※百合糖分がかなり高めとなっていますので、苦手な方はご遠慮ください。
『ある夜の酔いどれ花妖怪と人形遣い』
ワイワイと騒がしい博麗神社の境内。時刻は夜。宴会中である。
例のごとく霧雨魔理沙が宴会やろうぜ!と言い出し、急だったにも関わらずそれなりの数の人妖が集まっていた。
神社の階段から続く石の上に座り、アリスは隣に座る河童と話していた。
彼女の話すロボットの技術が自律人形にも応用できないかと酒が入りつつも熱心に聞いていた。
ちょっと失礼、とにとりが席を外したところだった。
思わぬ力が自分の首元に加わり、バランスを崩したのは。
「ちょ……、苦しっ」
四季のフラワーマスター、アリスの恋人でもある風見幽香がアリスのタイを引っ張っていた。
今日は珍しく一緒に宴会に参加した。アリスは魔理沙や霊夢に誘われ、余程のことが無い限り宴会には参加するが、幽香は気まぐれなので誘っても来ないことも多い。
アリスがにとりと話している間、ブン屋がいろいろと幽香に話しかけていたようなので放っておいたのだが、今見てみればブン屋はいなくなっていた。
幽香はアリスの方を見ておらず、あらぬ方を向いたまま相変わらずぐいぐい引っ張っている。
顔色を伺うとほんのり頬に赤みが差しているが、たいして酔っているようには見えなかった。
「苦しいってば!」
べしり、とアリスのタイを掴んでいた手をはたく。
放置してたことに怒ったのだろうか。
顔を覗き込んで、恋人の顔色を伺う。
ついでに、先ほどはたいた手をにぎってやった。
「幽香?どうかしたの?」
「……」
目が合ったと思ったらそのまま口付けられた。意味がわからない。
アリスに重なってきた幽香の肩越しにナズーリンが目をまん丸にしているのが見えて、コンマ数秒で反撃に出る。
「ここは神社で、今は宴会中よ!!」
一応小声で言って、先ほど手をはたいた時の倍の強さで幽香の顔面を平手で叩き、押しのける。
ベチッといい音がした。時折魔理沙や霊夢に『アリスってわりと凶暴だよな』と言われることがあるが、こういうところだろうか。
しかし反射みたいなものだから仕方がない。そもそも人に凶暴なことをさせる輩が悪いのだ。幽香然り。魔理沙然り。
幽香と距離をとり慌てて周囲をうかがうと、先ほど隣にいたにとりが遠くの方からこちらに向かって歩いてくるところだった。
あの様子なら見られてないだろう。にとりは顔や態度に出やすい。
ナズーリンは先ほど確認した。まったく申し訳ない。
それ以外の命蓮寺の面々は……
どうやらセーフだったようだ。ナズーリンが一人で慌てている。顔も真っ赤だ。
尻尾もずいぶん振られていて、ぶら下がってる籠が地震か津波かというほどに揺られている。
哀れネズミ妖怪とそれに使役されてる野鼠たち。
ごめんなさいね、と心で呟いて幽香に向き直る。
ぶったたかれたというのに、なにやら機嫌が良さげである。
傍目からはその変化がわからない程度だろうが、アリスにはそれがわかった。
この恋人に何を言おうとあまり効果がないのは既に身をもって知っている。
人の嫌がることが大好きな、いじめっ子。特にアリスに対しては殊のほか。
愛情表現がねじまがっている。それが愛情の裏返しであることは痛いほど(時に物理的に)わかっているので憎めないのだ。
しかしアリスも思い切り叩いたのでこの件についてはあいこといえばあいこである。
「次やったら覚悟しなさいよ」
あまり効果のなさそうな捨て台詞とひと睨みをして、酔いと熱をさますために席を立った。
用を足して境内を歩いていると、三途の川の死神と連れ立って歩いている幽香が見えた。
どうやら誘われて場所を動くようだ。このまま幽香の隣に帰るのは今はなんとなくイヤだったので(ナズーリンにも合わす顔がなかったので)、それをよいことにアリスも元の場所には戻らず少し歩いてみることにした。
一度、台所にでも顔を出してみようか……もしかしたら咲夜が一人で奮闘しているかもしれない。
***********
博麗神社での宴会の終了は、いつもぐだぐだだ。明確な終わりの合図は滅多にない。
騒がしいのが好きでないものや、酔いつぶれた者を連れて帰る宴会客がちらほら出始める。
徐々に人が減っていき、自然と幕が下ろされる。
アリスはわりと最後の方まで残ってるクチだ。早めに帰るとのちのち霊夢や魔理沙がうるさいし、終盤からは咲夜の後片付けを手伝うことが多い。
咲夜にはいつも世話になっている。紅魔館では手伝わせてくれることは滅多にないから、こういうときに少しでも返したいのだ。
しかし今日は珍しく幽香が一緒だったので片付けもそこそこに帰ることにした。
幽香が一緒だから早く帰る慣例はない。ただ、さらに珍しく幽香が酔っ払っているからだった。
幽香は酒はそこそこ強いし、鬼など勝ち目のない相手に飲み比べを挑まれても、魔理沙あたりと違ってムキにならずにつぶれる前に負ける。
酒比べでは負けを認めても、力比べなどでは決して引かないところが幽香らしいといえばらしい。
途中様子を伺うと、先ほど誘いに来た死神と一緒に一角鬼やら見かけによらずザルのさとり妖怪や閻魔と楽しそうに飲んでいた。
宴会途中でアリスのタイを引っ張ってきたので、つまらなく感じているのかもと心配したが無用だったようだ。
今日誘ったのはアリスなので、一緒に来た手前気にはなっていたのだ。
叩かれたことで、アリスのそばにきたくてもこられなかったかもしれない(あの程度を気にするような妖怪では決してないのだが)。
楽しんでいるのならなによりだ、とアリスも咲夜の手伝いをしつつ、声を掛けてきた早苗や神様たちに外の世界の話なんかを聞いて過ごしていた。
さらに時が過ぎた頃、幽香の姿が目の端に映ったので見れば、真っ赤な顔でべろんべろんになった死神を閻魔が連れて帰るのを見送っていた。
そして振り返った幽香の顔を見てアリスは幽香がそれなりに酔っていることを認めた。
いつものキレ、のようなものがない。離れていても、アリスが視線をやればすぐにそれを捉える目敏さなのに、その時の幽香からはそれが既に失せていた。
幽香の側に近寄り会話を試みると、酔いが深いことはさらに証明された。
酔いつぶれているわけではないし、顔にもそこまで出ていないが、幽香は確実に酔っていた。
会話がまともに続かないし、視線も定まったかと思えばうつろになる。
あまり酔っ払った幽香を人目にさらしたくはない。
別に幽香単体をさらすのはどうでもいいが、自分に絡んでる姿を人に見られるのは避けたい。
そんな思いに駆られて、常よりは早めに神社を後にした。
ふわふわ、ふらふらしてる幽香の手を引いて。
アリスの家に着いた時は道中で何もなかったことに感謝した。
扉の前でボケーっと突っ立っている幽香を促してソファに座らせる。
ハイ、お水と声を掛けて水の入ったコップを持たせるが飲もうとしない。
このまま落とされてもめんどうなので取り返して自分で飲んだ。
アリスも正体をなくすほどではないが少し酔いが入っている。
アリスは幽香の前に立ったままだった。
酔って少しぼんやりする頭で、このあとどうしようかと考えていた。
焦点のボケた目で幽香がアリスを見上げている。
帰宅してから一言も発していない。帰りの途中で何言か交わしたが、幽香の口からは主に「ええ」しか出てこなかった。
飲み終わったコップを近くのテーブルへ置き、ふうと一息。
くいくいと腕を引かれる。隣に座れという合図だろう。
ここで拒んだところで力任せに引き寄せられるだけなので素直に従った。
隣に来たアリスの肩に幽香の頭が傾けられる。
あら、随分かわいらしいこと、と心の中でつぶやく。
ぽんぽんと幽香のふかふかの髪を軽くなでる。
このまま寝られても困るなぁ、と考えていたところで唇が寄せられてきた。
軽く触れて、もう一度押し当てられる。
感触を確かめるみたいにして二度、三度。
このまま、舌が入ってくるのはいつものこと。
―――だけど。
「酒くさいから、イヤ」
言って顎を引いて、身も引いて幽香の身体も押しのけてキスを中断させる。
が、そこでやめるような妖怪ではない。
再び口付けられて、下唇を軽くはまれる。
外周をゆるりと舌で舐められる。おねだりするように何度も。
それでもこちらが応じようとしないのがわかると今度は顔中にキスしだした。
額、瞼、目じり、鼻、頬、顎、もう一度、唇へ。許しを請うように。
押し当てて、吸って、また舐めて。今度は甘噛みまで。
ここまで甘ったるいことをされてしまえばこちらもガードが甘くなる。
諦めるはずがないのだ。
このまましつこくこんな、心までくすぐったくなるようなおねだりをされるよりはもうこちらが諦めた方がいい気がする。
仕方なく唇の合わせをゆるめれば、すかさずその隙間を埋めるようにぬるりと生暖かいものが滑り込んでくる。
途端に広がるアルコールのにおいと酒の味。
いったいどれだけ飲まされたか知らないが、アルコールのにおいと幽香の舌に残る酒の味で、こちらまで酔いが回った気がしてくらくらする。
くちり、といやらしい音が頭に響く。
人の口の中を好きなように動き回って、いたるところを舐めてくる。
自らの舌で押し返そうとしても、そのままからめとられて強めに吸われる。
酔った相手に何を言おうと通じないことが多いので好きにさせようと思ったが、あまりに執拗なので強制終了させることにした。
はりついていた顔を片手でぞんざいに押しのける。
「しつこい。もうおわり」
あぁ、もう口の周りべったべた…と呟けば、それが耳に入ったのかまた顎の辺りを舐めてくる。
「この駄犬!おしまいって言ったでしょ!」
みたび押しのけて自分のシャツの袖で拭う。
ついでに目に毒な幽香の口元もぐいぐいと乱暴に拭いてやる。
苦しそうにむぐむぐ言っているがかまうものか。
「ほらもう行くわよ」
このままソファでコトに及ぶのは遠慮したい
というか、それ自体遠慮願いたい。
酔った幽香は大雑把になるというかいつもよりもさらに容赦がないというか。
噛み癖もいつもの比じゃなくなるし。
なにより人がその気になったとたん、平気で寝たりするのだから始末が悪い。今日だってそうなる可能性は高い。
神社からの帰り道だって眠たそうな目をしていた。話しかけてもろくな返事も返ってこなかったのだから。
最善策はこのまま寝かせてしまうに限る。幽香の手を引いてリビングを出る。
出てすぐ浴室の扉が目に入る。シャワーを浴びたいが、この状態の幽香と一緒に浴室に行くことはいろんな意味で危険極まりない。
ならば寝た後一人で入ろうというのも得策ではない。一人で寝てくれてればいいのにこの甘ったれはアリスの不在を敏感に感じ取っては後追いしてくるのだ。
鍵をかけていようがおかまいなし。開けなければ壊される。まさしくデストロイヤー。
しらふの時はそこまで酷くはないのだが酒が入るといつもより制御できなくなるようだ。
いつもは一応セーブしてくれるのだと、こういう時に身をもって知る。
シャワーは明日幽香が起きる前に試みよう。
ベッドの上に座らせて、手早く幽香のタイを取ってベストとスカートを脱がせる。
自分も似たような格好になって、幽香の肩を押して横たわらせる。
その隣に身を滑り込ませて、ぎゅうぎゅうと何も出来ないように幽香を抱きしめて頭を撫でてやる。
これでさっさと寝付いてくれれば文句ナシだ。
幽香は腕や足をもぞもぞ動かそうとしていたがやがて諦め、一度鼻先を人の首元に擦り付けてすんすんと匂いを嗅いだかと思えば、はふり、と一息ついたあと、静かな寝息が聞こえてきた。
…犬。汗臭いだろうからやめてほしい。
こめていた力を緩めて、起こさないよう細心の注意を払って少し身を離す。
幽香はアリスを抱き締めても眠れるようだが、アリスは幽香を抱き締めた状態では中々寝付けない。
だって、重いし腕疲れるし。どうせそのうちいつもの形になっているのだろうし。
幽香は一瞬むずがる顔をしたような気がしたが、そのまま起きることはなかった。
眠気はあるがまだ寝入るほどではない。
幽香の子供のようにあどけない寝顔を見ながら、そういえばナズーリンに悪いことをしたな…と思い出す。
目撃したことを誰にも告げず、見て見ぬフリをしていてくれたようなので、こちらも何も言わないことにしたのだが、やはり何かお詫びを考えようか……。
いや、むしろ思い出させる方が失礼になるかも…なんてことを考えながらいつのまにかまどろみ、アリスも眠りについていた。
End
『ある夜の酔いどれ花妖怪と人形遣い』
ワイワイと騒がしい博麗神社の境内。時刻は夜。宴会中である。
例のごとく霧雨魔理沙が宴会やろうぜ!と言い出し、急だったにも関わらずそれなりの数の人妖が集まっていた。
神社の階段から続く石の上に座り、アリスは隣に座る河童と話していた。
彼女の話すロボットの技術が自律人形にも応用できないかと酒が入りつつも熱心に聞いていた。
ちょっと失礼、とにとりが席を外したところだった。
思わぬ力が自分の首元に加わり、バランスを崩したのは。
「ちょ……、苦しっ」
四季のフラワーマスター、アリスの恋人でもある風見幽香がアリスのタイを引っ張っていた。
今日は珍しく一緒に宴会に参加した。アリスは魔理沙や霊夢に誘われ、余程のことが無い限り宴会には参加するが、幽香は気まぐれなので誘っても来ないことも多い。
アリスがにとりと話している間、ブン屋がいろいろと幽香に話しかけていたようなので放っておいたのだが、今見てみればブン屋はいなくなっていた。
幽香はアリスの方を見ておらず、あらぬ方を向いたまま相変わらずぐいぐい引っ張っている。
顔色を伺うとほんのり頬に赤みが差しているが、たいして酔っているようには見えなかった。
「苦しいってば!」
べしり、とアリスのタイを掴んでいた手をはたく。
放置してたことに怒ったのだろうか。
顔を覗き込んで、恋人の顔色を伺う。
ついでに、先ほどはたいた手をにぎってやった。
「幽香?どうかしたの?」
「……」
目が合ったと思ったらそのまま口付けられた。意味がわからない。
アリスに重なってきた幽香の肩越しにナズーリンが目をまん丸にしているのが見えて、コンマ数秒で反撃に出る。
「ここは神社で、今は宴会中よ!!」
一応小声で言って、先ほど手をはたいた時の倍の強さで幽香の顔面を平手で叩き、押しのける。
ベチッといい音がした。時折魔理沙や霊夢に『アリスってわりと凶暴だよな』と言われることがあるが、こういうところだろうか。
しかし反射みたいなものだから仕方がない。そもそも人に凶暴なことをさせる輩が悪いのだ。幽香然り。魔理沙然り。
幽香と距離をとり慌てて周囲をうかがうと、先ほど隣にいたにとりが遠くの方からこちらに向かって歩いてくるところだった。
あの様子なら見られてないだろう。にとりは顔や態度に出やすい。
ナズーリンは先ほど確認した。まったく申し訳ない。
それ以外の命蓮寺の面々は……
どうやらセーフだったようだ。ナズーリンが一人で慌てている。顔も真っ赤だ。
尻尾もずいぶん振られていて、ぶら下がってる籠が地震か津波かというほどに揺られている。
哀れネズミ妖怪とそれに使役されてる野鼠たち。
ごめんなさいね、と心で呟いて幽香に向き直る。
ぶったたかれたというのに、なにやら機嫌が良さげである。
傍目からはその変化がわからない程度だろうが、アリスにはそれがわかった。
この恋人に何を言おうとあまり効果がないのは既に身をもって知っている。
人の嫌がることが大好きな、いじめっ子。特にアリスに対しては殊のほか。
愛情表現がねじまがっている。それが愛情の裏返しであることは痛いほど(時に物理的に)わかっているので憎めないのだ。
しかしアリスも思い切り叩いたのでこの件についてはあいこといえばあいこである。
「次やったら覚悟しなさいよ」
あまり効果のなさそうな捨て台詞とひと睨みをして、酔いと熱をさますために席を立った。
用を足して境内を歩いていると、三途の川の死神と連れ立って歩いている幽香が見えた。
どうやら誘われて場所を動くようだ。このまま幽香の隣に帰るのは今はなんとなくイヤだったので(ナズーリンにも合わす顔がなかったので)、それをよいことにアリスも元の場所には戻らず少し歩いてみることにした。
一度、台所にでも顔を出してみようか……もしかしたら咲夜が一人で奮闘しているかもしれない。
***********
博麗神社での宴会の終了は、いつもぐだぐだだ。明確な終わりの合図は滅多にない。
騒がしいのが好きでないものや、酔いつぶれた者を連れて帰る宴会客がちらほら出始める。
徐々に人が減っていき、自然と幕が下ろされる。
アリスはわりと最後の方まで残ってるクチだ。早めに帰るとのちのち霊夢や魔理沙がうるさいし、終盤からは咲夜の後片付けを手伝うことが多い。
咲夜にはいつも世話になっている。紅魔館では手伝わせてくれることは滅多にないから、こういうときに少しでも返したいのだ。
しかし今日は珍しく幽香が一緒だったので片付けもそこそこに帰ることにした。
幽香が一緒だから早く帰る慣例はない。ただ、さらに珍しく幽香が酔っ払っているからだった。
幽香は酒はそこそこ強いし、鬼など勝ち目のない相手に飲み比べを挑まれても、魔理沙あたりと違ってムキにならずにつぶれる前に負ける。
酒比べでは負けを認めても、力比べなどでは決して引かないところが幽香らしいといえばらしい。
途中様子を伺うと、先ほど誘いに来た死神と一緒に一角鬼やら見かけによらずザルのさとり妖怪や閻魔と楽しそうに飲んでいた。
宴会途中でアリスのタイを引っ張ってきたので、つまらなく感じているのかもと心配したが無用だったようだ。
今日誘ったのはアリスなので、一緒に来た手前気にはなっていたのだ。
叩かれたことで、アリスのそばにきたくてもこられなかったかもしれない(あの程度を気にするような妖怪では決してないのだが)。
楽しんでいるのならなによりだ、とアリスも咲夜の手伝いをしつつ、声を掛けてきた早苗や神様たちに外の世界の話なんかを聞いて過ごしていた。
さらに時が過ぎた頃、幽香の姿が目の端に映ったので見れば、真っ赤な顔でべろんべろんになった死神を閻魔が連れて帰るのを見送っていた。
そして振り返った幽香の顔を見てアリスは幽香がそれなりに酔っていることを認めた。
いつものキレ、のようなものがない。離れていても、アリスが視線をやればすぐにそれを捉える目敏さなのに、その時の幽香からはそれが既に失せていた。
幽香の側に近寄り会話を試みると、酔いが深いことはさらに証明された。
酔いつぶれているわけではないし、顔にもそこまで出ていないが、幽香は確実に酔っていた。
会話がまともに続かないし、視線も定まったかと思えばうつろになる。
あまり酔っ払った幽香を人目にさらしたくはない。
別に幽香単体をさらすのはどうでもいいが、自分に絡んでる姿を人に見られるのは避けたい。
そんな思いに駆られて、常よりは早めに神社を後にした。
ふわふわ、ふらふらしてる幽香の手を引いて。
アリスの家に着いた時は道中で何もなかったことに感謝した。
扉の前でボケーっと突っ立っている幽香を促してソファに座らせる。
ハイ、お水と声を掛けて水の入ったコップを持たせるが飲もうとしない。
このまま落とされてもめんどうなので取り返して自分で飲んだ。
アリスも正体をなくすほどではないが少し酔いが入っている。
アリスは幽香の前に立ったままだった。
酔って少しぼんやりする頭で、このあとどうしようかと考えていた。
焦点のボケた目で幽香がアリスを見上げている。
帰宅してから一言も発していない。帰りの途中で何言か交わしたが、幽香の口からは主に「ええ」しか出てこなかった。
飲み終わったコップを近くのテーブルへ置き、ふうと一息。
くいくいと腕を引かれる。隣に座れという合図だろう。
ここで拒んだところで力任せに引き寄せられるだけなので素直に従った。
隣に来たアリスの肩に幽香の頭が傾けられる。
あら、随分かわいらしいこと、と心の中でつぶやく。
ぽんぽんと幽香のふかふかの髪を軽くなでる。
このまま寝られても困るなぁ、と考えていたところで唇が寄せられてきた。
軽く触れて、もう一度押し当てられる。
感触を確かめるみたいにして二度、三度。
このまま、舌が入ってくるのはいつものこと。
―――だけど。
「酒くさいから、イヤ」
言って顎を引いて、身も引いて幽香の身体も押しのけてキスを中断させる。
が、そこでやめるような妖怪ではない。
再び口付けられて、下唇を軽くはまれる。
外周をゆるりと舌で舐められる。おねだりするように何度も。
それでもこちらが応じようとしないのがわかると今度は顔中にキスしだした。
額、瞼、目じり、鼻、頬、顎、もう一度、唇へ。許しを請うように。
押し当てて、吸って、また舐めて。今度は甘噛みまで。
ここまで甘ったるいことをされてしまえばこちらもガードが甘くなる。
諦めるはずがないのだ。
このまましつこくこんな、心までくすぐったくなるようなおねだりをされるよりはもうこちらが諦めた方がいい気がする。
仕方なく唇の合わせをゆるめれば、すかさずその隙間を埋めるようにぬるりと生暖かいものが滑り込んでくる。
途端に広がるアルコールのにおいと酒の味。
いったいどれだけ飲まされたか知らないが、アルコールのにおいと幽香の舌に残る酒の味で、こちらまで酔いが回った気がしてくらくらする。
くちり、といやらしい音が頭に響く。
人の口の中を好きなように動き回って、いたるところを舐めてくる。
自らの舌で押し返そうとしても、そのままからめとられて強めに吸われる。
酔った相手に何を言おうと通じないことが多いので好きにさせようと思ったが、あまりに執拗なので強制終了させることにした。
はりついていた顔を片手でぞんざいに押しのける。
「しつこい。もうおわり」
あぁ、もう口の周りべったべた…と呟けば、それが耳に入ったのかまた顎の辺りを舐めてくる。
「この駄犬!おしまいって言ったでしょ!」
みたび押しのけて自分のシャツの袖で拭う。
ついでに目に毒な幽香の口元もぐいぐいと乱暴に拭いてやる。
苦しそうにむぐむぐ言っているがかまうものか。
「ほらもう行くわよ」
このままソファでコトに及ぶのは遠慮したい
というか、それ自体遠慮願いたい。
酔った幽香は大雑把になるというかいつもよりもさらに容赦がないというか。
噛み癖もいつもの比じゃなくなるし。
なにより人がその気になったとたん、平気で寝たりするのだから始末が悪い。今日だってそうなる可能性は高い。
神社からの帰り道だって眠たそうな目をしていた。話しかけてもろくな返事も返ってこなかったのだから。
最善策はこのまま寝かせてしまうに限る。幽香の手を引いてリビングを出る。
出てすぐ浴室の扉が目に入る。シャワーを浴びたいが、この状態の幽香と一緒に浴室に行くことはいろんな意味で危険極まりない。
ならば寝た後一人で入ろうというのも得策ではない。一人で寝てくれてればいいのにこの甘ったれはアリスの不在を敏感に感じ取っては後追いしてくるのだ。
鍵をかけていようがおかまいなし。開けなければ壊される。まさしくデストロイヤー。
しらふの時はそこまで酷くはないのだが酒が入るといつもより制御できなくなるようだ。
いつもは一応セーブしてくれるのだと、こういう時に身をもって知る。
シャワーは明日幽香が起きる前に試みよう。
ベッドの上に座らせて、手早く幽香のタイを取ってベストとスカートを脱がせる。
自分も似たような格好になって、幽香の肩を押して横たわらせる。
その隣に身を滑り込ませて、ぎゅうぎゅうと何も出来ないように幽香を抱きしめて頭を撫でてやる。
これでさっさと寝付いてくれれば文句ナシだ。
幽香は腕や足をもぞもぞ動かそうとしていたがやがて諦め、一度鼻先を人の首元に擦り付けてすんすんと匂いを嗅いだかと思えば、はふり、と一息ついたあと、静かな寝息が聞こえてきた。
…犬。汗臭いだろうからやめてほしい。
こめていた力を緩めて、起こさないよう細心の注意を払って少し身を離す。
幽香はアリスを抱き締めても眠れるようだが、アリスは幽香を抱き締めた状態では中々寝付けない。
だって、重いし腕疲れるし。どうせそのうちいつもの形になっているのだろうし。
幽香は一瞬むずがる顔をしたような気がしたが、そのまま起きることはなかった。
眠気はあるがまだ寝入るほどではない。
幽香の子供のようにあどけない寝顔を見ながら、そういえばナズーリンに悪いことをしたな…と思い出す。
目撃したことを誰にも告げず、見て見ぬフリをしていてくれたようなので、こちらも何も言わないことにしたのだが、やはり何かお詫びを考えようか……。
いや、むしろ思い出させる方が失礼になるかも…なんてことを考えながらいつのまにかまどろみ、アリスも眠りについていた。
End
しかし、普段深酒しない幽香が深酒した理由はなんだったんだろう
まあその辺りは難しい所だと思いますね
いい雰囲気なお話でした
「この駄犬!」にワロタ
日常とか、この二人の話をもっと読みたい。
なんだかんだであしらい方を心得てるアリスさんステキですw