「彼岸花は、人が死ぬと咲く、…………んだっけ?」
「それは、何か違うと思うんだけど、私も正確なことは知らないから」
「人が死んだら咲くんでしょう? と言うか彼岸花はいつに咲くの? 今は何月?」
「何を言ってるのよ」
「ほら、あそこ。一本だけ咲いてる」
「あら本当、どうしてかしら」
「人が死んだから」
「違う違う、人が死んでも花は咲かない」
「咲くわ」
「咲かないでしょ、多分」
「多分、ね。多分で咲いてるあの花は一人ぼっちね」
「相変わらず何を言ってるのか分からないわ」
「理解するような事じゃないのよ」
「感じる事でもない、気がするけど」
「歌みたいなもの」
「あなた歌わないじゃない」
「歌うわよ? 花の為にね。どこぞの夜雀よりは品のある歌だと思うわ」
「そうよ、幽香ってフラワーマスターでしょうが。どうして彼岸花の咲く時期とか知らないのよ」
「管轄外だから」
「何よ、それ」
「でも、植えた覚えもないのにひょっこり生えてると、こう、イラっとするわね」
「花に罪は無いでしょうに」
「あそこで死んだ人が「人死にの話はもう止めて」
「だって覚えがないもの」
「あの辺りで人が死ぬって、確実にあなたの仕業じゃない」
「あー、そうかもね」
「…………否定、して欲しかったんだけど」
「そっちは覚えがあるから」
「怖っ」
「というかアリス、ちょっといい?」
「何よ」
「重いわ、もしかして太ったんじゃないの?」
ゴンッと鈍い音共に翠の髪が舞った。後頭部に衝撃を受けた体勢のまましばらく固まる。息を吐いてから、四季のフラワーマスター、風見幽香は頭に突撃してきた人形を引き剥がして投げ捨てると、背中に抱き付くように乗っていた人形遣いを振り落とした。丁度窓際のベッド横に座っていたため、アリスはころんと転がる。
「貴女最近私が歳上の大妖怪だって忘れてるでしょ。誘ってるならのってあげるけど?」
ベッドに手をついて満面の笑みを浮かべる。アリスはジリジリと近寄って来る幽香から何とか逃げようと下がって行くが、ベッドは壁に寄せられているので直ぐに追い詰められてしまう。
「誘ってない誘ってない! 反射的に手が出ちゃっただけ!」
「反射的に手が出るのがまず問題なのよ」
涙目で全力否定したって可愛いだけだと知らない彼女の不安を煽るように両の手をわきわきさせて詰め寄る。隅に追い詰められてしまいどうする事も出来なくなったアリスがイヤイヤをしながら手を突き出すが、力で敵う筈も無い。
「お仕置きタイム」
「く、くすぐりは嫌、や、うにゃっ!?」
今日も良い天気だ。幽香の家の周りでは、沢山の花達が日の光を受けて元気そうに葉を広げていた。暦の上ではそろそろ秋が近いのだが、今年の残暑は特にしつこく、未だにじっとりと汗ばむような陽気が続いている。花達もなんだか統率の取れていない咲き方をしていた。
そんな中、一本だけ赤い花が目を引いた。真っ直ぐに伸びる細い茎、目に痛いほど鮮やかな朱色の花片、零れる黄色を帯びた雄しべ雌しべ。それが、ベッド脇の窓から良く見える。
彼岸花の有り様はどう在っても死体を思い起こさせる。腹を割かれて咲いた花のようで、幽香は好きじゃない。何よりも、たった一本きりというのが、場違いだという感想を強く持たせる。彼岸花は群れて咲いてこそだ。
「ちょ、あぅ、ゆ、うか、やめ」
そんな事を、アリスを執拗にこちょぐりつつ思う。なんかもう乱れに乱れて暴れるアリスが怪我しないようにやんわりと押さえつけながら幽香は外に目を向けた。風に揺れる赤い花が一人ぼっちで立っている。やっぱりあそこで誰かが死んだんだろう、と思った。
ふと気が付くと、アリスの反応が鈍くなっている。くすぐり続けた所為かぐったりとしてしまって動かない。やり過ぎたかなと思いつつ、幽香は彼女の捲れ上がったスカートを直してやる。シャツも捲れて白い肌が覗いていたので隠してあげた。
アリスが復旧するまで待とうと幽香は窓際の椅子を引寄せて座った。ゆっくりと息を吐いて目を閉じているアリスは青いスカートに半袖のワイシャツという簡素な格好だ。対する幽香もスカートにシャツというラフな服装だ。幽香は先ほどまでの鬼のような笑顔で暴力的なこちょぐりをしていた人と同一人物とは思えないような愛情の込められた眼差しで柔らかく微笑んでいた。
二人がどのような経緯で出会ったのかは分からないが、とても親密な関係なのが窺える。沈黙も全く重くはなく、お互いに相手を想う気持ちが伝わってきた。
「ねえ、幽香」
「何、アリス」
「そこで死んだ人って、やっぱり妖怪にやられたのかな」
弱々しい問いかけ。両手で顔を覆っているアリスに、幽香は出来るだけ平静を装おって答えた。
「そうね、多分そうだと思うわ」
「…………そう」
魔法遣いの定義は、魔法を使えること、成長を止める捨虫の法を取得していて、食事をしなくてもいい捨食の法を取得していること。魔法が使えるということ以外は普通の人間と大して違わない。いや、寧ろ実験の過程で砒素や水銀を扱う事が多く、注意はしていても少しずつ体に蓄積されてしまうので普通より身体が弱い。幽香は強い妖怪だ。もし幽香並みに強い妖怪に襲われてしまったらどうすれば良いのだ、と思う。
「アリス」
声に、アリスが顔を上げると間近に幽香の顔があって、一瞬思考が凍り付く。血を思わせる紅い瞳がじっと蒼色の瞳を見つめ、そっと閉じる。近い、と思う間も無く距離を詰められ、
「にゃっ!?」
頬っぺたに噛み付かれた。驚く間こそあれ、続いて耳やら首筋に噛み付かれる。やんわりと甘噛みされて、つい熱い吐息が漏れる。高鳴る心臓を押さえ付けて、声を上げる。
「ん、幽香?」
ぎゅっと抱きすくめられる。幽香は何か考えてるように目を閉じている。わたわたと慌ているアリスが、一生懸命に抱き締め返す。
「アリス、やっぱ一緒に住みましょう」
幽香は耳元で低く囁く。
「心配だから、貴女がいなくなっちゃわないか。一緒にいたら何があっても大丈夫でしょ」
彼女が何を不安がっているのか分かるからこそ、幽香は身を寄せてくるアリスを抱き締める。痛くない程度に、強く。窓の外では一人ぼっちの彼岸花に、悪いわね、と笑んで見せた。貴女のようには、彼女をさせたりはしない。誰だかは分からないけど、貴女も仲良くできれば良かったのにね。
ああ、でも、と幽香は思い直す。私が人死の話をしたからアリスが不安がっているのだったっけ。後であの花はどこかに移動しておこう。私の庭には、紅色は合わないのだから。
アリス可愛いよアリス
彼岸花と言うと,私の地方では舌曲りと呼んでます。
その毒性を表す別名なのでしょうが,私の祖母は彼岸花の球根を煮て食べたことがあるそうです。
味はじゃがいもだとか。
何月に咲くの?っておかしくね?
いい感じの幽アリでした
実は幽アリをあまり知らないのですが、なるほど、こんな感じでアリスが弄くられているのですね!!
読んでて恥ずかしくなりましたが、それがやっぱり良さなんでしょうね。
勉強になりました。また読ませてもらいます。