1・
はぁはぁと、二人分の熱い吐息が薄暗い静かな図書館に響く。
「待って…行かないで魔理沙」
パチュリー・ノーレッジは霧雨魔理沙をぎゅっと抱きしめながら、薄く濡れた瞳で見つめる。
そんなパチュリーに、魔理沙は苦悶の顔で応える。
「悪い、パチュリー…私は行くぜ」
パチュリーを振り払おうと、魔理沙は体を捩る。しかし、パチュリーはひしと抱きついたまま魔理沙から離れようとしない。
「駄目よ!絶対に行っちゃ駄目!」
魔理沙を抱きしめる力をより一層パチュリーは強める。
それはもう、ミシミシと体の軋む音が聞こえるほど。
「あなただけ助かろうったってそうはさせないんだから~!」
「ぃだだだだだだ!」
それはもう、喘息持ちの貧弱魔女のどこにこれほどの力があるのだという力であった。
六時間程前に遡る―
紅魔館の大図書館―
「紅茶、遅いわよ」
「ひゃあ!すみません!」
ジロリとパチュリーに睨まれて小悪魔は体を縮こまらせた。
今日は館の主、レミリア・スカーレットとその有能なる従者、十六夜咲夜が二人連れ添ってどこぞかに出かけてしまっているのだ。仕方なく、今日の紅茶は小悪魔に入れさせている。
(まぁ、どうせ二人は神社だろうけど。吸血鬼のくせにこんな時間によくやるわ)
思いながらパチュリーはちらりと時計を確認する。
現在の時刻は午後三時を十五分ほど過ぎたところだった。
「次からは五分前行動を心がけることね」
パチュリーに軽く叱られ小悪魔はしゅんと肩を落とす。
「あれ?」
ふと、小悪魔は見慣れない魔方陣が床の上に展開されていることに気が付いた。魔方陣はそれ程大きいものではなく、半径1m足らずといったところだ。
「ん?あぁ、これね。丁度いいから説明しておくわ」
小悪魔の視線に気づいたパチュリーが言う。
「これは新しいネズミ捕りの試作品よ」
「はぁ、新しいネズミ捕り…」
ここで言うところのネズミとは霧雨魔理沙の他無いだろう。
「早い話地雷ね」
パチュリーはうっすらと笑みを浮かべながら言う。
「この魔方陣に乗って、そこから少しでも移動したら攻撃魔法が発動するようにセットしてあるのよ。まぁ厳密には移動したら、ではなく重量が減ったらなんだけどね」
「こ…攻撃魔法ですか」
「そう。恐ろしい爆発魔法を仕込んであるわ」
小悪魔は冷や汗が出るのを感じた。
「あなたは大体飛んでるから大丈夫だとは思うけど…まぁ気をつけなさい」
ぶんぶんと小悪魔は全力で頭を縦に振る。
紅茶を渡して立ち去ろうとする小悪魔の背中にパチュリーが声を掛ける。
「あぁ、因みに今回のは試作だから今夜十二時には効力が切れるように設定してあるから安心しなさい」
「は…はぁ」
今日一日は図書館内では飛んで過ごそうと思う小悪魔だった。
パチュリーは読み終えた本を閉じてうんと伸びをした。ずっと同じ体勢で本を読み続けていたものだから体中がぱきぱきと音を立てる。
時計に目をやると時刻はすでに八時四十五分を回っていた。
(レミィは帰ってるのかしら?)
キリの良いところまで読んだことだし、一先ず上の様子でも見てこようかとパチュリーは今日ようやく席を立った。
(うーん、いつの間にかすっかり暗くなってるわ…)
一応の照明はあるのだが、あまり足元がおぼつかない。
―と、
「……」
ぞわり、と妙な悪寒が走った。
うそ、まさかね…と思いつつパチュリーは視線だけを足元に落とす。
そこには、我ながら見事に仕上げられた対ネズミ用トラップ魔方陣がしっかりと自身の足に踏みしめられていた。
「こ…小悪魔―!ちょっと!小悪魔―!」
パチュリーは声の限り小悪魔を呼んだが声は図書館に木霊するばかりで何の反応もなかった。
(…いないわね…まさか寝てる?人間の子供じゃあるまし夜九時前に寝るなんてどういうこと?)
小悪魔はとんだ健康優良児だった。
(あー、まずいわ…こんなことなら私には反応しないようにするとかしておけばよかった)
今更悔いたところで仕方が無い。踏んだ瞬間即時発動にしていなかっただけマシだと思うしかないだろう。
(まぁ、十二時には自動で効力が切れるんだからいいか)
座って手の届く範囲の本でも摘んでいればそのうち時間も来るだろう。
などと思った瞬間だった。
「オーッス!」
バーン、と扉が壊れるのではないかというぐらいの勢いで何者かが図書館に侵入してきた。
「パチュリーいるかー。って、なんだ暗いな。灯りぐらい点けろよ全く…」
「くっ…厄介なのが来たわね…」
声だけで解る。本来このトラップに掛かるべき憎き魔理沙が来たのだ。
小悪魔もいない、自分は身動きできないというこんな最悪な状況を狙われたら魔理沙に図書館の蔵書丸ごと掻っ攫われてしまう。
(いや!違うわ!これは逆にチャンス!)
パチュリーに圧倒的閃きが走る!
「おーい、いないのかぁ?」
灯りを各所に灯しながら魔理沙がこちらにやってくる。
「ここにいるわ」
「お?」
声のした方に魔理沙が向かうと、そこには何故か特に何も無いところで突っ立っているパチュリーの姿があった。
「おー、パチュリー…って、お前そんなところに突っ立って何してんの?」
「ちょっとね…」
言いつつパチュリーは後ろ手に隠していた本を魔理沙の前に見せた。
「ねぇ、ところで魔理沙。こういう本興味無いかしら?」
「ん?なんだ?」
魔理沙はパチュリーの方へ小走りに駆け寄ってくる。
(掛かったわね、アホがっ!)
内心でパチュリーはほくそ笑む。
このトラップは現在掛かっている重量より軽くなった瞬間に発動するように設定しているが、重くなる分には発動することは無い。つまり、魔理沙が魔方陣に乗ると同時に自分が飛びのけば魔理沙を罠に嵌めつつ自分は安全に逃げられるという、まさに一石二鳥の妙案である。
そんな事情は露知らず、平然と魔方陣に近づく魔理沙。残る距離あと3m!
(いや、ちょっと待って)
直前になってパチュリーの思考に不吉なものがよぎる。
(私って…本当に魔理沙より軽いの?)
ここのところ…というか慢性的運動不足の自分に対し、魔理沙は常時全力でカロリー燃やしつくしているような奴だ。
(特に最近ちょっと間食が過ぎたような気が…)
もし本当に自分の方が重かったら魔理沙と交代したところで重量が現在重量より減ってしまうのでトラップが発動してしまうだろう。
(ど…どうしよう…)
一瞬の逡巡。
「うーん、この本もう前に読んだぜ?」
気が付いた時にはすでに目の前に魔理沙が立っていた。
現在魔方陣上の重量、パチュリー+魔理沙+本一冊。
2・
「な…なんだそりゃあ!ふざけるな!」
パチュリーから事情を聞いた魔理沙は叫んだ。
「私は帰る!」
箒に跨ろうとする魔理沙をパチュリーはしがみ付いて止める。
「待ちなさい!そんなことしたら私たち魔法で吹っ飛ぶわよ!」
「ふん!そんなもん、私のブレイジングスターで発動する前に逃げてやるぜ!」
「……」
魔法が発動する前に脱出…出来るだろうか?初速からぶっ飛ばす魔理沙の魔法なら出来るかもしれない。何しろ、実際トラップの魔法が発動するのにどれぐらいの時間を要するのかはパチュリーにもテストが終わっておらず解っていないのだ。
「いやいや!一人だけ逃げようなんて許さないわ!」
パチュリーは魔理沙に抱きつくような形でしがみ付いて放さない。
「うぎぎぎ…放せ…このっ…!元はといえば自分の責任だろうがっ!」
「こんなトラップ作らせた原因はあんたでしょ~!」
魔理沙もパチュリーを押し返そうとするが、何しろパチュリーを突き飛ばして魔方陣上から出してしまうわけにはいかない。そのために十分に力を入れることが出来ないのだ。
二人ははぁはぁと肩で息をしながら睨み合う。
「…あぁもう!解ったよ!私の負けだ!今夜十二時だったか?それまで待つぜ!」
先に折れたのは魔理沙だった。
「どうせ今夜はここで過ごす気だったしな。だからもう放してくれ」
「とか何とか言って逃げる気でしょ。信用ならないわ」
魔理沙の言葉に力を弱めつつも、しがみ付くのをやめないパチュリーだった。
「なんで信じないかね…」
はぁと息を吐く魔理沙に、パチュリーはふんと鼻を鳴らす。
「日ごろの己を省みなさい」
そんな態度のパチュリーに、魔理沙は言い聞かせるように言う。
「あのなぁ、今夜は魔法使い三人でちょっと検討会でもしようかって話してたんだよ。検討会ならこの体勢でも出来るだろ?」
「検討会?」
パチュリーは訝しげに眉をひそめる。
「ちょっと相談したいことがあってさぁ。私は先に来てそのことを話そうと思ってたんだよ」
「いや、魔法使い三人って…あと一人誰よ」
「そりゃ当然アリ―…」
言いかけて魔理沙の顔からサッと血の気が引いた。それとほぼ同時、ドサッと何かが落ちる音がする。
パチュリーに抱きつかれた状態のまま、魔理沙が音のした方に視線を向けると…
「あ…あなたたち…な…何をしているの?」
果たしてそこには、まるでこの世の終焉でも見るかのような表情のアリス・マーガトロイドが立っていた。
「ぃ…ようアリス。いつの間に来てたんだ?」
「今しがたよ…何度も何度も声を掛けたけど何も反応が無いから勝手に入ってきたけど何か二人が言い争ってる声が聞こえるなと思って声のするほうにやってきてみたらなんかふたりがだきあってるしししし…」
ぶるぶると拳を震わしながらアリスはずんずんと二人に近寄ってくる。
「うわぁ!ちょっと待て!来るなアリス!」
手をぶんぶん振ってアリスを止めようとする魔理沙だったが、アリスは容赦なく歩を進めてくる。
「来るなってどういう意味よ!って言うかいつまで抱きついてるのよパチュリーはっ!」
「事情を説明するからこっちに来るな!あとパチュリーもとりあえず離れろって!」
「とか何とか言って逃げる気でしょ。信用ならないわ」
「こんなタイミングで逃げるかぁ!」
片手でアリスを制止つつ、もう片手でパチュリーを引き剥がそうと押す。もう何がなにやら。まるで言う事を聞いてくれない二人の魔法使いに、魔理沙は泣きたい気持ちになった。
当然、アリスは魔理沙とパチュリーの間を裂こうと魔方陣上に乗っかってくるのだった。
現在魔方陣上の重量、パチュリー+魔理沙+アリス+本一冊。
3・
「何よ!そういう事ならどうして最初に言わないのよ!」
どうにかこうにか事情を説明されたアリスは開口一番そう言った。
「ツッコミを入れる気力も無いぜ…」
魔理沙はぐったりとしながら言った。それだけで、ここまで漕ぎ着けるのにどれだけの労を要したか伺えるだろう。
「いや、それより―…」
魔理沙は一気に疲労した身体に鞭打って、言う。
「何でアリスは後ろから抱き付いてきてるんだ?」
現在魔理沙は前からパチュリー、後ろからアリスに抱きつかれる状態になっている。
「それは…ほら…パチュリーが抱きついてるのと同じ理由よ!」
「…?私が逃げないようにってことか?」
「そ…そうよ!」
後ろにいるので魔理沙からは見えない、アリスは一人ぶんぶんと首肯する。
「どっちか一人でいいだろ。正直前から後ろから圧迫されるのはしんどいぜ…」
「パ…パチュリーだけじゃ魔理沙を抑えられるか体力的にも不安じゃない?だからよ!」
これまでずっと抑えられてました、と魔理沙は思うがもう面倒くさくなって黙っておくことにした。それに、もともと三人も乗れるようなスペースがこの魔方陣に無かったのは確かだ。こうしてくっついていない限りどうせ三人は居れないだろう。
「なぁパチュリー、本当に十二時まで待つしかないのか?」
時計に目をやると現在時刻は十時を回ったところだった。この状態であと二時間はいくらなんでもきつい。
「考えられる方法は一つね」
パチュリーは言う。
「外部の誰か(私より体重重い)が私と交代して、私が魔方陣を止める方法…でもこれは誰かさんが暴走したせいで水泡に帰したわ」
魔理沙の後ろを覗き込みながらパチュリーは言う。
「なっ!私パチュリーより重くなんて無いわ!身長が高いからそう見えるだけよ!」
「そこはどーでもいいぜ…」
間に挟まれた魔理沙はげんなり言う。
「あとはレミィにくっついて出かけちゃった咲夜が帰ってくるのを期待するしかないわね」
なるほど、咲夜なら時を止めておいて三人を移動させ代わりの重しを置くぐらい造作も無いことだろう。
「さすがはパーフェクトメイド!」
「そこに痺れる憧れるわね!」
二人は明確な希望があることに気づいて声を明るくした。
「いや、でも言ったでしょ。レミィが帰ってきたらの話よ。本当に肝心なときに居ないんだから…」
それはそうだ。この場に居なければさすがのパーフェクトメイドも意味が無い。
「あーっ、くそっ!(咲夜のおまけの)レミリアー!早く帰ってきてくれー!」
叫ぶ声は空しくも図書館の静寂へ飲まれてゆく…
ハズだったのだが!
「きゃははははは!」
金属を引き裂くような狂気の笑い声が突如として三人の頭上に降ってきた。
(((やっっばい!)))
三人は同時に理解する。
現状の想像を絶するヤバさを。
「なになに?三人で何して遊んでるの?フランも混ぜてよぉ」
三人の近くの本棚の上に、それは降り立った。
闇にあって尚も歪に輝く羽…狂気を秘めた紅い瞳を持つ少女。間違いようも無くフランドール・スカーレットだった。
「ちょっと…これマズいんじゃない!?」
小声でアリスが焦ったように言う。
「今弾幕ごっこ!とか言われたら私たち殺されるわよ!」
「言われなくても解ってるって!」
魔理沙の顔にも冷や汗が滲む。
「何としても興味を別の何かに引かないと…」
パチュリーも何か手を打つべく周囲を見渡す。
三人のそんな様子を見下ろしつつ、フランは不満そうに頬を膨らませる。
「何よ!三人だけでこそこそして!私をのけ者にする気なんでしょ!」
ぎゅっと握られたフランの拳に三人は戦慄する。すわ、何か破壊する気かと思ったが、単純に拳を握っただけのようで、安堵の息を吐いた。
しかし、この調子でフランの機嫌が悪くなっていけばどうなるか解ったものではない。かと言って、正直に事情を話したところで引いてくれるのだろうか?
「こ…これはあれよ!」
咄嗟にアリスは声を上げる。
「あれ?」
首を傾げるフラン。しかし、アリスは次の言葉が出ない。
「あれって何?」
「えーっと…」
「く…組体操だぜ!」
言葉に詰まるアリスに代わり、魔理沙が声を上げる。
((お…おまっ!組体操って!))
もうちょっと他に無いのかよ!とパチュリーとアリスは内心でツッコミを入れるが、こうなっては仕方ない。
「そう、組体操!今度の宴会でする予定なのよ、ねぇアリス」
パチュリーも魔理沙に乗っかる。
「そ…そうなの。すごく大切な練習だから邪魔しないで貰えないかしら…?」
パチュリーを受けてアリスも言う。―が、
「……あはっ!」
きらきらと瞳を輝かせるフランに三人は興味を失わせる目論見が外れたことに気づいた。
「私もっ!私もやる~~!」
言うが早いかフランは魔理沙目掛けて飛び掛っていた。
「うわっぷ!」
正面向きの肩車のような形で飛びつかれ、魔理沙の頭はがっくりと後ろへ傾く。
「ちょちょっ…ちょっと!フラン!あなた一体どこに飛び乗ってるのよ!降り…いや、せめて後ろに回りなさい、後ろにっ!」
その様子を見ながら、パチュリーは思い切り深くため息を吐いた。
現在の魔方陣上の重量、パチュリー+魔理沙+アリス+フラン+本一冊。
4・
最初のうちは良かった。
何とか一時間ほどはフランも楽しげにきゃっきゃと魔理沙の上ではしゃいでいた。しかし…
「…飽きた」
ぽつり、とフランが言った。その言葉に下の三人はギョッと目を剥く。
「私飽きちゃったからどっかいくね」
フランは魔理沙の顔を覗き込みながら言う。
「うぉおおい!冗談じゃないぜ!ちょっと待て!」
魔理沙は自分の頭を挟むフランの太ももをがっちりと両手で掴んだ。いきなり太ももを触られたことでくすぐったそうに身を捩りながらフランは言う。
「もーっ!飽きたのっ!だからどっかいくーっ!」
飛翔能力があるのか甚だ疑わしい羽をバタつかせながらフランは魔理沙の上で暴れる。
「あっ!こら暴れるなっ!」
フランが飛ぼうとするだけで重量が減りそうで三人はハラハラだ。
「妹様、ちょっと待ちなさい!」
パチュリーがいきなり声を上げた。
何事かとフランの動きも止まる。
「今、どこかへ行ったら後悔しますよ。何しろ、これからが本番なのだから」
きらり、とパチュリーの目が光る。
「なに?なにかあるの?」
思わせぶりなパチュリーの態度に、フランは再び瞳を輝かせる。
「ちょっ…ちょっと、そんなこと言って何か考えあるの?」
魔理沙の背後から顔を覗かせてアリスはパチュリーに聞いた。下手なことを言ったらただどこかへ行かれるより最悪な結末が待ってるような気がする。
「ふん、だからあなたは未熟者なのよ。私は最初から二時間も妹さまがこの状態で居られるとは思っていないわ。常に未来を読んでこその魔女よ」
偉そうな態度はともかく、フランを抑えてくれるのは単純にありがたい。
「ねぇ、はやく教えてよ!なにがあるの?」
「それはね…」
パチュリーが何を言い出すのか、フラン以外の二人も聞き入る。
「状態組み換えよ!」
「「!?」」「おぉー!」
本当に意味が解っているのやら、フランはただ楽しそうに足をパタパタさせる。
「ちょっと!」
アリスは魔理沙に回されているパチュリーの腕をぺしりと叩いた。
「状態組み換えって…このスペースで!?魔方陣からはみ出したらアウトなのよ!?」
アリスは言いながら自分の後ろを振り返る。自分の踵あと十センチぐらいのところに魔方陣の端ある。
「危険すぎるわ!」
「座して死を待つより、危険なれども茨の道を行くほうが生存率は高いわ」
パチュリーの言葉に、アリスも閉口する。確かに何もしないままフランを抑えておくことは出来ないだろう。
アリスが黙ったのを見て、パチュリーはフランに説明を始める。
「いいですか、妹様。この組体操ではこの枠組みを出てはいけないのです。飛ぶことも反則です。解りましたか」
パチュリーに重々しく聞かれ、フランもいやに神妙な顔で頷く。
「うん、解った」
「いいかフラン!パチュリーの言ったことはすっごい重要なことだからな!本当にちゃんと守れよ!ズルして飛ぶなよ!」
くどいほど念押しする魔理沙にもフランは「うん」と答える。
「よし…じゃあ、始めましょうか…」
息を吐いてパチュリーが言う。応じてアリスも頷く。
「そうね、始めましょう…」
命を掛けた、組体操を…!
「じゃあまず何をする?」
尋ねるアリスにパチュリーが答える。
「うーん、扇…とかどうかしら?」
「オーギ?何それ!それがいいそれがいい!」
未だ魔理沙の上に乗っかったままのフランがはしゃぐ。
「じゃあそれに―…って、あ!」
パチュリーは自分の選択が誤っていたことに気づいたが、もはや後の祭りだった。
『扇トハ!真ン中ノ一人ガ軸トナリ左右ノ二人ト手ヲ繋ギ、左右ノ二人ハ地面ニ手ヲツイテ身体ヲピント伸バストイウ技ダゾ!左右ノ二人ガ軸ノ人ノ足ニ足ヲ絡メテ身体ヲ固定スルノガポイントダ!』
「あぃぎぎぎぎぎぎ!腕が千切れる~~ッ!」
魔理沙が叫ぶ。
それはそうだ。こんな狭い場所で左右の人間が手を突くスペースがあるはずも無く…魔理沙は両腕にパチュリーとアリスをそれぞれぶら下げるような形になってしまったのだ。具体的には扇の左右の支えの手を外した状態になっている。
「わ…私達だって腹筋すごい使ってるんだからっ!魔理沙も耐えなさいよね~ッ!」
「もう無理もう無理もう無理もう無理もうむりむおうりおうり……」
地面に手を突かない代わりに、両手で魔理沙の手を掴みながら二人は言う。
「あはははっ!おもしろーい!」
特に何をするでもなく、相変わらず魔理沙に乗っかっているフランは、それでも楽しそうに笑う。
「うぎぎぎぎぎぎ!あ…あばっ!暴れるんじゃねーーッ!」
笑うあまりに後方に反り返るフランを、魔理沙は首の力だけでキープする。
それでも何とか三人(とフラン)は十秒ほどその状態をキープし、最後の力をふりしぼって最初の状態に戻った。
もはやお互い倒れない為に抱き合っている状態の三人は、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す。
「ねぇねぇ!次は何しよっか!」
そんな三人のことなどお構いなしに、わがままなお嬢様はあまりにも残酷なことばをいともたやすく言うのだった。
現在の魔方陣上の重量。前回と変わらず。
5・
魔法使いという連中には、あまりにも過酷な時間だった。
もはや呼吸もままならないような状態で、それでも時計を指しながらパチュリーが言う。
「み…見て…あと、ニ分よ…!」
永遠に終わらないと思えた時間にも、いよいよ終わりが見えた。
あとニ分!
死体のように生気を失いかけていた二人の表情に力が戻ってくる。
(行ける!あとニ分ぐらいなら次の体型を考えると見せかける小粋なトークで凌げる!)
(ギリギリだけど…勝ったのね、私達!)
因みに現在、スクラム状に円陣を組む三人の上に、フランを乗っけている状態である。結局フランが組体操に直接的に絡むことは無かったが、それでもフラン本人が満足そうなので助かった。
(さて、そうなれば最後に適当な話を…)
安堵の表情でフランに何か話を振ろうと三人が思った瞬間だった。
「おトイレ」
それはあまりにもいきなりで、盤面を無理やりにひっくり返すほどに暴力的な一言に三人には聞こえた。
「私おトイレいくね。遊んでくれてありがとう」
笑顔で飛び立とうとするフランだったが…
「「「待てぇええええ!」」」
もやは策も何もあったものではない。三人は同時にフランの四肢と羽(意味があるのか?)を押さえ込んだ。
「きゃーーっ!やだーっ!何!?」
いきなり三人に襲い掛かられてパニックになるフラン。
もう悪魔の妹だろうがなんだろうが知ったことではない!狂気に支配されている?ありとあらゆるものを破壊する?それがどうした!残り一分で逃げられてたまるか!
「やだーっ!三人とも怖いよーっ!お姉さまー!助けてぇー!」
泣きそうな声を上げながらフランはいやいやと頭を振る。
恐らくフランには三人の方がよほど気が触れているように見えていたことだろう。
「パチュリー!あと何秒!?」
アリスが叫ぶ。
「あと5…4…!」
「放してぇーー!」
「うぶぇ!」
拘束から逃れたフランの右手が、魔理沙の鳩尾に炸裂する。
吹き飛びたいのを根性でこらえ、倒れてしまいたいのを精神力でカバーし、魔理沙は魔方陣上を割ることなくフランを押さえる。
「2…1…」
「もうやだぁあーー!」
フランが渾身の力で身をよじり、三人の拘束から逃れたのと時計が十二時を指したのはまさに同時だった。
「わぁああん!」
泣きながら飛んでいくフラン。
それを三人は固まった状態で見送った。
「…で…?」
アリスがはぁはぁと息を荒げながら最初に発言する。
「どうなの?」
「どうもこうも…」
パチュリーもストンと腰を下ろしながら言う。
「見たまんま」
「つまり…」
魔理沙は手を震わせながら言う。
「やったんだな?」
もう答えるつもりはない、とばかりにパチュリーは指で丸を作ってそれを掲げてみせる。
「っ~~~~……」
「「やったぁああああーー」」
魔理沙とアリスは抱き合って叫んだ。
「自由だぜ!くっそーー!」
たった三時間の戦いだったが、振り返れば何十時間もの戦いだったようにも思える。
「なぁ、アリス、パチュリー!今日は三人で宴会しようぜ!」
魔理沙の提案にアリスは肩を竦める。
「馬鹿ね、もうそんな体力ないわよ」
憎まれ口を叩きながらも、アリスは笑顔だった。
「私は今すぐ寝たいわー…」
パチュリーががっくりと肩を落としながら言う。
「そうだ、フランにもまた謝っとかないとな」
などと、わいわい沸き立つ三人の間に、割って入る声があった。
「あ、あの~……」
三人が振り返ると、そこには寝巻きの小悪魔の姿があった。さっきまで寝ていて、何か気になることでもあってここにやってきたかのような…
「小悪魔…あんた」
今更のこのこ現れた従者に、パチュリーは何か言おうとしたが…
「ま、いいわ。もう小言いう体力もないもの…」
結局言うのを止めた。
「??」
三人の疲れ切ったが妙に清々しい表情に、小悪魔は困惑の顔を見せる。
「ところでお前は何しに来たんだよ。その格好、寝てたんじゃないのか?」
魔理沙に話を向けられ、小悪魔はハッとしたように言う。
「あ、そうでした。戻すの忘れてたんです」
「「「戻す?」」」
本かな?と、三人は思ったが、小悪魔から語られたのは全く想像外のものだった。
「時計の針です」
小悪魔の言葉に、パチュリーはがばっと顔を上げる。
「は……針って…あんた」
「あれ?気づかれてなかったんですか?パチュリー様が本を読んでる横でいじってたんですけど…」
ここにきて、魔理沙とアリスにももくもくと悪い予感が沸いてきた。
「パチュリー様に、五分前行動を心がけろと言われたので、解りやすいように時計を五分、進めておいたんです。賢いでしょ?」
えへへ、と無邪気に笑う小悪魔。
「ごふん…すすめた?」
フランが魔方陣上から出て行ったのがこの時計で十二時ジャスト。ということは、実際の時間は…
「十一時五十五分…」
呟いてアリスはぶんぶんと頭を振る。
「で、でも実際何の魔法も発動しなかったものね!?大丈夫だったのよね?」
アリスの言葉に、パチュリーは顔を背けて言う。
「ごめんなさいね…試験作品だから、本当に魔法が即時発動か確認できてないの…」
「え?」
魔理沙はパチュリーを見て、次に小悪魔を見て、そして時計を見て、最後に足元の魔方陣に視線を落とした。
丁度、魔方陣が眩い光を発し始めている瞬間だった。
「うそん」
次の瞬間、激しい爆音とともに紅魔館が揺れた。
あぁ、図書館の天井って、案外埃が溜まってるんだなぁ、と魔理沙は思った。
《激終!》
はぁはぁと、二人分の熱い吐息が薄暗い静かな図書館に響く。
「待って…行かないで魔理沙」
パチュリー・ノーレッジは霧雨魔理沙をぎゅっと抱きしめながら、薄く濡れた瞳で見つめる。
そんなパチュリーに、魔理沙は苦悶の顔で応える。
「悪い、パチュリー…私は行くぜ」
パチュリーを振り払おうと、魔理沙は体を捩る。しかし、パチュリーはひしと抱きついたまま魔理沙から離れようとしない。
「駄目よ!絶対に行っちゃ駄目!」
魔理沙を抱きしめる力をより一層パチュリーは強める。
それはもう、ミシミシと体の軋む音が聞こえるほど。
「あなただけ助かろうったってそうはさせないんだから~!」
「ぃだだだだだだ!」
それはもう、喘息持ちの貧弱魔女のどこにこれほどの力があるのだという力であった。
六時間程前に遡る―
紅魔館の大図書館―
「紅茶、遅いわよ」
「ひゃあ!すみません!」
ジロリとパチュリーに睨まれて小悪魔は体を縮こまらせた。
今日は館の主、レミリア・スカーレットとその有能なる従者、十六夜咲夜が二人連れ添ってどこぞかに出かけてしまっているのだ。仕方なく、今日の紅茶は小悪魔に入れさせている。
(まぁ、どうせ二人は神社だろうけど。吸血鬼のくせにこんな時間によくやるわ)
思いながらパチュリーはちらりと時計を確認する。
現在の時刻は午後三時を十五分ほど過ぎたところだった。
「次からは五分前行動を心がけることね」
パチュリーに軽く叱られ小悪魔はしゅんと肩を落とす。
「あれ?」
ふと、小悪魔は見慣れない魔方陣が床の上に展開されていることに気が付いた。魔方陣はそれ程大きいものではなく、半径1m足らずといったところだ。
「ん?あぁ、これね。丁度いいから説明しておくわ」
小悪魔の視線に気づいたパチュリーが言う。
「これは新しいネズミ捕りの試作品よ」
「はぁ、新しいネズミ捕り…」
ここで言うところのネズミとは霧雨魔理沙の他無いだろう。
「早い話地雷ね」
パチュリーはうっすらと笑みを浮かべながら言う。
「この魔方陣に乗って、そこから少しでも移動したら攻撃魔法が発動するようにセットしてあるのよ。まぁ厳密には移動したら、ではなく重量が減ったらなんだけどね」
「こ…攻撃魔法ですか」
「そう。恐ろしい爆発魔法を仕込んであるわ」
小悪魔は冷や汗が出るのを感じた。
「あなたは大体飛んでるから大丈夫だとは思うけど…まぁ気をつけなさい」
ぶんぶんと小悪魔は全力で頭を縦に振る。
紅茶を渡して立ち去ろうとする小悪魔の背中にパチュリーが声を掛ける。
「あぁ、因みに今回のは試作だから今夜十二時には効力が切れるように設定してあるから安心しなさい」
「は…はぁ」
今日一日は図書館内では飛んで過ごそうと思う小悪魔だった。
パチュリーは読み終えた本を閉じてうんと伸びをした。ずっと同じ体勢で本を読み続けていたものだから体中がぱきぱきと音を立てる。
時計に目をやると時刻はすでに八時四十五分を回っていた。
(レミィは帰ってるのかしら?)
キリの良いところまで読んだことだし、一先ず上の様子でも見てこようかとパチュリーは今日ようやく席を立った。
(うーん、いつの間にかすっかり暗くなってるわ…)
一応の照明はあるのだが、あまり足元がおぼつかない。
―と、
「……」
ぞわり、と妙な悪寒が走った。
うそ、まさかね…と思いつつパチュリーは視線だけを足元に落とす。
そこには、我ながら見事に仕上げられた対ネズミ用トラップ魔方陣がしっかりと自身の足に踏みしめられていた。
「こ…小悪魔―!ちょっと!小悪魔―!」
パチュリーは声の限り小悪魔を呼んだが声は図書館に木霊するばかりで何の反応もなかった。
(…いないわね…まさか寝てる?人間の子供じゃあるまし夜九時前に寝るなんてどういうこと?)
小悪魔はとんだ健康優良児だった。
(あー、まずいわ…こんなことなら私には反応しないようにするとかしておけばよかった)
今更悔いたところで仕方が無い。踏んだ瞬間即時発動にしていなかっただけマシだと思うしかないだろう。
(まぁ、十二時には自動で効力が切れるんだからいいか)
座って手の届く範囲の本でも摘んでいればそのうち時間も来るだろう。
などと思った瞬間だった。
「オーッス!」
バーン、と扉が壊れるのではないかというぐらいの勢いで何者かが図書館に侵入してきた。
「パチュリーいるかー。って、なんだ暗いな。灯りぐらい点けろよ全く…」
「くっ…厄介なのが来たわね…」
声だけで解る。本来このトラップに掛かるべき憎き魔理沙が来たのだ。
小悪魔もいない、自分は身動きできないというこんな最悪な状況を狙われたら魔理沙に図書館の蔵書丸ごと掻っ攫われてしまう。
(いや!違うわ!これは逆にチャンス!)
パチュリーに圧倒的閃きが走る!
「おーい、いないのかぁ?」
灯りを各所に灯しながら魔理沙がこちらにやってくる。
「ここにいるわ」
「お?」
声のした方に魔理沙が向かうと、そこには何故か特に何も無いところで突っ立っているパチュリーの姿があった。
「おー、パチュリー…って、お前そんなところに突っ立って何してんの?」
「ちょっとね…」
言いつつパチュリーは後ろ手に隠していた本を魔理沙の前に見せた。
「ねぇ、ところで魔理沙。こういう本興味無いかしら?」
「ん?なんだ?」
魔理沙はパチュリーの方へ小走りに駆け寄ってくる。
(掛かったわね、アホがっ!)
内心でパチュリーはほくそ笑む。
このトラップは現在掛かっている重量より軽くなった瞬間に発動するように設定しているが、重くなる分には発動することは無い。つまり、魔理沙が魔方陣に乗ると同時に自分が飛びのけば魔理沙を罠に嵌めつつ自分は安全に逃げられるという、まさに一石二鳥の妙案である。
そんな事情は露知らず、平然と魔方陣に近づく魔理沙。残る距離あと3m!
(いや、ちょっと待って)
直前になってパチュリーの思考に不吉なものがよぎる。
(私って…本当に魔理沙より軽いの?)
ここのところ…というか慢性的運動不足の自分に対し、魔理沙は常時全力でカロリー燃やしつくしているような奴だ。
(特に最近ちょっと間食が過ぎたような気が…)
もし本当に自分の方が重かったら魔理沙と交代したところで重量が現在重量より減ってしまうのでトラップが発動してしまうだろう。
(ど…どうしよう…)
一瞬の逡巡。
「うーん、この本もう前に読んだぜ?」
気が付いた時にはすでに目の前に魔理沙が立っていた。
現在魔方陣上の重量、パチュリー+魔理沙+本一冊。
2・
「な…なんだそりゃあ!ふざけるな!」
パチュリーから事情を聞いた魔理沙は叫んだ。
「私は帰る!」
箒に跨ろうとする魔理沙をパチュリーはしがみ付いて止める。
「待ちなさい!そんなことしたら私たち魔法で吹っ飛ぶわよ!」
「ふん!そんなもん、私のブレイジングスターで発動する前に逃げてやるぜ!」
「……」
魔法が発動する前に脱出…出来るだろうか?初速からぶっ飛ばす魔理沙の魔法なら出来るかもしれない。何しろ、実際トラップの魔法が発動するのにどれぐらいの時間を要するのかはパチュリーにもテストが終わっておらず解っていないのだ。
「いやいや!一人だけ逃げようなんて許さないわ!」
パチュリーは魔理沙に抱きつくような形でしがみ付いて放さない。
「うぎぎぎ…放せ…このっ…!元はといえば自分の責任だろうがっ!」
「こんなトラップ作らせた原因はあんたでしょ~!」
魔理沙もパチュリーを押し返そうとするが、何しろパチュリーを突き飛ばして魔方陣上から出してしまうわけにはいかない。そのために十分に力を入れることが出来ないのだ。
二人ははぁはぁと肩で息をしながら睨み合う。
「…あぁもう!解ったよ!私の負けだ!今夜十二時だったか?それまで待つぜ!」
先に折れたのは魔理沙だった。
「どうせ今夜はここで過ごす気だったしな。だからもう放してくれ」
「とか何とか言って逃げる気でしょ。信用ならないわ」
魔理沙の言葉に力を弱めつつも、しがみ付くのをやめないパチュリーだった。
「なんで信じないかね…」
はぁと息を吐く魔理沙に、パチュリーはふんと鼻を鳴らす。
「日ごろの己を省みなさい」
そんな態度のパチュリーに、魔理沙は言い聞かせるように言う。
「あのなぁ、今夜は魔法使い三人でちょっと検討会でもしようかって話してたんだよ。検討会ならこの体勢でも出来るだろ?」
「検討会?」
パチュリーは訝しげに眉をひそめる。
「ちょっと相談したいことがあってさぁ。私は先に来てそのことを話そうと思ってたんだよ」
「いや、魔法使い三人って…あと一人誰よ」
「そりゃ当然アリ―…」
言いかけて魔理沙の顔からサッと血の気が引いた。それとほぼ同時、ドサッと何かが落ちる音がする。
パチュリーに抱きつかれた状態のまま、魔理沙が音のした方に視線を向けると…
「あ…あなたたち…な…何をしているの?」
果たしてそこには、まるでこの世の終焉でも見るかのような表情のアリス・マーガトロイドが立っていた。
「ぃ…ようアリス。いつの間に来てたんだ?」
「今しがたよ…何度も何度も声を掛けたけど何も反応が無いから勝手に入ってきたけど何か二人が言い争ってる声が聞こえるなと思って声のするほうにやってきてみたらなんかふたりがだきあってるしししし…」
ぶるぶると拳を震わしながらアリスはずんずんと二人に近寄ってくる。
「うわぁ!ちょっと待て!来るなアリス!」
手をぶんぶん振ってアリスを止めようとする魔理沙だったが、アリスは容赦なく歩を進めてくる。
「来るなってどういう意味よ!って言うかいつまで抱きついてるのよパチュリーはっ!」
「事情を説明するからこっちに来るな!あとパチュリーもとりあえず離れろって!」
「とか何とか言って逃げる気でしょ。信用ならないわ」
「こんなタイミングで逃げるかぁ!」
片手でアリスを制止つつ、もう片手でパチュリーを引き剥がそうと押す。もう何がなにやら。まるで言う事を聞いてくれない二人の魔法使いに、魔理沙は泣きたい気持ちになった。
当然、アリスは魔理沙とパチュリーの間を裂こうと魔方陣上に乗っかってくるのだった。
現在魔方陣上の重量、パチュリー+魔理沙+アリス+本一冊。
3・
「何よ!そういう事ならどうして最初に言わないのよ!」
どうにかこうにか事情を説明されたアリスは開口一番そう言った。
「ツッコミを入れる気力も無いぜ…」
魔理沙はぐったりとしながら言った。それだけで、ここまで漕ぎ着けるのにどれだけの労を要したか伺えるだろう。
「いや、それより―…」
魔理沙は一気に疲労した身体に鞭打って、言う。
「何でアリスは後ろから抱き付いてきてるんだ?」
現在魔理沙は前からパチュリー、後ろからアリスに抱きつかれる状態になっている。
「それは…ほら…パチュリーが抱きついてるのと同じ理由よ!」
「…?私が逃げないようにってことか?」
「そ…そうよ!」
後ろにいるので魔理沙からは見えない、アリスは一人ぶんぶんと首肯する。
「どっちか一人でいいだろ。正直前から後ろから圧迫されるのはしんどいぜ…」
「パ…パチュリーだけじゃ魔理沙を抑えられるか体力的にも不安じゃない?だからよ!」
これまでずっと抑えられてました、と魔理沙は思うがもう面倒くさくなって黙っておくことにした。それに、もともと三人も乗れるようなスペースがこの魔方陣に無かったのは確かだ。こうしてくっついていない限りどうせ三人は居れないだろう。
「なぁパチュリー、本当に十二時まで待つしかないのか?」
時計に目をやると現在時刻は十時を回ったところだった。この状態であと二時間はいくらなんでもきつい。
「考えられる方法は一つね」
パチュリーは言う。
「外部の誰か(私より体重重い)が私と交代して、私が魔方陣を止める方法…でもこれは誰かさんが暴走したせいで水泡に帰したわ」
魔理沙の後ろを覗き込みながらパチュリーは言う。
「なっ!私パチュリーより重くなんて無いわ!身長が高いからそう見えるだけよ!」
「そこはどーでもいいぜ…」
間に挟まれた魔理沙はげんなり言う。
「あとはレミィにくっついて出かけちゃった咲夜が帰ってくるのを期待するしかないわね」
なるほど、咲夜なら時を止めておいて三人を移動させ代わりの重しを置くぐらい造作も無いことだろう。
「さすがはパーフェクトメイド!」
「そこに痺れる憧れるわね!」
二人は明確な希望があることに気づいて声を明るくした。
「いや、でも言ったでしょ。レミィが帰ってきたらの話よ。本当に肝心なときに居ないんだから…」
それはそうだ。この場に居なければさすがのパーフェクトメイドも意味が無い。
「あーっ、くそっ!(咲夜のおまけの)レミリアー!早く帰ってきてくれー!」
叫ぶ声は空しくも図書館の静寂へ飲まれてゆく…
ハズだったのだが!
「きゃははははは!」
金属を引き裂くような狂気の笑い声が突如として三人の頭上に降ってきた。
(((やっっばい!)))
三人は同時に理解する。
現状の想像を絶するヤバさを。
「なになに?三人で何して遊んでるの?フランも混ぜてよぉ」
三人の近くの本棚の上に、それは降り立った。
闇にあって尚も歪に輝く羽…狂気を秘めた紅い瞳を持つ少女。間違いようも無くフランドール・スカーレットだった。
「ちょっと…これマズいんじゃない!?」
小声でアリスが焦ったように言う。
「今弾幕ごっこ!とか言われたら私たち殺されるわよ!」
「言われなくても解ってるって!」
魔理沙の顔にも冷や汗が滲む。
「何としても興味を別の何かに引かないと…」
パチュリーも何か手を打つべく周囲を見渡す。
三人のそんな様子を見下ろしつつ、フランは不満そうに頬を膨らませる。
「何よ!三人だけでこそこそして!私をのけ者にする気なんでしょ!」
ぎゅっと握られたフランの拳に三人は戦慄する。すわ、何か破壊する気かと思ったが、単純に拳を握っただけのようで、安堵の息を吐いた。
しかし、この調子でフランの機嫌が悪くなっていけばどうなるか解ったものではない。かと言って、正直に事情を話したところで引いてくれるのだろうか?
「こ…これはあれよ!」
咄嗟にアリスは声を上げる。
「あれ?」
首を傾げるフラン。しかし、アリスは次の言葉が出ない。
「あれって何?」
「えーっと…」
「く…組体操だぜ!」
言葉に詰まるアリスに代わり、魔理沙が声を上げる。
((お…おまっ!組体操って!))
もうちょっと他に無いのかよ!とパチュリーとアリスは内心でツッコミを入れるが、こうなっては仕方ない。
「そう、組体操!今度の宴会でする予定なのよ、ねぇアリス」
パチュリーも魔理沙に乗っかる。
「そ…そうなの。すごく大切な練習だから邪魔しないで貰えないかしら…?」
パチュリーを受けてアリスも言う。―が、
「……あはっ!」
きらきらと瞳を輝かせるフランに三人は興味を失わせる目論見が外れたことに気づいた。
「私もっ!私もやる~~!」
言うが早いかフランは魔理沙目掛けて飛び掛っていた。
「うわっぷ!」
正面向きの肩車のような形で飛びつかれ、魔理沙の頭はがっくりと後ろへ傾く。
「ちょちょっ…ちょっと!フラン!あなた一体どこに飛び乗ってるのよ!降り…いや、せめて後ろに回りなさい、後ろにっ!」
その様子を見ながら、パチュリーは思い切り深くため息を吐いた。
現在の魔方陣上の重量、パチュリー+魔理沙+アリス+フラン+本一冊。
4・
最初のうちは良かった。
何とか一時間ほどはフランも楽しげにきゃっきゃと魔理沙の上ではしゃいでいた。しかし…
「…飽きた」
ぽつり、とフランが言った。その言葉に下の三人はギョッと目を剥く。
「私飽きちゃったからどっかいくね」
フランは魔理沙の顔を覗き込みながら言う。
「うぉおおい!冗談じゃないぜ!ちょっと待て!」
魔理沙は自分の頭を挟むフランの太ももをがっちりと両手で掴んだ。いきなり太ももを触られたことでくすぐったそうに身を捩りながらフランは言う。
「もーっ!飽きたのっ!だからどっかいくーっ!」
飛翔能力があるのか甚だ疑わしい羽をバタつかせながらフランは魔理沙の上で暴れる。
「あっ!こら暴れるなっ!」
フランが飛ぼうとするだけで重量が減りそうで三人はハラハラだ。
「妹様、ちょっと待ちなさい!」
パチュリーがいきなり声を上げた。
何事かとフランの動きも止まる。
「今、どこかへ行ったら後悔しますよ。何しろ、これからが本番なのだから」
きらり、とパチュリーの目が光る。
「なに?なにかあるの?」
思わせぶりなパチュリーの態度に、フランは再び瞳を輝かせる。
「ちょっ…ちょっと、そんなこと言って何か考えあるの?」
魔理沙の背後から顔を覗かせてアリスはパチュリーに聞いた。下手なことを言ったらただどこかへ行かれるより最悪な結末が待ってるような気がする。
「ふん、だからあなたは未熟者なのよ。私は最初から二時間も妹さまがこの状態で居られるとは思っていないわ。常に未来を読んでこその魔女よ」
偉そうな態度はともかく、フランを抑えてくれるのは単純にありがたい。
「ねぇ、はやく教えてよ!なにがあるの?」
「それはね…」
パチュリーが何を言い出すのか、フラン以外の二人も聞き入る。
「状態組み換えよ!」
「「!?」」「おぉー!」
本当に意味が解っているのやら、フランはただ楽しそうに足をパタパタさせる。
「ちょっと!」
アリスは魔理沙に回されているパチュリーの腕をぺしりと叩いた。
「状態組み換えって…このスペースで!?魔方陣からはみ出したらアウトなのよ!?」
アリスは言いながら自分の後ろを振り返る。自分の踵あと十センチぐらいのところに魔方陣の端ある。
「危険すぎるわ!」
「座して死を待つより、危険なれども茨の道を行くほうが生存率は高いわ」
パチュリーの言葉に、アリスも閉口する。確かに何もしないままフランを抑えておくことは出来ないだろう。
アリスが黙ったのを見て、パチュリーはフランに説明を始める。
「いいですか、妹様。この組体操ではこの枠組みを出てはいけないのです。飛ぶことも反則です。解りましたか」
パチュリーに重々しく聞かれ、フランもいやに神妙な顔で頷く。
「うん、解った」
「いいかフラン!パチュリーの言ったことはすっごい重要なことだからな!本当にちゃんと守れよ!ズルして飛ぶなよ!」
くどいほど念押しする魔理沙にもフランは「うん」と答える。
「よし…じゃあ、始めましょうか…」
息を吐いてパチュリーが言う。応じてアリスも頷く。
「そうね、始めましょう…」
命を掛けた、組体操を…!
「じゃあまず何をする?」
尋ねるアリスにパチュリーが答える。
「うーん、扇…とかどうかしら?」
「オーギ?何それ!それがいいそれがいい!」
未だ魔理沙の上に乗っかったままのフランがはしゃぐ。
「じゃあそれに―…って、あ!」
パチュリーは自分の選択が誤っていたことに気づいたが、もはや後の祭りだった。
『扇トハ!真ン中ノ一人ガ軸トナリ左右ノ二人ト手ヲ繋ギ、左右ノ二人ハ地面ニ手ヲツイテ身体ヲピント伸バストイウ技ダゾ!左右ノ二人ガ軸ノ人ノ足ニ足ヲ絡メテ身体ヲ固定スルノガポイントダ!』
「あぃぎぎぎぎぎぎ!腕が千切れる~~ッ!」
魔理沙が叫ぶ。
それはそうだ。こんな狭い場所で左右の人間が手を突くスペースがあるはずも無く…魔理沙は両腕にパチュリーとアリスをそれぞれぶら下げるような形になってしまったのだ。具体的には扇の左右の支えの手を外した状態になっている。
「わ…私達だって腹筋すごい使ってるんだからっ!魔理沙も耐えなさいよね~ッ!」
「もう無理もう無理もう無理もう無理もうむりむおうりおうり……」
地面に手を突かない代わりに、両手で魔理沙の手を掴みながら二人は言う。
「あはははっ!おもしろーい!」
特に何をするでもなく、相変わらず魔理沙に乗っかっているフランは、それでも楽しそうに笑う。
「うぎぎぎぎぎぎ!あ…あばっ!暴れるんじゃねーーッ!」
笑うあまりに後方に反り返るフランを、魔理沙は首の力だけでキープする。
それでも何とか三人(とフラン)は十秒ほどその状態をキープし、最後の力をふりしぼって最初の状態に戻った。
もはやお互い倒れない為に抱き合っている状態の三人は、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す。
「ねぇねぇ!次は何しよっか!」
そんな三人のことなどお構いなしに、わがままなお嬢様はあまりにも残酷なことばをいともたやすく言うのだった。
現在の魔方陣上の重量。前回と変わらず。
5・
魔法使いという連中には、あまりにも過酷な時間だった。
もはや呼吸もままならないような状態で、それでも時計を指しながらパチュリーが言う。
「み…見て…あと、ニ分よ…!」
永遠に終わらないと思えた時間にも、いよいよ終わりが見えた。
あとニ分!
死体のように生気を失いかけていた二人の表情に力が戻ってくる。
(行ける!あとニ分ぐらいなら次の体型を考えると見せかける小粋なトークで凌げる!)
(ギリギリだけど…勝ったのね、私達!)
因みに現在、スクラム状に円陣を組む三人の上に、フランを乗っけている状態である。結局フランが組体操に直接的に絡むことは無かったが、それでもフラン本人が満足そうなので助かった。
(さて、そうなれば最後に適当な話を…)
安堵の表情でフランに何か話を振ろうと三人が思った瞬間だった。
「おトイレ」
それはあまりにもいきなりで、盤面を無理やりにひっくり返すほどに暴力的な一言に三人には聞こえた。
「私おトイレいくね。遊んでくれてありがとう」
笑顔で飛び立とうとするフランだったが…
「「「待てぇええええ!」」」
もやは策も何もあったものではない。三人は同時にフランの四肢と羽(意味があるのか?)を押さえ込んだ。
「きゃーーっ!やだーっ!何!?」
いきなり三人に襲い掛かられてパニックになるフラン。
もう悪魔の妹だろうがなんだろうが知ったことではない!狂気に支配されている?ありとあらゆるものを破壊する?それがどうした!残り一分で逃げられてたまるか!
「やだーっ!三人とも怖いよーっ!お姉さまー!助けてぇー!」
泣きそうな声を上げながらフランはいやいやと頭を振る。
恐らくフランには三人の方がよほど気が触れているように見えていたことだろう。
「パチュリー!あと何秒!?」
アリスが叫ぶ。
「あと5…4…!」
「放してぇーー!」
「うぶぇ!」
拘束から逃れたフランの右手が、魔理沙の鳩尾に炸裂する。
吹き飛びたいのを根性でこらえ、倒れてしまいたいのを精神力でカバーし、魔理沙は魔方陣上を割ることなくフランを押さえる。
「2…1…」
「もうやだぁあーー!」
フランが渾身の力で身をよじり、三人の拘束から逃れたのと時計が十二時を指したのはまさに同時だった。
「わぁああん!」
泣きながら飛んでいくフラン。
それを三人は固まった状態で見送った。
「…で…?」
アリスがはぁはぁと息を荒げながら最初に発言する。
「どうなの?」
「どうもこうも…」
パチュリーもストンと腰を下ろしながら言う。
「見たまんま」
「つまり…」
魔理沙は手を震わせながら言う。
「やったんだな?」
もう答えるつもりはない、とばかりにパチュリーは指で丸を作ってそれを掲げてみせる。
「っ~~~~……」
「「やったぁああああーー」」
魔理沙とアリスは抱き合って叫んだ。
「自由だぜ!くっそーー!」
たった三時間の戦いだったが、振り返れば何十時間もの戦いだったようにも思える。
「なぁ、アリス、パチュリー!今日は三人で宴会しようぜ!」
魔理沙の提案にアリスは肩を竦める。
「馬鹿ね、もうそんな体力ないわよ」
憎まれ口を叩きながらも、アリスは笑顔だった。
「私は今すぐ寝たいわー…」
パチュリーががっくりと肩を落としながら言う。
「そうだ、フランにもまた謝っとかないとな」
などと、わいわい沸き立つ三人の間に、割って入る声があった。
「あ、あの~……」
三人が振り返ると、そこには寝巻きの小悪魔の姿があった。さっきまで寝ていて、何か気になることでもあってここにやってきたかのような…
「小悪魔…あんた」
今更のこのこ現れた従者に、パチュリーは何か言おうとしたが…
「ま、いいわ。もう小言いう体力もないもの…」
結局言うのを止めた。
「??」
三人の疲れ切ったが妙に清々しい表情に、小悪魔は困惑の顔を見せる。
「ところでお前は何しに来たんだよ。その格好、寝てたんじゃないのか?」
魔理沙に話を向けられ、小悪魔はハッとしたように言う。
「あ、そうでした。戻すの忘れてたんです」
「「「戻す?」」」
本かな?と、三人は思ったが、小悪魔から語られたのは全く想像外のものだった。
「時計の針です」
小悪魔の言葉に、パチュリーはがばっと顔を上げる。
「は……針って…あんた」
「あれ?気づかれてなかったんですか?パチュリー様が本を読んでる横でいじってたんですけど…」
ここにきて、魔理沙とアリスにももくもくと悪い予感が沸いてきた。
「パチュリー様に、五分前行動を心がけろと言われたので、解りやすいように時計を五分、進めておいたんです。賢いでしょ?」
えへへ、と無邪気に笑う小悪魔。
「ごふん…すすめた?」
フランが魔方陣上から出て行ったのがこの時計で十二時ジャスト。ということは、実際の時間は…
「十一時五十五分…」
呟いてアリスはぶんぶんと頭を振る。
「で、でも実際何の魔法も発動しなかったものね!?大丈夫だったのよね?」
アリスの言葉に、パチュリーは顔を背けて言う。
「ごめんなさいね…試験作品だから、本当に魔法が即時発動か確認できてないの…」
「え?」
魔理沙はパチュリーを見て、次に小悪魔を見て、そして時計を見て、最後に足元の魔方陣に視線を落とした。
丁度、魔方陣が眩い光を発し始めている瞬間だった。
「うそん」
次の瞬間、激しい爆音とともに紅魔館が揺れた。
あぁ、図書館の天井って、案外埃が溜まってるんだなぁ、と魔理沙は思った。
《激終!》
パチュリーはレイジィトリリトンとかで適当な土塊なり金属なりを召喚すれば良かったのにw
単純明快で楽しかったです
三人の必死な様子が笑いを誘いますねw
楽しそうでいいなあ。面白かったです。
面白かったです