お腹の中に石が詰め込まれてるような心持ちだ。何と無く胸の辺りが重くて、詰まっている。肺の中身が空気じゃなくて砂利に取り換えられていると感じて、息を深く吐いてみた、限界まで吐ききって砂を追い出す。それから息を吸うと、少しだけ胸が軽くなった。が、また砂利になる。また吐き出す。新しく空気を入れる。、こうやって、私は深呼吸をする。
指先がピリピリと痺れているような感覚がしている。そこだけ電流を流されてるみたいだ。脇を圧迫して腕に血が行かなくすると、指先からピリピリと痛覚が下りて来てその内捻れるけど、あの感覚に似ているなと思った。あんなに痛くないけど。違和感が強いので目で見て確認してみる。大丈夫、おかしくはなっていない。、そうやって、私は自分を再認識する。
頭がぼうっとしてろくに物も考えられない。身体の軸も何だかずれてるみたいで、バランスを保てそうになかった。熱に浮かされたような、と形容することも出来るけど、どちらかと言うと自分の吐いた息を吸って頭をぐらぐらにする遊びに似ていると思う。でも息はちゃんと吸っている筈だから、これは酸欠ではないとは分かる。だけど何が原因かまでは頭が回らない。仕方無く頭に手を突いて、うあー、としてみた。、どうやって、私は生きてたっけ?
大体、何を言おうとして何をしようとしていたかも忘れたよ。脳が真っ白に漂白されてて、直前までの自分と今の自分との自己同一化が上手くできない。私はどこ、ここは誰? ベタ過ぎて言葉も無い。まあベタなのも悪くはない。いや悪いか、悪くても再認作業は必要なのであった、まる。
「えっと…………」
まず私は誰? フランドール・スカーレット、紅魔館の半地下部屋に引き篭、じゃない住んでいる妹属性吸血鬼。いや属性っていうか妹だけどね。毎日本読んで絵描いてご飯食べて思い付いた遊びを一人でやってみてはノートに書いたりしてます。ニートです、間違った、姉の脛かじりです。言うて姉も遊んだりなんだりタージマハタリしてばっかりだから、正確を期すなら咲夜の脛かじりです。あら美味しそう。そんなこんなでいつも暇しているのであった、今は違うけど。
次、ここはどこ? 私の部屋だね。図書館の前をがーっと通り過ぎて奥まで行くとある私の部屋だね。ベッドと机と図書館から運んできた本とあと紙の束とか色々雑多にとっ散らかっているけど、私は、うん、汚いのは嫌いだから整理はしているのよ。ただ、埃っぽさが尋常じゃなくて掃除が大変。私だって埃っぽいのは耐えられないから遊ぶ前には自分で掃除したりはするんだけど、全然取りきれなくてハウスダストの舞い上がりようが半端じゃなく深刻になる、んだけど気にしないで遊ぶっていう無茶。というか喘息持ち設定なのはパチュリーさんですし、私には情緒不安定設定が既にあるのでいらないよ。舞え、ハウスダストよ。
最後、今はどんな状態? やっと話が進むのね。私が自前の思考を垂れ流してそれで終わるのかと思う位長々と状況が進まないんですもの。それは一大事で即座に対策本部が立ち上げられるべき事態なのでそろそろ話を進めようと思うのですが如何でしょうか? え、早くしろ? はいはい分かりました、不肖このフランドール、頑張って状況を深刻化させてみようと思います。
「…………うん」
壁に並んだ蝋燭が隙間風に揺れる。その不規則な動きに少しずつ寄り添うように、私の心も振り幅を大きくしていく。血脈が巡って耳元で喚き立てる。牙が疼きを高めて感情に制御が利かなくなってくるのをゆっくりと押し止めて、息を吐いた。
暗い部屋の中央、天蓋付きベッドに黒衣の魔女が横たわっていた。黒いスカートにワイシャツ、ベストも同じく黒く、今は息苦しくないように釦が開けられていて、彼女の白い肌が覗いている。シーツの上に散らばった金髪は太陽の輝きと言うよりは、星屑の煌めきを思い出させる。それでも、いつも日の下を歩いているであろう彼女の金色からは微かに太陽の匂いがした。
良く遊びに来てくれる魔砲使い、霧雨魔理沙だ。一緒に弾幕ごっこをしたり私の知らないお話を聞かせてくれたりする。大体元気君ではしゃいでるけど、たまに凄い落ち込んで部屋の隅で笑ったりしてる。そういう時に声をかけると抱き付かれてぬいぐるみ代わりにされてしまう。彼女だってやることがあるだろうに、本当にしょっちゅう来るので逆に心配でもある。でも私も彼女が来てくれるのは嬉しいので、それを口に出したりはしない。
どうしてその彼女がこんな所で横になって、と言うか爆睡しているのかと訊かれても返答に困るので訊くな。私がご飯を食べに行って帰ってきたら、他人のベッドですやすやオネムでもう寝顔可愛過ぎて色々と決壊しそう。そっと足音忍びやかに近付いていって魔理沙の顔を覗き込む。どうして足音を忍ばせたのかは言わなくても分かるだろ察しろ。好きな相手が無防備に寝てるんだからやることは一つだろ常考、とか言いつつ当の私はと言えば心臓の音も高らかに目眩立ち眩みいっそ座れよと言われそうな程に前後不覚。世界がぐるぐる回るぜ。
一息吐いて、話を戻そうとも思ったが、なんと何を意図して話し出したのかがあやふやに曖昧で模糊だった。なんで話を進めようと言ったんだっけか。あ、そうだ、今の何も出来ない魔理沙に私が文字通り好き放題出来てしまうという状況に対して私はどうするべきかという重大かつワクテカな問題を解決しようと思ったんだった。そう言えば、さっき寝てる相手にすることなんて一つ的な発言をしたと思うけど、前言というのは撤回される為にあると言っても過言ではないので撤回して言わせてもらうが、好きな相手が無防備に寝てた場合に取れる行動は無限だろう、駄菓子菓子、現実問題としてそれが出来るかと問われればそんなことはないわけで、更にも増して私は意外とチキンさんなので思い切った行動は取れないとここで公言してしまおう。今そこの貴方は『そう言っておいて行く時は大胆に行くんだろ? この肝試しでペアおいてけぼりにするタイプめ』とお思いだろうがそんな貴方の為にもう一度言おう。前言とは撤回される為にあるのだ。私みたいな奴のことを俗に“適当人間”という。
「魔理沙」
返事は無い。返事が無いことを予期して声をかけたからこれっぽっちも動揺なんてしない。そっとベッドの端に腰かけて、彼女の髪に手を伸ばす。軽くウェーブがかかった彼女の金色は私が触れようとすると、柔らかくしなりながら逃げていってしまう。それを捕まえて口元に寄せると、戯れにくすぐるように揺れて、指の間から零れ落ちていく。
「…………魔理沙」
暗い部屋に私の声が反響する。彼女の規則的な呼吸音に耳を澄ませ、髪を手で弄ぶ。心は平然とはしていない。心拍数はただ上がりだし、胸の異物感は一層強くなる。切なさに圧されて息を吐いた。
一回落ち着いた方が良い。肺の中の砂を出す。また吸う。それから余裕ぶった笑みを浮かべてみた。ただぶってるだけで、心臓は相変わらず速いままだ。それでもそうやってると少し落ち着いてくる。
「よし、ダイブ!」
突撃敢行。魔理沙が寝ているのの横に身を投げ出す。添い寝添い寝わっしょいわっしょい。あんまし勢い良くやりすぎると埃が立つので掛け声は威勢良くとも、ゆっくりと、彼女が起きないように気を遣いつつ隣に寝そべる。なんか良い匂いがするじぇ。
「もふもふー」
匍匐前進で近寄って迎撃だ。がしかし間近で顔を見たら撃沈だ。うわーうわー顔近ぇ、って自分から寄ってったのにそんなことを思う。身体を寄せて手を伸ばして彼女のほっぺに触れる。すべすべだよ、うわ気持ち良い。じんわりと指先に伝う熱を感じながら、輪郭をなぞっていく。
「あ」
弾幕ごっこの最中についたのだろうか、右の頬の耳の下の辺りに傷があった。火傷じみた掠り傷。擦過傷って言うと痛そうに聞こえる。痛そうだな。特に意識した行動ではなかった、ただ気付けばそっと口を寄せていた。ざりっとした感覚は治りかけの証拠、不快感が煽られるのにも構わず舌で丁寧に舐める。幽かに血の味がする。ずくりと牙が疼きを高める、でも良く考えれば私はさっきご飯食べたばかりなのでお腹はいっぱいの筈だ。それでも喉が渇くのはどうしてだろう。
傷の感触を惜しみながら彼女から離れた。このまま続けると変な気分になりそう、と言うか既になりかけである。自重しとかないと行ける所まで行ってしまいそうだ。行ける所、終りまで一直線に。欲張りな私はそれを欲するけど臆病者の私はそんなの嫌だと言って憚らない。そんな崩壊は望んでいない、と。
些末は兎に角、魔理沙からは離れた。そうしなきゃいけない気がした。息吐いて顔を上げる。ふう、やれやれ。と、黄色瞳と目が合った。思考が止まる。あれあれ、いつの間に起きてたんでしょうか。もしかして、もしかしなくても今彼女の傷口舐めてたの以下略、略だ略皆まで言うな負ける。
「フラ、ン?」
大丈夫寝惚けてるみたいだから今なら何しても大丈夫、じゃないよ何言ってるの。いやでもキス位なら良くないっすか? 良くないっす、アウトっす。って言うかここでキスできるようならとっくに告白してるっつーの。実にですよねーな切り返しキタコレうわ笑えない。正論は時に私の胸を深く抉るのであった、ぐさーっ。
無理矢理に思考を断ち切って魔理沙を見る。彼女はぼやっとした顔で当然の如く抱き付いてくる。うぎとかむぎとかそれに類似した呻き声を口から漏らしながらなされるがままに抱き付かれた。心拍数が二段階程はね上がり、視界が一瞬でブラックアウト。密着がパネェっす、彼女の心音が吸血鬼イヤー(耳が良いと言いたい)を持ってしなくても聞こえる位密着している。まあ、いつもぬいぐるみにされている訳だし今更密着程度でどうにかなったりはしないですよ。しないって、しないんです。
「うにゃ、む…………フラ」
すーっと魔理沙の呼吸が規則的なものに変わる。なんと私を抱き枕にした状態で寝てしまったようだ。こうなったらもう動けない。ここで意を決して脱け出すのは寧ろ礼を失した行為だと言わざるを得ないだろう。よって、私は最早する事も出来る事も無いのであった。仕方が無い、私も寝るとしよう。こちらからも密着率を上げる為に抱き付く。魔理沙は柔らかいから抱き枕には最適である、ちなみに魔理沙も私の事を同じように評していた。つまり私と魔理沙なら永久機関完成ってことだね素晴らしい。学会に発表しても良いレベルの発見だ、一種だか二種だか知らないけどさ。
魔理沙の胸に耳を当てる。どっく、どっく、と言う鼓動が心地良くて、私はそっと目を閉じた。
彼女と二人で並んで座ってる。何か話していたようだった。
「魔理沙、私、貴女のことが好きなの」
唐突とも言えるタイミングで私はそう言った。俯いて彼女が何か言い出すのを待つ。彼女は何か考えるような素振りをした後、頷いた。
「そっか、私は全然そんなことないがな。何かを勘違いしてるんじゃないのか?」
勘違い、勘違い? いやそんな筈はない。私の読んだ本にはちゃんと“好き”だと書いてあったもの。あれ、どうだったっけ、本当に“好き”で良いんだっけ。
「勘違いだよ。それは、お前の気持ちはそんな上等なものなんかじゃないだろ?」
そうかもしれない、私には分からない。分かる筈もない。でも私はそんな言葉が聞きたいんじゃない。口をパクパクと開閉させて不出来な魚を模倣しつつ、目もモノクロに挙動不審に、私は必死の思いで声を上げる。
「ま、魔理沙!」
「じゃ、私は用事があるから帰るぜ」
片手を上げて立ち去ろうとする彼女を行かせてはいけないと、行かせる訳にはいかないと、私は思わずその肩を掴んで引き止めた。
それがいけなかった。
「ちっ、触るなよ」
ごっ、と右の頬に鈍い痛みが走る。鼻の奥がつんと傷んで、視界が狭まる。続けて逆にも衝撃。
「ちょっと優しくすると直ぐ調子に乗る、これだから嫌なんだよな引き篭りの箱入り娘は、さ。あんなただの演技に情を感じちゃうほど飢えてるのか?」
がんがんがんと衝撃が重なる。あまりにも一撃が重すぎる為、既に私の手は彼女からは離れている。が逆に胸ぐらを掴まれ何度も拳を叩き込まれる。口の中にじゃらりと硬い物が転がる。鳩尾に入った拳があばら骨を何本か折った。既に痛みは半ば麻痺していたから痛いとは思わなかったけど、骨の折れる感覚に顔をしかめる。
不意に、彼女の手が私の顎にかけられた。口内に指を捩じ込まれ、下顎をしっかりと掴まれる。その後どうする気なのか安易に想像がついて、私は漸く悲鳴じみた声を上げた。
「ひ、あ、やめ」
「止めねーよ」
バキッと顎関節が砕ける。恐ろしい程の力で引き千切ろうと重力方向にかけられた負荷が限界を超えて、私の筋繊維という鎖を引き切って顎だけが自由への逃避を始める。ぶちぶちと千切られた頬がだらんと垂れ下がり、唾液と大量の血が混じったものが壊れたマーライオンの口から吐き出された。感じるのは最早痛みではない。圧倒的な熱量と背中を這い回る寒気。脳に直接刻まれる暴力的な痛みは、あまりにも物量が多すぎて気絶することも許されない。
違う。これは魔理沙ではない。違う。歪な虚像が深く笑いながら私をいたぶる。心底面白いと、無情に笑いながら。開けた穴を押し広げるように無防備に晒されている喉に手を突っ込んできた。無理矢理に差し入れた手を中で開いて、奥の奥まで腕を押し込む。
「確かに違うな、だが嘘じゃない。お前が私を“霧雨魔理沙”だと認識してしまっているという事実がある限り、どんなに“霧雨魔理沙”からかけ離れていようと私は“霧雨魔理沙”でしか有り得ない。そうだろう? だからこれは嘘じゃない、お前の体が回復しないのも私の力が異常に強いのも」
ごぽっと肺に行き場を失った血液が流れ込む。痛い、痛いけど感覚はどこか曖昧で鋭利な刃物が神経を逆撫でていく。
「私はお前の致命的な部分だ。だから私はお前を殺す」
そっと、優しげな手付きで、彼女は私の頭を抱えた。両手でボールを掴んで、林檎を握り潰すように力を込める。
「ああ、私はお前なんか嫌いだ」
ぐしゃ。
目を開けた。
「――――っっ!!?」
ひゅっ、と喉から短く息が漏れる。思考は白く、直前までの痛覚が残っていて、顎も頭も喉も機能していないかのような錯覚に襲われる。喘いで空気を求めるこの口がちゃんと存在しているのかすらあやふやで必死の思いで触って確かめた。ある、ある、大丈夫、大丈夫、大丈夫だって言っているのに心拍数は上がり続ける。がちがちと何か音が響いていた。これは何の音だろう。体はちゃんとある、動く、けど何だか息が苦しい、気がする。喉を開いて新鮮な空気が欲しい。と、思うと同時に体が勝手に動いた。
「っぅぐ、ごふ」
やばし、肺に血が入って余計苦しい。うつ伏せに頭を下に向けて、肺に血が行かないようにする。ヒューヒューと手で押し広げた喉から直接息をしながら、赤く染まっていくベッドに顔を押し付けてぐるぐると巡る視界を見つめる。夢とは違い直ぐに体が再生を始めて、せっかく開けた穴が塞がっていってしまう。そうしていると、喉を開いた痛みで漸く意識が正常レベルまで復帰した。
と、言うか、どうして私は自前の爪で喉をかっ捌いた挙げ句に傷口が塞がらないように手で押さえているのだろうか。全くもって理解不能である。“真に他人なのは周りの人間ではなく過去の自分である”と誰かが言っていたから強ち間違いでもない。治りかけの傷口から手を引き抜く。息を吐いてベッドに仰向けに寝っ転がる。血を吸った服が肌に張り付いて、不快感を煽っていた。
「ふ、フラン…………?」
声に傍らを見ると、魔理沙が困惑した表情で私を窺っていた。あちゃ、そう言えば今日は一人じゃなかったのだっけ。そりゃあ、隣に寝ていた奴が突然自分の首をかき切ったら誰でも驚くだろう。何て言い訳しようかな、突然血を体外に排出しなければいけなかった、とか。何て言っても納得はしないよ、きっと。
血にまみれた手を適当に拭いて、取り敢えず不始末の始末をつける事にした。部屋に充満した生臭い鉄錆びの臭いが気持ち悪い。未だに落ち着きを取り戻していない私の断続的な呼吸音が微かに聞こえる。正常レベルまで持ち直したとは言え本調子ではない、と言うより不安定な状態で、頭の裏ががんがんと殴られているような錯覚を引き摺ったまま掃除の仕方を考える。まずはあせと血でべとべとになってしまった服を脱いでシャワーでも浴びよう。ベッドも綺麗にして空気を入れ換えないと。
そう考えながらベッドから降りようとすると、後ろから腕を掴まれた。そのまま引き寄せられる。
「駄目だ、そのまま行っちゃ駄目だ」
すがるように懇願するように、魔理沙は低く囁いた。染み入るように低く、低く。後ろから羽交い締めに腕を回してきて、抱き寄せられる。ぐらりと視界が歪むように。自分が何で抱き締められているのか考える、が無論答えは出ない。
スカートに紅が染み込んでいくのが見えた。血に濡れた私に触れてる彼女にも同じように紅色が移っていっているのかと思うと腹立たしくもある。汚れる、という侵食のイメージ。そんなものに自分を重ねて軽く自重してみる。
「魔理沙、手、離して」
「嫌だ」
思考はクリア、視界は暗く、呼吸は何故か落ち着かない。えっと、私は、何をしていたんだっけ? シリアスモードは耐えられない、が精神状態が元に戻っていない今の私にテンションを上げろと言われても困る。テンションとは上げるものではなく、上がるものなのだ。
「フラン、落ち着け。お前今自分が見えてないぞ」
何を馬鹿な、私は正常だ。今喉をかっ切ろうとは思わないし、常識的にも考えられる。あの夢は毎日と言って良いくらい頻繁に見るものなのだからあんなもので私の心が揺れる筈が無い。今更夢の中ごときでぶち殺されようが眼球圧搾しようが内臓分離しようが骨肉粉砕しようが血液蒸発しようが耳目剥離しようが関節脱臼しようが神経衰弱しようが肺胞破裂しようが舌根切断しようが心臓爆発しようが四肢遊離しようが肝臓焼失しようが首胴別居しようが雨天水没しようが脳味噌濃縮しようがそのまま還元されようが私には私には
、、、違う、違う違う、駄目だって彼女が言ったんだ、落ち着け落ち着け、正常でも異常でも尋常でも何でも良いから落ち着け、深呼吸だ深呼吸、息を吸って吐くんだ、それくらい出来るだろ、出来ないとかぬかすなよやれ、彼女が落ち着けって言ったんだ。
吸う、吐く。もっかい吸う、吐く。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
落ち着きました、もう大丈夫です。とか先程まで全然大丈夫じゃない癖に大丈夫と宣っていた私に言われても積極力なんざあったものではない、積極力ってなんだよ、ただの誤字だよ。でももう大丈夫よ。戯れ言が叩けるくらいには回復したから。戯れ言、そう戯れ言。私の思考なんて所詮戯れ言でしかないのね。実に嘆くべき事柄だが生憎と素でやっていることにそんな事言われても困るだけで対策は打たないよ。逆に面倒だもの。
「そっか。で、どうしたんだよ、いきなり」
「んー、嫌な夢をね、見たの」
まあ良く見る夢ではあるんだけどさ、どうして魔理沙が傍にいるのに見たのかってのが問題だね。無意識の内に恐がってるってのは分かるけどちょっと度が過ぎてると言うか、なんだろうね。
「そっか。大丈夫か?」
さっきとは意味合いの違う問いに、頷けなくて俯いた。夢は、未だ見てる内は良い方だととある本に書いてあったけど、正直そんな言葉で安心出来るようなものではない。何せ夢の中の痛覚は持ち越し裁判なのだから。今上手いこと言わなかった? あ、そうでもない。ドンマイ、私。次は頑張れるよ。それは兎角、そろそろ安眠したい頃合いと言いますか、良い加減に自分の不安材料を除いて楽になりたいと言いますか。一部では夢の中で殺されると現実に死んでしまうと言われているらしいじゃない。幸いにして、体のあちこちがぐじゃぐじゃになったり分離したりはしたことあるが、未だ死んだ事は無い。意識があれば死んでないと言えるから、それが例え全身炭化してようが脳味噌だけの存在だろうが、ね。でもこのままだといつ死んでもおかしくないよね、と暢気に思う。だってあんまり深刻に捉えても仕方が無いし、どうにも出来ないし。
「…………ない」
はい、すみません、嘘吐きました。私嘘吐きですね。実はなんとか出来ます。なんとかしたくないです。だってそれは、それはそのままで不安を取り除くということで、そんな自分が辛いからって吐き出して良いものではなくて、駄目だから。駄目だから、私は言葉を飲み込む。
「大丈夫じゃ、ないよ」
飲み込めてないよ。がっつり外漏れだよ。彼女の表情は窺えない、だって背中向けてるもの、当たり前。
「そっか。私にやれることはあるか?」
無いね。無いよ、やれることは。これは、多分私の心の問題だから。
「…………魔理沙」
考えを置いてきぼりにして、想いが勝手に口をついて出る。これはつまり穴だらけコップから溢れた水の量が積み重なってイコール夢の再現ってことですね、分かりたくもない。ぐっと手に力を込める。手の中で乾きだした紅いシーツが皺になる。
「言いたい事があるの。本当はこんな状態では言いたくないんだけど」
「いいよ、フランの好きな時に言えよ。…………出来れば早いほうが良いけどな」
魔理沙の心遣いは嬉しいけど、きっと臆病な私は機会を逃せばそのまま言わないで過ごしちゃうから。彼女から離れて向かい合う。方や、血に濡れた金髪の吸血鬼。方や、黒い衣装の金髪の魔法使い。一体どんなお見合いなんだ、と軽く笑う。
息を吐いて、肺の中から重い砂を追い出す。痺れる指を開いたり閉じたりして感覚を取り戻す。揺れる思考と曇る視界を頭を振ってなんとか軸を立て直す。
さて、これが吉と出るか凶と出るか。どちらにせよ今の夢に悩まされることは無くなるだろう。すぅっ、と心持ち深く息を吸って、黄色い瞳と向かい合う。
「あのね、私――――」
そんな俺にとって、奔流のような思考を持つフランドールは変な話羨ましくもある。
個人的には適度な空行を伴うかたちの読み物が好みなんだけど、
この作品に限ってはびっちりと行が詰まった形式がばっちりとはまっている。
行間を読む、という作業を必要としないお話とでもいうのかな。
言葉遊びも含めて、語句の選択も実に俺好み。
悪夢から目覚めた瞬間の、ひりつくような喉のいがらっぽさを上手く表現した物語だと思う。
そのあとに襲ってくる奇妙な安堵感を再現できるかどうかは、
ラストの台詞に対する読者の解釈に委ねられるのでしょう。
人間とはズレた心情、それでも滲み出る恋する少女らしい一面。更にはフランドールのキャラクター性に違和感を感じさせない文章…何を取っても最高でした!!
語彙力がない莫迦の文章になってしまい申し訳ありません。感動を伝えたかった…私に幸せをありがとう……