Coolier - 新生・東方創想話

交錯四角形

2011/09/09 19:28:35
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《空 side》

 燐の姿を見かけなくなったのは、何も空の気のせいというわけではない。
 狭いようで広い地霊殿。ペットの一匹や二匹が失踪したところで騒ぐ輩はいないものの、空と燐に限っては例外の中にあった。この二匹は地霊殿でも希有な人型に化ける妖獣であり、ペット達からも主からも一目置かれる存在なのだ。
 自然とその立ち振る舞いは注目され、気軽に失踪することも出来はしない。逆に言えば、もしも誰も燐や空の姿を見なくなったのなら確実に失踪していると言えよう。
 神様から難しい話を聞かされたり、仕事が忙しかったりで最近は燐ともあまり会っていない。久々にとれた暇な時間は、是非とも燐と遊ぼうと意気込んで地霊殿の中を飛び回る空だったのだが。
「お燐ー! お燐ー!」
 影も尻尾も見当たらず、ただ空しく名前を呼ぶ声だけが冷たい廊下を木霊していく。
 当初は半ば無視されたような気がして若干の怒りと共に発せられていた呼び声も、いつしか子供が親に縋るような悲惨さへと変わり、今となっては軽い涙目であった。主人たる古明地さとりとは違った意味なれど、燐も大切な相手の一人。こうまで出会えないとなれば、軽い脳みそを過ぎるのは悪い予感ばかり。
 振り払うように頭を揺さぶったところで、意識はそこまでふわふわしていない。むしろ藁でも掴むような必死さでこびりつき、最悪の未来を目蓋の裏へ投射しようとしていた。
 最早捜しているのか最速を極めようとしているのか、判断すらつかぬ速度で飛び回る空が最後に当たったのは古明地さとりの仕事部屋だった。
「おりーん!」
 蹴破るようにというか、実際に蝶番が外れてしまった扉を背後に、涙と鼻水をまき散らしながら空はさとりの仕事机に飛び乗った。是非曲直庁から届いた書類はカモメのように飛び去り、茶色い床を白く染め上げる。
 しばし呆然と動きを止めていたさとりはやがて、眉間を揉みほぐし、難しい顔で机の上にちょこんと座ったペットの顔を睨み付ける。
「此処にお燐は居ないわよ」
「さとり様! お燐が居ないんです!」
「……そうね」
 噛み合わないというか、そもそも会話の次元が違うように思えてくる空の言葉に表情を険しくしながらも、それでもさとりは邪険に空を追い払うような真似をしなかった。空が気付いた異変なのだ。さとりが気付かないわけはない。
「二日、いえ三日ぐらい前かしら。私もお燐の姿を見なくなった」
「溶けたんでしょうか!?」
「あの子が氷であるのなら溶けたのかもしれないけど、お燐は猫よ」
「猫が溶けたんですか!?」
「……猫は溶けないわ。お空、ひとまず落ち着きなさい」
 シュレディンガーだってさすがに猫は溶かすまい。せいぜい毒で殺すぐらいだ。
 空は何度も深呼吸を繰り返し、肩の力を抜いた。大事な親友の危機とあっては焦ってしまうのも無理はない。だけど自分はただでさえ頭が悪いのだ。こういう時こそ冷静になるべきだと、山の神様達も口を揃えて言っていた。
 そう、何もお燐が危ない目に遭っているわけではない。まだ姿が見えないだけなのだ。ひょっとしたら博麗神社で何日もお泊まりしているだけかもしれないし、あるいは鬼の宴会に付きあわされて三日三晩飲み明かしているのかもしれない。
 楽観的な想像は、空の心を少しずつ穏やかなものへと変えていく。しかし相反するように、さとりの表情は険しく、どこか言いづらそうでもあった。
「さとり様は、お燐が行きそうな所に心当たりとかありませんか?」
 空の心当たりは、せいぜい博麗神社か旧地獄街道ぐらい。たださとりはペット達の心が読める。空の知らない燐の行動を知っていても、何ら不思議ではなかった。
 俄に口を開いたさとりだったが、すぐさま閉じて腕を組む。この辺りになってくると、さすがの空もようやく気づき始めた。さとりは何か隠していると。
 だがそんな疑惑も一瞬で読み取られてしまう。交渉は元よりも出来るはずもなく、かといって強引に腕力で押し通るつもりもない。結局の所、空はさとりが話してくれるのを待つことしか出来なかった。
 後はせいぜい祈る事ぐらいである。
 口を固く閉ざしたさとりはしかし、憑きものが落ちたように溜息を吐いた。
「仕方ないわね」
 引き出しから一枚の便せんを取り出す。太陽と月があしらわれた紙切れの中央には定規を引いて作ったような文字で、
『火焔猫燐はあずかった』
 と、書かれていた。
 漫画やアニメで散々見てきた展開だ。この言葉の意味する所を空は理解している。
「今朝、地霊殿の玄関に落ちていたのをペットの一匹が見つけてきたの。信憑性は疑わしい限りだけど、お燐がいない以上、迂闊に悪戯だと決めつけるのもまずいと思って保管してはいたのだけど」
「誘拐!」
「あの子を誘拐して誰か得をするのか微妙だけれど、人間も妖も心の奥底では不可解な動機を飼っているものよ。浚われる可能性はあるけれど、それが誰の仕業なのかは直接犯人と会ってみなければ分からないわ」
 さとりの言葉は右から左へ垂れ流していた。小難しい話をされたところで、今の空の頭にあるのは燐が誘拐されたという事実のみ。どうりで地霊殿を捜しても見つからないわけだ。
 奇妙な納得と湧き上がってきた怒りで、思わず便せんを握りつぶしてしまう。危うく燃やしそうになったところで、慌ててさとりが奪い取った。
「さとり様! 私はお燐を救出してきます!」
「救出って、何処にいるのか分かっているの?」
「分かりません! だけどお燐をこのままにしておけないでしょう!」
 力強く立ち上がり、古びた机が悲鳴をあげた。例えさとりが否定したところで、もう空の気持ちは前へ駆け出している。その事をさとりも理解しているからこそ、敢えて空を止めるような真似はしなかった。
 燃えそうになった便せんを仕舞い込み、「だったらあなたに任せるわ」と逆に背中を押すような言葉を向けてくれる。これほど心強い言葉もあるまい。空は自らの胸を叩き、お任せ下さいと意気込みながら破壊された扉をくぐって廊下へ文字通り飛びだした。
 当然のように確固とした目的地があるわけではない。燐の居場所が分かっているのなら、最初からそこへ向かっている。
 兎に角、今は燐の足取りを追わなくては。地霊殿のペット達に聞き込みを行った結果、三日前の燐は射命丸文からインタビューをされる為に妖怪の山へと出かけたらしい。つまり燐と最後に会ったのは文。
 もっと言うならば、現在の所一番疑わしいのも文だ。
「待っててね、お燐」
 もしも文が誘拐犯だったら。きっと妖怪の山も無事では済まないだろう。
 山の命運を握る少女が、地霊殿を飛び立っていった。










《文 side》

 一部の熱狂的な愛好家からの支持を元に成り立っているのが『文々。新聞』だ。人様のもめ事には口を挟まぬのが美徳と言われたところで、所詮は賤しくも浅ましき人間のこと。扇情的なゴシップほど人気を博し、今や愛好家は人種の垣根を取っ払ってまで『文々。新聞』に熱中する有様だ。
 普段は質実剛健を絵に描いたような里の守護者だって、実際は古くから『文々。新聞』の愛読者であった。彼女は特に他人の愛憎劇に興味があるらしく、永遠亭の爛れた関係を取り扱った際には、続きはまだかと会う度に催促されたものだ。
 かように低俗かつ欲望に根ざした『文々。新聞』も、目出度く天魔から目をつけられて厳重な注意を受けるまでに至った。大天狗からならまだしも、最高権力者たる天魔からの厳重注意ともなれば酒の席で逆にインタビューされそうなほどの事件である。
 だからこそ文は日和るしかなかった。さすがに天魔から目をつけられてまで自由気ままな記事を書くほど馬鹿ではない。天狗の社会に見切りをつけているなら兎も角、まだまだ妖怪の山から追放されるわけにはいかなかった。
「はぁ……」
 里を一望できる大木に止まりながらも出てくるのは重い溜息ばかり。
 思い浮かぶのは今週号の記事。まだ下書きの段階とはいえ、最早清書する気にもなれない。これがあの射命丸文の新聞なのかと読む側は目を疑いたくなるだろう。扇情的な仕草で誘ってきた尻軽女についていったら飼ってるペットの自慢話をされたようなものだ。
 読者の反応が今から目に浮かび、それが文の気持ちを更に落ち込ませていた。
『幻想郷の主従特集』
 言わずもがな、これが今週号のタイトルであった。勿論、ここから展開されるのは日頃の恨み辛みやら鬱憤を匿名形式で従者達がぶちまけるという仮面舞踏会ではなく、如何に従者達が主を思い、如何に主が従者を大切に思っているのかという心が温まりそうな話である。
 書いてる最中に何度も悶え苦しみ、時には原稿の上に涙の跡が付く有様だ。何度となく破り捨てたい衝動に駆られ、実際五回ほど実行している。
『お嬢様に仕える事が私にとっての使命であり、何よりも極上の愉しみとなるのです』
『未熟故、まだまだ幽々子様には不満もあるでしょうが、いずれ祖父のように文武両面から主を支えられるよう精進を続ける次第であります』
『同じ猫から化けたお燐ちゃんの忠誠心には凹まされた事もあるけど、お燐ちゃんに負けないよう私も藍様も支えるよ!』
『さとり様も、こいし様も、私にとっては掛け替えのない大事な主だよ。例えこの身を捧げたって惜しくはないね』
『私もいつか、神奈子様のように立派な神様になるつもりです』
 当たり障りもなく素晴らしき言葉の数々は、ただただ文を苦しめるだけだった。せめて星とナズーリンのコンビなら持ち前の辛辣さで記事を賑やかしてくれると思ったのだが、生憎とお断りされてしまった。
 最早、文に残された運命は一つしかない。この記事を清書して、印刷して、配るのだ。
 原稿を落とすのは何よりも文のプライドが許さなかったし、今更新聞作りを辞めるわけにもいかない。
 ただ唯一の希望があるとすれば、河童が作り上げた隠しカメラの写真か。妖怪の集まる博麗神社ならば、きっと何かあるだろうと思って何台かカメラを設置していたのだ。定期的に写真を撮るようセットしてあるので文の方から操作することは出来ない。
 椛へ回収に向かわせたが、そちらに何か面白いネタがあればこんな平凡な記事などすぐさま焼却処分だ。
 ただ、もしも何も無ければこのまま凡庸な記事を刷ることになる。
「ああ、でも出したくないなあ」
「見下げ果てた根性ね、文!」
 情熱的な若さが今はとても面倒くさい。顔をあげる気にもなれず、文が見つめるのは生い茂る森の木々ばかり。高さも相まって絶景ではあるが、それでも文の心を癒してくれるほどではなかった。
「おーい、文? 聞こえてる?」
 背後からの声に張りが無くなる。これが椛ならただの皮肉混じりなのだが、生憎と彼女はそこまで言葉を飾る事が出来ない。おそらく本心からの疑問なのだろう。
 こんな近距離で聞こえないなど、そうそう有るわけがないのに。
「ねえってば。ねえ、あやー!」
「ああもう、はいはい。聞こえてるわよ」
「見下げ果てた根性ね、文!」
「そこからやるのね、まぁ、別に良いけど」
 鬱陶しい積極性に目を瞑れば、あるいは良い気晴らしになるかもしれない。どうせ話を打ち切って戻ったところで、待っているのはあの忌まわしき原稿なのだから。多少の現実逃避ぐらいは許されるはずだ。
 くるりと振り返れば、喜色満面のはたてが鼻息も荒く、こちらに指を突きつけながら飛んでいた。
「不平不満を記事にするなら兎も角、その鬱積を博麗の巫女に向けるとは言語道断! 例え天魔が許したところで、この姫海棠はたてのペンはあなたの不正を見逃したりしないわ!」
「はあ」
 頬を掻きながら、口から出てきたのは気のない返事。これにははたても勢いを削がれたらしく、ガクッと高度が下がる。
「あのねえ、もうちょっと普通のリアクションをしなさいよ」
「いや、充分普通でしょ。大体、あんたの言葉に一々ツッコミを入れてたら日が暮れるし」
「つまり反論できないということね」
 したくない、が正解である。
 納得いった風に頷くはたてに対し、文は今更ながらに先程の言葉に引っかかりを覚えていた。指摘するのは面倒くさいが、謎を謎のまま放置しておくのはもっと面倒だ。
「ところで、どこから博麗の巫女が登場したのよ。私の鬱積とは何ら関係のない相手なんだけど」
 白々しい、とばかりにはたては鼻で笑った。
「ブラックファイヤーという名前は当然知っているでしょ?」
「ああ、最近あちこちで耳にするわね。やれ幻想郷最強だの、やれ博麗の巫女を殺そうとしているだの」
「文、あなたこそがそのブラックファイヤーだったのよ!」
「え、いや、意味わかんない」
「なんでよ!」
 何でと言われてもこちらが困る。唐突に身に覚えのない罪を着せられたら、誰だって意味が分からないと首を傾げることだろう。大体、ブラックファイヤーなどというのは存在すら疑わしい噂話なのだ。
 現に博麗の巫女は今日もピンピンしている。あの頑丈そうな巫女が暗殺されるとも思えないし、ブラックファイヤーなるものの信憑性は全く無いと文は相手にしていなかった。
「あっ、なるほどね。殺人犯が自分は殺人犯であると言わないように、ブラックファイヤーが自分をブラックファイヤーだと言うはずもない。盲点だったわ」
「いや、そもそもブラックファイヤーなんてものが存在するはずが――」
「脅しには屈さないわよ!」
 頭を抱える。こうなったはたてを説得するのは並大抵の事ではない。
 それこそ実際にブラックファイヤーを連れてきて、自己紹介でもさせない限りは文を疑い続けるだろう。些末な噂であらば笑い飛ばして終わりに出来るものを、よりによって霊夢の暗殺だなんて。
 八雲紫にしろレミリアにしろ、霊夢を気に掛けている連中なら即座にはたての話を切り捨ててくれるだろう。だけどそれは充分な調査をした上での話。
 例えくだらない噂話だろうと霊夢の命がかかっているとあらば、一介の天狗を取り調べる事だってしよう。紫やらレミリアから尋問されて気分が良いはずもないし、それはそれで記事の作成に支障をきたしそうだ。
 何とか彼女たちの耳へ入るまでに、はたての勘違いを止めないと。
「脅しとかじゃなくて、まずは冷静に話し合いましょう」
「その手には引っかからないわよ! そうやって私の口を封じるつもりね! そうはいかないわ!」
「あっ、ちょっと、はたて!」
 飛び去っていくはたて。すかさず、文はその背中を追った。
 はたての性格上、おそらくは情報を掴んでから真っ先に文の所へ来たのだろう。これで文の鼻を明かしてやれるぐらいに思っているのだとしたら、まだ記事の作成には至っていないはず。
 猶予はある。だったら今は兎に角、急いで彼女に追いつくだけだ。
 だが、焦りが文の頭から当然の疑問を消し去っていたのか。文がその事に気付いたのは、全てが終わってからの事である。










《魔理沙 side》

 慌てて守矢神社に駆け込んだのは魔理沙だけではなかった。強引に引っ張られながらも抵抗せず付いてくるのは東風谷早苗。言わずと知れた守矢神社の巫女である。
「諏訪子、暇だ」
「知らないよ。私だって暇さ」
 境内から聞こえてくる暢気な神々の声が、今はただただ腹立たしい。ほんの数時間前までは自分も同じような所に立っていたというのに。何処をどう間違えてしまったのか、今の魔理沙には余裕とか暇という単語が頭の中から欠け落ちていた。
 本来なら真っ先に向かうべき場所があるのだけど、それよりもまず守矢神社へ来てしまったのは混乱しているからなのか。それとも保護者に事情を説明しようとしたのか。少なくとも冷静さを欠いている魔理沙には、己の事ながら判断できなかった。
「神奈子! 諏訪子!」
 呼び捨てにされた事を咎めるでもなく、賽銭箱に寄りかかって日和っていた神々が待ってましたとばかりに楽しそうな顔をこちらへ向けた。
 退屈にはなるまい。しかし楽しい話にもならない。
 汗を拭う事すら忘れ、引っ張ってきた早苗を前へ押し出す。歪に巻かれた包帯が痛々しく、顔や服のあちこちには生々しい血の跡がこびりついていた。巫女の異常事態とあっては神様も平静さを保つのは難しいらしく、神奈子は露骨に顔をしかめ、諏訪子は笑顔を消して無表情に努めた。
「何があった?」
 すぐさま立ち上がり、包帯を解くのは神奈子。思わず目を背けたくなるような傷痕に怯む様子は無くとも、はてさて真実を知ってもまだ神としての矜持を保てるのかどうか。この状況下でも好奇心が疼く辺りは魔法使いの悪い癖だ。
「知らん。頭から血を流しながら魔法の森をうろうろしてた。一応、応急処置はしたんだが永遠亭で診て貰った方が良いだろう」
 飛びながら傷痕を覗き込む諏訪子からも、「あちゃー」という苦々しい声が漏れだしている。
 もしもただの流血騒ぎだったら、魔理沙はここまで混乱していなかったかもしれない。それはあくまで架空の話であり、実際の所どうなのかは誰にも分からない。
 ただ一つだけ確実に言える事があるとすれば、
「あの、一つだけ訊かせて貰って良いでしょうか?」
 余所余所しい態度は魔理沙に向けられたわけではなく、慣れ親しんだ神々へのものだった。
「この二人はどちら様で?」
 この言葉には、さすがの神々も混乱の色が隠せないようだ。
 神奈子は信じられないといった面持ちで後ずさり、対する諏訪子は目を丸くして早苗の顔をまじまじと見つめている。懐かしい対応だ。先程、魔理沙も似たような事をしてしまった。
 無理もない。霊夢ほどではないにしろ、早苗ともそれなりの付き合いがあった。顔見知りがいきなり記憶喪失になれば、余程の鈍感か馬鹿で無い限りは神や魔理沙のような反応を見せてしまうもの。それこそが正常なのだ。
「傷から察するに鈍器か何かで殴られたようだね。それはまぁ治療すれば良いんだが、なぁ早苗。本当に私達の事を忘れてしまったのかい?」
「……申し訳ありません。思い出そうとはしてるんですが、どうしても」
 難しい表情の中に悲しみが混じったのを魔理沙は見逃さなかった。片や諏訪子からは困惑も悲しみも払拭されたようであるが、いまだ驚きからは脱出していないらしい。
「記憶喪失、ね。身近な人間がなるのは初めてだよ」
「竹林の医者なら治せるのか?」
「どうだろう。病気なら兎も角、こういった精神的なものは取り扱ってなさそうな気もするなあ」
 困り顔の早苗を挟み、今後について話し出す神々。そういったのは本人のいない所でした方が良い気もしたけど、それは早苗も望まぬ事だろう。ただでさえ記憶を失って混乱しているのだから、せめて自分がこれからどうなるのかぐらい教えてもバチは当たるまい。
 ただ、今のところは有力な解決方法は見つかっていない。精々が永琳頼み。だが、それすらも確実な保証があるわけではない。
「傷の方はまぁ、何とかなるよ。派手に血は出てるみたいけど、うん、ちゃんと治療して貰えば何とかなりそう」
「まぁ、結局の所は行くしかないか」
 これ以上、ここで考えていても答えは導き出せない。いま必要なのは専門家の知恵だ。もしも記憶喪失を治療できるのなら早苗としては万々歳。出来ない場合でも、永琳にも何か知識を出して貰えばいい。
 素人が三人集まって話すより、よっぽど有意義に思えた。
「じゃあ魔理沙。話は後で――」
「おっと、私だけおいてけぼりは無しだぜ。私だって心配してるんだ。永遠亭に付いてくよ」
 命に別状は無さそうだけど、気になる事は気になるのだ。ここであっさりと帰宅して、何事もなかったのように読書を始められるほど魔理沙は剛胆でなかった。早苗がこれからどうなるのか、最後まで見届けないと。
 二柱は顔を見合わせ、軽く頷いた。
「良いだろう。だが邪魔だけはしてくれるなよ」
「しないっての」
 ここまでは魔理沙が牽引してきたが、これからは神奈子の仕事になる。早苗はどこか名残惜しそうにこちらを見ていたが、おそらくは目の錯覚か何かだろうと切り捨てた。
 さほど交流があるわけでもなし、そこまで頼られる理由はない。あるいは真っ先に見つけたのが魔理沙であり、尚かつ此処まで面倒を見てきたのが魔理沙だったから懐かれてしまったのかもしれない。
 記憶のない人間は子供のようなもの。刷り込もうと思えば簡単に刷り込める。
 しかしながら魔理沙は早苗を引き取って一緒に暮らすわけではない。過度に懐かれても逆に迷惑となるのだけど。
「ところでさあ、早苗を殴った奴の顔とか見てないの?」
「ん、ああ、なにせ魔法の森は薄暗いからな。それに私が会ったのは殴られた後の早苗だ。残念ながら犯人は見てないぜ」
 納得がいったらしく、諏訪子はそれで黙りこくった。
「いや待て。そういえば早苗が変な物を持っていたんだが」
 魔理沙の言葉に合わせ、早苗が手のひらを開く。余程大事に握りしめていたらしく、紙切れは飴玉のように小さくなっていた。
 神々は早苗からそれを受け取り、丁寧な手つきでゆっくりと開いていく。
『ブラックファイヤー』
 紙に書かれていたのはそれだけだった。犯人を告発するような文章でも無ければ、何か意味のありそうな言葉でもない。魔理沙とて、そういう噂を小耳に挟んだという程度。神々も噂には精通しているらしく、顔色はあまり優れない。
 意味のない紙切れを偶然握りしめたなら兎も角、早苗が持っていたのなら何か事件と関連しているのは必然と言えよう。
 ブラックファイヤー。最近耳にする噂話だ。
 曰く、幻想郷最強。
 曰く、博麗の巫女を暗殺しようとしている。
 どうして早苗がそのような暗殺者の名前が書かれた紙切れを握っていたのか。
 答えの方は何処にも書いていなかった。










《橙 side》

 霊夢は留守だった。せっかく暇を潰そうと遊びに来たのに。
 チルノ達は用事があり、お空も今は居ないという。だったら偶には博麗神社で遊んでやろうかとやってきたらこの有様だ。そもそも神社にただ一人の巫女がふらりと居なくなっていいものか。
 橙はあくまで藍の式。寂れた神社を心配する必要はないのだが、それでも気になってしまったのは霊夢の人徳ゆえか。はたまた橙の気質なのか。子煩悩ならぬ式煩悩の藍からすれば後者なのだろうけど。
「んー、どうしよう」
 一人で遊ぶのはつまらない。かといって藍や紫はとても忙しいのだ。我が儘を言って困らせたくはなかった。
 唇を尖らせながら、境内をうろうろしてみる。相変わらず巫女の姿はどこにもない。
「おや珍しい。八雲の使いか?」
 カランカランと石畳を鳴らすのは、妖怪の山ではお馴染みの白狼天狗だ。眼光鋭い顔つきは化け猫の橙にも似ている。
 伸ばし束ねた白毛が特徴的な彼女の名前を、幸いにも橙は知っていた。
「あ、椛さん。本当に珍しいですね、こんな所で」
「何か用があったのか、この神社に」
 規律正しく、いつも背中に定規を入れているような椛の相手をしていると、どうしても暇つぶしがてらに寄ったとは言いづらい。
「うんまぁ、ちょっと霊夢に用が。ただ、今は居ないみたいだよ」
「そうなのか」
「椛さんも霊夢に用なの?」
 整った椛の顔が俄にしかめっ面へ変わる。そこまでおかしな質問をしたつもりはないのだが。
「……まぁ、そんな所だ。もっとも私の用はもう終わったがな」
 用事が終わったとなれば暇に違いないのだが、椛が遊びに付きあってくれるかどうか。生真面目な彼女な事だから、別の仕事を手伝ったりするのかもしれない。誘いづらく、さりとてこのまま見逃すのは惜しい。
 悩む橙を余所に、椛は鋭い目つきを更に鋭くして辺りを見渡した。
「それにしても本当に巫女は居ないようだな。職務怠慢な」
 巫女の不在に憤る椛。この状況で遊ぼうなどとは言いだしづらい。仕方なく諦めようかと思った矢先。
「裏手の方まで見たのか?」
「え? あ、裏は見てないね」
 突然の質問で現実に戻される。ならば、と足早に駆け出す椛の背中を慌てて橙も追った。
 確かに神社の裏側までは見ていない。あちらはあまり訪れる機会もなく、霊夢が居るとも思えなかったからだ。もっとも紫ですら捕らえどころがないと評する霊夢のこと。案外、ひょっこり裏から顔を出しても不思議ではない。
 などと考えていたから、不意に立ち止まった椛の背中に突っ込んでしまった。赤くなった鼻を押さえて謝ったものの、当の椛は全く気にした風もない。それどころか目を丸くして、地面の辺りを凝視していた。
 ひょっこり橙も顔を覗かせてみれば、そこにあったのは砂利一面に広がる血の海。すっかり乾いているようだが、その異様さは健在だ。
 物騒な山に住んでいるから凄惨な現場にも慣れている。ただの血痕など怯みもしないはずの二匹なのに、不思議とその現場から目を離す事が出来なかった。これが神社だからなのか、それとも一瞬不吉な連想をしてしまったからなのか。
 それは分からない。ただ、事件であるのは間違いなかった。
「何故、こんな所に血痕が?」
「う、うーん。霊夢の、とは思いたくないけど可能性が一番高いのは霊夢だよね」
「姿が見えないから被害者だと決めつけるのは早計だ。だが、確かに君の言うことも正しい」
 ただし、二匹の頭には同じ疑問が浮かんでいる。
 あの博麗霊夢が大人しく被害者になるのだろうか。
 紫やレミリアですら一目置くほどの人間だ。そう容易く襲われるとも思えないし、仮に大妖怪の仕業だとすれば直接的すぎる。ああいった連中は遠回しに絡め取ることを美徳としており、刺したり殴ったりはあまりしない。
「あ、見て! ここ、毛みたいのが落ちてる!」
 血のついた砂利に紛れて、赤い毛糸のような毛が落ちていた。拾い上げた赤い毛を、まじまじと椛は観察している。
「霊夢の毛では無さそうだ。しかし、赤い毛か。幻想郷でもそう多くはないぞ」
 犯人のものか、あるいは被害者のものか。いずれにせよ事件は一歩進展したのだ。
 橙の胸に言いしれぬ高揚感と好奇心が湧き出してくる。
「椛さん!」
「どうした?」
「この事件、私達で調査してみない?」
 半分は暇つぶし、そして半分は難事件を解いて藍から褒められたいという欲求。ひょっとしたら自分や椛の手に負えるような事件じゃないかもしれない。それでも橙は挑みたかった。この血痕は誰のものなのか。そしてここでどういう事件が起こったのかに。
 勢いで言ってしまったが、きっと椛は反対するだろう。彼女はこういった事に首を突っ込みそうな妖怪ではない。
 そんな橙の考えを裏切り、椛は面白そうな顔であっさり了承した。
「なるほどな、道理で。分かった、私も協力しよう」
 思わずガックリと肩を落としそうになるのを堪える。
「こういう探偵みたいな真似事は嫌ってる風に見えたんだけど」
「酷い誤解だな。私は好きだぞ、探偵ごっこ」
 意外な一面を見た気がする。案外、親しみやすい天狗なのかもしれない。
 人も妖怪も見た目だけで判断してはいけないということか。
「それに、大事件だったらあのブン屋に恩を売れるかもしれないしな」
「え? 何か言った?」
「いや、何も」
 黒い笑顔と共に吐き出された言葉は橙の耳に届くことなく、博麗神社の境内へと消えていった。
 そして固く握手をかわした橙と椛。急造ではあるが探偵コンビが結成された瞬間でもある。
「じゃあ、早速行こうか」
「何処へ?」
 橙の問いかけへ、笑うでもなく椛は答える。
「決まってるだろ」
 足下に落ちていた血まみれの石ころと赤い毛を拾い上げた。
「永遠亭に、だ」










《空 side》

 地上の空は地底よりも明るく、ずっとずっと青い。空はこの青空が大好きで、飽きるまで眺める事もしばしばだ。
 しかし、今日は見惚れている余裕など無い。文を探し求めて一直線に妖怪の山までたどり着いた。鬱蒼と生い茂る木々は地表を覆い隠し、もしも地上へ降りれば妖怪捜しどころではない。下手をすれば遭難しそうな山だ。
 だから空から文を捜す。幸いにも相手は天狗。人間のように地面を歩くよりかは飛び回る事を選択するはずだ。
 キョロキョロと四方八方を見渡す空だったが、文らしき影はどこにも見当たらない。たまに見え隠れするのは耳やら尻尾が白い別の天狗ばかり。文とは似ても似つかない。
「どこだー!」
 叫んだところで返事はなく、ただ空しく山に木霊するばかり。などと意気消沈する空の視界に、飛び込んできたのは紛れもない射命丸文――ではなく、髪を両側で束ねた見慣れない天狗の少女だった。
 しきりに背後を気にしており、ひょっとしたら誰かに追われているのかもしれない。事件性の臭いをかぎ取り、空は彼女へ接近することにした。こういう時、一番先に問いかけるべきなのは妖しい人妖なのだとさとりは常頃から言っている。
 その教えに従ったのだ。
「そこの天狗!」
「うわっ! って、何だ文じゃないのね」
 表情が強ばる。妖怪の山にそう何匹も文という天狗がいるわけでもなし、おそらくは射命丸文の事だろう。だとしたら彼女は文に追われているのだから、きっと味方だ。空の単純な思考回路はそう判断した。
「文はどこ!」
「知らないわよ、逃げてきたんだから。それよりも、文に何か用? 言っておくけど、文には迂闊に近づかない方が良いわよ」
 したり顔で彼女は言った。
「ああ見えて凄い犯罪を計画しているんだから」
 顎に力が入る。思わず歯が欠けそうなほどの食いしばりだ。
 やはり、という思いが空を貫いた。
 犯罪、つまりは誘拐だ。文は燐を誘拐していた。
 空の推測だけではなく、こうして秘密を知って追いかけられている天狗もいるのだ。もう間違いない。胸の奥からこみ上げている怒りが、身体中の温度を上げていく。
「おっと、こうしちゃいられないわ。くれぐれも文には関わらないようにね!」
 天狗は言うだけ言って姿を消したが、それは聞けない頼みだ。何せ関わらなければ燐は帰ってこないのだから。思う存分に関わって、塵芥も残すまい。
 それは燐の居場所を尋ねてからの話になるが、さて自分の理性はどこまで保つのやら。記憶力のみならず、理性すらも野生に返っている自分の脳みそを思えば甚だ疑わしい話である。
 それでも空は自分に何度も言い聞かせ、まずは燐の救出が最優先だと繰り返した。
 暗示にもかかりやすい空。これで効いてくれたら良いのだが。
 懸念が不安に変わる頃、唐突に耳へ届いたのは待ちこがれた念願の声色。
「はたてー!」
 その瞬間、空の頭で明確にスイッチの切り替わる音がした。理性は吹き飛び、ブレーカーは弾け飛ぶ。制御棒を胸に抱え、声のした方を睨み付けた。
 間違いない。こちらへ飛んでくるのは射命丸文。
 下手をすれば燐よりも待ち望んだ妖怪が、怒りの表情を携えてやってくる。
 怒りたいのはこちらだと言うのに。だがそれを声にする余裕すら無かった。
「射命丸文! お燐を返せ!」
 向けられた制御棒に文が反応するも早く、放たれた弾幕の嵐が文を通り越えて妖怪の山ごと破壊していく。濛々と立ちこめる煙に負けないよう、攻撃の手も決して緩めない。返せと叫びながらも続けられた空の弾幕は、山の形を変えたとも言われている。
 だが空がそれを知るのはもう少し先の話であり、いずれにせよどうでも良い事だった。
 大事なのは二つ。本能に負けて攻撃してしまった事。
 そして、煙のせいで文を見失ってしまった事。
 後悔した時には、既に何もかもが遅かった。










《魔理沙 side》

 微かな震動が神奈子の手から紙切れを奪い取った。ゆらゆらと舞い降りて、再び揺れる大地へと着陸を果たす。魔理沙がそれを拾い上げた頃には、三度目の揺れが神社を襲った。
 神々は眉を顰め、早苗も不安そうにしている。魔理沙も最初は地震かと思っていたが、それにしては様子がおかしい。山のあちこちから上がる煙は、山火事とも思えないし。
「天人の悪戯か?」
「それにしては下の方からだねえ。アレがやるなら上からでしょ」
 新参者とはいえ今では崇められる神々。山の様子には逐一気を使っているはずだ。
「少し様子を見てくる」
「いや、私が行くよ。神奈子は早苗の事を頼んだ」
 神奈子を制し、代わりに諏訪子が濛々と煙りの上がる方向へと飛び去っていった。山も一大事なのだが、早苗も一大事。幸いにも神は二柱いるわけだし、片方が早苗の側についておくのは妥当な判断だ。
 記憶のない早苗からしたら、得体の知れない二人組かもしれない。それでも魔理沙からすれば、それなりに頼もしい援軍ではある。諸刃だが。
「さて、じゃあ行こうか」
 諏訪子を見送った神奈子は、開口一番にそう言った。唐突な発言に魔理沙も早苗も目を丸くしてまった。
「何処へだよ」
「決まってるだろ、永遠亭だ。あの紙切れも気になるが、そんなものは早苗が記憶を取り戻せば全部分かる話。だったら永遠亭の医者に診せて、早く治療した方が全部上手くいくだろう」
 もっともな話である。記憶喪失まで治してくれるのかは疑問だが、あの医者だったら何でも治療してくれそうな気がする。
 神奈子の提案を拒否する事も出来ず、早苗に至っては永琳の事すら忘れているだろうから反論する選択肢すらなく、三人の目的地は半ば強制的に決められていた。
「まぁ、本当は私もあの煙を探りに行きたいところだけどね。さすがに魔理沙一人じゃ不安でしかたない」
「悪かったな」
 魔理沙よりも神奈子の方が強いのは確かで、頼りになるのも神奈子の方だろう。魔理沙とて、それは百も承知だった。今更言葉にされても、自分が傷付くだけで誰も得をしない。
「拗ねるな、拗ねるな」
 親のように頭でも撫でようとしたのか。おもむろに伸びてきた神奈子の手を警戒して、思わず後ずさりしてしまう魔理沙。
 クスリ、と笑い声が聞こえてきたのはその時だった。振り返ってみれば、早苗が微かな笑いに耐えようとしていた。
「どうした?」
「い、いえ。何だかお二人を見ていたら懐かしくなってきたので、つい」
 魔理沙には何の事だか分からなかった。
「ああ、そういえば子供の頃の早苗も頭を撫でられるのが嫌だったねえ。無意識にその時の事を思い出しでもしたのか」
 記憶が戻る兆候が見え始め、微かに神奈子の顔も綻んでいくのが分かった。一方の魔理沙は仏頂面だ。これでは暗に早苗の子供時代と今の自分が同じものだと言われている気がして、とても顔を綻ばせる気にはなれなかった。
 ここで笑顔になれないからこそ子供だと言われるのだけど、無理して笑うくらいなら子供のままでいてやるよ。跳ねっ返り娘は、帽子のツバで顔を隠しながら箒にまたがった。










《橙 side》

「結論から言わせて貰うけど血痕だけで被害者を特定するなんて事は不可能よ。せめて容疑者なり何なりの血液サンプルが無いと。ちなみに霊夢のサンプルはないわ。あの子、健康診断とか受けないから。まぁ、里の人間が気まぐれで行ったなら幾つかは比較できるかもしれないけど、面倒だし」
 長々とした説明を要約すると無理の二文字に収まる。名医であり、不老不死であり、賢者でもある永琳を半ば神聖視していただけに橙の衝撃も多かった。
 しかし、よくよく考えれば当たり前の話なのだと今更に気付く。永琳とて万能ではない。血のこびりついた石ころを渡されても困り果てるのは当然だ。必要なのは知識でもなければ経験でもなく、過去視か時を遡る能力である。
「毛の方も同様。ただ、こっちには赤毛という情報があるから絞り込むのはそう難しい事でもないでしょう」
 毛には微量の血液がこびりついていた。少なくとも赤毛の人妖がこの事件に関わっているのは間違いない。
 椛は気恥ずかしそうに視線を逸らし、永琳は苦笑と共に石ころと毛を手渡してくる。
「あまり首を突っ込まない方が利口だと私は思うけどね」
「む」
 藪を突いて蛇を出す。蛇ぐらいなら橙の敵ではないとしても、ここは幻想郷なのだ。下手をすれば竜が顔を覗かせるかもしれない。そうなったら橙どころか藍や紫でも手に余る。そうなるかもしれないと、永琳は暗に示唆していた。
 藍や紫に迷惑をかけるのは忍びない。だが同じぐらいに二人を見返してやりたいという思いもあるのだ。どちらにせよ橙をまだまだ未熟と見ている。だがここで颯爽と事件を解決すれば、きっと二人とも橙の実力を見直すはずだ。
 暇つぶしでもあった調査がいつの間にか、藍や紫から認めて貰うための道具と化している。だからこそ引くという選択肢は有り得ない。ここでおめおめと逃げ帰ったら、それこそ藍の面子を潰すようなものだ。
 一人前は逃げないのだ。橙は拳を握りしめた。
「ふふん、生憎と私は好奇心に殺されたりはしないよ。逆に何倍にもして返してやるんだから!」
「結構、結構。若いって素晴らしいわね」
 馬鹿にするような口調では無かった。心の底からそう思っているのだとすれば、果たして永琳はどれぐらい年上なのか気になってくる。だが今追求すべきなのは永琳の年齢ではなく、誰が被害者なのかという基本的な情報だ。
 これが無ければミステリも始まらない。そうなれば探偵などお役御免。無用の長物になってしまう。
 一刻も早く被害者、あるいは犯人を見つけ出すのだ。
「あ、ひょっとして地下の化け猫が被害者なんじゃないか?」
 どこか忙しなくキョロキョロと辺りを見ていた椛が、不意にそんなことを言う。
「地下の化け猫って、火焔猫燐?」
「そうそう、確かそんな名前の」
 忘れもしない。文の取材でライバルとして名前をあげた相手だ。
 確かに彼女の髪の毛は赤い。
「でも赤い髪なら他にもいるじゃないですか。美鈴さんとか、死神とか」
「いやいや、しかしね博麗神社と一番繋がりがあるのは火焔猫だろう。なにせあそこの猫と烏は神社に入り浸っていたからね」
 何が楽しいのかは知らないが、あの二匹が博麗神社に懐いていたのは事実。あくまで霊夢ではなく神社に懐いたものだから、当の巫女が外出しても留守番役を買って出る始末。よほど居心地が良いらしい。橙には理解できない話だが。
「神社に赤い髪の毛。確かに調べてみる価値はあると思うけど」
「まぁ、赤髪だったらいずれは調べなくちゃ駄目なんでしょうし。そうだね、次は地霊殿に行こう」
 本来ならあそこはライバルの本拠地。軽々しく足を踏み入れて良い場所ではないのだが、緊急事態なのだから仕方がない。居なければ居ないで事件なのだが、居たら居たらで小馬鹿にされそうで今から腹が立つ。
 気が進まない橙に対し、椛の足取りは軽やかだ。挨拶も簡素に部屋から飛びだしていく。
 奇妙な。何か苦手なものでも部屋にあったのか。
「狼は医者嫌い、と」
 呟いた永琳の言葉に反応するも早く、質問を挟んできた。
「猫は方向音痴かしら。火焔猫燐よりも真っ先に調べるべき人物がいるでしょうに」
「え? え?」
 事件については軽く伝えた程度なのに、まさかもう犯人や被害者を特定したというのか。驚愕で引きつった顔が、慌てて口を動かす。
「誰ですか!?」
「ブラックファイヤー」
 しばしの静寂。思考回路は休業状態だ。
 数秒程の時間を消費し、ようやく動き出した脳みそが最初に命令したのは腹の底から笑えというもの。言われなくても実行するさ。これを笑わずして、いつ笑うというのか。
 身体を折り曲げ、膝を屈し、腹を抱えて大いに笑った。
 これには永琳も予想外だったらしく、豆鉄砲を喰らったような顔で止まっている。
「ブ、ブ、ブラックファイヤーって!」
 有り得るはずがない。それだけは天地が逆転しても無理なのだ。
 不可能と言っても良い。
「確かに彼女は霊夢さんの命を狙ってるようですけど、だからってこの事件には関わってませんよ。絶対に」
「随分と自信満々に言うのね。それにまるでブラックファイヤーが誰なのか知っているような口ぶり。興味深いわね」
 血痕や毛を調べる時には面倒くさそうだったのに、ブラックファイヤーの方には興味津々のようだ。きっと、その正体は天才と誉れ高い永琳でも知らないのだろう。知っていたら先程のような発言はしない。
「教えてもいいですけど、他言無用ですよ」
 そこまで隠すような事ではないが、意外にもブラックファイヤーの正体を知る者は多い。無用の混乱を起こしても困るし、なるべくなら正体は隠しておこうと他の連中と話し合って決めたばかりなのだ。
 もっとも、永琳ならそう簡単には喋らないだろう。山の天狗や黒い魔法使いと違って、口は堅そうに見えるし。
 大丈夫なはずだ。多分、おそらく、願わくば。
 消えゆく自信に代わり不安感が募りながらも、それでも橙は永琳に耳打ちで伝える。ブラックファイヤーの正体を。
 最初は神妙そうに聞いていた永琳も、やがて眉間に皺を寄せながら難しい顔で天井を見上げた。
「なるほどね」
「絶対秘密にしておいてくださいね」
「言えないわよ、こんな情報」
 永琳もすっかり呆れ顔だ。そして俄に頬が赤くなり、気まずそうにそっぽを向いた。
 冷静沈着な医者だと思っていたけれど、案外人間らしいところもあるものだ。密かに橙は感心をして、この光景を写真に収めたくなった。勿論、カメラなど持っておらず、心に刻むこむしかなかった。
「それはあなたしか知らないの?」
「私の他には、チルノちゃんとか、大ちゃんとか、リグルとか、みすちーとか。お空ちゃんも知ってるはずなんだけど、案外忘れちゃったりしてるかもしれません」
「あの子が一番ブラックファイヤーに近いのに、それでも忘れるとなったら鳥頭恐るべし、ってとこかしら」
 橙の推測が正しければ、おそらくは高確率で忘れている。大事なモノは必死で覚えようとする割りに、どうでもよい事を忘れる速度はもはや伝説と呼んでも過言ではない。間違いなく覚えていないだろう。
 だが、それはそれで幸せなのかもしれない。どうせ知ったところでロクな結末は待っていないのだから。
「まぁ、だけど――」
「大変だ!」
 永琳の言葉を遮ったのは、血相を変えた椛。余程急いでいたらしく、服装はどことなく乱れていた。
「ど、どうしたの?」
「妖怪の山から煙があがってる!」
「ええっ!?」
 永遠亭を飛びだしたところで、妖怪の山は見えてこない。千里眼の椛だからこそ見えるわけで、橙には何が何やらさっぱりだ。ただ嘘を吐くような天狗ではないし、本当に山から煙が上がっているのだろう。
 山火事かもしれない。椛も同じ結論に至り、だからこそ慌てていたのだ。
 天狗にとって山は住処。いざとなれば寝床を変えればいい橙と違って、天狗達は山と共に生活してきたのだ。その山が仮に燃えているのだとすれば、落ち着けという方に無理がある。
「兎に角、私は一端山へ戻らせてもらうよ! そっちの調査は任せた!」
「あ、椛さん!」
 引き留めようとしたものの、無駄だと悟って諦める。何だかんだと言いながら彼女も天狗の一員なのだ。引き留めようとすれば実力で押し通るのは間違いない。そうまでして彼女を引き留めておきたい理由もないし、大人しく行かせたのは正しい選択だったはずだ。
「まさか、あの煙が血痕と関係してるわけでもないし」
 橙もつられて山へ向かう必要などない。調査を続けたいのなら、ここは素直に地霊殿へ行くとしよう。一人で行くならますます気が進まないけれど、これも全ては真実の為だ。そして藍や紫を見返す為にも、立ち止まるわけにはいかなかった。
 山の方を見つめつつ、心の中で椛の応援をしておく。










《魔理沙 side》

 迷いの竹林に囲まれた永遠亭。妹紅の案内がなければ、決して近づくことは出来ないと言われている。かつてならいざ知らず、今はそうでもないのだが一度広まった噂というのは簡単に払拭できるものではない。
 もっとも永遠亭の連中は元から鎖国じみた防衛線を張っていた。例え客が0人になっても平気な顔をして営業を続けるのだろう。信者の一人や二人で右往左往していた早苗とは雲泥の差だ。あくまで記憶があった時の早苗ではあるが。
 今の彼女は不安そうに神奈子へしがみつき、こちらを凝視している兎達へ警戒の色を滲ませていた。
「ん?」
 ふと後方を見れば、どこぞへ飛んでいく橙の背中が見えた。妖獣も風邪をひくのだろうか。最近のウィルスは強力になったものだ。
 半ば感心しつつも、いつまでも意識を背後に向けておくわけにもいかない。案内係のウドンゲに連れられ、三人は診察室の障子をくぐった。椅子に座っていた永琳は、まだ何も見せていないのに悲しげな表情で溜息を吐いている。
 診察に来たこちらが、医者を心配してしまうほど肩を落としている。
「私も翻弄されるなんて、噂は本当に恐ろしい」
 呟いた声は聞こえても、意味は全く分からない。三人は顔を見合わせた。早苗は勿論のこと、神奈子も首を傾げている。
「何があったのさ」
 気怠げに髪を掻き上げ、どこか疲れたような眼差しで口元を吊り上げた。神奈子の質問はまるっきり無視して、表情を真剣なものへと入れ替える。
「それで、どうしたのかしら?」
 説明する気はまるで無し。かといって強引に問いただすようなものでもない。
 まるで順番が決まっているかのように、今度は神奈子が溜息を吐いた。
 天才は理解できん、と言いたげな顔だ。
「どうも早苗が頭を殴られたらしい。それで今は記憶喪失になっている」
「簡潔ね。だけど分かりやすくて助かるわ」
 包帯を外し、傷口を覗き込んだ。
「ふうん。頭の怪我は何針か塗っておけば問題なさそうね。中身に関してはこれから検査するつもりだけど、ただ記憶喪失は私でもどうすることは出来ないわ」
「治らないってことか?」
「違う。治せないのよ」
 何がどう違うのか。魔理沙には理解できなかった。
「治せる奴はいる。ただ、それが私でなかっただけの話」
 医者にも幾つかの種類がある。里の医者達はそれぞれの分野で己の腕を磨き、里の人間は病気の症状で訪れる医者を変えている。例外は永琳ぐらいのものだ。基本的にはどんな病気でも怪我でも治してしまう永琳だからこそ、きっと頭の問題も解決するのではないかと睨んでいたのだが。魔理沙の予想は外れてしまったらしい。
 だが永琳の話が正しければ、別の場所には居るとのこと。誰だろう。考え込む魔理沙よりも早く、神奈子が大声を張り上げた。
「古明地さとりか!」
 耳を押さえ、顔をしかめる。
 古明地さとり。言わずと知れた地霊殿の主であり、他人の心を読める妖怪だ。
 確かに彼女ならば、早苗の心の奥深くまで潜り込んで治療できるのかもしれない。
「ご明察。あくまで極秘にだけど、患者の中には彼女へ回す人も少なくはないわ。やっぱり心のことはその筋のスペシャリストに頼まないと」
 魔理沙の印象では他人のトラウマをほじくり返して悦に入ってる鬼畜でドSな妖怪なのだが。見る人が変われば頼もしさを感じてしまうのか。少なくとも魔理沙が患者だったら、あの妖怪にだけは診られたくない。
 余計なトラウマを引きずり出され、逆にこちらが心に傷を負うのではないか。それぐらいやりかねない妖怪なのだ。
「あまり地霊殿の連中に貸しは作りたくないが、そうも言ってられないな」
 神ともなれば貸し借りにも過敏な反応を見せるらしい。強引に本を借りていく魔理沙とは大違いだ。
「つまり次は地霊殿に行くのか? あそこは治安も悪いし、早苗を連れて行くのは無理だと思うぜ」
「なあに、能力の方は衰えてないさ。いざとなれば早苗だって自分の身ぐらいは守れるだろうよ」
「鬼が相手なら能力なんて関係ないと思うんだがな」
「安心しな。鬼よりも神の方が強い」
 涙が出そうになるくらい頼もしい言葉だ。仕方ない。神奈子がそうまで言うのなら反対するだけ無駄というもの。今更逃げ出すわけにもいかないし、魔理沙は覚悟を決めた。
「あの、何となくなんですが地霊殿には行かない方がいいかと……」
 これまで口を挟まなかった早苗が、唐突に苦言を呈する。顔色も悪く、落ち着かない様子で視線はあちこちをウロウロしていた。
 及び腰ながら、その言葉には力強い否定の色が見え隠れしている。
 神奈子も魔理沙も同じ考えに辿り着いた。まさか、記憶が戻ろうとしているのか。
「具体的にどうして行かない方がいいのか、それは説明できないんだね?」
「え、ええ。よくは分からないんですが、兎に角行かない方がいいと思います」
 記憶喪失の人間が行きたくない所。可能性を一つあげるのなら、そこで何らかの事件に巻き込まれたとか。それならば嫌な記憶がトラウマとなり、無意識のうちに地霊殿を拒絶しているのかもしれない。
 あるいは事件に近づいているのか。だとすれば神奈子が逃げ出すわけもない。力強く早苗の肩を抱きしめる。
「大丈夫だよ、私がついてる。例え何があったところで絶対に早苗を守ってみせるさ!」
 威厳溢れる言葉に接しても、いまだ早苗の顔色は晴れない。よほど辛い目に遭ったのかと、今度は神奈子の表情に怒りが混じってきた。
「はいはい、怒るなら余所でやってね」
 このままでは危ないと本能的に察してしまったのか、半ば追い出されるような形で三人は永遠亭から出された。チラリと背後を見れば兎達が塩を撒いている。何もそこまでしなくても、と思ったが以前に宝を借りにきた事もあったし兎達が警戒するのも無理はない。
「ふん、どうやら真実に少しずつだけど近づいてきてるようね」
 神奈子の顔はもう永遠亭を見ていない。遠くは地下に眠る地霊殿の方角を見つめていた。そういえば、橙もあちらの方に飛んでいったはずだ。おそらくは偶然なのだろうけど、妙に引っかかりを覚えている自分がいた。
「あ」
「どうした?」
 引っかかりで思い出した。先程回収した『ブラックファイヤー』と書かれた紙切れ。あれを永琳を見せていなかった。別にそこから何か分かるとも思えないが、捜査をするなら見せておくべきだったのかもしれない。
 しかし、もう後の祭りだ。引き返したところで、どうせ大した情報も得られないだろうし。戻るだけ無駄だ。
「いや、何でもない」
 ポケットの中で紙切れが握りつぶされた。










《空 side》

 怒りは視界を曇らせ、判断力を鈍らせる。
 濛々と煙が立ちこめ、あちらこちらで地球には珍しいクレーターが出来上がっていた。妖怪の山なのか月なのか分からなくなるほど地表が変わったところで、ようやく空は文を見失ってしまった事に気が付く。
 何を攻撃していたのか、今となっては恥ずかしい。だからさとりにも警戒されるのだ。侵入者が来ても決して迎撃してはいけない。すぐさま私かこいしを呼びなさいと、言われた時は腹を立てたものの、この有様を見れば納得するしかない。
 幸いにも天狗や河童の居住区からは離れていたせいか、被害を受けたのは木々や大地ぐらいである。これでもしも誰か死んでいようものなら、間違いなく山と地霊殿で戦争が勃発した事だろう。
 そんな仮定の恐怖に怯えることはなかったものの、文を見失った事は思わず歯がみするほど悔しかった。せっかくの手がかり、せっかくの真犯人だというのに。どうして逃してしまったのか。
 こうしている間にも燐の命は危険に晒されている。いや、さっきの攻撃で文も警戒を始めてしまうだろう。そうなれば真っ先に燐の命を奪うこともある。
 今更ながらに痛感した。自分がどれほど愚かな行為をしたのかと。
 冷静に話し合えば、あるいは文も譲歩してくれたかもしれない。地霊殿から燐を誘拐するという手間は生半可なものではない。ペット達の勘は鋭く、侵入者が来ればすかさずさとりへ伝わるようになっていた。後はさとりによって尋問なり拷問なりされて、侵入者は目的を洗いざらい吐くというシステム。
 魔理沙や霊夢程の腕があれば強引に押し通る事も出来ようが、こっそりと誘拐するとなれば両者にも不可能なのだ。
 それだけの難しさ、文だって知っているだろう。それなのに燐を誘拐した。よほど大事な目的がなければ、そんな真似はしたりしない。。
「なんて、馬鹿なことを……!」
 自分に対する呪詛のような言葉に答えたのは、どこか聞き覚えのある声だった。
「いや本当だよ。どうしてここまでやっちゃったかなあ。天狗にフォローするのって大変なんだよ。そこんところは理解して欲しいんだけどね、鳥頭」
 背後にいたのは顔を引きつらせた神様だった。名前までは覚えていないけど、自分を強くしてくれた人の一人だということはしっかりと記憶に刻み込まれている。
「神様!」
「そうさ神様だよ。あんたの後始末をやる神様だよ。ああ、天狗共の陰湿な顔が今から目に浮かぶようだ」
 空は詳しく聞いても理解できなかったが、神様と天狗の間には幾つかの取り決めがあるらしい。その中には空の後始末を二人の神様が行い、天狗への賠償やら修繕も一任されるとあった。
 だから今回のクレーターを片づけるのも神様達であり、天狗へ頭を下げにいくのも神様達なのだ。それが空に力を与えた代償なのだと、当の空が気付いていないから神様は頭を抱えるのだろう。
「大体さ、どうしてこんな事した? 天狗に怨みでもあるのか?」
「ある!」
「あるのかよ。あるんだったらさ、今度は私に相談してよ。簡単に祟る方法を教えてあげるからさ」
「祟りたいわけじゃないの! お燐を取り戻したいのよ!」
 理解できんと首を傾げる神様。仕方なく、空はこれまでの経緯を努力しながら伝えた。何分口下手な烏だ。どこまで理解して貰えるのか、神様の読解力に期待するしかない。
 幸いにも古代より暮らしてきた神様の能力は凄まじく、空の話も一発で理解できた。さとりですら三回は聞き返さないと把握できないのに。
「事情は分かった。幾つか言いたい事はあるけれどさ、とりあえず大事な部分だけ伝えておくよ。お燐はこの山にはいない」
 どうしてそう言い切れるのか。神様は呆れた表情で答えた。
「ここは私が鎮座する山なんだよ。この山に関してなら誰よりも把握している自信がある。現にお前が来た事もすぐに把握していた。まぁ、その時点で止めに行かなかったのは私の落ち度なんだけどさ。こっちも色々と立て込んでるんだよ」
「うん?」
「いやさ、こっちの話。まぁ兎に角、この山にお燐が侵入すれば私が気付かないはずはない。勿論、どこかに閉じこめていても同じこと。自信を持って断言できるよ。この山にお燐は居ない」
 空は地霊殿の仲間の次に、神様を信用していた。だからその神様が居ないと言えば、素直に信じてしまう。本当はただ空を追い払いたかった口実かもしれないのに、確かめようともせずにガックリと肩を落とすのだ。
 今にも泣きそうな瞳に対して、さすがの神様も情にほだされたのか、頭を掻きながら嫌そうに口を開く。
「文が犯人と決めつけるのも早計だよ。まずは地霊殿の主と話し合ってさ、それから色々と動けばいい」
 反論しようとして黙る。既に自分は取り返しのつかないミスを犯しているのだ。
 もしも文が本当の犯人だったなら、燐の命を危険に晒している。そんな自分がどうして胸を張って言えようか。さとりには頼らず、自分の力だけで見つけてみせると。
「ほら、ここは私が何とかしとくからさ。もしもお燐が見つかったら連絡も入れてやる。だから地霊殿にお帰り」
「……はい」
 そうは言っても文が犯人でないと断言されたわけではない。山以外の方面も捜し、それでも見つからなかったら地霊殿に戻ろう。
 次こそは文を見つけても落ち着いて、冷静に話を聞くべきだ。
 固い決意が脆くも崩れ去るのに、さほどの時間も必要なかった。










《文 side》

 一般人ならまず、何故、と思う。
 しかし射命丸文の頭に浮かんだのは、どれ、だった。
 はたてを捜索した矢先、突如として現れた空からの攻撃。怒りで我を忘れていなかったら、今頃は天狗とはいえ危なかっただろう。山の方には甚大な被害を及ぼしたが、なにはともあれ自分の命である。
 それにしても、どの記事が彼女を怒らせたのか。最近は日和がちな文々。新聞だったが、本来は曲解やら捏造まがいが飛び交う過激な内容なのだ。時には大妖怪を怒らせ、時には是非曲直庁から正式な抗議文が届くこともある。こうやって命を狙われたのも一度や二度では済まない。
 空を相手に取材をしたこともあるし、地霊殿に関して色々と書いたのも事実だ。怨まれても仕方のない記事もあり、さとりとは当分会うまいと決めたほどである。
 ただ、気になるのは空の言葉。お燐を返せとは何だろう。
 火焔猫燐は知っている。つい先日も取材をしたばかりの火車だ。その内容にしたって、思わず顔をしかめたくなるほど当たり障りのない無難なもの。怨まれる覚えもないし、そもそも文は取材が終わってから燐とは会っていない。返せも何も、奪った覚えがないのだ。
 まぁ、あの烏は天狗と違って鳥頭。どこぞの誰かにいらぬ事を吹き込まれたのか、あるいは単なる勘違いかもしれない。そっちは放っておいても良いだろう。
 それよりも、今ははたてだ。あれを止めないことには、ロクでもない新聞が幻想郷中にばらまかれることとなる。正直、花果子念報の読者は少ない。しかし文には痛いほど理解できる。内容によっては、弱小新聞だって充分噂を広めることが出来るのだと。
 何としても止めないと。
「とはいえ」
 逃げることは得意でも、追いかけることは苦手だった。こういうのはむしろ、椛の得意技と言える。
 かといってあの天狗に協力を求めることは文の矜持が許さなかった。使いっ走りはさせても、こういった重要な事には参加させたくない。あれに弱味を見せてはいけない。人畜無害そうな顔をして、その裏では虎視眈々と文の寝首をかく方法を探っているはずだ。
 闇雲に捜すしか方法は残されていないのだが、さて広大な妖怪の山。幻想郷最速を自負する文でさえ持てあます広さに加え、地上には生い茂る木々がある。隠れんぼには最適なこの地形で何の情報もなくはたてを捜せと言うのは、さすがに頭が痛い。
 もっともだからといって見逃すわけにもいかないし、兎に角行動するしかなかった。
「おお、いたいた」
 馴染みの声が聞こえてくる。こんな時に厄介な、と思っても決して表情には出さない。天狗にとってはお得意様であり、間違っても敵対してはいけない相手だった。他の天狗は神奈子の方を警戒しているようだが、文はどうにもこの諏訪子という神様から得体の知れない気配を感じ取っていたのだ。
「どうされました。私に何か御用でも?」
 一刻も早く飛び去りたい気持ちはあるが、諏訪子の目は相変わらずどこか澱んで濁っている。神奈子を光とするなら、さしずめ諏訪子は闇に近い。自分の性質もそちら寄りなだけに、警戒心が働くのは無理もなかった。
 現に天狗の知らない所で色々と動いているようだし、はたての件が無ければじっくりとさぐり合いに本腰を入れても良かったのだが。何度も言うように文には余裕が無かった。
 その隙を安易に晒す文ではなかったが、やはり焦りは焦り。諏訪子に見抜かれしてしまったらしく、底意地の悪い笑みを浮かべられた。
「いやなに、大した用じゃないんだけどさ。まぁ、ゆっくりとお茶でも飲みながら話そうか」
 心の中で舌打ちをする。相手がさとりなら兎も角、このぐらいなら相手が神でもばれまい。
 交渉に焦りは禁物。焦っている相手ほど気もそぞろになり、多少の無茶な要求でも素直に呑んでしまう事が多い。文もそうやって何度となく修羅場を潜ってきた。
 はたてを追いかけたい気持ちが、冷静になろうとする部分を封じ込める。
「生憎と忙しいので、もしも用があるなら此処でお願いできますか」
「つれないなあ。せっかく神が信者と交流しようかってのに、ちょっとぐらいは時間を割いてくれても良いんじゃない?」
 ニヤニヤと時間を無駄に使う諏訪子。駄目だと分かっていても、段々と文の言葉は直接的なものへと変わる。
「はたての事ですか?」
 正直、いくらはたてと言えども想像だけで文を暗殺者だと断定したりはしない。誰かが吹き込んだ可能性は高く、だとすれば諏訪子は最有力候補だ。何をしたいのか知らないが、下手をすれば空をけしかけたのも彼女である可能性が高い。
 しかし諏訪子はキョトンとした顔で、「はたて?」と首を傾げた。
 嘘を吐いているようには見えない。本当に虚を突かれたようだ。
 だとすれば諏訪子はこの事件と関係ないらしい。なら、尚更時間が惜しかった。
「あの、もう良いでしょうか?」
「ん、ああ、まぁいっか。いきなり変な所の名前をあげられたから、何か力が抜けたよ。悪かったね、時間とらせて。それじゃもう行っていいよ。あと山の後始末は任せた」
 慌てて飛ぼうとする文はしかし、不吉な言葉で振り返る。
 諏訪子の背後には幾つものクレーター。確か天狗との協定では山の神が全ての後始末をするという事だったのだが。
 俄に冷静さを取り戻した算盤が、瞬時に諏訪子の打算を見抜いた。なるほど、これがあちらの要求か。本来なら長々とこちらに有利な条件を引き出せるまで粘るのだが、文にはそれだけの余裕がない。
「……大天狗様への口利き。河童への工事依頼。それでいいですね」
「まぁ、その辺が妥当か。助かるよ」
 とても感謝しているようには見えない笑顔を浮かべる諏訪子。せめて賠償だけは避けたいという魂胆が見え見えだ。そこを陰湿に突いていけば、あるいはこちらが有利になれたかもしれないのに。まこと口惜しい。
「ここまでしてくれたお礼に一つだけ良い事を教えてあげよう」
 空々しいことを。理性が働いていなければ唾すら吐いていた。
「あの八咫烏はね、お前が火車を誘拐したと思っているらしいよ」
「……はぁ?」
 よくよく、今日は犯罪者に仕立て上げられる日だ。暗殺者の次は誘拐犯とは。
 勿論、文はどちらにも関わっていない。むしろ、今ここで初めて燐の誘拐を知ったぐらいだ。平時なら喜び勇んで地霊殿へ取材に行っていたことだろう。
「ど、どうして私が誘拐犯だと?」
「さぁ。なんか勝手にそう思いこんでいたようだけど、何か身に覚えでもあるんじゃないのかね?」
「清廉潔白が信条の私が疑われるなんて、甚だ不快です」
「天狗の住処には辞書が無いのか」
 呆れ顔の諏訪子は放っておいて、それよりもはたてだ。誘拐犯に間違えられているのも問題だが、そちらはせいぜい空が暴れる程度。幻想郷への被害は甚大だが逃げる事に関しては心配していない。
 だが、はたての方は別だ。放っておけば人々の記憶にクレーターよりも深い印象を植え付けてしまう。そうなったら並大抵の事では払拭できない。
「貴重な情報、ありがとうございました。では、私は急ぐのでこれで!」
「ところで、はたてとあなたで何か問題でも起こっているの?」
 ここで素直に説明するほど、文の性格は真っ直ぐでなかった。どこか見下すような視線で、
「お話するほど大した事ではありません」
 と言い残し、反論する間も与えずに飛び去っていく。
 少しだけ胸がスッとしたが、あの神様のことだ。しばらくしたら文と同じぐらいの情報を手に入れるのだろう。かき回される前に、何としてもはたてを見つけ出さないといけない。
 新聞を発行されたら終わりなのだ。
「…………新聞?」
 ふと考え込む。はたては馬鹿正直な天狗だ。口で情報を広めるような真似はしない。ただ馬鹿な所もあるので、多少は人に情報を漏らすかもしれないが。例えば文へ言ったように。
 それにしたって、まずは兎に角新聞を刷ろうとするはずだ。その為には原稿を書かなければならない。無論、飛びながら原稿を書けるほど器用な天狗は何処にもいない。どこか落ち着いた場所で書いているはず。
 そう、真っ先に捜すべき場所はあったのだ。
「ちっ!」
 どうやら、想像以上に自分は焦っていたらしい。本来なら一番に当たるべき場所だったのに。どうして頭の中から除外していたのか。
 文は急いで、はたての自宅へと向かった。
 幸いにも家の位置は分かっている。本気を出せば一分も掛からない。さすがに多少疲れはしたが、そんな弱音を吐いている暇などなかった。半ば蹴破るように扉を開き、物が散乱するのも構わずに家の中を探し回った。
「はたて!」
 呼ばれて答える馬鹿はいないけど、ついつい呼んでしまうのが性というもの。当然のように返事はなく、はたての姿はどこにも見当たらない。設備も整い、慣れ親しんだこの家が一番執筆するのには向いているはずだが。さすがにはたても警戒して、ここを選択肢から外したのか。
 地下室などあるわけもなく、天井裏にも姿はなかった。
「ここでないとすれば」
 あるいは全くの別のどこか、例えば守矢神社だったり、里の方で書いている可能性はある。だが、それはあまり効率的ではない。河童謹製の新聞を印刷する為の機械が置いてあるのは、各新聞記者の家だけ。後は上層部の一部だけが持っている。
 どこで書こうと、いずれは山に戻って来なければならないのだ。だが、記者の数は少なくない。どの家で待ち伏せするべきか。判断を誤れば、その時点で文は窮地に立たされる。
 人見知りするタイプだから、見知らぬ天狗の家には邪魔できないだろうし。
「考えろ、考えろ。あの子とは短くない付き合いなんだから、考えれば絶対に行くところが見つかるはずって――ああっ!」
 人見知りをするはたてと、短くない付き合いの文。
 答えは既に導き出されていた。
 大声を張り上げるや否や、すぐさまはたての家を飛びだす文。
「あっ、文さん。一体何がって、ちょっと!」
 聞き覚えのある声が届いても、振り返る真似はしない。目的地は決まっているのだ。立ち止まるほど馬鹿じゃない。
 見失ってから、それなりの時間が経った。筆の速い記者ならば、そろそろ完成してもおかしくない頃合いだ。
 疲労にも構わず、文は速度を上げた。










《橙 side》

 藍も紫も会うだけで難色を示す珍しい相手が、地霊殿にはいると聞かされていた。心を読むだけでそんなに恐れる相手ではないだろうと侮っていた自分は、最早過去の話になりつつある。
 どこか物静かな地霊殿には、古明地さとり一人だけしかいなかった。
「あの――」
「お燐は所用で出かけています。いつ帰るかは分かりません」
 仕事の合間のティータイム。湯飲みを傾ける彼女はしかし、苦そうに顔をしかめた。お茶を入れるのは苦手なのだろう。
「じゃあ――」
「私は基本的に地霊殿を出ませんから、博麗神社の血痕については何も知りません。勿論、お燐やお空からも何も聞いていません」
 先手どころの話ではない。質問よりも早く答えられたのでは、せっかく入れた気合いも穴の空いた風船のように萎んでしまう。これではいけないと首を振るものの、はてさてどうしたものか。
 こうした考えも全て読み取られているのだから、さとり相手に交渉など何の意味も成さない。紫や藍ならば、あるいはさとりに読み取られることなく有益な情報を引き出せるかもしれないのに。未熟な自分が恨めしい。
 さとりはチラリとこちらを見るや、何事も無かったかのようにお茶請けの煎餅を齧った。
「質問は終わりでしょう。こちらも忙しいので、そろそろお引き取り願えますか?」
 しかし、ここで引き下がっては藍の式として名が廃る。いずれは自分も八雲の姓を受け、藍のサポートとして働く日が来るのだ。こんな所で躓いているようでは、その日は遙か遠い。
「お燐ちゃんは何処ですか?」
「ですから、所用で席を外しています。戻ってくるのは何時になるか分かりません」
 チラリと中庭の方も様子を見てきたが、確かに燐の姿はどこにもなかった。そして空も。あの二匹が同時に姿を消した時、大概は博麗神社にいるのだが。
「どんな用なんですか?」
「あなたに話す必要はありません」
「いつ戻るのか分からないってことは、あなたが命令したわけじゃないんでしょう?」
「………………」
 さとりと燐を藍と橙に置き換えて考えてみれば、藍が戻ってくる時間を知らないというのはおかしい。いつ頃に帰ってくるかは橙も言うだろうし、藍だってある程度は把握しているはずだ。
 藍が知らないというのは、橙が勝手にどこかへ行ったから。例えば修行をサボってこっそりと遊びに行った時、何時になったら戻ってくるのか心配で胸が痛かったと藍は語っている。勿論、思い切り怒られた後の話だけど。
「どこに行ったのかも分からないんですか?」
「………………」
 急に黙りこくるさとり。
 橙は困った。藍から幾らか交渉術についても学んでいたのだが、こうやって黙る相手の口を割らせる方法は教わってこなかった。だからこそ、さとりは黙っているのかもしれない。なにせ、相手の心が読めるのだから。
「それでは、まるで私があなた如き妖獣を畏れているようじゃありませんか。単に少し考え事をしていただけです。深読みは不愉快ですよ」
 だったら読まなきゃいいのに、と考えてから頭を振った。
「あまり公にはしたくありませんが、出来ることなら大勢に手伝って欲しいという気持ちもあります。それにあなたの背後には、色々と便利な方々もいるようですし」
 藍と紫の顔が思い浮かんだ。おそらく、それで正解なのだろう。さとりは無愛想に頷いた。
「お燐は誘拐されました」
 あまりにあっさりとした言い方は橙に衝撃を与えなかった。すんなりと胸の裡に入り込み、脳みそが理解を始めようとしたところで、ようやく目を見開くぐらいに驚きの声をあげた。
 いないのは確実と思っていたが、まさか誘拐されていたなんて。勿論、さとりが嘘を吐いた可能性はある。しかしこの時の橙は、そんな可能性など微塵も考慮していなかった。人にしろ妖にしろ、予想外の衝撃を受ければ冷静でいられない。未熟な橙は尚のことだ。
「どこで誘拐されたの!」
「それが分かれば苦労はしません。ただ脅迫状まがいのものが届きましたから、少なくとも悪戯という線は薄いでしょう」
 さとりから見せられたものは、確かに脅迫状まがいのものだった。ただ燐を誘拐したという事実だけで告げ、犯人の名前すらない。
 何とも不気味な手紙だった。
「お燐ちゃんが誘拐されたとなると、やっぱりあの血痕はお燐ちゃんのものだったんだよ! 博麗神社に行ったところで、誰かに襲われて意識を失った。あの血痕はその時についたもの!」
 特に矛盾はしていない。これが今回の事件の真相に違いない。
 後は燐の居場所と、誰が犯人なのか。そしてどうして誘拐したのかさえ分かればハッピーエンドで終わる。
 もっと博麗神社を調べてみよう。あそこが犯行現場だとしたら、何か有力な手がかりが落ちているかもしれない。さとりに言葉をかけることもなく、橙は一目散に地霊殿を後にした。










《魔理沙 side》

 魔理沙も早苗もあまり気が進まなかったが、神奈子の強引さに負けた。大切な巫女が記憶喪失とあっては、さしもの神様も気が気ではいられないのだろう。魔理沙とて、大切な人が記憶喪失になったら多少の無茶や強引は押し通す。
 だから神奈子の気持ちは痛いほど理解できるのだが、嫌なものは嫌なのだ。無論、そんな気持ちもさとりにはお見通しなのだろうけど。
 苦虫を噛みつぶしたような顔の魔理沙と、どこか怯えたような早苗と、不安そうな神奈子の三人を見て、さとりは呆れたように口を開いた。
「千客万来ですね」
 生憎と魔理沙達に読心の能力は無い。さとりの言葉の真意など、説明してくれなければ理解できないのだ。
「言わなくても分かるとは思うが、早苗が――」
「さとりさん!」
「さとり!」
 神奈子の説明を遮り、響き渡ったのは早苗と魔理沙の声。さしもの神奈子も目を丸くしており、さとりは真剣な表情で二人の顔を見比べた。
「……いきなり大声を出さないでください。それに言いたいことがあるのなら、八坂様の後にお願いしますよ」
 身を乗り出すような強引さが嘘のように、二人は大人しく口を閉ざした。意味不明な行動に顔をしかめるものの、説明がまだだったと気付いて再開する神奈子。
「早苗が記憶喪失になった。単刀直入に訊こう。お前なら治せるか?」
「記憶喪失にしろと言われた事はありますが、治せと言われたのは今日が初めてです。いつか来る日の為に答えを用意しておいて正解でした。勿論、治せません」
 持って回った話し方のくせに、最後の結論はノーときた。神奈子の口の端がピクリと動いたのを、魔理沙は見逃さない。
 空絡みで色々あったせいか、さとりはあまり守矢の神へ良い印象を持っていないそうだ。しかも神の心は読みにくく、種族としても天敵に近いんだとか。痛めつける絶好の機会が舞い降りてきたのだ、それを捨てるほどさとりの性格は良くなかった。
「心を読むことは出来るんだろ? だったら、せめて記憶のサルベージぐらいは出来ないか?」
「私が読めるのは思ったことだけ。忘れてしまったことは専門外ですよ。あ、でも」
「なんだ?」
「いえ、別に大したことじゃありません」
「それは私が判断する。だから言ってみな」
「とんでもない。お忙しい八坂様の手を煩わせるわけにはいきませんから。情報の取捨選択はキチンとしておかないと」
 真面目ぶった台詞を、どこか楽しげに言うのだから神奈子のストレスが溜まっていくのもよく分かる。口の端だけでなく目も吊り上がっていくのだから、並大抵の精神では顔を逸らしてしまうだろう。
 側にいるだけの魔理沙や早苗にまで緊張感が伝わり、地霊殿の気温が一気に下がったような錯覚を覚える。
「じゃあ、誰なら治せる?」
「さあ? 私も全知全能ではありませんから」
「さっきお前はこう言ったな、専門外だと。なら、専門は誰だ?」
「……強いて言うなら妹でしょうか。ですが、残念ながら所用で席を外しております。いつ帰って来るかは私にも分かりません。そういう子ですので」
「所用、ね。放浪の間違いだろうに」
 魔理沙も何度かこいしと会ったことはあるのだが、考えてみればどれも地霊殿の外だった。余程ココに居たくないのか、それとも単にウロウロするのが好きなのか。おそらく後者だろう。
「あれを見つけるのは骨が折れるんだが、仕方ないか」
 さとりの能力は神に効きにくい。こいしも同様だろう。だが、完全に無効化するわけではないのだ。見つけるのは神といえども困難である。
 神奈子が溜息を吐いたのも無理はない。
 治療だけでなく、問題も山積みしているのだ。早苗に何があったのか。どうして襲われてしまったのか。そして早苗が握っていたブラックファイヤーという紙の意味。
「ブラックファイヤー!?」
 魔理沙も早苗も、神奈子さえも驚きの表情を見せる。しかし誰よりも驚いていたのは、先程まで余裕の表情を見せていたさとりだった。
「東風谷早苗はブラックファイヤーと書かれた紙を握っていたのですか?」
「あ、ああ、そうだぜ」
 勢いに負けて、思わず頷く。
 しばし魔理沙の顔を凝視していたかと思えば、唐突にさとりは机から便せんらしきものを取り出した。
『火焔猫燐はあずかった』
 ただの報告書と言うには些か妖しすぎる。
「これは?」
 神奈子の質問には答えず、さとりは二枚目の便せんを取り出した。
『火焔猫燐はあずかった  ブラックファイヤー』
 まるでそれが自分の名前だと言わんばかりに、どこか強調するような文字が右下の辺りに添えられている。
「一枚目は私が書いたもの。そして二枚目がオリジナル、地霊殿の玄関へ届けられていたものよ」
 便せんの中身が正しいのなら、ブラックファイヤーは早苗を殴打する傍らで燐を誘拐したことになる。しかも噂によるならば、本当の目的は博麗の巫女を暗殺すること。一度に三つの事件を起こそうとするなんて、捕まる前に過労で倒れそうだ。
「魔理沙はブラックファイヤーについて何か知らないのかしら?」
「……悪いが、噂以上の事は知らないぜ」
「そう」
 全てを見通すような目が魔理沙の身体を射抜く。とても居心地が悪く、今すぐにでも外へ飛びだしたい衝動に駆られた。
 一方、確かめるように便せんの裏表を観察していた神奈子が、厳しい表情でさとりへ向き直る。
「捜してはいるけれど、まだお燐は見つかっていないわ。お空も捜してはいるようだけど、この分ではただ暴れているだけのようね」
「そのようだな。此処へ来る前にあった大きな地震。あれはおそらく、空が暴れていた証拠だ」
 仲の良い同僚だった。失った時の衝撃は魔理沙にも分からない。
 諏訪子が行ったようだけど、まぁあの神ならば心配する必要もないだろう。神奈子程では無いとはいえ、神は神なのだから。自分が力を与えた妖怪に負けるはずがない。
「しかし、何で複製した? しかもご丁寧にブラックファイヤーの名前を削って」
「ブラックファイヤーの噂は幻想郷中に広まっていますから、おそらくお空も知っているでしょう。そんな危険人物に誘拐されたと知ったら、もっと暴れ回るかと思いまして。それでまぁ、色々と工作を」
「なるほど」
 巫女を狙っているとはいえ、その危なさを知らぬ者はいないだろう。大切な人がそんな奴に浚われたと分かれば、魔理沙だって死にものぐるいで捜す。マスタースパークも腕が千切れるぐらいに撃つだろうし。さとりが隠した気持ちも分からなくはない。なにせ、空の力は幻想郷での屈指のものなのだから。
 名前を削っていた理由は分かった。だが肝心の、どうしてブラックファイヤーは燐を誘拐したのか。その謎は解けていない。
「まぁ、もっともブラックファイヤーは――」
 さとりの言葉を打ち消すようにして、不意に神奈子が険しい形相で部屋の入り口を睨み付けた。
「誰だ!」
 怒声に呼応して、聞こえてきたのは誰かが廊下を走る音。まさか、今の会話を聞かれていたのか。
 駆け出そうとする神奈子に対し、顔面蒼白のさとりが告げる。
「お空です! 最悪だわ、今の話を全部聞かれた!」
「ちっ!」
 血相を変えて飛びだす神奈子。
 さとりは自身の顔を押さえ、小刻みに震えながら机に崩れ落ちた。被害を拡大させたくなかったという理由の他に、空を悲しませたくなかった事もあるのだろう。他人に対しては冷たいさとりも、ペット達にはしっかりと愛情を注ぎ込んでいた。
 脆くも、それが崩れたわけだが。
「何で気付かなかったんだ?」
「神がいたから、そっちに気を取られすぎてたわ。完全に私の失態よ。本当、最悪ね」
 手の隙間からは表情が伺えない。だけどどんな顔をしているのかは、大体の推測で分かる。分かったところで賞品が貰えるわけでもなし、今はそっとしておくのが一番だ。さとりには悪いが、魔理沙にとって大事なのは空よりも早苗なのだ。
 地霊殿に来てからは殆ど喋っていないようだし、記憶を取り戻した様子もない。
「此処に居ても仕方ない。私達は守矢神社に帰ろう。……早苗?」
 辺りを見渡す。部屋の中には魔理沙とさとり。そして開け放れた扉が一枚。
 どこにも早苗の姿は無かった。










《文 side》

 まさか自分の家の扉を蹴破る日が来るとは思わなかった。そんな思いに浸る間もなく、文は半ば弾丸のように自らの家へと飛び込んだ。身体中に激痛が走ったところで、そこまで柔なものではない。この程度でどうこうなるほど、天狗の身体は軟弱ではなかった。
 物が散乱することもお構いなしに突っ込んだ甲斐もあり、案の定はたては驚愕の眼差しで微動だにしていない。その手にはペンが握られ、目の前には書きかけの記事があった。考えは当たっていたようだ。
 新聞記者で、はたてと縁がある者の家。そんなもの、文の家以外にありはしない。
「見つけたわよはたて!」
 空から理不尽に襲われた怒りも手伝ってか、文の形相はいつもの余裕混じりのものではなかった。思わずはたても怯むが、そこはさすがに新聞記者。すぐさま気を取り直し、半ばやけっぱちではあったが胸を張って言った。
「ふん、例え居場所が分かったところで私を止める事は出来ないわよ! この手が折れようとも、書く意志を折ることは出来ないんだから!」
「書くなとは言わないっての、デマに踊らされるなって言ってるの!」
 確かに、文も曖昧な情報源から記事を作ることはある。
 だがその前に入念な下調べはしっかりとしていた。踊らせることはあっても、踊らされることはない。それが新聞記者というものであり、然るにはたては完全にデマの部下となっていた。
 本来なら若気の至りと一笑に付すのだが、その内容が自分に関わっているのなら見過ごすわけにもいかない。今にも逃げ出しそうなはたての腕を掴む。
「脅しには屈さないわよ! 私には、この真実を幻想郷に伝える義務があるんだから!」
 はたての目には危険な輝きが宿っていた。功名に駆られた記者が、よくこういう目をしている。そして彼女たちの末路はいつだって、ロクなものではなかった。
 引きこもりを卒業したのは喜ぶべき事かもしれないが、記者としてはまだまだ新米の域を出ないらしい。はまりやすい落とし穴へ両足を突っ込んでいる彼女を、このままにしておくわけにもいかなかった。
「真実ってのは自分で作るものなのよ。だけど、あんたは他人から与えられた真実を馬鹿正直に信じてるだけ。だから簡単に踊らされる。目を覚ましなさい、はたて」
「さすがに口が巧いわね、文。でも、その手には乗らないわ!」
 どの手だろう、と思わず首を捻りたくなる。
「口八丁で私を翻弄し、記事を差し止めるつもりね。ふふん、裏付けならもう取れてるわ。こうやってあなたが妨害しようとしている事が何よりの証よ! だけど暗殺なんて成功するわけがない。この私が、この記事で、あなたの野望を打ち砕くから!」
 妄想に踊らされ、あげくに妄想へ浸かっているようだ。こうなると引き上げるのは難しい。引っ張れば抵抗するだろうし、そのままにしておいたら頭まで浸かってしまう。
 古今東西、こういう時の対処法は決まっていた。
「仕方ないわね。だったら弾幕ごっこで決着をつけましょう」
「望むところよ」
「スペルカードは三枚。私が勝ったら記事を書かない。だけど万が一負けたら何も言わないわ」
「勝つのは私よ。負けるなんて有り得ない」
 心の中でほくそ笑む。だからはたては新米なのだ。
 確率は低いものの、あるいは文が負けることもある。当然、ここでの取り決めを反故にするつもりはない。約束は約束だ。文は何も言わず、黙ってはたての邪魔をするだろう。
 ここで異議を申し立てない辺り、経験不足と言わざるを得なかった。もっとも、今はそれに感謝したい気分だが。
「勝負よ、文!」
 すっかり意識が弾幕ごっこに移ってしまったらしく、記事もそっちのけでスペルカードの吟味を始めるはたて。この隙に記事を奪えるのではないかと思うぐらい無防備だったが、ここで妨害活動をしても意味はない。肝心の記事は頭の中にあるわけだし。
 さて、自分もどのスペルカードを使おうか。悩み始めたところで、その声は聞こえた。
「射命丸文ぁ!」
 はたての顔を見つめる。私ではない、と顔を左右に振っていた。
 だとすれば、まさか。ついさっき聞いた覚えのある声の主は。
 文の表情が固まった。










《空 side》

 ついさっきまでの自分には希望があった。
 燐は誘拐されたのだ。きっと犯人には何か目的があり、それまでは無闇に燐を殺すことは無いだろうと。
 しかし彼女を誘拐したのはブラックファイヤーとかいう危険人物。理性を期待するには、あまりにも望みが薄すぎる。既に死んでいる可能性だって、最早否定は出来ない。
 漫画の中で、大概の誘拐犯は金を要求している。だけど、ブラックファイヤーは何も欲しがっていない。ただ自分の犯行を自慢したいだけならば、燐は今頃きっと。
 そこまで考えて、慌てて頭を振った。
「そんなはずないっ!」
 駆け出した空に追いつける者はいない。自分の考えを否定してくれるのは、自分以外にいなかった。だからこそ空しく、だからこそ憎しみが湧き上がってくる。姿を見せぬブラックファイヤーに対して。
 地霊殿を飛びだした空には、明確な目的が存在していた。
 射命丸文。
 危険人物であり、最もブラックファイヤーの可能性が高い妖怪。諏訪子も燐はいないと言ったが、文もいないとは言っていなかった。それに考えたくもないが、既に燐が死んでいるのだとすれば山にいなくても不思議ではない。
 捜そうとしていた自分の行為は無駄という事になる。だけどそれでも、犯人捜しまで辞めるつもりはない。せめてこの手で犯人を葬らないと、怒りのやり場をどこに向ければ良いと言うのか。
 文を倒さない限り、事件は終わらないのだ。
 だが、空にも学習能力はある。例え怒りで目が曇っていようと、悲しみで脳に霧がかかっていようと、同じ轍を踏むのは御免だ。このまま感情に任せて山を破壊したところで、また神に怒られるのが関の山。文は同じように逃げてしまう。
 ピンポイントに彼女を狙わないと。その為には、まず彼女の位置を知ることから始めなくてはならない。
 怒りで表情こそ鬼のようではあったが、双眸は冷静に文の姿を探し求めている。
 もっとも、たかだか天狗一匹。そうそう目立つものではないし、地上のどこにも見当たらなかった。やはり山にいるのか。だとすれば神に尋ねるのが最も手っ取り早いだろう。なにせ、どこに誰がいるのか瞬時に分かると言うのだから。
 しかしそうなると、今度は神を捜す必要が出てくる。何とも面倒くさいやり取りに、もういっそ山を全て破壊してしまおうかと思い始めたところで、
「おお、丁度良かった。少し尋ねたいことがあるのだが……」
 見覚えのある妖狐と出くわした。橙と遊んでいた時に、何度か出会った事がある。
 名前は確か藍。二文字だから覚えやすかったのだ。
「橙が何処にいるか知らないか?」
「文はどこ!」
 交差する質問。暢気に橙の居場所を教えている暇など空には無かったし、そもそも知らなかった。
 鬼気迫る表情に押されたせいか、藍は困惑した表情を浮かべながらも妖怪の山を指さした。
「あの天狗なら自分の家に向かっていたよ。ほら、屋根が黒くて一際見窄らしい建物があっただろ。あれが文の家だ」
 ご丁寧に自宅の場所まで教えてくれた藍に感謝しつつ、空は一目散に山へと向かった。
「お、おい! 橙の場所を知らないか!」
 藍の質問を置き去りするほどの速度で、あっという間に山までの距離を縮めた。さすがに全力を出しただけであって、もう肩で息をしている。山への攻撃も地味に堪えていたらしい。
 しかし暢気に休憩をするほど馬鹿ではなく、すぐさま文の自宅を探す。藍の証言は正しく、言われた通りの建物を見つけた。咄嗟に制御棒を構えるものの、まだ若干残っていた冷静な部分がストップをかける。
 あそこに文がいるとは限らない。藍が見つけてから時間が経った。もういないかもしれないのに攻撃する意味があるのかと。
 空の躊躇いはしかし、若い女性の声で吹き飛んだ。
「勝負よ、文!」
 それは文の声ではない。聞き覚えのない人物の声だ。
 だけど一つだけ確実な事があるとすれば、あの家に文がいるということ。
 憎き文、燐を浚った悪い天狗。ひょっとしたらもう殺しているのかもしれない。助けなければ。例えもう死んでいたとしても、助けなければ!
 混沌と化した空の思考回路に、冷静な考えを期待する方が間違っている。
「射命丸文ぁ!」
 先程の反省も、神からの忠告も、全てが吹き飛んだ。
 空の放った太陽の如き弾幕と一緒に。
 轟音が山を突き抜ける。鼓膜が破れそうなほど痛かった。
 そしてハッと意識を取り戻した時、そこにあったのは見るも無惨なクレーターの痕。そして濛々と立ちこめる煙。後は喘息のように息を切らした自分だけ。
 意識を手放すほどに繰り返された執拗な攻撃は妖怪の山の地形を変えていた。地図の製作に携わっている河童達が見れば、泡を吹いて卒倒することは間違いない。
 乾いた喉に唾を飲み込む。
「そうだ、文は!」
 誰にも信じて貰えないかもしれないが、最初の攻撃はそれなりの手加減をしていた。本当に微少ではあるが、空にだって山を壊したくないだとか、葬り去ってしまえば燐の情報が手に入らないだとか、そういった理性は存在しているのだ。だから、どうしても全力を出せなかった。
 今とは違って。
 正真正銘の全力全開。そこには一切の加減もなく、一片の容赦もない。意識が白くなるほどの弾幕なのだから、いくら天狗と言えども跡形も無く吹き飛ばされるのが当然だ。
 自分は最後の手がかりを消してしまった。
 反省でもなく後悔でもなく、湧き上がってきたのは涙だった。
「っぐ……」
 必至に堪えようとするけれど悔しさが邪魔をする。
 ちょっと考えれば分かることだったのに。どうして怒りで我を忘れてしまったのか。もしも過去に戻れるのならば、先程までの自分を殴り飛ばしてやりたいぐらいだ。
 拭っても拭っても溢れる涙。まるで小雨のように頬を伝い、やがて地面へと落ちていった。
 自然と視線もそれを追い、そして空は見つけた。
 重なるようにして、クレーターの端っこに倒れ伏している二体の天狗を。まさか、いやそんな馬鹿な。恐る恐る、空は天狗へ近づいた。
 あれほどの攻撃を受けながら、まさか生きていただなんて。
 顔を覗き込み、怒りよりも先に嬉しさがこみ上げてきた。
 文は生きていたのだ。
「ゲホッゲホッ……はたてぇー、生きてますかぁ……」
「……死んだわ、私死んでたわ。死神見えたもん」
 身体中を土まみれにしながらも、それでも確かに二人は生きていた。思わず駆け寄り、嬉しさのあまりに抱きつきたくなる衝動を抑えた。取り戻した冷静さが語りかける。文はあくまで自分の敵なのだと。
 警戒心を制御棒に込め、狙いを文から外さない。無論、このまま撃つつもりは無いが逃げようとすれば自分でもどうするのかは分からなかった。
「射命丸文! 大人しくしろ!」
 起きあがり、身体中のホコリを払っていた二人はそこでようやく空の存在に気付いたらしい。お互いに顔を見合わせ、はたてはそれ見たことかと言わんばかりの表情で文を指さした。
「やっぱり文が原因だったのね。私を葬り去ろうとしても、そうはいかないわよ!」
「一緒に殺されかけたっての。まったく」
 乱暴に髪を掻き上げる。呆れの垣間に見えた鋭い眼光は空を射抜き、怯みそうになる心を必死で奮い立たせた。
「あなたがお燐を誘拐したことは知ってるんだから! お燐を返せ!」
「確かに燐さんとは取材で会いましたけど、別に誘拐したわけじゃ……」
「暗殺だけじゃなくて誘拐までしてたの!? これは大大大スクープだわ!」
「暗殺!? お燐を暗殺したの!」
「してません! ですから私は――」
「暗殺されるのは博麗霊夢よ」
「しないって言ってるだろうが! ああもう、面倒くさい!」
 吼える文。空は何とか理解しようとするのだが、いまいち情報が錯綜しすぎて頭が混乱していた。対するはたては自信満々の顔で悶え苦しむ文を小馬鹿にするように見下していた。
 要するに燐は何処にいるのだろう。口を開きかけた空を遮り、現れた白狼天狗が文にくってかかった。
「文さん! 酷いじゃないですか無視するなんて。せっかく優位に立てる――もとい素晴らしいネタを掴んできたって言うのに」
 博麗神社に仕掛けた隠しカメラ。その写真で何か新しいネタはないかと期待していたのも今は昔。最早落ち着いて記事を書ける状況ではないのだ。
「椛……お願いですから今はどっか行ってくれない? 私はとても忙しいのよ」
「あれあれ? そんな態度を取っていいんですか? 博麗神社で謎の血痕。現場に残された赤い毛。どうです、面白そうじゃないですか?」
 挑発的な態度に誘われたのか、文の双眸が椛へ向けられる。どんな状況であってもネタに貪欲なのは記者として成せる技なのか。本来なら関係ない情報などどうでもいいと切って捨てる話なのだが、空は何も言わなかった。微妙な引っかかりを覚えたのだ。
「事件の写真、残ってますか?」
「あ、いや、その、それが本殿に仕掛けたカメラは壊れてまして。多分犯人が壊したのかと……」
 小声でやり取りをする文と椛。そんな二人にお構いなく、はたてが大きな声を張り上げる。。
「神社……赤い毛……暗殺者……ふーん、分かったわ!」
 大声を張り上げて指さしたのは、やはり射命丸文だった。
「あなたは霊夢を暗殺しようとした。だけどうっかり間違えて、火焔猫燐を暗殺してしまったのよ!」
 得意気なはたて。衝撃を受ける空。そして呆れ顔の文と、状況が理解できていない椛。
 真っ先に動いたのは空だった。
「お、お燐を殺したのね!」
「殺してません!」
 制御棒がいよいよ顔面スレスレの所まで近づけられる。この距離で攻撃すれば自分も巻き添えを食らうのだが、もうそんな事はどうでも良かった。
「いや、ひょっとしたら火焔猫燐は霊夢暗殺の現場を目撃したのかも。それで口封じに殺したのね、文!」
「お前は黙ってろ!」
「あ、文さんがブラックファイヤー……へぇ」
「あ、おい、椛! こりゃあ面白くなってきた、みたいな顔すんな!」
「面白半分でお燐を殺したのか!」
「だから殺してませんっての!」
 殺した殺してないの問答は続くが、このままでは何も決着しない。そもそも本当に殺したとしても、殺人犯が素直に白状してくれるわけがないのだ。どうせ嘘を吐くに決まっている。
 嘆かわしい話だ。そんな事をしても地霊殿では通用しない。だから空は滅多に嘘を吐かなかった。
 だって地霊殿には――
「そうだ! じゃあ、さとり様に訊こう!」
 空の主ならば、どんな嘘だって見抜くことだって出来る。どれだけ文が誤魔化そうとも、心の中までは偽る事が出来ないのだから。
「いいでしょう、それで納得して貰えるのなら私はどこにだって行きますよ。勿論、はたても来るんでしょう?」
「当然。あなたが霊夢以外に誰を殺したのか。それを突き止めるまで記事は書けないわ」
「わ、私も行きますよ! 面白そうだし」
 椛を睨み付ける文と、素知らぬ顔の椛。仲が良いのか悪いのか、よく分からない。
「ふふん、これで全てが明らかになるわ」
 燐は生きているのか死んでいるのか。そしてどこに隠されているのか。
 もうすぐ全てが分かる。
 空は固く拳を握りしめた。










《橙 side》

 困惑、とは今の自分を指す為に作られた言葉なのだと橙は確信していた。
 博麗神社に残されていた血痕と体毛。失踪した火焔猫燐が関わっているはずだと推測し、神社で採取したそれらを永遠亭に持ち込んだ。幸いにも地霊殿の面子は空を除いて定期的に健康診断を行っているらしく、血液と体毛のサンプルは揃っていた。
 もしも神社が誘拐の現場だとしたら、犯人はかなり大胆な奴になる。いくら裏手とはいえ妖怪退治を生業とする博麗の巫女のお膝元なのだ。余程の大妖怪か、あるいは余程の大馬鹿である。
 もしも藍や紫並の妖怪が黒幕だったとしたら、はたして自分はそいつを追いつめる事が出来るだろうか。不安に駆られる橙をよそに、永琳は淡々と報告を読み上げた。
「体毛は火焔猫燐のものだったわ。だけど血液は一致しなかった。これは別人のものね」
 胸の不安が吹き飛び、代わりに舞い込んできたのが困惑だ。
 体毛は燐のもの。しかし血痕は別人。つまり被害者は燐じゃない。
 いやむしろ証拠は全くの別の可能性を示唆していた。
 慌てて博麗神社に戻る橙。血痕の周りを必死で探したものの、おかしなものは体毛以外に見当たらなかった。
 間違いない。燐は被害者ではなく、犯人だったのだ。
 体毛は被害者を襲った時に落としたもの。誰を襲ったのか、どうして此処で襲ったのか。疑問は尽きないが現場の証拠は無慈悲に燐を指し示している。
 唇を噛みしめた。体毛はあまり落ちていない。せいぜい一本か二本。争いになったのなら、もっと落ちていてもおかしくはない。つまり燐は背後から忍び寄り、卑怯にも不意打ちで襲いかかったのだ。
 同じ猫として、そして主に仕える従者として、橙は燐をライバルのように思っていた。実力差は明白なれど、それでもいつかは追い越してやると意気込んだものだ。天狗からの取材でも、その思いを熱く語ったのを覚えている。
 だというのに。ライバルの裏の一面を見せられ、橙の心には怒りと失望の念が渦巻いていた。
 しかし、そうなると腑に落ちない点が一つだけある。燐は誘拐されているのだ。ただの失踪なら違和感はないが、加害者が誘拐されるとは不可解な話である。被害者の仲間に犯行を目撃され、それで報復の為に拉致されてしまったのか。
 いや、あるいは誘拐されたというのは嘘なのかもしれない。ただの失踪では疑われるからと、疑惑を晴らすために誘拐されたという嘘を吐いたのだとすれば。今も燐はどこかに隠れ、事件が風化するのを待っているのか。
 ひょっとしたら自分を見張っているのかもしれない。
 辺りを見渡す。誰の姿も気配も無かった。
「くっ!」
 橙は自覚していた。先程までは熱意に溢れていた自分の心が、いつのまにか不安と恐怖に彩られていることを。情けなくて涙が出そうだ。いざ自分に危害が及びそうになると逃げ腰になるだなんて。藍が知ったら失望されそうだ。
「橙!」
 タイミングが良かったのか、それとも悪かったのか。懐かしい声に橙は安堵と怯えの入り交じった表情で空を見上げる。
 心配そうな顔で、藍が神社に降り立った。
「捜したぞ」
 思わず駆け寄りそうになる自分を抑えた。このまま胸に飛び込んでいけば、きっと自分は泣くだろうと確信もしていたし。
 いつもとは違う橙の様子に、藍も何か感じるものがあったのだろう。眉間に皺を寄せている。
「どうかしたのか?」
 聡明な藍にかかれば、この程度の事件は事件の内にも入らない。あるいはすぐさま解決してくれるかもしれない。だが、これは自分が見つけた事件なのだ。出来ることなら自分の手で解決したい気持ちもある。
 ただ相手は自分よりも格上。このまま調査を続ければ、命の保証はないかもしれない。
 しばし考え込んだ橙は結局、これまでに調べた結果を藍に話した。
「ふむ、謎の血痕に火焔猫の毛か」
「犯人は燐で、誘拐は嘘だと私は思ったんですけど」
 藍は辺りを見渡し、腕を組んだ。
「燐を犯人とした根拠は?」
 普段の勉強と同じような声色に、自然と橙の背筋も伸びる。いま、自分は試されているのだ。期待を裏切ってはいけない。
「血痕の側に毛が落ちていました。それは燐のものだって竹林のお医者様が言ってました。だけど血痕は燐のものじゃない。つまり燐が犯人で、毛は襲った時に落ちたんだと思いました」
「80点」
 予期せぬ高得点に目が輝く。いつもは優しい藍でも勉強に関しては手を抜かない。これまでを振り返ってみても、これだけの高得点を貰えたのは何年ぶりだろうか。
 自分の推理は間違っていなかった。思わず顔を綻びそうになる橙を戒めるように、藍は言葉を続けた。
「ただし、現場がこの血痕の周りだけならな」
「え?」
 苦笑しつつ、藍は神社の表側へ回り込む。慌てて橙もついていった。
 どういうことなのだろう。再び困惑に襲われた橙に対し、藍は周りを見るように命じた。そう言われたところで、あるのはいつもの神社と変わらない光景。違いがあるとすれば、欠伸を噛み殺しながら巫女が本殿を掃いているぐらいか。今まで寝ていたのだとすれば、寝ぼすけだと言うしかない。
「あの、藍様?」
「地面をよく見てご覧」
 言われるがままに地面を凝視した。石畳の所もあれば、そのまま地面が剥き出しになっている所もある。だが至って普通の地面だ。特に変わったものは――
「ああっ!」
 衝動に負け、思わず地面に平伏した。敗北感に押しつぶされたわけではない。見つけたのだ。
 赤い体毛を。
「火焔猫燐は定期的にこの神社へ着ている。八咫烏と一緒にな。体毛はおそらく遊んでいる時に落ちたのだろう。鬼ごっこか何かをしていたのなら、裏手に落ちていても不思議ではない」
 だから藍は言ったのだ。あの現場だけなら合格点だと。
「私はいつも言っているだろう。冷静になれ、そして視野を広く持てと」
 最初からヒントはあちこちに落ちていた。だけど自分はそれを見逃して、ただ現場の周りだけを見ようとしていた。それで真実が分かるわけないのに。
「物事は繋がっているようで、案外繋がっていないものなんだよ」
 堪えていた涙が溢れそうになる。合格が貰えたといい気になっていた自分が馬鹿に思える。
 まだまだ未熟だった。迂闊だった。もっと慎重に考え、冷静になるべきだった。
 幸いにも動き始める前に藍が止めてくれたから良かったものの、あのまま勘違いしていたら最後にはどうなっていたか分からない。悔しさで身体が弾け飛びそうだ。
「落ち込んでいる暇はないぞ、橙。事件はまだ解決していないのだろう?」
 藍は言っていた。出来る妖怪には落ち込む暇もないのだと。
 確かに自分は間違った。だけど、それで正解が発表されるわけでもない。事件は依然としてそこに存在しているのだ。
「はい。あの血痕は誰のものか」
「そして、あそこで何があったのか」
 ひょっとしたら、藍はもう答えを知っているのかもしれない。だが橙の洞察力では、それを見抜くことなど不可能だ。微笑みの裏側に隠された感情など、それこそさとりで無ければ見抜けない。
 自分は大人しく、事件の方に専念するとしよう。
 だが、すべき事はあまり変わらない。それでも一番怪しいのは燐なのだ。ただ犯人から被害者へと戻ってきただけの話で。いずれにせよ彼女を見つけなくては、この事件は解決しないだろう。
 いや、と首を振る。先程藍が言ったばかりではないか。もっと視野を広く持てと。
 誘拐された燐。そして謎の血痕。これらを結びつける証拠は何もない。むしろ血痕は燐のものではないと断言されたのだ。体毛にしたって、神社のいたる所に落ちていた。証拠にはなり得ない。
 燐がこの事件に関わっている可能性は低いが断定は禁物だ。やはり情報が足りない。もっと色々な所から集めなくては。
 さしあたっては椛と合流すべきか。山で何があったのかも知りたいし。事件と関係しているかどうかは不明だが、それを決めるのは橙ではない。
「それじゃあ藍様、いってきます!」
「ああ、頑張れ」
 主に見送られ、橙は再び事件へ挑む。










《魔理沙 side》

 地霊殿のどこにも早苗はいない。必死で探し回った末の結論がそれだった。
 部屋から忽然と姿を消したのだから紫あたりを疑いたくなる。しかし神奈子もさとりも空の気配を察知できず、結果として事態は最悪の方へと動き出した。それほどまでに話へ集中していたのだとしたら、早苗がこっそり抜け出したとしても二人とも気付くまいて。
 だが、出来ることなら紫の仕業であって欲しい。普段の早苗なら何も心配しなくてもよいのだが、今の早苗は記憶喪失なのだ。何をしでかすのか、そして何に巻き込まれるのか。想像するだけで胸が痛くなる。
 それに、出来れば早苗には自分の側を離れて欲しくなかった。今となっては手遅れであるが、こんな事になるのならずっと手を繋いでおけば良かったと後悔の念が過ぎ去る。
 さとりはショックで打ちひしがれている。当分は何も出来ない。神奈子は空を追っていった。早苗を捜せるのは魔理沙一人だけなのだ。
 額の汗を拭う。地霊殿独特の暑さだけではあるまい。焦燥感も魔理沙を責め立てている。
 まさか、どこかに隠れているのか。記憶喪失だけでなく記憶が退行しているのなら有り得る話だが、かくれんぼをするには二人とも年を取りすぎた。
「いや……」
 俄に過ぎるのは最悪の可能性。無いとは断言できない。空とさとりの関係を紐解くまでもなく、事態というのは容易に坂道を転げ落ちるのだ。何が切っ掛けになるのか分からないし、いつなるかも教えて貰えない。
 だとすれば。
 魔理沙は駆け出した。そして地霊殿を出ようかというところで、こいしと出くわす。
「あっ、魔理沙。地霊殿に来てたんだ。ちょうどよかった」
 何やら上機嫌なこいし。悠長に話を聞いている時間などなく、質問はいつもよりもストレートだった。
「早苗を見なかったか?」
「早苗? ああ、あの巫女。見たよ、地霊殿を出てからビューッと飛んでった」
「どっちに!」
 余裕綽々の魔理沙が鬼気迫る表情で詰め寄ってくるのだ。さしものこいしも驚いた顔で、地下と地上の穴がある方を指し示す。
 地上へ戻ったのか。その可能性が一番高い。
「どうかしたの?」
「いや、別に何でもない」
「ふーん、じゃあさ私の部屋に来ない? 凄い物を作ったんだよ」
「お誘いは嬉しいが、生憎と私は忙しいんでな。また今度にしてくれ」
 残念そうなこいしを後にして、魔理沙は飛び立った。
 自分の予想が外れている事を願いながら。










《空 side》

「お空!」
 興奮冷めやらぬ空に対し、駆け寄ってきたさとりは優しく抱きしめてくれる。思わず呆気にとられてからようやく、自分が逃げ出してきた事を思い出した。心配をかけてしまったかもしれないと気づき、謝罪の言葉が口から漏れる。
「ご、ごめんなさい、さとり様。でも、安心してください! お燐を誘拐した奴を捕まえてきましたから」
 空にしろ燐にしろ、さとりにとっては大事なペット。失えば気付くし、きっと自分のように犯人へ対する憤りもあるだろう。褒めて貰う事が目的ではなかったが、いざ犯人を突き出せば見返りが欲しくなるのは人も烏も同じことだ。
 何かを期待する眼差しと共に、文をさとりの前へ押し出す。
「だから私は犯人じゃないと……」
「嘘! さとり様に嘘は通用しないんだから!」
 閻魔よりも公正で容赦のないさとり。彼女の前では何人も偽ることができず、誰もが心の裡を解剖されるのだ。例え相手が百戦錬磨の天狗だったとしても、さとりの能力を欺く事は出来ない。
 困った表情の文を、しばし見つめていたさとり。おもむろに顔を逸らし、難しい顔で目を閉じた。
「さとり様、お燐はどこにいるんですか?」
 目を開いたさとりは真剣な表情で告げる。
「お空、彼女はお燐を誘拐していません」
 誰よりも信頼しているさとりの言葉は、この世で何よりも絶対で疑う余地のないものだった。それがどんなに理不尽であろうと、どれだけ不可解であろうとも、さとりの言葉ならば信じられる。
 だから文は犯人ではない。誘拐犯ではなかったのだ。
「ふーん、だけど文がブラックファイヤーであることに変わりはないわ!」
「いえ、ブラックファイヤーでもありません。当然、博麗霊夢の暗殺なんて考えていないし、お燐の誘拐にも全く関わっていません」
 空に続き、はたての表情も色を失っていく。天狗の間にも広く知られたさとりの能力。その精度たるや下っ端天狗の噂話にもなるくらいだから、はたての耳にも届いていよう。だから空と同じ気持ちになったのは仕方がないことと言える。
 足下の地面がガラガラと音を立てて崩れ去っていく。山を破壊までして、多くの人に迷惑をかけて、そのあげくに人違いとは。馬鹿と言われても反論できない。いやいっそ愚かしい。穴があったら入りたい。灼熱地獄に埋まりたい。
 これで燐捜しはふりだしだ。しかも情報は全く無い。
「ところではたて、あなたのネタは誰から聞いたの?」
「……忘れたわ。なんか、誰かが言ってたの」
 疑いが晴れて安心したらしく、文の表情は清々しかった。
「あの、ごめんなさい。私も疑ったりして、色々攻撃したりもして」
「ああ、分かってくれたらそれでいいんですよ。ただまぁ、今度からはもう少し人の話に耳を傾けてください。勿論、はたても」
 うんと素直に頷く空に対し、はたてはどこか拗ねたような表情でそっぽを向いている。ただ何となく気まずかったのか、無言で部屋を出て行った。追いかけるようにして空も続く。
 許してはくれたものの、先程まで親の仇のように追いかけていた相手だ。あちらも内心では空に出て行って欲しかったはず。
 それに燐の捜索は終わっていない。例え情報が皆無だとしても、燐という存在が消えたわけではないのだから。何としても捜し出さないと。
「ねえ」
 文はブラックファイヤーではなかった。だが燐を誘拐したのがブラックファイヤーである事に間違いはない。こうしている間にも、燐が生きている確率は少しずつ下がり続けている。
 一刻も早く見つけ出さないと。
「ねえってば」
 手始めに神の所へ行ってみるとしよう。燐の居場所は知らなかったが、ブラックファイヤーに関してなら何か知っているかもしれない。
 善は急げとばかりに駆け出そうとする空のスカートが掴まれる。危うく倒れる所だった。
「ねえ!」
 理不尽な事に空よりも先にスカートを掴んだはたての方が怒っていた。これでは怒りを向けるわけにもいかず、仕方なく矛先を収める。
「なに?」
「人の話を聞きなさいって、さっき言われたばかりでしょ。まったく、私の話も聞いてよね」
 微妙に納得できない感はあるものの、情報は今や何よりも大事な資源だ。燐についての意見ならば多少の不合理も飲み込むだけの覚悟はあった。黙りこくる空に満足したのか、はたては得意気な顔で話し始める。
「火焔猫燐が誘拐されたのよね? だったら私の新聞にその記事を載せてみない?」
「記事?」
「そう。火焔猫燐が誘拐されましたという事実を新聞にして幻想郷にばらまくの。そうしたら何か情報を持ってる奴が現れるかもしれないじゃない。脅迫状には誰にも言うなとか、そういうのは書いてなかったんでしょ?」
 頑張って思い出す。さとりが消したのはブラックファイヤーという名前だけだったはずだ。それ以外は要求すら書かれていなかった。改めて考えると変な脅迫状だが、いずれにせよはたてのアイデアは使える。
 こちらから情報を集めるにも限度はある。だけど新聞にして広めれば、自然と向こうから有力な情報がやってくるのだ。断る必要はないだろう。
「それはいいね!」
「でしょでしょ! じゃあ早速私の家でじゃんじゃん刷るわよ! 詳しい話が知りたいから、あなたも一緒についてきて」
「うん!」
 そのままはたてに連れられて妖怪の山へと舞い戻る。
 クレーターの生々しい跡が目に痛い。途方に暮れた天狗達の姿も見受けられる。燐が見つかった後、修復を手伝おうと密かに決意した。
「あそこが私の家よ」
 示された方角にあった家は、どこか文の家と似ていた。やたらと食ってかかっていたし、意識しているのだろう。野生の本能で口には出さなかったが、おそらく間違いはあるまい。
 中に入る。さとりもこいしも燐も整理整頓はキッチリする方だし、空とて怒られるからあまり部屋を散らかしていなかった。もしもさとりがこの部屋を見たら、呆れながら肩を落としてすぐさま命令するだろう。片づけろ、と。
 乱雑という言葉が生易しく思えるほど、はたての家は散らかっていた。床は紙切れで埋もれ、平らなところには必ず何かが積み重ねられていた。
「……妙ね」
「何が?」
 急に立ち止まるはたて。慌てて空も止まった。
「所々、物の位置が変わってる。誰か勝手に入ったのかな」
 この物で溢れかえった室内の様子を覚えているのか。そうでなければ、そんな台詞を吐けるわけがない。物覚えの悪い空からしてみれば、さとりの読心能力に匹敵するものだった。
「泥棒なの?」
「分かんない。でも誰か入ったのは間違いないわ。多分文だと思うけど、そうでないとしたら、あるいはまだ隠れているのかもしれないわね」
 二人して顔を見つめる。たかが人間ならば恐るるに足らないが、ここは妖怪の山なのだ。生半可な物なら入り口で追い返される。それこそ霊夢や魔理沙ぐらいの実力者でなければ入れないし、天狗や河童などの妖怪という可能性もあった。
 息を潜め、なるべく足音を殺し、二人はそろそろと部屋の中を進む。空には全く分からないが、はたてには荒らされた形跡が分かるらしい。
「ここは書類の順番がバラバラになってる。誰かが読んだ後、適当に戻したのね。あそこは本が上下逆になってる。私は適当に詰めるタイプなの。文は知ってるはずだし、もしも侵入者が文ならこういう並べ方にはしない」
 誰かが侵入したのは確実なようだ。
 二人とも口には出さなかったが、もしかしたらという心当たりはあった。燐を誘拐したブラックファイヤー。はたては文がそうだと思い、ずっと追いかけていたのだ。勘違いとはいえ何か掴んでいるかもしれないと、本物のブラックファイヤーが忍び込んでも不思議ではない。
 だとしたら、あるいはここにブラックファイヤーが。
 恐怖と緊張で身体が強ばる。もしも捕まえる事が出来たなら、今度こそ燐を助けられるかもしれない。どれだけ強い奴だろうと、空は絶対に逃がすつもりはなかった。
「あそこの部屋……出る時は閉めてたのに」
 息を呑む。今は少しだけ開いていた。
 そして微かな物音も聞こえてくる。
 二人は顔を見合わせ、互いに頷いた。
 ゆっくりと、ゆっくりと、足音を忍ばせる。
 逃がしてはならない。そして逃げてもいけない。
 燐を助けるのだという意気込みだけが、空の背中を押していた。
 やがてはたてが扉を少しずつ開き、ようやく人が通れそうなほどの隙間が空いたところで二人は部屋へ雪崩れ込む。
「覚悟しな……さい?」
 威勢の良かったはたての声は、部屋の主を見るや空気が抜けたように萎んでいく。空も同じだ。先程までの意気込みが嘘のように消えていた。
 侵入者は空やはたてが見えていないかのように、無視して書類を漁っている。そのあまりに堂々とした態度は、むしろこちらがおかしいのかと錯覚してしまいそうなほどだ。
「あ、あの……洩矢様?」
「ん、おお、天狗じゃないか。ちょうど良かった。探してる物があるんだよ」
 悪びれた風もなく笑顔を見せる。
「文の新聞記事を探してるんだけどさ、あんた持ってない? 肝心の文の家はどこかの烏が吹き飛ばしちゃったからね」
 責めるような視線に思わず顔を逸らす。あれは我ながらやりすぎたと反省しているのだ。
「いつの記事でしょうか?」
「今週号」
「えっ、確か今週号はまだ刷ってないはずですよ」
「本当に!? あーっと、そりゃ参ったな。直接訊くと色々面倒くさいから、出来れば新聞があれば有り難かったんだけど」
 残念そうに肩を落とす諏訪子。
 文なら地霊殿に居るのだと教えようとした矢先、思い出したようにはたてが口を開いた。
「あ、でも下書きで良ければ記事ありますよ。私が持ってるんで」
 何故、はたてが文の記事を持っているのか。苦笑しながらはたてが答えた。
「他人のものとはいえ記事は大事ですから。私のと合わせて咄嗟に持ち出したんですよ。もっとも、内容を見たら文が放っておいた理由も分かりそうなもんですけど」
 取り出した記事はくしゃくしゃになってはいたが、確かに何か色々と書いてある。嬉しそうにそれを受け取った諏訪子は、黙々と記事を読み始めた。はたての言葉が正しければ、多分それはとても文らしくないものなんだろう。
 それに、どうして守矢の神が文の新聞に興味を持つのか。しかもまだ発行されていない今週号に。疑問は尽きない。
「なるほどねえ。これはこれは」
 愉しそうに唸る諏訪子。あまりにも気になったものだから、ついつい背後へ回り込んでしまう。はたても同じ気持ちだったらしく、覗き込もうとしたところで諏訪子が振り返った。
「ほら、私は読んだから返すよ。いやあ、とても面白かったね」
 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらの発言だ。空にだって分かる。諏訪子はこの記事から何か別のものを読み取ったのだと。
 用は済んだからと帰る諏訪子を見送り、二人は記事に向き直った。
『幻想郷の主従特集』
 題名を見て思い出した。そういえば、燐はこの企画の為に文の所へ行ったのだった。だから空は文が怪しいと睨んで追いかけ始めたのだ。
 だが内容は至って平凡。本当に文の書いたものかと確かめたくなるほどだ。普通に読んでいたら飽きて、今頃はゴミ箱の中で眠っている。
 はたても必死で探しているようだが、それらしい部分はどこにも無かった。
『さとり様も、こいし様も、私にとっては掛け替えのない大事な主だよ。例えこの身を捧げたって惜しくはないね』
 燐はそう答えている。空も同じ気持ちだが、これがヒントにはならないだろう。さとりやこいしに危険があったのなら、あるいは二人を庇って死んだのかもしれない。だけどそれならさとりが何か言うだろうし、死体が無いのはおかしい話だ。それにあの脅迫状も説明がつかない。
 諏訪子はどこを見ていたのか。燐のインタビューでなく、他の部分にも目を通した。
 ふと、ある妖怪のインタビューで目が止まる。
『同じ猫から化けたお燐ちゃんの忠誠心には凹まされた事もあるけど、お燐ちゃんに負けないよう私も藍様も支えるよ!』
 橙は燐をライバル視していた。それは燐も望むところで、互いに負けまいと競っていたのを覚えている。空はさほどでも無かったし、同じ猫同士、何か負けられない要素でも有るのだろうと思っていた。
 インタビューからも燐に対するライバル意識が剥き出しになっている。ただどちらかと言えば、それは燐に負けたくないというよりも、燐以上の妖怪になって主を支えたいと思っているように感じられた。
 かくいう空がそういう思いを抱いており、だからこそ何度か暴走した。燐を助けたいという気持ちだけでなく、心のどこかにはあったのだろう。一人で異変を解決して、さとりに褒めて貰いたいという気持ちが。
 だから橙の答えにはとても共感が出来るのだが、燐をライバル視していたのも事実。
 まさか、とは思う。
 しかし諏訪子はこの記事から何か見いだしていた。おそらくこの新聞には重大なヒントが眠っているはずだ。そして気になる部分は一箇所だけ。
 友達を疑いたくはないが、怪しい部分を上げろと言われたら空は橙のインタビューを挙げる。
「もしかしたらなんだけど」
「うん」
「橙……が怪しいのかもしれない」
 訝しげなはたてに、先程思いついた推理を披露する。しばし考え込んでいたはたてはやがて、苦々しい顔で呟いた。
「確かに、ライバルを倒す為なら行き過ぎてしまう事もある。ライバル意識が暴走しての犯行だとしても、私はそれを非難できないでしょうね」
 空と同じように、はたてもまた勘違いをしていた。つい先程、苦い経験をしてきたばかりだ。その発言には恐ろしく説得力がある。
「私が文をブラックファイヤーだと思っていたのは、彼女に負けたくないという気持ちの表れだったんでしょうね。何か特ダネを見つけたい、そして文を見返してやりたい」
 ふっと、脱力したような笑みを見せる。
「だけどね、心のどこかでは思っていたわ。もしも文が暗殺者だったら、きっともう新聞記事は書けない。だから私が彼女よりも上に行くことができると。直接的ではなく間接的に殺そうとしたのは私も同じことね」
 何と声を掛けて良いものやら。励ますことが苦手な空は、ただあたふたするだけだった。さとりだったら適切な言葉をかける事が出来るのに。言葉の出ない自分が恨めしく思える。
 だが、はたては空が思っている以上に強かった。不意にあげた顔は力強く、落ち込んでいる様子は微塵もない。
「橙を捜しましょう。彼女が犯人である保証はないけど、洩矢様が何か見つけたのは間違いない。それは多分、この記事なんでしょうね」
 文の時のように突っ走る事はもうしない。今度向けるのは制御棒ではなく、せいぜい疑いの眼差しぐらいだ。それもどうかと思うが、燐を見つける為なら友達といえども容赦するつもりはなかった。
 それにもしも橙の犯行だとすれば、今頃きっと燐は。
 首を振る。最悪の想像は後にしよう。それを確信してしまったら、きっと自分はまた暴走してしまう。
 自然と表情が険しくなる。
「大丈夫よ」
 不意にかけられた、はたてからの言葉。
 たった数文字なのに、それは空の心に染みいった。
「橙の居場所なら、私が念写で見つけてあげるから」
 一瞬だけ呆気にとられ、すぐさま頬が緩む。
 的はずれな励ましだったけれど、その気持ちが何よりも嬉しかった。










《文 side》

 空とはたてが出て行くのを見送ってから、コホンと場を仕切直す空咳を一つ。さとりと椛の注目が集まったところで、文は覗き込むようにして言った。
「さて、それでは火焔猫燐を誘拐した犯人の名前でも教えて貰いましょうか」
 椛は驚愕、そしてさとりは無表情。想定通りの反応だ。
 もっとも、さとりはどうやっても驚くまい。こちらの心を読んでいるのだから、仮に驚こうものなら逆に文の方が驚く。
「ブラックファイヤーだそうです」
「では質問を変えましょう。火焔猫燐を誘拐したブラックファイヤーとは誰ですか?」
 文が半ば確信を持って質問をしているのだと、当然さとりは気付いているだろう。苦虫を噛みつぶしたような顔でしばらく考え込み、やがて観念したように溜息を吐いた。
「あなたもはたてさんの事を責められませんよ。推測だけで記事を書こうとするなんて」
「では、真相を教えて頂けますか? あなたも邪推や憶測を広められるのは本望じゃないでしょ?」
 全くのデマなら堂々としていれば良い。しかし半分以上当たっていたら、今度は黙っている方が不利になる。
 さとりは利口な妖怪だった。
「あの、どういう事ですか?」
 いまだ状況を把握できない天狗が一匹。無視しようかとも考えたが、彼女もまた真相を聞くことになるのだろう。今更帰れと言っても帰らないだろうし、納得もしない。
 口の軽さだけが心配の種だが、さすがに相手は古明地さとり。大天狗どころか天魔すら相手取る程の大物。椛だって馬鹿じゃないのだから、迂闊にペラペラと話したりはしないだろう。
 仮に話したとしたら、さとりがタダでは済まさないだろうし。ある程度の説明ぐらいはしても良いか。
「大事なペットが誘拐されたというのに動いているのは烏が一匹。古明地さとりもこいしも普通に日常生活を送っている。つまるところ二人にとって、これは事件でも何でも無いということ。もしも本当に暗殺者に誘拐されたとしたら、名前を消す前に地霊殿総動員であの猫を捜していたはず」
 天狗の仲間意識にも匹敵するぐらい、地霊殿の結束は固かった。燐が誘拐されたというのに平静のまま、というのは有り得ない話なのだ。
「だから私は推測しました。さとりさんは犯人を知っているのではないかと。その上で失踪事件を誘拐事件にした。そして邪推もしました。もしかしたら、その犯人というのは――」
「こいしです」
 名前だけは自分で呼びたかったのか。文の言葉を遮るようにして、さとりが言葉を発した。驚きっぱなしの椛は更に驚き、このままでは腰を抜かすのではないかと疑いたくなる。
 文と椛の間をすり抜け、さとりが廊下へと歩き出した。
「どこへ行くのですか?」
「お燐の所へ。興味があるのならついてきなさい」
 そういわれて帰る新聞記者はいない。すぐさま後を追った文に対して、椛も遅れてやってきた。哨戒天狗も好奇心には勝てないようだ。
 複雑怪奇な廊下を何度も曲がり、欠伸が出るほど長い直線を歩き続ける。どこまで行くのかと口を開きかけた時、突如として止まったさとりが石造りの壁に手を当てた。どういう仕組みか、まるで溶けるようにして壁が崩れ落ちていく。
 その先には薄暗い闇と、下に続く階段が伸びていた。
「この先はこいしのコレクションルームです。素晴らしいものが出来たのだと、嬉々として教えてくれました」
 これが逆に燐のコレクションとなれば、そこに並んでいるのは死体の山か海。望んで眺めるようなものではなく、さして記事にするほどでもない。ただこいしのコレクションは見たこともなく、想像すら出来ない。記事にする価値は充分にあるのだが、さて。
 とりあえず一枚撮っておいた。妖怪の人生も何が起こるか分からない。
 フラッシュに目を細めたが、そのまま無言で階段を降りていくさとり。文と椛もゆっくりと降りていく。
 長い廊下とは違い、階段は至って短かった。ふと振り返ってみれば、二十段も無かったぐらいだ。
「湿っぽさは無いですね」
 暗闇の恐怖に負けたのか、椛の声は心なしか震えていた。しかも何故か距離が近い。普段ならこちらから近づけば嫌そうな顔をして離れていくというのに。視界を奪うと天狗も人間も変わらないものか。
 かくいう文だって鳥目であることに変わりはない。辺りは真っ暗。さとりが歩く音はするのだが、いかんせん何処にいるのかも分からない状況だ。
「これで明るかったらもっと快適なんだけど」
 温度も適温。ただし視界は相変わらず最悪だ。
 暗闇に乗じてさとりが奇襲してくるとも限らない。古今東西、口封じされるのは油断した馬鹿と決まっているのだから。辺りを警戒しながら、手探りで部屋の大きさを探る。こちらも石造りらしく、触ると手のひらの温度が奪われていった。
「あまり動き回らないでください。いま、火を点けますから」
 隣の椛が安堵の溜息を漏らした。この天狗に哨戒役が務まるのか、甚だ疑問に思う。
 天狗社会の妖しげな人事に考えを巡らせていくうちに、壁のロウソクが一つずつ火を宿していく。次第に部屋の中が明るくなり、
「……………………」
 二人は驚きの声も、感嘆の声も、恐怖の声も上げることなく、ただただ部屋の中央に置かれたそれに見入っていた。
「これがこいしのコレクションです」
 燐の所へ行くと言いながら、連れてこられたのはコレクションルーム。階段を降りる前から、ある程度の予想はしていた。
 燐は既に生きていない。死体かバラバラなのかは知らないが、こいしがコレクションと称して殺してしまったのだろうと。悪趣味な部屋にはきっと燐の死体が横たえられており、もしかしたら壁には眼球やら爪やらが展示されているのかもしれない。
 猟奇的な狂人の部屋にも邪魔したことがある文からすれば、コレクションと言っても所詮はその程度である。悪趣味な誰かの為に記事することはあっても、自分は満足しないだろうと思っていた。
 だけど文は言葉を失っていた。
 今まで見てきた芸術が陳腐に思える。感動してきた話が駄作に感じられる。
 力があった。見る者を惑わし、有無を言わせぬ無言の暴力が。
「私も最初に見た時は息を呑みました。きっと、あの子もそうだったんでしょうね」
 部屋の中央へ置かれた透明な円柱。その中に燐の剥製が収められていた。
 まるで昆虫採集のようだが、彼女の手足は釘で張り付けられてはいない。両手は胸の前で組まれ、まるで安らかに眠っているかのような錯覚を覚える。
 あるいは、それだけなら文は耐えていたかもしれない。まるで生きている燐をそのまま剥製にしたかのような物ではあるが剥製は剥製。それだけだ。
 燐が微笑んでいなければ、こんなにも感動していなかっただろう。
 こいしは燐だけでなく、彼女の笑顔も剥製にしていたのだ。
「お燐の笑顔があまりにも綺麗だったから、我慢できなくて剥製にしたそうです。ただきっと私は怒るだろうから、居なくなってもばれないよう脅迫状を書いた。そのくせ我慢できなくて私に全部話してしまったのだから、本当に愛らしくて愚かな妹だとは思いませんか?」
 どこか自嘲の混じったさとりからの問いかけに答える余裕もなかった。
 文も椛も燐の虜になっている。笑顔の剥製の威力はそれほどまでに高かった。
 秒か分か時間かすら分からない程の時が経ち、ようやく文は意識を取り戻した。そして咄嗟にカメラを向けようとしたが、さとりの手が邪魔をする。
「私にとってこいしは何よりも大切な妹です。変な噂を流したくはない」
「噂ではありませんよ、事実です」
「だったら尚のこと、私は妹を守る義務があります。そもそも、あなたはこの美しさを完璧に収められるほどの技術を持っているのですか?」
 腕が止まる。カメラの役割は把握しているつもりだ。ありのままの現実を捉えるもの。記者はそこに自分の意志や推測を織り交ぜていく。だから結果として新聞記事が誇張や捏造にまみれたとしても、写真を偽るつもりは全く無かった。
 だからこそ文は悩んだ。こいしは笑顔ごと剥製にした。ならば自分は、この剥製の持つ迫力も全て写真に収められるのかと。
「……写真が無いなら記事は作れませんけど、手ぶらで帰る記者はいませんよ。せめて誘拐偽装事件の方だけでも何かネタを用意しなければ」
 諦めはしたが、この事件を捨てるつもりはない。ただ、さとりは絶対に許さないだろう。剥製に関してはこいしの立場を悪くするかもしれないし、空が知ればまた大暴れするかもしれない。しかも下手をすれば今度はこいしに向かって。
 真実を明かしはしたものの記事にはさせないだろう。文もそれは予測していたし、望みは薄いだろうと確信していた。
 だから暗に要求しているのだ。記事にして欲しくなかったら、何か別のネタを寄越せと。
 文とて天狗の一員。もしも弾幕ごっことなれば簡単に負けはしない。
「分かっていますよ。最初からそのつもりでした」
 まだ呆気にとられていた椛がこちらを向いた頃になって、さとりは疲れたように言った。
「がめつい天狗ですね」
「天狗とは欲深い生き物なのです。新聞記者の欲望はその倍ですが」
「博麗神社の血痕。それに纏わる事件の全て話しましょう」
 そういえば、椛がそんな話をしていたような。
「な、なんであなたが血痕について知ってるんですか!」
「私にも色々とあったんです」
 まずは事件を詳しく知らなければ、全部も何もあったものではない。椛から話を聞き、それをさとりが受け継いだ。
「被害者とも犯人とも既に会っています。だから全容を知るのは簡単でした」
 どこか納得いかない顔の椛はさておき、文には気になる部分があった。
「ひょっとして、その人物がブラックファイヤーなのですか?」
「多分違います。そもそもブラックファイヤーが誰なのか、私は知りませんから。こいしが脅迫状に使った理由までは聞いてませんけど、おそらく噂で聞いたから適当に付けただけでしょうし」
 自分が疑われたブラックファイヤー。その正体が掴めるのなら、これ以上ない記事になるのだけれど。残念極まりないが、今は兎に角血痕事件だ。
「真実を聞けば、あなたは話の途中でも守矢神社へ飛びたくなりますよ」










《橙 side》

 大地を抉るクレーター。森は破壊され、途方に暮れた天狗や河童の姿も見受けられる。ちょっと目を離した隙に此処まで地形が変わっているとは、むしろこちらの方が大事件なのではなかろうか。
 聞いた話によると、これは怒った空の仕業らしい。燐を捜していた彼女が何に怒ったのか。普通なら犯人としか考えられないのだが、空の思考は常人離れしている。何か良からぬ勘違いをして、全く関係のない妖怪に迷惑を掛けたとしても不思議ではない。
 文を追っていたらしいのだが、だからといって迂闊に信じ込むのは危険だろう。橙にしろ空にしろまだまだ未熟な妖怪。ちょっと情報を与えられたら目先の餌に飛びついて、そのまま疑いもせずに突っ走る。
 先程、それで懲りたばかりなのだ。またしても同じ愚行を繰り返す気にはなれない。
 何はともあれ、まずは山にいるはずの椛を捜そう。山へ向かった彼女が、この事件に関して何も知らないとは考えにくい。少なくとも橙よりは情報を持っているはずだ。
 しかし、一向に椛は見つからなかった。どこそこで見たという証言は得られるのだが、そこへ行ってみたら今度は別の場所へ行ったと言われる始末。あげくには山から離れたという話もあり、早速途方に暮れてしまった。千里眼の彼女ならいざ知らず、橙はせいぜい耳が良いくらい。
 妖怪捜しには向いていないのだ。現にこうして耳を澄ましたところで、聞こえてくるのは耳馴染みのない人の声ばかり。
「なんだ、もう解決してたのか。必死で捜してた私が馬鹿みたいだな」
「神奈子は強引に解決させようとするからね。ある意味では良かったんじゃない?」
「まぁ、いいさ。それよりも問題なのは早苗だ。あの子はいま何処にいるんだい」
「あーっと、なんか山に戻ってきてるみたいだね。魔理沙もこっちに来てる」
「ふむ? 記憶が戻ったのか?」
「違うみたいだよ。逃げたみたい」
 声は後ろの方からしている。
 振り返り、驚いた。そこにいたのは山の神々。何度か目撃した事はあるけれど、直接話した事は一度も無かった。
「さすがに記憶を失ってもさとりは怖いか。現人神であるならば、心を読ませないぐらいの力が欲しいところだが」
「どうだろう、案外逃げてるのはそっちじゃないのかもよ」
「諏訪子は相変わらず含むねえ。まぁでも、お前さんがそうやって勿体ぶる時は結論が出てない時だからな」
 図星を指されたのか、諏訪子の笑みが引っ込む。俄に辺りへ緊張感が漂い始め、思わず飛んで逃げたくなるのをグッと堪えた。どうやら神はこの山に誰が居るのかしっかりと把握しているらしい。尋ねれば、椛の居場所を教えてくれるかもしれない。
 こんな猫の頼み事を訊いてくれるのかという疑問はあるが、天狗や河童は案外親しみやすい神だと言っていた。怯えて逃げるよりかは遙かにマシな考えであるし、実行しない手はない。
 睨み合う神から目を逸らしたい気持ちを抑え、必死の形相で近づいていく。
「幾つかピースが足りないんだよ。神奈子みたいに腕力で、はまらないピースを強引にはめていくわけにもいかないからね」
「そうやって時間を掛け過ぎるからトンビに油揚げをかっさらわれるんだよ。足りない所は想像力で補っていかないと」
「ハゲタカの間違いだろ?」
「あん?」
「あのっ!!」
 タイミングを間違えたか。殺気の籠もった眼差しが、同時に橙の方を向いた。
 鋭い刃を二本、顔に突きつけられたような錯覚を覚える。ちょっとでも動いたら、そのまま自分の顔は真っ二つにされるのではないか。微かに浮かんだ目尻の涙は、橙の恐怖を何よりも物語っていた。
「おっと、八雲の所の式神じゃないか」
 神奈子の言葉に、先程まで泣きそうだった猫がすぐさま笑顔を浮かべる。紫や藍ならいざ知らず、自分の知名度など無いに等しい。それなのに神様が覚えていてくれたなんて、これを喜ばずして何を喜べというのか。
「そういえば狐もこの辺りをウロチョロしてたね。はぐれたのか?」
 そして諏訪子の言葉で地味に落ち込む。やはり自分は藍の付属品ぐらいにしか思われていないのだろう。いや、だからこそ頑張らなければならない。ここで颯爽と事件を解決すれば、きっと神や藍も一目置いてくれるだろう。
 そうだ、事件を解決しなければ。橙は当初の目的を思い出した。
 その為には椛と合流する必要があるのだけれど、よくよく考えてみれば必要なのは情報だ。この神達ならば何か詳しい事を知っているかもしれない。
「あの、ここで何があったかご存じですか?」
「ああ、空がちょいとやらかしたみたいだね。何でも文が燐を誘拐した犯人だとか言って追っかけてたみたいだけど、結局は勘違いだったようだ。それでこんなに大暴れしたんだから、今度きつく言ってやらないとな」
 表情を険しくする神奈子。姿の見えない空に心の中で合掌しておく。
「勘違いって言ったら、あの天狗も傑作だったよ。文が霊夢の暗殺を企むブラックファイヤーだとか言ってさ、新聞刷ろうとしたらしい。そんで全然関係ない事が分かって、今は二人して行動してるみたいだよ。何をしてるのやら」
 ふと気になる単語を聞いたが、それを口にするよりも神奈子の方が早かった。
「所で、お前は何を探っているんだい?」
「わざわざ私達に話を訊こうとしたんだから、ただの物見遊山じゃないんだろ?」
 大暴れした空と、橙が探っている事件に関連性は無さそうだ。だとすれば、やはり空と同じく燐を捜すべきなのか。結びつけてはいけないと知りながらも、今のところ一番可能性があるのは燐なのだ。
 それとも全く別の切り口があるのか。橙には到底考えつかない事を、この神ならば思いつくかもしれない。出来れば一人で解決したかったのだが、さすがに何の手がかりもない状況で何か出来るとは思えなかった。
「あのですね……」
 仕方なく、橙はこれまで自分が追ってきた事件の殆どを話す事にしたのだ。一部は誤魔化したが、そちらは喋っても仕方がないだろう。
 一通り話を聞き終えた神奈子が、神妙そうな顔で呟いた。
「それはひょっとしたら、ブラックファイヤーとかいう奴の仕業かもしれないな」
 諏訪子の方を見る。彼女の表情も否定はしていなかった。
「霊夢は無事だったんでしょ? だったら違うかもしれないけど、でも一番可能性が高いのはブラックファイヤー絡みだろうね」
 神は大いなる勘違いをしていた。てっきり気付いているものと思い、敢えて話さなかったのだが。
「となると、諏訪子。早苗の怪我はもしかして?」
「有り得るね。ただそうなると、魔法の森を彷徨いていた説明が出来ない」
 難しい顔で考え込む神奈子と諏訪子。早苗の怪我とは何だろう。不思議そうに首を傾げる橙に神奈子が説明をする。
 聞き終えてしまえば、なるほど確かに早苗を殴ったのもブラックファイヤーだと勘違いしてしまうだろう。なにしろ彼女はその名前が書かれた紙を持っていたのだから。
 だが犯人はブラックファイヤーではないと、橙は確信を持って言えた。
「この事件とブラックファイヤーは関係無いと思います」
「……必ずしもそうと断言は出来ないだろう」
 いいや、と橙は首を振る。
「だってブラックファイヤーは――」
 神は驚き、呆れ、そして最後には苦笑した。
 この話をすると、誰もが挙って同じような顔をする。
「なるほど、それなら確かにブラックファイヤーは何も出来ない」
 燐を誘拐する事も、早苗を殴る事も、ましてや神社に血痕を残す事すら出来ないのだ。おそらく早苗を殴ったのは、ブラックファイヤーを利用しようとした他の誰か。少なくとも橙の友人ではない。彼女たちは皆、この事実を知っているのだから。
 ……若干一名を除いて。
「だったら血痕を調べた方が早いね。サンプルを永琳に見せたんでしょ? なら早苗のとすぐさま比べて貰えるはずだ」
 ならば、と永遠亭まで飛ぼうとする橙を諏訪子が押しとどめた。
「私が行ってくるよ。神奈子は早苗を任せた」
「分かった」
 何故神が行かなければならないのか。橙の疑問へ答えるようにして、諏訪子が懐から御札を取り出す。見慣れない青い御札だ。
「これは河童と私達が共同開発した優れものでね。赤い札に届いた言葉が、この青い御札から聞こえるって寸法さ」
 神奈子が取り出しのは赤い御札。俄には信じられないが、この二枚は繋がっているらしい。それこそ藍や紫の式神のように。
「私は永遠亭に行きながらも大体の事情は聞くことが出来る。だけどお前は違うだろ?」
 神奈子の話を聞き、疑うべき人物が候補に挙がってきた。いきなり犯人だと断定するわけにはいかないが、少なくとも話を聞くべき人物だと思っている。確かに永遠亭まで行っている暇はない。
「心配しなくてもさ、こいつはこっそり色んな奴に赤い札をくっつけてるんだ。下手をすれば犯人よりも詳しい情報を持ってるんだから、好きにこき使ってやればいいんだよ」
「少なくとも神奈子のお使いをするつもりはないよ」
「はいはい。いいから、とっとと行ってこい」
「ちぇっ」
 舌打ちをしながらも大人しく飛び立った諏訪子。それを見送ってから、神奈子がこちらに向き直った。
「それで、お前さんはどうするんだい? 私は早苗へ会う前に少しばかり行く所があるけれど、あんたの捜している奴は別にいるんだろ?」
 迷わず、コクリと頷く。
 余るほどの情報を貰った。後は精査して、犯人を追いつめていくだけだ。
 彼女がそうとは限らない。だけど可能性は高い。
「そうか。なら特別サービスだ。さっきまで私達は地霊殿に居た。だからアレが山に来ようとしたなら、地霊殿の方から来るはずだ」
 その言葉を信じるのなら、ある程度は方向を絞れる。
「あの、ありがとうございますっ!」
「良いって。私もあんたの情報で見えてきたものもあるし、お互い様だ」
 神に頭を下げ、すぐさま橙は地霊殿の方角へと飛んでいく。彼女は間違いなく、こちらの方に居るはずだ。
 霧雨魔理沙は、必ず。
 しばらくすると、青空に浮かぶ雲の数が多くなってきた。一つとして同じ形のない雲を見ていると、何に似ているのかゆっくりと考えたくなる。これが日向ぼっこの最中で、遠くの方に魔理沙の姿が見えなければ、今すぐにでも横になって空をボーッと眺めているのに。
 神奈子の情報は正しかった。魔理沙がやってきたのは地霊殿のある方角だ。
 近くで見た彼女の顔にはいつもの不敵さは無く、兎を追いかける少女のように慌てていた。本当に女の子だったんだなあと、場違いな感想を漏らしてしまいたくなる。
「魔理沙!」
 箒に跨った魔法使いは、過ぎ去ることなく橙の目の前までやってきた。通り過ぎれば追いかけようと思っていただけに、この結果は拍子抜けも良いところだ。
 ただ、魔理沙も善意で止まったのではない。胸ぐらを掴みかねない勢いで橙に問いかけてきた。
「早苗を見なかったか!」
 神々の話によれば、早苗はこの山にいるらしい。しかしそれを素直に話してしまえば、すぐさま魔理沙は飛び立ってしまうだろう。追いかけるとは言っても、霧雨魔理沙のスピードを侮ってはいけない。天狗なら楽勝だけど、橙には追いつけるかどうかも不明なのだ。
 なるべくなら、ここで立ち止まらせたい。だが橙は巧みな話術など身につけていなかった。そういう交渉は全て藍の仕事である。引き留めたくても、相応の技術が無いのだから次に言うべき言葉もなかなか見つからない。
 呼び止めておきながら、急に黙りこくる橙。返答が無いことを訝しがりながらも、魔理沙の身体は今にも箒へ跨って彼方へと消えそうだ。
 このままではいけない。
「早苗を殴ったのは魔理沙でしょ」
 焦る橙が発したのは、証拠も証言も何もない、ただただストレートなだけの弾劾。これにはさすがの魔理沙も面食らったらしく、驚きの後に苦笑を浮かべる。
「そりゃ確かに早苗を見つけたのは私だけどさ、そんな事しても何のメリットも無いだろ。それよりも早苗を見てないのか?」
 こちらには武器が一つもない。あるとすれば不確かな情報ばかり。魔理沙へ挑むには、まだまだ武器が足りなかったのか。
 しかし神は後押ししてくれた。きっとあるはずだ。これだけの情報で、魔理沙を追いつめる方法が。
「だけど魔理沙は嘘を吐いてる。早苗を見つけたのは魔法の森じゃなくて博麗神社なんだから」
 相変わらずの苦笑。だが魔理沙は何も喋らなくなった。
 鋭い視線が橙の身体を貫いていく。
「誰から聞いた、そんなデマ」
「わ、私が調べたんだよ! 神社の血痕をお医者さんの所へ持っていったら、早苗の血液だって証明してくれた!」
 全くの嘘である。まだ結果は出ていない。今も諏訪子がその為に、必死の思いで永遠亭まで飛んでいるはずだ。
 ただ効果はあった。口元とは別に、もう目は笑っていなかった。
「じゃあ、早苗は神社で殴られたんだろ。それでどういうわけか、ふらふらと魔法の森までたどり着いた。私が見つけたのはその時の早苗だ」
「神社から森まで行けるわけないじゃん。頭を怪我してるんだよ」
「現に行ってるんだから仕方ないだろ。それとも早苗が魔法の森に行っていなかった証拠でもあるのか?」
 橙は怯んだが、すぐさま反撃に出た。
「神社にはしっかりと血痕が残ってた。だけど、残っていたのは一部分だけ。もしも怪我をしたまま森に行ったんなら、血痕も続いているはずだよ!」
「たまたま通りかかった誰かが治療した。そして意識が朦朧とする早苗は、ふらふらと森まで辿り着いた。これなら血痕も残らず、森まで行くことが出来るけどな」
「そ、そんな偶然あるわけない!」
「そうか? 私はあると思うぜ。だけどもしも無いと言うなら、早苗が森に行っていない証拠か何かがあるんだよな?」
 そう言われると反論出来ない。仮に血液が早苗のものだったとしても、それは被害者が早苗であると断言できるだけ。森へ行っていない証拠にはならないのだ。
「生憎と今日は博麗神社まで行っていないからな。もしも神社で殴られたんだとしたら、私が出来るはずもないだろ」
「魔理沙が行っていなかったっていう証拠はあるの!」
「さてな。だけど、そんな証明が出来る奴なんて幻想郷に居ないだろ。お前だってその時間に行ってないって証明出来るのか?」
 またしても黙らされた。
 魔理沙が怪しいのは間違いない。だけど追いつめる事が出来なかった。
 屁理屈も理屈も魔理沙の方が数段上。未熟な自分では小指の先に噛みつくのが精々だ。
「大体、疑うべきは私じゃなくてブラックファイヤーの方だろ。誰だか知らないが、早苗はそいつ名前が書かれた紙を握っていたわけなんだから」
 橙の推測が正しければ、それは魔理沙が書いて早苗に握らせたはず。ブラックファイヤーに犯行は不可能なのだ。魔理沙もそこまでは知らなかったらしい。知っていたらブラックファイヤーなんて名前使わなかっただろうし。
「案外、霊夢が居なかったのもブラックファイヤーの仕業かもな。あいつも大概強いが、さすがに暗殺者に狙われたら一溜まりもないだろうし」
 ………………………。
「捜すなら私じゃなくて噂の暗殺者でも捜してな。じゃあな」
 悠然とした態度とは裏腹に、遠ざかる速度は尋常では無かった。早苗を捜すにしても全速力すぎる。まるで橙から逃げるような速度だ。
 やはり怪しい。
 魔理沙の逃げた方角を見上げる。あちらには守矢神社があるはず。
 追いつくことは出来ない。だけどもしも神社に早苗が居たならば、魔理沙はきっと立ち止まるだろう。
 まだ負けてはいない。少なくとも、魔理沙は嘘を吐いている。それも事件の根幹に関わる部分の嘘を。
 逃してたまるか。
 真実はもう、すぐそこまで見えているのだから。










《空 side》

 橙を捜そうとする二人だったが、実際の所それは苦にならなかった。彼女の傍らには姫海棠はたてがいるのだ。念写を使えばあっという間に、目的の人妖が何処にいたのか分かってしまう。
 以前の幻想郷ならいざ知らず、今の幻想郷には写真が溢れかえっているのだ。風景専門の天狗もいるし、ただ通り過ぎる人妖を撮る物好きな天狗もいる。念写で人を捜すのは難しいことではない。
 リアルタイムではないが、それでもある程度の位置は分かるのだ。しかも都合の良いことに橙はこの山へ来ている。天狗の本拠地である山に居るのなら、逆に居場所が分からない方が不思議だ。案の定、念写は成功した。
「周りの風景も見たことがある。案内するわ、ついてきなさい」
「うん!」
 颯爽と飛びだすはたてだったが、肝心の空の気は晴れない。文を追っていた時と違って、どうにも心が消極的だった。大事な燐を捜す為とはいえ、疑っているのは大事な友人。どちらを取るかと問われれば迷い無く燐を選ぶのだが、後悔はきっとするだろう。
 燐は早く見つけたい。だけど出来れば違って欲しい。もしも犯人が橙だとしたら、きっと燐を見つけても笑顔ではいられないだろう。
 そういった気持ちが空の気持ちを引っ張っていた。
「ん?」
 ふと頭の上を誰かが飛んでいく。余程急いでいるらしく、見えたのは後ろ姿だけだった。
 しかし特徴的な格好は、例え正面から見なくても断言できる。
 東風谷早苗だった。
 向かっている方角は守矢神社。あんなに急いで帰る必要があるんだろうか。疑問には思ったが、それよりも今は橙が最優先だ。
「おっと、まだ動いてはいないようだけど魔理沙がいるわね。何か話してるのかしら?」
 再び念写をして位置を確かめるはたて。
 このまま行けばすぐに会えるだろう。
 これも勘違いであって欲しいのだが。
「うにゅ……」
 風に掻き消された呟きを捉える者はいなかった。はたては念写に忙しく、後ろを飛ぶ空の事まで気が回っていない。この前向きさが彼女の原動力であり、そして勘違いをさせた最大の要因なのだろう。
 自分もさっきまではそうだったのに、いつのまにか冷静さを取り戻している。だからこそ苦しんでいるわけで、こんな風に悩むぐらいなら盲目的なままで良かった。
 胸が苦しい。息切れしたわけでもないのに。
「ふーん、どうやら橙は守矢神社に向かってるみたいね。私達も行くわよ」
 この冴えない顔色が晴れ渡るような結末が、素晴らしい真実が待っていますように。
 空にはもう、祈ることしか出来なかった。










《魔理沙 side》

 額を拭う。汗は掻いていなかった。上出来だ。
 ここで冷や汗の一つでも垂らそうものなら、自分は犯人ですと自白しているようなものだ。動揺一つ見せてはいけない。例えどれだけ疑わしかろうと、確証が無ければクロではないのだ。この幻想郷であっても。
 しかし、と魔理沙は考える。
 どうして橙だったのか。神奈子や諏訪子ならいざ知らず、全く関係がない橙から核心を突かれるとは。思わぬ事態に動揺しなかったのは、日頃から色々と度胸を鍛えていたからだ。
 まさか、さとりが話したのか。さとりなら証拠も無しに魔理沙を犯人だと断言できる。だから会いたくなかったのだが、あそこで露骨に拒絶するのも怪しい。結局は地下に行き、さとりには心を読まれてしまった。
 言ったら絶対に許さないと思ってはみたものの、果たしてどれだけ効力があるのか。ただ、仮にさとりが原因だとしても何故橙なのだ。全く共通点が思い当たらない。
 それに、さとりから聞いたにしては詰めが甘かった。どれだけ反論されようと、さとりが言っていたと返せばそれで議論は終了するのだ。本当に追いつめたかったにしては、どうにも不自然すぎる。
 だとすれば考えられるのは一つ。橙は自力で至ったのだろう。魔理沙が早苗が殴った犯人だという結論に。
 そちらの方が有り得なく思える。あの猫にそこまでの知恵があるわけがないし、そもそもどうして橙が早苗を殴った犯人を追いかけているのか。ひょっとしたらブラックファイヤー絡みで調査しているうちに、この事件を嗅ぎつけたのかも知れない。
 いずれにせよ、魔理沙が取るべき対応は変わらなかった。白を切り通す。
 そして誰よりも先に早苗を見つける事だ。もしも何かの拍子に記憶を取り戻せば、その時点で魔理沙の破滅が決定する。絶対に早苗の記憶を取り戻してはならない。
 たかが自分のエゴの為、早苗の記憶を犠牲にするのか。葛藤はあるが、もう引き返せないのだ。早苗を殴った時点で、魔理沙の運命は崖から落ちてしまった。後はもう必死で岩にしがみつくか、手を滑らせて地面まで真っ逆さまに落ちていくか。二つに一つだ。
 命に別状は無いものの、あの神々が黙って事を終わらせるとは思えない。何かしらの報復が魔理沙には待ちかまえているはずだ。そんなもの御免である。
 しかし橙があそこまで追いつめてきたのだ。神奈子や諏訪子なら時間を掛ければ魔理沙まであっさり辿り着けるだろう。やはり嘘を吐いたのが不味かったか。今にして思えば、あのまま早苗を博麗神社に置いておけば良かった。
 そうすれば第一発見者は別の人間になり、魔理沙が事件に絡む事は無かっただろう。こうして橙に疑われることも、消えた早苗を追いかけることも無かった。
 だが、あの時の自分は混乱していた。そして興奮していた。
 ああするしか無かったのだ。だから、どうしても見つけたのは魔法の森で無ければならなかった。後悔はしている。だけど、もう一度事件を起こしてもきっと魔理沙は同じ事をしただろう。
 赤い吸血鬼風に言わせるなら、これもまた運命か。
「これで早苗が神社に居てくれたら、運命も信じてやるんだがな」
 地霊殿には居なかった。考えられる可能性は守矢神社だけ。帰巣本能が人間にもあるのかどうか知らないけれど、普通なら真っ先に慣れ親しんだ自宅へ戻るはずだ。問題は早苗が記憶を失っているということ。
 果たして戻っているのか、そもそも戻れているのか。
 次第に顔が険しくなる魔理沙の眼下に守矢神社が見えてきた。
 高度を落とす。境内には誰もいない。屋根の上は言わずもがなだ。
 建物の中か、あるいは此処に居ないのか。
 目を凝らす。すると本殿の影から見覚えのある服がチラリと見えた。
「っ!」
 胸を押さえ、呼吸を整える。危うく箒から落ちそうになった。こんな所で事故死だなんて馬鹿らしくて妖精も笑わない。
 深呼吸を繰り返し、ようやく心臓の方も落ち着いてきた。
 動揺する必要はない。あれは早苗だ。
 境内に降り、慌てて巫女服が見えた方へ走る。運命も偶には天秤をこちらに傾けてくれるらしい。そこには怯えた顔の早苗がいた。
「ま、魔理沙さんですか?」
「ああ、魔理沙さんだぜ。まったく、随分と捜させてくれるじゃないか」
 早苗の表情は強ばったままだ。余程怖い目に遭ったのか、それとも単に不安だったのか。いずれにせよまだ記憶は取り戻していないようだ。
「ご、ごめんなさい。何だか急に怖くなって、それであの、気が付いたら走り出してました」
「まぁ、無理もない。他人の心を読める奴だからな、居心地が良いのは獣ぐらいだぜ」
 当の魔理沙だって出来れば行きたくなかったぐらいだ。結果として記憶は戻らなかったし、早苗からすれば心を読まれ損である。
「記憶の方は神奈子や諏訪子が何とかしてくれるさ。さあ、家に帰って何か食べようぜ。お腹が減ってきた」
 腹を押さえるジェスチャーが余程お気に召したようで。早苗はクスリと笑みを零した。
 気を遣ったわけでも何でもない。本当に魔理沙は腹が減っていたのだ。
「分かりました。じゃあ適当に作りますから、魔理沙さんは神奈子様達を……」
 早苗の言葉が止まる。嫌な予感がした。
 振り返りたくないが、時間は止まらない。いつまでもこうして固まっているわけにもいかず、仕方なく魔理沙は踵を返した。
 案の定、そこにいたのは最悪の訪問客だった。
「まだ勝負は終わってないよ」
 鼻息も荒く、橙はそう言った。










《橙 side》

「あややややや、どうやら丁度良いタイミングだったみたいですね」
「は、早すぎですよ、文さん」
 事件と聞いて彼女が嗅ぎつけないはずもなかった。何時かは現れるだろうと予想していただけに、文と椛の登場にさして驚きは無い。魔理沙もそれは同じだったらしく、チラリと横目で見ただけで、後は自分の方へ眼差しを向けた。
「ようやく見つけたわ」
「橙!」
 後方からは騒がしい声が聞こえてくる。何処かで聞いたことのある声色に振り返ってみれば、珍しい組み合わせのコンビがやって来る所だった。
 はたてと空。烏以外に共通点の無さそうな二人組だ。
「ねえ、あなた。火焔猫燐を知らないかしら?」
 はたての質問に顔をしかめたのは橙ではなく、何故か文と椛だった。おそらく、この二人は誘拐された燐の行方を追っているのだろう。しかしどうして自分の所へやってきたのか、思わず首を傾げたくなる。
「知らないよ」
「はたて、その子は嘘を言ってないわよ。というか、あなた。また勘違いしてるのね」
「う、五月蠅いわね!」
 顔を赤らめるはたてに、文も苦笑いを隠せない。一方の空は燐の手がかりが途絶えたというのに、不思議と表情を明るくしていた。こちらも謎だ。
「おお、随分と賑やかじゃないか。なんだい、祭はまだ始まってなかったんだね」
 そう言って登場したのは諏訪子だ。永遠亭へ行ったはずなのに、どうして此処にいるのか。目で訴えかける橙へ答えるように、諏訪子は口の端を吊り上げた。
「結果は出たよ。あんたの思った通りだ」
 既に魔理沙へ啖呵を切った後だけに、さしたる武器には成り得ない。しかし本当に確証を得られたのは大きい。少なくとも、これで早苗が殴られた場所は確定したのだ。
「なんだ、もう戻ってきたのか。早かったね」
「そういう神奈子も、早苗の所に行ってたんじゃないの?」
 諏訪子の背後から神奈子も現れる。だが、その表情は冴えない。
「ちょいと野暮用でね。まぁ、待ち人には会えなかったけど」
 意味ありげな視線でこちらを見る。まさか自分が待ち人というわけでもあるまい。ついさっき会ったばかりだし。
「おいおい、随分と観客が増えたな。お前の仕業か?」
 軽口を叩く魔理沙。まだまだ余裕はたっぷり有るようだ。
 つまり不利なのは自分の方。ちょっとでも道を間違えれば、その時点で敗北は必至だろう。
 魔理沙が引き返せないように、橙もまた引き返せない道に足を踏み入れたのだ。
「私は何もしてないよ。ただ、周りに誰がいようとする事は変わらない」
「そうだな。どれだけ観客がいようと真実は揺るがない」
 二人の雰囲気が場を支配する。もう喋っている者は誰もいなかった。
「確認するけど、早苗は博麗神社で殴られた。魔理沙は魔法の森で早苗を見つけた。魔理沙は博麗神社に行っていない。この三つに間違いはないね?」
「ああ」
「だけど魔理沙、さっきあなたはこう言った。」
『案外、霊夢が居なかったのもブラックファイヤーの仕業かもな。あいつも大概強いが、さすがに暗殺者に狙われたら一溜まりもないだろうし』
 ブラックファイヤー云々はどうでもいい。大事なのは最初の一行。
「博麗神社へ行っていないのに、どうして霊夢が神社に居ないと知っていたの!」
 魔理沙の目元が微かに反応する。所詮はその程度の矛盾だとしても、人は嘘を取り繕うために更なる嘘を重ねようとするもの。その綻びはやがて明確な矛盾となり、完全に破綻するのだ。
 どんなに小さな一歩でも、進まないよりかは遙かにマシだ。橙は一歩だけ踏み出した。そして魔理沙は半歩だけ下がった。
「そんな大声で叫ぶような事じゃないだろ。ちょっと小耳に挟んだだけだぜ。今日は神社に霊夢が居なかった、ってな」
 良くも悪くも霊夢は注目を集める。確かに霊夢が神社にいなければ、多少の噂にはなっているだろう。それを何処かで聞いたとしても、さほど不思議な話ではなかった。
「じゃあ本当に神社へは行ってないんだね? 血痕も見てない?」
「当たり前だろ。大体、あんな分かりにくい場所にある血痕なんか見えるかよ」
「そう、血痕は神社の裏手側にあった。普通は見つけられるわけがない。だったら魔理沙。どうしてあなたがその事を知っているの!」
 今度の一撃はそう簡単に避けられるものではない。魔理沙の表情もあからさまに変わった。
「それも何処かで聞いたんだろ」
「見つけづらい場所だったから、この事を知ってる人は限られる。ねえ、魔理沙。どこで聞いたのかぐらいは覚えてるんでしょ?」
「少なくとも、私達は橙から話を聞くまで全く知らなかったけどね」
 神奈子の追い風が、魔理沙を更に追いつめていく。
「やっぱり魔理沙は嘘を吐いている。あなたは神社へ行ったんだ。しかも裏側に回って、あの血痕を目撃している!」
 苦虫を噛みつぶした表情も、ずっと続くわけではなかった。どこか吹っ切れたような顔をして、魔理沙は肩をすくめた。
「ああ、認めてやるよ。確かに私はあの血痕を目撃してる」
 これで魔理沙と血痕が繋がった。
 だが目撃者だと主張するのは苦しいだろう。ここまで嘘を吐いておきながら、今更その論理が通るはずもない。
「だったら魔理沙は――」
「だがな、私は早苗の姿なんて見ていないんだよ」
「……えっ?」
 血痕を目撃しておきながら、早苗は見ていないだなんて。何を言っているのか理解できないと、橙の表情が苦悩に歪む。
 魔理沙は余裕を取り戻したらしく、落ち着いた感じで口を開いた。
「私は霊夢に用があってな、ちょっと神社まで行ったんだ。だが霊夢はいなかった。そこで捜しているうちに、あの血痕を見つけたんだ。それでまぁ、情けない話だが怖くなってな、慌てて自宅まで戻った。そして家の外を彷徨いている早苗を見つけたんだぜ」
「なっ!? そんな!」
 慌てて反論しようとする。そんな馬鹿な話があるわけない。
 だけど口からは悔しげなうなり声しか出てこなかった。
 あまりにも都合の良い話だ。だが筋は通っているように思える。
 早苗は記憶こそ失ったものの、怪我に関しては幸いにも大事は無かった。だから意識を取り戻し、どこかへフラフラ歩いたとしても不思議ではない。魔理沙が目撃したのは早苗が居なくなってからだとすれば、橙の推理は前提から崩壊する。
「ねえ」
 適当な言い訳なのは間違いない。だけどそれを否定する為の武器が無かった。
 魔理沙は余裕綽々だ。無理もない。
 藍や紫なら例え素手でも巧みに情報を引き出し、気が付けば相手を倒しているはずだ。だけど橙にその技術はない。素手で挑んでも返り討ちにされるだけ。
「ねえってば」
 元から無理だったのか。やはり藍を頼るべきだったのか。
 どこかで道を間違えたのだろう。そうでなければ、こんな結末――
「ねえ!」
「うわっ!」
 耳元で大声を出され、思わず飛び跳ねてしまった。
 こんな大事な場面で、こんなくだらない悪戯をするのは誰だ。半ば怒りならば横を見ると、不思議そうな顔のはたてが立っていた。どうして脅かした側がそんな表情をするのか、橙には全く理解できなかった。
「要は魔理沙が神社に居たって証明できれば良いんでしょ?」
 何を今更。それが出来ないから、こうして悩んでいるのだ。
 表情を険しくする橙とは対照的に、文と椛の表情が明るくなった。一方の魔理沙は橙にも負けないぐらい顔色を悪くしている。どうしたというのだろう。
「んー、ほら。これでいいの?」
 突き出された携帯電話とかいう代物に興味などない。しかめっ面で跳ね返そうとした時、不意に飛び込んできた画面に橙は目を見開いた。
 そこに映し出されていたのは博麗神社と霧雨魔理沙。しかも魔理沙が向かっている先には血痕のあった本殿の裏側。
「こ、これは?」
「念写で撮ってみたの。キーワードを入れたら過去に撮った写真が撮れるのよ。まぁ、時間指定は出来ないから何度やっても魔理沙と神社で撮れるのはこの一枚だけ。ただ、何でこんな写真があるのかは分からないけど」
 はたての視線を受けて文が顔を逸らした。時間が許せば追求するのだが、今はそれどころではない。
「で、これって証拠にならないの?」
「なります!」
 はたての能力は魔理沙も認めるところなのだろう。だから顔色も冴えない。
 だけど、これで証明されたのだ。魔理沙は博麗神社に行っている。
 ……いや、待て。それは既に魔理沙も認めている。
 肝心なのは神社へ行ったのが殴られた後なのか前なのか。それが分からなければ、この念写は何の役にも立たない。
「そうだ! じゃあ魔理沙さんと早苗さんと博麗神社で念写してみてください」
 これならば、あるいは何か決定的な瞬間が写っているかもしれない。分かったわとすぐさま念写するはたてだったが、画面に映し出されていたのは先程と同じ写真だった。魔理沙が本殿の裏側に向かっている光景。それだけだ。
「あの、これは?」
「あれ、おかしいわね? ちゃんとキーワードは入力したはずなんだけど」
 肝心な所で故障とは。これだから機械は信用できないのだ。
 やはりあの写真では決定的な決め手にはならなかったらしい。
 肩を落とす橙だが、どうしても気になる事が一つだけ。魔理沙も写真は見たはずだ。だったらむしろ更に余裕が生まれるはずなのに、どうして冷や汗を垂らすほど動揺しているのか。
 見れば文や神奈子も黙って写真を眺めている。
 何かあるのか。橙は目を凝らした。
 だが何度見ても、そこに写っている光景は変わらない。魔理沙の服装にもおかしな所はないし、本殿にも変わった様子はない。魔理沙が向かっている先は間違いなく本殿の裏側だし、と視線を移した瞬間。
「ああっ!」
 指を指し、声を張り上げる。
 まだ気付いていなかった者達が、橙の指先に視線を集めた。そして誰もが同じように声を上げるのだ。
「これで言い逃れは出来ないわよ、魔理沙!」
 本殿の端。裏側の部分からチラッと姿を覗かせているのは、間違いなく巫女服の裾だった。しかも早苗のトレードマークでもある紺色があしらわれている。霊夢の服ではない。早苗の巫女服だ。
「それとも、誰か他にあの巫女服を着ていた人物がいるって主張するつもり?」
 額の汗を拭い、魔理沙は肩の力を抜いた。
 ようやく観念したのか。
「こんな事になるんなら、最初から嘘なんて吐かなきゃよかったな。ああ、そうだよ。私は殴られる前の早苗と会っている。そこで霊夢は知らないかって会話をして、そのまま別れた」
 ……ん?
「そしてやっぱり霊夢は神社にいるのかもしれないと思って戻ってみたら、そこで早苗が血まみれになって横たわっていたんだ。私は怖くなって慌てて自宅に戻り、後はさっき語った通りだ」
「そ、そんな言い訳っ!」
「ほらな。本当の事を言ったら疑われるだろ。そりゃそうだ。血まみれになる前の被害者と会ってるんだから。真犯人の目処が立ってなきゃ疑われるのは当然だろ。それが嫌で私は嘘を吐いてたんだよ。まぁ、ちょっと臆病過ぎたな。その事についてなら謝るぜ」
 のらりくらりとかわされる。橙は魔理沙の本質を見誤っていた。
 パワーでもない、速度でもない、彼女の本当の強さは度胸だ。どれだけ追い込めたところで、冷静に次の一手を打ってくる。橙はこんなにも右往左往しているのに、魔理沙はもう何事も無かったかのように佇んでいた。
 これではどちらが犯人なのか傍目からでは判断できない。それぐらいに肝が据わっているのだ、霧雨魔理沙という魔法使いは。
「誰だって勘違いぐらいするさ。まぁ、気にするな」
 励まされても嬉しくはない。むしろどんどん落ち込むだけだ。
「いやさすがに、それは無理があるんじゃないでしょうか」
 膝を突きそうになった橙を支えたのは、予期せぬ方向から届いた声だった。魔理沙もそちらの方を向く。
「無理がある? おかしな事を言うな。私にはそう思えないぜ」
「口を挟むつもりは無かったんですけどね。私には知りたい事があったんですよ。ああそれと、どうしても皆さんにお伝えしたい事があったので」
 文は微笑み、早苗に視線を移した。
「それじゃあ早苗さん。そろそろお話してはどうでしょうか。あの時、何があったのか。その全てを」
 誰もが一様に戸惑いの色を浮かべた。例外は文と椛だけ。神奈子達ですら怪訝そうな顔をしている。
 そして当の早苗は、誰よりも動揺していた。
「私は記憶喪失なんですよ。覚えている事なんて……」
「さとりさんから聞きました」
 早苗の表情が驚きに変わる。そしてすぐさま神奈子が動いた。
 四柱の御柱が早苗を取り囲み、まるで守護するように早苗の前へ立ちふさがる。橙も魔理沙も一歩も動けなかった。
「そうか、なるほどね。全く気付かなかったよ」
「……申し訳ありません。お話する機会が無かったもので」
 素直に頭を下げる早苗。衝撃が橙の身体を襲った。
 文の言葉の正しさが証明されたのだ。
 顔を上げた早苗は、皆に向かって告げる。
「私が記憶喪失になっていたというのは真っ赤な嘘です。私にまだ意識があると分かれば、きっと犯人は命を奪おうとする。だから咄嗟に記憶喪失だと嘘を吐いたのです」
「じゃあ、地霊殿から居なくなったのも……」
 魔理沙の声は震えていた。ハリボテの余裕は脆くも崩れ去っていたのだ。
「ええ、魔理沙さんと二人っきりになったら何をされるか分かりませんから。だから逃げたんです」
 拳を握りしめ、唇を噛みしめる魔理沙。
 だが、これでもう彼女は終わりだ。何をどう取り繕ったところで、被害者の証言に勝てるわけがない。
「私は霊夢さんに用があり、博麗神社まで訪れました。ですが霊夢さんは居なかった。だけど誰かが『おい、ちょっと!』と叫んだのです。何事かと思い、私は声のした本殿の裏側に回りました。しかしそこには誰もおらず、不意に後頭部を殴られました。そして気が付いた時、そこには魔理沙さんがいたのです」
 皆の視線が一斉に魔理沙の方を向いた。
「おそらく大声を上げた後、本殿を回って私の背後をとったのでしょう。当然、神社で魔理沙さんと会話なんてしていません」
 魔理沙の更なる嘘が暴かれた。
 これでもう揺るぎない。被害者が告白しているのだ。言い訳など出来るはずもない。
 膝から崩れ落ちるのは橙ではなく魔理沙の方であった。神が向ける目も厳しい。これから魔理沙がどうなるのか、それは橙の知るところではないが、少なくとも早苗の命を奪ったわけではない。せめて注意ぐらいで済ませてくれるといいのだが。
 誰もが事件の結末を考えていた。これで終わったのだと疑いもなく信じていた。
 だけど魔理沙は、
「ふふふふふふふふふふふふ」
 不敵に笑っていた。










《魔理沙 side》

 橙だけならば、今頃はあっさりと逃げ切れただろう。魔理沙との実力差はいかんともしがたい。それは一朝一夕で埋められるものではないのだ。
 だが文やはたても加われば、ここまで追いつめられてしまう。所詮は嘘で塗り固めた真実。いずれは白日の下に晒されるのが運命なのだろう。
 だが、それは今ではないはずだ。
 此処に集まったのはミステリで言うところの探偵連中。誰も彼もがご自慢の推理を披露し、犯人を追いつめようと必死なのだ。それも終盤を迎え、今や物語はエピローグに入ったと思っているのだろう。
 あるいは、もう魔理沙が自白を初めても良い頃合いだ。こういう動機で殺そうとしたんですよと、命乞いのように言い始める時間帯なのかもしれない。
 甘いな。
 魔理沙はミステリを読むたびに思っていた。どうして犯人はもっと抵抗しないのか。どれだけ証拠を並べられたところで、まだ逆転する目はあるかもしれない。勝手に自分の最後を決めつけ、観念するような輩にはなりたくなかった。
 往生際の悪さにかけては、幻想郷でもトップレベルだと自負している。
 まだ勝負は終わっていない。
 ここにいるのは探偵ばかり。どいつもこいつも理論を武器にして戦っている。如何なる不合理があろうとも、そこには必ず意味があるはずだと信じて疑わない。
 犯行現場に意味もなく人の血をばらまく犯人はいない。扉が開いているのに、わざわざ鍵のかかった窓から出て行く犯人はいない。そう考えているのなら、此処に居る誰も魔理沙を追いつめる事は出来ないのだ。
 あの時の自分は混乱していた。今はその事に感謝すらしたい気分だ。
 現実はミステリじゃない。ご都合主義がまかり通るし、理不尽が闊歩する不条理な世界なのだ。










《橙 side》

 突然犯人が笑い出したのだ。精神が壊れてしまったのかと思うのは仕方がない。
 恐る恐る覗きこもうとする橙だったが、魔理沙は勢いよく顔をあげた。
 思わず息を呑む。追いつめられた犯人の目ではなかった。彼女はまだ諦めていない。こんなにも絶望的な状況でありながら、その双眸はまだ希望を捨てていなかったのだ。
 有り得ない。どうすれば、この状況をひっくり返せるのか。
「早苗。その証言だけで私を犯人だと決めつけるのは早計だ」
「で、ですけどあの声は確かに魔理沙さんでした」
「本当にか?」
「……ええ」
「間違いなく、それは私の声だったと断言できるんだな!」
 強く言われ、しばし考え込む早苗。答える時には、表情に影が差し込んでいた。
「多分、魔理沙さんだったと思います。なにぶん、その後に頭を殴られたもので記憶が曖昧に……」
 少なくとも否定はしていなかった。ならば、依然として魔理沙が一番怪しい事に変わりはない。早苗の後を追っかけていたのは事実なのだから。
「往生際が悪いよ、魔理沙」
 しかし魔理沙は立ち上がろうともせず、四つんばいになったまま笑うことを止めない。いっそ不気味な光景だが、このままにしておく事も出来ない。
 神奈子が動こうとしたところで、不意に魔理沙が顔を上げた。
「分かった。全部白状するよ」
 ホッと胸を撫で下ろす。これで正真正銘、全てが終わったのだ。
 全部が自分の手柄ではないけど、少しぐらいは藍も認めてくれるだろう。魔理沙には悪いけど、早苗を殴った罪は消えない。それは償わないといけないし、誤魔化しきれるものではないのだから。
 ただ橙には気になっている事があった。どうして魔理沙は早苗を殴ったのか。
 それだけは幾ら考えても思いつかない。もしも早苗の記憶が戻っていなかったとしたら、その辺りを魔理沙は持ち出していたはずだ。そうなれば橙は完全に詰んでしまっていた。
 文と早苗に感謝しなければならない。
「しつこく訊いて悪かったが、『おい、ちょっと!』と言ったのは私だ。早苗の記憶がどれほど確かなのか調べようと思ってな。やっぱり殴られたせいで曖昧になっていたか」
「?」
 不思議そうな顔の早苗。魔理沙は不敵な笑みを浮かべ、話を続けた。
「言ったのは私だ。だが、殴ったのは私じゃない。私は犯人らしき奴を見つけ、『おい、ちょっと!』と叫んだんだ。そいつは石みたいなものを持っていたからな。叫ぶのは当然だろ」
 何やら雲行きが妖しくなってきた。
 周りの視線も無視して、魔理沙は口を開く。
「早苗を殴ったのは橙だ」
 意識が停止した。魔理沙が口にした名前が自分のものだと気付くのに、十秒以上はかかっただろうか。だがそれは橙に限った話ではない。そこに居た誰もが、同じように魔理沙の発言を処理する為に十秒もの時間を要したのだ。
 記憶を反芻する。魔理沙は確かに自分の名前を呼んだ。早苗を殴った犯人として。
 最早嘲笑すら零れそうなぐらいだ。そこまで足掻くとは、さすがに思っていなかった。
「魔理沙、さすがにそれは無理があるよ。いくら私が憎いとはいえ……」
「橙は私に気付き、慌てて本殿の前へ走り出した。私は当然追いかけたさ。そうしたら、橙は姿を消していた。辺りを見渡した私は、そこで早苗を見つけたんだ。慌てて駆けようとしたところが、はたての念写だ。その後、橙は隠れていた茂みから飛びだし、早苗の後頭部を殴った」
「仮に私が犯人だったとしても、そんな回りくどいことするわけないでしょ。魔理沙に見つかった時点で逃げてるよ」
「だからお前は殴った後で言っただろ? この事は黙っておいてくれって」
「そんな出鱈目!」
 激昂する橙に対し、魔理沙は沈痛な面持ちで早苗の方を見た。
「なあ、目を覚ました時のことを説明してやってくれ。それで全て分かる」
 戸惑いの表情を浮かべ、こちらを見た後、早苗は静かなで喋り始めた。
「私が目を覚ました時、そこには魔理沙さんがいました。魔理沙さんはその、泣きそうな表情で、私の頭の治療をしていました……」
 衝撃でよろめきそうになる。
 そんな、馬鹿な事が。
「私もそこだけは引っかかっていたんですが、あの声が魔理沙さんだったからきっと犯人もそうなんだろうと」
 早苗の心は読むまでもない。間違いなく、秤は魔理沙の方に動いていた。
 当たり前だ。橙が第三者だったとしても、早苗のように考えるだろう。
 どこの世界に、殺そうとした相手を治療する犯人がいると言うのだ。
「殴った後、お前は言ったな。この事は黙ってくれって。私も悩んだが、幸いにも命には別状は無かった。何があったか知らないが、きっと余程の事情なんだろう。だから黙っていたけど、犯人扱いされるんなら話は別だ。悪いが喋らせて貰ったぜ、橙」
 全てが嘘だ。でっち上げだ。
 だが、それが分かるのは橙だけ。
 周りの視線も、いつのまにか冷たいものになっていた。
 いや、文達なら分かってくれるはず。彼女はさとりから真実を明かされているのだから。
 しかし、橙を見る文の目は厳しかった。
「魔理沙さんの心は後悔の念で一杯でした。それが心の奥底を覆い隠しており、さとりさんはそれが早苗さんを殴った後悔なんだろうと言っていましたが。この様子だと、どうにもあなたと取引した事に対する後悔のように思えてきますね」
 誰もが橙を犯人扱いしていた。皆の目がそう訴えていた。
 改めて思う。魔理沙は強い。
 こんな状況から起死回生の一手を打ち、見事に逆転して見せたのだ。
 自分にはとても出来そうにない。
「橙、そろそろ話してくれるか。どうして早苗を殺そうとしたのか?」
 立場は逆転していた。魔理沙がそう尋ねたところで、異論を挟む物は誰もいない。
 悔しさで涙が出そうになる。私は犯人じゃないのに、どうしてこんな目に遭わなければならないのか。大声で訴えたくなる気持ちをグッと堪えた。
 今の自分は動揺している。魔理沙の言葉は、それほど衝撃的だったのだ。
 藍は言っていた。冷静になれと。
 まだ何かあるはずだ。魔理沙は諦めずに考えたから、この逆転劇を招き寄せたのだ。きっと自分にだって出来るはず。
 冷静になって考えよう。
 もしも橙が犯人だったとして、死ななかった被害者を治療しようとするだろうか。絶対にしない。治療するのは相手に助かって欲しいから。だったら魔理沙は頭に血がのぼって早苗を殴り、冷静になってから自分のした事に気付いて治療しようとしたのか。
 いや、それはない。わざわざ本殿の裏で早苗を呼んでいた。計画的な犯行だ。つまり魔理沙は最初から早苗を殺そうとしていたのだ。だとしたら、やはり治療した事が説明できない。
 こうやって土壇場で逆転する為、敢えて治療したのか。いや、それもない。万が一にでも助かった場合、追いつめられるのは明白だ。それにひょっとしたら死ぬかもしれないのに、治療する意味なんてあるわけがない。口封じの為にも、黙って見殺しにするのが一番だ。
 分からない。考えれば考えるほど分からなくなっていく。
 どうして魔理沙は早苗を治療したのか。もしかして、自分はまたとんでもない勘違いをしているのかもしれない。
 空は勘違いで文が誘拐犯だと思った。
 はたては勘違いで文が殺人犯だと思った。
 橙は勘違いで燐が被害者だと思った。
 思いこみは恐ろしい。冷静になっていても思考を簡単に絡め取る。
 人も妖も誰だって勘違いをする。だからしっかり熟考し、思いこみがないように――
「あ」
 不意に閃いた。今まで霧がかかって見えなかった道が、一気に晴れていくような錯覚を覚える。
 全て分かった。全て理解した。
 この瞬間に、橙と魔理沙の立場は再び逆転したのである。
「どうした?」
 魔理沙の声に答えなければならないだろう。真実を添えて。
 橙は告げる。
「魔理沙は勘違いをしていた。そう、殴る相手を間違えたの! 殺そうとしたのは早苗じゃない、霊夢だ!」
 場の空気が凍り付く。構いはしない。このまま一気に突き抜ける。
「霊夢を呼び寄せる為に声をあげ、そして本殿の表に回り込み、やってきた誰かの背後をとった! そしてそのまま後頭部を殴ったんだよ!」
「……………………」
 怒りとも、困惑とも、悲しみともとれる表情で魔理沙は黙りこくっている。
「念写でも見たとおり、見えていたのは巫女服の裾だけ。冷静な思考じゃなかったから、あれを霊夢の巫女服だと見間違えてもおかしくない。そう、魔理沙は勘違いしたんだよ。早苗と霊夢を!」
 だから泣きそうな顔で治療した。だって殺そうとしたのは別人なんだから。
 見捨てるはずがない。
「確かに、その可能性はある。だがお前が殺そうとした可能性が消えたわけじゃないんだぜ?」
 それが魔理沙の最後の抵抗だった。
 だから橙は突きつける。自分が最初から持っていた、唯一にして最後の武器を。
「早苗。ブラックファイヤーと書かれた紙を殴られる前に持ってた?」
 早苗は首を左右に振った。
「いいえ、そんなものは持っていませんでした。それは断言できます」
「だったら犯人が持たせたんだろ。自分の正体を誇示する為か、それともブラックファイヤーの仕業に見せかけようとしたのか分からないけどな」
 魔理沙は霊夢を殺そうとしていた。だからブラックファイヤーの仕業に見せかけようとした。ブラックファイヤーは博麗の巫女の命を狙うもの。罪を着せるには丁度良い相手だ。
「残念だけど魔理沙、ブラックファイヤーなんてこの世にいないんだよ」
「……は?」
 橙は最初から知っていた。ブラックファイヤーの正体を。
 当たり前だ。
「ブラックファイヤーは架空の存在。私達が作り上げた、博麗の巫女をやっつける正義の味方なんだから」
 チラリと空の方を見る。首を傾げながら、眉間に皺を寄せていた。彼女が生みの親だというのに、やはり覚えていなかったのか。ただあの様子だと、心のどこかに引っかかるものはあるのだろう。
 何にしろ、空のおかげで助かった。
「それがどういう風に伝わったのかは知らないけど、いつのまにか霊夢を殺そうとする暗殺者になっていた。だから何も知らない犯人は利用しようとしたんだね。ブラックファイヤーっていう名前を」
 魔理沙が言葉を失った。
「私はブラックファイヤーの正体を知っている。そんな私が、わざわざブラックファイヤーって書かれた紙を落としていくと思う?」
 今度こそ、魔理沙は力無く、膝から崩れ落ちていった。
 頬を涙が伝い、冷静さも余裕も全てが消え去ってしまったようだ。
 最早喜ぶ気にはなれない。ついさっきまで、自分はあそこにいたのだ。それがどれだけ辛いのか、今の橙は知っている。
 だからといって許す気にもなれない。罪を誤魔化し、自分に罪を着せ、あげくに罪を忘れようとした。それに早苗を殴ったという事実も、霊夢を殺そうとした動機も、何もかも消えてくれるわけでないのだ。
「本当は、ただ、霊夢に追いつきたかっただけだった……」
 風が吹けば飛びそうなほど、魔理沙の言葉は儚く、静かなものだった。
「だけどあいつは天才でさ、どれだけ私が努力しても後ろ姿しか見えなかった。それでも必死に努力したんだけど、やっぱり結果は変わらなくてさ。それで、どうしても、あいつに追いつきたくて、それで、邪魔になって……」
 魔理沙と霊夢はライバルだった。文とはたてのように。神奈子と諏訪子のように。そして自分と燐のように。だから悔しかった気持ちだけは理解できる。橙の中にも、力ずくで強引に解決してやろうかという気持ちはあった。
 ただ、橙はそれを実行せず、魔理沙は素直に実行してしまっただけ。
「私はただ、霊夢に振り返って欲しかったんだ! 私が追いかけているって、知って欲しかったんだよ!」
 もしかしたら後頭部を殴ったのは、魔理沙なりのメッセージだったのかもしれない。どうしても振り向いて欲しくて、それでわざわざあんな真似を。
 泣き崩れる魔理沙に、声をかける者は一人として――
「魔理沙さん、立って下さい」
「え?」
 半ば強引に、早苗は魔理沙を立たせた。そしておもむろに手を振り上げて、小気味良い音が境内に響き渡る。赤くなった頬を押さえることもなく、呆然とした面持ちで魔理沙は目を丸くしていた。
 同じく赤くなった手に息を吹きかけ、泣きそうな目を擦り、早苗は言い放つ。
「間違えて殴られた人間から一言だけ言わせて貰います。あなた、本当に魔理沙さんですか?」
 魔理沙は何も言わず、呆然と立ちつくすままだ。
「先程の魔理沙さんは凄まじかったです。橙さんや他の皆さんの攻撃にも耐え、もう無理だろうと思う状況から何度も逆転して見せた。最後の最後には私や神奈子様達ですら騙してしまったんですよ!」
 あれには橙も驚いた。手段はどうあれ、その実力だけは確かである。
「しかも平然とした顔でやってのけた。私には到底不可能な芸当です。どうしたって顔に出ますし、あんなに冷静な思考は出来ませんから。きっと最初の方で罪を認めちゃって、自白モードに突入してましたよ」
 早苗は続ける。
「それなのに、霊夢さんに対しては何ですか! 諦めが良すぎます。往生際も良すぎます。どうして追いつけないって思ったんですか! そんなもの、魔理沙さんが勝手に決めてるだけでしょう!」
 魔理沙の目に生気が戻ってきた。赤くなった頬を押さえ、ようやく早苗の方に顔を向ける。
「度胸があって、諦めが悪く、最後まで粘るのが魔理沙さんなんです! そうやって全てを霊夢さんになすりつけて、自分は何も悪くないみたいに言ってるような人は魔理沙さんじゃありません!」
 堂々と言い切る早苗に、魔理沙が苦笑を返す。
「だったら、私はまだ罪を認めない方が良かったのかな?」
「そ、それとこれとは話が別です。犯してしまった罪は素直に認め、もう二度と同じ過ちを繰り返さないと誓えばいいのです」
 笑顔で、高らかに、早苗は言った。
「努力に限界なんて無いんですよ!」
 再び、魔理沙の頬を涙が伝っていった。
 だけど今度は笑顔で、微笑みながら魔理沙は空を見上げた。
「結局、最初から私は勘違いしていたんだな。自分ってものを」
 それはきっと、魔理沙の本心だった。










《文 side》

 見上げる空の何と綺麗なことか。透き通る青空とはまさに、こういう風景の事を指すのだろう。文の溜息も吸い込みそうなほどの晴天だ。
 橙と魔理沙の攻防、そして早苗と魔理沙の結末。どれもこれも記事にしてくれと言わんばかりの出来事であり、これを新聞にしたなら増刷間違いなしで新聞大会でだって優勝できるかもしれない。かつての異変に匹敵すると言えば大袈裟だけど、それに準じるぐらいの事件であった。
 それだけに惜しい。チラリと神奈子や諏訪子の様子を窺う。とりあえず早苗の記憶が失われていなかった事を喜びつつ、まだ何か安堵しきれない表情を浮かべている。神が心配するような事はもう何も無いはずなのだが、文の好奇心が疼きそうになった。
 しかしそれも神からの視線で霧散する。無言ではあったが、目で訴えかけていた。記事にはするなよ、と。
 この山に住む者で守矢の神に逆らう愚か者はいない。天魔すら凌駕しかねない二柱を相手に立ち向かおうとする天狗が居るはずもなかった。仮に挑むとしても、それは緻密な計画を立てた上での話。今回の事件で文は振り回される側だった。今更神に挑もうだなんて、そんな気力はもう沸いてこない。
 大人しく諦めるしかなかった。文だって命は惜しいのだ。
 出来の悪かった記事は空に燃やされ、傑作のネタは神に封じられ、最早困り果てることしか出来ない。定期的にお届けしていた文々。新聞も、来週号から休刊しそうだ。
 せめてこの場に神が居なかったから強引に刷れたものを。案外、文を抑え込む為に二柱ともやってきた可能性はある。
 本当はまだまだ腑に落ちない点もあるし、叩けば面白いホコリが取れるかもしれない。しかし、ここから先は慈善事業。いくら頑張った所で、おそらく記事には出来ない。そんな馬鹿馬鹿しいことやりたくもない。
 大人しく、新しいネタを探すしかないのか。
「ふん、落ち込んでるようね文」
「誰のせいだと思ってんのよ、誰の」
 そもそも、はたてが全ての元凶なのだ。彼女が何も言ってこなかったなら、あるいはもっと冷静に事件を眺める事が出来たのに。この勘違い天狗と勘違い烏の両者が文の思考を混乱させ、あげくにこの結末を招いたのだ。
 せめて反省して貰いたい所だが、はたての表情には一ミリもそんな色は見られなかった。
「魔理沙のせいなんでしょ? いやあ、それにしてもブラックファイヤーが存在しなかっただなんて。私にとってはそっちの方が驚きよ」
 顔の筋肉がつりそうになる。ブラックファイヤーと間違えられた文からすれば、その名前はもう軽いトラウマだ。真実を暴けば記事になると知っていながらも、取り扱う気にはなれなかった。
「じゃあ、ブラックファイヤーの記事ははたてに任せるわ。私は別のネタを探すから」
「いらないわよ、そんなネタ。私はもっと凄い情報を持ってるんだから」
 顔をしかめすぎて目を閉じるところだった。かつてそう言って、大いなる勘違いをしたのだともう忘れてしまったのか。新聞記者は行動力が売りだと言うけれど、見当違いをするくらいなら黙って念写でもしていた方が百倍マシだ。
 ただ、はたても進歩していないわけではないらしい。文の表情を鼻で笑いながら、得意気に語る。
「火焔猫燐の誘拐事件。しかも犯人は存在しないブラックファイヤーの名前を使ってた。これは大スクープの匂いがすると思わない?」
 顔を押さえる。何と可哀相な子だ。
 文の中ではその事件は既に終わっていた。そちらも記事には出来ないネタだ。固執するつもりなど毛頭ない。
 少しだけ悩んだ。真実をはたてに告げるべきなのか。
 しかし、相手は姫海棠はたて。おそらく漏らすまいと思っていた情報を各方面に漏らしながら逃走を続けた馬鹿野郎だ。ここで迂闊に話そうものなら、すぐさま真実は幻想郷中の知るところになるだろう。そうなったら、さとりが黙っているとは思えない。
 トラウマは抉りたい放題。さすがの文も不眠症は免れまい。
「忠告しておくけど、そのネタは止めた方がいいわよ」
「なんで? ははーん、さては横取りするつもりね!」
 もういいや。放っておこう。どうせ真実には辿り着けないだろうし、よしんば辿り着けてもさとりが口止めをするだろう。
 などと、楽観的に構えていたのがまずかった。文はすっかり忘れていたのだ。先程もはたてが大活躍していた、あの能力の事を。
「悪いけど、今の私は文の数倍先を言っているんだから。もう既に念写で燐の居場所は判明してるの!」
 幻想郷最速が動いた。はたての携帯を奪い取り、それらしき画面を呼び出す。
 頭痛がしそうだ。運良くというか運悪くというか、そこに映し出されていたのはこいしのコレクションルームへと続く階段の写真。文なら兎も角、住人である空なら一発で場所も分かるだろう。もしもこれを空が見たら、さとりを問いつめるのは必至だ。
 あの時、思わず撮ってしまった一枚がこんな形で現れるとは。写真は既に処分してしまったが、まさかこんな形で再び登場するとは思ってもいなかった。
「ちょっと何すんのよ!」
「はたて、これ誰にも見せてませんよね?」
「えっ、う、うん。当たり前じゃない、誰かに見せるわけないでしょ」
 ホッと胸を撫で下ろす。この場には空もいた。もしも見せていたら、また色々と面倒くさい事になっていただろう。はたてにも最低限の良識はあったのか。
「お空以外には見せてないわよ!」
 携帯電話をへし折らなかったのは、偏に文の理性が優れていたからである。
 気が付けば、空の姿はどこにも無かった。向かった先は推測するまでもない。
 どうしたものか。
「嘘はいつか暴かれるものなのです」
「あ、文?」
 遠い目で空を見上げる。雲が風に流されていた。
 嘘は完璧ではない。いつかは綻び、中身をさらけ出す運命なのだ。
 彼女にも良い教訓となっただろう。
 そう、思いたい。
「ところで空が凄い勢いで何処かへ飛んでいったんだけど。何処に行ったんだろ」
 思わせてちょうだい。お願いだから。










《空 side》

 空は全てを知った。
 燐のある場所も、燐がこうなった原因も、燐を剥製にした犯人も。全部。
「やはり、隠し通せるものではなかったわね」
 自嘲するようなさとりの微笑。悪酔いしている時も同じような笑い方をしていた。
 あれほど探していた燐の行方が、ようやく分かった。彼女はこの地霊殿に、空が飛びだした場所でずっと眠っていたのだ。どうして気付かなかったのかと、自分を責めるのはあまりにも酷だろう。さとりの話によれば、こいしのコレクションルームは常人では見つける事も出来ないという。
 大体の場所は念写で分かっている。しかし、こいしが隠した部屋なのだ。それだけでは到底、辿り着けないだろう。
 こいしが自慢しなければ、さとりも永遠に気付かなかったらしい。空だけで見つけるのは不可能と言っても過言ではないのだ。
「もしも真実を永遠に隠し通せる者がいるとすれば、それはきっとこいしなんでしょうね。あの子は事件の存在すら隠せる」
 こいしは地霊殿には居なかった。だから話を訊く事は出来ない。
 せめて燐の姿ぐらいは見たいと頼み込んだから、さとりは溜息を吐いて部屋から出て行った。怒らせてしまったのかと思ったが、どうやら違うらしい。ついてきなさいと案内された先にあったのは、なるほど探しても見つかるわけのないコレクションルームへと通じる階段だった。
 例え千年かけたとしても、この階段を素通りしていたと断言できる。
「お燐はこの先に居ます」
 駆け出そうとした足が急に重くなった。気持ちは前へ急かすのに、身体が言うことを聞いてくれない。ゆっくりと確かめるように一段一段、降りていく。心なしか空気も冷え込んでいるようだ。身体が小刻みに震えているのは、きっとそのせいだろう。
 降りきった先にあったのは、空の想像を超えた光景。ガラスケースの中に収められた燐は、こちらを見て笑っていた。空が大好きな笑顔のまま、永遠に眠り続けていた。
 よろよろとふらつく身体を制御しながら、燐の足下まで辿り着く。二人の間には冷たく透明なガラスケースが遮っていた。
「何と言うべきか分からないけど、お空。こいしは――」
「ねえ、さとり様」
 ガラスケースが空の表情を反射する。自分がどういう顔をしているのか、確かめるまでもなく分かった。
「こいし様は、お燐が憎くてこんな事をしたんですか?」
「いいえ、あの子は憎いものには容赦しない。もしもお燐を憎んでいるなら酷い目に遭わせてからゴミのように捨てていたでしょうね」
 さとりの話を聞いた時。空は疑っていた。こいしは憎しみで燐を閉じこめてしまったのではないかと。燐とこいしは仲が良さそうに見えたけど、あれだけ仲良くしていた魔理沙が霊夢を殺そうとするような事件が起こったばかりだ。普段の態度なんて、何のアテにもならない。
 だからずっと心配していた。燐は憎しみで殺されてしまったのかと。
 だけど、それも吹き飛んだ。剥製にされた燐を見た時、そして何よりも笑顔を見た時。空は確信に至ったのだ。
「じゃあ、こいし様はお燐が好きだから剥製にしたんですね?」
「ええ、そうよ」
「なら、良かった」
 空は笑っていた。ガラスケースの燐に負けないぐらい、とびっきりの笑顔で。
「お空?」
 さとりの声は戸惑いに満ちている。無理もない。普通なら、ここは怒るか泣くところだろう。どうして燐をこんな目に遭わせたのか。常人なら泣きながらそう主張してもおかしくない。事実、さとりは空がそういう態度を取ると思っていたはず。
 ただ空は常人じゃなかった。古明地姉妹の家族で、ペットだ。
 燐も同じ。そして姉妹を思う気持ちだって同じ。
 だから空には手に取るように分かる。燐がどういう気持ちで逝ったのか。
 きっと抵抗はしなかったはずだ。望んで笑顔のまま死んだのだろう。何故なら、空が頼まれてもそうやって死ぬからだ。もしも此処でさとりが死になさいと言うのなら、何も聞かずにそのまま自殺する。
 憎しみで殺されても良い。本当は嫌だけど、さとりやこいしが望むのならそれで良い。
 でもやっぱり、憎まれながら死ぬのは嫌だ。望まれたまま死にたい。誰かの役に立ちながら死にたい。そういった意味では、燐は最高の死に方をした。
 いっそ羨ましいぐらいだ。彼女はここまでこいしから大切にされているのだから。
「さとり様」
 過ぎた願望かもしれない。それでも空は言わずにはいられなかった。
「分かってるわ」
 さすがは自分たちの主人。言葉にしなくても思いは全て伝わっているのだ。だから空の願いも包み隠さず届いている。
「あなたが死んだら、燐の隣に置いてあげる。勿論、笑顔のあなたをね」
「はい!」
 自分はまだ死ねない。さとりもこいしも死んでくれとは言っていないのだから。
 それにどうせなら、二人を守って格好良く死にたいじゃないか。妖怪退治にやってきた巫女から颯爽と姉妹を守る。そういう存在に空はなりたかった。
 ああ、そうだ。空は思い出した。
 ブラックファイヤーは博麗の巫女を殺す暗殺者じゃない。空が考えていたキャラクターは、予期せぬ伝言ゲームで歪められてしまったのだ。本当はもっと強くて、優しい存在。
 ブラックファイヤーは古明地姉妹を守る正義の味方だったのだ。










《橙 side》

 今度こそ、本当に、正真正銘、事件は解決したのだ。
 魔理沙は早苗につれられ姿を消した。無罪とはいくまい。何かしら処罰を受けるとしても、そこまでは橙の知るところではなかった。神も無罪放免という結末になれば納得しないだろうし、魔理沙が本当に辛いのはこれからだ。
 文は悟ったような表情でどこかへ飛んでいった。はたては困惑した表情でそれに続く。空は血相を変えて飛びだしていったし、椛はやれやれといった表情で神社を後にした。残されたのは橙と、何かを待っている神の三人。
 それにしても、と橙は自らの評価に悩んだ。魔理沙を追いつめたのは自分だし、最後にトドメを刺したのも自分。多少は落ち着かない気持ちになったけれど後悔はしていない。魔理沙が罪を犯した事に変わりはないわけだし。
 ただ、結果として魔理沙を諭したのは早苗だ。それに文やはたての手助けが無ければ今頃は逃げ切られていたかもしれない。花丸満点は無理だろうけど、それでも橙の功績が少しぐらいあったのも事実。零点は有り得ない。
 もっとも、いくら考えても仕方ないことだ。結局、橙は藍に褒めて貰いたいだけだった。どれだけ自分が高評価を下そうと、藍が評価しなければ何の意味もない。そうだ、藍の所へ報告に行こう。
 何と言われるか怖くもあるが、まさか怒られはしまいて。そう思い、ふと顔をあげようとした橙の頭を優しく撫でる感触があった。思わず目を閉じて、そのまま眠ってしまうような心地の良い撫で方。覚えがある。
「藍様!」
 予想通り、そこには藍の笑顔があった。
「問題点も多かったが、概ね合格点をやってもいいだろう。よくやったな、橙」
 胸の奥から喜びがこみあげてくる。頬が緩みすぎて溶けそうだ。それぐらい嬉しくもあり、同時に泣きそうにもなった。ここまで高評価を貰ったのは、橙の人生の中でも数える程しかない。
 藍は基本的に橙を甘やかしていたが、評価に関しては公正で厳しかった。だからこそ褒められた時は天にも昇りそうなほど嬉しくなれるのだ。
「だが駄目だった所もある。そこを直すように心がければ、いずれは私の補佐も務まるようになるだろう」
「はい、分かりました藍様!」
 元気よく返事をして、すぐさま次の事件に取りかかろうとした。血痕に関しては全て明らかになったけれど、燐の誘拐事件はまだ未解決のままだ。空も心配しているだろうし、何より橙も気がかりにしていた。
 なにせ燐はライバルはなのだ。いずれは追い越したい相手。行方不明のままでは困る。
「ああ、橙。一応言っておくが、燐の誘拐事件は既に解決しているぞ」
「えっ、藍様が解決されたんですか?」
「いや、勝手に解決したと言った方がいいだろう。だから心配しなくてもいいぞ。今日は疲れただろ。もう休め」
 言われてみれば、ずっと動きっぱなしだった。何とかして解決しなくてはという気持ちが後押ししていたけれど、無くなってしまえば身体を重力が襲う。目蓋も重くなってきた。
「はい、藍様」
 目を擦り、家へ帰ろうとした所で神奈子が声をかける。橙にではなく、藍に。
「話が終わったのなら、ちょっと私と付きあってくれ。ちょうど捜していた所なんだよ」
「これはこれは八坂の神。生憎と私は結界の管理で……」
「付きあってくれるんだろ?」
 爪先からてっぺんまで、一気に体温が奪われてしまうような声色。先程まであった眠気が全て吹き飛んでしまった。
 藍は真剣な表情で神奈子を見つめ、やがて降参の溜息を吐いた。
「分かりました。それでは、あちらでお話しましょう」
「ああ」
 訝しがる橙を置いて、二人は何処かへ消えてしまった。何を話そうとしているのか。気になるけれど相手は藍と神奈子なのだ。誰も覗き見できないような空間を作り、そこで話すことぐらいお手の物だろう。後を追っても意味はない。せいぜい怒られるぐらいだ。
 眠気も吹き飛んでしまったことだし、これからどうしよう。
 背伸びをする橙に向かって、
「おい、ちょっと」
 振り返るとそこには――














































 神奈子の発言は単刀直入だった。前置きも説明も何もない。いきなり本題から入るのが彼女のやり方なのだろう。
「今回の事件、黒幕はお前だろ。八雲藍」
「さて、今回の事件と言われても。色々とあったようですし」
 苛立ったように神奈子は声を荒らげる。
「全てに決まってるだろ。こいしに甘言を吹き込んだのも、はたてにデマを流したのも、そして魔理沙を唆したのも。全てだ」
 藍は何も言わなかった。
「ブラックファイヤーの噂を広めたのもお前なんだろ。この噂があるおかげで、魔理沙は罪をなすりつける相手が簡単に見つかった。ブラックファイヤーは博麗の巫女を殺す者だからな。襲った所で不思議はない」
「まぁ、結局のところ襲った相手は別人でしたがね」
 だがもしも魔理沙の計画が成功したとしたら、倒れていたのは霊夢の方だったかもしれない。そのまま命を落とす危険性だってあった。
「お前は霊夢を殺すつもりだった。燐や文の事件に関しては、単なる目くらましだ」
「ほお、それは何とも面白い妄想だ。では聞きましょうか、どうして私が霊夢を殺さなくてはならないのか」
「決まってる。霊夢を殺す方法を思いついたからだ」
 息を呑む。再び藍が黙りこくった。
「私の側にもいるよ。思いついた計画が成功するかどうか確かめる為だけに実行しようとする奴が。お前は霊夢を殺す方法を思いついた。その答え合わせの為だけに、今回の事件を起こしたんだ」
「……それは壮大な話ですね」
 馬鹿げている。あまりにも馬鹿げている。普通なら信じられない話だけど、相手が藍ならば有り得る話だった。彼女は何よりも答えの分からないものを嫌う。主人の紫とは正反対に、あやふやなものが嫌いなのだ。
 だから確かめようとした。自分の思いついた計画は成功するのかどうか。神奈子の主張は突飛に聞こえるが、藍という妖怪を知っている者からすれば充分に有り得る話だ。
「思想も感情も何も無い。ただ、知りたかったら事件を起こした。魔理沙よりよっぽどタチが悪いよ、お前は」
「証拠も無しに犯人呼ばわりとは神様も乱暴になったものですね。いや、昔からそういうものでしたっけ。神様ってのは」
「あくまで私の勘だ。証拠も何も無い。だが、これがお前が事件の黒幕だと私は確信しているよ」
「それはそれは、いやはや」
 のらりくらりと藍はかわす。力押しで解決しようとする神奈子とは相性が悪い。
「だが、私だってお前の邪魔をするつもりなんか無い。確かめたければ好きなだけすればいい。ただ私達の邪魔をするな。今回のように不測の事態だったとはいえ、また早苗に危害が及ぶようなら次からは容赦しない」
 威厳と迫力に満ちた神奈子の声も、大妖怪たる藍には通用しなかった。
 変わらぬ声で答える。
「何の事だか分かりませんけど、一応は肝に銘じておきましょう」
 古くから権力者の側に潜り込み、権謀術数の渦で揉まれてきた藍のことだ。その手強さは魔理沙の比ではない。相手が神様だったとしても、追いつめるのは至難の技だ。
 それを理解しているのだろう。神奈子はそれ以上何も言わなかった。






「神奈子は変わらないなあ。本当、初めて出会った時から全く変わってない」
 入れ替わるようにして諏訪子が現れる。こちらの神様は、どちからと言えば藍に似ていた。おそらく神奈子が言った奴というのも、この神様の事なのだろうと誰もが予測できる。
「助かったね、八雲藍。あれが本気で怒ったら策も何もあったもんじゃない。全てをなぎ倒し、強引に解決しようとするからねえ。九尾の狐だって今頃は危ないもんだよ」
「軍神とは何度会っても慣れないな。背筋が凍る」
 よく言うよ、と諏訪子の笑い声が木霊した。
「して、洩矢の神は何用で? まさか八坂の神と同じ事を繰り返しに来たのではないでしょう」
「ああ、ちょっと私も答え合わせがしたくてね。それで黒幕の所に来たわけさ」
「あなたも私を黒幕呼ばわりですか。まぁ、いいでしょう。あなたには私も訊きたい事があった」
 藍の声色が変わる。面白そうに、諏訪子は「ふーん」と返す。
「私も離れた所で聞いていました。しかし、どうにも腑に落ちない。魔理沙と霊夢が出会ったのはずっと前なのに、どうして今頃になって殺そうとするのか。ひょっとすると、誰かが魔理沙を唆したのではないか、と」
 神奈子の推測では、それは藍の仕業だと言っていた。ただ当の藍は全くそう思っていないらしい。
「人間関係なんて複雑なもんだよ。急に心変わりしても不思議じゃない」
「なるほど、心変わりですか。ああ、なるほど。それなら納得です。人為的に心変わりをさせるだなんて、それこそ神でなければ不可能ですものね。しかも魔理沙は誰に吹き込まれたのか自分でも忘れている様子だった。例えば夢の中でお告げみたいなものがあったとして、そういう芸当が出来るのは神だけだと思うのですが」
「そうかな? 現に空やはたては誰かさんによって騙されていた。狐だって化かすのは得意でしょ」
「ええ、そして化かされるのは嫌いなんです。お答え頂けますか、洩矢の神」
 しばしの沈黙。常人ならば逃げ出したくなる空間においても、神様の態度は相変わらずだった。
 「知らないねえ」と、白を切る。
「私は別に答え合わせの為に霊夢を殺そうとは思わない。でも、あなたならどうでしょう。霊夢は商売敵だ。殺す動機は充分にあると思いますが?」
「だけど実際に殴られたのは早苗だったからねえ。こっちも良い迷惑だよ」
「そうですか? ひょっとしたら、あなたは霊夢でも早苗でも死ぬのはどちらでも良かったのでは?」
 諏訪子は守矢の神様。早苗が崇める神なのだ。普通、その巫女を殺そうとは思わない。
 だけど諏訪子からの反論は無かった。面白そうに笑う声もない。
「早苗は八坂の神へ傾いていた。文の新聞でも名前を挙げたのは八坂の方。だからあなたは思った。自分を信仰しそうにない巫女だったら別に居なくてもいいや、と」
 洩矢諏訪子は祟り神だ。実は厄神よりも黒いと山では評判だ。
 だがまさか、本当にそんな事があるのか。無言が全てを物語っているようだった。
「八坂の神も甘い。魔理沙を唆した犯人は、もっと身近に居たというのに」
「だけど正しい部分もあった。こいしや文に関してはあなたの仕業なんでしょ?」
「さあ、どうでしょう。少なくとも霊夢を狙った犯人は別にいるのですから、八坂の神の推理は全くの見当違いということになります。つまり、私が事件を起こす必要など何処にもない」
 霊夢を殺す為の目くらましで他の事件を起こした。それが神奈子の主張だった。だが肝心の霊夢殺しが別の犯人だったとしたら、わざわざ目くらましに事件を起こす必要性などない。
「だから神奈子は詰めが甘いんだって。あなたの目的は霊夢殺しじゃない。本当に起こしたかったのは火焔猫燐の誘拐でしょ?」
「………………………」
「こいしに接近して燐を殺そうとした。ただ、どういうわけか彼女は剥製にしちゃったわけだけど。それでも目的は達成できたわけだ」
 黙って聞いていた藍が口を開く。
「目的とは?」
「はたてにデマを吹き込んだのも文に記事を書かせない為。そして暴走した空を誘導して、見事に文の家を破壊してみせた。あの記事を葬る為に。そうする事で、あなたは真の目的を隠し通せたわけだ」
「だから、その目的とは何なのか訊いているんです」
 心なしか、藍の声は苛ついているように思える。それを楽しんでのことか、諏訪子は勿体ぶるように説明を続けた。
「消したかった記事は『幻想郷の主従特集』。まぁ、はたてがこっそり持ち出してたいたから、私の知る所になったわけだけどね。本当は自分の手で燃やしたり出来れば一番だったんだろうけど、そんな事を文が知れば怪しむ。そして何かあるのではないかと探り始める。あなたはそれを一番恐れた」
「だから!」

「橙のライバルである燐を殺すため」

 ………………………。
「別に不思議な話じゃないでしょ? 現に唆されたとはいえ、魔理沙はライバル意識で霊夢を殺そうとした。まぁ、あなたの場合は当人じゃなくて親がしゃしゃり出てるわけだけど」
「………………………」
「何よりも大切な式神。誰よりも溺愛している化け猫。そんな彼女が意識している相手なんだから、あなたも気が気でなかった。私が気になるのはそこかな。果たしてライバルを排除する為の計画だったのか、それとも燐に対する嫉妬だったのか。まぁ、どちらにしろ愉快極まりない事は確かだけど」
「……………………嫉妬ではない」
「ん?」
「嫉妬ではなかった。単に邪魔者を殺そうと思っただけだ」
「ふーん、じゃあ嫉妬か。なるほどね」
「そう思いたければそう思うがいい。何にしろ、全ては終わった後でのことだ」
 ………………………。
「そもそも、お前も私を責められるような立場ではあるまい。邪魔者を殺そうとしたのは一緒なのだから」
「まぁ、そりゃそうだけどさ」
「ああ、そうだな。明確に違う部分が一つだけあった。お前は失敗しているが、私は成功した。剥製になったとはいえ、あそこから蘇生する事など不可能だ。結果としてあの猫を排除できたわけだから、成功と言っても過言ではない」
「その通りだよ。嫌になるくらいその通りだ。私はあなたを責められない。あなたは成功して私は失敗した。だけど、そんなの癪じゃない? だからさ、ちょっと嫌がらせでもしようかと思ってね」
「……それは何だ?」
「見て分からない? 赤い御札。連絡用の御札だよ。ここに向かって喋った事は、遠く離れた青い御札から聞こえるのさ」
 震える声で、藍が言った。
「おい待て! 誰が青い札を持っているんだ!」
 愉しそうに、嬉しそうに、可笑しそうに、諏訪子は言った。
「決まってるじゃない、そんなこと」





















 橙の手から青い御札がヒラヒラと落ちた。
 
 
 
 
 
 なかなか思い通りにならないものです
八重結界
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コメント



0.2730簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
いやぁ…いやぁ、素晴らしい!
ザッピング形式の小説を飽きさせないためにはキャラクターにパワーが必要だと思いますが、全ての登場人物が実に力強く、生臭い。
結構ひどい目に遭うキャラも多いのでそこは割り切って読まないとですが、いやはやこういうお話も二次創作ならではの魅力の一つですね。

惜しむらくはラスト。藍様はすごく納得がいったんですが(橙大好きというスタンスは二次創作としても馴染み深いので)、諏訪子様の動機がしっくりと来ず……
言われてみれば祟り神なんでそんな感じなのかとも思うのですが、作中の諏訪子様からはそんな感じがせず。腹芸達者と言えばそれまでなんですが、ちょっと唐突すぎた感が否めず話全体に対する印象がぼやけてしまったように思います。

上の点がどうしても飲み下せなかったのでこの点数で失礼いたしますが、めちゃくちゃ面白かった事だけは天地神明に誓えます。ありがとうございました!
11.100名前が無い程度の能力削除
いやこれは凄いわ
何を言おうとしても陳腐な感想にしかなりそうにない自分の語彙力の無さが恨めしい
ちょっと気に入っただけで100点はいるような風潮を考えれば、個人的にこの作品には10000点でも足りない
感動しました、心底に
15.100名前が無い程度の能力削除
いやはやほんとすごいですね。舌を巻きました
最初のあたりで、

>暗示にもかかりやすい空。これで効いてくれたら良いのだが。

とあったので、あ、これはこいしちゃんかいな! とか思っておおー気づいた俺スゲーとか思ったのですが
ちがいました。読み終えたあとに自分の浅い予想に恥じ入ることしきり。
殺伐としすぎているし、どこからどうみてもサイコさんなこいしちゃんを
無条件でかばったりそれが幸せとか言ってみたり橙のライバルだからってわけのわからん方法で
お燐の抹殺をはかってみたりなんぼ唆されたからって魔理沙が霊夢を後ろから石で殴って殺すかよとか
各人の行動原理に関してはそれ無理やりじゃないかな、と思うところがないわけでもないんですが
最終的に「ああもうこれはそういうものなんだ。そういう世界なんだ」と思わせる力のある
作品だったと思います。
(ただ、諏訪子様に関しては、ああ、らしくていいなあ、アリだな、と思ってしまいました……)

ですが、読み終わってひとつだけ。霊夢はどこいったんだ?
というのが残りましたが、読み返せば書いてあるのかな? 見落としてるだけ?
ということで、もういちど読もうと思います。
乱文失礼いたしました(ほんとに)
今後とも貴方の作品を楽しみにしております。
19.90コチドリ削除
全てが終わった後にカーテンコールかエンドロールが流れ出すかと思った。

全部無かったことにするハッピーエンドを期待した訳じゃない。
なんか凄く芝居じみていたから。登場人物達の言動が一切合財。

貴方に限らず全ての作者様の創造される東方キャラを、俺は尊重しているはず。
なのに、なんだこの違和感は。
心の奥底では「このキャラはそんな動きはしないはず」とか思っちゃってんのかな。わからねぇ……。

とにかく素晴らしい劇でした。
今はそうとしか言えません。
20.100奇声を発する程度の能力削除
すっげえ…読み終わった後に鳥肌が立ちました…

所々突っ掛りそうになりながらも徐々にお話にのめり込みました
また、色んなサイドで描かれていてそれぞれのキャラがどう動くかワクワクしました
兎に角、全てにおいてとても濃密な濃いお話でした
これだけの長編お疲れ様でした
23.100名前が無い程度の能力削除
いやあ、すばらしい
時間を忘れて読んでしまいました
25.100名前が無い程度の能力削除
ただ一言、素晴らしい!
ここまでパワーのある小説は久しぶりに読みました
26.80名前が無い程度の能力削除
何が起こっているのかわからない序盤、徐々に明らかになる事実と張られる伏線、
それらをひっくり返す結末ととても面白く読ませていただきました。

ただミステリーの宿命ではありますが、結局犯人のミスが致命打になってしまった感が。
この作品の橙からは想像しにくいことですし、事実札があったからこそ橙に真実が伝わったのですが、
それでも藍様は橙が盗み聞きすること、もしくはどこかから話が漏れる事を想定して、
それこそ魔理沙のように最後まで全力ですっとぼけるべきでは、と思いました。
「嘘はいずればれる」というテーゼに沿った結末ではありますが、少し引っかかったので。
29.100名前が無い程度の能力削除
これはとても上質のミステリ、堪能させて戴きました。
腹どころか骨の髄まで真っ黒なケロちゃんと藍様が大好きです。
32.50名前が無い程度の能力削除
ぐいぐい引き込まれるものはある、しかし話の骨子はガタガタ…と
何だか浦沢漫画を読んでいるような感覚の作品でした
一見関係のない話が集まって一つの結末に収束していくギミック、二転三転し予測を裏切っていく真犯人像、実際は意味のない存在を全ての黒幕であるかのように不気味に演出する手腕
これらは素直に称賛に値すると思います、事実素晴らしかったです
ただ、巧みさの反面、それらに説得力を付加するという行程は、言いにくいのですが、非常にお粗末であると感じました
片方を優先させるために、もう片方を犠牲にしたとでも言いましょうか
全てのキャラの行動に完全に納得できるほどの説得力はなく、ただただ都合よく話を回していくための設定通りに動いているようにしか残念ながら感じることが出来ませんでした
故に、これはある種の舞台劇なのではという感想が思い浮かび、そう考えるとなるほどしっくりくるように思えるのです
誰かがこういうミステリー風味な脚本の舞台劇を行おうと言いだし、それに呼応した東方キャラが役者として動いていた
そういうお話にしてくれたなら、この作品はストンと腑に落ちます
しかし、真面目に真面目に今回舞台に上がったキャラ達がこういう精神と動機で動いていると本当に大真面目に考えてこのお話を作られたのだとしたら、これは流石に首を傾げざるを得ません
結論から言って、これは東方の世界に住む誰かが考えたまったくオリジナルなミステリー風群像劇であり、東方の二次創作ではありえない
あくまで個人的にはそのように感じました
故に素晴らしい部分とマイナスな部分、両極端な差の中間としてこの点数をつけたいと思います
長々と失礼なことばかり書き連ねてしまい申し訳ないのですけれど、作品としてのパワー自体は素晴らしく、読んでいて面白かったことは事実です
いい作品を読ませていただきありがとうございました
33.100名前が無い程度の能力削除
凄すぎて何も言えないぜ…
34.100名前が無い程度の能力削除
読んで楽しみ考えて楽しめたのでこの点数を。
35.80名前が無い程度の能力削除
長編お疲れ様です。ものすごい練りこまれていてぐいぐい引き込まれる話でした。
が、東方か、といわれるとなんかしっくり来ない。
なんというか東方に出てくるキャラクターをテンプレとしてミステリやってみましたといった印象。
キャラクターに固執しすぎているのか不自然ですっと入っていけない感じがしました。
しかし作品のパワーがすごすぎる。次の作品がすごい気になります。
36.100名前が無い程度の能力削除
これは…凄い、凄いです
綺麗じゃないんですね、そこが凄くいいと思います。
すみませんそれ以上何も言えないです、凄すぎて。
37.100名前が無い程度の能力削除
各々の内容のえり好みがあるのは当然としてもは…
こういう文章としての深さ・重厚さのある作品が正当に評価されなければ、
そそわは衰退していく一方だと思うがねぇ。

八重結界氏の変わりない他を逸脱した文章力に惜しみない賛辞を送るとともに、
これだけの作品を提供して下さった事に最大限の感謝と掛け値なしの100点をお送りいたします。
39.100名前が無い程度の能力削除
この手の話が大好物な自分にとっては最高の作品でした

こいしが絡むというところは読めたのですが、藍と諏訪子は完全に不意打ちでした
この2人のキャラクターが良すぎる……
43.100名前が無い程度の能力削除
すんばらしい
44.100名前が無い程度の能力削除
凄いよかったです。文句なし100点!
東方でやる事に意味はあったと思いますよ。いや、東方だからこそこう出来たんだとすら自分は思っています。
諏訪子さまの黒さとかね、もう…たまらん。
45.80名前が無い程度の能力削除
魔理沙の行動原理にやや取って付けたような感が否めない……。結末が大好きなのでそこだけ割り引いてこの点数で。
46.100名前が無い程度の能力削除
えげつない、という褒めているように聞こえないだろう感想が浮かびました。恐ろしい作品です。面白かった。
47.100名前が無い程度の能力削除
寝る前に読むんじゃなかった。
読後感が何とも表現し辛いです。
48.100高純 透削除
火サスを見ていた頃の気持ちが蘇って来ましたよ。
大変面白いミステリでした。
こういう話は私には書けないので本当に凄いと思います。
ただ、おかげで私の睡眠時間がガシガシと削られていってるんですけど…………。
抗議の意味を込めて100点入れさせていただきます。
49.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙が事を起こすにはちと理由というか燃料が足りて無さすぎではないか、とも思ったものの
ラストのくだりを読むに単純に操られただけと解り納得。
そうですよね、彼女は如何に努力と実力を積み上げていても所詮は『普通の』人間であるのだ、と

藍様に関しては随分軽率に動いたなあ、と感じたもののきっとここまで複雑化せずに
簡単に事が済む計算だったのでしょうね、諏訪子という存在がイレギュラー過ぎただけで。

諏訪子は驚く程自分のイメージに合致しててすんなりと馴染めました
恐怖支配してた神ですもの、子孫といえど自分に依らぬ者への冷酷さは秘めてて然るべき。
各種神話や歴史を読めば血縁とて容赦の無いのが当たり前ですものね……。

でもこの最後のくだり、橙だけが聞いてるとは限らない、諏訪子も死なばもろともになりかねんのでは?
と、思ったものの『山の事なら誰が何処に居るのか』程度は把握出来ちゃうんでしたっけね、勝ち目ないなあ。
50.90名前が無い程度の能力削除
やはりさとりはミステリーの天敵だな
魔理沙が往生際が悪いのは魔理沙だからで納得できても
橙が追い詰められて焦る必要はないように感じてしまう
さとりが無実を証明できるから
57.70名前が無い程度の能力削除
面白かったんですが、劇中劇にしか見えませんでした
59.70名前が無い程度の能力削除
氏の長編はいつもキャラクターで損してる気がする。
60.60名前が無い程度の能力削除
こんな幻想郷は滅びたほうがいい
61.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙好きだけど、100点しかないですな
65.70名前が無い程度の能力削除
拭えない強い違和感と煮えくり返る何かと晴れない読後感にて三十点の減点をお許し下さい
ミステリーとしては上等だと思うのですが、どうにも何かが決定的におかしいと感じて…。
66.100名前が無い程度の能力削除
最後の氏の言葉にパンチが効いてます。

才に秀で優れた人物が隠れてえげつない行動を起こし、
それに対する抑止力が無い。
でも、その人物の思い通りに物事は進まず、
結果として、人智を超えた幻想郷の主要人物のほとんどが、
どこかで失敗し、どこかで傷を負っている。
ここでテロという言葉が思い浮かんだのは的外れだったでしょうか。

氏の『重力姉/妹』の衝撃が抜け切らない内に
この重い内容を読むのはハードでしたが、読むことができてよかったです。
68.70名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
72.無評価名前が無い程度の能力削除
とにかく霊夢の存在があまりにも空気で、
それが不気味でなんだか素直に評価しにくいです…。
フリーレスで失礼します。
76.100名前が無い程度の能力削除
霊夢はどこで何をしていた/しているのか。この一点だけ多少気になります。
毎度の事ながら素晴らしい作品でした
78.無評価名前が無い程度の能力削除
1人1人の心情の偏移を考えつつ今一度読み直してみた
うん、やはりキッカケは唯一人の物凄く単純な動機ですよね、そしてそれはとても簡単に達成されるはずだった。
幻想郷で直接パワーバランスを担ってるワケでもない妖怪1匹が消えたトコで本来なら些末な出来事で
到底異変と呼べる程では無く、博麗の出番には成り得ない。
せいぜいお空の出す被害が飛び火したら人間達にとって危険とみなして出てくるかどうかであって、それはこの話の後でしょうね。

魔理沙は確かに罪を犯したが犯人と表現するのも微妙
真犯人の1人に煽られ事に及ぶもいわば薬物による衝動的行為であるからこそ犯行そのものがお粗末になった
その後は急速に冷めていったであろう衝動と湧き上がる後悔、そして同時に犯行の隠蔽や誤魔化しを必死で考え続けていると考えれば随所の不可解な行動や最後の悪足掻きもこなしきれなかったのは仕方ないというかよく頑張ったとしか思えない。
早苗は空気読めない&勘違いした事言うのはもはや公式なので問題なし。

やはり1番の悪人は……うん……。
博麗にまで危害を及びかねないことをアッサリと決行した彼女が危険すぎますよね、出自が出自だけに違和感もないし。

霊夢はまあ、寝てる間に起きた自分にはなんら害の無い話なんだからそりゃ絡んでこねえよなあw
流石に血溜まりくらいには気付けと思ったものの
普段から妖怪連中が出入りしてる場所ならさほど驚く事でもないんだろうな、そりゃ参拝客も来ない筈だと納得。
79.100名前が無い程度の能力削除
これ後始末どうつけんのかねw
さとりはそう遠くないうちに真実に辿り着くだろうし、地底に手を出さないという盟約を破った以上地底vs地上の戦争になり鬼の参戦もありうる。
紫が藍の首を差し出して手打ちにするようさとりに請うしかないが、
それで収まるとも思えない。
また早苗を狙った真犯人に神奈子もいずれは気がつくだろうし、そうなると
諏訪子と神奈子が再び戦うことにもなりかねない。
そそのかされた魔理沙だって黙ってないだろうし、魔理沙が動けばいろんな勢力に影響も出る。
2人の真犯人の余りに妖怪らしい自分本位な動機によって幻想郷がやばい。
80.80名前が無い程度の能力削除
大妖怪と祟り神が操る不定形の動機が交錯するさまを描く手腕が圧倒的でした。
霊夢が動かない=これは異変ではない、というのに考えさせられます。
ココロが資本の幻想郷の、恐ろしさと危うさを垣間見た気がしました。
82.60名前が無い程度の能力削除
魅せられました。引き込まれました。
だからこそ後味が悪い。納得が出来ない。

諏訪子については原作やその設定から、疑問は無いです。

しかし藍はどうでしょう。
紫の式がついているのに、間接的といえども易々と犯行が出来るでしょうか?
もし紫が気づいていたなら、何故止めなかった?
そもそもこんな些細な事で、頭脳明晰な藍が、幻想郷崩壊(=自身の消滅)のトリガーともなる行為をするのだろうか?

藍以外にも、
霊夢は結局どうしていたのか?
などなど。


読者を納得させてこそのミステリー小説だと思います。
例えどんな終わり方でも。

趣味なんだから!と言われたら何も言えませんが。
87.100名前が無い程度の能力削除
とても面白かったです。
ただ、魔理沙が告白した場面では笑ってしまった。
一瞬劇中劇かとw
本当に面白かったです。ありがとうございました。
88.100名前が無い程度の能力削除
書ききった、
そのパワーに感服。

ただ、藍にもう少しまともな動機を…
90.100名前が無い程度の能力削除
堪能したぜ
91.80名前が無い程度の能力削除
相変わらずの作風でおもしろかったよ
92.90euclid削除
てめぇら人間じゃねえ!(←大体あってる
94.100名前が無い程度の能力削除
真実を暴こうとする橙やお空、真実を隠そうとする魔理沙やさとり、勘違いに振り回される文やはたて、そして黒幕。
それぞれ異なった思考・行動レイヤーの人物を描きだせるのがすごいなあ。
魔理沙の自白と早苗の説得、藍の幼稚な動機は浮いてる気がするけれど、のめりこんで読めました。
なかなか出てこない霊夢や紫もいつ登場するのかワクワク期待してましたが、結局出てこなくて予想を裏切られて楽しい。
厚みのある楽しみ方ができる作品を読ませていただき感謝いたします。
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うまい。