Coolier - 新生・東方創想話

さよならロストメモリーズ

2011/10/03 17:34:51
最終更新
サイズ
102.51KB
ページ数
1
閲覧数
2707
評価数
25/58
POINT
3870
Rate
13.20

分類タグ











 ――小さなころから、おとうさんの背中が大好きだった。
 ふわり。ふわり。たばこのわっかがまあるくなって、ぷっかぷっか空に浮かぶ。
 こじんまりとした六畳間の端っこで、おとうさんはみんなの夢を描くお仕事をしている。
 おかあさんは「おとうさんの邪魔したらだめだよ」なんて言うけれど、わたしは暇さえあればふすまのそばに座って、遠くからその様子をぼんやりと見つめていた。
 まっさらな原稿用紙を埋め尽くす物語。かつかつと万年筆で軽快なリズムを刻みながら、すてきな夢を紡いでいく。そんなおとうさんの後姿が、いっとうのたからものに思えた。
 そのうち飽きてくるのかな、大きなあくびをして屈伸したら、ふいにわたしの名前を呼んで手招きしてくれる。そして、ぽつぽつとつぶやくようにおとうさんが語り出す、それは遠い遠いお伽噺――

 はだしのまま飛び出した屋根のてっぺんで、地平線の彼方まで広がる夜空をキャンパスに、たくさんお絵描きをした。
 淡く光る星と星を繋いだ線、そっと指でなぞって星座を描く。それはすべておとうさんから教えてもらったもので、わたしたちだけの秘密なんだ。
 あかいめだまのさそり。あおいめだまのこいぬ。ひろげたワシのつばさ。そっと耳を澄ますと、星のメロディーが聞こえる。ペガスス座からアルフェラッツの先へ想いを馳せると、アンドロメダが落ちてくるんだよ。
 わたしは、空に憧れた。宇宙を舞って、あの銀河の街へ――そう言えば、おとうさんが聞かせてくれる物語は星空が舞台の作品ばかりで、ちょうど今はジョバンニとカムパネルラがサザンクロスで乗客と別れたところ。
 とても続きが気になって、あの日はどきどきで眠れなかった。でもおとうさんは、その続きを語ってくれなかった。ううん、あのお話も、わたしの世界も、最初から終わってしまう運命だったのかもしれない。

 おとうさん。おかあさん。いもうと。そして愛犬の『ソラ』と過ごす、ささやかでやすらかな日々は、居もしないかみさまのいたずらのせいで引き裂かれてしまった。
 こんなおかしなことないよ! ただ、わたしは、家族と笑っていられたら、それだけでよかった! ああ、でも、どうして、空も飛べるはず――そんな淡い夢の代償が、わたしのたいせつなしあわせと引き換えだなんて!
 もう、今は……なにもかも、思い出せない。きっとみんな同じ星の下で生きているはずなのに、自分だけが迷子になっちゃった。あのデネブを道しるべに、空の彼方まで駆け抜けてみても、ずっとわたしはひとりぼっち――
























 ★★★ さよならロストメモリーズ ★★★

 たったひとつだけの、散々読み飽きた最期の記憶――あらかじめ用意されていた涙が零れ落ちて、ぼんやりと目が覚める。
 この世界で『博麗』と言う名字を与えられて、巫女紛いのなにかをやらされている現実を疑うことは、もう疲れたし諦めてしまった。
 "現在"を受け入れたところで、わたしに残されたものはこれっぽっちもないけどさ、在りし日の思い出にすがってみても、みじめな気持ちになるだけだから。

 ゆらゆらと寝床から起き上がり、そのまま鏡台の前に座った。さっと髪の毛をすいて、後ろ髪を真っ赤なリボンで結ぶ。
 しゃきっとしなきゃだめ! 気合が入ってない! また泣いちゃったのかこのよわむしめ! なんて鏡像の自分が言うものだから、ぱんとほっぺたを叩いた。ちょっとじゃなくて、とっても痛かった。
 うん、わかってるよ。わたしは、もうひとりで生きていける。わたしは『博麗霊夢』として生きていかなければならない。と、想いを秘めた。強くなろうと決めた。もう後ろなんか振り向いたりしない。
 そう誓ったはずなのに、どうして寝ぼけまなこがうるんでいるのかしら。この桜のかんざしを、前髪に結うと――おとうさんの笑顔が浮かんできて、また泣いてしまう。ああ、なんでわたし、こんなにナキムシなのかな。
 ぶんぶん首を振って、柱時計を見るとお昼だった。まあ生活は適当で、好きな時間に起きて、眠たくなったらおやすみなさい。なにもかも面倒だけど怒られないから、どうも自堕落っぷりだけは板に付いてきているらしい。


 お昼ごはんを作る気力もなくて、それとなりなフリをして境内の掃除を終わらせる。ちゃんと仕事してるんだよ。その既成事実が重要なので、ああんだこうだと文句を言われる筋合いはない。
 今日も縁側でのんびりとお茶をすすっていたかったものの、あいにく御札を書くための墨を切らしてしまった。正直なところ、あまり里には近寄りたくない。だってひとりぼっちなんか、どうせ変わらないんだから。
 そんな負け犬的な発想やめやめ、さくっと行ってこようとふわり空を舞う。どんよりと灰色の雲が広がる世界でぐるり螺旋を描いても、うだつのあがらない現実とさめた夏の微風が、いつまでもわたしを追いかけてきた。

 ねずみと橙の混ざりあう夕暮れ。里手前のあぜ道から集落に入ると、大通りは『文々。新聞』の記事のとおり、たくさんの人々でごった返していた。
 あちらこちらでやんややんやと祭囃子が騒ぎ立て、ずらりと並んだ露店からふうわりといいにおいがする。そのお祭り気分に浮かれてる知らないひとたちが、とても楽しそうに笑っていた。
 ちくりと、心が痛む。わたしが失ってしまったもの、いっとうのしあわせが、その微笑みのどこか、きっとあったんだけど、それは、もう……わかりたくても、思い出したくても、さよならしなくちゃいけないから。
 ふと見上げた空は、あのころとなにも変わらないのに。未来を数えて、昨日は忘れよう。なんてかっこつけてみたら、なさけなくて笑っちゃった。人混みを縫いながら、稗田とか言う家の当代に教わった雑貨店へ向かう。

 ゆっくり木製の引き戸を開くと、りんりんりんと鈴が鳴り響く。夏祭りの賑わいのせいか、はじめて訪ねる道具屋『霧雨店』の店内は閑散としていた。
 それなりに大手だとは聞いていたけれど、広い空間に整然と並ぶ商品は予想以上に多い。お目当ての品物は自分で探すより番頭に訊ねる方が手っ取り早そうだから、すみれ草が入った小瓶の棚を横目に奥の方へ歩いていく。
 うすむらさき色の灯りが途切れると、その先のカウンターに女の子が座っていた。黒を基調としたお姫様っぽいフリルたっぷりなブラウスとスカートに、なぜか純白のエプロンをまとう彼女は、きっと同い年くらいかしら。
 そしてどうやら、わたしのことは無視……と言うか、机に乗せた辞書みたいな厚さの本に熱中するあまり、きっと普通に気付いてない。ふうん、なんか変わった子――そんな風に思いながら、いい加減な感じで声を掛けた。

「あの、ちょっと」
 きちんと言ったはずなのに、女の子は平然と無視を決めこむ。
「……お客さんだよ、お、き、ゃ、く、さ、ん」
 一文字ずつ区切ってちゃんと発音してあげたのに、ちっとも反応してくれない。
 それよりも、くるくるとよく動く大きなひとみが、流れ星みたい。ううん、なにくだらないこと、考えてるのかしら。
「もしかしてさ、わざと知らんぷりしてるの?」
 しんとした室内。わたしのいらいらだけが募る――ねえ、わたしさ、そんなに気の長い方じゃないんだけど?
 その無言の問いに『そりゃあそうだろうな』なんて態度だけで返すものだから、つい両の手を机に叩きつけてしまう。
「もうっ! あんたったら、さっきから人の話、なんにも聞いてないの!?」
「うわああああああああっ! なななななな、なんだよ! なんなんだよいったい!」
 ぴょんと面白いくらい勢いよく身体が跳ねて、彼女は素っ頓狂な悲鳴を上げた。
 あわふたとして、まばたきをひとつ。ようやくわたしの存在を認識した白黒は、悪びれる様子もなくにっこりと微笑んだ。
「全然反省してないように見えるの、わたしの気のせいかしら」
「それはこっちの台詞だぜ。大切な読書の時間なのに、いきなり大声で怒鳴りつけられたんだぜ?」
「あんた店番なんだから、ちゃんとお客さんの相手くらいしなさいよ。なに、それとも、そっちの本の方がたいせつなわけ?」
「もちろんそうだ。のらりくらりふらついてる客にかまってたって、めちゃくちゃつまらないだけだしな」
 けらけらと笑いながら向日葵色の髪の毛をすいて笑う彼女に、反省の色、謝罪の言葉、その類一切なし。
 ふんだ。ほんと可愛くないやつ。見た目だけは愛くるしいのに、なんか変わりものみたいだから、とても残念な子に見える。
 なぜかお客であるわたしに毒づくし、全然意味わかんない。こんなやつどうでもいいし、さっさと帰ろうと思って手短に用件を話す。
「……墨がほしいの。置いてある場所、教えてもらえないかしら?」
「そんなもん自分で探せよ。どっかに転がってるだろ……って、ん? その格好、紅白の衣装――」
 どこまでもふてぶてしい態度にうんざりしていると、女の子は突然ひとみをぱちくりさせて、あちこちとわたしを見回し始めた。
 ひとみに広がる夜空で瞬く星が、きらきらと明滅を繰り返す。そのひとを値踏みするような視線は、お客さんに対して、それより初対面で、いったいどうなんだろうね。
 この里で知らぬ者はいない名家のお嬢さんなのに、その態度はちょっと礼儀を欠いているんじゃないかしら。常日頃あまりよろしくない虫の居どころが、さらに悪くなっていく。
「じろじろ見ないでよ、気持ち悪いんだから」
「もしかして、ついこの前に新しく決まった博麗の巫女って、お前のことか?」
「……そうだったらなんなのさ。わたしはわたしだから、それ以外のなんでもないわ」
 その言葉を聞くや否や、女の子は椅子を蹴飛す勢いで立ち上がって、ぱたぱたとこちらに駈け寄ってきた。
 軽く背伸びしながら、ほっぺたに吐息が吹きかかる距離まで、ずいっと顔を近づけてくる。うっすらと紅が差したくちびるが、淡いばらの花みたいだった。
 あの、ええと、きちんとお化粧はしてきた、身嗜みも大丈夫、もしかして顔になにかついてるとか……そんなはずもなくて、ただ彼女は『博麗』に興味津々らしい。
 それが余計にわたしの神経を逆撫でする。この幻想郷に住んでいる人妖は、そうやってほんとうの『わたし』を見てくれないから。
「なあなあ、一応はまともな人間なのに、どうやって空を飛んでるんだ?」
「そんなこと知らないわよ。こっちが訊きたいくらいなんだから。それよりも、墨は――」
「博麗の術式ってさ、私たちが魔導書を読んで憶える感じで、習得できたりしないのかな?」
「あのさ、だから、そんなの知らないってば! そもそもどうでもいいし、あんたなんかには関係ないでしょ!」
「博麗の秘伝だから、口外禁止ってわけか。うん、なるほど。それだったら、ほんの少しだけ、今ここで使ってみてくれよ。たとえば、あれ、そうそう、モノを浮遊させる――」
「ああもうっ、あんたってほんとうるさいわね! ちょっとはわたしのことも考えてからしゃべってよね!」
 あまりにもしつこいのでおもっきり怒鳴りつけてから、さっきの仕返しとばかりに無視してやった。
 ぷいっとそっぽを向いて店内を物色してる間も、女の子はたんぽぽ色の髪の毛をさらさらとなびかせながら、前から後ろから質問を繰り返すので、どうしようもなくうざったくて仕方ない。
 わたしに近づくなと不快感をあらわにしても「品物に宿る神様が見えたりするんだろ?」「博麗大結界に干渉して、外の世界に行けるって本当か!?」とかなんとか、いちいちああだこうだほんとうるさいんだから!

 ふと外を見ると、雨が降っていた。色とりどりの唐傘を差した人々が、夏祭りを切り上げて家路に着いている。
 わたしも、さっさと帰ろう。どうでもいい質問攻めをされながら探し回ることわずか5分ほど、雑然と文房具が並んでいる小さな机に墨が置いてあった。
 腐るものでもないからと適当な数を手に取ったけれど、肝心の値札が付いてない。これだけ買って帰るのもあれなので、ちょうど近くのお菓子からおせんべいとハッカ飴をかごに入れる。
 そんなわたしのとなりでとうの女の子は、ようやくわたしがあからさまに不機嫌だと気付いたらしく、どこかばつが悪そうで落ち着かないご様子。それ同情の余地なし、自業自得ってやつ。わたしが悪いわけじゃないよ。

「会計、お願いしてもいいかしら」
 つっけんどんな口調で告げると、白黒の子はきまりが悪そうに笑った。
「ああ、それなら必要ないから、そのまま持ってけよ」
「それも『博麗』なんておめでたい名字のせいかしら?」
「いいや。私の質問さ、お前が本気でいやがってるってこと、最初全然わかんなかったから。そのお詫びって言うか……」
 いきなりお前呼ばわりするのはどうかと思うものの、そんな彼女の言葉は予想外すぎて、ちょっとだけ驚いてしまった。
 わたしを『わたし』として、博麗の巫女なんて肩書き抜きで接してくれる。そんなささいなことが、とってもうれしかった。
「でも、貸しなんて作りたくないから、ちゃんと代金は受け取って。あと、わたしは『お前』じゃなくて『霊夢』って名前がちゃんとあるの」
「そんな大層なこと、考えてもみなかったな。まあその気持ちは、なんとなくわかる気がするぜ。あ、それと、私も『あんた』呼ばわりはご勘弁願いたいな。霧雨魔理沙だ、よろしくな」
 そう言って差し出された魔理沙のてのひらに、品物の代金を適当に見繕って置いた。
 はじめて出会ったひとと握手なんて交わすがらじゃない――なにをどうして強がってるんだろ、ばかみたいだね、わたし。
 それに比べたら、彼女はまっすぐだ。ちょっと変わってるところがあれだけど、決して自分の心を偽らないから。素直にごめんねって言えないところは、わたしと似ているかもしれない。
「また買い物する時は、きっと立ち寄るから」
 素っ気なく返事をして出口に向かおうとすると、受け取ったお金を無造作にポケットに突っこんで、とたとたと白黒が追いかけてきた。
「なあ霊夢、ちょっとうちさ、あがっていかないか? 雨もだいぶ強くなってきてるみたいだし、ちょうどよく冷えたおいしいようかんがあるんだ」
 小さなころから和菓子の類が大好きなわたしにとって、それはもうたまらなく魅力的な提案だった。
 ただ、また術式だとか結界がどうこうとか、考えるだけで気が滅入る。なんて"理由"は表向きだけで、ほんとは他人に甘えちゃいけないと意固地になってる自分のせい。
「せっかくだけど、気持ちだけもらっておくわ。今のうちに帰れば、そんなずぶ濡れにならないと思うし」
「でもさあ、外見てみろよ。結構な勢いで降ってるぞ。せめて夕食前くらいまで、雨宿りしていくのも悪くないぜ。それに、さっきの話と違う……ほら、霊夢のこと、私もっと聞いてみたいしさ」
 そんなだれかに話せるような思い出を、わたしは持ちあわせていないのよ。
 もちろん魔理沙に悪意なんてこれっぽっちもないことくらいは、このお馬鹿な頭でもよくわかる。
 でも残念ながら『わたし』の記憶なんて、およそ一ヶ月分しかない。その希望を叶えてあげることは、どだい無理な話だから。
「ごめん、わたし今日そんな気分じゃないの。さっきのも、ちょっと機嫌が悪かったものだから、つい怒っちゃったってだけ。魔理沙のせいじゃないわ」
「いや、まあ最初のあれは正直、1mmも反省してないぜ。でもあとからの質問はマジで気分悪くさせちまったし。なにか用事もないなら、どうかなって、さ?」
「だから、魔理沙が謝らなくてもいいんだってば。そんな気を遣われちゃうと、わたしの方が参っちゃうからやめて。とにかく、今日は帰るから」
 相変わらず人付き合いがへたくそだなあって言うか、ぞんざいに誤魔化すことが苦手すぎてどうしようもなかった。
 ずるずると話を引きずってしまうあたり、未練たらたらでかっこ悪い。どうせこれからもひとりぼっちなのに、なぜ魔理沙の想いを振りきれないのかな。
 心が、正解だよ。そう、要するに、たださびしいくせに、意地っ張りなだけ。だれかに甘えなくても自分は生きていける――言葉だけの強がりは、とてもみじめだった。
 ちょっぴり憂鬱になって、がたんがたんと揺れる出入り口の引き戸を開けると、ざんざんと耳をつんざくような轟音を奏でる雨が降っていた。
「やっぱ、これ無理じゃないか。果てしなく高速で飛んだとしても、濡れねずみになりそうだなあ」
 絶え間なくしずくが流れ落ちる軒下から、魔理沙とふたり空を見上げた。
 さんざめく雨はもちろんのこと、ごうごうと吹き荒ぶ強風があちらこちらの建物を揺さぶっている。
 びしょ濡れになって帰るのも、それはそれで悪くないかもしれないわ。たまたまそんな気分だった、たぶんそれだけのことだよ。
「それはもう諦めたわ。さっとひとっ飛びして、お夕飯の支度しなくちゃ。それじゃあまたね、魔理沙」
 ありふれたさよならに、ささやかな約束をこめてみた。
 そのままそっと力を解き放つと、身体は質量を失って曇天の空に吸い込まれていく。
 ふいに背後から投げかけられた大きな声も、ざあざあと降りしきる雨風にかき消されてしまう。
 "またね"って言葉の指きりなんか、たいした意味もないはずなのに――それを守りたいと思う自分が気持ち悪かった。
 あのひとみできらめいてるシューティングスターが届けてくれた、ふうわりとせつない想いのかけらは、もうしばらくなくなりそうもないや。


 ひとりで生きていくと誓ったわたしは、ひとりがさびしいことを知っている。
 ひとりは、いやだった。それでも、ひとりで生きていくことを、かみさまや運命なんてものに決められてしまったら、途方に暮れるしかない。
 やるせない想いを呑みこむと、また心にちくりとトゲが刺さって、かなしみが全部持っていった。"イマ"はだれのせいだと問い詰めても、返らない上の空。なにもかもめんどくさくて、考えることをやめようとした。
 そうだよ。ひとりぼっちでいることが、当たり前なんだよ。わたしはちゃんとひとりでやっていける。意地っ張りだと後ろ指差されたってかまわないわ。そんな想いを隠し続ける意志が、きっと強さってやつだと思うから。

 つんざく豪雨のかけらが、激しく肌を打ちつける。通り雨くらいかなと思っていたのに、ずいぶんひどいどしゃ降りになってしまった。
 さっさと帰ろう。あの違和感だらけな、見知らぬ日常へ。荒れ狂う雨風のさなか、無重力で浮遊する身体をひるがえすと――こめかみの髪の毛を留めるかんざしが、突然の暴風に巻きこまれて飛ばされた。
 きらきらと金色の弧を描く桜の花びらが、百花繚乱の唐傘の群れに向かって落ちていく。慌てて追いかけるものの、往来の激しい人混みに消えた前挿しは、そのあたりを片っ端からいくら探しても見つからない。

 わたしは地面を這いつくばるように、なりふりかまわず水たまりだらけの大通りを歩き回った。どこか強風で運ばれてしまったのか、あるいはだれかに踏んづけられて、それこそ拾われちゃったのかしら。
 あのかんざしは、わたしが幻想郷へ『葬り去られた』時に、なぜか現世から持ち越された。わたしの、たいせつな、たいせつな、失われた記憶を繋ぐための形見なのに、それすらもかみさまは奪ってしまいたいんだ。
 やまない雨。喪失の街角。透きとおったわたし。置いてけぼり、そうだよこれからは、いつだって――ありもしない運命のいたずらを恨み、虫けらのように踏み潰されながら、あちこちを泥まみれにさらしかんざしを探す。
 そこかしこで行き交う人々に蹴飛ばされて、蔑む視線を向けられようと、なにも感じない。だって、わたしは、だれの心にも存在しなくて、ずっとひとりぼっち。それはやむなく自分から望んだこと、だったはず、なのに――


「……なに、やってるん、だ?」
 ふいに見上げると、こうもり傘を持った女の子が立っていた。
 そんな沈んだ面持ち、全然似合わないわ。あなたには、太陽みたいに笑っててほしい。
「魔理沙こそ、どうしてこんなとこにいるのよ」
「私は、その、急な店のお使いに行ってきた帰りだぜ。それよりもさ、なにやってんだよ?」
「なんだっていいでしょ、どうせあんたには関係ないんだから。用がないならさっさとどっか行って」
 どうしてわたしは、こんな時まで強がってるのかな。
 ちっぽけなプライドとか、つまんない意地。くだらないね、みじめで泣けてくるよ。
 強くあろうなんて気持ちだけがあって、今もとってもかなしいのに、ほんとばかみたいだ。
「おっと残念、もう話しかけちまったからな。ほら、あれだよ。なにかの運命で、事情を訊く義務ってやつだ」
「……なにそれ、意味わかんない。どうでもいいけど、わたしさ。そのあんたのしけた顔、あんまり好きじゃないわ」
「まあ心配すんなって、ちゃんと理由を話してくれたら、またいつもの私だから安心してもいいぜ」
 やっぱり、お互い素直じゃないところ、似てるみたいだね。
 魔理沙の表情が心なしか緩むと、ほんのちょっとだけ落ち着いた。
 でもこんな冷たい雨の中、このまま居座られて、わたしのせいで風邪なんか引かれたらたまったもんじゃない。
「あのさ、お賽銭でも、落ちてないかなって」
「センスのかけらもないジョークは面白くないだけだぜ」
「……かんざしを、落としてしまったの。桜の、かんざし。わたしの思い出がたくさんつまった、とってもたいせつなものなの――」
 うそが通じないことは、なんとなくわかってたから、ありのままの事情を口に出した。
 その途端――いきなり魔理沙にてのひらを掴まれて、こうもり傘を無理やり持たされてしまった。
 なにが、どうなっているのか、わからない。ただ、ただ、ざあざあと降りしきる雨に打たれ、あっという間にずぶ濡れになった女の子は、ようやく笑ってみせた。
「それ、ここらへんで、落としたのか?」
「ううん、わからないの。たぶん、このあたりだとは思うんだけど……」
「よっし、わかった。すぐ探してきてやるからさ、ちょっと待ってろ。ああそうだ、私の家に行くといい。ちょうど風呂沸かしてあるから、ゆっくり湯船に浸かってるといいぜ!」
「ちょ、ちょっと、魔理沙、魔理沙!? やだ、ねえ、どこ行くのさ、いいんだよ、もう、だから――あ、だめ、だめだってば、おいてかないでよ、魔理沙、まりさ、まりさったら!」
 カタコトなわたしの言葉をまるっと無視して、なんの迷いもなく魔理沙は雑踏へ飛びこんでいった。
 うそだろうとなんだろうと、適当な理由を並べておけば……どちらにしろ無駄だったのかもしれないけれど、だれかに手伝ってもらうなんて、もっとみじめになるだけなんだよ。
 うしろめたい想いが、くしゃくしゃと心をかきむしる。あれほどひとりで生きていけるとかほざいてたくせに、今日知りあったばかりの女の子にとんだ同情をされているじゃない。
 ううん、違う。違うよ。魔理沙は純粋な気持ちで、わたしのこと――ああ、もう、この雨がなにもかもすべて、洗い流してくれたらよかった。こんなわたしの強がりなんて、どうせすべて無駄なんだから。

 ざんざんと憂鬱なメロディを奏でる雨音と、うわんうわんと輻輳する人々の声が、まったく鳴り止まない。ところかまわず道行くひとたちに体をぶつけながら、泥んこまみれになって、無我夢中でかんざしを探した。
 それよりか、わたしのひとみは、あの向日葵を追いかけていたのかもしれない。はやく、はやく、魔理沙をとっつかまえて、お店まで帰さないと。わたしはひとりでやっていける、あんたの助けなんか必要ないんだから!
 とめどない感情が交錯する心のどこか、流れ星が運んでくれたやさしい想いがうずく。なぜ、どうして、こんな見ず知らずの、わたしなんかのために……ささくれた心が痛くて、あの日の誓いが途絶えて消えそうになる。
 ふと見渡せば、人混みは霧散していた。だれもいない、たったひとりぼっちの世界。そこで立ちすくむわたしを見つけてはしゃぐ女の子は、たんぽぽ色の髪の毛をくしゃくしゃ振り払いながら、にっこりと笑ってみせた。

「あったあった、ちょっと傷がついちゃってるみたいたけど、これだろ?」
 綺麗なお洋服とまっさらなエプロンを泥だらけにした魔理沙は、いっとうの宝石を探し出したかのような満面の得意顔で微笑んだ。
 それがもうとってもすてきだったものだから、わたしはどうしたらいいのかわからなくて。なんか、こんな時は、なんて言えばいいんだっけ。そんなお馬鹿を、またたきする間くらい、考えてた。
「あ、ありがとう。あの、さ、その……どうして、わたしなんかの、ために――」
「そりゃ、あんな必死になって探さなきゃいけないような、かけがえのないものをなくして、友達が悲しむ顔なんか、私は絶対に見たくなかったってだけさ」
 そう言いながら泥水だらけのてのひらを差し出す魔理沙から、ひったくるように桜のかんざしを奪い取って、ついそのまま視線をそらしてしまう。
 "ともだち"なんて言葉が、ほんとはめちゃくちゃうれしいのに、あいもかわらず意固地で、つまらないプライドにしがみついてる。たった一言告げた『ありがとう』が、どうしようもなくせつない。
 どしゃ降りの雨にさらされて、腐りきった心は傷だらけ。負け犬でもかまわないから、今すぐ逃げ出したかった。ああ、こんなこと、わかってたんだよ。強くなんかなれないよ。わたしは、ずっとよわむしなままなんだ。
「と、とにかく、その、ごめん。わたしが、うっかりしてたから、ほんとに、ごめんなさい」
「どうして謝るのか、さっぱり意味がわからないな。ってかさ、それこそ霊夢がしゅんとしてるの、まったく似合わないぜ?」
「え、いや、そんな、だって……悪いのはわたしで、とんでもない迷惑、ね。なんにも関係ない魔理沙にかけちゃったんだから……」
「だからさあ、そうやって落ちこんだ顔すんなよ。さっき店に来てた時みたいに、こうあからさまに不機嫌そうで、ツンとしてる方が霊夢らしいと思うからさ」
 お、そうだ、なんなら『余計なお世話なのよ、まったくもう』とか怒ってくれてもいいんだぜ――なんて言いながら、けらけらと魔理沙は笑った。
 わたしらしいって言葉の意味が、ちょっとだけわかったような気がする。博麗の名字がなかったころの『わたし』は、あんまり自覚はないけれど、きっとたぶん彼女の言うとおりの女の子なんだよ。
 記憶がなくなってしまったわたしは、もう『わたし』なんかじゃないと思ってた。でも、それは違う。ずっとわたしはわたしでしかないし、わたしはわたしをやめることができないんだから。
「あっそ、じゃあ前言撤回。恩を着せたなんて考えないでよね」
 よくわからないままひとり納得したら、突然おかしな言葉が口をついた。
 それを聞いてうししと魔理沙が喉を鳴らすものだから、なんかもやっとしてくやしくなってくる。
「それじゃあ、さっきの店のことは全部チャラな。あとさ、あれ、あの代金は私のおこづかいってことにしといてくれないか」
「はいはい、でも最後のそれは別問題だから。あんたが無断で代金だけ受け取ってたら、わたしが泥棒みたいになっちゃうでしょ!」
「あれだ、品物が勝手に消えるとか日常茶飯事だから、それならまったく問題ない。それよりさあ、髪おろしてる霊夢も、意外と可愛いじゃん」
 しれっと恥ずかしいことを言ってのけるせいで、みるみるうちにほっぺたがまっ赤っ赤になった。
 それを見て、いっそうにやにやしながら身を乗り出してくるあたり、もしかして、じゃなくて確実にからかわれてる。
 いや、それはもう確信犯的よろしくやっているんだろうけど、上目遣いでわたしを見つめる魔理沙は、すごく可愛かった。
「ちょっと、最後の霊夢『も』ってなによ! その魔理沙の言い方だと、いつものわたしは微妙みたいな感じになっちゃう!」
「それは半分正解だと思うぜ。霊夢の場合、ぷんすかしてると台無しだから。まあそもそも、私の方がずっと可愛いんだけどな」
「その意味不明な自信はどこからきてるのよ! あーそっか、いわゆる自惚れってやつ? あんたの方こそ、その上から目線的な態度で、なにもかもおじゃんにしてるじゃない!」
 もはや完全に血がのぼってしまって、とりあえず嫌味を言ってみるものの、ちっとも手応えがなかった。
 それよりも魔理沙が心底楽しそうで、くすくすと笑いながら顔を近づけてくるからたちが悪い。ちょっとでもわたしが動いたら、くちびるが肌に触れてしまいそう。
 うるんだ花びらから漏れる吐息から、淡くほのかな想いがふわり香る。なぜか、くらくらと、立ちくらみがひどいわ。これって、恋なのかな。あのさ、わたしったら、なにをいったい血迷っているの!
「……実は霊夢さ、ときめいたろ?」
「……お医者さん、呼んでこようか?」
「ほんとはさ、かなりどきどきしてるだろ?」
「どうしてあんたなんかに。それ以前の――」
「大丈夫。内緒にしといてやるから。心がきゅんとしたろ?」
「してないってば。断、じ、て、してない。するわけないでしょ」
「じゃあ、どうして、そんなに顔さ、真っ赤になったままなんだ?」
「こ、これは、だから、その……夏って湿気でじめじめしてるから、暑くて……」
「ここだけの話、私さ。だれともキスしたことないんだけど、霊夢だったらいいかなって思っちゃった」
「ななな、なななななななななななななななななななななななななななななななななななななに言ってんのよあんた!」
 え、私はマジ――とかなんとか魔理沙が口をぱくぱくさせてる間に、わたしのハートは恥ずかしさで砕け散ってしまった。
 いきなりなにを言い始めるのかと思ったら、恋なんてしたこともない純情な女の子に、謎のピロートーク未遂なんてひどすぎるわ!
 ううん、でも、わたし……どきどきは、してたよ。ああ、意味がわかんない、どうしてこんな流れになっちゃったのかな。お医者さんが必要なのはわたしです、恋未満のめまいがするので診てください。
 違う違う、魔理沙が悪い。ずっと、ありがとうやごめんねって気持ちでいっぱいだったのに、気がついたらこんなありさま。それも実はすべて、魔理沙なりのやり方で、わたしのことを気遣ってくれたのかもしれない。

「も、もうっ、わたし、帰る! わたし、帰るんだからっ!」

 あわふたと手渡されたこうもり傘を押し付けて、ふわり空中に体を投げ出す。とても気持ちの整理なんかつきそうもないし、今のなんとも言葉にならない羞恥のせいで0.1秒でもはやく逃げ出したかった。
 ついさっき出会ったばかりなのに、そのあつかましい態度はなんとかならないのかしら。いきなりキスがどうとか言われても、それにわたしたち、女の子同士で、そのさ、ほら……はじめてのときめきを返してよ!
 そのせいか、どうやら微熱もあるみたい。ああ、それは『恋わずらい』だな。不治の病だから、残念ながら手遅れだぜ――そんな風に言いたげな魔理沙はけらけらと笑ってるし、いじわる、ほんとにいじわるなんだから!

「おう、また遊びに来いよな。それとなりに美味いお菓子くらいは出してやるから」
「あ、うん。また、必ず行くから。ねえ、あのね、魔理沙、その、ううん、えっと……ほんとにありがとう」

 もうすっかりどぶねずみになったのに、なぜか真っ黒な傘を広げてかざす魔理沙は「だからさあ、お礼とかいらないって」なんて言いながら、向日葵のような笑顔を向けてくれた。
 あのさり気ない『またね』の言葉が、いっとうのたいせつな約束に思えて、なんだかとってもうれしい。くるりと踵を返し、可憐なステップで水たまりを飛び越えていく後姿が遠くなると、ちょっぴりさびしかった。
 小さな背中が見えなくなったら、ちょっとだけのさよなら。家路に着く途中、しっとり濡れた髪の毛をいじくってみる。もう少し伸ばしたら、喜んでくれるかな。なに考えてるんだろ、ばかみたいだね、わたしったらさ。

 ずぶ濡れのまま神社に戻って、あちこちの雨戸をさっと閉めてから、さっとお湯を沸かす。
 魔理沙が探してくれた桜のかんざしは、だいぶ金箔が剥がれてしまっているけれども、お店に持っていけばちゃんと直してもらえそうだった。
 そっと化粧台に仕舞い、衣服を適当に脱ぎ散らしてお風呂に入る。浴槽に浸かってると、今日の出来事が思い浮かぶ。冷たい心に光を灯してくれた、めちゃくちゃ笑顔がすてきな女の子。ちゃんと仲良くなれるかな?
 口調や態度が色々とあれだし、性格も素直なんだかひねくれてるんだかで、とにかく変わってるけれど、なんかうまくやれそうな気がする。でも、さ。わたしは結局のところ、これからもずっと『博麗の巫女』なんだよね。
 今は遠き記憶の面影を追いかけてみても、あのしあわせな日々には戻れない。だからひとりで生きるために、だれかと親しくなって心を許すこと――そのなにもかもすべてを代償としても、がむしゃらに孤高でありたかった。

 ――くだらない。ばかばかしくなってくるわ。あのさ、なにをどうして、そこまで強がっているのかしら?
 ざぶざぶんと、湯船に頭を突っこんだ。あの子がいてくれたら、わたしはひとりぼっちじゃない。あんなにひとりがいやだったんだから、おとなしく素直に喜べばいいんだよ。
 よわむしなわたしをけらけらと笑い飛ばす魔理沙らしいやさしさが、ほんとうにうれしかった。真夏の陽射しを受けて、きらきらと輝くあったかい微笑みは、いつも心の隅っこで泣いているわたしに勇気をくれた――





   ◆ ◆ ◆





 ひぐらしの鳴く空に浮かぶ夏の飛行機雲を、そっと指先でなぞってみる。あの日から用事で里の近くまで来るたび、なにかと適当な理由を作っては霧雨店に立ち寄るようになった。
 くだらない話題でくすくす笑いあって、ちょっと魔理沙にからかわれるとすぐ痴話喧嘩。そんなふたりだけで過ごすささやかな時間が、今のわたしがとてもたいせつにしてる小さなしあわせだった。
 なんかちょっとさびしいなって思ったら、あの笑顔が見たいと思ってしまう。ご両親が店番だとちょっと気まずくて「魔理沙、いますか?」なんて訊ねることさえ、なんだかほんとに恥ずかしかったな。

 りんりんりん。りんりんりん。来客を告げる鈴が鳴ったところで、どうせあいつはぴくりとも動かない。そもそもこのお店で、他のお客さんと出会った記憶がほとんどないのは、なにかの気のせいかしら。
 案の定と言うか、相変わらずと言うか、カウンターで魔理沙はひとみをきらきらさせながら、じっと魔導書を読んでいる。あれは冗談じゃなくて、ほんとになにもかも見聞きしていないんだから、もうどうしようもない。
 ただ、わたしもようやく慣れてきたから、対策も万全。本を机の上に乗せている時は取りあげてしまえばいいし、きっとたぶんだれかにばれたら困る類の本をエプロンで隠してる場合は、こんな風にしてやればいいんだよ。

「うわっ! なんだよ、驚かせんなよ。って霊夢、それさ、いい加減やめようぜ……」
「あんたが気づかないから悪いんでしょ。それにちゃんとわたし、毎回一度は魔理沙の名前を呼んでからやってるわ?」
 答えは簡単。後ろから堂々と近づいて、おもいっきり抱きしめてやると、大慌てするからとってもわかりやすい。
 いつもわたしにあれこれといじわるするくせに、こんな時だけはきれいな頬にほんのりと紅が差すから可愛いんだよね。
「そりゃあ、馬の耳に念仏とかって、あれじゃないか。それよりもだな、もっとおてやわらかな方法がいくらでもあるだろ」
「めんどくさいの、きらいなんだってば。そっか、あれかしら、もしかして魔理沙さあ、やっぱり恥ずかしいんだ。ねえ、ねえ。恥ずかしいんでしょ?」
「そ、そんなこと、ないし……どうして私が霊夢にハグされたくらいでいちいちどきどきしなくちゃ……ああもう、いいからほら、さっさと離せよ、離せってば!」
 うんうん、そういう素直じゃないところ、きらいじゃないよ。
 でもさ、それってあからさまな照れ隠しだもんね。まるっきりばればれだから、もっと続けたくなっちゃう。
「やだ」
「いや、子供じゃないんだからさ」
「……惚気てくれたら、考えてあげてもいい」
「好きだぜ」
「棒読みなんだ?」
「ひ、緋色の瞳に、永遠の愛を誓おう」
「なによそのクサい台詞。もっと自然体で言って」
「あーもうわかったわかった参ったよ私の負けでいいから離してくれよ! めちゃくちゃ恥ずかしくてたまったもんじゃない!」
 わたしのことをないがしろにする魔理沙が悪いのであって、わたしはこれっぽっちも悪くないし、完全な自業自得と言うやつだ。
 お互いの吐息が近くなると、どきどきが止まらなくなるあたり、ほんとうは共犯なのかもしれない。片想いのすれ違い――今はそれでもいいかなって、なんとなく思ってるんだけどね。
 たったひとりだけの、たいせつなひと。そっとわたしがひとりで、ふわり想いを馳せていたらきっと大丈夫だから。そう勝手に納得して、抱き寄せた身体を解放してあげる。てのひらに残るぬくもりが、とてもやさしかった。
「それにしても、今日も暑いわね。毎年こんな感じだったら死んじゃうわ」
「いや、それ、霊夢が抱きついてきたからだろ。自分で勝手に倍々にしてるだけで、私はこのとおりクールだぜ」
「だからおすそ分けしてあげたの。おかげさまですっきりしたわ。ところで、あんたのほっぺたは真っ赤っ赤なの、それは暑くないのかしら?」
 魔法使い見習いの真っ白な肌に、大きな蓮の花が咲いた。残念ながら、本日の主導権はわたしが持っているみたいね。
 わざと聞こえるようにしししと笑い飛ばしてやると、魔理沙かちょっとくやしそうなままとてとてと歩き出して、すぐ近くの河童製冷蔵庫からラムネの瓶を取り出した。
「恋の微熱、あれは夏の熱気と違うやばさらしいぜ。ってことでさ、毎度立ち話ってのもなんだし、ちょっとあがっていかないか?」
 ちょうどこれから店番は母親と交代なんだ。なんて言いながら、まさに気を取り直す感じで、いきなり背中をぽんと押された。
 有無を言わせない魔理沙らしいやり方だと思うし、どうも最初から拒否権はないみたい。よく考えてみたらわたしたち、外で遊んだことすらないね。
 今日は甘えさせてもらって、そのうちふたりでどこか出かける予定でも作ってみようかな。あの太陽の畑なんか、魔理沙にぴったりだよ。うん、そうしよう。
「いいのかな? 邪魔にならない?」
「もちろん大歓迎だ。ちょうど父親は出払っててだれもいないから、ゆっくりできると思うぜ」
 もう決まりだなって感じの上機嫌な魔理沙が、わたしのてのひらを掴んで歩き出した。
 ちょっと、しれっと手繋がないでよ。さっきみたいにぎゅっと抱きしめたりもそうだし、これだって普通に恥ずかしいんだから!
 それでもいやだと言えないってことは、とどのつまりうれしいんだよね。これさ、お医者さんに恋の病かどうか、ちゃんと診てもらった方がいいのかもしれない。

 カウンターの後ろからのれんをくぐると、普通の民家よりもだいぶ奥行きのある空間が広がっていた。
 ふすまで仕切られた部屋が両端にいくつも並んでいて、生活のために使うお茶の間と台所以外の座敷は、ほとんどが商品の保管場所になっているらしい。
 ちょうど廊下の中央にある階段を、魔理沙が軽快な足取りで駆け上がっていく。年季の入った木製の床が軋む音が、どこかとても懐かしい。二階も同様の造りで、その最奥の部屋に入ると――在りし日の、わたしがあった。

 ――セピア色の写真が、美しい虹色を取り戻す。たった六畳間の部屋は、真ん中にちゃぶ台が置いてある以外は、わたしの記憶に残るおとうさんの部屋とそっくりだった。
 こげ茶色の畳。長年の湿気でくすんだ壁。百科事典が置いてある背丈の短い机。部屋に染みついた、たばこのにおい。今そっと手を置いてる、このふすまに寄りかかって、わたしは大好きなおとうさんの後姿を見ていた。
 おかしな妄想が頭をよぎる。ずっと自分はこの家でみんなとつつましく暮らしてて、ちょっとだけわたしより背の低い魔理沙がいもうと……でもわたしに関する記憶は、博麗の儀式においてすべて抹消されてしまったから。
 そんなことは、絶対にありえない。なにもかもが、都合のいい辻褄合わせ。そうだとしても、願わずにはいられなかった。ああ、かみさま、どうか、どうか、あのいっとうのしあわせがありふれた日々を返してください――

「ん、どうかしたか?」
 きれいなソプラノが響いて、ふと我に返る。
「……ここってさ、あんたの部屋なの?」
「いや、違うぜ。残念ながら私のとこは、居住スペースがベッドの上しかないからな」
 けらけらと笑いながら魔理沙はラムネの瓶を置くと、スカートの端を上品な仕草で摘んでぺたんと座った。
 そういうとこ、やっぱりいいお家のお嬢様っぽいよね。そんな皮肉を口走る気力すら、さっぱり湧いてこない。
「それじゃあ、だれが使っている部屋なの?」
「今は空き部屋だよ。私が生まれる前は居候が使ってた。まあ、なんだろうな、修行に来てたやつがいてさ」
「まだ生活のあとが残ってるし、そんな昔の話じゃないよね。そのひとさ、今はどこに住んでいるかわからないの?」
「そいつ、正確に言うと人間と妖怪のハーフらしいんだ。まあ今は竹林の近くで、外の世界のモノを集めながら、小さな古道具屋をやってるぜ」
「そっか……」
 そうだよね。そんな甘くないよね。
 妄想やめようよ。現実なんてこんなもんだよ。
 それでも、どうしても、あの夢にすがりたくて、そっと机の引き出しを開けると、かみさまのいじわるないたずらが仕組まれていた。
 うすいきみどり色の小さな箱。それはおとうさんがよく吸っていた『わかば』ってたばこで――"イマ"と過去がぐるぐるまわって、さっぱり意味がわからない。
 気がつくと、わたしは無意識のうちに、それをひとつだけこっそりとポケットに放りこんでいた。魔理沙が「はやく座れよ」と急かすので、素知らぬフリをしてとなりに座る。
「まあとにかく、ひんやりしてるうちに飲んじゃおうぜ」
 あれこれ考えても仕方ないから、とりあえず思い出は置いておこう。
 なんとなくふたり顔を見合わせて、くすっと笑えるとちょっぴりしあわせ。
 ラムネの先っぽをてのひらで押してやると、ことんと音を立ててビー玉が落っこちた。
 淡い追憶が詰まった瓶の中から、しゅわしゅわと溢れ出す甘い泡にわたしの夢が溶けていく。
 ずっと変われなくて、ひとりぼっちなんだよ、あの日のまま――ぎゅっと結んだくちびるの奥で、ほんとうの気持ちがせつなく胸を締めつけた。
 透明なサイダーみたいにはじける、重ならない夢のあと。あの日に帰りたいなんて、もう絶対想わないって決めたはずなのに、やっぱりわたしはよわむしだ。

 蒼いグラスで揺れる水面から、目の前にある現実を、なにもかも変えられるような夢ばかりを見ていた。たいせつな思い出が置いてけぼりのまま、わたしだけがなりたくもない大人になっていく。
 なだらかな坂道を転がり落ちて、ゆっくりと確実に朽ち果てる、モノクロームの記憶。あのしあわせな日々には、いくら手を伸ばしても届かない。そう悟る瞬間までこそが、ちっぽけな人生の輝かしい過去だった。
 たくさんの夢や希望を叶えたいと語ってみせたけれど、そんな約束なんてなくなってしまったんだから、つまらない毎日を適当に暮らす。汗を掻いたラムネの水滴が、ひとみでうるんだ涙の代わりにキラリ光る。

「それにしてもさ、店番とかマジやってられないんだぜ?」
 そっと置いた瓶の中でからんとラムネのビー玉が揺れて、静まり返った室内が時を取り戻す。
「実家の手伝いなんだから仕方ないでしょ。おこづかいが出ないかなしみなら同情してあげる」
「そもそも、こんないらないもんばっか置いてる店なんて興味ないんだよ。せめてマジックアイテムのひとつでも扱えってんだ」
 ぶつぶつと魔理沙が愚痴り始めたものの、なにが不服なのかいまいちわからない。
 そう言えば、あまりプライベートについて話してくれないから、あれこれと鬱屈が溜まっていたのかしら。
「ある程度は仕方ないと思うんだけどね。もうちょっと大人になって、魔法使いになるまで我慢するしかないんじゃない?」
「それ以前の問題なんだよ。私は一人娘だから、嫌でも後継ぎをやらされる。それよりも親は、特に親父が、魔法使いになることに反対してるからさ」
「長く続いてるんだから、廃業するわけにもいかない、か。まあぶっちゃけ、大人のエゴだよね。でも、ささやかなしあわせのために、守らないといけない約束が、きっとあるんだと思うわ」
 いつもきらきらとしてる魔理沙の表情が、心なしか物憂げに見えた。
 それこそたぶん、複雑な家庭の事情があって、色々と悩んでいるのかもしれない。
 もちろんあんな熱心に勉強してるんだから、魔理沙が魔法使いになりたいって気持ち、とてもよくわかるよ?
 でも、たったひとつ、思うことがあった。あなたのつつましいしあわせを投げ捨てるような真似だけは、お願いだからやめてほしい。
「しあわせ、か。うん、しあわせだよ。たしかに私は、ほんとうに可愛がられて育った。両親のことも大好きだ」
「失ってしまうと、わからなくなるんだよ。あれはもう返ってこないんだって、気づくことがあるの。今がしあわせだと思うんなら、それは手放しちゃいけない」
 それはわたしなりの、さり気ない忠告のつもりだった。
 わたしはわたしのことだけで精一杯なのに、いったい何様なんだろう。
 空っぽのラムネのきらきらと光るガラス玉を見つめていると、きれいな向日葵がほんのわずかうつむいた。
「……霊夢ってさ、夢とか、ないのか?」
 そんなもの、とっくのとうに捨ててしまった。
 うそつき。今もずっとすがっているくせに、まだ強がってる。
 あれは夢や幻なんかじゃない! なにもかもが現実で、とってもたいせつなしあわせだった!
 過去形なんだ。そう、すべては昔の話で、後ろを振り返ってばかりのわたしとは無縁な、未来とか希望、その類のことだ。
 あの日に戻りたい――それが夢と言えるのならば、あると言うことになるけれど、叶わない夢は『ゆめ』じゃないよ。ちゃんと手を伸ばせば掴める希望を、ひとは夢と呼ぶ。
「ないわ。決められてしまったんだもの、居もしないかみさまのせいでね」
 わたしは死ぬまで博麗の巫女で、その運命は絶対に変えられない。
 どうしようもないね。そう諦めることに慣れたら、どれだけ楽になれるのかな。
「それだったらさ、私だって霊夢と同じようなもんだぜ。だれかの勝手な都合で将来を押しつけられるんだから、ほんと迷惑ったらありゃしない」
「……知った素振りするの、やめてよ。わたしは選択の余地すら与えらなかったけど、魔理沙は自分で未来を決められるでしょ。あんたといっしょにしないでよ!」
「霊夢だって、博麗のしがらみがあるだけで、未来を決める権利はちゃんと持ってるよな。引き換えにしたものは後悔しても返ってこないし、もうどうしようもないんだから、まっすぐ前を向いて歩くべきなんだよ」
 なにも言わず、どんとちゃぶ台に拳を叩きつけると、うっすらと蒼い大きなひとみが揺れた。
 こんなわけのわからない絶望感を押しつけられた、わたしの気持ちが魔理沙なんかにわかるって言うの!?
 どこが同じなのよ。夢は望んだかもしれない。だけど、あれは現実で、ただ意味もなく、この幻想郷の仕組みによって奪われたんじゃない!
 もしもわたしが夢や希望を持っていたとしても、あのしあわせな日常を捨てようとは絶対に思わない。しあわせを自覚してるのに、しあわせを捨てるなんておろかすぎるわ!
 くだらない。夢見る季節なんか、とっくのとうに終わったの。昨日より明日がすてきな日々になる、それってほんとかな。わたしは帰りたい。在りし日のわたしがいた場所に――明日や未来なんて、もういらないよ。
「まっすぐに歩いてるわ。わたしは博麗の巫女としての未来を受け止めた。だからなんなの? それ以上があるっていうわけ? まさかそれがしあわせなんて言いたいの!?」
「……その運命を抱え込んだお前は、とてもつらいんだよな。霊夢が失ったしあわせは、もう戻ってこないから。でも、後ろを振り返ったって、さ。だから、またいっとうの夢を、私といっしょに探そ――」
「ふざけるのも大概にしてよ! 夢に夢見るのはあんたの勝手。それにあれこれ口出しするつもりもない。でもね、今持ってるしあわせをみすみす手放すような馬鹿は、そのたいせつさに気づいてないだけよ!」
「たとえ叶うことのない夢だって、追い続ける努力に価値がある。なにかを失うことを恐れて、なにもしないよりずっとマシだ。それに、だってさ。考えてみろよ。夢としあわせは、まったく同じ意味なんだぜ?」
 その意味はちゃんとわかってたよ。でもどうしても飲みこめないから、じいっと魔理沙をにらみつけた。
 一途な想いが、心をくしゃくしゃとかきむしる。もうそんなものなんて、祈りの先にさえないんだってば!
 なにもかも、やるせない平行線。なさけないよね。あなたの言葉がまっすぐで、ただくやしかっただけなの。
 それでもわたしは、とてもみじめで、みっともなく意地を張って、なりふりかまわず強がることしかできなかった。

「夢やしあわせなんかいらないわ。そんなものにすがらなくても、わたしはひとりで生きていける」

 冷たい心からめくれてるささくれが、ちくりと痛む。すっと立ち上がって、魔理沙に背中を向けた。
 これ以上話したところで、どうせすれちがってばかりだろうし、とめどない今日を悔やんでも仕方ない。
 すたすたと歩く後ろからあれこれと叫ぶ声に聞こえないフリをして、夢のかけらが散らばっている部屋から立ち去った。

 ふんわりと夢現な感覚が残っているせいか、軽い立ちくらみがする。来た道を戻ると、魔理沙のおかあさんがお留守番をしてるはずのお店には、なぜかどうしてかだれもいなかった。
 ふと、思う。魔理沙は、わたしに共感してほしくて、あんな話をしたのかしら。決められた未来がいやで、今のしあわせを犠牲にしても叶えたい、魔法使いを目指す夢――ひとりはつらいけれど、ふたりなら頑張れるから。
 そんなたいせつな感情を、わたしたちは共有してたのかもしれない。最後に吐き捨てた感情の裏側を、ほんとはだれかに伝えたくて、わかってほしかった。ただ、さびしいよと伝えられない無力さを、ひとり嘆く空は蒼い。

 ――人影もまばらな大通りを、とぼとぼと歩いた。小さな子供たちが、かくれんぼして遊んでる。あんな無邪気に笑ってるだけでよかったのに、なんであんなこと言っちゃったのかな。
 いつの間にかあまりにも遠い世界まで来てしまったわたしは、もうあの日の『わたし』には戻れないから――追いかけてきてほしかった。魔理沙に「追いかけてきてよ」なんて、いまさらわたしが言えるはずもなかった。
 蒼い空よりも、星のような蒼いひとみと、きらめく向日葵が見たい。重ねたてのひら。むすんで、ひらいて。繋いだ想いがわたしのたからものだったのに、それも今なくしちゃった、ごめんねって言えなくて後悔した夏の日――





  ◆ ◆ ◆





 これまでどおりなにもかもやる気がなくて、それに魔理沙のところへ行くきっかけも失ってしまったものだから、ただでさえあれな自堕落っぷりはひどくなるばかりで、ほんとうにどうしようもない。
 知らないひとがしあわせそうに笑ってる――ひとりぼっちなわたしのための孤独は、とてもさびしいものだった。行き場所を見失ったひとかけらの希望が、万年床のそばでくしゃくしゃになって転がっている。
 あのさ、魔理沙。夢を探しに行こうよ。そんなほんの少しだけ見えた未来を、手紙にしたためてみようとしても、みじめで、むなしいだけで。枯れることのない涙をぬぐって、わたしは今日もいつかの空を探して宙を舞う。

 異変なんか起きたらやってられないわ。そんなことをぼんやり考えながら、オレンジ色の世界を背負う帰り道――ちょうど神社へ伸びる参道から、白い閃光がきらめいて消えた。
 高度を落として地上に目をやると、小さな妖魔と人間の姿が見える。こんなところに迷いこんでしまうあたり、お腹が空いて血迷ったのかしら。退治しなくちゃいけないこちらの手間くらい、ちょっとは考えてほしいわ。
 そっと御札を取り出し、両の指で挟んで狙いを定めようとしたら、ふと視線が泳いだ。黄金色のロングヘアーをなびかせながら、なぜか大きな風呂敷とほうきを持って、あのすてきな笑顔をくれた女の子が逃げ回っている。
 ど、う、し、て――そんな思考の猶予は一瞬、力を封じる御札を打ちこむと、あっさり妖怪は倒れた。その様子を見てた魔理沙がふんわり笑うものだから、どんな顔をしたらいいのか全然わからなくて、とっても気まずい。

「ちっ、あれくらい、私でもなんとかなったのに、余計なことしやがって……」
 いつもの生意気そうな態度を見てると、可愛くないやつなんて思うのに、なんだか安心してしまう。
 ねずみ色が濃くなっても、太陽みたいな笑みがとてもまぶしくて、恥ずかしいから、つい目を逸らした。
「ひとに助けてもらって、そんな態度なんだ。ちゃんと対抗策があるんならあれくらいさ、逃げ回らないで戦いなさいよ」
「そ、それは再詠唱までの時間稼ぎで……ま、まだ魔法が使い慣れてないから、ちょっと苦戦してたってだけなんだからな!」
「……ふーん、でもこいつ、傷ひとつ負ってないように見えるんだけど、気のせいかしら。まあ手加減してあげてたとか、そんな余裕あるなら手助けはいらなかったわね」
「ほんとそうだぜ。余計なお世話ってのは、こんな時に言う台詞なんだな。でも私はめんどくさいことは嫌いだし、その、ええと、なんだ……正直さ、助かったよ。ありがとう」
 わたしと魔理沙、全然変わらないね。なんかそれだけで、すごくうれしくなっちゃった。
 だって、さ。ちゃんと追いかけてきてくれたんだもの。わたしの性格がひねくれてるから、自分から会いに行けないってこと、わかってくれたんだね。
 なんにも言わなかったのに『またね』の約束、きちんと守ってくれた。遅いよなんて文句のひとつも言いたくなるけれど、みんなチャラにしてあげるわ。
「でもさ、どうしてそんなに荷物、たくさん抱えてるの?」
 さり気ない疑問を口にすると、魔理沙は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
 そもそも、ここまで訪ねてくる必要性なんかなくて、八百屋なり乾物屋で待ち伏せしてたら安全なのに、あえて危険を犯す意味がわからない。
「……私さ、実家から勘当されたんだ。霊夢といっしょになっちゃったな。私もひとりぼっちだぜ」
 あれほど、今のしあわせをたいせつにしてよって釘を刺しておいたのに、あんたってやつは――喉奥で引っかかった声を、必死に押し殺した。
 なぜこんなことになったのか、それは容易に想像できる。魔法使いになりたいと言い張る魔理沙と両親で喧嘩になった挙句、最悪の結果として家を飛び出してきたんだろう。
 でも魔理沙は、博麗の名に縛られたわたしとは違うから、まだいくらでもやり直せる。どうせあの時のわたしと同じで、わかっていても受け入れてくれない。それでも、たいせつな家族の絆は、失ってほしくなかったから。
「まだ、間に合うわ。大丈夫よ。しばらく居心地は悪いかもしれないけれど、親御さんに心配かけないうちに戻った方がいい」
「残念だがお断りだぜ。それにもうさ――この前に話したうちの居候だったやつの店に行ってきて、魔法の森の廃墟を使えるようにしてもらう手はずになってるから」
「……今持ってるしあわせは、たいせつにしてほしい。それがかけがえのないものだと、感謝しなくちゃいけないの。あんた、あの時にわたしが言ったこと、もう忘れたの?」
「もちろん、ちゃんと覚えてるよ。ただ、しあわせの代わりに、夢にすがって生きることにした、たったそれだけだぜ。それとあれかな、私さ。ちゃんと霊夢の想い、わかってあげられなかった」
 そこで一度言葉を切ると、陽だまりの向日葵がふんわりと微笑んだ。
 べつに、だれにも、わたしのことなんか、わかってもらいたくも、ないわ。
 うそをつくのは、もうやめようよ。それが家出のついでだとしても、魔理沙は自分なりに必死に考えてくれてたんだ。
 こんなわたしを、たいせつに想ってくれて……うれしいよ。とっても、うれしいの。それなのに、ありがとうもごめんねも言えない弱さと、心の親知らずが痛くて泣きそうだった。
「でも――」
「夢やしあわせなんかいらないとか、ひとりで生きていけるとか、そんなこと言うなよ。大人にはなりたくないけれど、くだんねえなと思う明日や未来も頑張って生きてみたら、夢は必ずどこかに落ちてるはずだからさ」
「……ずっと、そう思える強さがほしかったの。ううん、手に入ったわけじゃないわ。でも、わたしは、どうしても、失われた記憶から逃れられないの。だから、魔理沙みたいに、前を向いて歩くことなんかできないんだよ」
「毎日適当にやってさ、ええと、飯食って、掃除洗濯と、あと霊夢の場合は厄介事か、それが終わったらけらけら笑えばいいんだよ。いい加減でいいじゃん。しあわせのかけらなんて、そこらへんにいくらでも転がってるぜ」
 なんとなく、だけど。魔理沙の言いたいことが、とてもよくわかる気がする。
 ありもしない記憶の面影をしあわせと重ねてしまうから泣いてしまうだけで、とりあえず"イマ"がそんなにつらいわけじゃないから。
 ありがたいことに予定なんかないんだし、わたしのやりたいようにやればいいわ。それこそこんな生活だって、わたしが歳を取って振り返ってみたら、ささやかなしあわせだったと思えるかもしれない。
 ほんのちょっとだけ、視点をずらしてやればよかった。前だけを見て、後ろをなるべく見ないように……なかなかうまくできなくても、魔理沙と笑いあったあの日々が続けば、きっと自然にできるはずだよね?
「そうかもしれない、ね。つまらない毎日でも、ふとしあわせだと思える瞬間が、もしかしたら来るのかな」
「お、霊夢にしてはものわかりがよすぎて、軽くびっくりしたぜ。そんなに退屈な日々なら、私がいくらでも変えてやるよ」
「それって、なんかあんまりよくない気がする。って言うか、あんたといるともれなくトラブルに巻き込まれるってイメージしかないわ」
「失礼なやつだな。それさ、私は私で自由気ままにやってるだけなのに、周りが勝手に首突っこんできてるだけだろ。まったくさあ、ひとのせいにするのもほどほどにしとけって感じだよな」
 そんなことを平然とのたまうと、魔理沙が軽快な足取りで神社の方へ歩いていく。
 なんというか、すごくいやな予感がした。それ以前に、99.9999999%くらいの確率で、大正解だと勘が告げている。
 わたしと会うために来てくれたことは素直にうれしいものの、まさかそれはないよね。ね、ね、そうだよね。だって、色々あると思うの。ほら、心の準備とか、ね?
「ちょっと魔理沙、どこ行くのよ」
「ん、そりゃ博麗神社に決まってんだろ。勘当されたって言ったじゃん。それで宿無しだからさ、しばらく……と言っても三日くらいって話だったけど、霊夢んとこ世話になるから。んじゃ、よろしく!」
「ななななななななななななにあんた言ってんのよ! わたしがうんともすんとも許可すら出してないのに、そんなとんでもないこと勝手に決めないでよ! ちょっと魔理沙! ひとの話ちゃんと聞きなさい!」
 その居候のお店とやらに泊めてもらえばいいじゃない。せめて違う知り合いはいないの。なんてあれこれと文句を言ってみても、あの時の仕返しとばかりに魔理沙は無視を決めこんだ。
 なにか言葉が返ってきたところで、どうせ適当な理由で誤魔化すんだろうからどうしようもない。それこそ『人間諦めが肝心なんだぜ』とか無言で主張してる気がして、むやみやたらとくやしいから困ってしまう。
 とにかく魔理沙を引き止める手段がないっぽいので、あれこれと今現在の状況を整理する。1.2.3.4.5秒と考えて、すぐ飛んで帰って掃除しようと思った。あ、ずるい、とか聞こえたけれど、石段くらいは自分で登りなさい。

 もう見飽きてしまった参道。どこまでも続かない道。閉ざされた世界を繋ぐ道。それがなぜか今だけは、あの地平線の彼方、素晴らしき未来に誘う道――やさしく髪をすいてくれる夕凪の風が、とても心地良かった。
 そっと境内に舞い降りて、ぱたぱたと縁側まで走り出す。そのままあけっぱなしのふすまから居間に入りこんで、食べかけのおせんべいやら浅漬けのようなお茶っ葉とか、あれやこれやのごみくずを片っ端から投げ捨てる。
 私室にしてる六畳間はさらにひどかったので、ずっとお世話になっている万年床にご退場いただいたり、魔理沙宛ての恥ずかしい手紙を捨てたりだとか、いつもの二倍以上の速度で動いて、なんとか体裁だけは取り繕った。
 夕食はどうしようかな、台所の食材を漁りながら冷たい麦茶を用意していると、いつの間にか本殿から入ってきたらしい魔理沙が、ちゃっかり居間に座っている。蒼いひとみがきらきら、まるで無邪気な子供みたいだった。

「しっかしクソ長い石段だったぜ、あんなもんがあるから参拝客が途中で帰るんじゃないのか」
 それはわたしのせいじゃないし、そんな大きな風呂敷を背負ってたら、さらに長く感じると思うわ。
 ちゃぶ台に湯呑みを置いて、ちょこんと魔理沙のとなりに座る。ようやく過ごしやすくなってくる時間帯とは言え、さすがに真夏だから微風も生温い。
「そもそもさ、そんなたくさんの荷物なんだし、どうせ戻るんだから、知り合いのお店に預けてくればよかったんじゃないの?」
「ああ、それは無理。あいついくら口止めしても、絶対風呂敷開けて見ようとするからな。私の宝物が商売道具として売られちゃったら、たまったもんじゃないだろ?」
「どんなひとなのよ、ってヒトじゃないんだっけ。まあどちらにしても、魔理沙といっしょで変わってるのね。ぶっちゃけて言うと、そこまでたいせつなものが入ってるとも思えないわ」
 そんなことはないぜ、これはああだこうだで――もはや恒例となりつつある、ものすごくどうでもいい話が始まった。
 とても久し振りで、相変わらずな魔理沙の声を聞いていると、ほっと安心してしまう。きっとたぶん、わたしのしあわせは、あなたのすてきな笑顔に隠されてるんだよ。
 知ってしまったの。意識してしまったんだから、どうしようもないんだよ。そう、桜のかんざしを見つけ出してくれた時の、雨ニモマケズ、風ニモマケズ、まっすぐな微笑みをたたえている向日葵。
 あれが今のわたしにとって、いっとうたいせつな、あの在りし日の思い出を書き換える夢になったらいいな。魔理沙のおかげで、ようやくわたしは『夢』を見るということを思い出した。
「ところでさあ、この家は夕飯時なのに食事が出てこないのか?」
「なんなのそのお客様気分。突然転がりこんできたあんたに食わせるご飯なんてないわ」
「なるほど、霊夢は料理ができないのか。奇遇だな、私も全然出来ないから安心していい」
「どこをどう解釈したらそうなるのよ! わたしは魔理沙と違って、最低限はできるもんね! それで一人暮らし始めようなんて甘すぎるわ!」
「あれだろ、どうせ炊きこみご飯とか卵雑炊とか、簡単なものしか作れないってオチ。なんか胸元とか発育悪そうだから、まともなもん食ってなさそうってことはわかるぜ」
「ちょっとあんたそれ馬鹿にしすぎじゃない!? そ、それはつつましいかもしれないけれど、わたしだってお年頃の女の子なんだから、それはそれなりにちゃんとしてるってば!」
 ものの一瞬で、現実に逆戻り。さすがお嬢様育ちは格が違うわねとか言いながら、おもいっきり豆腐の角でぶん殴ってやりたくなった。
 それはともかくとして、あまりにも急だったから、さすがに献立が思い浮かばない。元からあまり料理を好んでこなす方でもないし、まあ残ってる食材を使った適当なものでいいかな。
「……飯、ないの?」
「なくなったの。あんたの発言のせいで」
「それってさ、ごめんなさいしてもだめ?」
「くちびるに指添えて、可愛い子ちゃんぶっても無駄だから」
「あのね。私、もうお腹ぺこぺこなの。れいむ、ご、は、ん、ま、だ?」
「はいはい。そんなわざとらしく甘ったるい声で言わない。その可愛くしてればなんとかなるって思考やめて。正直超うざいから」
 チッと魔理沙が軽く舌打ちをして、麦茶が残ってるわたしの湯呑みをひったくった。
 そうやってぞんざいな態度で示す方が、どちらかと言えば魔理沙らしくていいと思う。一般常識的に考えると、あまりよろしくはないかもしれない。
 からかってやるのも楽しいけれど、いい加減わたしもお腹が空いてきたので、ゆっくり席を立って台所へ向かう。その様子を見て満足したのか、魔理沙がごろんと横になったので、ちゃんと釘を刺しておくことにする。
「魔理沙。あんたはお風呂掃除と湯沸しね。あんだけ走り回ったんだから、汗びっしょりでしょ?」
 えーって感じのあからさまにいやそうな顔をしてるので、笑い声を噛み殺して背中を向けた。
「マジかよ。ほんと勘弁してくれよ。あれだけ一生懸命頑張ってここまで来たんだからさ、それくらいは免除されてもいいと思うんだ」
「働かざるものなんとかって言うでしょ。これでおあいこってことにしてあげる。ちょうどお風呂が沸くころにはできてるから、ほらさっさと準備しなさい!」
 ぶつくさと文句を垂れながらお風呂場へ消えていく魔理沙を見送って、ひとりでくすくすと笑ってやる。
 さて、わたしも有言実行しなければと思い、冷蔵庫から余った食材を取り出す。長ねぎとたまねぎ、しめじとしらたきと焼き豆腐を、とんとんとひとくちサイズに切り刻む。
 しょうゆやみりん、そして隠し味にお酒と昆布を混ぜて割り下もできあがり。お世辞にも料理のレパートリーが多いとは言えないし、それ以前にめんどくさいので、ずばり内容は0.1秒ですき焼きに決まった。

 夏真っ盛りなのに、さらに汗を掻きそうなお料理でいいのかしら――そう考えなくもなかったけれど、切り揃えた具をお鍋に並べて、余りと手打ちうどんをお皿に盛りつける。
 そのまま居間へ料理を運んでいると、お風呂場から怪しい音が聞こえてきた。あいつ、なにやってるんだろ。ぶっ壊したらただじゃおかないんだから。そんなひとりごとをつぶやきながら、ふたり分の食器を並べていく。
 余裕でわたしの方が先に終わると思ってたのに、ちょうどぴったりなタイミングで魔理沙が戻ってきた。そしてくつくつと音を立てて味が染みこんでいく食材を見つけると、きらりきらめく蒼いひとみがぱちくりと瞬いた。

「お、すき焼きか! うまそうだな! いいな、いいな!」
 なぜかすすけてると言うか、なんか焦げ臭い魔理沙が、あどけない子供みたいな声ではしゃぐ。
「ねえ、あんた。お風呂さ、ちゃんと沸かせたの?」
「おーばっちりだぜ。使い方がよくわからなかったから、ちゃっちゃと魔法で終わらせたぜ。それよりも、さっさと食べよう。ほら、はやく、はやく!」
 比較的マジでお風呂が爆発してるかもしれないと、つい頭を抱えそうになってしまう。
 そんなわたしなんか完全無視、お皿に添えてあった溶き卵をかき混ぜながら、もう待ちきれないって感じで魔法使いが催促を繰り返す。
「うん、それじゃあ、いただきます」
「……いや、うんって霊夢、これさ、すき焼きなんだろ? とても重要なものが欠けてないか?」
「さあ、なんのことかしら。わたしのおうちは代々これが普通なんだけれど、なにかご不満でも?」
 箸を持ったまま、魔理沙が固まっている。なにかおかしいのかしら。どこからどう見ても完璧なすき焼きだ。
 しなっとしてやわらかくなった長ねぎたまねぎ。たっぷりと割り下を吸ったしらたきやお豆腐。ほろほろと口でとろけそうなしめじ。
 栄養満点。食べても太らない。軽い晩酌なんてつけてあげたら、それこそ至高の一品に変わる。そんな料理のどこが不満なのか、さっぱりわからなかった。
「お、に、く、は?」
「もちろんないわよ」
「……菜食主義者とか、その類?」
「ううん、お肉とかぱくぱく食べちゃう」
「その、精進料理しか出せなくて、いやぶっちゃけ、もしかして食材を買うお金がない?」
「まあ、ちょっとだけ当たってるかも、ね……ううん、ただお目当ての品がないと、どんな顔するのかなと思って」
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁなんなんだよ意味がわかんねえよ、私は肉が食べたいんだよ!」
 ちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いで叫ぶ魔理沙が「この裏切りもの!」なんて目でこちらを見るので、わたしはいじわるく笑って席を立った。
 ひっそりと本殿の端っこから隙間を通って、腐食を防ぐ結界を敷いた保存庫からお肉を取り出す。ついちょうどこの前の妖怪退治でお肉屋さんからいただいたもので、きっとたぶん上質なものだ。
 それを持って居間に戻ったら、ふんわりと漂う出汁の香りに目もくれず、魔理沙がしょんぼりしていた。それも束の間、わたしが片手に持っているものをあざとく見つけ出すと、いきなり飛びついてきそうな勢いで騒ぎ始めた。
「おいなんだよ! ちゃんとあるならあるって言えよ! はやく、はやく、もう腹ぺこなんだって!」
「わかってるわよ。そんなに焦らないの。まず落ち着いて座る。お嬢様らしくお行儀よくしなさい。それからちゃんと野菜も食べること」
「うるさいなあ、いちいち細かいこと気にすんなよ。なにをしたって私はそれっぽく見えるから心配ないぜ。ほら、だから、さっさと肉を入れてくれ!」
 くちびるからよだれが垂れてるし、全然説得力ないんだけど、まあいっかと包みを開く。
 真っ白できれいな脂の筋が赤身の間に幾重も入っている、いかにも値が張りそうなお肉だった。
 これ、正直さ。魔理沙なんかに振る舞うの、もったいないよね。しかし時既に遅し、おとなしく観念して鍋の上に牛肉を乗せると、みるみるうちに色が変わっていく。
「それじゃあ、いただき「いただきます!」
 わたしが最後まで言い終わる前に、魔理沙は速攻で箸を伸ばしてた。
 もぐもぐとお肉を頬張る表情は、それはもうしあわせそうで、わたしまでうれしくなっちゃうほどの、とてもすてきな笑顔だった。
 おいしいおいしいと連呼しながら、またすぐに次を口へ運ぶ。案の定と言うか、片っ端から放りこむ肉だけどんどん食べて、他の具に全然手をつけないあたり、なんともしようがない。
 あのさ、わたしの分まで食べちゃだめだってば、ちょっとは考えてよね。そんな言葉も、なぜか喉元でつっかえた。わたしだって、お腹は空いてるよ。ただ、なんか魔理沙の笑顔を見てたら、どうでもよくなっちゃった。
「こら。お肉ばっかり食べないの。野菜も食べなさいって言ったでしょ」
「育ち盛りなんだからさあ、これは仕方ないことなんだぜ。まあ肉がなくなってから考えればいいんだよ」
「そういう問題じゃない。はあ、それにしてもあんた、そういうとこだけは、ちゃっかりしてるっていうか……」
「それだと言い方が悪いな。これは機転が利くって言うんだぜ。ところで、お代わり。今日なにも食べてなかったからさあ、ほんとご飯がおいしいな!」
 あの傍若無人だったかって言葉がぴったりな魔理沙は、ひたすら食べることに集中していた。
 たまに発する言葉なんか「お肉まだ?」と「ご飯おかわり」だけ。ねぇ、ちょっとくらい、かまってくれてもいいんじゃない?
 ふと、自答自問を繰り返す。それにしてもわたしってさ、こんな甲斐甲斐しい性格だったかしら。こうして黙って追加の牛肉を入れてあげたり、わざわざご飯をよそってると、魔理沙のお姉ちゃんになったような?
 でも、なんだろう、やっぱり妹に世話を焼いてる感じとは、まったく違って……うれしい。すごく単純に、とってもうれしかった。いっとうのたからものを手に入れた子供みたいに、ふわっと笑顔が零れてしまう。

 そんなこんなで、お肉があっという間に品切れになってしまい、代わりにうどんを入れてあげてもだめで、あれほど散々口をすっぱくして言ってやったのに、魔理沙は最後まで他の具財をほとんど食べなかった。
 なにがきらいとかもないらしく、ただの気まぐれっぽいからあきれてしまう。しなっとなったねぎとか、味が染みたお豆腐なんか、ほんとうにおいしいのにね。かなりしょっぱいから、ご飯のおかずとしてもぴったりだよ。
 せっかくのご馳走はさっぱり食べられなかったけれど、たくさん野菜を食べたせいか、わたしもお腹いっぱい。きれいに空っぽの食器を片付けながら、ご満悦な様子で座布団を枕にして寝っ転がってる魔理沙に声を掛けた。

「ご飯食べたあと、すぐ横になると豚になるのよ。テキトーにごろごろしてるなら、先にお風呂入っちゃいなさいよ」
 そんなん知ったこっちゃないぜ。なんて素振りでしししと笑いながら、いきなり魔理沙が起き上がって、食器運びを手伝い始めた。
 なんか、いやな予感がする。わたしの場合のそれは、だいたい当たるからきらいだ。もしかしたら、明日は雨とか槍とか、おかしなものが降ってくるかもしれない。
「そうだな。私も手伝ってやるからさ、いっしょに入ろうぜ」
「ごめん、ちょっと聞いてなかったわ。聞こえなかったことにしていいかしら」
「意味のわからないこと言うなよ。あれか、もしかして、あれこれと恥ずかしいとか?」
「ななななななななななななに言ってんのよあんた! どうしてわたしがいちいち、その、女の子同士で、なんの引け目を感じなくちゃいけないのよ!」
「いやあ、なんか発育悪そうとか言ったら、顔真っ赤にしながら必死に弁解してたじゃん? 実は着痩せするタイプとかあるしさ、まさかの霊夢が意外と大人だったりしたら、私がショックで倒れるぜ」
 ああもう、こいつはなにを言ってるんだ。わたしだって女の子らしい部分はゆるやかな感じで膨らんでるし、ちゃんと大人になってるってば!
 それは、他の子と比べたことなんかないし、もしかしたら魔理沙より残念かも……ぶんぶんと首を横に振った。このピロートーク上等のペースに巻きこまれたら、きっとわたしの負けだ。
 ううん、勝ち負けとかってなんだ、そもそもどうでもいいんだから、ただふたりであれこれと話してるだけで楽しいよね。そんなさり気ない小さなしあわせが、ふうわりと心をあたためてくれる。
「あら、それだとたぶん魔理沙が死んじゃうから、やっぱり無理ね」
「おっともう後悔しても手遅れだぜ。まあどうせなんだからさ、ふたりで入った方が楽しいだろ?」
「うん、それはわたしも同意見。それじゃあ、さっさと終わらせちゃおっか、さっとでいいから拭いてもらってもいい?」
「オッケー。私もいい加減、料理のひとつくらいできるようにならないとなあ。こっそり霊夢に教えてもらうって方法もありかもな」
 すてきな笑みで返してくれた魔理沙が、とてとてとなりに近づいてきて布巾を取った。
 そのままお洋服の袖をまくって「うん!」と掛け声をひとつ。汚れを洗い流した食器を、てきぱきと片付けていく。
 なぜか呼吸がぴったりで、心がときめいた。こんな面倒くさいことだって、ふたりでやれば楽しくなっちゃうんだね。
「……こうして並んでるとさ。なんかわたしたち、姉妹になったみたいだよね」
 ぽつりつぶやくわたしの言葉を聞くと、なぜか魔理沙は蒼いひとみをくるくるさせて、ゆらゆら視線を泳がせていた。
「ああ、それは私もなんとなく思った。でも霊夢が妹かあ。めちゃくちゃ可愛げないから、あれやこれやと手間がかかりそうだな」
「ちょっと、なんでわたしが妹前提なのよ。どう考えても魔理沙が妹でしょ。こんだけ世話焼かせておいて自覚がないあたり、ほんと困っちゃうわ」
「まあな、霊夢といっしょだと楽しいから、どっちでもいいや。でもさ、不思議なもんだぜ。なんか霊夢のことが気になってどうしようもなくなるんだよ。私ができることなら、なんとかしてあげたいってなぜか思っちゃう」
 そんなだれかを心の底から恋慕う感情を――在りし日のわたしは、たぶん持ち合わせていた気がする。
 それは失われた記憶の断片かもしれないし、あるいは妹に対して抱くありきたりな意思なのか、よくわからないし、わからなくてもいいんだと思った。
 ただ、わたしは、魔理沙が大好き。その気持ちは言葉にならなくて、もどかしくなる時もあるけれど、そっと繋いだ想いでちゃんと伝わっているから、なんにも心配しなくていい。
「……そ、それは、わたし、だって同じ、だよ。その、なんだろ、ほら、ね。ちゃんと、魔理沙の想い、わかってるつもり、だから」
「知ってるよ。今の私の想いが、ふたりだけのしあわせになればいい。そんな夢を、いつか必ず見たいと思ってる。叶えてみせるさ。私たちは世界を変えることができるんだぜ」
 もうわたしはどうしようもないくらい恥ずかしくて、言葉はカタコトだし、だんだん頬も赤くなるわで、ちらりと横顔を見やることさえできなかった。
 どうしてそんな告白めいた台詞をしれっと言えるのかしら。ちゃんと正々堂々と「好きだ」って言ってくれたらいいのに、ほんとあんたったら素直じゃないんだから。
 でも、今はそれすらも『らしいね』ってくすっと笑えてしまうくらい、愛おしくてたまらない。わたしは世界の終わりを求めたのに、魔理沙は白昼夢の始まりを告げた。
 さよならしなきゃいけないあの記憶を塗り替えるような虹色の魔法を、きらきらときらめく向日葵はすてきな言葉に乗せてみせる。うん。いずれ覚める夢だとしても、わたしたちが繋いだ想いを『恋』と呼ぼう。

 そっとふたりで寄り添っているひとときに、言葉なんていらない――こうして台所に並んでるだけでしあわせって、なんかちょっとおかしいよね。ひとりくすくすと笑いながら、ささっと一通りの後片付けを終えた。
 なぜか魔理沙が急かすので、パジャマを持ってお風呂へ。見栄も外見もなくささっとお洋服を脱ぐ様子を横目にしながら、わたしはどうしても戸惑っていた。いまさら恥ずかしいとは、口が裂けても言えないものの……。
 もうどうにでもなれと、先に入った魔理沙の後に続く。肩口で揃えられた黄金色の髪の毛と、真っ白な肌がとってもきれい。なんかいたたまれない気持ちになってしまうけれど、羞恥心みたいな感情は消え失せていた。
 お互いの身体を流し合ったりしてると、ふわり笑みが零れる。それだけでしあわせだったのに、あらゆるピロートーク未遂のせいですべて台無し。あのさ、お尻や胸のふくらみがとか、ほんとに余計なお世話なんだから!

 なんだかんだとふたりで遊んでたせいで、結構な長風呂になってしまった。なんの色気もない寝間着に着替えて、真っ黒なベビードール姿で機嫌上々な魔理沙の髪の毛をセットしてあげることにした。
 さらさらな髪をおろしてる魔理沙も可愛いわ――つい口から滑った言葉でほっぺたを赤らめてしまうあたりが、ほんと愛くるしい。ばっちり鏡に映ってるからもろばれなのに、あわふたと慌てて隠そうとするから面白い。
 くるんとカールしてるあの感じがなかなか再現できなくて、あれこれと指図を受けてなんとか完成。そのあとはやっぱりわたしで、やさしく髪をすいてもらうと、しあわせがふうわりと、桜の花びらのように舞い散った。
 まだ騒いでもよかったんだけど、だいぶ夜も更けてきたし、魔理沙も色々あって疲れてそうだから、おとなしくおやすみなさい。来客用の布団をぴったり並べて敷いて、ぼんやり部屋を照らし出す灯篭のあかりを消した。

「……お泊り会っていいよな」
 なんとなくうつらうつらしてると、タオルケットから魔理沙がひょこっと顔を出して、くすくすと笑いながらこちらを見ていた。
「うん。なんかわくわくするし、とってもいいものだと思うわ」
「しかもふたりきりってさ、なんかどきどきするよな。私だけか?」
「そうね。わたしもだいたい同じだよ。でもどうしてなんだろ、全然わからないや」
 なぜか落ち着かない原因は、あれこれ考えてみても思い浮かばなくて、やっぱり恋の病なのかしら。
 まあ、そんな理由なんかわからなくてもいいし、わかりたくもなかった。今のわたしはしあわせなんだから、それだけでいいんだよ。
「私の場合はさ、そりゃあ霊夢とわいわいやってるのも楽しいけれど、やっと夢が掴めるんだと思うと、めちゃくちゃわくわくしちゃうぜ」
 ずっとああだこうだと葛藤して、ようやく出した答えなんだから、うれしいって気持ちはすごくわかる。
 もちろん不安や迷いだってあったと思う。でも魔理沙は絶対に後悔しない。そのまっすぐな想いを貫き通す強さが、とてもうらやましかった。
「きっとうまくいくわ。なんかそんな気がするの」
「お、そう霊夢が言ってくれるとなんか心強いな。あれだけ大見得切ったんだから、この夢は必ず叶えてみせるぜ!」
「夢としあわせ、か。どこかぽっかりとね、心に穴が開いちゃってる気がするの。かちりとはまるかけらがあれば、わたしも満たされるのかな」
「まあさっきはいずれ見つかるって言ったけど、私はそういう性格じゃないからさ。ぼけーっと待ってるよりは自分から探しに行く方を選ぶし、気が向いたら霊夢もそうすればいいんじゃないかなって思うぜ」
 ついつい、くすっと笑ってしまう。そんな魔理沙らしい物言いが、わたしは大好きなんだよ。
 いっとうの夢を星座のように描き出す、夢を夢見る女の子。どんな夢も叶うと信じ続ける強さが、なによりもすてきでかっこいい。
 それに対してわたしは散々なもので、宛て先も居場所も失った夢や、待ちぼうけのしあわせは、いくら探してみても見つからないし、もうすっかり諦めてしまってる。
 いつか空から落ちてきたらいいな、そのくらいのお気楽な気持ちで生きていけばいいさ――だって、きっとたぶんわたしは魔理沙みたいに、鮮やかな未来がほしいわけじゃない。
 ささやかなしあわせさえあれば、夢なんか持ってなくても生きていけるわ。ただゆったりと、ありきたりな平凡な日常が続いて、今日みたいに笑えたらそれだけで十分だから。
「……わたしは、あんたが叶えたい夢とか、ささいなお話だけ聞いてたらしあわせだから、それでいいわ」
「さり気なく私に投げっぱなしかよ。まあそれもいいさ。たまにふらっと立ち寄って、今日みたいに飯食ってぎゃーぎゃー騒いでたら最高に楽しいからな!」
「毎回タダ飯って言うのも困るから、それとなりにお土産くらいは持ってきなさいよ。それと、あとお風呂はひとりで入りたい方なの。それだけは覚えといて」
「やだね。なんだかんだで私と同じくらいだったじゃんか。それとも、これからが気になるのか? ああ違うか、あんまり私が可愛いから、直視できないとか――」
 また意味のわからない方向だったし、とにかくやかましいので枕をぶつけてやると、おもいっきりやりかえされた。
 お互いに見つめ合って、くすくすと笑う。わたしの夢やしあわせは、こんなたわいないやりとりから感じられたら、それでいいんだよ。
 さっと枕を戻して、もう一度魔理沙を見やると、大きなひとみがうとうとしていた。さてこそ疲れてるんだろうし、あんたの得意な睦言紛いのあれは明日にしてあげるわ。
「うん。そろそろ寝ましょうか」
「えーマジかよ。こんな時間に寝るなんて、ほんと久し振りすぎるぜ」
「まあわたしも夜更かしばっかりしてるから、人のこと言えないんだけどね。とにかくあんた、今日は色々あったんだろうし、ゆっくり休みなさい」
 じいっとわたしを見つめる流れ星がぱちくり、そのあとですてきな笑みを返してくれた。
 あれこれ気遣ってくれてありがとな――そんな無言のお礼がうれしくて、恥ずかしくて、ついかんばせを背けてしまう。
 ようやく見慣れた天井はいつもと変わらないはずなのに、ふわっと心を包むしあわせのせいか、ときめくハートがとまらない。
 くだらないことやあれな話でもいいから、もっと魔理沙と話がしたい。ゆっくり寝かせてあげたいって想いだって確かなのに、どうして矛盾してるのかしら。
「それじゃあ、おやすみ」
「おう。おやすみ、霊夢――」
 あやふやな心の迷いを断ち切るための言葉が、とてもやさしく心に響いて、そっと目をつむると、時計仕掛けうたかたの夢が動き出す。
 ほんの数分で、すうすうとやすからな寝息を立ててしまうあたり、わたしのためにあれこれと無理してくれてたのかなって、どうしても余計な詮索をしてしまう。
 ちょっと外見からするとお嬢様っぽくて超我侭な口の悪いやつに見えるのに、ほんとはだれよりも気遣いがよくできる女の子で、なんかいたずらされても魔理沙なら仕方ないやって、もっとかまってやりたくなる。
 こんな日々がずっと続いたら、わたしはしあわせなのに――そこまで思考が行き着くと、ふとせつなくて哀しい言葉が浮かぶ。ゆめうつつ。これは夢現で、いつか終わってしまう鮮やかな幻で、あの夢の延長にすぎないと。


  ★


 ――ああ、やだってば、それは、わた、し、の……。
 いったいどんな夢を見ているのかしら。わたしはさっきの言葉のせいで、さっぱり眠れなかった。
 もしもこのまま意識を失ってしまったら、魔理沙がいなくなるかもしれない。もちろんそんなことはありえないのに、ようやく見つけたしあわせは霧のように消えてしまう気がした。
 夢から覚めたくないからと、心も身体も眠ることを拒んでいる。それは在りし日の記憶を夢に見てる感覚と同じだった。終わらない夜を祈っても無駄なのに、相変わらずな夢遊病患者は失われた過去にすがっている。
「あ、んっ、れい、むぅ……」
 わたしの名前を呼ぶ声が、もうすぐそばから聞こえてきた。
 あんたの寝相がひどすぎるとか全然聞いてないわ――そんな文句をひとり言いたくなってしまう。
 真綿のタオルケットを蹴っ飛ばして、あちらこちらと布団の上を右往左往した挙句、ひとの腕を勝手に枕にして眠るなんて。
 それ以前に、もうわたしを抱き枕と勘違いしてるような体勢で、ぎゅっと魔理沙が抱きしめてる。ゆらりとたゆたうぬくもりにまどろんで、深い深い夢の奈落まで堕ちてしまいたかった。
「あ、いじわる、しない、で。ちゃんと、ほしい、の……」
 真夏の夜。魔理沙はどんな夢を見てるのかしら。
 夢で会えたら、それはとてもすてきなことだと思う。
 あんたが見てる場所に、ちゃんとわたしはいるみたいだけど、こちらからは見えないわ。
 どきどきして、もどかしい。おもいっきり抱きしめて、絶対に離さないと、わたしだけの夢だと喚き叫んで、なにもかも独り占めしたい。
「いい、よ。いいの、れいむ。わたし、言ったよ。ちゃんと、言ったよ。それなのに、いじわる、やだぁ……」
 ゆったりとコトノハを紡ぐやわらかいくちびるが、いきなりわたしのうなじに触れた。
 ちょっと視線を落とすと、きれいな向日葵が咲いている。やさしく髪の毛をすいてやると、ふわんとシャンプーのいい香りがした。
 いけない。いけない。いくら心をたしなめてみても、だれも『わたし』の言うことなんか聞かない。うっすらと綻んだ花びらを指でなぞってから、自分のお口でしゃぶってみると、いたくいけない気分になってきた。
 わたしはなにも悪くないわ。勝手に抱きしめて、誘い惑わせているの、あんたなんだからね。適当な理由を作って、そっと顔を寄せる。魔理沙の規則正しい吐息が、かぐわしい色香を帯びてほっぺたに吹きかかった。

「ん、はやく、はやく。わた、しからぁ、求められな、い、からぁ。れいむ、れいむ、れい、む、れいむぅ……」

 とっても可愛い。それさ、わたしもだよ。お互い様だよね。だから、きっと今キスしても、ゆるされるんだよ。
 わかってる。そんなことは、わかってるんだ。でも、どうして、勇気が湧いてこないのかな。それも、わかってるんだよね。
 わたしはしあわせを作りたくない。それはあの失われた記憶の複製をするようなもので、たとえばわたしたちが恋人になれたとしても、その想いは永遠じゃないと知ってしまったから。

 いずれはどんな花も朽ちてしまうように、なにもかも残らない。
 たいせつな思い出にすがったって、みじめになるだけだから。たった"現在"よりすてきなものが手に入ったとしても、失くしちゃったらどうしようもない。
 いっとうのたからものだって、いつか必ず色褪せてしまう。それなら最初から知らない方がマシ。今のわたしと魔理沙くらいの関係で、ゆるやかなしあわせが続くとしたら、きっとたぶんそのくらいがちょうどいいんだよ。
 いつだってわたしは、今以上を望むことが怖い。覚悟が決まんないんだ。まだ意地を張ってる。ただ強がってるだけなんだよ。わたしはひとりで生きていける。そんなことなんか、とっくに無理だってわかってるのにね――


  ★


 たったひとり最後まで世界の終わりを見送るような、きらきらときらめく星々のメロディーが落ちてくる長い夜だった。
 今見てる夢も、いつか終わる。日替わりの夢を渡り歩いて暮らす生活がしあわせだとしたら、この地球で生きているひとは随分と苦労しているんだね。それが普通だと諦められたら、わたしも楽になれたのかしら。
 居もしないかみさま、聞こえますか。わたし、かけがえのないしあわせはいらないから、どうしようもなくつまらない平凡な日々をください。すてきな夢は『夢』と忘れさせて。こんな夢みたいなしあわせなんかいらないよ!

 ふと、縁側に座って、そっとてのひらを見る。魔理沙の家にお邪魔して、在りし日のわたしが微笑む部屋から持ち出したわかば。なんとなく小さな箱を開くと、夜風に吹かれてふわんとたばこのにおいが鼻先をかすめた。
 ものは試し、一本くわえてみる。代わり映えのしない日常と、やるせない無常で、ただむなしくなるだけだった。失われたしあわせだからこそ、それはたいせつなものだったと知って、なおさら後悔してるのかもしれない。
 巻き戻せない過去を振り返っても、ひたすらさびしくなるだけなのにね。それでも往生際の悪いわたしは、マッチでたばこに火をつけた。ちょっと吸ってみたら、おとうさんやみんなのこと、もしかしたら思い出せるかな?

「――それさ、外の世界だと二十歳未満は禁止されてるんだぜ?」
 わたしはあえて振り向かなかった。そのいつくしいソプラノが、星の奏でと重なって聞こえるから。
「……吸うつもりなんてまったくないわ。どうせむなしくなるだけだもの」
 指先で遊んでるたばこの先端が真っ赤になって、わずかな紫煙が微風と流れていく。
 夢のあとをぼんやりと見つめていると、すぐとなりに魔理沙が座って、わたしと同じように空を見上げた。
「そう言えば、私さ。まったく霊夢の話を聞いた覚えがないんだよな」
「気のせいよ。あんたに隠し事なんかする気もないし、それこそした覚えもないわ」
「それじゃあさ、教えてくれよ。ある夏の日、あの部屋に残ってた思い出。失われた、記憶?」
 みんなだれしも、話したくないこと、あるでしょう?
 そんな想いの切れ端は、たばこのせいで煙に巻かれてしまった。
 だれかに伝えたい気持ちを隠すこと。それが強さだと、今だって思ってる。
 だからもちろん後ろめたくて、つまり弱さだと躊躇った。だけど、それが『わたし』なんだから、かわまない。
 この心に響く想いを、きらめく夜空に浮かべてみよう。魔理沙に宛てた手紙みたいな、くしゃくしゃにまるめてしまいたい記憶を、ゆっくりと読み返す。
「……たったひとつだけね、覚えていることがあるの」
 がたがたと声が震えて、最初から全然だめだった。
 よく考えてみる。もしかしてさ、ひとに想いを伝える方が、ずっと勇気が必要なんじゃないかな。
「わたしたちがラムネを飲んだ六畳間、あの部屋でわたしのおとうさんは夢を描いていたの。その大きな後姿が、とても大好きだった」
 記憶のパズルが、かちりと嚙み合う。
 たばこのにおいまで、ちゃんと覚えてる。
 知らない方が、しあわせ。あの言葉は、ほんとに正しいよ。
 だんだんとひとみがうるんで、澄んだ空に浮かぶ星が霞んで見えた。
「きれいな夜空を見ながら、たくさんお話を聞かせてくれた。おとうさんの空と星の御伽噺が、楽しみで仕方なかったの。最後の銀河を旅する物語は、主人公がサザンクロスで乗客と別れたところで途切れたわ」
 続きはわからないけれど――そう付け加えると、そっと魔理沙がちいさなてのひらを重ね合わせた。
 なにもかも、ばればれだったのかな。ひとりで強がってたこと。毎日のように泣いてたこと。あの夏の日、追いかけてほしかったこと。
 あの物語に登場する、小指に結ぶ運命の糸なんてものがあるとしたら、わたしの気持ちは魔理沙にもれなく伝わっていた。きっと想いを隠すことなんて、最初から不可能だったんだよ。
「それがわたしのたいせつなしあわせだったけれど、この幻想郷の掟がすべて奪ってしまった。だから誓ったの。わたしはひとりで生きていける。だれにも触れることなく、日陰に咲くたんぽぽみたいに、強くなろうって……」
 そう決めたはずなのに、わたしは涙を流してるんだね。
 この夢を見るといつも泣いてしまうんだから、どうしようもないってわかってた。
 ごめん。ほんとうに、ごめんね。せめて魔理沙がそばにいてくれる時は、ずっと笑っていたかったんだよ。
「でもね、それは無理だったんだ。わかっちゃったの。わたし、魔理沙と友達になれて、ほんとにうれしかった。ひとりは、いやだった。ひとりは、さびしかった。そうなんだよ。強くなんかね、なれるはずなかったんだよ」
 ほっぺたを濡らすしずくがぽろぽろと零れ落ちて、うわんうわんと泣きそうな感情を必死に押し殺した。
 あの魔理沙と出会った日も、こんなさんざめく夕立が降っていたね。わたしの心で降り続ける雨は、いつになったら止んでくれるのかしら。
 何度も、何度も、枯れるまで泣いたのに、天気予報はちっとも晴れにならないの。それでも、ありのままを吐き出したら、ちくっと痛むささくれが剥がれ落ちたよ。
 すっかり涙でにじんだ星空は、もう見えない方がいいのかもしれないわ。だって、思い出してしまうもの。わたしの記憶からは消え失せても、あの宇宙にたくさん描いた夢は永遠だから。
「やさしくされると、それがしあわせになって、消えてしまいそうで、とても怖いの。こうして魔理沙とふたりで過ごす時間だって、在りし日の記憶のような夢になってしまうのならば、わたしはしあわせなんかいらないわ」
 もう夢を見ることを、やめようと思った。
 夢から覚めたい。覚めないといけないんだ。
 もう在りし日のわたしには戻れないのに、いつまでも夢を見ては泣いて、現実に打ちのめされながら強がってる。
 この意気地なし。どうしようもないお馬鹿さん。さっきだって、魔理沙とキスしたら、いっとうのしあわせが手に入った。
 それをみすみす見逃して、まだ過去の記憶にすがろうとしてる。たった一歩でも前に進む勇気があったら、さよならできるはずなんだよ。
 失ったなにもかもすべてと、さよならしたいんだ。そうやって方法論だけが一人前なわたしは、いつまで経っても実行できないだけの意地っ張り。
「だから、もう――」
「はっきり断言してやるよ。私と霊夢を繋ぐ想いは、決して夢なんかじゃないぜ」
「そんなこと、わかってるわ。だけど、それは時が経って、変わってしまうもので――」
「甘く見られたもんだなあ。その霊夢の"ゆめ"さ、私が塗り替えてやるよ。そのまま永遠に変えてやる。そしたらわたしたち、マジでしあわせになっちゃうな!」
 わたしの憂鬱を吹き飛ばしちゃうような元気な声で、魔理沙は自信満々に宣言して立ち上がった。
 そのまま鼻歌でも口ずさみそうな感じでご機嫌らしく、とてとてと軽快な足取りで縁側から居間に戻っていく。
 なにやらがさごそと室内を漁る物音。金品の類は大丈夫だと思うけれど、正直なところ魔理沙がなにか企んでいる時は、だいたいろくなことにならない。
 ひどくみじめな気持ちでわたしはすべてをさらけ出して泣いたのに、なぜかあんたは楽しそうで憎たらしいわ。ああだこうだとひとり文句を垂れながら寝間着の袖で涙を拭っていると、本殿の方から魔理沙が戻ってきた。

「ごめん、待たせたな。それじゃ行こっか」
 わたしの大好きな笑顔をくれるひとは、いつもの可憐なドレスをまとい、その片手にほうきを持っていた。
「……ちょっと、なにを言ってるのかわからないわ」
「空と星とわたしたちの物語さ。この私が自らご招待してやるぜ」
 魔理沙が自信たっぷりに言うものだから、ついくすっと笑ってしまう。
 わたしのやるせない想いはどこへやら。さっきまでのセンチメンタルな感情がだいぶやわらいだ。
「魔理沙、空飛べるの?」
「あったりまえだろ。この幻想郷で私より早く飛べるやつはいないぜ」
「あの新聞作ってる天狗なんかは有名だけど、あんたが魔法をまともに扱えるとさえ思ってなかったわ」
「失礼なやつだな。あのブン屋と競争しても、120%私が勝つぜ。まあ1800光年くらい距離があると、さすがにちょっと時間掛かっちゃうな」
 そんなことを言って、ほうきに跨った魔理沙が「来いよ」と無言で手招きする。
 たぶんいつものわたしだったら、さっさとぞんざいにあしらってやるのに、なんか今はいたずらされてもいいかなって思えた。
 あれこれと吐き出した分、どこか吹っ切れたのかもしれない。そうだよ。ちょっと明日から、変わってみようかな。やっぱり、やめようか。今からじゃあ、ちょっと遅いよね。
「それじゃあ、わたしも着替えてくるわ」
「霊夢もひとりぼっち。私もひとりぼっち。ふたりならふたりぼっちだ。それもいいよな」
「あんたはひとりぼっちじゃないでしょ。それよりも、この姿で外に出るの、ちょっと気が引けるから」
「その心配には及ばないぜ。ここは私と霊夢だけのふたりぼっちの世界だからな。それとさ、そうやって髪おろしてる霊夢の方が、やっぱり可愛いと思うし……」
 さり気に本音が漏れてしまい、しまったと慌てて口を塞ぐものの――残念ね、ばっちり聞こえてしまったわ。
 しれっとあからさまな笑顔を作ってやると、そっぽを向くあたりとても可愛い。そっと縁側から立ち上がって、裸足のまま魔理沙の隣に座る。
 宇宙までとは行かなくても、真夜中の天体観測はロマンチックですてきだよね。はじめてのデートとしては悪くない選択肢だと思うし、ちょっとだけ褒めてあげてもいいわ。
「さ、さて、じゃあ行くぜ。って言うか最初だけ、その、なんだ……ちゃんと抱きついてくれないかな。マジで吹っ飛んじゃうぜ?」
 魔理沙のほおずき色に染まるほっぺたを見ると、それもいいなと思ってぎゅっと抱きしめてやった。
 あのお店で戯れてる感じと、なんか違うような気がする。今のわたしの感情に名前を付けるとしたら、それはあの文字になっちゃうのかしら。
 今は、言葉いらない。心で感じてること、それが正解だから。わたしたちが繋いだ絆から伝う想いさえあれば、このささやかなしあわせはいつまでも続くような気がした。
「うん。これでいい?」
「オッケー。それじゃあしっかり掴まってろよ。幻想郷最高速でぶっ飛ばしてやるぜ!」
 その高らかな宣誓と同時に、ほうきが不思議な力で宙に浮かぶ。しかもだんだんと速くなるわけでもなく、最初から物凄い推進力で空気を切り裂いていく。
 そのスピードはぐんぐん増すばかりで、ゆっくり星を眺める暇なんてちっともなかった。それどころか、ちゃんと魔理沙に抱きついていないと、ほんとうに投げ出されそうだった。
 ちょっと待って、これってただ最速を体験するだけなの――そんな疑問なんて完全に無視。水を得た魚のように、宵闇の空を自由自在に駆け巡る。地上に広がる里の灯かりが、ぴかぴか光るこんぺいとうの宝石箱に見えた。

 わたしたちを乗せた彗星のほうきは、水平方向の進路からゆるやかな傾斜を描きながら、満天の夜空を目指す。ふわふわのわたあめみたいな雲を突き抜けると、そのうちなにもかもが見えなくなってしまった。
 このまま進むとまずい。幻想郷を護るために編んだ博麗大結界に衝突してしまう。こんな速度で突然結界を緩めるなんて無理だ。まさかほんとにわたしを宇宙まで連れて行く気とか、そんな冗談が笑えない現実味を帯びる。
 なんとか魔理沙を止めようと、ぎゅっと掴んだ体をほうきから離そうとしたら――無重力に浮かぶ、まあるい蒼い星が見えた。その向こうでは、黒いうさぎが仲良くお餅を搗いてる。それはまるで、夢のような景色だった。
 真っ暗な空間を鮮やかに彩る星々のおかげで、360度くっきりと見渡せる。ありえないはずの世界の創造。それはわたしみたいな結界を扱う存在の専売特許だと思っていたのに、あっさりと魔理沙は宇宙を作り上げてみせた。
 そのうち地球も遥か彼方、名も無きヒカリの間を潜り抜けると、ゆっくりとほうきの速度が落ちていく。そしていきなり、魔理沙が前方を指差す。その先にそっと目をやると、白い十字架が永久の静寂をたたえて立っていた。

 ――銀河ステーション。銀河ステーション。
 どこからともなく、不思議な声が聞こえてくる。
 それはもうすべてが、あのおとうさんの物語とまったく同じだった。
「ハルレヤ。ハルレヤ」
 そうわたしがささやくと、にいっと魔理沙が微笑んだ。
 あの北十字を見ると、ハルレヤと鉄道の乗客は真摯な祈りを捧げる。
 やすらかな日々。いっとうのしあわせ。きっとだいたい、そんな感じなのかな?
「ここからはゆっくり飛ぶからさ、そんなぎゅっとしなくても大丈夫だぜ」
「うん。でもさ、どうして魔理沙がこんな魔法……独学だとしたら、ちょっと信じられない」
「ただ私も、空や星が好きだったってだけさ。だからこれが、たったひとつだけの魔法。まさか霊夢のために使うなんて思わなかったぜ」
 そうはしゃぎながら繋いだてのひらがとてもやさしくて、なんだかわたしは泣きそうだったんだ。
 そんな表情を見せたくなくて、片手だけで抱き寄せて横に座る。ただ空に浮かんでる感じで、魔理沙のぬくもりと息遣いだけが伝う。
 だれもいない、ふたりぼっちの世界。わたしたちはずいぶんと遠い場所まで来てしまったんだね。このままさ、迷子になっちゃって、帰れなくなってもかまわないわ。
「あ、見てよ魔理沙! アルビレオ!」
 きれいな蒼い玉と紅い玉が、対となって輝いていた。
 ぼんやりと青白く光るデネブからはくちょう座の先、ちょうどくちばしのあたりで瞬いている。
 くるんとまあるいそれは、魔理沙のひとみみたい。もう片方がわたしだったら、とってもすてきだね。
「あれさ、わたしたちとそっくりだよな」
「……今ちょうど、まったく同じこと考えてた」
 なんとなくお互いを見合って、くすくすと笑った。
 たったそれだけで、しあわせなんだよ。こんなささやかなしあわせがあれば、ずっと生きていけるよ。
 過去のしあわせにすがる必要なんて、これっぽっちもないんだ。あきらめないでと励ましてくれた魔理沙の背中を、あの記憶の面影と重ねてしまう。
「そうそう、白鳥の停留所は追い越すから。ちなみに今霊夢が持ってるそれも、天上どころか宇宙の果てまで行ける特別な切符なんだぜ!」
 その切符なんだけど、もらったり渡された覚えもないわ。宛てのない手紙やら、夢のあとが残った記憶ならあるけれど、それで十分ってことかしら。
 ひとり勝手に納得して、あちらこちらに散らばる星々を見て回る。そっと手を伸ばせば、あの空まで届くと信じてた。あのころのように信じ続けることができたら、またわたしはしあわせになれるのかな。
 それが正解だってわかってるくせに、ただ遠回りをしてたんだよ。きらめく星空の中心で、コトコトと希望が沸き立っていた。彗星のほうきはきれいな尾を引きながら、いつくしい粒子と白い閃光の波を越えていく。
「見て見て! 今度はアルタイルだよ! 彦星様だ!」
「ちょうどあっちには織姫様が見えるぜ。あんなにきらきらしてるのにさ、会いたくても会えないって……」
「今年は、会えたんだよ。彦星様と織姫様。わたし見たんだもの。それにあのふたりはね、ちゃんと想いで繋がってるから大丈夫なんだよ」
「そっか。そのおかげで私の夢も叶ったんだな。まあ私は一年に一回だけ、しかも雨が降るとお流れなんていやだな。会いたい時は会いたい。ちゃんと好きだって言ってやりたいぜ」
 うん。それさ、ほんと魔理沙らしくていいね。わたしもそうあってほしい。そうなりたいと思うよ。
 くすりと心の中で笑ってから、視線で繋ぐ夏の大三角形を、両指で作った四角いレンズに納めてみる。
 これはおとうさんから聞いたお話なんだけど――お互いの想いの強さが、あの星の光を作り出してるんだってさ。
 きっと会えなくて零れ落ちた涙も、未来のかけらとして星になってるんだよ。この夜空の下でわたしが散々泣いた分も、ちゃんと輝いてくれるかな?
「わし座にある停留所にも寄らないんだ」
「ここは私と霊夢だけの世界だから、乗客なんてどこにもいないぜ」
 そうだよね。そもそも、この物語はたぶん楽しいお話じゃない。
 あのシーンで乗りこんでくる子供たちは、みんな死んでしまってるんだもの。
 "そら"に憧れる。それは彼岸で散る蒼が美しいと思うこと。わたしも心のどこかで、空の彼方が救いだと感じてたのかしら。
 ううん、それは違う。在りし日のしあわせはもう戻ってこないけれど、あの時の気持ちを――みんなと暮らす日々のたいせつさを、おとうさんはこの物語を通して伝えたかったのかもしれない。
 大丈夫だよ。ちゃんと心に刻まれてるわ。だんだんと遠くなっていくアルタイルを見送っていると、虹色の流星群からかすかな旋律が流れてきた。とても小さい、天の川のせせらぎのような、澄んだ星の奏でが響き渡る。
「lalalala, lalalala, lalala-la-la-la-lala...」
「なんだなんだ、突然気分でもよくなっちゃったのか?」
「ん、魔理沙には聞こえないの? 星が歌ってるの。星のメロディー、ちゃんと聞こえるわよ?」
「いや、そりゃあたしかに『新世界交響楽』が聴こえるんだけどな。あれは音がどうしても想像できなくて……」
「へんなの。まあいいわ、わたしの想像にしておくから。あ、でも、こんなきれいな音が落ちてくるってことは、もうすぐアンタレスかな?」
「そうだなあ、もうちょっと掛かるかもしれない。せっかくだからさ、私が聞き取れない星の詩を、もう少し歌ってくれよ。すごくロマンチックでいい感じだぜ」
 デートなんだから当然でしょう。なんて軽口を叩きたくなるものの、とたんに恥ずかしくなってきた。
 ふたりっきりだもんね。惚気たって恥ずかしくないもん。そんな適当な言いわけをして、ふうわりやさしい調べを口ずさむ。
 七色の五線譜をなぞる星のメロディーに、どきどきしてばかりの心が躍る。星の微風が髪の毛を撫でる感触が、たまらなく心地良い。
「ほらほら、あれだよ魔理沙! アンタレス!」
「ちゃんとはさみまであるし、星座を編んだひとってほんとすごいよな」
 ゆっくりとスライドしていく車窓から、緋色を帯びて美しく燃える星が見えた。
 なだらかな曲線を描くさそり座の中心に灯る紅蓮の焔は、なにかを必死に訴えかけている。
 あの灯火がわたしのひとみとそっくりだって、いつもおとうさんがうれしそうに言ってたっけ。
「……魔理沙は、かみさまっていると思う?」
 ん、と軽く首を傾げてから、きれいな音色が宇宙の風に乗って流れていく。
「霊夢は巫女なんだからさ、一応はいることにしとこうぜ。まあ八百万の神なら、いるんじゃないかなあ」
「うん。それはね、ちゃんとわかるの。この幻想郷の森羅万象において、かみさまが宿ってることは、ね。わたしが言いたいのは、その――」
「ああ、世界を創造した『たったひとりのほんとうのかみさま』か。それはちょっとわからないな。まあそいつがだれだか知らないけどさ、くだんねえ運命を突きつけられたら全力で変えてやるだけだぜ」
 この物語に登場するさそりは、ある日いたちに追いかけられて、一生懸命逃げてたらいきなり井戸に落っこちてしまう。
 どう足掻いても這い上がれないことを知ると――居もしないかみさまに、自分の犯した罪とみんなの幸せを祈りながら、さそりは自らの心臓に火を放った。
 そんな嘆きも、すべてはしあわせのかけらとなって、未来を想ってきらめいている。わたしがずっと背負ってきたかなしみも、だれかのしあわせの代償になっているのかしら。
 きっとそうなんだろうね。だってそれは、ちゃんと返ってきたもの。蒼いひとみできらめく流れ星がわたしを連れ去って、夢やしあわせを祈ることは決して間違いなんかじゃないって教えてくれたから。
「くだらない運命。かみさまのいたずら。そんなもの、くそくらえってことかしら?」
「そうそう。どうせ適当にサイコロでも振って決めてんだろうから、ふざけんなよって蹴っ飛ばして自分の好きなようにやればいいさ」
「あのさそりみたいに、たまに落とし穴が仕組まれてたりするからいやなの。それでも、たぶん魔理沙がいてくれたら、大丈夫、のような、気が、する……」
「頼ってくれてもいいんだぜ。私だって頼るんだから。相手が泣いてる姿なんて、見たくもないよな。かなしいよな。だから、つらいことだけ半分こにしてさ、しあわせは分け合えるくらいてんこ盛りがいい」
 それってさ、わたしたち、ちゃんと素直になろうってことだよね。
 さり気なく『らしい』こと言ってるくせに、だいたい自分にも刺さってるんだから笑っちゃう。
 だって、さっきから実は魔理沙、どう考えても照れ隠しな素振り。しれっと惚気るのも、いっしょでいいと思うわ?
「あのさ」
 いきなり話を切って、たんぽぽ色の髪の毛に隠れてるうなじに、ほっぺたをくっつけた。
「な、なんだ、いきなり?」
「……どうしてさ、こっち向いてくれないの?」
「そりゃあ私が、道先案内人だからな。そもそも普通はお前みたいに簡単に飛べないんだよ」
「あらそう。わたしはてっきり、また魔理沙の顔がまっ赤っ赤なのかと思ったんだけど、それも気のせい?」
「どう考えても気のせいだぜ。全然気のせいだから。気のせいにしといてくれ。ってなんでいまさら突っこむんだよ!」
 ぐるっと回してる腕を使って体を密着させると、耳たぶまで染まっていくから面白い。
 あわふたしてるのか、ちょっとふらつき始めてるし、ちょっといじわるしてあげたくなった。
「ちゃんと好きだって、言ってくれないの?」
「な、なんで私が、そんな……恥ずかしい台詞を……」
「さっきからめちゃくちゃ言ってるでしょ。それともなによ、ぜんぶうそだったの?」
「ち、違うってば! その、好きってのはさ、ともだち、そう友達として好きって意味だからな!」
「じゃあそれでもいいわ。ともだちとしてなら言えるんでしょ? ねえ、言ってよ。わたしのこと好きって。告白っぽいとうれしいわ?」
「ああああああああああああああああああああああもうふざけんなよ! 友達として好きってレベルだったら、とっくの昔に何百回でも言ってんだよ馬鹿!」
 しししと笑って魔理沙を抱き寄せると、すねてしまったのか口を利いてくれなくなった。
 さそり座の尾びれできらめく三角標を通り抜けて、ひとりぼんやりと天体観測。そっと背中から伝うぬくもりがやさしくて、ほんとうにしあわせだった。
 ずっとたいせつにしたい。そう心から思える。そんな想いを空想の銀河へ馳せていると、やがてわたしの夢の終わりを告げる星座――ケンタウルスに囲まれたサザンクロスが、蒼い光を背に突き刺さっていた。
「……ここで、乗客の人はみんな降りてしまったわ。このあと、ジョバンニとカムパネルラはどうなってしまったの?」
 ちょうど十字架の中央で、彗星のほうきが留まる。
 このお話のみんなは天上へ行くために銀河鉄道に乗っていたはずで、これ以上ふたりが旅を続ける理由が全然わからなかった。
 それこそかみさまが住まうエデンよりもすてきな場所へ行くのかな。それ以前の最悪の展開で、ジョバンニとカムパネルラも死んでしまっているからこそ、こんな銀河の旅路に着いた可能性だってありえる。
 どうしてもわたしは、この物語の結末が知りたかった。それは在りし日の記憶の向こう、夢の続きを見るのと同じで、もしかしたらだけど――おとうさんからの、たいせつなメッセージが残されているかもしれない。
「よっし。おもっきり最高速で飛ばすから、ちゃんと掴まってろよ!」
「ねえ、魔理沙。魔理沙ったら! 知ってるんでしょ? 教えてよ。この御伽噺の最後を――」
 わたしが大声で聞いても、魔理沙は答える素振りすら見せなかった。
 いきなり物凄い推進力で動き始めたほうきが、あっという間にサザンクロスの中心から離れていく。
 まあるい環になった青白い霞を切り裂いて、ちょうど十字架の右端を目指してありえないスピードで駆け巡る。
 ふいに横顔を覗き見ると、その表情は最高に楽しそうだった。ひとりだけ知ってるなんてずるいよ。そんな愚痴を延々と零し続けてる間も、ふたりだけを乗せた銀河鉄道は超高速で突き進む。
『カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行かう。僕はもうあのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない』
 魔理沙はジョバンニになりきって、そんな長い台詞をしみじみと言ってみせた。
 みんなのしあわせなんて、わたしは我侭だから考えたこともないし、そんな義務もたぶんない。
 博麗の巫女に科せられた運命を受け入れて、この幻想郷を護る。それはたしかに住まう人々のやすらぎや平穏に繋がってるのかもしれないけど、それでわたしだけが仲間はずれで泣いてばかりなんて不公平だ。
 わたしだってしあわせになりたい。だけど、ね。なにもかもすべてが、みんなのしあわせに繋がる行為なんてないんだよ。そのことをジョバンニはわかってるから、ふたりだけでどこまでも行こうと願ってるんじゃないの?
「わたしは、わたしは……ふたりぼっちでいい。それ以上は望まないわ。ふたりでいっしょにいるだけで、しあわせなんだから」
「お、珍しく意見が合うじゃないか。私は、さ。みんなに笑ってほしいと思うよ。でも霊夢には、もっといっとうの飛びっきりな笑顔でいてほしい」
「……それだったら、ジョバンニとカムパネルラもサザンクロスで降りてしまえばよかったのよ。みんなの幸せが永遠になるような、すてきな楽園になっているんでしょ?」
 ぼんやりと光るサザンクロスを横目に、加速し続けるほうきの魔力は増すばかり。
 星と星が繋ぐ線を辿って行くと、その先に禍々しい雰囲気を醸し出す真っ暗な星雲が見え始める。
 あちらこちらで輝く銀河の光を遮る深遠は吸い込まれたら最後、羅針盤がないと戻れなくなりそうだった。
「ジョバンニの持ってる切符は、自由に銀河を行き来できるものだったけれど、カムパネルラの切符は天上までだった」
「それだったら、なおさらふたりは最後の駅で降りるべきだった。どうしてカムパネルラは教えなかったのかな。ジョバンニのしあわせを、考えなかったのかしら」
「この旅に行く前にカムパネルラは、友達を助けるために死んじゃったんだ。なんの悔いもなく、みんなのしあわせを為し遂げてしあわせになったんだよ。だから最後の思い出として、たったひとりだけの親友と旅がしたかった」
 そんな。そんなのって、ないよ。それは、いやだ。そんなエンドロールなんていやだ!
 魔理沙と離れ離れなんて、考えたくもない。あの太陽のように笑う向日葵が枯れるなんて、まったく考えられないの。
 こんなすてきな旅が悪夢なんて、だれも思いたくない。だれかのために生きていけるほど、わたしは強くなれないよ。だってわたしはよわむしだから。
 そこでどこか、おかしな引っ掛かりを感じた。もしも魔理沙のためなら、わたしは絶対にカムパネルラと同じように――そんな感傷を無視して、ほうきは真っ暗な星くずに向かう。
「そっか。それじゃあ最初から、カムパネルラはなにもかもわかってたんだね」
「うん。ちょうど目の前の黒い雲間があるだろ。物語だと石炭袋って書いてあるんだけど、あれは現世と冥界の境目なんだってさ」
 ごうごうごうごうと、あのどしゃ降りの雨の日を思い出すような、風が吹き荒ぶ音が鼓膜を揺らす。
 ちょうど十字架の両端に吊るされている黒い渦の中に、わたしたちは全速力で突っこもうとしていた。
 あれが冥府の入り口、つまり地獄行きだとしたら――架空のお話だよ。すてきな夢のはずなのに、ぞくぞくと背筋から悪寒が走って止まらない。
「それじゃあ、ジョバンニも――」
「天に召されたカムパネルラは消えて、ジョバンニはひとりぼっちなった。でもな!」
 渦巻く竜巻の音に負けない大きな声で、魔理沙は否定の言葉を付け加えた。
「これはわたしたちの物語。私と霊夢の物語なんだ。ちゃんと覚えとけよ。私はカムパネルラみたいに、いきなり霊夢の前から消えたりなんか絶対しないぜ!」
 わたしたちだけの、ものがたり。
 わたしと魔理沙の、ものがたり。
 ずっと、ずっと、わたしは古い物語に蒼い花の栞を挟んで読み返してた。
 すっかりセピアに色褪せた記憶。何度も感動して、とってもしあわせで、ひどいと泣いてしまう。
 過去を振り返るなと、魔理沙は言わなかった。ただ、ふたりだけの新しい物語を始めようと、この星空までわたしを連れてきてくれた。
 なみだが、浮かんだ。うわんうわんと、わたしは泣いた。うれしくて、かなしくて、泣いた。大好きなひとの背中で、くしゃくしゃに泣きじゃくった。
「私はなんにも手助けしてやれないかもしれないけど、ずっと霊夢のそばにいる。その先にどんな苦難があっても、つらい未来が待ち構えていようと、必ずいっしょに乗り越えてみせる。だからひとりで生きるなんて言うな!」
 その言葉だけで満たされるのに、ぽろぽろと涙が止まらない。
 黒で編んだビロードに突入すると、あっと言う間に目の前が真っ暗になった。
 なにもかもを闇で塗り替える深遠の奈落で、わたしの愛する向日葵だけが可憐に咲き誇る。
 どんな星よりもきれいな、たったひとつだけの道しるべ。なんとなく、だけど。魔理沙がいてくれたら、どんなことだってなんとかなるよ。
 やるせない現実やつまらない日常を、きっと楽しくしてくれるはずだから。そんな鮮やかな未来を叶えるシューティングスターになって、わたしと魔理沙は先の見えない宵闇を駆け抜けていく。
「こんなくだんねえ世界なんか変えてやろうぜ! わたしたちなら絶対にやれるさ! この先に待ってる場所が、わたしたちの未来だ! 霊夢を光よりも速く、すべての星が見える宇宙の果てまで連れ去ってやるぜ!」
 そっとやさしい星のメロディーが落ちてきて、湿っぽい空気から開放された。
 うるんだひとみをゆっくり開くと、今まで通り過ぎてきた星座がきれいに並んでいる。
 ふいに、さらさらとなびく魔理沙の髪の毛の間から、きらきらときらめく星が見えた。
 あれは忘れもしない。忘れられるはずがなかった。カシオペヤ座やケフェウス座のお話もたくさんしてくれたけれど、おとうさんがわたしの星だと決めてくれたんだから。
 星と星をなぞって作ったペガスス座の先に浮かぶアルフェラッツ。その遥か彼方で紅く光るアンドロメダがひとみに映ると、失われたはずの記憶がフラッシュバックする――



 みんな。ただいま。
 ソラはいい子にしてたかしら?
 うんうん。玲奈がお散歩に連れてあげてたのね、ありがとう。
 とってもいいにおいがするわ。今日はわたしの大好きな、おかあさんのカレーかしら。
 おとうさん、相変わらずお部屋なんだ。呼んでくるよ。あ、そのたばこはあとで買ってくるね。
 とんとんと階段を駆け上がって、そっとふすまを開ける。わかばの煙でぼやけているおとうさんの背中は、あの日からなにも変わっていなかった。

 わたしのたいせつなしあわせは、ちゃんとアンドロメダのかけらになって残っていたんだ。
 つらかった。無常を悟ったの。後悔もしたよ。たくさん泣いたよ。強くなることも、できなかった。
 でも、大丈夫。わたし、決めたんだ。みんなの想いが詰まった失われた物語から、今そっと蒼い紫陽花の栞を抜くわ。
 ようやくね、新しい日々が始まるの。それはきっと、あいつとか他のへんなのとわいわいやってく、ちょっとめんどくさそうな、それでいてとってもすてきな未来なんだよ!

 ――ありがとう。そして、さよなら。
 わたしが大好きだった、かけがえのないすべての――



  ★



 あれからのわたしは気を失ってたようで、うつらうつらと夢現な記憶の続きから戻ってくると、ちょうど彗星のほうきが博麗神社を目指してゆったりと飛んでいた。
 お天道様が遠くから見えるあたり、だいぶ長い時間あの世界にいたみたい。夢から覚めたくないと、今までのわたしなら思ったはずだ。ずっと夢であってほしいと祈って、居もしないかみさまに八つ当たりでもするんだろう。
 なにか前向きになったりするはずもないし、きっと魔理沙があれこれやらかしたって世界なんか変わるはずもないのに、なぜかわたしはとても気分がいい。ただなんとなく、これからの日々が、ほんとに漠然と楽しそうに思えた。

 ぴったりと縁側のそばに着地して、そっと地面を踏みしめるとざらついた足元に気付く。そう言えば、なにも考えずに無我夢中だったものだから、そのまま素足だった。
 恥もへったくれもなかったのか、目元がうるんじゃって腫れるまでごしごしとこすったあとがあるし、さっきからぐずぐずと鼻水がひどい。そんな様子を察してか、魔理沙が珍しく気を利かせてハンカチを差し出してくれた。
 ありがとね。素直に言って受け取ると、蒼いまなこで輝く流れ星がきらりきらめいて、すてきな向日葵が咲く。わたしたちの物語は、まだ始まったばかり。そのページにあなたの笑顔を書いておくと、とてもすてきなお話なるわ。

「霧雨魔理沙の銀河鉄道の旅、お気に召していただけたかな?」
「ええ、ほんとに楽しかったわ。あんたの言ってた夢やしあわせを、信じたい。信じさせて、ほしいな……」
「それはなによりだぜ。それじゃあ私は疲れたから、さっさと寝るかな。あれほど泣きっ面はきらいだと言ったのに、そんな霊夢の顔なんて見たくもないし」

 それはあんたが――たっぷりと皮肉をこめて愚痴を言いたくなったけれど、こればかりは完全にやられてしまってるので、まったくもってなにも言い返せない。
 こんな甘くせつないひとときくらいは、せめて感謝の言葉や、ちょっと惚気て……大好きだとか愛してるとか言えたら、もっと可愛いやつだと感じてもらえるのに、やっぱり意地っ張りなところは治らないのかしら。
 ああもういいわ。あんたに言われなくたって、こんな泣いてる顔なんか見せたくないんだから、さっさと戻ってよね。でも、たったひとつだけ、思うことがあった。もちろん、信じてるわ。信じてるからこそ、訊いてみたい。

「……口だけの約束って、意味あるのかな?」

 夢なら覚めた。だけどこれからのわたしは、どうしたいのだろう。なにをしたいのかな。とりあえず、なんにもしてない。魔理沙と想いを繋いだと言えばカッコがつくものの、それは『かたち』として残らないから。
 あの「またね」って挨拶が示す、さり気ない「また会いに来るよ」なんて意思は、ちゃんとした効力を持ってるわけじゃない。あの時の魔理沙の言葉がたしかな誓いになっているのか、どうしても心配で仕方なかった。
 わたしたちを繋ぐ運命の紅い糸から伝う想いだけで十分だよとか、そんな恋の方法論は知らないし信じられないの。それこそ居もしないかみさまが担保してくれたらよかったのに、どこまでも運命のいたずらは役に立たないわ。

 涙でにじんだ向日葵をはっきり見たくて、ぐいぐいと寝間着の袖で目をこすると、魔理沙がにんまりと笑っていた。うん、その笑顔だけでわかるよね、でも……今のわたしはちょっと不安、だいたいそんな感じなんだよ。
 自分で言った台詞の意味を自分で考えてると、ぱたぱたとふりふりのスカートをひるがえしながら、夢をくれたひとが戻ってくる。あんなに泣いたおかげですっきりしたけれど、その猫みたいに見上げる仕草はやめてほしい。
 いつもなら適当にあしらって、あれこれと言いあってお終いなのに――蒼いひとみと視線が合った瞬間、そっとくちびるを重ねられた。それもほっぺたじゃなくてもろで、ちゅって音といっしょにわたしの頭がおかしくなった。

「ななななななななななななななななな、なにしてんのよ魔理沙ってば!」
「これも口だけの約束だろ? それに意味があるのかどうかなんて、残念ながら私は知らないぜ」

 うそだ! 魔理沙のうそつき! あんた絶対知っててやったでしょ!?
 とたとたと逃げ出していく白黒を他所に、あれこれと文句を飛ばしても、まったく反省の素振りなし。わたしのはじめて。魔理沙もはじめて、かな? とにかくファーストキス。それはもうあっさりと、なくなっちゃった。
 これってさ、ほんとはすごくたいせつなものだよ。ふたりが惚気まくって、なんか色々と気分も最高な感じで、ときめきまくっちゃって、きゅんとしながら交わすものだと思ってたのに、こんな風に終わっちゃっていいの……。
 どきどきしてる。全然落ち着かない。ひどいわ。なによこれ。ほんと魔理沙ったら……あいつ、どう思ってるのかしら。なんとなく、今のわたしと同じような気がした。それならまあたぶん、おあいこだよね。うん、そうだよね。

 さよなら。さよなら。さよなら。さよならしたんだよ。さよならできたんだよ。会いたいくなったら、また魔理沙に頼んで会いに行けばいいわ。
 今も思い出せない記憶はたぶん忘れることもできなくて、たまにそっと読み返す程度にはなるのかな。ただそれよりも、たくさんのすてきな思い出が、あの満天の星空のようにわたしの物語の白紙を埋めていくから。
 さっきのキスくらいしか根拠のない未来予想図は、必ず叶う夢のような気がして心が躍るの。くだらない毎日と退屈な日常に、あのきれいな向日葵が彩りを添えてくれる。それが今のわたしが想う、いっとうのしあわせだよ。
 もうこれからは、あの夢を見て泣かなくていい。どたばたと慌しい日々を読み返すために、栞を作らないといけないわ。黄色い花がいいな。たんぽぽはどうかしら。あいつのやさしい笑顔が思い浮かぶ、わたしだけのたからもの!





 ――ちょっとだけさ、こんなつまんない世界がまぶしく思えたんだ。
 おとうさん。このたいせつなしあわせが詰まった桜のかんざしは、そっと仕舞っておくことにするね。









こんにちは、夜空です。
ここまで読了ありがとうございました。
短く短くと意識したつもりなのですが、ご覧の有様であります。

今回は、蒼く、ちょっと切なく、青春で、ノスタルジック(?)な感じのテーマで書いてみました。
魔理沙にとって幻想郷は狭すぎる気がしませんか。もう宇宙の果てまで光の速さでぶっ飛ばす勢いでやっちゃいました。
たぶん霊夢って、こんな感じで今の性格になったんじゃないかなあとか、もう完全な妄想の産物ですが、このふたりの距離感は難しい!
ひょんなことがきっかけで始まった、ちょっとくすぐったくなるようなガールミーツガール、楽しんでいただければ幸いです。

#10/6
誤字修正致しました。ご指摘ありがとうございます。
夜空
[email protected]
http://www.aurora-net.or.jp/user/purify/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1440簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
他愛のない日常から始まるガールミーツガール、とても素敵でした
なんだかんだでツンツンしてる霊夢も可愛ければ、自分が可愛いと自称する魔理沙も乙女チックで可愛い
綺麗な文体で綴られた切なさからクライマックスの展開で涙がこぼれる……よいレイマリをありがとうございました
4.100奇声を発する程度の能力削除
全体の雰囲気が良くキラキラした感じがありました
最後の方で涙腺に少しきました、とても素晴らしかったです
5.100名前が無い程度の能力削除
センチメンタルな感情の起伏が青春って感じでいいですね
ラストの〆が憎たらしいほど秀逸でちょっと胸がきゅんとしました
10.100名前が無い程度の能力削除
なんてコメントしたらいいかわかんないけど、百点入れたかったからコメントしてみました。

銀河鉄道の夜、読み直したいなぁ
13.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙はどんな夢を見ていたんだ……ゴクリ

氏のれいまりがみれてわたしはうれしい
17.100名前が無い程度の能力削除
素敵なお話でした…
19.90名前が無い程度の能力削除
実に霊夢の独白が年頃の少女らしくて初々しい。
20.100名前が無い程度の能力削除
霊夢と魔理沙のこちらが赤くなってしまいそうな関係がたまらなかったです。
21.100パレット削除
 読み終えてなんか変な溜息がでました
 とりあえず自殺しなくてよかったです
 べつにしてもよかったけど……
23.100名前が無い程度の能力削除
最初は平仮名多めで幼さを意識した出会いを
後半は漢字増やして育った思いを意識した夢を
爽やかとはちょっと違いますが、夢想と現実が混じった氏らしい世界観が存分に楽しめました

 誤字報告
具財→具材
24.100名前が無い程度の能力削除
むむむ、これはとても甘酸っぱい。果実に喩えるなら夏みかんのような。
自分でも何言ってるのかよくわかりませんが、久しぶりに古き良き少女小説を読んでいるような、
そんな感覚を得ました。ラスト一行を読み終えた瞬間、思わず溜息を吐きましたですよ。
もちろん100点満点、お見事!

以下、内容とは全く関係ない要望を。
おそらく意図的なものだとは思うのですが、できればもう少しフォントを大きくしては頂けないでしょうか?
寄る年波のせいかWEB上でこのフォントは物理的に読みづらく感じてしまいます。どうかご一考を。
26.60名前が無い程度の能力削除
面白かったです
27.90名前が無い程度の能力削除
いいですね
28.100名前が無い程度の能力削除
見ているこっちが恥ずかしくなりました。どうぞお幸せに。
30.90名前が無い程度の能力削除
甘酸っぱい良い話でした
31.100名前が無い程度の能力削除
よい、言葉にできないけどとにかくよい
32.100名前が無い程度の能力削除
b
36.100名前が無い程度の能力削除
とにかく文章が綺麗で世界観の作り方が上手ですね
揺れ動く少女たちの感情が繊細なタッチで描かれていて、読んでるこちらの顔が赤くなって困ります
最後の二行で胸がきゅんとしちゃうような素敵な作品でした
38.100名前が無い程度の能力削除
一つだけ気になった表現が。

ひぐらしの鳴く空に浮かぶ夏の飛行機雲を、そっと指先でなぞってみる。


飛行機は飛んでないはずじゃぁ……
文章はとても巧いと思いました。なので100点でも妥当かなと。
42.100名前が無い程度の能力削除
乙女。実に乙女な霊夢と魔理沙ですねぇ。もう乙女全開といった感じで
蒼くとありましたが、その蒼い良さが物語の中で存分に発揮されていたと思います
素晴らしいガールミーツガールを堪能させていただきました
43.100名前が無い程度の能力削除
文句無しの100点です。
素晴らしい物語をありがとうございました。
46.100名前が無い程度の能力削除
慎ましくも美しいレイマリに鳥肌が。
霊夢の独白もあっぱれ!

感無量です。素晴らしい作品をありがとうございました。
55.100名前が無い程度の能力削除
とてもせつないのに、でも彼女たちを見てると元気が沸いてきました
いつから私はこんな感情を忘れてしまったのだろうと、ふいに思ってしまいました
56.100名前が無い程度の能力削除
あわい蒼い色がほんのりと浮かぶレイマリでとてもよかったです
こんなきっかけで、本当の友達や恋人ができたら感無量なんだろうなあと思いました
57.100名前が無い程度の能力削除
niceレイマリ