シエスタである、誰にも邪魔はできない (後編)
- 2011/09/20 19:06:04
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※注意
後編です。
前編はこちらになります。(作品集153)
まだ読んでいない方は、先に前編を読んでいただけると助かります。
以下、読んでいない人のために、ちょっとだけ行間を空けます。お読みいただける方は、そのままスクロールしてください。
それではどうぞ。
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《七》
あの日――“少年”を殺した、それからの話。
美鈴は、流浪の旅を始めた。
それまで、ほとんど一つの街から出ていなかった美鈴だったが、あの日を境に、各地を転々とし始めた。
目的は、無かった。
理由さえ、明確ではなかった。
ただ漠然と、立ち止まりたくない、という気持ちだけがあった。
元より、生きる上で、明確な目的など持っていなかった。
ただ、憧れたものを追いかけて……その、追いかけるものさえ失った。
常に、人間の近くにいた。
妖怪である自分を隠し、人間の中に紛れ込む。その生き方は、変えられなかった。
人間を軽んじていたつもりは無い。友情を感じることもあったし、成り行き上とは言え他の妖怪から人間を守ることもあった。だが、自分が人間とは違う生き物だという意識も強く、簡単に気を許すつもりにはなれなかった。時には人間を脅かして妖怪としての糧を得る。妖怪である自分は、人間の輪には入れない。
幾多の道場に入門した。
中国武術。
それは少林拳であったり、八極拳であったり、形意拳であったり、あるいは名も知られぬ武術であったり、あるいは、美鈴が最初に学んだものとは別の門派の太極拳であったりした――中国武術では、同じ名の武術であっても、伝え教える者が変わるだけで門派が変わる、ということがしばしばあった。源流を同じくするものもあれば、ほとんど別の武術になってしまっているものもあった。
そして、基本の部分だけをしっかり覚えたら、その道場から姿を消した。
習得した基本は、道場から出奔した後も、何度も繰り返して体に刻み込んだ。
妖怪の力として、その技術を身に着けた。
人間の武術は、材料でしかない。
数多の武術を、自分に都合の良いように利用した。
――生き方は、変えられなかった。
妖怪であることを、否定はできない。それは、どうあっても変えられない。妖怪であることをやめる時があるとすれば、それは死ぬ時だけだろう。
妖怪とはそういうものだ。
「お前は、見るからに自由なのに、いつも何かに追われてるみたいだな」
そう言ったのは、一時期行き着けにしていた酒場で常連だった、酔っ払いの爺さんだったか。
話の上手い爺さんだった。年甲斐も無くスケベなために女性からは嫌われがちだったが、美鈴はそういう手合いのあしらいが上手かったために、酒の上での話し相手としては息が合った。
それでも――その酒場に通い始めてから、一年かそこらしか経っていなかったはずだ。
だから、酔って話すだけの人間の爺さんに、そんなことを言われるとは思っていなかった。
「ああ、いい、いい。そんな気にすんな。若いモンは多かれ少なかれみんなそうさ。ただ、お前さんの場合はさァ――随分せっぱ詰まってるくせに、それを周りにはぜんぜん気付かせずに、のんびりとしてるように見せかけてるみたいに見えたからな。そこが、ちぃと気になっただけさ」
酔っ払いの言うことだ。気にしなければいい。
だが、美鈴はそれ以来、その酒場に通うのをやめた。
潮時だった、というのもあった――当時通っていた道場から姿をくらます頃合と合致していたのが、幸いだった。
その爺さんがその後どうなったかなど、美鈴は知らない。自分の知らないところで平和な余生を過ごしていてくれればいいと思う。
せっぱ詰まっている?
馬鹿な。美鈴に生きる目的など無い。そんな理由はどこにもありはしない。
自由? それはそうだろう。あちこちへと根無し草のようにさすらう美鈴は、これ以上無く自由に違いない。
――だったら。
胸に刺さった痛みは、心臓を貫く剣は、何故消えないのか。
何年が経っただろう。何十年か、何百年か。
一人の人間を殺した、まだそんなことで、罪の意識にさいなまれているのか。
否定はできない――十年が過ぎ、百年が過ぎても、“少年”のことはまだ、昨日のことのように思い出せる。
しかし、それでも……本当にそれだけだとは、思えない。
そんなに罪が気になるなら、罪をつぐなう道を行けばいい。“少年”の村に留まって村を守ってもいいし、人間を救う旅がしたいなら、勝手にそうすればいい。
「違う、違う、そうじゃない」
その思いが消えない。
美鈴が目指すべき道は、そんなものではない。
そこまでわかるのに――だったら、それはどんな道なのか、その道がどこにあるのか、それがどうしてもわからない。
追いかけるべき誰かを、見つけることもできない。
自分が妖怪でいる限り、見つけてはいけない。
そうして、さまよい続けた。
当ても無く、流浪の旅を続けるしかなかった。
何百年が過ぎただろう――
美鈴は、とある港町にたどり着いた。
/
賑やかな港町だった。大都会と言ってもいい。
高層ビルが立ち並んでいるかと思えば、その裏側に雑然とした屋台が連なっていたりした。湾岸には工場が立ち並び、川沿いには遊園地が建っているかと思えば、そのすぐ近くの路地裏にならず者が徘徊している。まるで大陸じゅうの人間が好き勝手に集まって好き勝手に商売を始めたような混雑振りであり、つまりそれは、美鈴が紛れ込むのに実に都合の良い街だった。
街に紛れ込んだはいいが、美鈴は困っていた。これだけ大きな街になると、簡単に道場に入門するというわけにはいかない。戸籍のほうはまだ、マフィアあたりから購入することでどうにかなるにしても、目立った大きな道場は、現代では武術をスポーツとして教える側面が強くなってしまっている。美鈴が学びたいのはそんなものではない。
もっとこじんまりとした、陰に隠れた達人の道場は無いものか、とうろうろしながら情報を収集していた時に。
やけに気にかかる情報が、手に入った。
「紅魔館?」
えらく物騒で仰々しい名前だ。
聞けばつい先日、この港町のはずれのほうに、西洋から移築してきた洋館があるらしい。
移築、と言うと聞こえはいい。
その実、いつの間にその屋敷が建ったのか、誰も憶えていないという。
他にもきな臭い話が、その館の周辺から、いくつも出てきた。
曰く、誰も館の主の姿を見たことが無い。
曰く、その館に住んでいるメイドからは、血の匂いしかしない。
曰く、その館からは毎夜のように、血なまぐさい匂いが漂ってくる。
曰く、その館に脚を踏み入れた者は、二度と帰ってこない。
曰く、実は館の中には魑魅魍魎が住んでいて、それを束ねるのは百歳を超える一人の魔女だと――
「いやいやいや、ホラ話にしても吹きすぎでしょ、これ」
確かにこの国の人間は、なんでも大げさに言う悪癖があるのだが――だがそれにしても、これはいかにもやりすぎだろう。
ここまで来ると、実はその館はテーマパークの一種であり、流れている噂は全て、密かに流される宣伝文句なのではないかとさえ思えてくる。
――妖怪である美鈴をして、ここまで思わせる。
もし仮に、本当に人外の類が館に住んでいたとすれば、この噂は逆効果でしか無いのだ。人外は人の闇に潜み、こっそりと人を襲う。もしも大々的に人を襲うとするなら、それは目撃者を残さず皆殺しにするような場合のみだ――天災にも例えられるほどの大妖怪にしか不可能なことだが。
だから、と美鈴は思う、これは妖怪の仕業ではないはずだ。
だが、そうすると、一つだけ符合しない事実がある。
事実、その館についての真実を、誰一人として知らないということ。
――気がつけば。その館のことが、気になって仕方がなくなっていた。
始めはせいぜい、名前が自分の苗字と共通しているとか、その程度の印象でしかなかったはずだ。
だが、ほんの少し気になって、ちょっとしたついでのつもりで調べてみて、調べれば調べるほど、どんどん気になってしまって――
おかしい、と。
この館の存在は、全くあらゆる意味でおかしいと、そうとしか思えなくなった、ある日。
「見つけた」
背後から、声がかかった。
年端もいかぬ、か細い少女の声――特に警戒もせず、美鈴が何気なく振り向く。
そこには、ひどく頼りない少女がいた。
「あなたね、最後の星は」
「…………えーと。お嬢ちゃん、ここはちょっと危ないから大通りに出ようか」
と美鈴が少女を連れて行こうとしたのも無理は無い。何しろ少女ときたら美鈴よりも頭一つ以上も小さく(これは美鈴のほうが背が高いためでもあったが)、加えて肌は真っ白、髪はさらさらのロングヘア、手足はほっそりしていて、どこの引きこもりのお嬢様だといわんばかりであったからだ。もっともお嬢様にしては、体に染み付いた薬品臭はなんだろう、と美鈴は疑問に思ったが――頻繁に実験を行っているための匂いだと、その時点では想像もつかない。
そして、美鈴が歩いていたのは、まっとうな人の道から外れた人間しか歩かない類の裏路地だった。本当に、どうしてこの少女は今まで無事でいられたのか――
もちろん、無事でいられる理由があった。
「やっと見つけたわ。長い儀式魔法もようやく成功が見えてきた。まさかあなたがこんなにも、隠れ住むのが上手いだなんて思ってなかったから」
ん?
疑問。何か、おかしなことを言っていないか、目の前の少女は?
「……え、えーと。色々話もあるかも知れないけど、とりあえず場所を変えない? ここじゃ、空気も悪いだろうし」
「空気? ああ、確かに――体調は、今夜に備えてベストにしてあるけど、空気が悪いのはいただけないわね」
「そうでしょ? じ、じゃあどこか行こうかしら? お嬢ちゃん、どこか行きたいところはある?」
「誘拐犯の台詞よね、それ」
「ええぇ!?」
もちろん美鈴にそんなつもりはない。だが、客観的に見ればそうなのかも――
と焦ったところに、思わぬ返事が返ってきた。
「冗談よ。どっちかというと、誘拐する側は私たちだもの」
「?????」
「ほら、早く連れて行きなさい、この国に来てから初めて外に出たんだから、道なんて全くわからないわ……行きたい場所は、そうね、とりあえず禁煙席でお願いね」
冗談が下手な人だ。
それが、パチュリー・ノーレッジに対して、美鈴が抱いた第一印象だった。
/
近くのファミリーレストランを選んだ。禁煙席、という言葉に素直に従ったまでだ。
あまり人目にはつきたくなかった。そして平日の昼下がりのレストランなど、ほとんど客の入りは無い。店員も、飲み物のみのオーダーを運んでからは近づいてはこない。
「つまりレミィ曰く運命なのよ。この街を私が儀式場に選んだことも、最近妹様のご機嫌が安定しているのも、それ以上にレミィが上機嫌で気味が悪いのも、私が万全を尽くしてベストコンディションを整えたのも、思った以上にこの街が儀式魔法に深く馴染んだのも、咲夜が大忙しで小悪魔の手まで借りてて、その分私が余計な手間を割いてることも、私がようやくあなたを見つけたことも、あなたがここにいて私の話を聞いていることも、全て運命だってレミィは言うの」
と、開口一番そう言われて、美鈴にできることなどあっただろうか。
あまつさえ、喋り慣れてないためか、げほげほと咳きこみ始める始末。
背をさすったほうがいいのかと思ったが、あいにく美鈴はテーブルを挟んでパチュリーの対面に座っているため手が届かない。大人しく、パチュリーが落ち着くまでじっくり待つことにした。
ちなみにここに来るまでの間に、互いに簡単な自己紹介は済ませている――美鈴は妖怪だと名乗ってはいない。だが、パチュリーは自分が魔女だと名乗っている。
「えほ、けほ、ふう……つまり、ね」
「うん」
「レミィはひどいのよ。ねえ、あなたもそう思うでしょ!?」
何と驚き、さっきのは愚痴だったのか。
どの文脈を読んだところで、そんな意図はさっぱりわかりはしない。彼女は会話下手なのだろうか?
「えっと……パチュリーさん、ちょっと、落ち着いて。一つずつ聞くから、教えて?」
「え? 駄目よ、あなたに物を尋ねるタイミングは無いわ」
「ええー……?」
何その横暴。
つまり、この会話下手な少女の話を延々聞いていなければいけないのか?
「ああ、誤解させたみたいだから、もうちょっと正確に言うわ……私から話すことがいっぱいあるから、まずはあなたには、じっくり最後まで聞いて欲しいの」
「あ、ああそう」
あまり変わらない気がしたが、とにかくこの少女は、話さないと気が済まないらしい。
言われたとおり、じっくり聞くことにした。
……話の内容について行けなくなったら逃げ出すことにしよう、とも心に決めた。
「とは言え、どこから話したものか……そうね、あなたの現状から、話そうかしら」
「私?」
「そう。紅魔館について調べていたでしょう?」
何気ない言葉は、問いかけの形をとってはいたが、断定も同然だ。
言い当てられた美鈴は、絶句したまま固まってしまう。
「紅魔館についての噂が気になったあなたは、ついつい紅魔館について調べてしまった……特に理由も無く、目的も無いのに。うん、それでいいのよ。全ては筋書き通りだわ」
「……あなたは、一体」
「魔女よ。そう名乗ったでしょう、妖怪さん?」
――魔女曰く。
全ては、魔女がしかけた魔法であったという。
紅魔館に住む魔女と、その同居人たちは、幻想郷という、はるか東国にある幻想の住人の楽園を目指しているのだという。
しかし、自分たちの意思でそこに行くためには、幻想郷の元締めの妖怪に礼儀を尽くし、幻想郷に迎え入れてもらうのが通例だ、という話を聞いた。
……それが、魔女の同居人にとっては、嫌で嫌で仕方が無いのだとか。
この私がそんな胡散臭い妖怪にやすやすと頭を下げるなんてあってはならない、私たちは自力で幻想郷を目指すのよ――
かくして、一人の子供の我がままに付き合わされた魔女は、この港町全域を利用して、消極的に幻想郷へと向かう画期的な魔法を紅魔館にかけた。
それが、あの噂話。
「わざと流した噂が、魔法の種?」
「そうよ。あの噂、いかにもって感じで胡散臭かったでしょう?」
「うんまあ、確かに」
「胡散臭い噂は、一ヶ月と待たずに立ち消えるようになっているのよ」
「……? まあ、そうかも知れないけど、それがどうしたっていうの?」
「一度流れた噂が、次第に消えていく――忘れられる、というプロセスが重要なの」
つまり、と魔女は勿体をつけて説明した。
人々に忘れ去られることで、私たちは幻想になる。
その「幻想になる」というベクトルに乗って、幻想郷へと向かうのだと。
「……いや、言わんとすることは何となくわかるけど……なんかこう、都合いいなー、って感じがするんだけど」
「勿論それだけじゃないわよ。その幻想に乗るベクトルに、私の巨大魔法陣の繊細かつ精密な魔法式と、レミィの馬鹿みたいに大きい魔力を組み合わせた複合魔法。世界じゅう探しても、ここまでの大魔法を制御しきれるのは私の他にはそうそういないでしょうね」
「あの、自慢や愚痴は置いておいて、説明することに集中してくれない?」
さっきから論点ぶれまくりで、方向修正するのがけっこう大変なのだ。放っておいたら、美鈴にはちんぷんかんぷんな魔法理論の自慢を延々とされるんじゃないかと心配でならない。
「ああ、そうだったわね……で、最後に必要な要素があなたなのよ。そういう魔法をかけておいたの」
「? …………ごめん意味がわからない」
「今言った魔法だけだと、全然違うところに飛んじゃうのよ」
パチュリーたちが行きたいのは、はるか東国にある幻想郷という世界だ。だが、幻想の存在の集う場所、いわゆる「隠れ里」の類は、幻想郷だけではない。
この国で身近なところだと、西は崑崙山、東は蓬莱島と、仙人たちの秘境が真っ先に挙がる。他には、桃源郷の存在も伝説として広く伝えられている……と言っても、どの隠れ里も、正確な所在は定かではないが。
「ん、隠れ里ならどこでもいい、ってわけじゃないの?」
「仙人たちの里だと、もうろくジジイどもに偉そうにされるのは嫌だ、っていうのがレミィの意見ね。まあそこは私も同感……自由に研究したいから」
あくまで伝え聞きの範囲での話だが、幻想郷は自由な気風で、どんな妖怪でも受け入れられる土壌があるという。よそ者の自分たちでも馴染みやすいだろうし、それに……多少のやんちゃは受け入れてもらえるのではないか、という考えだそうだ。
そんなにうまく行くとは思えないが、しかし話に水を差すのも面倒なので、美鈴は黙って続きを聞くことにした。
「なまじレミィの魔力が強すぎるのが困り物なのよね。下手すると、魔法のコントロールミスで西欧に逆戻りって可能性も充分あるもの」
「だったらどうして、わざわざこっちに引っ越してきたのよ?」
「それよ。この港こそが、幻想郷に飛ぶために重要な龍脈――強い気の流れ、五行の組み合わせを持っていたのよ」
火水木金土日月――陰陽と五行の属性の研究が、パチュリーの専門だという。
気の流れが強い場所なら他にも候補地はいくつかあった。だが、幻想郷の方向に飛ぶために好都合な気の流れとなると限られる――河口から海へと流れる水の流れ、そして海岸線沿いの人の流れなど、東方へと開けている気の流れを持つこの港町こそが最善、なのだとか。
「そう、そしてその龍脈を利用した魔法が今夜、完成する……だけど、そのために必要な魔法の材料が不足しているの」
「材料?」
「陰陽と五行の属性、気の強さを補強して、気の流れる方向を修正するための材料よ。
たとえば、紅魔館の東側に青く塗った犬の群れを放して木行を補強するとか、北側には黒く塗った大豆を撒いて水行を補強するとかいう風に」
「な、なんか大雑把に聞こえるんだけど」
「いいのよ大雑把で。方法は大雑把でもいいから、とにかくそういう準備をいくつもいくつも用意して、レミィの魔力に負けないくらいに気の流れを補強する。それでようやく、幻想郷の方向に飛ぶ、そのコントロールが可能になるの」
大まかな方向さえ合っていれば、後は「幻想になる」ベクトルが、幻想郷へと導くのだという。
だが。
「あと一つだけ、足りない属性があった。それが、あなたなの」
「え、なんで?」
「知らないわよ。とにかく星占いでそうなったの」
「占い!? 一気に話が胡散臭くなったんだけど!?」
「バカね、ちまたの凡俗のインチキ占いと一緒にしないで。こっちは本物の魔女の占星術よ、精度にはそれなりの自信があるわ」
「えー……? でも、そんな正確に、私がその、足りない属性? それがわかるもんなの? 占いって、そんな便利なものじゃないと思うんだけど」
正確には、この国にも占術はある。聞いた話によると、仙人の中には、特にそういう道を得意とする者もいるらしい。
ただ、風水による占いの結果は曖昧なのが常である。属性から未来を読むことはそれほど難しい。
もちろん、仙人ほど強い力を持つ者になれば占いの精度も上がるだろう。パチュリーのような魔女であってもそうなのかも知れないが、それでも限界はあるはずだ。
「ああ、それはね。噂にそういう仕掛けをしてあったのよ」
「え?」
「だから、流した噂。胡散臭い噂は、一ヶ月と待たずに消え去るように出来ている……つまりあなたが集めた噂は、もうそろそろ、消えようとしているはずの噂なの」
「あ……つまり、それが餌だった?」
「そういうこと。足りない最後の属性がこの街にやってくる、それが人間の姿をしている、っていうところまでは、占いでわかってたの。だから、その人物――つまりあなたの元に、噂が集まるように、魔法を仕込んでおいた」
ただ、魔法を仕込んだのがパチュリーだったために、美鈴の居場所を突き止められるのもパチュリーしかいなくなったのが誤算だった、とのこと。他の補強材料集めに使い魔や使用人が働き尽くめなこともあり、結局パチュリーが一人で美鈴に会いに来たのだという。
――だが、美鈴にとって、そのあたりの事情は今はどうでもいい。
「あとは、噂を集めたあなたが、東の門から紅魔館に入ってくれればいい。噂は街から消え、属性は全て揃い、私たちの魔法は完成する――東の果て、幻想郷へ旅立てるのよ」
「盛り上がってるところ悪いけど」
「え?」
「私には、あなたの希望に応えるメリットが無いわ」
――そう。パチュリーが話したのは、あくまでパチュリーの、あるいはレミィとかいう友人の都合でしかない。
美鈴に、幻想郷に行く理由は無い。
誰が好んで慣れ親しんだ土地を離れて、遠い異界に行かなければいけないのか――
「よく言うわね。国にも人にも、執着や未練は無いでしょ、あなた」
「……何、それ。それも占いでわかってたの?」
「ふん」
パチュリーは鼻で笑った。
いかにも若輩者を小ばかにするような、そんな顔をしていた。
「なによ、その眼」
「わかるわよ。あなたは自分の興味のあることにしか興味が無い。賢しげに余裕があるように見せておきながら、その実ぜんぜん余裕が無い。何か一つのこと、自分が興味を持つたった一つのことにしがみついて、そのくせ、追いかけても追いかけても満足できない、そういう生き方をしている。私にはわかる」
「っ……! 何なの急に! 喧嘩を売りに来たの!?」
「いいえ、私じゃないわね。喧嘩を売るのも買うのも、私じゃない」
わからない。
さっきから、この魔女が何を言っているのか、美鈴にはわからない。
わからないのに、なぜか――魔女の言葉が、胸に突き刺さる。
「『なんでわかるか』って? 教えてあげるわ。眼よ。あなたの眼を見れば、私には簡単にわかるわ」
「はっ――魔女様はなんでもお見通しって事? いいわよ、そうやって知ったかぶってなさい。とにかく私はそんなところには――」
「いいえ。あなたは紅魔館に来なければならない」
「あんたたちの都合でしょうが! 私は知らない!」
自分でも、何がそんなに腹立たしいのか、美鈴にもわからない。
この時の美鈴は気付いていなかったが、美鈴自身、ここまで感情を逆立てるのは非常に珍しいことだった。
図星を刺されているからだと、見透かされるのが嫌だったと、認めたくなかった。
「幻想郷はどうでもいいのよ。あなたは、レミリア・スカーレットに会わなければならない」
「……? どういう、意味よ」
「眼を見ればわかるのよ、それはもうよくわかる。
ふて腐れて、意固地になって、他人との間に壁を作って、自分は周りとは違うって孤高ぶって……そのくせ、どこかに自分の興味を満たすものはないかって、それを見つけたら飛びついて食いついてやるって、常に目を光らせてる。
あなたの目は、意地汚い、手負いの、飢えた獣の眼よ――昔の私と同じ眼だわ」
心底から憎たらしそうに叩き付けてくる、魔女の罵倒。
なのに――
同じ眼だと、そう言った瞬間だけ。
パチュリーの眼が、優しくなったように見えたのは、どうしてだろう?
「……パチュリー・ノーレッジ……あなたは、一体」
「魔女よ。吸血鬼に運命を弄ばれて、自らもその運命を望んだ魔女……そしてあなたも、同じ運命をたどることになる」
「で、でも」
「運命に導かれたければ、紅魔館に来なさい……あなたなら、きっと来てくれるって、信じてるわ」
一方的にそう言い残して、パチュリーは席を立った。悠然とファミリーレストランのドアをくぐり、歩み去っていく。
追うことも呼び止めることも、できなかった。
/
「おかえり、パチェ。首尾はどうだった?」
「……館の主が自分からお出迎え? 沽券に関わらないのかしら?」
「活字中毒の病弱引きこもり魔女ついでに我が親友に、何の沽券が必要だってのよ。で、どうだったの?」
「上々よ。咲夜たちは?」
「全部準備完了だってさ。今は休憩をあげてるところ」
「そう。それなら本当に、時間になったら儀式を始めるだけね」
「そっか、上々か。やっぱり運命は私に微笑むようになってるのね」
「…………わかってないようだからもう一回言うわよ、レミィ。幻想郷に行く方法を読み解いて計画したのも、儀式の準備をしたのも、最後に足りない属性が出ると突き止めたのも、その属性を見つけてきたのも、全部私、私がやったことなの。断じて、運命のおかげとやらじゃなくって、私が成し遂げた成果だってことを、もうちょっとその小さいおつむで理解してくれないものかしらね?」
「だから、どれもこれも運命じゃない。幻想郷に行く方法が確かにあったのも、それがうちの図書館の中にあったのも、パチェが儀式に必要な属性を見つけられたのも、私たちがそれで幻想郷にたどり着けるのも、全ては私のためにある運命のおかげ。パチェこそ、私に感謝するべきだわ」
「っ…………! いいわ、あなたみたいなおバカ吸血鬼にもわかりやすいよう、特別に懇切丁寧に今回の儀式魔法の全工程を解説してあげるから。図書館行くわよ、覚悟しなさいよね」
「はいはい、この世界での最後のティータイムにしては色気もへったくれも無いけど、パチェの百面相を見ながらお茶を飲めるならそれも悪くないわ。さて、咲夜にお茶の用意をさせないと」
この会話で重要な点は二つ。
一つ、急遽ティータイムに付き合うハメになり、咲夜の貴重な休憩時間が削られたこと。
そのため、幻想郷に行く儀式の手伝いで魔力を消耗した直後、スタミナ切れで動けなくなってしまった。
そしてもう一つ。
その最後の属性が、後から紅魔館にやってくる妖怪だという、その事実を。
パチュリーがレミリアに説明するのを、すっかり忘れていたということ。
《八》
言われてみると、だが――確かに美鈴は、自分の体内にあるパチュリーの魔力を感知することができた。
だが、それは魔力と呼ぶのも心もとない、とてつもなく微細な、吹けば飛びそうなものでしかない。自分のコントロールに自信を持つ美鈴でなければ、とても気付きはしなかっただろう。
あの魔女は、こんな呪詛とも呼べない細い糸を頼りに、美鈴の居場所を突き止めたというのか……なるほど確かに、魔女と呼ぶには相応しい。
そして、糸の存在にさえ気付いてしまえば、美鈴も同じように、その糸を逆にたどることができる――美鈴はそういう妖怪だった。
燃えるような夕暮れが、海をきらめかせ、街を染める。その海と街を背に、美鈴は魔力の糸をたどり、西へと向かう。
街の外れの丘の上、そこには確かに洋館があった。
紅魔館。
「って、本当に真っ赤なんだ……」
名に恥じない、真紅の屋敷が、西日を受けて紅い影を落としている。
こうして間近で見ると、派手な屋敷だ。これだけ目立つのに、街の人間の中には、この屋敷に訪れた人間は全くいなかった。
なるほど、注意深く見るとよくわかる。
結界が、仕込んである。
「……ご大層に、とか言えばいいのかしら。ここまで本格的なやつは、初めて見たけど」
武に生きてきた美鈴は、いわゆる魔法、仙術、道術などの類とはあまり縁が無い。せいぜいが漢方の知識と人体構造についての知識、風水の基礎知識がある程度。仙人の錬丹や卜占術、五行術には程遠い。
そして、初めて見た本格的な結界は、初めて見る美鈴にもそれとわかるほど、とても高度な魔法に見えた。
人のみならず、妖怪さえ寄せ付けない結界。
魔法自体が周囲の龍脈に悪影響を及ぼすのを防ぐ、結界に対する結界。
そして、周囲の龍脈を補強し利用して、幻想郷に飛ぶための、移動用魔法陣。
それら全てを複合した魔法が、紅魔館全体を覆っているのだ。どれだけの知識と労力を費やしたのか、美鈴には想像もつかない。
「東に向いた正門から入れば、幻想郷に飛ぶって行ってたわね……」
――本当だろうか?
魔女の腕は、もはや疑いようは無い。目の前の魔法を見れば、一目瞭然だ。
だが……なんと言っていた? レミリア・スカーレット、吸血鬼と言っただろうか?
吸血鬼の魔力を借りる?
馬鹿な、と美鈴は思う。
一人の吸血鬼の魔力程度で、これは本当に、足りるのか?
魔法陣を見ればわかる。この魔法陣に必要な魔力は、美鈴にも想像がつかないほど莫大だ。たった一人でそれをどうにかできるとは思えない。
もしかしたら、その吸血鬼と、魔女と、他にも手伝いがいるのかも知れないが、しかしそれにしても――
「っ――ああもう。なんで私が不安にならなきゃいけないのよ」
確かに――美鈴には祖国への未練は無い。愛着は確かにあるが、別れを惜しむほどでも無い。
異国だろうと異界だろうと、そこが妖怪や人間の住む世界なら、順応できないはずはない。
そして、あの魔女の言葉。
本当に、吸血鬼がそこまで言うほどの存在だというなら、一度会ってやるのも悪くはない。
それでもし、幻想郷にたどり着けなかったなら、その時は鼻で笑って退散してやろう。
そう決めて、踏ん切りをつけた。
ずんずんと進んでいき、門番も何も無い、開け放たれた門を、くぐり抜けた。
――その時。
ふっ、と、暗くなった。
? と美鈴が頭上を見上げ、ああなるほど、と納得する。
日が完全に没したのだ。
やや青みがかかった夜空には星がまたたき、満月が姿を現している。
考えてみれば、龍脈を利用する魔法を満月の夜に行う、というのも大胆な話だ。美鈴は陰陽思想について思い出す。月は陰属性。特に満月は太陰と呼び、これが天に浮かぶと、最も陰が強くなる。妖怪の活動がもっとも活発化するのも、この陰性に由来する。
そして陰性が強ければそれだけ、陰陽のバランスの整った術や魔法は難しくなるはずだ。あの魔女が優秀なのは確かだろうが、果たして――
ほぼ一瞬でそこまで頭を巡らした、直後。
夜空が歪んだ。
ぐにゃり。
「え?」
慌てて視線を落とす美鈴。
気付く。
おかしいのは、夜空だけではない。
紅魔館が、膨らんでみえた。
「!?」
錯覚だ。実際の見た目は、変わっていない。
ただ、あまりにも莫大な魔力の奔流が、紅魔館が爆発しそうなほど膨らんでいると、そう錯覚させたのだ。
なんだこれは、と美鈴は目を丸くする。
あまりにもわけがわからなさすぎて、魔女に説明されたそのままの可能性を――その魔力が、たった一人の吸血鬼によるものなのではないかということを、思いつきもしなかった。
「…………!?」
わけがわからず周囲を見渡す。
紅魔館全域に準備された魔法陣が、目に見えて輝きだしていた。
見える。
魔力が迸っている。
そして、美鈴自身も、その魔力の流れに組み込まれてしまっている。
「ぐっ!」
本能的に抗った。美鈴がその場で震脚を踏み、自身の気を大地に打ちこむ。
ずん、と大地が震え、美鈴が足元の魔力の流れを、気の流れに乗せて誘導した。自分の足元だけを避けるように、操作する。
すると、それを合図としたように、魔力の流れがさらに加速した。
美鈴の気を貪欲に取り込み、魔力はますます膨らんでいく。
もはや、足元と言わず、紅魔館の全体を飲み込むほどの、巨大な魔力の渦になっていた。
まるで大嵐の中にいるようだ――美鈴は、ふと気になって、背後を振り返る。
くぐり抜けてきた正門の向こう。
港町が――今まで自分がいた、ここ百年ほどで急速に発展した町並みが、ずいぶん遠くに見えた。
ああ。
なるほど、この街とは――いや、この国とはもうお別れなんだな。
美鈴は最後の時になってようやく、郷愁とはこういうものか、と理解した――
飛んだ。
紅魔館以外の全ての風景が、星空が、街と海が、流れ去っていった。
風圧のようなものは感じなかった――物理的に飛行したわけではなかったのだろう――感じていたのは、渦になっていた魔力が、最後に一瞬、見えなくなるほどに加速し、弾け飛んだこと。
美鈴にわかったのは、それだけだった。
……到着は、あっけないものだった。
地響きも何も無く、流れ去った風景は元の落ち着きを取り戻し、紅魔館を走る魔力は弾け飛んだまま消失した。
目に見えて分かる変化は――最もわかりやすかったのは、夜空だろう。さっきまでは、夕日が落ちた直後の、まだほの明るい程度の夜空でしかなかったのだが、今は、暗い夜空が頭上に広がっている。
移動に時間がかかったわけではない。
時差だ。この時の美鈴は知らなかったが、元の港町と幻想郷とでは、一時間ほどの時差があった。
そして、星空と月の輝きが違う。
元の紅魔館は、街のはずれにあった。街から離れているからまだ星も少しは見えやすかったが、今のこの夜空は、その比ではない。満天の星空が広がっている。その星空の中でも圧倒的な存在感を示す大きな満月が、空に浮かんでいる。
美鈴は門の向こうを見る――街はもう無かった。門の向こうには、湖が星の輝きを反射してきらめいている。
そして。
違うのは、目に見える変化だけではない――最も顕著な変化を、美鈴は肌で感じ取っていた。
「うっわ……! 何これ、もう本当に別世界じゃない」
美鈴を驚かせたのは、周囲の龍脈の変化。
流れる気の大きさが、段違いだった。今まで、どんな大自然に囲まれた場所だろうと、どんなに大勢の人間が相争う戦場だろうと、ここまで大きな気が流れる場所には来たことがない。しかも大きいだけではなく、とてつもなく瑞々しく、そして淀みが全く無い。
しかも――あんな強引な方法で陰陽五行を利用したのだからある意味当然だが――紅魔館の立地がまた理想的だった。あらゆる意味で龍脈が活発な、その集中点に紅魔館は到着していた。
その場に立っているだけで、美鈴の背筋が、感動で震えた。自分の力が飛躍的に増している。のみならず、能力で使える周囲の気の流れも段違いだ。
そう。初めての体験だった。
気を操る妖怪だからこそ逃れられなかった、本能的な感動。
だから。
近くにそれがやって来るまで、気付けなかったのだ。
「楽しそうね、あなた」
かわいらしい女の子の声。
振り返ってみれば、声に違わぬ、小さな少女の姿。
いつの間に現れたのか。てくてくと、無防備にあどけなさを振りまく幼子のように、こちらに歩み寄ってくる。
その時になってようやく、美鈴は彼女の存在に――彼女がそこにいるという、その意味に気がついた。
――目が、合ってしまった。もう逃げられない、と真っ先に思った。
「初めまして、見ず知らずの妖怪さん。私はレミリア・スカーレット。この館の主よ」
見た目には、小さな少女の姿でしかなかった。
だが、美鈴にはとても、それが小さな少女には見えなかった。
幻想郷に降り立った時から、美鈴の能力は最大限に開かれている。当然、気配を探る力も。
――巨大。
見上げるように巨大な、それこそ巨人かと見まがうような少女――美鈴には、そう見えてしまう。
「あなたの名前を教えてくれるかしら? 幻想郷で初めて会った、野良妖怪さん」
――強い。とにかくその一言に尽きた。
拳を交えるまでもない。この吸血鬼は、強すぎる。
吸血鬼が種族的に強い力を持つことは、小耳に挟んだ程度には知っていた。だが、これほどまでとは思っていなかった。
いや、いくらなんでも、これが普通だとは思えない。この少女――レミリア・スカーレットはおそらく、他の吸血鬼と比べてもなお、規格外のバケモノに違いないと、そう思った。
気配だけで。
ただそこにいるというその事実だけで、それだけの――美鈴とはまさに格が違うというほどの圧倒的な強さが、わかってしまった。
「……なによ、だんまり? それとも名前が無いのかしら? 言葉がわからない……って感じじゃないと思うんだけど」
その強さに、どういう感想を持ったか、と問われると、少し説明に困る。
おそらく、絶望、が最も近い。だが、絶望と言い切るには、少し実感が薄い。
後から思えば、麻痺していたのだろう。
それなりに長い時間を生きてきたつもりの美鈴だったが、それでも今までに見たことも無い――これほどに桁違いの存在を目の前にして、すぐに現実感を抱くことができなかったのだ。
「まあいいわ。どうせ名前なんて、憶えても意味無いもんね」
にこりと、まるでお茶会を楽しみにする令嬢のような、本当に綺麗な笑顔だというのに。
吸血鬼の、その血色の瞳の奥に、隠そうともしない剥き出しの殺意が燃えている。
「あなたには、何の恨みも無いけれど……家宅侵入罪、だっけ? 大義名分もあることだし」
絶対に逃げられない、なら何が出来る?
戦う? 馬鹿な。無理に決まっている。
いやしかし。
この幻想郷に来た自分の力なら、もしかしたら――
「初めて幻想郷に来た、景気づけに、血祭りにしてあげるわね」
迷う猶予は無い。
美鈴は動いた。動くとなれば、もうためらいも迷いも無かった。
内息、震脚、練功、発勁。
一気に距離を詰め、最大の気功を拳に集め、幼い少女の体を打ち抜いた。
「…………!」
かつてない手ごたえ。
今までの一生で最大の一撃だった。かつて体験したことの無いほどに桁違いの気功を、吸血鬼の心臓に打ち込んだ。
そして、当の吸血鬼はというと。
「おぉっ、とっと」
と、緊張感の無い声を上げて、一歩だけ後ずさった。
「な……」
「あぁ痛い痛い。なんだ、思ったよりも強いの? あなた」
見た目には、吸血鬼は隙だらけだった。物珍しそうな目で、美鈴の拳を見つめている。
美鈴は後ろに大きく飛びのいた。
拳も蹴りも自由に当てられたはずだ。だが、それが通じるとは、どうしても思えなかった。
「な……そ、そんな」
「いや、驚いたのよホントに。青あざくらいできてるんじゃないかしら? 後ろに下がったのも、いつ以来だったか……ああ、咲夜の時以来だから、別にそんな久しぶりでも無いか」
青あざ――心臓を破裂させるつもりで打った結果がこれだ。
美鈴自身、自分より強い敵と戦ったことが無いわけではない。強い妖怪と戦ったこともあるし、妖怪退治専門の人間との戦いも、少ないながらも経験した。だがそのたびに、技術と戦術で弱さを補い、あるいは勝ちを拾い、あるいは、勝てないまでも上手くやり過ごし、生き延びてきた。
目の前の相手は、そんな次元ではない。
「はっ……すごいものね。吸血鬼って、そんな、強さなんだ」
「え?」
他にどうしていいかわからず、美鈴はそんな言葉を吐いた。時間稼ぎの意味さえ無い、混乱から出たうわ言でしかなかった。
――だがこれが、何をどう間違えたのか。レミリアが、勘違いをしてしまった。
「あ、ああ、ああ。うん、確かに。悪かったわね」
「へ?」
何? なんだって?
「悪かった」?
なにを謝られたのかわからず、美鈴はさらに混乱した。
悪かったって何だ。このいかにも我がままそうで、プライドも高そうな吸血鬼が、自分に何を謝るというのだ。
そんな美鈴の混乱をよそに、レミリアは勝手に一人合点して――
「うん、確かに。あなたがこんなに『出来る』やつだとは思ってなかったからさ。ちょっと気が抜けてたっていうか、油断してたかも」
「……油断?」
「いやあ、ほんの暇つぶしってだけのつもりだったから。でも、勘違いしないでよね。別に幻想郷に来るのに魔力を使いすぎた、なんてわけじゃないし……私にとってはあの程度、ぜんぜん余裕なのよ。何より、こんなに綺麗な満月なんですもの」
満月――
確かに、満月の夜に力を増す妖怪は多い。程度の差はあれど、美鈴自身もその類である。
確か、と美鈴は思い出す。西洋でも最も有名な悪魔である吸血鬼は、その最たる例ではなかったか――
「だから――もう、がっかりなんてさせないわ」
その瞬間――
「!!!????」
美鈴は、衝撃のあまりに、幻を見た。
レミリア・スカーレットの身体が百倍以上にも大きくなり。
美鈴は、レミリアの視線の圧力だけで、押しつぶされ、ぐちゃぐちゃの肉片になってしまったという、幻を――
「さあ、妖怪さん。お待ちかねよ。これが、本当の強さの私――もう『この程度か』なんて、思わせたりはしないから、安心なさい」
もちろん、実際にレミリアが巨大化したわけでもなければ、美鈴が小さくなったわけでもない。
だが、実際にそうだったからと言って、それが何の気休めになるというのか。
それは、おそらくは太古の人間が空に見た、凶兆の顕現。
禍々しい紅い月が、一人の少女の形になって、目の前に現れた姿。
恐ろしく、だからこそ美しい。
遥か天上高くにあるはずの一個の天体が、地上に舞い降りたかのような存在感。
――夜の王。
夜の世界全てを自分の物と信じて疑わない、絶対の暴君が、今、目の前に――
「……っ、っ、……!!」
今度こそ。
今度こそ、美鈴は確かに恐怖した。
先ほどまでの、半ば麻痺した感覚は完全に正常に戻っていた。幻想郷に来てさらに研ぎ澄まされた美鈴の感性は、レミリア・スカーレットの凄まじさを、全身で感じ取った。
死。
絶対の未来が、すぐ目の前に立ちはだかっている。
もう逃げられない。戦って勝てるはずもない。何をどうしようと殺されるしかない。
もう。
もう本当に、何もかもを諦めて、絶望するしか――
本当に――
本当に――?
本当に、ここで、諦められるのか?
目の前に。
この場にいるはずの無い“人間”の、笑顔が見えた。
「!?」
それは、死の間際に見ると言われる、過去の幻。
極限状態に陥った者の目の前を、走馬灯のように流れ去っていくものだと言う――そして、今、美鈴が垣間見るのは、あの“少年”との最後の戦いの――
――遠慮はいらないぜ、美鈴。全力でかかってきな。
まざまざと思い出す、“少年”との勝負の記憶。
憶えている。今でもはっきりと思い出せる……思えば、あの“少年”との戦いこそが、美鈴のこれまでの戦いの中では一番の苦戦だった。
――違うだろうが、美鈴! お前は……その程度じゃ、無いだろう!
そうだ。美鈴は、あの時。
自分よりも遥かに格上のはずの“少年”に、臆することなく立ち向かった。
試合だったから? もちろんそれもある。だが。
勝てるとさえ思えない相手と、全力で戦ったのは、本当に、ただそれだけの理由だったのか。
――だけどそれでも、許せないものがある。
そう、勝負の数日前にはそんな話もした。あの人が戦う、その理由――
美鈴は必死に思い出す。今、この時だからこそ。
――俺は、弱さが許せない。
憶えている。“少年”の瞳に宿る、暗く熱い炎。そして、その熱意から彼が積み上げた、まぎれもないあの強さ――
そうだ。あの時、“少年”は、自分の弱さを嘆いていた。
だってあの人は――その妖怪が弱いことを、知らなかった。自分よりもずっと強大な敵だと思っていて、それでも戦うと、そう言った。
今の美鈴と同じように。
心底から恐怖するほどの敵と、それでも戦うのだと。
その本気は、いったい、どこから来たものだったか。
知っている。
自分は、その理由を、既に知っているはずだ――
――――なんだ、お前……やれば、できるじゃないか
あの時。
あの人はどうして、笑っていたのか。
あの人が、自分に託したものは、何だったのか。
全ての理解が、今、美鈴の中に集まり、はじけていく――
「――――レミリア・スカーレット」
「ん?」
一瞬の濃密な時間の後、美鈴が口にしたのは、目の前の少女の名前だった。
理由はわからない。ほとんど無意識に、口を開いていた。
「で、良かったっけ、あんたの名前」
「ええ。そう名乗ったわよ?」
「美鈴」
「え? 何だって?」
「紅美鈴。私の名前……言ってなかったなって、思って」
唐突にも聞こえる、美鈴の名乗り。
それを聞いて。
「――――ふうん?」
レミリアは、獰猛に笑った。
「名前を――憶えておいて欲しい、って? ちょっと腕が立つ程度の、野良妖怪風情が、この私に?」
「いや、まあ……憶えてくれないなら別にいいわよ。ただ、名乗られたのに名乗り返さないのって、なんかすっきりしないなって、何となく思っただけだから」
「そうか。なら――五秒後には、忘れてやるよ!」
レミリア・スカーレットと、紅美鈴。
動いたのは、ほぼ同時だった。
同時に動けば、レミリアのほうが圧倒的に速い。ならば、美鈴が勝てるはずも無い。
「な!?」
「――――」
だが。
次の瞬間、立っていたのは美鈴で、つんのめるように体勢を崩して倒れかけたのは、レミリアだった。
「……ふん。あなたの能力か何かかしら。どういうタネかはわからないけど――」
美鈴に向き直るレミリア。一度膝を着きかけた程度で、気勢を削がれたりはしない。
だが、それをやってのけた美鈴は……どこか、茫漠と、つかみどころの無い表情を浮かべている。
「…………できた」
「ん?」
「初めてできたのよ、今の技。化勁、って言うんだけど……今まで、やれたこと無かったんだけど、今、初めて、できた」
化勁――
中国武術、特に太極拳で重い意味をもって伝えられる、基本にして奥義。相手の力を利用して重心を崩す、言葉にするとそれだけの、単純にさえ聞こえる技である。
その単純なはずの技が、今までずっと、出来なかった。
それが今、この時、初めて出来た――
「ありがとう、レミリア・スカーレット」
「はあ?」
わけがわからない、とはっきりと顔に出すレミリア。それはそうだろう、美鈴の一人合点に、レミリアがついてこれるはずがない。
だが、そんなレミリアには構わず、美鈴は続けた。
「思い出したのよ。元々、私が目指していたもの――いや、違うわね。昔から私はわかってるようでいて、全然わかってなかった――今初めて、気付いたの」
「ごちゃごちゃと、わけのわからんことを――」
「わからない? まあ、そうよね。あんたは強いもの。それに比べて、私は弱い……うん。弱い。だからこそ今、ようやく、わかった」
「――!」
付き合っていられない、とばかりにレミリアが飛び出した。同時、美鈴も動く。
――化勁、という技術は、言葉で言うほど単純な技術ではない。
まず、化勁を行うためには相手の動き、力の入り方や力の向かう先を理解しておかなければ始まらない。これらを、相手の動き始めの、ほんのわずかな挙動から見抜く技術を聴勁という――中国武術のみならず素手、武器を問わず格闘技では「読み」は重要な技術だが、中国武術ではさらに人体構造の理解を元に、人間の動きを細かに読み解く――理論上は、骨格と筋肉のある生き物であればどんな相手の動きも先読みが可能ということになり、そしてレミリアの身体の構造は、翼が生えていること、恐ろしく頑丈であること、桁違いの剛力と速度を生み出すことを除きさえすれば、人体とそうは変わらない。
そして人体構造の理解の軸になるのが発勁だ。自らの体の動かし方を突き詰め、理解を深めることで、他者の動きも同様であろうと理解する――自分と相手の身体の構造が違っていても、骨格と筋肉という生き物としての動きの基盤は変わらない、それを頼りに相手を理解する。
つまり。
身体の理解と運用。それを完全に理想的に行うことができたなら。
そして、激突の瞬間。
美鈴は「中国武術」を体現する。
レミリアのまっすぐな爪の一撃が、美鈴の手のひらで、柔らかく受け止められた。
美鈴は、その受け止めた手にほんの少しだけ、外向きに引っ張る力を加える――レミリアの爪の狙いが外れ、美鈴の脇を通り抜ける。
美鈴の力に流されて、レミリアの腕が伸びきる――そしてレミリアの腕の剛力が、美鈴の腕を通じて美鈴の体へと伝わる。美鈴はその力に逆らわない。手をつないだまま、体の軸を中心に回転し、内側へと入る。
それは、さながら舞踏のように。
するりと懐に入った美鈴は、もう片方の拳を、流れのままにレミリアの胸に突きつけた。
最初の一撃と同じ、気功と発勁による拳――いや。
今度の一撃には、それに加えて、レミリアの強大な力が上乗せされている――
「がぁっ!!」
レミリアが吹き飛んだ。腕を引っ張られ、拳の衝撃に体内を貫かれ、完全に前後不覚の状態のまま、遠く後方へと投げ出される。
だが、倒れることだけは拒んだ。宙で翼をはためかせ、魔力を放出して慣性を殺し、なんとか姿勢を戻して地面に降り立つ。
追撃が来るかと身構えていたが、美鈴はというと、技をかけた体勢のまま、そこに立ち尽くしていた。
「はっ――やるね、まだ手を隠してたか。つまりあなた、私を試してたってことか!」
「…………」
気炎を上げるレミリアとは対照的に、美鈴は――静かに。
顔に、笑みを浮かべていた。
「?」
その穏やかな微笑みが、あまりに場違いに見えたからだろう、レミリアが怪訝な視線を送ってくる。
だが、それに構う余裕は、今の美鈴には無い。
「――ありがとう……本当に。私はあなたと出会えて、本当に良かった」
そうだ。
ようやく、美鈴は理解した。
自分が、人間に――“少年”に憧れた理由。自分が欲しかった、目指したかったもの、本当の、自分の望み。
「私は――強くなりたかった」
今、この瞬間理解した。なぜ、今までの自分が、本当に強い人間には敵わないと、思い続けてきたのかを。
本当に強い人間は、自分の強さに満足せず、さらに強さを求めているからだ。
それは、妖怪である自分たちには、本来は届かない在り方。
自らの強さを、ただ自然にあるものだけで満足してしまう妖怪では、真似をしようとさえ思わないはずの生き方。
――そう。いつか、あの“少年”が言っていた。
故郷の妖怪を倒すのは、けじめでしかない、と。
そうだ。恐れていた対象を倒したところで、“少年”の道はそこでは終わらなかったはずだ。“少年”にその後があったならば、より高みを目指していたに違いない。
高みを目指す。
もっともっと、強くなる。
その意味を、美鈴はようやく、本当の意味で理解した。
「私は、それでも、強くなりたかった――強くなるという、その姿に、憧れたんだ」
なぜ、人間は強くなったのか?
それは、人間が弱い生き物だからだ。
弱い者でも、強くなる。
弱いからこそ、強くなる。
そうして人間は築き上げてきた。学び、戦い、発見し、習得して、人間同士で力を合わせ、後世の人間に伝え、そうして連綿と繋がっていき、前へ前へと進んでいく。
その流れの、根源……それは、負けたくない、生き延びたい、強くなりたいという、その精神ではなかったか。
まさに今――とてつもなく強い吸血鬼を目の前にして、美鈴が胸の内に抱いた、この気持ちではなかったか。
「だから、ありがとう、レミリア・スカーレット」
だから――美鈴はやっと、あの笑顔の意味がわかった。
“少年”の最期。安心して美鈴を見た、あの笑顔だ。
あれは、美鈴が自分の持てる全てを見せた、その成果だ。
美鈴が“少年”に見せた、最大最高の一撃……それを見た“少年”は、きっと、こう思ったのだろう。
こいつなら、大丈夫だ。
安心して、後を任せられる。
きっと自分よりも強くなって、遥か高みに昇ってくれるに違いない、と――
もしかしたら、美鈴の勝手な解釈かも知れない。“少年”があの日、死んでさえいなければ、彼のほうが強くなれたんじゃないかと美鈴自身、今でも思っている。けれど、それでも。
――自分が、あの人の後を継げるというなら。
そして、今まで会ってきた武術家たちの教えを継いで、強くなれるというのなら。
人間の道とは違っていたとしても、それは――武を目指すものとして、とても誇らしいものに違いない。だから。
「あなたは強い。だから美しい――レミリアに会えたことが、そんなあなたを目指せることが、私にとって、喜ばしくてたまらない」
あの日以来――妖怪としての強さを意識した美鈴は、いつしか、妖怪の強さを使うことのみに固執してしまった。
それは、本来の妖怪としてあるべき姿――憧れた生き様とは対極的な姿。
そして悪いことに美鈴は、自分の能力の使い方に関しては、とてつもなく器用だった。
自分よりも多少強い程度の相手と戦う場合も、その持ち前の器用さによって、何とかしてしまったのだ。
そう。目の前の、本当に圧倒的な存在――レミリア・スカーレットに、出会うまでは。
「あなたがそんなにも強いからこそ。私は、もっともっと、強くなれる」
人間の武術は本来、より高みを目指すための――より強い敵を倒すための武術。
つまり、自分よりはるかに強い相手だからこそ、習得できる技術もある。
それは、敵の力を利用する化勁であったり、あまりにも速い敵を捉えるための聴勁であったり。
――強くなりたい。
そう願った今だからこそ、体得することができた武術。
「来なさい、レミリア・スカーレット。
私の名前は紅美鈴。今度は、五秒じゃ忘れさせてはあげないわ」
敵の名と、自らの名を口にして、新たに見つけた誇りを胸に。
美鈴は、恐ろしい吸血鬼と目を合わせ、胸を張り、前に進む。
あの日以来、胸に突き刺さっていたはずの剣の痛みは、もう、感じない。
それどころか胸の奥からは、燃えたぎるような熱い力が、溢れんばかりに湧いてくるようだ。
「私は強くなる、今よりももっと強くなる……そのために」
そうだ。今まで、人間に紛れ込んで、人間の武術を学んできた。
妖怪としての使い方しかできなくて、それでも諦めきれず、ひたすらに学び続けた。
何のために、と問われれば。
今この時のために、と答えよう。
自分とは比べ物にならないほど強い敵を目の前に、それでもなお、強くなるために。
生涯を懸けて学び続けた武術の全てを、今こそ、本当の意味で体得する。
「そのために、今、あなたを、ここで倒す」
「――へえ……よくもまあ。この私に向かって、よくも、そこまで言えたものね」
美鈴が構えを取る。ゆったりと力の抜けた、しなやかな姿勢。
レミリアが、にい、と笑った。
本当に楽しくて仕方が無い、最高の遊び相手を見つけた、童女のように。
「いいだろう――全力だ。全力で遊び、全力で戦い、全力で殺し、全力で喰い尽くしてやる」
ぼう、と、レミリアの体が赤く光った。
かと思うと、その光がレミリアの周囲に、幾つも幾つも浮かんでくる。
大きな赤い弾と、それに付き従うように小さな紅い弾が、幾つも幾つも幾つも幾つも……
「レッドマジック、とでも名づけようかしら――幻想郷の月は特に相性がいいみたいね、いくらでも魔力が湧いて出てくるわ」
レミリアを取り巻く無数の魔力。その一つ一つが、並みの妖怪なら一撃で、塵も残さず消し飛ばされそうなほどだ。
そして美鈴もまた、並みの妖怪でしかない――まともに受けるわけにはいかない。
なら、まともに受けなければいい。
どん、と。
震脚を踏み、活性化した気を、大地と大気から吸い上げ、体じゅうに集める。
集めた気を、放出した。
体から、虹色の気弾が次々と浮かび上がり、美鈴の周りで螺旋を描く。
大自然と美鈴自身から生み出された、七色の美しい気弾――強い龍脈の力を借りてもまだ、レミリアの紅い魔力と比べれば天地の差があるほど、頼りない弾だ。
だが、美鈴はこれを、自分の手足と同様に使うことができる――初めて使う技だが、その確信があった。
「そんなちゃちな小細工で――やれるもんなら、やってみなさい!」
「やってみせる。勝負よ、レミリア」
またも示し合わせたように、二人同時に地を蹴った。
魔力と気功、真紅と虹彩、悪魔と妖怪が、交錯する。
夜は、始まったばかりだった。
――それは、美しい勝負だった。
互いの本気と本気、意地と意地、魂と魂を懸けた、真っ向からの勝負。
レミリアの攻撃は全て、まともに食らえばそれでおしまいだ。それを、美鈴は全て紙一重でかわし、いなし、勢いを殺した。
美鈴の攻撃は全て、形勢逆転を狙った起死回生の一撃だ。それを、レミリアは食らっては持ちこたえ、あるいは剛力で跳ね返し、あるいは霧やコウモリに変じてかわして見せた。
レミリアが弾幕で美鈴を囲めば、美鈴は同じく弾幕で受け流し、あるいは吸収した魔力を打ち返し。
美鈴が拳法の極意でレミリアの力を封じ込めようとすれば、レミリアはそれを上回る力と速度で打ち破った。
二人、互いに全力に全力を重ねた。
二人、互いに本気と本気をぶつけた。
互いが互いの命を狙い、ぎりぎりのところで双方共に生き延びた。
そうした、掛け値なしの勝負だからこそ、わかることもある。
戦ううちに、レミリアからは次第に驕りが薄れ、美鈴は恐怖に慣れ始めた。そうすると、別の感情が、強くなっていった。
――その姿を、美しいと感じた。
レミリアは、美鈴を見ていた。
ぎりぎりのところで生き延び、決死の覚悟で吸血鬼に立ち向かい、技巧の限りを尽くして翻弄し、何度も目の前に立ちふさがる。
血に濡れ泥にまみれ、それでも倒れずに挑み、必死でレミリアを打ち倒そうとする、勇敢なその姿を、目に焼き付けた。美鈴は、弱いはずなのに、とても強かった。
美鈴は、レミリアを見ていた。
幾たび拳を打っても立ち続け、堂々と胸を張って弱みを見せず、力を容赦無しに振るって美鈴の命を脅かし、顔には常に余裕げな笑みを浮かべている。
何度も再生を繰り返し、傷一つ無い姿で美鈴を迎え撃つ、どこまでも誇り高いその姿を、胸に刻み付けた。レミリアは、天井知らずなほどに、どこまでも強かった。
美しいと。
その姿が本当に素晴らしいと、自然にそう思えた。
だからこそ、倒したいと。
本気でそう思ったからこそ――戦いは、さらに熾烈を極めていく。
幾度と無く激突し、必死の攻防を繰り返す、その内に。
ふと、矛盾した感情が生じる。
このまま、終わらなければいい。
こんなにも素敵な夜に、終わりの時が来るだなんて、考えたくもない。
こんなにも美しい月夜、こんなにも美しい好敵手、こんなにも美しい勝負なのだ。
ならば、今この時が永遠であれば、どんなに素晴らしいだろう。
そう思ったのは、レミリアと美鈴、どちらが先だっただろうか。
時間は無慈悲だ。
終わりは、すぐにやってきた。
度重なる攻撃についに耐え切れず、美鈴がレミリアの攻撃をまともに喰らった。
どう、と大の字に倒れ伏す美鈴――もう、動けない。
勝敗が、ついてしまった。
「楽しかったわ、妖怪さん――美鈴、って言ったかしら」
真円の月を背に、艶然と笑うレミリア。
ああ、と美鈴は胸中で嘆息した。
――やっぱりこの吸血鬼、すごく、綺麗だ。
げほ、と、美鈴が血に濡れた咳を漏らす。
勝敗は、歴然としていた。
吸血鬼は、体に傷一つ無い。衣服はぼろぼろだったが、その下の肌についた傷は、既に再生を終えている。
妖怪は、体じゅうがずたずただった。血みどろの体はもう動かない。かすれた呼吸が続いていることだけが唯一の救い――いや、ここまで来ると、息が続いているのはつらいだけかも知れない。
それでも、美鈴は眼を見開いていた。
月に照らされるレミリアの姿に、はっきりと、見惚れていた。
「じゃあね。今夜のことは、なるべくずっと憶えていてあげる」
その言葉はきっと、吸血鬼にとって、最大の賛辞だったのだろう――吸血鬼の表情も、それを裏付けていた。
とどめの一撃。
ああ、と美鈴はまた嘆息した。
美しい、とまた思った。レミリアと、そしてその背中に浮かぶ、あまりに綺麗な満月。
それが、本当に美しかったから。
もっと見ていたいと、そう思ったから――言葉が自然と、口をついて出た。
「――――て」
「え?」
爪を振りかぶったまま、レミリアが聞きとがめる。
美鈴の、かすれた声が聞き取れなかったのだろう。いったん、振りかぶった腕を下ろし、美鈴の口元を注視する。
「――――」
「何? なんて言ったの?」
「たすけて」
「…………え、なんて?」
「だから、助けてって……命を、取らないでくれって、そうお願いしたの」
それは。
この場で一番、言ってはいけないことではなかったか。
「おい……なんだ、それは」
「なんだ、って。言ったとおりの、意味だけど」
「いや……そんな馬鹿な、何を……全く冗談の下手な妖怪ね、これだから育ちの悪い野良は困る――」
「冗談のつもりなんかないわ。本気よ……もう自力じゃ助からないから、あんたにお願いしたの」
「ふざけるなぁ!!」
今まで上機嫌だったレミリアが、感情をそのまま裏返したように激昂した。
美鈴に馬乗りになり、乱暴に胸ぐらをつかみ上げ、加減無しで引き寄せる。
美鈴はレミリアにされるがままだ、抵抗できる体力はとっくに無い――それでも、瞳だけはまっすぐにレミリアを見ている。
「おまえ……おまえは! 今の戦いで、何も感じなかったのか!」
「まさか。たぶん、あんたと同じように――素晴らしい時間だったと、思ったわ」
「今の戦いが素晴らしかったのは! おまえと私、二人ともが本気で戦ったからでしょう! 本気で、全力で――命を懸けて!」
「その通りよ。負けたら死ぬ、勝てば殺す。そのつもりで戦って、だからこそ、私はあんたと戦えた――命を懸けたからこそ、あんたと戦うことができた。本当に、良い勝負だった」
そう、それも美鈴の本心だった。
命懸けの戦いだった。だからこそ、負けたからには死ななければいけない。
レミリアの言うことは、とてもよくわかる――だがそれでも。
「だったら、それ以上口を開くな! あの勝負を、これ以上、侮辱するな!!」
「いいえ……それでも言うわ、レミリア・スカーレット。たとえ誇りが無いと蔑まれても、たとえこれが侮辱であったとしても、それでも私は、あんたに私の命を請いたい」
「――――何故だ」
レミリアの瞳は混乱と困惑に揺れていた。まるで旧来の恋人に裏切られたかのような、それでも希望を捨てきれずにしがみつくような、そんな眼だった。
さすがに悪いことをしている、と罪悪感が美鈴の胸を刺す――それでも、美鈴は口を開いた。
「あんたと――レミリア・スカーレットと、もう一度、戦いたい」
「――――」
「負けたのはわかってる。敵わないのはわかってる。私は正真正銘の全力を尽くして、それでもあんたに負けた。だけど、それでも――私はもっと強くなる。強くなって、今度こそ、あんたを倒す。あんたを倒して、私は、もっと、もっと」
「――――」
「私は、私の武術は――あんなもんじゃない。私は人間じゃないけれど、妖怪は妖怪なりに武術を修めることができるって、今の戦いではっきりわかった。まだまだ育てられる余地がいくらでもあって、これからももっと強くなって――私は、それを形にしたい」
恥知らず。
それは、美鈴自身、レミリアに言われる以上に実感していることだ。敗北しておきながら生きることを諦められず、自分の未熟を敵に訴えてまで、命を請う。
その無様さ、武人としても妖怪としてもあるまじき行為だということを、よくわかっている。
それでも、だ。
それでも、美鈴は望むのだ。
「あんたのせいよ、レミリア・スカーレット。私はあんたに会って初めて、自分の望みを知ることができた。あんたの目の前で、本当の私が、ようやく生まれた」
「――――」
「私は――私は人間じゃないわ、妖怪よ。強くなろうとしても限界があるのかも知れない――だけどそれでも、強くなりたい。無理だろうとなんだろうと――それがどうした、そんな道理なんて、知ったことじゃない」
「――――」
もう体じゅうで動く場所が、顔だけしかなくて。
だからこそ眼だけはレミリアから逸らさず、口だけは精一杯動かした。
「今よりももっと修行して、もっと戦って、もっと強くなって、何百年かかろうと、他の誰よりも強くなって――強くなった私を、レミリアに見てほしい。私は、その時こそ、レミリアを、倒したい」
「――――――――」
自分はこんなに口下手だっただろうか、と美鈴は思い悩んだ。胸の内から湧き出る強い感情が、半分も言葉にできていない気がする。
精一杯の本音を言葉にした。自分の思いの半分でもいいから、レミリアに届いてほしいと思った。
それでレミリアが思いとどまるとは思えない――その程度には、もう美鈴はレミリアを理解してしまっている。それでも、何もしないまま死ぬよりは、最後まで生きあがきたい。
幻想郷に来る前までは、考えもしなかっただろう。
自分の中の全てが、幻想郷に来てから――レミリアに会ってから、変わってしまった。
「だから、今は見逃してほしい……私に言えるのは、それだけ」
「――――そうか」
「まあ、結局、あんたの胸先三寸次第だけどね」
言えるだけのことは言った。
そう思うと、途端に気が抜けた。楽になった、と言い換えてもいい。
ぐったりと力が抜け、意識が朦朧としてきた。
「あんたの話とは別に、一つ、わかったことがあるわ」
「ん……?」
「あんた、命乞い下手ね」
「あ……はは。そりゃまあ、今まで、したことなかったから」
眼の焦点がレミリアから外れ、視界が霞み、暗くなっていく。
レミリアがどんな表情をしているのか、もう、わからない。
気配だけを感じれば、殺す気満々なのは今でも変わっていない。
「あんたの話はわかったわ。だから」
「だから……なに?」
「……今は寝なさい。起きたら、話の続きをしてあげる――たっぷりこき使ってやるから、覚悟しなさいよ」
どういう意味だろう、と考える間も無く――
ようやく、美鈴の意識は闇へと落ちた。
やっと穏やかに眠れる。そう思った。
もっとも。それも、つかの間の休息でしか無かったが。
/
隊長、美鈴隊長、と呼ぶ声が聞こえて、目を覚ました。
振り返るとすぐそばに、門番隊の妖精たちがやってきていた。
ああ、そうか。
いつの間にか、交代の時間になっていたらしい。
今日の仕事はこれにて終了。
今日も割といつも通り、平穏な一日だった――まあ、白黒の魔法使いを通してしまったのも、いつもの失態なのだが。
「ありがと、じゃあ今晩もよろしくね、お疲れ様」
お疲れ様でしたー、と体育会系な挨拶を背中に受けて、美鈴は紅魔館の中へと入っていく。
懐かしい夢を見たせいか、いつもより長く眠っていたかも知れない。
まあ、毎週この時間に眠ってしまうのは、本当にいつものことなのだが――そうなる前にシフトを交代させてほしいとは以前に何度も咲夜にお願いしたのだが、聞き入れてもらえた試しが無い。よくよく話を聞いてみると、たまにこうして門前で寝る姿をレミリアが見物に来て楽しんでいるのだとか――まったく、人の寝顔の何が面白いのかと、美鈴は不思議に思う。
しかし、ちょっと遅れてしまったかも知れない。
遅れるのはいけない、機嫌を損ねるおそれがある。
まあ、そこまで時間に厳しいわけじゃないはずだが――念のために、美鈴は謝っておくことにした。
「ニイハオ、妹様。もうそちらにおいでですか? すいません、ちょっと遅れちゃったかもです。これから行きますから、もう少々お待ちを」
『もう、美鈴のお寝坊さん、また部下の子に起こされたんでしょ? 早くしないと、美鈴を壊しちゃうわよ!』
返ってきた言葉に慌てた。美鈴を壊したら美鈴で楽しめないことを、彼女はわかっているはずなのだ。だけどそれでも気まぐれでついつい壊してしまいかねないのが、フランドール・スカーレットなのである。
軽い調子で何度も謝って彼女をなだめながら、美鈴は地下へと急ぐ。
――さあ。
今週一週間、無事に仕事を終えることができた。
一週間の締めくくりに。今日も、最期の勝負に向かうとしよう。
《九》
「生かしてやってもいい、ただし」と。
恩着せがましく、そう前置きした後で、レミリアはいくつもの要求を出してきた。
そのくらいは当たり前だと、美鈴自身は思った。命を助けてもらったのは確かであり、美鈴はそのことを本当に感謝していたのだから。
だから、レミリアに忠誠を誓わされた時も、全く逆らうつもりも無く、滞りなく誓いを立てた。
そうすると次に、門番の仕事を任せられることになった。
なんだ、門の前に突っ立っているだけでいいのか――と、拍子抜けしたのもつかの間、次から次へと妖怪たちが攻めてくるものだから驚いた。
後から聞いた話になるが、同じ頃にレミリアが、幻想郷でくすぶっていた妖怪たちを引き連れて、幻想郷を牛耳る妖怪たちに戦争まがいの騒動をしかけていたのだという。そんな事情は先に話しておいてほしい、と言ったところで、あのお嬢様が聞くわけがない。
もっとも、攻め込んでくる妖怪たちに統率が全く無かったこと、紅魔館にまで乗り込んでくる妖怪は少数派で、ほとんどの妖怪はレミリアたちを抑えるほうに回っていたこと、たまに消極的にパチュリーが手伝ってくれたり、気まぐれにレミリアと咲夜が帰ってきたりしたことなど、多くの要因が幸いしたために、何とか事無きを得た。
他には、紅い霧の異変を起こした際に、解決に来た人間を見極めること、などと、よくわからない要求もされた。実際には、新たに導入されたスペルカードルールに当時は不慣れだったせいもあって、割とあっさりと巫女と魔法使いに負けて門を通してしまったのだが――結局、レミリアがその二人をいたく気に入ったために、どうにか許してもらえた。
(ちなみに、その後何度も会うハメになったために、魔法使いの人となりは大体わかったのだが、巫女のほうは今に至っても結局よくわからないままである。わかるのは、あれは妖怪のみならず、全ての存在にとって、天敵でさえない反則の人間だ、ということくらいだ)
「他にも色々あったなぁ……」
と、美鈴は暗くて広い階段を降りながら一人つぶやく。
細かいことを挙げればきりが無い。咲夜の命令には従え、庭の管理をしろ、花壇に赤い薔薇を増やせ、たまにはパチェの機嫌を取るのを手伝え、何か珍しい芸をしてみせろ、他にも他にも、本当に何度も何度も、比喩でもなんでもなく、子供の我がままに付き合わされた。
ただ、美鈴自身、多少の文句は言いつつも、結局はそのほとんどを楽しんだ。
それは、美鈴の高い順応能力あってのことであり、美鈴の性格が本質的には楽天的でマイペースであることもあり、また、紅魔館の連中が騒がしくも面白い者たちばかりであったこともある。
「でも一番は、紅魔館が好きになっちゃったから、だろうなぁ」
今なら、外の世界でパチュリーと初めて会った時、彼女があそこまで言った理由がわかる。
あの日――“少年”を失った後、流浪の旅を始めてからの美鈴は、目標も生きる理由も曖昧なままで、常に不安に駆られ、余裕を失っていた。人間たちとの間に必要以上に壁を作り、一人修行に明け暮れることで、何とか心の平静を保っていた。いつか失うことを――もしかしたらそれを、また自分の手で失ってしまうことを恐れ、そうはならないように、周囲の人間とは絶妙の距離を置いて接していた。
妖怪が一人なのは、当たり前。それを寂しいと思ったことは無かった。
無かったがしかし、こうして仲間を、居場所を持つというのは……存外、悪くないと、そう思う。生きる理由を見つけ、さらに自分の居場所を見つけたことは、深い安心感を与えてくれた。
何しろ紅魔館の連中ときたら、当主レミリアを筆頭に、メイド長、客人とその使い魔、下はメイド妖精たちに至るまで、どいつもこいつも遠慮が無い。
そうすると、こちらも遠慮をするのは馬鹿らしい。元々、周りに合わせるのは得意なほうなのだ。そうするともう時間の問題、いつの間にか、美鈴にとって紅魔館は、無くてはならない居場所になってしまった。
「で、その遠慮が無いのの極めつけが、今から会うお方ですよねぇ」
『美鈴、聞こえてる聞こえてるって、その恥ずかしいひとり言』
と、その当の本人に注意された。
「おっとっと、これは失礼しました」
『まったく、気が抜けてるの? 今から殺し合うのに、いい度胸よねぇ』
「いやはや面目ない、でもしょうがないんですよ、この時間は特に力が抜けちゃって……気は抜いてないつもりなんですが」
『ああ、うん前に聞いたけどさー。なのに、こっちに着いたらすぐ回復するんだから、つくづく美鈴って変な生き物よね』
「よりによって妹様にそれを言われる日が来ようとは」
『自分は吸血鬼より変な生き物なんだー、っていい加減認めたら? 開き直りパワーでレベルアップできるかもよ?』
「今でも充分開き直ってるつもりですけどね、っと……到着ー」
重い音を立てて、巨大な扉がゆっくりと開いた。
扉の向こうには、それはもうだだっ広いだけの空間が広がっている。
夜の地下だが、周囲には魔法で光が灯してあるために、充分な明るさが行き渡っている。また、どこをどう空間をいじった結果なのかはわからないが、地下であるというのに、窓からは夜の月明かりが届いている――驚いたことにこの窓、昼はごく自然に日光をシャットアウトするように作ってあるのだという。咲夜がそう自慢したその場で、カーテンを使ったほうが早いのでは、と言うと、無言で刺されてしまった……それはさておき。
このだだっ広い空間は、フランドールの自室のうちの一つだ。
吸血鬼の妹、フランドールは部屋を二つ持っている。一つは普通の自室、ここよりは随分狭いが普通の部屋と比べれば充分広い、普通に生活するための部屋。
もう一つがこの部屋――外に出られないフランが存分に遊びまわれるだけの、遊戯室だ。
「やっと来た。遅いよ美鈴、夜は短いんだから、早く来てくれないと駄目じゃない」
広い遊戯室の中央で、悠然と彼女は待っていた。
フランドール・スカーレット。
狂気に犯された悪魔とも称される少女だが、今は落ち着いた様子で、美鈴のほうへと歩み寄ってくる。
「お待たせしました、妹様」
「ああもう、また。二人きりの時はフランって呼んでって、いつも言ってるでしょ?」
「はい、フラン様。では、今日も始めますか」
「うん、私はいつでもいいよ。早く殺し合おうよ!」
にこやかに言い放つフランドールには狂気の色は見られないし、その言葉を受け止める美鈴も、平然としたものだ。
それこそが一種の狂気だろう、とはパチュリーの弁だが、美鈴は意に介さない。
美鈴には戦う理由があり、フランドールには発散したい衝動がある。
ならば、両者の動機は一致している。戦わない道理は無いだろう。
「ええ、ではもうちょっと待ってくださいね、フラン様」
「散々待たせてまだ待たせるんだ。美鈴ってホント、度胸あるよねー。後ろからドカンと行っちゃおうかしら」
「あはは、ご冗談を……それだとつまらないのは、フラン様のほうですよ」
「わかってるっつーの。さっさとやんなさいよ、もう」
フランドールを待たせて美鈴は、呼吸を整えながら歩いていく。
だだっ広いだけの、遊戯室の中央。
そこに、フランドール以外の、もう一人の人影が、じっと立っている。
つかつかと、美鈴が無遠慮に歩み寄る。人影は、微動だにしない――瞳を閉じて、眠っているように見える。
――人影は、赤い髪を長く伸ばしている。ちょうど、美鈴と同じように。
美鈴と同じくらいに背が高く、美鈴と同じように姿勢が良く、そして美鈴と同じような、緑色の民族衣装に身を包んでいる。
美鈴が少し眠そうにしているのに比べ、人影は、本当に眠っているように見える。
そして。
美鈴が、その人影の――美鈴の隣に並んだ。
「うーん、こうやって並んでるの見ると、美鈴が二人でお得って感じよね」
「フラン様は四人になれるから、もっとお得ですか?」
そう。美鈴の隣で目を閉じじっと立つ人影、それもまた、美鈴の姿をしていた。
フランドールと話す美鈴の隣で、じっと動かない美鈴。自然体で直立したままのそれは、眠っているようにも、静かに何かを待っているようにも見える。
そして、その分身に歩み寄ったほうの美鈴が、フランドールと話しながらも、呼吸を整えて集中し――
「もっちろん。みんなで一緒に分裂すれば、いっぱい遊べていっぱいお得よ」
「あはは、残念ながら私は、二人でフラン様の相手になることはできませんよ――お相手するのは、一人だけです」
どん、と重い音を響かせて、美鈴が震脚を踏んだ。
美鈴から、踏んだ足を通して、床へと気が放たれる。
――すると、隣で眠る美鈴へと、その気がすうっと吸い込まれていく。
それが、何かの鍵だったのか。
ぶるっ、と目を閉じたほうの美鈴が震えて――そして一瞬、膨れ上がったかと思うと。
音を立てずに、静かに爆発。
その爆発で、四方八方へと、大小の気の固まりが弾け飛ぶ――かに見えた。
その瞬間、美鈴がすうっ、と息を吸い込む。
すると、八方に散らばろうとしていた気がぴたりと止まり――美鈴の体へと、吸い込まれていく。
膨大なほどの気が。
色とりどりの気が。
一息に美鈴へと吸い込まれ――そして、はぁっと、美鈴が息を吐き、腰を落とし、力を込めた。
体内で、美鈴の気と吸収した気が完全に融合する。
美鈴が、一つとなった。
「美鈴合体完了ー。うーん、いつ見ても面白いよね」
「別に芸のつもりでやってるんじゃないんですけどね」
紅魔館は、龍脈の流れが激しい場所に建っている。
実はこれが、フランドールにとって良くない影響をもたらすことが、幻想郷に来てしばらくしてから判明した。フランドールは感性が豊かな上に感覚も鋭く、さらに外部環境からのストレスへの耐性が低い。日によって不安定に気の流れが変わると、彼女はそれを敏感に感じ取ってしまい、かんしゃくを起こしやすくなってしまう。
先の「眠っているように見える、もう一人の美鈴」は元々、その予防策――龍脈の流れを安定させるための楔だった。美鈴がある程度まとまった気を打ち込み、気の流れをある程度固定する。それが、美鈴の気の形――写し身としての姿を取った。
美鈴自身、龍脈にじかに触れ、手を加える経験は、修行として貴重な機会だ。紅魔館の門前にただ立つだけでも、触れるだけなら問題ない。だが、龍脈を直接コントロールするとなると、ただ門前に立っているだけではなく、特に龍脈の流れが集まる場所に意識を割かねばならない――最初はそれだけだった。
だが、すぐに美鈴は気がついた。
龍脈を安定させるために打ち込んだ「もう一人の自分」が、龍脈の波を調整するために、大きくなろうとする気の流れを吸収し、体の中に溜め込んでしまっていることに。
まさに僥倖、と美鈴は喜んだ。これが、一時的な気の増幅――紅魔館という場所限定での、心強い武器として利用できることに気が付いた。
それは、レミリアが出した条件をクリアするために、この上無く好都合だったのだ。
「しっかし、お姉さまも大概よね。美鈴がちょっと使えるってわかったからって、自分の責任ポイして美鈴に押し付けるんだもん」
「いやいや、元々お嬢様は、フラン様がかんしゃくを起こした時限定でお相手してたんでしょう? 私は週一回と定期的ですから、そもそも役割が違うと思いますよ。適材適所です」
最後の条件――レミリアは美鈴に、こう約束したのだ。
「私と戦いたければ、フランに勝ってみせなさい」
それができるまでは、レミリアとの勝負はお預けだという。
こうして、美鈴は毎週決まった曜日に、フランドールと対決することになった。
拒否権など、あろうはずも無く。
そして、逃げる気もまた、あろうはずも無かった。
「さあお待たせしました、フラン様。それでは、そろそろ始めましょう」
――これを殺し合いと、フランドールは表現した。
然り。これは一対一の、命を懸けた戦いだ。
美鈴はフランドールを殺すつもりは無いが、それでも真剣勝負である以上、死んでもおかしくはないと思って戦う。
フランドールもまた、美鈴が死んでも構わないというように、力加減などお構い無しで戦う。
そしてこの週に一度の勝負は、毎回、フランドールが勝っている。
「ふん、今日こそ殺してあげるわ美鈴――あなたの命乞いは何度も聞いたけど、そろそろ聞き飽きたもの。もう我慢の限界よ」
「それは良かった。私もそろそろ、毎週命乞いをする自分の情けなさに、はらわたが煮えくり返る思いでしたから」
そしていつも最後は、美鈴がフランドールに、助けてくれと懇願する。
――その命乞いの憎たらしさときたら。
何しろ美鈴は、負けたくせに、勝ちを諦めない。勝った相手にお願いするくせに、心の底では、決して媚びへつらったりはしない。
レミリアに、命乞いが下手だと言われたゆえんがここにある。美鈴は、助けてくれと言うくせに、助からなくてもそれはそれでしょうがないと思っているのだ。
もちろん、助かりたいからこそ命乞いをするのだし、命は惜しい。
だが、命乞いをする前に、美鈴は敗北している。
命懸けの戦いで敗北した以上、命をどうするかは、勝者に委ねられる。勝者がどうしようが、それは勝者の勝手だ。
それを理解した上で、美鈴は言う。助けてくれ、と。命を取られてもそれは仕方が無いが、それでも助けて欲しいと。
そして――それを、いつもフランドールは聞き入れる。
いつ気まぐれで、フランドールが美鈴を殺すかは、わかったものではない。今日こそは、美鈴は死んでしまうかも知れない。
それでもまだ、美鈴は生きているし――そして今日こそ勝つ、そのつもりで、勝負に挑む。
「ふん、憎ったらしい。いいわよ、今日は新しい魔法も仕入れてるしね――実験台にしてあげるから、どうなっても知らないわよ?」
――ところで、ここに一つの、厳然たる事実がある。
美鈴は、魔法使いを苦手としている。
何しろ魔法使いときたら、いくつも魔法を使えて有利に勝負を進めるわ、妖怪に対して有効なアイテムで武装しているわ、気合いをダイレクトに乗せた魔法を使えるわで、つまり色々な意味で妖怪の天敵なのだ。
そして、フランドール・スカーレットは、魔法少女である。
魔法使いじゃないのか、と疑問に思って聞いてみると、「あんな陰気臭いのと一緒にしないで」とフランドールは答え、「あんな行き当たりばったりなのを魔法使いにしないで」とパチュリーは答える。
二人の意見を統合すると、魔法使いが魔法に精通しているのに対し、魔法少女であるフランドールは、ただ面白そうな魔法を好き勝手に使っているだけだと言う。
だが、それは必ずしも、フランドールが魔法に対して無知であることを意味しているわけではない。
狂気の吸血鬼というフレーズや、あらゆるものを破壊するという能力を持っているために誤解されがちだが、フランドールはよく本を読む。レミリアなど比べものにならないほどよく読む。ほとんど何も無い地下において娯楽は貴重なのだから、それはもうかぶりつきで読む。魔導書であろうと童話であろうと推理小説であろうとお構いなしだ。
ただ、読む本には節操が無い。
当然だ。フランドールの目的は研究ではない。ただ、娯楽として読んでいるだけだ。
その中で、使えそうな魔法の知識があれば、試しに使ってみる。使えたら万歳、使えなかったら他を試すだけ。
結果として、フランドールが使える魔法の種類は――種類だけで言うなら、だが――やや及ばないながらも、パチュリーとさえ比較できるほどになっている。
「へえ、そうなんですか。でも、また面白そうってだけの魔法なんでしょう? 行き当たりばったりで使ってみて、結局使えなくて後で後悔しても知りませんよ?」
――だが、フランドールはその魔法を、使いこなすのが苦手である。
いや、魔法自体は問題なく制御できている。吸血鬼の膨大な魔力と合わせて、とてつもない威力で、付け入る隙もほとんど無い。
ただ、パチュリーのように、それを戦術的に使うことについては、フランドールはまるで無頓着だ。
彼女が興味を持つのは、ただ一点。その魔法が面白いかどうか、ということだけだ。
「へーんだ、そんなこと言って、毎回負けてるくせに。またぎゃふんと言わせちゃうんだから!」
面白いかどうか――魔法使いにとっても多少は必要な思考だが、しかしフランドールは魔法使いではない。
その動機はどちらかというと、悪戯をしかける子供に近い。
そして事実、フランドールの魔法は、意地の悪い魔法が多かったりする。
たとえば、「クランベリートラップ」
「カゴメカゴメ」
「過去を刻む時計」
決して力任せではない、トリッキーな軌道で、こちらの動きを制限したり、誘導したりするスペルが多い。
これは全て、フランドールの性格――意地の悪さに由来しており。
そして美鈴は、そうした「魔法においての意地の悪さ」というものに対して、やや相性が悪かったりする。
総合する。
戦術を使おうともしないフランドールの性格は、美鈴にとってけっこう都合が良く。
意地の悪い罠を好んで仕掛けようと企む性格は、美鈴にとって少し都合が悪く。
そしてその上で、魔法を使い、かつ、とてつもなく強力な魔杖、レーヴァテインを持っている。
ついでに、狂気をその身に秘めているから、今ひとつ感情の流れが読めず、行動や思考が読みにくい。
さらに前提として、桁違いの身体能力と魔力を有する吸血鬼であり、おまけに、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を持っている。
結論。
美鈴にとってフランドールは、レミリアを遥かに上回るほどの、最悪に近い相性の敵である。
「ええどうぞ、言わせてみてください――できるものなら」
それでも、と美鈴は思う。
それでも、逃げるという選択はありえない。
強くなると決めた。今よりももっと、フランドールより、レミリアよりも強くなりたいと、そう望んだ。
なら、目の前のフランドールから逃げる理由など無い。
むしろ好都合だ。
次がある、などと美鈴は思わない。今この場で、フランドールを上回り、倒してみせる。
根拠は無い。無謀とさえ言える。だがそれでも勝負は諦めないし、勝算だっていつも、ほんのわずかではあるが、見いだしている。
今日こそ勝つ。
そう心に決め、フランドールに向かって構える。
フランドールを見つめる美鈴の瞳には、強い、希望に燃える光が宿っている。
「いいわ! 今日こそ美鈴のその綺麗な首から、血を吸い尽くしてあげるんだから!」
「私こそ――今日こそ、フラン様の屍を乗り越えて、お嬢様の元へと辿り着いてみせます!」
二人、同時に弾幕を展開する。
凄まじい密度の弾幕を展開するフランドールに対して、美鈴は慎重に弾幕を見極め、距離を詰めていく。
――もっと強く。
もっと強くなる、今この時、戦いの中で、強くなってみせる。
決意と共に、美鈴は、前に進む。
前に、もっと、もっと前に。
彼女の決意はきっと、鋼より強く、宝石よりも美しく。
誰にも止めることなど、出来はしない。
彼女の歩む道のりは。
一歩一歩、遅くとも確実に進んでいく、その道は。
この先もずっとずっと、続いていく。
《了》
〜ここから先、後日談 四本立てでお送りします〜
《epilogue 1 霧雨魔理沙》
「で、今日もあなたはここにいるわけね。ホント、うちの猫どもは役に立たないわ」
「そう言うなって、こんなにキュートなネズミ様に読んでもらえて、ここの本たちも幸せだぜ」
「相変わらずの減らず口。あなたに口で張り合えるのは、うちでは咲夜くらいでしょうね」
「あいつの口だと勝負にならないぜ、ずれたこと言って話が明後日にそれるだけだからな」
「だから、大概いい勝負だって言ってるのよ」
夕暮れの紅魔館――
地下の大図書館に、二人の魔法使いがいた。
日の当たらない薄暗く広大な図書館の中、二人が雑談に興じる他は、本のページをめくる音がかすかに響くのみ。
「ところで、使い魔はどこ行ったんだ? ひそかに紅茶が出てくるのを期待してるんだが」
「言っちゃったらぜんぜんひそかじゃないでしょ……小悪魔にはちょっとお使いを頼んでるわ、次の実験に向けての下準備でね」
「そうかい、まったくお前のものぐさぶりも相当だな。欲しいものがあるなら自分で動くのが――」
「ところで話は変わるんだけど」
と、唐突に図書館の主が話を逸らした。
「ん? なんだよ」
「あなたが読むべき本は、それじゃないわ」
「……何が」
「中国武術の入門書なんて読んでも、あなたは実践する気なんて無いでしょうに」
「…………」
「まったく……これでしょ、本当に読むべきなのは」
魔女が、つい、と指を振った。指の動きに合わせて、図書館の奥深くから、何かが動くような音がする。
そのまま、魔女が指を自分のほうに向けて振る。すると今度は、魔女と白黒のちょうど真ん中あたりに、一冊の本がふわふわと飛んできた。
「昨日持っていった本、専門外で内容がわからなかったんでしょ? 中国の陰陽思想――風水五行について書かれた本がこれ。こっちのほうがよっぽど参考になるわ」
「……別に、陰陽道や五行思想について知らないわけじゃないぜ。霊夢との付き合いもあるし、星読みだったらお前よりも得意なくらいだ」
「日本の陰陽と中国の陰陽は、根本だけは一緒でも細かい部分はまるで別よ。そして私はどちらかというと中国側の思想に詳しいの……先輩の助言は、素直に受け取りなさい」
「…………ちぇ」
素直に、とは行かないが……白黒が、差し出された本を受け取った。
「ったく、どういう風の吹き回しだよ。お前が私に本をくれるなんて」
「待ちなさい、あげるわけないでしょ。貸すだけよ、返しなさい。というか今まで持っていった本もできればすぐに返して」
「ああはいはい、だったら読み終わった分だけ取りに来てくれ。正直、持って来るのが面倒くさい」
「持って行くのは嬉々としてやってるくせに……まあいい、言質は取ったわ、後で小悪魔に回収しに行かせるからね」
「やっぱり自分じゃ動かないんだな」
後日、小悪魔が魔理沙の家のあまりの惨状……物が溢れかえっていて何がなにやらわからない場所から本を探し出すハメになり、地獄を見ることになるのはまた別の話。
「で? どういう心境の変化?」
「何がだ?」
「まあ聞かなくてもだいたい想像つくけど……美鈴がらみでしょ? レミィに話でも聞いた?」
「…………」
「興味を持ったときにちゃんと調べておくのは、魔法使いにとっては大事なことだわ。せいぜい知識を深めなさい」
「なあ、パチュリー」
白黒が身を乗り出して魔女に近づく。
本当は、最初からこの年上の魔女に、話を聞きたかったのかも知れない。
「なに?」
「お前は……あいつらみたいに、強くなろうとは思わないのか?」
「別に。魔女やってるのも本を読むのも、強くなるためじゃないわ。私が私であるためよ」
「私は……」
それ以上、言葉が続かなかった。
口ごもりながら、ううん、と唸って頭をひねる白黒。
……この人間の少女は、悩んでいる。
美鈴の話をレミリアからどこまで聞いたかは知らないが――というかレミリアが美鈴の過去に興味を示さないから、レミリア自身も自分が見聞きした部分しか知らないはずだ――おそらくそこから、美鈴の目指すものを察したのだろう。
そして白黒もまた、それについて――強さについて、興味は充分にある。色んな妖怪や、何よりあの巫女と触れ合って、それについて考えないわけがない。
だが、白黒は今まで、ただただ魔法使いとしての道を突き進んできた。強くなりたいと思うこともあったが、それだけを目的にしたことはなかった。
強さを求めるべきなのか、それとも今のままでいるべきなのか。
自分が行くべき道が、本当に正しいのかどうか――白黒は、おそらくは真剣に、悩んでいる。
「ねえ、魔理沙」
「なんだよ」
「別に美鈴みたいに、これだけが一番に目指す道なんだ、って決め付けなくてもいいのよ」
「え……?」
「私たち魔法使いにとって大事なことって、何だと思う?」
「…………好き放題やること」
「いや待ちなさい!? ……あ、ああいや、でも間違ってはいないのかしら。恐ろしく乱暴な言い方だけど」
そう、間違いではない。
強くなることも、魔道を研究することも、本を読むことも、全て――魔女に言わせれば、同一線上のことなのだ。
「つまりね。好奇心と探究心よ。知りたいから本を読んで、もっと知りたいから実験したり、たまには探索に向かったり」
「私は探索のほうがしょっちゅうだがな。今も図書館を物色中だぜ」
「ああはいはい……そうして魔法を深く知れば知るほど、私たち魔法使いは強くなるわ。知識の質と量に比例して、ね……もちろん、知識を溜め込むだけで、実践しなければ意味は無いけど」
「……つまり、私が強くなろうとして魔法を研究しても、意味が無い?」
「いいえ。強くなろうとして魔法を研究しても、結局はそれが新たな知識の探求になって、あなたは魔法使いとしてまた前進するわ」
「え……?」
つまりそれは、同じことなのだ。
強さを求めて魔法を使うことも、魔法を使って強くなることも。
「魔理沙。強さを求めるのも、知りたいことだけに熱中するのも、好き勝手に本を読み漁るのも、色んなものを見聞きするのも、全部、魔法使いにとっては糧になる。結局、最後はあなたの自由よ。決めるのは、いつもあなた」
「…………」
「でもね。迷ったら、これだけは忘れないで……あなたが、魔法を目指したのはどうして? 魔法使いになったのは、何のため? 魔法を使って、あなたが本当にしたいことって、何?」
「つまり……私が私であること……?」
「そう。魔法使いっていうのは、他のどの種族よりも強欲で貪欲な生き物よ……だから、自分の欲求こそが何よりの存在理由になる。まあ、あなたはまだ種族は人間のままだけど、でも、今後どうするにしても、忘れないで。
あなたが魔法を使う上で、一番大切にしてるその理由、動機。それがあれば、きっとあなたは間違えないわ」
珍しく饒舌な魔女の言葉に、白黒は熱心に耳を傾けた。
そして、一通り話を聞くと、満足したように立ち上がった。
「あら、もういいの?」
「ああ。珍しくしゃべらせすぎたからな、そろそろ休みたいだろ?」
「……まあ、そうね。あなたがうじうじするのをやめて、いつも通りどこかに行ってくれれば、こっちもせいせいするわ」
「へん、よく言うぜ……次を楽しみにしておけよ。とびっきり素敵な新魔法を見せてやるからな。私の普通を思い知らせてやるぜ」
「普通なのか素敵なのか、相変わらずあなたの話は支離滅裂ね」
「私の普通はいつでも素敵ってことだぜ」
「まったく、そんなだから咲夜といい勝負だってのよ……じゃあね、とっとと出て行きなさい」
「ああ、またな」
簡単な挨拶だけを残して、いつもと同じように颯爽と、白黒は飛び去っていく。
まるで流星ね、と魔女は内心で感嘆する。慌ただしく現れてはあっという間に過ぎ去っていき、見る者に強いきらめきを印象付ける。
「美鈴も馬鹿なことを言ったものね……天敵に塩を送りたくないから戦わない、だったかしら?
魔理沙だったら、放っておいてもどんどん強くなるんだから関係無いでしょ。それなら一度魔理沙と戦って、自分が強くなる糧にしたほうが得になりそうなもんだけど」
もちろん、毎度のようにやっている弾幕ごっこも馬鹿にはできない。そうして切磋琢磨して、誰もが前へと進むのだろう。
そして、それはパチュリーも例外ではない――
魔理沙が次に来るのはいつになるだろう。その時はこちらからも、とっておきの魔法を見せてあげよう。
パチュリーはその時を楽しみに思いながら、また、本を読み進めるのに没頭した。
《epilogue 2 十六夜咲夜》
――突然だが、紅美鈴の、地下に打ってあるあの分身について説明する。
美鈴の気を打ち込んだ安定装置、それがどうして美鈴の分身である必要があるのか。
それは、まさに美鈴自身が気の流れを安定させるためだ。美鈴は紅魔館の龍脈を安定させるために、流れる気の調整を、自分自身の意識を使って行い続けている。
つまり、文字通り、意識を割いている。あの分身もまた、美鈴自身なのだ。
もっとも、割いている意識は微々たるもの、というのが本人の弁だ。普段はそれこそ、一割の半分の半分にも満たない程度でしか無いらしい――その程度の労力で龍脈操作を行うとは本当に大したものだ、とは居候の出不精魔女の談だが、今はそれは置いておこう。
しかし、これが一週間の最後――フランドールと戦う約束の夜になると、そうはいかない。
この頃になると、美鈴の分身が吸収できる気の総量がピークに達する。龍脈から吸い上げた気が、それこそ美鈴が普段から体内に留めている気の、数十倍にもなるのだという。
こうなると、美鈴本人から見ても、どちらが本体かの意識が曖昧になる。何しろ、気の強さだけ見れば分身のほうが遥かに強いのだ。美鈴曰く、自分が喋ったつもりでも、分身のほうまで喋ってしまうほどになっているのだとか。
美鈴自身、気を操る能力を持ち、自我のコントロールには自信を持っているので、さすがに分身に意識を取られて本体が消滅するようなことは無いが……しかし、この時期になると分身に割かれる意識は本人の言うところによると平均で三割を超える。しかも龍脈の活発度合いは日により週によって違うため、特に活発な時期になるともっとひどくなる。
そんな中で、それでも美鈴は与えられた責務を大事に思い、ただでさえ厳しい門番の仕事に就いている。それだけではなく、毎週妹様の相手までしているのだ。
「けど、なんでも許されるかといえば、大きな間違いなのよ、そうなのよ」
そう――
たまに居眠りをしているのも、そういう事情があるとなれば仕方が無い。
お嬢様が美鈴の寝顔を気に入っていて、それを覗き込むのを楽しみにしているというのも――色々な意味で微妙な気持ちになるが、それもお嬢様の望みとあれば、理解はしよう。実際に寝顔は可愛いし、いやそれはともかく。
たまに妖精たちと仲良く遊んでいたりするのも――色々腹立たしくはあるが、厳しい門番の仕事の気晴らしと思えば、まだ耐えられる。
実はお前ただ単にお気楽に門番やってるだけじゃないのかとたまに問い詰めたくもなるのだが、実際何度も何度もナイフで刺してはいるのだが、しかし事情があるということ自体は理解してあげなくもない。
そうだ。咲夜はこれでも充分に美鈴に便宜を図っている。仕事内容にも本人の事情にも理解を示し、必要なら休憩を与えることもあるし、ちゃんと食事だって作って、持っていってあげているのだから――
そう。
そう、食事なのだ。何より腹立たしいのは――
「私の手料理食べてる時に居眠りすることは無いでしょうに……!」
ざくざくざくと、つのった憎しみを存分に発散するように、咲夜は包丁を振るう。
よりによってあんちきしょうめ、咲夜がせっかく作ってあげた手料理を食べながら、ぐーすか居眠りをしてくれやがったのだ。
あれは確か、紅霧異変が終わってしばらく経った頃だった。美鈴が妹様の相手や門番の仕事、スペルカードルールにも慣れ始め、咲夜は咲夜で幻想郷の暮らしにも慣れ始めた頃だった。
その頃には、咲夜は何かと、美鈴を気にかけるようになっていた。幻想郷に来て初めて知り合った妖怪で、咲夜の次にお嬢様に忠実な部下として紅魔館の門番を務めている。紅魔館の顔――とまで言うにはちょっと頼りない気もするが、どこか放っておけない親しみやすさも持っていて、会話を交わすこともそれなりに多かった。
だから、というわけではないが――その夜は、ちょっとだけ張り切って、それなりに豪華な晩御飯を、弁当にして持っていってあげたのだ。
そうして差し入れを渡して――ありがとうございます、と本当に嬉しそうに言ってくれるのがこっちまで嬉しくなって――なんとなく気まぐれに、その場に残って雑談でも楽しもうかと思って。
咲夜のほうから色々話を振って……反応がいまいちにぶいのは、食べながら聞いているのだからしょうがないのかと、そう思って、美鈴の顔を覗き込んでみて。
そしたらあいつ。
自分が見ている目の前で、こっくりこっくり寝始めたのだ。
咲夜は一瞬、何が起きているのかわからなかった。だって、美鈴は箸を持つ手を止めていないし、椅子に座った姿勢はしゃんと伸びたままだし(食事中は門の内側にしつらえてある卓のほうに座っている)、何より口はもぐもぐと食べ物を咀嚼して飲み込んでいるのだ。
でも、寝ている。
目は閉じ、頭はゆらゆらと小刻みに舟をこぎ、すうすうと穏やかな寝息まで聞こえてくる。
居眠りをしやすくなるという事情を聞いてはいた。だが、それでも――この仕打ちはあんまりではないか。自分が作った手料理を、いったいなんだと思っているのか。
それこそ、咲夜が我を忘れてしまっても、しょうがないのではあるまいか。
きらめく銀のナイフ、その数七本。放たれたナイフは狙いあやまたず美鈴の体に突き刺さり、居眠りしている美鈴は即座に起き上がったものの居眠りをしていた直後で椅子に座って物を食べている以上は避けることなどできず、ぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさ、椅子から転げ落ちて痛みにのた打ち回るハメになる。
本気で痛そうにうずくまってナイフを慎重に抜いていく美鈴を尻目に、咲夜は脱兎の勢いで紅魔館に消えた。目尻には涙が浮かんでいた。
「そうよ、これはだから、あの時の復讐戦なのよ……!」
そう、咲夜はこの日のために、満を持した。
さりげなく美鈴の好みの味や料理、食材などを調査した。
不慣れな調理法や食材にもめげず、何度も何度も繰り返し練習した。
食材も吟味した。時には人里の農家と直接交渉し、時にはスキマ妖怪とも交渉し、各種の上質な食材を取り揃えた。
自分が今まで築き上げてきた全ての料理の技術と知識をもう一度洗いなおした。時には大胆なアレンジを加え、時には基本に立ち返って、真摯な気持ちで料理に臨んだ。
それら全ての準備が美鈴に勘付かれないように、慎重に事を運んだ――たまたまお嬢様にはばれてしまったので、「お願いですから黙っておいてください、わかりましたね?」と頭を下げてお願いした。お嬢様はこくこくこくと何度も頷いて許してくれた――なぜか青ざめて震えていたような気もしたが、まあ気のせいだろう。
そうして、数々の努力を積み上げてきて――今日、この時。
ついに、復讐の時がやってきたのだ――!
「え……ど、どうしたんですかこれ。なんか、凄い豪華なんですけど……」
美鈴が驚くのも無理は無い。今日の食事は、今まで美鈴が紅魔館で食べた中では、文句のつけようの無いほど一番に豪華な料理がずらりと並んでいるのだから。
そもそもいつもは弁当箱に収まる程度なのだ。それが、今日はテーブルいっぱいに並べられた皿に、これでもかというほどに料理が敷き詰められている。
「別になんでもないわ。ただ……そう、ちょっと、作りすぎたっていうか、調子に乗って豪華にしちゃっただけなの」
「いやいくらなんでも。というか見るからに『作りすぎるわけがない』っていう凝った料理がちらほら見えるんですが」
「そ、そんなことどうでもいいでしょ! 食べるの、食べないの!? 食べないっていうなら料理は下げるわよ!?」
「い、いただきますいただきます! こんな料理見せられておいて食べられないなんて、どこの拷問ですか!」
慌てて料理を食べ始めようとする美鈴。
箸を持って料理を取り、それを口に運ぼうとして――ああ、今まさに料理が口の中に――
「……あの、咲夜さん」
「何よ。早く食べなさいって」
「いや、そんなじいっと見られると食べにくいですって」
「わ、私が何を見ようと私の勝手でしょ!?」
「そんな理不尽な……なんですか、この料理やっぱり食べちゃ駄目だったりするんですか。実は何かの試験で食べたとたんに失格になるとか……それとも実は私の食事中の行儀作法がちゃんとしているかどうかを見極めるとか……?」
「別にそんなことないって! ほらもう! あんまり色々言いがかりをつけると時間制限でもつけるわよ! ごーよんさんにー」
「子供ですか!? しかもカウント早い! いただきますってば、数えるのやめてください!」
今度こそ美鈴は食べ始めた。一口食べて、うわ、とため息を漏らし、二口目を食べて、うわわ、とまた声をあげる。
なんだなんだと咲夜は気が気ではない。そのため息やら声やらは、いったいどういう意味での反応だ。
美味しいんでしょう、美味しく作ったはずだ、美味しいに違いない、美味しくなかったらどうしよう、大丈夫美味しいはず――ええい早く美味しいって言いなさい!
じりじりとはやる気持ちを抑えて咲夜は見守る。美鈴はそんな咲夜に次第に構いもしなくなり、どんどん食べるペースを早めていく――夢中になって食べ始める。
長いような短いような、そんな時間が過ぎて――
「ふぅっ……! いやぁ食べた食べた。ごちそうさまでしたー!」
美鈴が、元気いっぱいに満足そうな声を上げた。
「……そう。で、どうだった?」
咲夜が、何気ない風を装って尋ねて――全く何気なくは無いのだが、満腹で満足な美鈴は気付きはしない――そしてそれに、美鈴は満面の笑みで答えた。
「はい、とっても美味しかったです!」
それが、本当に満足そうな笑顔だったから。
ああ、やった、と。
咲夜はようやく、自分の苦労が報われたのだと、ほぅっと息をついた。
体じゅうを喜びが駆け抜ける。長い道のりを走りきって一着でゴールしたマラソンランナーのような、強い達成感と幸福感が咲夜を包み込む。
誰かのために料理をして、その誰かが料理を喜んでくれるという、当たり前の幸せ。
今までの苦労が長くて大きかった分、その幸せもまた、咲夜には何十倍にも感じられた――
「そう、気に入ってくれたなら、良かったわ」
「はい、中華料理を食べたのもすごく久しぶりでしたから、感動しちゃって……それにしても、いつの間にこんな料理作れるようになったんですか、咲夜さん」
「うんまあ、元から多少は作れたけど、ちょっとまあ色々あって、ね」
「参ったなぁ、これじゃ私が追い抜かれる日も近いですよね」
………………………………何だと。
待て、今、何と言った。それはつまり、美鈴は――
「いや本当に、咲夜さんの料理の腕には舌を巻いてばかりですよ。他の料理で負けてるんだから、中華くらいは勝ったままでいたいんですけど」
知らなかった。美鈴が料理を作れることも、中華料理が得意なことも、知らなかった。
じゃあ何か。つまり、つまりそういうことなのか。
これだけ頑張って、美鈴のためだけに作った中華料理だというのに。
美鈴は前から、これよりももっともっと美味しい料理が作れた、ということだと――
「久しぶりに私も料理してみようかなぁ、腕がなまってるかも知れないし……ああ、じゃあ咲夜さんも一緒にどうです? 私が教えられることもあると思いますし、咲夜さんほどのセンスなら覚えられることもいっぱいありますよ。あ、そうだ、じゃあ次のパーティに向けて満漢全席のメニューと作り方を教えましょうか? きっとお嬢様たちも喜んでくれると、あれ、咲夜さんなんでナイフなんて持って」
撃ち放たれた銀光、実に三十七閃。殺気は無いが憎しみはいっぱいのそのナイフに美鈴は反応しきれず、食べた後のテーブルと食器を巻き込んでぐしゃあがらがっしゃんどかんと潰れた美鈴は痛みに本気でのた打ち回るハメになる。
そんな美鈴を尻目に、咲夜は猪突の勢いで紅魔館へと消えていく。滂沱と流れる涙もぬぐわず、咲夜は行くのだ――泣いている暇は無い、これからすぐにでも新たな復讐戦の準備を始めねばならないのだ。今度こそ完膚なきまでに、美鈴に敗北を知らしめてくれねば気が済まない。でも今くらいは、ちょっとは泣いてもいいと思う。
わけのわからない人だなぁ、と呆然と困惑する美鈴の思いを置き去りにして、今日も咲夜の戦いは続く。
《epilogue 3 フランドール・スカーレット》
フランドール・スカーレットは、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を使う。これは、狙ったものの最も緊張している部分――目を見極め、その目を自分の手の中に具現化し、それを潰すことで破壊する、という能力だ。
この能力をフランドールが美鈴に使おうとした場合、美鈴が取る対処は二つある。
一つ、近距離にいる場合――フランドールを直接攻撃する。ただし、ただ漫然と攻撃するだけでは足りはしない――たとえば、握ろうとしている手を攻撃して指や手首の骨にダメージを与えたり、敏感な指、爪の先を狙って攻撃して、その痛みで目に集中できなくしたりする。もっと身も蓋も無く、鼻腔や両の眼を攻撃して集中を乱したり、ただただ単純に渾身の一撃で大ダメージを与えたりもする。一度だけ使われた技だが、ただ単に「手を繋いだ」こともあった――戦いの最中にいきなり握手をされて混乱したフランドールは、あれ、確かにこれでは目を潰せないぞ、と一瞬思った隙を突かれてさらに攻撃されて、結局目をつぶすどころの話では無くなったのだ。後から、美鈴の手もろとも握り潰せば良かったのだと気がついた――どれも並大抵の技ではないのだが、それでも美鈴は、自分が破壊されようとすると敏感に反応し、これを実現する。
もう一つ、距離が離れていた場合。
この場合は、美鈴はフランドールに攻撃できない。遠距離の攻撃が無いわけではないが、そんな咄嗟の遠距離攻撃では、フランドールの集中は乱せない。
だからそうなる前に、できれば距離を詰めて戦おうとするのだが、それが叶わないこともある――この場合、美鈴はある程度、自分が壊されるのを覚悟する。
そして、フランドールが潰そうとしている目を、別の目とすり変えるのだ。
まず――美鈴に言わせれば、美鈴の体というのは気の固まりでできている。確かに骨や血や内臓なんかもあるのだが、そういう体の部品は全て気によって作られているという――真偽はどうあれ、美鈴はそう思っている。
つまり、フランドールが壊すとしたら、その気の要、支えになっている場所なのだという。
だから、元々体内にある、自分の気の要になっている部分に、それとは別の、大きな気の固まりを移動させる。
そして、それと入れ替えるようにして体じゅうの気の構造を作り直し、別の場所に自分の気の要を新たに作る。
そうすると、フランドールが壊すのは、囮として作った気の固まりのほうになるという。その破壊が済んだ後で、体の構造を元に戻す――これが全ての工程である。
暴挙としか言いようが無い。人間で例えれば、自分の意思で骨と内臓を動かすようなものだ。また、囮にした気の固まりにしても、生半可な量の気では「体を壊される目の代わり」にはならない――それこそ自分の分身を体内にもう一つ作るくらいの要領でやっているのだとか――そのため、相当な消耗を強いられる。だからやはり、ダメージは免れられない。
だが、それでも美鈴は生き残る。
そして、今日も。
破壊の能力を使った瞬間、美鈴が一気に距離を詰めてきた。美鈴をこれで壊せないのは何度も実践済みだが、それでもダメージは与えているはず。なのに、ここまで早くダメージから立ち直り、能力を使った隙を突いてくるとは思わなかった。
しまった、とフランドールは思い、咄嗟に魔力を放出する。だが、やぶれかぶれの弾幕など、美鈴にとっては紙に等しい。あっという間に弾幕をかいくぐり、目の前に飛び込んできた。
最後の手段、とフランドールは、美鈴の目の前に手をかざした。
弾幕を警戒して身構える美鈴。だが、フランドールの狙いは別にある。
手の中に、目が現れる。
美鈴の目の前で、だ――美鈴を破壊する、目だ。
まさかと思い、美鈴は咄嗟に反応する。フランドールの手のひらに向けて、貫手を放った。
気を鋭く集中させた美鈴の手刀が、フランドールの手のひらの肉を貫き、骨まで達する。激痛が走る。
そして、フランドールは、勝った。
美鈴の手刀を我慢して……もう片方の手に握っていたレーヴァテインを、思いっきり、美鈴に叩きつけたのだ。
こめかみに直撃。
為す術も無く、美鈴はぶっ倒れた。受け身も取れず、頭から石床に叩きつけられた。
「…………あれ、美鈴、生きてる?」
我慢しただけの甲斐はあった。会心の一撃だった。
倒された美鈴は、ぴくりとも動かない。
吸血鬼の膂力の全てをつぎ込んだ一撃が、頭に直撃したのだ。いかに美鈴が妖怪として頑丈と言えども、ただでは……
「って、呼吸はちゃんとある……タフよね、ほんとに」
もしかしたら、咄嗟に気でガードした結果なのかも知れない。
吸血鬼の力と比べて、どの程度の防御になるのかは知らないが……まあ、とりあえず今は、命だけは助かったようだ。
「……あれ、美鈴が気絶しちゃったら、命乞い聞けないじゃない」
美鈴が気絶をするというのは、実は相当珍しい。
命懸けの戦いによる緊張感からか、美鈴はフランドールと戦うに当たって、とにかく大ダメージだけは必死で避ける傾向がある。もちろん臆病なだけでは防御が間に合わなくなるので、時には大胆に前に出るのだが、それも、フランドールの攻撃のパターンや戦いの流れを見抜いた上での一瞬の判断によるものだ。そうしてぎりぎりのところで美鈴は必死で食い下がり、フランドールと長く戦い続けるのが常である。
だから大抵、美鈴との戦いは、美鈴がフランドールの攻撃を何度も何度も防ぎ続け、少しずつダメージを蓄積させ、もうこれ以上は動けないというところまで美鈴が追い詰められるまで続けられるのだが……今回は、珍しくクリティカルしたフランドールの一撃が、美鈴の意識を根こそぎ刈り取ってしまったらしい。
「…………うーん」
フランドールは困った。普段なら、勝負がついたら美鈴が参りました助けてくださいと言い、それをフランドールが認める形で戦いを終えるのだ。
だが今回、美鈴は意識を失いぶっ倒れている。こういうケースは初めてで、どうすればいいのかわからない。
「まあいいや、しばらく待ってみよ」
案外早く、美鈴が目を覚ますかも知れない。それまで、待つことにした。
ちょこんと、美鈴が倒れているすぐそばに座る。
「ぷっ、美鈴変な顔」
手刀を放った後にカウンターで攻撃された驚きからか、単純にレーヴァテインを頭にがつんとやられた痛みからか、美鈴の顔は苦悶に歪んでいた。
「変なの、美鈴の寝顔はとっても可愛いんだって、お姉さまは自慢してたけど……ああ、キモかわいい、とかいうやつかな?」
睡眠と気絶では大きく違うのだから当然なのだが、そんなことを気にするフランドールではない。
「……うーん。やっぱり起きないかなぁ。暇だなー……あ、そうだ」
待っているうちに何か思いついたらしく、いそいそと美鈴の体を動かす。
そして、ようやく体勢が落ち着いた。なんとなく得意げに、フランドールは微笑む。
「えへへ、ひざまくらー」
正座を少し崩した形で座り、その両ももの上に美鈴の頭を乗せる。
フランドールと美鈴が逆向きに顔を合わせる形の、縦向きの膝枕だ。
「ちょっとシチュエーションに色気が無いけど、たまにはこういうのもいいよね」
フランドールの太ももの感触が気に入ったか、少しずつ、美鈴の顔がほぐれていく。
「あ、美鈴の変な顔がだんだん変じゃなくなってきたわ……んん、んんん……うん。確かに可愛い」
フランドールの知る美鈴は、フランドールと戦う凛々しい美鈴の側面が強い。だから余計に、美鈴のあどけない顔が可愛く見えてくる。
なるほど、と思う。これは姉が自慢してくるのもやむを得ないかも知れない。
「でも、もう自慢されっぱなしじゃないもんね。私だって美鈴の寝顔を知ってるって、今度は言い返してやるんだから」
フランドールは、気絶しっぱなしの美鈴に語り続ける。
他に聞くものは誰もいない。気絶している美鈴にも聞こえているはずはないから、彼女の言葉を聞くものは誰もいない。
広い広い遊戯室に二人きり。フランドールは、誰にも届かない言葉をこぼし続ける。
「……ねえ、美鈴。こうしてると私たち、他の人から、どう見えるのかな」
他に誰も見る者はいない。フランドールだって、そんなことはわかっている。
「あなたは私のこと、ちょっと気難しくてたまに気が触れるお子様だ、くらいにしか思ってないでしょ……まあ、たぶん、間違ってないんだけどさ」
フランドールの指が美鈴の髪を、頬を撫でた。優しく、愛おしそうに。
「ねえ、美鈴。美鈴。美鈴、美鈴、美鈴、美鈴、美鈴」
何度も名前を呼んだ。聞いてもらえないことを知っていて、何度も。
「美鈴、どうして……どうして、あなたは、お姉さまのものなの?」
その言葉には。
寂しさと、切なさと、口惜しさが、込められていた。
「ねえ、美鈴……わかってる? 私は今、あなたのこと、簡単に殺せるのよ?」
それはきっと、美鈴はわかっているのだろう。
美鈴はいつも、死ぬ覚悟を持ってフランドールに会いに来る。死ぬ覚悟を決めたまま、それでも命乞いをしてくる。
命乞いをするのが悔しいと思っていること、かつてレミリアにそうした時も、同じように悔しい思いをしたのだということを、フランドールは、よくわかっている。
「美鈴……私が何度、あなたを殺そうとしたのか……あなたは、わかってないでしょ?」
けれど、ここからは、美鈴はわかっていないはずだ。
戦いの最中の殺気が本物だとしても、美鈴に向けた攻撃が本気だとしても。
いつも、命乞いをされる時に……何度、この手で終わらせてやろうと、思ったことか。
「美鈴、あなたは……私がたまたま、気まぐれを起こして殺そうとしないから、だから死なずに済んでるんだと、思ってるんでしょ? 違うよ? それは、違うんだよ?
私は……我慢、してるんだよ? 美鈴を殺すの、我慢してるんだよ?」
そう……何度我慢したのか、もう思い出せない。
最初は本当に、気まぐれでしかなかった。新しい遊び相手を、簡単に壊してしまうのもちょっと勿体無いかと、その程度にしか思っていなかった。レミリアと美鈴との関係、最初に会った時にどんなやり取りをしたかはレミリア本人から聞いていたので、それを真似するのも、ごっこ遊びみたいで面白かった。
それが、いつからだろう……美鈴と会うこの時間が、フランドールにとって、かけがえの無いものになっていたのは。
いつからだろう……フランドールが、美鈴の態度に、苛立ちを覚え始めたのは。
「美鈴、あなたは……私と戦ってても、お姉さまのことしか、頭に無いよね」
もちろん美鈴は、フランドールと戦ってる際に、気を散らしているわけではない。
フランドールと戦っている時は、フランドールの一挙手一投足を見逃さず、真剣に戦っている。それをフランドールは、本当によくわかっている。
だが、それでも――フランドールは、レミリアが出した条件でしかない。
美鈴が、レミリアと戦うための。
美鈴が、レミリアと再戦を果たすための――フランドールと戦い、強くなり、勝利し、レミリアにまた挑戦するための、その途中に立ちふさがる、関門にして試練。
それが、美鈴にとっての、フランドール・スカーレット。
「だから……だから、いっそここで美鈴を終わらせられたら、どんなに素敵かって、何度も……」
そう、戦いの間だけは、美鈴はフランドールを見てくれる。
戦い、敗れ、命乞いをし、命拾いして帰っていく、その時までは――紅美鈴の時間は、フランドール・スカーレットのものだ。
だから――それを、永遠にしてしまえればと、何度も何度も思ったのだ。
「でも……でも、それじゃ、駄目なんだよね。それじゃ、あなたの心は、アイツのものの、まんまなんだよね」
フランドールは知っている。
美鈴は、レミリアのことを考えていて、レミリアと戦うために、一生懸命に頑張っていて。
レミリアはそんな美鈴のことをわかっていて、フランドールに勝てたら戦ってやる、なんて、意地の悪い条件を出して、高みの見物。
それなのに、美鈴は喜んでそれを受け入れて……レミリアのことしか、頭に無いのだ。
フランドールはよくわかっている。
だから。
フランドールには、美鈴は殺せない。
「でも、でもね……じゃあ、あなたは?」
唐突に、フランドールは問いかける。
問いかけられた美鈴は、気を失ったまま。穏やかなに目を閉じるだけで、答えはしない。
「ねえ、美鈴。あなた、なんにも考えてないでしょ? お姉さまが強くて、すごくすごく強いから、考えたこともないでしょ?」
もう一度、フランドールの指先が、美鈴の髪と頬を撫でた。
「美鈴。あなたは、強くなって……私よりも、お姉さまよりも強くなったら、それで、お姉さまを倒しちゃったら。
そしたら、美鈴。あなたは、その後どうするの?」
それは……もしも本当に今のままなら、いつか訪れる結末。
千年後か一万年後かはわからないが、それでも。
本当に今のままであれば、いつか。
「いつか、本当に……本当に、美鈴が強くなっちゃったら。
そしたら、美鈴、アイツを倒しちゃうかも知れないんだよ?
そしたらそしたら……美鈴は、今度は、何を目指すの?」
答える者はいない。
その問いに、答える者は誰もいない。
それでも、フランドールは、問いかけずにはいられない。
「お姉さまに何回勝てるかとか試すの? 一回勝てたら今度は何回まで勝てるかとか?
それなら別にいいよ。お姉さまが何回負けても……ちょっとは嫌かも知れないけど、でも、美鈴が本当に強くなっちゃったら、それでもいい。
でも、美鈴、本当にお姉さまより強くなっちゃったら、もっともっと強くなっちゃったら……美鈴は、出て行っちゃうんじゃないの?
お姉さまよりも強い誰かを探して……その誰かのところに、どこか遠いところに、行っちゃうんじゃないの?」
フランドールの細腕が、美鈴の頭を、柔らかく抱いた。
いつも美鈴と戦う剛力とは、比べ物にならないほど弱々しい力で、美鈴を浅く抱きしめる。
「私は、そんなの嫌だな……美鈴がどっか行っちゃうのも、美鈴が私のこともお姉さまのことも見てくれなくなるのも……全部、嫌」
浅く抱くフランドールの力は、弱々しいままだ。
だけど、それでも。
フランドールが、その気にさえなれば。
その細腕は、いつだって、美鈴を殺すことができるのだ。
「ねえ、美鈴……私は、もうちょっと、我慢してみるけど」
美鈴はまだ目を覚まさない。
フランドールはじっと、美鈴が目を覚ますまで、美鈴の頭を抱いて、待っている。
「もしもいつか、本当に、美鈴がもっと強くなっちゃったら……
その時は、もしかしたら、我慢、できなくなるかも、知れないよ?」
全部全部、フランドールのひとり言だ。言葉は広い広い遊戯室の壁の向こうに吸い込まれ、消えていくだけ。
フランドールはそこから先は、言葉を飲み込み、押し殺してしまい。
じっと、そのままずっと。
少女は、悪魔の妹は、フランドール・スカーレットは、美鈴を待ち続けていた。
《epilogue 4 レミリア・スカーレット》
レミリアの目の前で、その映像は繰り広げられた。
フランドールの意地の悪い弾幕を何とかやり過ごす美鈴、しかしなかなか距離を詰めることができず、牽制の虹色の気弾を放ってフランドールの様子をうかがい続ける。
しかしフランドールは容赦をしない。そのまま確実にスペルカードの勢いを強める。意地の悪さに加えて弾幕の密度も高くなり、いよいよ美鈴の八方が塞がっていく。
だが、パターンを見いだしたか、美鈴が一気に前に出た。あるか無きかの隙間を潜り抜け、気を込めた両拳でフランドールの弾を受け流し、どんどんフランドールへと近づいていく。
フランドールもさるもの、後ろに下がって距離を取りながら弾幕のパターンに変化を加える。思わぬ方向から弾幕が美鈴を囲み、美鈴の足が止まりかける。
だが、美鈴は諦めない。
もっと前へ。もっと前へ。もっと前へ。
もう少し、あとちょっとでフランドールに近づける、自分の間合いに捕らえられる――そう、美鈴は思ったことだろう。
その直前になって、後ろに退いていたフランドールが突如、前へと詰め寄った。
美鈴の間合い。
だが、先に手を出したのはフランドールだった。突進の勢いのまま、レーヴァテインを繰り出す。
慌てて立ち止まる美鈴。両の拳に集めた気をさらに強くして、発勁を駆使してレーヴァテインを受け止め、受け流し――勢いを流しきれず、後方へと吹き飛ばされる。
美鈴が、しまった、という表情を作り。
フランドールが、獰猛な笑みを浮かべ。
ぱっと開かれたフランドールの手のひらが、きゅっと、握られる。
がくん、と美鈴の体が震えて――だが、倒れない。気の固まりを身代わりに使う技とやらで、九死に一生を得たのだろう。
もう一度能力を使われる前にと、慌てて美鈴はダメージの残る体を無理やり動かして、前に行こうとして。
だが、フランドールのチャンスは、まだ終わっていなかった。
新たなスペルカードを抜き放つフランドール――凶悪な吸血鬼の、最大火力の弾幕が、前に出ようとする美鈴を取り囲み、そして画面を埋め尽くし――――
ブツン。
と、映像がそこで途切れた。
「……と、ここまでが昨日撮れた映像の全て……妹様の本気に耐え切るには、まだまだ改良と調整が必要ね。ちょっと画面も粗かったし、音も拾えないし」
先にこの映像を見ていたパチュリーが、レミリアの前に置いてある水晶玉をそっと撫でた。いつも通りちょっとかすれた声で、親友に語りかける。
だが、レミリアは答えない。じっと、映像の映らなくなった水晶玉を見つめたまま、動こうとしない。
「やっぱり、今のままじゃ駄目ね。もっと予算をかけないと……宝石と鉱石の純度を上げて精錬して……賢者の石ってほどじゃなくても、それに近いくらいの労力もかけないと。小悪魔にも、頑張ってもらうことになるわね」
今しがた見ていた映像は、使い魔の眼を通して水晶玉に映し、それを保存した動画だ――幻想郷に来る前に見た、テレビジョンや、ビデオという機械に近い。
(なお、二人は詳しくは知らぬことだが、幻想郷に来る前からパソコンも携帯電話もインターネットも既に外の世界に普及している、二人が古式ゆかしい吸血鬼と魔法使いだから知らないだけである――美鈴や咲夜や小悪魔は普通に知っていたりする。フランドールも、伝え聞き程度の知識ならある)
ああいった電気機械は、安定した強い交流電流が無ければ映らなかったために幻想郷では使えないが、今の使い魔と水晶玉は魔力と、媒体となる宝石と鉱物さえあれば使いこなせるために重宝している――もちろん使い魔と言っても小悪魔とは違う、宝石に金属をくっつけて魔法をかけ、擬似的に生き物のように動く機能をつけただけの擬似魔法生物だ。ゴーレムとかパペットとかいったものに近い。
パチュリーは、フランドールのお目付け役という立場にいる。こうして折に触れてフランドールの様子を見ているため、当然、美鈴とフランドールの戦いについても、よくよく承知している。
「やっぱり透明化の機能がネックよね。美鈴は気付いても何も言わないからいいとして、妹様には絶対気付かれちゃいけないから……ん? レミィ、どうしたの」
「……………………なあ、パチェ」
本当に、真剣極まりないという、重々しい声で。
のろのろと、ようやく動いたレミリアが、パチュリーに顔を向ける。
眉根にしわを寄せて……困ったような、悩んでいるような、そんな顔で。
「あいつら、強くなってない?」
レミリアが、あまりにも真剣に、そんな間の抜けたことを聞くものだから。
だからパチュリーはわざとらしく、意地の悪い声で言ってやるのだ。
「そりゃそうでしょ。あんなに何度も何度も本気で戦ってるんだから。特に美鈴の向上心は並大抵じゃないんだし、強くなるのが当然じゃないの?」
「いや、だってだって……美鈴は、私やフランの弾幕を拳ではじいたり出来なかったはずだし、フランの弾幕パターンを見抜くのも凄く早かったし、なんか心なしか、美鈴の体からこう、ごうごうとほとばしる気が尋常じゃなかった気がするし」
「拳で弾幕を防げるのは、より効率的な防御方法を習得したのと、何より攻撃力が強くなった証拠よね。妹様の弾幕パターンについては、美鈴の腕が上がったこともあるかもだけど、それ以上に妹様の性格と弾幕の癖に慣れたんじゃないかしら。気の量は、ってこれは前に説明したでしょうが。妹様の遊戯室にある美鈴の分身、あれが一週間かけて集めた気を使ってるから、ああなるんだって」
「じ、じゃあフランは!? あの子は相手の出方に応じて弾幕パターンに変化をつけるなんて器用さは無かったし、そもそも敵が前進するから自分は後退する、なんて柔軟さも無かったし、タイミングをうかがって美鈴に近づいて接近戦で美鈴の不意打ちして、さらにさらに最後のスペルカードなんて、私が見たこと無いものだったわよ! しかも鬼のように強そうだった!」
「弾幕パターンの変化も戦術の柔軟性も、美鈴の柔軟な戦い方を目の前で見て学んだからでしょ。美鈴を出し抜いて攻撃できたのも、美鈴との戦いから、攻撃の間合いとタイミングの大事さを理解し、実践してみせたってこと。スペルカードは、元々あの子は新しい物には目が無いんだから、どんどんスペルカード作ってるわよ、地下に引きこもってるから見せる機会が少ないだけで。ていうか言うに事欠いて鬼のようにってどうなのよそこの幼女吸血鬼」
レミリアの疑問に逐一答えてやると、何が気に入らないのか、うう、うう、とレミリアが悔しそうに唸りだした。
唸ったまま椅子から立ち上がり、ぐるぐる、ぐるぐると地団太を踏みながら回りだす。クマか。
「何やってんのレミィ。はっきりきっぱり言うけど、心底バカみたいだからやめなさい鬱陶しい」
「うう、うう、うううう、だって、だってだってだって……!」
だんだんだん、と地団太地団太。本気で床に穴が空くからやめてほしい――あ、今ビキって嫌な音が鳴った。後で小悪魔に頼んで修理させよう。
そんなパチュリーの冷たい視線に気付きもせずに、がばっと顔を上げ、重大な一大事を告げるような顔と声で、レミリアはパチュリーに迫る。
「あいつらは、妖怪で、吸血鬼なのよ!」
「はいはい美鈴は妖怪妹様は吸血鬼、当たり前じゃないそれが何なの」
「なんでそんなに強くなるのよ!
いや、いつか強くなるとは思ってたわよ!? 美鈴は私が見込んだ妖怪だし、フランは自慢の妹だし!
特に美鈴はね!? 期待してたわ、確かに! 初対面の私とあそこまで戦えるんだから、もしかしたら、とは思ってたわよ!」
元々、その話はパチュリーもレミリアから聞いていた。というか割と何度も聞かされた。
確かに……レミリアは、美鈴との戦いを、口惜しいと考えている。とどめを刺さなかったことを、今も引きずっている。あそこで終わっていれば本当に美しい勝負だった、というのは、彼女の心の底からの本音だ。
だが、それでもレミリアは、美鈴を生かすことを選んだ。
レミリアもまた戦いの中で、美鈴のその姿を……格が違うほどに強い吸血鬼に、本気で立ち向かうその姿を、美しいと思った。このまま終わらせるには勿体無いという思いを、まだまだ弱いこの妖怪が、このままで終わるわけが無いという確信を、感じていたのだ。フランドールに勝てたらまた戦ってやる、などという意地の悪い条件も、この期待があったからこそ出したものだという。
だから、レミリアはそのことを何度もパチュリーに自慢していた……それこそパチュリーがうんざりするくらいに。
(しかも『美しい勝負だったのになぁ』と本気で惜しんでいるのも確かだから、さらに始末が悪い。『いや本当は話したくはないんだけど』などと聞いてもいないことを断っておきながら、その実『あいつは本当にすごいんだからねへへーん』と自慢してくるのだ。何度も聞かされているのがパチュリーだけだというのもあるが、いかに親友であるとは言っても、ちょっと鬱陶しいと思ってしまうのは、仕方が無いと思う)
「でも、いくらなんでも早すぎる! 人間じゃあるまいし!」
「…………レミィ」
じっとレミリアの眼をにらみ返す。
ここから先は仮説も含まれるから、あまり断定的には言いたくないのだが……しかし、今のレミリアは、並大抵の屁理屈では納得しない。
しょうがない。パチュリーは自分の中の考えを、わかりやすく教えることにした。
「人間は、妖怪や悪魔なんかよりも成長が早い、それは、確かにあなたの言う通りよ」
「うん、そうよね。それが当たり前よ」
「そして人間は老化も早い。早く成長する分、早く年老いて、やがて死に至る。
妖怪や悪魔だって永遠じゃない以上、いずれは死が訪れるのだけど、それがとても早いのが人間。ここまではいいわね?」
「うん、うんうん」
「妖怪や悪魔が、成長しないなんて、誰が決めたの?」
「う……う、うう?」
言われたことの意味が納得できず、レミリアが首を傾げる。
事の前提。
妖怪や悪魔は、早い段階で成長が止まる。一方、人間はどんどん成長する。
レミリアは、そう考えていたのだろう。美鈴もそうだろうし、他の幻想郷の面々も、同じように考えている連中は多いだろう。
だがパチュリーは、そうは思わない。
「あのね、レミィ。まず前提として、妖怪や悪魔って生き物は、生まれてから一気に成長するわ。人間みたいに、赤ん坊の時期なんてほんの短い間しかない。全く無い妖怪だっているでしょうね。
中には、幼年期が長い妖怪もいたりするけど、それでも成長期が来たら一気なのよ。そして、成長が止まったら、あとは大して変化も無く、ずっと長く生き続けるだけ」
「う……うん、そこまではいいわ。続けて」
「妖怪には、長い寿命がある。そして、その寿命を生きる上で、多くの妖怪はこう考える。『ああ、自分の強さはこんなもんか、なら、この強さを使って生きていこう』」
「…………」
「当たり前よね。たとえちょっとだけ努力してみたところで、変化なんて目には見えない。それでも、全く変化が無いわけじゃない――たとえば、年老いた妖怪でも最新の機械製品の使い方を覚えることはできるし、囲碁にしか興味が無かった妖怪が新しくチェスを覚えることも、不可能じゃない」
長く生きた妖怪は、幻想郷に数多く住んでいる。
たとえば、河童は発明を繰り返し、天狗は新聞を書いて印刷し、配りまわる。
だが、千年前からそうだったはずはない。河童の最新技術は元は人間の技術を下地に発明を繰り返した末のものだし、天狗の「新聞を書く」という発想も人間から借りたもの、元々の天狗は、ただの噂話好きの妖怪なのだ。
だから彼らの技術は、比較的最近になって学んだもの、ということになる。
「……でも、そんなの、強さに関係無いじゃない」
「とんでもない。新しく物を覚えられるっていうのは、これ以上無い成長の証よ。
でも、妖怪たちはそうは思わないわね。『自分の強さに比べれば、新しく覚えたことなんて些細なもの』と思い込んで、自分たちは成長しないと思っている」
「え、まさか」
「たぶん今、あなたの思ったとおりよレミィ……妖怪でも、吸血鬼でも、おそらくは妖獣でも神でも亡霊でも蓬莱人でも、そしてもちろん魔法使いでも関係なく……成長しようとしさえすれば、成長する。
ただ、自分たちがすでに強い力を持っていて、さらに、長い寿命のためか、成長の度合いが人間よりもずっと遅いから、気付かないだけなのよ。だからほとんどの妖怪たちは、成長したいとさえ、思いもしない――元々、その日暮らしでお気楽なやつが多いことだしね」
恐ろしい話だ、とパチュリーは思う。
初めてその可能性に気付いたのは、パチュリーがレミリアと出会った時――もう少し正確に言うと、レミリアとフランドールの関係を知った時だった。
運命を操る、レミリア・スカーレット。
ありとあらゆるものを破壊する、フランドール・スカーレット。
元々、特別な素質があったというのもあるだろう……とてつもない力を持つこの二人の吸血鬼は、妹のほうがかんしゃくを起こして暴走しようとするたびに、レミリアがそれを阻み、押し止める、という習慣があった。
他の人妖が聞けば、そんな話もあるだろうなと納得し、聞いたものが善良であれば、素晴らしい姉妹愛だと感動したかも知れない。事実、レミリアが必死で命懸けでそれを成し遂げたからこそ、フランドールは外の世界に出て色々なものを巻き添えに自滅する未来を回避し、今日まで生きてきたのだ。
パチュリーは、全く別の――今話した仮説に、たどり着いた。
そして、長年かけてレミリアとフランドールを観察し……証明はまだできていないが、立てた仮説自体は間違っていないだろうと、当たりをつけたのだ。
「レミィ。自分が、そしてあなたの妹が、吸血鬼としても桁違いなくらいに強い力を持っている理由。考えたこと、無かった?」
「え……だ、だって、吸血鬼が強いのなんて当たり前で、ついでに私は、素晴らしい運命を持っていて」
「はいはい、思考停止するには充分な理由ね……ここまで言えばわかるでしょ、いい加減認めなさい。
あなたと妹様は、何度も戦い、競い合ったから、どんどん強くなっていったのよ」
青天の霹靂――いや、レミリアからすれば、驚天動地とさえ言えただろう。愕然と目を見開き、ぶるぶると驚きに打ち震えている。
当然と言えば当然。自分が強いのは当たり前、持って生まれた特別なものだと思っていた吸血鬼が、実はあなたの強さには理由があるのです、と知らされたのだ。自分自身の存在が、根底から覆された思いでいるのではないか。
「……………………」
……いや、それにしてもここまで驚くとは思っていなかった。レミリアは凍結しっぱなし、真夏に抱けばさぞ抱き心地がいいだろう。吸血鬼って元々体温低いし。
しかし、確かに恐ろしい話だ、とパチュリーはまた思う。
何しろ、この仮説が正しければ、フランドールとレミリアは、二人きりでずっと戦い続ける限り、どんどん強くなっていったという話になる。もちろん、強くなればなるほど、さらに強くなるのは難しくなっていくのだろうが……それでも、どこまで強くなれるのかと考えると、パチュリーはもう想像が追いつかない。
しかし、それが楽しみでもあった。パチュリー自身、魔法使いとしてまだまだ探究を続ける気でいるし、レミリアたちの成長に負けるつもりは毛頭無い。
それを踏まえて考えると、美鈴を紅魔館に迎え入れてよかったとも思う。
彼女が仲間になったことによる変化は、紅魔館内に如実に現れている。フランドールはレミリアを相手にするのとはまた違う成長を見せているし、美鈴もまた、着実に成長している。彼女らと肩を並べて、向かう先にはどんな道があるのだろう。きっと想像もできないような、面白い未来が待っているのではないか――
…………いや……しかし、つまり、そうすると。
「ねえ、レミィ」
「…………」
「フランは、強くなったわね」
「!」
「美鈴も、強くなったわよね」
「!!」
「まあ、人間ほどの早さじゃないにしてもね……あの二人は、これからまた、どんどん強くなるわね」
「――――!!」
もはや言葉も出ないらしい。ぎゅっと、レミリアがパチュリーの袖を掴んできた。それ以上しゃべらないでほしい、現実を見せないでほしいというように。
だが、それでも言わねばなるまい。だってこのレミリアは、ちょっとさすがに、見過ごせないくらいに、情けない。
「レミィ……いい加減、認めなさい。あなただけ、置いてけぼりなのよ」
「違うもん!! ま、まだたぶんきっと、私のほうが強いもん!!」
耳元で怒鳴るな、頭が痛い。
「でも、すぐに追い抜かれるでしょ? あと一年先かしら? ひょっとしたら一ヵ月後かもね?」
「き、気が早すぎるわ! いくらなんでも、そ、そんな! そんな!?」
「幸運ね、私たち。これからずっと先の未来になると、あの二人は、本当にとてつもなく、それこそ――私たちでは本気で足元にも及ばないくらいにとっても強い妖怪や吸血鬼になってるかもよ?
私たち、その強くなっていく様子を見守ることができる、生き証人になれるのよ? 目の前でずっと、あの子たちが強くなるのを、見守り続けられるのよ?
ねえレミィ……その時、二人よりもとっても弱いあなたは、いったいどうするんでしょうね?」
「!!!! うー!! うーうーうー!!」
まあ実際、ものすごく大げさに表現してはいるのだが。
レミリアとて、色々な異変に首を突っ込んだり、色んな連中にちょっかいをかけて弾幕ごっこを楽しんだりはしているのだ。周囲の人妖との積極的な触れ合いからの人格的成長も、精神に依存する悪魔としては決して無視はできない。彼女もまた、日々少しずつ、成長している。本人が気付いてないだけで。
ただしそれでも、美鈴たちの成長が思ったよりも早いのも確かなことだった。決して、嘘を吹き込んでいるわけでもない。
「それが嫌なら、また美鈴と戦ったら?」
「え、いや――いや、だってだって。約束しちゃったもん、フランに勝たなきゃ戦わないって――だ、弾幕ごっこくらいなら、まだいいけど」
悪魔は約束を守るものだ。
パチュリーはほっとする。一応まだ、吸血鬼の矜持らしきものは残っているらしい。
「じゃあフランと戦ってみる? 今ならまだ勝てるでしょうね」
「いや……最近フランとはご無沙汰してるし、その、急に戦えって言ったら、変に思われない?」
「子供との遊び方がわからないジャパニーズビジネスマンか……ああもう、あれもダメこれも嫌、ホントに言いたい放題なんだから」
「だってだって! い、いや、フランとはまた時期を見て戦うと思うけど、今はまだ……! お願いパチェ、なんとかしてよ!」
あーあ、とパチュリーはため息。
こうしてまた自分は、この我がまま吸血鬼お嬢様のおねだりを、なし崩しに聞くハメになってしまうのだ。
まあ、それもいいかと思うあたりが、もう末期だろう。
何しろパチュリーは、レミリアの親友で。
レミリアが自分を頼ってくるのも、レミリアの我がままを聞いてあげるのも、ぜんぜん、嫌いじゃないのだから。
まあ、たまには……ちょっとは、感謝してほしいとは、思うのだけれど。
「仕方ないわね……ここに、一冊のゲームブックがあるわ」
「ん? 今、ずいぶんあっさり手元から出てきたわね、用意してたの?」
「こんなこともあろうかと、ってやつよ……で、これはそんじょそこらのゲームブックじゃないわ。本の中に入って、本の主人公として、大冒険が楽しめる魔法書よ。ついでに私が改造を施したから、難易度はルナティック級と言っていいでしょうね」
元々は、レミリアに遊ばせるためではなく、たまたまそういう本があったから気まぐれに改造してみただけの代物だったが……今日、レミリアが美鈴とフランドールの戦いを見物したいと言い出した時、もしかしたら使えるかも知れないと思って用意していたのだ。
言ったとおり、念のためでしか無かったのだが……ずいぶん都合よく事が運んだものだ、とパチュリーはほくそ笑んだ。
そして当然、新たな希望と冒険の予感に喜ぶレミリアは、パチュリーの笑顔の意味には気付かない。
「大冒険! いいわね、私向きじゃない。やるわよ、絶対にやってみせるわ!」
「ただし、プレイ人数は一人と限定されてるわ……咲夜は連れて行けないわよ」
「う……べ、別に咲夜がいなくたって気にしないわよ。人間なんて連れていなくても、元々吸血鬼は孤高の存在なんだから」
「さらに、負けるたびにスタート地点へと戻されて、しかもゴールするまではこっちの世界には戻ってこれないけど……それでも、やる?」
「…………せめて、冒険のヒントくらいくれない?」
「そうやって甘やかすと訓練にならないでしょうが。ほらどうしたの、怖じ気づいたなら、やめておいてもいいのよ」
「よよよ、よーし、やってやるんだから! 帰ってきたらとびきりの吸血美少女レミリア仮面になってやるんだから覚悟してなさい!」
「持って帰るのは仮面だけってオチは要らないからね……じゃ、始めるわよ」
レミリアを本の世界に封じ込むべく呪文を唱えながら、パチュリーは思案する。
これから忙しくなる。レミリアは今までにもましてあちこち元気に動き回るようになり、パチュリーに用事が回ってくることも多くなるだろう。
レミリアがゲームをクリアして帰ってきたら、今度は弾幕勝負目当ての幻想郷巡り、なんてどうだろうか。勝負の相手の見当は咲夜がつけてくれるだろう。たまにはパチュリーも外に出て、レミリアの弾幕を見物したり、自分も弾幕勝負をしてみたりするのも悪くないかも知れない。
他にも色々、案はいくらでも出てくるのだ。ここは幻想郷、喧嘩の種にも挑戦の種にも事欠かない。そうして、レミリアが色々と騒動を起こせば……パチュリー自身、幻想郷各地の様々な人妖の実態を知ることができるし、何より、滅多に研究に付き合ってくれないレミリアのデータが手に入る――吸血鬼についての研究も進むというものだ。
静かに本を読むのも悪くはないが、こうして外に出て、色んなものを見聞きするのも悪くは無い……そうやって考えるようになったのも、幻想郷に来てからだろう。もしかしたら――認めるのは少ししゃくだが――美鈴や、あの白黒魔女の影響も、あるかも知れない。
美鈴は、紅魔館を内側から少しずつ変えていき、魔理沙は、紅魔館に外からの刺激を呼び込んだ――そのことについては、もう認めざるを得ないだろう。やっぱり、しゃくなのには違いないのだが。
やがて、レミリアの姿が消えた。
無事に、本の中の世界へと旅立ったのだ。
本が、勝手にページをめくり始めた。きっとせっかちなレミリアが、冒頭の注意もよく聞かずに旅立ったに違いない。バカめ、いつも面倒くさがって本をあまり読まないツケを払うがいいわ、さっさとバッドエンドに進んでスタートに戻りなさい。
「さて、咲夜を呼んできましょうか」
レミリアが戻ってきたら、忙しくなるのはもう確定だろう。
だが、その前にゆっくり読書にいそしむのも、悪くはない――もちろん読むのは、レミリアの面白おかしい一大冒険記だ。きっとハリウッドも色んな意味で真っ青の、型破りと常識外れのオンパレードなスペクタクルを繰り広げてくれるに違いない。
たまには咲夜と優雅にお茶を楽しむのも悪くない、あの子ならレミリアの一挙手一投足に食いついて、ほんのりと頬を染めながら愛おしそうに見守るに違いないのだ。
……本当なら小悪魔も誘いたかったところだが、今朝がた、魔理沙の家にお使いに出してから帰ってこない。どこで道草を食っているのやら……まあいい、今日のところは小悪魔抜きで楽しもう。
パチュリーは言ったとおりに立ち上がり、図書館から顔を出し、咲夜の名を呼んだ。パチュリーのあまり大きくない声でも、呼べばすぐにやってくるのが十六夜咲夜だ……紅魔館から出ていなければ、の話だが。
パチュリーが見ていない図書館の机の上で、本のページが、最初のほうへと戻っていく。
それでもめげない、というように、ページがまた、ぺらぺらとめくられていく。
レミリアの挑戦は、まだ、始まったばかりだった。
ここまで読んでいただいた方に、これをまず、一番に謝っておかねばなりますまい。
タイトル詐欺である。
作中で、美鈴は昼寝をしていません。居眠りしていたのは朝と夜だけです。タイトルのイメージの元になったのは、分身がずっと眠るように龍脈に打ち込まれているところからですが、これは一日中どころか一週間丸ごと眠っているのですから完全に本寝でしょう。あえて昼寝を探すとするなら、魔理沙のマスタースパークで気絶した、あれだけが昼間に意識を失ってます。ですがこれは居眠りではなく気絶です。
もしかしたら、美鈴の昼寝に期待を寄せていた方もいるかも知れません。そういう方がいたなら、申し訳ないと思います。
……他に良いタイトルが、ぜんぜん思いつかなかったんだよなぁ。つくづく、タイトルつけるセンスのある方々が羨ましいです。
というわけで、自分の趣味全開の、薀蓄満載、精神論いっぱいなSSでした。いかがだったでしょうか。苦労は色々ありましたが、それでも書いていてとても楽しかったです。
ただ、そうやって好き放題書いてしまったため、もしかしたら、読者の方に優しくないSSになってしまったかも知れません。できる限り、わかりやすくなるように書いたつもりではいるのですが、それでも読む手が止まるような部分があったなら、申し訳ないと思います。
以下に、各人物や作中の主要な要素の、ちょっとした設定などを記します。蛇足ですので、お暇な方はどうぞ。
そして、この設定を読んでもなお、疑問に残った部分、説明しきれていない部分、間違っている部分がありましたら、遠慮なく教えてください。可能な限り、この場で説明、場合によっては修正できればと思います。できなければ平謝りしようと思います。
随分長い話になってしまいましたが、それでもここまでお読みいただけたなら、感謝しきりです。少しでも読んでよかったと思っていただけたなら、これ以上の喜びはありません。
本当に、ありがとうございました。
本作の登場人物、その他についての各種設定
紅美鈴
本作の主人公。
特にここで補足する設定が無い。書きたいことは、全部本編中に書いてしまって……あ、一つだけあった。
実は、満漢全席というのは、正しいメニューの一部がもう失われてしまっている、幻の料理だったりする。今、外の世界でお金持ちが行くような高級中華料理店で出される満漢全席は、伝承からわかる正しいメニューの一部に、料理人がこれぞと思う中華料理を組み合わせて出される、アレンジ版でしかないのだ。だから満漢全席は、行く店ごとにメニューが違うことが多い。
もちろん、アレンジ版はアレンジ版でそれぞれに素晴らしいものだ、と美鈴自身認めてはいるが、しかし美鈴は本物の満漢全席を知っていたりする。文字通り、幻の料理を知る、現在では唯一の料理人なのだ(いやまあ故国になら他にも知ってる妖怪や仙人がいるかも知れないが、幻想郷では唯一である)。
本来、満漢全席は最高級の宮廷料理であり、流浪の旅を続けていた美鈴が知る機会は無かったはずなのだ。だが実は美鈴は一時期、流浪の旅を続ける路銀を稼ぐために貴族のお偉いさんの用心棒についていたことがあった(行きずりの強盗を続けるより、こっちのほうが効率がいいと気づいたのだ)。片手間の趣味として本格的な料理を覚えたのもその頃で、貴族お抱えの料理人とは随分懇意になって色々と教えてもらった。時を同じくしてその料理人が出世して宮廷のお抱えになったために、間接的に美鈴も満漢全席を知ることになった、という次第である。
後日そのことを知った八雲藍が――彼女は満漢全席が生まれるよりもずっと前に大陸から日本に渡っていたために満漢全席を知る機会が無かった――美鈴が満漢全席を知っていることを知り、メニューを教えてあげてもいいですよと言いかける美鈴の話を聞かず、レシピをかけて料理勝負を挑むというお話が後日に起こったり、するのだろうか。私に書く予定は一切無い。
(それにしても、本筋に一切関係無い設定である。なんでここまで設定を決めてしまったのか、私自身よくわからない)
元々のキャラクターコンセプトは、「美鈴実は強いのに普段は弱いように見えるのはなんでだろう」から始まっていたのだが、蓋を開けると「弱いんだけど実は、強くなるために無茶苦茶がんばってるんだよ」になってしまった。こっちのほうが美鈴らしい、と思ったので結果オーライである。
レミリア・スカーレット
本作のヒロイン件最大の敵、件、最大のキーパーソン。
一番、能力をどう解釈すればいいのか悩んだ人。というかみんなレミリア書くとき悩んでないのか、何ができる能力なのか、ほとんど原作からはわからないじゃないか。
結局、「大雑把になんでもわかり、大雑把に未来を決められる人」ということに落ち着いた。レミリア本人の大雑把な性格にマッチしていたため、これはこれで良かったと思う。
作中ではカリスマやったりブレイクしたりと大忙しだった。原作でもだいたい同じなので問題無いと考えている。どちらがレミリアの本性というわけではなく、どちらもレミリアである。
エピローグ4の後、彼女がどういう風に進んで行くのかはわからないが、きっとこれからも周りを巻き込みつつ、騒々しくも楽しそうに突き進んでくれるだろう。紅魔館の頂点にして中心はあくまでレミリアであり、みんなは色々ぼやきつつも、結局は彼女について行くに決まっているのだ。
美鈴がレミリアに挑戦する構図、というのが、このSSを書くに当たって一番最初に浮かんだイメージでした。その後色々膨らませていって、結果、こうなりました。膨らみすぎだ。
キャラを書くにあたって注意したのは、とにかく強いままで、絶対に噛ませ犬にはしないということ。そういう意味では、エピローグ4は書くべきか悩んだ部分もあったのですが、美鈴たちが成長するならレミリアも、という考えも切り離せず、結果、こういう風になりました。たまにブレイクしても、後でカリスマするから問題ない、ということで納得してもらえれば助かります。
フランドール・スカーレット
本作のヒロインその2。実は最初考えていたよりも突っ走ってしまったキャラナンバーワン。
設定面で補足する点は彼女の狂気について。作中では、やや控えめな描写に落ち着いた。
作中で書いたのは、「外部環境からのストレス耐性の低さ」「ストレスが溜まりすぎるとかんしゃくを起こして暴発する」の2点。実はこれだけなら、現代社会でもたまに見かける、ヒステリー体質の人とそうは変わらない。
だがそれに合わせて、能力がネックになる。ありとあらゆるものを破壊するというのは、本当に凄まじすぎる能力である。この能力があるがゆえに、彼女の外部環境からのストレスは極端に高いものになっており、かんしゃくからの暴発もより激しく、色んな意味で危険なものになっている。ほんの少し何かの間違いが起きるだけで、彼女の精神は崩壊しかねないのだ。
彼女の前に長年に渡って立ちふさがり、地下に封じ込め(これはフランドールが自発的に地下に閉じこもった側面も大きい)、かんしゃくを起こせば相手になって戦い、勝ち続けたレミリア・スカーレットは本当にすごすぎる。もちろん、その姉と戦い続けたフランドールもすごい。そりゃ、強くなるわけである。
エピローグ3にて、彼女のみ、先行きが不安な締め方にしたのは意図的なもの。フランドールの狂気と能力の危うさは根が深いものだから、彼女の狂気と能力がメインになっていないこの話でそこを無視して明るく締めるのは間違っていると思ったからだ。
彼女をメインにしたハッピーエンドな話を書く日が……いつか来るといいなぁ。
ちなみに作中で語ったとおり、彼女は毎週、美鈴の命乞いを聞いて、美鈴の命を助けている――レミリアが最初に美鈴にそうしたのと同じように、だ。つまり、レミリアと同じように、フランドールもまた、美鈴の命を助けたことをネタにして美鈴に色々と要求する権利を持っていることになるのだが、美鈴もフランドールも、まだそれに気付いてはいない。紅魔館内でこのことに気付いているのはパチュリーのみである。そしてパチュリーは、わかった上で、どうでもいいかと思って黙っている。
十六夜咲夜
本作のヒロイン……? まあ、ヒロインということにしてもいいんじゃなかろうか。たぶん。
今回ほとんどキャラクター設定の付け加えが無かった人。作者の中の十六夜咲夜像を優先し、あとは筆のノリに任せました。そのおかげかどうかはわかりませんが、メインには出張らないまでも、要所で話の流れをサポートしたり、彩りをつけたりしてくれました。
本作の話で補足する点は二つ。まず一つ目は、港町で忙しかったことについて。
実は美鈴がパチュリーに会う前日にはすでに、パチュリーの儀式魔法の準備に必要なものを揃えるのは、小悪魔と二人ですっかり終わらせている。
では、美鈴がパチュリーに会っていた日、彼女が何をしていたかというと、急いで病院を襲撃していた。瀟洒な彼女には珍しく、パチュリーの魔法のために色々慌ただしく動いていたために、すっかり忘れていたのだ……幻想郷に行ってしばらくの食糧を確保しておくこと、つまり、輸血パックが必要だということを。
だが、忘れてはならない。パチュリーの魔法を成就するには、「忘れられる」ことが重要なのだ。なのに病院を派手に騒がせて、記憶や記録に残るようなことはあってはならない――かくして咲夜は、街じゅうの外科医を、バイクにメイド服の出で立ちで駆けずり回り(時間を何度も止めて運転したから目撃者はそんなにいない、とは本人の弁――ちなみに人間は、外の世界では自力では、どうやっても空を飛ぶことができない)、ちょっとずつ輸血パックを抜き出して、誰にも見つかることなく病院をハシゴして、十分な量の血液を確保したのであった。瀟洒である。
……そりゃ倒れるわ。
補足のもう一つは、レミリアの、美鈴自慢やら戦いやらの話をパチュリーに何度も話していることについて。
レミリアは、四六時中咲夜を連れ歩いているわけではない。特に紅魔館内では、咲夜に声をわざわざかけたりはせず、自由気ままにあちこちをうろちょろしている。パチュリーに美鈴の話をする時もまた、だいたい二人きりのつもりで話をしている。
ただし、二人きりでなければならない、と気負っているわけでもないので、別に周囲を警戒したりはしていない。
咲夜はその隙をついて、レミリアの話をこっそり聞いたことがあったりする。なので当然、あくまでレミリアが話した範囲に限ってだが、美鈴との戦いの経緯なども知っている(咲夜の気配を隠す技術は恐ろしくレベルが高く、美鈴でさえ必死で集中しなければほとんど気付けないレベル。咲夜はこの技術で、紅魔館内のみならず、幻想郷中で色んな情報を集めている)。
ただし盗み聞きには違いないので、前編の《三》や《幕間》ではあくまで、何も知らないふりをしていたのだった。
パチュリー・ノーレッジ
本作のキーパーソンその2。実はプロット段階ではほとんど出番は無かったのだが、書いているうちに、あれが必要ここも重要と、事あるごとに出番が増え、いつの間にやらキーパーソンに。
考えてみれば、生まれて百年やそこらで、レミリアやフランドールに対してタメ張れる魔法使いになっているわけで、この人も充分天才である。もちろん属性魔法が吸血鬼に対して超有利というのもあるのだけれど、そこを含めて考えても充分だろう。
レミリアの良き親友にして魔理沙の良き相談役にして美鈴を紅魔館に導いた魔女。
最初、ファミレスで美鈴に対してああいうことを言って去っていったのは、言ったとおり、パチュリー自身も一人で悩んで苦しんで、それからレミリアと会って救われた、という過去があったため。実際に美鈴がレミリアと会ったら、本当に救われる保証どころか、命の保証さえどこにも無かったのだが、パチュリーは良い方向に転がると信じて疑っていなかった。
幻想郷に来て美鈴と再会し、美鈴の眼がずいぶん変わっていたのを見たことと、美鈴がレミリアに忠誠を誓い、門番になったと聞いたことから、ほら見なさい、とひそかに胸をふんぞり返らせた。小悪魔しか見ていなかったので、見ていた小悪魔が首を傾げただけだったのだが。
他にもレミリアのお願いを聞いてあげたり、なんだかんだで魔理沙を面倒見てあげたり、それとなく美鈴やフランドールらの様子をきちんと見ていたりと、意外におせっかいな人。実は根がいい人なんじゃないかと思うが、本人にそれを聞いたところで、自分の研究に利用するついでだと否定するだけだろう。
事実、その言い分も間違いではなく、彼女は色々と周囲に手を貸しつつも、ちゃっかり自分も何かを学んだりアイディアを閃かせたり研究を進めたりしているのである。強かでなければ、魔女はやってられないのだ。
小悪魔
今回、直接の出番自体は全く無かったのに、ずいぶん苦労をした使い魔。パチュリーがあの性格だからね。仕方ないね。
港町で忙しかったことについての補足。咲夜がバイクで町中駆けずり回っている間、彼女はのんびりと日用品を買い足していました。女の子ばかりだもの、色々あります……いや普通に食べ物とか服とか洗濯洗剤とかね。洗剤は自然に優しい素材をきちんと選べる小悪魔えらい子。
ちなみに外の世界では、背中の大きな羽と、あの側頭部の小さい羽は魔法で隠していました。魔法と言えばなんでも許されると思っているようです。
霧雨魔理沙
今回のサブキャラ。特に出す意味は無かったのだが、話を進める上で便利なので出てもらった。
設定面での補足はほとんど無いが、紅魔館を語る上で外せないほど重要なキャラであることを付け加えておく。なんだ、じゃあやっぱり出したほうが良かったんじゃないか、と自己完結。
結果的にだが、前進を象徴し、人間を象徴するキャラとして、良い存在感を出してくれたと思う。
好き放題に周りを巻き込んで幻想郷中を縦横無尽に飛び回って、いろんなところにちょっかい出したり欲しいものを手に入れたりして楽しんでいる、本当に好き放題一直線な人。そんな人なので迷惑に思われることが多いのだが、結果的には周りに良い影響を与えることのほうが遥かに多い。
今さら思ったのだが、多少の方向性の違いはあれど、レミリアと似たもの同士なのではないか。喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものである。
設定について一つだけ補足する点は、星占いについて。パチュリーと魔理沙では、占星術の技術、精度ともに、ほとんど同等だったりする。星の些細な動きやきらめき、瞬き方の変化などから将来へのヒントを見いだす直観については魔理沙が上だが、様々なデータを同時に検証し、時には他の占いの力も使って正しい解を導き出す点についてはパチュリーのほうが上だ。なのに魔理沙は「自分のほうが上」だと言い張る。「星に関する魔法では誰にも負けない、負けてたまるもんか」と思っているからである。
“少年”
あえて、個性付けをしすぎないように気をつけて、だというのに美鈴が強くなる原動力として説得力を持たせなければならない、という厄介なコンセプトの元に生まれたキャラ。
なぜ個性付けをしたくなかったかというと、あんまりオリキャラに出張られても困る内容だったからです。この話はあくまで美鈴とレミリアの話が軸であり、それを彩るようにフランドール、パチュリー、魔理沙、咲夜がいるという作りにしたかったので、オリキャラタグがつくほどオリキャラが目立っても困る、と思った次第です。
結果として、全容は作中で語られているだけの、シンプルな設定のみのキャラになりました。これが正解だったか失敗だったかは、皆さんの判断に委ねたいと思います。
ちなみに名前がこのような表記になったのは、前述の個性付けしたくなかったという理由の他に、私がネーミングが苦手だということと、そして何より、当時の中国人の名前として違和感の無い名前をつける自信がまったく無かったからです(変に名前をつけて、たまたま著名人と同じ名前だったりして勘ぐらせてしまってもいけませんし)。だというのに“ ”などと妙な記号をつけたのは、美鈴の背景の骨子となるキャラとして、作中で名前を何度も出さざるを得なかったため、一般名詞とは区別しなければならないと思った末の苦肉の策でした。
居酒屋にいた酔っ払いのスケベ爺
設定とか全く無し。美鈴の問題点を浮き彫りにするためと、台詞を間に入れて文章のみのパートに変化をつけるためだけに出したモブキャラ。
ただしモデルがいる、というか口調以外はほとんど丸パクリだと非難されてもしょうがないので、もしそういう感想を抱いた人がいたなら、その意見は甘んじて受け入れ、平謝りするしかありません(実際には、筆が走るままに書いたら、どっかで見たような人になったなと思っていて、後になって気付いたのですが)。
八重結界氏の「蓬莱に駒、半獣に薬」(第五回東方SSこんぺ)に出てくる、将棋好きの老人です。この場を借りて御礼申し上げます、ありがとうございました。このSSは本当に掛け値無しの傑作なので、特に妹紅が好きな人は、ぜひ読んでおきましょう。
中国
中国、となかなか作中で書けないのが悩みの種でした。大陸とかあの国とか、回りくどい表現ばかりになりました。
中国に中国という呼称が一般的に使われるようになるのは、中華民国以降の話。中国という名前自体は清代後半あたりから使われだしたそうですが、どちらにせよ、美鈴から見ればだいぶ最近になってからのことです(ただし、中国という名前自体は、もっと大昔からあったそうです、あまり広く使われていたわけではなかったようですが)。
美鈴の生まれた頃のエピソードは、だいたい300〜400年前をイメージしています。明から清の時代です。なので、美鈴視点で過去の話を運ぶ上では特に、中国という呼称を使えませんでした。
なら、明とか清とか書けばいいじゃないかと思われるかも知れませんが、情けないことに私は中国史に自信が全くありません。
「こんなのは清じゃない」とか「明じゃない」とか、詳しい人に言われたらアウトだと思ったので、わざとぼかしました。
他にも、モデルにしている街はあるのに街の名前を出さなかったりもしています。ろくに資料も探さず、想像だけで膨らませました。
……どっちみち、詳しい人に怒られたらアウトな気もするのですが。あくまで、東方を原作とした二次創作上の、架空の中国なのだということで納得していただければ……ホント至らないところだらけで申し訳ないです。
太極拳
美鈴が最初に入門した太極拳は、陳家太極拳をモチーフにしています。太極拳の源流でありながら、他に分派した太極拳と比べても特に力強い、緩急自在、剛柔一体であり、震脚を起点とする発勁を駆使するこの流派は、私の中の美鈴のイメージにぴったりだったからです。なので出身の街も、中国河南省をイメージして内陸としています。
ですが、作中の太極拳の描写は、陳家太極拳とは若干(もしくは、全く)違うはずです。これは、私が中国武術についての知識が浅く、陳家太極拳を正確に描写する自信が無かったためです。
発勁、気功についても、細かい部分は違うかも知れない上に、美鈴の設定に合わせて、創作としての派手さまで加えてしまっています。わかりやすさを重視して簡略化と極端化――しかも困ったことに、私の少ない頭にとってのわかりやすさの重視による――をしたものなので、「この作品世界ではこういうものなのだ」と割り切っていただけると助かります。
また、これら、作中での武術、勁だの気だのについての描写、設定にあたっては、秋山瑞人、古橋秀之両先生の「龍盤七朝シリーズ」を大いに参考にさせていただきました。参考にさせていただいたと言いつつ、このお二人の筆力にはまったくさっぱり足元にも及んでいないのが本気でお恥ずかしい限りですが……まあシリーズと言いつつ、二冊しか出てないんですけどね! 素晴らしい作品なのに! もちろん、まだまだ待ちますけどね! 完結していないことにさえ目をつぶれば本気で素晴らしい作品なのでみんな読もうぜ本当にぶっちゃけ私が次のSS出すことよりもこっちのシリーズの続きが出ることのほうが遥かに重要なので!
中国武術
作中で、番付勝負と称して道場の同門たちでの試合を催しています。しかし、昔の中国武術でこういう、大々的な武術大会など、もちろんありません(いやたぶんだけど。あったらごめんなさい)。それどころか、試合をすることさえ、稀だったのではないかと考えられます(組手の類は普通にやってたはずです)。
作中でやってる「番付勝負」なるものは、あくまでフィクション、武侠小説的、少年漫画的な創作であるという前提で楽しんでいただければと思います。書かれている試合形式のルールも、かなり苦しいながらも、あれこれとひねり出したものになっています。
あと、美鈴が中国武術を使うのに、作中の戦いで一度も武器を使っていないのには一応理由があります。美鈴の「妖怪としての気功」に耐え切れるほどの武器が、見つからなかったためというのが一つ。どこぞの竜の騎士状態ですが、そもそも昔の中国に、上等な武器が少なかったからというのもあります(武器の種類だけならいっぱいありますし、そもそも人間どうしの勝負なら頑丈さはあまり必要ありませんので)。
それと、流浪の旅をしていると手荷物が邪魔だったというのと、その旅を続けるうちに、素手での戦いに慣れてしまった、というのが主な原因ですね。
ですが中国武術自体は、武器を持つことも主眼に置いていますので、今も妖怪なりに中国武術を続けている美鈴もまた、彼女に相応しい武器を手に入れられれば、有効に使うことができるでしょう……もちろん弾幕ごっこで生かすことも可能でしょう、それを元にスペルカードを考えてみるのも、面白いかも知れません。
しかしここまで薀蓄垂れておいて大間違いだったら本気で恥ずかしいな。ええ、間違っている可能性は否定できません。
追記
誤字等を修正しました。
楔
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とても面白かったです。
これからの話がとても気になります。
外伝のレミリアお嬢様の大冒険の公開の予定はありますか?
咲夜視点とかレミリア視点とかの過去話を見てみたいですね。あとおぜうさまの大冒険もぜひ。
あと何気に咲夜さんかわいい
色々続きが気になるので期待
レミ様可愛いよレミ様!
なんていうのかな、変な表現になるんですけど、作品を読み終えた後凄く作者様が羨ましくなった。
頭に浮かんだ想像を膨らませて、尚且つきっちり文章化して読み手である俺に余すところなく伝える術を持つ作者様が。
勿論俺は貴方じゃないんで、それはきっと幸福な錯覚なのだろうけど、
「ああ、気持ちよく語ってるなぁ。嫌味なく自分の言いたいことを、好きなことを語ってるなぁ」
なんて思わせてくれる出来の物語だと俺は思う。
それにしても贅沢なつくりの作品だなこりゃ。
短編・中編・長編、いくらでもスピンオフ可能なネタを惜しげもなく吐き出すとは。
作者様の大盤振る舞いには頭が下がるぜ。それともこれは満漢全席の一部でしかないとでもいうのだろうか。
そんな期待という名のプレッシャーを掛けつつ感想を終えたいと思います。
様々なかたちの成長物語、ほんと面白かったです。
美鈴モテモテだなぁ。
文句なしの100点だぜ!
次回作にも期待します!
文句無しの100点です!!
あと小悪魔ちゃんマジいい子
話の中にすんなりと入り込むことができました。個性豊かな面々が非常に良かったです。
印象深かったのはやっぱり、あくまでも自分を下げることなく命乞いをする場面でしょうか。
端的に美鈴の性格が現れているようなセリフ回しにきゅんと来ました。
面白い物語をありがとうございました。
紅魔館の人たちは妄想しがいがありますよね。それぞれの加入時期が明らかじゃなかったり、外の世界と繋がりがあったりetc
よくここまでカタチにしたもんだと感服致しました。
次作は「お嬢様のカリスマ☆冒険記」ですね、期待してま(殴
フランの美鈴に対する愛?がとても良い。
好きだからこそ何時か離れてしまうんじゃないか?という不安がよくわかります。
あとがきで言っているフランが幸せになる話も何時かお願いします。
ここまで全編通して一気に読みたくなる作品は久しぶりですね
なにより設定の練り具合が素晴らしい
そして早く続編のレミリアアドベンチャー編が見たいです
ファミレスにいる魔女って想像するとシュールだなww
2泊3日でクロックタウンにでも行くんですかね、お嬢様
それにしても美鈴・・・・・・。流石は東方一ガチバトルの似合う(個人的に)女だ・・・・・・。
『少年』の「やればできるじゃないか」に思いっきり肯定できる日は来るんでしょうか。
来るんでしょうねぇ。
ただこの書き方だとレミリアの冒険が気になってしょうがないじゃないか…!
お嬢様の冒険記が読みたいですねw
数ある一万点超え作品と比べても遜色ない傑作、これからは楔さんの新作を楽しみにそそわに通います
お嬢様に命乞いするシーンで初めて、ああこの美鈴は強いんだなあと実感しました。そして美鈴と妹様の成長に汗だくなお嬢様が可愛すぎる。章が進むにつれキャラがどんどん魅力的になっているのを感じました。
ああ、なんと愛らしい紅魔館。
次回作に期待させていただきます・・・!
>6さん
過去から現在へ、そして未来へ。楽しんでいただけたなら幸いです。
>8さん
……ひょっとして、前作というのは前編のことではなく、あのオリキャラ主人公でタイトル一文字の創想話デビュー作のことでしょうか。
流れの早い創想話で、四ヶ月も前の作品のことなぞ誰も記憶してないだろうと思ってました。いやもしかしたら最近になって読まれたのかも知れませんが、どちらにしても、ありがたい話です。
各キャラの今後については、具体的なところは考えていません。皆さんそれぞれに、想像していただければと思います。
そしてレミィの不思議な冒険(仮)を書く予定は全くありません。
>9さん
今のところ書く予定は全く無いですが、咲夜やレミリアの過去というのが興味深い題材なのは確かだと思います。
そしてレミィの不思議な冒険(仮)を書く予定は全くありません。
>10さん
私なりに、美鈴らしい美鈴を目指しました。気に入っていただけたなら光栄です。
咲夜さんが可愛いのは当然です。咲夜さんなのですから。
>12さん
特に、自分の個性を押し出そうと思って書いたことはないのですが、それでも個性を感じていただけたなら光栄です。
続きを書く予定は今のところありませんが、いつか、関連したSSが書ければいいなと思います。
>コチドリさん
お嬢様の可愛さは鉄板ですよね。
自分の想像を膨らませ、余すところ無く作品に仕上げようと躍起になるあまりに、万人受けする作品をなかなか作れないと自分では思っています。今回は特にその典型でした。
だからそれを言うなら、コチドリさんを始め、こんなにもたくさんの、このSSを好きになってくれた読者の皆さんに読んでいただけたことが、私にとって一番の幸福だったのだと思います。
あとアレだ、ネタ出しについては、全く自慢できないのですが「私にネタを生かす自信が無いから」だったりします。
私はSS作家としてはかなり遅筆なほうですので、アイディアがいくら湧こうと、全てを作品に仕上げられるわけではありません。
なので、作中では説明できるところは全部説明してしまいますし、せめてもの読者サービスになるのではないかと思って、関連した設定などは、あとがきなどで出来る限り公開しています(公開したからと言ってそのネタで書かないとは限りませんが、書ける可能性のほうが低いはずなので)。
コチドリさんや皆さんの期待に、また応えることが出来れば、この上無く喜ばしいことだと思います。
あ、あと前後編とも、誤字指摘ありがとうございました。
>16さん
殺し愛いいですよね。いやまあ、美鈴たちのこの関係が厳密に殺し愛に定義できるかどうかはあまり自信無かったりしますが。
美鈴は、いつの間にやらモテモテになってました。
>17さん
美鈴の可能性を感じていただけたなら幸いです。
期待に応えられるよう頑張りたいと思います。
>18さん
後日談含めて、非常に楽しんで書かせていただきました。楽しんでいただけたなら幸いです。
>21さん
全て四苦八苦しながら書きましたが、素晴らしいと思っていただけたなら、頑張った甲斐があったと思います。
また、文句無しと言っていただけるようになるまで、頑張りたいと思います。
小悪魔は良い子です。パチュリーもたまには小悪魔を可愛がってあげるといいと思う。
>22さん
派閥? が違うにも関わらず読んでいただけたなら、ありがたいことです。紅魔館は個性派揃いだからでしょうか、どのキャラもよく動いてくれました。勿論魔理沙も。
あの美鈴の命乞いは、自分でも書いていて印象に残りました。美鈴のらしさが伝わったなら、大成功と言えると思います。
面白いと思っていただけたなら幸いです。
>目玉焼きさん
そちらこそお疲れ様でした、お粗末様でした。
思う存分妄想しました。自分なりに限界まで形にしました。正直なところ、自信は全く無かったのですが、気に入っていただけたなら幸いです。
そしてレミィの不思議な冒険(仮)を書く予定は全く(ry
>27さん
面白いと思っていただけたなら幸いです。
好きだからこそ不安になって葛藤する、そんなフランドールの心境が伝わったなら光栄です。
フランドールの話は、具体的に書きたい話があるというわけではないのですが、いつかは挑戦してみたいと思っています。いつになるかはわかりませんが。
>28さん
入れにくいにも関わらず100点入れていただいて本当に光栄です。
設定は、原作を改変するのではなく、原作に沿って解釈するつもりで練っています。気に入っていただけたなら幸いです。
そしてレミィの不思議な冒険(仮)を書く予定は(ry
……ファミレスのみならず、そもそも紅魔館の面々は最近まで現代社会にいたっていう事実自体がシュールな気がします。
>29さん
ゼルダかー。昔、友達の家でちらっと見たことしか無いんですよねぇ。
>K-999さん
龍脈を操って天候操作してギガブレイクまで覚えたりするんでしょーか。なんというチート。あ、でも雷使いなら空気を操る竜宮の使いとかもいるわけですし、気を操る美鈴にならそこまで難題でもない……のだろうか?
ガチバトルでした。似合っていたと思っていただけたなら光栄です。
美鈴もいつかきっと、自分の過去を全肯定できる日が来るのかも知れません。
>34さん
自分でも大満足でした。いやもう本当に思う存分書いてしまいました。満足していただけたなら幸いです。
レミリアの冒険……みんな凄い食いつきっぷりだなぁ。皆さんのその食いつきっぷりこそが、今回二番目に予想外な出来事だったと思います。
(一番は、こんなにもたくさんの方に、これほどまでに喜んでいただけたことだったりします)
>39さん
私も書いていてとても楽しかったです。楽しんでいただけたなら幸いです。
そしてレミィの不思議な(ry
……いや、実際、関連した外伝SSをもし書くとしても、レミィの不思議な冒険(仮)を書く可能性は一番低いと思ってください。
別に「これをネタに続編を書いてやるぜ」とか思って出したわけじゃないのです。エピローグの終盤を書いてる最中に、突然降って湧いたネタでして。その勢いのままに締めてしまったわけです……変に期待かけてしまったなら申し訳ないです。
>sasさん
いつか、心からの笑顔で再会できる日が来るのかも知れませんね。
>42さん
また、面白いと言っていただける作品を書ければと思います。
>48さん
勿体無いお言葉です。気に入っていただけたなら何よりです。
次がいつになるかはわかりませんが、期待に応えられるまで頑張りたいと思います。
>八重結界さん
そこまで気に入っていただけたなら、私も嬉しく思います。
本編のほぼ全部が、美鈴の生き様を語ることに終始していました。それを実感していただけたのは、喜ばしい限りです。
もっと早い段階からスムーズに読んでいただければ良かったのですが、ままならないものです。今後の課題の一つとしたいと思います。
紅魔館はみんなが愛らしくて大変素晴らしいと思います。本当にみんな、生き生きと動いてくれました。
>59さん
こんなに長いのに一気読み、ありがたいことです。「こんな美鈴もいい」と思っていただけたならありがたいです。
>60さん
自分で書いていて、美鈴の魅力を発見させられる作品でもありました。次回作は……何とか頑張りたいと思います。
>69さん
私自身、書きながら、美鈴の頑張りっぷりを模索し、発見させられる話でもありました。気に入っていただけたなら幸いです。
なんというか作品の骨子がしっかりしているというか作者さんの中でそれぞれのキャラクターがしっかり確立している感じですね
そのおかげで色々なエピソードに視点が飛んでも話がブレない感じです
この世界観でもっと色々書けそうですね
ほんと楽しかったです。ここまでそれぞれのキャラの魅力を引き立てるとは。
フランちゃんの将来にドキワクしつつ、ちょっと未来の話を妄想します。