作品集154『宵闇白黒』とリンクした話です。
「ふぁ~…んん…」
大きなあくびとともに眠たい眼をこすり、ルーミアは目を覚ました。
時間は既にお昼時。夜行性のルーミアは深夜に眠り、昼に起きるのだ。
「おお、起きたか。おはよう」
そんなルーミアにおはようの挨拶をしたのは霧雨魔理沙。ルーミアが眠っていた家の家主である。現在ルーミアは魔理沙の家を住み処にさせてもらっているのだ。
魔理沙曰く、ルーミアは自分の妹分。ルーミアもそれを気に入り、魔理沙を姉のように慕っている。
「おはよ~」
挨拶を返したルーミアに、魔理沙は明るい笑顔でにっこり笑いかける。
「ちょうど飯の用意ができたんだが、食べるか?」
「うん、食べる~」
テーブルの上には魔法の森で採れる食用キノコをふんだんに使った料理が置かれている。
その匂いに釣られるかのように、ルーミアはベッドから起き上がり、イスに座る。目の前には実においしそうな料理。
「いただきま~す」
「じゃんじゃん食べろよ」
こうして、ルーミアにとっての朝ごはん、魔理沙にとっての昼ごはんが始まるのである。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした」
魔理沙の手作り料理を残さずたいらげ、ルーミアは満足そうに手を合わせた。
「魔理沙のご飯はいつもおいしい。キノコご飯が一番好き」
「ははは、そりゃありがたい」
和食派魔理沙のキノコご飯は、味付けから何からかなり手が込んでいる。もともとは自分が食べるものを少しでもおいしくしようと努力した味であったが、今はそれをおいしく食べてくれる妹分がいる。
実際、ルーミアの食べっぷりは見ていて清々しい。それに応えようと、魔理沙はもっとおいしく作ろうと思う。
「まあ、おいしく食べてくれるのはいいんだけどな、ルーミア」
「何?」
ルーミアとの食事云々については、十分満足している魔理沙。しかし、先ほどからずっと気になっていることがあった。
「ずいぶんと髪がごわごわしてるみたいだが、またシャンプーを使ってないな?」
「ギクッ」
図星だったようで、あからさまに動揺するルーミア。
その様子に、魔理沙はやれやれ、といった調子で首を振った。
「まったく、ちゃんと頭はシャンプーで洗えって言ってるだろう」
ルーミアは夜中まで外をふらふらと飛んでいる。家に帰って来る頃には魔理沙は既に寝ているが、きちんと体をきれいにしてから寝ること、と常々魔理沙は言っている。
呆れ顔の魔理沙に、ルーミアはだって、と切り出した。
「シャンプーは目に入って痛いんだもん」
もともとは幻想郷中を気ままに飛んでいただけの妖怪であるルーミアは、お風呂というものに馴染みがない。ずっと水浴び程度で済ませていた。
したがって、初めてシャンプーを使ったとき、うっかり目を開けたままにしてしまったのだ。
そんなルーミアに、魔理沙は大きくため息を吐いた。
「じゃあ、今からシャンプーの使い方を指導してやるから、来い」
「え、シャ、シャンプーは嫌~!」
じたばた暴れるルーミアの首根っこを捕まえて、魔理沙は風呂場に向かった。
「魔理沙ぁ~、どうしてもシャンプー使わなきゃだめ?」
「だーめ。お前だって女の子なんだから、最低限のことはしっかりしないとな」
服を脱いで風呂場に入ってもまだぐずついているルーミアに、魔理沙は毅然とした態度で応じた。
そして魔理沙は、それに、と話を続ける。
「きちんと頭を洗えない子は、わたしは嫌いだぜ?」
「!?」
嫌いだぜ、その一言がルーミアによく効いた。大好きな魔理沙に嫌われるのは嫌なのだ。
「分かった!ちゃんと頭洗う!」
「よ~しいい子だ。それじゃあこれから頭を洗うぞ。大丈夫、わたしの言う通りにすれば目は痛くならないさ」
元気よく返事をしたルーミアの頭を撫でながら、魔理沙はにこっと微笑みかけた。
そしてルーミアを座らせ、頭にお湯をかけ、手でシャンプーを泡立てる。
「いいか、これからシャンプーをお前の頭につけるけど、ずっと目は閉じたまんまにしておくんだぞ?」
「はーい」
魔理沙に言われた通り、目をきゅっと閉じるルーミア。魔理沙はそれを確かめ、ルーミアの頭をごしごしと洗い始める。
「どうだ、目は痛むか?」
「ううん、全然痛くない!」
魔理沙に問いかけられ、ルーミアは目を閉じながら嬉々として答えた。
シャンプーの泡は少々顔まで垂れているが、全く痛くない。
「これからシャンプーを使うときは、きちんと目を閉じるんだぞ?」
「うん!これで魔理沙に嫌われない!」
ルーミアの言葉に、魔理沙は驚いた。さっきの言葉は脅かし半分の冗談だったのだが、ルーミアは本気にしていたらしい。
嫌われたくないということは、それだけ自分に懐いてくれているのかと思うと、少しくすぐったい気持ちになった。
「じゃあ、泡を流すからな。目は閉じたままだぞ」
照れた顔をしながら、再びルーミアの頭にお湯をかけて泡を落とす魔理沙。そして全ての泡を流し落とし、タオルで濡れた髪を拭いてやる。
「よし、これからは一人でできるな?」
「できるよ!魔理沙ありがとう!」
「こ、こら、抱きつくなって!」
相変わらず元気な返事をして、ルーミアは魔理沙に抱きついた。これがルーミアなりの感謝の気持ちの表現方法なのである。
そんな感謝の表現に慌てつつも魔理沙はふと思い至る。シャンプーの使い方はこれで大丈夫として、他はどうだろうか。体や顔の洗い方はしっかりしているのだろうか、と。
「よしルーミア。せっかくだから、体や顔の洗い方も教えるぜ。しっかりマスターするんだぞ?」
「は~い」
こうして、魔理沙によるお風呂での体の洗い方教室が開かれたのであった。
「気持ち良かった~」
「それはよかった」
お風呂から上がったルーミアは、にっこり笑顔でそう言った。
魔理沙もそれを見て満足そうに笑う。お風呂が気持ちいいものだと分かったのなら、これからは一人でもきちんと入れるだろう。
「じゃあ、また外をふわふわ飛んでこようかな」
ルーミアは毎日、気の赴くままに飛んでまわる。それが好きなのだ。そのまま深夜まで帰らない日もままある。
しかし、今日も今日とて外に出ようとしたところを魔理沙に呼び止められた。
「なあルーミア。わたしもこれから出かけるが、一緒に来てみないか?」
たまには一緒に出掛けるのもいいかもしれない。そう思った魔理沙は、ルーミアを誘うことにしたのだ。
「行く~」
魔理沙からのお誘いに、ルーミアは一も二も無く答えた。とてとてと魔理沙のもとに駆け寄り、えへへと笑う。
「魔理沙とデートだ~」
「な!?」
急にデートと言われ、魔理沙の顔が赤くなる。それと同時に、およそルーミアには縁遠そうな言葉がルーミアの口から出たことを疑問に思った。
「おいおい、そんな言葉どこでおぼえたんだ?」
「アリスに聞いた」
あいつ、ルーミアになに吹き込んでるんだと呆れる魔理沙。今度苦情申し立てに行く必要があるかもしれない。
「他に何かアリスから教えてもらった言葉ってあるのか?」
とんでもない言葉を吹き込まれたんじゃないのかと不安になって、魔理沙は深く聞いてみた。
うーん、と思い返していたルーミアは、あっ、と思い出したように声を出した。
「何だ何だ?」
「えっとね、わたしと魔理沙は『どーせい』してて、わたしは魔理沙の『ないえんのつま』だって言ってた」
「あいつは一体何を考えてるんだ?」
思わず口に出してしまった。言い方に引っかかる所はあるがそれを譲ってルーミアと「同棲」はまあいい。それにしても「内縁の妻」ってどういうことだ。本当に一度苦情申し立てに行く必要がありそうである。
「そんなことより、早く行こ!」
色々思いめぐらしていたら、ルーミアが急かすようにそう言った。
はっ、と我に返った魔理沙は、首をぶんぶんと振って今までの思考を振りほどく。
「ん、じゃあ箒にまたがってくれ」
「うん」
「飛ばすからな、しっかり掴まってろよ」
魔理沙が箒にまたがり、その後ろに同じようにルーミアがまたがる。
そしてルーミアは魔理沙にしっかりとしがみつき、二人は飛び立った。デート、もといお出かけに出発だ。
「…またネズミが入ってきたみたいね」
ソファに腰かけていた紫色の長髪をもつ少女は、読みかけの本をぱたんと閉じて、気配のする方を見た。
本棚の後ろに侵入者あり。はあ、とため息をする。
「まったく、うちの門番は何をやってるのかしらね」
「パチュリー様、わたしが様子を見てきましょうか?」
横に控えている赤い髪の少女に尋ねられたパチュリーは、首を横に振った。
「貴女の敵う相手じゃないわ小悪魔。わたしが直々に相手をする。今まで持っていかれた本のお返しも含めてね」
パチュリーはくすっと笑って立ち上がり、気配のする方へ歩いていく。五つ向こうの本棚の後ろに、彼女は隠れている筈だ。左右に本棚があるが、右側から気配がする。
そして四つ目の本棚まで歩み寄り、声をかける。
「隠れてるんでしょ?気配でバレバレよ。大人しく出てきなさい」
パチュリーが呼びかけるも、応答なし。面倒なことは嫌なので、できるだけ穏便に撃退しようと考えていたパチュリーは、また大きくため息をついた。
「そっちから来ないのなら、こっちから行くわよ」
最後通告をするも、また応答なし。パチュリーは手に魔力を込め、本棚の後ろを覗き込む。
「…貴女誰?」
「わたしはルーミアだよ」
そこには、パチュリーが思い描いていた人物とは違う少女が立っていた。
金髪で白黒は共通しているが、色々違う。髪の長さ、服、それにそもそも体の大きさだって全然違う。
不思議に思うパチュリーに、突然後ろから声がかけられた。
「おいおいパチュリー、わたしはこっちだぜ?」
「きゃあ!?」
「パ、パチュリー様!」
驚き振り向くのと同時に弾幕が飛んできた。咄嗟のことに避けることもできず、直撃してしまう。
離れていた小悪魔も心配して駆け寄る。
そんな二人に向かって、魔理沙はにししと笑っていた。
「弾幕ごっこに勝ったんだから、本を借りてくぜ?」
飄々と言う魔理沙を睨みつけたのはパチュリー。
「おとりを使って不意打ちなんて、卑怯な手を使うじゃない…」
ルーミアが隠れていたのは、先ほどパチュリーから見て右側の本棚。そして魔理沙が隠れていたのは、左側の本棚。そのせいで後ろから攻撃されてしまった。
じとっとした目で見てくるパチュリーに、小悪魔もまた冷ややかな目で見てくる。
一方、卑怯者扱いされては堪らないと、魔理沙はぶんぶんと手を振った。
「いや、おとりを使ったというか、お前が勝手に勘違いしただけだぞ?」
「え…?」
「実はな…」
魔理沙はあの時の状況を説明した。
実は魔理沙は、パチュリーが本当に自分のことに気付いていると思っていたのだ。気配は完全に殺した筈だと、焦ってすらいた。そしてパチュリーの呼びかけは全て、自分に向けられたものだとも思っていた。
しかしパチュリーが覗き込んだのはルーミアが隠れていた方。これはチャンスと弾幕を放ったのだ。
「…とまあ、そういうわけなんだ」
「…………」
「パ、パチュリー様、どうかお気になさらず…誰にだって失敗はありますよ」
魔理沙の話を聞いて、パチュリーは自分の情けなさに黙ってしまった。小悪魔が何とかフォローに入ろうとしているのは分かったが、それも少し響く。
「まあそんなに落ち込むなよ。今日は今まで借りてった本、返しにも来たんだぜ?」
「ホント!?」
魔理沙の言葉に、パチュリーの顔は明るくなる。
しかし、魔理沙が持っていた風呂敷の結び目を解くと、喜びの目は落胆の目に変わった。
「ほら、これで元気出せって」
「返しに来たって、たったの五冊じゃない!?」
風呂敷に入っていたのは五冊だけ。今までに持っていかれた本の一割にも満たない。
声を荒げるパチュリーに、魔理沙は頬を掻きつつ苦笑いした。
「だって何十冊も持つのは無理だしな。まあぼちぼちと返していくよ。それはそうと、また何冊か借りてくぜ」
「う…」
そうだった、と思い出したパチュリー。さっき弾幕ごっこに負けてしまったのだ。再戦もなんだかやる気が出ない。さっきの負け方がひどかったので。
「はあ…好きにしなさい…ところで、この子は誰?妖怪みたいだけど」
パチュリーはくるっと振り返ってその子の方を見た。先ほどから一人取り残されてしまっていた金髪の少女。名前はルーミアと言っていた。
「ああ、そいつはわたしの…」
「わたしは魔理沙と『どーせい』してる魔理沙の『ないえんのつま』だよ」
「「!!?」」
魔理沙が説明をする前に、パチュリーと目があったルーミアが言ってしまった。アリスに吹き込まれた言葉を、それもにっこり笑いながら。
そしてそれを聞いたパチュリーと小悪魔の顔が驚き歪み、先ほどよりずっと冷ややかな目で魔理沙の方を見る。
「魔理沙…貴女…」
「まさか魔理沙さんにそんな趣味があったなんて…」
「ちょっと待て!誤解だ!」
慌てながら魔理沙は思った。あれ、こんな展開前にもあったような、と。
「「このすけこまし」」
二人から同時に放たれた言葉が、魔理沙の胸に深々と突き刺さった。
しかし今回はなんとか持ちこたえ、必死になって説明した。今の言葉はアリスが吹き込んだだけで、本当は妹分で可愛がっているだけだと、半分泣きそうになりながら、頭も下げて伝えた。
「ふーん、妹分ね…案外お似合いかもね。二人とも能天気そうな顔してるし」
「ふふふ、可愛い妹さんですね」
普段お調子者の魔理沙があそこまで必死になるあたり、まあ本当のことだろうと二人は納得してくれた。今は二人ともルーミアの頭を撫でている。
ちなみにパチュリーがさらっと毒を吐いていたが、とにかく「内縁の妻」を否定できただけでよしとした魔理沙は、言わせておくことにした。というより、それに喰ってかかる気力を、さっきの説明で使い果たしてしまったのだ。
「ぜぇ…ぜぇ…じゃあ、本は借りてくからな。行くぞルーミア」
「うん!じゃあね!」
なんだか疲れて息を切らせながら歩き出した魔理沙に、ルーミアは頭を撫でてくれている二人に別れの挨拶をしてから両手を広げてついて行った。
そんな二人の後ろ姿を見送って、パチュリーはボソッとつぶやいた。
「ホント、えらく懐いてるみたいね」
「まるで本当の姉妹みたいですね」
その微笑ましい光景に、二人からは笑みがこぼれていた。
ソファに戻って本の続きを読んでいたら、ルーミアがふわふわとやって来た。
「あら、魔理沙と一緒じゃなかったの?」
「魔理沙の取る本が難しいのばっかで、全然分かんなかった…」
疲れた表情をしているルーミアに、パチュリーはふふっと笑った。小さな妖怪であるルーミアに、魔法使いの本は難しすぎたようだ。
それじゃあ、とパチュリーは片手に魔力を込めて上に挙げた。すると、本棚の方から本が一冊飛んできた。
「これでも読んでみなさいな」
「これは…『ヘンゼルとグレーテル』?」
パチュリーが差し出したのは、外の世界からやって来た童話の本。子ども向けに作られているようで挿絵も多いから、ルーミアでも読めるだろう。
前にパチュリー自身が読んだときは、いくら不意を突かれたからって子ども二人に負ける魔法使いなんて、と思ったが、そういえばさっき自分も不意を突かれてやられてしまっていた。他人のことは言えないな、と心の中で苦笑する。
「そんなに難しくない筈だから、きっと貴女でも読めるわよ」
「じゃあ読んでみる」
難しくないらしい、ということでルーミアは本を受け取り、パチュリーの隣に座って読み始めた。パチュリーもまた、本の続きを読み始めた。
それから十分もたたないうちに、パチュリーの肩に何かが当たった。文章を追っていた目をそちらに向けると
「すぅ…すぅ…」
「あら、あれでも難しかったかしら」
パチュリーの肩にはルーミアの頭。ルーミアは本を開いたまま、可愛らしい寝息を立ててしまっていたのだ。
ただ、このままでは少々困る。ページをめくる時に手を動かすから、当然肩だって動く。しかしルーミアの頭が乗っているため動かしにくいのだ。
どうしたものか、と考えるパチュリーは、一つの案を思いついた。
「こうすればいいのよね」
そう独りごちて、魔法でルーミアの体を浮かし、そしてソファに横たえらせるようにそっと降ろす。頭はパチュリーのももの上。
つまり、膝枕である。
「むにゃむにゃ…」
「こうして寝顔を見ると、可愛いものね」
魔法で動かされていたとは露知らず、気持ちよさそうに眠っている。その無邪気な顔を見てパチュリーの顔も思わず緩み、ルーミアの頭を撫でる。
この子を可愛がる魔理沙の気持ちも、分かるような気がすると、パチュリーは思う。
そんな折、小悪魔がやって来た。
「パチュリー様、紅茶を持ってきました…!!?」
「ありがとう…ってどうしたの?恐い顔して」
「あ、いえいえ、なんでもありません」
眠っているルーミアの姿を見て、むっとした小悪魔。それをパチュリーに指摘され慌てて笑顔でごまかすも、その顔は少しひきつっていた。
そんな小悪魔の胸の内はというと
(パチュリー様に膝枕をしてもらえるなんて…羨ましい…)
元来甘えたがりな一面をもっていた小悪魔は、いつか主人であるパチュリーに思いっきり甘えてみたいと思っていたのだ。それこそ、膝枕をされたかった。
しかし、割とクールなパチュリーに正面切ってお願いするのは難しく、また自然に膝枕をしてもらえる流れにもっていくこともできず、夢は叶わないでいた。
そんな夢を、ルーミアはあっさり遂げてしまった。羨望の想いは止まらない。
そうだ、と小悪魔は思いつく。
「あのパチュリー様、よろしければわたしにも膝枕をさせてもらえませんか?」
「それくらい別にいいわよ。ただし起こさないようにね」
許しをもらい、心の中でガッツポーズする小悪魔。これでとにかくルーミアが膝枕されている状況が変わるのだ。
(小悪魔の知恵の大勝利です!)
嬉しそうに笑って、小悪魔はソファに腰かけた。
一方、小悪魔が何を考えているのかを知らないパチュリーは、その嬉しそうな顔を見て、そんなに膝枕したかったのかと呑気に考えていた。
そしてまたルーミアを魔法で浮かし、今度は小悪魔が膝枕できるようそっと移動させた。
(ふふふ、貴女はこの小悪魔との知恵比べに負けたのです!)
別に勝負などしていないのだが、小悪魔は勝者の笑みをこぼし、ルーミアの顔を覗き込んだ。
すると
「か、可愛い…」
穏やかな寝息に安らかな寝顔。それらが小悪魔の胸をうった。
さっきまでの羨望はあっという間に消え去り、可愛いという想いが心の中を支配する。
気付けば小悪魔はルーミアの頭を優しく撫でていた。そしてルーミアも、眠りながら気持ちよさそうに、えへへ、と笑った。
「貴女って、膝枕が得意なのかしら?」
「え?」
すっかり夢中になっていた小悪魔は、パチュリーの言葉に対して上手く返事ができなかった。
しかしパチュリーは気にした様子もなく話を続ける。
「わたしが膝枕してあげたときより気持ちよさそうにしてるみたいだし、その内わたしも貴女にやってもらおうかしら、膝枕」
「え、ええ!?」
思わず大声を出してしまった。はっ、としてルーミアの方を見るが、眠っているようでひと安心。
それにしても、まさかパチュリーの方から膝枕をしてほしいと言われるなんて、小悪魔は夢にも思っていなかった。
驚きのあまりぼーっと考えていた小悪魔に、パチュリーは遠慮がちに聞く。
「ひょっとして、嫌だったかしら?」
「い、いえ、喜んで」
今度は大きい声を出さないようにするが、小悪魔は興奮したように答えた。
膝枕されたい、というのがもともとの夢であったが、その逆もいいかもしれない。それに、パチュリーに膝枕をした流れで、今度はわたしにしてください、とお願いすることができるかもしれない。
(…この子のおかげかな)
下を向き、ルーミアの顔を見る。そこには、変わらずに穏やかな寝息を立てる少女がいた。
しばらくして、魔理沙が戻って来た。風呂敷には何冊か本を詰め込んであるようである。
「いやーまた面白そうな本が見つかったぜ」
気分よさそうに言いながらやって来た魔理沙は、ソファのすぐそばまで近付いたところでルーミアの様子に気付いた。
「ありゃ、寝ちまってるのか」
「ええ、それはもう気持ちよさそうにね」
パチュリーに言われてルーミアの顔を見ると、なるほど確かに小悪魔に膝枕されたルーミアの寝顔はずいぶんと心地よさそうだ。
しかし、ずっとここで寝かせておくわけにもいかない。
「まあ、ここらでお暇させてもらうよ。…よっと」
魔理沙は眠るルーミアを担ぎあげ、抱っこした。流石に魔理沙の素の腕力ではきついが、魔法の力で若干の浮力を発生させたから大丈夫だ。
「小悪魔も済まなかったな、ずっと枕代わりにさせちまって。痺れてないか?」
「いいえ、むしろ楽しかったですよ」
小悪魔はにこっと笑って、思うままを答えた。
一体何が楽しかったのかは分からない魔理沙であったが、それはよかったな、と言っておいた。
ここでパチュリーが、そうそう、と言いながら魔理沙に本を差し出した。
「これ、その子が読みかけの本なんだけど、よかったら貸してあげるわ」
「へー珍しいな。そっちから本を貸してくれるなんて」
「たまにはそんな気分にもなるのよ」
本を受け取った魔理沙はそのまま箒にまたがり、宙に浮かんで飛び立った。ルーミアを起こしてしまわないよう、安全運転しながら。
「じゃあなーまた来るぜー」
「今度はもっと本を返しなさいよー」
背中を向け離れていくまま挨拶をした魔理沙に言葉を返すパチュリーであったが、どんどん遠のく背中にその声が届いたのかどうかは分からなかった。
魔理沙の姿が見えなくなったころ、小悪魔が控えめにパチュリーに話しかけた。
「あの、パチュリー様」
「何かしら?」
聞き返された小悪魔は、遠慮がちな姿勢を崩さず尋ねる。
「ルーミアちゃんがあの本を読んでた途中で寝ちゃったってことは、ひょっとして読めなかったんじゃないですか?もしそうだったら、貸しても意味があるのでしょうか?」
確かに、読み始めてすぐに眠ってしまうなんて、あの本はルーミアには難しいかもしれないとはパチュリー自身も思った。
しかしながら、それでもパチュリーは大丈夫だと確信していた。
「そうねえ。確かにルーミアだけじゃ難しいかもしれないけど、お姉ちゃんがなんとかしてくれるでしょ」
「はあ」
面白そうにくすくす笑う主人に、要領を得たような得ていないような、中途半端な返事をする小悪魔であった。
「うーん…あれ、ここは…?」
「お、ようやくお目覚めのようだな」
ルーミアが目を覚ますと、魔理沙の家のベッドの上。紅魔館の図書館からずっと眠り続けてしまったのだ。
ここでルーミアは、ふと思い出した。
「本は?」
「本って、これのことか?」
そう言って魔理沙が出したのは『ヘンゼルとグレーテル』だった。それを見てルーミアの目は輝く。
「それそれ!読んでる途中に寝ちゃったの」
嬉しそうな顔をするルーミアに、魔理沙はふむ、と考える。
魔理沙も読んでみたが、子ども向けで挿絵が多く、内容も難しくない。それなのに読んでいる途中に眠くなってしまうとは。
「なあルーミア、ひょっとして字が読めないのか?」
読めないから、眠くなってしまったのではないか。魔理沙はそう考えた。
するとルーミアは、あっけからんとした顔で答えた。
「うん、難しい字は読めないよ。でも簡単な字は読めるし、絵を見ればお話は大体分かるよ」
そんなルーミアに、魔理沙はまた考え込む。
果たしてこのままでいいものか、童話に出てくる字くらいきちんと読めた方がルーミアのためにもいいんじゃないか。
色々考えた結果、一つの結論に至った。
「よし、わたしが字の読み方を教えるよ」
「ええ?」
読めない字を読めるようにするということは大変なのではないかという思いが頭に浮かび、抵抗を覚えるルーミア。
魔理沙はそんなルーミアの不安を感じ取り、安心させるように、はははと笑った。
「そんな難しい顔しなくても大丈夫だよ。やることは、わたしの後に続いて読むだけでいい。時間は…そうだな、わたしが寝る前の30分くらいで十分だろう」
「ホントに大変じゃないの?」
「ああ、安心していいよ」
不安そうにするルーミアの頭を、優しく撫でる魔理沙。そうしてルーミアも、不安が和らいだようである。
「じゃあちょっと早いけど、晩ご飯にするか」
「うん、食べる~」
秋の日は釣瓶落とし、とはよく言ったもので、ルーミアが眠っている内にあたりはあっという間に暗くなってしまったのである。
時間にしてみれば早めではあるが、魔理沙は既に晩ご飯の準備を終えていた。
二人はテーブルにつき、両手を合わせる。
「「いただきます」」
そして、魔理沙の昼食兼ルーミアの朝食同様、おいしく料理を平らげたのであった。
食事を終えて歯を磨き、お風呂に入ってしばらく経つ。そろそろ魔理沙が眠る時間になって来た。
「ルーミア、字を読む練習をするぞ」
「は~い」
ルーミアが片手を挙げて返事をすると、魔理沙はルーミアを連れてベッドまで移動し、掛け布団にもぐりこんで、うつ伏せに並んで横たわった。
そして『ヘンゼルとグレーテル』を開く。
「いいか。まずわたしがゆっくりと一文を読むから、その後に読むんだそ?」
「そーなのか」
分かったのか分からないのか、よく分からない返事に、魔理沙はごほん、とわざとらしく咳払いして、本の内容を最初から読み始めた。
「むかしむかしあるところに、ヘンゼルとグレーテルというとても仲のいい兄妹がいました」
「む、むかしむかし、あるところに、ヘ、ヘンゼルとグレーテルという、とても仲のいい、兄妹がいました」
たどたどしくもしっかりとついてくるルーミアに、魔理沙はよしよしと頭を撫で、にこりと笑いかける。
「じゃあどんどん行くぞ。ヘンゼルとグレーテルは…」
「ヘ、ヘンゼルとグレーテルは…」
魔理沙の個人レッスンはその後も続き、ルーミアは頑張ってついていった。どうしても読めない字は、その都度魔理沙に教えてもらいながら、ゆっくりと進んでいった。
そして、ヘンゼルとグレーテルが悪い魔法使いに出会うくだりまで読み進む。
「悪い魔法使いは『お前たちはわたしのしもべになるのだ』と言いました。」
「悪い魔法使いは…」
今までついてきていたルーミアが突然黙ってしまった。
おかしいな、と思った魔理沙が本から隣のルーミアの方に目を移すと、ルーミアもまたじっと魔理沙のことを見ていた。
そしてゆっくりと口を開いて放った言葉は
「魔理沙は悪い魔法使い?」
「…へ?」
突拍子もないその問いかけに、魔理沙の思考回路はいったん凍結してしまった。
その後少しずつ解凍してゆくにつれ、魔理沙は途端に可笑しくなった。
童話の「魔法使い」という言葉が「悪い」という言葉で修飾されていたため、では「普通の魔法使い」である魔理沙はどうなのだろうかと、ルーミアは子どもらしい単純な比較をしてみたくなってしまったのだ。
それが分かった魔理沙は、可笑しさを堪えながら、逆にルーミアに聞いてみた。
「お前は、わたしが悪い魔法使いだと思うか?」
「え?」
きょとんとするルーミアに、魔理沙は質問に質問で返すのはちょっと意地悪だったかなと思った。
しかしルーミアは、すぐにそのきょとんとした顔を笑顔に変えて首を横に振った。
「魔理沙は大好きな魔法使いだよ!」
「なっ…」
よくもそんな恥ずかしいセリフを言えるもんだと、聞いていた魔理沙の方が何だか恥ずかしくなってしまった。嬉しいけど、照れも強いのだ。
そんな気持ちを隠すように、魔理沙は枕に顔をうずめた。
「今日のレッスンはこれでお終い!」
「えー!?」
楽しかったのに、終わってしまうなんて嫌だとルーミアはぶーたれるが、魔理沙はというと
「ぐぅ…ぐぅ…」
「あ、寝ちゃった」
寝息をたてて、うんともすんとも応えない。
あーあ、と残念がるルーミアがふと時計に目を遣ると、長針はレッスン前からおよそ30分進んでいた。
約束では魔理沙が寝る前の30分だったので、しょうがないと諦めるルーミア。
「じゃあ、また外を飛んでくるね」
ルーミアはまだ全然眠くない。むしろ夜の方が調子がいい。ただ、調子がいいと言ってもやることはふよふよ飛び回るだけであるが。
ともあれルーミアはベッドから出て外に行こうとした。しかし、思う事があってその動きを止める。
そして、むぎゅっと魔理沙に抱きついた。
「おやすみなさい、それと行ってきます。大好きな魔理沙」
魔理沙を起こしてしまわないよう静かにそう言って、ルーミアは抱きしめた腕をほどいた。
外に出て、自分の周りに闇を張り、大空に飛び立つ。
大好きな人が、耳まで顔を赤らめていたとは気付きもしないで。
「むかしむかし、あるところに、ヘンゼルとグレーテルという、とても仲のいい兄妹がいました…」
大好きな人に教えてもらった言葉を、ポツリ、ポツリと思い返しながら。
「ふぁ~…んん…」
大きなあくびとともに眠たい眼をこすり、ルーミアは目を覚ました。
時間は既にお昼時。夜行性のルーミアは深夜に眠り、昼に起きるのだ。
「おお、起きたか。おはよう」
そんなルーミアにおはようの挨拶をしたのは霧雨魔理沙。ルーミアが眠っていた家の家主である。現在ルーミアは魔理沙の家を住み処にさせてもらっているのだ。
魔理沙曰く、ルーミアは自分の妹分。ルーミアもそれを気に入り、魔理沙を姉のように慕っている。
「おはよ~」
挨拶を返したルーミアに、魔理沙は明るい笑顔でにっこり笑いかける。
「ちょうど飯の用意ができたんだが、食べるか?」
「うん、食べる~」
テーブルの上には魔法の森で採れる食用キノコをふんだんに使った料理が置かれている。
その匂いに釣られるかのように、ルーミアはベッドから起き上がり、イスに座る。目の前には実においしそうな料理。
「いただきま~す」
「じゃんじゃん食べろよ」
こうして、ルーミアにとっての朝ごはん、魔理沙にとっての昼ごはんが始まるのである。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした」
魔理沙の手作り料理を残さずたいらげ、ルーミアは満足そうに手を合わせた。
「魔理沙のご飯はいつもおいしい。キノコご飯が一番好き」
「ははは、そりゃありがたい」
和食派魔理沙のキノコご飯は、味付けから何からかなり手が込んでいる。もともとは自分が食べるものを少しでもおいしくしようと努力した味であったが、今はそれをおいしく食べてくれる妹分がいる。
実際、ルーミアの食べっぷりは見ていて清々しい。それに応えようと、魔理沙はもっとおいしく作ろうと思う。
「まあ、おいしく食べてくれるのはいいんだけどな、ルーミア」
「何?」
ルーミアとの食事云々については、十分満足している魔理沙。しかし、先ほどからずっと気になっていることがあった。
「ずいぶんと髪がごわごわしてるみたいだが、またシャンプーを使ってないな?」
「ギクッ」
図星だったようで、あからさまに動揺するルーミア。
その様子に、魔理沙はやれやれ、といった調子で首を振った。
「まったく、ちゃんと頭はシャンプーで洗えって言ってるだろう」
ルーミアは夜中まで外をふらふらと飛んでいる。家に帰って来る頃には魔理沙は既に寝ているが、きちんと体をきれいにしてから寝ること、と常々魔理沙は言っている。
呆れ顔の魔理沙に、ルーミアはだって、と切り出した。
「シャンプーは目に入って痛いんだもん」
もともとは幻想郷中を気ままに飛んでいただけの妖怪であるルーミアは、お風呂というものに馴染みがない。ずっと水浴び程度で済ませていた。
したがって、初めてシャンプーを使ったとき、うっかり目を開けたままにしてしまったのだ。
そんなルーミアに、魔理沙は大きくため息を吐いた。
「じゃあ、今からシャンプーの使い方を指導してやるから、来い」
「え、シャ、シャンプーは嫌~!」
じたばた暴れるルーミアの首根っこを捕まえて、魔理沙は風呂場に向かった。
「魔理沙ぁ~、どうしてもシャンプー使わなきゃだめ?」
「だーめ。お前だって女の子なんだから、最低限のことはしっかりしないとな」
服を脱いで風呂場に入ってもまだぐずついているルーミアに、魔理沙は毅然とした態度で応じた。
そして魔理沙は、それに、と話を続ける。
「きちんと頭を洗えない子は、わたしは嫌いだぜ?」
「!?」
嫌いだぜ、その一言がルーミアによく効いた。大好きな魔理沙に嫌われるのは嫌なのだ。
「分かった!ちゃんと頭洗う!」
「よ~しいい子だ。それじゃあこれから頭を洗うぞ。大丈夫、わたしの言う通りにすれば目は痛くならないさ」
元気よく返事をしたルーミアの頭を撫でながら、魔理沙はにこっと微笑みかけた。
そしてルーミアを座らせ、頭にお湯をかけ、手でシャンプーを泡立てる。
「いいか、これからシャンプーをお前の頭につけるけど、ずっと目は閉じたまんまにしておくんだぞ?」
「はーい」
魔理沙に言われた通り、目をきゅっと閉じるルーミア。魔理沙はそれを確かめ、ルーミアの頭をごしごしと洗い始める。
「どうだ、目は痛むか?」
「ううん、全然痛くない!」
魔理沙に問いかけられ、ルーミアは目を閉じながら嬉々として答えた。
シャンプーの泡は少々顔まで垂れているが、全く痛くない。
「これからシャンプーを使うときは、きちんと目を閉じるんだぞ?」
「うん!これで魔理沙に嫌われない!」
ルーミアの言葉に、魔理沙は驚いた。さっきの言葉は脅かし半分の冗談だったのだが、ルーミアは本気にしていたらしい。
嫌われたくないということは、それだけ自分に懐いてくれているのかと思うと、少しくすぐったい気持ちになった。
「じゃあ、泡を流すからな。目は閉じたままだぞ」
照れた顔をしながら、再びルーミアの頭にお湯をかけて泡を落とす魔理沙。そして全ての泡を流し落とし、タオルで濡れた髪を拭いてやる。
「よし、これからは一人でできるな?」
「できるよ!魔理沙ありがとう!」
「こ、こら、抱きつくなって!」
相変わらず元気な返事をして、ルーミアは魔理沙に抱きついた。これがルーミアなりの感謝の気持ちの表現方法なのである。
そんな感謝の表現に慌てつつも魔理沙はふと思い至る。シャンプーの使い方はこれで大丈夫として、他はどうだろうか。体や顔の洗い方はしっかりしているのだろうか、と。
「よしルーミア。せっかくだから、体や顔の洗い方も教えるぜ。しっかりマスターするんだぞ?」
「は~い」
こうして、魔理沙によるお風呂での体の洗い方教室が開かれたのであった。
「気持ち良かった~」
「それはよかった」
お風呂から上がったルーミアは、にっこり笑顔でそう言った。
魔理沙もそれを見て満足そうに笑う。お風呂が気持ちいいものだと分かったのなら、これからは一人でもきちんと入れるだろう。
「じゃあ、また外をふわふわ飛んでこようかな」
ルーミアは毎日、気の赴くままに飛んでまわる。それが好きなのだ。そのまま深夜まで帰らない日もままある。
しかし、今日も今日とて外に出ようとしたところを魔理沙に呼び止められた。
「なあルーミア。わたしもこれから出かけるが、一緒に来てみないか?」
たまには一緒に出掛けるのもいいかもしれない。そう思った魔理沙は、ルーミアを誘うことにしたのだ。
「行く~」
魔理沙からのお誘いに、ルーミアは一も二も無く答えた。とてとてと魔理沙のもとに駆け寄り、えへへと笑う。
「魔理沙とデートだ~」
「な!?」
急にデートと言われ、魔理沙の顔が赤くなる。それと同時に、およそルーミアには縁遠そうな言葉がルーミアの口から出たことを疑問に思った。
「おいおい、そんな言葉どこでおぼえたんだ?」
「アリスに聞いた」
あいつ、ルーミアになに吹き込んでるんだと呆れる魔理沙。今度苦情申し立てに行く必要があるかもしれない。
「他に何かアリスから教えてもらった言葉ってあるのか?」
とんでもない言葉を吹き込まれたんじゃないのかと不安になって、魔理沙は深く聞いてみた。
うーん、と思い返していたルーミアは、あっ、と思い出したように声を出した。
「何だ何だ?」
「えっとね、わたしと魔理沙は『どーせい』してて、わたしは魔理沙の『ないえんのつま』だって言ってた」
「あいつは一体何を考えてるんだ?」
思わず口に出してしまった。言い方に引っかかる所はあるがそれを譲ってルーミアと「同棲」はまあいい。それにしても「内縁の妻」ってどういうことだ。本当に一度苦情申し立てに行く必要がありそうである。
「そんなことより、早く行こ!」
色々思いめぐらしていたら、ルーミアが急かすようにそう言った。
はっ、と我に返った魔理沙は、首をぶんぶんと振って今までの思考を振りほどく。
「ん、じゃあ箒にまたがってくれ」
「うん」
「飛ばすからな、しっかり掴まってろよ」
魔理沙が箒にまたがり、その後ろに同じようにルーミアがまたがる。
そしてルーミアは魔理沙にしっかりとしがみつき、二人は飛び立った。デート、もといお出かけに出発だ。
「…またネズミが入ってきたみたいね」
ソファに腰かけていた紫色の長髪をもつ少女は、読みかけの本をぱたんと閉じて、気配のする方を見た。
本棚の後ろに侵入者あり。はあ、とため息をする。
「まったく、うちの門番は何をやってるのかしらね」
「パチュリー様、わたしが様子を見てきましょうか?」
横に控えている赤い髪の少女に尋ねられたパチュリーは、首を横に振った。
「貴女の敵う相手じゃないわ小悪魔。わたしが直々に相手をする。今まで持っていかれた本のお返しも含めてね」
パチュリーはくすっと笑って立ち上がり、気配のする方へ歩いていく。五つ向こうの本棚の後ろに、彼女は隠れている筈だ。左右に本棚があるが、右側から気配がする。
そして四つ目の本棚まで歩み寄り、声をかける。
「隠れてるんでしょ?気配でバレバレよ。大人しく出てきなさい」
パチュリーが呼びかけるも、応答なし。面倒なことは嫌なので、できるだけ穏便に撃退しようと考えていたパチュリーは、また大きくため息をついた。
「そっちから来ないのなら、こっちから行くわよ」
最後通告をするも、また応答なし。パチュリーは手に魔力を込め、本棚の後ろを覗き込む。
「…貴女誰?」
「わたしはルーミアだよ」
そこには、パチュリーが思い描いていた人物とは違う少女が立っていた。
金髪で白黒は共通しているが、色々違う。髪の長さ、服、それにそもそも体の大きさだって全然違う。
不思議に思うパチュリーに、突然後ろから声がかけられた。
「おいおいパチュリー、わたしはこっちだぜ?」
「きゃあ!?」
「パ、パチュリー様!」
驚き振り向くのと同時に弾幕が飛んできた。咄嗟のことに避けることもできず、直撃してしまう。
離れていた小悪魔も心配して駆け寄る。
そんな二人に向かって、魔理沙はにししと笑っていた。
「弾幕ごっこに勝ったんだから、本を借りてくぜ?」
飄々と言う魔理沙を睨みつけたのはパチュリー。
「おとりを使って不意打ちなんて、卑怯な手を使うじゃない…」
ルーミアが隠れていたのは、先ほどパチュリーから見て右側の本棚。そして魔理沙が隠れていたのは、左側の本棚。そのせいで後ろから攻撃されてしまった。
じとっとした目で見てくるパチュリーに、小悪魔もまた冷ややかな目で見てくる。
一方、卑怯者扱いされては堪らないと、魔理沙はぶんぶんと手を振った。
「いや、おとりを使ったというか、お前が勝手に勘違いしただけだぞ?」
「え…?」
「実はな…」
魔理沙はあの時の状況を説明した。
実は魔理沙は、パチュリーが本当に自分のことに気付いていると思っていたのだ。気配は完全に殺した筈だと、焦ってすらいた。そしてパチュリーの呼びかけは全て、自分に向けられたものだとも思っていた。
しかしパチュリーが覗き込んだのはルーミアが隠れていた方。これはチャンスと弾幕を放ったのだ。
「…とまあ、そういうわけなんだ」
「…………」
「パ、パチュリー様、どうかお気になさらず…誰にだって失敗はありますよ」
魔理沙の話を聞いて、パチュリーは自分の情けなさに黙ってしまった。小悪魔が何とかフォローに入ろうとしているのは分かったが、それも少し響く。
「まあそんなに落ち込むなよ。今日は今まで借りてった本、返しにも来たんだぜ?」
「ホント!?」
魔理沙の言葉に、パチュリーの顔は明るくなる。
しかし、魔理沙が持っていた風呂敷の結び目を解くと、喜びの目は落胆の目に変わった。
「ほら、これで元気出せって」
「返しに来たって、たったの五冊じゃない!?」
風呂敷に入っていたのは五冊だけ。今までに持っていかれた本の一割にも満たない。
声を荒げるパチュリーに、魔理沙は頬を掻きつつ苦笑いした。
「だって何十冊も持つのは無理だしな。まあぼちぼちと返していくよ。それはそうと、また何冊か借りてくぜ」
「う…」
そうだった、と思い出したパチュリー。さっき弾幕ごっこに負けてしまったのだ。再戦もなんだかやる気が出ない。さっきの負け方がひどかったので。
「はあ…好きにしなさい…ところで、この子は誰?妖怪みたいだけど」
パチュリーはくるっと振り返ってその子の方を見た。先ほどから一人取り残されてしまっていた金髪の少女。名前はルーミアと言っていた。
「ああ、そいつはわたしの…」
「わたしは魔理沙と『どーせい』してる魔理沙の『ないえんのつま』だよ」
「「!!?」」
魔理沙が説明をする前に、パチュリーと目があったルーミアが言ってしまった。アリスに吹き込まれた言葉を、それもにっこり笑いながら。
そしてそれを聞いたパチュリーと小悪魔の顔が驚き歪み、先ほどよりずっと冷ややかな目で魔理沙の方を見る。
「魔理沙…貴女…」
「まさか魔理沙さんにそんな趣味があったなんて…」
「ちょっと待て!誤解だ!」
慌てながら魔理沙は思った。あれ、こんな展開前にもあったような、と。
「「このすけこまし」」
二人から同時に放たれた言葉が、魔理沙の胸に深々と突き刺さった。
しかし今回はなんとか持ちこたえ、必死になって説明した。今の言葉はアリスが吹き込んだだけで、本当は妹分で可愛がっているだけだと、半分泣きそうになりながら、頭も下げて伝えた。
「ふーん、妹分ね…案外お似合いかもね。二人とも能天気そうな顔してるし」
「ふふふ、可愛い妹さんですね」
普段お調子者の魔理沙があそこまで必死になるあたり、まあ本当のことだろうと二人は納得してくれた。今は二人ともルーミアの頭を撫でている。
ちなみにパチュリーがさらっと毒を吐いていたが、とにかく「内縁の妻」を否定できただけでよしとした魔理沙は、言わせておくことにした。というより、それに喰ってかかる気力を、さっきの説明で使い果たしてしまったのだ。
「ぜぇ…ぜぇ…じゃあ、本は借りてくからな。行くぞルーミア」
「うん!じゃあね!」
なんだか疲れて息を切らせながら歩き出した魔理沙に、ルーミアは頭を撫でてくれている二人に別れの挨拶をしてから両手を広げてついて行った。
そんな二人の後ろ姿を見送って、パチュリーはボソッとつぶやいた。
「ホント、えらく懐いてるみたいね」
「まるで本当の姉妹みたいですね」
その微笑ましい光景に、二人からは笑みがこぼれていた。
ソファに戻って本の続きを読んでいたら、ルーミアがふわふわとやって来た。
「あら、魔理沙と一緒じゃなかったの?」
「魔理沙の取る本が難しいのばっかで、全然分かんなかった…」
疲れた表情をしているルーミアに、パチュリーはふふっと笑った。小さな妖怪であるルーミアに、魔法使いの本は難しすぎたようだ。
それじゃあ、とパチュリーは片手に魔力を込めて上に挙げた。すると、本棚の方から本が一冊飛んできた。
「これでも読んでみなさいな」
「これは…『ヘンゼルとグレーテル』?」
パチュリーが差し出したのは、外の世界からやって来た童話の本。子ども向けに作られているようで挿絵も多いから、ルーミアでも読めるだろう。
前にパチュリー自身が読んだときは、いくら不意を突かれたからって子ども二人に負ける魔法使いなんて、と思ったが、そういえばさっき自分も不意を突かれてやられてしまっていた。他人のことは言えないな、と心の中で苦笑する。
「そんなに難しくない筈だから、きっと貴女でも読めるわよ」
「じゃあ読んでみる」
難しくないらしい、ということでルーミアは本を受け取り、パチュリーの隣に座って読み始めた。パチュリーもまた、本の続きを読み始めた。
それから十分もたたないうちに、パチュリーの肩に何かが当たった。文章を追っていた目をそちらに向けると
「すぅ…すぅ…」
「あら、あれでも難しかったかしら」
パチュリーの肩にはルーミアの頭。ルーミアは本を開いたまま、可愛らしい寝息を立ててしまっていたのだ。
ただ、このままでは少々困る。ページをめくる時に手を動かすから、当然肩だって動く。しかしルーミアの頭が乗っているため動かしにくいのだ。
どうしたものか、と考えるパチュリーは、一つの案を思いついた。
「こうすればいいのよね」
そう独りごちて、魔法でルーミアの体を浮かし、そしてソファに横たえらせるようにそっと降ろす。頭はパチュリーのももの上。
つまり、膝枕である。
「むにゃむにゃ…」
「こうして寝顔を見ると、可愛いものね」
魔法で動かされていたとは露知らず、気持ちよさそうに眠っている。その無邪気な顔を見てパチュリーの顔も思わず緩み、ルーミアの頭を撫でる。
この子を可愛がる魔理沙の気持ちも、分かるような気がすると、パチュリーは思う。
そんな折、小悪魔がやって来た。
「パチュリー様、紅茶を持ってきました…!!?」
「ありがとう…ってどうしたの?恐い顔して」
「あ、いえいえ、なんでもありません」
眠っているルーミアの姿を見て、むっとした小悪魔。それをパチュリーに指摘され慌てて笑顔でごまかすも、その顔は少しひきつっていた。
そんな小悪魔の胸の内はというと
(パチュリー様に膝枕をしてもらえるなんて…羨ましい…)
元来甘えたがりな一面をもっていた小悪魔は、いつか主人であるパチュリーに思いっきり甘えてみたいと思っていたのだ。それこそ、膝枕をされたかった。
しかし、割とクールなパチュリーに正面切ってお願いするのは難しく、また自然に膝枕をしてもらえる流れにもっていくこともできず、夢は叶わないでいた。
そんな夢を、ルーミアはあっさり遂げてしまった。羨望の想いは止まらない。
そうだ、と小悪魔は思いつく。
「あのパチュリー様、よろしければわたしにも膝枕をさせてもらえませんか?」
「それくらい別にいいわよ。ただし起こさないようにね」
許しをもらい、心の中でガッツポーズする小悪魔。これでとにかくルーミアが膝枕されている状況が変わるのだ。
(小悪魔の知恵の大勝利です!)
嬉しそうに笑って、小悪魔はソファに腰かけた。
一方、小悪魔が何を考えているのかを知らないパチュリーは、その嬉しそうな顔を見て、そんなに膝枕したかったのかと呑気に考えていた。
そしてまたルーミアを魔法で浮かし、今度は小悪魔が膝枕できるようそっと移動させた。
(ふふふ、貴女はこの小悪魔との知恵比べに負けたのです!)
別に勝負などしていないのだが、小悪魔は勝者の笑みをこぼし、ルーミアの顔を覗き込んだ。
すると
「か、可愛い…」
穏やかな寝息に安らかな寝顔。それらが小悪魔の胸をうった。
さっきまでの羨望はあっという間に消え去り、可愛いという想いが心の中を支配する。
気付けば小悪魔はルーミアの頭を優しく撫でていた。そしてルーミアも、眠りながら気持ちよさそうに、えへへ、と笑った。
「貴女って、膝枕が得意なのかしら?」
「え?」
すっかり夢中になっていた小悪魔は、パチュリーの言葉に対して上手く返事ができなかった。
しかしパチュリーは気にした様子もなく話を続ける。
「わたしが膝枕してあげたときより気持ちよさそうにしてるみたいだし、その内わたしも貴女にやってもらおうかしら、膝枕」
「え、ええ!?」
思わず大声を出してしまった。はっ、としてルーミアの方を見るが、眠っているようでひと安心。
それにしても、まさかパチュリーの方から膝枕をしてほしいと言われるなんて、小悪魔は夢にも思っていなかった。
驚きのあまりぼーっと考えていた小悪魔に、パチュリーは遠慮がちに聞く。
「ひょっとして、嫌だったかしら?」
「い、いえ、喜んで」
今度は大きい声を出さないようにするが、小悪魔は興奮したように答えた。
膝枕されたい、というのがもともとの夢であったが、その逆もいいかもしれない。それに、パチュリーに膝枕をした流れで、今度はわたしにしてください、とお願いすることができるかもしれない。
(…この子のおかげかな)
下を向き、ルーミアの顔を見る。そこには、変わらずに穏やかな寝息を立てる少女がいた。
しばらくして、魔理沙が戻って来た。風呂敷には何冊か本を詰め込んであるようである。
「いやーまた面白そうな本が見つかったぜ」
気分よさそうに言いながらやって来た魔理沙は、ソファのすぐそばまで近付いたところでルーミアの様子に気付いた。
「ありゃ、寝ちまってるのか」
「ええ、それはもう気持ちよさそうにね」
パチュリーに言われてルーミアの顔を見ると、なるほど確かに小悪魔に膝枕されたルーミアの寝顔はずいぶんと心地よさそうだ。
しかし、ずっとここで寝かせておくわけにもいかない。
「まあ、ここらでお暇させてもらうよ。…よっと」
魔理沙は眠るルーミアを担ぎあげ、抱っこした。流石に魔理沙の素の腕力ではきついが、魔法の力で若干の浮力を発生させたから大丈夫だ。
「小悪魔も済まなかったな、ずっと枕代わりにさせちまって。痺れてないか?」
「いいえ、むしろ楽しかったですよ」
小悪魔はにこっと笑って、思うままを答えた。
一体何が楽しかったのかは分からない魔理沙であったが、それはよかったな、と言っておいた。
ここでパチュリーが、そうそう、と言いながら魔理沙に本を差し出した。
「これ、その子が読みかけの本なんだけど、よかったら貸してあげるわ」
「へー珍しいな。そっちから本を貸してくれるなんて」
「たまにはそんな気分にもなるのよ」
本を受け取った魔理沙はそのまま箒にまたがり、宙に浮かんで飛び立った。ルーミアを起こしてしまわないよう、安全運転しながら。
「じゃあなーまた来るぜー」
「今度はもっと本を返しなさいよー」
背中を向け離れていくまま挨拶をした魔理沙に言葉を返すパチュリーであったが、どんどん遠のく背中にその声が届いたのかどうかは分からなかった。
魔理沙の姿が見えなくなったころ、小悪魔が控えめにパチュリーに話しかけた。
「あの、パチュリー様」
「何かしら?」
聞き返された小悪魔は、遠慮がちな姿勢を崩さず尋ねる。
「ルーミアちゃんがあの本を読んでた途中で寝ちゃったってことは、ひょっとして読めなかったんじゃないですか?もしそうだったら、貸しても意味があるのでしょうか?」
確かに、読み始めてすぐに眠ってしまうなんて、あの本はルーミアには難しいかもしれないとはパチュリー自身も思った。
しかしながら、それでもパチュリーは大丈夫だと確信していた。
「そうねえ。確かにルーミアだけじゃ難しいかもしれないけど、お姉ちゃんがなんとかしてくれるでしょ」
「はあ」
面白そうにくすくす笑う主人に、要領を得たような得ていないような、中途半端な返事をする小悪魔であった。
「うーん…あれ、ここは…?」
「お、ようやくお目覚めのようだな」
ルーミアが目を覚ますと、魔理沙の家のベッドの上。紅魔館の図書館からずっと眠り続けてしまったのだ。
ここでルーミアは、ふと思い出した。
「本は?」
「本って、これのことか?」
そう言って魔理沙が出したのは『ヘンゼルとグレーテル』だった。それを見てルーミアの目は輝く。
「それそれ!読んでる途中に寝ちゃったの」
嬉しそうな顔をするルーミアに、魔理沙はふむ、と考える。
魔理沙も読んでみたが、子ども向けで挿絵が多く、内容も難しくない。それなのに読んでいる途中に眠くなってしまうとは。
「なあルーミア、ひょっとして字が読めないのか?」
読めないから、眠くなってしまったのではないか。魔理沙はそう考えた。
するとルーミアは、あっけからんとした顔で答えた。
「うん、難しい字は読めないよ。でも簡単な字は読めるし、絵を見ればお話は大体分かるよ」
そんなルーミアに、魔理沙はまた考え込む。
果たしてこのままでいいものか、童話に出てくる字くらいきちんと読めた方がルーミアのためにもいいんじゃないか。
色々考えた結果、一つの結論に至った。
「よし、わたしが字の読み方を教えるよ」
「ええ?」
読めない字を読めるようにするということは大変なのではないかという思いが頭に浮かび、抵抗を覚えるルーミア。
魔理沙はそんなルーミアの不安を感じ取り、安心させるように、はははと笑った。
「そんな難しい顔しなくても大丈夫だよ。やることは、わたしの後に続いて読むだけでいい。時間は…そうだな、わたしが寝る前の30分くらいで十分だろう」
「ホントに大変じゃないの?」
「ああ、安心していいよ」
不安そうにするルーミアの頭を、優しく撫でる魔理沙。そうしてルーミアも、不安が和らいだようである。
「じゃあちょっと早いけど、晩ご飯にするか」
「うん、食べる~」
秋の日は釣瓶落とし、とはよく言ったもので、ルーミアが眠っている内にあたりはあっという間に暗くなってしまったのである。
時間にしてみれば早めではあるが、魔理沙は既に晩ご飯の準備を終えていた。
二人はテーブルにつき、両手を合わせる。
「「いただきます」」
そして、魔理沙の昼食兼ルーミアの朝食同様、おいしく料理を平らげたのであった。
食事を終えて歯を磨き、お風呂に入ってしばらく経つ。そろそろ魔理沙が眠る時間になって来た。
「ルーミア、字を読む練習をするぞ」
「は~い」
ルーミアが片手を挙げて返事をすると、魔理沙はルーミアを連れてベッドまで移動し、掛け布団にもぐりこんで、うつ伏せに並んで横たわった。
そして『ヘンゼルとグレーテル』を開く。
「いいか。まずわたしがゆっくりと一文を読むから、その後に読むんだそ?」
「そーなのか」
分かったのか分からないのか、よく分からない返事に、魔理沙はごほん、とわざとらしく咳払いして、本の内容を最初から読み始めた。
「むかしむかしあるところに、ヘンゼルとグレーテルというとても仲のいい兄妹がいました」
「む、むかしむかし、あるところに、ヘ、ヘンゼルとグレーテルという、とても仲のいい、兄妹がいました」
たどたどしくもしっかりとついてくるルーミアに、魔理沙はよしよしと頭を撫で、にこりと笑いかける。
「じゃあどんどん行くぞ。ヘンゼルとグレーテルは…」
「ヘ、ヘンゼルとグレーテルは…」
魔理沙の個人レッスンはその後も続き、ルーミアは頑張ってついていった。どうしても読めない字は、その都度魔理沙に教えてもらいながら、ゆっくりと進んでいった。
そして、ヘンゼルとグレーテルが悪い魔法使いに出会うくだりまで読み進む。
「悪い魔法使いは『お前たちはわたしのしもべになるのだ』と言いました。」
「悪い魔法使いは…」
今までついてきていたルーミアが突然黙ってしまった。
おかしいな、と思った魔理沙が本から隣のルーミアの方に目を移すと、ルーミアもまたじっと魔理沙のことを見ていた。
そしてゆっくりと口を開いて放った言葉は
「魔理沙は悪い魔法使い?」
「…へ?」
突拍子もないその問いかけに、魔理沙の思考回路はいったん凍結してしまった。
その後少しずつ解凍してゆくにつれ、魔理沙は途端に可笑しくなった。
童話の「魔法使い」という言葉が「悪い」という言葉で修飾されていたため、では「普通の魔法使い」である魔理沙はどうなのだろうかと、ルーミアは子どもらしい単純な比較をしてみたくなってしまったのだ。
それが分かった魔理沙は、可笑しさを堪えながら、逆にルーミアに聞いてみた。
「お前は、わたしが悪い魔法使いだと思うか?」
「え?」
きょとんとするルーミアに、魔理沙は質問に質問で返すのはちょっと意地悪だったかなと思った。
しかしルーミアは、すぐにそのきょとんとした顔を笑顔に変えて首を横に振った。
「魔理沙は大好きな魔法使いだよ!」
「なっ…」
よくもそんな恥ずかしいセリフを言えるもんだと、聞いていた魔理沙の方が何だか恥ずかしくなってしまった。嬉しいけど、照れも強いのだ。
そんな気持ちを隠すように、魔理沙は枕に顔をうずめた。
「今日のレッスンはこれでお終い!」
「えー!?」
楽しかったのに、終わってしまうなんて嫌だとルーミアはぶーたれるが、魔理沙はというと
「ぐぅ…ぐぅ…」
「あ、寝ちゃった」
寝息をたてて、うんともすんとも応えない。
あーあ、と残念がるルーミアがふと時計に目を遣ると、長針はレッスン前からおよそ30分進んでいた。
約束では魔理沙が寝る前の30分だったので、しょうがないと諦めるルーミア。
「じゃあ、また外を飛んでくるね」
ルーミアはまだ全然眠くない。むしろ夜の方が調子がいい。ただ、調子がいいと言ってもやることはふよふよ飛び回るだけであるが。
ともあれルーミアはベッドから出て外に行こうとした。しかし、思う事があってその動きを止める。
そして、むぎゅっと魔理沙に抱きついた。
「おやすみなさい、それと行ってきます。大好きな魔理沙」
魔理沙を起こしてしまわないよう静かにそう言って、ルーミアは抱きしめた腕をほどいた。
外に出て、自分の周りに闇を張り、大空に飛び立つ。
大好きな人が、耳まで顔を赤らめていたとは気付きもしないで。
「むかしむかし、あるところに、ヘンゼルとグレーテルという、とても仲のいい兄妹がいました…」
大好きな人に教えてもらった言葉を、ポツリ、ポツリと思い返しながら。
誤字
一番最初の部分、霧雨魔理になってますよ
エロティカルな描写なんかは紳士な俺が望むはずはないのですが、
体の洗い方教室、などという魅惑的なシチュエーションを提示されたら、
なんか、こう、わかるでしょ? 多少甘酸っぱい何かを期待する、みたいな。
やっぱりルーミアへの愛が溢れている作者様的には冒涜になっちゃうのかな。
話題を変えよう。
かいぐりしたくなるおつむりってありますよね。
幻想郷ならこいしちゃんや小傘、柴犬や三毛猫の後ろ頭なんかも俺的にはそうかな。
貴方が可愛らしく描こうと精魂を傾けたこのお話のルーミアも、勿論含まれる訳です。
いつかの十七日(とーなのか)に宵闇ちゃんと再会できると嬉しいな。
貴方の作品大好きです。
貴方には、「ルーミア」タグが4183番(宵闇)にいくぐらいSSを書いて欲しい。
それが、七色番目を見つけた私からの願いです。
次回も楽しみにしてます。
ああ、なんていい距離感…! レッツゴー十進法。
続きを楽しみにしております!
思わずニヤニヤしてしまいます
そんなエロいサービスシーンを挿入しなくても、純粋な姉妹愛・家族愛として十分に楽しめましたよ。というか読み終わった今、なくてよかったと思いました。
ルーミア可愛い?
パチュリー超お姉様
小悪魔癒し
魔理咲可愛い?
続きも楽しみにしてます!
私も見てみたいです。