「神奈子様の、バカー!」
ある昼下がり、東風谷早苗の大きな怒声が守矢神社に響き渡った。
「ど、どうしたの!?」
早苗のあげた大声に驚いた諏訪子が、声のした部屋の様子を見に来た。
するとそこには早苗の姿は無く、腰を抜かした神奈子と、電源を入れっぱなしにした、外の世界から持ってきたテレビゲームがあった。これは河童のおかげで使えるようになったものだ。
「神奈子、神奈子!一体何があったの!?」
「す、諏訪子か…?」
諏訪子に両手で肩を揺すられ、力無く答える神奈子。
そして頭を手で押さえ、うんうん唸り始めた。
「わたしが…わたしが悪かったんだ…わたしが調子に乗るから…あの子が怒って…」
「何、どうしたの!?」
諏訪子が問いかけると、神奈子はふるふると震えた手で、未だ電源入りっぱなしのテレビゲームを指した。そのタイトルは
「大乱闘スマッシュブラザーズ…」
神奈子が指したゲームの名をつぶやく諏訪子。
幻想郷に来るときに持ってきたゲームである。ちなみに神奈子はめちゃくちゃ強い。現代での神様は割と暇なので、しょっちゅうやっていたからだ。持ちキャラはマリオ。早苗はルイージ使いである。
ゲーム画面は戦いが終わった後の成績を示していた。
神奈子のマリオ、早苗のルイージ、それとCPUのキャラが二体。成績は神奈子の一人勝ちだった。
諏訪子がやって来る数分前のこと。
「ふはは、わたしの圧勝だな」
「神奈子様やっぱり強いです。わたしのルイージが、全く歯が立ちませんでした」
早苗の言葉に気を良くした神奈子は、この先ついつい言い方が尊大になってしまう。
それ故に、早苗の微妙な心情にも気付かない。
「ふふ、弟は兄には勝てないんだよ」
「あははは」
「それに、やっぱり赤の方が緑よりも強いんだ」
「え…」
「量産機より赤い専用機の方がいいだろ?」
「………」
「まあ所詮、緑は赤の2Pカラーってことだな。ははは」
「…ぶち!」
早苗の頭の中の何かが切れた。
「神奈子様の、バカー!」
「へ?」
気持ちよく話していたら、いきなり早苗が怒りだしてしまった。神奈子は目を丸くした。
早苗はそんな神奈子の様子には目もくれず、まくしたてるように怒鳴りつける。その目には涙が浮かんでいた。
「緑が赤より弱いって、2Pカラーって…じゃあわたしなんか霊夢さんより弱くて!2Pカラーで…!」
そこまで言うと、言葉に詰まり出した。そして、何も言わずに部屋から出ていってしまった。
「あ、ちょっと待ちなさい!早苗!」
神奈子が制止するも時既に遅し。早苗の姿はもう部屋には無い。
「…ということがあったのさ」
「なにそれ!?」
諏訪子は叫ばずには居られなかった。どんな理由だったのかと心配してみれば、ゲームが発端とは。
「まあ、たかがゲームとは言うものの、きっと早苗には思うところがあったんだよ。幻想郷に来たら、自分と似た職の紅白巫女がいてさ。ほら、緑と赤って結構対になってるじゃない?マリオとルイージとか、ガチャピンとムックとか、赤いきつねと緑のたぬきとか。それで、心のどっかで霊夢に対抗意識を持ってたのかも」
「つまり、そんな早苗の気持ちを踏みにじったあんたが悪いんじゃない」
「うっ!」
正論だった。冷やかな目で放たれた諏訪子の言葉が、神奈子の胸に突き刺さる。
その一言で、すっかり弱気になってしまった。
「す、諏訪子~、ど、どうしよう…」
「とにかく謝るしかないんじゃないの?」
時間が経てば早苗も頭を冷やすだろう。それに今回は調子に乗った神奈子が悪かったわけだし、神奈子が謝れば丸く収まるだろう。諏訪子はそう考えた。
しかし、事態は思わぬ方向へ動き出す。
―ピシャン!!
突然玄関から戸を強く閉める音がした。
「い、今のってもしかして…」
「さ、早苗…?」
二柱は急いで玄関まで駆けていった。
そして下駄箱を確かめる。すると、早苗の草履が無くなっていた。
「も、もしかして、家出…す、諏訪子、どうしようどうしよう!?」
「お、落ち着け!とりあえず落ち着け!」
あたふたするしかない神奈子と、それを必死になだめようとする諏訪子であった。
ここは博麗神社。霊夢はいつものように、箒で境内を掃除していた。
すると
「霊夢さーん」
「あら、文じゃない。取材ならお断りよ。新聞もいらないわ」
鴉天狗の射命丸文がやってきた。
取材拒否と勧誘拒否を速攻でされた文だが、いえいえ違うんですよ、と答える。
「じつは、守矢神社の早苗さんから、これを霊夢さんに渡すように頼まれまして」
「早苗が?」
文は一通の封筒を差し出した。
一体何なのか、霊夢は訝しそうな顔をして封筒を受け取り、封を開けた。
拝啓、霊夢さんへ
この度わたくし東風谷早苗は緑代表として、赤代表である貴女に宣戦布告申し上げます。
それに当たって、今夜7時に、わたくし率いる緑のチームと、貴女が率いる赤のチームで、博麗神社にて決闘いたしたく存じます。
なにとぞ良いお返事をいただきたい所存でございます。
敬具
東風谷早苗
「答えはノーよ。早苗にはそう伝えておいて」
そう言って霊夢は手紙を文につき返した。
なぜこんなことに付き合わなければならないのか、メンドくさい。第一、何で赤と緑で決闘するのか、意味が分からない。
すると文が、あの…と遠慮がちに話し出す。
「早苗さんによると、是非追伸を読んでくださいと」
「追伸?どれどれ」
追伸
もし霊夢さんが決闘に勝ったら、神奈子様秘蔵のお酒を全て差し上げます。
「何してるの文?すぐに早苗にイエスと伝えてきなさい」
「ええ!?」
追伸の内容を知らない文は、霊夢のあまりの心変わりの速さに驚いた。
とりあえず分かったのは、霊夢の目がやる気に満ち溢れていることと、言うことを聞かないとひどい目にあわされそうだということだ。
「わ、分かりました、行ってきます!」
慌てて飛び立った文を見送って、霊夢は大きく伸びをした。
「さて、と…仲間を集めないとね。赤といったらやっぱりあいつらかしら」
箒を掃除用具入れにしまい、霊夢もまた飛び立った。
「ふふ、そうですか。霊夢さんは決闘を受けてくれましたか」
文から伝言を受けて、早苗は不敵に笑った。
霊夢が挑戦を受けてくれることはほぼ予想通りだった。そのための秘蔵の酒だ。
神奈子には許可をもらっていないが、緑を馬鹿にされたことへの腹立たしさからそんなことは気にもしていない。むしろちょっとした反抗心だ。
「伝言役ありがとうございました。これはほんのお礼です」
感謝の気持ちを伝え、早苗は、数枚の写真を文に渡した。
「あやややや、これはこれは」
「そう、外の世界の写真です。こちらに移ってきたときに持ってきた写真の一部です」
「おお、これは記事づくりに役立ちそうですね。ではこれで失礼します」
文は飛んでいった。そして早苗もまた飛び立った。
「まずは仲間を集めないといけませんね」
勢いで霊夢に果たし状を突き付けたまではよかったものの、その後どうするかまでは深く考えていなかった。
とにかく緑っぽい仲間を集めなければいけない。
そして集めた仲間たちで霊夢を打ち破り
「絶対に神奈子様を見返してやります!」
「あら?なんだか楽しそうね」
意気込む早苗の元に、とある少女がやって来た。
緑の髪に大きなリボン。ゆっくりとくるくる回転しながら飛んでいる。
「厄神様!」
「こんにちは」
厄神、鍵山雛の姿を見上げ、早苗はひらめいた。雛を仲間に勧誘しよう。
「あの、厄神様、実は折り入ってご相談が…かくかくしかじかで…」
諸事情で緑の仲間を集め、霊夢率いる赤軍団と決闘すること。そしてその決闘に緑の一員として参加してほしいこと。それらを説明する。
雛は少々驚いたような顔をしていたが
「そうねえ、いいわよ。面白そうだし」
「ありがとうございます!」
にっこり笑って了承してくれた雛に、早苗は深々と頭を下げる。
しかしここで、雛は自分のリボンや服をつまんで少し困った顔をした。
「どうかしましたか?」
「わたしの服って全体的に赤っぽいけど、大丈夫かな?」
確かに雛の服は赤を基調としている。赤と戦うのには適さないかもしれない。
しかし早苗はそんなことは気にしなかった。
「いいんですよ、厄神様にはきれいな緑の髪がありますから。それにどうしても気になさるのでしたら、着替えていただいても構いませんよ」
「着替え…」
雛はそうぼそっとつぶやくと、何かをひらめいたかのようにくすっと笑った。
「じゃあ、着替えていくことにするわ」
「分かりました、ご協力ありがとうございます。では今夜博麗神社で」
とりあえず仲間が増えたが、もっと欲しい。夜まで時間も無いので、若干急ぎ気味にそこを後にした。
緑はいないだろうか。早苗はあちこち飛び回った。
すると、3人連れの中に緑髪を二人見つけた。残念ながら一人は青っぽい髪だったが。
とにかく早苗はその3人の所へ行って、声をかけた。
「あのー」
「あ、モリタ神社の!」
「ち、チルノちゃん、守矢神社だよ」
「わ、分かってるよ!ちょっとしたボケだよ!」
「あはは、モリタ神社だって!」
「う、うっさいリグル!」
青髪の妖精チルノがまず反応をし、大妖精がすかさず間違いを正す。その様子を、もう一人の緑髪、蛍の妖怪リグルが可笑しそうに笑った。早苗をほっぽいて。
「あのーお取り込み中悪いんですけど…」
「何?」
できるだけ早く要件を伝えたい早苗は、彼女らに割って入った。
「実はかくかくしかじかでですね、協力していただけたらありがたいのですが」
雛にしたのと同じような説明をした。
それに対し一番最初に反応したのはチルノだった。
「へーよく分かんないけど面白そう。あたいやるー!」
一人やる気を出すチルノだったが、彼女は参加できない。緑ではないからだ。
やる気になってくれるのはありがたいので、言いにくそうに早苗は言った。
「いや、あの…今回募集しているのは緑の人でしてね。ですので大妖精さんとリグルさんにお願いしたいのですが…」
「えー何でよ!」
参加できないことに文句を言うチルノであったが、しぶしぶ納得して、大妖精とリグルの方を向いた。
「というわけで、あたいの分まで頑張って!」
「ええ!?」
「拒否権なし!?」
参加するとも言っていないのに、参加する流れになってしまった。
結局、大妖精もリグルもチルノの期待のこもった目に押され、参加することにしてしまった。
「おやおや、これはラッキーですね」
もう少し交渉は難航するかと思っていたが、意外とあっさりいってしまった。
ここで、早苗はチルノ達に一つ質問をする。
「貴女達の知り合いに、緑の人はいませんか?できるだけ強い方がいいんですが」
「あたい知ってるよ!」
「あ、わたしも」
早苗の質問に、チルノとリグルが手をあげた。
「じゃあチルノさんお願いします」
「えーと、確か、メンマ?」
「それを言うなら閻魔でしょ?」
また大妖精がすかさずつっこみを入れる。メンマから閻魔を連想できるのはすごいかもしれない。
ふむ、と早苗は考えた。
閻魔、四季映姫。確かに彼女が仲間になれば心強い。まず会うのが難しそうだが。
「ではリグルさんお願いします」
「あ、うん。風見幽香さんっていう妖怪なんだけど」
再びふむ、と考える。
四季のフラワーマスター、風見幽香。幻想郷最強(最凶)との呼び声もある彼女もまた仲間にできれば心強い。さらには、四季映姫よりも会いやすいだろう。
「リグルさん。風見幽香さんの居場所を知っていたら、案内してほしいのですが」
「うん、いいよ」
「では大妖精さん。今夜博麗神社に来てくださいね」
「はい、分かりました」
「あたいも応援に行くー」
チルノ、大妖精と別れ、リグルとともに風見幽香の元まで向かった。
風見幽香は庭で午後のティータイムを楽しんでした。
すると、緑色の影が遠くの方からやって来た。先導する小さな影の方がこちらに向かって手を振っている。
「幽香さーん」
「あらリグルじゃない。妖精たちと遊んでるんじゃなかったの?」
影二つが幽香の元へと着地した。
「あのですね、この人がお話があるそうで」
「はじめまして。わたし、守矢神社の東風谷早苗と申します」
「守矢神社…」
聞き覚えがあった。はっきりとは覚えてないが、確か妖怪の山に幻想入りしてきた神社だった気がする。
「で、その守矢神社が、わたしに一体何の用?」
「はい、実はですね!かくかくしかじかで!」
「わたしも出るんですが、幽香さんも出ませんか?」
待ってましたと言わんばかりに、早苗は事情を説明し、協力をお願いした。リグルもそれに合わせる。
しかし、幽香はふーん、と興味無さげに相槌をうって
「嫌よ。何でわたしがそんな面倒なことしなくちゃいけないの?」
と言い捨てた。
力ある妖怪は無駄な争いを嫌がる。力の無駄遣いをしたくないのだ。協力を拒否するのは当然のことであった。
しかし早苗は、ふっふっふ、と不敵な笑みを浮かべた。
「こちらには切り札があります…」
簡単に協力してくれるとは最初から思っておらず、そのための準備をしていたのだ。
一体何なんだろう、とリグルは固唾をのんだ。幽香を動かせるほどの切り札、果たして。
「協力してくれたら、これを差し上げます!」
自信満々な顔で早苗が差し出したもの、それは
「花の…種…?」
早苗の掌には様々な花の種があった。
呆気にとられるリグル。いくら風見幽香が四季のフラワーマスターで花が大好きだと言っても、そんなので釣れるもんか。
ほら、幽香さんも目を丸くしてるじゃないか、リグルがそう考えていると
「いいわ、協力しましょう」
「ありがとうございます!」
「ええ!?」
まさかの出来事、見事釣れてしまった。
「今夜、博麗神社で会いましょう。ではわたしはまだ仲間集めをしますので失礼します!」
元気よく早苗は飛び出した。幽香と、驚きのあまり何も言えなくなったリグルを残して。
そんな折、幽香はリグルに話しかけた。
「ところで、貴女も出るのよね?その決闘」
「あ、はい。大ちゃんと一緒に誘われました」
リグルの返事を聞いて、幽香はふーん、と言って
「まあ、せいぜい怪我しないように頑張りなさい」
「あ、心配してくれてありがとうございます」
「な、何バカなこと言ってるのよ!あ、あれよ!貴女に怪我されると受粉の虫に困るから、その心配してるだけよ!」
慌ててそう言う顔は、少し赤くなっていた。
ここは是非曲直庁の一室。ここに勤める閻魔たちには自分の部屋が一室ずつ与えられる。
その一室の主、四季映姫は遅めの昼食をとろうとしていた。裁判で忙しいため、いつも遅めになってしまうのだ。
そんなとき、扉の外から大きな声が聞こえた。
「ちょっと待っとくれ!映姫様は今お食事中だから!」
「お時間は取らせません!少しだけでいいからお話を…」
「小町と…誰?」
片方の声の主はすぐに分かった。部下の死神小野塚小町である。しかしもう片方の声には聞き覚えが無い。
一体誰だろうかと考えていたら、バタンッと大きな音とともに知らぬ声の主が入って来た。
「四季映姫さん!わたくし東風谷早苗と申します、ちょっとお話を!」
「東風谷早苗…」
その名は知っていた。最近幻想入りした守矢神社の者。
しかし、それ以上に重要で大切な疑問がある。
「死者以外の人間はここには来れない筈ですが、貴女は亡くなったのですか?」
一般の人間は、死後この是非曲直庁までやって来て、裁判を受ける。生者が来るところでは無い。
しかし早苗は、やけに自信に満ちた顔で答えた。
「奇跡の力でやって来ました!」
「…………」
「…………」
そんなご都合でいいものか、映姫と、早苗の後ろにいる小町は言葉に詰まってしまったが、誇らしげな早苗の顔に気押されて不本意ながら納得してしまった。
そんな二人の様子など知ってか知らずか、早苗は映姫に向かって話しだす。
「ここに来たのは他でもありません!緑チームとして、貴女のお力をお借りしたく…」
「?」
話す途中で声が小さくなった。その目は映姫の手元に向かっている。
一体何を気にしているのか、映姫がきょとんとしていると、早苗はわなわなと震えだした。
「そ、それは…あ、赤いきつね…」
「は?」
閻魔は非常に忙しい。であるから、すぐに作れるカップ麺は非常に重宝される。映姫もまた昼食に食べていたのだ。
ちなみに是非曲直庁は幻想郷ではないので、幻想入りではない。現世の文化を輸入したのだ。
「貴女は赤いきつね派ですか!?どうして緑のたぬきではないんですか!?」
「いえ、別に赤いきつね派という訳では…まあこっちの方が好きですけど…」
そこまでこだわりはないが、赤いきつねの方が好き。というよりもそれが一体何だと言うのか、映姫にはまったく分からない。
しかし早苗は興奮冷めやらず、机をバンバン叩いて喋り出す。
「きつねのお揚げよりたぬきのかき揚げの方が絶対おいしいでしょうに!何で赤いきつねなんか!」
「赤いきつね…なんか?」
あ、切れたな、と傍から見ていた小町は思った。映姫の目つきがそれを物語っていたのだ。
実際映姫は怒っていた。それほどきつねだたぬきだとこだわってはいなかったが、流石にきつね好きとしてその身分が貶められているような気がして我慢ならなかった。
そして反撃に出た。
「貴女に、お湯を入れる前にかき揚げを入れてしまって、5分経ったらぐしゃぐしゃになってしまったそれを食べる者の気持ちが分かりますか!」
「それは貴女の不注意でしょう!」
「ですが5分待った後に入れてもすぐにつゆを吸ってふやけてしまうんですよ!もっとさくさく感を楽しみたいのに!お揚げはずっとジューシーなんです!ハフハフなんです!」
何と程度の低い言い争いだろうか、小町は本気でそう思った。早苗がやって来た真意は分からないが、とにかくこの不毛な争いを止めたい。
しかし、興奮した二人を止める術が見当たらなかった。
「ジューシーが何ですか!…はは~ん分かりましたよ。毎晩ジューシーな赤い小町さんをハフハフしているのでしょう!?」
「―ブフゥッ!?」
早苗の一言に、横で聞いていた小町は噴き出した。
そのような事実は一切無い。上司には一刻も早く否定してほしい。
「小町はそんなにジューシーではありません!」
「―ブフゥッ!?」
興奮した映姫は予想外の回答をした。
ジューシーかどうかなんてどうでもいいから、まずハフハフの部分から否定してくだざい、と内心思ったが、興奮する二人に割って入る勇気が無い。
その後何故か二人は小町がジューシーか否かで揉め始めた。話が変わっている、というかセクハラだ。
「もういいです!帰ります!」
実に不毛な争いは結局水掛け論に終わり、早苗は帰っていった。
小町は恐る恐る映姫に話しかけた。
「あのう…結局早苗は何しに来たんでしょうね…」
「分かりませんが、とりあえず一つ決めたことがあります」
「決めたこと?」
「次回の説教回りは真っ先に守矢神社へ向かいます。彼女の保護者含めて説教しなくては。小町もついて来てくださいね」
あれがまた繰り返されるとしたら絶対に行きたくないなあ。小町は心の底からそう思った。
「参りましたね…」
是非曲直庁から幻想郷に戻って来て、早苗はそうつぶやいた。
もとより喧嘩するつもりなどなかった。それも赤いきつねか緑のたぬきかなんて些細なことで。
赤に対抗意識を燃やしすぎて過剰になってしまったのだ。
とりあえず映姫にはいずれ謝る必要があるとして、今の問題は仲間集めだ。
「映姫さんにはもう頼めませんし…どうしましょうか」
地底の妖怪に心当たりが無いでもないが、果たして地底から出てきてくれるだろうか。
寺にいる山彦妖怪もいいかもしれないが、あそこの住職は争いごとを嫌って許可してくれないだろうと思った。
「あーどうしましょう!」
頭を抱えて悩んでいたら、突然後ろから声をかけられた。
「話は聞かせてもらった!」
「誰ですか!?」
大声に驚いて早苗が振り返ると、そこには薄緑色の長い髪、頭には二本の角、しかし顔は仮面で隠された、声色からして女性であろう人物が立っていた。
「わたしは…そうだな、通りすがりのKとでも名乗っておこう」
「通りすがりのK…」
男っぽい口調で自己紹介をした自称通りすがりK。
怪しむ早苗だったが、通りすがりのKは気にせず喋り続ける。
「噂に聞いたんだが、緑の仲間を集めているんだろう?だったらわたしも協力しよう」
明らかにうさんくさいので、どうしたものかと悩む早苗だったが、とにかく仲間が欲しい。
背に腹は代えられないのでその申し出を受けることにした。
「ありがとう、必ずや力になろう!ではまた会おう!」
そう言って自称通りすがりのKは颯爽と去っていった。
何だか釈然としない早苗だが、とりあえずこれで仲間は十分だろう、ということで、早苗の仲間集めはこれにて終了した。
早苗が仲間集めに走っている頃、霊夢もまた仲間を集めるべくとある場所に来ていた。
「赤って言ったらやっぱここよね」
「あ、霊夢さん。何ですか、殴りこみですか?」
門の前で館を見上げていたら、門番の紅美鈴に声をかけられた。
そう、ここは紅魔館である。
「違うわよ、今日はレミリアにちょっと話があってきただけ。通してもらえない?」
「お嬢様に?はあ、ちょっと待ってください。妖精メイドに確認をとりに行かせます」
伝令役の妖精を確認に行かせて、その場で待つこと数分、メイド長の十六夜咲夜が直々に出迎えに来た。
「どうぞ、お嬢様がお待ちです」
「おじゃましまーす」
客人に対する礼儀を尽くし出迎えた咲夜。霊夢は堂々と紅魔館へ入っていった。
「で、話って何?」
霊夢に迎えて早々に、レミリアは話を切り出した。
これは話がはやい、と霊夢も話し出す。
「実はね、かくかくしかじかあってあんたたちに協力してもらえないかなと」
早苗から挑戦を受けて、赤のチームを作って緑のチームと戦うことになった。そのチームに入ってほしい。その旨を伝えた。
レミリアの返答は
「断るわ。そんな阿呆らしいことやる気にならない。まあ、悪魔にお願い事するんだったら見返りを用意することね」
見返りねぇ、と霊夢は少し考え込み、あることを思いつく。
「もしこの決闘であんたが活躍したら、献血してあげてもいいわよ。200ccくらい」
「!?」
霊夢の言葉に、興味無さげだったレミリアの顔が一変した。
博麗の巫女の血に興味が湧いたのだ。ぜひとも飲んでみたいとレミリアは思った。
「分かった、協力してあげる。フランと美鈴にも参加させるわ。赤っぽいし」
乗り気になるレミリアに、脇で静かに控えていた咲夜があの、と声をあげた。
「お嬢様、誰かお忘れではないでしょうか?」
「誰か?」
レミリアはちょっと考えて、あはは、と笑った。
「やあねえ咲夜、パチェがこんなのに参加するわけ無いじゃない」
「いえ、パチュリー様ではなく…」
「小悪魔も駄目よ、パチェの使い魔なんだから」
「いえ、そうではなくてですね…」
次第にじれてきて、いらだち始める咲夜。そしてついには、声を荒げてしまう。
「わたしですよ!紅魔館のメイド長でありお嬢様の腹心であるこの十六夜咲夜をお忘れです!」
はぁはぁ、と荒々しい息を吐きながらまくし立てた咲夜に対し、レミリアの返した一言は素っ気ないものだった。
「だって、あなた自身はあんまり赤くないじゃない?」
「な!?」
「わたしとフランは『スカーレット』姉妹、美鈴は『紅』美鈴よ、名前からして赤い。美鈴は髪も赤いし」
そう咲夜を切って捨てたレミリアに対し、咲夜も負けじと反論する。
「では、小悪魔も髪が赤いからいいとして、パチュリー様だってあんまり赤っぽくないじゃないですか!」
パチュリーも名前や身なりや髪に赤の要素は見当たらない。
赤のイメージが無いことは同等なのに、何故パチュリーは良くて自分は駄目なのか、そこだけでもはっきりさせたい咲夜だった。
それに対するレミリアの答えは意外なものであった。
「ロイヤルフレアとかアグニシャインって赤いわよ」
「うぐっ!?」
スペルカードまで出されて、レミリアの言葉が咲夜の心に突き刺さる。最早ぐうの音も出なくなった。
流石に霊夢も憐れんで声をかけようとするが、咲夜はキッと霊夢を睨みつけたかと思ったらどこかへ行ってしまった。目には涙が浮かんでいたような気がした。
「じゃあ今夜フランと美鈴を連れて神社に行くわ。ふふっ、血がもらえると思うと今からわくわくするわ」
「…………」
咲夜のことを気にする様子はまるっきり無く、一人楽しそうなレミリア。
霊夢は咲夜に同情しつつ、紅魔館を後にした。
「まあ、あの三人がいれば何とかなるでしょ」
博麗神社に帰って来て、霊夢は大きく伸びをしてそう言った。
レミリア、フラン、美鈴の三人は強力な助っ人である。もう仲間集めをする必要もないだろう、そう思っていたら客人がやって来た。それもかなり珍しい客人。
「霊夢!」
「あら、妹紅じゃない?どうしたのよ、そんなに慌てて」
大急ぎでやって来たらしく、ぜぇぜぇと息を切らしていた妹紅。
大きく深呼吸をして呼吸を整え、ゆっくりと話し始めた。
「霊夢って赤い仲間を集めて緑の連中と決闘するんでしょ?是非わたしも仲間にしてくれない?」
「え、ええ別にいいけど、どうしてあんたが?それに何で決闘のことを知ってんの?」
突然仲間にしてほしいと申し出た妹紅。その理由が分からなかった。
そもそも何で竹林在住の妹紅にまでこの情報が伝わっていたのか、文か早苗が言いまわってでもいるのだろうか、様々な考えが霊夢の頭をよぎる。
「これを読んでくれれば分かるよ」
「手紙?どれどれ」
妹紅へ
風の噂で、東風谷早苗率いる緑組と博麗霊夢率いる赤組が決闘をするという話を聞いた。
そこでわたしは緑組に加わろうと思う。白沢時はわたしも緑を基調としているからな。
お前は赤組に加われ。勝負と行こうじゃないか。
上白沢慧音
きれいな字でそう書かれていた。達筆すぎて読みにくくもあったが。
霊夢が手紙を読み終わったころ、妹紅は決意をもった目で話し出した。
「何で慧音がわたしにこんな挑戦状まがいのものをだしてきたのか、真意を知りたい」
「そんな回りくどいことしなくても、直接聞けばいいじゃない」
「いや、慧音は寺子屋で忙しいからなかなか機会が無くて…」
残念そうに肩を落とす妹紅。
ただ、霊夢にとっては思ってもみない助っ人だった。妹紅もかなりの実力者、期待できる。
「まあ、歓迎するわ妹紅。ふふっ、この勝負見えた!」
間もなく日が沈む。
赤い夕焼けの中に、勝利の文字と勝利の美酒(神奈子秘蔵)が垣間見えたような気がした。
決闘時刻のおよそ30分前、東風谷早苗と射命丸文が博麗神社までやって来た。
その時点で博麗神社にいたのは、霊夢とその場で一緒に待っていた妹紅である。
「こんばんは霊夢さん。決闘を受けてくださってありがとうございます。でも負けませんよ」
「ふふっ、それはこっちのセリフよ」
決闘を前に、リーダー同士が挨拶を交わす。お互い口調は穏やかだが、緊張感にあふれている。
「ところで、何で文がいるの?まさかとは思うけど、緑チームじゃないでしょ?」
「いやー早苗さんに進行役を頼まれまして」
片手を後頭部に回し、あははと笑う文。
ふーん、と霊夢は答える。敵ではないようだし、まあいいだろう。
「ところで、霊夢さんの方はあそこの縁側に座っている妹紅さんだけですか?」
「いや、紅魔館の連中にも頼んであるけど、まあその内来るでしょ」
残り25分、まだ慌てる時間ではない。
そうこうしていると、影が4つやって来た。レミリア、フラン、美鈴、咲夜だ。
「霊夢の血…楽しみね」
「あはは、何だか面白そー」
「よろしくお願いします」
「赤…赤…赤…わたしは赤くない…」
4者4様であった。一人死んだ魚のような目をしているが。
それでもちゃんとついて来たのは、瀟洒な従者としての意地がそうさせたのであろう。
「咲夜さん、一体どうしたんですか?」
「まあ、色々あってね…」
心配そうに尋ねる早苗だが、言わない方が咲夜のためにもいいだろうということではぐらかし、話題を変える。
「さ、こっちは揃ったわよ。あんたの方はどうなの?」
「いずれ来ると思いますが…」
残り20分、まだまだ時間に余裕はある。
鳥居の方に目をやると、また4つの影がやって来た。今度は幽香、リグル、大妖精、チルノだ。
「来てあげたわよ」
「よろしくー」
「が、頑張ります!」
「最強のあたいが応援に来たんだからもう大丈夫よ!」
こちらもまた4者4様である。何故か決闘に参加しないチルノが一番張り切っていた。
そんな4人を見て、霊夢はむむっ、と思った。
「他三匹は別にして、えらい大物連れて来たじゃない」
「ふふふ、強力な助っ人ですよ」
霊夢が注目したのは勿論幽香ある。幻想郷の妖怪の中でもかなりの古参で力が強い存在。紅魔組を用意した時点で満足していたが、意外と油断ならない。
早苗もまたそのことをよく理解していて、誇らしげに答えたのである。
そしてまた5分ほど経ったころ、二人連れの影がやって来た。
「こんばんは」
「こ、こんばんは…」
鍵山雛と、付き添いで来たのであろう谷河童の河城にとりが到着した。
楽しそうな雛に対して、にとりは恥ずかしそうである。
そしてその姿を見た早苗と霊夢は、目を丸めてしまっていた。二人は恐る恐る尋ねた。
「あ、あの…」
「あんたたち…その格好は…?」
「ペアルックよ♪」
そう言って雛はにとりと腕を組んだ。なんと雛はにとりの服を着ていたのである。
「ち、違うでしょ!雛が自分の赤い服じゃダメっていうからわたしの服を貸しただけでしょ!」
顔を真っ赤にして弁明するにとり。早苗に協力するため、人助けだと思って、と雛に諭され、恥ずかしさを押し殺して服を貸しているのである。
「ぷ、くくく…」
「ふふふ…」
「わ、笑わないでよ!」
必死に笑いを抑えようとする早苗と霊夢に、にとりは泣きそうに言った。
そんなにとりに二人は、仲のよろしいことで、とにやにや笑いながら言った。
最後の一人は結構遅かった。到着したのは約束の時刻の2,3分ほど前である。
「遅くなってすまなかったな。準備に時間がかかってしまった」
相変わらずの男口調で話す謎の人物K。仮面は外さない。
そんなKを遠巻きに見て、妹紅は震えていた。
「あの髪、あの角…やっぱり慧音…」
「ん?わたしがどうかしたか?」
「ああ、あそこにお前が…って慧音!?」
気付いたら隣に人間状態の慧音がいた。驚いた妹紅は、遠くの白沢慧音と隣の人間慧音を何度も見比べる。
「お前が博麗神社に行ったと聞いたから様子を見に来たら、一体どうしたんだ、そんなに慌てて」
「だ、だってこれ…それにあいつ…」
わなわな震えながら手紙を隣の慧音に渡し、遠くの慧音を指す。
隣の慧音は渡された手紙を読み、ふむ、と軽く唸ってそれを妹紅に返した。
「何から言っていいものか…とりあえず、わたしが白沢になるのは満月のときだけだぞ?」
「…あ」
果たし状に動揺していた妹紅はそのことをすっかり忘れていた。
今夜は満月ではない。そういうことである。
「くっそー、慧音の名を騙るなんて一体どこのどいつだ!?」
(…こんなことやりそうな人物と言ったら、一人しか思い浮かばないんだが)
まあ成り行きでなんとかなるだろうということで、慧音はあえて口には出さなかった。
そして約束の時間、午後7時。
「さあ緑対赤、お互いのプライドを賭けた戦いが今始まります!進行兼実況はわたくし射命丸文、解説兼審判は上白沢慧音さんでお送りします!」
「…妹紅の様子を見に来ただけだったんだがな」
ノリノリの文と、少々納得のいかない慧音。元々審判も文がつとめる予定だったが、丁度いいということで慧音が抜擢されたのだ。
「では慧音さん、ルールの説明をお願いします」
「しょうがない、これも何かの縁だ。やってやるさ」
はあ、と大きくため息をついて、説明を始めた。
ルールは以下の通りである。
パワーバランスを考えた結果
東風谷早苗 vs 博麗霊夢
風見幽香 vs フランドール・スカーレット
鍵山雛 vs レミリア・スカーレット
リグル・ナイトバグ&大妖精 vs 紅美鈴
通りすがりのK vs 藤原妹紅
の組み合わせで戦い、勝利数の多いチームが勝ち。
試合は相手が降参するか、気絶するかで終わる、弾幕と肉弾戦を組み合わせた戦いである。
禁止事項は、相手を殺すこと、第三者が手助けすること。
「以上が決闘のルールだ。何か質問のある者はいるか?」
誰も質問をする者はいなかった。
今か今かと待ち遠しくする者、静かに試合開始を待つ者、自信無さげにおどおどしている者など、その様子はこもごもだ。
「ではこれより決闘を始める!正々堂々とした戦いを期待する!」
慧音の言葉を合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。
以下、同時進行で戦いは行われる。
「さあこちらはリグルさんと大妖精さん、そして美鈴さんです!二体一ですがどうなるでしょうか!?」
「実力では美鈴の方が数段上だが、果たして…」
「お、さっそく大妖精さんが仕掛けるみたいです!」
大妖精はすうっと深呼吸した。緊張を解くためであろうか。
「…行きます!」
そして掛け声とともに、大妖精はスピードを出して真正面から美鈴につっこんだ。
(…遅いですね、それに無防備です)
確かにスピードはなかなかのもの、常人では避けることも難しいだろう。
しかし美鈴は武術の達人、この程度は朝飯前だ。
「まずは一人目です!」
そう言って、回し蹴りを放って迎撃する。
タイミングは完璧、そう思っていたが予想外に美鈴の蹴りは空を切る。大妖精の姿が無い。
その代わり
「とりゃー!」
「ぐう!?」
いつの間にか接近していたリグルが美鈴に蹴りをお見舞いする。
回し蹴りの挙動から復帰できず、リグルの蹴りをもらってしまった。けっこう痛い。
「やったね大ちゃん!」
「リグルちゃん、まだまだだよ!これぐらいじゃ倒せない!」
美鈴の後ろ側にまわっていた大妖精は、弾幕を放つ。リグルもそれに合わせて放つ。挟み撃ちだ。
「おお!リグルさんと大妖精さんの猛攻!」
「ふむ、大妖精が囮になって美鈴の攻撃をワープでかわし、大妖精のすぐ後ろに隠れて一緒に前進していたリグルが隙をついたか。考えたな」
「これは美鈴さん厳しいか!?」
「いや…」
状況はリグルと大妖精の圧倒的有利。しかし慧音はまだ分からない、といったようだった。
(やってくれましたね…)
美鈴は、リグルと大妖精の弾幕をなんとかして避けながらも、隙を窺っていた。
そして
「今だ!」
「え、うわ!?」
見つけ出した一瞬の隙。その間に大きく踏み込んで、リグルの懐まで一気にもぐりこんだ。
「一発だけですので、あしからず」
「ぎゃあ!」
「リグルちゃん!?」
反応する暇もなく、美鈴の手刀がリグルの延髄に炸裂。リグルはその場に崩れ落ちた。
「さあ、あとは貴女だけです」
「う…」
次の標的を見定める美鈴。
一人の弾幕では効果が薄く、またリグルの蹴りのような体術も持ち合わせていない。ピンチの大妖精は、とりあえずワープでかく乱し続けて態勢を立て直そうとするが
「甘いですよ」
「きゃあ!?」
何度目かのワープをした瞬間、美鈴がすぐに追いついてきた。
「どうやらあなたのワープ距離には限りがあるようだ。それにワープとワープの間に隙がある。ちょっと踏み込めば、追いつくのは簡単です」
「あ、ああ…」
「さあ、これで終わりです。大丈夫、リグルさんみたいに一発で、そんなに痛くありません」
手刀の構えをする美鈴を前に、大妖精はその場に力なく座り込んだ。
もう駄目だ、痛いのが来る。目を瞑って観念していたが、美鈴の手刀は来なかった。
恐る恐る目を開けると
「これ以上大ちゃんをいじめるな!」
「チ、チルノちゃん…」
チルノが、両手を広げて美鈴の前に立ちはだかっていた。
そんなチルノを見た美鈴は、くすっと笑って
「分かりました、もう何もしません。わたしも勝ってなお相手を傷つけようとは思いませんし」
「へ?」
美鈴の言葉にポカンとするチルノ。しかしそれがどういうことか、すぐに分かった。
「チルノの手助けにより反則負け。勝者、紅美鈴!」
「ああああ!?」
慧音の言葉で、全て理解した。自分のせいで大妖精たちが負けになってしまったのだ。
「だ、大ちゃんごめん!あたいのせいで」
「ううん、いいの…」
必死に謝るチルノだったが、大妖精は何だか嬉しそうだった。勝負には負けたが、もっといいことがあったようだ。
そんな妖精たちの様子を見て、美鈴は穏やかに笑っていた。
「さてこちらは雛さんとレミリアさんの戦いですが…一体これはどういった状況でしょう?」
「さあ、全く分からん。とりあえず分かるのは、二人がお茶を飲んでいるという事だけだな」
状況は慧音の言ったとおりだった。
どこから持ってきたのか丸テーブルが置かれ、レミリアと雛がお茶を飲んでいたのだ。
ただ、この状況には雛も驚いているようで、少し肩身が狭そうだった。
「あの…これは一体…」
「そうね、これは前祝いと、貴女の不幸への餞別と言ったところかしら」
はあ、と分かったような分からないような返事をする雛。
一方レミリアは、紅茶を、香を楽しむように目を瞑りながら飲み、話を続ける。
「この決闘の後、霊夢に血をもらう約束をしてるの。その前祝いよ。それに、わたしと戦って敗れる貴女の不幸を、この場で慰めてるの」
もう一度、目を瞑って優雅に紅茶に口をつけた。
その様子を見て、雛はあることに気付く。
「あの、貴女の紅茶に虫が入ってますけど」
「ブホォ!」
目を瞑りながら飲んでいたため気付かなかったが、確かに虫が入っていた。どうやら小さな蛾だ。屋外なので仕方が無い。
「あらその蛾…確か…」
「何、ひょっとして毒蛾!?どうすんのよ、飲んじゃったじゃない!」
どうすんのよ、と言われてもそっちの不注意でしょうに、まあたぶん自分の厄が引き起こしたんだろうけど、等と考えながら、その蛾の毒について説明する。
「致死毒ってわけじゃないけど、その毒ってね…」
その時だった
「―ぐぎゅるるるるるるる!!」
「お腹の方へ大ダメージが…」
雛の説明は時すでに遅く、即効性のある毒により生じた腹痛がレミリアを襲う。
「うー!トイレ!トイレ!」
「ちょっとお待ちなさい」
急いで立ち上がりトイレに向かおうとするレミリアであったが、雛はその隙を逃さない。
レミリアの腕をつかんで離さないのだ。
「何すんのよ!離しなさいよ!」
「まだわたしたちは勝負中よ。離さないわ」
「何を…うう!?」
レミリアは雛の腕を振りほどこうとするが、波をうって襲い来る腹痛のため力が出ない。
全神経を腹部に集中させないと、悲惨なことになりそうだった。
「この鬼!悪魔!離しなさいよ、離しなさいってば!」
「わたしは鬼でも悪魔でもないわ、厄神よ。…そうね、降参したら離してあげる」
「な!?」
レミリアは戸惑った。
負けを認めるなんてプライドが許さない。しかし、このままではプライドというより紅魔館の主としての威厳が全て損なわれかねないことになりそうだ。
「分かった、降参よ!だから離しなさい!」
「はい、行ってらっしゃい」
半泣きで降参したレミリア。それを聞いて雛は手を離す。
レミリアは一目散にトイレへと走っていった。
「これは…何と言えばいいのでしょうか…」
「うーん、どうも締まらんが、レミリア降参により、勝者、鍵山雛!」
降参宣言は降参宣言だ。ということで、雛の勝ちとなった。
「こちらは幽香さん対フランドールさんですね。壮絶な戦いが予想されます」
「そうだな、お互い非常に力が強い。本気でぶつかったらあたり一帯吹っ飛びかねんぞ」
試合開始直後、両者はしばし睨み合ったまま動かなかった。
だが、その内心は少々異なっていた。
(フランドール・スカーレット…気配だけでも強さが伝わってくるわね…迂闊に手は出せない…)
(えーっと、壊しちゃいけないからきゅっとしてどかーんは駄目なんだっけ。まあいっか、どうやって遊ぼうかな~)
実力、経験ともに備わっている幽香は、即座にフランの実力を看破し様子を窺っている。
実力はあるが経験の浅いフランは、とにかく楽しむことだけを考えている。
均衡はすぐに破れた。遊ぶことだけを考えているフランによって。
「えへへ、これで終わっちゃやだよ~」
「!?」
フランは軽い声でそう言って、光弾を数発幽香へ飛ばした。
驚いた幽香はそれをかわした、すると
―ズトボカーン!!!
(ちょっと、冗談でしょ!?)
幽香は唖然とした。かわした光弾が、背後の木々を数本なぎ倒してしまったのだ。
「あれ、やりすぎちゃったかな?まあいいや、どんどん行くよ~」
とても楽しそうな声で、光弾を何発も飛ばすフラン。
幽香は必死に避け、避けきれないものは日傘で弾く。あんなもの直撃したらただでは済まない。
「ああもう!割に合わないこと引き受けちゃったわ!」
花の種がもらえるならちょっとしたゲームに付き合うのもいいだろう、そんな軽い気持ちで参加したが、相手は予想をはるかに上回る強敵だった。
そんないらだちをぶつけるかのように、幽香も弾幕を飛ばして反撃する。
「あはははは!楽し~い♪」
そんな幽香の弾幕を、フランは実に楽しそうに避ける。
いや、実際楽しいのだ。普段思いっきり遊ぶことができない分、存分に力を出せる今がとても楽しい。
「もっと、も~っと行くよ~」
「な!?」
幽香は目を疑った。気付けば、ただでさえ強いフランが4人に分身していた。
そして、その4人がまた光弾を放ってくる。
「「「「あはははははは!」」」」
「き、聞いてないわよこんなの!」
4倍の光弾は流石に避けきれず、ダメージが蓄積してくる。このままではジリ貧だ。
仕方ない、と幽香は動きを止めた。諦めたのではない、反撃するために。
「これでもくらいなさい!」
日傘を相手に向かって指し、その先端から極太のレーザーを放った。
当たるかどうかは分からなかった。しかし、相手に避けさせて動きを止めるだけでも十分と、思いっきり放ったのだ。あとはその隙にたたみかければいい。
しかし、フランの行動は幽香の考えていたそれとは全く違った。
「「「「あはははは!すごーい!」」」」
そう笑うフランは、一切避けようともしなかった。そしてそのまま、光にのまれていった。
光が消えると分身はどこにもおらず、フラン一人が倒れていた。気を失っているようだ。
「おおっと、勝負あったか!?」
「いや待て、様子がおかしいぞ。幽香を見てみろ」
「え?」
幽香の方を見てみると、何故か結構な傷を負い、かなり苦しそうにしていた。
「はぁ、はぁ…あの子、やって…くれたわ…ね…」
息を切らせながらそう言ったかと思うと、幽香もまたその場に倒れこみ、気を失ってしまった。
「一体これはどうしたのでしょうか!?」
「ううむ、どうやらフランドールは幽香の弾幕を避けず、逆に動かない幽香に弾幕を放っていたらしい。それが幽香に直撃したようだ…」
「な、なんとすさまじい戦いでしょう…それで、判定は?」
「両者気絶により、この勝負引き分け!」
激闘の末、相討ち。力ある者同士が激突した場合の、一つの結末であった。
「さあ、こちらは通りすがりのKさん対妹紅さんですね。通りすがりのKさんは慧音さんの名を騙っていたようですが、一体何者でしょう?」
「心当たりならある。まあ見ていれば分かるさ」
決闘開始早々、妹紅は対戦相手にくってかかった。
「やい偽慧音!もうネタはあがってるんだ、正体を見せろ!」
「あら、もうバレちゃったの?つまんないなあ…」
妹紅の怒声にもかかわらず、不敵に笑う通りすがりのK。
男口調は消え、女性らしい喋り方になっている。
「うるさい!よりによって慧音に化けるなんて、絶対に許さない!」
「あら?許してもらおうなんて思ってないわよ。も・こ・う♪」
喧嘩腰になりながらも、妹紅は違和感を感じていた。
人の神経を逆なでしてくるような態度、どこかで会ったような…というか、しょっちゅう会っているような…
「はっ!あ、あんたもしかして…か…か…」
驚き震える妹紅。一方、通りすがりのKは次々と変装をはずした。
まず頭の角をとる。どうやら付け角だったらしい。
次に緑髪のカツラをとった。すると、美しい黒の長髪が出てきた。
そして最後に、仮面を外す。その正体は…
「輝夜!?」
「はあ~い妹紅、ご機嫌麗しゅう。この変装結構大変だったのよ」
通りすがりのKの正体は蓬莱山輝夜であった。
イニシャル的には間違っていなかったのである。だが妹紅にはそんなことは関係なく、またぷるぷる震えている。今度は怒りで。
「輝夜ぁ!今日という今日は、その腐った性根ごと焼きつくしてやる!」
「できるものならやってみなさい、返り討ちにしてあげるわ!」
両者は巨大な殺気を放ちつつ、激突した。
「まさか通りすがりのKさんの正体が輝夜さんだったとは…慧音さんは気付いてらっしゃったみたいですが」
「まあ、妹紅にこんな悪戯をするのは彼女くらいしかいないしな」
「なるほど…でもどうします?緑対赤の構図じゃ無くなっちゃいましたが」
「そうだな…お互い決闘というより殺し合いをしてるし、無効試合という事で」
慧音の判断によりこの試合は無効、勘定に入れられなくなった。
緑対赤は現在、1勝1敗1分、無効試合1。残すはリーダー同士のみとなった。この戦いが全てを決める。
「さあ他の試合は全て決着。あとはリーダー同士の戦いが続くのみです!」
「うーん…」
「どうしましたか慧音さん?」
「いや、早苗の動きにちょっと違和感がな…」
「違和感?」
慧音が感じていた違和感は、対戦相手である霊夢が一番良く感じていた。
(今日の早苗、えらく動きがいいわね…)
弾幕ごっこは何度かやったことがあるが、そのいずれの時に比べても早苗の動きがやけにいい。運動神経が高まっているようだ。
はっ、と霊夢は気が付いた。
「あんた、何かを憑依させてるわね?」
「流石霊夢さん、もう気付きましたか…その通りです。風祝の力、奇跡の力です」
「あんたの背後に感じるわ。人ではない、緑色の何かを…動物の霊かしら?」
にやり、早苗は笑った。
「いいえ、霊ではありません、イメージ、といった方がいいでしょうか」
「イメージ?」
一体何をしでかしたのか、正体がつかめない霊夢は警戒する。
その様子に優越感を覚え、早苗は自慢げに語り出す。
「外の世界の、緑色の恐竜の子どもでしてね。少年少女たちのヒーローで、すごく運動神経抜群なんです。そのイメージを具現化して、憑依させています」
「む!」
霊夢は大体理解した。その恐竜の子どもとやらが一体何なのかは分からないが、とりあえず、今の早苗はその運動神経抜群な何者かを憑けている。
ということは
「今のわたしはいつも以上の運動神経!ダンスも空手も柔道も合気道もスカイダイビングもスキューバダイビングもなんでも来いです!」
そう言うと、ちぇえい、という掛け声とともに早苗は霊夢に襲いかかった。
なるほど確かにいつもより軽やかで、攻撃の切れが良い。美鈴とも接近戦で渡り合えるかもしれない。
これに狼狽したのは霊夢だった。
「うう、なかなかやるわね」
「ふふふ、まだまだぁ!」
接近戦に弾幕を組み合わせ、迫ってくる早苗。反撃するも、軽やかな動きに翻弄されてしまう。
苦戦していたそんなとき、ふと思い付く。自分も早苗と同じことができるのではないか、と。見よう見まねでなんとかなりそうな気がした。
「ねえ早苗、わたしも憑依やってみるわ。あんたみたいに」
「何ですか、時間稼ぎですか?」
あはは、と笑って歯牙にもかけなかった。そんなこと絶対にできるわけがない、そう確信する。
なぜならば
「霊夢さん、外の世界のことなんてほとんど知らないでしょ?」
外の世界のものをイメージして具現化、そして体に憑かせる。それが早苗のやっていることだ。つまり、まず外の世界のものを知らなければ話にならない。
しかし霊夢は、うーん、と少し考えると、にやっと笑って早苗を見た。
「前にあんた、これが外の世界で大流行のロボットアニメですって言って、その本を持って来たことあったわよね?」
「な!?」
「ろぼっとあにめが何なのかは知らないけど、確かそれに、やたら速くて強い赤がいたわよね?そいつにするわ」
しまった、早苗はそう思った。
確かに以前見せたことがある。そして霊夢が言っているのは恐らく、詳しくない人でも名前くらいは聞いたことがありそうなあのキャラ、三倍速の赤い人。
「いけない、早く止めないと!」
動揺のあまり固まってしまっていた。憑依を止めなければ、霊夢が強くなってしまう。早く阻止しなければ。
しかし、間に合わない。このままでは奴が来る。赤い彗星のシャ…
「真紅の稲妻、ジョニー・ライデンよ!」
ずさあ!
早苗は思いっきりずっこけた。
「ちょ、なんでそんなマイナーな方選んだんですか!?もっとメジャーなのがいるでしょう!」
「そんなこと知らないわよ、あんたの本に出てたんだし別にいいでしょ。それに不吉な彗星より、稲妻の方がいいじゃない。あと、あんたの言葉を聞いてわたしの中のジョニーさん、泣いてるわよ」
「あ、それはごめんなさい」
どっちの方が有名かと言えば、彗星の方がずっと有名だ。気にしているのだろう。
って何を謝っているのか、早苗は自分を注意する。今は対戦相手だ、同情はしない。
とにかく、思っていたのと違うのが来た。これは好都合だとほくそ笑む。
「そんなのには負けません。行きますよ!」
早苗はまた弾幕を放ち、そして軽やかな動きで霊夢に接近戦を挑む。
しかし
「ひょいっと」
「え!?」
弾幕も接近戦も、軽くかわされてしまった。
「あはははは、やるじゃないジョニーさん。今なら魔理沙より速いかも」
早苗は失念し、油断していた。三倍速ではないとは言え、れっきとしたエースのイメージを憑依させているのだ。強くなっているに決まっている。
「こ、この!」
「止まって見えるわよ~」
運動神経をフルに活かして攻撃する早苗だが、追いつけない。あっさりと霊夢は避けてしまう。
「この!この!」
がむしゃらになって攻撃する。
しかし、がむしゃらになればなるほど冷静さを失い、隙が大きくなる。その隙を霊夢は見逃さない。
「勝負あったわね」
「う…」
早苗の背後に回り込み、御幣を背中に突き付ける。少しでも動いたらドカン、と言わんばかりに。
勝利宣言をし、余裕の表情をする霊夢。しかし、どうにも早苗の様子がおかしい。
「う…う…」
「う?」
「うわーん!」
「ちょ、なに、どうしたの!?」
早苗が突然大泣きしてしまった。
予想外の事態に混乱する霊夢だが、早苗はしゃくり声をあげながら何とか聞き取れるように話し出した。
「ひっく、だって…やっぱり緑は赤に勝てなくて…わたしは霊夢さんより弱くて…2Pカラーで…こんなんじゃ風祝失格で…うわーん!」
再び大泣きする早苗に、霊夢は大きくため息をついて頭をかく。
そして、ゆっくりと諭すように話し始めた。
「何があったのか知らないけど、別に赤だ緑だなんて別にどうでもいいでしょうに」
「…え?」
霊夢の言葉に、早苗は泣くのをやめて後ろへ振り向く。
すると霊夢が、少し照れくさそうにしていた。
「何と言うか…まあ、あんたが何色だろうが、わたしが何色だろうが関係ないわよ。あんたは十分強いんだし、自信を持ちなさい。誰が何と言おうと、あんたの実力はわたしが保証してあげるわ」
「あ…あ…」
その言葉を聞いて、早苗は心のもやが一気に晴れたような心地になった。
そしてふふっ、とにこやかに笑い、頭を下げた。
「どうやら完全にわたしの負けのようです。いいえ、何色だという細かなことを気にしていた時点で、わたしの負けは既に決まっていたのかもしれません。霊夢さん、ありがとうございました」
「べ、別に感謝されるようなことなんて何もしてないわよ」
霊夢はまたずいぶんと照れた顔でそっぽを向いた。
「どうやら勝負あったようですね」
「うむ。勝者、博麗霊夢!そして2勝1敗1分、無効1で、赤組の勝利!」
緑対赤の決闘は、赤の勝利で終わった。しかし決闘の後には、赤と緑というしこりはどこにも残っていなかった。
試合終了後、赤組にて
「あ~体痛い…」
霊夢は筋肉痛に悩まされていた。憑依して能力が上がっても、身体が強化されたわけではない。その反動が今やって来たのだ。
もう二度と憑依はしないと心に誓いつつ、とりあえず協力者の労をねぎらう。
「あんたたち、よくやってくれたわね」
「ううん、楽しかったからいいよ~」
「いや~油断しました。実は左腕やられてまして」
先ほどの傷はどこへやら、ケロっとした顔のフランと、左腕を押さえながら恥ずかしそうに言う美鈴。
フランは幽香相手に引き分け、美鈴は二人相手に勝ちを収めた。十分な働きである。
すると、霊夢の肩をちょんちょんと突っつく者が一人。
「あの~霊夢?」
「あらレミリア、どうしたの?」
後ろには、少しやつれた顔のレミリアがいた。腹痛との激闘の末の顔である。
しかし、霊夢の態度にやつれた顔を強張らせた。
「どうしたのじゃないでしょ、約束の血を寄越しなさいよ!」
それに対し霊夢は、ああ、と言って
「あんた、約束の内容覚えてる?」
「え?」
「約束は、『決闘であんたが活躍したら、献血してあげてもいい』よ。あんた全然活躍してないじゃない」
「…あ」
確かに、赤組唯一の負けはレミリアである。活躍したとは到底言えない。
悪魔は契約に縛られる。これではどうあっても霊夢の血はもらえない。
「うわーん、さくやー!」
カリスマは音を立てて崩れ去り、レミリアは咲夜に泣きついた。
しかし
「赤…赤…赤くないわたし…赤いってなんだ…」
「さ、咲夜!?しっかりしなさい!」
死んだ魚の目をした瀟洒な従者。レミリアの声が届いていなかった。
そんな情けない従者に対し、レミリアはその耳元で、大声で呼び付けた。
「咲夜!赤だなんだとこだわってないでしっかりしなさい!それでもわたしの従者なの!?」
「はっ!?」
レミリアの言葉に我に帰る咲夜。目にも光が戻り、涙が浮かんでいる。
「お、お嬢様…赤くないわたしを、まだ従者と呼んでくださるのですか…?」
「何言ってんのよ、わたしの従者じゃなかったら貴女一体何者なのよ?」
「お、お嬢様!」
感動のあまりレミリアに抱きつく咲夜。
それを見ていた霊夢は、これって元々レミリアが悪いんじゃなかったっけ、と思ったが、つっこむのは野暮だろうということで黙っていた。
こちらは緑チームの参加者たちである。
「あたたたた…情けないです、二体一で負けちゃいました」
「まあ、仕方ないんじゃないの?それより、首は大丈夫なの?」
「はい、ちょっと痛みますが大丈夫です」
どうやら美鈴の一撃は相当正確なもので、後遺症も全く残らないほどだったようだ。
あの門番、今度花でも持っていってあげようかしら、幽香がそんなこと考えていると
「ご心配おかけしてすいません」
リグルは頭を下げて謝った。
すると幽香の顔は見る見る赤くなった。
「だ、だから、あんたが怪我すると受粉の時の虫たちに困るからその心配をしているだけよ!」
そうですか、それでもありがとうございます。と返すリグルに、幽香の顔はまた赤くなるのであった。
「というか、わたしなんかより幽香さんの方が傷だらけじゃないですか!」
「ああ、大丈夫よ。こんなのすぐに治るわ」
「でも、応急手当だけでも」
そう言うとリグルは包帯をとりだし、頭や腕、足などの傷を保護した。
「これは?」
「虫の糸で作った包帯です。けっこう頑丈ですから、大丈夫ですよ」
「ふ、ふーん。まあ、悪くは無いわね」
素っ気なく言う幽香の顔は、やはり赤かった。
「大ちゃん、ホントにごめん!あたいのせいで負けちゃった」
誠心誠意謝るチルノに、大妖精はいいんだよ、と答える。
「あのまま戦ってても結局負けてたし、変わんないよ。それにね…」
「それに?」
大妖精は少しもじもじしていたかと思うと、チルノに抱きついた。
「だ、大ちゃん!どうしたの!?」
いきなりのことに驚くチルノに、大妖精は耳元で囁いた。
「あのとき助けてくれたチルノちゃんがすごくかっこよくて、それに、守ってもらってわたし嬉しかった。これからも守ってね、チルノちゃん」
「お、おう!大ちゃんをいじめるやつはあたいがやっつけてやる!」
どうして抱きついてきたのかはよく分からなかったチルノだったが、とにかくその決意を宣誓するのであった。
「おめでと~雛、勝利だよ」
「ありがとう、って言っても偶然だけどね」
緑チーム唯一の勝ち星をとった雛をねぎらうにとり。まあどのような形であれ、勝ちは勝ちである。厄の力だとしたら、それは雛の力でもあるわけだし。
ただ、にとりにとってそれは大きな問題では無かった。
「あの~雛さん?ちょっとお願いがあるのですが…」
「何かしら?」
わざとらしく敬語を使って話を切り出すにとりに、これまたわざとらしい笑みを浮かべて答える雛。
分かってるくせに、と思いながら、にとりは続ける。
「決闘も終わったことだし、元の服に戻ってほしいのですが…」
「嫌よ♪」
即答だった。それも、ものすごく楽しそうな笑顔で。
「もう少しペアルックでいてもいいじゃない」
「は、恥ずかしいよ~」
にとりの腕に抱きつく雛。にとりは赤かった顔をさらに赤く染める。
そんなにとりの様子を見て、雛は何かをひらめいたかのように、いたずらっぽい笑顔をした。
「じゃあ、にとりがわたしの服を着る?これでペアルックじゃなくなるわ」
「ひゅい!?わ、わたしが…雛の…?」
本日一番の紅潮っぷり。まさに煙が出んばかりであった。
こちらは、結局赤と緑の構図が崩れ去った組。
「たああああああああああ!!」
「やああああああああああ!!」
まだやっていた。お互いが持てる力を全て出しぶつかっている。
「あややや、きれいな弾幕ですねえ」
「ははははは」
そんな様子を少し離れたところから見ている文と慧音。文は二人の様子を写真に収めている。
ある程度撮り終わったところで、文は慧音の方を向いて聞いた。
「呑気に笑ってますが、止めなくていいんですか?」
決闘はとっくに終わっているのに、二人は戦い続けている。友達として止める必要は無いのだろうか。
すると慧音は再び、はははと笑った。
「いや、大丈夫。あんまり長く続くようだったら止めるさ。まあここは博麗神社だから、霊夢もその内に止めに入るだろうさ。それに…」
「それに?」
今度はふふっ、と苦笑いにもとれそうな笑い方をして
「あれでいて二人とも結構楽しんでるんだ。本当、妬けるくらいにな」
「はあ…」
複雑なんですねえ、と文がつぶやくと、普段冷静な慧音には珍しく、あはははは!と高笑いをした。
そんな二人をよそに、妹紅と輝夜は
「輝夜あああああぁぁ!!」
「妹紅おおおおおぉぉ!!」
今日も楽しく「ころしあい」を続けるのだった。
最後に、今回の騒動を引き起こした元凶でもある早苗。
彼女は今、非常に困っていた。
霊夢同様、無理が祟って体中がズキズキしていたが、それは問題ではない。
「うう…一体どの面下げて帰ればいいんでしょう…」
神奈子とは喧嘩をしたまま。しかも勝手に家を出て、夜遅くまでほっつき歩いているのだ。
非常にバツが悪い、というか恐い。
「で、でも悪かったのはわたしですし…素直に謝りましょう」
勝手に対抗意識を燃やして、勝手に盛り上がってしまったのだ。
ご飯抜きでも反省部屋でも構わない。どんな罰でも甘んじて受けよう、そう決心した。
そのときだった
「「早苗!」」
「はいっ!」
突然後ろから名前を呼ばれた。その声は間違いなく、早苗が仕えている二柱。
恐る恐る振り向いた。
「神奈子様…諏訪子様…」
その後しばらく無言。非常に空気が重い。
(どどどどどどうしよう!とととととにかく謝ろう!)
早苗はパニック状態になった。
しかし、早苗が頭を下げるより前に、神奈子がその重い口を開いた。
「…早苗」
「はい!?」
緊張し、声が上擦る。体も強張った。
「聞いたよ…霊夢に喧嘩を売ったんだって?」
「す、すいませんでした!本当に、すいませんでした!」
その言葉を聞くや否や、すいません、と何度も繰り返し、深々と頭を下げる。もうどんなに怒られようとも、覚悟はできていた。
しかし早苗の予想とは裏腹に、神奈子の声は非常に柔らかかった。
「いや、わたしの方こそ済まなかった。お前の気持ちも知らないで、ひどいことを言って…本当に済まなかった」
「神奈子…様…?」
神奈子は早苗を抱きしめた。包容力のある、母のような温もりが早苗を包み込む。
そして、横にいた諏訪子もにこりと笑って話し出す。
「わたしも神奈子も、早苗がどんなだって関係無いよ。わたしたちにとって大切な風祝で、大切な家族なんだから!」
「諏訪子…様…」
感極まって、涙を流す。今度は勝負に負けた悔し涙では無い、温かさに包まれた嬉し涙だ。
非常に美しい、家族の風景がそこにはあった。
彼女がやって来るまでは。
「あの~、お取り込み中悪いんだけどさ」
そう言って割って入って来たのは霊夢だ。その手には、手紙があった。
「これ、ちゃんと覚えてるわよね?」
「ん、なんだいこれは?」
「あ!」
手紙は神奈子に渡された。
早苗は思い出した。それと同時に尋常ではない量の冷や汗が出てきた。
その手紙には、非常にまずいことが書かれている。特に、神奈子に見せるわけにはいかないことが。
追伸
もし霊夢さんが決闘に勝ったら、神奈子様秘蔵のお酒を全て差し上げます。
そろり、そろり。
早苗はできるだけ静かに、音も無くそこから逃げ出そうとした。
だがしかし
「さ~~~な~~~え~~~?」
「は、はいぃ!」
神奈子の、実に重みのある声に呼び止められ、逃げることは叶わなかった。
「これは一体どういうことだい?」
「あ、あのですね、わたしも頭に血が上っていたと言いますか、その、あの、えっと」
まさしく蛇のような目で睨みつけられ、しどろもどろになる早苗。
そしてついに
「ご、ごめんなさーい!」
「あ、こら待ちなさい!」
一目散に逃げ出した。それを神奈子も追いかける。
「何?ひょっとして勝手に神奈子のお酒を賭けの対象にしてたの?」
「あはははは…」
呆れ顔をする霊夢に、諏訪子はもう、笑うしかなかった。
その後妥協の末、決闘のため博麗神社に集まったメンバーに神奈子と諏訪子を加えて、神奈子秘蔵の酒を全て放出した宴会が行われた。
早苗はというと、神奈子にみっちり説教され、反省文をしこたま書かせられたのであった。
あえてメインのネタに選んだ事を評価したい
しかし、えーき様の沸点低すぎわらたw
緑化委員会作ろうぜ!
雛とおぜうじゃカードが悪いんじゃ、と思いきやまさかの不戦勝w 笑わせていただきました!
赤いロボで何故かライ○ィーンが最初に浮かんだ自分って・・・
あいつ、かなりの屁垂れだし。
まだフルフロさんの方がマシだよぅ。
また読ませて下さい。
あと、霊夢が早苗の心の鬱屈を解く場面の説得力が足りないのでカタルシスがあまり無いのが残念でした。
そして大ちゃんは私が守る!
あれ…?
確かになんでもできるけども!けども!
霊夢さんに勝ったら霊夢さんにバターをたっぷりつけて食べるんですね(もちろん性的な(ry
早苗さんはメンバー集めにあっちこっち行ってるのに対し、霊夢は紅魔館だけ。妹紅も向こうから。
暴走気味な早苗の濃さに対し霊夢があっさりなのを、赤くない咲夜が騒いだりしてバランスが取れている感じ。
実にいい対比でした。
赤い彗星かと思いきや真紅の稲妻なのも予想外で楽しめました。
彗星が不吉……なるほど、そういう考えもあるのか。
緑も赤も関係なく仲良くなるのも平和な幻想郷らしくていいオチ。
騒動の発端である神奈子様は、お酒を取られたからよしとしよう。