ところは冥界、死者の國。
葉桜の季節を迎え景観幽玄なりし屋敷が一つ。長い石段厳かに、下界を見下ろすこと遥か。
白玉楼、と人の呼ぶ。
故事に曰くは文人墨客の邸なれど、さてはて、見ると聞くとはナントヤラ。手入れの行き届いた屋敷は荘重であるが、どこか長閑なその気色。墨香る文壇とは趣を違える。
それでも死してなお筆吼える幽霊が、そこかしこに歌い掲げた木簡から迸る情熱はこれぞ、裂帛。
試しに手近な一歌を拝見。『おらぁ死んじまっただァ』。いいからもう成仏しろ。
「幽々子様?」
ふと名前を呼ばれ、西行寺幽々子は隣を振り返る。
立っていたのは、他の誰だと思ったわけでもないが、この屋敷の庭師であった。傍らに抱き枕大の幽霊を浮かべた半人半霊の少女である。
「どうなさったんです? こんなところでにやにやして」
「にやにやしていたかしら」
「にやにやしていましたよ」
「それはぎゃふんね」
「ぎゃ……はい?」
首を傾げ、短く切り揃えた銀髪を揺らす少女には答えず、厳しい顔で呻く。
油断と言わざるを得ない。幽冥楼閣の歌聖、西行寺の亡霊姫ともあろう者が。
戒めるよう頭を振り、彼女は袂から木簡を取り出した。そしてこれまた取り出した筆でさらさらと何かを書き付け、新しく壁に掛けておく。
『オバケなんてないさ』と記したそれにごくりと息を呑む庭師に構わず、幽々子はさっさと歩き出していた。
「妖夢。あなた最近、顕界へ出たかしら?」
「……あ、え? いえ。ここのところはずっとお屋敷に」
一拍遅れ、慌てて早足についてくる妖夢の答えに、そうよねえと首を傾げ、ふわふわ宙に浮く。
畳一枚ほどの高さを滑るように飛び、庭に面した廊下へ出る。几帳面に手入れされた枯山水を見る度、もっと力を抜いた方が良いのではと思わなくもない。
空中に正座する格好をとりながら、幽々子は頬に手を当てた。
「お花見客の予定はないわよね」
「桜が咲いていませんからね」
即座に頷き、妖夢が庭へ視線を送る。春には見事な開花で楽しませてくれた倭桜はすっかり青い葉を茂らせていた。そう言えばこの子は今年も毛虫に刺されていたっけ。
同じ事を思い出したらしく渋い顔をする妖夢を、幽々子はくるりと逆さまになって覗き込む。
「冥界を蹂躙する主の暴政に、遂に反逆を企てる正義の庭師・魂魄妖夢。下界で徴兵した百万人のパワフルビッグガイを率い、今宵白玉楼でキック・オフ」
「まだお昼ですし」
出来ればそこ以外のキーワードを否定して欲しかったが、まあ言うまい。幽々子の子の字はよい子の子だ。
一応、頬を膨らませ抗議してから、一回転して元の姿勢に戻る。
思案げに黙り込む主を見つめ、妖夢が声をひそめた。
「幽冥の境に異常でも?」
「異常と言うほどでもないけれど、少し揺らぎがあるわねえ。紫が遊びに来たのかしら」
「その可能性が私の反逆より後回しにされる理由はよく分かんないですけど。紫様はほら、例の件で」
「ああ。閻魔様に謹慎令を出されていたのだったわね」
思い出し、ぽんと手を打つ。
旧友、スキマ妖怪の八雲紫は閻魔の命とて素直に従う性格ではないが……今、彼女が動く事の危険性は重々に承知しているはずだ。徒に出歩きはすまい。
柔らかく息をついて、幽々子は頭を振る。
「まあいいわ。結界が破れたわけでもなし」
「少し様子を見てきましょうか」
「必要ないでしょう。……私はちょっとお散歩してくるから、お三時の用意をよろしくね」
「いや、だから私が見てきますってば」
「あなたもうちょっと空気とか読みなさいね」
半眼で見返してくる妖夢の鼻先にでこピンを喰らわせて、幽々子は欄干を蹴り飛び立った。
――妖夢は真面目で几帳面だが、やはりまだまだ未熟なのだ。
風雅な欅の門を越え、その前に降り立つ。普段は門を飛び越えるなどと無粋な振る舞いはしないが、お目こぼし。
表情を消し、亡霊姫は着物の袷から小振りの扇を取り出した。霞のかかった石段を見下ろす瞳は、あたかも硝子の細工玉。
道を示すように腕を上げれば、呼応するように霞が裂けてゆく。
やがて露わになったのは、ゆっくり蠢く影であった。
「……救いを求め迷い入ったか、あやかしよ」
不気味に蠕動しながら石段を登ってくるのは――妖怪。
牛とも馬ともつかない頭にねじれた角が生えている。生まれて間もない低級妖怪だろう。
四つの脚では上手く立てないらしく、大樽じみた胴体から生えた無数の触腕で這いずるその妖怪に、幽々子は扇の先を向ける。
続けた宣告は、心の弱い者ならそれだけで意識を失いかねないほど冷酷な呪言。
「去るがいい。冥府の名主が身において、下界の穢気を持ち込むことは許さぬ」
――返答は咆吼であった。
こぼれ落ちそうなほど眼を見開き、泡立つ涎を飛ばすその妖怪は、明らかに正気を失っている。
立ち上がれない脚を折れそうなくらいに叩きつけ、明白にこちらへ殺意を向けていた。低級妖怪には本来あり得ない、凶悪でねじくれた殺気。
この現象には心当たりがある。
目の当たりにするのは初めてだが、間違いない。
「『キツネ憑き』」
思わず舌打ちし、幽々子は扇を開いた。
広がる地紙の絵図から抜け出たかの如く、数匹の鳳蝶が空に舞う。音もなく羽ばたく蝶が触れた途端、妖怪はもう一度咆吼した。
否、それは悲鳴だった。
鑢じみた牙の並ぶ口から血泡を飛ばし倒れ伏す妖怪を、幽々子はただ黙然と睥睨していた。
長々と途切れぬ悲鳴を上げるその姿に、やがて眉を顰める。
「……大人しくして頂戴。長引けば妖夢が来てしまう」
『キツネ憑き』を斬る事は、あの真面目な庭師に良い影響は与えまい。
扇を畳み、袖に仕舞う。同時に飛び交っていた鳳蝶が風に吹かれたように霧散した。
妖怪が再び身体を起こす。どす黒い血の滴る口腔からは低く湿った唸り声と、刺々しい殺意が溢れていた。
次の瞬間、妖怪はたわめた四肢を石段に叩きつけ跳躍する。触腕を広げ、無差別の殺意と共に降り注ぐその巨体へ、幽々子は緩慢に手を伸べた。
言葉にはむしろ哀れみを込め、命じる。
「死ね」
死んだ。
血に煮えたぎる瞳が急速に窄まって、えずくように咆吼が跳ね上がりそれで絶息した。黒く爛れた身体は砂より細かな塵に分解し、虚空へ溶ける。
下界から運ばれた冷たい穢気だけが吹き抜ける感触を確かめて、幽々子は静かに両目を伏せた。
〝死を操る程度の能力〟
西行寺幽々子をして冥界の名主とする、遍く生命に仇為す凶つ業であった。
「これが噂の『キツネ憑き』。確かに、それほどの危険ではない」
と、首を傾げる幽々子の顔は、その無慈悲な能力に見合わぬ可愛らしい困り顔であったが。
浄土に相応しくない穢れた空気を適当に祓って、彼女は桜色の髪に手櫛を入れる。
「そう、危険ではない。幽冥結界を越える力があったとは思えない。裏で糸を引く者が、何らかの目的でここへ送り込んだ? ならばあまりに役者が足りない――」
歌うように呟いて、幽々子はふわり、宙に浮かぶ。
冥界は彼女の世界。彼女の結界だ。友人ほど器用には扱えないが、その内部を走査する事くらいは出来なくもない。
「この子は本当に迷い込んだだけの哀れな妖怪。――結界を開いた者が、別にいる」
それをわざわざ口に出したのは、牽制の為だ。結界走査など必要なかった。すぐ目と鼻の先に、その侵入者はいたのだから。
姿は未だ霞みのかかった領域なれど、その向こうに揺れる影を幽々子は既に見留めていた。
ゆっくり、石段を漂い降りる。
登ってくる影はかなりの大きさだが、先ほどの妖怪のように露骨な敵意は感じられなかった。どのみち結界を越えてくるような相手に油断は出来ないが。
幽々子が石段を下るにつれ、霞は行く手を開けるように退いて行く。
やがて適当な所で降り立とうとしたのと、影が霞を割って姿を見せたのとは、ほぼ同時だった。
まず、突き出たのは巨大な顔。
「…………」
「ゴリアテー」
鳴き声を上げるその顔は、造作だけを見るならば美貌であると言えた。西洋人形のような……というより、西洋人形そのものの面立ち。
その巨大な顔を、石段の高低差を含めてなお十尺の高みに見上げているという事態には少々理解が及ばなかったが――
ぽかんと口を開け絶句する幽々子の前に、更にもう一つの顔が突き出される。
「おや」
霞を掻き分け現れたのは、白髪の老人。
きょとんとしたその顔は、一見して幽々子に見慣れた顔を連想させた。即ち、今も屋敷で首を捻っているであろう庭師の少女を。
今度こそ頭が思考を放棄する。
――してみるに、幽冥結界を越えて冥土へ踏み入り得る人物として、彼以上に適当な候補はない。
――だが同時に、この場に現れる人物として幽々子が端から候補にも入れなかった者でもある。
魂魄妖忌。
魂魄妖夢の祖父にして白玉楼先代庭師にして――――かつて自分に仕えていた、剣士。
妖夢のそれと似た半霊を漂わせた妖忌は、彼女の前で脚を止め、深々と頭を下げた。
「御無沙汰しておりました、幽々子様」
「ユユサマー」
「略すな無礼者」
なぜか続けて頭を下げる巨大な顔を半眼で睨み、妖忌が一寸霞の向こうへ消える。なにかがあったらしく、顔は嬉しそうに微笑んでいた。
無垢な笑顔を眺めている内に、それが途方もなく大きな人形なのだと悟る。整いすぎたこの顔は自然のものではあり得ない。
おおよそそこまで察した所で。
着地した石段を踏み外し、幽々子は盛大に転倒した。
■
「師ッ!?」
「師である」
開口一番叫ぶ妖夢に、妖忌はとりあえず頷くしかなかった。
跡目を譲った孫は箒を握ったまま、腕組みした彼と、その後ろに続く幽々子、その頭に出来たこぶへ順繰りに視線をやる。
最後に、巨大すぎて屋敷に上げられなかった――だから小庭に回ったのだが――物体、ゴリアテ人形を見やり……そこでいよいよ分からなくなったらしい。露骨に怪訝な顔で黙り込むと、ぴしりと踵を揃え一礼する。
「お茶を淹れますね」
「待って、妖夢待って。幽々子、ひとりでこの事態を受け止める自信がないの」
「いや、すいません。いまなんかアレで、すいませんほんと。すっごいアレなんで。ほんともう」
「そんな急なシフトを断りたいバイトみたいな語彙で逃げられると思わないでって痛い妖夢、削れる削れる」
「なんだか分からんが」
無表情に早足で母屋へ向かう妖夢と、その腰にしがみついてずるずる引き摺られていく幽々子を見やり、妖忌は呻くように告げた。
「手前勝手に離れた身でありながら、再びお屋敷の門を潜るはおこがましい真似と承知しております」
「…………」
「一身に、ただ計りたき儀があり恥も知らず参じた次第。――西行寺殿、その従者殿も。何卒話を聞いていただけまいか」
「マイカー」
今度はこちらが踵を打つ番だった。
襤褸の着物をせいぜい整え、かつての主と孫に深々と一礼する。それを見たゴリアテも、巨大な頭を下げていた。
逃げ出しかけた格好のまま、幽々子たちはしばしこちらを凝視していた。やがて互いの顔を見比べると、着物の裾を払って姿勢を正す。
表情を鎮め、冷厳とこちらを見つめる彼女は冥界の主、白玉楼の亡霊姫・西行寺幽々子の姿であった――こぶはどうしようもなかったようだが――。
「分かりました、魂魄妖忌。話を伺います」
「……かたじけない」
「その代わり、こちらも色々訊かせていただきますわ。ねえ、妖夢?」
「それはもう」
くすくすと微笑む幽々子に頷き返すと、妖夢はお茶を淹れてきますね、と言い残し屋敷へ引き上げていった。
今度はそれを止めることもせず、幽々子は妖忌を促して縁側へ向かう。
「あなたは、悪いけれどちょっと座れそうにないわねぇ」
「ドンマイ」
「お前がな」
困った風に首を傾げる幽々子に不平もなく、ゴリアテ人形はちょこんと庭に座り込んだ。
鎮座する物体を半眼で見やる妖忌に、隣に腰掛けた幽々子は小さく笑声を溢し、
「――久し振り、になるわね」
静かな。
何百年と変わらず静かで柔らかな声の幽々子を、妖忌は直視することが出来なかった。
彼女は袖で口元を隠し、含みのない笑みを言葉に織り交ぜる。
「性分なのかしら。出て行くときもやってくるのも、あなたは突然すぎる」
「……申し訳も御座いません」
「きっと、帰ってきたわけではないのでしょうね」
流石に目を背けているわけにはいかなかった。
振り向いた幽々子はかつてと変わらぬ、桜のような笑み姿――いや。
ほんの一抹、哀しげに曇った影に気付けずにおれる道理も無い。
「ちゃんとご飯食べてるの? 痩せたふうに見えるけど」
「なに、手間取りの浪人暮らしですが、男一人食って寝るに難儀はありませぬ」
「服はほつれてるし、草鞋も大分すり切れてる」
「む……いや」
「あなた要領悪いんだから、そういう仕事は向いてないのよね」
「や、その………………むう」
ひと言も無く、妖忌は再び視線を逸らした。
彼をやり込めた事が余程嬉しいのか、幽々子は今度は声を上げて笑う。
「妖忌にこんなことを言う日がくるなんて。長生きはするものね」
「……恥じ入るばかりです」
「ハズカシジジー」
「やかましい」
「キャー」
恐縮して肩を縮めながらも、口を挟むゴリアテにはしっかり小石を投げておく。
どういう理屈か嬉しげにそれを避ける人形と妖忌の間に視線を往復させ、幽々子はやや遠慮がちに妖忌の袖を摘んだ。
「ねえ妖忌。訊いていいのかちょっと分からないんだけど」
「……可能なら触れずにおきたいのですが、聞いていただかないことには話が進みませぬ」
「なんなの。あれ」
「ゴリアテー」
端的な幽々子の問いに応えてか、挙手して鳴く巨大人形。
ぐったりと、そのまま抜け落ちるくらいの気持ちで肩を落とし、妖忌はぽつぽつ事情を語り始める。
先に死神にも説明していたせいだろう、要点を纏めて話した事情は数分とかからない。話自体はひどく単純な事情を聞き、幽々子はしばし呆然としていた。
やがて、ぱちぱちと瞬きをして妖忌を見返し、問い詰めるように身を乗り出してくる。
「じゃ、この子を弟子にとったわけ?」
「…………かいつまんで、面倒なく言えば、そういう事情に相なりまする」
「ジジー、シショー」
苦渋の思いで頷く妖忌の内心も知らず、ゴリアテ人形は自信たっぷりに胸を張って見せた。
そちらを睨む気力もない妖忌をしげしげと見つめ、幽々子が何とも言えない角度で頭を振る。
そして日に中てられたようによろめき額を押さえると、
「まさかの三代目庭師……いえ、妖夢と共に二代目を争う立場なのかしら。ああ、だから二刀流なのね」
「誓って申し上げるが、この物体にお屋敷の庭を任せるつもりはありませんぞ」
「妖夢。あなたもうかうかしていられないわよ」
「は?」
幽々子が背後を振り返り、丁度お茶を淹れて戻ってきた妖夢を見る。
話を理解できるはずもない妖夢は、思い切り怪訝顔をしながらも二人の前に湯飲みと茶菓子の載った盆を置いた。
この季節には美味かろう葛餅の楊枝を摘み、幽々子が深刻な顔を妖夢へ向ける。
「妖忌が戻ったのは、あなたが二刀派魂魄流の継承者として相応しい器かどうかを計るためなの。その為に相応しい刺客を引き連れて、ね」
「ええ?」
「それがあの子、ゴリアテ人形よ。人形とはいえ直に妖忌の手ほどきを受けている、歴とした魂魄流の門徒。あなたのライバルと言って良いわ」
「……もし、幽々子様」
よくぞと思わせる嘘八百を並べ立てる幽々子を半眼で睨むが、彼女はあっさりそれを黙殺した。
そして、その嘘を頭から信じ込み愕然とする妖夢に、地底の妖怪などより余程邪悪な笑みを浮かべて囁きかける。
「継承者として未熟也と判断されれば、あなたは破門よ。白玉楼にも居られなくなってしまう……」
「そんなッ……馬鹿な!」
「私は必死にお願いしたのだけれど、未熟者を置いておく余地は冥界にはないときっぱり撥ね付けられてしまったわ。よよよよ……」
「ヨヨヨー」
「くっ、気付けば退路を断たれているこの狡猾さ。変わらない……あなたはなにも変わらないのですね、師匠。それが嬉しくもあり悲しくもあり」
「そういう目で見とったのかお前」
それなりに落ち込んで呻くが、孫は既に話を聞いていなかった。裸足のまま庭へ飛び出すと、泣き真似をする幽々子を更に真似ているゴリアテ人形へ指を突きつける。
「勝負です、デカかわいいの。我が身に於いて練り上げた魂魄流剣術の冴えを御覧に入れましょう」
「ゴリアテー?」
暢気に頷き立ち上がるゴリアテは話の流れなど分かっていなさそうではあるが、勝負を挑まれている事は察したらしい。
ちらりとこちらを窺う人形に、嘆息混じりに肩をすくめてやる。
ぱっと顔を輝かせ腰の剣を抜くゴリアテに、相対する妖夢も二本の得物を抜いた。
右の楼観、左の白楼――遥か昔には妖忌も携えた妖刀である。
「明日の生活のため、悪く思うな。その巨剣ごと真っ二つと知れ!」
「ゴリアテー!」
吠えるや否や、二人の莫迦者は激しく剣を打ち合わせた。
箒目の残る庭を踏み荒らし、響き渡る剣戟の音の狭間に、幽々子が芝居がかった調子で頭を振る。
「ああ、悲劇! 同門の二人が、どうして斯くも争わねばならないのであろうか」
「……責任は持ちませんぞ。色々と」
「あなたも止めなかった癖に」
白々しい泣き真似を止め笑う幽々子を見、妖忌は苦い顔で湯飲みを取った。
「妖夢を斬る技倆はあの人形にはありませぬ。また妖夢も、人形の頑丈な身体を損なえはせんでしょう」
「なるほど。師匠っぽい分析ね」
「…………」
「それじゃあ、どちらかギブアップするまで続けるのかしら」
「いや。今回は剣を落とされたら負けだと、人形には教えてあります」
そう答え。
湯飲みに口をつける妖忌を横目に見やり、幽々子はぱちくりと瞬きしている。時折、童女のような仕草を見せるところは変わらない。
浮かんだ苦笑を茶をすすって誤魔化すのには気付かず、彼女は納得した風に頷き葛餅を一つ口へ運んだ。
黒蜜がけの菓子を時間をかけて呑み込んで、ふむと息をつき、
「――つまり、最初から?」
「はい。あの物体を、妖夢と立ち会わせる為に訪れました」
鋼が鳴く。
剣が打ち合う音でなく、一方的に弾かれる音であった。庭を見れば長刀・楼観剣を持つ右腕を泳がせ、妖夢がたたらを踏んでいる。
流石にその機を見逃さず、向かい合うゴリアテ人形が両腕を振りかぶった。交差するほど深く踏み込み二本の長剣を力任せに振り下ろす。
鋼の牙の如き剣は――しかし妖夢の影すら捉えることはなかった。彼女は流れた腕に逆らうことなく、後ろへ跳び間合いを開けている。
人形の剣が盛大に地面を叩き、衝撃で空気を揺るがすのに微塵も動じず、幽々子が口を尖らせた。
「しっかりなさい。押されているじゃないの、妖夢」
「いや、だってデタラメですよこの人形。顔で弾かれると思わないでしょう、普通」
「ゴリアテー」
頼りなく眉根を寄せ振り返り、妖夢はゴリアテの方を指差した。後先考えずに振り下ろしたのだろう、深く地面に食い込んだ剣を抜こうとしている人形の額には、うっすらミミズ腫れのような傷が見える。
妖夢の一太刀を額で受けたらしい。
剣を引っこ抜いた反動で転げている人形に呆れた一瞥を送ってから、続いて妖夢にも厳しい視線を送った。
棒でも入れられたように背筋を伸ばす孫娘へ、妖忌は静かだが決して聞き逃すことを許さない、そんな声で呟く。
「急所への攻撃が通じんと分かっただけだ。打つ手を探せ。考えろ。思考の鈍磨は剣を殺す」
「分かってますよ、分かっていますとも。あーもう」
武器落としは苦手なのに。
ぼやきながらも、既に妖夢の目は鋭く研ぎ澄まされていた。低く身構え、擦るような足配りへ切り替えた妖夢は、遠目にも先ほどより数段攻め辛い。
人形はそれを気にしない……というより、気付けていない。こちらが心配になるほど攻性一辺倒の構えから迷い無く妖夢へ斬り込んで行った。
斬り下ろし、突き出し、薙ぎ払うゴリアテの巨剣を、しかし妖夢は悉く受け流し、打ち払い、撥ね付ける。
鋼鉄の砦を築いたかのようにただの一太刀も通さぬ妖夢の剣壁を見つめ、幽々子がぽつりと呟いた。
「もう押されてる訳じゃないのよね?」
「左様。防御を固め好機を狙う……普通ならば消極策に過ぎませぬが、こと妖夢に於いてはこれ以上ない剣となる」
一方的に打ち込まれているように見え、妖夢は巧みに体重を移動し、攻撃の軌道を徐々に限定していた。恐らくゴリアテには自覚もあるまい。
間合いの奪い合い――剣術による一つの結界と言える。
庭とこちらを一度に見ようとしているのか妙な角度に首を曲げ、幽々子がふうん、と息を溢す。
「あんまり、あの子が守りに入ったところって見たことないのだけれど」
「技術でなく、神髄に至る資質が有るか否かという問題です」
答えたものの言葉で伝わる話ではない。湯飲みを置き、抜け目なく剣を捌く妖夢を見る。
「あれが振るうは『盾』の剣。……身内の欲目を差し引いても、その極致へ至ることの出来る器です」
「盾の剣。ふうん」
「いまは未熟なれど、いずれ己の剣を究めれば、孫は御身を守護する盾として比類無き剣客となるでしょう」
「いまでも冥界一硬い盾よ」
そう言って葛餅を口に運ぶ幽々子の顔は、どこか得意そうな風情に見えた。彼の知らぬ何かを知っている、それが楽しくて仕方ない様子である。
きっと自分の与り知らぬ所で、孫が役立つことがあったのだろう。
両目を伏せ、妖忌はゆっくりと腕を組んだ。
「主がそう思って下さるなら、あれの剣には意味がある。剣士としてこの上ない誉れです」
「そういうものかしらね」
「そういうものです。私の剣は――――ただ剣でしかありませんでした故に」
――静寂。
そのひと言をこぼした一瞬、間違いなく妖忌の周囲から音が消えていた。
打ち合う剣の音も、風が木々を撫でる声も、全てが凍り付いたように無へと帰す。
無論錯覚に過ぎない。続けて幽々子の声が聞こえてくるまで、実際に一寸も時間はかからなかったはずだ。
「ここを去るときにも、同じ事を言っていたわね」
「覚えておいでか」
目を見開き振り向けば、幽々子は袖から取り出した扇で口元を隠す。
追憶に浸るように両目を細め、亡霊の姫は僅かにこちらに向いた。
「忘れられるものではありませんわ」
「…………」
「あなた、要領悪いのよ。剣術なんか分からない私は何故あなたが急に屋敷を出て行ったのかまるでわからなかった」
ぐうの音も出ず押し黙る妖忌を、ちろり、扇の陰から恨めしげな視線がねぶる。
「何十年もして、妖夢と二人で考えてなんとなく意味は分かったけれど。知らないでしょう? あなたが出て行ってしばらく、私、それなりに泣いたのだけれど」
「…………面目次第も御座いませぬ」
「ごめんで済んだら閻魔は要らないのよ」
捻り出した言葉は即座に一蹴される。
再び押し黙る妖忌へよいしょ、と身を乗り出し、幽々子は柔らかい造作の瞳を不機嫌そうに尖らせて見せた。
「あなたの口から聞かせて貰いますからね。なぜ、ここを出ていったのか」
子を叱る母親の口振りで言われ、手習いの小僧にでもなった気分で肩を縮める。
見た目は、それこそ孫とも呼べるほど若い娘に恐縮している様は相応にみっともない様相ではあったが……
ぷぅと頬を膨らませる彼女の顔色を窺いながら、妖忌は訥々と口を開いた。
「――私がこの白玉楼の御庭を預かり、三百年も過ぎた頃でしたか。貴女が冥界の管理者として落ち着かれてきたのは」
「そのくらいはかかったかしら。私が慣れないせいで、あなたには面倒をかけたわね」
「その為に私の剣があったのです。気にするには及びませぬ」
沈んだ声でぽつりと答える。
あの頃の自分はただ、新たな管理者に抗う死霊やその座を狙う野心暗き彼岸の鬼、西行寺幽々子に害成す全てを敵と見なし片端から斬り捨て、斬り伏せていた。八雲紫や四季映姫をして、幽々子の御側付を任せるに足ると納得させるだけの凄剣を振るった自覚もある。
だが、
「貴女は立派に白玉楼の主となられた。そして愚かにも、冥界に争乱の種が無くなって初めて、私は気が付いたのです」
「……何に?」
「私は――――――貴女を護るために剣を振っていたのでは、なかった」
氷塊を吐き出す。
少なくともそんな心地で、言葉を溢す。
幽々子の顔を見ることは出来なかった。それが出来なかったから自分は、屋敷を逃げ出したのだ。
組んだ腕に爪を立て、妖忌は過去の無様を掘り起こしてゆく。
「剣士一介と、気取ったつもりで居りました。貴女に捧げ、貴女のために振るうこの剣には意味があると信じ……思い上がっていた」
「…………」
「平穏の内に貴女の傍へ仕える日々は、私をどうしようもなく不安にさせた。我を斬り、彼を斬り、打ち合う剣花の閃きに魅入られて――私はいつしか、貴女が御身の為でなく、剣を振ることそれ自体にしか望みを見いだせなくなっていたのです」
一言ごとに臓腑に刃を突き立てる心地だった。
剣は生き様。士はこころ様。
心を無くした戦場刀に、剣士を名乗る資格はない。
「私は、己の剣に意味を見いだせなくなりました。そんな無様な剣で貴女を守護する盾の役は務まりません――――誰よりも、私自身がそれを許せない」
「だから、妖夢にその役を?」
頷き、そっと息を押し出す。
「剣は己の真実を映す。血霞に曇り、振るう意味も見失った私の剣は……貴女や、まだ未熟な妖夢の傍に置くには、余りに穢れすぎていた」
「……そうしてあなたは屋敷を出た。剣を置く場所は見つかった?」
「覚りの妖怪に言わせれば、私は未だ人斬り庖丁であるということです」
答えた彼の表情は、自分でも意外な事だったが、苦笑だった。
硬く組んだ腕を解いて、庭の戦いへ目を向ける。
妖夢に間合いを支配され、ゴリアテの太刀筋は徐々に一つへ収束しつつあった。
己が剣を縛られ、それでもそれに気付かない人形の横顔を見やり、妖忌は頭を振る。
「今日は、確かめたい儀があり此処へ参ったのです」
「妖夢とあの人形を戦わせることで確かめられることなのかしら」
唐突に話を変える彼に、幽々子は訝る風もなく言葉を返した。
小さく頷き、妖忌は僅かに片眉を持ち上げる。
「覚り妖怪はこうも言いました。……私の剣は迷っていると」
「ふうん?」
「そして迷いを晴らす何かを、あの物体に見出そうとしているのだとも。地底妖怪の言を頭から信じ込むでは有りませんが――」
「なにか分かったのね?」
訊ねる口調ではあったが、幽々子はこちらの答えを確信している素振りだった。
畳んだ扇を膝に降ろす彼女を振り返り、妖忌は御覧下さい、と庭を示す。
「私の迷いが剣に意味を見出せなくなったことを指すのであれば、あの物体がその迷いを導くなにかを持っているのだと覚りは仄めかした。ならば、そのなにものかを探り出すには――私が至れなんだ道へ踏み入れた、一番弟子と立ち会わせるが最善と判断した次第」
「あら。結構あの子をかってるのね」
「口外無用に願いますぞ」
「だから厳しいと言われるのに。……それで、あなたは一体、あの人形になにを見出そうとしていたのかしら?」
言われ、妖忌は改めて立ち会う二人を見た。
妖夢の守りに付け入る隙はない。ただ受けるのみでなく、時に斬り込み、攻め返す事によって更に相手の攻め手を限定している。
一方、ゴリアテにそんな技倆はない。
少々のことでは傷付かない頑丈な身体に任せ、反撃は一顧だにせず妖夢の防御を叩き続けるのみ。剣術とはお世辞にも呼べないお粗末な戦い方だが――
「――あの物体の剣は、『剣』なのですな」
「ごめんなさい。とうとうさっぱり分からないわ」
「妖夢の剣が『盾』であるように。あ奴の剣は、他のなにが入り込む余地もないほどの『剣』なのでしょう」
途方に暮れた顔をする幽々子に答えると、妖忌はじっとゴリアテの剣を見つめる。
それしか知らぬとばかりに愚直に繰り返す剣は、悉く妖夢の剣壁に止められていた。
それでも、ゴリアテの剣は些かも躊躇わない。
ひやっとするような危うい距離に身体をねじ込み、雪崩のように叩きつける剣撃は妖夢の予想を超えるものだったらしい。時たま、狭めた太刀筋を強引にこじ開けている。
それを妖夢の未熟と見るか。それとも人形の迷い無き剣の成す業と見るべきか。
妖忌は、後者であると踏んでいた。
「人形の擬似精神とやらはどこまでも単純で、純粋です。だから迷わない。馬鹿らしいほど真っ直ぐに斬り込み、後先を考えず危険に身を晒し、白刃の狭間に刹那の機運を見出す――――それがまことの、『剣』の神髄。人形遣いの意図するところかは分かりませんが、あの人形は確かにそれを持っている」
ただ純粋に剣を『剣』たらしめる事。
それは成る程。確かに、剣を振る意味を見失い足掻く妖忌には出来ぬことであった。
ひょっとしたらあの巨大人形は自分を凌ぐ剣客へ成長するのかも知れない。月でも斬れる剣客になれるのかも知れない。
そこまで考えた所で、妖忌は思わず笑みを溢した。
――いや。あの物体が自分を凌駕するのならば、きっとそれは剣の神髄などに依るものではあるまい。
「幽々子様」
自分一人では何も見出せなかったろう。
自分で立ち会っては気付けなかったろう。
自分の話を聞いてくれる御方が居なければ、認めることは出来なかったろう。
しかし。「此処」には、「それ」がある。
「私は、奴が――――ただ主の為に強く在らんと邁進できるあの巨大人形が、羨ましかったのかも知れません」
『盾』に成り得ず、さりとて『剣』に成り切る事も適わず。
迷いと葛藤の狭間を彷徨い渡る妖忌の目には、ただ純粋に「強さ」を求め戦い続けるゴリアテ人形の姿が、眩しかった。
それは彼が……否。
あらゆる剣士が、かつて腹に据えていた筈の気炎に違いないのだから。
口にしてしまえば、いかにも腑に落ちる理由であるように思えた。
音もなく吐息を押し出し、新たに一つ葛餅を食べてから、幽々子はそっと訊いてくる。
「それが、あなたの迷いを導く答え?」
「そこに至る切っ掛け、でしょうか。……正直、迷いが晴れた気は致しませぬ」
苦笑して湯飲みを取る。
それなりにぬるくなった茶を啜り、彼は目を細めた。
「あの人形の剣を導き、私には征けなかった道を征かせてみよ……と。覚り妖怪は、そう言わんとしていたのでしょうか」
「違うわね」
「…………は?」
「即ち、ぶー」
「いや意味は分かりますが」
手でバッテンまで作り言い足す幽々子を見返し。
鼻っ面を弾かれたような顔をする妖忌へ、彼女はころころと喉を鳴らし、
「変わらないわね。あなたは昔から、丸い月でも四角く見る人だった」
「はあ」
「私はもう分かっちゃったわ。……あなたがあの人形に惹かれる理由も、あなたが振るう剣の意味も」
ふわり、微笑む。
剣の握りもろくに分からぬ姫君の言葉を、しかし疑う気持ちはひと欠片すら湧かなかった。
天真爛漫、天衣無縫。気ままにぷかぷか笑顔を浮かべ、その実、物事の最奥を余さず見透かしている。
変わらないとはこちらの台詞。
西行寺幽々子はかつて側に仕えたそのままに、今また妖忌の隣に腰掛けていたのだ。
湯飲みを置いて息を呑み、妖忌がゆっくりと口を開きかけた、その時。
「もらった――――!」
裂帛の気合いに、僅かに遅れた鋭い音。
見れば、ゴリアテの懐深く踏み込んだ妖夢がその右手を斬りつけた所だった。人形の身体にやはり傷はつかなかったが、武器を引くのに合わせ関節に楼観剣の刃先をねじ込んだらしい。巨大な西洋剣が大きく跳ね上げられていた。
あわや手放しかけた剣を掴み直そうと、ゴリアテは慌てて身体を捻る。
――それが妖夢の狙いとは露ほども気付かずに。
「軽率!」
振り払う楼観剣の重量を利用し、妖夢が鋭く身体を捻る。
踏み込んだ足を軸に、回転の推力を一直線に繋ぐ形で突き上げた白楼剣が左手の剣の柄を捉えた。火花が散るほどの激しい旋突は、注意を右へ集中していたゴリアテ人形の手から容易く武器を弾き飛ばす。
その衝撃に身体を縫い止められ、バランスを崩したゴリアテの指の間を剣の柄が滑り落ちてゆく。
斯くして、二本の巨剣は同時に地面に落ち。
おろおろと左右を見回すゴリアテへ楼観剣を突きつけ、妖夢が高らかに声を上げた。
「ここまでです! 降伏するならば良し。あくまで私の立場を脅かすなら、その髪という髪のキューティクルを爪でぴーっとやって悲惨なパーマにしてくれます!」
「……シ、ショウブアリー! ショウブアリー!!」
「潔し! 幽々子様、妖夢はやりました!」
「お疲れさまー」
諸手を挙げて降伏するゴリアテに大きく頷き、妖夢はこちらに向かって勝ち鬨を上げる。
無責任に手を振り返す幽々子に、妖忌は眉根を寄せて訊ねた。
「……して? 幽々子様」
「はい?」
「なにかが分かったのどうのと、今し方」
「でっかくても女の子ねー。髪のお手入れは大事だもの」
「幽々子様」
露骨に話を逸らす彼女を渋面で見る。
視線は庭に向けているものの、その口は明らかに笑みの形に吊り上がっていた。連想したのは、大事な秘密基地の場所をもったいぶって仲間に隠す悪童である。
……まったく、お変わりない。
本人も気付かぬ心を見透かす叡哲ながら、無垢で無邪気な気質を失わぬ。
ともすれば覚り妖怪などより扱いにくい元主は、良かれ悪しかれ、微塵も変わっておられない様子だ。
盛大な嘆息を溢す妖忌の耳に、庭先の二人の声が聞こえてくる。
「基礎が甘いとは言え、凄まじい豪剣でした。師匠の教えを受けるだけのことはある」
「ゴリアテー」
「お役目を譲るわけにはいきませんが、同門の士としてまた手合わせしたいものです」
「オテアワセー!」
まだ痺れているらしい手を抱えふにゃりと微笑むゴリアテ人形に、妖夢はうむうむと満足げに頷いた。二本の刀を手早く収め、人形を見上げて微笑み返す。
「私は魂魄妖夢。よろしく、ゴリアテ」
「コ……パ、ム? ヨー?」
「妖夢でいいですよ。あなたの姉弟子、になるのかな」
「アネデシー。オネーサンー」
「…………ふむ。ちょっと、それ名前付きで呼んでみませんか」
「? ヨウムー、オネーサンー」
「おお――悪くない。もっと間を開けず、はい」
「ヨウムオネーサンー?」
「いいですね、それいいですね。『お』は省いた方が私好みです」
「ヨウムネーサンー」
「オーケイ姉さんについてきなさい妹! まずは素振り一〇〇本、始めッ!」
「スブルー」
力強く拳を突き上げると、妖夢は収めたばかりの楼観剣を抜いて自ら素振りを始めた。
剣を拾ってそれに倣うゴリアテ人形を半眼で見つめていると、隣の幽々子がぽつりと呟くのが耳に入る。
「意外とお姉ちゃん願望のある子だったのね」
「正式に弟子にとったつもりもないのですがな」
「もうそれは通らないんじゃない?」
からかうようにこちらを見る幽々子に返せたのは、とりあえず、苦笑だけだった。
いかにも楽しそうな満面の笑みを浮かべると、彼女は湯飲みと楊枝を盆へ返し、音もなく宙に浮かび上がる――いつの間にか葛餅は全て消え失せていた――。
鋼の残り香が鼻につく庭の空気を緩やかに吹き清め、そよ風が植木を撫でて行く。
「ねえ妖忌」
「……は」
「私、突然出て行ったあなたを恨んでいたの」
「道理であると思います」
「今度は突然戻ってきて、昔のことなんか気にしてないんだと思って、また恨んだわ」
「直ちに去ります。この期に及び貴女の側に戻れるほど、恥を知らぬつもりはありません」
「その返事でもういっこ恨みそうだけど」
ぷくりと頬を膨らませると、彼女は妖忌の頭上から顔を覗き込んできた。
思わず仰け反る彼の顔を両手で掴んで捕まえて――逆さまになった幽々子は、にぃ、と悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「でも、いいわ。許してあげましょう。沢山いじめて気も晴れたし」
「……幽々子様……」
「もっと早く顔を出してくれればいじめもしなかったけれどね。これに懲りたら」
そこで言葉を切り。
幽々子は風に流されるように妖忌から離れ、くるりと身体の上下を元に戻す。
抜けるような蒼穹に亡霊の姿は不似合いであったが、彼女はそこが自分の故郷であるとでもいうように、存分に陽の光を浴びて。
呆然と見上げる妖忌の目を見つめ柔らかく、微笑んだ。
「もう少しまめに帰ってきなさい。白玉楼の門は堅固だけれど、死者と身内と花見客を拒みはしませんわ」
――ああ。嗚呼、本当に!
幽々子様、貴女は本当にお変わりない。
つまらぬ老骨が幾十年と燻らせていた慚愧も呵責も、そのひと言でするりと摘み捨ててしまわれた。
浄土の守護者、幽冥楼閣の亡霊姫。彼女にかかれば、所詮、人の悩みなどその程度のものに過ぎないのか。
それは罰であった。
それは救いであった。
西行寺幽々子は魂魄妖忌の罪を赦すと言っているのだ。
庭を飛んで行く少女の背中に、只々、頭を下げることしか出来ぬ。
特別なことなど何もないとばかり、幽々子は振り返りもしない。そのまま素振りをしている妖夢の傍へ寄ると、ぽむぽむと着物の袖を打ち鳴らした。
「はいはい、そこまでー。いつまで遊んでるの妖夢」
「いや、なにせ待ちに待った妹分。しかも御覧下さい。ことほど左様にぺたんこバスト」
「……でもカップサイズはトリプルAのあなたの比じゃないのよ。比率そのままとしてもトップとアンダーの差は実に十五センチオーバー、貫禄のCカップ」
「裏切者ォ!!」
「泣かないの」
お姉さんでしょ。
剣を投げ捨て落涙する妖夢の頭を撫で、幽々子が苦笑した。それはそれで微笑ましく大変結構だが、孫よ、剣踏んどる。裸足裸足裸足。
哀れ足蹴にされる楼観剣を物悲しい気分で眺めつつ、妖忌は縁側を立った。気付いてぴたりと素振りを止めるゴリアテへ適当に手を振り、幽々子へ声をかける。
「突然にお騒がせしました。我々はこれにて」
「あら、もう行くの? ご飯くらい食べていけばいいのに」
「……………………。いえ、手間取りの仕事が御座いますゆえ。そちらを疎かにもしていられませぬ」
「ジジー、ハラペコー?」
「貴様にとっておきの握り飯をくれてやったせいでな」
ぬけぬけと訊ねるゴリアテ人形の脛に軽く蹴りを入れてから、妖忌は傍らの孫を振り向いた。
「見事であった。精進したな、妖夢」
「――は」
「言い訳のようだが、跡目を任せたのは間違いではなかったよ。――白玉楼御庭番、幽々子様側付魂魄妖夢。怠ることなく日々、励め」
「っ! はいっ!」
「…………あと、剣は踏むな」
「はいっ!!」
根拠の分からぬ快活さが不安を誘うが、とりあえず剣を拾い上げる孫は嬉しげだったので良しとしておく。
そのやりとりに口元を隠し、幽々子はふと妖忌の頭上へ浮遊してきた。
「ところで、どんな仕事を請けているの?」
「は。近頃、顕界を騒がせている『キツネ憑き』の噂は御存じですかな」
ふわふわと浮かぶ幽々子を視線で追いつつ、妖忌はしかめ面で答える。飛行術に疎い身では飛行軌道も予測が付かない。と、
「――――ええ。聞いているわね」
不意に、ぴたり一点に静止して、幽々子は低い声で答えた。よもや視線に気を悪くしたわけでもあるまいが。
冥界の管理者であり、また強大な力を持つ幽々子のこと。彼岸の閻魔あたりから話があったのであろう。
一人合点し、妖忌は話を続けた。
「原因を究明しようにも安全に動けるのは彼岸の連中のみとのこと。……任されたのは、その時間稼ぎと現実的な危機への対応です」
「はあ。師匠が異変解決を?」
「解決するのは私でなく死神たちだ。なに、そう間もなく収まるのでないかな」
「死神も、安全に動ける“と思われる”だけなのだけれどねー」
俄に興味を示す孫を諫めるつもりで楽観的な物言いをすると、傍に浮かんだ幽々子がぼそりと言い足した。
何と言うこともないその口振りに、なにか微細な違和感を覚え、妖忌はちらりと妖夢を見た。
孫も何かを感じたのであろう。拾った剣の土を落とす格好のまま、全く同じ視線をこちらへ送っている。
二人がその違和感の正体を探る前に、幽々子自身によって話は変えられてしまったが。
「さて。それじゃあ妖夢、見送りは私がするから、あなたは仕事に戻りなさい」
「え? いや私も見送りますよ。可愛い妹弟子と可愛くはない師匠なんですから」
「……間違っとらんが微妙に角が立つぞその言い方は」
「私はまだいじめてませんので」
「むう」
孫の半眼から逃げるように、幽々子へ目を向ける。
袖で隠した口元をさも愉快げにほころばせ、彼女はそれでもほらほら、と妖夢を促してくれた。
「お庭掃除の途中だったでしょう。……その後はお風呂かしら。ずいぶん汗かいてるわよ、あなた」
「う。まあ、今日は陽気もいいですし」
「夜に来客があるのよ。それまでには全部済ませておいて頂戴ね」
「むむむ。是非もないですね」
「またすぐに顔を見せに来るわよ。…………そうでしょう?」
不満げな顔の妖夢に肩をすくめて、幽々子が含みのある笑みをこちらに向ける。
――すぐに頷き返せたのは、自分でも意外なことであったが。
冥界の静かな空気を吸い込むと、妖忌はぐっと地面を踏みしめ背筋を伸ばした。
「……御役目を果たせず、流浪へ逃げた罪の重さは誰よりも私が思い知っております。私自身を許すことが出来るまでまだ何十年と時間が必要でしょう。もしかしたら、そんな時は永劫訪れないのかも知れない」
「私は許したわ」
「は。それ故に――――明日征く道は幾分、明るい」
宙に浮かぶ幽々子の瞳を真っ直ぐ見つめ、妖忌は奇妙な形に口をねじ曲げた。
「誓います。私がこの罪を許せるようになる時まで…………私は何度でも、貴女と孫にいじめられに来るでしょう」
「チカウー」
刀に手を触れ深く頭を下げる妖忌を真似て、ゴリアテ人形もぺこりとお辞儀をする。
幽々子と妖夢は親子かと思うほどそっくりな表情で瞬きしていた。呆然とした顔を互いに見合わせ、これまた同時に妖忌の顔へ視線を戻し。
示し合わせたように無言で息を呑んでから、幽々子が恐る恐るという体で聞いてくる。
「……ひょっとして笑顔だった? さっきの般若顔」
「…………」
「ハンニャラー」
憮然としてしかめたつもりの表情が――成る程――大して動かなかったのは、認めざるを得なかった。
■
白玉楼を訪れたのは、結果として有意義であった。
手前勝手な無様で放りだした屋敷へ戻ることは妖忌自身にとって――それ以上に、放りだして行った者達にとって――無用の苦しみを生むのではないか。
半ば以上、門前で追い返される事を覚悟していた。
だが実際はどうだ。
彼女らはこの無様な老躯を未だ師と呼び、身内であると言ってくれた。数十年、背負い続けてきた重荷を下ろしても良いのだと言ってくれたのだ。
無論、好意にただ甘える事は許されぬ。
赦しを無為にしないためにも、尚のこと己の抱えた迷いと向き合い、答えを出さねばならない。
――剣を振るう意味――
過去に縛られていては見出せぬ。
鎖を解き放ってくれた彼女らに報いるため、振るう剣に映し出す、偽り無き「今」の自分を見据えねばならないのだ。「今」の自分……
……それはきっと、いま現在修羅の形相で川面へ釣り糸を垂れているこの姿では恐らく、ない。
「ジジー?」
「静かに」
幽冥の境にほど近い、小さな丘の中腹。
日を遮らない程度に広葉樹の生い茂る小川の傍に彼らの姿はあった。
川縁に釣り座を据えて胡座をかく彼の背を、その後ろにぺたんと座ったゴリアテ人形が不思議そうに見つめている。
最後の見栄で馳走を辞退した事を後悔しながら、妖忌は瞬きすらせず釣り糸に神経を集中していた。
一膳飯屋で腹ごしらえをする程度の銭が無いではなかったが、この巨大物体を連れて里へ入るのは具合が悪い。かといって、離れた所で待たせても不安が尽きぬ――無用の戦いは禁じているが、万が一『キツネ憑き』にでも出くわせば目も当てられない。
斯くして、残された手段はいかにも根無し草には似つかわしい自給自足という塩梅。
自然表情の険しくなる妖忌に躙り寄り、諸悪の根源が首を傾げる。
「ジジー、カオコワイー」
「黙れ気が散る。精神を集中せねばならん」
「ウンコ?」
「間髪入れずにそこに行き着くな」
真顔で訊ねる人形の鼻を、こそぐように手刀で引っぱたく。
案の定堪えた風もなかったが、ゴリアテは不満そうに口を尖らせた。
「ジジー、シュギョー」
「…………」
「シュギョー、シュギョー、シュギョー!」
「喧しいと言っとろうが!」
どすんばたんと座ったまま駄々をこねる物体にとうとう怒鳴り返し、釣り竿を地面に叩きつける。
端からかかる気配もなかったが、これだけ騒げばもうどれだけ暢気な魚でも寄りつきはすまい。ぷくりと拗ねた顔を造るゴリアテを見て妖忌は侘びしく息をついた。
妖夢と立ち会ったことで刺激を受けたらしく、ゴリアテは顕界に戻るや否や剣の修練をせがみ始めた。
一度そう誓った手前、元より剣の型くらいは見てやる積もりであったが……今は正直、それどころではない。
向上心は何より結構だが、まずはこの空きっ腹をなんとかし早急に仕事にかからねばならぬ。
そういったのっぴきならぬ師の事情を、しかしこの莫迦弟子は何一つ察していないらしかった。
総髪に束ねた髪を掻きむしり……ふと、思い立ち。
おもむろに腰を上げると、妖忌はごろごろ転がり出した人形へ言い放つ。
「よし、分かった。稽古をつけてやろう」
「! ゴリアテー!」
「訓練用の木剣が欲しい。手頃な枝を一本、折ってこい」
「ヘシオルー」
そこを強調する意図は分からなかったが、ともあれ素早く立ち上がり、ゴリアテは手近な低木に駆けて行った。べき、ばき、と雅に欠ける音が聞こえる。
ややあって人形が持ち帰ったのは三尺あまりの枝だった。真っ直ぐで、ずしりと重みがあるが、虫にやられたか葉も若芽もつけていない。径も握りやすい太さであるし、これなら大した加工は必要ないだろう。
小柄を外し、大雑把に枝の形を整えること四半時。
それなりの格好になった木剣の重心を確かめ、妖忌はゴリアテへ視線を向ける。
「よし、始めるぞ。覚悟は良いな?」
「ゴリアテー!」
「練徊野行という行がある。……ひと所で打ち合うのでなく、山野を駆けめぐりながら剣を交える荒行だ。剣を持って走り続ける体力は勿論、足場の悪い山道を渡り歩くことで感覚の鍛錬も兼ねるという寸法である」
精一杯神妙な面持ちをするゴリアテから目を外し、妖忌は作りたての木剣を帯に差した。
真剣は……まあ、ここに置いておけばいいだろう。こんな辺鄙な場所に三文刀を盗みに来る物盗りもあるまい。
釣り座の傍の岩に刀を立てかけ、妖忌は低く厳かに言葉を紡いだ。
「尚武精励。これより、練徊野行の行を始める――」
「ゴリアテーッ!」
やる気十分といった面持ちで、ゴリアテ人形は二本の剣を抜き両手に構える。上中下段、万遍なく隙「しか」ない。
嘆息混じりに頭を振り。
妖忌はどこがひどいと指摘することすら億劫な物体へ無造作に歩み寄り――――その脇を、通り過ぎた。
そのまま木立へ分け入っていく彼を、ゴリアテは剣を振り上げた格好のままぽかんと見つめている。
振り返りもせず、妖忌は背中越しに言い置いた。
「――だが私は腹が減っている。修行をするのはお前だけだ」
「……?」
「これから山菜を採りつつ丘をひと巡りし、ここへ帰ってくる。お前はそれまでに私に一本打ち込めば良い」
つまり、「自分は食料を調達するから、お前は勝手に打ち込んで来い」、と。
その意味を物体頭が理解するまで、それなりの時間がかかったらしい。
まだどこか疑問のある足取りでゴリアテが追いついてきたのは、釣り座から二十間も離れた所であった。
若いクコの芽を物色する妖忌の背後から、一応遠慮したのか、剣でなく手で触れようとしてくる。が、
指が肩に触れようとした瞬間、妖忌はごく何気ない動作で身体をずらしていた。
つんのめる格好になり慌てて踏ん張るゴリアテへ、妖忌は手を休めず告げる。
「やる気がないなら川に戻れ」
「……ゴ、ゴリアテー!」
慌てた様子で体勢を立て直し、人形は大きく剣を振り上げ、今度こそ遠慮のない力で横殴りに薙ぎ払おうとした。――振り返らずとも、それが知れた。
食せそうな新芽を幾許か手ぬぐいに包むと、妖忌はおもむろに木剣を抜き跳び上がる。その影だけをこそぐように、ゴリアテの巨剣が足下を通り過ぎた。
収穫を収めた手ぬぐいを懐へしまい、彼はゴリアテの腕の上に降り立つ。そして驚いた顔でこちらを見る頭へ、ぽかりと木剣の一刀を浴びせた。
目を白黒とさせる人形に一瞥をくれ、妖忌は軽く首をすくめる。
「一度目」
「イチ……?」
「頑丈さ任せの荒い剣では意味がないからな。十度、斬られたら修行は終いとする」
「!? オシマイ、イヤー!」
「では工夫することだ」
愕然と叫ぶゴリアテの腕を飛び降りて、妖忌は再び歩き出した。
まずは、自分で考えられねば話にならない。
剣は一から教えるものに非ず、まずは己の知恵と創意工夫ありきだ。それが出来て、初めて教えが意味を持つ。
この丘は大きくない。陽が傾く頃にはひと巡りしてしまうだろう。それまでにゴリアテの力量で妖忌から一本を奪うには、一時たりとも無駄には出来ない。だが失敗は十度と括っている。ならばどうする、どう攻める……
状況から剣の筋道を組み立てられねば、一端の遣い手とは呼べない。
決して早々に追い返して山菜採りに集中せんが為ではない。断じて。
後ろからどべどべついてくる足音を聞きつつ、妖忌は気負うでもなく歩き続けた。
少しして、遠目に芽だしのレンゲを見つけて顔をほころばせた、瞬間。
ここぞとばかりに突き出された剣先をふらりと避け、深く踏み込んでいたゴリアテの鼻っ面を木剣で弾く。
「二度目だ」
「ゴ、ゴリアテー……」
「大きく振れば威力は出る。だが、それでは凌がれたときに後がないぞ」
情けない顔で鳴く人形へ肩をすくめると、木剣を帯へ戻しいそいそとレンゲを採集する。陽当たりのせいか、この辺りは植生がよい。
やや欲張った量を摘み歩き出せば、ゴリアテは難しい顔で考え込みながら後に続く。
――不意打ち、待ち伏せという策には思い至らないか。
思考が正攻法の範疇にしか及ばないのはただの未熟だが……何故か、あの人形にはそれが似合いの気がして。
妖忌は気取られぬよう、声に出さず苦笑した。
変化があったのは、五度目の木剣を当てた後。
丘を半分も過ぎ、食べ頃のフキを摘んでいるところへ打ちかかってきたゴリアテを返り討ちにして、妖忌は嘆息を溢す。
「これで五度。折り返したぞ」
「……ゴリアテー」
「へこむな根性無し。…………、狙いは悪くないのだ」
宣告にしょんぼりと肩を落とす人形へ、気付けば妖忌はふと、言い添えていた。
かくんと首を傾げるゴリアテを見返し、深く懐手して続ける。
「喜怒哀楽の感情の揺らぎは、誰であれ確かな隙だ。獣が獲物を捕らえた瞬間、別の獣がそれを仕留めるのは正にその極意と言える」
「キラクー?」
「……お前は本当にその二つしかなさそうだがな」
じっとりと半眼で睨んでから、頭を振る。
「山菜を摘む瞬間を狙うのは道理に適っているが、立て続けにそこばかり狙うのは逆効果だ。襲いかかる機を教えるようなものであろう」
「ギャクコウカー」
「それに大雑把な攻撃を止めたのは良いが、そのせいで勢いが死んでいる。それでは斬れるものも斬れんよ」
「ムー」
「大振りを禁じたのでなく、凌がれた時を考えろと言ったのだ。剣を殺す必要はない。………………豪剣は、数少ない貴様の取り柄であろうが」
ぱちくりと。
空気の塊でも呑み込んだような顔で瞬きするゴリアテを放っておき、妖忌はフキを仕舞って歩き出した。渋い顔で、溜め息をつく。
本来、幇間稽古ほど実にならぬものはないのだが……
しかし、思えばゴリアテ人形の擬似精神は魔法で生み出されたばかりである。それなりに自我はあっても、頭は剣を握るのも早い童と変わらないのだ。
そんな物体頭で、剣の筋道を考えよというのは些か酷だったかも知れない。
なれば、多少の助言と励ましくらいはくれてやらねばならんだろう。言い訳じみた考えをぼんやりと頭に浮かべた、その時。
頭上から烈風が吹き付ける。
それがゴリアテの振り下ろした剣だと分かったのは半ば無意識に身体を捻っていたからだが。
土と枯葉を盛大に巻き上げる剣に飛び乗ると、妖忌はそこが平らな床ででもあるかのように刃を駆け渡り、ゴリアテの眉間を打った。
痛みでなく驚きで目を瞑る人形をまじまじと見つめ、ふむ、と髭を撫でる。
「六度目。……六度の内で一番であった」
「イチバンー?」
「これまでの機を外し、背を向けた瞬間を狙う――悪くない工夫だ。剣の思い切りも良い」
実際、完全に虚を突かれた格好ではあった。
攻撃を凌げたのは経験から来る反射に過ぎない。これまでの粗雑な攻めとは一線を画する一太刀である。
感心しながら剣を飛び降り、妖忌は人形を振り返った。
「やれば出来るではないか。だが――」
「ッ!」
「――もう同じ手は通さん」
振り返った、その時には。
妖忌は既に木剣を上げ、剣を打ちかけようとするゴリアテの腕を押さえていた。動き頭を抑えられ、巨大な剣がぴたりと止まる。
真っ直ぐにこちらを見る人形の瞳を覗き込み、妖忌はぽつり、呟いた。
「捨て鉢、ではないな」
「ゴリアテー」
頷き、ゴリアテはゆっくり剣を引く。妖忌も、木剣を降ろしてするすると間合いを開けた。
これ以上隙を窺うのは無意味と判断したのだろう。ややもすれば短絡だが、実際、妥当な判断ではある。
妖忌は半身に木剣を構える――山菜採りは切り上げねばなるまい。
「良かろう。これから私は真っ直ぐ釣り座へ戻る。それまでに一本、奪って見せよ」
「ゴリアテー!」
答え鋭く、ゴリアテ人形が地面を蹴る。
木立に引っかからないためだろう、低く構えて突進する人形を横っ飛びに避け、妖忌はそれに併走するように駆け出した。
静かな丘が大小二つの足音に身震いする。
下生えと木の根で足場の悪い山道を、二人はまるで意に介さず疾駆していた。
「走るだけでは敵は斬れんぞ!」
応じて、ゴリアテは一足に間合いを詰めてくる。
相変わらず大振りの横薙ぎは懐へ入って容易くかわし、妖忌は木剣で突き上げるように額を打ち返した。
「七度目! これで…………、っ!?」
「――――イッポンー!!」
弾かれた額を強引に振り戻し。
最初の斬撃に導かれるように、もう一本の剣が振り下ろされる。
咄嗟に、妖忌は伸びきった木剣を手放した。
初太刀と比べて遜色ない鋭さの次撃に向かい、自ら身体を投げ出す。やや深い袈裟懸けに切り下ろす鋼剣を、妖忌は軽業師じみた前転跳びで跳び越えた。
素早く受け身を取り、半ば勘で背後に手を伸ばせば、そこへ吸い込まれるように木剣の柄が落ちてくる。
逆手にそれを掴んだ瞬間、彼は振り向き様に剣を打ち上げた。
二度目の剣の勢いをかりて身体を捻り、更にこちらへ打ち込もうとしていたゴリアテの腕が、木剣の切っ先に阻まれる。
その瞬間に生じた空白を、利用できたのは妖忌の方だ。素早く腕を駆け上り、もう一度額に一撃を加える。
「八度目。……先の一度は誘いの一手か」
「ゴリアテー」
無念そうに口を尖らせるゴリアテに、妖忌は大きく息をついた。嘆息ではなく、感服の意を込めて。
十度斬られるまで稽古は終わらない。
わざと斬られることでその瞬間に生まれる隙を突いたわけだ。大振りの隙をなくして追撃する為、反動を回転に変えた工夫も大したものと言える。
だからとて、もう余裕もない七度目の機を捨てようとは容易に決心の付くものでもなかろうが……
「…………教えたから、か?」
独りごちる妖忌をゴリアテは不思議そうに眺めていた。その作り物の瞳を見返し、訝るように眉根を寄せる。
同じ機を狙うなと教えたから、こちらの虚を突く機で仕掛けてきた。
大振りの隙をなくせと教えたから、それをなくす剣を工夫した。
剣を殺すなと教えたから、豪快な相討ち狙いで打ち込んできた……
――素朴で素直で純粋で、ひどく単純。
覚り妖怪の言葉が脳裏を過ぎる。
つまり……教えれば疑うことなくそれを吸収し、それを実行するため最短の考えで答えを出す、と。
それが擬似精神というものなのか。
「これは、なんと――」
「ジジー?」
動きを止めた彼を見て、不思議そうに首を捻る。
その人形らしい表情を横目に見返し、妖忌は声低く告げた。
「…………足は、もっと地面を擦るように運べ。どうせ木の根程度でお前の重量は躓かん」
「? ジメン、コスルー」
「打ち込む度に立ち止まるな、走りながら斬れ。軸の回転を直線に変えれば足を取られずにすむ」
「ゴリアテー」
ぱちぱち目を瞬かせながらも一応頷くのを確認してから、妖忌は再び走り出した。
間を置かず、多少静かになったゴリアテの足音がついてくる。子供の駆け足から、剣客の足運びになったためだ。
(これほど…………か!)
込み上げてくるものを抑えきれない。気付いた時、妖忌は笑みを浮かべていた。
少しコツを教えただけでこの向上。まだまだ未熟と言わざるを得ないが、なんとか一端の遣い手らしく見えなくもない。
これが単純が故の、擬似精神の学習能力であろうか――
(いや)
違う。
教えたことを学ぶだけではこれほどの向上はあり得ない。意欲を持ち、教えを呑み込んで己に活かそうという気概が無ければ剣はものにならない。
主にして制作者――アリス・マーガトロイドが為強くならんとする想いこそが、ゴリアテ人形を突き動かしているのだ。
ただ真っ直ぐ、ひたむきすぎるほど真っ直ぐこちらを追う人形の目を見返して、妖忌は久しく忘れていた感情が湧き上がるのを感じていた。
呼吸を一つ置く時間すら惜しい。
もっと速く、もっと鋭く駆け抜けよ。
ついてこい。打ち込んでこい。
学び、考え、もっと激しい剣を打て!
(物体よ。お前は)
――――お前は、どこまで強くなれる?――――
群生する木々をすり抜けながら振り出される剣を、妖忌は足を緩めず屈んで避ける。ゴリアテも剣に流されることなく重心を移動し速度を維持していた。
だが次の瞬間、その巨体が大きくよろける。
妖忌が避けざまに斬り飛ばしていた小枝が、人形の瞼を打ったのだ。
「ッ……!?」
「九度目だ!」
制動をかけて頭を振るゴリアテの額を、狙い違わず打ち据える。
はっと目を見開く人形へ木剣の切っ先を突きつけて、妖忌は視線鋭く喝破した。
「未熟者。言ったはずだ、お前には目が足りん」
「メダマ、フタツー」
「既に九度打った。じきに川へも辿り着く。もう後がないぞ」
「ゴ、ゴリアテー!!」
威勢良く剣を振り上げるゴリアテからぱっと飛び降り、妖忌は木立の合間へ飛び込んでいく。
人形は、真っ直ぐに追ってはこなかった。やや迂回してこちらの先へ回ろうとしている。速度を考えれば川へ戻る前に追いついてくるだろう。
――だが、私ならどうする?
そんなことを考える。
もし立場が逆であり、逃げる相手を自分が追っているのだとしたら? 逃げ切られないよう、行く手を塞ぐのも確かに一手ではある。が、
自分ならばもっと別の手を取る。
そしてあの物体も、きっと同じ手を取るはずだ。
これまで言葉にして教えた幾つかのこと。言葉にしなかったこと。九度、木剣ではたかれて学んだこと。そこから考えつくこと。
それらを寸分漏らさず、余すところなく己の剣に吸収出来ているのならば……そんな事が可能であるのならば。
奴は、必ず「それ」に思い至る。
確信と呼ぶに足る根拠はないが、そうなることに一片の疑念もない。
それは――――恐らく、信頼と呼ぶのが妥当に思えた。
だから。
「来い、物体!」
「ゴリアテー!」
突然森が切れ、眩しい陽光の中へ飛び出した瞬間、彼らの声は完全に重なっていた。
元いた釣り座を見下ろす小高い崖から、二人の影が宙へ飛びだす。
感情の揺らぎ――勝利を確信し、張り詰めていた気が緩み隙を生む瞬間。
妖忌にとっては、野行の終点であるこの川へ辿り着く時こそがそれだ。ゴリアテはそれに思い至っていた。剣の組み立てとしては十二分の及第点である。
だが、それはあくまで思考の結論。
現実には妖忌は隙を見せず、それどころか迎え撃つ心構えでいた。
状況を考え、最善の手を工夫して、その上で策が通じぬなどということは珍しくもない。その時、何をすべきなのか。
そんなことは教えるまでもない。この物体が心得ていない訳がない。
剣士が最後に恃むもの。
己が剣より他、一体何があるだろう。
「イッポン――――!!」
声はたおやか、鈴音の如く。
気合い裂帛、獅子吼の如し。
崖を踏み切るのを一瞬遅らせたのは、機転ではなく片方の剣を崖下へ投げ捨てたからであろう。結果としてゴリアテ人形が上空を取る。
両手で握った剣を高々と掲げ、重力も、逆光となる太陽までも味方につけ振り下ろされる大上段の一刀を、妖忌は構えもせずに見上げていた。
(見事)
解答としては満点に近い。
この木剣では弾くことも受け流すことも出来ないし、空中では身をかわすことも不可能だ。
全てが決着したことを静かに確認し、妖忌は僅かに首を傾けた。
僅かの後。
盛大な水飛沫が川を爆裂させ、鋼が硬いもの砕く、重い音が大地を揺るがす。
川の真ん中へ着地したゴリアテ人形は、霧になって舞い散る水飛沫を浴びていた。振り下ろした剣先には、確かに手応えを感じただろう。
傾いた陽光が虹を映し出す中、人形は放心したように動かない。水煙に隠れて見えない剣先をじっと見つめている。
飛沫の狭間に、その瞳を真っ直ぐに見返しながら。
「――これで」
静かに木剣を持ち上げて、妖忌はゴリアテの鼻をぽんと打った。
「十度目だな」
「ショウブアリー」
照れくさそうに笑って答え、ゴリアテは剣を持ち上げた――妖忌の肩口を捉えるよりほんの一寸早く、切っ先が川底へ食い込み止まってしまった巨剣を。
顔のすぐ傍を通り過ぎる鉄塊を横目に見ながら、彼も木剣を帯へ戻す。
「上空をとったのは好手だが、得物の長さも考慮しておくべきだったな。飛び降りられる高さの崖で、先に相手を跳ばせているのだ。その巨剣を振り切ることの出来る間合いは極端に短い」
「ナガサ、カンガエー」
「減点一。満点とは呼べんな」
「……ゲンテンー」
水を蹴立てて岸に上がる妖忌の言葉に肩を落として、ゴリアテもざぶざぶ川を這い出る。
浸かってしまったスカートの裾を絞っている人形の隣に立ち、妖忌はぽつりと呟いた。
「だが、加点が一つ」
「?」
「山菜だけではもの足りんからな」
きょとんとして見つめる人形に、妖忌は川の方へ顎をしゃくる。
川面に何匹もの魚が浮かんでいた。
剣が川底の岩を砕いた衝撃で目を回したのだろう。穏やかな流れにぷかぷかと白い腹を晒している。
服を絞る格好のまま眼を丸くするゴリアテを余所に、妖忌は心持ち弾んだ声で言った。
「大漁である。満点だぞ、物体よ」
「……ゴリアテー……?」
首を傾げる巨大人形は、不思議とあまり満足そうには見えなかった。
焚き火にかざした鉄鍋は、妖忌が持つ財産としては刀の次に高価なものである。
かさばらず持ち歩ける小さな陣笠のような形状で、一人分の煮炊きが関の山だが、独り身の素浪人にはそれで事足りる。
充分に沸かした湯へあらかじめアクを抜いた山菜を放り込み、妖忌はふと視線を上げた。
「本当にいらないのだな?」
「ゴリアテー」
鍋を指差して問うが、焚き火の向こうに鎮座したゴリアテ人形は首を横に振る。
服を乾かしたいのだろう、最早見慣れたアヒル座りでスカートの裾をつまみ、焚き火に向かってばふばふと生地をはためかせている。正面でやられると灰が飛んできて仕方ないのだが、言っても聞かないのでもう諦めていた。
ふむと呻いて顔をしかめ、ぶつ切りにした魚ととっておきの味噌縄を千切り鍋に入れる。
「小さくて、それなりに可愛い鍋と思うのだが」
「バカジャネーノ」
すっぱり言い切り、焚き火越しに半眼を向けてくる。
貧乏浪人にとっては久方ぶりの御馳走も、この人形にかかればその程度で済んでしまうらしい。覚り妖怪曰く「可愛さ」で動くと言う得体の知れない仕組みらしいので、実際に腹に溜まるかどうかは問題でないのだろう。
ゴリアテに用意した食事はその傍らに置いてある幾許かの草苺だけである。この丘にも早めの株が実を結んでいたのだが、やはり酸っぱくて食えたものではなかった。
他にビワなども見つけたのだが、何を好きこのんで不味い苺など食べたがるのかは見当もつかない。
「やはり分からんな。お前は」
「ゴリアテー?」
「多分、生涯分からんのだろうよ」
投げやりに言い、串を打った魚を火の側に刺す。
ゴリアテはしばし首を捻っていたが、結局理解は出来なかったらしい。諦めた様子で、乾いたスカートの皺を伸ばしていた。
陽はすっかり落ち、辺りには暗闇が満ちている。
あのまま釣り座の傍に夜営を決めこんだのだが、開けた空には厚い雲がかかり月明かりもない。
焚き火が生み出す小さな灯りの環に窮屈そうに身体を収め、ゴリアテ人形はエプロンドレスのポケットから何かを取り出した。
何事かと思い見てみると、巨大人形サイズにあつらえたブラシである。
ご丁寧に(というより偏執的に)、上品な薔薇の意匠まで施したそのブラシでせっせと髪を梳るゴリアテに、妖忌は呆れ顔で嘆息した。
「それも主の魔法使いが作ったのか?」
「アリスー。オテセイー」
「……人形師か大工か分からんな」
ちょっとした文机程もありそうなブラシを見やり、腕を組んで唸る。よく見ると側面に「ごりあて」と飾り文字すら彫り込んであった。
指摘するのも面倒になり、妖忌は小枝を削った即席の箸で鍋をかき回す。
「戦闘人形の身嗜みを気遣わせてどうするのだ」
「ダイジー」
譲る気はないらしく、ゴリアテは澄ました顔で髪を梳かし続ける。剣よりよほど巧みなそのブラシ使いは、自律術式を組んだ人形遣いの賜物だろうか。
ほぐれた芋がらの一片を囓り――まだ生煮えだった――、妖忌はぼんやりと考える。
――此奴自身が身嗜みを重んじている訳ではあるまい。
そう考えたことに特に根拠は無かったが、何となく、ゴリアテが大切にしているのは服や髪ではなく「アリスに貰った服や髪」なのではないかと思っていた。
先刻の野行を思い返す。
この物体の幼い擬似精神が貪欲に技術を吸収し、ただ剣を高めることに想いを集中出来たのは、その想いを支えるに足る目的があったせいだ。
制作者、アリス・マーガトロイドが為。戦闘用人形として生み出された己の本分を追求する。
それがゴリアテ人形の、剣を振るう意味、なのだろうか。
「物体よ」
「ゴリアテー?」
「お前は主が――アリスという魔法使いが、大切か?」
「アリス、ダイスキー」
にぱ。
黙っていれば神秘的とすら呼べる美貌が、いかにも幼げで無邪気な笑みに溶ける。
生まれたばかりの擬似精神にとって、それが最も簡単でかつ正確な答えだったのだろう。ブラシごと長い髪を抱えて微笑む人形の姿に、それ以上の答えは不要であった。
鍋を下ろし、胡座を掻いた草鞋で挟んで固定しながら、そうかと頷き返す。
「なら、服を汚さぬ程度には強くならねばな」
「ネラナバー」
「…………頭の方も少しはなんとかしておけ」
「シテオクー」
露骨に無責任ながら元気よく挙手するゴリアテに頭を振って、妖忌は鍋に箸をつけた。
味噌の染みた魚肉を噛みしめる妖忌に、今度は人形が訊ねてくる。
「ジジー」
「なんだ」
「ユユサマ、タイセツー?」
「略すなと言うに。……立派な御方であるよ。あの方が治める限り、冥界の平穏は揺るぐまい」
微妙に答えの焦点をずらしたことには気付かなかったらしい。ブラシをポケットに仕舞い、ゴリアテはかくんと首を傾げる。
「ヨウムネーサン、タイセツー?」
「すっかり手懐けられたな。無論大事な孫だが、私が気に懸けねばならぬほど弱くはあるまい。未熟とはいえ、幽々子様が御側を任せておられるのだ」
「ゴリアテー」
したり顔で頷いて、ゴリアテは大きな葉に盛った苺を一粒、摘んで口に運ぶ。
よく潰さないものだなと感心しつつ、レンゲの若芽を囓る。煮込みすぎてくたびれていたが、まあ腹に溜まればそれで良い。
火にかざした魚がそろそろ頃合いという時になって、ふとゴリアテが身を乗り出してきた。妖忌の隣へ廻り、わくわくとした様子で顔を覗き込んでくる。
「ジジー。ジジー」
「今度はなんだ」
「ゴリアテ、タイセツー?」
「別に」
「…………」
「揺らすな揺らすな」
餅のような頬を限界まで膨らせ、人形が不機嫌顔で肩をどついてくる。
鍋をひっくり返されぬようしっかり抱え込みながら、妖忌はあっさり前言を翻した。
「分かった。物体、貴様も大切だ。これで良いか?」
「ヨサゲー」
良さげらしい。
本当に満足したらしく一転晴れやかな笑顔を浮かべ、ゴリアテは改めてそこに腰を下ろした。苺を乗せた葉をずるずる引き寄せる物体を横目に、安堵の息をつく。
無事護られた鍋を平らげて、ほどよく炙った川魚を囓り、ゴリアテが執拗に勧める苺をひとつ食わされそうになり。
ひとしきり騒がしい夕食が終わったのは、それから半時も経ってからだった。
地面を掘り返し魚の骨やワタを埋めながら、妖忌は肩越しにまだ苺を食べているゴリアテを見る。
思えば、誰かと共にする食事などいつ以来であったろう。
あの戦闘機能付きフリル人形を人数に数えていいものかは悩んだものの。
――今晩の食事は久しくない程に楽しく、美味かったのだ。
それは決して汁の種が充実していたせいではあるまい。まあ少なくとも、それだけでは。
感傷じみた事を考えている自分に渋面を作り、土を被せた穴を踏み固める。と、
鼻面に、ぽつりと雫が落ちてきた。
「! ジジー、アメー!」
言われるまでもなかったが、ゴリアテがぱっと立ち上がり報告してくる。
空を睨めば、既にばらばらと大きな雨粒が崩れ落ちてくるところだった。どうにも雲行きが怪しいと思ってはいたが、これほど急に降り出すとは。
天の底が抜けたような土砂降りに、たまらず妖忌は大声を上げる。
「これはいかん。物体、向こうへ走れ!」
「ハシル、ハシルー!」
放り出しておいた数打を引っ掴む頃には、ゴリアテも慌てて剣を引き寄せていた。腰に帯びる余裕もなく両手にそれを引き摺って、妖忌の指差す方向――ひときわ枝振りの良い樹の下へ転がるように駆けてゆく。降り出した時に備えて目星をつけておいたのが正解だった。
ほうほうの体で木陰に駆け込み、妖忌はうんざりと着物の袖を払う。
「えい、鍋を回収できなかった」
「オナベー」
ぷるぷると顔を振り雫を落としながら、残念そうに眉を寄せるゴリアテ人形。
洗う手間が省けたわと自棄気味に考えるも、この分では朝方には増水した川に流されているかもしれない。かといって焚き火もとうにかき消えた闇中、雨に打たれて小さな鉄鍋一つを探すというのはいかにも馬鹿らしいように思える。
結局心中で無事を祈っておくだけに留め、妖忌は傍らに居るはずの巨大人形へ声をかけた。
「物体、濡れとらんな? もう火は熾せんぞ」
「ダイジョブダァー」
妙な抑揚は気になったが、とりあえず大事はないらしい。なにしろ文字通りに一寸先も見えないのである。
それでも目が慣れれば背中を預けている樹の輪郭と、窮屈そうに身体を縮めているゴリアテ人形の区別くらいはつくようになる。
どさりとその場へ胡座を掻き、妖忌は再び濡れ鼠になった我が身に溜め息を溢した。
元より今夜は草枕のつもりだったが、この驟り雨は予想の外だ。よもやこの季節に死にはすまいが風邪くらいは引き込むかも知れない。
「手間が入ったら、合羽の一着も買うとするか」
「ゴリアテー?」
「なんでもない、早く寝ろ。……いや寝るのか、お前」
「オネムー」
我ながら疑問に思って問い質すと、ゴリアテは実際に眠たげな声で答えて見せた。
物を食い、身嗜みに気を遣って、睡眠を取る戦闘人形……どこまで本気か分からないが、この物体の制作者の趣味についてはとっくに理解を放棄している。
夜通し騒がれるよりマシかと大雑把なところで妥協すると、妖忌は深く懐手して樹に身体を預けた。
――明日は、山の天狗らを訊ねてみるか。
瞼を伏せ、未だ果たせぬ「仕事」に考えを廻らせる。
『キツネ憑き』を斬ると言っても、今のところ連中が現れたという場所には共通点がない。どこを捜せば連中に出くわすのか見当がつかないのである。
こういった情報収集に長けた烏天狗に話を聞けばなにかが見えてくるかも知れないが、縄張り意識の強い天狗の協力を取りつける苦労を思えば、地道に足を働かせる方が建設的ではありそうだ。
まったく埒の開きそうにない未来に心がささくれ立ったところで、妖忌、大きくクシャミをひとつ。
それを聞きつけ、きょとんとしたゴリアテの声が響く。
「ボゥェッショァーイ、チキショー?」
「……そんなクシャミはしとらん」
「ズブヌレー」
「つつくな。さっさと寝ろ、明日は一日歩き回るぞ」
着物を摘む指を邪険に払いのけると、くるりと背を向けて身体を丸める。
人形は尚もしばらくの間着物の裾をつついていたが、やがて諦めたのか引っ張られる感覚がなくなった。
押し出すように息をつき、もう何も考えず眠る事にする。と、
「――――ぬ、ん?」
突然、ふわりと身体が浮かんだ。
すわ何事かと身を捩る暇もなく身体は宙を飛び、浮かんだ時と同じく唐突に落下する。着地したのは地面ではなく、もっと柔らかな何かの上だ。
「ゴリアテー」
「…………」
続いて、そんな鳴き声が頭上から振ってきた時には。
流石に妖忌も、ゴリアテの膝の上につまみ上げられたのだと察しはついていた。
見えないと分かってはいたが、そこに在るはずの人形の顔をじろりと睨む。
「なんの真似だ」
「ジジー、ズブヌレー」
それに気付いていないとでも思っているのか、着物の背中をばしばしはたき。
地面へ降りようとする妖忌を背後から捕まえ直し、膝に座らせぎゅっと腕を回してくる。童がぬいぐるみを抱くような格好だ――冗談にもならない――。
「ズブヌレ、サムイー。ダッコ、アッタカー」
「余計なお世話というのだそれは。降ろさぬか、この物体め」
「イヤー。ダッコー」
なんとか自由になる腕でゴリアテの頬を掴み左右へ伸ばしてみるが、返事はむしろ嬉しそうに弾んでいた。じゃれているつもりなのかも知れない。
徒労感にぐったり息をつき、胸にぼす、と拳を投げる。
「いいから離せ。雨と泥をかぶっているのだ、私は」
「ゴリアテー?」
「せっかく乾かした服が台無しになるぞ」
少なくとも、もう白いエプロン生地には致命的な染みが出来ているだろう。勝手に抱き上げられた手前こちらに非はないが、後になってぐずられても面倒だ。
……泣き出しそうに顔を曇らせたゴリアテの顔が自然と脳裏に浮かんでしまい、無言で想像を振り払う。
当の人形の顔は未だ闇の向こうにあるものの、そちらを半眼で見やり妖忌は呻いた。
「大切な服なのだろうが。粗末にするものではない」
少しだけ、間が空いた。
何も見えないが、そこにきょとんと間の抜けた顔が在ることだけは確信出来る。
疑問でも反論でもない、ごく当然のことを述べる声が落ちてきたのは、そのすぐ後だった。
「ジジー。タイセツ」
言葉に詰まったことは否定できない。
甘味と渋茶と唐辛子をいっぺんに食わされたような、何とも言えない顔を造る妖忌を抱え直し、ゴリアテ人形は満足そうに笑う。
「オソマツ、シナイー」
「………………。勝手にしろ」
意地でそれだけは言い返し。
妖忌は再び腕を組み、それきり口を噤んだ。何が嬉しいのか御機嫌なゴリアテがますますぬいぐるみ扱いで頬をすり寄せてくるのは、死力を尽くして無視しておく。
まったく、飯を食うのも眠るのも、
(独り気楽にするのが一番だな)
声に出さなかったのは、どう考えても愚痴にしか思えなかったからだが。
つい昨日まで何十年と続けてきた暮らしが早くも遠い過去に思え、拗ねるような心地で目を瞑る。
しばらく聞こえていた鼻歌らしきゴリアテの声がいつしか止み、雨音の騒音が辺りを閉ざす頃、妖忌はようやく眠りに落ちた。
……存外に寝心地の良かったことだけは、墓の下まで持っていこうと決意して。
気配に気付いたのは、おおよそ夜半過ぎのことだった。
目を覚ますと同時に勘で時刻を推し量って、妖忌は頭を揺らさず辺りに視線を配る。
やはり驟り雨だったのだろう。雨はもうすっかり上がり、洗い流された夜空にはくっきり肥えた月の影。
その妖しい光に隠れるように――こちらに集う気配が多数。
無音で舌打ちし、妖忌は頭上に向かって囁いた。
「物体。起きろ」
「ロ……ロンドン、ロシアン、オルレアーン……」
「しりとりではないと言うに」
また負けとる。
一応指摘はしてから、顎にパンチを喰らわせる。
驚いた様子で辺りを見回す人形の腕からするりと抜け出し、妖忌は地面に放り出していた数打を腰に差した。
「囲まれた」
「? カコマレー?」
ぱっと身体を起こした人形の声はもう意識のはっきりしたものだった。……人形が寝とぼける方が難しかろうとは思うが、追求はしない。
横たえた巨剣を手繰り寄せる人形に頷き返し、妖忌は鋭く目を細める。
「ひどい殺気だ。身を隠す意味がない」
「イミナイー」
「野犬や物盗りではないな……荒事なしで切り抜けるのは難しいか」
「アラゴトルー」
よく分からない気合いを入れて、ゴリアテが両手の剣を適当に構えた。
正確な数は分からないが、こちらへ向けられた殺気を考えれば、流石に『居合い』の心得と言ってはいられまい。生乾きの着物を適当に払い……ふと思い当たって、妖忌は今にも樹の陰を飛び出していきそうなゴリアテを振り向いた。
「待て」
「マテバマツトキマタズトモー」
「待てと言っとろうが、たわけ」
不思議な活用を披露する人形の脛を蹴飛ばしながら、妖忌は刀の下げ緒を外した。
きょとんとするゴリアテをしゃがませ肩へ飛び乗ると、下げ緒を使って長い髪を後ろで一括りにする。癖のない蜂蜜色の髪は絹糸のように大人しく束ねられた。
地面に降り改めて見上げるが、なんとか良い塩梅に纏まっているように思える。
「これで多少は動きやすかろう。……乱戦になるかも知れんからな」
「オシャレー」
「話を聞け、お前は」
「ジジー、オソロイー」
「黙らっしゃい」
束ねた髪を触って笑顔を浮かべる人形に、仏頂面で言い返す。……確かに万年、総髪を括るだけの簡易な頭だが。
刀の柄に手を載せて、妖忌はぐっと声低く告げた。
「無駄口はここまでだ。――来る」
「キットクルー」
応えた声が、幾分とぼけて響くのは不安だったが。
ひとつ、呼吸を置いてから――妖忌は、手近の茂みから飛び出してきた気配へ素早く向き直り、抜き打ちに刀を振り払った。
手応えは水を斬るような物だった。
否、実際に水を斬ったのだ。返り血の如く妖忌の顔を濡らしたのは紛れもない水である。
飛び出してきた気配はそのまま背後の地面へ落着し、人の格好に化けた。
子犬ほどの小さな人型で、背中から生えた薄い昆虫のような羽は妖忌に裂かれて千切れている。袈裟懸けに斬りつけた傷からは血でなく水が流れており、やがてその姿自体が水となり、地面に染み込み消えて行った。
「妖精……?」
しかめ面で呟き、剣についた雫を振るい落とす。
川か雨か、水に関わり深い妖精であったのだろう。自然の権化である彼らは本来、好戦的な種族ではないはずだが……
その水妖精が消えたのを契機に、そこの下生え、あすこの木立、四方八方の殺気がこぞって姿を成した。
羽をはためかせた妖精ばかりではない。臭気漂う妖獣に、牛馬のなり損なったような妖怪までが二人が背を預けた樹を取り囲んでいる。
一様に血で濁り、どろりとした瞳を月下に輝かせる彼らを見回し、妖忌は刀を青眼に構えた。
確信を込めて小さく、呟く。
「『キツネ憑き』か」
言葉は返らない。
唸り声、羽音、爪を打ち合わせる音……うなじの毛が逆立つような気味悪い音の合唱に顔をしかめ、傍らの人形を視線で確かめる。
剣の構えはぎこちないチャンバラのままだが、辺りを見回す視線は鋭い。
峠で斬り合った剣の感触を思い返し、ひと言だけ告げる。
「抜かるな」
「ゴリアテ――!」
瞬間。
示し合わせるでもなく、二人は同時に樹の下を飛びだした。
開けた河原へ飛び出した妖忌の前に、人影を地面から剥がしたような妖怪が立ちはだかる。色も厚みの全くない顔に横一直線、そこだけ鮮烈なピンク色の口が開いていた。
ぞろりと並んだ牙を蠢かせる影妖怪に、妖忌は念のため声を張り上げた。
「聞け! 我等は、彼岸の命により狂える者どもを討つため訪れた! 意識あらば応えよ、さもなくば『キツネ憑き』と見なし、斬り捨てる!」
妖怪は答えない――そもそも話を聞いてもいなかった。口上を最後まで聞くことなく牙を擦り合わせ飛びかかってくる。
舌打ちと共に、妖忌は右へ足を送った。突進する影妖怪とすれ違い様、厚みのない胴を薙ぎ払う。
悲鳴も無く倒れた妖怪を捨て置き、妖忌はすぐさま辺りを窺った。
毛ではなく鱗に覆われた犬型の妖獣が二体、涎を溢してこちらを振り向いた。異常に腕の長いお店者風の男が木立をかき分け、六本の脚で忙しなく駆けてくる。目をぎらつかせる妖精や青白い火に包まれた生首が空を飛び回り、川底からは頭を人間のそれとすげ替えた痩せ馬が次々と這い上がってきた。
「よくぞこれだけ集まったものだ」
纏まりのない『キツネ憑き』の群れを見回し、妖忌は剣を握り直す。
雨に濡れた地面を危なげもなく疾走し飛びかかってきた鱗の犬妖を一刀に斬り落とすと、間髪入れず送り足を前に突き出した。背後に潜んでいた二頭目の犬妖を前蹴りに突き飛ばすと、素早く間合いを詰め素っ首を刎ね跳ばす。
返り血に視界を奪われぬよう身を翻しざま、妖忌はぬかるんだ地面を土砂ごと背後へ蹴り上げた。死角から飛びかかろうとしていた妖精がその土砂をかぶり、朽ち木をへし折るような怒号を上げる。その時にはもう、妖忌が突き出した切っ先が妖精の胴を貫いていた――
妖精が無数の木の葉にほどけて消え去るのを見届けてから、ふと地面に目を向ける。
泥にまみれた棒きれが転がっていた。雨に降られた時、鍋と一緒に放り出していた手製の木剣である。ぬかるみに沈んでいた所をちょうど蹴り出したらしい。
少し考え、妖忌は木剣を拾い左手に握った。サイズは大きいが、重さで振り回されることもなかろう。
何せ相手の量が量、手数は多い方が良い。
「…………、ふむ?」
飛び回る妖精たちを視線で牽制しながら、ふと疑問が芽生える。
――なぜ私たちだけを狙う?
左右から同時に飛びかかってくる、それぞれ水と花の羽を持つ妖精を刀で斬り上げ、木剣で打ち落とし、妖忌はゴリアテ人形の姿を捜した。
目を凝らす必要もなく、ひと際巨大な影が離れた場所に見つかる。
竜巻じみて踊る一対の巨剣が、群がる妖精を次々に掻き消していた。なりの小さな妖怪は剣を振るうまでもなく、回転する足配りの合間に蹴り飛ばす。崖に沿うように戦っているのは未熟な目配りを補う工夫だろう、得物の長さを考慮し、崖に当たらない範囲に剣閃を収めていた。
想像以上に遣えている様子にひとまずは安心し、
(やはり)
疑問を確信して、改めて『キツネ憑き』の群れを見回す。
妖精、妖獣、雑多な低級妖怪――これだけの種族が集まっていながら、彼らの殺意はすべて彼とゴリアテに向けられていた。
種族の違いから起こる妖怪の諍いの例は枚挙に暇がないし、自分勝手な性分故、数が揃うほど衝突せずに居られないのが妖精だ。
だが『キツネ憑き』は違う。
妖怪も妖精も互いを攻撃する様子はなく、時には足並みすら揃え二人に襲いかかる。
妖精が放つ光の弾を目眩ましに突進してきた双頭の猪を、妖忌はすんでの所で身を捩りやり過ごした。
抜け目なく足下に喰らい付こうとしていた平たい魚のような妖怪を撫で斬ると、尚も考えを廻らせる。
――『キツネ憑き』は、ただただ生物を凶暴化させるだけの現象ではない。
見落としているなにかがある。
彼岸は……小野塚小町は、このことに気付いているだろうか?
望み薄であろうと、妖忌は赤毛の死神を思い返すまでもなく即座に決めつけた。彼女が信用ならぬという訳でなく、これだけ大量の『キツネ憑き』がひと所に集った例がなかったからである。
なにか特別な事情がある。この時、この場所に連中が集った理由。
何もないこの丘に、敢えて特別な点を見出すとすれば――――それはまず疑いなく、自分たちだ。
連中は自分たちを狙っているのだ!
「っ……物体!」
胸元へ飛びかかってくる不定形の粘液じみた妖怪を木剣で砕き散らし、妖忌は喝声を飛ばす。
体格からは考えがたい大声がびりびりと空気を震わせ、彼を包囲していた魑魅魍魎が一瞬、動きを止めた。その一瞬の空白に、地面を蹴った妖忌は半ば這うような姿勢で連中の包囲をすり抜ける。
ゴリアテが気付いてこちらを振り向いた時、妖忌は既にゴリアテへ光弾を飛ばしていた妖精を一体、斬り伏せていた。
「九度目の場所! 走れ!」
叫びつつ、更に人形に群がる『キツネ憑き』を一体、二体と討ち取ると、妖忌はそのまま崖に向かって走って行く。そちらへ妖怪たちが気を取られた瞬間、はっと気付いたゴリアテも素早く身を翻していた。
――理由は分からぬが、連中の目的が自分たちなら逃げ切る事は難しい。あれだけの数、しかも恐れを知らぬ狂った『キツネ憑き』だ。
だがこちらにも分がないではない。
昼間、さんざん駆けめぐった丘である。大体の地形は妖忌の頭に入っているが、連中はそうはいくまい。空を飛べる者とそうでない者だけでもかなり足並みに乱れが出るはずだ。そうして突出した者、取り残された者を順に「狩って」行けば、全ての『キツネ憑き』を討ち取る目も出てくる。
あまり地盤の強くない崖の斜面を、慎重に足場を選んで駆け上がる。天狗もかくやと高々跳び上がる妖忌へ、身体の重い妖怪たちが次々に怨嗟の咆吼を浴びせた。妖精と空を飛べる幾許かの妖怪は後を追ってきたが、崖の上は川辺より樹の植生が濃い。たちまち梢に引っかかり、瞬く間に妖忌は連中の視界から消える。
ゴリアテは、緩い地盤を上れぬと判断したのだろう。別方向から回り込んでいるのか背後に姿はなかった。
月明かりも届かない木立の間を平地のように疾走している内に、ふと……腹の底に、奇妙な昂揚感を覚える。
熱狂ではない。
極限の凍水を打ちかけた刀へ砥石を滑らせるように。差し向かった状況を打破するため、逼塞する埒を開けるため、迫り来る敵を斬るために己の全てを集約させる。
それは、陶酔だった。
――哀れ、哀れ、魂魄妖忌。
ぞくり
氷の鑢が背骨を削る、そんな錯覚。
――剣を振るう意味を探すなどと大層なことを抜かしておいて、結局、剣が昂ぶるのはこんな時。誇りも信念もない、薄汚れた手間仕事の為。
――かつての主が決して赦されぬ罪を赦してくれたというのに、結局、変われぬ人斬り庖丁。
――お前の剣に意味などない。千年、探しても見つかるものか。結局。お前は、人斬り庖丁――
「違うッ!」
気付けば、根が軋むほど食い縛っていた歯を解いて。
力一杯足を踏み込み、彼は思い切り木剣を振り下ろす。何もない地面を叩き、痺れた手から跳んで行く粗末な木剣を目で追って、妖忌は乱れた呼吸に肩を揺らした。
汗ばんだ髪を乱暴に掻き上げ、震える声を唇に乗せる。
「違う……確かにまだなにも見えていない。だが見えると分かった! 私の剣が辿り着け無かった場所へ、辿り着きうる剣を持つ者がいた! 奴が己の剣を究めたとき、きっと分かる――――私が失くした剣の意味が分かるはずなのだ!」
叫ぶ言葉が、いかにも言い訳じみていることは分かっていた。血走った目で四方を睨み、嘲笑うように沈黙した相手を捜す。
……だが相手とは、「誰だ」?
ここに居るのは妖忌自身だ。己と、己の真実を映す剣だけだ。否定も肯定も等しく相殺される。
ならば後には何が残る。
敵を斬り、敵を斬り、斬り、斬り、斬ることにしか意味を見いだせぬ、血錆びた人斬り庖丁が残る――――!
近くの茂みががさりと音を立てたのは、その時だった。
「っ!?」
そこまで接近を許していた事に愕然とし、妖忌は咄嗟に上段へ剣を構える。
全身の筋肉が意識せずとも最適の加減で引き絞られるのを確かに感じながら、そこに現れた影を睨みつけ。
「――! ゴリアテー」
ぬっと突き出た暢気なゴリアテ人形の顔に、脱力して転倒した。
がさごそと茂みを這い出たゴリアテは、転んだ妖忌を摘んで起こし、不思議そうに首を捻る。
「ハラペコ?」
「……違う」
「イチゴアゲルー」
「違うと言っとろうが」
エプロンのポケットを探ろうとする人形に半眼で呻いて、妖忌は転んだ拍子に取り落とした剣を拾い上げた。
束ねた髪を尾のように揺らし、取り出した苺を自分で食べるゴリアテを肩越しに睨みながら、跳んでいった木剣を拾いに行く。
(…………なんであれ)
自分を笑う声は、もう聞こえなかった。
数間も遠くに落ちていた木剣を拾い上げると、後ろについてきたゴリアテを振り向き、苦笑する。
「助かった。――感謝する」
「? タスカラレター」
意味が通じるはずもなかったが、ゴリアテはにこにこ笑って頷くのみ。単純至極、純朴素朴な擬似精神にもう一度苦笑を向けてから、妖忌は両手の得物を意識し直した。途端に意識は鋭利に研ぎ澄まされて行く。
今は、これで良い。
頭の底には未だ苦い痺れがこびりついていたが、剣を握る手は緩めない。
遠くから迫る妖精たちの気配を察し、妖忌とゴリアテは同時に崖の方角を振り向いた。
「足の速い者から追いついてくる。南へ走りながら連中の数を減らすぞ」
「ミナミー」
「……南がどちらか分かっているか?」
「オチャワンー」
自信たっぷりに右手を示す人形にどこからどう指摘したものか悩み、低く呻き声をこぼす。
九度目の場所……昼の修練で九度目にゴリアテを打ったこの場所は木々の植生が疎らだが、崖に向けて坂になっていた。そちらから距離を取るには都合がよいが……
考えている内に妖精が放つ燐光が梢に見え始めたので、妖忌は大雑把に叫び直した。
「ええい。とにかく敵を斬りながら坂を下れ、足は止めるな。良いな」
「ゴリアテー!」
了解の返事なのだろう、生い茂る木の枝も巻き込んで振り下ろした巨剣の切っ先が真っ直ぐ飛び込んできた妖精を光へ還す。
それを見届けてから、二人は同時に踵を返し走り出した。
闇中の山道とは思えぬ疾走だが、空を飛ぶ妖精はすぐさま追いつき、併走してくる。妖精や鳥の妖獣が多いが、崖を登ってきたらしい小型妖怪の姿もいくらか窺えた。
足の速い数体が音もなく突出してくるのに、妖忌は鋭く声を飛ばす。
「左と、その後ろ!」
「ヒダリロー!」
答えた声こそ訳が分からないが、繰り出す剣は正確だった。
突風のように振り払った巨剣は山羊の姿の妖獣を両断し、その背後についていた節足で立つ茶釜姿の妖怪を変形させ、吹き飛ばす。更に剣の勢いを借りてくるりとステップを踏むと、ゴリアテは走る速度を一層上げた。
その背を見送り、妖忌は足下にまとわりついている背中に目玉の開いた鼠を蹴り上げて、前方から滑空してきた羽毛の無いハヤブサ共々一刀で斬り捨てる。そして血飛沫が広がるより早くその場を駆け抜けると、横合いから飛び出す人型の泥の様な妖怪を木剣で打ち崩した。
いやに粘っこいその泥を睨み、妖忌は忌々しい思いで眉根を寄せる。
――思ったよりも素早い。
今の泥妖怪は、あの崖を登れるほど身軽ではなかろう。崖を回り込んできた連中が追いついてきたという事だ。
この先の開けた盆地へ出るまでに足の速い連中を軒並み斬っておく算段だったのだが、見込みが甘かったらしい――と。
その時であった。
前方を走るゴリアテ人形が、糸でも切れたように転倒したのは。
「……物体!?」
思わず足を止めてしまったのが、最大の失策だった。たちまちぐるりを『キツネ憑き』に囲まれる。
連中へか己の迂闊へかも分からず悪態をつき、妖忌は遠目に前方を窺った。
「どうした、やられたのか!?」
「ゴ――ア、テ――――?」
地面を掻き、ようやくといった様子で身体を起こす人形の声はいやに掠れて聞こえる。
ここぞとばかりに群がる『キツネ憑き』は悉く剣に打ち払われていたが、先程までの鋭さは見る影もない。ともすれば峠で出会った時よりぎこちない動作。片方の剣を杖代わりに何度か立ち上がろうとしているようだったが、その度に何かが引っかかったように体勢を崩して地面に転がる始末である。
(妖術――!?)
咄嗟に辺りを見回すも、それは恐らく見当違いだ。
『キツネ憑き』に狂わされるのは総じて力の弱い者。この場を見回しても、ゴリアテの巨体を地縛りにかけられるほど強力な妖気は感じられない。
ならば一体、どうしたというのか。
絶え間なく襲いかかる妖怪の爪牙を二刀でいなしながら、纏まらない考えに焦り始める。
そうしている間にも数を増してゆく『キツネ憑き』たちの向こうから、ゴリアテのか細い声が聞こえてきた。
妖忌へ向けた言葉ではない。
まるで――人形にそんなものがあるのならば――譫言のような、掠れ声。
「――ッ、スキ……ナ、クスー……」
何を言っているのか、最初は分からなかった。
人間であれば間違いなく蒼白しているであろう形相で、ゴリアテは剣に縋り身体を起こす。もう一方の剣を豪快に空振りし、その反動に振り回されてまた転んだ。
その隙を狙い牙を剥く妖獣の攻撃を転がるように避け、どこを見ているかも分からない目でそちらを睨み返す。
「キ、ハズス――トマラ、ズ……キョリ、キョ、リ――?」
「っ」
その瞬間。
錫の塊を胃の腑に沈められたような衝撃につかれ、妖忌は呼吸を止めていた。
大振りの隙をなくせ。
攻撃の機を外せ。
斬るときに立ち止まるな――
全て妖忌が教えた事である。
今はその一つとして守れていないが、呪文のように繰り返されるその言葉は皆、自分があの人形に示した教えであった。
(よもや)
腹の底に埋まった焦燥から、じわりと冷たい不安が溶け出す。
脳裏に過ぎったのは覚り妖怪の言葉であった。
『あの子の心は魔法による擬似精神。素朴で素直で純粋で……つまり無防備で、ひどく単純』――
『元々が不安定な試験中の術。ほんの少し心に負荷をかけてあげればいい』――
『か細い自我は、それだけで灼き切れてしまう』――
馬鹿な、と思う自分を抑えられない。
そうであってはならないと願う自分を否定できない。しかし同時に、直感してしまってもいた。
教えた事を貪欲に吸収し己の力へ昇華する自律術式。
だがその術式はひどく繊細で、脆い。
技倆のみが急激に向上したせいで、次元を上げた戦い方が擬似精神に負荷をかけていたとするならば…………?
言葉も無く、強く、強く剣を握りしめ。
朽ちた手斧を振りかざす武者姿の妖怪の首を一刀で薙ぎ払うと、妖忌はあらん限りの声を振り絞る。
「物体!」
聞こえているかは分からない。
聞こえていろと縋るように、ただ声を張り上げた。
「身を守ることに集中しろ!………………すぐに、助ける!!」
果たして、返事は無かった。
しかし、ほんの一瞬垣間見えたゴリアテ人形は――確かにこちらを見つめ、まるで緊張感のない、ふにゃりとした笑みを浮かべていたのだ。
それが自分の願いの生んだ錯覚でない事を祈りながら、妖忌はぎらりと視線を研ぎ上げる。
剣風が吹き荒れていた。
まずは正面に立ち塞がる毛むくじゃらの大男が寸胴を輪切りにされる。同時に背後へ突き出した木剣は、腹に顔を備えた妖怪の口腔を貫いた。不気味な感触が突き抜ける瞬間、素早く引いた木剣をくるりと逆手に持ち直し、木々の間を降下してきた妖精をかち上げる。尚も止まらず、ほとんど寝ころぶような低姿勢で身体を廻し、妖忌はどの妖怪のものとも分からぬ足に斬りつけた。
悲鳴が上がる。
怒号が轟く。
むせ返るほどの血煙が立ち籠める。
妖忌は止まらぬ。斬り続ける。
斬り続けれど一向に、『キツネ憑き』も数を減らさぬ。
動けぬゴリアテより妖忌を危険と見なしたのであろう、『キツネ憑き』の多くがこちらへ向かってくるのは好都合だが、このままでは消耗するだけだ。自分はともかく、人形の方は長く保つまい。
鋭く呼気を整える合間、横目にそちらを窺い――――心臓が竦み上がった。
火焔に包まれた生首の姿をした妖怪がゴリアテの背後、梢の上に忍び寄っていた。今にも投げ落とされそうに燃え盛る鬼火に、人形はまったく気付いていない。
ゴリアテ人形は頑丈だ。刀で打っても通じぬ程に。あの程度の鬼火ならば深刻な損傷を与える物ではないだろう。
――だが、髪と服はそうはいかない。
人形遣いが与えたそれは、容易く灰に還る。
一瞬が何千倍にも引き伸ばされた。
早まるな。あれは致命傷に成り得ない。
焦って打つ手を取り違えるな。それではこの危地を切り抜けられぬ。
奴も、自分も、それでは決して助からぬ。
自問するまでもなく分かっている。
今は一刻も早く自分の周りの敵を片付け、奴の元へ駆けつけるのが最善手。そんなことは、分かっている。
――嗚呼。しかし。
主を慕う奴の顔は、本当に、愛おしそうだったのだ。
気付いた時には、既に身構えていた。
長々と途切れぬ耳障りな咆吼が聞こえる。それが自分の喉から発せられる音だと気付くには時間がかかったが。
怒れる明王が如く吐息を爆発させた瞬間、両手に携えた剣が空を走った。
剣先が滑り、紫電が哭く。
眼前の敵のみならず人形の傍、振り下ろされる鬼火も砕く剣閃が異形どもを塵芥の如く吹き飛ばす。その勢いは視界の果て、夜闇の彼方まで届いて尚衰えない。
斯くて凄刀、二百由旬を一閃す。
尋常の理では計れぬ奥義はその一刀を以て、群がる『キツネ憑き』の間に道を生み出していた。
野分のごとくその空間を駆け抜け、妖忌は必中の機で落としたはずの鬼火を失い困惑する生首妖怪を叩き落とす。
地面に落ちた妖怪に止めの切っ先を振り落とした所で――背中に灼熱が弾けた。
「が――――ッ!?」
「――ジ、ジー……!?」
赤に、白に、黒に明滅する視界の中、掠れたゴリアテの絶叫が聞こえる。
悲鳴を喰い殺すつもりで歯を食いしばり。
渾身の力で地面を踏みしめて、妖忌は前へ傾いだ体勢から強引に背後へ剣を突き出した。切っ先は幸運にも、そこにいた昆虫のような脚をした男の胸へ突き刺さる。怨嗟の悲鳴を曳き崩れ落ちる男の手には、鮮血で彩られた、錆びくれた鉤が握られていた。
それが自分の背を掻き裂いたのだと遠い所で認識しながら、妖忌は肩越しに背後を見る。
「待たせたな、物体」
「ジジー…………チ。ケ、ガー……!」
「うむ。痛い」
答える言葉に偽りはないが、気持ちはむしろ軽やかだった。
――それ、見たことか。後先考えずに手を打った結果がこれだ。
人形は最早まともに動けず、自分も浅からぬ手傷を負った。もはや錆び付き往年の影もない奥義で一時押し返したものの、もう『キツネ憑き』は包囲を再開している。
二人が助かる目は潰えた。
自分の軽挙が、その芽を摘んだ。
「済まぬ」
ぽつりと呟き、視線を前方へ戻す。
未だ十重二十重に周囲を囲む妖怪たちをひとしきり睨みつけ、妖忌は背後のゴリアテを隠すように両手の剣を広げた構えを取った。
二人が助かる目は、潰えたのだ。
だから、
「貴様はどうにかして逃げろ。連中はまだ私の方を驚異と見ているだろう。逃げ切る目が無いとも限らん」
「……ジジー、ハ……?」
「私の剣は戦場刀だ」
斬ることにしか閃かぬ。
怯える子供のように声を震わせるゴリアテの方は見ないまま、妖忌は不器用に口をねじ曲げた。
「日々、励め。…………貴様の剣には意味がある」
「ジジ――――!!」
ともすれば悲鳴にも聞こえる声を背後に置き去りに。
獣の如く吼え猛り、妖忌は『キツネ憑き』の群れへ斬り込んで行った。
魚妖怪を袈裟懸けに斬り、水妖精の群れを砕き散らし、地面から突き出す根妖怪を踏みつけ、引きちぎり、左右から斬りつける武者妖怪の刃をはね除ける。
鹿のような姿の妖怪が、額に生えた捻れた角で脾腹を突き裂いて行った。溢れ出る悲鳴を血の味と共に呑み込みその首に白刃を落とせば、その時にはもう別の狼妖が脚に食らい付いている。舌打ちをする余力もない。再度振り下ろされた武者妖怪の剣へ自ら脚を差し出し、こそげ落とすように狼妖を斬らせた。
避けきれずに浅く斬られた脚は踏み込みが効かず、武者妖怪の鎧を貫けない。木剣の牽制を打ち込みながらその脇を走り抜ける。
(全員、こちらへ集まるが良い)
追いかけてくる『キツネ憑き』の足音を聞きながら、妖忌は荒い呼吸の合間に薄い笑みを浮かべた。
連中を引き寄せられればゴリアテ人形がこの場を離れることが出来る。
あんな物体の為に、命を捨てる剣を振るうことになるとは思いもしなかったが、
「上等か」
我知らず、それは言葉になっていた。
上等だろう。
わけが分からぬ忌々しい人形だったが。
少なくともこの最期の時、自分は奴を生かすために、意味を持った剣を振るえている。
ならば、上等。
「上等だ」
黒い波となって押し寄せる『キツネ憑き』たちのぎらついた眼へ振り返り、脚を止める。
襤褸屑のように刻まれた身体で、妖忌はそれでも揺るぎない二刀の構えを取った。今度は護るための構えではない。
ただただ敵を、斬る構え。
「まったく、上等――――――!!」
捻り出した咆吼は、歓喜の声とも区別がつかなかった。
『キツネ憑き』の波が妖忌の身体を呑み込む。周りの木々も巻き込んで押し流す殺意の奔流の中、右も左も天地も分からぬまま、妖忌はひたすらに目の前の敵を斬った。
地を踏めぬなら天を蹴り。
空在らぬなら血を呼吸して。
斬る。
斬る。斬られ、焼かれて、尚も斬る。
いつしか我も彼も消え失せて、想いも心も燃え尽きて。
たったひとつ。百万の山を削り熔かし、やっとひと欠片を取り出す真鉄のような、純粋で、偽りのないシンプルな意志が残る。
斬る
果たしてどれだけの時間が経ったのか、妖忌には分からない。
気付けば平穏な丘には、戦場さながらの屍山血河が築かれていた。妖怪、妖獣……姿形も様々な屍が辺りに散らばっている。
此処が一体どこなのかも覚えていなかった。屍が並ぶ方向を見れば、どちらからやって来たのかは分かったが。
「……、ッ――――」
震える脚を支え、壊れたふいごのような音を立て呼吸する。
未だ四肢が満足についていることが不思議なほどだった。もともとぼろだった着物は、もはや雑巾にもならぬほど切り刻まれ、焼き焦がされている。酸を使う妖怪が居たらしく、露出した肌に引きつるような激痛がこびりついていた。
止めどなく口腔を溢れる血を拭うこともなく、妖忌は視線だけで辺りを見回す。
あれだけいた『キツネ憑き』はどこへ潜んでいるのか、それともあらかた斬り伏せたのか。
姿が見えるのは猿のような姿の低級妖怪が三、四匹に、鬼火を弄ぶ手足の生えた石くれの妖怪、嘴の代わりに管状の針を備えた烏が数匹ずつ。それでも妖怪たちに疲れは見えないし、妖精は未だ数が多い。
木の葉の刃を飛ばす妖精を迎え撃とうと、木剣を振り上げようとして…………肩に突き刺すような激痛が走る。筋がいかれていたのだ。
思わず剣を取りこぼした妖忌を、つむじ風と共に木の葉が切り刻んで行く。まだこれだけ残っていたのかと思うほどの血が霞となって宙に舞った。
遂に膝を支えていられなくなり、どさりと前のめりに倒れ伏す。
倒れたまま尚も剣を握ろうとするが、再度生まれた激痛がそれを許さない。見えないが、恐らく指が折れていた。
そうでなくともとうに限界を超えていた身体は、一度倒れれば容易には動き出せぬ。
残った妖怪たちは微動だにしない妖忌を取り囲み、まだ警戒しているのかじわじわと間合いを狭めてきた。
心地は、白州の砂利の上。
「年貢の納め時、か」
苦笑したつもりだが、実際には吐息すら吐き出せていなかった。
身体を突き動かしていた熱と昂揚が薄れてゆく。それに呼応するように視界も黒く塗り潰されていった。
感覚はとうに失くしていたが、指に引っかかる剣の感触だけは残っている。血と脂で手の皮に貼り付いているそれを意識してもう一度、今度ははっきりと苦笑を溢した。
我が剣よ。人斬り庖丁よ。斬ることにしか意味を持てぬ、空しく血錆びた戦場刀よ。
千を数える生の中、初めて貴様に感謝する。
その貪欲な意志がなければ、ここまで戦う事は出来なかったに違いない。
これだけの数を斬れば、いかに動きの鈍ったゴリアテでも逃げ出せているだろう。頭は物体だが、存外にはしこい事は分かっているのだ。
頭の横に妖怪の足音が落ちるのが分かり、妖忌は瞼を閉じる。
――我に悔い無しと胸は張れぬが、ま、上等な人生だったのではないか。
何もかもが中途のまま途切れる意識に、妖忌は不思議と満足感を覚えていた。
だから。
意識を手放す直前に聞こえた、莫迦な物体が自分を呼ぶ声も幻聴と信じて疑わなかった。
■
「――と。まあ、今日の調査はこんな塩梅ですわな」
「芳しくないわねぇ」
かっこん、と。
合いの手でも打つようなタイミングで、夜の庭で優雅に――いやさ幽雅に――鳴る鹿威しに、なんとなく目を向けてから。
改めて、卓の向かいに座る御仁……冥界の主、西行寺幽々子に視線を戻して、小町はひょいと肩をすくめる。
「正直に、お手上げを言いたいところですぜ。ほうぼうかけずり回って分かったことといえば、『キツネ憑き』は怨霊の取り憑いたんじゃあないってことくらいで」
「そりゃ怨霊が原因なら、覚りが気付かないわけもないでしょう」
「そう仰いますがね、お嬢」
暢気に卓の上のどら焼きに手を伸ばす幽々子に顔をしかめて、自分に出されたお茶を一口すする。
西行寺幽々子は閻魔・四季映姫に冥界の管理を任された身であり、立場上は死神との上下関係はない。格別に畏まった態度をとることもないのだが、自然と相手の腰を低くさせる独特の空気を持っているのだ、このゆるふわオバケは。
広い和室に染み込ませるように溜め息をつき、小町は言い訳がましく言い募った。
「じかに連中の魂を見りゃお嬢も合点がいくはずなんだ。怨霊が取り憑かれた者の魂をひどく蝕むのは、お嬢もご存じでしょう」
「ええ。『キツネ憑き』を見たけれど、確かに魂の汚染は酷いものだった」
「でがしょ? あたいが心得違いをしたのも無理からぬ…………、って」
我が意を得たりとばかりに勢い込んだ、その出鼻を挫かれて。
上品に、その上で目を剥く程の速度でどら焼きを平らげる亡霊姫に手の平を向け、小町は慌てて問い質した。
「お待ちを、お嬢。『キツネ憑き』を見たことがあるってンで?」
「お昼ごろだったかしら」
「な……なんッ、つー真似を、このお天気ファントムは!」
「ちょっと可愛いわね、それ」
思わず本音が漏れるが、幽々子は気にした風もなく盆のどら焼きに手を伸ばしている。
どのみちそちらは気にせず、小町は卓に身を乗り出して唾を飛ばした。
「話は通ってるはずでしょ! お嬢やスキマが『憑かれ』ちまった日にゃ、こっちはお手上げなんですぜ!?」
「本当? 妖夢なんかここぞとばかりに『予行演習です』って持てるスペルカードを根こそぎばらまいて襲ってきたけれど」
「それは直ちに日頃の待遇を改善してやってくださいよ」
「久し振りにあの子と遊んだわ。常時がっつり白楼剣で斬りかかってくるのは勘弁して欲しかったけど」
「本気だったんじゃあ……」
うそ寒いものが背筋を伝うが掘り下げるのは止めておく。エキセントリックな愛情表現も、それを受け止める感性も双方問題だ。
げんなりと頭を振る小町に平然と笑み返し、幽々子は二個目のどら焼きで口元を隠す。
「さすがに顕界へ降りたわけではないわよ。……『キツネ憑き』を見た場所は、この白玉楼」
「! そいつ、は――」
「大丈夫。たまさか一匹、幽冥の境から迷い込んだに過ぎませんわ」
幽々子が静かに頭を振るのに、小町は音もなく安堵の息をついた。
ただでさえ発生の範囲が絞れないのに冥界まで考慮に入れねばならん、では流石に収拾がつかない。
二つに結った赤毛を掻きかき、下唇を突き出して呻く。
「とにかく取っ掛かりが無いんですよ。誰が、どうしてこんな騒動を引き起こしてるんだか。こうなりゃいっそ胡散臭い野郎を片っ端から引っ立てて、うちのボスでも覚り妖怪でも引き合わせてやった方が早いかも知れませんぜ」
「ぎく。私はなにもしていないわよ」
「ぎくって本当に言う人、初めて見たなぁ」
「うう、ならば白状するわ。全部妖夢がやりました」
「やってませんが」
なにが「ならば」なのかは分からなかったが、小町が指摘するより早く背後から声がした。
振り向けばするりと襖が開き、廊下に座った妖夢の姿が現れる。茶を替えるタイミングを計っていたのだろう、傍らに湯気の立つ湯飲みを載せた盆があった。
庭師の少女は静かに部屋へ入ると、小町と幽々子の湯飲みをそれぞれ取り替えながら首を傾げる。
「なんのお話ですか?」
「分からずに否定してたのかい、お前さん」
「幽々子様が素直に白状されたときは大抵嘘八百ですので」
「阿吽の呼吸ね」
胸を張って宣言する幽々子にとりあえず困った視線を向けてから、小町は妖夢へ肩をすくめて見せた。
「例の『キツネ憑き』の件さ。お嬢や覚りは彼岸の協力者だからね、あたいが連絡係も兼ねているんだよ」
「小町さんも調査に参加されているんですか?」
「ま、本当は荒事得意の『お迎え』担当に任された仕事なんだが。幻想郷に明るい死神っちゃあ小野塚小町さんをおいて他にあるめぇ」
「珍しく仕事熱心なんですね」
「生意気な。ひとが珍しく勤労意欲を働かせているってのに」
歯を見せて笑い、妖夢の銀髪をがしがしかき混ぜてやる。
むう、と唸りながらもその手を払おうとしない彼女にますます笑みを深めながら、ふと思い立って小町は訊ねた。
「お前さんも話に参加しないかね。お嬢だけだと話が逸れて仕方ない」
「えっと。すみませんが」
「ああ、仕事中だったか。無理は言わんよ」
「いえ。……ただ、ここに座っていると左右のプレッシャーが実に憎たらしくも羨ましく」
「うん?」
怪訝顔で首を捻るも、妖夢は答えない。親の仇でも見るような目で小町と幽々子の胸元をそれぞれ睨んでから、失礼します、と盆を持って退室していく。
頭を掻きつつそれを見送ってから、結局気にしないことにして、小町は視線を向かいへ戻した。
「ええと。なんの話でしたっけ?」
「そうねぇ。忘れちゃったから、別の話題にしても良い?」
「へえ。ま、この件のことならなんなりと」
「発生した『キツネ憑き』への対応なのだけれど」
――かっこん。
鹿威しが静かに啼く。
一瞬身体が強ばってしまったのを亡霊姫は見逃すまい。
忌々しい思いで奥歯を噛むが、どのみち拙い腹芸で煙に巻ける相手でもない。
押し黙る小町を見つめたまま、幽々子は新しいお茶を手元に寄せて後を続ける。
「死神の手を割いているわけじゃないようね」
「……さいで。対応よりも原因の究明を、と是非曲直庁は考えてます」
「でも、完全に見放したわけでもない」
「いずれしなけりゃならんことです。『憑かれ』ちまった連中のためにも、早めに処理してやれるならそれに越したことはない」
「理屈は分かっているわ」
「きっとそうだと信じていました」
「けれどね」
音が消える。
いや、そう錯覚しただけだった。鹿威しの音も、行灯の油が燃える音もかき消えて、濁流のような騒音が耳の中に溢れかえる。
自分の血流を聞いているのだと言うことは――硝子のような瞳でこちらを睨む亡霊を見るまでもなく分かっていたが。
針で留めたように硬直する小町の頭へ、直に染み込むように温度のない言葉が突き刺さる。
「納得するかは、別問題」
「――そ……う、でしょう……ね……ッ」
竦み上がった肺に無理やり呼吸をつかせ、どうにか言葉を絞り出す。
脂汗が噴き出す。
だがそれを拭う余力もない。毛一本でも力を抜けば――――死神といえど、「誘われる」。
たちまち血の気を失う小町を感情のない顔で見つめ、幽々子は音も立てず茶を啜った。
「リスクを冒すくらいなら、最初からなにもしなければいい」
「事、態は……そんな、こっちゃ…………ァ、なッ…………!」
「言ったでしょう? 理屈は分かっても、納得はしないの」
喘ぐように、それでも必死に言葉を返す小町に答えると、幽々子はふいと目を伏せた。
途端、突き放されるように身体が自由になる。弾けるように仰け反って、小町は咳き込みながら呼吸を整えた。
涙すら浮かべて胸を押さえる死神を、幽々子はおよそ邪気のない微笑で見つめている。
「訓練が足りないわね。それでは死に呑まれてしまうわよ」
「冗、談っ――でしょう……! 並の……くそッ。並の生き物なら、三べんは河を渡してる」
畳に手をつき天井を仰いで、小町は荒い呼吸の合間に毒づいた。
ごめんね、ところころ笑みを転がして、幽々子は三つ目のどら焼きに手を伸ばす。
ようやく小町の呼吸が落ち着いてきた頃にはもうそれを平らげて、彼女は再び感情の幽かな顔に戻っていた。
「どうしても妖忌でなくてはならなかった?」
「事実上、最善の手管ですよ。腕は立つし身が軽い。……日陰仕事を厭わない根性も、今回のコトにゃ向きだ」
「もしも妖忌が『憑かれ』たら」
小さな、軽い音。
それまで一切音を立てなかった幽々子が、卓を指で叩く。
きゅぅと双眸を細め、彼女は平板な口調で囁いた。
「私はもう冷静には振る舞えないわよ。……何十年か振りに家族のわだかまりが解けかけているの。邪魔は入れて欲しくない」
「そんときゃ――」
居ずまいを正し、膝に手を置き。
小町は一時たりとも幽々子から目を外さず、きっぱりと言い放つ。
端から決めていた腹を明かすのに、当たり前だが迷いはなかった。
「そんときゃ、あたいがあいつを殺します」
「…………」
「その足であたいはここへ来て、お嬢、あんたに殺して貰いますよ。……死神だって『誘』えるようですからね」
「本気?」
「どうして今度に限って、あたいが熱心に仕事してるとお思いです」
舌打ちは流石にしなかったものの。
視線が険しくなるのは抑えられず、腕を組み、低く押し出すように言葉を吐く。
「ダチに命を張らせてるんだ。手前ぇのタマひとつも賭けられなけりゃ、そいつは腰抜けってんだよ」
「そう」
死神の眼光を、亡霊は意にも介していない。
臆する様子もなく両目を伏せ、しばし部屋に沈黙が訪れる。小町は、視線を外さない。
だがややあって、彼女は正座したまま一寸も跳び上がった。
西行寺幽々子が頭を下げていた。
「ごめんなさいね」
「あ……や、なんかその、へぇ。そら、納得していただけりゃもうあたいは。へぇ」
押しには強いが、引かれると脆いのが駆け引きに慣れぬ外勤の弱み。
狼狽して、何に謝っているかも分からぬままぺこぺこ頭を下げ哀しい三下根性を見せる小町に、幽々子はようやく元のふわふわした微笑を浮かべ直した。
そして僅かに眉を顰め、
「でも、万一のときは冷静で居られないというのは嘘じゃないからね」
「こっちも、冗談ごとはひとつッきりと言ってませんや」
「よろしい」
ぽむ、と着物の袖を打ち合わせて。
にっこり笑い茶菓子の盆を引き寄せて――客に食わせる気は無いらしい――幽々子は声の調子を変えた。
「お仕事の話に戻りましょう。これまでに『キツネ憑き』が発生したのはどこだったかしら?」
「切り替え早いなぁ」
ふっと卓に突っ伏して、溜め息混じりにぐったり呻く。
――本気で死に誘われたら抗うことも、そう考える暇もないのだろうな。
未だきりきりと痛む心臓を意識しながら、小町はゆっくり身体を起こした。
「掛け値無しのバラバラですよ。あっちの平原、こっちの窪地、てな具合でさぁ。……ただひとつ、とりわけ妖怪の山に『憑かれた』妖怪が多かったんですが」
「あら。なら黒幕は山に潜んでるの?」
「だったら話は簡単なんですがね。ここまで規模の大きな真似をしでかす奴が潜んでりゃ、天狗が気付かない道理がありませんや。聞けば天狗も見廻りを強化してるそうですが、怪しい者が忍び込んだ形跡はないって話で。単に『憑かれる』ほど力の弱い妖怪の絶対数が多かっただけでしょう」
「そりゃそうよねぇ」
「あ。それと、守矢の巫女と乾の神が湖と神社を中心に守護方陣を張っていて、その内部じゃ『キツネ憑き』もまだ発生してないって話です。もっとも、結界のせいじゃなくたまたま発生していないだけと考えた方が適当でしょうが」
「そうね、楽観は良くない。………………良くないのだけれど」
付け加えた報告に、ふと幽々子が考え込む素振りを見せる。
ややあって、彼女は少しだけ目を細めこちらに顔を向けた。
「――あそこの神は風神だったわね」
「冬眠する土着神も居ますがね。結界にゃあ向きじゃないってンで、相方のサポートに徹すると言ってましたよ」
「つまり、風の方陣を敷いたのよね。どんな結界だったかしら?」
「どんなと言われても……シンプルですが、強力な結界でしたぜ。湖付近一帯を神風で囲い、侵入を防ぐ。出入りの際にゃ天狗の先導をいただくって寸法で、よく出来た仕組みと思いましたが」
「天狗が? ということは、退魔方陣は組み合わせていない? 力学障壁のみだったのね?」
「た、退……りき? ええと、結界にゃ疎いもんで、そりゃなんとも」
「だとすれば、八坂神奈子――――博打を打ったわね。山の妖怪を危険に晒してまで? いえ、それだけ彼女は今回の件を重く見たと言うこと……」
「……話が見えんのですけどね」
何か合点した様子でぶつぶつと独りごちる幽々子に、小町は慎重に声をかける。
思わず声量を落としたのは、彼女が余りに深刻な顔をしていたからだ。ともすれば先ほど小町を「誘い」かけた時より切羽詰まった、余裕のない表情。
ちらりとこちらを窺い、幽々子は静かに唇を動かした。それは説明をする調子ではなく考えを整理するための発言に思えたが。
「天狗は風を操るけれど、祓魔の力は持ち合わせていない。その天狗が結界に穴を開けられると言うことは、結界にも魔を祓う力が備わっていないということ」
「…………うん?」
「つまり『キツネ憑き』が呪いや魔術によって引き起こされているなら、それを防ぐ力は守矢の方陣にはないということよ」
「っな――」
「でも実際に、結界の内に『キツネ憑き』は発生しなくなった。断定するには尚早だけれど――『キツネ憑き』を引き起こしている直截の原因は、強風に阻まれれば影響を及ぼせないような、実際的で物質的な要因であると考えられる」
ごくりと息を呑む小町に、幽々子は小さく口の端を持ち上げる。
「わざと退魔方陣を外すリスクを冒してくれたのだもの、これ以上はこちらの仕事ね。是非曲直庁が動いているからこそ、こんな無茶な賭けで『キツネ憑き』の手掛かりを導き出してくれたのでしょうし」
「やっこさんたちとしちゃ、こいつを『異変』として解決できれば山の信仰も深まるってところなんでしょうが」
実際に、その腹積もりもあるだろう。謹慎令が届いていなければあの垂直発射式巫女あたりはとっくにあちこちをかけずり回っていたはずだ。
ともあれ、雲を掴むような話だった調査に光明が差したことで、小町の頭も俄然回転を速めだす。
呪術・魔術の類でないというのは僥倖だった。そうであれば可能性はむしろ無限大だ。
生き物を狂気に陥らせるという事態であるが故、波長を操る竹林の兎あたりが臭いと睨んでいたが、物質的な要因となると彼女は白である。
即座に思いつく心当たりは、二つばかりあった。
幽々子が声をひそめる。
「あなた、地底には出向いているのよね」
「へえ。……しかし土蜘蛛はシロでしょうぜ。地底じゃ『キツネ憑き』は発生していないし、大体、覚り妖怪の膝元で悪だくみってんでもないでしょう。必然、奴の言葉通りに――《疫病》の類が原因じゃあないってことになる」
「なら、私に思いつく原因はあとひとつ」
「あたいもです。…………ちょいと、ひとっぱしり行って来ます」
「一応、守矢の様子も見て来てくれるかしら。大丈夫とは思うけれど、推測が間違っていたらことだものね」
「心得てまさぁ」
真面目くさって頷くと、小町は身軽に立ち上がった。
襖を開けて廊下へ飛び出したところへ、丁度お茶と、代わりの茶菓子を持った妖夢に鉢合わせる――出来た従者だ――。
びっくりして眼を丸くする妖夢に、小町は早口にまくし立てる。
「ちょうど良かった、魂魄の。預けた鎌はどこにある?」
「え? ああ。上がり框のところに置いたままですが」
「そうか。ちょいと急用なんだ、これでお暇するよ」
「小町さん?」
首を傾げる庭師の隣を、半ば駆け足で通り過ぎた頃には――――彼女は既に、何十間と離れた白玉楼の玄関へ辿り着いていた。
そこへ丁寧に立てかけてある捻れた刃の大鎌を担ぐと、綺麗に揃えた下駄を突っかけ、夜空高くへ飛び立っていく。
再び目的地までの距離を縮めるべく霊力を集中させながら、小町はスゥと目を細めた。
胸に奇妙なざわめきがあった。
嫌な予感がしている。
(もう少しだ。もう少しの間、ヘマを打つんじゃないよ……ジジイ!)
予感と共に頭に浮かんだ仏頂面の老剣士にそう吐き捨て、小町は大きく鎌を振り下ろした。
物質的な要因で、無作為に拡散し、生き物を狂わせる。
そういったものは昔から《病》か――――《毒》と相場は決まっているのだ。
【続く】
妖夢におおむね同意。デカかわいい。
こんな小説を(ry
ジジーかっこかわいいよジジー
疾風の如く3へ猛進いたします!
爺さん、ガッツだぜ!
こんなに主人公な妖忌は初めてです。
では3に行ってきます。
>>巧みに隠していましたが小町が大好きです。
え、常識じゃなかt……びっくりした!!
キツネ憑きたちをなんとなくサイレンの屍人で想像してるのはきっと自分だけじゃない……はず
リングのあの曲って「来る きっと来る」じゃなくて
「Uh-Uh きっと来る」って言ってるんですよね、確か。
次回、果たして流された鍋の行方や如何に!?
「毒」を使う黒幕も気になるし、妖忌の生死も気になる。
わくわくしながら続きを読みたいと思います。
ゴリアテやっぱ可愛いなあ!
ゴリアテ可愛い
あるあるwww
妖忌が気になる続きを読んできます。
もうはらはらさせられる!大急ぎで3話に行ってきます。本当に表現のレパートリーが広い。
自分の頭が良くなりそう。
早く3へ
読むのが愉しくて仕方ないです。
1話のさとりんに続いて今度はゆゆ様がすばらしい!
しかし個人的には垂直発射式巫女が一番ツボでしたw
DC2段目の格好で宇宙(そら)に飛んで行くと頃まで見えました…
ジジー!!
この短期間でここまで足運びや剣の振りを改善できる吸収力…
まったく、しょう…もとい、素朴純朴な擬似精神は最高だぜ!!
・身だしなみを大切にするゴリアテ人形の気持ちを汲んであげている妖忌の爺さんは紳士だと思いました。
・>巧みに隠していましたが小町が大好きです
あら幽々子もびっくり。
コメントは全読後に
無垢でひた向きなゴリアテも実に愛しい。妖忌への接し方が狂おしいほど可愛い。
続きが楽しみだー
次ッ
続きが気になって仕方がありません
文章のテンポ、面白さ、表現なども素敵。