1日目:外で夏が近づいた日、お話の日
明るくも、暗くもない地下室。私の魔法の光だけが輝く部屋。世界一簡単に脱獄できる牢屋。
そこで、私と美鈴は向きあって座っている。私は小さなクッションを抱いて三角座りしていて、美鈴はあぐらを掻いていた。そして私は少しの間閉じていた口を開く。
「つがい」
今私が言った言葉は、私が昨日考えた物語の題名だ。あぐらを掻いた美鈴が、物語を紡ごうとしている私の顔を、頷き頷き見つめている。
「ある日ある所にお腹の空いた男がいました。ですが、猟に出ても食べる物が見つかりません。男は普段歩かない森を探して探して歩き回りました。するとようやく一匹のウサギを捕まえました。男はさてさてウサギを食べようと考え、家まで耳を掴んで持って帰りました。」
私の心の中で、男がウサギを掴んで野原にぽつんと立っている一軒家に入るイメージが描かれた。男は空きっ腹をいたわるように、体をくの字に曲げている。ウサギは逃れようと足を必死に掻いているが、耳を掴まれているので逃れようがない。
ここまでゆっくりと話し、そして私は一呼吸して、幼子を諭すような口調で美鈴に語りかける。
「でも、男にとって今日このウサギを食べても明日食べる物が無いことが気に掛かってなりません。なので、男はウサギとつがいになりました」
ドアを開き、わらわらと子ウサギ達が家を出てきた。そして、その背後に男の手が迫る。
「そうして男とウサギは、生まれた子供を食べて末永く暮らしました。おしまい」
鍋を囲んで料理を開始した二人を意識の外に押しやってそっと目を開けると、案の定美鈴は苦笑いしていた。
「ずいぶんまた……気持ちの悪い話ですね。好きですけど」
「よしよし、好きなんだったら私の勝ちね。ビスケットいただき」
「ええどうぞ、フランドール先生」
勝ちって言うのは、美鈴と私が時々している、ちょっとしたゲームの話だ。
ルールは単純。私がお話をして、美鈴がその話を好きだと思ったら私の勝ち。好きじゃないと思ったら私の負け。
勝者はお菓子を食べられる。食べる量は適当にその時決める。ルールはこれだけだ。
サクサクとビスケットを噛んで水で流し込むと、私は満足な気持ちになった。
「美味しいですか」
美鈴が膝に頬杖をつき、微笑みながら尋ねてくる。返事替わりに私は頷いた。すると美鈴は、笑顔を深めて言った。
「そりゃ良かったです」
詳しい感想を聞こうかな、と思ったけど止めとこって私は思った。それより次の話だ。
じゃ、続けるよと私が言うと、頬杖をついていた美鈴は身を正した。
「ブリキ人形」
私は目を閉じて、また吟じる様に語り出す。今のも、お話の題名だ。
「ある所に、やんちゃな男の子と可愛い女の子が居ました。ある日、女の子の大事なブリキ人形を男の子は壊してしまいました。その娘が大好きだった男の子は、女の子に謝まって弁償するといいましたが、壊れた人形は世にも珍しいしゃべる人形だったと言って女の子は泣くばかりでした」
ここで一息おいて、私は物語を続ける。感情を込めず、努めて平明に。
「そこで男の子は一大決心し、しゃべるブリキ人形を作る事にしました。一日目、壊れたブリキ人形を姿だけ元に戻しました。二日目に、壊れたブリキ人形そっくりの金型を頑張って作りました。三日目に男の子は自分を金型に挟んで、ブリキの人形になりました。大喜びした女の子と、しゃべるブリキの人形になった男の子は幸せでした。まる」
美鈴の反応を伺おうと目を開けたら、美鈴は渋い顔をしていた。
「……うーん、微妙。そこまで行くと、二人が幸せになる必要なんて無いんじゃないですかね」
「というと?」
「金型に入った男の子はそのまま死んでしまうんです」
ぐっちゃりと閉じた金型から、とたんに血がぽたぽた、だらだら。すぐにハエが集ってくる。
「それでも女の子は大喜びしてるんですよ」
やったやったと跳ねる女の子。金型の周りを血を跳ね散らかしながらはしゃぐのは、しゃべらなくても珍しい人形が手に入るからか、男の子が死んだからか。
ああ、血がもったいない。
「主人公が死んじゃってるじゃない。可哀想だよ」
「ええ可哀想ですね。でも、ま、規定通りなら今度は私が食べる番ですよ」
美鈴は皿に手を伸ばしてビスケットを掴み、サクサクと音を立ててビスケットを食べていった。
何がだめだったんだろ、と私は拗ねる気持ちを抑えながら考えた。頭をカリカリ掻いて考えたけども、答えは見つからなかった。
つがいの話は良くって、ブリキ人形の話が駄目な違いが分からなかった。でも、私は美鈴に理由を聞かなかった。
水を飲んでいる美鈴に、私は「今日のお話は以上」と告げて、残った一枚のビスケットを取って寝転んだ。
寝転びながら私がビスケットを齧っていると、美鈴は「流石に行儀が悪いですよ」と注意してきたが、私は「知らない」って返しただけだった。美鈴はそれ以上言わずに、私を見るだけだった。
ビスケットも食べ終えて、何にもすることが無くなって、私たちは黙っていたけど、私を見つめていた美鈴はまた話をし始めた。
「ねえ、フランドール様」
「なに?」
と私は半身を起こして答えた。
「最初に話した男とウサギのつがいの話なんですけど。あれはまず親ウサギを食べて、大きくなった子ウサギとつがいになった方が早く御飯にありつけて効率的じゃないですか?いや、好きなんですけどね」
妙な事を聞くんだな、と私は思った。だって元から設定が滅茶苦茶なんだから、五十歩百歩じゃない。
「効率なんてどうでも良いの。二人は愛し合っているんだから」
「愛し合ってるんですか?捕まえられて、子供を産まされて、あげく子供を食べたり食べられたりする羽目になったりしてるのに?ウサギと人間が?」
ああ、きっと美鈴は別のことを言っているんだ。それが何かは分からないけど、それだけは分かった。
「うん。愛し合ってるのよ」
私がそう答えると、美鈴は呆れたような顔をしながら、ひょいと立ち上がった。手には今まで脱いでいた帽子が握られている。もう、帰るのだろう。
「……まあ、フランドール様だからそんなとこだろうと思いましたけどね。それじゃ、また来ます」
「なんだか失礼ね。美鈴、また」
美鈴は静かにドアを開けると、半身だけ振り返って私に会釈した。私が美鈴に軽く手を振ると、微笑んでドアをまた静かに閉めた。美鈴が帰ったら、することが無くなってしまった。私はごろりと仰向けになり、頭の後ろに手を組んだ。
ああ、男の子が死んじゃって後味悪いなぁ。私はそんな事を思った。
だったら、何とかしてあげよう。目をつぶって想像する。
血がぽたぽた落ちる、金型を想像する。女の子が、勝手に現れて踊りだした。甲高い声で歌っている。
――ふん、ふん。世に二つとない人形が手に入った。ふん、ふん。
その奇妙な踊りを、私はゆっくりと眺めた。
しばらくし、ふと金型から、男の子の恨みがましい声がした。
――ひでえよ。せっかくブリキの人形になってずっと一緒にいようと思ったのに。
ああ、かわいそうに。美鈴はあんな事を言ったけど、やっぱり主人公は幸せにならないとダメだ。
私は想像の指で摘まんで、まぼろしの金型を開く。すると中には元通りの男の子が居た。男の子は自分の手足をしげしげと見て、歓声を上げる。
――やった。元に戻った。死ぬなんて堪んないね。
男の子はぐっとガッツポーズをして金型から這い出てきた。その様に気づき、踊っていた女の子が足を止めてキーキー声でわめく。
――酷いじゃない!せっかくお人形が手に入ったっていうのに!
男の子に全財産はたかせて、良い人形を買って貰えばいいじゃない。お小遣い少なそうだけどさ。
それに、しゃべらない死体なんて持ってても嬉しいの?
――そういう問題じゃないの、気持ちの問題よ!もう知らないんだから!
女の子はぷりぷりしながらどこかへ歩いて行く。男の子は慌てて追いかける。
――おおい、待ってくれよう。
ああ、この狭い地下室のどこに行こうというのか。そちらに行っても唯の壁だ。
しかし、女の子は白い壁を突き抜けてどこかへ消えて行った。男の子も後に続く。
そこでようやく、私は微睡んでいた事に気づいた。目の裏の暗闇に、寝ぼけて地下室が映っていたようだ。
コンコン、とノックが鳴った。
意識を現実に引き戻されて、慌てて起き上がった私は「どうぞ」とドアの向こうに告げた。
パチンと結界が解除されて、ドアのノブが下がってお盆を持った妖精が入ってくる。金髪のボブカットの、いつもの子だ。私のお気に入りの子。
「妹様、おやつでございます……少し、暗くありませんか?」
「ああ、ゴメン。ちょっと寝ちゃってた」
おや、そんな時間だったのか。時計を見ないからどのくらい寝ていたのか分からない。何にせよそれほど眠っていないだろうから、美鈴が美味しいおやつを食べ損なったことだけは確かだろう。ゲームで食べられる量なんてたかが知れてるから、かわいそうにって私は思った。
息するような自然さで、魔法の光を強くし、部屋を元の明るさに戻した。暗闇に慣れた目が少し痛んだ。
「はいはい、そこに置いて」
私は、目を細め、目の前の地べたを指さして言う。メイド妖精も慣れたもので、その行儀の悪さをまったく気にする素振りもなくカーペットにお盆を置いた。
今日はチョコクッキーとオレンジジュースらしい。かりと齧ってみると少しほろ苦い甘さが口に広がり、口の中の水気がどんどん吸い取られていった。さっきのビスケットより、ずっと上等な味がした。
「あの、妹様。うちの門番の事なのですが……」
私はお盆から顔を上げて「美鈴がどうしたの?」と尋ねた。女の子座りしたメイドは困ったような顔をしている。
「おやつを少し門番に差し上げると本当に約束なさったのですか?持っていく途中でだいぶツマミ食いされまして……」
私はちょっと呆然としながらメイドの顔を見た。
「いや、してないよ」
申し訳ありません!とメイドが謝ってきたけども、メイドは悪くないと思ったから、別にいいよって私は言った。
でも、黙って食べた美鈴には腹がたった。皿を見てみると、確かに量が少なかった。いつもの4分の3ぐらいしか無かった。
ま、オレンジジュースには手を付けてないだろう。腹立たしいけどもガプリと飲む。
「それと、ジュースのほうも一口飲まれてますが……」
食い意地汚いな、あんにゃろう。
2日目:伝わらない日、悲しい日
おやつ時、私の地下室にキンという結界が解除された音が響き、それからドアが開いた。机に向かい小説を読んでいた私は振り返って返事をしようとしたが、その前にドアが開き、美鈴が入ってきた。両手に二つもお盆を持っていた。なんで美鈴が来るんだと思ったら、美鈴の口にはクッキーが咥えられていた。なんだか私は絶句してしまった。
美鈴がモゴモゴと何事か言った。どうも、フランドール様、とでも言ったのだろう。私は昨日のことも含めてその態度に腹がたった。
私は椅子を蹴って立ち上がり、無造作に美鈴に近寄って、ひょいと飛び上がり咥えられたクッキーを奪い取った。
「あ、ちょっと」
美鈴は慌てたが、私は構わずに、湿ったクッキーを口に放り込んだ。
「うげげ、ばっちいですよ」
美鈴は渋そうな顔をして言った。別に、ばっちくは無いだろうと思う。でも、美味しくなかった。
「……びしょびしょで美味しくない」
「そりゃそうでしょうね、人の食べかけなんてのは総じて美味しいもんじゃないですよ」
「で、なんで美鈴がおやつを持ってくるの?」
私は美味しくないクッキーを飲み込んで、美鈴に尋ねた。しかし、同じ皿が二つ乗っているのを見て、返事が来る前にその理由を理解した。美鈴はついと目を逸らして答える。
「さあて、何ででしょうね。分かりません」
「あんた、持って行くからって自分の分のおやつも用意させたんでしょ」
「あ、バレましたか」
「どんだけ食い意地張ってるのよ……昨日だってつまみ食いしたらしいし……」
へらへらと美鈴は笑った。まるで反省していない。
「すみません。ちょっとばっかしお腹が空いてたもので、仕事前の腹ごしらえです」
「しかもジュースまで飲んだでしょ」
私は唇を尖らせて美鈴を睨んだ。美鈴はお盆を持ったまま肩をすくめた。
「ええ、クッキーが口の中でベタついたので……」
「もう、ほんと信じらんない」
「まあ、まあ。ですから二人分用意してもらったんじゃないですか」
美鈴はよりによって開き直った。私は馬鹿らしくなって「ああ、そう」と美鈴に返した。
「で、今日はお話有るんですか?」
私は、無いよ、って言ってカーペットに座った。
「昨日の今日で作ってる訳ないじゃん。今日来るなんて知らなかったのに」
なんだか作っていないのが怠慢だと言われてるような気がして、私の口調はちょっと尖った。
でも美鈴はそんな私の口調なんて気にせずに「ま、それもそうですね」と言って、座りながら両手に持った盆をカーペットに置いた。ちょっと器用だった。
「それじゃ、せいぜい寛がせてもらいますよ」
ヘヘと笑って美鈴は被っていた帽子を取る。私は美鈴を睨む。
「なによ、普段くつろいでないみたいな言い方だけど」
「うん、まあ、怖い話が多いですからね、フランドール様のお話は。昨日のつがいの話だって怖かったですし……いや、なんでか好きなんですけどねアレ」
美鈴は後ろに手を突いて答えた。
私のお話をアレ扱いか、と私は思った。そしてそれと同時に、好きな理由美鈴も分かってなかったんだ、と頭の別の部分で思った。なんだか文句いってやりたくなったが、なるべく落ち着いた口調で問いかけた。
「怖い怖いって、怖いかしら?二人は幸せなのに」
「まあ、ブリキの話は一応幸せなのかも知れませんけど、つがいの話は子ウサギが食われてるじゃないですか。あれを、幸せな話っていうには……」
「子ウサギなんてどうでも良いの、二人がどうでも良いって考えてるんだから。大事なのは、二人なのよ」
じゃあ、まあ、と美鈴は苦味のある半笑いで言葉を返してきた。
「二人は幸せなんでしょうけど、私はそんな母ウサギが怖いです。自分の子どもを食べるなんて……ねえ?」
私はふうんと鼻を鳴らす。
ま、そういう考え方も有るか。美鈴の考え方は少し分かってきてるから、そんな事だろうと思ってたけども、やっぱり共感しちゃあくれないか。
でも、美鈴の言う怖いという気持ちはあまり私には解らない。だって、私達だって色んな生き物を食べてる訳だから、子供が食べられてるからってそんなの怖くもなんとも無いじゃないか。
そこのところを突っ込みたくないから、言わないけど。
でも、美鈴がどういう事を怖いと思ってるのか気になった。ずっと気になってるけど、特に気になった。
「……例えばさ、美鈴が感じる怖い話ってどんな話なの?」
私は「お話して?」と続けて、上目遣いに催促した。上手い持って行き方だと我ながら思う。美鈴はむっと押し黙り、あぐらを掻いた膝に片肘をついて考えるように目を細めた。なんだかちょっと猫っぽい。
猫が門番をしてるなんて、と私は自分の想像に苦笑いした。姉も適材適所を知らないもんだ、と心のなかで皮肉ってみる。猫が居眠りしない筈が無いし、一つ所にとどまる筈が無いじゃないかっての。ま、冗談だけど。
それにしても、はたして美鈴は話を聞かせてくれるんだろうか。いままで何度か話を催促した事があったけども、美鈴はいつも『そんなの苦手です』と逃げるのだった。
でも今回は私の催促に乗ってくれたのか、美鈴は口を小さく動かしながら舌の動くかすかな音を響かせながら、口の中で物語を組み上げているように見えた。そして、美鈴はこちらを見た。
「はい、今一つ怖い物語を思いつきました」
声が上ずりそうなのを抑えて美鈴に尋ねる。
「どんな話?」
「ある所に若い男と女が居ました」
私はぎゅっと目を閉じて想像する。若い男と女が立っている。場所はどこだろう。どんな服装かな。いったいどんな物語だろう。
私の期待に答える様に、美鈴は穏やかな口調で続けた。
「二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
え……おしまい?言葉の意味がわからず、私は一瞬固まった。お話は登場人物の紹介すらせずに、一瞬で終わってしまった。若い男と女が肩を組んで楽しそうにしながら消えていった。私は美鈴の話をイメージしようと閉じていた目を開けて、少し呆然と美鈴を見た。理解不能だった。
「……よく意味がわかんないんだけど」
分からないから私は、分からないって素直に言った。すると美鈴は自慢気に腕を広げた。
「だって怖いじゃないですか?いつまでも幸せって言い切るなんて、よっぽど気味が悪いですよ。ある時どんなに幸せでも苦しみは必ず訪れるのに」
「……幸せっていうんだから、本人たちにとっての幸せなんでしょ?ま、語り部が勝手に幸せって判断しているんだったら怖いけどさ」
私の肩が、思わずがっくりと落ちて、頭にじわじわとした不満が広がった。
せっかく美鈴の話を聞けると思ったのに、美鈴は小手先でごまかそうとしてきた。私が聞きたいのは、もっと違う。美鈴自体が怖いと思ったり、感動したりする話なのに。
美鈴はほっぺたを掻いた。
「面白いと思ったんですけどねえ」
「ねえ、本当はお話しする気ないんじゃないの?」
「いいえ、そうでもないです」
あっさりと、美鈴は否定する。でもそれは本当に本心からなのだろうか。私は不安になった。
「じゃあなんであんなお話したの?期待したのに……本当は私の話も聞きたくないんじゃないの?」
「そんな事有りません」
美鈴は苦笑いして言った。私の頭はいらいらでジンジンした。せっかく、待ちに待った機会が来たと思ってたのに……。
魔法の光が不安定になって、部屋が暗くなったり、明るくなったりした。光る場所もどんどん変わっていって、色んな方向に影が出来た。ぐるぐる美鈴の影が回る。私の影もきっと回っている。でも美鈴は動じなかった。身じろぎもせずじっと座っている。
「じゃあ、今直ぐ別のお話聞かせてよ」
私は睨むでもなく、美鈴を上目遣いに見ている。左側が急に明るくなって目をしばたかせた。
「そんな直ぐに出来ませんよ。大体私にお話なんて出来ません」
美鈴は私の不安定を伺う様にこちらを見つめている。
「……美鈴は否定ばっかりするね」
「そうでも無いですよ、ちょっとした行き違いです」
美鈴の顔が逆光になって見えなくなった。
「ほらまた否定した」
「……そうですね」
「……別に、良いけどね。それで」
私だって、美鈴の話否定したし。
私も美鈴もなんだか黙ってしまった。
心が安定し始めると、光も安定したが力を失っていき、部屋は薄暗くなった。
薄闇の中、美鈴は駄々っ子を見るような目で私を見ている。当然だ、今の私は駄々っ子だ。なんて面倒くさい。
でも、美鈴は無神経すぎるじゃないか。昨日とか今日だけの話じゃなくって、いっつも。私は怒って当然だ。
いや、本当は変な私に美鈴が合わせてくれているだけで、悪いのは私なのじゃないか?そんな疑問が湧いてきて、私はまた不安になった。
私はちょっとだけ下に目を遣った。少しづつ、私のイライラがただの悲しみに変わっていく。
しばらくして、美鈴が立ち上がった。帰るのだろう。
「もう休憩が終わりますので……」
「ねえ、明日も来るの?」
美鈴の帰りの挨拶を遮って、私は呼び止める様に声を掛けた。
「ええ……嫌でしたか?」
振り返る美鈴の目は、少し不安気そうに見えた。
「ん……別に。明日も来てよ」
すると美鈴は微笑んで「では明日も参らせていただきますね」とお辞儀をして去っていった。今のはきっと作り笑いだ。
美鈴が出て行き、分厚い木のドアが閉まると、パチリとまた結界が張られる音がした。美鈴が出て行っても、空気中にさっきまでの気まずさが漂っているようで、私はげんなりした。
しばらく動く気になれなくて、私はうつ伏せに寝転んだ。カーペットに落ちたクッキーの屑を、指で押すようにして拾い集めた。そうしていると心のもやもやが体中に染み付きそうで、余計にだるくなってきた。だるくなると殊更動く気がなくなって、私はカーペットにへばり着いた。そうすると余計にだるくなった。
でもしばらくして私は「えい」と気合を入れる様に立ち上がり、手のひらに集めた屑を手の中で焼き消して机に向かった。一瞬、焦げ臭さが辺りに広がり、その匂いは直ぐに霧散した。もやもやも焼き消せたような気がして、少しすっきりした。机の引き出しを開けると、中にはメモがいくらか入っていた。どれも何度も書きなおされていて、少しぐちゃぐちゃしている。これらは全て私が作った物語だ。一枚、一番上のヤツを拾い上げた。手に持って読んでみると、文章は稚拙だし、描写は曖昧だった。
やっぱり上手く伝えるには、もっと文章を練るべきなのかな。いや、なんか、的はずれな気がする。本当に大事なのは、私が何に感動しているかだ。
私が美鈴に何度も何度もお話ししているのは、分かり合いたいからなんだ。傷つけるのも、傷つけられるのも嫌だから。私が皆の気持ちを理解出来ないから。誰も私のこと理解してくれないから。
それは変わりたいとか、変わって欲しいとかじゃなく、ただ分かり合いたいだけ。それならきっと不可能じゃ無いと思う。特に、美鈴なら私のこと分かってくれると思った。だから私は美鈴にお話をしている。
だから、これは根本的な所での勝負だ。小手先じゃない、心の問題なんだ。
木の椅子に背を傾けるように座ると、キシリと軋んだ。伝わって欲しいのに、伝えて欲しいのに上手くいかないから、私の心がキリリと痛む。
――美鈴はやっぱり悲劇が好きなんだろうな。
前から思ってたけど、今日は特にそう思った。
苦しみは必ず訪れる、そう言った時の美鈴の少し皮肉げな目を私は思い出していた。
3日目:地下室をつがいが歩く
夕方、外ではきっと宵の口の頃。私はなんだか狭いところに居たくて、部屋を暗くして机の下に隠れていた。そうしていると無性に落ち着いたし、静かな心になると色んな事を考えやすかった。ただ、今考えている事といったら自分の物心がついたのはいつだったかという様な、考えても仕方がない事ばかりだった。……昨日の事とかも考えたりしたけども。
そんな時、キン、と部屋に高い音が響いた。そしてカチャとドアが開いた。廊下から光が差し込む。
「お邪魔します」
美鈴だった。昨日言ったとおり今日も私の地下室に来た。3日連続で美鈴が来たのは初めてかも知れない。
後、服装がえらくラフだった。柔らかそうなシャツと、サラッとしたズボンを履いていた。多分部屋着だ、珍しい。風呂上りかな?美鈴は部屋の中に入ると、キョロキョロと真っ暗な室内を見渡した。私が机の下に隠れているのに気づいていない。
「あれ、留守?」
留守なわけ無いじゃん、もしあったら脱走中だよ。だったらもっと慌てなよ。そんな突っ込みを心の中でしたけども、そんなのが美鈴の演技だと気づいているから、実際にはしない。
「いらっしゃい」
机の下で、私はそう言って部屋を明るくした。昨日の事があったから、喉がかすれてしまわないか不安だったけど、普通に挨拶出来た。……何をぎぐしゃくしてるんだろう、私の馬鹿。美鈴が、驚いた顔をしてこっちに振り返った。長い髪が揺れる。
「おや、そんなところに居らっしゃったんですか。暗くて気付きませんでした」
美鈴はしゃがんでこちらを覗き込みながら言った。ああ、なんて白々しい。どうせ気配に気付いていたくせに。私がかくれんぼでもしていると思ったんだろう。でも、そんな私に対する子供扱いも嫌いじゃなかったし、昨日の事の気まずさも紛れてくれそうだったから、私は子供っぽく笑いながら机の下から這いでた。
「悪いけど、今日もお話出来てないよ」
美鈴に向かって私は努めて明るく言った。だって、そうしないと美鈴はきっと遠慮しちゃうから。
「ああ、そうですか。でも構いませんよ今日は」
「何よそれ。やっぱり私の話聞きたくないの?」
また私はむっとしてしまった。ああ、また失言です。美鈴は手で目元を抑えて大げさにそうぼやいた。
「そういう事じゃなくって、今回は私がお話させて頂きたいんです」
「え?」
むっとしたのも一瞬、私はキョトンとしていた。だって、昨日の今日だし、美鈴からお話したがるなんて今まで無かったし。
「昨日みたいなのじゃないよね?」
「はい。今度はちゃんとしたお話です」
「お菓子無いみたいだけど良いの?」
「ええ、夕食はもう済ませましたから」
美鈴の目をじっと見つめても、美鈴は私をにこやかに見つめ返すだけだった。
――なんだか信じ切れない……。
私は昨日の事が頭にあって、美鈴の言うことを鵜呑みには出来なかった。だって美鈴よく嘘つくし、私の事からかうし、つまみ食いするし。
そんな事を考えながら私が見つめ続けていると、美鈴の微笑に苦笑いが混じりだした。
「……ま、信じませんよね。とにかく始めますよ」
私は前かがみ気味になっていたのを座りなおして、とりあえず聞くことにした。
私が座り直すと美鈴は視線を何処か遠くにやった。どこか緊張気味に見えた。
「あー、ご拝聴あれ」
なんだか変な口調で始まりを告げると、 美鈴は先ほどまでと一転して静かで落ち着いた声で語り始めた。
「大昔か、少し昔か。東の地か、西の地。兄弟の神様が居ました」
美鈴は息継ぎをして、優しい、でも寂しげな口調で語り続ける。
「二人は草原の民を率いていました。兄も弟も矢に長けていて、獲物を狩って人々に分け与えていました。しかし、その辺りの草原は食物に欠け、年によっては飢える事もありました……」
本当に、今度はお話なんだ。そう思うと美鈴の一言一句を聞き逃さないように、意識を集中させた。すると私の意識は目を閉じずとも物語の世界に入り込んでいった。目の前にありありと光景が浮かび上がる。
筋肉質でしなやかな体の兄弟が、日の照らされた草原を駆けている。人々はそれを追いかけ、狩りの手伝いをしている。しかし、ここ数年獲物は少なく、赤子を持つ女の乳の出が悪くなり、赤ん坊の泣き声が野営地をこだましていた。
ある夜、狩りに疲れた男達や空きっ腹を抱えた女達が眠りについたころ、兄弟の神様は二人だけで焚き火を囲んでいた。空高くに満月が出ていて、何もない草原はどこまでも続いていた。
夜は酷く冷えるのだが、兄弟は体がひどく屈強で、もろ肌を脱いで平然としている。しかし、兄弟は広い肩を落として、人々の飢えに悩み、額に皺を寄せていた。このままだと、餓死者が出るのも時間の問題だった。不意に、すっくと兄が立ち上がり、果ての見えない草原の先を指さした。
「私はもっと食べ物のある場所を探しに行く、半年で戻るから心配するな。それまでなんとか耐えてくれ」
弟は引き止めた。だが、兄は応じずその足で指さした方に去って行った。
次の朝、日の差さない曇の日に、弟は人々に兄が去ったことを告げた。それから、半年の間、弟は人々と共に兄を待った。やがて暑い夏が来て、人々は日に焼かれた。
しかし、兄は帰って来なかった。人々は、兄が皆を見捨てたのだと考えるようになった。そして口々に兄の悪口を言い合った。夜焚き火を囲んでいると、ある男は火を睨みつけながら叫んだ。
「あの男は神じゃない、ただの卑怯者だ!」
他の男達も、暗い声音で同調した。だが、弟はそれを止めることはしなかった。弟も兄が裏切ったと思っていたのだ。それどころか、恨んでさえいた。なにせ、それだけ絶望的な状況であったのだ。誰もが荒んだ心のなかにいた。人々の中には、いずれ飢え死にすることを自らの運命と考える者も出始めていた。
しかし、兄が去ってから一年が過ぎた頃、転機が訪れた。急に獲物の数が増え始めたのだ。人々は喜び、毎日獲物を狩った。
獲物はややもすると、草原の草を食べ尽くしそうなほど増えた。頭数を調整しようと弟と人々はどんどん狩って燻製にした。人々は飢えの恐怖が無くなると、神様の兄の話をしなくなった。神の弟も、兄のことを忘れようと努めた。
そんなある日、人々と談笑しながら車座になり肉を齧っていた時、弟は急に肉を食べる手を止めた。そして、肉を見つめる目を見開いた。一緒に囲んでいた人々は不審に思い、弟にどうしたのかと尋ねたが、弟はただ黙って車座から離れると、自らのテントに入って行った。そしてその夜弟は自らの弓を折り、その日から一口も獲物を口にしなくなった。誰もが心配をしたが、弟は耳を貸さなかった。そして幾月も過ぎた。
やがて弟はやせ衰え、そのまま死んでしまう。死んだ頃には、あの屈強な体も骨と皮だけになっていた。人々は嘆き、弟を草原に埋めて弔った。
そして、埋葬した次の日から、弟の墓を中心に草の伸びが激しくなった。それを見て、人々は噂した。
「死んでも劣らぬ神通力だ」
そして日に日に草の伸びる範囲が広くなり、しまいには草原全体を覆い尽くした。獲物が増えたせいで減った草の量も戻り、草原は豊かで安定した所となった。
だがある日、勘が良いと言われている幼子が肉を指差し、神様の兄の匂いがすると言った。そこでようやく、人々は獲物の正体に気づいた。弟の死が草を伸ばしたのなら、兄の死が獲物を増やしたのだと。
人々は狼狽した。神様の兄を貶した事を酷く悔やんだ。そして弔おうと死体の無い墓を建て、兄弟を慰める祭りを行った。だが、肉を食べる事だけは止められなかった。彼らの草原は、獣以外に食べるものなど僅かにしか無かったのだ。
「そして、人々はそこで末永く暮らしたそうです。何代も、何代も。そして、きっと今も」
美鈴の話は、そう語られて終わった。美鈴は語り終わると、どうでしたか?と尋ねる様な目で私を見始めた。さっきまでの何処かに心を飛ばした様な表情は消え失せていた。
だが、その時私の心には全く別のことが入り込んでいた。長めの茶髪と、透き通った茶色の目の女の子。私はその子の事を思い出していた。可愛い笑顔、揺れる髪、怯えた目……。
美鈴がこちらを見ている。私はチラつく記憶を意識の外に押しやって、感想を述べた。
「うん。良かったよ」
「えーと、どの辺が」
「気になるでしょ?でも秘密。教えてあげなーい」
自分で考えなよ。私は美鈴にいたずらっぽく言った。
「なんですかそれー。あんなに催促してる感じだったのにー」
美鈴が後ろにばったりと倒れこむ。せっかく考えたのに、とかグチグチ呟いている。私は四つん這いに近づいて美鈴のほっぺたを引っ張った。割と柔らかかった。
「うひひ、言ったまんま」
おどけると、美鈴は不満気な顔でそっぽを向いて、
「じゃあ、教えて頂くまで居座ります」
私がほっぺたを引っ張っているせいで、美鈴はちょっと間抜けな声になっている。それを見て私はニヤリと笑う。
「私もう寝るけど?」
「じゃあ一緒に寝ます」
「お風呂は?」
「見ての通り済ませてます。そして仕事も明後日の朝まで有りません」
美鈴は私の手を柔らかく払いのけて身を起こし、自らの部屋着を見せるように両腕を広げた。
私はひょいと美鈴から離れる。ちなみに私も風呂を既に済ませてある。もう、何時でも眠れる。
「ふーん。じゃ、好きにしたら?……ベッドは一つしか無いけど」
「私なんざにはカーペットがあるだけでも、最高の寝床ってもんです」
急に顔を皮肉げに引き締めて、ふふん、って感じに斜めな顔角度で言ってくる。
「あら、元風来坊自慢かしら。はいはい凄い凄い」
「私にとっちゃあ日がな一日地下室にいるあなたの方が、よっぽど風来坊だと思いますよ」
あはは、このやろう。何時も通り失礼な。掌を開いて、ぐっと握って美鈴を壊すそぶりを見せる。
「砕くわよ、骨」
「うわわ、怖いこわい」
美鈴はおどけた口調でのたまい、私を「どうどう」と暴れ馬を抑えるように両手を広げた。
私は手を振りかざすふりをしてから、思わずと目をつぶる美鈴のその両手に、足元にあったクッションを投げつけた。クッションはまっすぐ美鈴目がけて飛んでいって、ぽすんと音を立てて美鈴にキャッチされた。
「これでも使いなさい」
笑い顔を素に戻した美鈴はそっけなく「ありがとうございまーす」なんて気の抜けた礼を言い、そしてその言葉はぼそりとした感触で私の耳に届いた。
本当はさっきから眠たかったんだろう。よく見ると美鈴は眠そうな目付きをしていた。きっと夜勤明けだなと私は勝手に想像する。美鈴はクッションをカーペットに置いて倒れこみ、もぞもぞ動いて寝る体勢に入った。大した度胸だと思う。だって自分の主の妹の部屋で眠ろうとしているんだから。
「ところで美鈴。あなた部屋の戸締りはしてある?」
「ええ、ちゃんと雨戸を閉じてます」
「ホントは始めから私の部屋で寝るつもりだったんでしょ」
「あ、バレました?」
バレバレ、と私はニヤリと笑う。すると美鈴もいたずらっぽく笑った。まるで私達は対等な友達の様だった。
「ねえ、さっきの話何処が好きだったか教えてあげる。神様のお兄さんが死んだのに人が気づいた辺り、その辺りが好き」
「どうして好きなのかは……」
「教えてあげなーい」
「ですよね。……ねえ、フランドール様?」
「なに?」
「物語を作るのは難しいんですね」
「そりゃそうだよ美鈴のは長かったもん」
「いえそういう事では無く……いえ、なんでも有りません。お休みなさい」
なんでもないんだったら聞かないよ。部屋の魔法の明かりをすっと弱める。部屋は一気に暗くなって、三日月の夜の様な明るさになった。
「……おやすみ、美鈴」
私が返事すると直ぐに美鈴は向こうに寝返りを打ってしまい、顔が見えなくなった。紅い髪がクッションに沿ってそっと流れている。
闇の中にくたりとカーペットに流れる髪が、美鈴にくたびれた猫みたいな雰囲気を与えていて、美鈴が何時もよりずっと小さく見えた。猫っぽいのじゃなくて、本当に猫みたいだった。
美鈴の体は小さな私から見れば大きく見える。でもこういう瞬間に、美鈴が一人の少女で有ることを私は思い出すのだった。
大人に比べれば、美鈴もせいぜいが少し小柄な女性ぐらいでしか無い。何時も、忘れてしまってるけど。
私も今日はカーペットで寝よう。毛布は要らないや、そろそろ暑いし。ごろりと寝転び赤いカーペットをざらざらと手でなぞる。じっと美鈴の背中を見つめていたけど、しばらくしたら私も寝返りを打った。そして、すぐ眠たくなって目を閉じた。きっと羽が届きそうな所に美鈴がいたからだ。だって凄く安心した気持ちになっているもの。
――ねえ美鈴?
私は本来暗い話は嫌いなの。なのになんであなたの物語が好きになったと思う?
実はさっきね、ちょっとだけ美鈴の気持ちが分かったんだよ。
昔、自分の羽を改造したとき、私付きの妖精メイドが慌てた事を思い出したんだ。魔法の触媒になる宝石を羽の骨組みにくっつけようと考えた事があったの。それで自分の羽の肉を毟ってたら、たまたま地下室に入ってきた妖精が凄く驚いた顔をしたんだ。茶色の髪を揺らして、大きな目を見開いて。私は別に羽なんかどうでも良かったし、痛みもどうでも良かったからやったのに、その子はさも大事の様に慌てて私の手を掴んで止めようとした。ちょうど、私がもう半分の羽を毟ろうとしてた時だったかな。振り払っても、振り払っても、その子は私にしがみついてくるんだ。血まみれの手で、何度も何度も。
その時は、なんて物分りの悪い奴だろうと腹を立てて、その子壊しちゃったの。それで、その子私のお気に入りだったのに、復活した後私が怖くなってお屋敷辞めちゃったの。なんであの子が私を止めようとしたのか、ずっと分からなかった。
でもね、最近あの子が慌てた気持ちもちょっと分かるようになってきたんだ。理屈じゃないけど、心が痛かったんだろうなって思う。その事に気が付いた時の私の気持ちを、美鈴の話を聞いた時なぜか思い出したの。全然関係ない話だったのに、思い出したの。
自分の中の悲しみや思い出が触発されて、ピリリと痺れて悲しくて、温かいんだ。きっと、あなたもそうなんでしょ。
ねえ、あなたはどうしていっそ男の子が死んだ方が美しいって思ったの?どうして人とウサギのつがいの話が好きだと思ったの?
それは、あなたの未来への悲しみなの?それとも思い出なの?
どうなんだろうね。私は、きっと思い出じゃないかって思ったよ。
もし本当に思い出だとしたら、昔どんな物を見て、どんなことがあなたの身に起こったんだろうか。その細い体で、どんな風に生きてきたのだろう。
さっきの美鈴の話もきっと、思い出から生まれた物なんでしょ。
でも聞かないよ。聞いたら、あなたの本当の心が理解出来なくなりそうだから。上辺だけ分かったつもりになるだけだと思うから。
私があのメイド妖精の気持ちがちょっと分かったのだって、私の研究の成果なんだよ?そして今日あなたの美しいと思うものがちょっと分かる様になった。この調子じゃ、あなたが私を理解しないうちに、きっと私はあなたの事を理解しちゃうよ。
ねえ、早く分かってよ、私の感じる美しさを。
私は微睡みに落ちたらしく、まぶたの裏に私の部屋が見えた。私は童話の天使や神様の様に、上から部屋を覗いている。人とウサギがそれぞれ別々に、何するでもなく立っているのが見えた。妻が、夫が近くに居なくて、二人は寂しげに佇んでいる。
つがいが歩き出す。猫の様に眠る私達の周りをぐるぐる回って、部屋中を互いを求めるようにさまよい始めた。
その二人を上から見つめる私、その私の耳に、美鈴のおだやかな寝息が入り込んできた。静かで、温かで優しい音色。
それに聞き惚れて、私はより深い眠りへと少しずつ落ちていく。
――わかってる。私の無意識の望みが、つがいの話なんだ。
自分の心だから、自分の心だけど、よくわかる。あの姿は私の密やかな願望だ。私はきっと、例え狂っていても、何を犠牲にしても、ずっと幸せで居たいんだ。誰かと、私の近くの人達と。
ぼやけ始める私の夢の中で、私を余所につがいがめぐりあった。眠る私達の足の下を舞台に男はウサギを抱きしめる。ウサギは茶色の瞳を閉じて身じろぎもせず、男に身を預けた。足元にはいくつもの子ウサギの死体が転がっている。骨がむき出しになり、物によっては骨だけになっている。そんな惨状を見向きもせず、血の池の中で、ただ互いの幸福を望むように二人は佇む。
それを見て美しい、温かいっていう感覚が、言葉にもならず胸に湧きでてきた。この二人は何を犠牲にしても、共に幸せに生きようというのだ。でもなんだか変だった。
――ああ、こんなに美しいというのに、温かいというのに……
ぼやけた私の心は、なぜか切ない、悲しいとも訴えていた。どうしてか解らなかった。
私は心の中に手を伸ばして、原因を探そうとし、色々な気持ちに触った。でも私の心は、『なぜだろう』という言葉を繰り返すばかりだった。
そして、温かさも切なさも、曖昧なものになっていって、白という色すら無い世界に紛れ行き、私の意識はふっと途絶えたのだった。
・・・と、思ってしまうほど出来の良い作品でした。自分の心の中にすっと入ってくる。
感情は言葉にすると逃げて行ってしまうものです。だから本当は、ここのコメントも殆ど書かないつもりで居た。それが相応しいと思ったのです。
ですが、結局この作品は答え合わせをしてしまった。
素晴らしい作品だったと思います。フランちゃんの思考や、美鈴のどこか飄々として、でも良いお姉さんをしている所とか。
会話の中の少ない表現で語られるお話を、フランちゃんの中で情景として表現する手法などは、素直におお、と感じました。
文句なしの百点と、このコメントを持って感想とさせて頂きます。
美鈴さん、あんたもっと怖いわ。
……でも、なんて臆病で優しい二人なんだろう。
なんつーかフランケンシュタインが触れるか触れないかギリギリの間合いで
ヒロインの頬に手をかざしているイメージ。まあ、この場合ヒロインも怪物なんだけど。
お幸せにとは言わない。
末永く二人で暮らしましたとさ。って結末さえあればそれでいい。
理解も共感も出来なかったけどそのもどかしさを楽しむssなんだと思い込むことにします
特に美鈴とフランの性格と立ち位置がよかったです。
地下にいるフランと外界にいる美鈴。
対称している二人の見解のすれ違いがよく表現されています。
続作があればまた是非とも読みたいです。
素晴らしかったです
うぅむ…
ちなみに個人的にはブリキ人形の話の方が良いですね。幸せである必要は無いと私も思いますが。
としか言えない自分のボキャブラリー不足を恨みます
……経験の全くない娘であることを激しく意識させられました。
書ききらないことが夜明け前みたいに、また美しいのです。
こんな話をまた読みたい
半分も理解できなかったかもしれないけれど、それでも美しいと感じます
恩人の命を食っていく。弟みたいに全員で餓死して逆に動物の餌になればいいのにと思いました
そうすれば全員の命が混じって仲良くなれるかもしれない。まぁ愚想ですが
んー面白かったです。次作も期待して待たせていただきます。
なんとも言えない不条理さを感じてしまった。でも綺麗。
私では到底コメントをつけることも良いのか分かりませんが、フランドールさんの気持ちが伝わってくる気がしました。
素晴らしかったです。
ただ、私の陳腐なボキャブラリではこの作品を称賛しきる事が出来ないのが本当に残念です。
それぞれの話も実に面白いのですが、やはりフラメイ好きの私としてはあまりに魅力的過ぎる。
ありがとうございました。
言葉に出来ないですが、良かった。
しかし、素晴らしい話だったことは間違いない。
実際になにを書けばいいのか、どうにも言葉になりません……
自分の子供のころを思い出しました
子供の感受性って、数行の文章の中からでも自分の頭の中で物語を作ってしまえるものなんです
人は見たいものだけを見る、といいますが、子供の脳内フィルター機能って大人のものよりずっと強い
どうでもいい話ですけど、そんなことを思い出しました