「ひまだよ咲夜」
「私もですわ」
ふらふらと遊びに来たフランドールを出迎えたのは、微妙に倦怠感を纏っているメイド長・十六夜咲夜だった。
フランドールは、彼女がだらーっと寝そべっているベッドにとふんと腰かけた。
「メイドのくせにひまってどうなん」
「今日はお休みですの」
「メイドたるもの、たとえ休日であってもメイドらしくあれ」
「休日はメイドらしさよりも人間らしさ優先ですわ」
「人間ってのはこんなにぐうたらしているもんかい」
「妹様は紅茶かケーキの形でしか人間をご覧になったことがないから」
「痛いとこついてくるなお主」
冗談だかなんだか分からないやりとりをしているうち、フランドールも咲夜にならってベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「うー。ひまだよ咲夜。なんか面白い事ないの」
「そう言われましても……あっ」
そこで咲夜は何かを思い出したような顔になった。
ベッドの上に這いつくばったまま、懸命に近くの机に向かって手を伸ばす。
「うぐっ……も、もちょいっ」
「立ったら?」
「めんどいです」
「無精だなぁ。もうここはフランちゃんに任せなさい」
フランドールはひょいとベッドから飛び降りると、机の方へと歩を進めた。
「どれが欲しいの?」
「その山積みになったモノ達のどこかに埋没している小袋を」
「これはひどい」
咲夜の机の上は、変な頭蓋骨のアクセサリーやら赤黒い液体が入った謎の小瓶やらどっかの部族を彷彿とさせるような仮面やら、なんだかよくわからんもの達で溢れかえっていた。
どうみても、ここ数ヶ月はまともに整理整頓されていない。
「こんなだからパチュリーに大ざっぱって言われるんだよ咲夜は」
「てへっ」
なぜか嬉しそうに舌を出す咲夜。
フランドールは溜息混じりにごちゃごちゃと山を崩し始めた。
「大体、“小袋”ってまたアバウトな……お? これか?」
「ビンゴですわ妹様」
フランドールの手に握られたのは、四センチ四方の紙製の小袋だった。
どうやら当たりを引いたらしい。
フランドールはその手触りを確かめながら、
「なんか粒? みたいなのがいっぱい入ってるね」
「貸して下さい」
言われるがまま、フランドールはちょこちょこと歩き、ようやく上体を起こした咲夜にそれを手渡した。
咲夜は小袋を開け、フランドールに手を出すように言った。
「? なにこれ」
掌の上に撒かれた小さな茶色の粒達は、フランドールの持つ知識の中には当てはまらないものだった。
「カイワレダイコンの種ですわ」
「カイワレ? これが?」
「ええ」
咲夜はにこりと微笑む。
フランドールは首を傾げる。
「なんでこんなの、咲夜が持ってんの?」
「美鈴から貰ったんです。簡単だから育ててみたらどうですか? って」
「なのに、あんながらくたの中に埋没させてたんだ」
「そのうち育てるつもりだったのですよ」
絶対嘘だろ、とフランドールは心の中でツッコんだ。
咲夜は一見真面目そうに見えてその実相当適当なのを、フランドールは心からよく知っていた。
「それで、自分で育てるのは面倒だから私にさせようと」
「滅相もございませんわ。私はただ、妹様が暇を持て余したと仰るから」
「じゃあまあそういうことにしておいてあげるよ。このまま咲夜に持たせてたら発芽しないまま枯れちゃうだろうし」
「流石妹様。お優しいですわ」
「嫌味のつもりだったんだけどな。まあいいや、それで育て方は?」
「あー……美鈴に聞いて下さります?」
「……忘れたの?」
「えへっ」
ぺろっと舌を出す咲夜は客観的に見れば可愛いのだろうが、フランドールに対しては彼女の片眉を吊り上がらせる程度の効果しか無かった。
かくしてフランドールはカイワレの種を片手に、美鈴の下へと向かうのだった。
「あー……結局妹様に回ってきましたか。私の予想ではお嬢様だったんですけど」
「美鈴も咲夜が育てるわけないって思ってたんだ」
「そりゃあ、まあ。あの人こういう細かいこと嫌いですし」
「ですよねー」
咲夜の雑さは館内ではもはや共通認識である。
おかげで会話がスムーズに進む。
「でも、それなら何で咲夜に渡したの? これ」
「いや、非番時の咲夜さんが『ひまーひまー』ってうざ絡みしてきたんでつい」
「容易に想像つくわ」
やれやれと嘆息しつつ、フランドールは忘れかけていた本題を切り出した。
「ああ、それは本当に簡単ですよ。まず脱脂綿を水に浸してですね……」
地下室に戻ったフランドールは、早速美鈴に教えられたとおりにカイワレダイコンの栽培を開始した。
まずは脱脂綿を水で十分に湿らせ、次にそれを底に小さな穴をいくつか開けたプラスチック製のコップの中に敷く。
その上にカイワレの種をばらばらと撒き、暗所―――部屋の押し入れにした―――に置く。
「これで終わりか。本当に簡単なのね」
後は水を切らさないよう意識しつつ、定期的に霧吹きをしてやればいい。
肥料も何も要らないので、これなら自分でも失敗せずに育てられそうだとフランドールは思った。
―――翌日。
「うわあ!」
さしたる期待もせずに押し入れの引き戸を開けたフランドールは目を丸くした。
昨日撒いたカイワレの種が、もう既に発芽していた。
「すごい! すごい!」
フランドールは興奮した。
今すぐこの感動を誰かに伝えたい。
そう思った時、計ったかのようなタイミングで部屋のドアがノックされた。
「妹様。ご朝食をお持ちしました」
「咲夜!」
昨日と違って、仕事モードのびしっとした咲夜の声だ。
フランドールは勢いよくドアを開けた。
「わっ。どうしたんですか」
咲夜は驚いて少し後ずさったが、すぐに手櫛でさっと髪をなでつけた。
その仕草はなかなかさまになっていて、フランドールは昨日のぐうたらと本当に同一人物なのかと一瞬疑った。
しかし今は、そんな瑣末な事に思考を巡らせている場合ではなかった。
「はやくはやく!」
フランドールは咲夜の右手を取り、一気に部屋の中へと引っ張り込む。
「きゃっ」
咲夜は朝食の載ったトレイを左手で上手く支えたまま、右手はフランドールに導かれるままにしている。
「ほら!」
そして、フランドールは机の上に置いていたコップを指差した。
何事かと覗き込む咲夜。
すると、
「もう発芽してる!?」
意外にも、咲夜は素の反応で驚きを示した。
完全で瀟洒な従者も、カイワレの生長速度については無知だったらしい。
「えへへ、すごいでしょ?」
「す……すごいすごいすごい! 一体どんな魔法を使ったんですか妹様!?」
「え、いや……普通に湿らせた脱脂綿の上に撒いただけだけど」
「まじすか」
「うん」
咲夜はすっかり素の状態になって、「へー」とか「ほー」とか言いながらまじまじとカイワレを見つめている。
そんな咲夜の様子を見ていると、フランドールはなんだかとっても嬉しくなった。
「ねぇ、咲夜」
「? はい」
「よかったら、これ、咲夜も一緒に育ててみない?」
「えっ……いいんですか?」
「うん。といっても、一日に何回か霧吹きするだけだけど」
「それだけでいいんですか?」
「そ。面倒くさがりな咲夜でも、それくらいならできるでしょ?」
「うっ……そう言われると、反論できないのがくやしいですわ」
「あはは」
こうして、カイワレはフランドールと咲夜が共同で栽培することになった。
霧吹きで水をやるのは一日三回。
そのときは必ず咲夜が来て、二人で見守りながら水をやる。
ただそれだけの共同作業だったが、フランドールはそれがとっても楽しかった。
そして、種を撒いてから三日目。
カイワレは白い茎を伸ばし始め、早くも脱脂綿の上を茎が覆い尽くした。
四日目。
カイワレの茎は上方に向かって伸び始め、その先端には黄色の葉が成った。
五日目。
カイワレは順調に生育し、もうコップの縁とほとんど同じくらいの高さになった。
先端の葉も、綺麗な形の双頭になった。
そして、十日目。
今や、カイワレはコップの縁から数センチばかりはみ出すほどに生長していた。
後は、最後に日光に当てて緑化させるだけだ。
「じゃあ妹様、最後の一仕事です。緑化させるとしましょう」
「…………」
「妹様?」
ここまで立派にカイワレが育ったのに、何故かフランドールの表情は暗い。
どうしたのかと、心配そうにその顔を覗き込む咲夜。
すると、フランドールがぼそぼそと呟いた。
「……ねえ。咲夜」
「はい」
「これさ、この後緑化させたら、もう……食べちゃうんだよね?」
「えっ……」
咲夜はこの一瞬で、フランドールが今、どんな気持ちでいるのかを理解した。
今まで一度も、何かを育てるという経験をしたことがなかったフランドール。
そんな彼女が、初めて自分の力で育てた植物に、どういった感情を抱くか―――それは容易に想像できることだった。
「妹様……」
「ごめん、わかってる。カイワレだって美味しく食べてもらいたいよね。このままほっといたら、やがては枯れちゃうんだし……」
「…………」
「仕方ない、よね……」
そう言いながらも、フランドールは手に持ったカイワレに憐憫の視線を注ぐのをやめない。
もう少しこのまま傍にいてほしい、そう言わんばかりの表情だ。
そんなフランドールを見た咲夜は、ふっと笑って言った。
「じゃあ、時間止めます?」
「えっ」
目をぱちくりとさせるフランドール。
咲夜は続けた。
「私の能力で、カイワレの時間を止めるんです。それで、妹様の心に踏ん切りがついたら、解除して、緑化して、食べましょう」
「……咲夜……」
「時間を止めている間は枯れないですから。じっくりゆっくり、最後の時間を過ごしましょう。ねっ?」
「……うん!」
こうして、カイワレの時間は止められた。
フランドールは、愛おしそうにコップを抱きしめる。
「えへへ」
「ふふ、よかったですね。妹様」
「うんっ!」
そして、フランドールは自分の机の上にカイワレの入ったコップを置いた。
時間が止まっているので、もう暗所にこだわる必要もなくなった。
勿論、水をやる必要もない。
ただじっと、最後のひとときを過ごすのみ。
……の、はずだったのだが。
「妹様。そろそろどうです? カイワレ」
「あー……ごめん咲夜。もうちょっと待って」
「左様ですか」
「妹様。そろそろ……」
「ごめん咲夜。もうちょっとだけ」
「左様ですか」
「妹様」
「ごめん」
「左様で」
……一度永遠の時間を手にしたフランドールは、いつしか、それを喪うのが怖くなってしまっていた。
昨日も今日も明日も、カイワレは元気なままの姿を自分に見せてくれる。
それが嬉しくて、ついつい、時間停止を解くのを後延ばし、後延ばしにしてしまっていた。
一方咲夜は、いつの間にか、カイワレについて何も言わなくなっていた。
無理もない、最初に種を撒いた日からもう半年以上が過ぎている。
もうとっくに忘れてしまったんだろうとフランドールは思った。
でもそれは、フランドールにとっては好都合だった。
咲夜が忘れてしまったのであれば、もう解除を急ぐ必要もない。
悠久の時を生きるカイワレと、共に自分も生きようではないか。
そんな、悟りの境地にも似た心持ちになっていた。
朝起きて、カイワレにおはようの挨拶を。
一人で部屋にいるときは、カイワレに話しかけたり、じっと眺めたり。
夜寝るときには、カイワレにおやすみの挨拶を。
そんな日々の繰り返しの中。
「あれ?」
ある日の朝、フランドールは首を傾げた。
「伸び……てる?」
昨日、夜寝る前に見たときと比べ、明らかにカイワレの背が伸びていた。
どう控え目に見ても、三ミリは伸びている。
長い間カイワレを見守り続けたフランドールだからこそ、その変化はすぐに感じ取れた。
そして、その事の意味も。
「―――咲夜!」
部屋を飛び出し、一瞬で館内を抜ける。
妖精メイドが右往左往している。
心臓がざわつく。
「咲夜!」
飛び込んだ部屋のベッドの上、仰向けに寝そべった咲夜がいた。
そのすぐ傍には、レミリア、美鈴、パチュリーの姿。
「……妹様。今小悪魔をそっちに行かせたんだけど、その様子だと入れ違いに……」
パチュリーが何か言っていたが、フランドールはそれを無視してベッドの傍に歩を進めた。
「咲夜」
髪は既に白く染まり、顔には深く皺が刻み込まれた咲夜。
安らかな表情で、ただ静かにそこに在った。
「……うそ」
振り返り、レミリア達を見るフランドール。
レミリアは力無く首を振り、美鈴も下唇を噛んで俯いているのみ。
パチュリーが消え入りそうな声で言った。
「……あっけないものね。昨日まで、あんなに普通にしていたのに」
その声は、耳のどこかを通り抜けていった。
「少し咳込み始めたと思ったら、もう、何分もしないうちに―――」
もうそんなに長くないということは、なんとなく、分かっていた。
「ごめんなさい、妹様。最期のお別れを、させてあげられなくて」
だからこそ、ここ最近はしょっちゅう部屋に様子を見に行っていたし、昨日も普通に笑って話した。
それなのに、それなのに。
「あんまりだよ……」
ぺたん、とフランドールは尻餅をついた。
事態があまりに唐突過ぎて、思考が整理できなくて、涙のなの字も流れてこない。
パチュリーが静かに告げた。
「……咲夜、最後にこう言ってたわ」
「えっ」
パチュリーは一拍置いてから、フランドールの目を見て言った。
「……妹様と一緒に育てた、カイワレが食べたかった、って……」
「―――」
その衝撃は、鈍く重く、フランドールの心を抉った。
「覚えて、たんだ……」
フランドールの言葉に、パチュリーは無言で頷く。
「だって、咲夜、もうずっと……」
何も言わなかった。
云わなかったけど。
「待ってたんだ……」
自分が、カイワレの運命を受け入れるのを。
やがて消えゆく、そのさだめを。
「わたし……わたし……」
なのに、自分はずっと逃げていた。
与えられた偽りの永劫の中で、心地良い快楽の中に逃げ続けていた。
「ごめん……ごめんね、咲夜……」
カイワレの時間は有限だった。
咲夜の時間がそうであったのと同じで。
やがては朽ち、枯れる運命だった。
それをいわば反則的に誤魔化して、仮初めの運命を与えた気になっていた。
「だったら。あのとき、ちゃんと食べてあげればよかった。咲夜にも、食べさせてあげればよかった」
もうあのときには戻れない。
止まっていた時は動き出しても、それが巻き戻ることはない。
「あ……ああ……ああああああああああああ」
とめどない後悔が身を包み、自分という存在そのものを破壊したくなるような衝動に駆られ―――
……かけたとき。
「今の言葉、本当ですか?」
「えっ」
振り向くと、薄く微笑む咲夜がいた。
「あ……?」
「今度こそ、ちゃんと食べさせてくれますか?」
「なん……で……」
呆然とするフランドールの肩に、ぽんと手が置かれた。
パチュリーだった。
「……ごめんなさいね、妹様」
「パチュ、リー……?」
「……咲夜が、その、死ぬまでにどうしても、妹様と一緒に育てたカイワレを食べたいとか言うもんだから」
「…………」
フランドールは目をぱちくりとさせている。
見かねて、レミリアが続けた。
「わ、私は反対したのよ? そんな凝ったことまでしなくても、普通に頼めばいいだろうって」
「でも咲夜さん、『何十年もずっと傍に置いてたのに、今更そう簡単に食べさせてくれるわけがない』とか言っちゃって」
美鈴も、呆れ顔でフォローする。
ようやく事態が呑み込めてきたフランドールは、ふらりと立ち上がると、ベッドで微笑む老婦人に近づいた。
「じゃあ……カイワレの時間停止が解けたのは……」
「私が自分で解きましたわ」
さらっと答えた。
どこまでも瀟洒に。
「……ずっと、覚えてたんだね?」
「そりゃあ、まあ。私も育成者のようなもんですし」
「……じゃあなんで、途中から何も言わなくなったの。私、てっきり咲夜は忘れてるんだって思ってた」
「だって、言っても言っても、妹様、全然停止を解くおつもりがないようでしたから。それならもう、長期戦の覚悟を決めようと」
「……死ぬまでの?」
「はい」
にっこりと笑う咲夜。
フランドールは項垂れるしかなかった。
「まあ、そのうち言い出してくれるものだと思ってたんですが……一向にその気配が無い上、いよいよ本格的に私が死にそうになってきたので、少々荒療治ではありますが、このような方法を取らせてもらったのですわ」
「……皆、ぐるになってたんだ」
「あ、小悪魔は妹様に八つ当たりされるのを恐れて来なかったんだけどね。だからさっきの、妹様を呼びに行かせたってのは私のアドリブ」
パチュリーがさりげなくどうでもいい情報を付け足した。
「……ていうか咲夜、そんなにカイワレ食べたかったんだ」
「まあ、さっきも言いましたが、私も育成者ですからね」
「……だったら、もっと早く言ってくれたらよかったのに」
「仮にそうしても、結局後延ばし後延ばしにされちゃって、そうこうしているうちに私が死ぬんじゃないかと」
「ぐ……」
そう言われてしまうと、フランドールとしても反論が思いつかなかった。
なんだかんだで、数十年もの間飽きもせず、ずーっとカイワレを見守り続けてきたのだ。
いざという段になったら、結局躊躇してしまっていた可能性は否定できない。
「でもまあ、さっきの言葉が嘘でないなら、とうとう食べさせてもらえるんですよね? 数十年物のカイワレを」
「はあ……分かったよもう。私の負けです」
がっくしとフランドールは羽根をしならせた。
レミリア達がとばっちりを受けずに済んだと安堵しながら去って行った後、フランドールは、地下室からカイワレを持ち出し、再び咲夜の部屋へとやってきた。
「ここでいいね」
自身が日光に当たらないよう細心の注意を払いながら、咲夜の部屋の窓際にコップを置く。
この緑化作業が済めば、後は食べるための準備をするだけだ。
「これにて一件落着ですね」
「なんか釈然としないんだけど」
「騙してしまったことについては謝ります。ごめんあそばせ」
「誠意が感じられない」
「あらそうですか? 咲夜は誠意に満ち満ちたメイドであったと自負しておりますが」
「よくゆーよ」
にこにこ微笑む咲夜の隣で、頬を膨らませるフランドール。
日が西に沈むころ、コップを取り、十分に緑化したのを確認する。
「よし」
美味しそうな緑色に染まったカイワレを摘み取り、根の部分だけをそっと切り落とす。
それを水でさっと洗い(流水ではなく、桶に溜めた水で)、胃に優しいノンオイルドレッシングをかけ、お皿に盛る。
「ほい」
「あら素敵」
咲夜は頂きますと手を合わせると、お箸で数本摘まんで食べた。
「とっても美味しいですわ」
「それじゃあ私も」
フランドールも、フォークに何本かを絡めて口に運んだ。
「うん、美味しい」
ちょっぴり辛くて、でもしゃきっとした歯ごたえと瑞々しさが口に嬉しい。
とても数十年モノとは思えない新鮮さだ。
まあ、時間が止まっていたから当たり前ではあるのだが。
「ねぇ、咲夜」
「はい」
「明日から、また一緒にカイワレ育てよう」
「えっ」
「種、また美鈴に貰ってさ」
「妹様……」
フランドールは口元からカイワレを生やしながら、少し照れくさそうに言った。
「今度はもう、時間止めたりしないから。ちゃんと育てて、ちゃんと食べよう」
「……はい」
咲夜はごくりと咀嚼してから、芯の通った声で言った。
「咲夜も、ちゃんと生きて、ちゃんと死にます」
「……ん」
フランドールは、今になって分かった気がした。
咲夜が、不死の道を選ばなかった理由。
最後まで、“一生死ぬ人間”で在り続けた理由。
時間は本来有限で、だからこそそこに価値がある。
そんな当たり前のことを、フランドールは今更ながらに知った。
たとえ仮初めでも、無限の時間を与えられたカイワレはどんな気持ちだったろう。
本来ならもう死んでいるはずの時間を無理やり生かされて、大層迷惑だったのではないだろうか。
「……ごめんね」
「? 何か言いました?」
「ううん。何でもない」
ぼそりと漏らした呟きは、幸いにも隣の従者には拾われなかった。
人間の老化現象に感謝すべきだろう。
「私も、ちゃんと生きなきゃな」
カイワレを食べ終えたフランドールは両手で伸びをする。
時間の止まったカイワレを眺め続ける日々も悪くはなかったけど、どうせなら、日に日に生長するカイワレを見て喜ぶ日々の方がきっと楽しい。
そして生長しきったカイワレを、咲夜と一緒に食べる方がもっと楽しい。
「咲夜」
「はい」
「カイワレは栄養抜群なんだから、これを食べ続ける以上、そう簡単に死んだら駄目だよ」
「はあ。じゃああと半年くらいは頑張ってみましょうか」
「だーめ。せめて三十年は頑張りなさい」
「そんな無茶な」
結局、三年後に咲夜は笑って死んだという。
了
あんた最高や
フランちゃん
可愛い!!
ところで「ふらんちゃんの貝割れ」って書くとなんだかとってもどきどきが止まらない
咲夜さんは、やはり瀟洒だね
何かを育てる楽しさ、限りある時間の重要性、さらに咲夜の人間としての死や、成長の素晴らしさ、悲しさ。たった2ページだけに色々とつまっていてすごいと思いました。
咲夜のフランへの気遣い、フランのカイワレへの愛着、レミリアたちの協力。優しさに満ち溢れた、とても暖かい紅魔館ですね。
このダメ咲夜さんは素敵な人でしたねー。
こんなウザ絡みをしてくる友人が……まあいいか。
カイワレうめぇ。
とても素敵なお話でした!
フランちゃんは大切なことを学んだのですね。
久しぶりに食べようかなぁー
緑化……だと!?(俺が無知なだけ)
ほのぼのとして、でもオチも綺麗にきめる、いつもの氏のクオリティでした。
作者、いつも構成と咲夜さんの書き方上手すぎ。
瞬く間にすぎた様に感じるらしいのです
カイワレ観察の日々も一度時間を止めてしまえば過ぎるのも矢の如く
だからキンクリ描写は必然だったんだよ!
>>コメ5
やめてwそんなもっさりしたお墓やめたげてwww
面白かったです。短いのに、物語を読んだ満足感があります。ありがとうございました。
眼福感謝です。
新感覚過ぎて困るwww