その日、鴉天狗によってある広告が幻想郷中にばらまかれたことにより、博麗神社に多くの人だかりができた。
その広告とは
温泉体験ツアー!
地底温泉『地霊殿』一泊二日の旅!
日頃の疲れを温泉で癒してみませんか?
今回は体験ツアーということで全額無料!
興味のある方は○月△日午後4時に博麗神社へ集合!
守矢神社風祝 東風谷早苗
「で、何でこんなことしようと思ったのよ?」
訝しそうにじろっと見てくる霊夢に、早苗は少々たじろいだ。
そして、あはは、と苦笑する。
「実はですね、新しい信仰獲得の手段として、地底の温泉を使おうと神奈子様が仰りまして」
発案者は守矢神社の祭神八坂神奈子である。ただ、主なターゲットは里の人々であるので、主催者は人間と直に接する早苗ということにしている。地底に連れていくのも早苗一人の仕事だ。
「ふーん、信仰獲得も大変なのねえ。ところで、地霊殿側の許可はとってあるの?」
「はい、神奈子様が直接交渉なさって、承諾してもらいました。さとりさんは、地底の活気づけにいいだろう、ということだそうです。それで今回は体験版で無料ということで、費用はお互いが出すことにしています。次回からはお金をとるということで」
神奈子と地霊殿の主である古明地さとりとの間で話し合いが行われ、双方の合意の元今回のイベントは行われている。
まず客寄せである今回は無料ツアーにして評判を築き、そして二回目以降は料金をもらって守矢神社、地霊殿の運営費とする。また守矢には信仰を、地底には活気を。それぞれ得をするだろうということでの合意だ。
霊夢はあんまり興味無さそうにまたふーん、と言ってあたりを見回した。
「その肝心の人間があんまり見当たらないんだけど?」
「あははは…」
地底なんて妖怪だらけの世界に行こうという物好きはまずいない。
博麗神社にいる人間は、霊夢と早苗を除けば霧雨魔理沙と人間状態の上白沢慧音、あとは藤原妹紅と蓬莱山輝夜も人間と言えば人間か。
残りは妖怪、妖精などばかりである。特に人間や妖怪などの制限を設けていないので、必然的にこうなったのだ。
霊夢が見回したところで、慧音と目が合い、彼女が話しかけてきた。
「体験版ということでわたしが里を代表して行くということになってな。温泉が良いものだったら、里の皆にも勧めようと思う」
そう言って近付いてきた慧音に、早苗がよろしくお願いします、とお辞儀する。
そこへ今度は魔理沙がやって来た。
「わたしはただ興味が湧いて来ただけなんだが、あの二人はどうしたんだ?特に片方なんてこんなところに来るタイプには思ってなかったんだが」
魔理沙が指したのは、ちょっと離れて一緒にいる妹紅と輝夜。
そんな二人のことを、慧音は苦笑交じりに説明し始めた。
「まあ妹紅はわたしが誘ったんだが、輝夜は八意殿に頼まれてな」
「永琳さんが?」
早苗が驚いたように言うと、慧音はああ、と言って話を続ける。
「なんでも、屋敷に籠りっぱなしの輝夜に、たまには羽を伸ばす場所を与えてほしい、とのことだ」
「それは分かったけど、大丈夫なの?いつ喧嘩するか分かったもんじゃないわよ?」
霊夢が指摘する通り、二人はいつも会えば喧嘩ばかりする。それもかなり派手に。
今の二人は離れて見ていてもなんとなく険悪なのが分かる。一触即発とはこういうことだ。
早苗や魔理沙も同様の心配をしていたが、慧音はその不安をかき消させるように大丈夫だ、と言う。
「風呂場は世俗での権力や出自、縁を脱ぎ棄てて裸で接する場所だと二人には教えてある。だから今回はひとまず全て忘れようじゃないかと言ったら、二人とも渋々ながら納得してくれたよ。まあ、それでも二人が喧嘩しそうならわたしが全力で止めるさ」
威風堂々、といった感じに話す慧音に、霊夢も早苗も魔理沙もとりあえずは安心した。責任は慧音自身がとる、と言っているようなものだから、大丈夫なのだろう。
「あの二人は慧音さんが何とかしてくれるとして、あっちはどうでしょうね…」
今度は早苗が不安そうに目を遣った。その先にいるのは
「ん、あたいらに何か用?」
氷精チルノとその友達たち。具体的にはチルノ、大妖精、ルーミア、リグル、ミスティアである。広告を見て、面白そうだからやって来たらしい。
彼女たちもまた結構やんちゃで、何か騒動を起こしてしまうかもしれない。
そんな不安に、何とかしよう、と言い出したのは魔理沙だった。魔理沙はチルノたちの方へ向かっていくと
「いいかお前ら、もし変に暴れたりしたらマスタースパークでふっ飛ばすからな」
「は、はい!分かりました!」
「う、うん!」
「わ、分かったよ!」
「は、はーい!」
マスタースパークという伝家の宝刀に震え上がる大妖精、ルーミア、リグル、ミスティアだったが、一番好戦的なチルノだけは違った。
「ふん!そんなの最強のあたいは全然怖くないよ!」
あっかんべをして悪態をつくチルノに、魔理沙はにやっと笑った。
「そうかそうか、じゃあ最強のお前は暴れたりしないよな?」
「へ?…お、おう!最強のあたいは暴れたりしないよ!」
チルノからも言質をとることに成功し、早苗たちに目配せする魔理沙。
その様子に、霊夢は、はあ、と嘆息した。
「まったく、いい手際ね」
あっという間にやんちゃな妖精と妖怪たちを丸めこむことに成功したのだ。見事な手際である。
呆れ半分、といったようにつぶやく霊夢に、慧音はまあまあ、となだめるように言う。
「とりあえず、あいつらの引率は魔理沙に任せられそうで良かったじゃないか。なあ早苗?」
「ええ、そうですね。魔理沙さん、まるで保母さんみたい」
微笑ましくもある光景に笑う慧音と早苗であったが、ここで慧音が何かに気付いたように話を変える。
「あの四人も、珍しいと言えば珍しいな」
慧音が指した方向には、射命丸文、犬走椛、河城にとり、鍵山雛がいる。いずれも妖怪の山の者であって、一緒にいるのはおかしくはない。ただ、慧音には一つだけ気になることがあった。
そんな折、その四人が慧音たちのところへやって来る。
「どうもこんにちは、清く正しい射命丸です」
それと一緒に椛、にとり、雛もこんにちは、と挨拶をする。
慧音、早苗、霊夢も挨拶を返す。そして慧音は先ほどの疑問を投げかけた。
「文はいつも通り取材、にとりと雛は遊びに来たとしても、珍しいな、椛まで一緒に来るなんて。哨戒任務はいいのか?」
「はい!今回は射命丸取材班の一員として、千里眼の能力を使ってもらいます!」
「あ、文さん!わたしは地底の状況視察のために派遣されてきただけですよ!それに文さんだってわたしと同じ命令を受けてたじゃないですか!」
「あっれー、そうでしたっけ?」
「そうでしたっけ、じゃないですよ!もう少し真面目に…」
おどける文に、椛はぷんすか怒っている。
二人で会話のやり取りを始めてしまったため、慧音はいまいち要領を得ることができなかった。そこで代わりににとりと雛が説明に入る。
「えーっとね、二人は天狗代表、わたしは河童代表、雛は山の神様の代表として様子を見に行くってことになってるけど」
「そんなに重大な仕事ってわけじゃないのよ。様子を見るだけでいいから、旅行気分でいいんだけど、椛は真面目だから」
苦笑交じりに話をするにとりと雛に、慧音はなるほどな、と思った。要は自分と同じで、地底の様子見をしに行くのだけなのだ。
そんな慧音の理解とは余所に、文と椛の漫才は続いていたのだった。
そして、集合時間の午後3時になる。
「みなさーん!そろそろ時間なので地底に出発しまーす!」
早苗の先導に従って、参加者たちは地底に潜っていく。
そして、全員の姿が地上から消えたころ
「みんな行ったみたいだね…」
「わたしたちも行くか…」
左右非対称の目をした青い影と、左右非対称の羽をもつ黒い影が、こっそりとあとを追って地底に潜っていった。
洞窟を通り、橋を渡って、旧都を歩き、目的地である地霊殿の玄関へとたどり着く。
すると、地霊殿の主が自ら出迎えに来た。
「はるばる地底までお越しくださりありがとうございます。わたしは地霊殿の主、古明地さとり、そしてこちらが火焔猫燐と霊烏路空です」
「いらっしゃいませ」
「い、いらっしゃいませ」
接客業ということで、お出迎えのところから練習してきたさとりたちは、丁寧に頭を下げた。空は少々たどたどしいが。
「さとりさん、今日と明日、よろしくお願いしますね」
「はい、誠心誠意おもてなしさせていただきます。ではお部屋へどうぞ」
早苗の挨拶に対しても、宿屋の女将といったような雰囲気を醸し出して応じるさとり。守矢との提携事業による地底の活性化にかなり力を入れているようである。
そしてさとりは、燐、空、ゾンビフェアリーたちに部屋の案内をさせた。
部屋割は以下の通りである。
覚の間 早苗、霊夢
石の間 慧音、妹紅、輝夜
猫の間 魔理沙、チルノ、大妖精、ルーミア、リグル、ミスティア
鴉の間 文、椛、にとり、雛
「お食事は宴会場にてご用意させていただきます。また、大浴場がございますのでご自由におくつろぎください」
燐は丁寧な対応を崩さず、各部屋を説明して回る。これは記憶力の弱い空やゾンビフェアリーたちには難しいので、燐が全て行わなければならない。
「それにしても、ずいぶんと本格的ね」
燐が部屋から出ていった後、地霊殿側の力の入れように目を丸くして驚いていた霊夢がそうこぼした。
「ええ、地底と地上の交流が深まればどんどん地底も活性化するって張り切ってますから。わたしも頑張らないといけませんね」
守矢神社の風祝として、体験版ではあるが今回の旅行ツアーに責任をもつ身であるということを改めて自覚する早苗。
霊夢としては信仰うんぬんにそれほど興味が無いため、とにかく楽しもうと考えていた。
「大浴場って言ってたけど、行ってみる?」
「そうですね。晩御飯までまだ時間がありますし、行きましょうか」
霊夢の提案に早苗も賛成し、二人は大浴場に向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、大浴場に入ると、他の部屋の面々も既に来ていた。
最初に目についたのは魔理沙と子どもたち。何やら騒がしくしている。
「チ、チルノちゃん、本当に大丈夫なの?」
「温泉なんかに入って溶けたりしないの?」
「へーきへーき!逆に温泉の方が冷たくなっちゃうかもね!」
心配する大妖精とルーミアに対し、チルノは自信満々に答えた。冷気の塊である氷精チルノが温泉に入って大丈夫なのか、入る前に検討中なのである。
引率役である魔理沙はうーん、と腕組みし
「とりあえず入ってみて、無理そうだったらすぐに出るってことにするか。チルノ、無理はするなよ?」
「うん分かった!」
「リグル、ミスチー、念のためすぐにチルノを助けられるよう心の準備をしておいてくれ」
「分かった」
「了解よ」
魔理沙に言われ、リグルとミスティアは親指を立てて答えた。
そしてチルノは浴槽にどぶんと浸かる。全員固唾を呑んで見守る。
すると
「ふん!やっぱりこれくらいどうってことないよ!」
威勢よく声をあげたチルノ。
しかし
「やっぱ…あたいってば…さいきょ…」
すぐに体全体が真っ赤になり、目を回してしまった。
よくよく考えれば、地熱で温められ続けている温泉にチルノが入るということは、お湯を沸かしている鍋に氷を入れるのに等しい。結果はいわずもがな。
「チルノちゃん!」
「は、早く助けないと!」
「リグル、ミスチー!すぐにチルノを温泉から担ぎあげるんだ!」
大妖精やルーミアの叫び、魔理沙の指示が大浴場にこだまする。
リグルとミスティアは魔理沙の指示に従い、急いで湯船に入った。
「あ、熱い…」
「きゃー!リグルが熱さにやられたー!」
「しまった!虫は熱湯に弱いんだった!」
ミスティアの叫びが響くとともに、リグルもあっという間に目を回してしまった。温泉の温度はリグルには高すぎたのである。魔理沙は頭を抱えて己の判断ミスを嘆いた。
そして若干パニックになりつつも、残りの魔理沙、大妖精、ルーミア、ミスティアでなんとかチルノとリグルを救出した。
「た、担架!担架を二つ持ってきてくれ!」
魔理沙の求めに応じて燐と空とゾンビフェアリーが担架を持ってやって来た。そして二人を乗せて休憩所へと移動する。
心配して付き添う魔理沙たちにチルノは
「おんせん…あいれにろっれ…ふそく…なし…」
と、呂律が回らない状態でつぶやき、一方リグルは
「おんせん…おそるべし…」
上気しきった顔でそうつぶやいた。
ちょっと離れて湯船に浸かっていた文は、その様子を見てけたけた笑っていた。
隣にいる椛はそれを諌める。
「文さん、大変なことになってるんだから笑っちゃだめですよ」
「大丈夫よ。妖精は殺したって死ぬような存在じゃないし、リグルさんだって妖怪なんだからあれくらい平気よ」
大したことではないと言い切る文に、それはまあそうですけど、と控えめに答える椛。
そんな様子に、文はむう、と頬を膨らませる。
「そんな辛気臭い顔しないで、せっかくの温泉なんだから椛も楽しまないと」
「楽しむって…お仕事なんですよ!」
真面目な椛にとって今回のことはあくまで地底視察のための仕事。だから真面目に取り組もうとしない文の態度を改善してほしくて、声が大きくなってしまった。
一方文も、仕事一辺倒で旅行を楽しもうとしない椛には何とかしてその考え方を改めてほしかった。
そこで文は一計を案ずる。
「ねえ、椛…」
「な、なんですか!?」
文は椛の肩に手を回し、自分の方へと寄せた。
そして、椛の耳元で、息を吹きかけるかのごとく優しく話しかける。
「確かに仕事は大切だけど、わたしは貴女との時間も大切にしたいのよ…」
「ひゃ…」
「だから貴女にも、わたしとの時間を大切にしてほしいな…」
「ひゃ…ひゃい…分かりました…」
耳元でささやかれ、上ずった声で答える椛。
「ふふ、その言葉、確かに聞いたわよ」
「あ、文さんってばずるいです…」
その言葉さえ嬉しいものであるかのように、文はにんまり笑ってさらに椛を抱き寄せた。
顔が熱くなる椛だが、これは温泉に浸かっているからだ、と自分に言い聞かせるのだった。
そんな文と椛からまた少し離れたところにて
「…………」
「ん、どうしたの雛?」
文たちの様子をじっと見ていた雛と、その隣で気持ちよさそうに温泉に浸かっていたにとり。
雛は、仲良くくっついている文と椛を見て、羨ましく思っていた。
そして
「ねえにとり、アレ、やらない?」
「ひゅい!?ア、アレって、もしかして…」
驚き、あからさまに身を強張らせるにとり。
雛はにこりと笑って、そんなにとりを問答無用で引っ張り寄せた。
にとりは雛に背中を向けて雛の膝の上、そして雛は後ろからにとりに抱きつく。
「ひ、雛ぁ~、これは家の浴槽が狭いからであって、広い温泉では…」
温泉に浸かっているのとはまた別の理由で、体が熱くなり顔が赤くなるにとり。
雛は楽しそうに、にとりの耳元で話しかけた。
「あら、広さなんて別にいいじゃない。それとも、嫌だった?」
「それは…その…」
いじわるっぽくささやく雛に、にとりは言葉が詰まってしまった。
そして意を決したように、ぽつりぽつりと言葉を発する。
「い、嫌、じゃないよ…その…う、うれしい…かな…」
「ふふふ、にとりってば素直でいい子ね」
その言葉を聞いて、嬉しそうににとりの頭を撫でる雛。
「ひ、雛のいじわる…」
顔半分を湯船に沈め、ぶくぶく泡を吹かすにとりであった。
また少し離れたところ、慧音、妹紅、輝夜の三人が輪になって湯船に浸かっていた。
「ふー、少し熱めのお湯だな。二人は大丈夫か?」
慧音の問いかけに、輝夜はふふん、と自慢げに鼻息をふきだして答えた。
「妹紅のちゃちな火に比べたら頑張っている方だけど、こんな熱さなんでもないわ」
「…それはどういう意味なのさ」
輝夜の挑発に、くってかかる妹紅。その反応に、輝夜はさらに挑発を重ねる。
「どういう意味って、そのままの意味よ。妹紅の火なんて大したことないって言ってるの」
「ふーん、試してみる?」
「おいおい、やめないか」
片手に炎をたぎらせる妹紅に、輝夜は不敵に笑う。
そんな二人に慧音は、喧嘩はやめろと止めにかかる。
「風呂では今までのことは横に置いておくという約束だろう?それとも、ガツンと一発喰らいたいか?」
「う…分かったわよ…」
「ゴメン、慧音…」
頭突きをいくぞ、と言わんばかりに自身の額を指す慧音に、妹紅と輝夜はしぶしぶ身を引く。
しかし、いつものように喧嘩ができず、二人は少し欲求不満である。これもあまりよくないな、と考えた慧音は、妙案を思いつく。
「そうだ、お前たちどうしても勝負したいんだったら、あそこでしたらどうだ?」
そう言って慧音が指差したのは
「あれは…」
「サウナルーム?」
妹紅と輝夜が振り向いた先には、扉が一つ。その扉には「サウナルーム」と書かれた板が打ち付けてある。
「ああ、汗をかくために特別温度を暑くしている部屋でな。お前たち、どれだけ長く入っていられるか勝負でもしてみたらどうだ?」
「「やる!」」
慧音の提案に、妹紅と輝夜は目を輝かせて答えた。いつもみたいな勝負形式ではないけれど、とにかく勝負ができる。こんなに嬉しいことは無いのだ。
そして二人は、いそいそとサウナルームに向かい、中へ入った。
「へえ、予想以上の暑さね…」
「あら、妹紅ったらもうギブアップかしら?」
「こ、こんなの全然平気だよ!輝夜こそ、すぐに参っちゃうんじゃないかな」
「わたしはこんなの全然平気よ。あんたのちゃちな火で、熱には慣れてるから」
お互い意地を張りつつ、並んで腰かけた。
そして三分経過。
「さ、三分って意外と長いのね…」
「輝夜はもう降参かな?」
「ち、違うわよ!あんたこそ少し苦しそうなんじゃない?」
「そ、そんなことないよ。余裕余裕」
五分経過
「も、妹紅、降参するんだったら今のうちよ」
「ま、まだまだこれくらい」
「そ、それでこそ張り合いがあるってもんだわ」
八分経過
「か、輝夜はそろそろ苦しいんじゃない?わたしは全然平気だけど…」
「も、妹紅こそ、顔が早く出たいって言ってるわよ。わたしは全然平気だけど…」
十分経過
「ず、ずいぶんと…真っ赤じゃない…真っ赤な妹紅…体を張った…一発芸かしら…?」
「か、輝夜だって…まるで…茹でダコだよ…タコお姫様…」
「ふ、ふふふ…」
「は、ははは…」
十五分経過
「「プシュー…」」
「お前らいいかげんに出てこい!」
慧音が扉を開けると、二人は真っ赤になって力なく寄り添っていた。まるで煙が出ているかのようだ。下手にサウナに居続けるのは危ないのだ。慧音も二人がここまで意地を張ってサウナから出てこないとは思っていなかった。計算違いである。
慧音は急いで二人をサウナルームから引っ張り出す。グロッキー状態の二人は重たかったが、頑張って外まで連れ出した。
「おおい!こっちにも担架二つ、急いでくれ!」
慧音が叫び、再び燐、空、ゾンビフェアリーが急いで担架を持ってきて、二人を休憩所まで運んで行った。
並んで運ばれる途中、二人は
「や、やるじゃない妹紅…さすがはわたしのライバルね…」
「か、輝夜だって…まさかここまで渡り合ってくるとは思わなかったよ…」
奇妙な達成感じみたものを感じていたのである。
「まったく、どいつもこいつも何やってるのよ…」
あちこち非常に騒がしい風呂場に、湯船に浸かりながら霊夢はため息をもらした。
一方、隣の早苗は楽しそうに笑っている。
「いいじゃないですか。みんな温泉を楽しんでるみたいで」
「何言ってんのよ。一悶着あったら困るのはあんたらでしょうが」
「あ、そうでした」
体験版温泉旅行ツアーで何か問題が起きてしまったら、その後の計画が一切ふいになってしまう。守矢神社も地霊殿も損害は計り知れない。
そのような責任があることは確かなのだが、やはり早苗は楽しさの方が先に出てしまう。
皆でわいわいお風呂に入る。滅多にできないその体験が、非常に面白いのだ。
早苗はくるっと霊夢の方を向く。
「そうだ霊夢さん、後で背中の流しっこしませんか?」
「嫌よそんな子どもじみた事」
「えーいいじゃないですかー、やりましょうよー」
「い、嫌ったら嫌よ!」
にっこり笑って誘う早苗に、霊夢は風呂に入る前に少し顔を赤くして答えた。
そんな霊夢の様子に、やっぱり楽しいな、と思う早苗であった。
入浴が終わり、夕食の時間になった。宿泊者たちは浴衣に着替えてぞろぞろと宴会場に集まる。
畳敷きの宴会場ではさとりが待っていて、宿泊者たちを出迎えた。
「どうぞ、お席にお着きください。お食事とお酒をご用意させていただいております」
相変わらず旅館の女将、という雰囲気を崩さず丁寧に応対している。
さとりに言われて各自、自分の席に着いた。目の前には美味しそうな料理が置かれ、一同は目を輝かせる。
「本日は地霊殿にお越しいただきありがとうございます。皆さまどうぞお楽しみください」
深々と頭を下げるさとり。本当に板についているようだ。
ここで、さとりは障子の方に手を向けた。
「宴会のお供に、地底の妖怪を呼んでおります。どうぞ彼女らとご一緒にお楽しみください」
そう言うと、障子がすすっと開いて四人の妖怪が入って来た。
各自入って来るのと同時に挨拶をする。
「いよ!」
「妬ましい…楽しげな雰囲気が妬ましい…」
「どうもー」
「………ぺこり」
挨拶と呼べるのか疑わしい者もいるが、とにかく先陣を切って入って来たのが星熊勇儀、その後ろに水橋パルスィ、続いて黒谷ヤマメ、そしてヤマメの手には大きな桶があり、その中にキスメがいる。
入って来た面々を見て、最初に声をあげたのは魔理沙だった。
「おいちょっと待て。一人、一緒に酒を飲んだら確実にこっちが酔い潰れる奴がいるぞ」
「ははは!まあ細かいことは気にせずパーっといこうじゃないか!」
鬼はうわばみ。酒豪の多い幻想郷の中でも鬼たちに最後まで付き合えるのはごくごく少数である。
魔理沙の言葉は至極正当なものであるが、勇儀は豪快に笑ってそれをいなした。
その件はとりあえず片付いたことにし、今度は早苗が立ち上がる。
「それではみなさん、今日はお集まりいただきありがとうございました。僭越ながら乾杯の音頭をとらせていただきます!」
「御託はいいから早くねー!」
霊夢の茶々に、場はどっと盛り上がる。早苗は少し照れたように笑った。
「では待ちきれない方もいるようなので、早速いきます。かんぱーい!」
早苗の音頭に、全員が、かんぱーい!と合わせ、ともあれそんな感じで地霊殿での大宴会が始まったのである。
「さあ妹紅、サウナでは引き分けだったけど、今度はこっちで勝負するわよ」
「望むところね。永琳の胃薬なんて無いから、どうなっても知らないよ」
二人は盃に酒を注ぐと、それをぐいっと飲み干した。
「二人とも元気だな」
先ほどまで真っ赤になってへばっていたのにもう復活している。そんな二人の様子に慧音は苦笑いする。こういう勝負なら迷惑はかからないから問題ないだろう。
そんなとき、勇儀がやって来て三人の傍に座った。
「おお、いい飲みっぷりだねえ。わたしも混ぜてもらおうかな」
彼女もまた盃いっぱいに酒を注ぎ、それを一気に飲み干す。
それを見て、輝夜と妹紅はおお、と歓声を上げる。
「貴女もなかなかの飲みっぷりじゃない。そうだ、三人だけじゃつまんないからもっと参加させましょうよ」
「それいいね。おーい!ここで飲み比べしてるけど、みんなも一緒にやらない?」
妹紅の呼びかけに応じない者は誰一人いなかった。最終的な勝者は間違いなく勇儀であろうがそんなことは関係ない。みんなお酒が大好きなのだ。
こうして宴会開始直後、さっそく飲み比べが始まったのである。
まず脱落したのは子どもたちだった。
体の小さい彼女たちは酔いが回るのも早く、あっという間にテンションがハイになった。
「一番ミスティア!歌いまーす!」
バッと手をあげ立ち上がり、歌い始めたミスティア。周りからはやんややんやの声が出る。
場の雰囲気もどんどん盛り上がり、ミスティアの歌い声もますます陽気になる。
そしてリグルも立ち上がった。
「伴奏に虫の音色もどうぞー!」
コオロギや鈴虫を操ってきれいな音色を奏でる。こちらにも大きな歓声が上がった。
特に同じ蟲の妖怪ということで打ち解けたヤマメなどは、いいぞーリグルー!など大きな声をあげている。
宴会場の空気は一気に夜雀の歌声と虫の響き、そして酒精の勢いに飲みこまれた。
「見て見て大ちゃん!この子大ちゃん二人分だよ!」
「ホントだ、わたしと同じ色だね」
こちらはすっかり酔いが回ったチルノと大妖精。チルノはキスメの髪の毛をひょこひょこ触り、大妖精に見せている。
何が二人分かと言うと、緑の髪の大妖精がサイドポニーであるのに対して、同じく緑の髪のキスメがツインテールで二倍なのである。
「………ふふ」
チルノに髪の毛を触られていたキスメは無口であったが、少し恥ずかしそうにはにかんでいた。
三人の楽しそうな様子を見て、キスメの友人であるヤマメがやって来る。
「キスメってばすっかりその子たちと仲良くなったのね。その子ってちょっと照れ屋で無口だけど、とってもいい子よ」
「うん!あたいらは仲良しだよなキスメ!」
「………こくん」
チルノににこっと笑いかけられて、キスメもちょっと顔を赤らめながらうなづいた。
「…まさか…ライバル出現…?」
ポツリと、誰にも聞こえないようにつぶやいたのは大妖精。やけに楽しそうなチルノとキスメに、何故だかちょっとした危機感を覚えたのだ。ぐぬぬ、としかめっ面をする。
そんな大妖精を離れたところから眺める緑の双眸がある。
(なかなかの嫉妬ね…いい肴だわ…)
嫉妬心を操るパルスィにとって、他人の嫉妬は心を満たすご馳走なのだ。
「うへへへへ、魔理沙ぁ~」
「うわ!?おいルーミア、お前相当酔ってるだろ?」
「酔ってないってば~」
変な笑い声をあげながら、魔理沙に抱きつくルーミア。酔ってないというのは酔っ払った者の言うセリフなのである。
魔理沙は大きくため息をついた。
「まったく、一体何を飲んだんだ?」
あたりを見回してみると、さっきルーミアが座っていたところに空の酒瓶が一本転がっていた。
その銘柄は「清酒・龍殺し」
「おい!あれってものすごくきついやつじゃないか!?」
「ああ、いい飲みっぷりだったよ」
驚く魔理沙に、豪快に笑いながら話しかけてきたのは勇儀。
勇儀は、ルーミアがいかに酒瓶一本飲み干したのかを語り出した。
「いやー注いだら注いだだけぐびぐび飲んじゃってね。すごいのなんのって」
「そのおかげで今こんな状態だけどな」
魔理沙にしがみついて離れないルーミア。咎めるような目つきの魔理沙に、すまんすまん、と手を頭の後ろに回して謝る勇儀。
するとルーミアは、何かを思いついたのか、自分の顔を魔理沙の顔に近付けた。赤い瞳が非常に近い。
「うふふふふ、まーりさ♪」
「ル、ルーミア一体なにを…」
するんだ、と言おうとする魔理沙だったが、できなかった。
魔理沙の口はルーミアの口によって防がれ、言葉を出せなかったのだ。
「んちゅ~~~~」
「おお…」
熱い口付けに、思わず感嘆の声を出す勇儀。
長い長い口付けはルーミアの息がもたなくなるまで続けられ、ようやく解放されたときには魔理沙もかなり苦しそうだった。
「…ぷはぁ!ル、ルーミア!?」
「えへへ、魔理沙とちゅーしちゃった~」
思いがけないルーミアの大胆行動に、魔理沙の顔は真っ赤に染まった。
ここで魔理沙は周囲の目線に気付く。全員がニヤニヤした目で自分たちを見ているのが分かった。
そして
「もう一回!もう一回!」
誰かが最初に声をあげ、以降はそれに合わせて全員がアンコールする。酒精に飲みこまれた宴会場において、当然の流れであった。
「ははは…ちょっと待てお前ら、冗談だよな…」
「まあまあそう言わず、みんなの期待に応えてやるんだな」
「ゆ、勇儀!?は、離せ!」
今すぐこの場から逃げ去りたい魔理沙だが、逃げられない。勇儀にがっしりと羽交締めされ、身動きが取れないのだ。
周囲のアンコールはますます大きくなった。
「いけールーミアー!」
「やれやれルーミアー!」
「ね~らいうち~♪」
「れ、冷静になれルーミア!お前は冷静になればちゃんとできる子だ!」
周囲からは囃したてる声と盛り上げる夜雀の歌声。それらをかき消そうと若干涙目になりながら必死に大声を出す魔理沙。
そして当のルーミアはというと、実は酔いが回りすぎて状況が良く分かっていなかった。唯一分かっていたのは、目の前に大好きな魔理沙がいるということだけである。
だがそれさえ分かっていれば十分だった。ルーミアは再び自分の顔を魔理沙の顔に接近させる。
「魔理沙ぁ~、ちゅ~~~」
「ち、畜生おおおぉぉぉ!!」
魂のこもった叫びも虚しく、公開接吻はルーミアが酔い潰れて眠るまで続いたのであった。
「ふふふふふ」
「ビクッ!」
雛が笑ったのと同時に、にとりは驚いて雛から距離をとった。
「あらあら、どうして逃げるの?」
「雛との付き合いも長くなってきたからね…雛が今何を考えているのかは大体分かるよ…」
ニコニコ笑っている雛と警戒の色を隠さないにとり。雛の顔にはほんのり赤みがさしている。間違いなく酔っていた。
「じゃあ、わたしは今何を考えているでしょう?外したらにとりの負けね」
「う…」
にとりは言葉に詰まった。雛が何を考えているのかは分かっている。だがそれをみなまで言うのは恥ずかしい。
仕方ないので、少しぼかした言い方をする。
「つまり、今魔理沙とルーミアがやっていることを自分もやろうと思ってるんでしょ?」
これが、にとりにできる精一杯のぼかした表現だった。
顔を赤らめるにとりに、雛はにやっと笑う。
「残念でした~、正解は魔理沙たちよりもっと激しいキスをする、でした~」
「ええ!?そんなの反則…って、ひ、雛!?」
驚くべき身のこなしで近付いてきた雛に両肩をがっしりと掴まれたにとり。脱出不能である。
そして雛は、にとりの顔をまっすぐ見据えて、艶やかな声を出しながら顔を近付ける。
「さあにとり…間違えたんだから罰ゲームよ…」
「ま、待って雛!話せば分かる!」
必死になるにとりだが、雛は止まらない。
「話せば分かるんだったら、厄なんて溜まらないわよ」
「あ、ああ…ああああああ!!」
にとりの絶叫によって、魔理沙たちに釘づけだった各々の目線がこちらにも移る。
公開接吻二号誕生の瞬間であった。
「ははは!楽しいね、慧音」
「ああ、まったくよくここまで盛り上がれるものだと感心してしまうよ」
飲み比べで浴びるように飲んでいた妹紅は、大笑いしながら慧音に話しかけた。慧音も楽しそうに答える。
一方あまり面白くないのは輝夜だった。
「…何よ妹紅ったらさっきから慧音慧音って。わたしとの勝負の途中じゃない、バーカ」
「ん、何か言った?」
ポツリとこぼした輝夜に、振り返る妹紅。しかし輝夜はそっぽを向いてしまう。
「何でもないですよーだ」
「??」
一体輝夜が何を不機嫌そうにしているのか分からない妹紅は、首をかしげてしまう。
それを近くから眺めている緑の双眸がある。
(…ああ、いい嫉妬心だわ。そうだ、ちょっといたずらしてみようかしら)
嫉妬心を操る水橋パルスィは、嫉妬する者を見るのが大好きだ。なので、ここで輝夜の嫉妬心を増幅させようと策を弄じた。
パルスィは妹紅と輝夜の間に移動し、妹紅に話しかける。
「ねえ、妹紅さん」
「ん、あんたは確か…パルスィだったかな。何か用?」
酒の影響かずっと陽気な笑顔の妹紅に、パルスィはさらに身を寄せ、その腕に抱きついた。
突然の行動に、妹紅の顔は一気に困惑したものになる。
「わあ!?いきなり何!?」
「妬ましいほど美しい瞳…美しい髪…それにいい香り…」
「え、ちょ…」
じっと見つめてくる緑の瞳に、妹紅の心拍数は跳ね上がる。しどろもどろになって言葉にできない。そしてパルスィの行動はさらにエスカレートする。
今度は自分の顔を妹紅の胸元にうずめ、両手を背中に回す。最後にポツリと一言。
「貴女にだったら…何をされてもいい…」
「え、あ、あの…その…」
ぐいぐい攻め込んでくるパルスィに、妹紅は混乱する。この混乱は最早酔っている云々の問題では無かった。
そんなとき
「妹紅!」
輝夜がバッと立ち上がり、妹紅に怒鳴りつけた。そしてまくしたてるような輝夜の言葉が続く。
「あんた、わたしとの勝負中に女の子を侍らせるなんていい度胸ねえ?それとも、もう勝負は降りちゃったのかしら?」
その言葉に、妹紅はむっとして立ち上がる。
「まだまだこれからよ!そっちこそさっきからつまんなさそうにちびちび飲んで、もう勝負は降りてたのかと思ったよ!」
二人は顔を突き合わせにらみ合い、そして盃いっぱいの酒を一気に飲み干す。周りからは喝采が上がった。
「いい嫉妬だったわ…ごちそーさま」
いつの間にやら妹紅から離れていたパルスィは、悦に入った感じでボソッっとつぶやいた。実際、妹紅にくっついていたときに背後の輝夜から感じた嫉妬心は相当のものだった。いい肴になりそうである。
「あら、あっちからも嫉妬を感じる」
パルスィが見た先には、鴉天狗と白狼天狗、そして鴉天狗にひっつかれている地獄鴉の姿があった。
「いや~お空さんの羽はいい毛並ですねえ」
「うにゅ、くすぐったい」
宴会場に転がる空の瓶や徳利を片付けたり、新しい酒を持ってきたりしていたときに、空は文に呼び止められた。
そしてこの状況である。さんざん空の羽を撫で続けた文は、満足したのか今度は頭を撫で始めた。
「この黒い髪も艶があっていいですね…同じ鴉として、羨ましいですね…」
「う、うにゅ~」
空を抱き寄せて撫でている文はたいそう嬉しそうであった。
隣にはそれをちらちら見ながら、つまらなさそうにしている白狼天狗がいたのだが。
(文さん、さっきから空さんとばっかり楽しそうにして…)
しょんぼり肩を落として、手にした盃をくいっと飲む。
「お風呂では、文さんとの時間を大切にしろって言ったくせに…」
「んっふっふ~、椛ってば寂しそうねえ」
「うひゃあ!あ、文さんいつの間に!?」
気付けば文は既に空を解放し、椛に顔を寄せていた。そしてにやにや笑っている。
「仕事仕事と言っておきながら、やっぱり椛はわたしがいないと寂しくて死んじゃうのね。嫉妬している顔は可愛かったわよ~」
「ま、まさかそのために空さんとくっついてたんですか!?」
たじろぐ椛に文は、さあそれはどうかしらね、とはぐらかす。
「さあて、可愛い椛にスキンシップと洒落込もうかな…」
「あ、文さん目が据わってますよ!それに何ですかその手の動きは!?」
椛の言う通り、すっかり酒が回っているのか完全に目が据わっている。そして両手の指は、不自然にわきわきと動いていた。
文は椛ににじり寄ると
「そーれ!椛もみもみ~」
「きゃあああああああ!」
そのまま椛を押し倒した。その様子を端から見ていた空は
「うにゅ?よく分かんないけど何か楽しそう」
首をかしげながら、目の前の可笑しな光景に笑っていた。
また、その様子を先ほどからちょっと離れて見ていた緑の双眸は
(あーあ、もう少しあの嫉妬を見ていたかったんだけどな…)
文が椛にくっついてしまったため、椛の嫉妬は無くなってしまった。酒の肴を逃したパルスィは、少し残念そうに心の中で舌打ちした。
「あははははは!」
「ホントによく笑うわねえ。その内顎が外れるんじゃないの?」
笑い上戸のように大笑いし続ける早苗に、霊夢は頬杖をつきながらしながら言った。
早苗はまたあははと笑って、霊夢の方を向く。
「だって楽しくて仕方がないんですよ。もう雰囲気から何から楽しいことばっかりで」
一応早苗は仕事で来ているのだが、そんなことは忘れて本当に楽しんでいるようだった。
いつまでも絶えることがない笑いに包まれた宴会場。それは至福の空間である。
「外の世界ではこんな風に友達と大騒ぎすることなんてありませんでしたから」
風祝としての体裁もあり、派手に騒ぐことはできなかった。それを除いても、校則やらその他規則などがあるのだから、バカ騒ぎはしにくい。
しかし、ここではややこしい規則は無いままに、みんな楽しくはしゃいでいる。
「今は、幻想郷に来て一番楽しい時間です!」
「あんたがそう思うんなら、きっとそれでいいのよ」
にっこり笑う早苗に、にこりと笑い返す霊夢。二人は乾杯して、一杯の盃に口をつけた。
楽しかった宴会は終わり、皆は各々の部屋に戻った。また勇儀、パルスィ、ヤマメ、キスメも帰っていった。
ちなみに飲み比べは勇儀の優勝だった。二位はやけ酒を飲んでいた魔理沙、三位は特に勝負意識の強かった妹紅と輝夜が同量飲んで分けた。
ここは鴉の間。
「ねえにとり~機嫌直してよ~」
あたふたしている雛に、にとりは背中を向けて黙っている。その背中からは、怒りのオーラが伝わってくる。
黙り続けていたにとりは、くるっと首だけ回し、雛の方を見る。
「…あんなことしといて、憶えてないってどういうことよ」
雛曰く、気付いたらにとりが自分の下にいて周りからは大喝采を浴びていた、ということである。その間何があったのか全く思い出せないのだった。
「何かひどいことしちゃったんなら謝るから!だから機嫌直してよ」
「ひどいことっていうか…その…」
一生懸命頭を下げる雛に、顔を赤らめるにとり。ひどいことと言うか何と言うか、とにかくにとりにとって強烈なことであったのは間違いない。
ここで雛は、そうだ、と言う。
「わたしがにとりにしちゃったことを、仕返しでにとりがわたしにするっていうのはどう?これでおあいこにならない?」
「え…」
仕返しに同じことをするというのは、つまりそういうことである。にとりの顔はもっと赤くなる。
いつもならここで戸惑いまくるにとりだが、何故か今日は違った。このチャンスを活かしてみようかと思い至る。いっそのこと、雛よりもっと大胆にいってやろうかとまで考えた。
何故ここまで肝が据わったのか、それはきっとお酒のせいだ、と自分に説明する。
「じゃあ、目を閉じて、じっとしてて」
「うん、分かった」
じっと目を閉じた雛の無防備な顔に、そっと自分の顔を近付けるにとりだった。
鴉の間の外に置いてある机と椅子。
そこで文は、記事作りと今回の視察の報告書作りをしていた。
「あんなに飲んだ後なのに、精が出ますね」
その様子を横で見ていた椛がそう言うと、文はふふふ、と苦笑した。
「まあ、何だかんだ言っても上への報告は仕事だから、組織に所属する以上やることはきっちりやっておかないと。それに…」
「それに?」
文は、自分たちの部屋である鴉の間に目を遣った。
「あんな甘い空間、辛党のわたしには正直きつい」
文が何のことを言っているのか、椛は重々承知している。だから椛もあははと笑った。
「わたしも手伝います。上への報告はわたしの仕事でもありますし、甘いものが好きなわたしでもあの空気は耐えられそうにありません。それに…」
「それに?」
文が椛の顔を見ると、すこし照れくさそうにしていた。
そして、もじもじしながら口にした言葉は
「…今回の旅行では、貴女との時間を大切にしたいですから」
顔いっぱいを赤くして、そう言い放つ。恥ずかしさのあまりもじもじが加速し、顔を伏せる。
そんな椛に、文は目を丸くした。
「椛もじもじか、新しいわね」
そうおどけてみせた文の顔も、実は少し赤くなっていたのであるが、顔を伏せている椛は気付かなかった。
猫の間。
すっかり酔い潰れたルーミアを除き、全員まだ起きている。そして元気有り余る子どもたちが宿泊先でやることと言えば
「喰らえチルノー!」
「うわ!やったなミスチー、お返しだー!」
「きゃー!」
枕投げである。
部屋に戻って来ると既に敷いてあった布団の枕、そして押入れにあった枕を使って投げ合いをしていた。
自然とチームが分かれ、それぞれチルノと大妖精、リグルとミスティアが組んで部屋の端と端に陣取っている。
「リグルちゃん、えーい!」
「やるな大ちゃん、これでも喰らえ!」
「わー!」
「こらー大ちゃんをいじめるなー!」
「隙あり!えーい!」
「うわあ!卑怯だぞミスチー!」
「ふふふ、他人を庇っている余裕なんてないのよ!どんどんいくよリグル!」
「おー!」
部屋の端から部屋の端へ飛び交う枕。その真ん中には魔理沙が立っていた。
「おいお前らあんまりさわ…ぐへっ!」
最後まで言葉を紡げない。流れ弾が邪魔をするのだ。
「ルーミアはもう寝てるんだし…のぉ!」
枕が顔面にヒットした。地味に痛い。
「おいお前らもしかしてわたしを狙って…わぁ!」
四方からいくつも枕が飛んできた。対抗していた筈の二つのチームはいつしか一つになり、魔理沙に集中砲火を浴びせる。身をかがめてそれに耐える魔理沙は、ついに切れた。
「いいかげんにしろよお前ら!魔法使いを怒らせるとどうなるか、思い知らせてやる!」
「わー魔理沙が怒ったー!逃げろー!」
わーわー部屋の中を走り回る子どもたちに、大量の枕を投げつける魔理沙。
一方、ただ一人眠っているルーミアは
「むにゃむにゃ、えへへ…すぅすぅ…」
楽しい夢を見ているのか、ニコニコ笑いながら寝息を立てていた。
石の間。
部屋に戻って来た慧音、妹紅、輝夜は、部屋の様子に首をかしげていた。
「おかしいな、布団が一枚足りない」
慧音の言う通り、本来三枚敷かれていなければならない布団が何故か二枚しかなかった。
押入れの中なども調べて見たが、見当たらない。
「ちょっとさとりに確認してくるから、お前たちは待っていてくれ」
慧音が部屋から出ていって、残ったのは妹紅と輝夜。
二人の間には微妙な距離があった。何となく気まずい雰囲気で、沈黙が続く。
そして
「ねえ、妹紅…」
「ねえ、輝夜…」
二人同時に口を開いた。お互い驚き、言葉が止まってしまう。
「な、何よ妹紅、先に言いなさいよ」
「い、いやそっちこそ」
慌てふためき譲り合う二人だったが、先に意を決した輝夜がじゃあわたしから、と話し始める。ただ、どうしても妹紅と目をあわせることができず、背けている。
「えっとね…き、今日は楽しかったわ…あ、ありがとう…」
「え?」
「だ、だから!いつもみたいな勝負じゃないけど楽しかったって言ってるのよ!ほら、次はあんたの番よ!」
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら早口で言う輝夜。
さっさと喋るよう促された妹紅も、顔が赤くなってきた。
「い、いやその…わ、わたしも楽しかったよ。さっきはそれを言おうと思って…」
お互い、言いたいことは同じだったのである。それが分かった二人は、相変わらずの赤い顔をしながら、ゆっくり歩み寄り、握手を交わした。何のための握手かは両方ともよく分かっていなかったが、とにかく握手をしようと思ったのだ。
「そして二人だけの世界に突入し、あんなことやこんなことを…」
「「!?」」
突然の第三者の声。
驚いた二人はすさまじい速さで声がした方を見た。するとそこには黒い帽子をかぶった少女が一人。
その少女は妹紅と輝夜ににっこり笑いかけた。
「こんばんは。古明地さとりの妹、古明地こいしです」
「あ、どうもこんばんは…じゃなくて、いつの間に!?」
飄々とした態度で挨拶してくるこいしに、つい挨拶を返してしまった輝夜だったが、気を取り直して尋ねた。
部屋には二人しかいなかった筈だし、誰かが入って来たのでもない。にもかかわらずこいしはここにいた。
「んー、実は最初からいたんだけど、まあ細かいことはいいや。それでお二人さん、この後さっきの魔法使いとか河童みたいなことにはならないの?」
「魔法使いとか河童…?」
「そ、それって…」
こいしの言っている意味を理解し、妹紅と輝夜は湯気が出そうなほど真っ赤になる。
「だ、だだだ誰があんなことするもんか!」
「そ、そうよ!子どもがませたこと言うもんじゃないの!」
「あはははは!二人とも息ぴったり~。いっそ結婚しちゃえば?」
「「け、結婚…」」
必死になって否定する二人は、こいしの言う通り息が合っていた。
それをこいしにからかわれ、妹紅と輝夜の恥ずかしさのボルテージは限界を超えつつある。
そんな折、部屋の外から声が聞こえてきた。
「大変申し訳ございませんでした。それにしてもおかしいですね。ちゃんと人数分用意しておいた筈だったんですが」
「気にしないでくれ。こうして新しい布団を持ってきてくれたんだから問題ない」
さとりと慧音の声だった。
それを聞くや否や、こいしは慌てだした。
「あ、やば、お姉ちゃんだ。じゃあねお二人さん、いつまでも仲良くね!」
「え?」
「き、消えた…?」
確かに今まで目の前にいた筈のこいしが、どこにも見当たらなくなってしまった。
そして、部屋の戸が開き、慧音たちが入って来る。
「手なんか繋いでどうしたんだ?ひょっとして仲直りの握手か?」
「い、いやそんなんじゃないよ!」
「そ、そうよ、別に仲良しなんかじゃないわよ!」
相変わらずの息の合いようでバッと手を離す二人に、不思議そうな顔をする慧音だった。
(…ちょっといたずらで布団を二枚だけしか意識できないようにしてみたけど、面白いもの見ちゃったな)
無意識を操る妖怪こいしは、誰も自分を意識できないようにして、部屋の隅でまだ様子を窺っていた。
(あれが噂に聞いた「つんでれ」ってやつなのかな?)
つんでれって面白い。そう思うこいしであった。
最後にこちらは覚の間。
ここでは早苗と霊夢が談笑していた。
「本当に楽しかったです。修学旅行を思い出しました」
「修学旅行?」
聞きなれない言葉に、オウム返しに聞き返した霊夢。そうかこっちにはそんなもの無いか、と早苗は修学旅行の説明をする。
「簡単に言えば、学校の生徒で旅行することです。とても楽しいんですよ」
これだけの説明では、具体的にどういうものなのかいまいち分からない霊夢であったが、早苗の口ぶりからして楽しいものであるのは間違いないらしい。
「でも、色んな規則に縛られにくい分こっちの方が楽しいかもしれませんね。修学旅行だと、はしゃぎすぎると怒られちゃいますから」
「難儀なのね」
霊夢がそう言ったとき、突然部屋の明かりが消えた。
「え、停電?」
「しっ、静かに…外に何かいるわ」
霊夢に言われて集中してみると、確かに部屋の外に何者かの気配があった。そして障子戸の隙間から、微かに青白の淡い光が部屋の中に差し込んできている。
早苗と霊夢が固唾を飲んで警戒していると、障子戸がバッと開いた。
「うらめしやー!」
「あ、バカ!」
出てきたのは、大きな紫色のから傘をもった少女と、奇妙な形をした羽の少女。
「小傘さんと、ぬえさん…?」
早苗が二人の名前を呼ぶが、気付いていないのか二人はそれを無視して話し続けている。
「わたしが正体不明の種を植え付けてから入る予定だったろ!何でいきなり開けちゃうの!」
「あ、ご、ごめん!どうしよう…」
「どうしようったって…」
「と、とにかくやり直し!」
そう言うと小傘はバタンと戸を閉めた。
終始呆気にとられていた霊夢は、身動き一つ取れなかった。
一方早苗はふるふると震えている。怒っているようだ。そして立ち上がり戸の方まで歩いていく様を、横で霊夢はただ見ていた。
「小傘さん、ぬえさん」
「ひぃぃ!さ、早苗…」
「とにかく逃げるぞ小傘!」
早苗が戸を開けるとそこにはまだ二人の妖怪がいた。
驚き腰を抜かす小傘と、急いで逃げようとするぬえだったが
「逃がしませんよ」
ゴツン!とげんこつが一発ずつ、小傘とぬえの頭に炸裂する。逃げることは叶わなかった。
「はるばる地底まで何しに来たんですか?」
逃げられなかった小傘とぬえは、部屋の中で正座させられていた。そして早苗のお説教である。それを霊夢は横で見ていた。
早苗の質問に、恐る恐る小傘が答える。
「…驚かそうと思って、ぬえちゃんと一緒に来ました」
「ぬえさん、間違いはないですか?」
「う、うん…」
びくびくしながら答える二人に、早苗は、はあ、と大きくため息をついた。
「わざわざそれだけのためについてくるなんて、その根性はある意味すごいですね…」
「わーい、褒められた」
「褒めてません」
即答された小傘は、ぐっと縮こまる。
重い空気の中、次に口を開いたのはぬえだった。
「ま、まあ小妖怪の可愛いいたずらだと思って、大目に見てよ。まだ誰も驚かしてないんだし」
最初に驚かそうとしたのは早苗と霊夢であるから、確かにまだ誰も驚かしてはいない。小妖怪かどうかは別として。
早苗はうーん、と考えて
「まあ、げんこつもしましたし、今日はこれくらいで許してあげます。霊夢さんもそれでいいですか?」
「あんたがそれでいいならもういいわよ。特に害があったわけでもないし」
早苗からも霊夢からもお許しを貰って、小傘とぬえは心底安心した。驚かすことには失敗したが、妖怪退治という名のさでずむを貰うよりはずっとましなのだ。
ふう、と大きく息をつくと
「「ぐううううぅぅぅ」」
安心した影響か、二人の腹の虫が同時に鳴った。
「あんたたちお腹すいてるの?」
「そういえばずっと隠れてて何も食べてない…」
「お、お腹すいた…」
霊夢が聞くと、二人はお腹を押さえながら答えた。お昼から何も食べていないのである。
呆れてため息をついたのは早苗。
「さっきの宴会の残りをパックに詰めてありますから、食べてください」
「え、いいの?」
そう聞き返す小傘に、早苗は呆れ顔のまま続けた。
「いいですよ。お腹をすかした妖怪を見捨てるほど、わたしは鬼じゃありませんから」
「ありがとう早苗!」
「恩に着るよ!」
早苗に貰った食べ物を、小傘とぬえは美味しそうにむしゃむしゃと食べ始めた。
食べている途中、お腹をすかした妖怪を見捨てないんならもっと驚いてよ、と小傘が言うと、それは無理です、と早苗は切り捨てた。落ち込む小傘に、あははと笑うぬえ。
「そうそう、二人とももう遅いですから、今日はこの部屋に泊まっていきなさい。さとりさんにはわたしから話しておきますから」
そう言うと、早苗はさとりに事情を話すために部屋を出ていった。
一部始終をずっと横から見ていた霊夢は、何かに納得したように一人うなずいた。
「ここまで妖怪との付き合いも慣れてるんなら、これからも上手くやってけるでしょうね」
退治することも、一緒に暮らすことも満遍なくできている早苗。風祝として、その前に幻想郷の住人として、十分やっていけるだろうなと、霊夢は考えた。
そんな霊夢のつぶやきは聞こえなかったのか、小傘とぬえは変わらず早苗に貰った食べ物を美味しく頂いていた。
そんなこんな各部屋で過ごす内に夜も更け、いつしかどこの部屋からも明かりが消えて静かになった。
皆、眠りについたのである。
翌朝。
「ふぁ~あ、良く寝た…」
一番早く起きたのは霊夢。彼女はもともと早起きで、今日もかなり早く起きた。早苗や他二人はまだ夢の中だ。
「なんで三人とも一緒の布団に入ってるのかしら?」
横を見ると、何故か早苗の布団に小傘もぬえももぐりこんでいて、かなり窮屈そうだ。
他二人にもきちんと布団は用意されているのに、よほど寝ぞうが悪いのか、はたまた二人が早苗に懐いているのか。
「まあ、どうでもいっか。それにしても暇ね…」
起きてもやることがない。いつもは境内を掃除して時間をつぶすが、生憎ここは地霊殿、掃除する境内がない。
「お風呂にでも入ろっかな」
せっかく温泉に来たのだから、朝風呂も悪くないだろう。
というわけで霊夢は、早苗たちを起こしてしまわないように、そっと部屋を出て大浴場に向かった。
霊夢が大浴場にやって来ると、既に入浴者がいた。
しかしそれは他の宿泊者ではなく、地霊殿の者たち。
「あら、さとりたち入ってたの?」
湯船にはさとりとペットの燐が浸かっていた。そして少し離れたところで、こいしが空の体を洗っていた。烏の行水はさせないようにしているようだ。
霊夢に気付いたさとりは、ぺこっと頭を下げた。
「すいません、お湯を頂いております」
どこまでも女将の姿勢を崩さないさとりに、苦笑いする霊夢。
「そんなに畏まらなくてもいいのよ、知らない仲じゃないんだし。そっちのペットもいつもの感じでいいわよ」
「やった。さとり様やこいし様以外に敬語を使い続けるのって疲れるんだよねー」
早速砕けた態度になる燐に、こらお燐、と注意するさとり。しかし霊夢はその方がいいと言うので渋々ながら認め、自分も普段の態度に戻ることにした。
「しかしかなりの手の込みようね。ペットたちにもきちんと仕込んであるみたいだし」
「ええ、頑張りました」
「お空なんて、最初はいらっしゃいませすらロクに言えなかったんだよ」
燐がそう言うと、少し離れていた空が、はっくしょん!と大きなくしゃみをした。
それを聞き笑う三人。
「本当に頑張りました。地底の活性化のための大きな計画ですから。それに、神奈子さんとの約束もありますし」
「約束?」
霊夢が不思議そうな顔をすると、さとりは少し遠い目をして、ええ、と答えた。
「神奈子さんが仰っていたんです。早苗は今まで風祝としての責任を負って頑張ってきたから、息抜きをさせてあげたいんだって。その心からの言葉にちょっと感動しまして、協力することにしたんですよ。それでこの旅行ツアー計画は、実は早苗さんにも楽しんでもらうためのものでもあるんです。早苗さんには内緒ですけどね」
「何で内緒?」
「息抜きしてくださいねって言われると、早苗さん余計に気を遣っちゃうかもしれませんから」
「なるほどね…」
そこで、霊夢はふと思い返した。昨日の早苗の様子はどうだったかと。
思い出すのは早苗の笑顔ばかり。お風呂のときも、宴会のときも、部屋に戻ってからも、ずっと早苗は笑っていた。
「その計画、大成功みたいね」
「そのようですね。貴女の心の中の早苗さんは、ずいぶんと楽しそうです」
「…ホントに悪趣味な能力ね」
霊夢が皮肉を言うと、さとりはふふっと笑った。そして霊夢も、ふふっと笑った。
「そろそろ仕事の時間ですね。お燐、そろそろ戻るわよ」
「分かりました!」
「こいし!お空!そろそろ出るわよ!」
「はーい!」
「わっかりましたぁ!」
さとりの呼びかけに、妹とペットたちは脱衣所の方へ移動した。
最後残ったさとりは、霊夢の方を向く。
「では霊夢さん、お先に失礼します」
「しっかり頑張んなさいよ。そしたらまた来てあげる」
「ええ、次からは宿泊料はしっかり頂きますね」
「…そういうところはしっかりしなくてもいいのよ」
してやられた、といったような霊夢に、さとりはまた、ふふっと笑って脱衣所へ向かって行った。
残った霊夢は、ふう、と大きく息をついて朝風呂を楽しむのだった。
その頃、各部屋でも続々と目ざめを迎えていた。
ここは鴉の間。
「ん…なんだろう…重いな…」
椛が目を覚ますと、自分の上にのしかかる何かがあった。目をこすって視界をはっきりさせると
「あ、文さん!どうしてわたしの布団に入ってるんですか!?」
「あ、椛…おはよう…」
椛の声に目を覚ました文は、寝ぼけた顔でぼそぼそと喋る。
「おはよう、じゃありませんよ!何でわたしの布団に入っているのかと聞いているんです!」
むくりと起き上がって文をどかす椛。対して相変わらずの寝ぼけ顔で文は大あくびをした。
「いやー貴女が寝た後も作業を続けていて、そろそろ寝ようかなと部屋に入ってふと見たらふかふかの布団にもふもふの椛。これは入るしかないじゃない」
「その理論はおかしいです!」
悪びれる様子もなく、えへへと笑う文に、椛の顔の赤みは一向にひかなかった。
すると、横から冷やかすような声が聞こえてくる。
「一緒の布団でお休みなんて、お熱いねえ」
「ふふふふふ」
「あ、貴女達に言われたく…あれ?」
バッと横を向いて反論しようとする椛であったが、違和感に言葉が途切れてしまった。
にとりと雛が別々の布団に入っていたのだ。
「二人は一緒の布団に入ってませんでしたっけ?」
「わたしが寝たときも、一緒だった筈よ。それも熱い抱擁を交わしながら」
寝る前と状況が違う。不審に思う椛と文に、にとりと雛は乾いた笑い声をあげる。
「ふ、二人とも見間違えたんじゃないかな。ほら、酔ってたし。ねー雛」
「そ、そうよ。もしくは夢でも見てたのかもね」
実は、椛たちより先に起きていて、昨晩にとりが酔った勢いでした仕返しを思い出し恥ずかしさのあまり別々の布団に分かれた、などとは言えない二人であった。
こちらは猫の間。
「お、重い…」
魔理沙は目を覚ますとものすごい重みに襲われていることに気付いた。
「な、何でこいつら全員わたしに乗っかってるんだ…?」
大の字になって眠っていた魔理沙の四肢と胴体に、それぞれチルノ、大妖精、ルーミア、リグル、ミスティアは乗っていた。
右腕にチルノの頭、左腕に大妖精の頭、右腿にリグルの頭、左腿にミスティアの頭、そして胴体を覆うように乗っかっているルーミア。
「またいたずらか?それともまさか寝ぞうか?ああ、痺れてきた…」
血の流れが悪くなって感覚が無くなりつつあったようだ。
とにかく早く起こしてどいてもらうしかないと魔理沙は考えた。
「おーい朝だぞ、みんな起きろー」
魔理沙の呼び声に目を覚まし、五人とものったりと起き出した。
そして声を揃えて言う。
「「「「「あれ、何で魔理沙の上に乗ってるんだろ?」」」」」
「お前ら全員寝ぞうかよ!?」
強烈なつっこみが炸裂した、猫の間の朝であった。
石の間。
「のおおおおぉぉぉ!!?」
妹紅の目覚めは、激しい痛みとともにやって来た。
その元凶はというと
「か、輝夜!一体何を…おおおおお!?」
「わたしって寝ぞうが悪いの。そのせいでうっかり妹紅に逆十字固めをきめちゃって。ちなみに目が覚めた今は勢いで続けてるわ。慣性ってやつかしら?」
「そんな寝ぞうがあるか…ああああああ!…慣性のわけないだろ…おおおおおおお!」
緩急織り交ぜた輝夜の攻めに、悲鳴をあげる妹紅。ようやく解放されたころには、ぜえぜえと息を切らしていた。
そして妹紅は反撃に出る。
「今度はこっちの番よ!」
「きゃー!」
お返しにこちらも寝技をきめてやろうと、妹紅は輝夜に覆いかぶさる。そんなタイミングで、もう一人が目を覚ます。
「朝から騒々しいな…………!!」
沈黙。
目を覚ますと、目の前には輝夜に覆いかぶさる妹紅。聡明な慧音は、寝起きでありながらも素早く頭を回転させ状況把握をした。
「察するに、邪魔者のわたしは出ていった方がよさそうだな。それにしても、朝からお盛んだな」
「お、お盛んって…慧音すごい誤解を…」
「せめて、わたしがまだぐっすり眠っている深夜にしてほしかったんだがな」
「し、深夜だろうと朝っぱらだろうと、ありえないわよそんなこと!」
完全に誤解してしまった慧音に、なんとか誤解を解いてもらうところからこの部屋の朝は始まった。
そして覚の間。
「二人とも起きてくださーい。朝ですよー」
「んー…」
「あと五分…」
なかなか起きない小傘とぬえに、早苗は二人の頬をぺちぺちと叩く。すると二人ともようやく起きた。
「おはようございます。で、早速聞きたいんですけど何でわたしのお布団に入ってるんですか?」
二人とも寝る前は自分の布団に入っていた筈なのだが、早苗が目を覚ますと何故かもぐりこんでいた。
早苗の質問に、小傘は明るい顔をして答えた。
「前に早苗と一緒に寝て、朝起きたらお腹がふくれてたことがあったから」
「わたしはそれを聞いて、面白そうだから入ってみたんだ」
でも今日はお腹ふくれてないなーと不思議がる小傘に、前は気のせいだったんじゃないの、と言うぬえ。
しかし、早苗は思い出していた。一度だけ、たった一度だけ、そのときに小傘に驚かされたことがあったことを。
(嫌なこと思い出しちゃいました。あの後、神奈子に説明するのも大変だったし…)
そのときの一悶着、また小傘に驚かされてしまったという悔しさを思い出した早苗は、話を変えようとした。
「霊夢さんの姿が見当たりませんが、どこに行ったのでしょうか?」
「さあ?ぬえちゃん知ってる?」
「わたしも今起きたばっかだし、知らないよ」
まあそうだろうな、と考えながらあたりを見回す早苗。すると、昨日から干してあった霊夢のタオルとバスタオルがないことに気付く。
「どうやら霊夢さん、温泉に行ったみたいですね」
「温泉、わたしも行きたーい」
「わたしも入りたいなー」
温泉という単語に、子どものようにはしゃぐ小傘とぬえ。そういえば二人は温泉には入っていないのである。
そんな二人に、早苗は思わず笑みがこぼれた。
「分かりました、一緒に行きましょう。でも、いたずらしたら沈めますよ?」
「「ウッ…」」
笑顔のままさらっと恐いことを言う早苗に図星を突かれ、おののく二人。
そうして三人は大浴場へと向かったのだった。
朝食の時間がやって来て、全員食堂に集まった。
朝食とは普通、できるだけゆったりと過ごしたいものである。しかし、ここの宿泊者たちにそんな普通は通用しなかった。
「輝夜!それはわたしの玉子焼き!」
「あら、いつまでも残してあるから食べないのかと思ったわ」
「何をー!じゃあその焼き魚は貰うよ!」
「あ、こら!」
「二人とももう少し静かに食事しろ!」
あちらでは子どもじみた料理の奪い合い。
「ねえルーミア。玉子は共食いになっちゃうから代わりに食べてもらっていい?」
「うん、いいよー」
「あ、わたしの納豆も食べて!」
「あたいもサラダはいいや」
「魚はあんまり好きじゃない」
「こら!ミスチーはともかく、大ちゃんにチルノにリグル!お前ら好き嫌いするな!」
こちらでは親子によくありそうな光景。
「どうしたの雛、食べないの?」
「う、うん…昨日のこと思い出すと胸がいっぱいになっちゃって…」
「え…お、思い出させないでー!」
「おお、いいですね!お二人のその乙女チックな表情最高です!カメラカメラ…」
「あ、文さん!睡眠不足でテンションおかしくなってませんか!?」
そちらでは恋する乙女モード全開の二人に、変なテンションの天狗とそれをおさえる天狗。
「か、辛ー!?」
「どうだ驚いたか霊夢!ぬえちゃん直伝の必殺わさび仕込み!」
「きゃー!料理が変な塊に!?」
「昨日は失敗しちゃったけど、正体不明の恐怖、思い知ったか!」
「あ、あんたたち…」
「いいかげんにしなさい!」
「「あだっ!」」
そしてここでは、ゴン!という大きなげんこつの音。
様々な声の飛び交うこの食堂は、食事の場と言うよりまさに戦場であった。ちなみに誰一人として二日酔いはしていない。幻想郷の住人の肝臓は規格外なのである。
騒々しくも楽しい朝食の時間はあっという間に過ぎ、そしていよいよ帰宅の時間がやって来る。
地霊殿から地上に帰る、その時間となった。宿泊者たちは荷物をまとめて地霊殿の玄関前にいる。
地霊殿の面々は勿論、昨日の宴会のために集まった地底の妖怪たちも、見送りにやって来た。
「ばいばいキスメ!また遊びに来るよ!」
「………こくん」
笑顔のチルノに、キスメも照れながらうなずいた。すっかり仲良くなったのである。
そんな二人の間に割って入ったのは大妖精。うわっと驚くチルノを尻目に、キスメの耳元でささやく。
「…チルノちゃんはあげないからね」
「……?」
「どうしたの大ちゃん?」
「ううん、何でもないよ!」
チルノに呼ばれ、振り向いて首を振る大妖精。
一方キスメは、大妖精の言葉の意味がよく分からず、首をかしげるのだった。
「じゃあねリグル。同じ蟲妖怪としてお互い頑張りましょ」
「そだね!ヤマメも元気でね!」
握手をして別れの挨拶をするヤマメとリグル。すると、ヤマメがにやりと笑った。
「ふっふっふ、引っかかったわね…蜘蛛は蛍だって食べちゃうのよ…」
「え、ええ!?」
突然ヤマメの顔が邪悪な笑顔に変わり、掴んだリグルの手を離さない。
慌てふためくリグル。目元に涙が浮かぶ。
「ふふふ…あははははは!」
「…へ?」
リグルが観念していたら、ヤマメは突然リグルの腕を離し、腹を抱えて笑いだす。
「冗談よ、冗談。食べたりなんかしないわよ」
「ひ、ひっどーい!本当に怖かったんだよ!」
「ごめんごめん、ちょっとしたジョークだったんだけどまさか本気にするなんて…」
必死に笑いを堪えるヤマメは、後ろの気配に気付いていなかった。
「鳥は蜘蛛だって食べちゃうけどね…」
「うひゃあ!?」
「あはは!冗談よ冗談」
ミスティアに後ろからささやきかけられ、驚き飛びあがるヤマメだった。
「勇儀…昨日のことは一生恨むからな?」
「ははは、勘弁しとくれよ魔理沙」
魔理沙は勇儀のことをジロっと見る。昨日のこととは、宴会にて羽交い締めにされた一件である。
勇儀は笑いながら、魔理沙の隣にいるルーミアの頭を撫でた。
「ルーミアだって、昨日のことは憶えてないだろう?」
力強く撫でられ、ちょっと痛そうにするルーミアは、あっけからんと答える。
「憶えてるよ~」
「ええ!?」
予想外の答えに、素っ頓狂な声をあげたのは魔理沙。勇儀は、ほうほう、と興味津々なようだった。
そして勇儀はルーミアに尋ねる。
「じゃあ、魔理沙はどんな感じだった?」
「んーとね、すっごくやわ…んぐ!」
「なールーミア、本当は何も憶えてないんだろう?憶えてないよな?頼む、憶えてないと言ってくれ」
「んぐ!んぐ!」
顔を真っ赤にしながらルーミアの口を手で押さえる魔理沙に、勇儀はまた大笑いした。
「ひ、雛ぁ…いっそもう忘れちゃおうよ…」
「わ、忘れたくても、まだ感触が残ってるような気がして…」
「感触とか言わないでー!」
口元を押さえて真っ赤な厄神に、同じく口元を押さえて真っ赤な河童。二人は頭を悩ませていた。
(言えない!積極的なにとりがかっこよかったなんて絶対に言えない!)
(言えない!あのときの雛がすごく可愛かったなんて絶対に言えない!)
酔った勢いでやらかしたこと、それに対する二人の悩みは、案外似たようなものだったのである。
(も、もしにとりがもう普通のじゃ嫌だって言い出したら、そのときは…)
(も、もし雛がもう普通のじゃ嫌だって言い出したら、そのときは…)
言葉にはしないが、実は同じことを考えていた二人。
そしてそれを少し離れたところから眺める、緑の双眸。
(うう…嫉妬の操作ができない…)
嫉妬心を操る妖怪パルスィも、熱すぎる二人にはお手上げだった。近付いて直接仕掛けようにも、嫉妬心を遠隔操作しようにも、甘すぎる空気がそれを阻む。
(あんなに仲が良ければ、反動で嫉妬心も大きくなる筈なのに…)
目の前のごちそうに手が届かず、残念がるパルスィであった。
「この旅行が終わったら、晴れてまたあんたと殺し合いできるわね妹紅」
「ふん、望むところよ」
「まったくお前らは…」
結局旅行が終わっても喧嘩腰は変わらない二人に、慧音は頭を押さえて呆れてしまう。
少しは仲良くなったかと思えばこれなのだ。
そんな三人のもとへ、こいしがニコニコしながらやって来た。それに気付いた妹紅と輝夜は、昨日のことを思い出して焦りの色が出てきた。
「二人ともそんなこと言ってるけど、実は昨日ね…」
「「わーわー!」」
何かを言おうとするこいしを、妹紅と輝夜は大声を出して妨げた。
「ん?何だお前たち、その子と知り合いなのか?」
「うん、まあね…」
「ちょっと昨日ね…」
冷や汗をだらだら流す妹紅と輝夜を不審に思いつつ、慧音はこいしの方を向く。
「それで、昨日二人に何があったんだ?」
「えっとね…」
再びこいしの口から昨日のことが暴露されそうになり、慌てた二人は急いでそれを阻止する。
「お願い慧音何も聞かないで後生だから!」
「こいしちゃん昨日は夢を見てたのよね~そうよね~夢に違いないわよね~」
妹紅にガッと肩を掴まれた慧音と、輝夜に肩をギュッと掴まれたこいし。
それぞれ鬼気迫る目で見つめられ、気圧されてしまった。
「お、おう…」
「う、うん…」
妹紅と輝夜は、抜群のコンビネーションでこの危機を乗り切ったのであった。
「さとりさん、本当にありがとうございました。お燐さんもお空さんも、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。またお越しくださる日を楽しみにしております」
「ありがとうございました」
「うにゅ、あ、ありがとうございました」
お辞儀をする早苗に、さとり、燐、空もお辞儀を返す。空だけはまだ少しぎこちなくもあったが。
一通り挨拶を終え、早苗はこれからの計画について話し出す。
「さて、これからが本番ですね。今度はもっとたくさんの人を連れてこれるよう頑張ります」
「こちらも、そのときのためにもっと接客に磨きをかけなければいけませんね」
早苗同様これからの抱負を語るさとりであったが、でも、と付け加える。
「とりあえず、最初の目標は達成されたので良かったです」
「最初の目標?」
どういう意味か分からない早苗は、きょとんとした。一方事情を知っている霊夢は、早苗の横で必死に笑いを堪えている。
秘密だったと思い出したさとりは、話をそらすかのように、そうそう、と別の方を向く。
「そちらのお二人さん、新しいいたずらについて考えてるみたいですよ」
「「ギクッ!」」
さとりが指したのは、ちょっと離れてひそひそ話をしていた小傘とぬえ。筒抜けだったことに大きくビクついた。
そんな二人に、早苗はじりじりと歩み寄る。
「小傘さん、ぬえさん」
「ひぃぃ…さ、早苗…」
「こ、これはあれだよ!小妖怪の可愛いいたずらってやつで…あはは…」
あからさまに怯える小傘と、なんとかごまかそうとするぬえ。
しかし、早苗は止まらない。二人のもとへどんどん近付く。
「ご、ごめんなさ~い!」
「あ、待て小傘!一人で逃げるな!」
「二人とも待ちなさい!」
地霊殿の玄関先、追いかけっこが始まったのであった。
その様子を見ていたさとりは嬉しそうに笑う。
「本当に楽しいみたいでよかった」
「あら、また心でも読んだのかしら?」
霊夢の茶々に、早苗たちの方を向いたままさとりは答える。
「いいえ、顔を見ればわかりますよ」
「…わたしには、必死になって追いかけてる風にしか見えないけどねえ」
飛び回って追いかけっこをしている早苗の顔は、風祝など関係なく旅行を楽しむ一人の少女の顔に、さとりは見えたのだった。
「みなさん、カメラの準備ができましたよ!」
「ですので玄関前に並んでください!」
文と椛は、先ほどから丁度いいアングルを探し、そして三脚を組み立てていた。
地霊殿をバックに記念撮影である。文と椛の呼びかけに、宿泊者、地霊殿の者、地底の妖怪たちはぞろぞろと並んだ。
「タイマーをセットしてと…これでよし」
「文さん、わたしたちも行きましょう」
全員がきちんと写るように並んだところでタイマーをセットし、文と椛も列に加わる。
そして早苗が声をあげる。
「1足す1は~?」
に~!という大きな掛け声とともにシャッターが押された。
皆、にっとした笑顔で写真に収まっている。一部、本気で1足す1が分からずあたふたしている者もいたが、それもまた可笑しさを誘ういい写真であった。
地底から帰った後、記念写真は文々。新聞の一面に使われ、地底の温泉は地上の妖怪たちの注目を浴びた。
また、里の人間たちの多くも慧音の報告に関心をもち、地底温泉ツアーに参加を希望するようになる。
こうして三か月に一度、人間、妖怪入り乱れて集まる温泉ツアーが開かれるようになった。
案内役はもちろん
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。わたくし東風谷早苗がご案内いたします!」
嬉々とした表情の少女の姿が、そこにあったのだった。
その広告とは
温泉体験ツアー!
地底温泉『地霊殿』一泊二日の旅!
日頃の疲れを温泉で癒してみませんか?
今回は体験ツアーということで全額無料!
興味のある方は○月△日午後4時に博麗神社へ集合!
守矢神社風祝 東風谷早苗
「で、何でこんなことしようと思ったのよ?」
訝しそうにじろっと見てくる霊夢に、早苗は少々たじろいだ。
そして、あはは、と苦笑する。
「実はですね、新しい信仰獲得の手段として、地底の温泉を使おうと神奈子様が仰りまして」
発案者は守矢神社の祭神八坂神奈子である。ただ、主なターゲットは里の人々であるので、主催者は人間と直に接する早苗ということにしている。地底に連れていくのも早苗一人の仕事だ。
「ふーん、信仰獲得も大変なのねえ。ところで、地霊殿側の許可はとってあるの?」
「はい、神奈子様が直接交渉なさって、承諾してもらいました。さとりさんは、地底の活気づけにいいだろう、ということだそうです。それで今回は体験版で無料ということで、費用はお互いが出すことにしています。次回からはお金をとるということで」
神奈子と地霊殿の主である古明地さとりとの間で話し合いが行われ、双方の合意の元今回のイベントは行われている。
まず客寄せである今回は無料ツアーにして評判を築き、そして二回目以降は料金をもらって守矢神社、地霊殿の運営費とする。また守矢には信仰を、地底には活気を。それぞれ得をするだろうということでの合意だ。
霊夢はあんまり興味無さそうにまたふーん、と言ってあたりを見回した。
「その肝心の人間があんまり見当たらないんだけど?」
「あははは…」
地底なんて妖怪だらけの世界に行こうという物好きはまずいない。
博麗神社にいる人間は、霊夢と早苗を除けば霧雨魔理沙と人間状態の上白沢慧音、あとは藤原妹紅と蓬莱山輝夜も人間と言えば人間か。
残りは妖怪、妖精などばかりである。特に人間や妖怪などの制限を設けていないので、必然的にこうなったのだ。
霊夢が見回したところで、慧音と目が合い、彼女が話しかけてきた。
「体験版ということでわたしが里を代表して行くということになってな。温泉が良いものだったら、里の皆にも勧めようと思う」
そう言って近付いてきた慧音に、早苗がよろしくお願いします、とお辞儀する。
そこへ今度は魔理沙がやって来た。
「わたしはただ興味が湧いて来ただけなんだが、あの二人はどうしたんだ?特に片方なんてこんなところに来るタイプには思ってなかったんだが」
魔理沙が指したのは、ちょっと離れて一緒にいる妹紅と輝夜。
そんな二人のことを、慧音は苦笑交じりに説明し始めた。
「まあ妹紅はわたしが誘ったんだが、輝夜は八意殿に頼まれてな」
「永琳さんが?」
早苗が驚いたように言うと、慧音はああ、と言って話を続ける。
「なんでも、屋敷に籠りっぱなしの輝夜に、たまには羽を伸ばす場所を与えてほしい、とのことだ」
「それは分かったけど、大丈夫なの?いつ喧嘩するか分かったもんじゃないわよ?」
霊夢が指摘する通り、二人はいつも会えば喧嘩ばかりする。それもかなり派手に。
今の二人は離れて見ていてもなんとなく険悪なのが分かる。一触即発とはこういうことだ。
早苗や魔理沙も同様の心配をしていたが、慧音はその不安をかき消させるように大丈夫だ、と言う。
「風呂場は世俗での権力や出自、縁を脱ぎ棄てて裸で接する場所だと二人には教えてある。だから今回はひとまず全て忘れようじゃないかと言ったら、二人とも渋々ながら納得してくれたよ。まあ、それでも二人が喧嘩しそうならわたしが全力で止めるさ」
威風堂々、といった感じに話す慧音に、霊夢も早苗も魔理沙もとりあえずは安心した。責任は慧音自身がとる、と言っているようなものだから、大丈夫なのだろう。
「あの二人は慧音さんが何とかしてくれるとして、あっちはどうでしょうね…」
今度は早苗が不安そうに目を遣った。その先にいるのは
「ん、あたいらに何か用?」
氷精チルノとその友達たち。具体的にはチルノ、大妖精、ルーミア、リグル、ミスティアである。広告を見て、面白そうだからやって来たらしい。
彼女たちもまた結構やんちゃで、何か騒動を起こしてしまうかもしれない。
そんな不安に、何とかしよう、と言い出したのは魔理沙だった。魔理沙はチルノたちの方へ向かっていくと
「いいかお前ら、もし変に暴れたりしたらマスタースパークでふっ飛ばすからな」
「は、はい!分かりました!」
「う、うん!」
「わ、分かったよ!」
「は、はーい!」
マスタースパークという伝家の宝刀に震え上がる大妖精、ルーミア、リグル、ミスティアだったが、一番好戦的なチルノだけは違った。
「ふん!そんなの最強のあたいは全然怖くないよ!」
あっかんべをして悪態をつくチルノに、魔理沙はにやっと笑った。
「そうかそうか、じゃあ最強のお前は暴れたりしないよな?」
「へ?…お、おう!最強のあたいは暴れたりしないよ!」
チルノからも言質をとることに成功し、早苗たちに目配せする魔理沙。
その様子に、霊夢は、はあ、と嘆息した。
「まったく、いい手際ね」
あっという間にやんちゃな妖精と妖怪たちを丸めこむことに成功したのだ。見事な手際である。
呆れ半分、といったようにつぶやく霊夢に、慧音はまあまあ、となだめるように言う。
「とりあえず、あいつらの引率は魔理沙に任せられそうで良かったじゃないか。なあ早苗?」
「ええ、そうですね。魔理沙さん、まるで保母さんみたい」
微笑ましくもある光景に笑う慧音と早苗であったが、ここで慧音が何かに気付いたように話を変える。
「あの四人も、珍しいと言えば珍しいな」
慧音が指した方向には、射命丸文、犬走椛、河城にとり、鍵山雛がいる。いずれも妖怪の山の者であって、一緒にいるのはおかしくはない。ただ、慧音には一つだけ気になることがあった。
そんな折、その四人が慧音たちのところへやって来る。
「どうもこんにちは、清く正しい射命丸です」
それと一緒に椛、にとり、雛もこんにちは、と挨拶をする。
慧音、早苗、霊夢も挨拶を返す。そして慧音は先ほどの疑問を投げかけた。
「文はいつも通り取材、にとりと雛は遊びに来たとしても、珍しいな、椛まで一緒に来るなんて。哨戒任務はいいのか?」
「はい!今回は射命丸取材班の一員として、千里眼の能力を使ってもらいます!」
「あ、文さん!わたしは地底の状況視察のために派遣されてきただけですよ!それに文さんだってわたしと同じ命令を受けてたじゃないですか!」
「あっれー、そうでしたっけ?」
「そうでしたっけ、じゃないですよ!もう少し真面目に…」
おどける文に、椛はぷんすか怒っている。
二人で会話のやり取りを始めてしまったため、慧音はいまいち要領を得ることができなかった。そこで代わりににとりと雛が説明に入る。
「えーっとね、二人は天狗代表、わたしは河童代表、雛は山の神様の代表として様子を見に行くってことになってるけど」
「そんなに重大な仕事ってわけじゃないのよ。様子を見るだけでいいから、旅行気分でいいんだけど、椛は真面目だから」
苦笑交じりに話をするにとりと雛に、慧音はなるほどな、と思った。要は自分と同じで、地底の様子見をしに行くのだけなのだ。
そんな慧音の理解とは余所に、文と椛の漫才は続いていたのだった。
そして、集合時間の午後3時になる。
「みなさーん!そろそろ時間なので地底に出発しまーす!」
早苗の先導に従って、参加者たちは地底に潜っていく。
そして、全員の姿が地上から消えたころ
「みんな行ったみたいだね…」
「わたしたちも行くか…」
左右非対称の目をした青い影と、左右非対称の羽をもつ黒い影が、こっそりとあとを追って地底に潜っていった。
洞窟を通り、橋を渡って、旧都を歩き、目的地である地霊殿の玄関へとたどり着く。
すると、地霊殿の主が自ら出迎えに来た。
「はるばる地底までお越しくださりありがとうございます。わたしは地霊殿の主、古明地さとり、そしてこちらが火焔猫燐と霊烏路空です」
「いらっしゃいませ」
「い、いらっしゃいませ」
接客業ということで、お出迎えのところから練習してきたさとりたちは、丁寧に頭を下げた。空は少々たどたどしいが。
「さとりさん、今日と明日、よろしくお願いしますね」
「はい、誠心誠意おもてなしさせていただきます。ではお部屋へどうぞ」
早苗の挨拶に対しても、宿屋の女将といったような雰囲気を醸し出して応じるさとり。守矢との提携事業による地底の活性化にかなり力を入れているようである。
そしてさとりは、燐、空、ゾンビフェアリーたちに部屋の案内をさせた。
部屋割は以下の通りである。
覚の間 早苗、霊夢
石の間 慧音、妹紅、輝夜
猫の間 魔理沙、チルノ、大妖精、ルーミア、リグル、ミスティア
鴉の間 文、椛、にとり、雛
「お食事は宴会場にてご用意させていただきます。また、大浴場がございますのでご自由におくつろぎください」
燐は丁寧な対応を崩さず、各部屋を説明して回る。これは記憶力の弱い空やゾンビフェアリーたちには難しいので、燐が全て行わなければならない。
「それにしても、ずいぶんと本格的ね」
燐が部屋から出ていった後、地霊殿側の力の入れように目を丸くして驚いていた霊夢がそうこぼした。
「ええ、地底と地上の交流が深まればどんどん地底も活性化するって張り切ってますから。わたしも頑張らないといけませんね」
守矢神社の風祝として、体験版ではあるが今回の旅行ツアーに責任をもつ身であるということを改めて自覚する早苗。
霊夢としては信仰うんぬんにそれほど興味が無いため、とにかく楽しもうと考えていた。
「大浴場って言ってたけど、行ってみる?」
「そうですね。晩御飯までまだ時間がありますし、行きましょうか」
霊夢の提案に早苗も賛成し、二人は大浴場に向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、大浴場に入ると、他の部屋の面々も既に来ていた。
最初に目についたのは魔理沙と子どもたち。何やら騒がしくしている。
「チ、チルノちゃん、本当に大丈夫なの?」
「温泉なんかに入って溶けたりしないの?」
「へーきへーき!逆に温泉の方が冷たくなっちゃうかもね!」
心配する大妖精とルーミアに対し、チルノは自信満々に答えた。冷気の塊である氷精チルノが温泉に入って大丈夫なのか、入る前に検討中なのである。
引率役である魔理沙はうーん、と腕組みし
「とりあえず入ってみて、無理そうだったらすぐに出るってことにするか。チルノ、無理はするなよ?」
「うん分かった!」
「リグル、ミスチー、念のためすぐにチルノを助けられるよう心の準備をしておいてくれ」
「分かった」
「了解よ」
魔理沙に言われ、リグルとミスティアは親指を立てて答えた。
そしてチルノは浴槽にどぶんと浸かる。全員固唾を呑んで見守る。
すると
「ふん!やっぱりこれくらいどうってことないよ!」
威勢よく声をあげたチルノ。
しかし
「やっぱ…あたいってば…さいきょ…」
すぐに体全体が真っ赤になり、目を回してしまった。
よくよく考えれば、地熱で温められ続けている温泉にチルノが入るということは、お湯を沸かしている鍋に氷を入れるのに等しい。結果はいわずもがな。
「チルノちゃん!」
「は、早く助けないと!」
「リグル、ミスチー!すぐにチルノを温泉から担ぎあげるんだ!」
大妖精やルーミアの叫び、魔理沙の指示が大浴場にこだまする。
リグルとミスティアは魔理沙の指示に従い、急いで湯船に入った。
「あ、熱い…」
「きゃー!リグルが熱さにやられたー!」
「しまった!虫は熱湯に弱いんだった!」
ミスティアの叫びが響くとともに、リグルもあっという間に目を回してしまった。温泉の温度はリグルには高すぎたのである。魔理沙は頭を抱えて己の判断ミスを嘆いた。
そして若干パニックになりつつも、残りの魔理沙、大妖精、ルーミア、ミスティアでなんとかチルノとリグルを救出した。
「た、担架!担架を二つ持ってきてくれ!」
魔理沙の求めに応じて燐と空とゾンビフェアリーが担架を持ってやって来た。そして二人を乗せて休憩所へと移動する。
心配して付き添う魔理沙たちにチルノは
「おんせん…あいれにろっれ…ふそく…なし…」
と、呂律が回らない状態でつぶやき、一方リグルは
「おんせん…おそるべし…」
上気しきった顔でそうつぶやいた。
ちょっと離れて湯船に浸かっていた文は、その様子を見てけたけた笑っていた。
隣にいる椛はそれを諌める。
「文さん、大変なことになってるんだから笑っちゃだめですよ」
「大丈夫よ。妖精は殺したって死ぬような存在じゃないし、リグルさんだって妖怪なんだからあれくらい平気よ」
大したことではないと言い切る文に、それはまあそうですけど、と控えめに答える椛。
そんな様子に、文はむう、と頬を膨らませる。
「そんな辛気臭い顔しないで、せっかくの温泉なんだから椛も楽しまないと」
「楽しむって…お仕事なんですよ!」
真面目な椛にとって今回のことはあくまで地底視察のための仕事。だから真面目に取り組もうとしない文の態度を改善してほしくて、声が大きくなってしまった。
一方文も、仕事一辺倒で旅行を楽しもうとしない椛には何とかしてその考え方を改めてほしかった。
そこで文は一計を案ずる。
「ねえ、椛…」
「な、なんですか!?」
文は椛の肩に手を回し、自分の方へと寄せた。
そして、椛の耳元で、息を吹きかけるかのごとく優しく話しかける。
「確かに仕事は大切だけど、わたしは貴女との時間も大切にしたいのよ…」
「ひゃ…」
「だから貴女にも、わたしとの時間を大切にしてほしいな…」
「ひゃ…ひゃい…分かりました…」
耳元でささやかれ、上ずった声で答える椛。
「ふふ、その言葉、確かに聞いたわよ」
「あ、文さんってばずるいです…」
その言葉さえ嬉しいものであるかのように、文はにんまり笑ってさらに椛を抱き寄せた。
顔が熱くなる椛だが、これは温泉に浸かっているからだ、と自分に言い聞かせるのだった。
そんな文と椛からまた少し離れたところにて
「…………」
「ん、どうしたの雛?」
文たちの様子をじっと見ていた雛と、その隣で気持ちよさそうに温泉に浸かっていたにとり。
雛は、仲良くくっついている文と椛を見て、羨ましく思っていた。
そして
「ねえにとり、アレ、やらない?」
「ひゅい!?ア、アレって、もしかして…」
驚き、あからさまに身を強張らせるにとり。
雛はにこりと笑って、そんなにとりを問答無用で引っ張り寄せた。
にとりは雛に背中を向けて雛の膝の上、そして雛は後ろからにとりに抱きつく。
「ひ、雛ぁ~、これは家の浴槽が狭いからであって、広い温泉では…」
温泉に浸かっているのとはまた別の理由で、体が熱くなり顔が赤くなるにとり。
雛は楽しそうに、にとりの耳元で話しかけた。
「あら、広さなんて別にいいじゃない。それとも、嫌だった?」
「それは…その…」
いじわるっぽくささやく雛に、にとりは言葉が詰まってしまった。
そして意を決したように、ぽつりぽつりと言葉を発する。
「い、嫌、じゃないよ…その…う、うれしい…かな…」
「ふふふ、にとりってば素直でいい子ね」
その言葉を聞いて、嬉しそうににとりの頭を撫でる雛。
「ひ、雛のいじわる…」
顔半分を湯船に沈め、ぶくぶく泡を吹かすにとりであった。
また少し離れたところ、慧音、妹紅、輝夜の三人が輪になって湯船に浸かっていた。
「ふー、少し熱めのお湯だな。二人は大丈夫か?」
慧音の問いかけに、輝夜はふふん、と自慢げに鼻息をふきだして答えた。
「妹紅のちゃちな火に比べたら頑張っている方だけど、こんな熱さなんでもないわ」
「…それはどういう意味なのさ」
輝夜の挑発に、くってかかる妹紅。その反応に、輝夜はさらに挑発を重ねる。
「どういう意味って、そのままの意味よ。妹紅の火なんて大したことないって言ってるの」
「ふーん、試してみる?」
「おいおい、やめないか」
片手に炎をたぎらせる妹紅に、輝夜は不敵に笑う。
そんな二人に慧音は、喧嘩はやめろと止めにかかる。
「風呂では今までのことは横に置いておくという約束だろう?それとも、ガツンと一発喰らいたいか?」
「う…分かったわよ…」
「ゴメン、慧音…」
頭突きをいくぞ、と言わんばかりに自身の額を指す慧音に、妹紅と輝夜はしぶしぶ身を引く。
しかし、いつものように喧嘩ができず、二人は少し欲求不満である。これもあまりよくないな、と考えた慧音は、妙案を思いつく。
「そうだ、お前たちどうしても勝負したいんだったら、あそこでしたらどうだ?」
そう言って慧音が指差したのは
「あれは…」
「サウナルーム?」
妹紅と輝夜が振り向いた先には、扉が一つ。その扉には「サウナルーム」と書かれた板が打ち付けてある。
「ああ、汗をかくために特別温度を暑くしている部屋でな。お前たち、どれだけ長く入っていられるか勝負でもしてみたらどうだ?」
「「やる!」」
慧音の提案に、妹紅と輝夜は目を輝かせて答えた。いつもみたいな勝負形式ではないけれど、とにかく勝負ができる。こんなに嬉しいことは無いのだ。
そして二人は、いそいそとサウナルームに向かい、中へ入った。
「へえ、予想以上の暑さね…」
「あら、妹紅ったらもうギブアップかしら?」
「こ、こんなの全然平気だよ!輝夜こそ、すぐに参っちゃうんじゃないかな」
「わたしはこんなの全然平気よ。あんたのちゃちな火で、熱には慣れてるから」
お互い意地を張りつつ、並んで腰かけた。
そして三分経過。
「さ、三分って意外と長いのね…」
「輝夜はもう降参かな?」
「ち、違うわよ!あんたこそ少し苦しそうなんじゃない?」
「そ、そんなことないよ。余裕余裕」
五分経過
「も、妹紅、降参するんだったら今のうちよ」
「ま、まだまだこれくらい」
「そ、それでこそ張り合いがあるってもんだわ」
八分経過
「か、輝夜はそろそろ苦しいんじゃない?わたしは全然平気だけど…」
「も、妹紅こそ、顔が早く出たいって言ってるわよ。わたしは全然平気だけど…」
十分経過
「ず、ずいぶんと…真っ赤じゃない…真っ赤な妹紅…体を張った…一発芸かしら…?」
「か、輝夜だって…まるで…茹でダコだよ…タコお姫様…」
「ふ、ふふふ…」
「は、ははは…」
十五分経過
「「プシュー…」」
「お前らいいかげんに出てこい!」
慧音が扉を開けると、二人は真っ赤になって力なく寄り添っていた。まるで煙が出ているかのようだ。下手にサウナに居続けるのは危ないのだ。慧音も二人がここまで意地を張ってサウナから出てこないとは思っていなかった。計算違いである。
慧音は急いで二人をサウナルームから引っ張り出す。グロッキー状態の二人は重たかったが、頑張って外まで連れ出した。
「おおい!こっちにも担架二つ、急いでくれ!」
慧音が叫び、再び燐、空、ゾンビフェアリーが急いで担架を持ってきて、二人を休憩所まで運んで行った。
並んで運ばれる途中、二人は
「や、やるじゃない妹紅…さすがはわたしのライバルね…」
「か、輝夜だって…まさかここまで渡り合ってくるとは思わなかったよ…」
奇妙な達成感じみたものを感じていたのである。
「まったく、どいつもこいつも何やってるのよ…」
あちこち非常に騒がしい風呂場に、湯船に浸かりながら霊夢はため息をもらした。
一方、隣の早苗は楽しそうに笑っている。
「いいじゃないですか。みんな温泉を楽しんでるみたいで」
「何言ってんのよ。一悶着あったら困るのはあんたらでしょうが」
「あ、そうでした」
体験版温泉旅行ツアーで何か問題が起きてしまったら、その後の計画が一切ふいになってしまう。守矢神社も地霊殿も損害は計り知れない。
そのような責任があることは確かなのだが、やはり早苗は楽しさの方が先に出てしまう。
皆でわいわいお風呂に入る。滅多にできないその体験が、非常に面白いのだ。
早苗はくるっと霊夢の方を向く。
「そうだ霊夢さん、後で背中の流しっこしませんか?」
「嫌よそんな子どもじみた事」
「えーいいじゃないですかー、やりましょうよー」
「い、嫌ったら嫌よ!」
にっこり笑って誘う早苗に、霊夢は風呂に入る前に少し顔を赤くして答えた。
そんな霊夢の様子に、やっぱり楽しいな、と思う早苗であった。
入浴が終わり、夕食の時間になった。宿泊者たちは浴衣に着替えてぞろぞろと宴会場に集まる。
畳敷きの宴会場ではさとりが待っていて、宿泊者たちを出迎えた。
「どうぞ、お席にお着きください。お食事とお酒をご用意させていただいております」
相変わらず旅館の女将、という雰囲気を崩さず丁寧に応対している。
さとりに言われて各自、自分の席に着いた。目の前には美味しそうな料理が置かれ、一同は目を輝かせる。
「本日は地霊殿にお越しいただきありがとうございます。皆さまどうぞお楽しみください」
深々と頭を下げるさとり。本当に板についているようだ。
ここで、さとりは障子の方に手を向けた。
「宴会のお供に、地底の妖怪を呼んでおります。どうぞ彼女らとご一緒にお楽しみください」
そう言うと、障子がすすっと開いて四人の妖怪が入って来た。
各自入って来るのと同時に挨拶をする。
「いよ!」
「妬ましい…楽しげな雰囲気が妬ましい…」
「どうもー」
「………ぺこり」
挨拶と呼べるのか疑わしい者もいるが、とにかく先陣を切って入って来たのが星熊勇儀、その後ろに水橋パルスィ、続いて黒谷ヤマメ、そしてヤマメの手には大きな桶があり、その中にキスメがいる。
入って来た面々を見て、最初に声をあげたのは魔理沙だった。
「おいちょっと待て。一人、一緒に酒を飲んだら確実にこっちが酔い潰れる奴がいるぞ」
「ははは!まあ細かいことは気にせずパーっといこうじゃないか!」
鬼はうわばみ。酒豪の多い幻想郷の中でも鬼たちに最後まで付き合えるのはごくごく少数である。
魔理沙の言葉は至極正当なものであるが、勇儀は豪快に笑ってそれをいなした。
その件はとりあえず片付いたことにし、今度は早苗が立ち上がる。
「それではみなさん、今日はお集まりいただきありがとうございました。僭越ながら乾杯の音頭をとらせていただきます!」
「御託はいいから早くねー!」
霊夢の茶々に、場はどっと盛り上がる。早苗は少し照れたように笑った。
「では待ちきれない方もいるようなので、早速いきます。かんぱーい!」
早苗の音頭に、全員が、かんぱーい!と合わせ、ともあれそんな感じで地霊殿での大宴会が始まったのである。
「さあ妹紅、サウナでは引き分けだったけど、今度はこっちで勝負するわよ」
「望むところね。永琳の胃薬なんて無いから、どうなっても知らないよ」
二人は盃に酒を注ぐと、それをぐいっと飲み干した。
「二人とも元気だな」
先ほどまで真っ赤になってへばっていたのにもう復活している。そんな二人の様子に慧音は苦笑いする。こういう勝負なら迷惑はかからないから問題ないだろう。
そんなとき、勇儀がやって来て三人の傍に座った。
「おお、いい飲みっぷりだねえ。わたしも混ぜてもらおうかな」
彼女もまた盃いっぱいに酒を注ぎ、それを一気に飲み干す。
それを見て、輝夜と妹紅はおお、と歓声を上げる。
「貴女もなかなかの飲みっぷりじゃない。そうだ、三人だけじゃつまんないからもっと参加させましょうよ」
「それいいね。おーい!ここで飲み比べしてるけど、みんなも一緒にやらない?」
妹紅の呼びかけに応じない者は誰一人いなかった。最終的な勝者は間違いなく勇儀であろうがそんなことは関係ない。みんなお酒が大好きなのだ。
こうして宴会開始直後、さっそく飲み比べが始まったのである。
まず脱落したのは子どもたちだった。
体の小さい彼女たちは酔いが回るのも早く、あっという間にテンションがハイになった。
「一番ミスティア!歌いまーす!」
バッと手をあげ立ち上がり、歌い始めたミスティア。周りからはやんややんやの声が出る。
場の雰囲気もどんどん盛り上がり、ミスティアの歌い声もますます陽気になる。
そしてリグルも立ち上がった。
「伴奏に虫の音色もどうぞー!」
コオロギや鈴虫を操ってきれいな音色を奏でる。こちらにも大きな歓声が上がった。
特に同じ蟲の妖怪ということで打ち解けたヤマメなどは、いいぞーリグルー!など大きな声をあげている。
宴会場の空気は一気に夜雀の歌声と虫の響き、そして酒精の勢いに飲みこまれた。
「見て見て大ちゃん!この子大ちゃん二人分だよ!」
「ホントだ、わたしと同じ色だね」
こちらはすっかり酔いが回ったチルノと大妖精。チルノはキスメの髪の毛をひょこひょこ触り、大妖精に見せている。
何が二人分かと言うと、緑の髪の大妖精がサイドポニーであるのに対して、同じく緑の髪のキスメがツインテールで二倍なのである。
「………ふふ」
チルノに髪の毛を触られていたキスメは無口であったが、少し恥ずかしそうにはにかんでいた。
三人の楽しそうな様子を見て、キスメの友人であるヤマメがやって来る。
「キスメってばすっかりその子たちと仲良くなったのね。その子ってちょっと照れ屋で無口だけど、とってもいい子よ」
「うん!あたいらは仲良しだよなキスメ!」
「………こくん」
チルノににこっと笑いかけられて、キスメもちょっと顔を赤らめながらうなづいた。
「…まさか…ライバル出現…?」
ポツリと、誰にも聞こえないようにつぶやいたのは大妖精。やけに楽しそうなチルノとキスメに、何故だかちょっとした危機感を覚えたのだ。ぐぬぬ、としかめっ面をする。
そんな大妖精を離れたところから眺める緑の双眸がある。
(なかなかの嫉妬ね…いい肴だわ…)
嫉妬心を操るパルスィにとって、他人の嫉妬は心を満たすご馳走なのだ。
「うへへへへ、魔理沙ぁ~」
「うわ!?おいルーミア、お前相当酔ってるだろ?」
「酔ってないってば~」
変な笑い声をあげながら、魔理沙に抱きつくルーミア。酔ってないというのは酔っ払った者の言うセリフなのである。
魔理沙は大きくため息をついた。
「まったく、一体何を飲んだんだ?」
あたりを見回してみると、さっきルーミアが座っていたところに空の酒瓶が一本転がっていた。
その銘柄は「清酒・龍殺し」
「おい!あれってものすごくきついやつじゃないか!?」
「ああ、いい飲みっぷりだったよ」
驚く魔理沙に、豪快に笑いながら話しかけてきたのは勇儀。
勇儀は、ルーミアがいかに酒瓶一本飲み干したのかを語り出した。
「いやー注いだら注いだだけぐびぐび飲んじゃってね。すごいのなんのって」
「そのおかげで今こんな状態だけどな」
魔理沙にしがみついて離れないルーミア。咎めるような目つきの魔理沙に、すまんすまん、と手を頭の後ろに回して謝る勇儀。
するとルーミアは、何かを思いついたのか、自分の顔を魔理沙の顔に近付けた。赤い瞳が非常に近い。
「うふふふふ、まーりさ♪」
「ル、ルーミア一体なにを…」
するんだ、と言おうとする魔理沙だったが、できなかった。
魔理沙の口はルーミアの口によって防がれ、言葉を出せなかったのだ。
「んちゅ~~~~」
「おお…」
熱い口付けに、思わず感嘆の声を出す勇儀。
長い長い口付けはルーミアの息がもたなくなるまで続けられ、ようやく解放されたときには魔理沙もかなり苦しそうだった。
「…ぷはぁ!ル、ルーミア!?」
「えへへ、魔理沙とちゅーしちゃった~」
思いがけないルーミアの大胆行動に、魔理沙の顔は真っ赤に染まった。
ここで魔理沙は周囲の目線に気付く。全員がニヤニヤした目で自分たちを見ているのが分かった。
そして
「もう一回!もう一回!」
誰かが最初に声をあげ、以降はそれに合わせて全員がアンコールする。酒精に飲みこまれた宴会場において、当然の流れであった。
「ははは…ちょっと待てお前ら、冗談だよな…」
「まあまあそう言わず、みんなの期待に応えてやるんだな」
「ゆ、勇儀!?は、離せ!」
今すぐこの場から逃げ去りたい魔理沙だが、逃げられない。勇儀にがっしりと羽交締めされ、身動きが取れないのだ。
周囲のアンコールはますます大きくなった。
「いけールーミアー!」
「やれやれルーミアー!」
「ね~らいうち~♪」
「れ、冷静になれルーミア!お前は冷静になればちゃんとできる子だ!」
周囲からは囃したてる声と盛り上げる夜雀の歌声。それらをかき消そうと若干涙目になりながら必死に大声を出す魔理沙。
そして当のルーミアはというと、実は酔いが回りすぎて状況が良く分かっていなかった。唯一分かっていたのは、目の前に大好きな魔理沙がいるということだけである。
だがそれさえ分かっていれば十分だった。ルーミアは再び自分の顔を魔理沙の顔に接近させる。
「魔理沙ぁ~、ちゅ~~~」
「ち、畜生おおおぉぉぉ!!」
魂のこもった叫びも虚しく、公開接吻はルーミアが酔い潰れて眠るまで続いたのであった。
「ふふふふふ」
「ビクッ!」
雛が笑ったのと同時に、にとりは驚いて雛から距離をとった。
「あらあら、どうして逃げるの?」
「雛との付き合いも長くなってきたからね…雛が今何を考えているのかは大体分かるよ…」
ニコニコ笑っている雛と警戒の色を隠さないにとり。雛の顔にはほんのり赤みがさしている。間違いなく酔っていた。
「じゃあ、わたしは今何を考えているでしょう?外したらにとりの負けね」
「う…」
にとりは言葉に詰まった。雛が何を考えているのかは分かっている。だがそれをみなまで言うのは恥ずかしい。
仕方ないので、少しぼかした言い方をする。
「つまり、今魔理沙とルーミアがやっていることを自分もやろうと思ってるんでしょ?」
これが、にとりにできる精一杯のぼかした表現だった。
顔を赤らめるにとりに、雛はにやっと笑う。
「残念でした~、正解は魔理沙たちよりもっと激しいキスをする、でした~」
「ええ!?そんなの反則…って、ひ、雛!?」
驚くべき身のこなしで近付いてきた雛に両肩をがっしりと掴まれたにとり。脱出不能である。
そして雛は、にとりの顔をまっすぐ見据えて、艶やかな声を出しながら顔を近付ける。
「さあにとり…間違えたんだから罰ゲームよ…」
「ま、待って雛!話せば分かる!」
必死になるにとりだが、雛は止まらない。
「話せば分かるんだったら、厄なんて溜まらないわよ」
「あ、ああ…ああああああ!!」
にとりの絶叫によって、魔理沙たちに釘づけだった各々の目線がこちらにも移る。
公開接吻二号誕生の瞬間であった。
「ははは!楽しいね、慧音」
「ああ、まったくよくここまで盛り上がれるものだと感心してしまうよ」
飲み比べで浴びるように飲んでいた妹紅は、大笑いしながら慧音に話しかけた。慧音も楽しそうに答える。
一方あまり面白くないのは輝夜だった。
「…何よ妹紅ったらさっきから慧音慧音って。わたしとの勝負の途中じゃない、バーカ」
「ん、何か言った?」
ポツリとこぼした輝夜に、振り返る妹紅。しかし輝夜はそっぽを向いてしまう。
「何でもないですよーだ」
「??」
一体輝夜が何を不機嫌そうにしているのか分からない妹紅は、首をかしげてしまう。
それを近くから眺めている緑の双眸がある。
(…ああ、いい嫉妬心だわ。そうだ、ちょっといたずらしてみようかしら)
嫉妬心を操る水橋パルスィは、嫉妬する者を見るのが大好きだ。なので、ここで輝夜の嫉妬心を増幅させようと策を弄じた。
パルスィは妹紅と輝夜の間に移動し、妹紅に話しかける。
「ねえ、妹紅さん」
「ん、あんたは確か…パルスィだったかな。何か用?」
酒の影響かずっと陽気な笑顔の妹紅に、パルスィはさらに身を寄せ、その腕に抱きついた。
突然の行動に、妹紅の顔は一気に困惑したものになる。
「わあ!?いきなり何!?」
「妬ましいほど美しい瞳…美しい髪…それにいい香り…」
「え、ちょ…」
じっと見つめてくる緑の瞳に、妹紅の心拍数は跳ね上がる。しどろもどろになって言葉にできない。そしてパルスィの行動はさらにエスカレートする。
今度は自分の顔を妹紅の胸元にうずめ、両手を背中に回す。最後にポツリと一言。
「貴女にだったら…何をされてもいい…」
「え、あ、あの…その…」
ぐいぐい攻め込んでくるパルスィに、妹紅は混乱する。この混乱は最早酔っている云々の問題では無かった。
そんなとき
「妹紅!」
輝夜がバッと立ち上がり、妹紅に怒鳴りつけた。そしてまくしたてるような輝夜の言葉が続く。
「あんた、わたしとの勝負中に女の子を侍らせるなんていい度胸ねえ?それとも、もう勝負は降りちゃったのかしら?」
その言葉に、妹紅はむっとして立ち上がる。
「まだまだこれからよ!そっちこそさっきからつまんなさそうにちびちび飲んで、もう勝負は降りてたのかと思ったよ!」
二人は顔を突き合わせにらみ合い、そして盃いっぱいの酒を一気に飲み干す。周りからは喝采が上がった。
「いい嫉妬だったわ…ごちそーさま」
いつの間にやら妹紅から離れていたパルスィは、悦に入った感じでボソッっとつぶやいた。実際、妹紅にくっついていたときに背後の輝夜から感じた嫉妬心は相当のものだった。いい肴になりそうである。
「あら、あっちからも嫉妬を感じる」
パルスィが見た先には、鴉天狗と白狼天狗、そして鴉天狗にひっつかれている地獄鴉の姿があった。
「いや~お空さんの羽はいい毛並ですねえ」
「うにゅ、くすぐったい」
宴会場に転がる空の瓶や徳利を片付けたり、新しい酒を持ってきたりしていたときに、空は文に呼び止められた。
そしてこの状況である。さんざん空の羽を撫で続けた文は、満足したのか今度は頭を撫で始めた。
「この黒い髪も艶があっていいですね…同じ鴉として、羨ましいですね…」
「う、うにゅ~」
空を抱き寄せて撫でている文はたいそう嬉しそうであった。
隣にはそれをちらちら見ながら、つまらなさそうにしている白狼天狗がいたのだが。
(文さん、さっきから空さんとばっかり楽しそうにして…)
しょんぼり肩を落として、手にした盃をくいっと飲む。
「お風呂では、文さんとの時間を大切にしろって言ったくせに…」
「んっふっふ~、椛ってば寂しそうねえ」
「うひゃあ!あ、文さんいつの間に!?」
気付けば文は既に空を解放し、椛に顔を寄せていた。そしてにやにや笑っている。
「仕事仕事と言っておきながら、やっぱり椛はわたしがいないと寂しくて死んじゃうのね。嫉妬している顔は可愛かったわよ~」
「ま、まさかそのために空さんとくっついてたんですか!?」
たじろぐ椛に文は、さあそれはどうかしらね、とはぐらかす。
「さあて、可愛い椛にスキンシップと洒落込もうかな…」
「あ、文さん目が据わってますよ!それに何ですかその手の動きは!?」
椛の言う通り、すっかり酒が回っているのか完全に目が据わっている。そして両手の指は、不自然にわきわきと動いていた。
文は椛ににじり寄ると
「そーれ!椛もみもみ~」
「きゃあああああああ!」
そのまま椛を押し倒した。その様子を端から見ていた空は
「うにゅ?よく分かんないけど何か楽しそう」
首をかしげながら、目の前の可笑しな光景に笑っていた。
また、その様子を先ほどからちょっと離れて見ていた緑の双眸は
(あーあ、もう少しあの嫉妬を見ていたかったんだけどな…)
文が椛にくっついてしまったため、椛の嫉妬は無くなってしまった。酒の肴を逃したパルスィは、少し残念そうに心の中で舌打ちした。
「あははははは!」
「ホントによく笑うわねえ。その内顎が外れるんじゃないの?」
笑い上戸のように大笑いし続ける早苗に、霊夢は頬杖をつきながらしながら言った。
早苗はまたあははと笑って、霊夢の方を向く。
「だって楽しくて仕方がないんですよ。もう雰囲気から何から楽しいことばっかりで」
一応早苗は仕事で来ているのだが、そんなことは忘れて本当に楽しんでいるようだった。
いつまでも絶えることがない笑いに包まれた宴会場。それは至福の空間である。
「外の世界ではこんな風に友達と大騒ぎすることなんてありませんでしたから」
風祝としての体裁もあり、派手に騒ぐことはできなかった。それを除いても、校則やらその他規則などがあるのだから、バカ騒ぎはしにくい。
しかし、ここではややこしい規則は無いままに、みんな楽しくはしゃいでいる。
「今は、幻想郷に来て一番楽しい時間です!」
「あんたがそう思うんなら、きっとそれでいいのよ」
にっこり笑う早苗に、にこりと笑い返す霊夢。二人は乾杯して、一杯の盃に口をつけた。
楽しかった宴会は終わり、皆は各々の部屋に戻った。また勇儀、パルスィ、ヤマメ、キスメも帰っていった。
ちなみに飲み比べは勇儀の優勝だった。二位はやけ酒を飲んでいた魔理沙、三位は特に勝負意識の強かった妹紅と輝夜が同量飲んで分けた。
ここは鴉の間。
「ねえにとり~機嫌直してよ~」
あたふたしている雛に、にとりは背中を向けて黙っている。その背中からは、怒りのオーラが伝わってくる。
黙り続けていたにとりは、くるっと首だけ回し、雛の方を見る。
「…あんなことしといて、憶えてないってどういうことよ」
雛曰く、気付いたらにとりが自分の下にいて周りからは大喝采を浴びていた、ということである。その間何があったのか全く思い出せないのだった。
「何かひどいことしちゃったんなら謝るから!だから機嫌直してよ」
「ひどいことっていうか…その…」
一生懸命頭を下げる雛に、顔を赤らめるにとり。ひどいことと言うか何と言うか、とにかくにとりにとって強烈なことであったのは間違いない。
ここで雛は、そうだ、と言う。
「わたしがにとりにしちゃったことを、仕返しでにとりがわたしにするっていうのはどう?これでおあいこにならない?」
「え…」
仕返しに同じことをするというのは、つまりそういうことである。にとりの顔はもっと赤くなる。
いつもならここで戸惑いまくるにとりだが、何故か今日は違った。このチャンスを活かしてみようかと思い至る。いっそのこと、雛よりもっと大胆にいってやろうかとまで考えた。
何故ここまで肝が据わったのか、それはきっとお酒のせいだ、と自分に説明する。
「じゃあ、目を閉じて、じっとしてて」
「うん、分かった」
じっと目を閉じた雛の無防備な顔に、そっと自分の顔を近付けるにとりだった。
鴉の間の外に置いてある机と椅子。
そこで文は、記事作りと今回の視察の報告書作りをしていた。
「あんなに飲んだ後なのに、精が出ますね」
その様子を横で見ていた椛がそう言うと、文はふふふ、と苦笑した。
「まあ、何だかんだ言っても上への報告は仕事だから、組織に所属する以上やることはきっちりやっておかないと。それに…」
「それに?」
文は、自分たちの部屋である鴉の間に目を遣った。
「あんな甘い空間、辛党のわたしには正直きつい」
文が何のことを言っているのか、椛は重々承知している。だから椛もあははと笑った。
「わたしも手伝います。上への報告はわたしの仕事でもありますし、甘いものが好きなわたしでもあの空気は耐えられそうにありません。それに…」
「それに?」
文が椛の顔を見ると、すこし照れくさそうにしていた。
そして、もじもじしながら口にした言葉は
「…今回の旅行では、貴女との時間を大切にしたいですから」
顔いっぱいを赤くして、そう言い放つ。恥ずかしさのあまりもじもじが加速し、顔を伏せる。
そんな椛に、文は目を丸くした。
「椛もじもじか、新しいわね」
そうおどけてみせた文の顔も、実は少し赤くなっていたのであるが、顔を伏せている椛は気付かなかった。
猫の間。
すっかり酔い潰れたルーミアを除き、全員まだ起きている。そして元気有り余る子どもたちが宿泊先でやることと言えば
「喰らえチルノー!」
「うわ!やったなミスチー、お返しだー!」
「きゃー!」
枕投げである。
部屋に戻って来ると既に敷いてあった布団の枕、そして押入れにあった枕を使って投げ合いをしていた。
自然とチームが分かれ、それぞれチルノと大妖精、リグルとミスティアが組んで部屋の端と端に陣取っている。
「リグルちゃん、えーい!」
「やるな大ちゃん、これでも喰らえ!」
「わー!」
「こらー大ちゃんをいじめるなー!」
「隙あり!えーい!」
「うわあ!卑怯だぞミスチー!」
「ふふふ、他人を庇っている余裕なんてないのよ!どんどんいくよリグル!」
「おー!」
部屋の端から部屋の端へ飛び交う枕。その真ん中には魔理沙が立っていた。
「おいお前らあんまりさわ…ぐへっ!」
最後まで言葉を紡げない。流れ弾が邪魔をするのだ。
「ルーミアはもう寝てるんだし…のぉ!」
枕が顔面にヒットした。地味に痛い。
「おいお前らもしかしてわたしを狙って…わぁ!」
四方からいくつも枕が飛んできた。対抗していた筈の二つのチームはいつしか一つになり、魔理沙に集中砲火を浴びせる。身をかがめてそれに耐える魔理沙は、ついに切れた。
「いいかげんにしろよお前ら!魔法使いを怒らせるとどうなるか、思い知らせてやる!」
「わー魔理沙が怒ったー!逃げろー!」
わーわー部屋の中を走り回る子どもたちに、大量の枕を投げつける魔理沙。
一方、ただ一人眠っているルーミアは
「むにゃむにゃ、えへへ…すぅすぅ…」
楽しい夢を見ているのか、ニコニコ笑いながら寝息を立てていた。
石の間。
部屋に戻って来た慧音、妹紅、輝夜は、部屋の様子に首をかしげていた。
「おかしいな、布団が一枚足りない」
慧音の言う通り、本来三枚敷かれていなければならない布団が何故か二枚しかなかった。
押入れの中なども調べて見たが、見当たらない。
「ちょっとさとりに確認してくるから、お前たちは待っていてくれ」
慧音が部屋から出ていって、残ったのは妹紅と輝夜。
二人の間には微妙な距離があった。何となく気まずい雰囲気で、沈黙が続く。
そして
「ねえ、妹紅…」
「ねえ、輝夜…」
二人同時に口を開いた。お互い驚き、言葉が止まってしまう。
「な、何よ妹紅、先に言いなさいよ」
「い、いやそっちこそ」
慌てふためき譲り合う二人だったが、先に意を決した輝夜がじゃあわたしから、と話し始める。ただ、どうしても妹紅と目をあわせることができず、背けている。
「えっとね…き、今日は楽しかったわ…あ、ありがとう…」
「え?」
「だ、だから!いつもみたいな勝負じゃないけど楽しかったって言ってるのよ!ほら、次はあんたの番よ!」
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら早口で言う輝夜。
さっさと喋るよう促された妹紅も、顔が赤くなってきた。
「い、いやその…わ、わたしも楽しかったよ。さっきはそれを言おうと思って…」
お互い、言いたいことは同じだったのである。それが分かった二人は、相変わらずの赤い顔をしながら、ゆっくり歩み寄り、握手を交わした。何のための握手かは両方ともよく分かっていなかったが、とにかく握手をしようと思ったのだ。
「そして二人だけの世界に突入し、あんなことやこんなことを…」
「「!?」」
突然の第三者の声。
驚いた二人はすさまじい速さで声がした方を見た。するとそこには黒い帽子をかぶった少女が一人。
その少女は妹紅と輝夜ににっこり笑いかけた。
「こんばんは。古明地さとりの妹、古明地こいしです」
「あ、どうもこんばんは…じゃなくて、いつの間に!?」
飄々とした態度で挨拶してくるこいしに、つい挨拶を返してしまった輝夜だったが、気を取り直して尋ねた。
部屋には二人しかいなかった筈だし、誰かが入って来たのでもない。にもかかわらずこいしはここにいた。
「んー、実は最初からいたんだけど、まあ細かいことはいいや。それでお二人さん、この後さっきの魔法使いとか河童みたいなことにはならないの?」
「魔法使いとか河童…?」
「そ、それって…」
こいしの言っている意味を理解し、妹紅と輝夜は湯気が出そうなほど真っ赤になる。
「だ、だだだ誰があんなことするもんか!」
「そ、そうよ!子どもがませたこと言うもんじゃないの!」
「あはははは!二人とも息ぴったり~。いっそ結婚しちゃえば?」
「「け、結婚…」」
必死になって否定する二人は、こいしの言う通り息が合っていた。
それをこいしにからかわれ、妹紅と輝夜の恥ずかしさのボルテージは限界を超えつつある。
そんな折、部屋の外から声が聞こえてきた。
「大変申し訳ございませんでした。それにしてもおかしいですね。ちゃんと人数分用意しておいた筈だったんですが」
「気にしないでくれ。こうして新しい布団を持ってきてくれたんだから問題ない」
さとりと慧音の声だった。
それを聞くや否や、こいしは慌てだした。
「あ、やば、お姉ちゃんだ。じゃあねお二人さん、いつまでも仲良くね!」
「え?」
「き、消えた…?」
確かに今まで目の前にいた筈のこいしが、どこにも見当たらなくなってしまった。
そして、部屋の戸が開き、慧音たちが入って来る。
「手なんか繋いでどうしたんだ?ひょっとして仲直りの握手か?」
「い、いやそんなんじゃないよ!」
「そ、そうよ、別に仲良しなんかじゃないわよ!」
相変わらずの息の合いようでバッと手を離す二人に、不思議そうな顔をする慧音だった。
(…ちょっといたずらで布団を二枚だけしか意識できないようにしてみたけど、面白いもの見ちゃったな)
無意識を操る妖怪こいしは、誰も自分を意識できないようにして、部屋の隅でまだ様子を窺っていた。
(あれが噂に聞いた「つんでれ」ってやつなのかな?)
つんでれって面白い。そう思うこいしであった。
最後にこちらは覚の間。
ここでは早苗と霊夢が談笑していた。
「本当に楽しかったです。修学旅行を思い出しました」
「修学旅行?」
聞きなれない言葉に、オウム返しに聞き返した霊夢。そうかこっちにはそんなもの無いか、と早苗は修学旅行の説明をする。
「簡単に言えば、学校の生徒で旅行することです。とても楽しいんですよ」
これだけの説明では、具体的にどういうものなのかいまいち分からない霊夢であったが、早苗の口ぶりからして楽しいものであるのは間違いないらしい。
「でも、色んな規則に縛られにくい分こっちの方が楽しいかもしれませんね。修学旅行だと、はしゃぎすぎると怒られちゃいますから」
「難儀なのね」
霊夢がそう言ったとき、突然部屋の明かりが消えた。
「え、停電?」
「しっ、静かに…外に何かいるわ」
霊夢に言われて集中してみると、確かに部屋の外に何者かの気配があった。そして障子戸の隙間から、微かに青白の淡い光が部屋の中に差し込んできている。
早苗と霊夢が固唾を飲んで警戒していると、障子戸がバッと開いた。
「うらめしやー!」
「あ、バカ!」
出てきたのは、大きな紫色のから傘をもった少女と、奇妙な形をした羽の少女。
「小傘さんと、ぬえさん…?」
早苗が二人の名前を呼ぶが、気付いていないのか二人はそれを無視して話し続けている。
「わたしが正体不明の種を植え付けてから入る予定だったろ!何でいきなり開けちゃうの!」
「あ、ご、ごめん!どうしよう…」
「どうしようったって…」
「と、とにかくやり直し!」
そう言うと小傘はバタンと戸を閉めた。
終始呆気にとられていた霊夢は、身動き一つ取れなかった。
一方早苗はふるふると震えている。怒っているようだ。そして立ち上がり戸の方まで歩いていく様を、横で霊夢はただ見ていた。
「小傘さん、ぬえさん」
「ひぃぃ!さ、早苗…」
「とにかく逃げるぞ小傘!」
早苗が戸を開けるとそこにはまだ二人の妖怪がいた。
驚き腰を抜かす小傘と、急いで逃げようとするぬえだったが
「逃がしませんよ」
ゴツン!とげんこつが一発ずつ、小傘とぬえの頭に炸裂する。逃げることは叶わなかった。
「はるばる地底まで何しに来たんですか?」
逃げられなかった小傘とぬえは、部屋の中で正座させられていた。そして早苗のお説教である。それを霊夢は横で見ていた。
早苗の質問に、恐る恐る小傘が答える。
「…驚かそうと思って、ぬえちゃんと一緒に来ました」
「ぬえさん、間違いはないですか?」
「う、うん…」
びくびくしながら答える二人に、早苗は、はあ、と大きくため息をついた。
「わざわざそれだけのためについてくるなんて、その根性はある意味すごいですね…」
「わーい、褒められた」
「褒めてません」
即答された小傘は、ぐっと縮こまる。
重い空気の中、次に口を開いたのはぬえだった。
「ま、まあ小妖怪の可愛いいたずらだと思って、大目に見てよ。まだ誰も驚かしてないんだし」
最初に驚かそうとしたのは早苗と霊夢であるから、確かにまだ誰も驚かしてはいない。小妖怪かどうかは別として。
早苗はうーん、と考えて
「まあ、げんこつもしましたし、今日はこれくらいで許してあげます。霊夢さんもそれでいいですか?」
「あんたがそれでいいならもういいわよ。特に害があったわけでもないし」
早苗からも霊夢からもお許しを貰って、小傘とぬえは心底安心した。驚かすことには失敗したが、妖怪退治という名のさでずむを貰うよりはずっとましなのだ。
ふう、と大きく息をつくと
「「ぐううううぅぅぅ」」
安心した影響か、二人の腹の虫が同時に鳴った。
「あんたたちお腹すいてるの?」
「そういえばずっと隠れてて何も食べてない…」
「お、お腹すいた…」
霊夢が聞くと、二人はお腹を押さえながら答えた。お昼から何も食べていないのである。
呆れてため息をついたのは早苗。
「さっきの宴会の残りをパックに詰めてありますから、食べてください」
「え、いいの?」
そう聞き返す小傘に、早苗は呆れ顔のまま続けた。
「いいですよ。お腹をすかした妖怪を見捨てるほど、わたしは鬼じゃありませんから」
「ありがとう早苗!」
「恩に着るよ!」
早苗に貰った食べ物を、小傘とぬえは美味しそうにむしゃむしゃと食べ始めた。
食べている途中、お腹をすかした妖怪を見捨てないんならもっと驚いてよ、と小傘が言うと、それは無理です、と早苗は切り捨てた。落ち込む小傘に、あははと笑うぬえ。
「そうそう、二人とももう遅いですから、今日はこの部屋に泊まっていきなさい。さとりさんにはわたしから話しておきますから」
そう言うと、早苗はさとりに事情を話すために部屋を出ていった。
一部始終をずっと横から見ていた霊夢は、何かに納得したように一人うなずいた。
「ここまで妖怪との付き合いも慣れてるんなら、これからも上手くやってけるでしょうね」
退治することも、一緒に暮らすことも満遍なくできている早苗。風祝として、その前に幻想郷の住人として、十分やっていけるだろうなと、霊夢は考えた。
そんな霊夢のつぶやきは聞こえなかったのか、小傘とぬえは変わらず早苗に貰った食べ物を美味しく頂いていた。
そんなこんな各部屋で過ごす内に夜も更け、いつしかどこの部屋からも明かりが消えて静かになった。
皆、眠りについたのである。
翌朝。
「ふぁ~あ、良く寝た…」
一番早く起きたのは霊夢。彼女はもともと早起きで、今日もかなり早く起きた。早苗や他二人はまだ夢の中だ。
「なんで三人とも一緒の布団に入ってるのかしら?」
横を見ると、何故か早苗の布団に小傘もぬえももぐりこんでいて、かなり窮屈そうだ。
他二人にもきちんと布団は用意されているのに、よほど寝ぞうが悪いのか、はたまた二人が早苗に懐いているのか。
「まあ、どうでもいっか。それにしても暇ね…」
起きてもやることがない。いつもは境内を掃除して時間をつぶすが、生憎ここは地霊殿、掃除する境内がない。
「お風呂にでも入ろっかな」
せっかく温泉に来たのだから、朝風呂も悪くないだろう。
というわけで霊夢は、早苗たちを起こしてしまわないように、そっと部屋を出て大浴場に向かった。
霊夢が大浴場にやって来ると、既に入浴者がいた。
しかしそれは他の宿泊者ではなく、地霊殿の者たち。
「あら、さとりたち入ってたの?」
湯船にはさとりとペットの燐が浸かっていた。そして少し離れたところで、こいしが空の体を洗っていた。烏の行水はさせないようにしているようだ。
霊夢に気付いたさとりは、ぺこっと頭を下げた。
「すいません、お湯を頂いております」
どこまでも女将の姿勢を崩さないさとりに、苦笑いする霊夢。
「そんなに畏まらなくてもいいのよ、知らない仲じゃないんだし。そっちのペットもいつもの感じでいいわよ」
「やった。さとり様やこいし様以外に敬語を使い続けるのって疲れるんだよねー」
早速砕けた態度になる燐に、こらお燐、と注意するさとり。しかし霊夢はその方がいいと言うので渋々ながら認め、自分も普段の態度に戻ることにした。
「しかしかなりの手の込みようね。ペットたちにもきちんと仕込んであるみたいだし」
「ええ、頑張りました」
「お空なんて、最初はいらっしゃいませすらロクに言えなかったんだよ」
燐がそう言うと、少し離れていた空が、はっくしょん!と大きなくしゃみをした。
それを聞き笑う三人。
「本当に頑張りました。地底の活性化のための大きな計画ですから。それに、神奈子さんとの約束もありますし」
「約束?」
霊夢が不思議そうな顔をすると、さとりは少し遠い目をして、ええ、と答えた。
「神奈子さんが仰っていたんです。早苗は今まで風祝としての責任を負って頑張ってきたから、息抜きをさせてあげたいんだって。その心からの言葉にちょっと感動しまして、協力することにしたんですよ。それでこの旅行ツアー計画は、実は早苗さんにも楽しんでもらうためのものでもあるんです。早苗さんには内緒ですけどね」
「何で内緒?」
「息抜きしてくださいねって言われると、早苗さん余計に気を遣っちゃうかもしれませんから」
「なるほどね…」
そこで、霊夢はふと思い返した。昨日の早苗の様子はどうだったかと。
思い出すのは早苗の笑顔ばかり。お風呂のときも、宴会のときも、部屋に戻ってからも、ずっと早苗は笑っていた。
「その計画、大成功みたいね」
「そのようですね。貴女の心の中の早苗さんは、ずいぶんと楽しそうです」
「…ホントに悪趣味な能力ね」
霊夢が皮肉を言うと、さとりはふふっと笑った。そして霊夢も、ふふっと笑った。
「そろそろ仕事の時間ですね。お燐、そろそろ戻るわよ」
「分かりました!」
「こいし!お空!そろそろ出るわよ!」
「はーい!」
「わっかりましたぁ!」
さとりの呼びかけに、妹とペットたちは脱衣所の方へ移動した。
最後残ったさとりは、霊夢の方を向く。
「では霊夢さん、お先に失礼します」
「しっかり頑張んなさいよ。そしたらまた来てあげる」
「ええ、次からは宿泊料はしっかり頂きますね」
「…そういうところはしっかりしなくてもいいのよ」
してやられた、といったような霊夢に、さとりはまた、ふふっと笑って脱衣所へ向かって行った。
残った霊夢は、ふう、と大きく息をついて朝風呂を楽しむのだった。
その頃、各部屋でも続々と目ざめを迎えていた。
ここは鴉の間。
「ん…なんだろう…重いな…」
椛が目を覚ますと、自分の上にのしかかる何かがあった。目をこすって視界をはっきりさせると
「あ、文さん!どうしてわたしの布団に入ってるんですか!?」
「あ、椛…おはよう…」
椛の声に目を覚ました文は、寝ぼけた顔でぼそぼそと喋る。
「おはよう、じゃありませんよ!何でわたしの布団に入っているのかと聞いているんです!」
むくりと起き上がって文をどかす椛。対して相変わらずの寝ぼけ顔で文は大あくびをした。
「いやー貴女が寝た後も作業を続けていて、そろそろ寝ようかなと部屋に入ってふと見たらふかふかの布団にもふもふの椛。これは入るしかないじゃない」
「その理論はおかしいです!」
悪びれる様子もなく、えへへと笑う文に、椛の顔の赤みは一向にひかなかった。
すると、横から冷やかすような声が聞こえてくる。
「一緒の布団でお休みなんて、お熱いねえ」
「ふふふふふ」
「あ、貴女達に言われたく…あれ?」
バッと横を向いて反論しようとする椛であったが、違和感に言葉が途切れてしまった。
にとりと雛が別々の布団に入っていたのだ。
「二人は一緒の布団に入ってませんでしたっけ?」
「わたしが寝たときも、一緒だった筈よ。それも熱い抱擁を交わしながら」
寝る前と状況が違う。不審に思う椛と文に、にとりと雛は乾いた笑い声をあげる。
「ふ、二人とも見間違えたんじゃないかな。ほら、酔ってたし。ねー雛」
「そ、そうよ。もしくは夢でも見てたのかもね」
実は、椛たちより先に起きていて、昨晩にとりが酔った勢いでした仕返しを思い出し恥ずかしさのあまり別々の布団に分かれた、などとは言えない二人であった。
こちらは猫の間。
「お、重い…」
魔理沙は目を覚ますとものすごい重みに襲われていることに気付いた。
「な、何でこいつら全員わたしに乗っかってるんだ…?」
大の字になって眠っていた魔理沙の四肢と胴体に、それぞれチルノ、大妖精、ルーミア、リグル、ミスティアは乗っていた。
右腕にチルノの頭、左腕に大妖精の頭、右腿にリグルの頭、左腿にミスティアの頭、そして胴体を覆うように乗っかっているルーミア。
「またいたずらか?それともまさか寝ぞうか?ああ、痺れてきた…」
血の流れが悪くなって感覚が無くなりつつあったようだ。
とにかく早く起こしてどいてもらうしかないと魔理沙は考えた。
「おーい朝だぞ、みんな起きろー」
魔理沙の呼び声に目を覚まし、五人とものったりと起き出した。
そして声を揃えて言う。
「「「「「あれ、何で魔理沙の上に乗ってるんだろ?」」」」」
「お前ら全員寝ぞうかよ!?」
強烈なつっこみが炸裂した、猫の間の朝であった。
石の間。
「のおおおおぉぉぉ!!?」
妹紅の目覚めは、激しい痛みとともにやって来た。
その元凶はというと
「か、輝夜!一体何を…おおおおお!?」
「わたしって寝ぞうが悪いの。そのせいでうっかり妹紅に逆十字固めをきめちゃって。ちなみに目が覚めた今は勢いで続けてるわ。慣性ってやつかしら?」
「そんな寝ぞうがあるか…ああああああ!…慣性のわけないだろ…おおおおおおお!」
緩急織り交ぜた輝夜の攻めに、悲鳴をあげる妹紅。ようやく解放されたころには、ぜえぜえと息を切らしていた。
そして妹紅は反撃に出る。
「今度はこっちの番よ!」
「きゃー!」
お返しにこちらも寝技をきめてやろうと、妹紅は輝夜に覆いかぶさる。そんなタイミングで、もう一人が目を覚ます。
「朝から騒々しいな…………!!」
沈黙。
目を覚ますと、目の前には輝夜に覆いかぶさる妹紅。聡明な慧音は、寝起きでありながらも素早く頭を回転させ状況把握をした。
「察するに、邪魔者のわたしは出ていった方がよさそうだな。それにしても、朝からお盛んだな」
「お、お盛んって…慧音すごい誤解を…」
「せめて、わたしがまだぐっすり眠っている深夜にしてほしかったんだがな」
「し、深夜だろうと朝っぱらだろうと、ありえないわよそんなこと!」
完全に誤解してしまった慧音に、なんとか誤解を解いてもらうところからこの部屋の朝は始まった。
そして覚の間。
「二人とも起きてくださーい。朝ですよー」
「んー…」
「あと五分…」
なかなか起きない小傘とぬえに、早苗は二人の頬をぺちぺちと叩く。すると二人ともようやく起きた。
「おはようございます。で、早速聞きたいんですけど何でわたしのお布団に入ってるんですか?」
二人とも寝る前は自分の布団に入っていた筈なのだが、早苗が目を覚ますと何故かもぐりこんでいた。
早苗の質問に、小傘は明るい顔をして答えた。
「前に早苗と一緒に寝て、朝起きたらお腹がふくれてたことがあったから」
「わたしはそれを聞いて、面白そうだから入ってみたんだ」
でも今日はお腹ふくれてないなーと不思議がる小傘に、前は気のせいだったんじゃないの、と言うぬえ。
しかし、早苗は思い出していた。一度だけ、たった一度だけ、そのときに小傘に驚かされたことがあったことを。
(嫌なこと思い出しちゃいました。あの後、神奈子に説明するのも大変だったし…)
そのときの一悶着、また小傘に驚かされてしまったという悔しさを思い出した早苗は、話を変えようとした。
「霊夢さんの姿が見当たりませんが、どこに行ったのでしょうか?」
「さあ?ぬえちゃん知ってる?」
「わたしも今起きたばっかだし、知らないよ」
まあそうだろうな、と考えながらあたりを見回す早苗。すると、昨日から干してあった霊夢のタオルとバスタオルがないことに気付く。
「どうやら霊夢さん、温泉に行ったみたいですね」
「温泉、わたしも行きたーい」
「わたしも入りたいなー」
温泉という単語に、子どものようにはしゃぐ小傘とぬえ。そういえば二人は温泉には入っていないのである。
そんな二人に、早苗は思わず笑みがこぼれた。
「分かりました、一緒に行きましょう。でも、いたずらしたら沈めますよ?」
「「ウッ…」」
笑顔のままさらっと恐いことを言う早苗に図星を突かれ、おののく二人。
そうして三人は大浴場へと向かったのだった。
朝食の時間がやって来て、全員食堂に集まった。
朝食とは普通、できるだけゆったりと過ごしたいものである。しかし、ここの宿泊者たちにそんな普通は通用しなかった。
「輝夜!それはわたしの玉子焼き!」
「あら、いつまでも残してあるから食べないのかと思ったわ」
「何をー!じゃあその焼き魚は貰うよ!」
「あ、こら!」
「二人とももう少し静かに食事しろ!」
あちらでは子どもじみた料理の奪い合い。
「ねえルーミア。玉子は共食いになっちゃうから代わりに食べてもらっていい?」
「うん、いいよー」
「あ、わたしの納豆も食べて!」
「あたいもサラダはいいや」
「魚はあんまり好きじゃない」
「こら!ミスチーはともかく、大ちゃんにチルノにリグル!お前ら好き嫌いするな!」
こちらでは親子によくありそうな光景。
「どうしたの雛、食べないの?」
「う、うん…昨日のこと思い出すと胸がいっぱいになっちゃって…」
「え…お、思い出させないでー!」
「おお、いいですね!お二人のその乙女チックな表情最高です!カメラカメラ…」
「あ、文さん!睡眠不足でテンションおかしくなってませんか!?」
そちらでは恋する乙女モード全開の二人に、変なテンションの天狗とそれをおさえる天狗。
「か、辛ー!?」
「どうだ驚いたか霊夢!ぬえちゃん直伝の必殺わさび仕込み!」
「きゃー!料理が変な塊に!?」
「昨日は失敗しちゃったけど、正体不明の恐怖、思い知ったか!」
「あ、あんたたち…」
「いいかげんにしなさい!」
「「あだっ!」」
そしてここでは、ゴン!という大きなげんこつの音。
様々な声の飛び交うこの食堂は、食事の場と言うよりまさに戦場であった。ちなみに誰一人として二日酔いはしていない。幻想郷の住人の肝臓は規格外なのである。
騒々しくも楽しい朝食の時間はあっという間に過ぎ、そしていよいよ帰宅の時間がやって来る。
地霊殿から地上に帰る、その時間となった。宿泊者たちは荷物をまとめて地霊殿の玄関前にいる。
地霊殿の面々は勿論、昨日の宴会のために集まった地底の妖怪たちも、見送りにやって来た。
「ばいばいキスメ!また遊びに来るよ!」
「………こくん」
笑顔のチルノに、キスメも照れながらうなずいた。すっかり仲良くなったのである。
そんな二人の間に割って入ったのは大妖精。うわっと驚くチルノを尻目に、キスメの耳元でささやく。
「…チルノちゃんはあげないからね」
「……?」
「どうしたの大ちゃん?」
「ううん、何でもないよ!」
チルノに呼ばれ、振り向いて首を振る大妖精。
一方キスメは、大妖精の言葉の意味がよく分からず、首をかしげるのだった。
「じゃあねリグル。同じ蟲妖怪としてお互い頑張りましょ」
「そだね!ヤマメも元気でね!」
握手をして別れの挨拶をするヤマメとリグル。すると、ヤマメがにやりと笑った。
「ふっふっふ、引っかかったわね…蜘蛛は蛍だって食べちゃうのよ…」
「え、ええ!?」
突然ヤマメの顔が邪悪な笑顔に変わり、掴んだリグルの手を離さない。
慌てふためくリグル。目元に涙が浮かぶ。
「ふふふ…あははははは!」
「…へ?」
リグルが観念していたら、ヤマメは突然リグルの腕を離し、腹を抱えて笑いだす。
「冗談よ、冗談。食べたりなんかしないわよ」
「ひ、ひっどーい!本当に怖かったんだよ!」
「ごめんごめん、ちょっとしたジョークだったんだけどまさか本気にするなんて…」
必死に笑いを堪えるヤマメは、後ろの気配に気付いていなかった。
「鳥は蜘蛛だって食べちゃうけどね…」
「うひゃあ!?」
「あはは!冗談よ冗談」
ミスティアに後ろからささやきかけられ、驚き飛びあがるヤマメだった。
「勇儀…昨日のことは一生恨むからな?」
「ははは、勘弁しとくれよ魔理沙」
魔理沙は勇儀のことをジロっと見る。昨日のこととは、宴会にて羽交い締めにされた一件である。
勇儀は笑いながら、魔理沙の隣にいるルーミアの頭を撫でた。
「ルーミアだって、昨日のことは憶えてないだろう?」
力強く撫でられ、ちょっと痛そうにするルーミアは、あっけからんと答える。
「憶えてるよ~」
「ええ!?」
予想外の答えに、素っ頓狂な声をあげたのは魔理沙。勇儀は、ほうほう、と興味津々なようだった。
そして勇儀はルーミアに尋ねる。
「じゃあ、魔理沙はどんな感じだった?」
「んーとね、すっごくやわ…んぐ!」
「なールーミア、本当は何も憶えてないんだろう?憶えてないよな?頼む、憶えてないと言ってくれ」
「んぐ!んぐ!」
顔を真っ赤にしながらルーミアの口を手で押さえる魔理沙に、勇儀はまた大笑いした。
「ひ、雛ぁ…いっそもう忘れちゃおうよ…」
「わ、忘れたくても、まだ感触が残ってるような気がして…」
「感触とか言わないでー!」
口元を押さえて真っ赤な厄神に、同じく口元を押さえて真っ赤な河童。二人は頭を悩ませていた。
(言えない!積極的なにとりがかっこよかったなんて絶対に言えない!)
(言えない!あのときの雛がすごく可愛かったなんて絶対に言えない!)
酔った勢いでやらかしたこと、それに対する二人の悩みは、案外似たようなものだったのである。
(も、もしにとりがもう普通のじゃ嫌だって言い出したら、そのときは…)
(も、もし雛がもう普通のじゃ嫌だって言い出したら、そのときは…)
言葉にはしないが、実は同じことを考えていた二人。
そしてそれを少し離れたところから眺める、緑の双眸。
(うう…嫉妬の操作ができない…)
嫉妬心を操る妖怪パルスィも、熱すぎる二人にはお手上げだった。近付いて直接仕掛けようにも、嫉妬心を遠隔操作しようにも、甘すぎる空気がそれを阻む。
(あんなに仲が良ければ、反動で嫉妬心も大きくなる筈なのに…)
目の前のごちそうに手が届かず、残念がるパルスィであった。
「この旅行が終わったら、晴れてまたあんたと殺し合いできるわね妹紅」
「ふん、望むところよ」
「まったくお前らは…」
結局旅行が終わっても喧嘩腰は変わらない二人に、慧音は頭を押さえて呆れてしまう。
少しは仲良くなったかと思えばこれなのだ。
そんな三人のもとへ、こいしがニコニコしながらやって来た。それに気付いた妹紅と輝夜は、昨日のことを思い出して焦りの色が出てきた。
「二人ともそんなこと言ってるけど、実は昨日ね…」
「「わーわー!」」
何かを言おうとするこいしを、妹紅と輝夜は大声を出して妨げた。
「ん?何だお前たち、その子と知り合いなのか?」
「うん、まあね…」
「ちょっと昨日ね…」
冷や汗をだらだら流す妹紅と輝夜を不審に思いつつ、慧音はこいしの方を向く。
「それで、昨日二人に何があったんだ?」
「えっとね…」
再びこいしの口から昨日のことが暴露されそうになり、慌てた二人は急いでそれを阻止する。
「お願い慧音何も聞かないで後生だから!」
「こいしちゃん昨日は夢を見てたのよね~そうよね~夢に違いないわよね~」
妹紅にガッと肩を掴まれた慧音と、輝夜に肩をギュッと掴まれたこいし。
それぞれ鬼気迫る目で見つめられ、気圧されてしまった。
「お、おう…」
「う、うん…」
妹紅と輝夜は、抜群のコンビネーションでこの危機を乗り切ったのであった。
「さとりさん、本当にありがとうございました。お燐さんもお空さんも、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。またお越しくださる日を楽しみにしております」
「ありがとうございました」
「うにゅ、あ、ありがとうございました」
お辞儀をする早苗に、さとり、燐、空もお辞儀を返す。空だけはまだ少しぎこちなくもあったが。
一通り挨拶を終え、早苗はこれからの計画について話し出す。
「さて、これからが本番ですね。今度はもっとたくさんの人を連れてこれるよう頑張ります」
「こちらも、そのときのためにもっと接客に磨きをかけなければいけませんね」
早苗同様これからの抱負を語るさとりであったが、でも、と付け加える。
「とりあえず、最初の目標は達成されたので良かったです」
「最初の目標?」
どういう意味か分からない早苗は、きょとんとした。一方事情を知っている霊夢は、早苗の横で必死に笑いを堪えている。
秘密だったと思い出したさとりは、話をそらすかのように、そうそう、と別の方を向く。
「そちらのお二人さん、新しいいたずらについて考えてるみたいですよ」
「「ギクッ!」」
さとりが指したのは、ちょっと離れてひそひそ話をしていた小傘とぬえ。筒抜けだったことに大きくビクついた。
そんな二人に、早苗はじりじりと歩み寄る。
「小傘さん、ぬえさん」
「ひぃぃ…さ、早苗…」
「こ、これはあれだよ!小妖怪の可愛いいたずらってやつで…あはは…」
あからさまに怯える小傘と、なんとかごまかそうとするぬえ。
しかし、早苗は止まらない。二人のもとへどんどん近付く。
「ご、ごめんなさ~い!」
「あ、待て小傘!一人で逃げるな!」
「二人とも待ちなさい!」
地霊殿の玄関先、追いかけっこが始まったのであった。
その様子を見ていたさとりは嬉しそうに笑う。
「本当に楽しいみたいでよかった」
「あら、また心でも読んだのかしら?」
霊夢の茶々に、早苗たちの方を向いたままさとりは答える。
「いいえ、顔を見ればわかりますよ」
「…わたしには、必死になって追いかけてる風にしか見えないけどねえ」
飛び回って追いかけっこをしている早苗の顔は、風祝など関係なく旅行を楽しむ一人の少女の顔に、さとりは見えたのだった。
「みなさん、カメラの準備ができましたよ!」
「ですので玄関前に並んでください!」
文と椛は、先ほどから丁度いいアングルを探し、そして三脚を組み立てていた。
地霊殿をバックに記念撮影である。文と椛の呼びかけに、宿泊者、地霊殿の者、地底の妖怪たちはぞろぞろと並んだ。
「タイマーをセットしてと…これでよし」
「文さん、わたしたちも行きましょう」
全員がきちんと写るように並んだところでタイマーをセットし、文と椛も列に加わる。
そして早苗が声をあげる。
「1足す1は~?」
に~!という大きな掛け声とともにシャッターが押された。
皆、にっとした笑顔で写真に収まっている。一部、本気で1足す1が分からずあたふたしている者もいたが、それもまた可笑しさを誘ういい写真であった。
地底から帰った後、記念写真は文々。新聞の一面に使われ、地底の温泉は地上の妖怪たちの注目を浴びた。
また、里の人間たちの多くも慧音の報告に関心をもち、地底温泉ツアーに参加を希望するようになる。
こうして三か月に一度、人間、妖怪入り乱れて集まる温泉ツアーが開かれるようになった。
案内役はもちろん
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。わたくし東風谷早苗がご案内いたします!」
嬉々とした表情の少女の姿が、そこにあったのだった。
長編なのに作品の筋が通っており終始楽しい雰囲気の温泉旅行をパルパルしながら読ませていただきました、本当に楽しそうで妬ましい…
その分あやもみ、雛にと、るーまり 早苗さんと小傘、ぬえのシーンは最高でした。
こいしちゃん、パルスィいいキャラしています。