「どうしてこんなところに来ちゃったんだろ」
昔、そう思ったことがある。
あの日感じた後悔は、今も心にこびり付いて、私の身体を重くする。
この気持ちが、いつか消える日は来るのだろうか。
――比那名居天子の天道――
「つまんない」
私から見た天界の感想がそれだ。
とにかくつまらない。圧倒的にこの世界には刺激が足りない。
天界の町の真ん中。人通りの少ない通りを眺めながら思う。
「つまんない」
宴会で天人が集い、天女の優雅な舞いを肴に酒をあおっていて思う。
「つまんない」
桃の木から実をむしり取り、大して美味しくもない桃を齧りながら思う。
「本当につまんない」
とにかく、この一言に尽きるのだ。
私、比那名居天子は若くして天界にやって来て天人となった。
正直なところその時は天界や天人のことは良くわかっていなかった。ただ親が行くというので、それにならって付いて来ただけだ。
それで来てみて、次の日には後悔した。
とにかく、天人達はつまらないのだ。
こいつらは感情が欠落してるんじゃないかと思うほど物静かで、町の真ん中でも人のざわめきなど一切しない。
酒の席ですら声を上げて笑うことなく、声を荒げて怒鳴り散らしたりもしない。
まぁ、それもある意味当然と言えば当然なのだが。
天人とは大半が修行の果てに人以上の領域に辿り付いた者達だ。
人としての心を削ぎ落としてまで上を求めたやつらが、そりゃあ面白い訳ないのである。
そうじゃなく手柄を立てたり、そのお目こぼしを貰って天人になった者も数は少ないが居ることにはいる。私なんかもそれに当たる。
しかしそんな大人達も、元いた天人達に合わせて物静かに暮らすのだ。
本当につまらない、こいつらは何が楽しくって生きているんだ。
だから天人になってまず私がしたのは、似た境遇の天人探しだ。
まだまだ子供らしさが抜けないまま天人になって日々に退屈している者を探し、仲良くしようとした。何だって独りぼっちは寂しいから。
そんな天人は数人ほど見つかり、最初の内は皆で集まって遊んだりしていたのである。
しかしそんなのは本当に最初、数年の間くらいだ。
あっという間に皆は精神的に成熟し、子供のようにはしゃいで遊ぶことを恥と思い、面子を優先して周りに合わせ始めた。
けれど私はそんなに賢くなかった。
まだまだ遊びたい。他の天人達のようなつまらない生活なんて真っ平御免だ。
それで周りに抗って、わがまま言って。結果、付いた渾名が『不良天人』。
これで結構気に入っている渾名だ。私がこの天界で唯一の『毒』だと表しているようで心地良い。
天界が何故つまらないのか、それはここには『毒』がないからだと私は考えた。
『毒』はそのまま『不幸』と考えてくれて良い。
不幸があるから幸せがある。幸せがあるから不幸がある。この二つは裏表揃っているからこそ意味があるのだ。
片方が欠落したこの楽園は、私にとって地獄に等しい場所でしかなかった。
そんな天界で、唯一娯楽と言ってよかったのが。命を狩りにきた死神との戦いだった。
本気で戦ってくれる死神相手に剣を振るっている時は、一番生きていると実感できる時間だった。
「死ぬかもしれないのによく楽しめるな」そう思う人もいるだろうが私はそうは思わない。
徹底的に毒が排除された天界で命掛けという最上の『毒』こそが、私が退屈を忘れる唯一の娯楽になりえるのだ。
身を削り戦って、その痛みすらもこの天界では喜びに繋る。
しかし殺しに来る死神が、私を生き永らえさせる原因とはおかしな話だ。
「あー、桃マズイ」
食べ飽きた桃を齧りながら不満を漏らす。
対して美味しくない癖して、これくらいしか食べるものがないので私の食欲は落ちっぱなしだ。
天人だからちょっと食べない程度じゃ死なないのだが、やっぱり美味しいものを食べたい。
けどこんな空の上でそんなことを望んでも叶う筈がない。二、三口食べた辺りで僅かな食欲も失せたので桃を思いっきり放り投げた。
放物線を描いて飛んでいく桃を見て思いに耽る。
「何で私って死なないんだろうな」
別に自殺願望があって言っているんじゃない。ただ不思議に思っただけだ。
よく飛ぶ桃から一瞬視線を横へと動かした。目に映ったのは墓石。
そう、墓だ。死んでいった天人達の。
手柄を立てたりして成り上がった天人は、もう殆ど死んでしまった。
天人は普通の人間よりも精神に比重を置く。天人らしく振舞っても心までは騙せず、この空の上で満たされずに死んでいったんだと思う。
それなのに天界に馴染めなかった自分はまだ生きている。
天人の五衰の一つに今を楽しめないなどとあるのに、天人の私が言うのもなんだが嘘っぱちなんじゃないか。
何でだろうと思っていたその時、一陣の風が吹いた。
「えっ?」
草木が揺れ、髪が引っ張られるほどの激しい突風。
耳元で風がごうごう音を鳴らし、先程投げた桃が宙で押し返されて手元に戻ってきた。
穏やかな天界で突風なんて、それもこんなにも激しい風なんて初めて見た。
数百年もなかったそれが、何故吹いた? 何が起こった?
呆気に取られて受け止めた桃を見つめながら胸の奥で心臓が跳ね上がり、そして何かが疼くのを感じた。
この感覚は何だったか、随分と久しぶりに感じる気がする。
そうだ、期待だ。
この天界で、数百年ぶりに感じる未知への興奮。
胸の衝動に突き動かされて、たまらず私は走り出した。
風が吹いてきた方へと木々の間をすり抜けて全速力で向かう。
「天人か。今日はお前の命を――」
「邪魔、どけ!!」
「ぎゃふっ!?」
途中突っ掛かってきた死神に持ったままだった桃を投げつけて、怯んだ隙に横を通り抜けた。
いつもなら出来るだけ楽しみながら戦うが、今はそんな余裕なんてない。
走り続け、天界からも飛び出して、今度は空を飛んで先へ進んだ。
無我夢中で飛んで飛んで、飛びまくって、ついに私はそれに行き着いた。
「結界が……」
私が見つけたのは、こっちと現世とを隔てる結界だった。ただし壊された後の。
天界とはつまるところあの世。二つの世界の壁として何百年も機能していた結界は、今はその機能を失くしてしまっていた。
結界に手を触れて確かめてみるとどうやら今さっき壊されたようだった。きっとさっきの風はこれが原因なんだろう。
穴の開いた結界から現世の方を覗いてみる。
向こう側は雲しか見えなかったが、その下には地上が広がっている。
天界のまがい物の地面とは違う、本物の大地が。
「――何かが変わる」
そんな漠然とした予感がした。
この結界を越えた時、きっとつまらない日々に変化が訪れる。
そう思ったらもう止まらなかった。気付いた時には結界を抜けて現世へ身を投じていた。
雲の中を突き進んで地上へと向かっていく。
やがて雲を抜け出し視界が開けると白色に包まれた地上が目に写った。
何百年も前に捨てた大地がそこにあった。
◇ ◆ ◇
久しぶりに感じた下界は寒かった。
周りは雪だらけだから当たり前の話なのだが、天界は年中温暖な気温だからこんな肌寒さは久しぶりだった。
息を吸えば冷たい空気が肺を満たして痛かったのが、地上に来たことを実感させてくれて何だか嬉しかった。
口から吐き出された息が白く煙るのを楽しみながら、私は一面銀世界の地上に足を付ける。
足元から雪が潰れるクシャッとした音が鳴った。
「おっ、おぉっ!?」
足を地面から離し、もう一度雪を踏むとまたクシャッと音が鳴る。
それだけのことなのに凄く楽しく感じて、何度も何度も雪を踏み潰して、その度に雪が音を立てて潰れた。
「あはは、なっつかし! 人間だった頃もこうやって遊んだっけ!」
子供は風の子。私も子供の頃には寒さをものともせず、雪の中を駆けずり回ったものだ。
それに、こうして笑ったのも久しぶりな気がする。
しばらく何度も雪を踏み潰して音を楽しみ、ちょっと飽き始めた頃に行く当てもなく歩き始めた。
辺りを眺めながら歩みを進める。
厚い雲で覆われた薄暗い空。普通なら気が滅入る天気だろうが、天界は雲の上にあるのでこんな光景は見られないのでこれはこれで良かった。
つまらない天界で過ごして数百年、人間だった頃は見向きもしなかったものに目が行く。
「実がなってない木なんて久しぶりに見たなぁ」
葉っぱに雪を乗せた木を見上げる。天界と違って雪なんて降って大変だろうに、それでも頑張って生きている。
そのまま顔を下に向けると、木に防がれて雪のかかっていない地面が目に入った。
膝を曲げて指で土を少し掘り返す。僅かな土を指で摘み、鼻に持って行くと懐かしい匂いを感じた。
「大地の匂いだ……」
本当に懐かしい匂い。沢山の枯葉や虫の死骸を受け止めて肥えた良い土だ。
他の天人はこれを穢れていると言うかも知れないが、私にとってはたまらない。
目を閉じてゆっくり嗅いでいると、つい昔のことを思い出す。
昔っからおてんばで、一時期は毎日泥んこまみれになりながら駆け回り、家に帰れば大人に怒られたものだ。
それくらいの頃はいつか親の地位を継ぎ、大地を治める神官として働くのだと思っていた。
比那名居家は大地を操る能力を持ち、要石によって地震を抑える神官の家系だ。
結果的にはその使命をほっぽり出して来た訳だが、あの大地は今も元気なんだろうか。
今はもう、名前すらおぼろげにしか思い出せないけれど。
感傷に浸っていると、今度は生き物の気配を感じて顔を上げた。
振り返ってみると、雪の上に立つ獣の姿があった。
これは……犬だっけ? いや多分狼だ。
「グルルルルル……」
警戒しているのか喉を鳴らしてこっちを睨みつけてくる。
雪が降る寒い冬の中、それでも確かに四つの足で立っている。
「まったく、獲物もいないのにそんな気合入れてたらお腹減って動けなくなるわよ」
私が立ち上がって狼――だと思う――の方へ歩み出ると、相手は警戒を深めたのかいつでも行動できるように姿勢を低くした。
下手したら噛み付かれるかもしれないけど、特に気にすること無く私は近づいてみた。また雪がクシャッと鳴る。
こうやって無防備に近づいてくるのが意外だったのか、狼はちょっとうろたえた様子で一歩退いた。
「そんなに怖がらなくてもいいってば」
どうすればいいかわからず固まる狼に、私は手を伸ばして頭を優しく撫でる。
そうしてから手を頭から離すと、指先をペロリと一舐めされた。
狼はおすわりして私を見上げる。
「クゥーン」
「うん、よしよし」
完全に警戒を解いてくれたようで、狼は甘えた声を上げてきた。
今度は腰を下ろし、頭から背中に掛けてじっくりと狼を撫でてあげる。
すると私の手を掻い潜って頭を突き出した狼が頬っぺたを舐めてきた。
「ハフッハフッ」
「ちょっ、くすぐったいってば。もうっ」
狼の顔を押し返すと、首に腕を回して抱きついてみた。
思いのほか毛皮のしたは痩せ細っていて、やっぱり冬には苦労しているんだなと感じ取れた。
鼻で息をすると、昔に馬を触ったときに感じた匂いを数段キツくしたような獣臭さが鼻に来た。
「っていうか臭い!」
「バウッ!」
流石に臭いのは勘弁。すぐに顔を離すと「失礼な」と狼が声を上げてきた。
「いやホントに臭いわよ。そんなので獲物の臭い辿れるの?」
「ガウッ」
「そう? まぁ、大丈夫ならいいけどね」
「クゥーン」
「でも、冬が長引いてて餌が足りないって?」
狼は落ち込んで頭を下げる。抱きついたときに痩せていたのはそれが原因みたいだ。
何で冬が長引いているのかが気になったが、とりあえず重要なのは餌が足りないこと。
「よっし、ちょっと待ってなさい。私が餌取って来てあげるわよ」
「ガウッ!」
「本当よ。すぐ戻ってくるからね!」
一旦狼と別れて私は空へ飛び上がった。
たとえどれだけ厳しい冬でも、決して実りがなくならない桃源郷を私は知っている。
すなわち、天界だ。
◇ ◆ ◇
雪景色の中を寒さを堪えて進む人影があった。妖怪の山に住居を持つ仙人の茨華仙である。
華仙は何かを探し回っているようだったが、降り積もった雪が彼女の歩みを邪魔していた。
「春を奪うだなんて厄介なことをしてくれて。良い迷惑だわ」
誰に言うでもなく華仙の口から愚痴が漏れる。
鳥達に聞いた情報によると、何者かがこの郷から春を奪ってしまったらしい。
お陰でいつまで経っても暖かくならず、春の作物も実らないため食料が底を尽きそうだ。
「それにしてもやっぱり見つからないわ。あの子達どこに行ったのかしら」
キョロキョロと辺りの博麗の巫女をけしかけに行ってのだが木の枝を探る華仙だが、探しているものは見つからなかった。
先程異変を解決しろと博麗の巫女をけしかけに行ったのだが、神社に巫女の姿はなかった。
既に異変解決に行ったのか鳥に聞こうと思ったのだが、どうしてか鳥達の姿が消えていた。
それでこの寒い中を雪を掻き分けて鳥を探していたのだが、それでも一向に見つからなかった。
「まさか同時に別の異変でも起こったんじゃ……」
鳥達が一斉に食べられる異変とか。もしそうなら山の鴉天狗などが黙っていないだろう。
嫌な想像をしていると、ようやく視界の端に羽ばたく鳥の姿を捉えた。
「あっ、待ちなさい!」
静止の言葉を掛ける華仙だが、鳥は声を無視してどこかへ飛んでいく。
やはりおかしい。普通なら華仙が声を掛ければ鳥達は寄ってきて話を聞いてくれるのだが。
いよいよ異変が起こったのか、と考えながら華仙は鳥が羽ばたいていった方へ進んでいくと、次第にたくさんの鳥や獣の鳴き声が聞こえて来た。
今度は声を頼りに進んでいくと、木の少ない開けた場所で華仙の疑問に答えを出された。
華仙の目に映ったのは、たくさんの動物や鳥に囲まれて笑顔を浮かべる蒼い髪の少女。
鳥は綺麗な鳴き声を上げ。動物は鼠やリスのような小動物から猫や狼、果ては熊までもが少女に語りかけていた。
「ほらほら、桃は一杯あるんだから慌てない。ちゃんとみんな食べれるからね」
昔から犬猿の仲と呼ばれるだけあって喧嘩をしそうになっていた犬と猿がいた。
だが少女にそう言われただけで争うのを止めて、少女に「ごめんなさい」と鳴き声を上げて引き下がった。
「……凄い」
華仙の口から思わず声が漏れる。
華仙にも鳥や動物と心を通わすことは出来る。だが今少女がやっているように多種多様の、特に肉食系の動物達を集めれば、必ずいがみ合って争い始めるだろう。
それなのに少女は動物達の心を掴み、相容れない動物達を引き合わせることを軽々とやってのけていた。
「そこにいるの誰?」
華仙の声に気付いて少女が振り返った。少女の目で緋色がまたたく。
覗き見していたところに緋色の目で見据えられて一瞬身動ぎする華仙だったが、このまま答えないのも失礼だとすぐに前へ名乗り出た。
「覗き見してしまい申し訳ありません。私は仙人の茨華仙と言うものです」
「ふーん、仙人。つまらなそうねぇ、人間か妖怪がよかったわ」
「むっ」
いきなりつまらないと言われて少々癪に障った華仙だったが、グッと堪えて少女に質問を投げ掛ける。
「あなたをそこで何をしているのですか? そんなに大勢の動物を従えて」
「この子が寒いままで餌が取れないって言うから桃を持ってきてあげたのよ。ついでだからその辺のも呼んで分けてあげてるって訳」
少女は説明すると近くにいた狼の頭を撫でる。
華仙が改めて周りを見れば、動物達の一角に文字通り山ほどの桃が積まれているのに気が付いた。辺りからも桃の芳しい匂いが漂っている。
「こんなに沢山の桃を何処から。それにあなたは一体何者なの、こんなことをやってのけるなんて」
「まぁ、天人のはしくれだしこれくらいはね」
「天人!?」
驚いた華仙が声を上げると、少女はのそりと立ち上がってスカートに付いた砂を払った。
「初めまして。天人の比那名居天子よ、宜しくね」
◇ ◆ ◇
天界から桃を持ってきて、お腹を空かせた皆に分けているところ仙人の華仙とかがやって来た。
私が天人と言うだけで尊敬の眼差しで見つめてきて、あれやこれやと言う間に家にお邪魔することとなった。
「そ、粗末な家で恐縮ですが」
「へー、結構良い家じゃない」
華仙に案内されて家に上がり込む。
流石に天界の家屋と比べると劣るが、それでも下界の家にしては良い方だと思う。
用意してくれた座布団の上に座っていると、華仙は「少々お待ちを」と言い残して一旦私のところから離れて、すぐに戻ってきた。
「いま夕食を温めております。是非お食べになっていって下さい」
「ありがと。悪いわね良くしてもらって」
「そんなとんでもない。天人様に来て頂いたのですからこのくらいのこと」
やたらと持ち上げられているが、そんなに私が尊敬に足る人物とは思えない。まぁ悪い気はしないか。
と言うかそもそも、天人なんてそんなに良いものでもないのに。
「さて天人様。先程たくさんの動物を従えているのを見て感服いたしました。出来ることなら天人様とお話をと……」
「別に話するくらいは良いけどね。その前にこっちから色々聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんなりと」
「でもその前にまず、あなた敬語止めなさい」
聞きたいことは色々あるが、先に敬語だけは止めて欲しかった。
おだてられて悪い気はしなくても敬語で堅い話し方をされたら、せっかく下界に来たのに天界にいるような気がして嫌だ。
「敬語をですか?」
「だから止めなさいってば。呼び方も天子で」
「はぁ、わかりまし……わかったけれど」
「よろしい」
華仙は腑に落ちない顔で喋り方を直す。
そろそろ私が他の天人とは違うと気付いてくるかもしれないが、別にどうでもいい。
とりあえず私は話しさえ聞ければそれでいい。
「私が聞きたいのは、今下界はどんな風なのか、よ」
「えっと、それじゃ範囲が広すぎて何から話せばいいかわからないんだけれど」
「私も何から聞けば良いかわからないのよ。ずっと天界にいて今の下界のこと何も知らなくてね」
今の私には下界の情報と言うのが圧倒的に不足している。
ここがどこなのかも知らないし、誰がこの地を治めているのかも知らない。
見たところ華仙は理知的で賢そうだし、必要な情報を選び取って教えてくれるだろう。
「ではまずはこの郷のことを説明させて貰うわ。この郷は、妖怪や私のような仙人など幻想になってしまったものが集う避難所のようなもの」
「幻想?」
妙な単語につい話の水を差す。
「はい、人間達は昔とは比べ物にならないほど様々な力を付けてきた。例えば暗闇に明かりを灯すようになり闇を恐れなくなり、そして妖怪のような存在を忘れていった。そうして忘れさられ、その身を維持できなくなってきた妖怪はこの地に集められてきたの」
「……ふぅん、続けて」
「消え去る妖怪を救うため、妖怪の賢者が案を出し博麗の巫女が実行しました。この地を幻想になった存在を誘う結界で包み込み、外界と隔絶して妖怪が住んでいられる郷を作り上げたのです」
「……なんか、思った以上に変わってるのね」
変化しているだろうなとは思っていたが、私の予想を遥かに超えて人は変わっていた。
妖怪を忘れるようになるなんて思いもよらなかったし、妖怪を匿うほど馬鹿げた規模の結界を張るだなんて絵空事に聞こえる。けれど嘘を言っているようにも見えないし真実か。
まるで御伽噺でも聞いているような感覚だが、重要なことだけは理解できた。
「外界って言うのはその大きな結界の外のことよね?」
「はい。外界ではこの郷をはるかに超える科学力を持っているそうよ」
「かがく……よくわからないけど、ここにも人間はいるの? そいつらは妖怪のことを忘れたりしないわけ?」
「結界で閉じ込められて、この地の人間の繁栄は止まったまま。このままのバランスを保てば、この地で妖怪が忘れ去られることはないわ」
「妖怪が死に掛けのところを無理矢理存命させてるってことはわかったわ」
とりあえず重要なことはそれだ。大体の状況を把握できていればそれで良い。
下界のことについては自分の知識とだいぶズレがあるようだし、直接見て聞いてズレを直していけば自然と細かい事情も知っていくだろう。
「とりあえず説明は終わりだけど、これはかなり砕けた説明だから。正確な情報を知りたければ人里で本などを購入して調べたほうが良いわ」
「そうね、そうさせてもらうわ」
答えながら服の中に手を突っ込んで、中に入っていた金細工を指で転がした。
これは桃を取りに戻った時に、お金があれば都合がいいのではと考えて天界の宝物庫から失敬した物だ。
天界にあっても宝の持ち腐れだし、下界の誰かの手に渡ったほうが金細工も嬉しいだろう。
人のいるところに行ったなら、これをお金に換えてもらうつもりだ。
「それにしても繁栄が止まっているねぇ。それって結界の内側は変化がないってことじゃないの?」
「変化がないのはお嫌い?」
「嫌いよ。ずっと何も変わらない天界にいて飽き飽きしてるのよ」
もし一時の間楽しめても、何も変わらないようではいつかは飽きる。
一時凌ぎにしかならないのなら、また天界にいた時のような日々が来るんじゃないかとゾッとした。
「確かにあなたの言う通り、ここは変化に乏しいけれど。それでも最近はスペルカードルールや異変で変わってきているわ」
「すぺるかーど? 異変? 何よそれ、説明して」
ここでまたよくわからない話が出てきた。
異変というだけじゃ大雑把過ぎて言葉だけでは想像しにくいし、片方はもう何を言っているのかわかない。これって外国の言葉なんだろうか。
「スペルカードルールとは、博麗の巫女が提案した人間と妖怪が対等に戦える決闘の決まり」
「すぺるかーどって、聞きなれない言葉ね」
「外国の言葉ですから馴染みがないみたいね。決闘とは言うけれど、みんな気軽にこれで遊んでいるようよ。飛び道具が基本だから弾幕ごっこだなんて呼ばれたりして」
「へぇ、面白そうじゃない。異変って言うは」
「去年の夏、吸血鬼が起こしたもののことよ。契機はスペルカードルールでしょうね、これによって血生臭い戦いは回避されるようになったから」
そうして華仙の口から『異変』について語られた。
日光が嫌いだからなんて理由で、吸血鬼がそこら中を巻き込んで紅い霧をばら撒いた話。
散々皆が迷惑して、吸血鬼はひとしきり日の当たらない外を楽しんで。
そして最後には、やってきた巫女に倒されて決着。
「……その吸血鬼は、死んだの?」
「まさか。言ったでしょう、血生臭いのは回避されたって。スペルカードルールの下で巫女と吸血鬼は戦い、そして誰も傷つくことなく解決した。て言っても激しいお遊びだし、軽い怪我くらいはしてるだろうけど」
「そんなことがあったのね」
「それで終わってくれれば良かったんだけどね、最近になって二度目の異変が起きた」
そういった華仙は私から窓の方へと目を移した。
私も釣られて目を向けても閉じられた窓は外を覗かせず、けれどその向こうは雪で覆われているのだろう。
「春が奪われた」
「春? そう言えば狼と話してた時に、冬が長いとか言ってたけど」
「何が目的かはまだわからない。でもどこかの誰かが春を盗んで行ったのよ。お陰でもう桜が咲く時期なのに雪が積もったまま」
とすると問題なのは、異変の内容よりも二度目だということだ。
「二度あることは三度ある。私の予想ではこれからも異変は起きるわ。事情があって起きるものもあれば、取り留めのない理由で起こされる異変もきっと出てくる」
華仙の睨んだとおり、きっと異変は続くだろう。
それはまるで地震が起きるように、不定期的にでも必ずまた異変が起きて、そして解決され終息する。
もしかしたら永遠に繰り返されるかもしれない。この地が滅びない限りはそうやって人と妖怪は騒ぎ続ける。
「そんな……」
「スペルカードルールで行動しやすくなれば、こうなることは必然だったのかもね。全く持って迷惑な話だけど……」
「……凄い!」
「へっ?」
華仙からの話を聞いて、破れた結界を見つけたとき以上の興奮を感じた。
心に突き動かされて力がみなぎるようで、こらえきれずに拳を握って立ち上がる。
「凄い凄い凄い! すっごく面白そうじゃないの!」
これだ、私が探していた刺激とはこれだ。
天界のどこを探しても決して見つかることがない大げさな遊び。
「ちょっと、あなた何を言って」
「騒ぎを起こして、巫女がやって来て解決しておしまい。まるで子供に聞かせる御伽噺だわ。そんなのが現実に起きるようになるなんて、下界に来たのは間違いじゃなかった!」
「何をそんなに興奮してるの」
「こんな楽しそうなの見逃せないわ。よっし決めた。私もいつかは異変を起こす!」
「待ちなさい、あなたは天人でしょう!?」
嬉しさにはしゃぐ私とは違い、華仙は怒ったようにいきり立って立ち上がった。
「天人ならば人々の見本となるように振舞うべきです。異変が起きれば首謀者を倒し、二度と起こさぬように諭すべきでしょう。それなのに自ら異変を起こそうなどと」
「あら悪い?」
「悪いに決まっています!」
突っかかってくる華仙を生真面目過ぎるなと鬱陶しく思い始めていると、食欲をそそる良い匂いが漂ってきた。
話に夢中で気が付かなかったが、美味しそうな匂いはあたりに充満している。
「まっ、続きはご飯でも食べながら話そうじゃない」
自然と口の中に溢れてきた唾を飲み込む。
久しく私の腹で虫が鳴いた。
◇ ◆ ◇
「つまり、天界の生活が合わずはるばる下界まで降りてきたと」
「ほうふういほほ。んぐ、んまいうん。ふぇんはいはほんほふぁいふつ」
「食べながら話さない」
私の態度が気に食わないのか華仙がギロリと睨みつけてきたので、一旦口にあるものを全部飲み込もうとする。
味噌汁をかき込んで喉の奥へご飯粒を流し込んだ。
「っぷはぁ! いやー、すっごい美味しい! 華仙おかわり!」
「食べすぎよ! もう三杯目じゃないの。もう残ってないわ」
「えー、残念」
もうちょっとゆっくり味わって食べればよかっただろうか。
でも美味しくて勝手に箸が動いたんだから仕方がない。炊き立てのご飯と良い塩加減の味噌汁が全部悪い。
「それにそんなに美味しいものでもないしょう。天界はさぞ豪華な食事でしょうし」
「そんなことないわよ。上じゃろくな食べ物なくて年中桃だけよ」
「……それ本当?」
「本当よ。お陰で食欲落ちまくりだわ、天人だから食べないくらいじゃ死なないけどさ。美味しいのはお酒くらいかしらね」
そんな天界の食生活を経験すれば、仙人が食べる味気ない料理でも絶品に感じる。
三日三晩戦い続けた後で初めて食べるご飯のようだ。実際には三日程度じゃないくらい久しぶりだけれど。
「言ってることが本当だとすれば、天界もそんなに良い所ではないのね」
「そうそう、わかってくれたようね」
「ついでにあなたが尊敬に値しない人物ともわかったわ」
「そんなこと言わずに、さっきみたいに敬ってくれてもいいのよ? ほらほら、天子様って言ってみなさい」
「殴られたい?」
華仙をからかいながら食事が終わった後は、余韻を感じながらお茶を一杯。
暖かなお茶が口に残った後味を攫っていく。
あぁ、こんなにご飯って美味しいものだったんだな。なんて感動しているとまた華仙が口を開いた。
「そんなに天人が嫌だと言うなら、人間に戻ればよかったのに」
「親が許さないのよ。体裁悪いでしょ、天人に成り上がったくせに自分から人間に戻った娘なんて」
「それはまぁ……」
「それに人間に戻ったとして職は? 家は? いや、私は無能じゃないからそこは大丈夫だとしても、その先に幸せはあるの? 例えば戦争が起きてたりしたら心は休まらない。その保証がない以上は人間に戻る気なんて起きないわ」
「結構色々考えてるのねあなた」
「そりゃ当然……でも一番大きい理由は、それじゃ損じゃない」
「損?」
不思議がるように華仙がこちらを覗きこんできた。
「せっかく永遠に近い命を手に入れたのよ。古今東西の権力者が喉から手が出るほど欲しがる不老不死。捨てるなんて勿体無い。これを持った上で私は欲しい物を手に入れる」
「何て強欲。二兎を追っては全て失うわよ」
「かもしれなかった。でも二兎を掴めた」
私は目の前に手を伸ばして、グッと握りこぶしを作った。
手の中には何もない、けど私は確かに捕まえた。
「再び私は下界に来れた。天人の身で大地を踏みしめた」
口元がつい吊り上る。
不敵に笑っているだろう私を、華仙は呆れた顔で見ていた。
その日の夜は、華仙の家に泊まらせて貰うことになった。こんなやつを泊めるなんて、仙人なだけあって中々にお人よしみたいだ。
けど貸してもらった布団は悪いとは言わないものの、こればっかりは天界の方が数段優れていた。
そのせいか、日が昇るよりも早くに私の目は覚めてしまった。
「んぁ……華仙ー?」
隣に寝ている華仙に声を掛けてみるが反応なし。まだ寝入っているようだ。
私は妙に目が冴えてしまっていてもう一度寝れそうにない。布団の中に居ても暇なので静かに抜け出して家の外に出た。
屋根の上に上り、何をするでもなく遠くの方を見つめる。
まだ雪が残っているのか、木々には白い色が見えた。
「これからどうしようかな」
勢いだけで下界に降りてきてしまったが、これと言ってやりたいことがあるわけでもない。
下界ならどこにいても楽しめそうだが、それでもどこか行きたい所がなかったかと考えた。
「……故郷」
それで思い浮かんだのがその言葉。
天人になってから数百年。あの時私の友達だった人間はとっくの昔に死んでるだろう。もはやどんな人生を送ったのかすら知ることは出来ない。
それでも一度で良いから行ってみたくなった。私が生まれてきて、私が比那名居家の娘として護るはずだった大地。
でも結界の外に出してもらえるのだろうか。それに名前すら覚えていなくちゃ探しようもない。
何だったか、確かげ……げん……?
「こんなところにいたの」
「あっ、華仙おはよう」
思い出そうと頑張っていると華仙が屋根の上に顔を出してきた。
トンと足音を立てて私の横に付く。
「どこにもいないものだからびっくりしたわ。何か盗まれていったのかと」
「うわ、信用ないわね」
「じゃああなたが自分そっくりの人とであったら信用する?」
「とりあえず怪しむ」
正直信用にならない。
笑顔で嘘をついて利用してくるタイプだこいつは。
「そうそう。華仙、結界を越えて外に出る方法って何かない?」
「結界を? さぁ、よくは知らないわね。この郷の東の果てにある博麗神社に行けば何とかなるかもしれないけど。博麗神社はここの要だから」
「そうありがと」
礼を言うと私は立ち上がった。
そろそろ夜明けだ。東の空は既に白み始めている。あの方向へ飛んでいけば神社は見つかるだろう。
博麗。華仙から教えてもらってる時も出てきた名前だ。ここの要となれば豪勢な神社なんだろう。
人間だった頃の比那名居家の神社よりも凄いところだろうか。
「来たばかりなのにもう出て行くの? 外界のことは知らないから何も言えないけど。ここも良いところよ」
「んー、どうしようかって言うのはまだ迷ってるんだけどね。一度だけ行ってきたい所が……」
華仙と話し込んでいると、遠くの空から太陽が山の向こうから顔を出してきた。
急に閃光に当てられ、暗闇の中に隠れていた大地が姿を現す。
「なに……これ……」
私の目に映ったのは。昨日とはまるで一変した大地だった。
日が出るまでわからなかったが、木々の白っぽい色は雪ではなかった。
色は白から桜色へ。
大地に立つたくさんの木々には桜が咲いていた。
「何これ、すっごい綺麗! すごいすごいすごい!!」
昨日まで雪が降っていたというのに、そこら中の木に綺麗な桜が咲き誇り、日の光を受けて大地を輝かせていた。
綺麗な花なら天界にも年中咲いているが、私はそれ以上に、長い月日を掛けて準備し、今この時期にだけ大地に咲く華に感動した。
木々が目一杯己を主張し、そんな命を大地が受け止める。
生命の息吹きを感じるその光景に、私は目を奪われて屋根の上で飛び跳ねる。
ビュウと暖かな風が吹くと遠くから風に散った花びらが私の方まで飛んできて、更に先へと通り過ぎていった。
「どうやら博麗の巫女が異変を解決したようね。幻想郷に春が戻ってきた」
「うわぁー、昨日まで雪ばっかりだったのに。綺麗で力強くって……えっ?」
食い入るようにその光景を見つめていた私は、華仙から出た意外な言葉に現実へ引き戻された。
目を丸くして振り向くと、私は華仙に詰め寄る。
「今、華仙何て言ったの……?」
「だから巫女が異変を解決したと」
「その後の! 今なんて言ったのよあんた!?」
「はぁ、幻想郷に春が戻ってきたと言ったけど」
華仙にそう言われて私は向き直った。
今度は桜ではなく、この大地全体を見るように。
『幻想郷』
そうだ、これだ。思い出した。
「幻想郷だ……」
私が生まれた大地の名前。
私が護るはずだった大地の名前。
そして、私が帰ってきた場所の名前。
「……天子、あなた泣いてるの?」
「えっ?」
呆然と目の前を眺めていた私は、華仙に言われて初めて気がついた。
頬に手を伸ばせば、指先に冷たい感触。
「ははっ……みたいね。嬉しくって」
「嬉しい?」
「うん、嬉しいのよ」
私が天人になって数百年。
その数百年の間に、幻想郷は随分と変わっていたみたいだ。
力強く、逞しく。素晴らしい大地へ成長していた。
「本当、立派になっちゃって」
今、ようやく疑問が解けた。
何で苦しみながら私が死なず、今日まで生き永らえてきたのか。
きっとそれは、私がここに戻ってくるためにあったのだ。
「ただいま幻想郷。久しぶり」
この私にとっての桃源郷に至るために。
◇ ◆ ◇
それからの私は、華仙に別れを告げて幻想郷中を見て回ることにした。
昔の記憶を辿りながら散策する、と言ってもほとんど地形が変わってるし、人間だった頃に行った場所なんてたかが知れてるしで初めて見るものばかりだった。
大地の感触を確かめるように、一歩一歩を踏みしめて歩く。
お腹が減ったら、動物達に食べれる木の実やキノコを教えてもらい食べてみた。キノコは簡単な術で火を起こして焼いて食べれば、調味料がなくても美味しかった。
夜は木の上で鳥達と他愛もないことを話しながら、眠くなったらそのまま寝る。
霧の中を飛び回ったりもしたし、水の上をふよふよ浮きながら渡ったりもした。
雨の日だって関係ない。天人の体は水を弾く特性があるから濡れることを気にせず進めた。雨の日はぬかるんだ大地の感触が結構面白い。
時には歩みを止めて、草むらに寝転びながら空を見上げる。天界では見れなかった雲が大空を漂って、太陽と月が小さく見える。
視点が変わっただけでここまで印象が変わるんだなと驚いた。
そして私は、幻想郷の素晴らしさを再確認した。
虫も鳥も動物も、土地そのものも元気で。みんな冬が長引いたところでへこたれない強さを持っていた。
幻想郷を歩き回ると、当然だけど妖怪にも顔を合わせることがあった。
「あなたは食べれる人間?」
「人間じゃないし、私を食べたらのた打ち回って死ぬわよ」
「えっ」
「えっ」
正直なところ昔の人間である私には、妖怪と聞いてあんまりいい感じはしなかった。
子供の頃からの大人達からの教えで、妖怪は恐ろしいものと言う植え付けがあったからだ。
だけどそんな印象なんてどうでもよくなるくらい、妖怪達はみんな面白かった。
人里にも行った。
私が知る町並みとは全然違ってて、時代が進んだのだなと実感させられる。
「きゃっ!」
私が人里で歩いていると、駆けずり回っていた子供が目の前で転げた。
泣きそうになって目が潤んでいるのを見て、誰かは知らないがそっと手を差し伸べてみた。
「ほら、大丈夫?」
「うん……」
泣きたくなるのを我慢しながら、子供は手を取って立ち上がる。
目尻の涙を拭う子供を撫でてやると、泣きそうな顔だったのが急に笑顔になった。
「泣かなかったわね。偉い偉い」
「……うん!」
泣き止んで子供を見送って、感慨に浸る。
あの子もいつかは周りの大人みたいに大きくなって、子を生んで生きた証を遺して、いつかはしわくちゃになって死んでいく。
それは天人になった私が捨てた道。
華仙は幻想郷の繁栄は止まっていると言ったけど私はそうは思わない。
だって人が生きて、子を産み、やがて大地に身を沈める。
その繰り返しがあるのなら、どれだけ小さな箱庭に閉じ込められても、ゆっくりとだが変わっていくだろう。
それに気付いた私は、この先に幻想郷がどうなって行くかを見ていきたいとも思った。
春が終われば夏を。夏が終われば秋を見ていきたい。人が死ねば、その人の子を見ていきたい。
そうして繰り返した先を、この続いていく輪の中で見ていたかった。
それから、以前比那名居家の神社があったところにも行ってみた。
と言ってもそこは跡形もなくなっていて、雑草にまみれていた。もうここに神社があったことすら私以外誰も知らないだろう。
だが私は知っている、そこには昔神社があって、地震を抑えるための要石があったことを。
それを思うと、随分遠くに来てしまったなと感じた。
でも後悔はない。
今のこの幻想郷で生きられるなら、私はそれで満足だ。
そうそう、博麗神社と言うところにも行ってきたが、最初の予想を裏切って寂れた神社だった。
私が行った時は巫女とやらは外出中で誰も居なかったけど、あんまりにも寂しい神社だったので、ちょっとばかりお金を賽銭箱に放り投げた。
その日は、東の方から甲高い女の悲鳴が聞こえた気がする。
そうやって幻想郷を見て回った私は一度天界に戻った。
桃の木に座り、隣に人里で買った十数冊の本が入った包みを置く。
これらは金細工を売ったお金で買い取ったものだ。
思ったよりも高値で売れて、買いたいと思った本はあらかた手に入れることが出来た。
「ふぅん、外国の言葉で地震の強さを表すのがマグニチュードねぇ……」
人里で買った本には私の知らない世界がまだまだ広がっていた。
歴史。小説。幻想郷や妖怪についての解説。
天界にあるお偉い人が書いた書物には載っていないものばかり。
異国の言葉を解説してある本なんかも、世界は広さを感じさせてくれて読んでいて面白かった。
「次はどこに行こうかな。巫女にも会ってみたいし、異変を起こした吸血鬼の館なんかも面白そうよねぇ」
本を捲りながら、下界で聞いた話から行きたいところ考えてみる。
でも行きたい所なんて多すぎて、どこから見ていこうか思いあぐねていた。
あー、また下界に行きたいな。でもこの本も読みたいな。
「総領娘様」
「ん?」
本を読みながら思いをめぐらせていると、誰かに呼ばれたみたいで顔を上げた。
座っている木の後ろ側へ顔を覗かせると、疲れた顔をした天女が一人いた。
「ようやく見つけました。お父様がお探しですよ」
「……え?」
その時から嫌な予感はしてた。
◇ ◆ ◇
「天人の身で勝手に地上に降りて何日も遊び呆けるとは何事か」
家に帰った私を待っていたのは、父の静かながら怒りの込められた胸の奥底まで響く説教だった。
父さんは天人としての生活が存外合っていたのか、ちゃんと天人としてやっていっている。だからこそ過剰なほど体裁を気にする。
そして気にしすぎて出てきた言葉がこれ。
天人になってからこっち、周りの顔をうかがってばっかりで私のことを可愛がってもくれなかった癖に、こうやって縛り付けてくる。
私には自宅謹慎を科せられて、二度と下界に降りるなときつく言いつけられた。
「しばらく家で反省していろ」
そう言われて私の部屋の扉が、下界への道が閉じられる。
もう下界には降りることが出来ない。
捕まえたと思った幸せが、手からすり抜けていった。
「後ちょっとだったのに……」
ずっと下界に逃げていれば大丈夫だっただろうか。いや、それでもいつかは首根っこ捕まれて連れ戻されていただろう。
どっちにしろ、私は下界にはいられなかったのだ。
どれだけ下界に憧れようが、欲しようが、私はこの空の上に閉じ込められて終わり。
これで終わり? 本当に?
「……終わってたまるか」
そうだ、こんなことじゃ諦めない。
私にとっての幸せは天界でなく大地にあるのだ。
目を閉じて思い出す。
大地の土の匂いと感触。
笑う妖怪に、有限の命を精一杯、力強く生きる動物と、人。
そのどれもが、私の心を満たして元気付けてくれる。
「終わってたまるか」
後ちょっとなのだ。
もう手を伸ばせば届く距離。
なら私は手を伸ばす、迷いなんか欠片もない。
私が往く道は、あの大地にしかないのだから。
「待ってなさい。幻想郷」
自宅謹慎されている間、ずっと私は足を正して考えていた。
父が気にしているのは体裁、ならば下界へ降りる名分さえあればいいわけだ。
なら簡単な話だ、私の要石で幻想郷を治める。
大地を管理すると言う名文なら、他の天人にも示しがつくはずだ。
では幻想郷のどこに要石を挿し込めば良いか。
どこでも良いと言う訳ではない。その大地にとって重要な場所でないと周りが納得しないし、要石そのものの力も発揮しにくい。
パッと思い浮かんだのは博麗神社。あそこなら大丈夫だろう。
幻想郷の要である場所なら納得も得られるし、大地を鎮めるにも好都合な場所だ。
それに神社と言うのも良い。元々は神官の娘であった自分にも合いやすい。
次はどうやって挿し込むか。どうやって博麗神社に降りるのか。
要石は出来るだけこっそりと仕込みたい。私みたいな成り上がりの天人が、幻想郷の大地を治めるのを認めないやつもいるだろう。
その方法が中々思いつかず、謹慎が解けてから下界を見てようやく思いついた。
連日宴会が起こる異変を見て思いついた。
「これよ! 異変を起こせばいいんじゃない!」
私自身が異変を起こす。空の上から地上にまで届く、とびっきりの大異変。
その異変で神社を壊せば、怒った巫女が私を退治しに来るだろう。それに倒されて私が神社の建て直しをすればいいのだ。
そしてその時、こっそり要石を仕込めば良い。
これなら神社を壊した責任として下界に降りることができるし、誰にも気付かれず要石を仕込むことも出来る。
どんどん私の頭の中で考えが膨らんでくるが、あと一つ何かが決定的に足りない気がする。
いや、私自身の力が足りないのだ。
私の能力を大地を操ること、これだけでは空から地上へは届かない。何か私を助ける物が必要だ。
そう感じた私は天界の宝物庫に忍び込んだ。
ここには宝石など高価なだけの物だけじゃない、とてつもない力を秘めた宝具も納められている。その中には私の助けとなる宝具もあるはずだ。
埃っぽい蔵の中を、かすかな明かりを頼りに目を凝らして調べて行く。
「何かないの、何か……」
宝具はいくつか見つかって、手にとってどんな力を持つのか調べてみた。
けれどどれも私には合わない。異変を起こすには足らない。
もっと私に合う宝具があるはずだ、そう信じ込んで必死に探しまわった。
「お願いよ、出てきてよ……」
信じざるを得なかった。
もしなかったのならば、私は身動きできずこの天界で一生を終えることになる。
そんな未来を想像して、目に涙が溜まってくる。
「それだけは、絶対に嫌なのよ!」
不安を振り払うように叫んだその時、私の背後で何かが暖かな光を放った。
とても力強く、熱いぐらいに蔵の中を照らしている。
「これって……?」
涙を拭って振り返ってみると、積み重ねられた箱の奥で赤い光が漏れていた。
何かがある。私は急いで蔵の奥へと進んでいった。
「この、適当に詰め込みすぎなのよ全く!」
そこらかしこに積み上げられた箱をどかしながら、奥へ奥へ、光の方へと近づいていく。
身体中を埃で汚しながら辿りついたその先では、光り輝く刀身を持った一本の剣が壁に掛けられていた。
「綺麗……」
自らを主張するよう緋色に輝くそれを見て思わずそう呟いた。
この空の上にあって、下界に存在するものに劣らないくらい素晴らしい輝き。そう私は思えた。
唾をゴクリと飲み込んで手に取ると、剣は一層強く光り輝いて辺りの暗闇を打ち払う。
その輝きは剣の横に張られていた紙も照らしだした。
「緋想の、剣……?」
紙に書かれていた文字を読み上げてみる。この剣の名前なのだろう。
剣先を周りに引っ掛けないように気をつけながら、試しに剣を振るってみた。
ビュウッと緋想の剣が風を切る音が蔵に木霊する。
「あなたも、外に出たいの?」
なんとなくだが、その音を聞いて剣がそう言っているように聞こえたのだ。
この剣なら、私が望む物が全て手に入る。そんな漠然とした予感が感じられた。
「……いいわ、あんたが私の相棒よ。私に従い、私の力となりなさい。その代わり思いっきり暴れさせてあげるわ」
やんわりと、嬉しそうに光が揺らめいた気がした。
私が探し求めた、異変を達成するための最後の一つが手に入った。
これで異変を起こすための力は揃った。だがそれでもまだ万全を期したい。
失敗は許されない。異変が中途半端に終わって要石を仕込めなければ、きっと私に監視が付いて動けないようになる。
永久に機会を得ることは出来なくなる。
そうならないために修行した。
私は今まで真面目に修行をしたことは無かった。
自分で言うのもなんだけれども私自身の才能は中々のものだ。けれどそれから来る慢心、それに加えて天人と言う人間の寿命を越えて生きられる環境のお陰で、特に率先して鍛えようと思うことは無かった。
けど今は違う。私にとっての桃源郷、幻想郷に惹かれて毎日天界の端っこで修行に明け暮れた。
時には剣を振り、時には要石を作り出した。
幸いにも暇なときに天界の蔵書を片っ端から読んだことがあったから、その時に得た知識が私の修行を助けてくれた。
その間に何度も下界に行きたくなることがあったけれど、グッと堪えてその気持ちを剣に乗せる。
それでも我慢できなくなったときには、人里で買った本を読む。
同じ本を何度も何度も読み返して、気持ちが収まってきたらまた修行に明け暮れる。
そうして私が頑張っている間にも、下界では何度も異変が起こっていた。
偽者の月が輝き、夜が明けない異変。
色んな季節の花が咲き誇る異変。
異変とも呼べないが、巫女がいきりたって山に攻め入るのも見ていた。
ずっと見ていた。
目を輝かせて見つめながら、胸の疼きを堪えて、飛び出したくなる足を必死に抑えて。私はずっと見ていただけだった。
そして異変が終わると顔を上げて、再び修行へと戻る。
いつかあの中心に私が立つ日を夢見て、今はただ自らを鍛えた。
◇ ◆ ◇
あの久しぶりに下界に降りた春の日から、もう4年が経っていた。
その4年は短いようでいて、天界で過ごした数百年よりも長かった気がする。
けれどそのお陰で、私は異変を起こすに相応しい実力を手に入れた。
「すぅー……はぁー……」
大きく深呼吸して精神を集中させる。
今からやろうとしているのは、最後のスペルカードの最終調整だ。
周囲に存在する気質を緋想の剣に集中させ、一塊にする。
「緋想の剣よ、力を示せ!!」
まず気質の固まりから周囲に拡散する気弾を撃ち放った。
それが上手く行くと、残りの気質を目の前の大木に向かって全て解き放った。
緋色の閃光が走って木にぶつかる。すさまじい気質の放出に、大木が軋みを上げて中ほどから折れた。
緋想の剣を完全に扱えなければ、これほどまで気質を操れない。
気質を全て出し終わると、興奮から肩で息をして剣の柄を強く握った。
心臓の高鳴り落ち着けようと深呼吸して、もう一度折れた大木を見る。
「できた……」
ついに、最後のスペルカードが完成したのだ。
その名も『全人類の緋想天』。
緋想の剣を完全に操る者にしか使えない、最高の力。
「スペルカード。私の能力。今度こそ本当に全部揃った……!」
長い年月を掛けて、これ以上はないほどにまで私の力と技は高められた。
条件さえ整えれば、天界にいながら大地を揺らすことも出来るだろう。
後はもう行動を起こすだけ。
下界を見下ろしながら異変の段取りを確認した。
最初に緋想の剣の能力を使って天候を乱す。
それが異変だと気付くまで間があるから、それまでにこっそり天界から抜け出て幽霊を切って地震の力を貯める。そう何度も天人の目は欺けないので、一度で迅速に済まさなければ。
力が溜まったら天界に戻り地震で神社を倒壊させて、異変を解決しに来た巫女にやられて異変は一先ず終了。
責任を取って私自ら神社を直しに行く、それならきっと父からの許可も取れる。
そして、再建のどさくさに紛れて要石を仕掛ける。
4年掛けて何千回も、何万回も繰り返し修正してきた計画、完璧なはずだ。
けど……怖い。
もし何かが上手くいかなかったらどうしよう。失敗したらどうしよう。
たった一度の機会をものに出来なかったら、今度こそ空の上で終わり。
嫌でもそんな想像がまとわり付いてきて、不安で心が押しつぶされそうになる。
「けど、これも私が望んだもの」
そうだ、そうだったはずだ。
幸せしかなく、表裏一体であるはずの不幸が抜け落ちた天界に嫌気が差して、私は地上に憧れた。
不幸があるからこそ、天界にはない真の幸福がある。
この不安を押し退け、失敗するという『不幸』を乗り越えた先にこそ私の求める全てがある。
私は目を閉じて、自分を勇気付けるようにあの日の記憶を呼び起こした。
屋根の上から眺める、桜色の幻想郷。
あの日の光景は、今も目に焼きついている。
「幻想郷を手に入れる……」
ゆっくりと目蓋を開き、再び下界を見下ろした。
全てが終わったら、また幻想郷を見て回ろう。
ほんの僅かに変わったところを見て、体感して、知ろう。
美味しいものも沢山食べたいし、四季の花々の匂いを嗅いでいきたい。
欲しいものは、何もかも手に入れてやる。
私は緋想の剣を構えると、想いを込めて空を切った。
太刀筋に残った緋色の残光が、風に乗って幻想郷中に行き渡って行く。
やがて剣の力により天候が乱れてきたのを確認すると、両手を広げて天界から飛び降りた。
「さぁ、比那名居天子一世一代の大異変の幕開けよ!」
今度こそ幸せになりに行こう。
◇ ◆ ◇
それから異変が始まってから終わるまでの日々は、私の人生で最も輝いていた、かけがえのない時間だった。
代わる代わるにやってくる妖怪や人間。
皆が皆、自らの持つ技で私を倒しにかかってきて、目的のためには負けなければならないのが、手加減するのがとても残念なほど楽しかった。
一世一代と啖呵を切ったけれど、これなら何度だって起こしたい。
起こしてみせる、またいつの日か。
「で。あなたはいつ地上に帰ってくれるわけ?」
「んぁ?」
目下の悩みは、目の前で寝転びながら飲んだ暮れてる鬼くらいか。
私が問い詰めると、萃香は間抜けな声を出す振りをしてとぼけた。
「いつまでも天界に居られたら邪魔なんだけど。あの魔女なんか異変の黒幕が萃香だって勘違いしてたじゃない」
「別に良いじゃないかい、私があんたに勝ったんだし。それにここは静かなんで、考え事しながら一人で飲みたいときには丁度良いのさ」
「普通考え事するときはお酒飲まないでしょ」
「気にしない気にしない」
そう言って萃香は寝返りを打って背を向けると、また瓢箪から酒を喉に流し込んだ。まるで話が通じない。
幻想郷は常識が通用しない恐ろしいところです。だがそれがいい。
下界にはもっとたくさん面白いやつがいるんだろうなぁ……でもそれよりもまず目の前の問題だ。
「全く、そんなに酒呑んでいったい何を考えてるんだか」
「そうさねぇ……なぁ、天子」
「何よ」
背中を向けた萃香が首を回すと、横目でこっちを睨みつけてきた。
「本当は何を企んでいる?」
今までになく真剣で鋭い眼差しに、一瞬私は言葉を失う。
私と違ってただのうのうと生きてきただけではない。闘争を乗り越えてきた強者にしか出せない威圧感がその目にはあった。
「さぁ。企むって何のことよ。私はただ異変を楽しんでいるだけ」
「いやいや。ただ魚を釣るにしては、竿を握る手が力んでるって思ってね」
「久しぶりの釣りだもの。興奮して力だって入るわ」
「そうかね」
おちゃらけたような物言いだが、私に叩きつけてくる圧力は依然として抜けない。
「天子、最後に一つだけ聞かせてくれないかい」
「聞きたいなら勝手に聞けばいいじゃない」
「ツケはどうする?」
正に、核心を突いた質問だった。
もしかしてこの鬼は全部気付いているのだろうか。いや、それはないだろうが、かなり深いところにまで勘付いて探ってきている。
だけどこんな質問、どう答えるかなんて決まってる。
「ツケは払う。責任は取る。当たり前じゃない」
「……そうかい」
私が答えると、萃香はフッと安心したように笑みを浮かべた。
鋭い目が緩むと同時に威圧感も消え、また瓢箪に口を付けて酒を飲み始めた。
聞くだけ聞いてこっちの話には耳を傾けず、さっさと地上に降りてくれないものか。
「むぅ、酒のつまみでも欲しいねぇ。天子、天界のつまみを出してくれよ」
「つまみならそこら辺に一杯あるじゃない」
「あんな味気ない桃じゃなくてさ、天界なんだしもっと美味いもんがあるんだろ?」
「ここは桃しかないわよ」
「いやいやそんなこと……え、マジ?」
「マジ」
「えっ……うわー……」
「心底可哀相って目でこっち見るな」
まぁ、でも。
ちょっとくらいなら良いか。
そして異変とは別に、計画もトントン拍子に進んでいった。
萃香には勘付かれたが、それ以外はかっちりと噛み合った歯車が回るように、全て滞りなく進んでいく。
天界へ最後にやって来た博麗の巫女に倒され、私は神社の再建を約束した。
無理を言って連れてきた天女達に仕事を任せながら、お茶を飲む巫女に取り入って要石を仕込むことも成功した。
あとは落成式を終えて、新たな博麗神社がこの地の者に受け入れられれば、私の計画は完了する。
「いよいよね……」
再建した神社と落成式に集まった沢山の人と妖怪達を見て、ようやく私の努力が実るのだと胸が熱くなった。
目の前の光景は、私が頑張った4年間の集大成だ。
「さあさあ、新生神社の落成式よー」
パチパチと観客から拍手が上がる。待ち望んだ瞬間はもうすぐそこまで来ている。
「――今回の出来事を機に博麗神社も式年遷宮を……」
追い求めたものは手の内にあって、もう掴むだけで手に入る。
「つーかまーえた」
けれど目の前には得体の知れない妖怪が現れて。
「こんな神社壊れちゃいなよ」
望みは霧のように、また指の間をすり抜けた。
◇ ◆ ◇
天子は落成式の最中に現れた謎の妖怪と戦うことになってしまっていた。
二人の激しい戦闘により再建した神社は全壊し、それでもまだ戦闘は続いている。
あれほど天子が策を凝らして要石を埋め込んだというのに、それがこの妖怪にはバレていて、激しい怒りを向けてきた。
そしてあれほど修行したというのに、目の前の妖怪には手も足も出ない。
「このぉ!」
業を煮やした天子が剣を構えて突撃すると、妖怪の前で空間が切れた。
拙い、何かが来る。
「至る処に青山」
「チィッ!」
空間に現れた穴から大量の卒塔婆が襲い掛かってくる。
たまらず天子は急停止すると、地面を蹴って後ろへ下がる。
「こいつ強い……!」
天子は起こした異変の中でたくさんの人妖と戦ってきた。
そのどれもが類を見ぬ能力を持つ強者ばかりだったが、この妖怪は異変で戦ってきた相手とは強さも不気味さ共に何段も上を行っている。
なんと言っても原理が良くわからない妙な能力に翻弄されて押されてしまう。異変の時に戦ったメイドは空間に作用して時を止めたが、それとはまた違う力で空間に穴のようなものを開けてくる。
目の前の異質な敵と、あと一歩のところで唯一の機会が水の泡になりそうな状況。その二つが天子を焦らせて冷静な判断力を奪っていく。
「おっしゃー! やってやれ紫!」
「天子ー! いつも胡散臭いそいつの負け顔期待してるぞー!」
加えて元々は落成式を見に来た、物見高い幻想郷住人から飛ばされる野次が更に天子を苛つかせた。
何も知らず呑気な声を上げて。私はお前達とは違うんだ。
異変の時と違って楽しんでいる余裕なんかない、負ければそれで私の全てはおしまい。
ただ暇だから異変を起こして神社を倒壊させたのなんて大嘘なんだ、全部私が幸せになるために利用しただけ。
でもその為にどれだけ努力したと思ってる、我慢したと思ってる。
そんな私の気持ちを知らないで、不快な声を上げて私を苛立たせるな。
「うるっさいわよあんたら! ちょっと静かにしてなさい!」
我慢しきれなくなって天子の口から野次に負けないほど大きな怒声が上げられる。
そうして天子が敵から意識を離したその瞬間、目の前から戦っていたはずの妖怪の姿が消えた。
「なっ――」
驚いた声を上げながらも、天子は瞬時に敵が何処からか仕掛けてくるんだと気付いた。
だがどこだ、どこから襲ってくる。
「――後ろ!」
クルリと天子が身を翻すと、既にそこには妖怪の姿があった。空間を飛び越えて、後ろに回りこんできたか。
妖怪の持っていた傘が手から離れるのを見て、天子は剣を横に構えた。
「はい、幻想卍傘」
「くっ!」
高速で回転し叩きつけられる傘を、構えて緋想の剣でなんとか受け止める。
力任せに剣を振るって傘を弾くと、天子はまた地面を蹴って後ろへ下がった。
妖怪は追い討ちを掛けるまでもなく、弾かれた傘を回収して差し直した。
「あら、不意を突こうとしたのに。惜しい、惜しい。勘は良いようね」
「この……っ!」
馬鹿にするように薄ら笑いを浮かべる妖怪に、天子の怒りはますます増大する。
「その口を閉じてなさい!」
業を煮やした天子は剣を逆手で持ち上げると、神社の石畳に剣先を突き刺した。
沸き上がる感情のままに、己の怒りを大地へ叩きつける。
『世界を見下ろす遥かなる大地よ!!』
天子の4年間の集大成ともいえるスペルカードの一つ。天子の能力と緋想の剣を合わせた強力なスペル。
大地は揺れ、天子の怒りをそのまま表現するかのように隆起し、その場に即席の山を作り上げた。
石畳も吹き飛んで更に神社の被害も広がる。どこからか巫女の悲鳴も聞こえてきたが、今はそれどころではない。
「吹き飛べ妖怪!!」
涼しい顔をして眼下でたたずむ妖怪を睨み付けると、天子は剣を高々と掲げて辺り一面に気質の塊りを放射状に放った。
巫女のみならず巻き込まれた野次馬からも悲鳴が上がるが、当の妖怪は表情を崩さない。
傘を差したまま、ふらりと不思議な身のこなしで軽々と気弾を躱した。
避けられるのを見て、すぐさま第二派へ移ろうとした天子が一瞬だけ妖怪と目が合った。
「悪い子には痛くしてあげる」
その時、天子の背筋にゾワリと悪寒が走った。
まるで獲物を狙う蛇のような。いや違う、それよりももっと恐ろしい眼をしている。
捕食者も獲物に対して憎しみなどは抱いたりはすまい。だが妖怪の紫色の眼から放たれる殺気には確かにそれがあった。萃香から感じた威圧感なんかよりもずっとおぞましく恐ろしい。
天子の中で怒りが恐怖に消し飛ばされ、危険を感じ取った身体中から血の気が引く。
やっぱり、こいつは普通じゃない――怖い。
「空餌『中毒性のあるエサ』」
妖怪がカードを切ると、天子の周りにいくつかの陣が形成される。
恐怖に縛られて致命的なまでに反応が遅れた天子は、身動ぎ出来ぬまま陣から高速で飛んで来た『何か』に貫ぬかれた。
「あぐっ!?」
いや、貫いたというのは天子の勘違いだ。
身体のどこにも穴は開いてないし、血の一滴も漏れてはいない。だがそう感じるだけの痛みは確かにあった。
「あっ、え、無事……?」
「油断しているところ悪いけれど、まだ終わっていませんわ」
あれだけ痛くても死んでいないことに呆然としている天子へ、更なる攻撃が開始された。
四方八方から高速物体が飛来し、次々と天子にぶつかり、痛めつけていく。
「あっ、あああぁぁぁぁああああああ!!!」
一瞬意識を失いそうになるところを踏ん張るが、山の上からは弾き落とされてしまう。
苦しそうにうめき声を漏らしながら、ゴミのように天子の体が隆起した地面から受身も取れず転げ落ち、遅れて打ち上げられていた緋想の剣が地面に突き刺さった。
この妖怪わざとだ。どうやったのかは知らないが、スペルカードの威力ではなく苦痛を強化して放ってきた。じゃなければここまで痛いのに肉体が無事なはずがない。
全身から感じる苦痛で頭が痛い。脳みそに熱した鉄杭でも刺されてるかのようだ。
そんな状態でもなんとか立ち上がろうとした天子に、再び妖怪の視線が突き刺さった。
「起きるな」
「あ、がっ……!」
紫の眼で見つめられるだけで、再び恐怖が襲い掛かってくる。今の攻撃で気を失っていた方が楽なんだったんじゃないか、そんな考えが頭を過ぎった。
この視線に混じって飛んでくる憎しみ、それとも憎悪だろうか。どちらにせよ良い感情ではない。
謎の妖怪は、心の底から自分を嫌っているのだと天子は感じた。
苦痛と殺気、二つの恐怖にがんじがらめに縛られ、呼吸一つまともに出来ない。
「この程度で屈するなんて、所詮は空の上でのんびり暮らしてきた天人か」
天子を見下すように妖怪はつまらなそうに呟いた。
馬鹿にした物言いに言い返したい。けれど喉の奥から声が出ない。
「おい紫、ちょっとやりすぎじゃないのかい」
「萃香か。今は黙っていなさい」
天子のスペルに巻き込まれた観客の中から、来ていたんだろう鬼の声が聞こえた。
ユカリ。なんだったか、どこかで見たことある気がする。けれど頭が良く働かず思い出せない。
「空の上で静かに暮らしておけば良かったものを。何故この大地を傷つけようとする」
何故、何故だったか。
恐怖に支配されながらも、頭の隅でぼんやりと考える。
何でだ、何で私はこんなところまで来たのか。何でだったっけ。
あれ、そう言えば、ずっと前に似たようなことを考えたことがある気がする。
天子の頭の中で、過ごしてきた記憶が走馬灯のように逆流する。
楽しかった異変。戦い。
長かいようで、生きてきた時間からすれば短かった修行。
たった十数日だけれど、楽しかった下界での毎日。壊れた結界を見つけた時の興奮。
それから空虚で何もない数百年を遡って、それから。
『どうして、天界なんかに来ちゃったんだろ』
空の上で、一人寂しく立っている自分の姿。
「あ……」
大切なことを思い出した。そもそもの始まりの想い。
忘れてた、ここのところずっと前ばっかり見てたから。
グッと奥歯をかみ締めた天子は、這い蹲りながら必死に眼を動かした。
視界の端に地面に突き刺さった緋想の剣の姿を捉える。
剣はまるで『戦え』と言うように暖かな光を放っていた。
「聞きたいのか、妖怪……」
天子は喉の奥から声を捻り出して、地に腕を突いて立ち上がった。ギャラリーから「おぉっ!」と歓声が上がる。
顔を上げるとまた妖怪の眼に見つめられ、直にその殺気を感じた。
押し潰されそうになりながらも、だが今度は臆しはしない。
口元に付いた砂を手の甲で拭い逆に睨みつけた。
「だったらその身に教えてやる!」
天子が叫ぶと同時に突き刺さっていた緋想の剣から緋色の霧が、間欠泉のように吹き上がった。
大地が揺れ、観客を残して、天子と謎の妖怪を乗せて凄まじい勢いで隆起し始めた。
雲を突きぬけ、二人を上へ上へと運んでいく。
「だけど、受け止めきれるかしら」
塔のように迫り上がった大地はそして空よりもはるか上、地球と宇宙の境目でようやく停止した。
空を越えて暗い闇が頭上に広がるこの場所で、天子は戦いの決着を付けるつもりだ。
「派手なのが好きですこと」
「そりゃあ好きよ、そっちの方が面白いし。それに考えがないわけでもない」
天子は天人として長い間天界で生きてきた。
ここはそこよりもはるかに高いが、地上で生きてきた妖怪よりは適性が高いはず。勝利を目指すなら、少しでも有利な条件で戦いたいのは当然の欲求だ。
それに何よりも、この場所なら気質も集めやすい。
凛として対峙する天子だが、何故か相手の妖怪が口元に笑みを浮かべた気がした。
不思議に思った天子が眉を潜めるが、疑問に思う暇もなく妖怪の後ろで無数の穴が展開する。
「幻巣『飛光虫ネスト』」」
妖怪がスペル名を唱えると、穴からいくつも強力な弾幕が飛び出してきた。
「緋想の剣よ!」
天子は恐れる事無く、冷静に自らの相棒の名を呼ぶ。
競りあがった大地に突き刺さったままだった剣は、意思があるように天子へ向かって真っ直ぐ飛び出した。
弾幕が到達するよりも早く飛来した剣を受け止めると、天子の体に緋色の霧がまとわれる。
『無念無想の境地!』
緋色の霧状になった気質が天子の身体を取り巻き、無数の弾幕からその身を守った。
無数の弾幕を受け止めても天子はビクともしない。
だが気質で肉体を強化したと言っても、痛みまでは消せるはずがない。
事実、天子は弾幕を浴びた箇所から、頭まで突き抜ける痛みが電撃のように走っていた。
だが天子は痛みに負けず、膝を付く事無く妖怪を睨みつけている。
「あなた、痛みが怖くないの?」
「こんなもの。本当の苦しみに比べれば心地良いくらいよ」
さっきまで恐怖で身をこわばらせていた少女とはまるで別人だった。緋色の瞳には光がみなぎり、剣を握る手にも力が入る。
天界での生活を思い出したから。何もせず時間を浪費するだけのような、ただただ何もない日々。
本当の恐怖とはああいうものを言うのだ。それに比べればこんなもの。
「それに一回ビビったおかげで冴えてきた。あなた、誰かと思ったら隙間妖怪でしょ。天界の文献とか、人里で買った本で読んだことがある」
「ご明察。そういえば萃香が私の名前を呼んでいたわね」
「なるほど、この幻想郷を作った賢者のあなたなら私に怒りをぶつけてくる理由もわかるし、企みがバレてたことにも説明がつく」
天界にも伝わる大妖、隙間妖怪の八雲紫。
高度な結界を作り出し、境界を操るその能力であらゆる場所に眼を張り巡らせると言う彼女なら、要石を仕込んだことを知っているのも理解できる。
「なら冷静になった所でもう一度聞きましょうか。何故異変を起こすだけでなく、地上にまで侵略しようとした。しかも地震で大地を傷つけてまで」
「まだ地震は起こってないでしょ」
「けれど起きたも同然。今は要石で押し留めているだけで、抜けば強大な力に大地は割れる。何故ここまでのことを仕出かした。地上に来たいのならば人間になればよかっただろうに」
紫に一際強い殺気を放たれて、天子はアハハッと乾いた笑いを響かせた。
「人間かぁ。似たようなことを前にも聞かれたわね、確かにこの幻想郷にならそれでも良かったのかもしれない。けどそれじゃ欲しいものは全部手に入らないし、もうここまできた以上後戻りは出来ない」
「あら、どう言う意味かしら」
「あなた、幻想郷のためならなんだってやるって顔してる。最悪、見せしめに私を倒した後に連れ去って、洗脳でも何でもして私に大地を鎮めさせるでしょ」
古今東西にその名を響かせる隙間妖怪なら、それくらい天人が相手であろうとやってのけるはずだ。
今は表面上ルールを守っていると示すために、スペルカードルールで戦っているだけ。
天子に残された道は一つ。目の前の敵を倒し勝利を掴む以外他はない。
「天人のあなたなら、最初からその危険性がわかってたのじゃないかしら。尚更理解できないわ」
「だからそれを今から教えてあげようってんじゃないの!」
纏っていた気質を振り払い鋭く言い放った天子は、真っ直ぐに緋想の剣を構えた。
刀身が今までで最高に強く、美しい輝きを放つと、そこら中から緋色の霧が現れた。
世界で一番高いこの場所で、天子は幻想郷中の気質を集め始めていた。
「私の想いを一つ一つ紐解いて、全部をあんたぶつけてやる! あんたを倒して、今度こそ私は全てを手に入れてみせる!」
集結する気質に大気は緋色に染まり、うねりを上げて軋んだ。
「なんて綺麗な輝き」
その中心で強大になっていく輝きを見つめて、どうしたことか紫から怒りが消え始めていた。
それどころか袖で隠した口元には、確かに笑みが浮かんでいた。
「これならば、現世と冥界の結界を修復しないで正解だったかもしれないわね」
冬眠から覚めた紫が親友の幽々子に結界の修復を依頼されて様子を見に行ったとき、満面の笑顔を浮かべながら天へ昇る天人を見た。
衝撃だった。こんな風に笑う天人なんて初めて見た。
天人なんて地上の噂とは反対に薄汚い欲にまみれた者しかいないと思っていたのに、その天人は違っていた。
桃の木の下で下界の本を無邪気な子供みたいに楽しみながら読む少女を見て、本当に結界を修復するのが正しいのかと疑問が浮かび、今日まで何もせずに放ってきた。
けれど許容できないくらいとんでもないことを仕出かしたので、今回は試験のついでにおしおきしに来た。
さっきの戦いでは怒りに任せて暴れたあと、恐怖でうずくまる少女を見て紫は一度落胆したが、それは早とちりだったようだ。
「だって、こんなに綺麗な光なんですもの」
この光を見れただけで、結界を直さない意味はあったかもしれない。
だがまだ判断は下せない。まだ戦いは続いていて、天子は今こそ数百年分の想いを解き放とうとしている。
今は戦いを通して、この少女の想いを受け止めよう。決めるのはそれからだ。
「――ぉぉぉぉおおおおお!!!!」
叫び声を上げる少女の手元で、極限まで凝縮された気質がまばゆい光を放った。
来るか、と年甲斐もなく紫の胸が高鳴る。だが準備が整うまで待ってやったのだ、先手はこちらから打たせてもらおう。
「結界『客観結界』!」
天子が気質を放つよりも早く、紫がスペルカードを発動した。
金色の色を放つ結界が上下左右前後から、天子を追い詰めようと迫ってきた。
迫り来る結界を鋭い目付で見定めると、天子は声を張り上げた。
「さぁ、往くわよ緋想の剣! 約束の時は来た、思う存分暴れさせてあげる!!」
天子が両手を柄から離すと光の中心で緋想の剣が回転し、気質の固まりが放出を始めた。
『全人類の緋想天!!!』
光がまたたくと、剣を中心に周りに向かって緋色の光線が放たれる。
集められ、固められ、精練された、剣のように鋭い気質が結界を穿つ。
最高威力の緋想天を受けて、天子を襲おうとした結界は全て打ち消された。
「――あの日後悔を消したい」
気質を剣に保ったまま、ぼそりと天子が呟いた。
「天人になって私は死ぬほど後悔した。だけどそんなのは嫌だ、私は私の選択を誇っていたい。天人になって良かったと胸を張っていっていたい。だから!」
剣の輝きが増し、凝縮された気質が膨れ上がった。
第二撃目を察知した紫が急いで次のカードを切る。
「だから私は天人を辞めない。そう言えるまで止まりはしない!」
「境符『四重結界』!」
集められた気質が太いレーザーのように変貌し、轟音と共に撃ち放たれた。
対する紫は手元に青い光を放つ結界が四重に重ね、一種のバリアを形成させる。
青色と緋色、二つの輝きが衝突し拮抗する。全人類の緋想天は喰らい付きながらも、結界を侵食できずにいた。
「もう、天界で無意味に生きるのには疲れた」
まだ、想いが足りない。
八雲紫は幻想郷の賢者として幻想郷を護ろうと必死になっている。
比那名居天子が勝てないのは、単純な力量だけでなく心で圧倒的に負けているからだ。
これに打ち勝つには、絡まって肥大化した地上への想いを一つ一つ取り出して、鍛え上げ、並べ、束ねて一本の剣にするしかない。
研ぎ澄ました想いで刺し貫くしかない。
「何もせず、ただ自堕落に生き続けるだけの日々。天界にいながら地獄の苦しみよ」
その時、気質の光に変化が生じ始めた。
輝きが色彩を増し、緋色の中に橙色が生まれ、広がっていく。
「これは……」
額に汗を浮かべながら紫は感嘆の声を上げる。
古くから存在し、あらゆるものを見てきた紫は緋想の剣のこともよく知っていた。
だが、緋想の剣にこのような力はない。緋想の剣が二色の輝きを有したことはない。
天子の想いが、緋想の剣本来の性能を越えて力を発揮させ始めていた。
「天界に閉じ込められて生きるくらいなら、死んだ方がマシよ!」
天子の叫びと共に橙色の輝きは、緋色の輝きの横に並んだ。
二つの閃光に押し潰され、四重結界は硝子が割れるような音を立てて砕け散った。全人類の緋想天もそこで一旦気質の放出を止め力を溜める。
一応は二撃目を食い止めることは成功したものの、紫は衝撃に苦しそうな声を漏らし一歩退いた。
「少し、拙いかも知れないわね」
珍しく焦りを顔に浮かべる紫に、天子は最後の一撃を与えようと想いを込める。
最強最大の攻撃で、今度こそ吹き飛ばす。
少しの間目を閉じ、あの桜色の幻想郷を思い出した。
日の光を受け光り輝く大地を。頬を撫でる風の感覚から、風に乗ってやってくる匂いまで。
「幻想郷を感じていたい!」
目を見開いた天子から、とうとう最大威力の光線が放たれた。
凝縮された気質が空気を押し退け、地面を抉りながら押し進む。
これが最後の対決になると紫も悟ると、同じように最大のスペルカードを発動させた。
「廃線『ぶらり廃駅下車の旅』!!」
大きく展開された穴、隙間空間から外では幻想の存在となってしまった電車が走り出してきた。
天子と紫、二人の間で二つの力がぶつかり合い、再び拮抗し合った。
気質は放出を続け、妖力によって動かされる電車は初速を殺されてなお、忙しなく車輪を動かして前へ進もうと猛る。
衝撃で大気が震え轟音が鳴り響く中、天子は己の想いを曝け出し、力へと変えていく。
「たった数日じゃ足りない! 何年も、何十年も、何百年だって。ずっとずっと幻想郷の景色を観て。色んな匂いを嗅いで。騒がしい声を聴いて。美味しいものを味わって。この手で触れて感じていたい!」
想いに応え橙に続いて、黄色の光が生まる。
三色の輝きとなった緋想天に電車の硝子が砕け、内部に大量の気質が入り込んだ。内側から先頭車両が膨れ上がると粉みじんに吹き飛んだ。
だがまだ紫が敗れたわけではない。まだ残った電車の車両が緋想天を受け止めていた。
残りの車両数は三両。
「笑っていたい。私は、幻想郷に来て本当に久しぶりに、心の底から笑えたのよ! まだまだ楽しいことを経験して、もっと笑顔で過ごしていたい!」
紫は注ぎ込む妖力を増して電車を強化するも、色彩を増して緋想天は更に輝く。
強化された二両目も先頭車両と同じように硝子が砕け、内部から爆発させられた。
残り二両。
「幸せになりたい。あんな何もない空の上じゃ何も満たされない、幸せなんかになれない。私の幸せは下界にこそあるから、何としてでも下界への道を手に入れる!」
今度は電車の窓に集中して妖力が注ぎ込まれる。これよって内部から破壊されることはなくなった。
だが更なる輝きを得た緋想天が、車両のフレームをひしゃげさせて真正面から打ち破る。
メキメキと音を立てて捻じ曲がった車両が、連結部分から弾かれてぼろきれの様に吹き飛ばされていく。
「全ては、必然なのよ」
最後の車両にぶつかった全人類の緋想天で、六つ目の輝きが揺らめいた。
「地上に憧れたのも、異変を起こしたのも、今ここであんたとぶつかっているのも全て必然。私が私である以上、遅かれ早かれ起きた出来事。どれだけ回り道をしても、ここに帰結すると定まっていた道理」
橙、黄、緑、青、藍。
五つの光が、緋色の光に連れられて激しく輝く。
「そう、これこそが私の天道! 邪魔するものは吹き飛ばして、私は私の道を進み続ける!!」
六つの想い、六つの輝き。
極彩の極光に最も近い光を放つそれは、
「いえ、あなたはここで負けるわ天人」
しかしそれには至らなかった。
天子が想いを込めて放たれる閃光を受けて、最後の車両は崩れない。
紫の持つありったけの妖力を注ぎ込まれたたった一両だけの電車は、光を押し退けてほんの僅かだが前へ進んだ。
「こん……のおっ……!」
「怒りを抑え、恐怖を乗り越え、この領域にまで到達したのは見事。でもまだ足りない、自分の力を出し切れていない、だから負ける」
「ほざけえ!!」
轟音の中でも紫の声は不思議なことに、しっかりと天子の耳に届く。
天子がより力を込めて緋想天が光力を増しても電車は止まる事無く、そればかりか少しずつ加速していく。
押し止めることができない。
「う……あぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
天子が叫び声を上げた時、唐突に光が裂かれた。
圧倒的な力を前に六つの想いは掻き消され、天子の目の前に鉄の塊が姿を現す。
「私は、私は……まだ何も手に入れてないのに……まだ……!」
「いつか私に、もっと美しい輝きを見せて頂戴ね」
押し潰された瞬間、天子は何か言われたような気がしたけれど、よく聞こえなかった。
全身に猛スピードで走る鉄塊に押し潰され、跳ね飛ばされ、天子は力なく地面を転がった。
地面に加速を殺されて停止すると、その隣へ共に飛ばされた緋想の剣が突き刺さる。
今度はもう、剣すら輝きを無くしていた。
「あなたの負けよ、不遜な天人」
「ハァー……ハァー……」
あれだけ頑張ったというのに、また這い蹲ることになってしまった
想いを打ちのめされ、全身に降りかかる絶望感。
完全に力を失い、隆起した大地も地響きを立てながら元に戻り始めていた。
「ま、け……」
「そう、負け」
「あ……あ……負け、た……」
認めたくない現実を呟き、認めざるを得なくなった天子の目から涙が一粒零れ落ちた。
「負けた……負けた……負けた……負けた……負けたぁ……!」
最初はほんの一粒だった涙が、決壊したようにとめどなく溢れ出す。
喉の奥から悲しい声を響かせて、顔を歪めてむせび泣いた。
嗚咽する天子を見ていた紫は、それが収まってきた頃に声を掛けた。
「一つ聞かせなさい」
「あぁ……何を、よ……?」
「ここに二人っきりでいた以上、あなたには私を消す選択肢もあったはず。それを選ばなかったのは何故」
「何だ、そんなこと……」
つまらないことを聞いてくる妖怪だと、天子は呆れたように笑う。
「……だってさ、綺麗じゃない、幻想郷」
「えぇ、その通りね」
「傷は付いても、いつか癒える。でも汚れたら、それを消すのはもっと、ずうっと大変。それだけは嫌だから」
スペルカードルール。
この今の幻想郷を作ったにも等しいこのルールを破り禁忌を犯すのは、幻想郷のかけがえのない何かを台無しにしてしまう気がしたから。
天子はそれだけはしたくなかった。
「でもねぇ、隙間妖怪……」
地に伏せていた天子が、腕を突いてゆっくりと起き上がり始めた。
限界の肉体を無理矢理突き動かして、腕が震えても必死に起き上がろうとする。
「あんたがどうしても私を排除しようとするなら、なりふり構わず、全力で抵抗させてもらう」
全身から頭を貫くような激しい痛みを感じても無視した。
頭痛と耳鳴りが激しく、平衡感覚もどこかおかしい。
今にも崩れ落ちそうな身体で、輝きを失った緋想の剣を杖代わりにして立つ。
「私を連れ帰って洗脳でもしたりしても、いつの日か必ず私は私を取り戻す。全てを手に入れる。私はあんたの思い通りにはならない」
もうこれ以上ないくらい限界のはずなのに。何か手が残っているわけでもないのに。
一度は折れた心を立て直して再び立ち上がった天子の瞳は、先程の力強い輝きが宿っていた。
「私は! 絶対に幸せになってやる!!」
紫は一言も言葉を発せず、その輝きを食い入るように見つめる。
「――さて、どうするんだい。紫?」
静まり返っていた場に、突然聞きなれた声が響いた。
二人が声の方へ顔を向けると、こんな時でも頬を赤く染めた萃香がふわふわ浮かんでいた。
「萃香、来ていたのね」
「天子がどうなるのか気になってね」
「そう。天子とは仲が良くなったようだし、気にも掛けるわね」
「さてはて、幻想郷を自分の物にしようとした不届き者の、判決はいかに?」
「見世物じゃないわよ」
おちゃらけた態度の萃香が癇に障り、天子が棘のある言葉を飛ばした。
悪い奴ではないと思っていたのに、人が生きるか死ぬかってところを楽しむとはなんて輩だ。
だがまた苛ついている場合ではない。どうやってこの状況を潜り抜けるかと天子が策をめぐらせていると、紫が口を開いた。
「投我以桃、報之以李」
「は……?」
喉を震わせて出た予想外の言葉に、天子は呆気に取られた顔をする。
「意味もわからないの? 不良天人は学も浅いようで」
「いや、そうじゃなくて。って、何で不良天人って知って……」
「良いから、今は大人しくしていなさい」
食い付いてきた天子の額に、紫が指を伸ばして優しく突いた。
すると天子に突然激しい眠気が襲い、身体中から力が抜けて膝を付いてしまう。
「何、し……」
「安心しなさい、少しの間寝るだけよ。それとももう一つ」
急な眠気に必死に抗おうと目を見開く天子の耳元に、紫が顔を近づけると小さく呟いた。
「もしあなたにこの大地を護る気があるのなら」
「にゃはは、良かったな天子」
「あんたら、何言って……」
どんどん思考に靄がかかり、とうとう天子は地面に倒れ伏せてしまう。
いつものように笑う鬼と、妙な笑顔を浮かべる隙間妖怪、それを見たのを最後に天子の意識は沈みきった。
だがその寸前まで、紫の言葉だけは頭の中に響いていた。
『投我以桃、報之以李』
『もしあなたにこの大地を護る気があるのなら』
だから、だから――
「――だから、何が言いたいのよあんたら!」
両腕を振り上げて勢いよく起き上がった天子の目に、全壊した神社が映った。
「……あれ?」
状況が飲み込めず周りを見渡すと、どうやら神社の近くらしかった。
すぐ傍には緋想の剣があって、再び輝きを取り戻している。
「……もしかして、寝てたの?」
疑問に答えてくれる人はいないが、多分そういうことなのだろう。
天子としては一瞬目の前が真っ暗になった程度にしか感じてないが、わずかだが寝たような感覚がある。
それに気が付いてみれば、身体の痛みが多少は楽になっていた。
「あいたたた……」
「あ、天人様……!?」
とはいえ相当痛め付けられたお陰で、まだ動けば全身に激痛が走ったが。
でもいつまでも地べたに寝転がるのも嫌なので起き上がると、何か兎の耳をした妖怪がいた。
けれど天子は少し放心状態で、そのウサミミ妖怪のことは気にも留めない。
「あーあ、神社が壊れちゃった」
「? あ、聞いたわよ? 神社は貴方が壊したんだって?」
ウサミミが何か言ってる。確かに天子が壊したといえば壊したか。
天子は横からの言葉に適当に返しながら、神社に仕込んだ要石を探ってみた。
……異常なし。隙間妖怪が手を着けた様子は一切感じ取れない。
ならあの隙間妖怪は、わざわざ出てきて私を倒して何がしたかったのだろうか?
「どうもおかしいわね……大体、何でそんなにボロボロなの?」
「くたびれてるからねぇ」
「話にならないわ。まあいいわ、地震の事は自分で調べるから」
「地震?ああ、地震は大丈夫よ。大丈夫」
「もっとシャキッと!」
何故だかウサミミと戦うことになり、ボーッと考えながら戦って、ボーッと考えながら負けて、フラフラしながら天子は天界まで戻ってきた。
「あー、疲れた……寝たい……」
一度は寝たみたいだったが、まだまだ身体の疲れは取れていない。
もうこれ以上は動けないと、天子は家にまで行かず桃の木の根元に腰掛けた。
「負けちゃったわね……あんたは満足した?」
呆然と呟き、手に持って緋想の剣に視線を移す。
軽く剣を振るうと、刃が空を斬る音が静かに天子の耳に届く。
なんとなくだが、満足げにそれは聞こえた。
「そう、なら良かった……」
それだけ確認すると、力なく天子は倒れこんだ。
もう動けそうもない。ここで寝てしまおう。
あっという間に意識が薄れていく中、先程言われた言葉を思い出した。
『投我以桃、報之以李』
『もしあなたにこの大地を護る気があるのなら』
もしかして、あの戦いの中で自分のことを計っていたのだろうか。
非常に楽観的な考えだけれど、もしそれで出た言葉だというのなら。
「……ちょっとは、認められたってことかしら」
それなら、私も満足だ。
天子は帽子の唾を摘んで顔を隠すと、木陰で泥のような眠りに就いた。
◇ ◆ ◇
私が落成式を紫に邪魔されてからしばらく立った。
紫にボロボロにされた傷を癒している間に、神社は萃香が直したらしかった。
再々建された日には『起工記念祭と言いつつみんなで天人を虐める祭』なんてのをされたりもした。今度は負ける意味がないので本気を出して逆に全員を打ち破って気持ちの良い思いをした。
それで今は、ある竜宮の遣いの目の前で書面を読み上げていた。
「辞令、永江衣玖は天人比那名居天子の補佐役に命じるとの事」
「はぁ?」
異変の時に知り合った衣玖は、私の言葉を聞いて心底嫌そうに眉を潜めた。
本当に、心の底から嫌なんだと如実に表現している……って言うか何この顔。凄い殴りたい。
「いきなり何言ってるんですか。下界の竹林には月からやって来た人が病院みたいなことやってるそうですよ、診てもらったらどうですか」
「月から? 面白そうね、病気なんてなったことないけど行ってみようかしら」
「馬鹿は風邪を引かないといいますしね」
「何でこんなに嫌われてるのよ」
この酷い言われよう。もしかして八雲紫よりも嫌われてるんじゃないだろうか。
そういえば私の異変のとばっちりで、地震が起きるとか起きないとかで色々と被害をこうむったんだっけか。嫌われて当然か。
「とりあえず今言ったことは事実よ。受け止めなさい」
「えっ、ちょっと待って下さい。いやいや、何で私が総領娘様の補佐を」
「天人達の間で、大地を治めるのが私の役目になったんで、そこで補佐役にあなたが抜擢されたのよ。もっと喜びなさい」
「何で私がそんな胃に来そうな」
「異変の時私に突っかかってきたでしょ? それで根性あるなって思って、推薦したら通った」
「ちくしょう、何やってんだあの時の私!」
頭を抑えて過去を悔やむ衣玖。いつも物静かに見えて愉快な奴だ。
見てて面白かったが、意外とメンタルが強いのか衣玖はすぐに気を取り直した。
「と言うか補佐をするって何をですか。あなたの役目は自身を抑えることだから、竜宮の遣いの私には関係ないでしょう?」
「それがそうでもないのよ。現時点で要石が押さえてる地震エネルギーはちょっと拙いくらい溜まってる。これを消化するために、ちょこちょこ被害が無い範囲で地震を起こしていかないと駄目なの。だからあなたには今まで通り地震が起きる時にそのことを伝えて回ってもらう」
「そんなことができるんですか? 名居家の者は地震を抑えていたとしか聞いたことがありませんでしたが」
「できる。私なら」
そもそも私のもつ能力は地震を抑える能力ではなく、大地を操る能力。
この能力は完全に使いこなせるのならば、地震を起こすも鎮めるも自由自在なはず。
その為にも、私は4年の歳月を掛けたんだから。
「ほぉ。てっきり要石を埋めたら後は放置するのかと思っていましたが、案外しっかりと先のことまで見据えていたんですね」
「当然じゃない。目先ばっかり見て、その更に先を予想しないのは馬鹿のすることよ。せっかくの遊び場をそう簡単に壊してたまるもんですか。と言うか案外は余計よ」
口数の減らない部下だ。だがそれが良くもある。
やはり私のお供をする為には、お偉方の娘だろうとお構いなく思ったことを言ってくるような人材でなければ務まらないし、何よりもつまらない。
「さて。それじゃ長い付き合いになるだろうけど、宜しくね衣玖」
「拒否権は……」
「あると思う?」
「ですよねー」
衣玖は諦めたように苦しい笑顔を浮かべる。
「とにかくバリバリ働いてもらうからね。地震エネルギーを使い切るのは、弱めの地震で百年くらいかかる見通しなんだから」
「はて。働きたくないと言う訳ではありませんが、別にそう急ぐ必要もないのでは。あなたは天人なのだから」
本人が言っている通り嫌がっているわけでなく、純粋に疑問に思ったようだ。
確かに衣玖の言うことにも一理ある。天人なんて死神を追い返して本来の寿命をはるかに超えて生き続けている種族だから、そんなに急いでする必要はない。
「まぁ、そうよね。私にとっては百年が千年になろうが、一万年になろうが問題はないし。けど、それじゃちょっと可哀相じゃない」
「可哀相? 誰が?」
「あの大地が」
今私が立っている天界の遥か下。
私が憧れて、とうとう届いた幻想の地。
「暴れたい子の頭をいつまでも押さえ付けとくって言うのは、悪いじゃないの」
はたして大地そのものに心があるのか、私でもわからない。
でも私が治めると決めたあの大地には愛着があるから。
押さえ付けられる苦しみを十分知っている私が、同じことを繰り返すのは嫌だった。
「ってなわけで、今から伝えてきてもらうわよ。刻限は……そうね、下の時間で今日の五時。最初だからちょっと強めで揺らすわよ、皿とか割れないように気を付けろって伝えてきなさい」
「えー、早速ですか。明日じゃ駄目なんですか」
「あなたって結構面倒臭がりね……とにかく行ってきなさいってば。あっ、私も地上に降りるけど、天人に何か聞かれたら『大地管理の為に地質調査中』で通しときなさい。いいわね?」
体面上はそれで地上に降りていることになっているのだから、そう言わないと色々と面倒なことになる。
そのことを察したのか、衣玖は顎に手を当てて少し考え込んだ。
「総領娘様、もしやその為に地上に要石を?」
「……そんなのどうだって良いでしょ。ほら行った行った。早くしないと間に合わないわよ! 合流は神社で!」
質問には答えてやらない。
秘密の企みって言うのは隠しておくからこそ価値があるのだ。
それに無闇にそんなものを暴かれちゃ、ちょっと恥ずかしい。
「えー」と面倒臭がるものぐさの背中を叩いて、無理矢理天界から追い出した。
「あー、面倒臭いことになった」
せっかく当分の間は仕事をする必要がないと思っていたのに、もう働かないといけなくなってしまった。
衣玖としては、ずっと雲の中でゆうゆうと漂っていたいのだが。
だが自分の上司となった少女の顔を思い出した。
『暴れたい子の頭をいつまでも押さえ付けとくって言うのは、悪いじゃないの』
あの時は、まるで子を慈しむ母親のような、とても優しげな表情をしていた。
彼女が異変を起こしていた時とは丸っきり違うその顔に、衣玖の心が動かされる。
――あんな顔をする人の下でなら、仕えるのもそう悪くないか。
とりあえずは、仲間にも頼んでさっさと、なるべく楽に仕事を終わらせるとしよう。
そう決めた衣玖は、他の竜宮の遣いがいる雲の中に入り込んだ。
衣玖を天界から出て行かせた私は、懐から人里で購入した時計を取り出した。
時刻はまだお昼を過ぎた辺りで、地震を起こす時間まで間がある。
その間にまた幻想郷を見て回るのもよしかと思うが、その前にやるべきことがあった。
「何にでも、ケリは付けないとね」
用意したのは異変の日々を共に戦い抜いた緋想の剣と、そこら辺の木からもぎ取った桃が一つ。
天界の桃は美味しくないくせに丈夫なので、こうやって手で握っていても長く持つ。
それだけを持つと、私は天界から地上に降りようとした。
「――案内は必要じゃないかい」
どこからか私を引き止める声がしたので振り返ると、先程まではいなかったはずの萃香が木の根元に座り込んでいた。
いや、本当はさっきからずっといた。僅かな妖気を感じさせながら、霧となってたたずんでいた。
「いらないわ。大地に聞けば、大体のことは教えてくれる」
「そうかい。でもその剣は余計じゃないか?」
萃香は私が持っている緋想の剣を指差す。
確かに今から私が行こうとしている話し合いの場に、こう言った物は不要だろう。
「別にこれで斬ろうって訳じゃないわよ。心配しなくたって余計なことはしないわ」
「ふーん、なら良いか。しかしこれからの天界は静かになりそうだねぇ」
「今までも十分静かだったじゃない」
「いやいや。お前さん一人いればそれなりに騒がしかったさ。でもそろそろ場所の変え時かね」
萃香の体が、霧状になってぼやけていく。
あぁ、天界から出て行ってしまうんだと思うと、文句を言っていた私も何だか寂しさを感じた。
けど良く考えればそんな必要はない。これからはいつだって会おうと思えば会いに行ける。
「それじゃ、またね」
「おう。またどこかの宴で呑もうじゃないか」
萃香が霧になり、感じていた妖気が去っていくのを待ってから、私は天界から降りた。
雲の間を抜けて、そろそろ秋になり赤みが差してきた大地へゆっくりと降下していく。
萃香によって神社が再々建されるまで地上には降りれなかったし、それからも天界で地上管理の許可を得るので大変だったから、こうやって地上に降りるのは落成式以来だ。
ここまで長かったな、と感慨に浸りながら静かに草むらの上に降り立った。
「さて、幻想郷。私の探し人が何処にいるのか教えて頂戴」
片足を付いて手の平を地面に当てる。
目を閉じて、五感以外の感覚を閉じ済ませた。
大地を撫でる風。根を張る植物。走り回る子供。大地が感じる色んな物が私の元へ繋がっていく。
その中に、以前感じたことのある妖気を察知した。
探し人の居場所がわかった私は、立ち上がって遠くの方を見つめた。
方角良し。距離良し。大体の位置を把握した私はそこへと足を進めて行く。
素早く飛んで行ったりはしない。今はまだこの感慨に浸っていたかった。
本当にここまで長かった。
捕まえたと思ったら、指の間から抜け落ちて。何度も何度も手を伸ばした。
どれだけ苦労したろうか。どれだけ待ちわびただろうか。
とうとう私は辿りついた。これからの人生は不幸もあるだろうが、だからこそ幸福が輝く最高の道であるに違いない。
けれどその前に、やり残したことを終わらせてしまおう。
「久しぶり」
一時間ほど歩いて辿りついた丘に、探し人は傘を差して幽雅に佇んでいた。
私はその横に並んで声を掛ける。
「えぇ、お久しぶりね」
相手も同じように返してくる。
この丘からの景色を眺めてみると、山や人里、川や湖など幻想郷の色んな場所が一望できた。
空の上から見下ろすのとはまた違う幻想郷の景色に見惚れて、つい目的を忘れそうになる。
「色々と、話をしに来たわよ」
「そう、何かしら?」
そこで丘から眺めていた私と探し人は、ようやく顔を向き合わせた。
八雲紫。あの時私を倒した隙間妖怪。幻想郷の賢者。
今日はこいつと決着を着けるためにここに来た。
決着と言っても、また戦おうと言う訳じゃない。
そのことをこの隙間妖怪もわかっていて、胡散臭い笑顔を浮かべて私の言葉を待っている。
「ん」
私は持っていた桃をぶっきらぼうに突き出した。
けれど相手は「それが何か?」と次の言葉を促すような目でこっちを見るだけ。
続きを言わないといけないのはわかるけれど、こんな言葉はずっと使っていなかったから恥ずくて中々出てこない。
「……悪かったわよ。ちょっと度が過ぎるくらい悪さして、ごめんなさい」
「良いわ。受け取りましょう」
何とか想いを口にすると、紫はフッと胡散臭い笑みとはちょっと違う、優しそう笑顔で私の桃を受け取った。
これで、許されたってことなんだろう。
あれだけ怒りをぶつけられたのに、何だか拍子抜けするくらい呆気なく許されたものだ。
「それで、私のもう一つの言葉はどうなったのかしら?」
……あぁ、まだそっちがあった。
「事後報告になるけど、天人達の間で幻想郷の大地の管理は私に一任され」
「そう言う話じゃないわ。私が聞きたいのはあなたの気持ち」
紫は私の話をつまらなそうに遮ってきた。
まぁ、そうだろう。妖怪のこいつに、天人の間の事情なんて興味がないに違いない。
こっちも言わないと駄目か、あんまり想いを口に出すのは恥ずかしいんだけど。
「……私が天界で過ごしていた間に、幻想郷はとても素晴らしい場所に育ってた。大地も、そこに息づく全ての命が、力強く、輝きに満ち溢れている。生涯を掛けて守る価値がある」
それはもう何度も確認してきたことだ。
そしてそれを私の手で護っていけるのなら、とても誇らしい。
「この大地は私が護る。傷つけた責任とか、目的のための手段だからと言うのもあるけど。何よりも私自身の意思で」
「そう、期待しているわ」
「それと、これ」
どこまでかはわからないけれど紫に納得してもらえたところで、私は持っていた緋想の剣を差し出した。
紫は胡散臭そうな表情から一変し、本気で意味がわからないという顔で見つめてきた。
「何かしらこれは」
「あなたが私のことを信頼に値すると思う、その時まで預かっておいて。そうすれば私も妙なことできないし安心でしょ」
倒した私にあんなことを言ったのだから、一応は私が大地を治めることを納得してもらえるのは予想できていた。
でも向こうだって私みたいなのにこの大地を預けるのは心底嫌だろう。私から出せる誠意が桃だけと言うのは足りないかもしれないから、他に何かないかと精一杯考えた結果がこれしかなかった。
人生の再スタートを切った私には余りにも持ち物が少ない。緋想の剣には申し訳ないが、少しの間はこの妖怪のところにいてもらう。
「でも、絶対にいつか返しなさいよ。一度は満足したからって、またほっとかれたらその剣も寂しいし」
少しの間の話だ。すぐに私の存在を認めさせて剣は返してもらう。
それまではちょっと寂しいが、大丈夫。私も緋想の剣も待つことには慣れている。
紫は緋想の剣を受け取ると刀身に顔を寄せ、ツーっと刃を指でなぞると何故か呆れたような溜息を吐いた。
「いらないわ」
「えっ、ちょっ……!」
そう言うなり紫は手に持っていた剣を投げ捨てた。
私は慌てて地面に落ちそうな剣に手を伸ばして、腕の中に抱きしめる。
「ちょっと、何するのよ!?」
「そんな物持っていたって何の得にもならないわ」
「いや、だからさ」
「それに、その剣を無くしてあなたはどうやって闘うつもり? まともな修行は積んでいないようだし、その剣がなければ戦闘力は半分と言った所かしら」
「うぐっ。確かにそうだけどさ……」
それは本当のことだ。
無くなったら無くなったで闘い方がない訳じゃないけど、やっぱり緋想の剣が抜けた穴は埋め切れないだろう。
「おとなしく持っておきなさい。その剣も、あなたの許でこそ輝けるのだから」
「……わかったわよ」
そう言うなら私も剣を持たない理由はない。
しかしまさかこの申し出を断られるとは。不穏分子から牙を差し出されたら喜んで受け取ると思っていたけど。
それとももう信頼に値すると評価された? ……いやいやまさか。
「それにしても、良く天人達に大地を任されたわね。他にも大地を狙ってる者はいたでしょうに」
「そりゃいただろうけどね。でも誰だって気を抜いたら力が爆発して大地震が起こりそうな、危なっかしい大地を治めたくなんてないわよ。それに……」
天界に並ぶ墓標が脳裏を過ぎる。
真に自分が望むものを捉えきれず、死んでいった天人達。
私の邪魔になりそうな名居家の者は、大体があの石の下で眠っている。
「……何にせよ、あなたの思惑通りに事は進んだわけね」
「……惜しむらくは、どっかの妖怪にはバレバレだったことだけどね」
ここまで考えが透けて見られてると、いっそ清々しい気もしてくる。
どうしたって、ここまで全部知られてしまっているんだろうか。
「あなたってさ、私のことずっと前から知ってたんじゃない? 不良天人なんて呼び方知ってたし」
「さぁ、どうかしらね」
「しらばっくれなくていいわよ。隙間妖怪が色んなところに目を張り巡らせてるのは本で読んだし、それについてとやかく言うつもりはないわ。ただ一つ聞きたい」
純粋な疑問だ。
ずっと頭の中でぐるぐる考えてるけど、まだ答えが出てこない。
「私に、あの時何が足りなかったって言うの?」
落成式の日。私の想いが負けた時。八雲紫は足りないと言った。
果たして、本当にこいつの言う通り私に何かが足りなくて、それがあれば勝てていたのだろうか。
「そんな物、簡単な答えなんだから自分で解きなさい」
「えー、ちょっとくらい教えてくれたって良いじゃない」
「ダーメ。あなたが自分で気付くべきことよ」
近寄って答えを強請ると、紫は私の額に指を当てて押し返してきた。
教えてくれそうもないので仕方なく引き下がる。
「ちぇ。ズルいなぁ、自分ばっかりなんでも知ってて」
「はいはい、それよりも地震を起こす準備は良いの? 五時に地震を起こす予定でしょう」
「うげっ。ホントに何でも知ってるわね、趣味悪っ」
「何よ、さっきはとやかく言うつもりはないって言っていた癖して」
「それでも悪いものは悪いでしょ。絶対友達少ないわねあなた」
「お黙り」
軽口を叩いていると結構痛い部分を突いてしまったみたいで、私の上にパックり隙間が開いて墓石が落っこちてきた。
不覚にも「ぐげっ!」と非常に間抜けな声を出して潰れされてしまう。
「このっ……何すんのよ、って言うか何これ重いっ!?」
すぐに抜け出そうとするけど、墓石は天人の私でも簡単には動かせないくらい重かった。
墓石の下でうろたえる私を、紫は意地悪な笑みを浮かべて見下ろしてくる。
「あなたみたいなマナーのなっていない人用の特性墓石ですわ。そこで反省してなさい」
「何よちょっと事実言われたくらいで! 鬼! 悪魔! ババアで年増!」
「……追加で卒塔婆も刺しときましょう」
「うぎゃーっ!!?」
今度は青筋を浮かべた紫が、私の腕や足に卒塔婆を刺しまくる。
どちらかと言うと刺すというより食い込むと言った感じだが、何故か食い込んだ状態で固定されてすっごいチクチクして痛い。
「それでは、この大地のことくれぐれもお願いね」
「いや待て。その前にこれ全部どけなさいよ!」
「それでは」
「いや、悪かったわよ。謝るってば。だから待ってー!!」
助けを求めて懇願したけど、紫は私を置いて隙間の中に潜り込んでどこか別の場所へ行ってしまった。
一人残された私は、なんとか自力で墓石の下から抜け出そうとする。
「あー、もー! 本当に置いて行くとか信じられないあのババア!」
悪態を吐きながらやっとの思いで墓石をどかして、身体中に刺さっていた卒塔婆を引き抜いた。
痛みが長引くんじゃないかと思ったが、不思議なことに抜いてみたら痛みは綺麗サッパリ消え去った。
落成式での戦いで痛めつけてきたことと言い、何でも自由自在なんだなと少し感心する。
確か境界を操る能力だったか。もっとマシなことに使えないのかその素敵能力。
「認めてくれたのはありがたいけど、いつか目に物見せてやる」
しかしあの妖怪にそんなことができるのだろうか。
……駄目だ、悲観的想像しか浮かばない。
ゆっくり考えたい話だが、まずは地震のこともあるし博麗神社に行ってこよう。
まだ時間はあるけれど大々的な地震一発目だし、要石の近くで心を落ち着かせたい。
ここに来た時とは違い、私は宙に浮かぶとまっすぐ東の方へ飛んでいった。
肩で風を切り、あっという間に博麗神社の近くまでやってきた。
すると神社のところに見知った人影が一つ。
「あれ。おーい! 衣玖ー!!」
大声で声を掛けると人影がこちらに顔を向けた。
すぐ傍に降り立つと、やっぱり人影は思ったとおり衣玖だった。
「総領娘様丁度良かった。幻想郷中に伝えてきましたよ」
「もう? 速過ぎない?」
「他の竜宮の使いにも頼みましたから」
「あー、そりゃ他にもいるわよね」
失念してたけどそりゃそうだ。竜宮の遣いは隙間みたいに一種一体の妖怪とかじゃない。
しかし沢山の衣玖みたいな妖怪か。何だか全員無気力そうな顔をしているのを想像した。
「それじゃ、お伝えしましたし私はこれで」
「待ちなさい」
それだけ伝えると帰ろうとした衣玖の手をがっしり掴む。
衣玖はいかにも面倒臭そうな目を私のほうへ向けてきた。
「もう仕事は済んだし帰っていいでしょう?」
「良いじゃないの別に。神社でお茶飲みましょ」
「そんな喫茶店じゃあるまいし」
「博麗神社のお茶は出涸らしで、不味いって言いながら飲むのが乙らしいわ」
「余計飲みたくなくなりました」
「良いから来なさい!」
「あっ、ちょっと!」
逃げようとする衣玖の手を無理矢理引っ張る。
その時、フッと胸のつっかえが取れたのがわかった。
「あ……そっか……」
これだったのか、私が気付かなかった最後の望みは。
なんてありきたりな話だろう。今まで真剣に悩んでいたのが馬鹿らしく感じる。
七つ目の想い。
私は、友達が欲しかったんだ。
楽しい時間を、一緒に笑って過ごしてくれる存在が。
「あはははっ」
ありきたりすぎて笑いが込み上げてくる。
「何笑ってるんですか総領娘様」
「ごめんごめん。それより衣玖、その総領娘様って呼び方止めてくれない。普通に天子って呼んでよ」
「それじゃ立場的に不味いです」
「面倒ねぇ。じゃあ天子様でいいからさ。総領娘様じゃなんかムズムズするわ」
「はぁ、わかりました天子様」
また華仙のところに顔を出してみようか、頭が固いから私とは相性が悪いかもしれないけどどうなるだろうか。
衣玖は私のことを疎ましく思ってるかもしれないけど、従者ってだけじゃなくて仲良くなりたいと思う。
萃香はたまに一緒に飲んだりしたけど、私のことをどう思っているだろうか。
紫はいつかギャフンと言わせてやる、でも一緒に笑い合うのも良いと思う。
異変で出会ったみんなと。
これから出会うみんなと。
一緒に話して、遊んで、飲んで笑って、たくさんの輝かしい思い出を作っていきたい。
「霊夢ー、おじゃまー」
「邪魔するなら帰れ」
「えー、良いじゃないの。五時まで暇だからお茶頂戴」
「私もお願いします」
「そこの魚もしれっと入ってくるな。って言うか五時まで居座るつもりか」
「まぁ、五時には地震起こすからここにいないといけないしね」
「はぁ? どう言うことよそれ。要石で地震は起きないはずでしょ」
「あー、それはね――」
ずっと昔の、後悔している私へ。
長い間、退屈な日々が続いてとても苦しい思いをするけど、その先には光が見える。
いつか必ず、天人になって良かったと思える日が来るから。
その選択を誇れる日が来るから、それまで待ってなさい。
私は今、幸せよ。
今日この日にこういうSSが読めたのが本当にうれしい
天子が修行するシーンにときめきました。
誤字報告を。
>「聞きたいいのか、妖怪……」
聞きたいい→聞きたい?
>「とにかくバリバリ働いてもらうからね。地震エネルギーを使い切るのは、弱めの地震で百年くらいかから見通しなんだから」
百年くらいかから→かかる?
良い話でした、ゆかてんの方も期待しています
誤字報告を
「なら冷静になた所でもう一度聞きましょうか~
なった所でしょうか
ありがとうございました。
ちゅっちゅ
確かに天子が異変を起こした理由、「暇だったから」と言ってしまえばそれまでですが、掘り下げてみると面白いかもしれませんね。
そのさらに上を、地上全てを守る為と言う理由を納得できる物語を、見せて貰えて少々感動してます。
ずっと私が疑問だった「要石刺したらもう地上には戻れないんじゃないか?」
の一つの解答を得られた気がします。
素晴らしいお話でした。ありがとうございます。
しれっとBBA扱いw
面白かったです。
元よりぶっちぎりで天子が一番好きだけど、今日改めて天子に惚れなおした。
やっぱ俺天子が好きだわ。って気持ちになった時点で俺の負け。
文句なしの100点です。むしろ100点しか入れられない事に文句の一つも言いたいくらいに。
面白かったです。やっぱ電車最高。
楽しく読めました。
誤字報告
名誉決闘?→命名決闘の間違いでしょうか?
これを読んで天子が好きにならない人間がいるだろうか?否、いない!(←反語)
100点!
やべぇ、惚れちまいそうだ
だけど、受け止め
意地になって、困難を解決しようとする、王道的な主人公キャラは大好きです。天子よかった。
幸福についていろいろと考えているんだなということは伝わってきました。幸福の追求はとても共感できる話でした。
ただ一つだけ引っかかったところが。紫と天子の対戦の部分の台詞にクサい気がしました。
難解な漢字や言い回しを使っていないのですが、強い違和感を覚えて、あの部分を読んでる私はすこし恥ずかしくなってしまいました。
もっと良いセリフがあるのかなぁと。天子は「幸福の追求」一本で4年間突っ走ってきたわけじゃないですか。
何年も我慢を重ね、体を鍛えて、計画を成功させるため策を練って、
最後には紫を圧倒するほどの爆発的な力も発動できたのも全部天子の「幸福を強く追求する力」のおかげですよね。
その天子の強い思い、我?、信条?みたいなのを口で表したとき、あの台詞達はちょっと安っぽいというか、
ませた子供が言うような台詞かなぁというような印象を受けてしまいました。
言いたい放題言ってすみません!自分もうまく良い例が言えないのですが...
いいssありがとうございました。
いや、いいものを読ませてもらいました。天子が好きになりました。もともと好きだったけど。
ただただ、とても格好良くて美しいなぁ、と
素晴らしかったです
ちょっとvs紫での台詞で?と思ったりもしましたが、その分差し引いても素晴らしい
>キョロキョロと辺りの博麗の巫女をけしかけに行ってのだが木の枝を探る華仙だが、
キョロキョロと辺りの木の枝を探る華仙だが、かと
一生懸命に自分らしく「生きたい」という気持ちが感じられました
素晴らしいものが読めました、ありがとうございました。
今まで読んだSSの中でも最高レベルの感動。ストーリーラインに沿った形で、天子が自らの幸福を掴むという誇りある目的を目指す、熱い思いが圧巻で読む者を惹きつけざる得ません。緋想の剣もそんな天子に惹かれたのかもしれませんね。主人公の天子は明るく奔放な躍動感を、随所に散りばめられた景観描写は彩り豊かな「天子が恋した幻想郷」の情景を思わせてくれます。
誰かにこんなにも影響を与えられる作品を書けることを心から羨ましく存じます