霧雨魔理沙はまだまだ幼かった頃、“風”に出逢った。
始まりは父親に連れられて香霖堂を訪れた後、里へ帰ろうと傾いた夕日を全身に受け、親子仲良く手を繋いであぜ道を並んで歩いていた時のこと。
瞬きするほどの間もなく自分の視界を一瞬で横切ってしまった、その黒い影の主が誰であるのかなどあの頃の彼女に知る由は無かった。
それでも。すれ違った風は、彼女の幼心に強い強い憧れを残すには十分すぎた。
その日は漠然としたものであったが、彼女が里の近くでその影を見る度にこの想いははっきりと胸に刻まれていった。
空を飛びたい。
誰にも負けないほど速く、誰にも負けないほど力強く、誰にも負けないほど高く遠くまで・・・!
ただの人間の少女であった霧雨魔理沙が、魔法使いになろうと考え家を出たのはこの出逢いからそう遠くない日のことだった。
それから月日が流れた。
その間幻想少女たちが暮らすこの世界は目まぐるしい速度で変わって行き、きっとこれからもこのことは変わらないだろう。
魔理沙はと言えば才能で全てをこなす霊夢とは対照的に努力を以て堅実に力をつけ、博麗の巫女として動く霊夢の隣に並び、起こる異変のほぼ全てに全力で首を突っ込むようになっていた。理由は言うまでもなく、一歩でもあの影の主に近づくため。
『ふふふ、こんなに月も紅いから?暑い夜になりそうね』
赤い館で紅い霧を出す紅い悪魔と戦った。
『でも、折角だしなけなしの春をいただくわ、黒い魔!』
春を取り戻すために亡霊の姫とも戦った。
『今まで、何人もの人間が敗れ去っていった五つの問題。貴方達に幾つ解けるかしら?』
夜を終わらせるために月の姫とも戦った。
『鬼が居ないと思うのだったら見せてやるよ。鬼の萃まる宴会という物を!』
終わらない宴の中ではあの鬼とも戦った。
『貴方は、少し痛い目にあってでも、自分の生活を見つめ直すがいい!』
咲き乱れる花の異変では閻魔とも戦った。
『貴方は一度――神の荒ぶる御霊を味わうと良い! 』
外の世界からやってきた神様とも戦った。
『ふふふ、貴方の湿った霧雨の天気 私の光り輝く天気と比べるが良いわ!』
雲の上で暮らすわがまま天人とも戦った。
『貴方は、その前哨戦を担える器を持っているの?核融合に見合った強大な力を!』
神の力を取り込んだ地底の烏とも戦った。
『私が寺に居た頃と人間は変わっていないな 誠に浅く、大欲非道であるッ!いざ、南無三──! 』
永い封印から解かれた同業者とも戦った。
弾幕ごっこという括りの中ではあるが、単純な力では自分を遥かに上回る格上の相手達を幾度と無く倒し巫女と共に異変を解決に導いてきた。これは里の者たちに英雄と呼ばれてもおかしくない偉業である。しかし、彼女の中にあったのは満足どころかその真逆の感情であった。
この程度ではあの影の主に勝てはしない。もっと、ずっと、まだまだ先があるはずなんだ、と。
魔理沙は気付いていない。幼い頃のあやふやな記憶が、自らの中でその存在を神格化してしまっていることに。魔理沙の覚えている黒い影と、実際に実在した(当然今も現存しているのだが)その正体とでは雲泥の差、とまでいかないにしろ確実に齟齬が発生していた。実際のところ、魔理沙が思うほどその影の主は立派でも強くもなかったのだ。それでも今の魔理沙と比較するならば、立派かどうかはともかくとしても圧倒的に強いことに違いは無いのだが。
そういった最高位の人外の存在達には敵わないにしても、今の魔理沙はかなりの実力をつけた。人間の中では最高位の能力を持っているとの自負もある。そりゃああの博麗の巫女や悪魔のメイドのようなびっくり人間たちと比べられれば流石に霞むかもしれないが。
そんな魔理沙はあの時の影の正体に目星をつけていた。自分の勘は巫女のものほどは当たらないと分かっていながら、これに限ってはかなりの確信があるようだった。
その目星とは、異変の中で何度も出会う度に彼女を軽くあしらって来た烏天狗の新聞記者、射命丸文である。
花の異変で戦った時からなんとなくそう感じてはいた。
しかし妖怪の山で再び戦った時、それは彼女の中で確信へと変わった。や、もちろん確証なんてものはどこにも無いのだけれど。
『さあ、手加減してあげるから本気で掛かってきなさい!』
その台詞にカチンと来た彼女は、目の前のこの生意気な天狗をけちょんけちょんにしてやろうと決めた。
一応勝負には勝ったのだが、負けを認めた相手は息一つ切らしていなかった。その上上手く利用されてしまっただけのような気もする。まぁ、当初の目的は果たせた為良しとしたようだが。
そしてこの勝負で文が使用したスペルカード、『幻想風靡』。これが決定的だった。
長年の努力をもってしても未だ自分の目に負えないほどの速度で縦横無尽に天を駆け、弾幕で空を埋め尽くすその光景に思わず魔理沙は魅了されていた。この気持ちはただ美しさに見とれていただけではなく、この感覚は幼い頃感じたあの憧れと同種のものなのだと彼女の脳はすぐに理解していた。
当然、文がこのことに気付けるはずは無いのだが、つまり今回の勝負は単に彼女の数ある戦歴の内の一つなどではなく、霧雨魔理沙が己のヒーローであり、超えたいと願う壁の正体をようやく見付け出すことに成功した大切な一戦であった。
この時から霧雨魔理沙は里の近くで文の姿を見る度決闘を挑むことにしている。もちろん、負けず嫌いな彼女がその内に秘める思いを伝えることは未来永劫無いだろう。
「あやや?また貴方ですか」
「私だぜ。要件は当然分かってるな?」
「全く懲りませんねぇ。そろそろ面倒臭いんで止めて頂けると有難いんですが」
「確かに有難い話だな。でも私は本気のお前に勝つまで止めるつもりはないのさ」
「私に勝ってどうするんです?はっ!?まさか新聞作りの秘訣を探――」
「る訳ないだろ」
「ならどうしてまた?それに私に勝ったとて、その後はどうするつもりなんで?」
「そんな先のことはお前に勝ってから考える。今の私の頭の中にあるのはお前をどうやってぶっ飛ばすかだけ、だぜ」
「ふむ、売られた喧嘩は清く正しく買い取りませんとね。その代わり貴方には私の新聞を買ってもらうことにしましょう!」
「窓をぶち破ってまで無理矢理投函するやつがよく言う。新聞はきちんとポストに入れとけ」
「貴方の家にポストなんてあったかしら?」
「ないぜ」
「・・・なんとなーくイラッとしましたね。怪我しても知りませんよッ!?」
天を見上げる彼女の視線を遮るかの如く、射命丸文は霧雨魔理沙の遥か上空に立ち塞がり決闘を承る。
文は天高く右手を振り上げ、団扇を持つその手に自らの能力で風を収束させ、それを中心として辺りに爆風を吹き荒らす。
その顔には余裕をかました得意げな笑み。まるで、お前じゃ私に傷ひとつつけることさえ出来はしない、とでも言うように。
『どうしたの?早くかかってきなさいよ、できるものなら・・・ね?』
そんな嘲り笑う声が聞こえた気がした。
「上等。その『幻想郷最速』の称号、今日こそ貰い受けてやるぜ!!」
香霖堂特製のこの世にたった一つしか無いミニ八卦炉を強く握りしめ、霧雨魔理沙は空を飛ぶ。
今はまだ本気のこいつに勝つどころか、本気を引き出すことすらできないけれど。
それでもいつの日かは、きっときっと―――――
確かにあやや出る良作多いけど十分面白かったですよww
これからも期待してます
Google先生GJ!
でも魔理沙がBreak the windお話ならちょっと読みたいかも(AA略
努力家魔理沙大好きな身としては、この上無く俺得でした。
あややも可愛いね。
それはそれで読んでみたい気がする。というわけで台無しになる裏作品をww
文ちゃんは昔から飛び回っていたわけだから花映塚とかで初めて対面したっていうことはないと思う。きっとお互い知らないうちに出会っていたはずなんだ。
もしかしたら文ちゃんは魔理沙の小さい頃を知っていて成長を嬉しく思ってるとか思ってみたらもう胸が熱くなってきた。
白黒で最速つながりというなんかこの設定が公式でもいいような気がしてきた。
あ、初投稿だったのか。次回も期待します。
そこはかとなく原作っぽい会話も楽しめました
魔理沙の思考ルーチンがイメージ通りでいい感じで、
そしてさりげなく本気度上げて迎え撃つ文も、よい「高い壁」ですなw
折れない魔理沙がいつかこの壁を越えるのか、あるいは壁であり続けるのか・・・
この後を妄想するのも楽しい、よいお話でしたー