この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください
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空に浮かぶ月を見ていた。
こんなにも月が円いから。その行為に特別な意味をつけるとすればそれくらい。たかが満月、されど満月。不思議と魅かれる魅力が、そこにはある。
じっと見ていると、月の姿に変化があった。均整のとれた円い形が、徐々に欠けてきたのだ。月食…… ではないらしい。月食にしては、欠け方が不自然だ。月の大きさよりも、影の方が小さい。
答えはすぐにわかった。そうだ、あれはルーミアだ。闇を纏ってふよふよと飛んでいたところなのだろう。その姿が月と重なって、さながら月食のような現象に見えただけ。月とルーミアがちょうど重なった時、ドーナツのような形が出来た。満月の夜、月を喰う宵闇の妖怪。その姿を、まるで新月のようだと喩えるのは美化しすぎかしら。
眼を閉じて、小さく頷く。今宵は、いい花が創れそうだ。
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イメージが湧いてから花が完成するまで、それほどの時間は必要なかった。黒い袋状の萼に包まれた、光沢のある金色の果実。我ながら、闇を纏った時のあの子のイメージに合うと思う。名前は―――
どんっ
外で鈍い音がした。何事だろうと外に出ると、家の壁に黒い闇がくっついていた。闇の中から声がする。
「あいたたた…… また何かにぶつかったのか。とりあえず、聞いてみようかな。ねぇ、あなたは食べてもいい人間?」
だれかと話すときくらい、闇を解けばいいのに。
「私は、食べてはいけない妖怪よ。そもそも、あなたがぶつかったのは私の家の壁。よく見てみなさい。」
闇が薄れ、頭を手で押さえたルーミアの姿が出てきた。少しだけ涙目になっているようだったが、一体どれほどの勢いでぶつかったのだろうか。
「相変わらず、闇の中からは外が見えないのね。せめて、自分では見えるくらいに力をつけないと、能力も生かしきれないわよ。」
すると、ルーミアはしょんぼりとした表情で俯いてしまった。怒ってるわけでも、叱ってるわけでもないだけに、なんとなく罪悪感を感じてしまう。
「……えぇと、ほら、暗いところでもよく目が見えるようになれば、きっと大丈夫。あなたのお友達にいるでしょう、鳥目に効く食べ物を売ってる子が。」
フォローしたつもりだったが、ルーミアの表情はますます暗くなってしまった。気のせいか、またうっすらと闇を纏おうとしているようだ。
「……どうしたのかしら? なんだか、元気がないみたいだけれど。悩みがあるなら、お友達に相談してみるとか……」
「……相談は、だめなの。」
「どうして?」
「お友達と…… みんなと、喧嘩しちゃったから。」
ルーミアの姿が、闇に包まれる。すぐに、ぐすん、ぐすんという泣き声が聞こえてきた。もしかしたら、涙目になっていた理由はこっちなのかもしれない。……花が萎れる姿を見て、このまま放っておくわけにもいくまい。
「家にお上がりなさい、ルーミア。少しだけ、あなたを励ましてあげる事が出来るだろうから。」
少しだけ闇が薄れ、手で目元を抑えるルーミアの姿が見えた。どのくらい効果があるかはわからないけれど、花を見れば少しは落ち着くだろう。家の入口に歩いていくと、ルーミアはちゃんとついて来てくれた。軽く微笑みを浮かべ、私はルーミアを家に招き入れた。
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しばらくの間、ルーミアは不思議そうな視線を花にむけていた。黒いホオズキ、というものを見たことがないのかもしれない。袋の一つを摘み取って中を開いてみせると、目を丸くして覗きこんできた。
「ホオズキみたいに紅い、なんて表現をするくらい、紅い実の植物として知られているホオズキだけど、これは金色の実を黒い袋が包んでいるの。」
「うん。私、こんなホオズキ見たのは初めて。どこに咲いていたの?」
「言うなれば…… 今夜、夜の空に咲いていたところを、ここに持ってきたというところかしら。」
「……空に、花なんて咲くのか?」
「ふふふ、物の喩えというものよ。」
ルーミアの問いかけに応えながら、金色の実に針を刺し、中にある種を取り出していく。空になった事を確認してから、その実を口の中にいれた。
「あーっ、それ、食べられるの? 私にもちょうだい。」
「うん、食べても害はないんだけど、面白い遊びが出来るのよ。こんな…… かんじで……」
ぎゅっ ぎゅっ
「うん、うまくいった。」
「なに!? 今の音、面白い! どうやったのか教えて!」
「はいはい。じゃあ、この袋の中の実を取り出して―――」
さっきまでの泣き顔が嘘のように、ルーミアは好奇心にあふれた明るい笑顔を浮かべている。うまく種を取り出せるか心配だったが、針を扱う手つきは意外と器用だった。
「お裁縫とか、得意そうね。」
「うん。私、自分の服は自分で仕立てるから、こういうことは得意なの。」
「そーなのかー。」
「そーなのですー。」
軽い冗談を交えると、ちゃんと応えてくれた。種を取り出した実を口に含んだルーミアは、次はどうするのかという視線を向けてくる。
「口の中で実の中に空気をいれて、針で開けた穴を舌で潰すように圧迫してあげるの。そうすると……」
ぎゅっ ぎゅっ
「鳴った!」
「上手上手。初めてなのに、よく音が鳴らせたわね。」
褒めてあげると、胸を張ってえっへんという仕草を見せた。これくらい調子に乗れるなら、充分元気が戻ってきたといっていいだろう。それからしばらくの間、家の中にはホオズキの音色が響き続けた。
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「じゃあ、そろそろ、お友達と喧嘩した理由を教えてもらえるかしら。」
その質問に対して、少しだけ、ルーミアの表情が曇った。いくら元気を取り戻したといっても、思い出すと辛い事なのだろう。それでも、外で話した時とは違って、ちゃんと答えが返ってきた。
「……あのね、みんなで、遊んでたんだ。」
「うん。遊んでたの。……どんな遊びだった?」
「かくれんぼ。」
幻想郷の遊びと言えばかくれんぼなのだろうか。少し前に、かくれんぼをしていた妖精が入り込んできたことがあったが…… そのことは置いておいて、今はルーミアの話を聞かないと。
「かくれんぼをしていて、喧嘩しちゃったの?」
「かくれんぼが悪いわけじゃないの。その…… 隠れる場所に困って、闇を広げて隠れてたんだけど、すぐに見つかっちゃったんだ。」
「うん。闇があれば、あなたがいるってすぐにわかるからね。」
「私は、これで大丈夫って思ってたの。だって、闇の外からは、私の姿は見えないでしょう。だったら、隠れてるってことになるじゃない。でも、何度やってもすぐに見つかっちゃって……」
「ずっと鬼の役をやってた、ということね。」
「それで、なんだか嫌になっちゃって、こう言ったの。かくれんぼなんか、つまんない、って。そしたら、もっと面白い遊びがあるの、って言われて、でも、私は……」
「答えられなかった。」
「それで、どうしていいのかわからなくなっちゃって、もう、みんなとは遊ばないって、そう言って、逃げてきちゃった……」
理由を聞くと、なんというか、単純な話だ。喧嘩と言ってはいるが、口論を繰り広げたとか、殴り合ったとか、そんなことではない。問いかけに対して、上手に答えられなかっただけ。それを引け目に感じて、会いに行きづらくなっているだけなのだ。
ルーミアの顔を見ると、目には涙を浮かべている。ここまで来たら、仲直りをするまで面倒を見てやろう。
「つまり、みんなと遊ぶための、面白い遊びがあればいいのね。」
「そうなの。でも、私、そんなにたくさん面白い遊びなんて知らないし……」
「ほら、さっき教えてあげたじゃないの。」
そう言って、例の花を指さす。顔を向けたルーミアは、最初はどういうことか良くわからなかったようだったが、すぐに納得したようで声を張り上げた。
「音を鳴らす遊びをすれば!」
「もしかしたら、ね。」
仲直り出来るかもしれない。どうなるかは責任を持てないけれど、今の私から送れる助け舟は、これくらいだ。
「ねえ、この花、えぇと、なんて名前なのかわからないけど、もらってっていい?」
「えぇ、明日にでも、みんなと一緒に遊んで御覧なさい。」
花を抱えて飛んでいくルーミアの姿を見ながら、花の名前をつけ忘れていたことを思い出した。いや、夜空に浮かんだドーナツを見た時から、その名前は既に決まっていたのだ。
「アラタズキ。」
宵闇に浮かぶ新月の名を、一人、呟いた。
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翌日、ルーミアの様子が気になった私は霧の湖の近くの森に来ていた。友達の顔ぶれを考えると、この辺りを遊び場所にしていると思ったからだ。彼女達の姿は、比較的早く見つかった。ぎゅっ、ぎゅっ、という、ホオズキの音色が聞こえてきたから。
「面白―い。なんだろ、この音。私の歌声とはなんか違う、不思議な音。」
「でしょ? ホオズキの音遊び、昨日教えてもらったんだ。」
「ねぇ、なんか、種がうまくとれないんだけど。」
「チルノちゃんはお裁縫とか苦手だもんね。でも、慣れればこれくらい、すぐにとれ…… いつっ!」
「よそ見してるからだよ、リグルちゃん。……っと、こっちも出来た。よっと。」
ぎゅっ ぎゅっ
なんとも微笑ましい光景だ。この子たちは、本当に昨日喧嘩などしていたのだろうか。鳴り響く音を聞いていると、なんだか一句読みたくなってきた。
「宵闇の、花弁纏いし、鬼灯の、響く音色は、友との戯れ。」
……呟いて、私らしくないかもしれないと思ったりする。こんな風に、力の弱い妖怪の様子を気にするなんて。とりあえず、円満に事を運んでいるのならいいだろう。彼女達に背を向けて、その場を立ち去ろうとした。その時―――
「あ! 来てくれたんだ! ねぇ、一緒に音を鳴らして遊ぼうよ。」
どうやら、見つかってしまったらしい。
「へぇー、この遊び、幽香さんに教えてもらったんだ。」
「ねぇ、幽香さん、この音の出し方、詳しく教えてちょうだい。」
「っていうか、あたい、全然音鳴らせないんだけど。どうして?」
「チルノちゃん、せっかくだから教えてもらったら? ホオズキの師匠に。」
……なんだか妙な称号をつけられてしまった。呆れて溜め息をつく反面、こういうのも悪くないと思ったりする。
「……それじゃあ、今日は徹底的に教えてあげるから、ちゃんと綺麗な音を鳴らすのよ。」
はーい、なんて、4人の声が返ってくる。私は先生じゃないんだけれど…… いや、この時だけは、先生になってみるのも面白いかもしれない。私は、4人の輪の中に歩いていくのだった。
これはいいルーミア。
…フランの花だったらどうなるか、フラン好きの私として気になる。
次も楽しみにしてます。
新種の花の名前もいいですね、新た月。