Coolier - 新生・東方創想話

幽香、夢幻

2011/09/25 19:06:11
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【幽香、夢幻】

この物語は前作「幽香的平行夢幻郷1~2」の続きです。お時間に余裕のある方は前作もご覧ください。お急ぎの方はあらすじからご覧ください。


~幽香、夢幻~【目次】
プロローグ)今までのあらすじ
1)紅魔のエリー
2)するどい咲夜
3)レミリアの心の中のウジ虫
4)侵食
5)レミリア命令
6)幽香の旅立ち
7)幽香の日傘
補足)本編の時代背景



今までのあらすじ)
幽香たち数名、夢幻館ごと旧作幻想郷から新幻想郷へワープする。そこで幽香は、夢幻館とそっくりな館、紅魔館を発見する。幽香はレミリア達に、ここは元々自分の家だったと宣言した。レミリアは幽香を泣かせて追い返すが、もしかして幽香の言っていることは本当なんじゃないかと、ひどく動揺する。メイドの咲夜は、そんなレミリアの不安を何としても取り除きたいと思っている。以下、本編です。



【本編】
1)-紅魔のエリー-
紅魔館。
夕暮れ時。紅魔館の副門番であるエリーは、起床して食事を取った後、正門前に向かった。門番交代の時間なのだ。金髪の巻き髪に婦人用の白い帽子をかぶり、死神の鎌を思わせる大きな逆刃鎌を持った姿。それが彼女の特徴だ。彼女はこの館に雇われてもう何十年にもなる。現在紅魔館では、このエリーと門番長である紅美鈴の交代制で門番業務を行っている。

「門番長、交代ですよ」

美鈴に交代の時間を知らせるエリー。居眠り癖のある美鈴だが、今日はちゃんと起きていた。

「ああ、エリーさん。もうそんな時間ですか」
「異常はありませんでしたか?」

彼女らはいつも交代際に、業務報告も踏まえてちょっとした世間話をする。

「それが今朝は大変だったんですよ。変な妖怪がきましてね。」
「へえ、それはどんな妖怪です?」
「それがですね、いきなりやって来たかと思うと“ここは私の家だ”と言うのですよ。それで当然追い払おうとしたのですが、かなり強そうだったので正直あせりました、ははは」

美鈴は今朝あったことを気さくに話す。しかしエリーは、それを聞くとわずかに顔色を変えた。美鈴にしか分からない程度の変化だったが。

「私の家・・・と言ったのですか?」
「ええ、そうなんですよ。まったく変ですよね。気でも違っていたのか、酒でも飲んでい
たのか・・・。なにか、気になることでも?」
「いえ・・・ただ、少し興味があって。その妖怪、どんな姿の妖怪でした?」

エリーは何か思うところがあるようだったが、美鈴はそれに気づきながらも自然に答える。

「うーん、緑の短いウェーブかかった髪でしたね。女の姿です。チェック柄のボロボロの上着を着てましたよ。濃い赤っぽい感じの・・・。それでですねー、運よく偶然お嬢様がいらっしゃって、その妖怪に強く言って追い払ってくれたのですよ。・・・エリーさん、どうかしましたか?」

エリーは、明らかに動揺した様子を見せた。

「いえ・・・何も・・・。それより、もう御夕飯ができているようですよ」
「おっと、そうですね。もうお腹ペコペコです。・・・では、私はこれで。あとはよろしく」
「了解です」

勤務の終わった美鈴は気になりながらも、詰め所のトイレに立ち寄った後、夕食を食べに館の中へ帰って行った。
エリーは、とても懐かしい存在を思い出していた。もう二度と会う事は叶わぬと思っていた、かつての主・・・。この数十年間、いつも心の片隅に残っていたが、もはや忘れかけてもいた懐かしい姿。

(まさか・・・幽香様・・・)


2)-するどい咲夜-
紅魔館の食堂。
ここでは昼間勤務の使用人達が、その日の仕事を終え夕食を取っていた。
一番多いのは妖精メイドたち。美鈴もその中に混じっているが、彼女はメイドたちとは服装が違うため、ひときわ目立っている。長い机にイスが並び、皆が思い思いに食事を取り雑談をしていた。また、ここには使用人だけでなく、この館の魔女であるパチュリー・ノーレッジの姿も見られた。しかし主であるレミリアは、まだ起きて来ないためその姿はない。レミリアは吸血鬼なので、昼に寝て夜起きる生活なのだ。だからこそ使用人たちも、それに合わせて昼夜交代制をとっている。

「さくやさーん、今日の晩ご飯は何ですか?」

美鈴はニコニコしながらメイド長の十六夜咲夜に尋ねた。二人は割と仲が良い。

「唐揚げよ唐揚げ。美鈴の大好きな」
「おっ、いいですねー。ちょうど私の体がっ、たんぱく質を求めていたところなのですよ」

美鈴はいつもの調子でおどけて見せた。ちなみに配ぜんはセルフサービスなので、料理を作り終えた咲夜は美鈴と一緒に食事を取ることができる。二人は隣同士に座って雑談する。しかし咲夜。今日は気になることがあり、それについて美鈴に聞いてみたかった。

「ところで美鈴、今朝の妖怪のことなんだけど・・・」
「ええ、何です?」
「お嬢様が・・・ちょっと不安がられている様子だったので。何か知っていることがあれば、話してほしいのだけれど」
「知っていることですか?ただ、ここは自分の家だと言っているだけでしたよ。あとは、かなり強い妖気を感じたことくらいですかね」
「ふうむ・・・」

咲夜は、少しため息をついた。彼女はレミリアの心配の種を取り除く手掛かりを、何か少しでもつかみたかったのだが。

「あー、あと・・・エリーさんが何か気になってる様子でしたね」

それを聞いた咲夜は美鈴の方に顔を向けた。

「なんて言ってたの」

真顔である。ちょっと怖い。美鈴は(言わない方がよかったかなあ・・)と思った。エリーに配慮してのことだ。だが、答えないわけにはいかない。

「その妖怪がどんな奴だったのかって・・・それぐらいですね。ただ、彼女にそれを話した時、少し動揺している様子でした」
「そう・・・。・・・もしかして、エリーの知り合い・・・とか?」

咲夜はするどい。しかし、エリーからそのような発言はなかったために、美鈴は肯定はしなかった。

「いえ、そこまでは・・・。分かりません」
「そう・・・」

咲夜はそれ以上は聞かず、メインディッシュの唐揚げを口に入れた。我ながら上手い味付けだ、と咲夜は思った。それと同時に、食事が終わったら後でエリーを問い詰めようとも思っていた。美鈴も唐揚げを食べた。やっぱり咲夜さんの料理はおいしい、と美鈴は思った。


3)-レミリアの心の中のウジ虫-
紅魔館、レミリア居住区。今は夜。
ここには主レミリアの寝室があり、このフロアは主に側近のみが出入りを許される。レミリアはすでに起床しているようで、洗面台で顔を洗っていた。ドアからノックの音が聞こえる。ドアの向こうにいるのは咲夜である。

「お嬢様、もうお目覚めになられていますか?」
「入りなさい、咲夜」
「はい、失礼いたします」

咲夜は一礼するとレミリアの寝室に入った。

「お嬢様、夕食の用意ができておりますが、食堂でお召し上がりになりますか?」
「ええ、髪を整えたらすぐに行くわ」

咲夜は、レミリアがあまり良い目覚めをしていないことを見て取った。やはり今朝の妖怪の事が気になり、よく眠れなかったのだろう。この様子を見ると、しばらくあの話に触れない方がいいだろうか?それともさっきの話を報告しようか?咲夜は迷ったが、レミリアの食事が終わったらそれとなく切りだそうと思った。彼女はすでに、あの妖怪がエリーの古い知り合いかもしれないということ、そしてその知り合いの名は幽香だということをエリー本人から聞き出していたのだ。さすがメイド長の仕事は速い。

一階にある幹部用食堂。さっき使用人たちが食事を取っていた食堂とは別である。ここには、レミリアに出す食事の用意をするための妖精メイドが数人いるだけだ。いつもよりレミリアの起きてくる時間が遅かったため、咲夜はもうすぐ勤務終了時間であるが、例の報告のためにお供している。

「おいしかったわ」

レミリアは食事を終え、拭き紙で上品に口を拭いた。

「お嬢様、ご報告することがあります」
「何かしら?」
「今朝の妖怪についての事で・・・」

レミリアは咲夜を見た。

「・・・話しなさい・・・」
「本館、副門番であるエリー。彼女が気になることを申しておりました」
「・・・」
「あの妖怪の特徴が、自分の古い知り合いとよく似ているというのです」

レミリアは真剣な顔つきになる。その表情の裏には、不安と恐れが隠れていた。そして咲夜は、レミリアの反応を気にしながら報告の核心部分を打ち明ける。

「その知り合いは、彼女の昔の主だったそうです。そして彼女ら二人は・・・昔この紅魔館とよく似た館に、住んでいたことがあるそうです」

その時レミリアは、嫌な運命を感じ取った。

「その知り合いの名は?」
「幽香、と言うそうです」
「そう・・・」

数秒の沈黙があった。レミリアは震える唇を開いた。

「もし・・・あの妖怪が、本当にエリーのかつての主だとしたら・・・」

咲夜は、あまりにもレミリアを不安にさせ過ぎないよう説明に補足する。

「エリーが実際に今朝の妖怪の姿を確認したわけではありません。彼女が美鈴から、あの
妖怪の特徴を聞き、そう申しただけです。確証はありません」
「そうね・・・。むしろ、それが幸いよ。エリーが実際にあの妖怪の姿を見なくて本当に良かった」

レミリアの心の中に、一匹のウジ虫が、動き始めていた。

「でも・・・もし、万が一、あの妖怪が本当にエリーの元主で・・・そして何より、この館が本当にあの妖怪の物だったとしたら・・・」

咲夜も、なんとなくレミリアと似たようなことを考えていた。

「エリーを絶対にあの妖怪に会わせてはいけませんね」
「その通りよ咲夜・・・。」


4)-浸食-
魔法の森、アリス邸。
瘴気が漂う森の奥、2階建ての良い洋風住宅。ここがアリスの家だ。

「すごいわアリス、ぴったりよ。あなた、本当に器用なのね」

幽香は、アリスに新しく仕立ててもらったチェックの上着を着せてもらった。
幽香のトレードマークである、赤いチェック柄のカーディガンとスカート。前のはボロボロになっていたので、アリスに作り直してもらったのだ。

「前のと似たような服なんて売ってなかったからね。まあ、裁縫とかは大得意だから、服が破けたらいつでもまかせないさい」

アリスは得意げに答えた。幽香は、穏やかな顔で礼を言う。

「ありがとうアリス。私のわがままを聞いてくれて」
「いいのよ」
「この世界で・・・私が私であることを再確認するために、このコスチュームはどうしても変えたくなかったの」

幽香は意味深に言った。今の彼女にとって、この服だけが以前の世界から受け継ぐ唯一の所有物だった。それはアリスにとっても、似たような意味を持っていた。アリスは幽香に以前のまま、カリスマある妖怪であってほしいと思いながらこの服を作った。
二人はいつのまにか友人のような関係となり、幽香も一時的ながらこの平穏なひと時を楽しんでいた。
そんな時突然、この二人のほかに誰もいない筈の空間から別の女の声が聞こえたのだった。

「アリスさん、少しお邪魔してよろしいかしら」
「!?」

アリスと幽香は後ろを振り返る。すると空間がスッとななめに裂けた。その裂け目、いわゆるスキマの中から、何と妖怪があらわれたではないか。金髪の長い髪。赤い蝶結びリボンの白ZUN帽を被った、麗しく妖艶な女性。幻想郷の賢者様、スキマ妖怪こと八雲紫様である。

「人の家にいきなり入ってこないでくれる・・・」

プライバシーに配慮しない見知らぬ妖怪に、アリスは不快感を示した。

「申し訳ない、以後気をつけるわアリスさん」

紫様はそうおっしゃると、優雅にスキマをお閉じになられた。
そして、美しい微笑をたたえながら、妖麗なその眼差しを幽香に与えなさったのだ。

(何だろう、この妖怪・・・まるで心を見透かしてきそうな目をしている・・・。おい、
お前、私の心を見てるんだろう!わ、分かってるんだからな!)

戸惑う幽香と、ムッとするアリスに紫様は語りかけた。

「はじめまして、わたくし幻想郷の賢者の八雲紫と申します。貴女達は別の幻想郷から来た人たちですね」
「その幻想郷のお偉いさんが、一体何の用かしら」

怖いもの知らずアリス。ツンツンした様子で紫に問う。

「貴女方お二人に・・・特にそちらの幽香さんにお願いがあって参ったのです」

なぜ幽香とアリスの名前を知っているかというと、幻想郷の賢者だからである。何でも知っているのだ。

「お願い・・・?」
「ええ。まず簡単に背景を説明しましょう。貴女方は、魔法が当たり前に存在する世界からやってきた。そうですね?」

紫の瀟洒な問い掛けに、幽香も大妖怪らしくそのカリスマを以て毅然と答える。

「ええ、そうよ。逆に科学は迷信として扱われていたわ。幻想郷もその外も関係なく・・・ね」

紫はその返答を踏まえて説明を続ける。

「まったく別種の文明が発達した世界から、その存在の一部がこちら側の世界にやってきたわけです。それは例えるなら、過去の時代に近代的な兵器と軍隊がタイムスリップしてきたようなもの・・・」
「・・・何が言いたいの?」

問うアリス。すらすら流暢に答える紫。

「貴女方が思っている以上に、貴女方はこの世界にかなり大きな影響を与えています」

幽香とアリスは不安そうに顔を見合わせた。まさか、“お前らはこの世界にとって危険だから死ねッ!!”とでも言われるのではないか、と思ったりしたのだ。しかし紫様は優しいお方。そんなことするはずがない。

「貴女の館、夢幻館・・・。あの館には、あちら側の世界の技術が詰まっている。例えば・・・地下に巨大な魔法の装置がありますね」

幽香の夢幻館の地下には、確かにある魔導装置があった。

「八卦炉・・・のことを言っているの?」
「ええ。あれはこちら側の世界にはない高度な魔法技術が使われている。その装置を備えた館が、ある吸血鬼の手に渡った」

八卦炉を発電に使えば、原子力発電に匹敵する発電効率を持つ。しかも原子力よりずっと危険性は少なく、個人が扱えるレベルなのだ。さらに、維持整備のコストがはるかに小さく、もちろん放射性廃棄物など出ない。こんなものがこちらの世界に流れ着いたら、エネルギー革命が起きるのは当然だ。

「紅魔館の吸血鬼レミリアは、現在幻想郷の3分の1を支配しています。それは何より、彼女が妖怪として強いから、というのも大きいですが・・・。紅魔はこの世界で八卦炉の技術を確立させ、莫大な富を築きあげたのです。今では魔力発電の母とまで言われています」

レミリアの仲間には、優秀な魔法使いパチュリー・ノーレッジがいた。このような高度な魔導装置の仕組みを紅魔館が解明できたのは、パチュリーの存在も大きかった。
ここまで聞いて幽香は、八雲紫の言わんとしていることが分かった。

「つまり・・・夢幻館が幻想入りしたことによって、この幻想郷の勢力や文明を変化させるほどの影響を与えてしまった・・・。そして私たち自身にもまた、その可能性があると」
「そういうわけです」

一方のアリスは、ポカーンとしている。だが頭のいいアリスのことだ、話を理解はしてはいるがスケールの大きさに驚いてしまっているのだろう。幽香は紫に問う。

「それで、あなたのお願いというのは・・・?」
「貴女達には・・・ただおとなしくしていてほしいのです。できるだけ人付き合いは最小限にして、この幻想郷の一員としてひっそり暮らしてほしい。特に幽香さん、あなたは強大な力を持った妖怪です。できるだけ他の妖怪とは関わらないようにお願いします」

それは簡単な願いに思われた。しかし幽香には受け入れられるものではなかった。彼女には目的がある。エリーとくるみを探し出し、アリスと共に旧作世界に帰ることだ。そのためにはこの世界で積極的に情報を収集しなければならない。彼女は、紫の要請を拒否した。

「八雲さん。私は・・・はぐれてしまった私の仲間を見つけなければいけません。そして、元いた世界に戻る方法を探さなければならない」

すると紫は、穏やかな優しい表情から一転、冷酷な目になった。それはまさに妖怪の眼だった。

「あなたは自分がどれだけ危険な存在か分かっていない」

紫としては、このセリフを一度言ってみたかったというのもあるが、その言葉は幽香とアリスを威圧するには充分であった。そして、さらに幽香の心を追い詰めるような言葉で迫る。

「元の世界に帰ることもあきらめなさい。貴女達のいた世界は、もはや夢幻の中に消失してしまったのよ。・・・現にそこのアリスさんだって、この7年間帰ることができないまま。帰る方法なんて、存在しないわ」

幽香は緊張しながらも、それでもおじけずに黙って紫の眼を見つめていた。しかしアリスは動揺を隠せない。

「そんな言い方・・・」
「夢幻は、時として現実に影響を与えることもある。これ以上この世界を侵食されるわけにはいかないの。貴女達は、幻想郷にとって危険なのよ」

厳しい声で、幻想郷の賢者としての立場を淡々と述べる八雲紫。幽香は、ゆっくりと口を開いた。

「もしも・・・私があなたの言いつけを守らなかったら・・・?」
「当然・・・厳しい罰を与えるわ」

紫のするどい眼光は美しくも、その裏に冷酷さをたたえていた。だがそれを言い終えると、紫は再びさっきまでの優しい表情に戻り、まるで自分の娘に向けるような眼差しで幽香に語りかけた。

「脅かすようなことを言ったけどね。別に貴女を心から疎んでいるわけじゃない。これは、貴女自身の安全のためにも言っているのよ。」
「私の安全・・・?」
「・・・この幻想郷にはたくさんいるのよ。あなたのような存在を許さない妖怪が」


5)-レミリア命令-
紅魔館。
レミリアと咲夜は、さきほどの話を続けていた。レミリアは咲夜に尋ねた。

「エリーの次の休みはいつだ」
「3日後、次の木曜日です」
「・・・それまでに、対策を取らなければならないわ」

きっとエリーは、次の休みにあの妖怪が幽香かどうか確かめに行くに違いない。そしてもし二人が出会ってしまったら、紅魔館の所有権を脅かすことになるかもしれない。そうなれば、反八雲体制を掲げた吸血鬼帝国を作るレミリアの計画に、支障をきたすことになる。しかし、だからといってエリーを外出禁止にするのは、それこそあの妖怪が幽香であるとエリーに知らしめることになりかねない。だとしたら、レミリアにとって取るべき選択肢は一つだった。
レミリアはグラスの水を飲み干し、一呼吸置いた。

「もしあの妖怪が、本当にエリーの言う幽香だったとしたら・・・。この館の起源についての真偽はともかく、・・・念には念を入れなければならない。」

それはやけに遠まわしな言い方であったが、咲夜はレミリアの言わんとしていることを理解した。そして、自分もまた少々遠まわしな表現で進言した。

「幽香という存在は、魔法によって消え去らねばなりませんね」

その咲夜の言葉からレミリアは、自分の言った意味を咲夜がちゃんと理解していると把握した。彼女はそれを確認した上で、重い声で命じた。

「咲夜」
「はい」
「あの妖怪、必ず見つけ出せ。そして・・・」


6)-幽香の旅立ち-
魔法の森、アリス邸。
幽香は身支度を整え、旅立つ準備をしていた。今までアリスの家に居候していたが、それも今日までだ。一方アリスは、心配であった。

「ねえ、幽香。本当に行くつもりなの?」
「ええ。いつまでもあなたに迷惑をかけるわけにはいかないもの。それに私には・・・私のやるべきことがある」
「でも、あの八雲紫の言いつけを破ったら、何をされるか・・・殺されちゃうかもしれないのよ?」
「もちろんあいつの言う通り、他の妖怪と揉め事を起こすつもりなんてないわよ。それに、自分の当面の住処を見つけるくらいの行動の自由は貰っているし」

アリスは、それ以上は引き止めなかった。幽香には、大切な仲間がいるのだ。名残惜しかったが、幽香を外まで見送った。

「また・・・いつでも戻ってきていいのよ」
「ありがとう、でも行くわ。・・・そしてまたいつか、一緒に元の世界に帰りましょう」

幽香は、アリスの家を後にした。アリスは、幽香の姿が森の奥へと消えていくまで、幽香の後姿を見守っていた。

私は孤独ではなかった。この世界で、私はマーガトロイドの名を与えられ、それ以来私はアリス・マーガトロイドとして生きてきた。
そして幽香、あなたもまた・・・。



7)-幽香の日傘-
八雲紫が幽香に会いに来る数時間前。
魔法の森の入口、古道具屋香霖堂。
アリスもたまに訪れるこの店は、森近霖之助という男が一人で経営している。霖之助は妖怪と人間のハーフであり、見た目はメガネをかけたただの青年である。幻想郷の賢者八雲紫は、この店を訪れていた。

「りんちゃん、あの傘の事なんだけど」
「その呼び方はやめてくれないか・・・」

霖ちゃんは少しあきれた顔で紫を出迎えた。紫はいつもの調子でクスクスと笑う。

「いいじゃないの、私とあなたの仲なんだから」
「・・・」

霖之助はそれ以上突っ込むのはやめて、店主としての業務を遂行する。

「あの傘、解析は一通りやってみたよ。まあこっちに来てくれ」

紫を店の奥に案内した。部屋の中にはちょっとした工具がいくつかおいてあり、工房になっている。棚や段ボール箱の上には書類やら資料が積まれていた。しかしそれ以外の書類は綺麗に整えられ本棚におさめられている。部屋の中心には机のような台があり、そこには一本の傘が置かれていた。薄桃色のおしゃれな日傘。それは、幽香がかつて愛用していたあの日傘であった。

「なんというかね、いろいろ驚かされたよ」
「ふうん、でも用途やら使い道は分かるんでしょう?」

紫は上品な声で霖之助に尋ねる。なんとこの森近霖之助、知らない道具の名称や使い道が分かるすごい能力を持っているのだ。ただし、使い方までは分からない。

「これはオートメラ・コンパクトマスパ傘。日傘を兼ねた武器なんだ」
「仕込み傘か何かかしら?スパイ映画みたいな」
「まあ、当たらずとも遠からずだが・・・。要はこの傘からビーム見たいな攻撃を発射するわけだ。・・・ところでこれは、本当に無縁塚で拾ってきた物なのか?」
「そうよ、それがどうかした?」

紫は、私は何も心当たりなんてないわよ、と言う風に白々しく答える。霖之助はそれを知ってか知らずか、この傘についての話を続ける。

「結論から言うとな、これは外の世界の武器じゃなあない」
「その心は?」
「外の世界の機械や道具とは、全く違う理念で作られている。これはどうみても、魔法理論をもとに設計されたものだ。」
「ほう」

紫は相槌を打つ。霖之助は、傘を手にとってさらに説明を進める。

「かといって、幻想郷のものでもない。この幻想郷の魔法技術を以てしても、ここまで洗練された魔法器具は作れない・・・。全く分からないのは中心軸にあるパーツだ。金属のようだが素材は不明。おそらく妖力の整流効果を利用した魔法回路の一種と思われる・・・」
「ふむ」
「ただやはり仕込み傘だけあって、鉄砲と同じように薬室のようなものとブローバック機構を備えている。一方動力源となりうるものは何も見当たらない・・・やはり魔力や妖力で作動するのかもしれん。まあ、分かったのはそんなところだ」

霖之助は、長々しい説明を終えた。紫は、ニコニコしている。

「なんだ、その顔は・・・」
「ううん、ありがとう。とりあえずこれだけでも分かってよかったわ」

紫は用事を済ませたので霖之助に調査代金を払い、傘を引き取って早々に店を後にすることにした。
一方、霖之助はこの傘の出自について気になる。

「紫・・・。君はこの傘について何か知っているだろう」
「あら、もしそうならあなたに解析を依頼する必要などなかったはずでしょう?」

紫は話をたぶらかす。まあいつもの事だ。彼も紫の性格は良く分かっている。

「まあいいさ、今度もなにかあったらいつでも来てくれ」
「ええ、次はプライベートでお茶でも飲みに来るわ」
「・・・」

紫は幽香のマスパ傘を携えて、店の外に開けてあったスキマのなかに消えていった。



(続く)



補足)-本編の時代背景-
5の項目「レミリア命令」で、少々唐突に吸血鬼帝国がどうのこうのという話が一部出てきたが、これはこの物語の舞台が吸血鬼異変の前後であることを示している。博麗大結界による隔離政策で、幻想郷の妖怪はひどく弱体化していた。外来種のレミリアは、ここに目を付け現地妖怪を征服して配下に置き、そして博麗八雲体制を強く批判する。レミリアは、結界そのものは肯定しながらも、妖怪が弱体化してしまっているのは八雲紫の不完全な政策によるものだとした。
この現状を打破するためレミリアは幻想郷において革命を起こし、独立国家神聖レミタニアを作り上げることを考えていた。吸血鬼帝国のもとで新しい幻想郷の秩序を作り上げ、自分が八雲に代わって幻想郷の賢者になることを目論んでいたのだ。
ただ、この物語は幽香を中心に進んでいくので、吸血鬼異変についてはあくまで背景的に描写するにとどめる。本編中でこの話に全く触れないことも考えたが、やはり後々背景的に関わってくる可能性もあるので、早めに時代背景を示しておくことにした。
また、人間である咲夜や霊夢の年齢設定の問題が生じる可能性があるが、これも何とか辻褄が合うようにしていきたいと考えている。
レミリアに
「あの妖怪、友愛」
って言わせようとしたけどやめときました。
やくも型護衛館
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
紫“様”が“御”姿を“御現しになられ”て妖麗な眼差しを幽香に“与えなさった”くだりで不覚にもワロタwww
5.無評価名前が無い程度の能力削除
いやいや八雲さんや。
ふつーにアンタの力のでエリーやくるみと再会させた上で、「もう元の世界は無いからここで平和に生きていきなさい」って言えば丸く収まったやろーが。
7.100名前が無い程度の能力削除
紫は幽香とレミリアの共倒れを狙ってるのかな?
二次の紫は相変わらずあくどいな~