あの時言えなかったから。
きっともう、言わない。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「おーい、霊夢ー」
研究に没頭するあまり三徹して、クラクラする頭の中にはお前だけが残った。
西陽の中、覚束ない飛行で危うく墜落しかけながら辿り着いた博麗神社。
縁側にはいつも通り、お前の姿。
だけど、縦ではなくて横。
「……寝てんのか」
気持ちよさそうに背中を丸めて転がる、巫女にあるまじき怠惰な女。
「しょーがない奴だ」
いっつもダラけてて。
すんげー適当で。
その癖、美味しいトコはサラッと掻っ攫っていく。
博麗霊夢は、嫌な奴だ。
でもさ。
それでもさ。
「……ホント、しょーがない」
勝手知ったるなんとやら。
縁側から直接部屋に上がり、押入れに直行。
夏用の薄い掛け布団を持って来て、そおっと掛けてやった。
これから夜になれば、ここもけっこう冷えてくるからな。
年中無駄に薄着な奴だけど、風邪をひかないとも限らない。
「んにゅ……」
間抜けな声を漏らしながら、口をむにゅむにゅ動かすのを笑って眺めた後、傍に置いてあった急須の茶を霊夢が使っていたのだろう湯飲みに注いで飲む。
それなりに長い付き合いだ。間接がどうのとか、そういったことは今更すぎて気にならない。
――温いそれは、いったい何回使った茶葉によるものか。
「これじゃ、ほとんどお湯だろ……」
気を取り直す為に同じく置いてあった煎餅を口に放り込む、が。
「……湿気てやがる」
ガクリ。
肩を落として、横目で寝顔をチラリ。
「……」
白い肌。
整った柳眉と、長い睫毛。
薄紅色の唇……から、垂れる涎。
「ぷは……っ」
軽く噴出して。
起こしてしまわないように、口を押さえて笑い声を噛み殺した。
それが収まれば、不味い茶と煎餅をゆっくり喉に押し込んでいく。
出涸らしの茶も。
湿気た煎餅も。
お前の横でなら、悪くないかなあって思っちまうんだ。
でもきっと、目を覚ましたお前は勝手に飲み食いした私に文句を言うだろう。
そしたら、しょーがないなって、しょーがないお前に言ってさ。
今度、いい茶葉と美味い菓子を買ってきてやるよ、って、次の約束を取り付けるんだ。
現金なお前は、すぐに機嫌を直すはずさ。
そんで。
笑ってくれたら嬉しい、とか、しょーがない私は思うんだ。
でも、一番大切なことは。
あの時言えなかったから。
きっともう、言わない。
「……やべ、そろそろ、限界……」
頭がふらつく。
睡眠を必要としているのは、コイツじゃなくて私のほうだ。
「……」
掛けてやった布団の端から潜り込んで、背中合わせに寝転んだ。
伝わる温い体温に、鼓動がひとつ、トクンと跳ねて。
暗転。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
天体観測。
引っ張り出してきた望遠鏡。
計画を立ててから誘うまでに四日かかった。
満点の星空、なんて、乙女心に直撃のシチュエーション。
ロマンチックな雰囲気が後押ししてくれるかもって、乙女な私は思ったんだ。
お前と二人、肩を並べて。
静かな夜だった。
だから余計に緊張してさ。
手に汗なんかかいてさ。
お前の顔なんて見れやしなくて、空ばっか見てたんだ。
「……あの」
でもさ。
流れ星に用はなかったんだよ。
「あのな、霊夢……」
星じゃなくて、隣のお前に伝えたかったんだ。
私の願いは、お前にしか叶えられない物だから。
「私、お前のことが」
――なのに、さ。
「星っ! 今流れた! 流れ星っ」
お前の方は、星に夢中で。
私の話なんか、聞いちゃいなかった。
あの時言えなかったから。
きっともう、言わない。
だって私ばっかり、こんなの。
なんだか、ばかみたいじゃないか。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「ああ、やっと起きた」
ほっぺたをむにゅーっと伸ばされる不快感で目を覚ましてみれば、すっかり夜で。
私を覗き込む霊夢の頭越しに、あの夜と同じ綺麗なお星様。
「あんた、勝手にお茶飲んで煎餅も食べたでしょ、泥棒」
予想通りの台詞に、計画通りの台詞。
「残飯処理してやっただけだぜ。まあしょーがないから、もっと高くて美味いのを買ってきてやるよ」
そう言えば、狙い通りに浮かんだお前の笑顔は、ちょろすぎて安っぽいはずなのに。
「なら、許してあげるわ」
「……っ」
いつまで経ったってその笑顔に慣れやしない私は、ちょろすぎギネス記録を今日も更新中だ。
でも、言ってやらない。
絶対に、言ってなんかやらないんだ。
「どうしたの? 顔赤いわよ」
「う、うるさいぜっ!」
だって。
聞いてくれなかったから。
聞いてなんて、くれないんだから。
「なんか今日は気がついたら夜だったわ」
「いつから寝てたんだよ」
「さあ? でもお昼を食べてない気がする。損したわね」
「……コアラかケー○ィくらいだぜ、そんなに寝るの」
たわいない会話をダラダラ続けながら、縁側で二人、夜空を見上げる。
うん、やっぱり綺麗だ。
星に罪はない。
悪いのは全部、隣の不良巫女だ。
「そういえばー」
気の抜けた声に、気の抜けた相槌。
「んー?]
ふと思い至った、というふうに。
外道巫女は。
「前に天体観測とかいうのを二人でした時、なんか言いかけてたじゃない。あれなに言おうとしてたのー?」
「……ッ!?」
――なんでもない調子で核爆弾を投下しやがった。
「……な、なんで」
なんで、いまさら。
「いや、なんか、ひっかかってたから」
なんだよ、それ。
だって私は。
あの時言えなかったから。
きっともう、言わないって。
聞いてくれなかったから。
聞いてなんて、くれないんだから。
そう、思ってた、のに。
「聞いてあげるから、言ってみなさい」
……なんだよ、それ!
「~~っ!」
口を開きかけて、閉じる。
文句さえ言えないまま。
視線はキラキラお星様に固定。
「どうしたのよ?」
ちくしょう。
ロマンチックの欠片だってありゃしねえ。
「顔真っ赤よ」
うるせー。
わかってる。
「黙ってないで、なんか言いなさいよ」
この鬼巫女め!
「……言わないぜ、ばかれいむ」
「なんでよ?」
なんで?
決まってる。
「言えないからだ!」
きっともう、言わない。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「おーい、霊夢ー」
研究に没頭するあまり三徹して、クラクラする頭の中にはお前だけが残った。
西陽の中、覚束ない飛行で危うく墜落しかけながら辿り着いた博麗神社。
縁側にはいつも通り、お前の姿。
だけど、縦ではなくて横。
「……寝てんのか」
気持ちよさそうに背中を丸めて転がる、巫女にあるまじき怠惰な女。
「しょーがない奴だ」
いっつもダラけてて。
すんげー適当で。
その癖、美味しいトコはサラッと掻っ攫っていく。
博麗霊夢は、嫌な奴だ。
でもさ。
それでもさ。
「……ホント、しょーがない」
勝手知ったるなんとやら。
縁側から直接部屋に上がり、押入れに直行。
夏用の薄い掛け布団を持って来て、そおっと掛けてやった。
これから夜になれば、ここもけっこう冷えてくるからな。
年中無駄に薄着な奴だけど、風邪をひかないとも限らない。
「んにゅ……」
間抜けな声を漏らしながら、口をむにゅむにゅ動かすのを笑って眺めた後、傍に置いてあった急須の茶を霊夢が使っていたのだろう湯飲みに注いで飲む。
それなりに長い付き合いだ。間接がどうのとか、そういったことは今更すぎて気にならない。
――温いそれは、いったい何回使った茶葉によるものか。
「これじゃ、ほとんどお湯だろ……」
気を取り直す為に同じく置いてあった煎餅を口に放り込む、が。
「……湿気てやがる」
ガクリ。
肩を落として、横目で寝顔をチラリ。
「……」
白い肌。
整った柳眉と、長い睫毛。
薄紅色の唇……から、垂れる涎。
「ぷは……っ」
軽く噴出して。
起こしてしまわないように、口を押さえて笑い声を噛み殺した。
それが収まれば、不味い茶と煎餅をゆっくり喉に押し込んでいく。
出涸らしの茶も。
湿気た煎餅も。
お前の横でなら、悪くないかなあって思っちまうんだ。
でもきっと、目を覚ましたお前は勝手に飲み食いした私に文句を言うだろう。
そしたら、しょーがないなって、しょーがないお前に言ってさ。
今度、いい茶葉と美味い菓子を買ってきてやるよ、って、次の約束を取り付けるんだ。
現金なお前は、すぐに機嫌を直すはずさ。
そんで。
笑ってくれたら嬉しい、とか、しょーがない私は思うんだ。
でも、一番大切なことは。
あの時言えなかったから。
きっともう、言わない。
「……やべ、そろそろ、限界……」
頭がふらつく。
睡眠を必要としているのは、コイツじゃなくて私のほうだ。
「……」
掛けてやった布団の端から潜り込んで、背中合わせに寝転んだ。
伝わる温い体温に、鼓動がひとつ、トクンと跳ねて。
暗転。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
天体観測。
引っ張り出してきた望遠鏡。
計画を立ててから誘うまでに四日かかった。
満点の星空、なんて、乙女心に直撃のシチュエーション。
ロマンチックな雰囲気が後押ししてくれるかもって、乙女な私は思ったんだ。
お前と二人、肩を並べて。
静かな夜だった。
だから余計に緊張してさ。
手に汗なんかかいてさ。
お前の顔なんて見れやしなくて、空ばっか見てたんだ。
「……あの」
でもさ。
流れ星に用はなかったんだよ。
「あのな、霊夢……」
星じゃなくて、隣のお前に伝えたかったんだ。
私の願いは、お前にしか叶えられない物だから。
「私、お前のことが」
――なのに、さ。
「星っ! 今流れた! 流れ星っ」
お前の方は、星に夢中で。
私の話なんか、聞いちゃいなかった。
あの時言えなかったから。
きっともう、言わない。
だって私ばっかり、こんなの。
なんだか、ばかみたいじゃないか。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「ああ、やっと起きた」
ほっぺたをむにゅーっと伸ばされる不快感で目を覚ましてみれば、すっかり夜で。
私を覗き込む霊夢の頭越しに、あの夜と同じ綺麗なお星様。
「あんた、勝手にお茶飲んで煎餅も食べたでしょ、泥棒」
予想通りの台詞に、計画通りの台詞。
「残飯処理してやっただけだぜ。まあしょーがないから、もっと高くて美味いのを買ってきてやるよ」
そう言えば、狙い通りに浮かんだお前の笑顔は、ちょろすぎて安っぽいはずなのに。
「なら、許してあげるわ」
「……っ」
いつまで経ったってその笑顔に慣れやしない私は、ちょろすぎギネス記録を今日も更新中だ。
でも、言ってやらない。
絶対に、言ってなんかやらないんだ。
「どうしたの? 顔赤いわよ」
「う、うるさいぜっ!」
だって。
聞いてくれなかったから。
聞いてなんて、くれないんだから。
「なんか今日は気がついたら夜だったわ」
「いつから寝てたんだよ」
「さあ? でもお昼を食べてない気がする。損したわね」
「……コアラかケー○ィくらいだぜ、そんなに寝るの」
たわいない会話をダラダラ続けながら、縁側で二人、夜空を見上げる。
うん、やっぱり綺麗だ。
星に罪はない。
悪いのは全部、隣の不良巫女だ。
「そういえばー」
気の抜けた声に、気の抜けた相槌。
「んー?]
ふと思い至った、というふうに。
外道巫女は。
「前に天体観測とかいうのを二人でした時、なんか言いかけてたじゃない。あれなに言おうとしてたのー?」
「……ッ!?」
――なんでもない調子で核爆弾を投下しやがった。
「……な、なんで」
なんで、いまさら。
「いや、なんか、ひっかかってたから」
なんだよ、それ。
だって私は。
あの時言えなかったから。
きっともう、言わないって。
聞いてくれなかったから。
聞いてなんて、くれないんだから。
そう、思ってた、のに。
「聞いてあげるから、言ってみなさい」
……なんだよ、それ!
「~~っ!」
口を開きかけて、閉じる。
文句さえ言えないまま。
視線はキラキラお星様に固定。
「どうしたのよ?」
ちくしょう。
ロマンチックの欠片だってありゃしねえ。
「顔真っ赤よ」
うるせー。
わかってる。
「黙ってないで、なんか言いなさいよ」
この鬼巫女め!
「……言わないぜ、ばかれいむ」
「なんでよ?」
なんで?
決まってる。
「言えないからだ!」
自然にニヤけてくる
でも、どこがとは聞かないでください。
だって沢山ありすぎて言えないんですもの。
霊夢がわかって言ってるのかわかってないのかワカランがそんなことはどうでもいいのであった。
鈍感な霊夢もそれはそれで良い。