この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください
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「隠れる場所には困らないんだけど…… なんだか芸がないのよね……」
周りを見渡しながら、そんな一人ごとを呟きます。眼に映るのは、満開に咲くひまわりの花。ここは太陽の畑で、私は今かくれんぼをしている最中です。見つかった時に、まさかこんな所に隠れてたの? って、驚かれるような隠れ場所がいいな、なんて思ってます。あ、私、光の三妖精の一人、スターサファイアです。
「どこかこう、変わった場所とか…… あら?」
見つけました。ひまわりの花畑の中、ひっそりと建っている小屋。きっと誰かの家なのでしょうが、今は中には誰もいないようです。誰もいないとわかっていても、なんとなく小さな声で、静かに、こそこそっと中に入ります。
「お邪魔しまーす……」
特に鍵がかかっていたわけでもないところを見ると、もしかしたら、この小屋の住人は、うっかり屋さんなのかもしれません。だって、私、家を出る時に戸締りを忘れるなんてことはありませんから。
小屋の中は整理整頓が行き届いているようでした。物が散らばっているなんてことはなく、あるべき場所にあるべき物がある、という印象です。ここで困ったのは私の方です。隠れるためには、ある程度雑然としていた方が都合がいいのです。どうしましょう。部屋を見回してみるものの、良さそうな隠れ場所は―――
「―――誰か来る!」
小屋の住人が帰ってきたのでしょうか。近付いて来る気配を感じ取った私は、部屋の隅にあった大きめの観葉植物の裏に隠れる事にしました。ちょっとだけ顔を出して様子を見ていると、入口のドアが開き、誰かが入ってきました。緑の髪にチェック柄の赤い服、そして、手には小さな箱を持っているようでした。
「あの子、こんな趣味もあったのね。人形の事以外にも興味を持つのは、悪いことじゃないわ。」
部屋の真ん中あたりにあったテーブルの上に箱を置き、代わりに薬缶を手にとって流し台に歩いていきます。水を入れたらコンロに置いて、すぐに聞こえるチチチチチという軽快な音。お湯が沸くまでの間、ハミングしながら肩を揺らすのが見えました。この人は、とても陽気な明るい人みたいです。
薬缶からポットにお湯を移し、テーブルに戻ってきました。手にはもう一つ、ひまわりの絵が描いてあるカップが握られています。椅子に座ってから、先ほどの箱を手にとって蓋をあけるのが見えました。何でしょうか、小さな棒状の物がたくさん入っています。それを指で一つまみほどカップに移して、ポットからお湯を注いでいきます。部屋の中には、なんだかほんのりとした甘い香りが漂っていきました。
「いい香り……」
そう呟いて、カップに口をつけるのが見えました。カップの中のお湯は、透き通って黄色く色づいていました。これは、いわゆる紅茶という物でしょうか。それにしては、若干色が薄いような気がします。
「……おいしい。」
眼を閉じて、とても心地よさそうな表情を浮かべているのが見えました。そんなに美味しいものなんだ。ちょっとだけ、興味が湧いてしまいました。でも、今出ていくわけには―――
「あなたもどうかしら? 覗きんぼの妖精さん。」
肩が跳ね上がるくらいびっくりしました。顔とカップをこちらに向けている、ということは、私がここにいるということに気づいている、ということです。どうしましょう。出ていって、いいのでしょうか?
「気配の消し方くらい、知っておいた方がいいわよ。悪いようにはしないから、こっちに来て、あなたも頂きなさい。」
その言葉に恐る恐る顔を出してみると、相手は微笑みを浮かべていました。うん、きっと、悪い人じゃない。まずは、勝手に家の中に入ってきたことを謝らなくちゃ。とことこと近付いて、目の前まで来たところで、深々と頭を下げました。
「ごめんなさい、勝手に家の中に入っちゃって。あの、私、かくれんぼしてて、隠れる場所を探してて、それで……」
「いいのよ、きっとそんな事だろうと思ってたし。そんなことより、これ、とてもおいしいわよ。あ、でも、妖精の口に合うかどうかはわからないけど……」
いつの間にか、小さなカップの中に注がれた紅茶。近いからでしょうか、さっきよりもはっきりと、甘い香りを感じます。カップを受け取って、少しだけふぅふぅと息を吹きかけます。そして一口―――
「―――ほわぁ~。」
なんだか、とても心地よい気分になりました。甘い香りが拡がって、なんだか病みつきになりそうな感じ。心なしか、眼がとろーんとしているような気がします。
「―――ほわぁ~。」
もう一口。やはりとってもいい感じになります。眼の前では、なんだか心配そうな視線をこちらに向けている人の姿が見えました。
「やっぱり、妖精には少しばかり刺激が強すぎたのかしら。あなた、大丈夫? 自分の名前とか、忘れちゃったりしてない?」
「はいぃ、わぁしはぁ、すぁーさぁいぁ……」
とても気分が良くなって、視界がぼやけて、次第に意識が遠くなっていって―――
眼が覚めると、私はベッドの中にいました。
「まったくもう。私の家に来て倒れたのは、あなたで2人目よ。大丈夫? 今度こそ、ちゃんと名前は言える?」
心配そうな表情で私を見つめる姿。この人、どんなに優しい人なんだろう。
「……わたし、スターサファイアって言います。光の三妖精の一人です。」
「そう、私は、風見幽香っていうの。最近は、花を創ってくれって頼みに来る人たちの相手をしているのよ。」
風見幽香さん。花を創ってる人なんだ。だから、こんなに優しさあふれる人になれるのかな。
「さっきの飲み物は、サフランティーというものよ。サフランという植物の雌蕊を使った、いわゆるハーブティーの一種。健康に良い効果があるんだけど、妖精には少しばかり刺激が強すぎたみたいね。」
サフランティー。そういう飲み物があるんだ。とてもおいしくて、とても心地よい気分になれる飲み物。また飲んでみたいなぁ……
「幽香さん、その、サフランティー、私、もう一回飲んでみたいです。」
正直に頼んでみました。幽香さんは軽く苦笑を浮かべています。それもそうですよね、また倒れちゃったりなんかしたら、幽香さんも困るだろうし。しばらくの間、互いに見つめ合っていましたが、ようやく幽香さんが何かを決心したようでした。
「そうね、妖精向けに調整したサフランを創ってみるというのも面白いかもしれないわ。せっかくだから…… スターちゃん、あなた、自分の花が欲しいと思ったりしない?」
なんだか、幽香さんの瞳がきらきらと輝いています。私達でも飲めるようなサフランティーを創るってことで、それで私の花を創るってことで―――
「え? 私の、花?」
「そう、今日あなたに会えた記念にね、自然の具現でもある妖精の花を創るっていうのも面白そうだなって思ったの。どう? あなたの象徴となる花、欲しいと思わない?」
私は大きく頷きました。私の花。どんな花ができるのか考えただけで、なんだかわくわくしてきました。さっきの幽香さんの瞳の意味、なんだか少しだけわかったような気がします。
「じゃあ、少しだけ待っててね。あなたのイメージを花に反映させて、綺麗な花を咲かせてあげるから。」
そして、幽香さんは部屋を出ていきました。どんな花ができるんだろう。幽香さんの言葉から考えると、サフランを基にして創るみたいだけど、そういえば、サフランってどんな花だったっけ。ふと、さっきの甘い香りを思い出してしまいました。
しばらくして、幽香さんが一つの鉢を手にして戻ってきました。土からひょっこり顔をだしたような青い大きな花びら。黄色い雌蕊との色合いが鮮やかで、一目見てうっとりしてしまいました。あれ? たしか、この花、どこかで見たような―――
「―――クロッカス?」
「さすが妖精、少しは花の知識があるのね。せっかくだから教えてあげる。クロッカスは花サフランとも呼ばれていて、観賞用に栽培される、サフランの同属植物なのよ。サフランティーに使う花の名前はサフランだけど、区別するために薬用サフランと呼ばれているの。ここにあるのは、それを基にして創った、あなたの花。名前は、そうね、スターサフランと名付けましょうか。」
なんだか難しいことを教えてもらいました。クロッカスだけどサフランで、サフランだけどただのサフランじゃない。頭の中がぐるぐるしてきました。とりあえず、これが私の花だって事だけは、しっかり覚える事にしました。
「それでね、この花にはちょっとだけ、面白い工夫をしてみたの。夜になったら、きっといいことがあるわよ。」
面白い工夫って何だろう? そんなことを聞いたら、今夜が待ち遠しくなってしまうじゃないですか。幽香さんから鉢を受け取って、顔を近づけて深呼吸してみました。さっき感じたよりもほんのり優しい、甘い香りが漂って来ます。自然と顔がほころんでくるのを感じました。
「あとは、サフランティーの淹れ方を教えてあげれば大丈夫ね。といっても、さっき覗いてたんだったら、改めて教えなくてもいいかもしれないけど。」
幽香さんが意地悪な笑顔を浮かべて私を見つめてきます。べつに、最初から覗こうと思って覗いてたんじゃないんですよ。かくれんぼの隠れ場所を探して、この小屋に入ってきただけなんですから。ちょっとだけ頬を膨らませて怒った表情を見せてみます。ん? あれ? そういえば、かくれんぼってどうなったっけ?
「たいへん! 私、かくれんぼの途中だったんだ! もうだいぶ時間が経ってるけど、サニーとルナはどうしてるんだろう。まさか、まだ私を探してるとか……」
「まぁ、それじゃあ、外で動き回ってたのはあなたのお友達だったのかしら。今日はいつもよりも元気な妖精がいるなって思ってたんだけど。」
「幽香さん、いろいろとありがとうございました。私、急いで戻らないと。」
「あぁ、ちょっと待って、せっかくだから、これをお土産に持っていきなさい。スターサフランの雌蕊を乾燥させたものよ。これにお湯を注げば、おいしいサフランティーができるはずだわ。」
そう言って、幽香さんは手のひらサイズの小箱を手渡してくれました。改めて深くお辞儀をしてから、私は小屋を出て、サニーやルナのいる方向に向かいました。
「ほんっと、どこに隠れてたのよ!いくら探しても見つからないんだから、この畑に住む怖い妖怪に食べられちゃったんじゃないかって心配したんだから! 遊びの途中にいなくなるなんて、ほどほどにしてほしいわ!」
戻った時のサニーの第一声がそれでした。さすがのサニーも、小屋の中に隠れるという発想は思いつかなかったようです。一面に咲くひまわりの一本一本を隅々まで調べ回ったとかなんとかで、少しだけむくれているようでした。
「かくれんぼは最初にいなくなるものよ。それを探すのは鬼の役目でしょう?」
少しだけ呆れた顔を浮かべつつ、ルナが呟きます。サニーはというと、もう鬼役はたくさん、と言ってそっぽを向いてしまいました。
「そんなに怒らないでよサニー。ほら、おみやげがあるから、機嫌直して。」
「おみやげ? あら、綺麗な花じゃない。なんて言ったっけ、クロッカス?」
「へへー、これはクロッカスだけどサフランって言って、サフランだけどただのサフランじゃないのよ。」
「スター、言ってることがよくわからないんだけど。」
鉢を差し出して説明してみたものの、なんだか二人はピンと来ていないようです。顔を近づけてまじまじと見つめる二人を見ていると、なんとなく優越感に浸りたくなります。でも、本命はまだこれからです。
「さぁ、そろそろ家に帰りましょう。とっても美味しい飲み物を御馳走してあげるから。」
家に帰るまでの間、二人は不思議そうな顔を浮かべていました。おいしい飲み物って何? と聞かれたりもしましたが、それは飲んでからのお楽しみです。私はと言うと、あの味と香りを思いだして、自然と笑顔が浮かんできました。
家に着いたら、早速お湯を沸かします。テーブルにはカップが3つ。その中にそれぞれ一つまみ、小箱から取り出した物を入れていきます。これだけでも、仄かに香りが漂ってくるのがわかりました。
「へぇー、おいしい飲み物って、紅茶のことだったの?」
「紅茶というより、ハーブティーの一種だって言ってたわ。」
お湯を注ぐと、カップの中が黄色く色づいて行くのがわかりました。周りに漂う香りが濃くなるにつれ、私の気持ちも高まっていくようです。では、いただきます。
「「「―――ほわぁ~。」」」
3人分のハーモニーが響いたのを感じました。うん、やっぱりおいしい。幽香さんのところで飲んだ時ほどじゃないけど、このくらいの方がいいなって思います。サニーやルナの口にも合ったようで、あっという間に一杯を飲み干してしまいました。
「スター! なにこれ! すっごく甘い香り!」
「コーヒーもいいけど、紅茶も悪くないものね。なんだか病みつきになりそう。」
「紅茶じゃないってば、ルナ。なんて言ったっけ。そうそう、サフランティーっていう飲み物よ。」
「ねぇ、私、もう一杯飲みたい。いいでしょ?」
「ほどほどにしないと、お腹を壊しちゃうかもよ? でも、私も、もう一杯飲んでみたいな。」
そんなこんなで、結局3杯も飲んでしまいました。あぁ、おいしかった、という感想を呟きながら、私たちはそれぞれの部屋に戻っていきました。そういえば、幽香さんが、夜になったらいいことがあるって言っていたことを思い出しました。どんなことなんだろうと思いながら、私は枕元に鉢を置いて、部屋の明かりを消しました。
その時です。スターサフランの花びらが、仄かに発光しはじめました。まるで星の瞬きのような光に、私の顔は自然とほころんでいきます。ずっと見ていても飽きない光の明滅でしたが、しばらく見つめているうちに、私の眠気の方が強くなってきたようです。いつの間にか、私の意識は夢の中に溶けていきました。
「おはよう、ルナ、スター…… たたたた……」
「おはよう、サニー、スター…… たたたた……」
「おはよう、サニー、ルナ…… たたたた……」
たたたた、という不思議な言葉をおまけにして、翌日の朝の挨拶を済ませました。なんとなく、朝起きてみるとお腹が痛いなぁって感じがしたのです。他の二人も、どうやら同じみたいです。心当たりがあるとすれば、それはただ一つ。
「スター、昨日の飲み物だけど、一体どこで手に入れたの?」
「太陽の畑で、かくれんぼの途中に、風見幽香っていう人に会ったの。その人にもらったんだけど……」
それを聞いた途端、サニーの顔が青ざめていくのがわかりました。その理由がわからずに首をかしげると、突然、サニーが私に飛びかかってきました。
「スター! なんでそんな大切なことを早く言わないのよ! 風見幽香って言ったら、太陽の畑に住む、すっごく強くて怖い妖怪なのよ! あぁ、もう、そうとわかっていれば…… あいたたた……」
「大きな声を出すと、お腹に響くわよ。とにかく、太陽の畑に行って、こうなった理由を聞いてこないとね、スター?」
軽くお腹を押さえながら、ルナはそんなことを提案してきました。それにしても、私には幽香さんは優しい人に見えたんだけど、そんなに怖い妖怪なのかな。とにかく、今日の私たちの予定は決まりました。
「私はお医者さんじゃないのよ? お腹が痛いなら、竹林のお医者さんのところに行ってみたらどう?」
早速、太陽の畑の幽香さんの小屋に向かった私たちでしたが、幽香さんからはそんな言葉をかけられてしまいました。たしかに、お腹が痛い時にはお医者さんに行くものですが、今回の場合は特別です。
「実は、お腹が痛くなった原因の心当たりというのが、昨日頂いたサフランティーなんです。他には特別なことは何もしてないし…… 幽香さん、どうしてこうなったのか、教えていただけませんか?」
「ちゃんと妖精用に調整したはずなんだけど…… もしかして、あなた達、おいしいからってたくさん飲んだりしなかった?」
私たちはそろって首を縦に振りました。途端に、幽香さんの顔に意地悪な笑顔が浮かんできました。なんでそんな顔をするんでしょう。少しだけ、私は不安になってきました。
「……実はね、サフランティーは特別なお茶で、一度にたくさん飲みすぎると、お腹の中で膨らんで腹痛を起こすのよ。そして、いずれはお腹が破裂しちゃうなんてことも……」
背筋が凍るというのはこのことなのでしょう。一瞬とはいえ、自分がまるで氷の妖精にでもなったかのような錯覚を感じたほどですから。サニーやルナも同じだったようで、身体がぶるぶると震えているのが傍目に見てもわかるほどでした。
「あ、あの、幽香さん、それって、冗談、です、よ、ね?」
口が震えてかたことにしか話すことができません。そんな私達を見つめる幽香さんの表情は、笑顔のまま変わりません。まるで、残念でした、とでも言っているかのようなその顔に、いよいよ耐えられなくなったのか、サニーが大声で叫びました。
「スター! あんたのせいよ! あんたが幽香からお茶をもらってこなかったら、こんなことにはならなかったんだから!」
「そんな!? サニーだって、美味しいって言いながら飲んでたじゃない。それに、おかわりしたいって真っ先に言い出したのはサニーなのよ!」
「どっちも悪いんじゃない? 持ってきた方、飲んじゃった方。どうでもいいから、大きな声を出さないで欲しいわね。お腹に響くのよ。……いたたたた。」
「一人だけいい子ぶってるんじゃないわよ、ルナ。私だって、お腹が痛いのは変わらないわよ。もう…… どうすればいいのよ!」
サニーが泣き出したのをきっかけにして、ルナと私も一緒になって泣き声をあげてしまいました。この辺りになって、ようやく幽香さんの表情も困り顔になってきたようですが、どうしたものかと考えるものの、いい案が思いつかなかったようです。しばらくの間、小屋の中に3人分の泣き声が響き渡っていました。
「あらあら、かわいい妖精を泣かせるなんて、弱い者いじめはあなたの主義じゃなかったんじゃないの、幽香?」
泣き声が止んだのは、小屋への来客が発したその言葉を聞いた時でした。この声、前に聞いたことがある。たしか、魔法の森の―――
「……あ、アリス、さん?」
人形遣いのアリスさんの姿が、そこにはありました。どういうことなのかわからなくて茫然としていると、アリスさんはハンカチを取り出して、涙を拭ってくれました。
「かわいい顔なんだから、泣いてくしゃくしゃになってたらもったいないわよ。さて、この意地悪妖怪に何をされたのか、私に教えて御覧なさい。」
落ち着きを取り戻した私は、これまでの出来事を話しました。自分の花を創ってもらったということについては、サニーやルナには説明していなかったこともあり、驚かれたり羨ましがられたりしました。一通り話を終えると、アリスさんは納得したようで、なるほど、と呟いてから説明を始めました。
「安心なさい。たくさん飲みすぎたからって、幽香が言うようにお腹が破裂したりなんかしないわ。だいたい、お腹の中で膨れる飲み物なんて、この世にあるわけがないじゃない。」
ひとまず、風船みたいにならなくて済むということを聞いたおかげで、ほっと胸をなでおろしました。幽香さんを見ると、軽く舌を出して、ごめんね、という表情を見せていました。改めて、アリスさんが説明を再開しました。
「ただし、たくさん飲みすぎるとかえって身体に害を与えるっていうのは本当よ。そもそも、どんな効果があるかっていうことは聞いてないの?」
私は首を横に振りました。たしか、健康にいい効果があるって言ってたけど、どんな効果なのかは聞いていませんでしたから。すると、アリスさんがゆっくりと私の方を指さしました。その指の差す先は、お腹の下、だいたい、おへその下あたりでした。
「率直に言うと、女の子の血の道を良くするために効果があるの。効果があるっていうことは、その部分に何らかの影響をもたらすってこと。たくさん摂り過ぎれば、薬だって毒になるものよ。」
ちょっとだけ、頬があったかくなっているのを感じました。サニーやルナを横目で見ると、やはり、少しだけ頬が紅く染まっていました。そんな私たちの姿を見て、アリスさんは軽い笑顔を浮かべながら溜め息をこぼします。
「ちょうどいいわ、今日はカモミールを持ってきたから、あなたたちも頂いて行きなさい。少しは気分も落ち着く効果があるかもしれないわよ。幽香、お願いできる?」
そう言って、アリスさんは幽香さんに小箱を手渡しました。はいはい、と言って受け取った幽香さんは、そのままコンロの方へと向かいました。カップを用意しているうちにお湯がわき、小箱から取り出した茶葉が入った少しだけ大きめのティーポットに、静かに注がれていきました。
サフランの時とは違う、なんだかすっきりした香りが部屋の中を包んでいきます。少しだけ、りんごみたいな感じだなって思いました。ティーポットの中で踊るように上下する茶葉を眺めていると、心も浮き浮きとしてきます。頃合いを見て、それぞれのカップにお茶が注がれました。透き通った、綺麗な琥珀色のお茶。カップを受け取った私は、ふぅふぅと息を吹きかけます。サニーやルナ、幽香さんとアリスさんにもカップが行き渡ったところで、タイミングをそろえて一口目を味わいました。
「「「―――ほわぁ~。」」」
サニー、ルナ、そして私の3人の声がハーモニーになって響きました。とても気分が落ち着いて、なんだかうとうとしてしまいます。
「あぁ、そういえば、妖精にはハーブティーは少し効きすぎるんだったっけ。」
「ちょっと、そういうことは早く言いなさいよ。あぁ、この子たち、もう目がとろーんってしちゃって……」
すぐ近く、目の前にいるはずなのに、なぜか遠くからそんな声が聞こえた気がしました。今は、このふわふわした感覚に身を委ねよう。仄かなりんごの香りに包まれながら、私の意識は夢の中に溶け込んでいきました。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください
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「隠れる場所には困らないんだけど…… なんだか芸がないのよね……」
周りを見渡しながら、そんな一人ごとを呟きます。眼に映るのは、満開に咲くひまわりの花。ここは太陽の畑で、私は今かくれんぼをしている最中です。見つかった時に、まさかこんな所に隠れてたの? って、驚かれるような隠れ場所がいいな、なんて思ってます。あ、私、光の三妖精の一人、スターサファイアです。
「どこかこう、変わった場所とか…… あら?」
見つけました。ひまわりの花畑の中、ひっそりと建っている小屋。きっと誰かの家なのでしょうが、今は中には誰もいないようです。誰もいないとわかっていても、なんとなく小さな声で、静かに、こそこそっと中に入ります。
「お邪魔しまーす……」
特に鍵がかかっていたわけでもないところを見ると、もしかしたら、この小屋の住人は、うっかり屋さんなのかもしれません。だって、私、家を出る時に戸締りを忘れるなんてことはありませんから。
小屋の中は整理整頓が行き届いているようでした。物が散らばっているなんてことはなく、あるべき場所にあるべき物がある、という印象です。ここで困ったのは私の方です。隠れるためには、ある程度雑然としていた方が都合がいいのです。どうしましょう。部屋を見回してみるものの、良さそうな隠れ場所は―――
「―――誰か来る!」
小屋の住人が帰ってきたのでしょうか。近付いて来る気配を感じ取った私は、部屋の隅にあった大きめの観葉植物の裏に隠れる事にしました。ちょっとだけ顔を出して様子を見ていると、入口のドアが開き、誰かが入ってきました。緑の髪にチェック柄の赤い服、そして、手には小さな箱を持っているようでした。
「あの子、こんな趣味もあったのね。人形の事以外にも興味を持つのは、悪いことじゃないわ。」
部屋の真ん中あたりにあったテーブルの上に箱を置き、代わりに薬缶を手にとって流し台に歩いていきます。水を入れたらコンロに置いて、すぐに聞こえるチチチチチという軽快な音。お湯が沸くまでの間、ハミングしながら肩を揺らすのが見えました。この人は、とても陽気な明るい人みたいです。
薬缶からポットにお湯を移し、テーブルに戻ってきました。手にはもう一つ、ひまわりの絵が描いてあるカップが握られています。椅子に座ってから、先ほどの箱を手にとって蓋をあけるのが見えました。何でしょうか、小さな棒状の物がたくさん入っています。それを指で一つまみほどカップに移して、ポットからお湯を注いでいきます。部屋の中には、なんだかほんのりとした甘い香りが漂っていきました。
「いい香り……」
そう呟いて、カップに口をつけるのが見えました。カップの中のお湯は、透き通って黄色く色づいていました。これは、いわゆる紅茶という物でしょうか。それにしては、若干色が薄いような気がします。
「……おいしい。」
眼を閉じて、とても心地よさそうな表情を浮かべているのが見えました。そんなに美味しいものなんだ。ちょっとだけ、興味が湧いてしまいました。でも、今出ていくわけには―――
「あなたもどうかしら? 覗きんぼの妖精さん。」
肩が跳ね上がるくらいびっくりしました。顔とカップをこちらに向けている、ということは、私がここにいるということに気づいている、ということです。どうしましょう。出ていって、いいのでしょうか?
「気配の消し方くらい、知っておいた方がいいわよ。悪いようにはしないから、こっちに来て、あなたも頂きなさい。」
その言葉に恐る恐る顔を出してみると、相手は微笑みを浮かべていました。うん、きっと、悪い人じゃない。まずは、勝手に家の中に入ってきたことを謝らなくちゃ。とことこと近付いて、目の前まで来たところで、深々と頭を下げました。
「ごめんなさい、勝手に家の中に入っちゃって。あの、私、かくれんぼしてて、隠れる場所を探してて、それで……」
「いいのよ、きっとそんな事だろうと思ってたし。そんなことより、これ、とてもおいしいわよ。あ、でも、妖精の口に合うかどうかはわからないけど……」
いつの間にか、小さなカップの中に注がれた紅茶。近いからでしょうか、さっきよりもはっきりと、甘い香りを感じます。カップを受け取って、少しだけふぅふぅと息を吹きかけます。そして一口―――
「―――ほわぁ~。」
なんだか、とても心地よい気分になりました。甘い香りが拡がって、なんだか病みつきになりそうな感じ。心なしか、眼がとろーんとしているような気がします。
「―――ほわぁ~。」
もう一口。やはりとってもいい感じになります。眼の前では、なんだか心配そうな視線をこちらに向けている人の姿が見えました。
「やっぱり、妖精には少しばかり刺激が強すぎたのかしら。あなた、大丈夫? 自分の名前とか、忘れちゃったりしてない?」
「はいぃ、わぁしはぁ、すぁーさぁいぁ……」
とても気分が良くなって、視界がぼやけて、次第に意識が遠くなっていって―――
眼が覚めると、私はベッドの中にいました。
「まったくもう。私の家に来て倒れたのは、あなたで2人目よ。大丈夫? 今度こそ、ちゃんと名前は言える?」
心配そうな表情で私を見つめる姿。この人、どんなに優しい人なんだろう。
「……わたし、スターサファイアって言います。光の三妖精の一人です。」
「そう、私は、風見幽香っていうの。最近は、花を創ってくれって頼みに来る人たちの相手をしているのよ。」
風見幽香さん。花を創ってる人なんだ。だから、こんなに優しさあふれる人になれるのかな。
「さっきの飲み物は、サフランティーというものよ。サフランという植物の雌蕊を使った、いわゆるハーブティーの一種。健康に良い効果があるんだけど、妖精には少しばかり刺激が強すぎたみたいね。」
サフランティー。そういう飲み物があるんだ。とてもおいしくて、とても心地よい気分になれる飲み物。また飲んでみたいなぁ……
「幽香さん、その、サフランティー、私、もう一回飲んでみたいです。」
正直に頼んでみました。幽香さんは軽く苦笑を浮かべています。それもそうですよね、また倒れちゃったりなんかしたら、幽香さんも困るだろうし。しばらくの間、互いに見つめ合っていましたが、ようやく幽香さんが何かを決心したようでした。
「そうね、妖精向けに調整したサフランを創ってみるというのも面白いかもしれないわ。せっかくだから…… スターちゃん、あなた、自分の花が欲しいと思ったりしない?」
なんだか、幽香さんの瞳がきらきらと輝いています。私達でも飲めるようなサフランティーを創るってことで、それで私の花を創るってことで―――
「え? 私の、花?」
「そう、今日あなたに会えた記念にね、自然の具現でもある妖精の花を創るっていうのも面白そうだなって思ったの。どう? あなたの象徴となる花、欲しいと思わない?」
私は大きく頷きました。私の花。どんな花ができるのか考えただけで、なんだかわくわくしてきました。さっきの幽香さんの瞳の意味、なんだか少しだけわかったような気がします。
「じゃあ、少しだけ待っててね。あなたのイメージを花に反映させて、綺麗な花を咲かせてあげるから。」
そして、幽香さんは部屋を出ていきました。どんな花ができるんだろう。幽香さんの言葉から考えると、サフランを基にして創るみたいだけど、そういえば、サフランってどんな花だったっけ。ふと、さっきの甘い香りを思い出してしまいました。
しばらくして、幽香さんが一つの鉢を手にして戻ってきました。土からひょっこり顔をだしたような青い大きな花びら。黄色い雌蕊との色合いが鮮やかで、一目見てうっとりしてしまいました。あれ? たしか、この花、どこかで見たような―――
「―――クロッカス?」
「さすが妖精、少しは花の知識があるのね。せっかくだから教えてあげる。クロッカスは花サフランとも呼ばれていて、観賞用に栽培される、サフランの同属植物なのよ。サフランティーに使う花の名前はサフランだけど、区別するために薬用サフランと呼ばれているの。ここにあるのは、それを基にして創った、あなたの花。名前は、そうね、スターサフランと名付けましょうか。」
なんだか難しいことを教えてもらいました。クロッカスだけどサフランで、サフランだけどただのサフランじゃない。頭の中がぐるぐるしてきました。とりあえず、これが私の花だって事だけは、しっかり覚える事にしました。
「それでね、この花にはちょっとだけ、面白い工夫をしてみたの。夜になったら、きっといいことがあるわよ。」
面白い工夫って何だろう? そんなことを聞いたら、今夜が待ち遠しくなってしまうじゃないですか。幽香さんから鉢を受け取って、顔を近づけて深呼吸してみました。さっき感じたよりもほんのり優しい、甘い香りが漂って来ます。自然と顔がほころんでくるのを感じました。
「あとは、サフランティーの淹れ方を教えてあげれば大丈夫ね。といっても、さっき覗いてたんだったら、改めて教えなくてもいいかもしれないけど。」
幽香さんが意地悪な笑顔を浮かべて私を見つめてきます。べつに、最初から覗こうと思って覗いてたんじゃないんですよ。かくれんぼの隠れ場所を探して、この小屋に入ってきただけなんですから。ちょっとだけ頬を膨らませて怒った表情を見せてみます。ん? あれ? そういえば、かくれんぼってどうなったっけ?
「たいへん! 私、かくれんぼの途中だったんだ! もうだいぶ時間が経ってるけど、サニーとルナはどうしてるんだろう。まさか、まだ私を探してるとか……」
「まぁ、それじゃあ、外で動き回ってたのはあなたのお友達だったのかしら。今日はいつもよりも元気な妖精がいるなって思ってたんだけど。」
「幽香さん、いろいろとありがとうございました。私、急いで戻らないと。」
「あぁ、ちょっと待って、せっかくだから、これをお土産に持っていきなさい。スターサフランの雌蕊を乾燥させたものよ。これにお湯を注げば、おいしいサフランティーができるはずだわ。」
そう言って、幽香さんは手のひらサイズの小箱を手渡してくれました。改めて深くお辞儀をしてから、私は小屋を出て、サニーやルナのいる方向に向かいました。
「ほんっと、どこに隠れてたのよ!いくら探しても見つからないんだから、この畑に住む怖い妖怪に食べられちゃったんじゃないかって心配したんだから! 遊びの途中にいなくなるなんて、ほどほどにしてほしいわ!」
戻った時のサニーの第一声がそれでした。さすがのサニーも、小屋の中に隠れるという発想は思いつかなかったようです。一面に咲くひまわりの一本一本を隅々まで調べ回ったとかなんとかで、少しだけむくれているようでした。
「かくれんぼは最初にいなくなるものよ。それを探すのは鬼の役目でしょう?」
少しだけ呆れた顔を浮かべつつ、ルナが呟きます。サニーはというと、もう鬼役はたくさん、と言ってそっぽを向いてしまいました。
「そんなに怒らないでよサニー。ほら、おみやげがあるから、機嫌直して。」
「おみやげ? あら、綺麗な花じゃない。なんて言ったっけ、クロッカス?」
「へへー、これはクロッカスだけどサフランって言って、サフランだけどただのサフランじゃないのよ。」
「スター、言ってることがよくわからないんだけど。」
鉢を差し出して説明してみたものの、なんだか二人はピンと来ていないようです。顔を近づけてまじまじと見つめる二人を見ていると、なんとなく優越感に浸りたくなります。でも、本命はまだこれからです。
「さぁ、そろそろ家に帰りましょう。とっても美味しい飲み物を御馳走してあげるから。」
家に帰るまでの間、二人は不思議そうな顔を浮かべていました。おいしい飲み物って何? と聞かれたりもしましたが、それは飲んでからのお楽しみです。私はと言うと、あの味と香りを思いだして、自然と笑顔が浮かんできました。
家に着いたら、早速お湯を沸かします。テーブルにはカップが3つ。その中にそれぞれ一つまみ、小箱から取り出した物を入れていきます。これだけでも、仄かに香りが漂ってくるのがわかりました。
「へぇー、おいしい飲み物って、紅茶のことだったの?」
「紅茶というより、ハーブティーの一種だって言ってたわ。」
お湯を注ぐと、カップの中が黄色く色づいて行くのがわかりました。周りに漂う香りが濃くなるにつれ、私の気持ちも高まっていくようです。では、いただきます。
「「「―――ほわぁ~。」」」
3人分のハーモニーが響いたのを感じました。うん、やっぱりおいしい。幽香さんのところで飲んだ時ほどじゃないけど、このくらいの方がいいなって思います。サニーやルナの口にも合ったようで、あっという間に一杯を飲み干してしまいました。
「スター! なにこれ! すっごく甘い香り!」
「コーヒーもいいけど、紅茶も悪くないものね。なんだか病みつきになりそう。」
「紅茶じゃないってば、ルナ。なんて言ったっけ。そうそう、サフランティーっていう飲み物よ。」
「ねぇ、私、もう一杯飲みたい。いいでしょ?」
「ほどほどにしないと、お腹を壊しちゃうかもよ? でも、私も、もう一杯飲んでみたいな。」
そんなこんなで、結局3杯も飲んでしまいました。あぁ、おいしかった、という感想を呟きながら、私たちはそれぞれの部屋に戻っていきました。そういえば、幽香さんが、夜になったらいいことがあるって言っていたことを思い出しました。どんなことなんだろうと思いながら、私は枕元に鉢を置いて、部屋の明かりを消しました。
その時です。スターサフランの花びらが、仄かに発光しはじめました。まるで星の瞬きのような光に、私の顔は自然とほころんでいきます。ずっと見ていても飽きない光の明滅でしたが、しばらく見つめているうちに、私の眠気の方が強くなってきたようです。いつの間にか、私の意識は夢の中に溶けていきました。
「おはよう、ルナ、スター…… たたたた……」
「おはよう、サニー、スター…… たたたた……」
「おはよう、サニー、ルナ…… たたたた……」
たたたた、という不思議な言葉をおまけにして、翌日の朝の挨拶を済ませました。なんとなく、朝起きてみるとお腹が痛いなぁって感じがしたのです。他の二人も、どうやら同じみたいです。心当たりがあるとすれば、それはただ一つ。
「スター、昨日の飲み物だけど、一体どこで手に入れたの?」
「太陽の畑で、かくれんぼの途中に、風見幽香っていう人に会ったの。その人にもらったんだけど……」
それを聞いた途端、サニーの顔が青ざめていくのがわかりました。その理由がわからずに首をかしげると、突然、サニーが私に飛びかかってきました。
「スター! なんでそんな大切なことを早く言わないのよ! 風見幽香って言ったら、太陽の畑に住む、すっごく強くて怖い妖怪なのよ! あぁ、もう、そうとわかっていれば…… あいたたた……」
「大きな声を出すと、お腹に響くわよ。とにかく、太陽の畑に行って、こうなった理由を聞いてこないとね、スター?」
軽くお腹を押さえながら、ルナはそんなことを提案してきました。それにしても、私には幽香さんは優しい人に見えたんだけど、そんなに怖い妖怪なのかな。とにかく、今日の私たちの予定は決まりました。
「私はお医者さんじゃないのよ? お腹が痛いなら、竹林のお医者さんのところに行ってみたらどう?」
早速、太陽の畑の幽香さんの小屋に向かった私たちでしたが、幽香さんからはそんな言葉をかけられてしまいました。たしかに、お腹が痛い時にはお医者さんに行くものですが、今回の場合は特別です。
「実は、お腹が痛くなった原因の心当たりというのが、昨日頂いたサフランティーなんです。他には特別なことは何もしてないし…… 幽香さん、どうしてこうなったのか、教えていただけませんか?」
「ちゃんと妖精用に調整したはずなんだけど…… もしかして、あなた達、おいしいからってたくさん飲んだりしなかった?」
私たちはそろって首を縦に振りました。途端に、幽香さんの顔に意地悪な笑顔が浮かんできました。なんでそんな顔をするんでしょう。少しだけ、私は不安になってきました。
「……実はね、サフランティーは特別なお茶で、一度にたくさん飲みすぎると、お腹の中で膨らんで腹痛を起こすのよ。そして、いずれはお腹が破裂しちゃうなんてことも……」
背筋が凍るというのはこのことなのでしょう。一瞬とはいえ、自分がまるで氷の妖精にでもなったかのような錯覚を感じたほどですから。サニーやルナも同じだったようで、身体がぶるぶると震えているのが傍目に見てもわかるほどでした。
「あ、あの、幽香さん、それって、冗談、です、よ、ね?」
口が震えてかたことにしか話すことができません。そんな私達を見つめる幽香さんの表情は、笑顔のまま変わりません。まるで、残念でした、とでも言っているかのようなその顔に、いよいよ耐えられなくなったのか、サニーが大声で叫びました。
「スター! あんたのせいよ! あんたが幽香からお茶をもらってこなかったら、こんなことにはならなかったんだから!」
「そんな!? サニーだって、美味しいって言いながら飲んでたじゃない。それに、おかわりしたいって真っ先に言い出したのはサニーなのよ!」
「どっちも悪いんじゃない? 持ってきた方、飲んじゃった方。どうでもいいから、大きな声を出さないで欲しいわね。お腹に響くのよ。……いたたたた。」
「一人だけいい子ぶってるんじゃないわよ、ルナ。私だって、お腹が痛いのは変わらないわよ。もう…… どうすればいいのよ!」
サニーが泣き出したのをきっかけにして、ルナと私も一緒になって泣き声をあげてしまいました。この辺りになって、ようやく幽香さんの表情も困り顔になってきたようですが、どうしたものかと考えるものの、いい案が思いつかなかったようです。しばらくの間、小屋の中に3人分の泣き声が響き渡っていました。
「あらあら、かわいい妖精を泣かせるなんて、弱い者いじめはあなたの主義じゃなかったんじゃないの、幽香?」
泣き声が止んだのは、小屋への来客が発したその言葉を聞いた時でした。この声、前に聞いたことがある。たしか、魔法の森の―――
「……あ、アリス、さん?」
人形遣いのアリスさんの姿が、そこにはありました。どういうことなのかわからなくて茫然としていると、アリスさんはハンカチを取り出して、涙を拭ってくれました。
「かわいい顔なんだから、泣いてくしゃくしゃになってたらもったいないわよ。さて、この意地悪妖怪に何をされたのか、私に教えて御覧なさい。」
落ち着きを取り戻した私は、これまでの出来事を話しました。自分の花を創ってもらったということについては、サニーやルナには説明していなかったこともあり、驚かれたり羨ましがられたりしました。一通り話を終えると、アリスさんは納得したようで、なるほど、と呟いてから説明を始めました。
「安心なさい。たくさん飲みすぎたからって、幽香が言うようにお腹が破裂したりなんかしないわ。だいたい、お腹の中で膨れる飲み物なんて、この世にあるわけがないじゃない。」
ひとまず、風船みたいにならなくて済むということを聞いたおかげで、ほっと胸をなでおろしました。幽香さんを見ると、軽く舌を出して、ごめんね、という表情を見せていました。改めて、アリスさんが説明を再開しました。
「ただし、たくさん飲みすぎるとかえって身体に害を与えるっていうのは本当よ。そもそも、どんな効果があるかっていうことは聞いてないの?」
私は首を横に振りました。たしか、健康にいい効果があるって言ってたけど、どんな効果なのかは聞いていませんでしたから。すると、アリスさんがゆっくりと私の方を指さしました。その指の差す先は、お腹の下、だいたい、おへその下あたりでした。
「率直に言うと、女の子の血の道を良くするために効果があるの。効果があるっていうことは、その部分に何らかの影響をもたらすってこと。たくさん摂り過ぎれば、薬だって毒になるものよ。」
ちょっとだけ、頬があったかくなっているのを感じました。サニーやルナを横目で見ると、やはり、少しだけ頬が紅く染まっていました。そんな私たちの姿を見て、アリスさんは軽い笑顔を浮かべながら溜め息をこぼします。
「ちょうどいいわ、今日はカモミールを持ってきたから、あなたたちも頂いて行きなさい。少しは気分も落ち着く効果があるかもしれないわよ。幽香、お願いできる?」
そう言って、アリスさんは幽香さんに小箱を手渡しました。はいはい、と言って受け取った幽香さんは、そのままコンロの方へと向かいました。カップを用意しているうちにお湯がわき、小箱から取り出した茶葉が入った少しだけ大きめのティーポットに、静かに注がれていきました。
サフランの時とは違う、なんだかすっきりした香りが部屋の中を包んでいきます。少しだけ、りんごみたいな感じだなって思いました。ティーポットの中で踊るように上下する茶葉を眺めていると、心も浮き浮きとしてきます。頃合いを見て、それぞれのカップにお茶が注がれました。透き通った、綺麗な琥珀色のお茶。カップを受け取った私は、ふぅふぅと息を吹きかけます。サニーやルナ、幽香さんとアリスさんにもカップが行き渡ったところで、タイミングをそろえて一口目を味わいました。
「「「―――ほわぁ~。」」」
サニー、ルナ、そして私の3人の声がハーモニーになって響きました。とても気分が落ち着いて、なんだかうとうとしてしまいます。
「あぁ、そういえば、妖精にはハーブティーは少し効きすぎるんだったっけ。」
「ちょっと、そういうことは早く言いなさいよ。あぁ、この子たち、もう目がとろーんってしちゃって……」
すぐ近く、目の前にいるはずなのに、なぜか遠くからそんな声が聞こえた気がしました。今は、このふわふわした感覚に身を委ねよう。仄かなりんごの香りに包まれながら、私の意識は夢の中に溶け込んでいきました。