ぐ静かな夜を浴びながら飛び石を渡り、彼は半開きの通用門を潜り屋敷を出た。
そして。
そこに立っていた、面影幽かな亡霊――――西行寺幽々子を前にして、ぴたりと立ち止まる。
永遠亭から使いが届いたのがいつかは分からぬが、短からぬ時間をここで待っていたのだろう。それを悟るのには、幽々子の傍にしゃがみ込んでいる彼の孫……魂魄妖夢の足下に書かれた大量のマルバツを見るまでもなかった。
「………………」
幽々子は何も言わなかった。
応じて妖忌も、何も語らぬ。
いかにも亡霊らしい感情の読めぬ無表情と視線を交わしていたのは、ほんの数秒にも満たなかったろう。それはつまり、妖夢が立ち上がって落書きを踏み消すまでそれだけの時間がかかったということだが。
とまれ、孫は黙って幽々子の顔を窺った。亡霊姫は視線でそれに応じるだけで、袖に仕舞った手を出そうともしない。
主人に深々と一礼し、妖夢はすたすた歩み寄ってくる。それから、間近でじっと妖忌を見上げ――――
その身に帯びていた二振りの刀を外し、恭しく捧げ持った。
「在るべき時、在るべき主の剣であるがゆえに魂魄の宝剣でありますれば」
静かに双眸を伏せ、妖夢は地面に跪く。
「師より賜りしは白玉楼御庭番、幽々子様側付魂魄妖夢の名に於いて――――我が妹分を、どうかよしなに」
粛々と、しかし堂々としたその語り口は、既に彼女のこころ様が立派に剣士であることを示していた。妖忌はただ、黙ってその二振りを受け取る。
楼観剣。
白楼剣。
冥界に二打ちと伝わらぬ極致の霊刀は、まるで若かりし日に帰ったように妖忌の手に収まった。
二本を差し、彼は妖夢と幽々子にそれぞれ、頭を下げる。
そして草鞋を引き摺り、ゆっくりと二人の前を通り過ぎていった。その瞬間。
かち
かち
肩越しに投げかけられた音に、妖忌は半ば引き摺られるような格好で振り返る。
幽々子がこちらを見つめていた。
袖に仕舞っていた両手は肩まで掲げられ、そこに火打ち石を握っている。
儚し表情は何処へやったか、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる幽々子を見た瞬間、脳裏を遥か昔の記憶が過ぎった。
――この御方は、自分が斬り合いに発つ時はいつも、門までついてきて切り火を切ってくれたものだった。
血生臭い闘争などに寸分たりと彼女を関わらせたくなかった妖忌は、夜となく昼となく、彼女の隙を窺いこっそり屋敷を抜け出そうとするのだが、どうしてか彼女はいつでもそれをかぎ当てるのだ。
一度、どうしてそこまで一介の庭師の身を案じて下さるのかと訊ねたことがある。
当然、いつもの調子でふわりふわりとはぐらかされた。
だが今は――例え合点違いだとしても――、その答えが分かったような気がしていた。
静か、閑かに微笑み咲かせ、亡霊の姫が片眼を瞑る。
最後にひとつ打ち鳴らし、飛び散る切り火、ひとかけら。
かちんっ
「いってらっしゃい」
「いって参ります」
昔々のそのままに。
幽々子は微笑み、妖忌は発った。
「待ちな」
行く手の影に気付かなかったわけではない。
隠れるでもなく彼女はそこにいた。
時刻は深夜。
宿場も遠い街道筋には、他に行き交う人も無し。
何に阻まれることもなく、妖忌は彼女と対峙した。
「小野塚」
五間ばかりの距離を挟み、立ちはだかるは、赤毛の死神。
高い下駄で地面を踏みしめ、傍らには道を封鎖するように捻れた大鎌を突き立てて。
小野塚小町は腕を組み、月明かりにも浮かび上がる鋭い目でこちらを睨んだ。
「あんたが、なにをしようとしてるか――――あたいの想像通りで間違いないか」
「…………」
「ふん。訊くまでもないね」
しかめ面で吐き捨てて、彼女は小さく舌打ちする。
「年寄りってのは頑固でいけない」
「……仕事だからな」
「なら、こいつで引き下がってくれるかい」
肩をすくめる妖忌へ、小町は着物の袷から取り出した何かを放ってきた。
足下に落ちたそれは澄んだ音を立て、小さな輝きをこぼす――薄手の革袋と、そこへ一杯に詰められた銀であった。
ゆっくり視線を上げる。厳しい表情の小町に、いつもの笑みは微塵も窺えなかった。
「お上のお調べで分かったが、あんた随分『キツネ憑き』を斬ってくれたらしいじゃあないか。手当には大分、色をつけてある。大手柄だよ」
「…………」
「お務めはお終いさ。おめでとう。――――これ以上、あんたが『キツネ憑き』を斬る義務はない」
「左様か」
「止まりな!」
夜気が震える。
久しく聞いた覚えのない、彼女の怒号であった。
踏み出しかけていた脚を止める。歯噛みして彼を睨む小町の眼は、鋭い。
徐々に圧縮されてゆくように硬くなる空気の中、先に口を開いたのは死神だった。
「デカ人形を『キツネ憑き』にかっ攫われたのは、あたいのせいだ」
「――違う」
「違わない。あいつに魂が芽生え始めていたことにあと一寸早く気付いていれば…………もっと、打つ手があったはずだ。あったはずなんだよ」
それは半ば、彼女自身へ向けた言葉であったのかもしれない。ぽつぽつと溢れる言葉の端々に自責と悔恨が滲む。
彼岸と此岸を渡す者――三途の川の船頭として、小野塚小町は生者の魂を扱う。
その一事に於いて彼女はひどく誠実だ。
きっと、死神としては愚かに過ぎるほど。
一度、言葉を噛み切るように俯いて。
改めてこちらを見上げると、小町はきゅうと眦を吊り上げた。
「デカ人形はあたいが斬る。その責任がある」
「…………」
「あんたは大人しくしていてくれ。あんたにだけは任せられない」
妖忌は、答えぬ。
強く握りしめた拳を胸に抱え、死神の声が微かに震えた。
「あいつの魂は、ジジイ――――あんたと強く繋がっているんだよ。あいつに魂が芽生えたのは、あんたが傍にいてやったからだ。あんたが奴を育んでやったからだ。あんただって、そいつは感じているはずだろう」
風が吹く。
彼女が歯を軋らせる音は、その夜風が運び去った。
ざわめく闇に言葉を載せるように、小町は徐々に語勢を上げてゆく。
「なあ、分かってるのか……! あんた、あいつを斬れば一生消えない傷になるんだぞ! あいつは、あんたにとってそういう存在なんだ。他のどんな形で決着がついたって構わないよ。だがあんただけは…………あいつを斬っちゃいけないんだよ!」
闇夜に、鋼の月が咲く。
地面に突き立てていた大鎌を引っ掴み、空を切り取るように振り回して。
刃の向こうの声は、まるで懇願するように。
「頼むよ。魂魄妖忌――――――――――――――お前は、行くな」
死神の瞳が見つめている。
かつて彼には向けたことのない真摯な面差し。
この死神は真面目な顔をすると泣き出しそうな面に見えるのだということを、妖忌は長い腐れ縁の中で初めて知った。
言葉は返さない。
ただゆっくりと呼気を押し出し、剣を抜く。
妖怪が鍛えた銘刀・楼観剣。
青眼に構えた妖忌を見て、小町も最早何も言わなかった。捻れた鎌の柄を握り直し、その刃へ霊力を込めてゆく。
一度だけ。
馬鹿野郎、と呻くのが聞こえた気がした。
群雲が月にかかり、辺りが僅かに陰る一瞬に、妖忌は地面を蹴る。
俊敏であった。全身の怪我を考えれば信じがたい程の踏み込みで、彼は死神との間に横たわる距離を踏破する。
ともすればそれは、稲妻の速度すら凌駕したかも知れない。
無想に打ち込んだ逆袈裟から飛燕翻るが如く袈裟に斬り下ろす。受ければ冴剣が、その得物すら両断せしめたであろう。
だが。
「ッ――――」
飛び退き、後ずさったのは妖忌の方だった。
死神は微動だにしていない。捻れた鎌の向こうから、凍てつく眼差しでこちらを見据えている。
彼女の身体には傷一つついていない。
だが無言で剣を握り直し、再び間合いを探り始めた妖忌には無数の傷が刻まれていた。
腕が、肩が、脚が。皮一枚を切り裂かれてうっすらと血を滲ませている。
「誰よりも」
ぶぅん
威嚇的に振り回した大鎌を肩に担ぎ、小町が底冷えのする声を投げて寄越した。
「あんたが心得ているはずだ。剣であたいは斬れやしない」
霊力を宿し揺らめく死神の大鎌を睨み、妖忌は乾いた唇を舐める。
〝距離を操る程度の能力〟
彼女の力の前にあらゆる剣は意味を成さない。剣術とは結局、間合いの奪い合いなのだ。
現に妖忌の打ち込んだ猛剣は小町にかすり傷のひとつも負わせていない。
がちゃり、わざと大きな音をたて。
頭上の月へかざすように、小町は大鎌を持ち上げた。
「次は寸じゃ止めんよ」
「…………」
「――――三途で待ってな。すぐに渡してやる」
微動だにせぬ妖忌に、投げつけるように言い放ち。
小町は横薙ぎに鎌を振った。踏み込むわけでもなく、構えるわけでもない。ただ無造作に空を払う。
だが妖忌は反射的に剣を立て、横へ飛び退いていた。
瞬間、間近に吹き付けた剣風が雨霰と楼観剣を打ち付ける。
鎌の刃とこちらの距離を縮め、更にその距離を薄紙一枚分ずつ違えて置く事で、たった一度の斬撃を無数に分裂させたのだ。
死神は本気で、妖忌の命を刈り取るつもりなのだ。
それが小野塚小町なりの、旧友への心遣いだということは分かっている。
最も愚かな結末に向かおうとする自分を、彼女は、形振り構わず思い止まらせようとしているのだ。
だから、詫びる言葉は口の中だけで押し潰し。
妖忌は身体の横へ剣を流し、再び小町に向かって駆け出した。
四方から刃の気配が迫っている。距離を縮めて降り注ぐ小町の鎌を、妖忌は身を捻り、跳び、くぐり抜けてやり過ごした。避けきれずに頬を抉られるが、構わず足を進めることだけに意識を集中する。
一太刀たりと受けることはしない。剣が噛み合えば速度が殺される。
無数の斬撃をくぐり抜け疾走する妖忌に、小町は苦い顔で舌打ちした。彼我の距離を断ち切るように鎌を振り下ろすと、その反動をかるように後ろへ跳躍する。
途端、妖忌の身体は前に進まなくなった。
否、進んではいる。地面を蹴り、身体を推し進める感覚は確かにある。
しかし距離が縮まない。
どれだけ走ろうと、跳び退る小町に追いつくことが出来なかった。
「いくら駆けようが、届きやしないさ――――――!」
遥か彼方で死神が叫び、大鎌が掬い上げるように弧を斬る。
土煙を巻き上げ地面を斬り裂かれてゆく様を正面に見据えて、
「どうかな」
妖忌は、大きく前へ踏み出した。
突き上げるような斬撃が脚を、腹を切り裂いてゆくのを感じる。全身を突き抜ける激痛に意識が吹き飛び掛けた。
それでも強引に歯を食いしばり、妖忌は駆ける。
駆ける。駆ける、駆ける駆ける。駆ける!
ただ一歩を踏み出し、前へ進む。そのことが頭の中を支配し、他の全ては消え失せていた。
傷の痛みも。遠ざかる小町も。身体の重さも。なにもかも。
やがて明瞭な思考すら無くなった時、彼は間違いなく一個の幻想になっていた。
空を翔け、星の海をも踏破して、無間ともつかぬ距離を跳び越え遥かな高みへ突き抜ける。
――人はそれを、ロケットと呼ぶのだ。
「が……………………っ!?」
妖忌が意識を取り戻したのは、絞るような小町の悲鳴を背後に聞いた時だった。
振り上げた鎌を放り出し、死神は前のめりに倒れ伏す。数秒遅れて大鎌が地面に落ちてがらんと派手な音を立てた。
肩越しにそれを確認してから、妖忌は黙って楼観剣を鞘に戻す。
「っこの――――くそジジイ……!」
砂に爪を立て、小町が震える声で呻いた。
峰打ちとはいえしばらくは動けまい。確かな手応えが手に残っている。
それでも、彼女は身体を起こした。打たれた胴を抱え、ようやく上体だけこちらへ向けたような格好になると、一度小さく咳き込む。
「……デタラメな真似をッ……死神を、剣で斬る奴があるかい…………!」
「剣であったら、斬れなかったろうよ」
ぽつりとこぼした言葉の意味は、きっと小町に伝わらなかった。
ふと空を見上げる。
未だその身の半分を雲に隠した丸い月は、それでも明るく夜を照らしていた。
まだ小町を打った感触の残る右手をそこへかざし、強く握りしめる。冷えた空気より他に何があるわけもないが――
(掴んだ)
確かに実感する。
前に向き直り、妖忌は小さく呟いた。
「礼を言う」
「てやんでえ」
返事は乱暴に投げつけられる。
「さっさと行け。行っちまえ。行って、一生後悔すればいいんだ。人が親切で忠告してやってりゃあ思い切りぶっ叩きやがってさ」
答えず、妖忌は歩き出した。
追ってくる足音はない。距離を操り、脚を止めようとする気配もない。
ただ掠れて、震えた小町の声ばかり聞こえる。
「くそジジイ。馬鹿なジジイだ、大馬鹿だ。ああ痛い、ちきしょうめ――――」
決して、振り返ってはならない。
征く道の先だけを見据えて妖忌は歩く。
――この道を征けば、後悔するのは分かっていた。
それでも果てぬ望みがある。
ただひとつ凜として啼く、愚かな願いがこの先にある。
だから、まるで啜り泣くように恨み言を吐く死神をそこへ置き去り。
妖忌は迷い無く足を進めた。
■
剣に身を捧ぐ者ならば、誰しも、一度は「最強」なる言葉を意識する。
瑞々しく鋭気走らせ、若者は己が腕に無限の夢を見る。星へ至り、月をも斬らんと気炎を揚げる。
だが歳を重ね、腕を磨き修練を積み、道を登り詰めるほどに、若者は見上げた月の高さを思い知る。己の技倆が届かぬ場所をわきまえてしまう。
斯くて、若き情熱は骸へ変わり。
その骸を苗床にして初めて……剣の技術は、剣客の心得へ昇華されるのだ。
それを想うとき――
いつも鎖に繋がれる錯覚を覚えるのだ。飛び立とうと、高みへ至らんとする剣にからみつく幾つもの鎖。
だがその鎖によって剣は初めて人の手に握られ、届かぬ夢を見る幻想から、目的を果たすための手段となる。
故に、剣士。
故に、剣客。
であれば。
やはり我等は、剣士たり得なかった。
「――――――」
伏していた瞼を持ち上げて、魂魄妖忌は静かに辺りを見回した。
峠を通る街道の傍、森へ分け入る小川の近くに開けた場所がある。昔からこの峠を行く旅人に利用されてきた水場も、夜半を過ぎた今は静まりかえっている。
辺りの草や地面に踏みしだかれた跡があるのは、最近、ここで暴れたものが居たのだろう。
それはそれは巨大でかさばる、間抜けた物体が。
この水場を訪れたのは、確信があったからだ。
感傷と言い換えてもいいのかも知れない。彼女と初めて邂逅した場所。
しかし。
ここより他には考えられない。
狂気に呑み込まれかけながらも託された、彼女の願いを妖忌が履き違えていないならば。
死の淵に首まで浸かりながら投げ返した、妖忌の答えを彼女が読み違えていないならば。
想いが、繋がっているのなら。
ただ一度だけ真に斬り合ったこの場所より他、相応しい場所は存在しない。
「思えば」
空を見上げて、妖忌はぽつり、呟いた。
独り言ではない。
背後の闇――木立の奥を振り返り、彼は淡々と言葉を紡ぐ。
「まともに二刀を振るうのはいつ以来になろうか」
地響き。
茂みを踏みつぶす騒音が森を揺らし、鳥や小動物が慌てて逃げ出していった。
梢を掻き分け現れた黒い巨影を見上げ、妖忌は双眸を細める。
「待たせたな」
「……ィ、ア、ァ――――ィ、ジ、ジ…………!」
途切れ途切れに、言葉をこぼし。
両手に引き摺っていた巨剣を振り上げ、ゴリアテ人形が咆吼する。
その身に纏う殺気だけで、蛇でもとり殺せそうな有り様だった。
ずっと森に潜んでいたのだろう。顔も、服もひどく汚れている。それでも括った髪はそのままだ。
場違いな可笑しさを覚え苦笑する妖忌に、人形は振りかぶった剣を叩きつける。力任せの強引な剣が、引っ掛けた低木もろともに空気を引きちぎって降り注いだ。
爆発じみた轟音を上げて地面に突き刺さった剣を横目に窺い――紙一重の距離でそれをかわして見せた妖忌は、つまらなさそうに鼻を鳴らす。
「なんだこれは」
「ギィイ、イィ、イ――――――ッ!」
耳障りな叫び声。
彼女の声とはまるで異なる薄汚い怒号に顔をしかめる。
――これならあいつの腹の音の方が、まだしも聞き良い。
うんざりと溜め息を押し出した瞬間、もう一本の剣が横殴りに叩きつけてくる。
さして感情を動かすこともなく、妖忌は後ろへ脚を送った。鼻っ面を掠めて豪風が吹き荒ぶ。
続けて先に打ち込んだ剣が地面ごと抉り飛ばすように振り上げられるが、妖忌はまるで動じず半歩身を捻るだけでこれを避けた。
怪我を庇う必要すらない。
妖怪になりかけているとは言え、未だ人形である身体を『キツネ憑き』が掌握しきれていないということだろうか――少なくとも、伊吹萃香はその技倆をも『キツネ憑き』のものとされていた。
不意に、腹の底が揺らぐのを感じる。
灼けた鉄を放り込んだように、沸々と込み上げる熱が血流に乗り、全身に行き渡る。理性に蹴りを入れ、四肢を突き動かし、頭の中を沸騰させる強い、強い激情。
滾る熱を吐き出すように息をついた時、妖忌はようやくその感情の正体に思い至った。
怒り。
「うつけが」
吐き出す言葉は、自分の物とは思えないほどに低く篭もった声だった。
それを掻き消すように耳障りな咆吼を上げ、人形がぎしぎしと剣を振りかざす。上段と中段へ構え分けた攻撃性の型――しかし格好がついているのは上体だけで、脚は全くちぐはぐな方向を向いていた。
「その無様な構えはなんだ!」
叫び声が空を打つのと、夜闇に紫電が疾るのは同時だった。
火花が散るほどの勢いで中段の剣を殴られて、人形の巨体が冗談のように容易く傾ぐ。その頃には――妖忌は既に、抜き打った楼観剣を青眼に戻していた。
踏みとどまりきることすら出来ず地面に膝をつく人形を睨み、一層の怒りが募ってゆくのを感じる。
侮辱だ。
こんな無様は、彼奴への侮辱に他ならない。
「彼奴ならば堪えたぞ」
「ア、ァア――ィ、イ……ギィイイィ――――!!」
よろめきながら立ち上がり、人形は咆吼と共に猛烈な突きを繰り出してくる。
山でも崩せそうなその突きは――しかし、妖忌の眼には止まって見えていた。
『キツネ憑き』の毒が、伊吹萃香に取り憑いていた時と比べて何ら弱っているわけではない。現に力任せとはいえ、振り回される剣に捉えられれば力のある妖怪でも粉々に打ち砕かれてしまうだろう。
だが届かぬ。
彼女の剣を、間近で見続けてきた自分には届かぬ。
見るがいい。眼前に迫るこの剣を。
彼女の剣と比べればなんと見窄らしく、歪んだ剣であることか――――!
「彼奴は、これほど不細工な剣は振るわぬ」
白刃が交叉する。
巨剣を下から楼観剣で打ち上げると共に、左手に抜いた白楼剣が横腹を叩いて剣先を逸らした。瞬間、辺りを照らし出すほどの火花が飛び散る。
狂気と殺気、命ある者全てを恨み抜くような『キツネ憑き』の眼に、初めて動揺らしき影が過ぎった。
怨霊の狂気をも押し包み、打ち払い粉砕する、妖忌の怒りがそれを圧倒する。
「どうした、彼奴の剣はこの程度で押し返されぬぞ! 一時も、寸分も、微塵の迷いも恐れもなく打ち込んでゆく、類い希なる豪剣の遣い手よ!」
「ア、アァ、ィイギ、ィ……ィ、ジ――――!」
「引っ込め『キツネ憑き』……! 地獄の責め苦を逃げ出し現世の命を掠め取る、小賢しい怨霊如きが――――――――私の弟子を愚弄するなッ!!」
気圧されたように後ずさる人形に向かい、妖忌は狼の如く地を駆けた。
睨みつける彼の眼光に射抜かれて、人形は弾かれるように剣を引き上げた――『キツネ憑き』が、恐怖していた。
ふざけるな。
彼奴はこんな惨めな様は晒さぬ。
彼奴の剣はいつでも強く、迷い無く、馬鹿馬鹿しいほど正直で、見惚れるくらいに真っ直ぐなのだ。
――頭のどこかで錠が外れるような音がする。
最初から鍵はそこに差さっていて、それを今、ようやく捻ったような思い。
溢れてきたのは、言葉では説明できぬ感覚だった。
いつか幽々子が言っていた事を漸くに痛感する。やはりあの御方は、何でもお見通しなのだ。
――あなた、あの子に恋してしまったのよ――
(ああ)
それは。
理解してしまえば、成る程、確かに他の言葉には置き換えられぬ。
よかろう。認めよう。
魂魄妖忌は。
きっと彼女に恋してしまったのだ。
自分が何を叫んでいるのか、不思議と妖忌には分からなかった。
誰かを呼んでいる気もする。怒鳴りつけたのかも知れない。よもや泣き叫びはしなかっただろうが。
意識は既に剣の内にあった。
六根清浄、迷いを断ち。
涅槃寂静にして七魄を裂く。
怨み三魂、六道へ返すならば。
迷津慈航に閃々咲かせ。
「絶え逝け」
剣は、未来永劫を斬る。
悲鳴はなかった。
怨嗟すら溢れない。
あるいは、天から降り注いだ光の柱が聖なる炎を巻き上げるようなこともなく。
まるで全て質の悪い冗談であったかのように無音のまま――――妖忌の剣は、人形の胸を切り裂いていた。
血は無論、溢れない。
電流に打たれたように身を仰け反らせ、ゆっくりと倒れてゆく人形を見送りながら、妖忌はふと自分の手元に視線を落とす。
楼観剣、白楼剣を握る手には、確かに怨霊を斬った手応えが残っていた。
昔、閻魔の手間仕事で幾度となく斬った怨霊の感触。
特別なことなど何もなかった。
幻想郷を騒がせ、多くの命を巻き込んだ『キツネ憑き』の毒は、ちっぽけでつまらぬ怨霊そのままに消え失せたのだ。
(……こんなつまらぬものの為に、)
瞼を伏せる。
知らず軋らせていた歯を解くと、余程強く食い縛っていたのか奥歯に疼痛が走った。
歯だけではなく、全身の傷から思い出したように血が滲み出してくる。緊張が解けると共に傷が開いたらしい。
一瞬遠くへ飛びかけた意識を慌てて手繰ると、妖忌は二刀を鞘に戻し懐を探った。
そこから竹林の薬師より渡された薬の竹筒を取り出し、彼は無造作に声を上げる。
「いつまで寝ている気だ――――――この、物体め」
その声に応えて。
まるで鈴を転がすような、可愛らしく澄んだ声が闇の帳の向こうに聞こえた気がした。ばきばきと下生えの茂みを押しのける音と共に、ぬっと黒い影が起き上がる。
風が吹いた。
傷の火照りを冷ますように肌を撫でて行くそよ風は、空にかかる雲をも運び去って行く。
水場に降り注ぐ、いっそ眩しいほどの月光を浴びて。
「――――ゴリアテー」
その場に座り込んだゴリアテは、ふにゃりと頬を緩ませた。
朽ち葉と泥にまみれたその笑顔にこちらの腰も砕けそうな思いで、妖忌は奇妙な吐息を溢す。
安堵の息とは気付かれなかったろう。彼自身が気付かなかったのだから。
「手間をかけさせてくれたな」
「オテマー」
「そういうふやけた精神だから『キツネ憑き』などに支配されるのだ。技術以前に、根性を叩き直すべきであったよ」
「フヤフヤー」
両手で頬を挟んで嬉しそうに笑うゴリアテに、妖忌は呆れ顔で頭を振る。
だが、身体は既にその程度の行為にすら悲鳴を上げていた。全身を貫く激痛に、溢れかけた呻き声を噛み殺してから、妖忌はちらりと彼女の方を見る。
「……調子はどうだ」
「バッチコーイ」
「便利だな貴様」
先程まで『キツネ憑き』の毒に冒されていたとは思えないほど暢気な笑みを浮かべるゴリアテに、妖忌はぐったり息をついた。
無論――その笑顔ほどに余裕があるはずはない。怨霊の毒に魂を蝕まれ、自律術式も滅茶苦茶に乱された以上、既に身体のどこかに不調が出始めているだろう。
それでもゴリアテの顔は曇らない。
無知や虚勢ではなく、心底からの嬉しさを抑えきれぬといった、笑顔。
「ジジー、イッショー。ゴリアテ、スキー」
「光栄とでも言ってやろうか?」
くるくると笑み転がす彼女へ皮肉げに口の端を歪め……ふと。
妖忌は、水辺の草むらに光るものを見留めた。
軋む身体を引き摺って近付いてみれば、それは草苺の株であった。
「ここも、もう実をつけているのか」
そう言えば、最初に見つけたのもこの近くだったか。
ぼんやりとそんなことを追想する。訳の分からぬ巨大人形を相手に意地を張り、夜通し一帯を駆けずり回っていたのが、もう遥か遠い昔のことのように思えた。
頭を振り、妖忌は紅い一粒を摘み取る。
そして、きょとんとした顔でこちらを見ているゴリアテの方へその粒を放り投げた。
「奢りだ。ありがたく喰っておけ」
「ウマウマー」
暗がりをものともせず、小さな苺を器用に口で受け止めて、ゴリアテは機嫌良く髪を揺らす。
あまりに美味そうに食べるので、ひょっとしてと思い自分も一粒を含んでみるが、やはり酸っぱくて食えたものではない。
渋面で苺を吐き出すと、妖忌は握りっぱなしだった竹筒の蓋を噛み引っこ抜いた。そしてからからと転がる中身をひと息に口へ含み、飲み下す。
苦くもなく、甘くもない。当然酸っぱくもない。
ただ薬が腹へ落ちた途端、全身を縛り付けていた傷の痛みが弾け飛ぶように消え失せた。よもや一瞬で傷が治ったのかと誤解するが、見下ろせば包帯と着物に染みる血は未だ広がり続けている。
(劇薬はうまいことを言ったな)
薬師の言葉を思い出し、彼は苦笑した。
これでともあれ、四半時後には決着がついている。
どんな形であれ。
誰が望もうと、望むまいと。
余計な感傷を振り切るように短く息を切り、妖忌はゴリアテを振り返った。
「時間もない。始めるか」
「――ハジメルレー」
こちらは、幾分未練を滲ませたまま応え。
それでもゴリアテは立ち上がった。足配りと肩の動作にほんの僅かな軋みが窺える。その軋みは時間を追う事に大きく、酷くなって行くだろう。
無論、それは妖忌も同様――痛みを感じないとはいえ、動き回れば当然、傷が開く。多量の血を喪えば意識は遠のき、四肢は痺れて動かなくなる。否、そもそも霊薬の反動で回復力を喪っているのだ。四半時経ち、人も訪れぬ森の中で身体が動かなくなれば助かる道理もないだろう。
だが。
そんな事はまるで思案の外にあった。
剣を拾い、彼女は大きく空を斬る。
流麗に、鋭く、されど息を呑むほど豪壮な、ゴリアテの豪剣。
ぴたりと地面を踏みしめて、歴戦の英傑の如く凛然と構えを取ると…………神話的とすら呼べる美貌を崩し、笑った。
いつものふやけた笑みではない。
生意気で不遜で、無限の夢に目を輝かせた――――まるで昔の自分を見ているような、笑顔。
「オツキサマ。キラレレー」
「やれるものならやってみろ。物体が」
だから妖忌も、まったく同じ笑みを返す。
抜く手は影すら見せなかった。
両手に握った霊刀が空を裂き、円を描いて高く嘶く。楼観剣と白楼剣は、まるでこの世の始まりからそこに在ったとでもいうように掌に馴染んでいた。
ぴしり、締めた構えは流石に、彼女より数段見事に決まる。
風に舞っていた草が塵と千切れて流されて行くのを、目ではなく感覚そのもので理解していた。
サア、愚かに踊ろう。ここは既にして我等の間合い。
道理の及ばぬ、剣侠の結界だ。
「参る」
「ゴリアテー」
静寂に忍ばせるように笑み交わし、二人は同時に地面を蹴る。
月下に、激しい剣花が咲いた。
■
それがどんな馬鹿げた三文芝居でも、結末の明らかな悲劇でも。
閉幕を見届けずに席を立つのは寝覚めの悪いものだ。特に、自らその舞台に関わってしまった者ならば。
故に――
街道の脇にその影を見つけた時も、小町は取り立てて驚きはしなかった。
「よう。毒人形」
「…………」
月明かりの中。
膝を抱えて地面に座り込んだメディスン・メランコリーは、何を言い返すこともなく視線だけで応えてきた。
多少は意外な心地で肩をすくめ、小町は彼女の隣に腰を下ろす――妖忌に打たれた腹の痛みは大分収まってきてはいたが、下駄と大鎌を引きずってここまで歩いてくるのはそれなりに根性のいる作業ではあった。
「どうしてこの場所が分かった?」
「……毒。『キツネ憑き』、まだ、残ってたから」
ぽつぽつと単語を切り貼りするように語り、メディスンは唇を噛む。
あの人形――ゴリアテに取り憑いた怨霊の毒を追ってここまで来たのだろう。毒を操るこの娘にならば出来ないことではない。
メディスンと二人、目の前の木立を見る。
峠の街道沿い。ごく最近、辻斬りが出るのなんのと噂されていた森。
鬱蒼と闇を蓄えた梢の向こうに、激しく鋼が打ち合う音を聴いた気がして――小町は、くしゃりと髪に手を入れた。
膝を掴む手に力を込め、啼きそうに顔を歪めるメディスンを横目に眺め、特に意図なく訊ねてみる。
「お前さんが、そう付き合いの良い妖怪とは思わなかったよ」
「……あの子は人形としても妖怪としても生まれたてだもの」
膝に埋めた顔はそのままに、メディスンはか細い声で呟いた。
「わたしは、同じ人形妖怪だもの。助けてあげなきゃ可哀想じゃない」
「立派な先輩だ」
にっと微笑み、その細い髪をぐりぐりかき回してやる。抵抗するかと思ったが、彼女はされるがままになっていた。
そして、森の奥で二度、三度と鋼の激突音が鳴り響くのを聞いてから、思い出したように口を開く。
「毒をね。抜いてあげようと思っていたの。……もう苦しまないようにって」
それではどのみち助からない。毒に蝕まれ傷ついた魂は消滅するしかないのだ。
黙って、今度はそっと頭を撫でてやる。
「そしたら……あの、半分人間が来てね。毒を、斬っちゃった」
「とんだジジイだろう? ああいうのは達人とかどうこうじゃなくて、ただデタラメっていうのさ」
「うん。でも、そしたら…………そしたら、ね」
背中を丸めて。
自分の膝で顔を拭うように俯き、メディスンは言葉を切った。間を取った訳でなく、単に胸がつかえて言葉にならなかったのだろう。
その背を軽く叩き、小町は無言で待っている。
顔を上げ、彼女が口を開くまで、そう長い時間はかからなかった。
「あの子の気持ち、わたしは分かるんだ。地下の目玉オバケじゃないけど……聞こえるのよ、人形の声って。嘘じゃないよ」
「疑いやしないさ」
「嘘ならよかったんだけど」
呟くメディスンの横顔を見やる。
夜闇にも、その頬に細い光が伝っているのが見て取れた。
「――あの子、あの半分人間が大好きなの。大好きで、大好きで大好きで大好きで…………あの子の心は、大好きでいっぱいなのよ」
「……きっと、そうなんだろうね」
疑いなく、小町は頷き返す。
そして遥か森の奥――そこに聞こえる鋼の啼き声を見透かすように、目を細めた。
「魂の輝きを見りゃあ見当はつく。デカ人形は、あのジジイが大好きで堪らないんだ」
「…………」
「だから単なる擬似精神に魂が芽生えたのさ。目一杯の大好きが、あの子の心を生み出したんだ」
「――だったら!」
不意に。
声を一段高くして、メディスンが立ち上りこちらを振り向く。
それでようやく水平に合った視線を震わせて、彼女は、もう隠しようもない泣き声で叫んだ。
「だったら、おかしいじゃない! あの子はあいつが大好きなのにッ――――――――――どうして、あいつと斬り合わなくちゃならないのよ!?」
悲鳴は、存外に小さかった。
押し殺すような嗚咽の狭間に引きつるように息を吸い、メディスンは服の裾を掴む。
「あの子、あいつを斬ろうとしてる! もし……本当に斬っちゃったら、取り返しがつかないくらい後悔するって分かってるのに! なんで……なんで、あいつを斬らなくちゃいけないなんて考えるのよぉ!」
「…………」
「あの子、もう長く保たない! 毒に身体中壊されて……いま死んじゃってもおかしくないのに! どうして!? 笑って……最期に、大好きな人と静かに過ごせばいいじゃない! なんでこんなッ、こん、な――――――――!!」
込み上げてきたものが胸につかえたのか、彼女は俯いて黙り込む。
その肩をぐいと抱き寄せ、小町はその頭の上に置くように声をかけた。
メディスン・メランコリーは――
人形の本質を失ってはいないのだろう。人間を愛し、人間に愛されることの喜びを忘れていないから……あの子の選択に胸を痛めている。
愚かな愚かな、本人以外では、恐らくこの世でたった一人。
きっと、あのくそジジイにしか理解の及ばぬ選択に。
ひっ、ひっ、としゃくり上げ、着物の胸にしがみつくメディスンの頭をそっと抱えると、小町は僅かに目を細めた。
「――月」
「…………?」
「あるだろう。お月さんさ」
唐突なその言葉に、メディスンはこちらの顔を見上げる――着物にこびりついてびろん、と垂れる鼻水を見て、一寸ならず悲しい気持ちになるが。
諦めて溜め息をつくと、小町は襟ぐりで彼女の鼻を拭ってやった。
「お前さん、あれに触れるかい?」
「……ううん」
「距離を操る小町さんでも、ちょいと手が出ない。あんな所に届く奴ぁいない。当たり前だ。当たり前なんだが――――」
小さく首をすくめ、小町は空を見上げる。
夜空の端にひっかかった丸い月。冷たく冴える月光は鉄刃の光にも似て、静かに地上を睥睨していた。
その輝きを瞳に呑み込み、彼女は呻くように呟く。
「あの月を、斬ろうと考えるバカがいる。大抵のバカはその内無理だと気が付くもんだが、ときたま…………届かんものだと気付いてなお、頭からケツまで本気一本で月をぶった斬ろうと走り続ける、図抜けたトンデモおバカがいる」
「……半分人間のこと?」
「ジジイもそうだし、デカ人形もそうだ」
二人の魂は共鳴している。互いに影響せずには居られない。
きりりと軋らせる歯の間から、小町は押し出すように唸り声を溢した。
「あの子にとっての月は、ジジイなんだ。自分の剣はジジイに届くのか――自分は、ジジイよりも強いのか。それを試さずには居られないのさ。『キツネ憑き』のせいで、魂が消滅しかけているなら…………そいつを試すのは今、この時しかないんだよ」
「なに、それ――――だって、そんなの意味ないじゃない! 死んじゃうんだよ……いなくなっちゃうんだよ!? そんなバカなことしてどうするのよ!」
「ああ――ああ! バカなんだよ、大馬鹿さ、二人ともな! どっちがどっちを斬ったって、一生背負う傷になっちまうさ! そんなこと、誰よりあいつら自身が一番承知してる!!」
金切り声を上げるメディスンに、こちらも感情にまかせて怒鳴り返す。
互いの目を睨み合っていても、その憤慨の矛先は眼前の相手には向かわない。
目の奥がつんと痛むのを感じ手首で鼻を擦り上げ、小町は自棄気味にひび割れた声を張り上げる。
「それでも、あの子は『それ』を願ったんだ! ジジイは『それ』に応えたんだ! 理由なんかあたいが知るか! あいつらが理解できない大馬鹿なんだろうよ!」
「そんなの……そんな、の…………ッ!」
「毒人形、剣士なんて連中と付き合うもんじゃあないよ――――連中は、周りにいる奴のことなんか見えちゃいない大馬鹿野郎なんだ」
ぺたんと座り込むメディスンの肩を軽く叩いて、小町はゆっくり立ち上がった。放り出しておいた鎌を再び持ち上げるのはひどく億劫だったが、なんとか気力を振り絞って柄を掴む。
――そうだ。ろくなもんじゃあない。
腐れ縁の始まりは何百年前だろう。
初めて見かけた時、張り詰めた面の余裕のないガキが一匹、世の中全てを斬り裂こうとでも言うような目で剣を振るっていたっけ。
奴はあの時から、既に大馬鹿者の片鱗を見せていた。距離を操る死神を斬ろうと、何度となく自分に挑みかかってきたものだ。懐かしい。
そして永い時を走り続け……馬鹿は、とうとう死神を斬ってのけた。
(たいしたもんじゃないか)
まだ痛む腹を帯の上から抑え、小町は知らず、微笑を浮かべていた。
まるで救えないくそジジイだが。
剣をとらねば、語るも伝えるもままならぬ不器用な大馬鹿者だが。
あいつはとうとう、届かぬものを斬るに至った。
その剣を導いたのは、きっと――――巨大で素朴な、もう一人の大馬鹿者に違いなかったのだ。
夜風が駆ける。
草を撫でて行く冷たい流れを見送るように視線を流し、ひとつ乾いた息をつき。
小町は、「そちら」を振り返る。
「そんな大馬鹿がさ。最期に、伝えようとしてるんだよ」
音もなく、彼らはそこに現れていた。
月夜の街道に関を築くように並ぶ、黒い人影が五つ。皆一様に、頭からすっぽりと襤褸布を被っているため顔は窺えぬ。それでも、目の前に立っているというのにひどく朧なその気配と――――その背に負った、捻れた刃の大鎌を見れば正体は分かる。
彼岸の使い。
『キツネ憑き』に冒されたあの人形を処分しに派遣された、「お迎え」の死神たちだ。
メディスンがぎょっとした様子で立ち上がるのをちらりと見下ろしてから、改めて死神達に向き直り肩をすくめる。
「『キツネ憑き』の毒は魂魄の剣が輪廻より追放した。……もう奴を『迎え』る必要はない」
【 】
返ってきたのは朽木が風に鳴るような、言葉とは思えない怪音。生者には聞こえぬ死神の言語だ。メディスンは訳が分からぬと言った顔で小町と彼らを見比べている。
苦笑して、小町は僅かに体重を移動させた。
「ああ、分かってるさ。たとえ消滅するだけの魂でも、あんたら『お迎え』の手で送り出してやる方が苦しみは少なく迷う心配もない。……上のお歴々が、あの子を救ってやる積もりであんたらを遣わせてくれたことは百も承知だ」
でもさ。
鼻息と共に言い置くと、小町は微動だにせず佇立している『お迎え』たちを一通り見渡してから森の方へ顎をしゃくった。
遠く、近く、高く、低く。
間断なく、言葉を交わすように打ち鳴らされる鋼の音を聞きながら、くすりと小さな笑みを溢す。
「一番愚かでどうしようもない結末を、あいつら自身が願ってるんだよ。…………黙って見届けてやるわけにはいかないか」
【 】
「頭が固いねぇ。出世しないよ」
苦い顔で吐き捨てて。
ぶぅん――小町は、大鎌を担ぎ上げた。
気配を変える死神たちに、彼女は不敵に笑って見せる。
「ここから先は馬鹿どもの結界、余人の踏み入る余地はない。それでも、お務めを果たそうってんなら――」
「――それは、わたしが許さない!」
ふと。
言葉尻を奪う格好で、メディスンが前に進み出て叫んだ。
意外な心持ちで、小町は彼女を見下ろす。
「いいのかい? 聞こえちゃいなかったろうが、あいつらはあの子とジジイの斬り合いを止めに来たんだよ」
「わかるわよ、それくらい」
ぷくりと不服げに頬を膨らませ、メディスンはこちらを睨んできた。短い袖を捲る仕草をして見せながら、ふん、と鼻息を吹く。
「でも、あの子が願ってるんだ。これっぽっちも理解できないけど、あの子がそうしたいって思ってるんだ。だったらわたしは、せめてそれに茶々入れようとするやつをとっちめてあげるんだ。……人形としても妖怪としても、先輩なんだからね」
「…………」
「飴。三本くらいくれなきゃ割に合わないわ」
「後でしこたまくれてやるさ」
口を尖らせるメディスンに、小町は大声で笑った。
死神たちは、さして動揺もしていない。するすると左右に展開し、半月型に二人を包囲する。
小町とて、切った張ったの喧嘩芸には少なからず覚えがあるが、『お迎え』たちは日頃天人や仙人ともことを構える戦闘集団だ。よもや殺すつもりは無いだろうが、体力も霊力もほとんど空っぽの船頭死神が食ってかかるには少々無茶なお相手だ。
乾いた唇を湿す小町に、正面の死神が何事か囁きかける。
【 】
死神の職務を放棄して個人の感情に走るつもりか、と。
きつく詰問するような口振りだったが……それは、思い切り鼻で笑い飛ばす。
がらん、がらんと下駄を脱ぎ捨て、喝を入れるように地面を踏み鳴らし、小町は腰だめに大鎌を構えた。
「こちとら『キツネ憑き』のせいで、連日連夜の激務をこなしてきてるんだ」
横目にメディスンを見やる。彼女はいかにも適当な構えを取って、両手に得体の知れない毒霧を纏わせていた。
頼りになるのかどうか分からん相棒に苦笑してから、ぐるりをやぶにらみに一瞥し。
「あたいを誰だとお思いだい。小野塚小町の名に懸けて――――――――――この一時だけは、どうあったってサボらせて貰うよ!!」
威勢の良い、その啖呵を契機に。
それぞれ一番手近な死神に向かい、小町とメディスンは全力で地面を蹴った。
■
走る。
走る、走る。
茂みを掻き分け、沢を跳び越え、木立の合間を縫うように――
走る。
自身が風になるような錯覚の中、妖忌は視界の向こうに閃く光を見た。
「っ!」
急制動。
とっさに真横へ脚を送った妖忌の眼前を、辺りの小枝ごと巻き込みへし折ってゆく豪風が駆け抜けた。
一瞬息が詰まりかけるが、彼は怯まぬ。
地面に身を擦らせるように低く、風が吹いてきた方へ跳躍し、気配も見えぬ闇の中へ剣を打ち込んだ。
火花。もう幾度目かも分からぬ剣花が咲く。
「ゴリアテ――――!」
地面に突き立てた剣で妖忌の一閃を防いだのは、気配を殺していたゴリアテ人形。
彼女はその剣を軸に、身体を投げ出すような回し蹴りを放ってくる。
逆らわず、妖忌は剣を引いて脚の迫る方とは逆側に身体を投げ出した。受け身を取り、そのまま地面を転がって起き上がった頃には、ゴリアテもまた剣を取り直している。
束ねた髪を尾のように揺らし、にぃ、と子供じみた笑みを浮かべ――彼女は、上段から斬り込んできた。
剣の重量を利用し、また彼女の豪剣を最大限に生かす太刀筋。いかな楼観・白楼とはいえ、まともに受ければ容易くへし折れる。
考えが及んだのはその辺りまでだった。
身体が動くに任せ、妖忌は剣に向かって飛び込んだ。威力を発揮する剣先でなく鍔元をこそぐように楼観剣を押し当て受け流す。地面を砕き食い込んだ剣が、激しい土砂を巻き上げた。
だが、そこまでは彼女も想定していたのだろう。
視界からエプロンドレスの姿が消えた。左右に回り込まれたかとも思ったが、剣は未だ地面に刺さったままである。
気が付いたのは、影のせいだった。
剣をくぐり抜けた妖忌を、ゴリアテは宙返りするように跳び越えていた。
身体を廻す勢いのまま振り下ろされる剣へ、妖忌が咄嗟に返した手は、迎撃であった。強引に身体を捻りながら、剣を握る手に突き上げるような一撃を打ち込む。
刹那――手応えと、衝撃。
ゴリアテの剣は妖忌の肩を掠め、妖忌の剣は彼女の腕を捉えていた。
どちらの攻撃も浅い。即座に跳び退って間合いを開き、双方、再び静かに対峙する。
「いい剣だ」
「エヘヘー」
呟いた妖忌に、ゴリアテは得意そうに微笑んだ。
事実、彼女は研ぎ澄まされていた。
この峠で、白玉楼で、旧都の戦いで見せたどんな技よりも冴えている。打ち込みに迷いはなく、冷静で賢明でありながら、静かに秘めた気炎は打ちかかる剣の圧力を何倍にも高めていた。豪なる剣として、これほど理想的な形へ達せる剣客が何人いるだろうか。
「…………」
感服し、賞讃すると共に――――妖忌は、胸の内に別の感情が在ることに気付いていた。
ともすればそれは、傲慢とも思える確信。
今、彼女の剣が冴え渡っているのは、
――自分に、伝えるためだ。
彼女が持てる全てを。
魂を蝕まれ、動かなくなってしまう前に、剣が月に届くことを――――その剣を妖忌に届く、ただそのことのみを目指し。彼女の剣は走り続けているのだ。
それが自分に都合の良い妄想だとは思わない。
魂魄の剣は心斬る剣。
大概のことは、斬れば分かる。
(ならば)
きっと、こちらの想いも伝わっただろう。
彼女が傍にいたから――妖忌の剣は、迷いを晴らすことが出来たのだと。
二人が動き出すのに合図はなかった。
どちらからともなく前に進み出、そのまますれ違うように剣を打ち込む。更に、身体を入れ替えるように回転した剣を互いに打ち合うと、そのまま身を翻して木立の中へ駆け込んでゆく。鏡に映したように同じゴリアテの行動に、笑い出したいような気分だった。
――良かろう。存分に試すがいい。
木立を抜け、開けた岩場に出る。
瘤のように突き出した岩を踏み砕くように跳び渡り距離を詰め、ゴリアテは旋回ざまに二度、空を薙いだ。ほんの僅かに仰角と俯角へ打ち分け視覚を幻惑するその剣を、妖忌は仰け反り、また踏み込んで回避する。通り過ぎる剣風に肌を灼かれながら、ひゅゥと息を吐いて左右、それぞれの腕へ楼観剣の突きを放つ。
ゴリアテは慌てることなく、それぞれの手に握った剣の柄で切っ先を弾く――が、それは妖忌の誘いであった。
音も気配もなく、開いた両腕の間へ蛇のように滑り込ませた白楼剣が、弧を描いて彼女の鼻先を斬り上げる。
咄嗟に顔を背け、剣に顎先を掠らせながらも、ゴリアテは両腕を十字に振り下ろしていた。千年亀の甲羅でも叩き割れそうなその剣から、妖忌は大きく跳び退る。
岩間を疾走する彼の後を追うように、ゴリアテもまた走り出していた。
打ち込む一刀、斬り裂く一閃、全てに自分の剣が呼応しているのが分かる。
ちらと窺えば、疾駆するゴリアテの脚はかなり乱れ始めている。
無論、妖忌も彼女をとやかく言える状態ではない。共々、遠からず動けなくなるのは目に見えていた。
しかし、心は加速する。
剣は無限に夢を見る。
気付けばもといた水場を随分と離れていた。
轟々と吼える滝壺は、水場に流れ込む源流となっている。妖怪の山三十六景の一、九天の滝の如し……と言えば些か大げさだが、大地に隆起した壁の如き断崖をなだれ落ちる滝は月明かりに照らされ、幻想的な燐光を漂わせていた。
併走し、牽制の剣を打ち合って、幾度となく身体を入れ替えながら、二人は霞を切り裂き剣を交わした。
何時しか両者は、その剣から言葉を無くしていた。
どう打ち込むか。どう攻め込むか。目の前の的へ斬り込む最適の太刀筋はいったいどこか。
やがてそんな思考も消え果て、息もつかない無想の剣が火花を散らす。
否、ひとつ。
ひとつだけ、剣に残った想いがある。
我等、愚かな粋狂者にしか理解し得ない、何より純粋な願いがある。
――――斬る――――
千の言葉を綴るより。
万の想いを紡ぐより。
たった一瞬、散らす火花に魂を響かせて。
斬って、全てを、伝えるのだ。
ゴリアテが薙いだ一閃に弾かれ、妖忌は断崖に脚をつく。
瞬間――彼はかき集めた霊力を纏い、飛行術を展開した。瞬く間だけ限りなく零に近付いた体重を力一杯蹴り上げて、滝を遡るように断崖を駆け上がる。
既に滝を挟んで、ゴリアテが崖を跳び上がっているのは分かっていた。巨体の重量とバランスを絶妙にコントロールし、水平な大地を行くようにほぼ垂直の断崖を駆け上がっている。
――物体よ。
飛び散る滝の飛沫すら停止して見える。
何千倍にも加速した意識の中で、妖忌はふと気付いた。
ゴリアテがこちらを見つめている。
その瞳に映る感情の色は妖忌には読み取れない。素直で単純なこの物体が初めて見せる、難解で、込み入った、解き明かせぬ感情。
――莫迦弟子よ。
その感情を、妖忌は全て伝えられた気がしていた。
正体も分からぬまま、胸の内にぽんと想いだけを置いて行かれたような、そんな感覚。
それでも、それを、託される。
断崖に終わりが見えていた。
なだれ落ちる滝の始まり、断崖の頂上に達した瞬間――――二人は、同時に跳躍した。
――同じ魂を持つ者にして、我が愚かなる剣侠よ。
高く高く、昇ってゆく。
見えない道を駆け上がるように、身体は何処までも夜空へ吸い込まれてゆく。
牙を剥くように大きな満月が妖忌とゴリアテを照らしていた。
そのままどこまでも飛んで行けそうな昂揚感の中、妖忌とゴリアテの剣が、交錯する。
奥義は既にそこに無い。
己自身を刃へ変えた純然たる、剣の衝突だ。
正面からの打ち合いに押し負け、楼観剣が高々と弾き飛ばされた。唸る豪剣が妖忌の額を割り、右肩口に深々と食い込む。
これまでで最高の撃剣であった。
薬のおかげで痛みは感じないが、噴き上がる血飛沫に意識が遠くなる。幕が下りるように暗くなって行く視界の中――歓喜に打ち震えるような、悲痛に泣き叫ぶようなその表情を見て、妖忌は全ての決着がついたことを感じ、その瞳をじっと見返した。
まったく、未熟者め。
「言ったろう」
その視線を受けて、彼女もようやく悟ったのだろう――弾き飛ばされたのが、楼観剣だけであることに。
あ、と間抜けな表情を顔に浮かべる彼女へ小さく微笑して、妖忌は肩に食い込んだ巨剣を掴み。
「お前には、目が足りん」
蒼光照り返す白楼剣を、ゴリアテの胸に突き立てた。
「―――ジー。ジジー……?」
耳元に囁く声で、目が覚める。
眠っていたのではなく気絶していたのだろう。ぎしぎしと軋む身体を苦労して動かし――妖忌は、頭上を見上げた。
「! ジジー、オキター?」
「……いまが夢ではないならな」
逆さまに視界へ映り込んだゴリアテ人形の顔へ仏頂面で呻き、溜め息をつく。夢でないのは明らかだ――全身が粉々になりそうな程の激痛に縛られている。
薬の効果が切れ始めているのだろう。ということは、直に妖忌も動けなくなると言うことだが。
もう一度嘆息し、辺りに視線を廻らせる。
森の中、であるらしい。もといた水場ではないらしく、梢の向こうには先ほど駆け上った滝を見上げることが出来た。
あの断崖を、意識を失ったまま落下したらしい。ぞっとしない話だが……彼が死んでいない理由もまた、明らかだった。
「助けてくれたのか」
「オタスケジジー」
折れた木の枝を何本も下敷きにし、胸に妖忌抱いた格好で地面に横たわっているゴリアテは、そう言って得意そうに笑ってみせる。
その胸に突き立った白楼剣を横目に見て、妖忌はすまんな、と呟き目を伏せた。
「どのみち、こちらももう保たん。薬が切れてきたな」
「オクスリー?」
「医者に劇薬を貰ったのだ。……お前の調子はどうだ?」
「ゴリアテー」
いつものように暢気な答え。
だがその声は、どこか生気無く掠れていた。
言葉もなく拳を握り、ぐっと唇を噛む。
と、不意に。
「――――アリガトー、ジジー」
ふわり
ゴリアテにそっと、抱きしめられる。
触れるように腕を回しただけだが、それでも、不思議な暖かさが傷だらけの身体を包み込んだ。
その感触の心地よさに瞼を伏せ――妖忌は、ぽつりと呟く。
「……お前の月に、届いたか?」
「エヘヘー」
「こんな慎ましい月を斬ったところで自慢にはならんがな」
「ムー……。ジジー、ツツマシ、チガウー」
「そう否定されるとただの悪口だろうが」
半眼で呻く妖忌に、ゴリアテはくるくる笑い声を上げる。
この彼女との会話が生み出す空気に、ひどく落ち着く自分が居る
たった数日共にいただけだが、それを強く感じていた。この空気を、愛おしいとさえ感じていた。
梢から覗く夜空を見上げ、妖忌は静かに口を開いた。
「――次に旅に出る時は、お前を攫っていくと言ったがな」
「ゴリアテー……?」
「あれは本気だったぞ」
「アリス、ケンカー……?」
「魔法使いに、どこまで剣が通じるかは分からんがな。貴様と共にゆく旅路は……なんだ。きっと、楽しい」
「イッショー」
最早、顔を動かすことすら出来ない。
ゴリアテがどんな顔をしているか確認できないのは少し残念だが、なんとなく、ふやけた笑顔を浮かべているのだろうなと言う気はしていた。
妖忌を抱きしめたまま、彼女はどんどん小さく、か細くなって行く声で呟いている。
「ジジー、イッショ、ダイスキー……」
「そうか」
「……ゴリアテ、イッショ、スキー……?」
「悪くはなかろうよ」
「…………ジジー、ダイスキー……」
「そうか」
「………………ジジー、ダイスキ。ゴリアテ――――ジジー、ダイスキ。ダイスキ…………!」
「……そうか」
「……ジジー……?」
「なんだ」
「…………ジジー、……」
「だから、なんだ」
「………………ジ、――ィ、――」
「――物体?」
「…………、――――、――――――」
「寝るには早いぞ、物体」
「――――――――――――――――――」
「物体」
身体は動かない。
彼女の顔は見られない。
唯一自由になる目を動かし、自分を抱きしめる腕に視線を下ろす。
柔らかく、雛鳥でも抱くように妖忌を抱える腕はぴくりとも動かない。
そっと、静かに瞼を下ろし。
「じゃあな」
意識を沈める暗闇は、存外なほどに寝心地が良かった。
■
こんにちは、宇宙人の人。
うちの祖父を知りませんか。
「入院していたわよ。ひと月前まで」
「もしかしなくてもその後のことを聞いてるんだと思いますけど…………お爺さん、戻ってないの?」
「間違いなくひと月前よ。ここへ運び込まれた翌々日にはもうベッドを逃げ出していたんだけど」
「こう言っちゃなんだけどあなたのお爺さん、ムチャクチャよねー。日に二回も担ぎ込まれたくせに元気なんだから」
「三回よ。あなたが粉挽き小屋を建ててる間にもう一回運び込まれているから」
「……建てるのは大変だったんですけど、兎の遊び場にしかなってないんですよね。アレ」
「え?――ああ、ごめんなさい。あなたのお爺さんの行方はちょっと分からないわ。見つけたら強制検査入院させるから、ここまで引き摺ってきて頂戴」
「もーすっごい有り様だったのよ。なんでか分からないけど彼岸の『お迎え』役の死神たちに運ばれて来てね。溜まりに溜まった疲労と大怪我と師匠の劇薬のせいで、何をどこから手をつけていいかって感じで」
「血迷って『こうなったら伸るか反るか』って一番強力な霊薬をひっかけたのはあなただけどね」
「いや、だって薬の反動で死ぬかそのまま死ぬかって状態でしたし。――睨まないでよ。お爺さんを助けるにはしかたなかったんだってば」
「どうしてかメディスンと、毛色の違う死神も一緒に担ぎ込まれてきたのよねぇ。しこたまボコボコにされていたけど」
「ん?――そうそう、そのサボりで有名な。まあ入院するような怪我じゃなかったよ。行き先? さあ……三途の河に戻ってるんじゃない。え?」
「――――ごめんなさい。あの人形のことは分からないわ。お爺さんがここへ運ばれてきたときは一緒じゃなかった」
「あの大きさだからね、消えて無くなるはずはないと思うんだけど……『お迎え』の死神たちは無口で教えてくれないし」
「ゴリアテ人形の身体でしたら、地底の鬼が行方を知っているはずですよ」
「うわあ!? 勝手に入ってこないでくださいよ、お客さん」
「あら珍しい。たしか……山の仙人だったかしら?」
「おや、ご存じですか」
「メディスンと死神から話は聞いているわ。頭の良いおっぱいが勘違いしていたと」
「……怒ってませんからね?」
「なにもいってませんが」
「お黙りなさい。手懐けますよ」
「なんですかその脅迫。いや脅迫?」
「こほん。そんなことよりそちらのお嬢さん。――ええ、あなた。ゴリアテ人形の行方を知りたければ地底へ行ってみなさい。星熊勇儀が彼女の身体を運搬したはずです。……まったく、地上との協定を破って無茶をする」
「……ということは、仙人。あの人形の魂は」
「ええ、消滅したようですね。……なんですか皆さん、その目は」
「デリカシーとかないのかなって思いまして」
「し、仕方ないじゃないですか。皆さん思い入れがあるかも知れませんが、私、会ったことも無いんですよ。気持ちは察しますけど、正直ピンとこないですって」
「薄情なおっぱいね。――え? ああ、地底へ向かうの。まだ慌ただしいでしょうから、一応気をつけてね」
「私も付き合おうか?――大丈夫? うん、じゃあまた」
「……ところでおっぱい、あなたなにか用なの?」
「おっぱい以外の部位を否定しないでください。いえ、これを見ていただけますか」
「天狗の新聞?……ひと月前のものね。『巷間を騒がせた「キツネ憑き」事件、解決す。原因は地獄の怨霊が姿を変えた「憑依毒」』」
「師匠がインタビューされてた号ですね」
「なにか疑問点でも?」
「ひと月、相談すべきかどうか迷ったんですが……」
「……まさか、またあの毒が?」
「『憑依毒』って最初に言い出したの、私なんですよ。でも新聞じゃなんかあなたの命名みたいに扱われてますし。私にはインタビュー依頼がないし。どういう事なのかと問い糾しに参じた次第で」
「ひがみですか」
「ハブられて寂しいんでしょ」
「仙人はかまって貰えないと死んでしまうのですよ?」
「お大事に」
「次の方どうぞー」
■
こんにちは、鬼の人。
うちの祖父を知りませんか。
「侍かい? ああ、しばらく旧都に逗留してたよ。――逗留期間? ううん、どうだったかな。おい、萃香」
「あーん?」
「侍がここにいたのは、いつのことだったっけね」
「おう、爺さまかあ。一週間ばかり前にここを発ったよ。――うん? さあ、どこへ行くとも聞いてないなあ」
「旅暮らしに戻るんじゃないのかね。地底へ来たとき、安い刀はないもんかと訊ね回っていたからな」
「そうだ、そうだ。なにせ私は爺さまにどでかい借りがあるからさ、手ずから一挺、鍛えてやったんだよ」
「剣なんぞ打ったことも無いくせに『自分に打たせろ』と言い張るから、侍も長々と地底に居座る羽目になったんだけどねぇ」
「うるさいな、借りっぱなしは性に合わないんだ。――ああ、まあなんとか形にゃあなったよ。どうしたって本職じゃあないからなまくらも良いところだが、鬼の力で目一杯鍛え上げた一振りだ。頑丈さだけは折り紙付きだよ」
「頑丈さだけはな」
「なんだよ、突っかかるなあ! 良いだろ、達人は得物を選ばないんだ!」
「はっは、こそばいこそばい。本調子でないあんたの拳なんざ避けるまでもないね」
「くっそー。なあ嬢ちゃん、この一本角をぶん殴ってくれたら良い酒を奢るよ」
「お、やるかい? 侍の孫ならいい力試しが出来そうだ」
「こらこら。お客さんに喧嘩を売らないようにと言ったでしょう」
「おや、古明地んとこの。どうかした?」
「地上からお客さんが見えたと聞きましたので。あとはまあ、復興作業に当たってくれている鬼二人が真面目に働いているかどうか確かめに」
「おお怖い。近頃あの閻魔に似てきたよ、さとり」
「冗談でも願い下げです。さて、ようこそお客人。地霊殿も今は改修工事中でして、失礼ですがこんな所でお話を伺わせていただきますね。お燐、お茶の用意を。――要らない? そうですか」
「侍を探してるらしいんだ。あんたなら、あいつがどこへ行ったか知っているんじゃあないか?」
「サムライ? 冥界に戻ったものとばかり思っていました。――いえ、そう聞いたわけではないですが」
「あんた、色々話し込んでいたろう。どこかに向かうと、行き先くらい聞いていないか」
「いいえ。…………話していたのは主に、ゴリアテ人形のことでしたから」
「お、っと……」
「一方的にわたしが訊ねるだけでしたけどね。ひと月前のあの夜、あの子とサムライはどう決着をつけたのか。彼があの子を斬ることにどういう意味があったのか。……幾つかは答えたくなさそうでしたが、覚り妖怪に隠し事は出来ません」
「さとり、昔からこんな性格だったかなあ」
「もうちょっと優しかったかなー。いまの性格も好きだけどね」
「なにかいいましたか?」
「あん、なにが?」
「……ああ。いえ、なんでもないです。――え? それはお孫さんといえど教えられません。隠し事の通じない覚り妖怪だからこそ、他人の隠し事には気を遣うのですよ」
「それにどれほど意味があるのか、私にはわからないけどねー」
「あなたたちは早くうちを建て直してください。――ゴリアテ人形の身体? それを捜して地底まで来たのですか?」
「あらら。そりゃ無駄足だったかもねえ」
「確かにあの夜…………魂を失い、自律術式も崩壊した人形の身体を星熊勇儀に運んでもらいました。けれど旧都に運び込んだ訳じゃありませんよ」
「なんていったかな、ほら。あのこまっしゃくれた毒人形。――それだ。メディスンに言われて、魔法の森まで運んでやったのさ。うん?――ああ、そう。確かそんな名前だった。大人形の制作者らしいな。留守だったけど、毒っ娘が『帰ってくるまではわたしが見張ってる』って引かないから、そこに落ち着けてきたよ」
「不義理だなあ。あんたも付き合ってやればよかったじゃないのさ」
「朋友がしっちゃかめっちゃかにぶっ壊してくれた旧都を放っておく訳にはいかなくてな。あたしは義理堅いからね」
「あ、あ、それを言うか? 嫌な奴だなあこいつ、ぶん殴ってやろうかね」
「やれるもんならやってみな。どこまで力を回復したか見てやるよ、そら! ついてきな!」
「二人とも、暴れなッ……ああもう、お恥ずかしい所をお見せしてすみませんね。伊吹の鬼とまた喧嘩できて嬉しいんでしょう。頭領もここひと月は浮かれっぱなしですよ。本当に…………あの子とサムライには、いくら感謝してもしたりません。――くすくす、お気遣いどうも。さて、すみませんがそろそろわたしも仕事に戻りますね。早く復興のめどを立てないことにはずっと青空地霊殿です。――ふふふ、遠慮無く笑って良いんですよ。ちなみに笑いどころは、地底にあるのに」
「さとり様」
「ああん」
■
こんにちは、人形師の人。
うちの祖父を知りませんか。
「ここへ来たわよ、ひと月前に。――すごい顔するわねあなた」
「半分人間がどうかしたの?」
「さあ。――……ええ、そうね。私が魔界から戻ってきたところから話せばいいかしら。家に戻ってきたらこの子と、傷だらけのゴリアテ人形のボディがあってね。胸にあなたの家の剣が刺さってたから、最初はあなたが犯人だと思ったわ」
「わたしが説明してあげたのよ。魔界おっぱいってばなにも知らないんだから」
「そんな禍々しいおっぱいに心当たりはないけれど。……ともあれ、丹誠込めて造り上げた子はぼろぼろになってるわ、苦労して組んでようやく起動まで漕ぎ着けた自律術式が丸ごとパーになってるわで、さすがに驚いたわね」
「よくわからない言葉で叫んでいたものね。魔界語?」
「いえ、発狂していただけ。――ひかないでよ。我が子が意識不明の重体で帰ってきたんだもの、都会派魔法使いと言えど多少は取り乱すわよぅ」
「知ってること全部吐かないと関節全部リボ球にすげ替えるぞって吊し上げられたけどね、わたし」
「都会派でしょ?」
「魔界派じゃない。――えっとね。半分人間が来たのは、あの子がここに運ばれてきてすぐだった」
「私が帰ってきた翌日だったかしら。傷だらけ包帯だらけの、半人半霊の剣士がやってきたのは。彼は事情を全て語ってくれたわ。ゴリアテが自分の意思で強くなろうと行動していたこと。そのためにあなたのお祖父さんと共に行動していたこと。魂が芽生えかけていたこと…………『キツネ憑き』の毒に蝕まれ、その魂は形を成すことなく消滅してしまったことも」
「すごく謝ってたよ。自分があの子を殺した、好きなように殺してくれー、って」
「そんなこと言われても、こっちも呆然としちゃうでしょ?――安心して、適当に宥めて追い返したわよ。――え?」
「バカね。なんで半分人間を責めなくちゃならないのよ、ぺたんこ半分おっぱい。――痛ぁ!?」
「いまのはあんたが悪いわね。ええ、この子の言うとおり、彼を責めるつもりは一切無いわ。――どうしてって? 甘く見てもらっては困るわね。自律術式なんて消えてしまっても………………あの子が自分の意志で『生き』、最高に幸せな時間を過ごしたことくらい分かるのよ」
「わたしもわかるよ! あの子、半分人間と一緒にいられて幸せだったんだ。わたしがほしょーしてあげるわ」
「生みの親としては少し嫉妬してしまうけれどね。――今? ボディを修復して、新しい術式の起動実験中。……蓄積された人格データは全て消滅していたから、いちから組み直した新規の擬似精神だけど」
「とりあえず、幻想郷一周ジョギングをさせてみてるのよ。人形妖怪の先輩として、わたしがみっしり鍛えてあげるんだから!」
「別にあの子にも魂が萌芽するとは限らないのだけど」
「ふふん。いまのうちから人間への敵愾心を教育して、どこに出しても恥ずかしくない革命戦士に育て上げるって寸法よ。あーおたーがいー」
「極端に感動がなくなったわね。まあ、教官がこの通り不安なんだけど…………あの子のボディも研究資料も、捨て置くのは忍びなくて」
「捨てるなんて言ったら家中うるし塗れにしてかぶれさせてやるところだったわ」
「そういう毒も出るのね、あんた」
「いいでしょ。雨の日には傘にもできるのよ」
「雅だこと。――ん? ああ、ごめんなさい。そういうわけで、お祖父さんの行方は分からないのよ。力になれなくて悪いわね」
「あ、そうだ。ねえねえ、あんた冥界の人なんでしょ? 毒おっぱい知ってる? 声と背丈とおっぱいのでかい死神。――……う、うん。そう。たぶんその人」
「なんちゅう目をしてるの、ちょっと」
「気にするなって言われても……まあいいけど」
「気にしないのね」
「あいつにはまだ貸しがあるのよ。どこかで見かけたら、飴三本きっちり払いに来なさいって言っておいてくれる?――ありがと。支払いに来たら一本あげるね」
「飴を?」
「彼岸花入りよ」
「あげるのはよしときなさいね、それ。――うん? ああ、もう行く? お茶くらい出すけれど。――そう」
「じゃあね、小型半分人間。わたしもあの子の訓練メニューを考えなくちゃだわー」
「書斎を散らかさないようにねー。まったく、騒がしい子。……ねえ。私もひとつ、伝言をお願いしていい?――うん。あなたのお祖父さんに会えたらね、アリス・マーガトロイドがこう言っていたと伝えて欲しいの。………………あの子と一緒にいてくれてありがとう。あの子を愛してくれてありがとう。……ゴリアテを、幸せにしてくれて、ありがとう。――……うるさいわね。伝言は以上。確かに、頼んだからね」
■
そんな具合でして。
師匠の行方はようとして知れませんでした、幽々子様。
「一週間もあちこち探し回ったのに、どこも空振りとは。まったく、お怪我も治らぬままどこへ行かれたのか」
「たまに思うのだけれど」
「はあ」
「あなたって空回りする星の下に生まれついてるわよね、妖夢」
「なんですかいきなり」
「はい。これ」
「…………ええと。なぜこの二刀がお屋敷に?」
「ここ一週間、ずっと峠を探し回っていたらしいわよ。白楼剣は人形遣いの家にあったけれど、楼観剣はゴリりんと斬り合った時に落としてしまったらしくて。それで二本揃えて返しに来て、半刻前くらいかしらね。出て行ったのは」
「ははあ、なるほど。――――幽々子様。私用で一寸、出かけて参ります」
「妖夢妖夢。目が怖いんだけど、妖夢」
「ご心配なく、痛みは一瞬です。刃の上に血を残さないのが秘剣の作法」
「いきなり手討ちの方向で動く前にもうちょっとなにかあるでしょう。ねえ」
「だってひどくないですか!? ひとがどれだけ心配して……ああもう! こんなことならお見舞いのフルーツ、もっと安いのにしておけば良かった!」
「大丈夫よ。私がお見舞いに行ったときに全部食べておいたから」
「それはつくづくどうかと思いますが……今回に限ってグッジョブです。幽々子様」
「いぇい。……まあ、察してあげなさい。顔を見れば未練が残ると思ったから、連絡もせずにこっそり剣を返しにきたんでしょうし」
「……未練って、師匠、また旅にでも出られたんですか?」
「そう言っていたわよ。本当にそれだけで、行き先も、いつ戻るかも教えてくれなかったけど」
「ああもう。ふらふらと、子供じゃないんだから」
「子供よ。いつまでも夢を見続けていられる、子供」
「はあ」
「夢を見ることは簡単。見続けるには、コツがいる。自分の手の及ばぬ高みにある夢と理解して、なお夢を見ていられるのなら?――――そのとき、幻想は幻想であることをやめる。生涯をかけ求める価値のある願いとなる」
「手が及ばぬのに、ですか?」
「それでも真っ直ぐ願うから、かしら」
「……うーん。ちょっと理解が」
「いいんじゃない。そういうお馬鹿なことは、お馬鹿な人に任せておけばいいの。あなたはここで私を護る盾で在りなさいな」
「それはまあ。はい」
「また怖い顔して。少しはあなたの師匠を信じなさいよ」
「幽々子様は、師匠を信用しておいでですか」
「ううん、全然。あんまりに信用できないもんだから屋敷にいる間中べっとり貼り憑いて、定期的に手紙は書くよう脅かしておいたわ」
「こっそり帰ってきたんじゃなかったんですか?」
「なんとなくね、分かるのよ。あの人の考えそうなことって」
「…………」
「だから大丈夫。――――信じなさい。またひょっこり帰ってくるわよ」
「そう、ですかね…………いえ、はい。そうですよね」
「ふふ。それじゃあ妖夢、お茶にしましょう。今日は私が用意してあげるわ」
「恐縮です。――ときに幽々子様」
「なあに?」
「師匠の考えを見通した上でお屋敷に残って居られたということは、私を探索に出されたときにはもう大凡の事情に見当がついておられたのでは」
「…………」
「…………」
「…………いえ、ほらね。確かに私は残ったけど、妖忌だって私たちと顔を合わせづらいからこっそり来るわけじゃない? だったらせめて可愛い孫に未練を引き摺られないようにって。ついでにあなたが必死にから回る様も見られてゆゆ様大満足って、妖夢怖い、目が怖い」
「大丈夫。刃に血は残しません」
「だって亡霊だもの。じっとりねっとり切り刻まれたって血ぃ出ないもの。あ、待って待ってごめん妖夢、怖――――危なっ! やめて、白楼剣はやめてぇ!?」
■
右脚、右脚、左脚。
左脚、左脚、大きくジャンプして、両脚。
ぴたりと上手く着地が決まる……と思いきや、バランスが崩れ身体が後ろへ傾いた。慌ててたたらを踏み、体勢を立て直す。
危ないところだった。自分の大きな身体は、一度転んだらなかなか起き上がれないのだ。
ほっとして微笑み――――ゴリアテ人形は、気を取り直してステップを再開した。
正確な名称は「甲種パラ・メンタル・マジック/擬似精神型自律駆動術式《ゴリアテ人形》M2」――それが、「彼女」の名だ。生みの親である魔法使い、アリス・マーガトロイドに名付けられた素敵な名前を彼女はとても気に入っていたが、長いので普段は「ゴリアテ」と呼ばれる。
戦闘用人形として造られたこの身体だが、数日前に稼働したばかりの彼女は運動経験も蓄積していない。
今はこうして一人であちこち散歩をし、「身体を動かす」という事を学ぶのが最善だ――とはアリスでなく、教官であるメディスン・メランコリーの言である。
人形から妖怪になったという彼女には目覚めた時から色々なことを教わっている。寝ているときに枕元で「レッツゴー人間とっちめちん」と囁いているのは何のことか分からないが、彼女に尋ねると「そそそそんなコトしてないヨー」と言っていたので、きっと勘違いだろう。
ともあれ今日も、アリスのため。メディスンの教えに従い変則ケンケンパで散歩する。
整った街道だが、人の往来はない。道は広く平坦で足下に気をつける必要もなかった。
あまり人や妖怪の多いところへはまだ行かないように言われているが、もっと動けるようになれば許してくれるだろう。そうして、アリス達と一緒に散歩できれば最高だ。腰の後ろの二本の剣は重たいが、日々見知らぬ場所へ出かけてゆくのは楽しかった。
心は弾み、自然と顔には笑みが浮かぶ。
浮かれた気分に脚も軽く、次のステップを踏み出そうとした、その時。
「――――、?」
街道脇に人影を見つけて、ゴリアテは慌てて脚を止めた。
道を少し離れた大きな岩の上に、腕を組み腰掛けている人物がいる。旅人だろうか、傍らに新しげな刀が一振り置いてあった。
立ち止まって見つめるゴリアテに、その人物は驚いたように顔を上げる。精悍で、厳しそうな面構えの老人。額から、縦に大きな傷跡が顔を走っている。きっと歴戦の剣士なのだろう。
ゴリアテとて戦闘用に作り出された人形である。実戦どころか訓練すらまだ教官は許してくれないが、強い戦士への畏敬と好奇心は人並み以上に旺盛だ。
固まっている老剣士に向き直り、ゴリアテはぺこりとお辞儀をする。人に出会ったらまず、挨拶が肝心だ。
「ハジメマシテー」
「…………む」
と。
軽く会釈を返す老剣士が浮かべていた表情は、ゴリアテの知識にはないものであった。
喜ぶような、ほっと安心したような、少しだけ哀しそうな、そんな顔。
挨拶の仕方を間違えたのだろうか?
首を傾げているゴリアテとしばし見合った後、老剣士はゆるりと頭を振った。その顔に、もうあの複雑な表情は浮かんでいない。
「いや失礼。……知り合いに似ていたもので、ついじろじろと見てしまった。許されよ」
「シリアイー?」
「うむ。ま、昔の話よ」
何ということもないように、老剣士は肩をすくめる。
こちらの大きさに驚いた様子もない態度に、ゴリアテはますますこの剣士への興味が深まるのを感じた――これまでも、はぐれ妖怪や行商の人間に出くわしたことがあったが、皆彼女の図体を見ると泡を食って逃げ出してしまったものだ。
アリスやメディスン以外の人と話すのは初めてである。わくわくと声を弾ませて、ゴリアテは彼へ話しかけた。
「アナタ、ケンシー?」
「そう立派なものでもない。いまは主を持たぬ浪人分でな。食い扶持を探し、こうして日々うろついている」
「ツヨイー?」
「どうかな――いや」
苦笑してはぐらかしかけた質問を、老剣士は途中で呑み込んだ。それから腕を解き、胡座を掻いていた石を飛び降りる。
しっかりと地面に立ってゴリアテの目を覗き込み、彼は改めて口を開いた。
「強いぞ」
きっぱり言い切る。
彼女をからかっているわけでも、適当に嘯いている訳でもない。本当に腕前を自慢している訳でもない。
どうしてか、それは宣誓のように思えた。
自分自身に。
或いは、もっと他の誰かに捧げた…………誓い。
きょとんとして見下ろしていると、老剣士はやにわ頬を歪めて言い足してくる。
「と、言うだけ言っておけば、雇い口には心証が良いのだ」
「……ウソツキー?」
「生活の知恵である」
堂々と言ってのけるが、ゴリアテはじっとりと半眼で彼を見つめていた。
とはいえ、この老剣士の腕を疑う気持ちは無い――直感が、彼が凄腕の剣士であると告げている。
うずうずと湧き上がる想いを抑えられず、ゴリアテはとうとう訊ねてみることにした。
「オテアワセー、ヨイー?」
「……うん?」
「ゴリアテ、タタカウー。ツヨクナルー、ダイジー」
怪訝そうに眉根を寄せる老剣士に、懸命に言葉を伝えようとする。
運動記憶もさることながら、言語もあまり自由とは言えない。
教官などは「人形たるもの勉強もできなくちゃだめよ。時代は文武平等なんだから!」と言っていたが――そしてアリスに「あんたが勉強しなくちゃ駄目なんじゃないの」と言われていたが――普段は二人がこちらの気持ちを全て察してくれるため、言葉の勉強はどうにも疎かになりがちだ。
ぱたぱたと意味無く手を振るゴリアテの言葉を、しかし老剣士は察してくれたらしかった。寸分だけ息を止め――それから、静かに首を振る。
「済まんが、病み上がりでな。その大きな剣を受けるのはちと難儀だ」
「? ケガ? コロンダ?」
「ま、そんなようなものでな」
着物の下に巻かれた包帯に気付いて訊ねると、彼は軽く頷いた。
残念だが、怪我ならば無理を強いるわけにはいくまい。教官も時々、森でつまづいては膝小僧をすりむいて泣いている。
そうだ、と思い立ち。
彼女はエプロンドレスのポケットを探り、取り出したものを老剣士に差し出した。
ぎょっと眼を丸くし、「それ」をまじまじと見つめながら、彼は唸るような声で訊いてくる。
「……これは」
「タベルー?」
息を呑む老剣士に、彼女はにこにこと笑いかけた。
ゴリアテの手の平に載っているのは、人の頭ほどもあるエメラルドブルー色のゼラチン塊。ご丁寧に、極端にデフォルメしたクマさんを象っていた。
これぞ高効率魔力補給媒体《マジックポーション・グミ》――通称ゴリアテのおやつである。
制作者であるアリス曰く「純粋魔力物質を可愛いい動物さん形に成形することで、従来の二倍の効率で魔力をチャージ。コラーゲンもたっぷり」であるという。どういうことなのかゴリアテには分からなかったが、得意そうなアリスを見るとこちらも嬉しくなってくる。
今日はもう森に帰るところなので、これが最後の一個だが……
「オイシイー、ゲンキデルー。メシアガレー」
「…………や、気持ちだけ受け取っておこう。遠慮無く貴殿が食べると良い」
視線を逸らし早口に言いながら、剣士はぐいぐいと手を押し返してきた。
お腹が空いていないのだろうか。
首を捻るも、実は少しお腹がすき始めていたのも事実である。
嬉しげに微笑みもふもふとグミを頬張る彼女に苦笑し、老剣士は岩に置いておいた刀を掴んだ。怪我が痛むのかぎこちない動作でそれを腰に差し――
「ところで」
「? ゴリアテー?」
不意に声を低める剣士を、ぱちくりと瞬きして見返す。
彼はこちらを――というより、彼女の腰に固定された剣を見て、静かに口を開いた。
「貴殿も、剣を志す者か」
「ゴリアテー!」
大きく頷くと、ゴリアテはぱっと後ろへ跳ぶ。そして腰の剣に両手をかけると、ひと息にそれを抜き放った。密かに練習していた抜き方が上手くいき得意な気持ちになりながら、ぶんぶんと剣を振り回す。
動きは、糸吊り人形のようにぎこちない。
剣の理論はあらかじめ擬似精神に刷り込まれている。アリスは「剣を知らない私が教本通りに設定したものだから」と言って苦笑いしていたが、何がいけないのかゴリアテには分からない。
それを、この老剣士ならば教えてくれるかも知れなかった。
期待を込めて一通り剣を振った後、びしりと構えに戻る。これは教本の構えではなく自分で考えたものだが、両方の剣を高く掲げたポーズが格好良くてお気に入りだ。
ぽかん、と口を開けている老剣士に向かい、ゴリアテはきらきらと目を輝かせて訊ねる。
「ゴリアテ、ツヨイー?」
「びっくりするほど弱そうだ」
間髪入れず。
きっぱりと断定する老剣士に、ゴリアテはがっくり肩を落とした。
無論、自分がお世辞にも強い剣客ではないことは分かっているが、こうもはっきり言われては流石に落ち込んでしまう。
しょんぼりと剣を収めていると、老剣士は頭を振って苦笑した。
「へこむな。根性無し」
「ムー」
「弱いのならば、強くなれ。簡単なことだ」
口を尖らせて呻く彼女に、剣士は真っ直ぐ目を向けてくる。
「お前は、何のために剣を振るう?」
「? アリスノタメー」
それはまったく疑いない。
答えるゴリアテに頷き返す老剣士の顔は、なぜか奇妙に満足げに見える。まるで、彼女の答えを誇るような微笑。
なぜ自分の答えを見知らぬ剣士が誇らしく思うのだろう?
首を傾げるゴリアテに、老剣士は更に訊ねてきた。
「主は、大切か?」
「アリス、ダイスキー!」
「その気持ちを忘れるな。答えを忘れず走り続ける限り――――お前の剣は、どこまでも強くなる」
「…………ゴリアテー」
剣士の言葉は、なぜかするりと彼女の中に入ってきた。
胸に刻み込むような想いでこくりと頷くと、彼はさっと踵を返し、彼女に背を向ける。
「さて。私はもう行くとしよう」
「! ゴリアテー?」
「会うことがあればな。日々励めよ」
また今度、剣を教えてくれるか。
そう訊ねたつもりの彼女の言葉を、老剣士はどうしてか理解できたようだった。アリスのことも知っている風情だし、もしかしたら友達なのかも知れない。
……不思議な人だったなぁ。
流れる風の中を泳ぐように飄々と去ってゆく名も知らぬ老剣士の背中に向かって、ゴリアテは大きく手を振った――――
「――――バイバイ、ジジー!」
…………あれ?
咄嗟に。
両手で口を押さえて、ゴリアテは目を白黒とさせた。
自律術式のサイクル不良かとも考えるが、そうではない。今のはトラブルで飛び出た言葉なんかじゃない。
なにか、強く――
強く、この言葉を伝えなくてはいけないという思いに駆られ、気付いたらそれを口にしていた。
彼に別れを言わなくてはならないという、強く烈しい、想い。
老剣士がこちらを振り返る。
それはそうだろう、見知らぬ人形に爺呼ばわりされていい気持ちがするわけもない。
慌てて謝ろうと口を開きかけ、
「……!?」
ぎょっとして、思わず跳び上がる。
老剣士が泣いていた。
驚きも、喜びも、哀しみも、後悔も、愛おしさも――そんな感情が全て、一挙に溢れ出したような顔。
狼狽するあまり脚がもつれて転びそうになりながら、ゴリアテはどたどたと剣士へ駆け寄った。
「ダ、ダイジョウブー!?」
「…………、……っ」
「ゴメンネ。ゴメンネ。ナカナイデー」
なんということだ。傷付けるつもりなんてなかったのに。
黙って涙を流し続ける彼の周りをおろおろとうろつきながら、ゴリアテは必死に謝った。
どれくらいそうしていただろうか。
老剣士は、その時初めて気付いたという様子で乱暴に目元を拭い、まったく、と濡れた苦笑いを押し出した。
「義理篤き人形だ。貴様という奴は」
「ダイジョウブー? ナイテナイー?」
「うむ、泣いとらんよ。――きっと雨だろう。この頃は天気も変わりやすい」
覗き込むゴリアテから、隠れるように背けた剣士の顔は――――心なしか、笑っているように見えた。
それ以上追求する間を与えず、彼は先ほどよりも早足に街道を歩いて行く。その背中を、しばし心配そうに見送ってから、ゴリアテはふと気付いて空を見上げる。
天気は快晴。雲一つない真夏の空だ。
雨など降るわけもなかったが、
「……アメフリー」
ぽつりと呟き、納得して頷く。
なるほど――――きっと、雨が降ったに違いない。
もう一度だけ剣士の背中を見てから、踵を返し。
ゴリアテはアリスとメディスンの待つ森の我が家に向かって、変則ケンケンパを再開した。
頬は拭わない。
人形が涙を流すわけがないのだから、そんな必要はないのだ。
■
「……とっとと泣き止みよ。みっともない」
「泣いとらん」
街道筋の腰掛け茶屋。
組んだ脚に肘をついてぼやく小野塚小町に、背を向ける位置に座った妖忌は頑として言い張った。
湯飲みの番茶をずるずる不味そうに啜り、死神はじっとりと半眼で呻く。
「どうしてもあの子のボディが元気にしてるところが見たいって、あそこで待ってたんだろう? 覚悟くらい固めておきなよ、情けないジジイだね」
「やかましい」
「顔に残った傷のせいで余計怖いんだよ、泣き顔が。あーあ、ホラ。洟をかみな、洟を」
譲らぬ妖忌へ肩越しに鼻紙を渡し、彼女は呆れて頭を振った。黙ってそれを受け取り、ぶぉん、と洟をかむ。
嫌そうに溜め息をついてから、彼女はまだ湯気の立っている番茶をひと息に飲み干し――やはり無茶だったのかげほげほ噎せ返ってから、からん、と下駄を鳴らした。
「言っただろう。一生後悔するって」
「言われたな」
「人の話を聞きやしないんだから、このジジイは」
吐き捨てた死神の言葉は、しかし、どこか慰めるような響きがあった。それに気付いていたから、妖忌は目を伏せる。
それから呟いた声は、存外と静かなものだった。
「奴は私に剣で問い、私は奴に剣で答えた。理屈ではないのだ、小野塚」
「…………」
「――――だが、奴をこの手で斬った後悔もまた、理屈ではないのだな」
「……そりゃそうさ。理屈で全部割り切れないから、みんな悩んで、苦しんで、後悔しながら生きている」
「この後悔は、きっと一生背負ってゆく」
「ああ。全部分かった上だろう? あの時も、今も」
「無論」
「馬鹿」
最後の言葉は、半眼の視線と共に投げつけられる。
肩越しにそれを見やって、妖忌はふと呟いた。
「お前がいてくれて良かったよ」
「なんだい突然」
「弱音を吐いても構わんと思える相手に、他に心当たりが無くてな」
「……友達少ないな、あんた」
心なしか同情の眼差しでこちらを見る死神から、ぷいと顔を背ける。
その背に向かい小町はやれやれ、と嘆息した。
「こんなジジイの為に大怪我して大立ち回りを演じたかと思うと、情けなくって涙が出てくらぃ」
「うん? なんの話だ」
「なんでもないよ。旅立ち前に余計な気を回すもんじゃないさ」
訝しげに訊く妖忌へ、彼女はひらひらと虫を追うように手を振って見せる。
それから彼女は、急に声を落とした。
「――なあ。もうしばらく、出立を伸ばすわけにゃいかんのかね」
「なんだ。金なら返せんぞ」
「お馬鹿」
すぱん、と断ち切るように言い捨て、死神は目を細める。
「冥界のお二人さ。あんたがウダウダ迷ってたせいで、何十年もぎくしゃくしてたんだろう? 剣術バカ一代もいいけどさ、もうちょっと家族サービスしておやりよ」
「何十年も迷っていたから」
むきになるでもなく静かに、しかし即座に言い返し。
立てかけていた打刀を取り上げ、妖忌は椅子から腰を上げた。
「ようやく、本当に旅立てるのだ。果てのない迷いの中、遮二無二走るのではなく――――私が、私の剣を振るう意味のために」
「……そうお嬢に言われて、やっとこ踏ん切りがついたんだろう?」
「…………なぜ知っている」
「長ーい付き合いだからね」
渋ッ面で振り向く妖忌を見返す小町の顔は、意外なことに、含みのない笑顔だった。
くっくっ、と喉を震わせた彼女は、妖忌の腰の物を指差して首をすくめる。
「貧乏浪人がそんな立派な剣まで用意して。止めたって止まる気がないのは分かってるよ」
「む――」
腰に差している打刀は、握りから刀身の長さ、粘り、反りの具合まで全てを妖忌に合わせた逸品である。
地底の鬼――伊吹萃香が詫び代わりにと自ら鎚を振るって拵えてくれたこの一振りは、大仰な装飾が施してあるわけではないが、鋼そのものの凄みを押し固めたような風格を纏っている。黒鞘の先に刻まれた瓢箪型の紋様だけは、彼女なりの茶目っ気であろうが。
以前差していたぼろの数打とは比べものにならぬそれをじっくり眺め、小町が怪訝そうに眉根を寄せる。
「……しかし、よくそんな物を用意できたね。『キツネ憑き』の手間はお嬢に預けてあるけど、受け取ってないんだろう?」
「うむ。竹林の医師に診療代を渡して欲しいと頼んである」
「あっこの先生はそんなにごうつくじゃないがね。……すると、どこぞの名家からかっぱらったか」
「発想が腐りきっとるぞお前。――伊吹の鬼が都合してくれたのだ。なまくらだがすこぶる頑丈、と豪語しておったよ」
「あの鬼らしいね」
けらけらと笑い、彼女は茶屋の奥にお茶のおかわりを頼んだ。
そして軽く肩をすくめる妖忌に、ふと思いついたように訊いてくる。
「その剣、銘はあるのかい?」
「うん?」
「鬼が鍛えて、剣鬼が振るう刀だよ。そういうのを世間じゃ妖刀ってんだ。銘の一つもなくちゃあ締まるめぇ」
「知らんよ。なんならお前が考えろ」
「へたれジジイ男泣き丸」
「……私が考える」
終わった話を蒸し返す死神をじろりと睨みつけてから、妖忌は嘆息混じりに刀を見下ろした。
剣の銘など気にする物ではないが……
途方に暮れて頭を振った、その時。
街道の脇にふと視線を止めて、妖忌は眼を丸くした。
「決まった」
「ほう?」
呟く妖忌に、小町が面白そうに眉を上げる。
剣に手をかけ、ふらりと街道の脇へ出ると――一閃、茂みの中を抜き打ちに薙ぐ。
斬り飛ばされた草のひと株を掴む頃には、もう剣は鞘に収まっていた。
宝玉のような赤い実を結んだその草を小町の方へ突き出して、僅かに口端を持ち上げる。
「妖刀、野苺」
「なんだそりゃ」
呆れた声で叫び、死神は大仰に仰け反って見せるが、妖忌はまるで構わない。
店の娘が小町の湯飲みを取り替えて下がっていくのを待ってから、彼は肩をすくめて言い放つ。
「口に上る機会があるのなら、そう名乗ることにする」
「好きにしな。あんたの勝手さ」
「またな、小野塚」
「あいよ」
軽く言って踵を返す妖忌へ、小町もひょいと手を上げ応える。
そのまま足を踏み出しかけた時、彼女がこちらに聞かせるでもなく、さりとて聞き逃させるつもりもない声で独りごちた。
「『己の剣を問い続けたい』、はン。あんたらしいよ。馬鹿で愚かな、果てない望みさ。他の奴なら笑い飛ばしてやれるのに――――あんたはきっと本気だから、こっちは応援してやるしかなくなるんじゃあないか」
「…………」
「いいかげん、落ち着きゃあいいのにねぇ。どれだけ剣を究めようが、お月さんを斬れる訳じゃないだろう?」
「どうかな」
呟く声は小さくて、小町に聞こえたかどうかは分からない。
ただし言葉に迷いはない。
己の剣を高めたい――技倆の限界を、老いの限界を、想いの限界を、今の妖忌ならばすべて超えて征ける気がしていた。
もっと強く。
もっともっと、強く。
――ただそれだけを求めることの強さを彼に教えてくれた、莫迦弟子がいた。
――それを剣で伝えてくれた彼女がいた。
だから、止まらぬ。
我こそは彼女が目指した月だと誇れるよう、高みへ走る。走り続ける。
どこまで走れるかは分からない。
ならばまずは、「それ」を目指して走り出してみるとしようか。
手元の草から苺を摘み取り、一粒口に放り込む。そろそろ旬が来ているはずだのに、その一粒は強烈に酸っぱく、不味かった。
思い切り渋面を作るが……不思議と、心は痛快だ。
何も変わらぬ。
想いは変わらぬ。剣の中にそれはある。
愚直に、素直に、真っ直ぐに。遥か高みへ走り続けて、馬鹿げた願いは星の海すら飛び越える。
ならばこの身は、剣侠ロケット。
「斬れぬものなど、あんまり無いさ」
青空の果て。うっすら浮かぶ月を指差し。
妖忌は渾身の気合いを込めて、酸っぱい苺を飲み下した。
ただひたすらに、見事な御話でした
本当に素敵過ぎるお話でした。
言葉に出来ない程胸がいっぱいになりました。
野苺が好きで ジジイが大好きだった、可憐で巨大な物体に、永久に幸あらんことを
非想天則といいゴリアテといい、どうしてこうも作り込むのが上手いのか。
きっと貴方はアリスにも劣らない立派な人形フェチであるに違いない。
素敵なお話をありがとうございました。
同意。
感動に包まれたクライマックスの中の別れの言葉で涙があふれ出した。いや、ほんとにすごくいい話だった。
今日は6時起き、なんですがねぇ……この感動はもう収まりません、このまま徹夜するとします。
この作品を自分は絶対に忘れない。そそわで一番好きな作品を聞かれたら、この作品を答える。最高だった。
ああもう、言葉がうまくまとまらない。
物体。愛してる。妖忌もかなり好きになった。
作者様。作品を、感動を、ありがとうございました。
追記:ところで私も死ぬほど人形が好きです。機会があれば一晩中人形について語り合いたいものですね(
最後まで魅力的な妖忌とゴリアテでした。脇を固めるキャラクター達も素晴らしく
良いものを読ませていただきました
ただこういう長いのを連休終わりにこられるときついねw
こんな時間まで読んじゃった自分が悪いんだけどさ
最初は量が多いなぁと思ったけど、気付いたら最後まで読んじゃいました
終始、本当に素晴らしくて、上手く言葉に出来無いくらい感動する事ができました
最後の方ではかなり涙腺に来ましたけどねw
兎に角、この超大作お疲れ様でした
上手く言葉が出てこないのですが、素晴らしかったです。
皆優しくて、格好良かったです。
素敵な作品を、ありがとうございました。
いや、しかし、素晴らしい読後感です。
素晴らしかったです。
ありがとうございました。
一つ一つの場面がその場で見ているような臨場感を持つ、正統派武侠、剣豪小説でございました。
”100点でも足りない”ってタグ付けたい所です。
それなのにラストで泣いてしまった時点で100点以外ありえないのはともかくとして……
もう最高。何もかも最高すぎる。
まず妖忌メインな時点で俺得なのにその妖忌が理想通りのかっこよさで、更に脇を固めている連中のキャラも魅力がありすぎる。
それなりの数のキャラが出演しているのに誰1人として無駄になってないとか最早妬ましいレベル。
もちろん文自体も相変わらず導入やシリアスとギャグの使い分けが冴えまくりで、長くても読んでいて全然苦じゃなかった。
しかしまさか創想話で青江又八郎の名を見るとは思わなかった。読んでる最中に藤沢周平の作品を思い出していたから、最後のあとがきで無駄にテンション上がった。
ただ自分としてはこの妖忌は「神谷平四郎と三屋清左衛門を足して2で割った」キャラクターだったので、「青江又八郎のイメージ」に関しては……まあ「家族をほっぽり出してどこかへ行く」事に関してはそっくりなのかな。
もう本当に最高。妖忌もゴリアテも小町もみんな愛してる。
素晴らしい。心境描写もバトル描写も、本当に素晴らしい
3時間も続けて読み物を読み、かつ読み物でドキドキしながら泣きそうになったのは本当に久しぶりのことでした
本当にありがとうございました。この作品を読めて嬉しさの極みです
すばらしかった! ありがとう。
さて、こいしちゃんはどこだ?もう一周してこよう
・・・時間泥棒め・・・!
すごくよかったです。
ただもう一つだけ、感謝の言葉を残して読み直して来ます。
文量にも関わらず一気に読ませるほど勢いのある作品だった。アレ、一つじゃないですねもう知らん
……泣いてません。泣いてないったら。これは雨よ。
胸のドキドキだけを信じていられる人たちが羨ましくなりました
物体が可愛い。可愛すぎる。
月をも斬って突き進む一本気な二人の思いがずどんと響く、とてもいいSSでした。
特にM2と妖忌の再会があまりに秀逸過ぎる…。地の文に幾重にも隠された泣き所に、読めば読む程泣かされます。マジ泣きです。
おっぱい死神やリボルテック毒人形、ほがらかさとりんなど脇を固めるキャラも個性的で、キャラにブレが無く素晴らしかったです。
伏線も細かく張り巡らされており、深く考えられてるなとつくづく感心させられました。…粉挽き小屋では、うどんでも作るのでしょうか。
しっかし、誰かポニーテール物体を画像化してくれる人はいないのやら。
同じ創想話で丁度7年前に投稿されたアリスの人形のお話を読み、
感動したことを思い出しました。
私事ですが、その感動を思い出すことができて、とても嬉しいです。
本当にありがとうございました。
終わりの方では自然に涙が。
いい話を読ませて貰いました。
何時だって誰だってだって夢を追い続ける奴はカッコいいんだと思いました。
何でこんな話が書けるのか。二度手間さんへ感謝を、そしてお疲れ様です!本当にありがとうございました!!
堪能させて頂きました。
感動したと呼ぶ以外に表現の思いつかない気持ちです。
ただ、ありがとうございました。
100点でも足りないとはまさにこのことですね
アンタサイコウジャネーノ
妖忌が言うとすげー貫禄があるように聞こえる不思議w
ラストまで一気に読みましたが、すごくよかったです。
語彙が無いんで立派な事言えないから、100点受け取ってください。
ここまでの大作読んだのは久しぶりだ
妖忌とゴリアテという意外過ぎる組み合わせがナイス
けどこいしちゃんは見つからなかった…
しばらく経ったら答え合わせをお願いしたいです
それしか言えません。
ありがとうございます。
お見事。最後の最後まで、震えながら読みました。
愚直なまでにこの大長編を描ききった作者に最大限の感謝を。
斬れぬものなど、あんまり無いさが決まりすぎ。長編ならではの感動、素敵でございました。
……こいし。
本当に面白かったです!
自分の少ない語彙では言葉にできませんので、点数のみにて失礼致します。
この物語と出会わせて下さった作者様に、最大限の感謝を込めまして。
感動をありがとうございます。
とても面白かったです。
素敵な作品をありがとうございます。
素敵な作品をありがとうございます。
もう
全部の場面が脳内再生で途中停止できねー
あんたに斬れないのは、最早貧乏&あんたを慕う娘っこ達との縁ばかりなり、ってか? 畜生、草履の鼻緒切れろ。
それにしてもさわやかな去り際だな。まるで椿三十郎みてぇだ。
ダビデは無理だとしても、アームストロング船長にはなれたんじゃねぇかな。良かったじゃないの。
とりあえず当分帰って来なくていいよ。あんたの仏頂面を拝んでるとなんか鼻がムズムズしてくるんでね。
頑張ったね、ゴリアテちゃん。
爺さんと美少女が並んでいると、どうしても前者に目がいっちまう馬鹿な俺を許してくれ。
君は内面・外面ともパーフェクトに愛らしく、そして美しかった。
本来なら千言万句を費やしてまだまだ褒め称えたいのだけど、ナボコフ爺のお陰でスペースが足りねぇや。
正直記憶は戻っても戻らなくてもどちらでもいい。魂に刻まれているものがあると確信しているから。
最後にちょっと真面目な感想を。
古の中国で酒と月を愛する詩仙と呼ばれた男は、酒に酔って水面に映る月を掬おうとした。
結果船から転げ落ちて溺死、なんて文字通り酔狂な伝説を残しています。
傍から見れば水底に沈んでいったように思えるのでしょうが、当の本人はどうだったんでしょうね。
存外、月に向かって昇って登って、上った最後には見事にそれを掴み取ったと歓喜していたのかもしれないですね。
作者様の物語における、妖忌とゴリアテにもそれは当てはまるのではないかと私は思うのです。
届かぬものに手を伸ばし続ける、錯覚だとしても手が届いたんだと胸をはって命を懸けられる、
そんな私には到底無理な生き方が、馬鹿かもしれないけれど美しかった。うん、本当に美しかったです。
おまけにこの二人は生を得ることが出来た。
これからもそんな馬鹿美しい生き方を、白髪頭と物体が続けていくのかと想像すると、
腹の底から笑えてくる。腹の底からこう言える。
「お前ら、頑張れよ」って。
そんな想像をする余地を与えてくれた作者様に多大なる感謝を。
長編執筆、本当にお疲れ様でした。
良い時間をすごさせてもらいました。
いいもの見させて頂きました!最高に面白かったです、ドキドキが止まらなく眠気も吹っ飛びました。
さて、こいしちゃんはどこかなー
お疲れ様でした。
すんばらしかったです! もうそれ以外に言葉がない!
これほどの作品を読めたことに感謝いたします!
追伸:「送り」の死神たちが「いいやつら」だったのが嬉しかったですw
……いやもうなんつーか、これだけでオチは予想できてしまうというかなんと言うか。来るべき終末が来るべくして来るのだろうというか。
読み進めていくにつれて積み上げられていくラストへの布石に対し「あぁ……うあぁ……」とココロの中でみっともない声を出しながら止めることもできずにただただ見送るほか無いこの苦行。数年にも及ぶハート修行に匹敵しますぜこれは。予想通りの流れに「よしよし」と思う反面、鬼達との戦い(予想してなかた)に「うひょおおおお!!!クライマックスだぜええええええええ!!!」と燃えつつも「いやこれは……まだ3である事も考えてやっぱり……」と邪な予想が入り、「あぁ……やはり……」…………ざけんなちきしょぉぉぉぉ!
駄目なんだよこうゆうのぉおおお! ジジイと物体の組み合わせは卑怯だろぉぉぉぉおお! 江戸っ子毒おっぱいもやんちゃな鬼達も皆大好きだばっきゃろぉぉぉおおおお!!!
表現や物言いから藤沢周平リスペクトか!と思ってましたが、あとがきをみてやはり・・・と顔がニヤけました。
次の作品も楽しみにしております。
すばらしい作品でした。
どのキャラも良く活きていて、非常に素晴らしかった。
最後、ゴリアテMk2の「ジジー」は反則だわ。如何な楼観剣と雖も、絆は切れなんだ。
>>(劇薬はうまいことを言ったな)
劇薬とは?
最高でした。
いろいろ思うことはありますが、ただ一言だけ言わせてもらうと妖忌かっこいい!
これは2か3の感想で書くべきなのかもしれませんが、
伊吹の伏線が上手すぎてやばい。
小町の文少し読んでからですが、伊吹と理解した時の興奮がヤバかった。
それはそうと、ダイジョブダァって聞くとCODBO吹き替え版の声を思い出して余計吹きそうになるんですよ。
関係ない?
馬鹿な……!!
良かったです、
これは…もう
\映画化決定!!/
\バカジャネーノ/
こういう異変だと誰を黒幕にしても納得いく話に持って行き難いよなぁと思った
話はとても面白かった。結末も期待を裏切らない妥当な内容だった
いつか月を斬れることを期待します
いい時間を過ごせました
本気で百点じゃ足りないです!
馬鹿みたいにのめり込んで読み込んでしまいました。こんなにわくわくしたのは久しぶりです。
執筆、お疲れ様でした。感動をありがとう。
ところどころの小ネタといい巧みな戦闘描写といい、脱帽です。
執筆お疲れ様でした。
ところでこいしちゃんどこー?w
こんなに素晴らしい作品はめったにない
ありがとうございました
不器用で真っ直ぐな登場人?物たちが大好きです。
並のラノベじゃかないませんね。
お見事。
楽しかった、面白かった等常套句でしか自分の語彙と表現力では言い表しかねますが大変素晴らしい作品だったと思います。
作者様の次回作に期待しております。
みんな最高。
久々に泣いた。
涙が流すなんてマジで数年ぶりなんだが(笑)
涙腺切られましたね、はい。
素敵な物語をありがとう
この作品のように自然と涙が出るほどにのめり込んだ物語など、ここや商業作品まで含めても、片手で数えうる程しか出会った事がありません。
妖忌もゴリアテも大好きになりました。本当に、素晴らしい物語をありがとうございました。
涙腺ぶった斬られましたし、読後感が凄すぎてヤバいです。
重ねて言わせて貰います。素晴らしい話でした。また貴方の作る物語を読ませて下さい。
本当にありがとうございました。
作者さんの名前見て、昨年の暮れに羽衣は~を読んでボロ泣きしたの思い出しましたが、今作もボロ泣き余裕でした。
文章、キャラ、伏線、結末全て最高でした。自分の貧弱な語彙では面白い以外にこの感動を伝えられないのが残念でなりません。
最後に、今年一番の大作にして傑作をありがとうございました。
情景描写や心情描写、小粋な表現にネタなどなど、とても素晴らしい作品を読ませてくださった作者様に最大の感謝と敬意を。
うわぁあああああああああああああああああ爺よかったねゴリアテペロペロうわああああああああああああああああ
ふらつく物体に予感をし、お月様と喩えたものが嫌でも理解でき、話の先が見えてきても
どうにか、どうにか脳裏に走る展開を逸脱した、意表をついたストーリーを期待して。
しかし、やはり最後まで王道で。残酷なまでに王道で。
ロケットでした。ロケットの如くに突き抜けて、胸に真直ぐ飛び込んできました。
野苺の痛みを咽下出来る様になったら、また読み直したい作品です。
100じゃ足りねぇよ なんと言う王道剣豪小説 東方の間口の広さ大きさを思い知らせれました。
読み終わった後、悲しみで泣く事は無かった。ただ、剣ノ道に殉じた。貫いた二人の剣侠が、ただ ただ幸せであったと幸福であったと見せ付けられるお話でした。
涙が止まらないのさあ!
随所に現れる個々の一言がそれぞれの性格を端的に表せていてすげえと思うばかり。
スカッとズバッと軽快明快に楽しませていただきました。
ロケットって燃料が切れれば落ちるけど、宇宙まで行けばもう止まらないよなぁと考えたりしてにやにや。
この小説に出会えて良かった。
作者様、ありがとうございました。
素晴らしい作品をありがとさん!
では、こいしちゃんを探してきます。
「ゴリアテさんたら二刀流」→「魂魄一門か!」
そんだけでここまで書けるあんたが羨ましいよ!
ああ、なるほど、これがお月さまか……。
良かったです。
素敵な時間が過ごせて満足です。
有難う御座います!
最後の台詞、出てくる少し前から予想できてしまいました。妖夢が言うのとじじいが言うのとは少し違う感触ですね。
かわいくて無垢な妖夢に、時間が斬れるようになるまで五百年とか教えこんだのは、こういう法螺吹き夢見じじいなんだろうなー。
妖忌の「じゃあな」が涙腺を未来永劫斬です。
妖忌とゴリアテの痛快な遣り取り、サイドを固める個性的な脇役たちの役回り、いずれも最高です!
ありがとうございました。
この数日間、非常に楽しく読ませていただきました。
一気に読んじゃいました
唯それだけ言いたい。
卑怯だろうがっ・・・!!
ここでこの台詞はあんまりにも卑怯だろうがっ・・・!!
妖忌、ゴリアテ人形、小町。タイトルの野苺と剣侠ロケット。
まったくどんな物語か予想もつかない第一印象だったけどよくもここまでうまくまとめた!
話自体は割と王道だが、これを評価するにあたってはずばり作者の語彙力と表現力、構成力にあると思う。
言葉の一つ一つが、キャラの台詞一つ一つが心に響いて、シリアスとギャグと絆の物語の緩急で読み飽きさせない。
特に、妖忌とゴリアテ人形の決闘のシーンは胸が熱くなった。
その結末もやっぱり予想通りと言ったところだけど、それまで重ねていたものがあればこそその展開が光る。
>「――――バイバイ、ジジー!」
だからこそ、この台詞は心に響いた。これだけがここぞとばかりに自分の意表をついてくれて、泣いた。
自分の読んできた創想話SSの中でもベスト3に入る傑作でした。
すばらしい作品をありがとうございます。
感想としては月並みですが、非常に楽しかったの一言に尽きます。
喜怒哀楽が次々に展開されていて飽きずに最後まで読めました。もう一から二、二から三と移動する毎に期待が留まるところ知らずで…
素晴らしい作品を読ませて頂きました。有難う御座います。また妖忌モノが投下されることを切に願っております!
間違いなく東方なのに、完璧に作者様の作った世界で、そこに生きる人物達が動いている。そうとしか思えません。
あぁ…この感動、どう伝えればいいのでしょうw
願わくば、偏屈ジジーとポンコツ物体が、再び見える事を…
文句無しに100点と言える作品に巡り合えたのは久しぶりです。
メインストーリーのバトルから、小ネタに溢れた掛け合いまで
大変素晴らしい作品でした。
こんな感動する作品を読んだのは久しぶりでした!
最高でした!
涙脆くない俺が泣いてしまうとは…
男ならば一度は夢見る、ただの夢。そんな莫迦で青臭いものを真正面から見事に描ききった作品でした。
この言葉にしようのない感動を生み出してくれた作者様に、ただひたすら感謝の念を覚えるばかりです。
本当に、本当にありがとうございました!
素晴らしい物語を読ませて下さり、本当にありがとうございました。
作者様に満点を。そして、ゴリアテ人形に、花束を。
しかしやっぱり二度手間さんの描く作品は引き込まれるし涙腺持ってかれるなぁ!読み終わってみたらこんな時間だよどうしてくれる!最高でしたありがとう!
ほんとに、100点じゃ足りない
最後を読み終えた後も、これを読んで良かった、という満足の
溜息を吐く感覚を数年ぶりに思い出しました。
心から尽きせぬ感謝を。また、あなたの作品が読みたいです。
とても面白かったです。月並みな感想でございますが、素晴らしいお話でした。
ずっと物体とジジーの二人を見ていたい、読み終えたくないとさえ思う作品でした。
甘いSSから歴史小説まで読んできたが、
読んでいる最中に「終わって欲しくない」と思ったのははじめてだ。
もう、最後の妖忌並に、満足。
私的に、そそわ三本の指に入る超傑作だ。
ここまで直向でまっすぐなお話は見たこと無いです。終始、心が熱くなってました。
何かをただひたすらゆるぎない気持ちで求める。それに続く馬鹿弟子?
なんというか私の中ではただ、熱い小説でした。いろいろ他にもあったけどやっぱり変に飾らない、すごく熱い小説!
こういうの大好物なのでもうなんというか最高です!簡易点やだから感想書いけど変なことしか書いてない……
とにかく面白かったです!最高です!素敵な時間をありがとう!
そして明日は、いや、今日はテストである。どうしてくれる。
期待せずに開いたら(失礼)、あっという間に時間が過ぎてしまった…。
素敵なロケット達と作者に拍手を
素晴らしい作品でした。
お見事!
お疲れさま。
王道中の王道で最後まで楽しめました。
…と思ったら、剣が刺さったのは胸か。じゃあ違いますね。
・>家中うるし塗れにしてかぶれさせてやる
…イヤー!アリスノタマノオハダガー
・香霖堂に曰く「物体にも記憶が宿り、その記憶が奇跡的な幸運の起きる確率を決定する」
…細部がなんか違うような気がしますが、そういう理屈なんでしょうかね、あれは。
・素晴らしい作品をありがとうございました。時間も忘れて読み耽りました。
>>「……剣は己の真実を映す。あんたの言葉だっけね」
「妖刀野苺」は「なまくらだがすこぶる頑丈」
これからの妖忌はそういうものなのでしょうね。
妖忌の元に二刀が揃うのは月に届いた時なのでしょうか。
彼は「妖刀野苺」だけでも満足なのかもしれませんが。
面白かったです。
素晴らしいものでした。
・・・ありがとう。素晴らしい作品でした。
彼らの行く先に幸あらんことを。
非想天則につづいてゴリアテ人形とは、つくづく巨大人型無機物がお好きな人だ
野苺にポイントを置いたのが素晴らしかったと思いますね
ストーリー上それほど大きな役目を果たしているわけではないけれど視覚的にインパクトがあって
可憐なゴリアテと無骨な妖忌をつなぐ宝石めいた輝きが目に浮かぶようで印象強い
そして最後の最後に妖刀・野苺なんてかまされてタイトルが野苺と剣侠ロケット…
実に上手いですね
じっくりと英気を蓄えて次回作に挑みかかることを期待しております
とにかく妖忌に事件解決させるための舞台設定を整えるのが大変そうだなーと思った。
紫出られるなら一発で終わっちゃうもんね。
でも最終章の段階だったら紫にゴリアテの境界ちょいちょいと弄ってもらえれば
それでハッピーエンドっぽいがw
とりあえず爺さんがギャルゲーの主人公のように髪をバリバリ掻くのは
ビジュアル的にアレなんで、そのキャラ付けは無くした方がいいんじゃないかと。
あと、韻の使い方が上手くて、歌うように読む事が出来る素晴しい文章構成でした。
とてもいいものを読ませていただけた事に感謝を。
書籍になんねーかな、これ。
本当に素晴らしい作品を
どうもありがとうございました!
今まで読むのを先送りにしていた自分をぶん殴りたい
そう思わせてくれる作品でした。
妖忌の斬るべき月は何処か。
素晴らしかったです。
それでいて巨大ゆるふわ人形に優しく包まれるような心地よさと。
そして素敵な達成感を味わうことができました。
これだけの大作を、残心良くとまとめあげた力量に感服です。
本当に\バカジャネーノ/
どのキャラも素敵でしたが、メディスンのお子様っぷりが実に可愛らしい。
小町とのコンビもばっちりでした。
メディかわいいよメディ
ゴリアテ人形が可愛過ぎて、半角カナのマリキにトラワレソウ...
作者さんが作り上げた素晴らしい作品があるからこそ、読む事はやめられません。
見事な斬り様でした。
お迎え役の死神達が妖忌達を運んできてくれたと聞いた時は、うるっときた。畜生お前等大好きだコノヤロー。
記憶の無いゴリアテの、相も変らぬ無垢でひた向きな姿。狂おしいほど愛しく美しい。
剣侠ロケットが月に届く日を信じ、いつかまた剣侠ロケット同士が剣を打ち合わせる日を夢見て。
バイバイ、ジジー! バイバイ、ゴリアテー!
文句無しの100点です。100点でも足りないくらい。
読んだ後何とも言えない満足感を味わった素晴らしい長編でした。
剣バカ共に幸あれ。
ありがとう、本当に、ありがとう。
この作品はやべぇ!!
キャラが全員素晴らしく、もちろんストーリーだって感動したし、文章もすてきだったし、ああ、なんて言えばいいんだろう…
この気持ちを完璧に言葉にできない自分が恨めしいです
もう、なんつうか、
ジジー、カッコイイー!
妖忌とゴリアテのコンビがとにかく魅力的でした。
脇を固めるキャラもそれぞれ生きていてすばらしかった。
良作をありがとう。
ゴリアテも可愛すぎる 消えちゃうとか、悲しすぎるだろ……
小町が強いのが個人的に好みだった。
その他各キャラも良い感じに個性が出ていて。良かった。
25000点なんて、近年稀に見る数字が出るのも、納得。素晴らしい作品。
100点じゃ足りない感動に感謝を。
なんと言っていいやら
サムライ最高です
デカかわいい、堪能致しました。
文句無し!
素晴らしい
全体を通してのテーマが一貫していて、物語の中できちんと問題を提起してキャラクター達が答えを出し切っている。
それでいて、張られた一つ先行く伏線展開のバランス、計算されつくしたように配置される間、小気味良い掛け合い、胸躍るアクション、緊張感。読む手が止まらない。
そして、どのキャラクターも魅力的でもう素晴らしい。素晴らしすぎる。読みながらうまいなぁ、すごいなぁとずっと思いなが読んでいました。
もう、もう、ムネイッパイデス!!!
最後まで一気に読ませる力作。
読後も爽やかで、いい生き様を見させてもらいました。
本当にすばらしい作品、お見事です。
素敵な物語をありがとう
ストーリー、練られた文章、軽妙な会話、可愛いゴリアテ、すべてに感服いたしました。
こんな素敵なものを執筆してくださったことに感謝します。
か細くなっていく声で最期のダイスキの「!」に、物体の必死で想いを伝えたいんだなっていう気持ちを感じて、その健気さ、切なさに胸打たれました
そんな妄想をしてるのですが、涙が止まりません
素晴らしい作品を本当にありがとうございました
感動をありがとうございます。
悲しみを受け止めて、新たに旅立っていくジジーがかっこよかったです。
物体がこれからも素晴らしい時間を過ごしますように…。
いや、感動どころの話では無かったです。バスの中で泣きましたよホント。
100点以外に何が有り得ようか…
いや、感動どころの話では無かったです。バスの中で泣きましたよホント。
100点以外に何が有り得ようか…
二週目を読んできます
ゴリアテと妖忌大好き
ありがとうございます。
ジジー、ダイスキー
なにかすごいことでも言わねばと思いますがなかなか思い浮かびません。
こんなにも文章で感動したのは久しぶりです。
素晴らしい作品を有難うございました。
只管に感動いたしました!
大傑作。
面白いとしか言えない
今後も何度も読み返したい
長い作品ですが一気に読みました。
決して届かぬ月は、物語の要所で小町であったり萃香であったり、妖忌であったり、比喩とテーマがしっかり一致していて、見事でした。
同じ月を目指した妖忌とゴリアテのお互いに言葉は拙くとも心が通う様子、戦闘の描写、各キャラもしっかりと多面的に描かれていてカッコいいし、ところどころに挟まれるユーモア、全体を支えるしっかりした地の文と豊富な表現、主人公が次々と遭遇するトラブルと展開・・・今まで読んだ東方SSで一番の作品かも。
これはお金取れるレベルだと思いました。
素敵な作品をありがとうございます。
ゴリアテ、いや物体が可愛くて切なくて……
いろいろ書こうと思ったけど言葉が詰まって出てきませんから、せめてこれだけは書きます。
面白かった!!!!!素晴らしかった!!!!!!!