(一)
ねえ、箒にずっと乗っていると、その、股が痛くならない?
と、魔理沙に質問したところ、「クッション性のあるものを当てているから大丈夫だ」とのことだった。
ずるい。自分にも貸してくれればいいのに。
そう言うと、
「もうすぐだ。我慢しろ」
としか返ってこなかった。箒の前に座る魔理沙の金髪が風ではためいて、ときどき小さな耳が見える。よっぽどそれを、ひっぱったりつねったりしてやろうかと思った。
正確なことはわからないけど、ずいぶん長いこと箒に乗って飛んでいる。昨日神社から魔法の森へ行ったときの、何倍も時間がかかっているように思えた。どこに行くの、と何度か聞いたけれど、あいまいな答えしか返ってこない。股が痛かった。
夜明け前に魔理沙が忍んできて、寝ている蓮子を起こしたのだった。隣の布団にいる霊夢を起こさないように、こっそりと障子を開け、軽く体をゆすぶって、寝ぼけ眼の蓮子が覚醒しないうちに服を着せた。ようやく頭がはっきりしたのは、空高くまで連れて来られてからだった。
飛んでいるうちに日が昇り、朝になった。けれど気温は上がらず、寒かった。風は冷たくて、長袖のシャツいちまいでは、震えが来るほどだった。文句を言っても、魔理沙は降ろしてくれない。強引な子だなあ、と蓮子はあきらめ半分で考えた。
もっとも、それは前から思っていたことで――この世界にはそういう子しかいないんじゃないかと思う。霊夢も早苗も、魔理沙も、アリスだって、基本的に自分勝手で、人に迷惑をかけることをお遊びみたいにしかとらえていないみたいだった。
もとの世界に戻ったら、私はもっとお行儀よく生きよう。ごめんねメリー、と蓮子は思った。
飛んでいくうちに、雲みたいな霧が目の前にかかってきた。昨日まで出ていた紅い霧ではなくて、ふつうの、白い、湯気が冷えて分厚くなったような霧だった。前が見づらくなった。魔理沙によると、このへんはいつも霧がかかってるんだ、とのことだった。おおむねこのあたりで、覚悟のない奴は引き返すのさ。私たちはもっと先まで行く。
霧の先に、大きな門があった。かなり上空を飛んでいる魔理沙と蓮子が首を持ち上げて見上げなければならないような巨大な門で、形は人が通る門と同じだったけど、どちらかというとダムの水門のように見えた。目の前まで行くと、魔理沙は箒を止めて「冥界の門だ」と言った。メイカイ、というのが、何のことだかわからなくて、聞き返そうとしたときに、さっと横風が吹いて、少し見通しが晴れた。掴まっている腰から、魔理沙が身を固くしたのが伝わってきた。
霧に紛れるようにして、前方にひとりの女の子が浮いていた。緑色の服を着ている。髪の毛の色が白かったから、頭の部分だけ霧に溶け込んでいるように見えた。背中に刀をさしている。
距離を保ったまま、魔理沙は少女と目を合わせて、話をはじめた。知り合いのようだった。
「出たな、みょん侍。お前がここまで出てくるなんて、めずらしいな。幽々子のそばに仕えてなくていいのか」
「引き返せば良し。さもなくば斬る」
「会話をしろ」
「是非に及ばず」
「……しかたのない奴だな。ご忠義村の葉隠さんモードか」
後ろの蓮子を、ちらり、と見る。それからまた前に向き直った。
「今日はこいつを連れてきているから、戦闘はしないんだ。逃げさせてもらうぜ――前方向にな」
と言うと、いきなり加速して、上へ飛びあがった。蓮子は振り落とされそうになった。あわてて手を回し、魔理沙の背中にしがみつく。魔理沙はそのまま、体を前に倒して、少女と門を一気に飛び越そうとする。
加速したのと同じように、魔理沙は突然急停止をかけ、ほんの少し飛んだところで止まった。蓮子はつんのめって、魔理沙の頭に顔をぶつけてしまった。
「あたた」
「野郎、いきなり決めに来やがったな」
魔理沙の帽子のつばがわずかに切れていた。嫌そうな顔で、魔理沙は眼下の少女を見る。背中にさしていた刀を抜いて、振り切り、また背中に戻しているところだった。刀を振った威力が飛んできて、魔理沙の足を止めたのだ、と蓮子は思った。なんだか漫画の世界のようだった。
「甘く見ないことね。今日の私は気合がちがうわよ」
少女が上を向いて、こちらを見つめている。魔理沙と同じくらいか、それよりも少し幼いくらいの、ほんとうの子どもに見えたが、その様子から混じりっけなしの決意が伝わってきた。生半可な覚悟では、意思を通すことはできないだろう。
とりわけ、蓮子のように、何が何だかわかっていない場合には。
魔理沙は右手をあげて、帽子をきゅっとかぶり直すと、気をとりなおしたようにまた話しかけた。いつもの不敵な調子だった。
「何だ、幽々子にご褒美でももらう約束してるのか。それとも紫が、油断と慢心の境界でもいじくったか」
少女がふん、と鼻を鳴らす、離れた位置からでも聞こえた。
「どちらも関係ない。私は従者として、なすべきことをなすのみ」
「そうか。やっぱり、向こうに紫がいるんだな」
「……」
「何だ。言い当てられてかちんときたか。未熟者め」
「魔理沙」
少女が、空中の見えない足場にだっと足をかけたように見えた。その一瞬後には、箒で飛んでいる自分たちの目の前に現れていた。蓮子の目には見えないくらいのスピードで、魔理沙の箒よりも速かった。刀を抜いていて、魔理沙の首元にぴったりとつきつけられている。背中の刀はそのままで、腰にさしていた短い刀を抜いたみたいだった。
「油断と慢心、と言ったな。意味がかぶってるじゃない。今日の私は、不動心の塊よ。斬られないうちに帰って」
「そっちの刀で斬ると、迷いが断たれるんじゃなかったか」
「腕の一本でももらおうか」
「ちょ、わかった、わかったよ!」
魔理沙は冷や汗をかいた。少女の――魂魄妖夢の目がかなり据わっていて、おっかない。どうやら本気で、怪我をさせてでもここを通さないつもりのようだ。今の立ち位置では分が悪い。
「さっきも言ったけど、戦う気はないんだ。通さないって言うならそれでいいさ。ただ、お前と会話したい。状況を知りたいんだ。こっちの、ほら、蓮子の紹介もあるしな。お前ら、昨日の宴会に来なかったから、こっちのこと知らないだろ」
「必要ない。帰れ」
「とりつくしまもないな……」
「主命だ。あきらめろ」
「なあ。蓮子は外の世界の人間なんだ。――何か間違いがあって、間に合わなくなったら、お前、責任取れるのか?」
ふたりの間で言葉がぶつかって、ガラスのように砕けた感じだった。妖夢はそのまま、じっとして黙っていた。もう少ししゃべろうか、と魔理沙は考えたが、やっぱり黙っていた。しばらくして、妖夢は刀を引き、腰の鞘におさめた。はじめて、魔理沙の後ろの蓮子に目を向けた。
「蓮子さん、と言いましたね。非礼はお詫びします。しかし、私は魂魄家の者。主命はすべてに優先するのです」
「お前んとこの主人、脳みそ半分腐れてるだろ」
「うるさい。亡霊なので大丈夫だ。腐れていない。悪夢のように大らかな方だが、きちんとすべきところではきちんとした指示を出すんだ。断じてクソ上司ではない」
「そこまで言ってない」
「あの……何のことやら、よくわかんないんだけど」
蓮子は困ってしまい、おそるおそる妖夢の目を見た。宝石が溶け込んだ水のような色で、青にも緑にも見える瞳だった。隣に、人魂のようなものが見えている。
妖夢は目を見開いた。年相応の、あどけない、子どもっぽい表情が、わずかに戻ってきたようだった。
「何だ。何も話してないの?」
「ああ、そうさ。道道話そうと思ってたけど、お前が邪魔したからな」
「邪魔ったって、ここから先に行ったら……最悪、死にますよ? 危険すぎるわ」
「お前に切り殺されるほうが危ないよ。辻斬りみたいな奴だ」
「あの、何のこと? この先、危ないの?」
「ここから先は冥界。死者が転生を待つ、幽霊の棲み家です。生きている人間はふつう来ません」
蓮子はあんぐりと口を開けた。ただでさえ、こちらに来てから妖怪やら巫女やら吸血鬼やらなにやらで、頭の中の処理が追っつかなくなっているのだ。
この上に幽霊が出てきて、しかも自分がそちら側に連れていかれそうになっていた、と知ると、怖気がした。
「安心しろ。死なないさ」
魔理沙が言った。まったく調子のいい、と呆れたが、芯のあたりに力強さがあるのがありがたかった。前を向いているのでわからないが、普段と同じような、野放図な笑みをうかべているんだろう。
「蓮子。お前はもとの世界に帰るんだろう。それには、この先に行かなくちゃならない。この先に主犯がいるんだ――神隠しの主犯がな」
「通さない、と言っているだろう。そんなに怪我がしたいのか」
「お前は黙ってろ。蓮子、覚悟を決めてもらうぜ。メリー、だったか。そいつに会いたいんだろ。私もさっきまで知らなかったんだが」
間をおいて、魔理沙は箒の横に魔力で編まれたオプションを出現させた。妖夢が刀を構える。魔理沙は上方向に向けて、オプションから大きな弾を何発も打ち上げた。
どっぱぁん、と音を立てて、打ち上げられた弾がはじけた。花火のようだった。黄色や青の星が、霧を押しのけて、空の中に散らばっていく。首を上げてそれを見ていた妖夢は、はっとして、魔理沙に視線を戻した。特に動きはなかった。先ほどまでと同じ位置で、自分の放った弾幕の様子を見上げている。やがて満足すると、姿勢を整えて、つづきを話しだした。
「……ぐずぐずしてると、間に合わなくなるみたいだぜ。そこの奴がさっき教えてくれた。
そういえば紹介がまだだったな。蓮子、こいつはみょん。あだ名は妖夢だ。侍の血を引く辻斬り少女で、けれど間抜けだから情報を引き出しやすい」
妖夢はかっとなって、刀を振り下ろした。魔理沙はおおぅ、と言いながら、箒の頭を上に向け、宙返りして妖夢から距離をとった。回避が間に合わず、オプションの方は斬られてしまった。
「危ない奴だな。性格が安定しない、って言われないか?」
「もう容赦しない。言葉も聞かない。斬り潰す」
「切るか潰すか、どっちかに――どっちも嫌だぜ。蓮子、しっかり捕まってろよ。私は動くぞ。夜明けまで」
とっくに朝になってる、と言おうとして、蓮子は舌を噛んだ。妖夢が目の前に迫っていた。刀を振って、魔理沙と蓮子が乗っている箒を斬ろうとする。めちゃくちゃな動きで、魔理沙は避けた。
振り払った長刀が反転して、魔理沙の左腕に向かった。今度はかわせない。
斬られた、と思った瞬間、突然、小さな何かが弾丸のような速さで飛んできて、妖夢の胸にぶち当たった。
服を着ていて、髪の毛があった。人形だった。
動きが止まる。
「なっ」
「『アーティフル――」
声が聞こえた。
「サクリファイス』!」
かちり、と音がして、人形が爆発した。妖夢も、魔理沙と蓮子も吹っ飛んだ。
爆風が襲いかかってきて、耳がきんきんし、頭がぐわんぐわんして、蓮子は落っこちそうになってしまった。同じように落っこちそうになった魔理沙が、片手で箒を、片手で蓮子をつかみ、なんとかもとに戻す。
「あ、危ねぇ……」
「間に合ったみたいね」
「……もう少し物事考えたほうがいいと思うぜ」
「あら。片腕切り落とされるのと、どっちがよかったかしら」
衝撃で霧が晴れたところに、アリスの姿が見えた。どことなくしてやったりというような、得意げな顔をしていた。
後ろに早苗もいた。いつもテンションの高い早苗だが、なんだかいつも以上にキャピキャピしている。
「蓮子さんったら、今度は魔理沙さんと逢引ですか! まったく節操のない。ビッチですね」
「早苗は連れてこなくてよかったぜ」
「うん……それがね……」
「私はアリスお姉さまひとすじですよ。ひとすじって、別にいやらしい意味じゃないですよ。諏訪子さまとは関係ないですよ」
「黙んなさい」
じゃ、ここはお前らに任せたぜ、と言って、魔理沙は先へ飛んで行こうとした。緑色の影が、行く手を遮った。
すすで顔を汚した魂魄妖夢が、両方の刀を抜いて憎々しげな目で四人を見ていた。胸のあたりの服が焼け焦げて、さらしが見えている。
「さっきの弾幕は合図だったのか。あいかわらず姑息な奴だ」
「打ち合わせていたわけじゃないが、期待はしてたな。私とアリスの間には友情パワーがあるからな」
「そ、そうよ! そうなのよ!」
「しかし何人だろうと関係ない。寄らば斬るのみだ。そちらにどんな事情があろうが、命をかけて通さない」
「命がけとは恐れ入る。では、こちらは手品を見せよう」
魔理沙は蓮子を振り返って、「ほら、あれやるんだ。かくし芸」と言った。
「う、うん。――えい!」
蓮子は意識を集中して、箒から片手をはなし、前方向に突き出した。
自分の中にある力をまとめて、ひとかたまりにし、任意の場所に発現させる。朝なのが残念だった。夜だったら、もっと遠くまで飛べる、大きなものが作れる。練習済みだ。――メリーといっしょに眠った、あの朝から、今までたくさん練習をした。
魔理沙と蓮子の真ん前に、隙間が開いた。箒でその中に突っ込む。空間を渡って、ふたりは妖夢の背後に出現した。
「な、なぁっ!?」
「限界まで……飛ばすぜ!」
気合を入れると、魔理沙は最高速で巨大な門を越え、冥界の奥へ吹っ飛んでいった。
あわてて追おうとする妖夢を、背後から御幣が襲った。
後ろ向きのまま、白楼剣でそれを弾く。くっ、と声を漏らし、向き直ると、早苗が許されなさそうな角度でポーズをとっていた。
「あなた、しゃべりすぎなんじゃないですか。サムライはもっと寡黙であるべきです」
「足止めさせてもらうわよ。友情パワーにかけて」
アリスは静かに、人形を展開しはじめた。
(二)
アリスと早苗は冥界に行った。異変解決後の宴会で、八雲の連中と、それから幽冥の主従が来ていなかったから、そちらに行くのは自然なように思えた。目が覚めたら蓮子がいなかったから、きっと魔理沙が連れ出して、一足先に向かっているのだろう、というのもわかった。しかし霊夢には、どうもそちらは遠回りなように思えた。
途中で別れて、別の場所へ向かった。魔法の森へ。
異変の日、にとりと戦った池のこと。あの池のことが、どうも、気にかかってしょうがなかった。魔理沙の話を聞くと、この騒動のそもそものはじめになった女の子の死体が、そこから発見されたのだという。現場百回、というわけでもないけれど、まずはじめに戻ることが、今回のあれこれを解決する上で、いちばんの近道のように感じていた。
これは勘だった。そしてその勘は、いつものように正常に働いている。説明はできないが、霊夢にはわかっていた。
池に着くと、藤原妹紅の死体を、河城にとりが洗っていた。
どうしたの、と訊いた。にとりは涙のたまった目で、霊夢を見た。
「霊夢ぅ」
緊張感がほどけてしまったのか、にとりはうわーん、うわーんと泣き出した。
妹紅の血が、首と腹から流れ出て、池の水を赤く染めていた。パチュリーに殺されたのが、少し前、とのことだったから、復活するのはまだ時間がかかるだろう。
池の水は半分ほどまで減っていた。にとりがやったんだそうだった。ふだん見れない池の、内側の土と泥が見えたけど、別に得したようには思わなかった。霊夢は腕を組んで、これからどうするか考えた。
にとりがいた。妹紅がいた。もっと早く目を覚ましていれば、ここであったことに間に合って、パチュリーや橙を止めることができたかもしれなかった。ふたりはもういない。どこかへ行ってしまった。
橙が、紫と藍の居場所を知っている。藍がおかしいのは知っていた。紫が死にかけている、というのは、にとりから話を聞いてわかった。けれど、ほんとうにそうなのだろうか。
日が高く登っていて、池の上だけぽっかりと開いた空から、まぶしい光が降り注いでいた。水面に反射して、池はいちめんが金色のお皿のように見えた。死体はどこにあったの、とにとりに訊いた。
え、と、にとりは意外そうな顔をした。夏のはじめに、あんたがここで死体を見つけたんでしょう。その死体は、池のどのあたりにあったの。
にとりはしばし考えこんで、あっちの、あのあたり、と、霊夢がいるところから反対側の岸の近くを指さした。
陰陽玉を出して、そのあたりにぶち込んだ。
何も起きなかった。にとりがきょとんとした顔をしている。
水を操って、あのあたりを干上がらせてみなさい、と指示した。
にとりはまた、何もわからないような顔をする。それから、ひとつの場所だけ干上がらせるなんて、そんな器用なことをするよりは、水を全部なくしちゃったほうが早い、と言った。
それなら、そうしなさい。と言って、霊夢はその場にどっかり腰をおろした。横に妹紅の死体がある。気持ち悪かった。早く蘇ればいいのだが。
にとりはぼんやりしながらも、水を操って、池をからっぽにしてしまった。かき出された水は、森に散らばって、土に吸い込まれていった。池の内側があらわになって、陰陽玉で削られた土の中から、いくつもの白骨が姿を見せていた。
◆
「これは人間だ」
にとりが言う。河童であるにとりが言うのだから、そうなのだろう。妖怪退治を生業にしているから、荒事には慣れたものだったが、それでもこれだけ多くの白骨死体を見るのははじめてだった。態度には出さなかったが、霊夢はじゅうぶん動揺していた。しかし、確認しなければならない。霊夢はふよふよ飛んで、骨のそばへ行った。にとりがいくつかの骨を手に取り、目のそばへもってきて検分している。紫と藍の、娘の骨かな、とにとりがぼそっとつぶやいた。
「そんな」
そんなわけない、と言おうとしたが、最後まで言えなかった。けれど今となっては、そう信じる材料がいくらもあったし、自分の勘でも、それは裏付けられていた。何体あるのか見当もつかなかった。藍はこの死体をすべて産んで、そして多くを、自らの手で殺したのだろう。お腹を痛めて産んだ子を殺すのは、どんな気持ちがするんだろうか。霊夢もにとりも、そんな経験はなかったし、そもそも人妖問わず、誰かを手にかけたことはないし、子どもを産んだ経験も、子供を産む前にするあれの経験もなかった。だから想像もつかなかった。
藍は殺した子どもを、この池に捨てていた。たぶん、魔理沙やアリスが住み着く以前から。理由はわからなかったが、お墓か何かのつもりで、みんないっしょのところに葬ろうとでもしたのかな、と思った。それなら、私たちのやっていることは墓荒しだ。
どうしても、藍と、そして紫と話をしたくなった。でも、どこにいるのだかわからない。
気配がした。
異変時の、集中した霊夢でなければ、決して気づかないくらいの気配だった。森の中に、かすかに、異なった微粒子が漂っているように思えて、それが以前に感じたことのある違和感だと肌で考えた。誰かが自分たちを見ている。そして――自分がここに来たのも、もしかすると、そいつに萃められたのかもしれない。
空中に向かって、霊夢は声を投げかけた。
「萃香。出てきなさい」
にとりはあたりを見回した。はじめは何も見えなかったが、しだいに塵のようなものが集まりだした。塵のひとつひとつはとても細かく、それでいて意識をもっているように、縦横無尽に飛んでいた。それが雲になって、霊夢の正面に浮かんだ。雲がだんだん固まって、形になって、人型になった。ずいぶん小さい姿だった。にとりよりも、頭ひとつは小さい。けれど、角が生えていた。
気がつけば、伊吹萃香がそこに立っていた。にとりは、うひいいい、と声をあげた。
萃香はうなだれていた。
「霊夢ならここへくると思ってたよ」
いつものようなにやけた、酔っ払ったような調子ではなかった。お願いだから、引いてくれないか、と言う。態度のでかい鬼に似合わない、懇願するような調子だった。
「引く? 何を」
「この件から手を引いてくれないか。紫が頭がいいの、知ってるだろ。その紫が必死こいて考えて、出した結論なんだ。邪魔は入れたくない」
「ふん。邪魔ね」
霊夢は懐から札を出し、そのまま無造作に前方に放った。ふわりと浮き上がったあと、自然に落ちようとしていた札が、ある一点から力学を無視したように軌道を変え、速度を上げて萃香に向かっていった。数十枚の札が、べたべたと萃香の体にひっついた。顔にも張り付いて、目も鼻も口もふさいでしまった。耳は残っているから、声は聞こえる。
「異変解決時の巫女は、常に力づくよ。あんたは何だ? Ex中ボスか? いずれにせよ、私にやられて道を開く役だ」
印を結んで札を爆発させようとすると、それより前に、勝手に札がぽんぽん爆発して、萃香の体から落ちた。無傷だった。
うつむいていた顔を上げる。
「聞き分けてくれ。異変とかなんとか、そういうものじゃないんだよ。紫は死ぬ。どういうことか、霊夢にもわかるだろう」
「なおさらよ!」
今度は針が飛んだ。萃香はそれを片手でたたき落とした。そのまま無造作に、霊夢に向かって歩いてくる。萃香の小さな体が、百倍も大きくなったように思えた。スペルカードを使ったのかとちょっと思ったが、そうではない。単純に圧力が強く、無尽蔵であるだけだ。
ちっ、と舌打ちの音がした。
「霊夢」
一度、言葉を切る。それから、
「しつけなきゃならないか」
霊夢も萃香に向かって歩いていった。お互いの手が触れる距離まで近づくと、ふたりは立ち止まった。目と目を合わせて、意思を交換した。拳を固めて、霊夢は萃香をぶん殴った。
◆
萃香は身じろぎもしなかった。殴った手のほうが痛かった。何の術も使っていないんだから、当たり前だった。霊夢はもう一度、今度は逆の拳で、萃香のあごを狙って下から撃ちぬいた。尖った岩を殴ったような衝撃があって、拳が跳ね返された。前蹴りを出した。萃香に当たったところで足が止まって、霊夢は一瞬、片足で立つ格好になった。その一瞬で、萃香が前に進んだから、霊夢は押されて、尻もちをついてしまった。
転んでしまって、大きく開かれた足の間に萃香が割り込んでくる。手を後ろについて身を支えている霊夢に、萃香は体をあずけるように覆いかぶさって、片手で胸元をひねり上げた。苦しくなって、霊夢はくはぁと息をつく。
「手足を折ればいいか。それとも、首を引きちぎってやろうか? うぬぼれるなよ。お前の代わりなんて、すぐに探せるんだ」
「わ、私は……」
「何だ?」
「博麗の巫女。だから、妖怪には負けない。そう決まっている」
「馬鹿」
萃香はぎぎ、と音を立てて、霊夢の体を持ち上げ、霊夢の額を自分の額にくっつけた。鼻が触れ合い、お互いの吐く息が混じった。
そのままの姿勢で話をつづける。困ったような口調だった。
「お前だって、紫の式みたいなもんだ。紫が描いた絵図どおりに動いて、異変を解決する。その紫がいなくなるんだ。わがまま言ってないで、少しは協力しろ」
「萃香」
「あぁ?」
「あんたは何だ」
「何だって、何だ」
「紫の何だ。手下か? だから、言うこと聞いてるのか」
「いや……」
「はっきりしろ」
「……偉そうな奴だな」
萃香はぽい、と霊夢を手放した。霊夢は地面に背中をつけて、げほげほと咳をした。背の低い萃香が、立ったまま霊夢を見下ろしていた。
「なぁ、霊夢。神社に帰ろう」
「嫌よ」
「霊夢に見られたくないんだって。紫がそう言ってた。紫は友達なんだ。それも、昔っからのね。望みを叶えてやりたい。静かに死なせてやりたいんだ」
「冗談言わないで。私がいないで、どうするってのよ」
「霊夢。霊夢。聞き分けておくれよ」
「萃香。あのね」
霊夢は立ち上がると、もう一度萃香に近寄った。倒れる前と同じ位置取りだ。萃香を見下ろしながら、両手で萃香の両角を思い切り掴む。
「私は決めたの」
「……何をさ」
「博麗の巫女として生きていく、と。今まで、当たり前のようにそうしていたけど、きちんと言葉にして考えると、気合が違うわね。
だから私は異変に介入する。結末がどうなろうと、何があろうと見届けてやる。それが覚悟を決めるってことだわ」
萃香の角を掴んだまま、力任せに引っ張り上げて、頭の上まで持ち上げた。軽い萃香の体を勢いをつけて、ぶん、と振り回し、地面に叩きつける。
顔面から落ちた萃香は、少しの間そのままじっとしていた。立ち上がると、顔と服についた土をぱんぱんと払い落として、一言、「そうかい」と言った。
一瞬後、短く振り抜いた萃香の拳が、霊夢の頬に当たった。
霊夢は森の中まで吹っ飛んで、木に背中を打ちつけられた。首が一回転しそうなほど曲がり、体じゅうがばらばらになってしまいそうに痛かった。口の中を切って、血が流れた。萃香が向かってくる。
「お前じゃ力不足だ。当代の巫女」
立ち上がろうとしたが、うまくいかなかった。霊夢ははじめて、萃香のことを怖いと思った。
博麗の巫女とは何か。妖怪を、問答無用で調伏するものではなかったか。
あの夏のはじめの日以来、霊夢は調子が狂っていて――というよりは、それより前の自分とは何かが決定的に変わったのを感じていた。
今だってそうだ。萃香と殴り合いをするなんて、どう考えても自殺行為だ。それも、何の術も使わずに。自分自身にたいして、呆れてものも言えなかった。その上被弾しているのが良くない。少し前の自分なら、もっとするりと、飄々と、ものごとを片付けていただろう。
けれどそれでは、感じとれない事柄だってある。たとえば、こういう恐怖とか。
どおん、と音がした。萃香の火炎級が炸裂したときのような、大きな爆発音だった。
萃香も霊夢も、驚いてそちらの方を向いた。
水を失った池のそばに、火柱が立っていた。火柱は木を越えて、高く燃え盛ったあと、ゆっくりと小さくなっていった。河城にとりが、焼け焦げた両腕をかばいながら、よろよろと姿をあらわした。
「へっへっへ……火符『アグニシャイン』。拾っといてよかったよ」
「あァ? 河童が火炎術だって?」
萃香は驚いて、目を丸くした。にとりが片手に、札を一枚持っている。パチュリー・ノーレッジの符だった。
にとりはそれを使って、燃やした――
藤原妹紅の死体を。
「賭けだったけどね。炎術士だって聞いてたから、ぜんぶ燃やしつくしちゃえば復活が早いかもって思ったんだ。特殊召喚、墓地よりの蘇生! 出よわが最強のしもべ、フェニックス・ギア・フリード」
「……いまいち状況がわからんのだが」
消えかかった炎の中から、藤原妹紅が歩み出てきた。妹紅が出てくると同時に火が消えたので、まるで妹紅の体の中に炎が吸収されたように見えた。服は復活していなかったので、切り裂かれた服が炎に煽られてぱたぱたとひらめき、時折下乳が見えた。
妹紅はもんぺのポケットに手を入れながら、ぎりり、と歯を食いしばった。
「あのクソ魔女にお返しをしてやるには、まずはこの小鬼を叩きのめせってことか? あァん?」
霊夢は、服は燃えないのかな、と思ったが、全裸では格好がつかないし、こちらのほうがエロいから、これでいいや、と思った。
萃香は舌打ちをして、手間が増えたか、と吐き捨てた。
「死なないだけの人間が、吠えるもんだ。おとなしく死んでろ」
「黙れ。お前みたいなのは何度も相手してるんだ――霊夢」
霊夢を見た。次ににとりを見る。
「お前は行け。にとりが案内してくれる。
鬼退治は私の領分だ。やおいが魔理沙の領分であるのと同じように」
「決めるなら決めればいいのに……」
「うるさい。いいから行け」
妹紅は、かぁぁ、と息を吐くと、体をからいくつも不死鳥を生み出し、まとめて萃香に放った。
「『フェニックス再誕』」
森がはじけて燃え、あっという間に見える部分のすべてが焦土になった。ひとつひとつの不死鳥が、それぞれ一発で森の広大な範囲を燃やし尽くせるほどの威力だった。それを何発もくらった萃香は、腕を交差させて身を守っていたがあまり役に立たず、全身を焼け焦がせながら、それでもその場所に立っていた。
「あ、……あっちぃぃぃ……馬鹿かお前は! いきなり何するんだ!」
「やかましい。出し惜しみはなしだ……とはいえ、お前頑丈だから、スペルカードなしでやるぞこのちんちくりん」
「あ?」
「昔に戻るよ。お前みたいな奴を根こそぎ退治してたころの私にさ……というわけだから、霊夢早く行け」
「ほほぉう……」
萃香はにやりと笑った。霊夢にちらりと目を向けて、諦めたように言った。
「霊夢、行っていいよ。私はこいつと勝負してから行く」
「霊夢、こっちへ」
にとりが呼ぶ方へ、霊夢は走っていった。わずかの間にいろんなことが起こって、ちょっと頭が回らなくなっていたが、とにかく言うとおりにした。誰もが自分の名前を呼ぶので、まるで萃香までもが、自分の味方のように思えた。
優しいじゃないか、と妹紅が言った。
「霊夢があれだけ言うなんて、はじめてだからね……霊夢も、私の友達だ」
それから何かがぶつかり合う音や、爆発する音、ずしんずしんと地面に響く音が、ひっきりなしに聞こえてきた。けれど霊夢は振り返らなかったので、詳しくはわからなかった。
水のない池の中に入った。顔をしかめながら、傷んだ両腕を使って、にとりがスペルカードを発動した。
「月金符『サンシャインリフレクター』」
六角形の、金属のような宝石のようなうすい板があらわれて、きらきらと光りだした、光に照らされて、白骨の中に埋もれていた、闇色に色づく境界がくっきりと見えた。きっとこの先だ、とにとりが言う。
「やおいは魔理沙の領分、発明・開発・改良と、おまけに探索は、河童の領分だよっ……と、へっへっへー」
この境界は何なんだろう? 霊夢は思った。けれどたしかめている暇はないし、方法もなかった。霊夢とにとりはその中に入った。通り抜けざまに、よろしくお願い、と、誰かが言ったように思った。
(三)
箒の下に見える大地には切れ目なく雪が降り積もっており、真っ白く、見渡すかぎり生き物の姿はどこにも見えなかった。冥界は冬なんだ、と箒の後ろで蓮子が言った。馬鹿抜かせ、おおかた幽々子の仕業だろう。前を見て飛びつづけながら、魔理沙が乱暴に返す。
魔理沙によると、幽々子というのは亡霊の管理者で、冥界でいちばん偉いお姫様である。かなりちゃらんぽらんで、天然で、ときどき会話が成り立たない、大変迷惑な奴なんだ、とのことだった。そのお姫様が、とあることから雪を降らせる特技を身につけた。で、おそらくは、今積もっている雪はそれで降らせている。何の目的かわからないが、寒くて難儀なことだった。
アリスたちと別れてから、けっこう時間が経っていた。門を飛び越えるとすぐに雪景色になって、それからずっと飛びつづけている。前を見ても後ろを見ても真っ白だから、すぐに距離感がつかめなくなった。
このすべてが、白玉楼というお屋敷の庭だ。そのお屋敷に、お前をもとの世界に戻してくれる、八雲紫というスキマ妖怪がいる。魔理沙はそう言う。
スキマ妖怪は、八雲紫といって、いつも胡散臭く笑っている、この世界の大家さんみたいな奴だ。言いたかないがものすごい美人だ、とのことだった。それから、と言いかけてから、かなりの間、魔理沙は迷っていたが、けっきょく付け加えた。
「……嫌われ者なんだ。とても、とっても」
「え? 誰から?」
「みんなからさ。あやしいからな。さて、もともと広いところだが、そろそろ着いても……あった」
雪の中にぽつんと、木々で囲われた日本風のお屋敷があって、そこが白玉楼だと知れた。魔理沙は箒をゆるやかに降下させて、門の内側に降り立った。家を見る。誰の気配もしなかった。もっとも、幽々子に気配なんてものがあるのかどうか、自信はなかったが。
蓮子を振り返ると、蓮子は股を手でおさえて前かがみになっていた。
「どうした。おしっこか。そのへんでやれ」
「ちがう! ……まったく、ちっとも降ろしてくれないんだから」
しかし、そう言われると、尿意がしてきたのもたしかであった。そのへんでするのは論外なので、家の中に入ろう、と家屋に近づこうとしたが、魔理沙に止められた。危険がありそうだから、まずは私が入るぜ、と言って、縁側に向かって歩き出した。雪を踏みしめると、ぎゅっ、ぎゅっ、という音が、あたりに響いた。とても静かだったから、家の中に誰がいるにせよ、聞こえているはずだと思った。
靴を脱いで、魔理沙が縁側にあがると同時に、障子が開いて、西行寺幽々子があらわれた。
淡水色の、フリルのたくさんついた着物を着て、大きな三角形の飾りのついた帽子をかぶっているところはいつもと同じだったが、顔の全体が腐れており、ぽっかりと空いて穴のようになった眼窩と、大きく開けられた口から、丸々と太った赤いミミズが何十匹もはみ出していた。
度肝を抜かれて、魔理沙は縁側から転がり落ちてしまった。
幽々子は脇を締め、両手を顎の下まで持ってきて、その位置で手首から先を下に垂らした。
「おばけだぞ~」
ゾンビマスクをかぶっているだけだった。
頭に来た魔理沙は、ずかずかと室内にあがって、幽々子の頭をぽかりと叩き、マスクをひっぺがした。
「あたたっ、もう、乱暴ねぇ」
「乱暴ねぇ、じゃない。状況を考えてからボケろ。見ろ、蓮子が気を失って失禁してるじゃないか」
「あら」
蓮子は雪の中に倒れて、夢を見ていた。小学校のころ、夏休みの25メートルプールで、どうしても我慢できなかったし、面倒でもあったから、行為後にめちゃくちゃに暴れて水をかきまぜ、証拠をなくそうとしたときの夢だった。
◆
目を覚ますと、蓮子は広い和室にいて、その真ん中にひとつだけ敷かれた布団に入っていた。霊夢の神社とは比べものにならないほどの広さの一室で、障子の向こうにある雪が光を跳ね返して灯りになっていたけれども、蓮子のいる布団までは届いていない。
驚きと混乱で、何がなんだかわからなかったが、ゾンビがいたことだけは思い出した。この世界に来てから、恐ろしい目には何度もあったが、あれほど直接的に気持ちの悪いものははじめてだった。思い出すと、吐き気がした。手で口をおさえると、袖の部分が目に入って、自分が服を着替えさせられていることがわかった。白い無地の、シンプルな着物だったが、ところどころにフリルがあしらわれているのがなんだかおかしかった。何故か下着をつけていなかった。またゾンビに会ったらどうしよう、と思いながら、蓮子は布団を出て、とりあえず、別の部屋へのふすまを開けた。
大きなテーブルの上に、色とりどりの豪華な食事が用意されていた。三十人は座れそうな円形のテーブルで、そのテーブルの上を埋め尽くすように、世界各国の料理が並べられている。和食と中華料理が多いようだったが、カレーもあったし、どことなくフランス料理っぽい色合いの、エビの料理もあった。肉料理だけで何種類もあったし、サラダも麺料理も、デザートまで大量に用意されていた。魔理沙と、ピンク色の髪の、おそろしいほどの美女が、ぱくぱく料理を食べている。
「何これ」
「ぱくぱくぱくぱくぱくぱく」
「おお、蓮子。起きたか。話はあとだ。まずは食え」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「ここ、あの家の中なの。ゾンビはどうしたの」
「むしゃむしゃむしゃむしゃ」
「忘れろ。何もなかった。下着は洗濯中だ」
「がつがつがつがつがつがつ」
「ま、まさか……」
「もりもりもりもりもりもり」
「ああ、うるせぇ!」
魔理沙が幽々子に、肉の塊を投げつけた。空中で消えた。受け取った、というか、一瞬で食べたのだった。
「魔理沙。食べ物で遊んじゃいけません」
「誰が遊ぶか。お姫様ならもっと上品に音を立てずに食え」
「蓮子さん、ね。まずはそちらのメガねぎ玉牛丼とん汁健康セットをどうぞ。ヘルシーで、おいしいわよ」
「は、はぁ」
「1,445キロカロリーあるぞ」
牛丼セットを食べ終わって、期間限定手仕込ビーフメンチカツカレーを食べ、それから料理の名前はわからないけど、死ぬほどおいしいお肉を食べた。牛テールを赤ワインでとろとろ煮込んだもの、とのことだった。お肉ばかりだったので、お刺身も食べた。まぐろのいいところで、舌に乗せると脂がさっと溶けていった。サラダも食べた。レタスがしゃきしゃきしていて、アスパラはきゅっとしていて、歯ごたえがあった。ほかにもたくさんのものを食べた。まさか、この世界でこんなに豪華な、手の込んだ美味しいものを食べられるとは思っていなかった。神社では、早苗が作ってくれた焼きうどんと、あとは卵と海苔などの粗末な食事だけだったし、神社に来る前にいたミスティアの屋台では、八目鰻がおいしかったけど、つまるところ酒の肴だったし。昨日の宴会料理はそれまでに比べたら多少色がついていたけど、このテーブルの上のものとは比べるべくもない。それで、夢中になって食べてしまった。魔理沙が呆れていた。
「外の世界の人間はよく食うんだな。マキシマムに賽銭がなかったときの霊夢みたいだ」
「むしゃむしゃむしゃ、だって、おいしいんだもん」
「もぐもぐもぐ、そうでしょ、そうでしょ。たんとおあがんなさい」
「あいにく私はもう腹一杯だ。最初に食べた、あの二郎ってやつがきつかったぜ。
さておき、誰が作ったんだ、これ」
幽々子は一旦、箸を置いた。魔理沙を見つめる。それから手元のおちょこに、自分で酒を注いで、ぐいっと呑んだ。それからまた箸を持って、食べはじめた。
「こら」
「ぱくぱくぱく。料理人への挨拶は、食べ終わってからするものよ」
「妖夢はまだ帰ってこない。アリスたちが頑張っているのか、それにしても、まだ決着がついていないのは不自然だがな……他にお前に食事を作ってくれるような奴がいるのか。まあ、食材を見てもわかる。スキマ経由だろ、この魚なんか」
「作法を守らない子ね」
芋の羹にふうふう息をかけながら、飲み干すと、幽々子は少しの間、からになった椀に目を落として動きを止めた。かるく微笑んでいるようにも見えたが、なんだか何かをじっと我慢しているようでもあった。
幽々子は幽霊の姫とは思えないほど肉感的で、体のどこをつついてもやわらかそうで、抱きしめたくなるような女性だった。ぷっくりとした頬と唇に食べ物のあとがついている。その様子がいかにも無邪気で可愛らしく、けれど体つきは大人の女性だから、ある種の均衡を失った上でそれでも吊り合っているようなあやうい魅力があった。蓮子は女だったけど、男を狂わすというのは、こういう女性のことを言うんだろうなあと思った。
しかたないわね、というような調子で、幽々子は付け加えた。
「慣れない台所で、藍ちゃん、頑張ってるんだからね。邪魔しちゃだめよ」
「……そうか。式のほうがいたかよ。でも、当たりだったな。蓮子」
「もぐもぐもぐもぐ」
「聞け。お前の秘密がわかる」
「もぐ……藍ちゃん、って」
「私だよ」
名前が出たちょうどそのときに、台所に通じる扉ののれんをくぐって、女性が姿をあらわした。両手に大皿を載せていて、その上の料理からほかほか湯気が立っていた。おいしそうだったが、女性のお腹がスイカをふたつもみっつも入れたようにぱんぱんに膨らんでいたので、いかにも危なっかしかった。あきらかに臨月の妊婦だった。
いつも着ている、白と青色の導師服を、妊婦用に改造している。短い金髪が、夏のはじめに会った頃よりも伸びていた。太い、大きな九本の狐の尻尾が、背中からはみ出して、正面からでも見えていた。幽々子の持つ、柔和で優美な、甘い夢のような雰囲気とはまた別の、はっきりとした、意識に直接飛び込んでくるような美しさだったが、けれど同じくらい幻想的な雰囲気でもあった。
蓮子は藍を見ると、食べていたものが喉につっかえて、息ができなくなってしまった。あわてて横にある汁物を飲み込む。
あのときの妖怪だった。メリーとはじめてこの世界に来たときに出会った、あの恐ろしい妖怪だった。
藍はお皿をテーブルの上に置くと、お腹を気遣いながら、注意深く腰をおろした。それから蓮子を見て、にっこりと笑った。
「はじめまして。……ではないんだけど、覚えてるのかな」
蓮子は、はい、とこたえた。いっぺんに食欲がなくなってしまった。
◆
それからまた時間をかけて、食事を終えた。魔理沙と蓮子は藍を気遣って、お皿を台所に運び、大量の洗い物を片付けた。料理の殆どは幽々子が食べたくせに、幽々子は手伝う素振りも見せなかったので、蓮子は不満を持ったが「まあ、あいつはああいう奴だ。ほっとけ」と魔理沙が言うので、そんなもんかな、と思った。
居間に戻ると、幽々子は足を横に崩して座った格好で、壁に寄りかかってよだれを垂らしていた。幸せそうな顔で、うとうと眠っている。お腹がいっぱいになったので、眠くなったんでしょう、と藍が言った。藍は部屋の隅にある、一人がけ用のソファに座っている。魔理沙と蓮子はそちらに行って、近くに腰をおろした。
「さて。久しぶりだな、藍」
「そうだね。夏のはじめ以来かな」
「あのときのお前は大変だった。死体をばらばらにしたりしてな。今は、落ち着いてるみたいだ」
「迷惑をかけたね。その後かわりないかい」
「ああ、元気いっぱいだぜ。そっちのほうは、おかわりあったようだな」
と言うと、魔理沙は藍の突き出た腹をじっと見つめた。藍は苦笑した。
「これが最後さ。紫様が、何もかも話してくださった」
照れたような顔つきになって、それから真面目な口調で、もう取り乱したりしないよ、と言った。
「……それ、私たちにも聞かせてもらえるか」
「うーん。我が家の事情だからね」
魔理沙は蓮子に目を向けた。あらかじめ出しておいた指示だった。
蓮子は自分たちの真ん前に、小さな隙間を作った。魔理沙がその中に腕を突っ込む。空間を渡って、手が藍の胸の前に出現した。そのまま胸を揉んだ。
「どうだ。蓮子のこの能力、説明してもらおうか。巨乳」
「やめんか貧乳。……貧乳ズ」
「言い直さないでください」
「しかし、すごい才能だね。橙と同じくらい使えるじゃないか。よっぽど励んだのかな」
藍が蓮子を見て、楽しそうに笑った。蓮子はちょっとぽかんとすると、言葉の意味に行き当たって、恥ずかしくて真っ赤になってしまった。
気を取りなおして、あの、と声をかける。
「あなた、メリーを殺そうとしてた」
「記憶は消したはずなんだけど……思い出したのね」
「ええ。思い出しました。この能力の練習をしながら、少しづつ……教えてください。この力は――メリーの力は、この世界に関係があるんでしょう?」
「紫様の能力の名残さ。吸いかすだ」
右手を動かして、藍は自分のお腹を撫でた。それから立ち上がると、
「申し訳ないが、もとの世界に帰るのは、もう少しだけ待ってくれないかな。もうすぐ、私は出産するんだ。そうしたら、すぐに帰してあげるよ。幻想郷と外の世界では時間の流れがちがうから、こちらに来た直後の時間軸に帰してあげることもできるよ。それじゃ失礼する」
と言って、別の部屋へ去って行った。魔理沙が手を伸ばして、止めようとしたが、うすいピンク色と青色を混ぜたような羽の大きな蝶が飛んできてその邪魔をした。
幽々子の蝶だった。よだれを行儀よく、布で拭きながら、幽々子はこちらに目を向けた。
「野暮は嫌われるわよ。出産前の女性には、とくに気を遣わなければいけないの。子どもにはわからないでしょうけど」
「よく言うぜ……お前でもいい。何か知ってるんだろう」
「迷子の迷子の子猫ちゃん。あなたのお家はどこですか」
「あぁ?」
「魔理沙、あなたはどうしてこの件に関わるの」
「どうしてって……異変があれば首をつっこむのが私だろう。霧雨魔法店の、何でも屋のお仕事だぜ」
「そう。迷ってばかりの女の子は、異人さんにさらわれちゃうわよ」
「もっとわかりやすく言え。意味がとれん」
「首を突っ込んで、いいところと悪いところの区別くらいつくでしょう。それくらいの分別を、あなたには期待しているわ。
退場させてあげるから、言い訳の材料にしなさい。自分自身にたいしてのね」
幽々子が、しっしっ、と、犬でも追っ払うようにこちらに向けて手を振ると、とたんに空気が重くなった。気分が悪くなって、先ほど食べた食事が全部出そうになった。ゾンビマスクを見たときの驚きとは種類の違う、身にまとわりつくような、それでいて体の芯に氷を埋めこまれたような、底知れない冷たさが――恐怖が、鏡の角度を変えるようにとたんに部屋全体を覆っていた。
食べているときからずっと浮かべていた微笑が、幽々子の表情から消えていた。手を動かすだけのちょっとした挙措のひとつひとつや、寝ていたので乱れた着物の細かな襞まで、すべてが幽玄な美しさをたたえていたが、それがそのまま、魔理沙と蓮子を縛り付けて、動けなくしてしまった。
幽々子は人間とも妖怪ともちがう。蓮子はそう思った。すべてが停止し、奪い取られていくようだった。土の底とも天上ともつかぬどこかに、引っ張られていくような気持ちだった。もっとも恐ろしいことに――それは誘惑的でもあった。
幽々子はつまり、この世のものではなかった。
死の予兆ってやつだ、と魔理沙は思った。はじめて感じるものではなかった。思い出した。
あの、春に雪が降った異変のときに、桜の下で、魔理沙はこれを感じながら、幽々子と戦ったのだ。
だから、あのときと同じように、無理やりに声を出した。
「お前なんかに負けるか。私は私のしたいようにやるんだ。死ぬまでな」
「あっそ」
幽々子は興味なさそうに言うと、よだれを拭いていた布をふところにしまった。次に唇をすぼめて、魔理沙に向けて、ふう、と息を吹き出した。
ぴぃん、と何かが切れるような音が聞こえた。額を強く押されたように、魔理沙は頭から後ろにはじけて、そのまま倒れてしまった。
死んでしまった、と蓮子は思った。
「冥界に来て、死ぬまでな、とは、よく言えたもの。
勘違いしてたみたいね。まだ死なない、と思っていたんでしょうね」
何も考えられなかった。蓮子は叫び声をあげた。
とたんに、蓮子と魔理沙の真下に大きな隙間が開いた。ふたりの体は、そこに落っこちて、吸い込まれていった。
「あら」
と、上の方からかすかに、幽々子の声が聞こえた。
(四)
八雲藍がふすまを開けると、蓮子が眠っていたような広い部屋がもうひとつあって、その真ん中に、やはり同じようにぽつんと布団が敷かれていた。
八雲紫が、そこですやすやと眠っていた。
相変わらずよく眠るなあ、と藍は思った。昨日の夜、夕食を食べてから、ずっと寝っぱなしだ。少しは私に気を遣って、家事を手伝ってくれればいいのに、とも思うが、そもそも幽々子と同じで、そういったことをやる方ではないので、ないものねだりではあった。
眠っている紫に近づき、腰を降ろして、頬を撫でた。柔らかく、すべすべした手触りで、寝ているからか、いつもよりも体温が高いように思った。死にかけているとは信じられないくらいだ。
部屋の隅から、ごそごそ音が聞こえた。そちらに目を向ける。
ふん捕まえて、縛って転がしておいたパチュリーとメリーが、もぞもぞ動いていた。
「何か用かな」
「ぐぐ、この屈辱、うぎぎぎぎ」
「あの、おとなしくしてますから、ほどいてくださいよう」
パチュリーは体全体をぐるぐるに縛られた格好で、俯せになって顔を上げ、眉間に皺を寄せて藍を睨みつけていた。メリーのほうは、手首のところを軽く後ろ手に縛られただけで、ほかは自由な状態だ。
メリーを見ると、藍は少し気後れしてしまう。どういう態度をとっていいか、選択に困るのだ。だからパチュリーがいっしょにいるのは、ちょっとありがたかった。
「メリーはともかく、そっちの魔女はだめだな。紫様に変なものを飲ませようとするからな」
「心外ね。ちゃんと説明したでしょ、これは薬よ。八雲紫を生かすことができる」
「こっちも、ちゃんと言ったろう。紫様がそれを望んでいない」
藍はゆっくり立ち上がり、メリーのもとへ寄っていった。紫にしたのと同じように、メリーの頬を撫でた。手に当たる頬骨やあごの形が、とても馴染み深いものに思えた。それで少しは緊張が解けた。
「やっぱり、紫様にそっくりだな。目を見せて。そう……瞳の色が、私の名前と同じ。ああ、お腹が大きくなければ、抱っこしてあげるところだけどね」
「へ……」
メリーは恥ずかしくなってしまった。にとりから聞いた話では、この八雲藍は、自分に似た女性を殺そうとした、ものすごく怖い妖怪だということだったが、自分の頬を撫でる手はあたたかくて、優しかった。縛られたままの状態でも、妙に安心してしまった。
それで、おずおずと声をかけた。
「何かな」
「あの、おしっこ」
「おしっこ?」
「はい、したいです」
「そ、そうか。それは一大事。けっこう、いっぱい?」
「はい、けっこう」
「わかった。橙、ちぇーん……いないのか。また、すねちゃったのかしら。しかたのない奴だな。
じゃ、ちょっと待ってね」
藍はメリーのパジャマの下に手をかけて、一気に脱がせた。パンツがまる出しになった。
「ちょ、ちょっとお!」
「うーん……すまないけど、やっぱり、ほどいてあげるわけにはいかないんだ。さっきの蓮子ちゃんは、ある程度隙間の力を使いこなせてたみたいだった。メリーもきっとできるだろう。騒がしいのはごめんなんだ。おしっこは私がさせてあげるよ」
「い、嫌です! 自分でやりますー!」
「まあ、そう言わないで。そのままじゃ脱げないでしょ」
「やぁぁ……」
「そこまでよ!」
パチュリーが芋虫みたいに這って、藍に真っ直ぐ向き直って睨みつけていた。ネチョ許すまじ、との断固たる気構えがそこには見て取れた。
「そうは言っても、しかたないだろう。橙も妖夢もいないんだし」
「メリー。漏らしなさい」
「嫌ですよお!」
「漏らしたところで、後始末をするのは私なんだがな……しかし、どうするか」
けっきょく、その場でパンツを脱がされたあと、下半身すっぽんぽんの格好でメリーは厠に連れていかれて、おしっこをして、藍に拭いてもらって、またすっぽんぽんで戻ってきてパンツとパジャマを履かされた。自殺ものの恥ずかしさだった。
「何か大切なものを失った気がする……」
「娘のおしっこの手伝いくらい、手馴れたものさ。それに、これが最後になるかもしれないんだしね」
だからよかった、私にとっては、と藍は言った。どういうことですか、と尋ねようとしたときに、ふわあ、とあくびの音が聞こえた。
八雲紫が目を覚まして、身を起こしていた。腕を伸ばし、首をぐりぐり回すと、ごきりごきりと音がした。目尻を指先でこすりながら、藍とメリーの方を向く。
「紫様」
「おはよう藍。いま何時」
「お昼を過ぎていますよ。寝すぎです」
「しょうがないじゃない。私には睡眠が必要なの。着替え用意して」
「はい」
たんすから、白と紫色の導師服を出すと、紫は藍に手伝わせてパジャマからそれに着替えた。ゆるやかに波打った、白を混ぜた日の光のように輝く金髪が、服の色調にぴったりとはまっていて、とても美しかった。メリーと同じ髪質の、同じ色の髪だった。
起き抜けで顔も洗っていないのに、肌には汚れひとつないように見えた。喉が乾いていたので、紫は枕元においてあった水をコップの半分くらい飲んだ。それで唇が湿った。口は小さめで、藍と同じように人を喰う妖怪だと聞かされていたが、メリーには信じられなかった。甘い果物か、もしくはお酒しか受け付けなさそうな口をしている。
湿った小さな唇が、少しだけ前に、小鳥のように突き出された。紫は目を閉じた。
「藍。ちゅうして」
「はい」
藍は自分の大きなお腹を気にしながら、紫に顔を近づけて、キスをした。はじめはついばむような、細かい、子どものようなキスだった。それがだんだん、口で口を舐めて、食べるような調子になって、やがて舌を入れはじめた。馴染みのない国の言葉の発音を試すように、舌が縦横無尽に口の中で動いて、それにこたえるように、紫も舌を動かした。ぴちゃぴちゃ、むちゅむちゅ、こくこく、ぺろんぺろんという音が室内に響いた。パチュリーもメリーも、あっけにとられて、言葉も出ずに見守っているだけだった。メリーはこんな大人のキスをはじめて見たから、興奮して、体の真ん中あたりがとても熱くなってしまった。
「むぐぐぐぐ」
ようやっとパチュリーが声を出した。図書館の賢者には使命があるのだ。
「そこまで……よ! 魅魔様!」
「ミマー」
小さな魅魔様がわらわらと何体もあらわれ、数体はパチュリーに群がり、拘束していた呪物の縄を切りはじめた。残りの魅魔様は紫と藍に飛びかかり、引き剥がそうとした。やっと口を離した八雲の主従は面倒くさそうにパチュリーを見て、くっついたまま体をわずかに震わせた。魅魔様がぼたぼたと落ちていった。
「魔女さんはうるさいわねえ。ひとのラブシーンを邪魔するなんて、馬に蹴られて念仏よ」
「紫様、混ざっています」
「藍は細かいわねえ。でもそんなところがス・キ」
「あはん」
「茶番はやめなさい」
縄を切り、立ち上がったパチュリーが底冷えのするような声で言った。すっと腕をあげると、取り上げられて部屋のどこかにほったらかしにされていたかばんが、手元に戻ってきた。かばんをがさごそまさぐって、瓶を取り出す。
妹紅の肝臓が入っていた瓶だった。そこに薬草やら毒草やら、虫やら爬虫類やらがいろいろと合わさって、乾かされて、細かい粉のようになっている。いかにもまずそうな色だった。
「これは薬。八雲紫、あなたの命をつなぎとめる薬よ。飲みなさい」
「やーよ。苦そうだもん」
パチュリーはため息をついて、まあ、そういうと思ってたから、と言った。
それから呪文を紡ぐと、魔法の森で出した水で覆われた木の根が今度は畳と柱から伸びて、メリーに巻き付き、その場で宙に抱え上げた。
メリーの首筋に、尖った木の根が突き立った。そのまま体内に侵入して、内側からメリーの首を締めた。
◆
少しの間、誰も動かなかった。気が遠くなりかけていたが、メリーは自分がどういうことをされているのかわかっていた――体じゅうに木の根が巻き付いて、首からそれが体の中に入った。恐ろしくて吐きそうだった。木の根は巻き付いているだけではなく、手や足の表面で、脇の下で、横腹でへそのあたりで、もぞもぞと蠢いていた。
「なんのつもりだ」
藍は抑えてはいるが、怒っているようだった。パチュリーは落ち着いていた。
「見たままよ。娘の命が惜しければ、薬を飲みなさい」
「賢者とは思えないほどの、短絡的な手段だな。私はお前を買いかぶっていたようだよ」
「何とでも言いなさい。そのために連れてきたのよ」
本気なところを見せてあげようかしら、とパチュリーが言うと、メリーのへその穴から、木の根がもう一本メリーの体内に入った。体の中を引っ掻き回される苦痛に、メリーは叫び声をあげた。広い和室の中にメリーの声が響いて溶けていった。藍の尻尾が太くなり、ぶるぶると震えた。
「魔女。お前を殺すぞ」
「やめときなさい。あなたが何をしようが、私がメリーを殺すほうが早いわ――ご主人様はどうするの。娘なんでしょ? これまでのように、見殺しにするのかしら」
「藍」
激昂しかけた藍を押し留めて、紫が静かに進み出てきた。とてもゆっくりした動きだったので、パチュリーは少し、じれったくなってしまった。藍とパチュリーの、真ん中辺りまで来ると、紫は立ち止まった。
「何をすればいいのかしら」
「聞いてなかったの? この薬を飲みなさい」
パチュリーは手を伸ばして、紫に薬の入った瓶を渡した。瓶の蓋を開けると、むわっとした嫌なにおいが襲いかかってきて、紫は顔をしかめた。全部飲むの、と訊く。ひとさじだけでいいわ。必ず、変化が起こるはずよ。
紫は手のひらに、瓶の中身を少しあけた。さらさらしていて、息を吹きかければ飛んで行きそうだった。粉を見つめたまま、紫はパチュリーに尋ねた。
「ねえ、魔女さん」
「何よ。時間稼ぎなら無駄なことよ。ますますあなたたちは不利になるばかりで――」
「病気というけど、私がどういう病気だか知っているのかしら」
「……知ってるわ」
紫がうさんくさげな目で、パチュリーを見た。パチュリーは胸をはってこたえた。
「寿命よ」
紫は目を見開いた。ちょっと驚いたようだった。
「あら、さすが」
「あなたみたいな反則妖怪が、ただの病気にかかるわけがない。どれだけ生きたかは知らないけど、もう限界なんだわ。
それであなたは、子孫を残そうとした。そこの藍を利用してね。けれど、出来損ないしか生まれなかった。
だから殺した。自分の娘を、殺しつづけた。私にはそれが許せない。
そして今度は、このメリーと、その――藍のお腹の赤ちゃんをおいて、死んでしまおうとしている。
呆れるわ。無責任とかいい加減とか、そういう種類じゃない。どれだけ生きたとしても、幻想郷なんて、こんなご大層な箱庭を作ったとしても、頭の中身は幼稚なままなのね。倫理のない妖怪など所詮そんなものか。
さあ、その薬を飲んで、寿命を延ばせ。やってきたことに値するだけの生を、あなたには生きてもらうわ」
「お前になどわかるものか」
我慢しきれず、藍が口を挟んだ。
「紫様が、私たちがどんな気持ちで、幻想郷を維持してきたか。
こんな世界がなければ、紫様はとっくに――」
「藍。お腹にさわるわ」
紫はじっと、手のひらの薬を見ていた。茶色くてところどころが真っ黒くて、苦そうで、体に悪そうだった。
でも、きっとほんとうに寿命を延ばす効果があるのだろう。おそらく、普通では手に入らないような希少な材料を、これでもかと投入しているはずだ。竹林の賢者にはかなわないだろうが、図書館の魔女は薬の精製にも造詣が深いと見える。
紫の目から見ても、この若い魔女は才能にあふれていて、良きにつけ悪しきにつけ、周囲への影響力があった。長生きすれば、もしかすると自分よりも頭がよくなるかもしれない。
しかし、今の段階では、多少から回りしているようだった。
「あの、糖衣でくるんでくださるかしら。昔から、苦いお薬は苦手でして」
「冗談言ってると、取り返しのつかないことになるわよ」
「取り返しの付かない、ね。私はずっと前からそうだわ」
手のひらに薬を載せたまま、紫はぎゅっと、手のひらを握った。開いたときには、先ほどまでの粉薬はなくなっていて、代わりに植物の切れっ端や、ばらばらになった虫や小さな動物の手足、鉱物や、赤黒い肉片が手のひらの上に散らばっていた。紫はもう片方の手で、肉片をつまみあげた。血が垂れて落ちてきそうなくらい生々しく、鼻につくにおいがした。
「ははあ。蓬莱人の肝ね。月人があなたの手に負えるとは思わないから、おそらく妹紅か」
と言うと、紫はもう一度手を握りしめた。再び開いたときには、糖衣にくるまれた、いくつかの錠剤ができあがっていた。
「これなら飲めそうですわ」
「……じゃあ、早く飲みなさい。水がほしいなら、そこにあるわよ」
「でもねえ」
「今度は何よ。言っておくけど、食前・食後は関係ないわよ」
「魔女さん、メリーを放してあげて。いくらなんでも、愛娘が囚われたままでは、飲む気をなくすわ」
「我慢しなさい。こうでもしないと、あなたは何をするかわからない」
「あなたは私たちが、娘を殺しつづけてきた、と言った。であれば、メリーを人質に取る効果があるのかしら。
そんな子、たとえ殺されちゃったとして、こちらの手間がはぶけるだけ……とは思わないのかしら」
「理由はわからないけど」
パチュリーは一度、言葉を切った。証拠が不十分なままに動いていることはわかっていたが、なにしろ時間がなかった。
それもこれも、はじめから自分に話をもってこなかった魔理沙のせいである。あとでエロい拷問をしよう。と考えてからまたつづけた。
「今、あなたたちはメリーを死なせたくないと考えている。たとえ最終的に……命を奪うにしても、私のような部外者にやられるのは我慢できないでしょう。自分たちで手にかけたいと望んでいるはずだわ。どう、ちがう?」
「ご明察」
そう言うと、紫は薬を一粒つまみ上げて、口に含んだ。口の中で、少しの間飴を舐めるようにころころと転がしたあと、ごくんと飲み込んだ。
(五)
何も起きなかった。薬が胃の中で溶ければすぐに、寿命を伸ばすための体組成の造り替えがはじまり、それに伴う眠りに陥るはずだった。しかし目の前の紫は飲む前と少しも変わらない、平然とした様子を見せている。パチュリーは戸惑ってしまった。
「さあ飲んだので、メリーを放して頂戴」
パチュリーは迷った。八雲紫は何の能力も使わず、言われたとおりに素直に薬を飲み込んでいた。糖衣でくるんだから、吸収に時間がかかっているのかもしれない。こちらの要求は通った。だから、これ以上メリーを縛り付けている理由はない。しかし今開放してしまったら、即座に殺されそうだった――八雲藍が、見たことのないほど凶暴な目をして、パチュリーを見据えていた。攻撃にしても離脱にしても、すべての動きを見逃してはくれないだろう。
逡巡したあと、パチュリーはスペルを解除した。呼び出したときよりは多少ゆるやかな速度で、木の根がメリーの体から離れて畳や柱に戻っていく。
これ以上はルール違反だ。パチュリーはそう思った。
メリーがゆっくりと、畳に降ろされる。まだ、二三本の根が絡み付いていた。それが離れきらないうちに、
「藍。霊夢が来るわよ。萃香が教えてくれた」
と、藍のほうを振り向いて、紫が声をかけた。短く、緊張感を含んだ声だった。
藍が驚いて、紫に近寄ったときだった。
白玉楼の屋根を貫いて、紅い槍がパチュリーと紫の真ん中の畳に突き刺さった。全員が驚いて、上を見た。屋根に開いた穴から、どさどさと、何か大きなものがいくつか落ちてきた。人型をしていた。アリスと、早苗と、妖夢と、橙だった。全員がどこかしら傷をこさえて、目を回して気絶している。
上のほうから声が聞こえた。
「『神槍――」
レミリア・スカーレットが、冥界の空に浮いて、白玉楼を見下ろしていた。両手を体の脇において、手の指を開いて構えている。その指の間から生えるように、レミリアの身長の何倍もの大きさの紅い槍が計八本浮かんでいた。
「――スピア・ザ・グンニグル』! の千本刺し!」
腕を振り、槍を眼下の白玉楼目がけて投げつけた。それを追うように、投げた槍の何十倍もの槍が新たにレミリアの背面に浮かんで、次々と飛んでいった。あっという間に、白玉楼は穴だらけになった。レミリアはそれを見て、得意そうにしている。
フランドールと、ヘルメス・スカーレットは対照的に、不満そうな顔をしていた。
「お姉さま。私もやりたい」
「私もやりたい。おかあさま」
「ダメよ。あなたたちじゃあ、加減が効かないでしょう。パチェまで死んじゃったらどうするの。ここは素直に、お姉――おか――おかねえさまに、任せなさい。やりすぎは禁物なのよ」
「じゅうぶんぼろぼろに見えるけどなあ……あっ、パチュリー。あそこにいるよ」
「どれどれ」
チーズみたいに穴だらけになった屋根を通して、下の部屋が見えた。パチュリーがへたりこんで、けほけほ、こひゅーこひゅー呼吸をしていた。刺激が強かったかもしれない。同じ部屋に、先ほど放り込んだアリス、早苗、妖夢、橙の面々がいた。まだ気絶している。
隣の部屋には幽々子がいた。寝ていて今起きたみたいに、横になった体を腕で半分持ち上げて、片手で目をこすりながら、あたりをきょろきょろ見回している。二つ折りになった座布団が近くにあるところをみると、それを枕にしていたのだろう。
他は――探している途中で、横から声がした。
「レミリアじゃないですか。紫様」
「……冥界のスラングでは、"レミリア"のことを"霊夢"と……」
「言わないです」
八雲紫と八雲藍が、レミリアたちのすぐそばにふわふわ浮いていた。ヘルメスが、あっ、と声を出した。藍と紫が、同時にうん、とうなずく。
「紅」
「ひさしぶりねえ。良い子にしてたかしら?」
「はい。紅はずっと良い子です。おかあさま、おばあさま」
「ぐっ、やっぱり慣れないわ、その呼称」
「我慢してください。事実なんだからしかたないでしょう。
レミリア、紅を送ってきてくれたのかい?」
「……冗談」
頬をぽりぽり掻きながら、レミリアはこたえた。
狐の腹が大きかった。それはレミリアにはわかっていたことだ。しかし、細かいところだが、他にも違和感があった。八雲紫がいつものようにスキマに乗らず、その身ひとつで浮いている。
しかしそれは口に出さすに、レミリアは用件を述べた。
「パチェを迎えに来たんだよ。先に言っとくけど、私はお前らの家庭事情なんか知ったこっちゃないからな。
それからこの子は紅じゃない。ヘルメス。ヘルメス・スカーレット。それが名前だ」
紫と藍は顔を見合わせた。それから向き直って、ふたり同時に「ヘルメス……」とこぼした。
「何だ。何か文句あるのか」
「可愛くないですわ」
「もっと、女の子っぽい名前をつけてあげてくれ。かわいそうだ」
「やかましい。私のセンスにケチをつける気か」
「そうよ! お姉さまのフィーリングはナウくて、ばっちぐーよ。お姉さまのつける名前がださいなんて、冗談はよしこちゃん」
「ありがとう、フラン」
「でも、ヘルメスだったら、ルシファーか、ラブ☆デストロイヤーがよかった」
「フラン、それはださいわ」
「変わらん。紅はどれがいいのかな」
「紅がいいです」
「こらぁ!」
レミリアが娘を叱りつけた。あなたは悪魔の子なんだから、横文字に誇りを持ちなさいとかなんとか。フランドールは姉からださいと言われて泣きそうになっていた。
藍が声をかけた。
「パチュリーなら、下にいるからさっさと連れて帰るといい。まったくひとりよがりで、はた迷惑な魔女だったよ。
紅を連れてきてくれてありがとう。礼を言うよ。迷っていたけど、やっぱり紅も立ち会うべきなんだろう。
レミリア。私の子の、もうひとりの母親。お前が連れてきたということは、これも運命絡みなんだろうな」
「戯けた口をきくな」
レミリアは妹に目を向けた。フランドールが、こくん、とうなずく。
「勝手に私の娘を産んだあげく、ほっぽりだしやがって。おかげで魔理沙なんかに拾われてしまったんじゃないか。
今日はそのお礼もかねて来たんだよ。おかあさまと、おばさまの愛の怒りをくらえ」
「お姉さま、私、その呼ばれかた嫌いよ!」
レレレレレレレレLævateinnンンンンンンン……と声が鳴り響いた。巨大な炎の剣が出現し、紫と藍をなぎ払った。
空中でなければ、白玉楼どころか周りの雪原のほとんどを焼き尽くしてしまっただろう。それほど大きく、熱量のある炎だった。剣が通ったところから、隕石ほどの大きさの火の粉がばらばらと飛び散る。下の雪に落ちると、厚く積もっていた雪を一瞬で溶かして、地面を露出させ、その地面を深く穿っていった。白玉楼の雪も溶けて家屋が燃え出した。
剣の間合いからわずかに離れた場所に出現した藍は、嫌そうに顔をしかめた。紫を守るように前に立ちはだかる。空間を渡って回避したが、直撃していれば自分たちだって無傷ではいられないだろう。悪魔の妹とやり合うのは、夏の夜にもう済ませていた。二度やりたいとは思わなかった。
「まだまだ行っくよー」
フランドールは四体に分裂していた。
分身のひとつひとつが、片手でカードを掲げている。少しずつ時間を開けて、四体が四体とも、同じスペルカードを発動させた。
「禁弾! 『スタ『スター『ター『―ボウブレイク』レイク』イク』ク』!!!!」
四分身による時間差スペル連撃が、空間を埋め尽くし、どしゃぶりの雨のように継ぎ目なく藍と紫に降り注いだ。避ける隙間はどこにもなかった。藍は結界を展開して弾幕を防いだが、ひとつひとつの弾が生半可な結界なら一撃で吹き飛ばしてしまうほどの力を持っている。すぐに持ちこたえられなくなりそうだった。
「おおおお姉さままま。ここここれでいいんでしょおおおお」
「いっぺんにしゃべらないの。聞き取りにくい。代表だけしゃべりなさい」
「お姉さま、これでいいんでしょ?」
「そうね。あなたのほんとうの力は、過程すっとばして爆殺だからね。教育にはそぐわないわ。
じっくり料理してやりなさい。好みの相手はもがき苦しませてから殺すのよ。それが悪魔の狩り。Please understand my feelings」
「さすがお姉さま、さでずむの権化だ」
「もっとも、ここにはあなたの他にも、問答無用の能力持ちがいるんだけどね……」
「あ」
ヘルメス・スカーレットもしくは、八雲紅が声をあげた。ネオンのように光る優美な蝶が、下からたくさん飛んできて、フランドールの弾をひとつひとつ相殺していった。フランドールの四分身弾幕にも負けないくらいの密度で、あまり狙いが付けられていないらしく、弾幕やレミリアたちのほかに、藍の結界にもその蝶は当たってしまっていた。
蝶が過ぎ去ると、雨が晴れるように空間から弾幕がなくなった。西行寺幽々子が下からふよふよと飛んできて、藍と紫の前に陣取った。
レミリアは嫌そうな顔をした。苦手な相手だった。
「出たな地縛霊。あいかわらずのばらまき弾幕だ」
自分の家が穴だらけにされ、レーヴァテインの炎で燃えていたが――幽々子はまったく気にしていない様子で、顎の下に手を持っていき、手首から先を下に垂らす格好をした。
「おばけだぞ~」
「幽々子さま、おひさしゅうです」
「あら、紅ちゃん。大きくなったわね」
「えっへん。それほど変わっていません」
「あら、そう」
「気の抜ける会話はやめなさい」
レミリアがつっこんだ。幽々子は藍と紫を見た。結界を解いて、藍がお腹と紫を守るように、背中を向けて、尻尾をこちらに見せていた。背中のいたるところに焼け焦げがあって、ふさふさの尻尾に、少し傷がついていた。幽々子はめずらしく、眉根に皺を寄せて、レミリアに向き直った。
「まったく、作法を知らない子が多いわ。妊婦と病人に手荒な真似をするなんて、道徳を知らないのね」
「ああ悪魔だからな。で、お前は何だ、亡霊嬢。友人を守ってやり合う気か。だったらまとめて教育してやるが」
「話の流れを読みなさい」
「お前にだけは言われたくないが……」
「リーチ後木の葉が舞えば木の葉に、雪が降ったなら白狐にでも化けるまで」
「だからさぁ」
「まあ、忍法みたいなものよ、レミリアちゃん」
雪が降ってきた。はじめはちらほらと、ひとひらふたひらの雪が見えただけだったが、すぐに数を増して、大吹雪になった。ものすごく寒くなって、レミリアたちは身を寄せ合った。真ん中に紅、レミリアは紅を抱きしめ、それを四人のフランドールが囲って外側から体を押し付けあう。荒れ狂う吹雪の真っ白な雪で、たちまち前が見えなくなった。吸血鬼は寒さに弱い。レミリアもフランドールも、紅も、がたがたと震えた。そのうちレミリアが、我慢できなくなった。
「くっ……くぉんのぉーーーー!!!」
周りからぎゅうぎゅう押し付けられて、窮屈な体をもぞもぞさせてスペルカードを取り出す。
「紅符『ブラッディマジックスクウェア』!!!」
紅い弾幕がレミリアから周りの全方向に飛び出した。幾何学模様に展開していくそれは、飛び出てから少しの間だけ空中にとどまり、雪を蒸発させ、それから四方八方に散っていく。次々と射出される弾幕が、周りを白一色から、紅一色に染め替えた。
「さらに! 紅魔『スカーレットデビル』!!!」
レミリアを中心として、巨大な紅い十字架が立った。吹雪の中心を吹き飛ばすような圧力で、十字架は一定時間存在し続け、触れるものすべてを蒸発させていった。スペルカードの発動時間が過ぎるころ、吹雪は止んで、見通しが良くなっていた。幽々子たちは消えていて、あとには、焼け焦げたフランドールと紅を片手にひとりずつ持つレミリアだけが残された。
「どこ行ったのかしら」
「お姉さま、死ね」
「おかあさま、ひどい」
「あは、あはははは……この恨みは、あいつらで晴らしましょうね。何十倍にもして。
ヘルメス、あいつらがどこ行ったか、わかる?」
「んー……」
紅のほうがいいんだけどな、と思いながら女の子は気配を探った。境界の気配というべきもので、限られたものしか扱えないもののはずだった。――八雲の名を持つもの以外には、誰も。
けれど、異変のときに出会った、人間のお姉さんが、この力を使えていた。蓮子という名前だった。自分たち以外に、そういうものがいるとは思っていなかったから、顔には出さなかったが、紅はそうとう驚いたのだった。
そして今、もうひとり、その力を持っているものが見つかった。
「――あれ」
紅が眼下の、白玉楼を指さした。吹雪で火は消えていた。子どものような顔をしてこちらを見上げているパチュリーの横に、パジャマ姿の女の子が眠っていた。レミリアとフランドールは顔を見合わせると、ひとまずそこに降りた。
(六)
隙間を抜けると、見渡すかぎりの雪原だった。霊夢は身震いをして、主にむき出しの腋を両手で抱きしめた。やはり、どう考えてもデザインがおかしい。こんな服を考えつくのは、変態か、真の天才だけである。
にとりも寒さには弱いようで、うひーとか言いながら、リュックから防寒具を出して着こみはじめた。何よそれ、何でそんなの持ってるのよ、私にも貸しなさいよ、と言うと、こんなこともあろうかと、こんなこともあろうかと、と二度繰り返して言ってものすごく良い顔をした。で、一着しかないからだめだ、とのことだった。
しかたないので、とにかく飛んであたりを見回してここがどこなのか確かめていると、頭の真上に隙間が開いて、蓮子と魔理沙が降ってきた。
「ごげぶッ」
頭から潰される格好になって、霊夢は呻いた。墜落しそうになって、なんとか持ち直した。蓮子と魔理沙が下に落ちていく。慌てて追いかけて、雪に覆われた地面にぶつかる直前で捕まえた。
雪原に降ろす。蓮子がはぁはぁ、荒い息を吐いていた。真っ青になっていて、寒さや落下の恐怖から来るものだけではなさそうだった。ここに来る前に、何か途方もない出来事があったのかと思った。だいたいなぜかノーパンだった。
魔理沙はぴくりとも動かず、体から完全に力が抜けていて、気絶しているようだった。
話を訊く。
「どっから出てくんのよ。危ないでしょうか。で、ここどこよ」
「霊夢。魔理沙が、魔理沙が」
「魔理沙ならここにいるわよ。いい気な顔して、お休みよ」
「魔理沙が死んじゃった」
「はァん?」
魔理沙を見た。いつも、寝ているときでも生気があふれているような生意気な顔が、血の気を失っていた。抱きかかえる。体温がとても低く、周りの雪よりも冷たく感じた。首が据わらず、動かすと、そのままだらんと垂れ下がってしまった。
「はァん?」
心臓が凍りつきそうだった。そんな馬鹿な、という思いが頭を占領して、他に何も考えられなくなってしまった。光が雪に反射して、まぶしいくらいのはずなのに、目の前が暗くなってきて、何も見えなくなりそうだった。
「あわてんな」
にとりが霊夢を押しのけて、魔理沙を抱え込んだ。かっとして、殴ってしまうところだった。けれどにとりが、魔理沙の鼻の下に指をやったり、まぶたを開いて瞳孔を確かめたりしているのがわかったので、なんとか衝動を押さえ込んだ。自分よりも、そういうことに詳しいのだろう。うまく呼吸ができなくって、倒れそうだった。情けなくって、涙が出そうだった。
「仮死状態だ。早く蘇生させないと、やばい」
にとりが言った。遠のきかけた意識を、霊夢はなんとかつなぎ止めた。
◆
霊夢が蓮子を、にとりが魔理沙をそれぞれおぶって飛んで、白玉楼を目指した。幽々子がこれをやった。そう聞いただけで、霊夢は腸が煮えくり返るような気持ちだった。しかし、魔理沙にも腹を立てていた。そういう奴だとは知っていたけど、自分を置いて行くからこんなことになるのだ。
蓮子の話だと、白玉楼には藍がいた。きっと紫もいるだろう。なんだかごちゃごちゃしているが、間違いなく主犯はあいつなのだ。どのようにしてくれようか。
飛んでいるとだんだんに、先ほどこぼれそうになった涙が乾いていった。けれどまたすぐに、じわじわ目の中から出てきた。何もかも許せなかった。いろいろと決意をしたあとに、すぐにこんなことになるなんて、冗談にしても笑えなすぎる。
勘によると、真っ直ぐ白玉楼に向かっている。心は千々に乱れていたが、なぜだか確信があった。
飛んでいく方向で、紅い、大きな十字架が突然空中にそびえ立ったのが見えた。あれだ。霊夢は速度を上げた。にとりは背中の魔理沙に注意しながら、その後を追いかけた。魔理沙を背負うために、リュックを体の前のほうに回していたから、バランスが崩れて飛びにくかったけど、精一杯に速く飛んだ。にとりも霊夢に負けず劣らず、焦っていた。心臓が早鐘を打って、破れてしまいそうだった。
白玉楼の上空まで来ると、屋根にいくつも大穴が開いていて、火事があったのか半分ほど燃えていて、立派な日本家屋が見る影もないほどぼろぼろになっていた。穴のひとつから下の部屋が見えて、レミリアとパチュリーと、フランドール、魔理沙が連れていた女の子、それからアリスや早苗がいるのが見えた。もうひとり、見たことのない女の子がいた。髪の毛や顔立ちが紫にそっくりだったので、その子がにとりの言っていたメリーなんだと知れた。メリーとアリスと早苗は畳に寝転がっていて、気を失っているようだった。霊夢とにとりは穴を通ってそこに降りた。にとりがパチュリーを睨みつけた。
「クソ魔女」
「……レミィ、親友でしょ。私を守って」
「自分のおけつは自分で拭きなさいよ。私に相談しないで行くから、こんなことになるのよ」
「あっ、こんなところに妹様の詳細な身体測定データが」
「親友に仇なすものはこの悪魔王レミリアが全力で排除する。かかってこい」
「幽々子どこよ」
荒い息を吐きながら、霊夢が尋ねた。寒かったし、自分の限界を越えるような速度で飛んだから、疲れていた。魔理沙を見る。にとりの背中で、先ほどとまったく変わらず、寝ているようにも、死んでいるようにも見えた。
時間がない、とにとりが言った。
「クソ魔女、あんたの始末はおあずけだ。魔理沙がやばい。あんたなら、適切な処置ができるだろう。……早くして、お願い!」
「何だかわからないけど」
事態に気づいて、パチュリーも焦ったようだった。魔理沙を畳に降ろして、脈を確かめたり、魔力を通して、生体反応を診たりした。少しずつ、顔が青くなっていった。霊夢もにとりも、レミリアも、起きているものの全員が、その様子をやきもきしながら見つめていた。
「死を押し付けられている」
パチュリーがしゃべった。いつもよりも早口で、余裕が無いのが誰にもわかった。それからふと、あ、と声を漏らした。一人勝手に、こくんとうなずく。どういうこと、と霊夢が訊いた。
「あの亡霊の能力よ。生物に問答無用で死を押し付ける――生命を奪うのではない。事実としての"死"を、個体の上に顕現させ、状態を書き換えてしまう。とても強い、決定的な力……」
「でも、魔理沙はまだ生きてる!」
「ええ。それがこの泥棒鼠の偉いところね」
ふぅ、と息を吐き、魔女は一度、深呼吸をした。それから魔理沙の服をあちこちまさぐって、スカートのポケットから、丸い玉をひとつ取り出し、魔理沙の胸の上に置いた。心臓のある位置だった。
「見覚えないかしら」
「あ」
霊夢はそれを、まじまじと見つめた。よく見ると、丸い玉はひび割れて、多少欠けていた。自分の陰陽玉だった。
「霊夢。あなたの霊力が、これに少しだけ宿っている。何かに使うつもりだったのか、魔理沙の魔力も通っていて、アレンジされて正体不明のお守りみたいになってるわ。おそらくこれが、死を多少逸らして、魔理沙の命をつなぎ止めたのね。あげたの?」
「この前パクられたの……」
「そうでしょうね。まったく、呆れるわ。呆れて呆れて、言葉もないから……何も言わないわ」
力を失っている魔理沙の手を、パチュリーはぎゅっと握った。かすかな微笑が顔に浮かび上がって、抑えようとしても抑えきれないみたいだった。霊夢も同じように、笑ってしまいそうになったが、けれどまだ安心できないのだと思い直すと、パチュリーに詰め寄った。
「それで、どうすればいいの」
「大丈夫よ。レミィ、そこに転がっている薬を取って」
「え、どれ?」
「それよ。その畳の上に転がっている茶色い粒……そう、それ。八雲紫が固めたものだけど、都合いいから使ってしまいましょう」
レミリアがパチュリーに、小さな粒状の薬を手渡した。茶色くて、いかにも不味そうだった。これは蓬莱の薬の一種、とパチュリーが説明した。
「妹紅の肝や、他いろいろな材料を私が調合して、薬の形にしたものよ。こんなこともあろうかと、作っておいてよかったわ。こんなこともあろうかと」
「ちょ、ちょっと、大丈夫なのそれ。蓬莱の薬って、不老不死になっちゃうんじゃ……」
「そのへんは調整してあるわ。本来は単純に、寿命を多少伸ばすだけの効果だけど……今の魔理沙に使えば、一度だけ死を撥ねのけることができるはず。妹紅みたいにね」
パチュリーはフランドールに命じて、離れた場所にあった水差しを持ってこさせた。
「では、私が魔理沙にこれを飲ませます。く、口移しで」
「待てい」
霊夢はパチュリーをぶん殴った。
◆
霊夢とパチュリーがじゃんけんをした。霊夢が勝った。パチュリーは泣いて悔しがった。
私もやるー、とフランドールが喚いたが、姉に諭されて、うーうー言いながらも諦めた。にとりはその様子を、呆れたような、けれどにやにや笑いが止まらないような、複雑な気持ちで見ていた。
魔理沙は幸せ者だなあ。モテモテだなあ。アリスが起きてたら、さらにややこしいことになるんだろうなあ。にとりはそう思った。
にとりも、魔理沙のことが好きだった。もちろん友達としてだけど。やかましくて、傍若無人で、やおい好きで、困った奴だけど、いっしょにいると楽しいし、自分の技術や発明に興味を持っていて、ときどき協力してくれる。にとりのほうでも魔理沙の魔法や技術に惹かれるところがあって、ふたりはお互いに認めあっていた。きっと魔理沙は、他の誰に対してもそんな調子なんだろう。
基本的に迷惑極まりないけれど、どこか根っこのところで、相手を尊重している節があるから、こちらのほうでもなんとなく信頼してしまうのだ。
魔理沙は真面目で、真っ直ぐな人間だ。ひねくれているように見えるが、その実ものすごく地道な努力を着実につづけていて、結果として博麗の巫女や、そうそうたる大妖怪とも対等に話せるだけの個性を身につけている。人間という、どうしようもなく弱い生き物でありながら、異変をいくつも解決し、いつの間にか人里では英雄と呼ばれるまでになった。
身の程を知らないという意味では、ある意味チルノ並みの馬鹿だ。けれどにとりは、そんな魔理沙がうらやましくって、ちょっとだけあこがれていた。
気絶しているメリーを気遣いながら、にとりはそんなことを考えた。メリーはすやすや眠っているようだった。とくに外傷もなかったので、安心した。パチュリーを睨む。魔女はばっと目を逸らした。
メリーの髪を、誰かが触った。手の先を見ると、蓮子だった。蓮子とは以前の宴会で会ったきりで、外の人間ということだけしか知らなかったが、メリーを見るその目には、驚きと、その他に何か特別な感情があるように見えた。このふたりには、何か、関係があるんだろうか? 今のこの場が落ち着いたら、訊いてみようと思った。それにしても。
「蓮子、何でパンツはいてないの?」
「いやこれは……」
蓮子は口ごもった。蓮子の反対側で、八雲紅が、メリーの手を握っている。
魔理沙と霊夢に注意を戻すと、霊夢が魔理沙の上に屈み込んで、口をつけているところだった。唇と唇が触れ合って、どちらの唇もとてもやわらかそうだった。その部分だけが、別の、すごくいやらしい生き物のように見えた。何だかいけない場面を見ているような気分になった。
真っ赤になりながら、口を離して、霊夢が身を起こした。すぐに、魔理沙の体がびくんびくん、と波打って、顔や手足の血色が良くなってきた。にとりの目には、魔理沙のお腹に何か光のようなものが集まって、それが今まで張り付いてたゆたっていた、暗い不吉な力場を、撥ねのけていくように見えた。魔理沙が鼻から息を吸う音が聞こえた。すぐに吐き出した。大きな音で、周りにいるものすべてをほっとさせるような音だった。
ほどなくして、魔理沙は目覚めた。起き上がると、霊夢を見て、目をぱちくりさせた。
「おお。Good morning」
「馬鹿。馬鹿。ばーか」
霊夢は魔理沙をぶん殴った。それからこらえきれずに、泣き出してしまった。
(七)
私は桜の下にいる。幽々子が死んだ桜の下だ。
西行妖と呼ばれるこの桜は、その名の通り妖怪桜で、人を死に誘う能力を持つ。
幽々子と同じだ。幽々子はこの桜の下で自害した。
だから私も、そうするだろう。
藍が、お茶を淹れてくれる。寒いし、もうすぐ赤子を産むのだから、無理しなくても良いのに「妖獣だからこのくらい平気です」と言って、淹れてくれる。
ありがたい。頭がさがる。
私はもう、あまり動けない。体の中になんにも力がないのだ。ほとんどすべてを、藍に譲り渡してしまった。
桜の木に雪が積もっている。私たちはその桜の下の雪の上に敷物を敷いて座っている。空は晴れている。白い雪の上に赤い敷物なので、とても派手だ。けれどこの赤さが、やがて流れる私の血を目立たなくしてくれるだろう。
ほんとうなら、春に死ねればよかった。けれど、うまくいかなかった。こんなところでも、私はうまくやれなかったのだ。
幽々子が雪を降らせてくれた。軽い雪だから、風が吹くと、木の枝から雪がはなれて、ひらひらと舞う。桜の花びらみたいに見えるでしょう、と幽々子が言う。それを聞いて、私は笑う。ほんとうなら、私が、あなたに見せてあげたい景色だった。桜の花の下で、扇を手に持ち、舞う幽々子を、私が見ている。そのうち我慢できなくなって、私も踊る。幽々子が生きていた間に、そうしたことがある。ずっと覚えていることだ。
私は桜の木によりかかっている。眠ってしまいそうになる。ついさっきまで眠っていたのに。寒いから体が勘違いして冬眠しようとしているのでもあるし、今にも死んでしまいそうなほど力がないからでもある。橙が私を見ている。心配そうに見ているので、安心しなさい、まだ大丈夫よ、と笑って元気づけてやった。なのに逆に、橙は泣きそうになってしまった。
幽々子がいる。藍がいる。橙も、妖夢もいる。妖夢はこの場所を用意したあと、正座して、ずっと向こうの白玉楼の方を注意して見張りつづけている。なにひとつ見逃さないように、目と感覚を研ぎ澄ませて、お得意の、侍の気持ちになって見ているのだろう。おかしくなった。
妖夢は冥界の入り口で、アリスと早苗さんと戦っていて、激戦で疲れていたときにあの吸血鬼たちが突然突っ込んできて、驚いている隙にめちゃくちゃな力で三人まとめてのされてしまったのだそうだ。ここへ運んできて、起こすと、この世の終わりみたいな顔をして口惜しがっていた。幽々子がそれを、いつもどおり、慰めてるんだか苛めてるんだかわからない調子でからかう。そうすると、いつもどおり、妖夢は切腹寸前まで落ち込んでしまう。
橙も同じようなものだ。張り切って、白玉楼の外で見張りを務めていたが、あっさりと吸血鬼にやられた。まあ、相手が悪い。しかたのないことだ。
橙はまだまだ幼い。私が藍を拾ったときと、同じくらいの幼さなのだ。これからいろいろと身につけていけばいい……私がそれを監督できないことは、それこそしかたがないけれど、残念だった。
もうすぐ霊夢がやってくる。魔理沙と、それから、私の娘もやってくるだろう。私の最後の娘。マエリベリー・ハーン。最後の機会で、やっと私は、満足いく娘を持てたのかもしれない。それ以前の娘は、死なせてしまうか、気が狂っていたので……私の狂気が娘に遺伝したのだ
だから……
私はずっと、反省していた。ずっと、ずうっとだ。藍には、かわいそうなことをしてしまった。こんな私が主人で、ほんとうに藍は運が悪かった。
そう言うと、藍は真顔で
「そんなことはありません」
と言ってくれる。うれしかった。
妖夢が背中の刀に手をやった。幽々子が妖夢を止めた。
私の娘がやってきたのだ。
そう言うと、
「メリーは紫様の姉妹です」
と藍が言った。
何がなんだかわからなかった。もう、藍のほうが私よりも賢いのだ。
私はもう、何も考える気力がない。
これから先は藍に任せよう。それから、霊夢と。
(八)
雪は止み、空は晴れている。冥界特有の、十二月の空のような、青い背景の表面にうすくミルクを流したような冷たそうな色の空が頭上にあって、その下に他のどこでも見れないほど大きな異形の桜があたりを見下ろして立っている。西行妖だ。
桜の木の下に敷物が敷いてあり、日本風のお茶会の用意がされていた。お茶はすでに飲み終わっているようで、中央で紫が木に背をあずけるような格好でだらしなく座っており、その横に藍と、幽々子がいた。橙は紫を守るような位置でこちらを警戒している。敷物から一歩出た雪の中に妖夢が立ってこちらを睨みつけていて、刀こそ抜いていないものの、ありありと臨戦態勢に入っていた。
ぞろぞろとそこへ向かった。霊夢と魔理沙は、いつか、この桜の下で、幽々子と戦った。その幽々子は、こちらを向きもしない。ただ紫の手の上に手を重ねて、しずしずとさすっている。
紫は笑っていた。笑っていたのだと思う。何かがつっかえて、うまくでてこないような不思議な笑い方で、たぶん表情をつくるのに苦労しているのだろう。
八雲紅がかけ出した。
「おばあさま!」
妖夢は少し、迷ったようだったが、とにかく紅を両手で抱きとめて、後ろへ通さなかった。遅れて霊夢たちが着く。
全員が紫を見た。死にかけているのがわかった。目を疑うような光景だった。
八雲紫の力は誰もがよく知っている。恐ろしいというより、底が知れなかった。とくにレミリアは、幻想郷に移住してきた際に全力を尽くして戦って負けていた。
その八雲紫が、見る影もないほど弱りはてて、今にも死にそうになっている。
紅の次に口を開いたのは、パチュリーだった。
「どうして。どうして薬が効かないの。魔理沙には効いたのに」
紫は口をゆがめて、ああ、あれ、と言った。
「ごめんなさいね。ああいう口から入れるものは、なんであれもう私には効かないのよ。吸収しないの。注射だったら、またちがったかもしれないけど」
「なんでもいいわ」
霊夢が敷物の上にあがった。妖夢が片手を出して、行く手を遮った。無視して進む。妖夢は刀を抜き、後ろから霊夢に斬りつけた。
空中で、レミリアがその手を止めた。
妖夢はおさえていた紅を放して、もう片方の手で腰の白楼剣を抜き、抜き打ちにレミリアを斬った。ぎりぎりで体を引いたレミリアの服が切れた。妖夢、と幽々子が声をかけた。
「乱暴しないで」
「でも、幽々子様」
「いいのよ。来てしまったのだから、しかたないわ。でしょ?」
「ええ」
弱々しく、紫がこたえた。八雲紅は、今度は橙に捕まっていた。暴れていたが、橙のほうが力が強いので、抜け出すことはできなかった。こら、だめ、だめなの、と橙が言う。紅は泣きそうになっていた。その横を、霊夢が通り抜ける。紫の前に立った。霊夢を見る。
「さ。来たわよ」
「そうねえ」
紫の腰帯に扇子が差し込まれている。藍がそれを抜き出して、紫に持たせた。力がないので、手で支えることができずにぽふりと鎖骨のあたりに置くような格好になったけれど、それでも小道具がひとつあるだけで、いつもの紫らしさが紙いちまいぶんくらいは戻ってきたようだった。小さな粒が弾けるように紫は笑った。
「お話ししましょうか。ほんとうは、あなたにこんな姿を見せたくなかった。未練たらしいけど、女心よね」
「お生憎」
「ええ。では、言うけど、私はもうすぐ死にます」
「……うん」
「本来、私に寿命なんてなかったんだけど――この桜の下で、幽々子が死んだとき、私に寿命が生まれた」
幽々子が体を震わせた。妖夢が駆け寄って、背中から幽々子の首に腕を回し、抱きしめた。幽々子の震えが徐々に大きくなり、止まらなくなってしまった。声を殺して泣いているのだ。
「幽々子が死んだとき、私はとても悲しくて、悔しくて……この隙間の能力が、何の役にも立たなかったんだもの。
自分を責めたわ。幽々子は私の、はじめての友達だった。つまらないことをささやきあっては、笑い、仰天し、ときには喧嘩もして、でもまた仲直りをして……とにかく、とっても楽しかったわ。
その幽々子がいなくなったとき、私ははじめて、自分の能力に疑問を持った。この能力は何なのか。何のためにある能力なのか。
どうして私は、この能力を持って生まれてきたのか。
そして――この能力と切り離された自分、というものを想像するようになった」
紫は息をついた。たくさんしゃべって、疲れてしまったのだ。それからメリーを見た。メリーも敷物の上にあがっていて、頬を上気させ、じっと紫を見ていた。ふたりはよく似ていた。メリーはもう、疑っていなかった――自分はこの妖怪の娘なんだ。
少し多めに息を吸って、紫はまた話しはじめた。
「メリー。私の最後の娘」
視線を切って、藍のお腹に目をやる。
「あなたは今、藍のお腹のなかにいる」
(九)
はじめは実験のつもりだったわ。藍に能力を受け渡して、力のない、もうひとりの自分を産ませたら、どうなるのか、と。
私は藍に自分の内臓を食わせた。藍は私の能力を胎で吸収し、肉を材料にして子を孕む。
妊娠自体はうまくいった。私はやきもきしながら出産を見守った。すると、人間が生まれた。意図しないことだったのよ。驚いて、じゅうぶん調べたけど、間違いなく人間だったわ。掛け値なしのね。
それで私は、ああ、やっぱり、この能力なくしては、自分は妖怪ではいられないんだ、と思ったの。
それならそれで良かった。人間として生まれた自分を想像することができたし、そうでなくて妖怪として生まれた自分なら、この能力とも付き合っていくことができるはずだと、そう思ったの。
けれどその娘も、ただの人間ではなかった。齢を重ねるにつれわかったわ。私の娘は、境界を見ることができたし、少しなら隙間や結界をいじることができたの。私と同じようにね。
どういうことかわからなかった。能力は藍に吸収されきれず遺伝して、かといって妖怪の寿命や、肉体の強靭さは受け継がれていない。――今考えれば、そのころから私は、少し狂っていた。私の狂気がそういう娘をつくったのだと思う。
でもね、私は娘が好きだったのよ。ほんとうに。なにせ愛する藍との間に生まれた、はじめての娘なんですもの。
でも、その子は死んでしまった。池で溺れて死んでしまったの。
そう、河童さん。あなたが死体を見つけた、あの池よ。
悲しかった。人間はほんとうに弱いものなんだと、思い知らされた気持ちだったわ――だから、もう一度子どもをつくった。今度は実験じゃなかった。私たちの――私と藍の傷を癒してくれるような、新しい娘がほしかったの。
今度も、人間が生まれた。最初の娘よりも力が強く、そして、成長するに従い少しずつ狂っていった。
新しい娘は、私から受け継いだ力を、大結界の破壊に使おうとしたのよ。何度やめさせても、どうしても言うことを聞かなかった。だから、私は藍に命じて、娘を殺させた。
藍は泣いて悲しんだ。そのとき、気づいたの。
殺した娘の能力が、藍に吸収されていた。
それで、私は考えたのよ――もうひとりの、能力のない自分がつくれないにしても、こうして何度も子どもを産んで、そして殺していけば、いつか私は藍にすべての能力を渡して、消えさってしまうことができる。
そうよ、アリス。お母さんは元気?
またいつかみたいに、神綺ちゃんとふたりでお買い物をしたかったものだけど……うまくいかないわね。申し訳ないけれど、よろしく言っておいてほしいわ。
そうよ、アリス。私はつまるところ、自分の能力を否定するようになっていたの。
それは妖怪としての自殺に他ならない。
私はそれから何度も子どもをつくった。そのたびに私の力は削られて、藍に引き継がれていった。途中からは、もうひとりの自分がほしいのか、藍と私の子どもがほしいのか、それとも藍に能力を渡すことが目的なのか……自分でもわからなくなっちゃった。でも、やめられなかった。何度も何度も私たちは子どもをつくり、けれどもみんな、死ぬか殺すかしてしまって……ああ、もう。
だからね、私は狂っている。勝手に死ねれば良いと、何度思ったか知れないわ。けれど、幻想郷をこのままの姿で維持するためには、どうしても私か、私の力をすべて受け継いだ、藍が必要だった。
皆さん、安心して頂戴。藍は絶対に、私以上に良い仕事をするでしょう。
ごめんなさいね。メリーのことを話すつもりだったのに、そこまで口が回らなかったわ。いかんせん死にかけてるから……。
メリー、あなたは私の最後の娘です。人間のご両親は、いい名前をつけてくれたわね。とってもかわいいわ。それにすごく美人で、性格も良い。ちょっととぼけているところが、萌え萌えきゅんよ。私に似て魔性の女ね。
ああ、はい、藍にも似てますわ。
メリーは今、藍のお腹のなかにいる。もうすぐ出産よ。藍はあなたを、外の世界に送り届ける。
幻想郷と外の世界は時間がずれているから、たぶん、あなたの感覚で言うと十五年前に送られるのね。もう少し大人になったあなたが、こちらへ来たこともあるのよ。今よりも以前にね。
ええ、そうよ。殺さないわ。
未来のあなたは外の世界で、幸せに生きているわ。そこの蓮子さんと。
あなたにも境界の能力は受け継がれている。どのように使うのか、それは自由だけど、願わくは能力にふりまわされないようにしてほしいわ。私みたいになっちゃ、だーめよ。お母さんとの約束です。
さて、私はもう疲れてしまった。何をするのも、おっくうなの。あとのことは藍に任せます。
さて、ほかに聞きたいこと、あるかしら。では、最後にひとつだけ。
橙。あなたに、八雲の姓を授けます。これからも藍を助けてあげてね。
あら、そうかしこまることもないわよ。藍があなたくらいのときは、そりゃあもう未熟者でねえ……料理ひとつまともに作れなかったわ。今のあなたよりも泣き虫で、ひとり暮らしなんかとてもさせてやれなかった。ほんとうに私にべったりで、私が眠りすぎると、さみしいと言って怒るの。次の日には同じ布団で眠るのよ。
だからね……あなたはもっと藍に甘えなさい。たっぷり愛情を受け取って、ちょっとずつ大きくなりなさい。それがおばあちゃんからの、最後の助言よ。
じゃ、藍、あとはよろしくね。
それから……うん。おこがましいけど、これだけは言わせてほしい。
幸せにね。みんなもそうよ。
(十)
言い終わると、紫は静かに目を閉じた。それから服ごと自分の身体に手を突き入れ、胸の中心から下腹までを切り開いた。
血が流れた。傷口から身体の両側に指をかけ、こじ開けるように外側に向かって開くと、紫の体内が顕になった。肉と骨があり、赤黒くて、がらんどうだった。胃、肝臓、小腸、膵臓に子宮など、あるべき臓器がまるでなかった。ただ心臓だけが、胸の中心の少し左側にあり、とくんとくんと脈打っていた。
藍がその心臓をぶちぶちと引きちぎり、食らった。ちぎれたところから血が噴出し八雲の主従を赤く染めた。食い終わると、藍は紫の頭蓋に手をかけ、指に力を込めてばりばりと砕いた。髪の毛と頭皮をひっぱり、ばらばらの欠片になった頭骨を取り外すと、紫の脳みそが見えた。藍はその脳みそにむしゃぶりつき、ずるずると食べた。
(十一)
蓮子は吐いた。白玉楼で食べた食事が逆戻りし、敷物の上に撒き散った。他のものは言葉もなく、その場に固まっていた。やがて藍が血と脳漿まみれの顔を上げ、紫の死体を両手で抱き上げた。
「橙。行くよ」
「はい」
西行妖の表面に隙間が現れて、藍と橙はその中に入っていった。橙は泣いていた。残されたものは、ゆるゆるとお茶会の後片付けをした。動いていないと大声を上げてしまいそうだったので、全員がそれを手伝った。きっと、あの池に、とにとりは思った。あの池に、八雲藍は紫の死体を葬りに行ったのだろう。水をかき出してしまって、悪いことをした、と思った。
◆
霊夢と魔理沙は博麗神社の縁側に座っていた。見上げると空が高くて、風が冷たく、本式に秋になったようだった。
今年の夏は、と魔理沙は思った。悪夢みたいなもんだった。今でも信じられない。八雲紫はもういない。藍がその仕事を引き継いで、これまでと同じように自分たちは暮らしていられる。出されたお茶を飲むと、やっぱり出がらしだった。霊夢はぼーっとして、目を開けたまま眠っているみたいだった。あの日からずっとこんな調子だった。
こりゃ、次の異変のときは、私が頑張るしかないかな。
藍はともかく、幽々子には魔理沙は腹を立てていたので、次は幽々子が異変を起こしてくれればいい、と思った。なにせ殺されかけたのだ。「私もてんぱってたの。ごめんね」とあとで幽々子は謝ったが、なんにせよけじめをつけてやらねばなるまい。
あのあと、しばらく経ってから、メリーと蓮子は外の世界に帰った。そのときの様子を思い出すと、今でも笑いがこみ上げてくる。
教えてください、どうして、メリーの能力が私にも使えるんですか、と尋ねる蓮子に、大きなお腹をさすりながら、藍は笑ってこたえた。
「愛だけがそれを可能にする。……と言っても、ロマンチックすぎるから、具体的に教えよう。
私たちと同じことさ。そりゃあ、内臓を食べることはしなかっただろうけど……たくさんやったんだろう。その、粘膜同士の接触をさ」
蓮子は一瞬言葉につまり、そのあと、真っ赤になって手を振り回して「あばばばばばば」とか言いながら暴れた。遅れて言葉の意味に気づいたメリーが、同じように顔を真赤にして、そんな、私が、その、蓮子さんとあの、と色っぽい顔をする。
早苗がうおお、と目をきらきらさせながらつっこんだ。
「なんだ、蓮子さん、やっぱりそうなんじゃないですか! もー、えっち」
「ちがう! ちがうの、私はレズビアンじゃない。たまたま好きになったのがメリーだったの。性別の問題じゃないのよ。そうよねメリー!」
「あわわわわわわ」
接吻をしたり、女性器を擦りあわせたりすることで能力を分け与えることができるよ、でも一時的なものだから、やらなくなれば徐々に消えていって……と、藍が解説していたが、蓮子もメリーもどちらも聞いていなかった。
メリーはもしかすると、ちょっとだけ、幻想郷のことを覚えているかもしれない。藍はきちんと記憶を消したと言ったけど、蓮子の話によると、こちらに来たことだけは覚えていたそうだ。蓮子のほうでも、夏のはじめのことを思い出したように、いつかこの夏のすべてを思い出すかもしれない。そのとき、どう思うだろうか。自分はたぶん、迷惑で身勝手な奴だと思われてるんだろうな。
魔理沙は立ち上がって、箒に乗って帰ろうとした。
「じゃ、そろそろ行くぜ。明日は図書館に行くから、借りてくる本の目録を作っておくんだ。そのうち新しい魔法のお披露目をしてやるから、楽しみに待ってろ」
「魔理沙。待ってよ」
霊夢が声をかけた。待って、なんて言われるのははじめてだった。魔理沙はぎょっとして、思わずこけてしまった。
「あてて。何だよ。今日は何も盗んでないぞ」
「陰陽玉返しなさい。……じゃなくて。ううん、それもそうだけど、ちがうの。ここ座んなさい」
片手で縁側の自分のとなりを、ぱんぱんと叩く。魔理沙はおとなしく、そこに座った。何か話があるんだろうと思った。ほどなくして、霊夢は話しはじめた。
「魔理沙」
「おう」
「私さぁ、なんていうか、ショックでさぁ」
「……おお」
「紫は、私に何も言ってくれなかった。そりゃ、友達だとか、パートナーだとか思ってたわけじゃないのよ。でも、いっしょに異変を解決したこともあるし、結界の管理だってお互いにいろいろと協力してたのにさ。何よ、藍ばっかり。私だって博麗の巫女で、幻想郷の重要人物のひとりなのよ。それが何さ。あなたには見られたくないとか、荷が重いとか、勝手なことばっかり。私そんなに頼りないのかなあ」
「頼りないというか、子どもではあるな」
「何よ、馬鹿。私よりちっちゃいくせに、弱いくせに」
「うるさいな。まあ聞けよ。
私の勝手な考えだけどな、紫はきっと、お前にゃいいとこばっかりを見せたかったんだろうよ」
「はぁ?」
「言ってただろ。女心のなんとか、って。紫はずっと恥じてたんだ。自分がその、……子どもを殺して、それで自分自身も死んでしまうってことについて。
自殺ってのは心の弱さから来る病気だ。私はそう思ってる。生きてりゃさ、どうしようもないことってかなりたくさんあるもんだ。すでに起こってしまった出来事を変えることはできないし、努力や経験じゃ埋まらない壁があって、それを心底思い知らされるようなことだって……まあ、数々の種類があるさ。人によるけどな。そういうときにどうするかっていうと、結局のところ耐えるしかない。
答えのない問いがある。そんなのは、答えないことが正解なんだ。そのくらい図太くなけりゃ、やってけないぜ」
「何の話かわからない」
「うん、つまりな、だからお前もさ」
脱いでいた帽子を、魔理沙はかぶり直した。目を見せないようにする。
「ひとつくらいは、思い出すたびに胸に痛みが走るような、そういう思い出を持っとけ。それが滋養になるのさ」
「……なんだかさあ」
「何だよ」
「お題目ばっかりの、気休めに聞こえるなあ」
「そりゃそうさ。私にとっちゃ、高見の見物だからな」
「だいたいどんどん話がずれてるような気もするし……まあいいわ。とにかく、私はショックだったの」
それを言えただけで、今日のところは良しにするわ、と言って、霊夢はお茶を片付けた。
後ろから、魔理沙が霊夢、と声をかけた。
「何よ」
「お前だけじゃないぜ。私だって、寂しいんだぜ」
「……うん」
霊夢は振り返らず、急須と湯のみを持って台所へ入った。
それを見てから、魔理沙は今度こそ帰った。
湯のみを洗いながら、魔理沙はまるで自分よりも大人みたいな口をきくな、と霊夢は考えて、ちょっとむかついた。
◆
次の日紅魔館の図書館に行くと、フランドールが八雲紅に絵本を読み聞かせていた。
これは王子様、イケメンだけど弱そうだよねーとか、お姉さんぶっている。
「あ、魔理沙」
「おう」
紅のほうが先に魔理沙に気づいた。レミリアはヘルメス、フランドールはラブ☆デストロイヤーをそれぞれ名前として主張したが、本人の希望によりしばらくは紅となった。悪魔の自覚が足りぬ、と言ってレミリアはむくれたが、病院から帰ってきた咲夜がカレーを作ってご機嫌をとった。
パチュリーはどこだと聞くと、咲夜と入れ替わりで入院しているとのことだった。
「あのあと、河童と、えーと……もこたん? って奴にやられちゃって、半殺しの半殺しの半殺しの半殺し……くらいになったの。心配したけど、パチュリーは自分の病気以外の怪我にはめっぽう強いから、きっと大丈夫だよ」
「ふーん」
「おばさま、半殺しを二回やったら、全殺しになって、死ぬんじゃないの?」
「えぇ? え、ええと」
「いや、にぶんのいちかけるにぶんのいちで、足しあわせてよんぶんのさん死ぬんだ」
「そ、そうよ。もう、魔理沙が先に言っちゃったから、私が教えられなかったじゃない」
「ごめんな」
適当なことを言いながら、魔理沙は図書館の蔵書を漁った。うまく見つけられなかったので、小悪魔に訊いてみた。
「死に打ち勝つ方法、ですか……とうとう、人間やめるのを決意したんですか」
「いやいや」
幽々子に勝ちたいだけさ、と魔理沙は説明した。
あのクソ亡霊、私に迷いがある、って言ったんだ。この魔理沙様に向けてだぜ。迷いの塊の亡霊のくせしてな。
だからきっちり、わからせてやるのさ。今度は死なないようにする。その上で、あいつをボッコボコにして、エロゲーみたいにしてやる。
「ははは……グッドですね」
「面白いよな、大帝国はちょっとしかやらなかったけど」
「パチュリー様が言ってました。魔理沙さん、あなたはいずれ魔女になります」
そう言うと、小悪魔は踵を返して、本を取りに向かった。
自分が魔女になる? エロいからだろうか。魔理沙は困惑した。
帰ってきた小悪魔に、詳しく尋ねた。
「なんでも、魔理沙は今なんでもかんでも自分の中にためこむ時期である。それがしばらくして、心を整理する時間と余裕ができて、ひとつひとつ執着を整理していちばん大事なものに身を委ねる心構えができてくれば……必然的に魔女になるだろう、とのことです」
「なんだそりゃ。適当言ってるぜ」
「うーん。これは内緒にしてくださいね。パチュリー様はこうも言ってました」
これは私の願望なのかもしれない。でも、魔理沙はいずれ、私と同じ道をたどると思う。
いつか選ぶのよ。人間のままで霊夢に勝ちたいという意地と、無限の寿命で研究をつづける魔女となることと、どちらが自分にとってより価値のある事柄なのか。
私はこう考えている。魔理沙と私はこの図書館で、何千年も前から連なる知識に血を通わせ、新しい鼓動を生み出しつづける。情報管理人にして判事、記録担当者にして媒介者。それが彼女にとっての、しかるべき自然な道筋なの。
私たちは魔女である。好奇心にのみ仕える知識の魔女である。
あとエロい。
「……まあ、パチュリーってけっこう、思い込みだけで突っ走るからな。フルスロットルで」
「私もそう思います」
「じゃ、この本は借りてくぜ。足りなかったらまた取りに来る」
「ちゃんと返してくださいね」
「お前のご主人様いわく、私は今なんでもためこむ時期なんだろ。せいぜいそうするさ。死ぬまでな」
そのあとお昼をごちそうになって、紅とフランドールとしばらく遊んでから帰った。お昼はカレーで、咲夜特製の真っ赤なスカーレットカレーだった。血とマグマを合わせたように真っ赤だが、子どもだましの甘口カレーである。美味しかった。
紅はけっきょく、藍の子育てが終わるまでは、紅魔館にいることになった。だからあと数年か、数十年かで、再度親権の協議が行われ、たぶん血が流れたり腕が飛んだりする。
レミリアの言い分では、迷子になった子を魔理沙に預けて知らん顔をしているような奴が、母親面するんじゃない、ということだし、藍のほうからすれば、それは可愛い子には旅をさせろというもので、私だって修行時代には天竺で王子に千人の首を切らせたり、中国で酒池肉林とか炮烙とかいろいろお茶目をしたり、日本にいたときは天皇を病死させようとしたりとかしたんだ、とのことだった。
まあ、どっちでもいい。次に異変とか、面白いことがあれば紅を誘ってやろう。それまでには自分で飛ぶ方法を教えてやる。
帰りに人里の河原の上を通ると、萃香と妹紅がものすごくいい顔で殴り合いをしていた。なんだか知らんが、友情が芽生えたとのことだった。横ににとりもいた。たぶん、鬼のほうに、審判役かなんかを命じられているんだろう。見つからないうちに魔理沙はさっさと帰った。
◆
アリスの家で、アリスと早苗はジェンガをやっていた。アリスの二十連勝中だった。外の世界のおもちゃなんです、と言って早苗が持ってきたのだったが、早苗は弱すぎた。
「おねえさまが強すぎるんです! 先行を渡したら、ノーミスで限界までいっちゃうじゃないですか」
「私が勝ったらいっしょに住んでください、なんて言うからよ」
「だって、結婚する前に同棲しておいたほうがいいって言うじゃないですか」
「なんていうか、あんた、根本治療が必要なのよね……」
はい、おしまい、と言ってアリスは最後の木を抜き取った。今度もアリスの勝ちだった。早苗がムキー、と叫んでテーブルを叩くと、バランスを保って積み上げられていたジェンガがばらっと崩れ落ちた。
上海が紅茶を持ってくる。
「はい、お茶どうぞ」
「ありがとうございます。……あーあ、蓮子さんとメリーちゃんみたいに、素敵な恋人同士になりたいんだけどなあ」
「蓮子、ねえ。そういえば、おみやげを持たせてやったんだけど、思い出したかしらね」
「へえ。なにかあげたんですか」
「うん。荷物の中に、人形をひとつこっそり入れておいたのよ。私のことを忘れないように、ってね」
「うらやましい……私にもください」
「あんたはスペカに使っちゃいそうだから、だめよ」
「しないですよ。それにしても」
早苗はにやにやした。アリスは気持ち悪がった。
「おねえさまのそういうところ、さすがです。そりゃモテますよね」
「……モテたい人間には、モテないものなのよ。これが」
「あっ! 誰のことですか」
「秘密。それにしてもさ」
蓮子のことを考えると、やっぱり不自然だと思う、とアリスは言う。
レズセックスをしたくらいで、ほんとうにあの能力が、あんなに使いこなせるまで強く伝わるものだろうか。だいたい、粘膜同士の接触で感染するなんて、まるで性病ではないか。
「性にこだわることはないと思いますが……やっぱり、才能があったんじゃないですか。隙間の能力のほかに、生まれつき変な目をしているそうですし」
「ねえ。もうちょっと考えを進めてみてよ。蓮子以外にも、私たちは人間で、境界の――結界の能力を使えるものを知ってるじゃない」
「……霊夢さんのことですか」
「八雲紫は」
アリスは少し、間をおいた。どうも、今でもちょっと意識してしまう名前である。
「子どもは全員死んだ、って言ったけどさ。もしかすると誰かは生きていて、その血がいつか……」
「……博麗に? でも、それが蓮子さんとどう関係してるんですか」
「それはわからない。でも、幻想郷と外の世界は時間がずれてるから、いつか変な拍子に関係してくるのかもしれない。
あるいは――
この前生まれた紫が、霊夢とできちゃって、その子どもが蓮子だ、とか!」
妄想を語りつつ、きゃーきゃー喜ぶアリスを見て、早苗はちょっとだけ引いた。でもそんなところも、おねえさまの魅力のひとつなんだ、と考えて、ちょっともち直した。
藍の出産に立ち会ったときを思い出した。蓮子とメリーはもう帰っていたけど、あのときにいた他のメンバーは全員揃っていて、隙間妖怪の家――今では藍がその隙間妖怪だ――の、隣の部屋で待っていた。
それほど時間はかからなかった。やがて、橙がふすまを開けた。布団で身を起こしている藍の胸に、赤子がふたり、抱かれていた。藍はやつれていたが、幸せそうに笑っている。
「双子だよ。こっちがメリー、そしてこっちが、いつか紫様になる」
(十二)
赤子のひとりは、数日間藍に抱かれたあと、外の世界に送られた。藍はとても、名残惜しそうにしていた。けれどこうしないと、すべてのつじつまが合わなくなってしまう。しかたなかった。
もうひとりの子は――すべての面で、メリーにそっくりだった。といっても生まれたばかりで、そんなに特徴があるわけではないけれど、でもやっぱり、見分けがつかないほど似ていた。どこで判別してるの、と藍に聞くと、「メリーっぽいほうがメリー」とのことだった。
メリーではないほうの子は、紫と名付けられた。
今度は私が紫様を育てるんだ、母乳で、と藍は嬉しそうに言う。
魔理沙がつっこんだ。
「どどどどどどういうことだ」
「母乳のほうが愛情がある。たとえミルクのほうがお手軽でも」
「ちがう。その子が紫って、どういうことだ」
紫様は気づいてなかったけど、と藍は言った。
最後の子が双子だというのは、けっこう前から私は気づいていたよ。妊婦だからね。
ひとりがメリーだ、というのは、紫様から教わった。そのときに、私はすべてを聞いたんだ。私が子どもを産む理由も、人間ばかりが生まれる理由も、そして……紫様が、ゆっくりと自殺していることも。
よっぽど、流産してやろうかと思ったさ。でもできなかった。そのうち頭が回りだした……子どものひとりがメリーだとしたら、もうひとりは誰なのだろう。私のお腹に双子がいることを、私は紫様には伝えなかった。何度も子どもを産んだけど、双子ははじめてだったから、紫様もそこまで気が回らなかった。
紅がいなくなって、そのうち橙も、なかなか来なくなってしまった。橙はそのころ、ちょっと前の私のように不安定になってしまっていて……ごめんな橙、気づいてやれなかった。私はずっと、ひとりで考えていたんだ。
ひとりは幻想郷の外に出て、人間として過ごす。きっとそれが紫様のはじめの望みで、そして最後に出した答えのひとつ。
もうひとりは。
うぬぼれてもいいかな。私はとても、紫様に愛されていた。この幻想郷と同じくらいか、まあ、それよりちょっと下くらいには。
だからこの子は、紫様が私と幻想郷に残していく、片側の心。ふたつに分かれた紫様の答えのひとつなんだ。
そう考えたとき、私は決めたよ。立派に子どもを産んで、この子を新しい紫様として育てよう、って。
今、私の中には、紫様の力がほとんどすべて宿っているんだ。これを少しずつ、新しい紫様に返していく。
力だけじゃない。紫様の知識も、性格も、記憶も、私の中にある。私は紫様を残さず食べた。紫様が何を考えて、どんな経験をしてきたのか、何もかもわかっている。この子は生まれたばかりだから、いちどにお返しするわけにはいかないけれど……大人になるころには、みんなが知っている、以前と同じ、けれど新しい隙間妖怪が生まれているよ。この子は私たちの意訳。私たちの子宮を食い破り、生まれてきた子ども。
私の大好きな紫様。
◆
メリーと蓮子は地下新幹線に乗っていた。メリーは弁当を食べている。蓮子が買うのを見て、どうせ高いばかりで美味しくないわよ、こういうのは雰囲気の料金なのよ、と言いつつ自分も買った。
蓮子はすでに食べ終わっていて、豚角煮飯と幕之内弁当東海道では幕の内弁当のほうが美味しかった。メリーの目を盗み見る。
「なあに。あげないわよ。蓮子はもう食べたでしょう」
「いらないわよ。ところでさあ……」
手に持った人形を、蓮子は動かして、メリーに挨拶をさせた。体の各所がとてもすんなりと動く、出来のいい人形だった。人形らしくデフォルメされているけれど、大変に繊細な、それでいてしっかりとした造形で、服の縫製も人間の高級品とくらべて遜色なかった。そのへんのおもちゃ屋で買う出来合いのものとはちがう、専門の人形師が心を込めて作ったような最高級の人形だ。
こんなもの、蓮子は買った覚えがない。
「ねえ、ほんとに知らないの? 私が買うわけない。メリーも買わないとは思うけど、例によってどこかちがう世界にでも飛ばされて、そこで拾ってきたんじゃないの?」
「例によって、とはなによ。私は知りません。むしろ蓮子のほうが、どこかに行ってきたんじゃないの。私を置いて」
「私が? まっさかあ」
とはいえ、ちょっとドキッとした。蓮子は最近、メリーの力を少しばかり使えるようになっている。おすそわけ程度のもので、メリーの見える境界がときによって見えたり見えなかったりするくらいのものだけど、それはメリーの部屋に泊まるたびに強くなってもいるようで……その行為のことを連想すると、恥ずかしくなってしまった。
メリーのほうも同じみたいで、しばし黙ってふたりは列車に揺られる。――最新型の新幹線はちっとも揺れないし、窓の外も真っ黒いだけなので、あんまり風情がなかった。
蓮子は荷物の中から、今度はCDを取り出した。これも正体不明のものだった。ショップに置いてあるものから同人として売られているものまで、流通しているものすべてを確認したが、このCDの出所はわからなかった。音楽CDで、聴いてみたところ、ボーカルの入っていないインストゥルメンタル音楽で、全曲にわたって妖怪とか幽霊がそういうのが出てきそうな感じだった。旋律が美しくて、心が温まるようなゆっくりした曲もあれば、激しくて、やたら殺しにかかってきているような曲もあった。
蓮子もメリーも、いちどで気に入ってしまった。自分たちのサークルにぴったりの音楽だと思った。それで、秘封倶楽部として音楽にも手を出してみようか、と相談していたのだった。
秘封倶楽部はあくまでオカルトサークルだから、音楽面では別の名義を考える、とはりきって蓮子は言う。別に同じでもいいのに、とメリーは思ったが、蓮子が楽しそうなので黙っていた。
CDのジャケットを見ながら、蓮子は人形に盆踊りを踊らせている。そろそろ決めたの、とメリーは訊いた。
「名義のこと? うん、いろいろ考えたよ」
「ほほう。期待しちゃいます」
「まずさ、このジャケット。女の子じゃない」
「うん」
「この人形に似てるじゃない」
「え? そうかな」
「似てるの。で、この人形の名前なんだけどね」
「さすが蓮子、話が飛ぶわねえ」
「混ぜっ返さないの。この人形の名前を考えたのよ。その名も上海人形」
「え?」
「いい名前でしょ? なんとなく、そういう顔してるわ。シャンハーイ、シャンハーイ」
「……どっから出てきたのか」
「わかんない。でも。いいじゃない。で、人形といえばアリス」
「えええ?」
「わっ、びっくりした。何でいきなり大きな声出すの」
「わ、わかんない。でもなんか、驚いたわ」
「何が? ……まあ、メリーはいつもおかしな子よね。で、幻想的な音楽だから、と考えて……」
上海アリス幻樂団。という名前に決めたわ、と言って蓮子は人形にお辞儀をさせた。
名前については、メリーは賛成した。とてもいい名前だと思った。でもなんとなく、腑に落ちなかった。いくら蓮子でも、あまりに連想が飛んでいるように思えたし、どうも、名前の手がかりになった語が、やけに気にかかった。あとでもう少し、つっこんで訊いてみたけれど、ほんとうに単純に心に浮かんだだけの言葉で、自分でも由来とかよくわからないのよ、ということだった。
メリーは頭を捻った。こちらとしても、どうしてそんなに引っかかったのか、わからない。でもまるで、自分の大切なことを、蓮子に突然言い当てられたような感じだった。
けれど、そのうち忘れてしまった。蓮子の実家に着いたので、それどころではなかったのだ。緊張していたら、蓮子がぎゅっと手を握ってくれた。蓮子のご両親がいないときを見計らって、「蓮子。ずっといっしょに活動しましょう」とささやいた。蓮子は真っ赤になった。
(十三)-epilogue-
あ、藍、藍?
夏至祭の日にお花をぜんぶ摘んじゃったんじゃなかったっけ?
「それは、外用剤(クリームやオイル)をつくる分のハーブだけ。
その他のハーブは、ほら、見てのとおり。たくさん咲いているでしょう」
ほんとうね。えっと、きれい。
こういうの、きれい、って、わたし言ってた?
「そうねえ。紫様は、ひねくれていたから、そんなに素直には言わなかったかな。
むしろ、あなたはどう思う、藍? とか、私の意見を聞くのが好きだったよ」
ふうん。
じゃあ、藍はこの眺め、どう思う? きれいかしら?
おばけのような桜が咲きおわって、遅咲きの八重桜が咲いている。すみれ、れんぎょう、はなずおう。
黄色い山ぶきに雪柳。
それから、えーっと……ハイビスカス。
「ハイビスカスはルビーみたいな、きれいな色をしているね」
きれいね。
うん、きれい。
でも、季節がおかしくない? 春の花と、夏の花と、いっしょに咲いてるわ。
「紫の好きそうな花を咲かせてみたんだよ。
このくらいの広さなら、季節の境界をいじることも、そう難しくはないわね」
へえ。藍はすごいね。
わたしは、もっとすごかったの?
「そりゃあもう。私なんて、手も足もでなかった。いっつもおしおきされてたのよ。
ああ、思い出すと、嫌な気持ちになっちゃうな。えい、ぐりぐり」
あいたたたたた。
何よ、それは昔のわたしで、今のわたしとは関係ないわよ。
ううん嘘。たぶん生まれたときから、わたしのなかに昔のわたしがいる。
ときどき思い出すの。あの、霊夢も、魔理沙も、幽々子も橙も、わたしの友達だったんでしょう。
「そうだよ。紫は賢いな。私が教えなくても、いろいろなことを知っている」
そうよ。だから、あんまりいじめちゃだめよ。
藍は今ではわたしよりずっと強いんだから、ちゃんとわたしを守りなさい。
死んじゃったらどうするの。
いいにおいがするわ。
夏至祭がおわったんだから、今は夏でいいんでしょう。遊びに行きたいな。
ね、どこに行きたいかって、きいてよ。
「どこに行きたいの?」
魔法の森。
お墓まいりをするの。
ああ、ねむくなってきた。
藍、膝をかして。膝枕して。
そうよ、また眠るの。
だって、昔のわたしはねぼすけだったんでしょう。わたしもそうなるわ。
あ、ちょっと待って。
また思い出した。
ときどきそうなの。まぶたを閉じれば、思い出すことがある。
目を閉じて、ごろんと横になっていれば、
みな散り散りとなり みなまとまりを失う
みな仮初めに役につくのみ
主君 臣下 父 息子 すべての結びつきは忘れ去られる
みな考えることといえば
不死鳥になること 不死鳥になれば
これでもなく あれでもなく 自分そのものになれると
「え?」
わたしの記憶のなかのなにかの言葉の一節。
くわしくはしらないわ。だから、きかないでよね。
つづきはまた、いつか思い出したときにおしえてあげます。
さて眠って――
起きたときには、わたしはひとつ、不死鳥にちかづいているでしょう。
ではおやすみ。
「おやすみなさい」
「紫。もう眠っちゃったかな」
「紫」
「紫様」
「紫様。あなたが小さくなった今でも、私はいつもあなたの目を通して、外を見ている気がします。
そうするほうが、ずっと素直に物事をうつすことができると思うんですよ。
紫様。
私の大好きな紫様」
(了)
何とも、これは、嫌なものなのだと思います。美しくない奴らが、美しくない事をやっている。少なくとも自分の価値観に照らし合わせればそうなってしまう。
でもそれが一つの纏まった形になった時、それは良い事として見てしまっても良いんじゃないかな、と思いました。
少なくとも、ぶっ続けで読んで自分は満足しました。しかしこれは何ともはや・・・。
言葉には言い表せませんね。
夜中の3時半から最後まで読み続けた甲斐があった。
歪んでいるが個人的には素晴らしい愛の物語だった。
正直それは果たされなかった印象。ゴメンナサイ。
自壊に至るきっかけが幽々子の死ってのは構わないのですが、説得力とスケール感がゴニョゴニョ。
八雲の二人以外の登場人物達の右往左往が、結局物語の大勢や本質にほとんど影響を及ぼしていないってのも
なんだかなぁ、と。や、幻想郷らしいっちゃらしいんでしょうけど。
特に霊夢。
重力に囚われるのはいい。いっつも超然としてるだけじゃつまらないですものね。
ただ、この異変をどうしたかったのか、結果何を掴み取ったのかが判然としない。や、人間らしいっちゃ以下略。
微妙な精神的成長のその向こう側を、さわりだけでも見てみたかった。俺は欲張りなので。
作品総量約300KBか。長いとは全く感じなかったです。
好き放題書いたけど、貴方の作品を読めて良かった。
飽きの来させないテンポの良い地の文と展開に、ぐっと来ました。
面白かったです!
だけどちょっぴり前に進めた奴もいて、小さな希望が輝いていて。そんな成長物語。
淡々と生々しい文章と、話の内容がすごくマッチしていたなあと思いました。
長く待っていた甲斐がありました。ありがとうございました。
いやー面白かったです
長編お疲れ様でした!
素晴らしいENDでした、ごちそうさま。
自分の苦手なグロ表現が多用されていたにも関わらず、読むのを止められませんでした。
双子である事も、文章の中に推測出来るだけの材料を置いておきながら、読み手に思い至らせない所が秀逸でした。
惜しかったのは、『語りすぎた』部分と『語り足りない』部分がちぐはぐに感じた所でしょうか。もっとも、これは個人的な好みに過ぎないでしょうが、例えばパチュリーの生い立ちがあそこまで悲惨である必要は有ったのか、と自分は感じましたし、霊夢はもっと掘り下げても良かったのかな、とも思いました。パチュリーなど、ああして生まれて如何にして魔法使いとなるまで生きられたか、むしろ興味が沸きました(笑)
しかし、そう言った感想を持ったものの、150点から-10点しようが100点オーバーであることには変わりません。
大作お疲れ様でした。
また次も期待しています。
しかしなんだか勿体無いような気がする
例を挙げるのであれば、パチュリー周り
もし誰かに自分の出生について聞いていたにしても、述べられた理由では彼女が動くようなものには成り得ないと思った
それに、了承を得ぬまま無理矢理妹紅の内蔵を抉り出したことも十分彼女の言う「倫理のない」行動の範疇ではないだろうか
藍の「こんな世界がなければ、紫様はとっくに――」と言うセリフが活かされていなかったのも残念
それでも一気に読ませてしまうような魅力はあったし、長文を書くときの参考にさせてもらおうと思う
300kb近くもお疲れ様でした
例えるならラスボス倒して大団円だけど、実は黒幕はべつにいたって
エンドロールで仄めかされる感じ。
巫女編までは最高だった。陰鬱で救いのないどんよりとした空気の中に
狂気と希望と謎が絡み合って。
やっぱり当時、巫女編の後に間をおかず書き上げて欲しかった。
こういう終わり方も綺麗だけど、なんというか綺麗過ぎて拍子抜けしてしまった。
最後の幻楽団のくだりも蛇足だったし、八雲紫の死ぬ理由が余りにも人間臭過ぎて
もう少しその辺を掘り下げて貰わないといきなり置いてけぼりくらった感じがした。
幽々子が魔理沙を殺した時、お!っと思って期待したのに結局ありがちに生き延びちゃったし。
いろいろ勿体無い。
これはノーマルエンドとして他にトゥルーエンドがあるんですよね?
分岐点は巫女が自分の勘に従うか従わないかかな。
博麗の巫女としての特性を捨て、1人の人間として立ち上がろうとしていたのに
何時の間にか博麗の巫女の勘に頼ってしまった。
それで真実への扉は閉ざされてしまったとかなんとか。
長々と脈絡ないこと書いて申し訳ないんですけど、それだけこのSSが惜しいなぁと
いう気持ちだったので。
それ以外には何も言えません
特にいつも超然としてる霊夢が結局大人の恋や大人の事情を前に右往左往してただけのところ、霊夢にとっては
むにゃむにゃしたやるせなさを含んだまま事件が集結してしまったあたり、なんとも年頃の無力な少女らしくてよかったです
そして全編にわたる藍様のうつくしさ。心奪われました。
ただ、今回はそれを十分に活かす見せ方では無かったような気がします。
群像劇は目新しい肌触りで面白いのですが、物語に厚みが出る反面
主軸が絞れ切れないというデメリットもあり、そのあたりの構成が
詰めきれてない印象でした。
つまり主役が誰か、物語のどこを見てほしいかが明確にわかる構成になっていたら
より深く物語に入り込めたんじゃないかと思うわけです。
長編お疲れ様でした。
47さんの意見とは真逆になってしまうけど、周りが出張って主軸がやや埋もれて見えたのはむしろ良かったのではという感じ。
ただ贅沢を言うならば、いっそ突き抜けてどれが主軸か分からないくらい他キャラも厚ぼったくても良かった(まあどれが主軸か分からんというのは大げさだけど)。
そうなるとあと150kb以上は余裕でオーバーしそうだから中だるみを抑えるのが大変そうだが、貴方のssには独自の雰囲気があってそれだけでも楽しめるので、正直どれだけ長くても全然苦にならない。
藍様はもちろんトップとして、もう少し書ききってくれたならメリーとかパチュリーとか霊夢はもっと映えたんじゃないかな。
ただ、他のコメントでも指摘されているように、非常に出来が良いだけにかえってパチュリーの動く動機の不明瞭さ、オチの弱さなどの欠点が際立ってしまっているように思えます。
決してスッキリはしないけど、下手に手を入れてスッキリさせてしまったらこの作品ではなくなってしまうような、良くも悪くも捉えどころのない作品でした。
何より、ハッピーエンドで良かったです。