Coolier - 新生・東方創想話

いつもの私orメガネの私

2011/08/25 14:21:49
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・この作品は他の『ゆかてん幻想郷』ジェネ)タグの作品と繋がっております。
・同タグの作品と一緒にお読みになられればよりお楽しみいただけると思います。





面白いもの大好きな天子は、外界の商品を置く香霖堂へ足を運んでいた。
この店には前々からよく来ており、興味深げに商品を見定めては気になった物の説明を店主に求めたりしている。
その癖、大抵は見るだけで満足して帰って行くので、説明させられる店主の霖之助からしたら結構な迷惑であった。
もっとも買うときはちゃんと金を支払うので、ツケを返さない紅白の巫女や白黒の魔法使いよりはマシであるが。

「おっ、メガネだ」

今回も天子は琴線に触れる商品を目ざとく見つけてると、すっと手を伸ばした。
ただしいつもと違うのは、物珍しげに商品を手に取るだけで店主に説明を求めはしなかった。メガネのことは天子も何なのか知っている。
ただ幻想郷には外界ほど目を悪くする人がいないので需要は少なく、目にすること自体が少なかった。天子の知人でメガネを掛けているのと言えば、この香霖堂の店主くらいだ。
その為、商品として売られているメガネに興味をそそられ、手に取ったそれをじっくりと見つめていた。

「それは伊達眼鏡だね」
「伊達?」

しかしそれはあくまで眼鏡を模した物だと気付かない天子に、気を利かせた霖之助が読んでいた本から目を離して説明し始めた。

「眼鏡は本来視力の低い者を補助する為の道具だが、それはその機能を排除した言わば装飾品だ」
「ふぅん、確かに眼鏡ってちょっとカッコいいしね」
「そもそも眼鏡と言うのは」
「よし買った! これ代金ね!」

珍しく購入を決めた天子は金をそこにあったブラウン管テレビの上に叩き付けると香霖堂から飛び出していった。
薀蓄を並べようとした霖之助と代金が店内に取り残される。

「……まだ金額を決めてないんだが」

誰も居ない店で不満を述べる香霖は、のそりと立ち上がるとテレビに置かれた代金を取る。
天子は毎回このように買うと決めたら金額を聞かず、一方的に金を払って去っていくのだ。
しかし商品の価値に合う絶妙な金額を支払っていくので文句も言えず、逆にそれはそれで困っていた。
ちょっとくらいは吹っかけてやりたいのだがと思いながら、金を仕舞い込むと霖之助は本の世界に戻っていった。



 ◇ ◆ ◇



「紫、どうよこれ!」

香霖堂で伊達メガネを入手した天子は、早速見せびらかしに紫の家にまでやってきていた。
少し丸っこいメガネの中央、黒いフレーム部分を中指で押さえ、クイッ押し上げてそれらしくポーズを決める。
スタンダードな黒縁メガネの下に得意気な顔を浮かべる天子を、紫はしかめっ面で睨みつけていた。

「似合ってる?」
「あなたそんな事のために昼寝してる相手を叩き起こしたの?」
「いいじゃないの別に。ナポリタンとか言う昔の人間なんて3時間しか寝てなかったらしいじゃない」
「それを言うならナポレオンね。それと彼は3時間の睡眠の他に細かい睡眠を摂って補っていたの」
「どっちにしろ紫は十分寝てるから大丈夫でしょ。夜と昼寝合わせてどれだけ寝てるのよ」
「大体13時間くらいかしら」
「それ明らかに寝過ぎだから。ほら起きなさいってば!」

天子は紫が包まっていた掛け布団を掴むと、天人の能力をふんだんに使い一気に捲り上げた。

「あぁん、愛しの愛しの掛け布団ちゃん」
「寝惚けたこと言ってないで。そんなに寝てたら、逆に体調悪くなるわよ」

紫は寝惚け眼を擦ると、渋々と布団から起き上がった。

「寝間着から着替えるから先に居間に行って待ってなさい」
「はーい。戸棚のお饅頭食べてていい?」
「私の分のお茶も入れておきなさい」
「りょうかーい」

無理矢理起こされたにもかかわらず、結局は素直に対応する辺り紫は天子に甘い。
いつもの導師服に着替えて居間に行くと、先に饅頭を頬張っていた天子の隣に腰を下ろした。
今は藍も橙も出かけているので二人っきりとなる。

「はい、お茶」
「ありがと。それで、その眼鏡はどうしたの」
「香霖堂で買ったの。伊達メガネよ」
「また妙なものに興味を持つわねあなたって」
「メガネには前から付けてみたいなって思ってたのよ。引き締まって見えるでしょ?」
「あなたがそれ以上引き締まると、それはもう涙せずに入られない惨状に……」
「何処見てんのよ! もうちょっと目線上げなさい!」

不自然に顔の下、ついでに補足するとお腹の上に目を向ける紫。
その頭を天子は両手で押さえつけると、力を加えて強引に上に向けさせた。

「メガネかけると知的に見えるでしょ?」
「そうねぇ。黙っていればそうだけれど、普段のあなたと比べると背伸びしてる子供くらいにしか」
「子供じゃなくて無邪気といいなさい」
「邪気全開で悪戯しかけてくるくせに何言ってるの。この前のからし饅頭事件の事、忘れたとは言わせないわよ」

ネーミングだけで大体の内容が把握できる事件だ。
天子がお菓子を作るので台所を借りたいというので貸してやり、お礼にと受け取った饅頭の一つがからし満載の饅頭であった。
口の中の劇薬に耐えながら、必死に表情を変えまいと努力する紫であったが、天子には我慢しているのがバレバレで大笑いされた。
余談だが、その後天子は列車に轢かれることとなった。それと他の饅頭は文句なしの味で、すぐに復活してきた天子と一緒に楽しんだ。

「天子ちゃん何のことだかわかんなーい」
「気持ち悪いからぶりっ子止めなさい」

あからさまにしらばっくれる天子を余所に、紫は饅頭に手を伸ばし、寸前で止まった。

「まさかこれにも仕込んでないでしょうねぇ……?」
「同じことは二度もやらない主義よ」
「と言いつつ、完全に忘れた頃にもう一度仕掛けてくるつもりでしょう」
「チッ、バレてるか」
「やっぱり……」
「あぁ、でもこの饅頭はここにあったやつだし大丈夫よ」

わざわざ天子がこう言って来る場合は、大抵は言っている通りだ。
それでも稀に嘘が混じっているが、概ねこういうところは素直である。
紫が饅頭を口に入れると、餡子の程よい甘みが口の中に広がった。

「いい味だわ」
「ホント美味しいわねー、これどこの店?」
「さぁ。幽々子から分けてもらった物だから知らないわ。今度聞いておいてあげようかしら?」
「いや、今度私の方から聞きに行くからいいわ」

そう言うと遠慮なく饅頭を口に詰め込む天子を、紫は横から盗み見る。
さっきはああ言ったものの、メガネを掛けた天子はそれはもう似合っていた。
天子の言う通り引き締まって見えるし、知的な部分が引き出されているお陰で、いつもよりも小悪魔的な雰囲気が醸し出されている。
悪戯の後で舌をペロッと出して笑顔を浮かべれば似合うに違いない。
紫は開いた隙間の中に腕を差し込むと、デジタルカメラのシャッター音が小さく鳴った。

「あれ。今何か変な音しなかった?」
「そう? 私には何も聞こえなかったけれど」
「んー、じゃあ気のせいかしら……」

天子はメガネを光らせながら辺りを見渡した後で、一応は気のせいで納得したものの腑に落ちずに首をかしげる。そんな動きに不覚にも紫はドキリとときめいてしまった。
なんてことない日常のワンシーンであるが、メガネと言うピースが増えただけでなんと違う絵になることか。
細かい仕草の一つ一つが新鮮に感じて、ついついメモリーカードの容量が圧迫される。今度はちゃんと音まで隠しているので気付かれはしない。
メガネのレンズが光を反射し目元が見えない状態で、口元から笑みを読み取れる様などは中々お目にかかれない。

「どうしたの紫。あんまり食べてないわよ?」
「寝起きだからあまり食欲がなくてね。残りは全部食べてしまってもいいわよ」
「ホント? さっすが幻想郷のお母さん、太っ腹!」
「全く、こう言う時ばかり調子良いんだから」

お世辞を言うと饅頭を掴み、満面の笑みで頬張り始める天子。
大人びたメガネと子供っぽい動作、相反する二つの組み合わせも素敵だ。
メガネと口元に付いた餡子とのギャップがこれまた良い。

「ほら、餡子が付いてるわよ」
「ん?」

じっくりと見ておきたくもなったが、放っておくのは良くないだろう。
紫は隙間からハンカチを取り出すと、天子の口元に押し付けた。
天子は嫌がるように顔を逸らそうとするが、ハンカチはしつこくに頬に付いた餡子を狙って後を追う。

「ちょっ、子供じゃないんだからそれくらい自分で取れるわよ。止めてってば」
「汚してる時点で十分子供よ。はい、取れたわ」

綺麗になった口元からハンカチを離すと、恥ずかしそうな悔しそうな、恨みがましい顔をした天子が上目遣いで紫を見つめてきた。
狙ってるのかこれは。

「もう、子供扱いして」
「私から見ればあなたもまだまだ子供よ」

数百と言う歳を経ても子供らしさが残っているのを天子は嫌がるかもしれないが、紫としては天子の立派な長所の一つだと確信している。
時折見せる狡猾さと子供らしさが同居した天子の性格を、紫はたいそう気に入っている。

「普段ババアって言ったら怒るくせに、こんな時ばっかり歳の差持ち出してきて」
「歳だけじゃないわ。まだまだ抜けてるところがあるし。さっきの食べかすといい、そのメガネといい」

そう言うと紫は天子の顔へ手を伸ばし、掛けられたメガネを引っ手繰った。

「あっ、こら取らないでよ!」
「何言ってるの。こんな汚れだらけのメガネを掛けてたら目を悪くするわよ?」
「……汚れ?」
「ここ、見てみなさい」

紫が指差した部分に天子が目を向けてみると、レンズのその部分が少し白くぼやっと濁っているように見えた。
よく見れば他にも細かい埃なども付着している。

「ホントだ、全然気付かなかったわ」
「こういうのには手の油なんかも付着して知らないうちに汚れてくるから、常に気をつけておかないと駄目よ。これをあげるから使いなさい」

紫はまた隙間に手を差し込むと、中から一枚の青い布を取り出して天子に手渡した。
天子はその布を撫でると、しげしげと見つめる。

「珍しい手触りね。もしかしなくても外界の?」
「メガネを拭くのに最適な布よ。普通の布じゃ取れない汚れまで取れるわ」
「へぇ、ありがとね」
「先にレンズに息を吹き掛けてから拭いてみなさい」
「こう?」

天子はメガネを口元に近づけると、口を細めてフゥーと息を吹き掛けた。

「そうじゃないわ。口を大きく開けてハァーって」
「ハァー……おっ、曇った」

レンズが息で曇ったのを確認すると、天子はすかさず紫から貰ったクリーニングクロスでレンズの汚れを拭き取った。
これもまたギャップにより、先程までのメガネにより知的さが引き出された状態と比較され、慣れない手つきでメガネを拭く天子の可愛さがより引き立っていた。
両方のレンズを拭き終わった天子は、もう一度メガネを掛けると確かめるように視線を泳がせる。

「確かに綺麗になったわね。さっきよりも見え易い」
「布も定期的に水洗いしておきなさい。布の方にも目に見えない汚れが溜まっていくから」

何度も使ってゴミが溜まっていくと、レンズを拭く際に傷付けたりして良くない。ゆかりん豆知識。

「それにしても、よくメガネが汚れなんかに気が付いたわね」
「そう言う知識があったからすぐに気付いただけよ」
「にしらってよく見てるわ。もしかしてこれが気になるとか?」

天子はニヤリと笑ってメガネのフレームを両手で摘むと、これ見よがしにメガネを見せ付けてきた。
確かに気になるといえば気になるのだが、紫の気になるは天子の言う気になるとは少し意味合いが違う気がする。

「欲しくたってあげないわよ。これは私が買ったんだから」
「あなたじゃあるまいし、一々そんなのでせびったりしないわよ」
「ちょっと、それどういうことよ!」
「それに、私だってメガネくらいは持っているわ」

紫は天子の声を無視して隙間に手を差し込むと、紫色のフレームのメガネを取り出して身に付けて見せた。
横長のメガネの奥から紫色の瞳が天子を見つめる。メガネの形からか気のせいか、いつもよりも目元が鋭く見えた。

「ほらこの通り」

口元を吊り上げて笑って見せる紫だったが、その顔を見る天子は納得いかない表情でいた。

「……うーん、なんかねぇ」
「あら、そんなに似合ってないかしら」
「あぁ、違う違う。似合ってはいるんだけど……」

紫の言葉を天子は両手を振って否定する。
事実メガネを掛けた紫は凄く似合っており、百人に見せて意見を聞けば、百人が彼女が美女だと認めることだろう。

「ねぇ、他にもメガネ持ってない?」
「あるにはあるけれど」
「じゃあ全部出してみて」

断る理由もないので、紫は天子に頼まれた通りにメガネを出すこととした。
宙に隙間を開くと奥から何十個ものメガネが押し寄せてきて、畳みの上にガチャガチャ音を立てながら落下した。

「うわ、何でも持ってるとは思ってたけど持ち過ぎでしょこれ」
「長く生きると色々溜まるものよ」
「いや、これどっちかって言うと最近の物でしょ……おっ、これこれ」

天子はメガネの山を探り、目当ての物を見つけるとそれを取り出した。
茶色いフレームで天子の掛けているのよりも丸みを帯びたメガネだった。

「はい、紫じっとしててね」
「ちょっと、天子?」

天子は正面から紫へ近寄ると、紫の顔に手を伸ばそうとした。
紫は一瞬身を強張らせるが、天子は構わずに紫が掛けていたメガネを取り外す。
そして先程メガネの山の中から手に取った丸いメガネを代わりに掛けさせる。
天子は自分よりも背の高い紫を少し下から見上げて、満足げに笑みを浮かべた。
間近で微笑まれて、紫の鼓動が高鳴る。

「うん、よし」
「て、天子? メガネを選んでくれたのは嬉しいけれど、こう言うのは私にはあんまり合わないんじゃ」
「そんな事ないわよ、私はこっちの方が好きかな。紫はおっかないところもあるし、さっきのメガネもよく似合ってたけど。優しいし所とか可愛い所だってあるんだから、こう言う丸っこいのが似合うわよ」
「か、かわいっ!?」

不意にそんな事を言われて、紫はつい顔を赤く染めて過剰に反応してしまう。
歳はずっと上の癖して、こういうところだけ少女なのが面白くて可愛いのよね。と天子は思う。

「それにさ、紫の眼は綺麗なんだから、それが映えるように大きなメガネにした方が断然良いわ。色も眼の色に添えるくらいで十分よ」

天子は身を乗り出すと紫の頬に手を添えて、紫色の瞳を覗き込んだ。
真正面からじっと見つめられて、紫はどんどん胸の高鳴りが加速していき、あっという間に耳が血が流れる音で一杯になった。
天子としては綺麗な瞳をもう少し見つめていたかったが、耐え切れなくなった紫がすぐに手を退けさせると、赤くなった顔を隙間から取り出した扇子で赤くなった顔を隠す。

「もう、あんまり年上をからかわないの」
「また恥ずかしがっちゃって、ヘタレねー。そんなんじゃ好きな人とか出来たりした時に苦労するわよ」
「余計なお世話よ」
「いたっ」

紫の反応を面白がって、天子はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
そんな天子の後頭部を、紫は隙間経由で軽く小突いた。
はぁ、と一度溜息を吐くと、扇子の下で小さく言葉を呟く。

「……こんな風になるのはあなたとだけよ」
「ん? 何か言った?」
「別に何も、空耳じゃないかしら」
「……まぁなんでもいいか。それよりもこんなにメガネ一杯あるんだし半分貰っていい?」
「そんなにあっても使わないでしょ」
「お前が言うな。それに、その内その時の気分に合ったのを探して使うかもしれないじゃない」
「私は隙間に収納してるから大丈夫だけれど、無闇に集めたら魔理沙の家みたいに散らかるわよ」
「そう言えばそうね……じゃあ欲しいのを厳選して貰っていくとするわ」
「貰うこと前提で話を進めない」

天子が会話を無視して勝手にメガネの山を漁り始めるのを、紫は悩ましげな表情で見ていた。
これらのメガネは、なんとなくで外界を覗いた時に気に入ったのを隙間にポイポイ放り込んで集めた物だ。ほぼ無限に物を収納できる隙間空間を操れるせいで、別に場所で困ることはないんだしとついつい何でも集めてしまう。
正直なところ持っていても使うことはないだろうし、それならば使うかもしれない天子に持って帰って貰ったほうがいいかもしれない。
だがこのままの流れで強引に持ち去られるのは、あまり快くは思わなかった。
可愛い衣装でも着てくれて「ゆかりんこれ頂戴☆」とでも言ってくれればいくらでも差し出すのだが。

「……ふむ。そうね、服ねぇ」
「本当に一杯あるわね……あ、これ値札ついてるじゃない。でも気に入ったから貰い」

しかし天邪鬼な天子が、そう簡単に紫の望む格好をしてくれるとは思えない。
メガネ如きにそこまでするつもりはないと断られるか、メガネだけでは釣り合わないと無理難題そうに見えてギリギリ妥協できるラインの物を要求してくるか。となれば正攻法では駄目だろう。
この時点で紫は天子が自分が望む格好をしてくれるならメガネくらい渡すのに、と言う最初の思考から逸脱し始めていた。
どうやって天子に服を着させるかをだけを考え、遂には天子に負けず劣らず強引な案を導き出す。
メガネを怪しく光らせると、紫は早速計画を行動に移した。

「あら天子。このメガネなんてあなたに合いそうなものだけど」
「ん、どれどれ?」

紫はメガネの山の中からメガネを一つ取り出すと天子に差し出した。
今天子が掛けている黒ぶちメガネとは違い、紅いフレームの主張が激しいメガネである。

「天子は活発だから、黒よりもこんな明るい色の方が似合うわ」
「そうよねぇ。黒の方が出来る女って感じはするけど、私に合ってるのってやっぱりそんな色かしら」
「ちょっと掛けてみなさいな」

紫は天子にメガネを手渡すと、掛けてみるように促した。
天子は元々掛けていたメガネを外し、新しいメガネを顔に近づける。
紫が何食わぬ顔をする裏で緊張する一瞬、天子は何かに気付いたように顔を上げて紫をじっと見つめた。

「どうしたのかしら、変な顔をして?」
「あー、いや、ちょっと……」

あくまで平静を装いながら問う紫だったが、もしや策がバレてしまったのではないかと内心ドギマギしていた。
しかし紫を見ていた天子は首を捻ると、視点をメガネに戻した。

「まぁ気のせいよね。何でもないわ」
「今日はそんなのが多い日ね」
「半分以上はあんたが裏で何かやってそうだけどね。いつか全部暴けるようになるから覚悟しておきなさい」

実際には全て紫がやったことであるが、とりあえずは気付かなかったようだ。
天子は今度こそメガネを顔に掛けると、突然力が抜けたように崩れ落ちた。

「いたっ……!?」

ほんの僅かに苦しそうな声を漏らすと、身体をびくびくと震えさせてその場にうずくまった。
それも10秒ほどで収まってきて、頭を抑えながら身を起こした。

「天子、気分はどうかしら?」
「う……少し、悪いです」

天子の言葉を、変化したその言葉遣いを聞いて、紫の口元が釣り上がった。
だがまだだ、喜ぶにはまだ早い。

「天子、私が誰かわかるかしら?」
「え、えっと……?」

天子は二、三度瞬きするとしっかりと紫を見つめる。

「紫は私の……」
「私の何?」
「比那名居天子の、大事な大事なご主人様です!」
「よっしゃー!!!」
「なにやっとるかあ!!?」
「ギャフン!?」

珍しく声を上げて大げさに喜ぶ紫に、すかさず後ろから空手チョップが叩き込まれた。
予想外の襲撃に紫が後ろに振り向くと、式である九尾がその尾を広げてたたずんでいた。

「ら、藍!? どうしてここに?」
「どうしたはこっちですよ! 天子に何変な術仕掛けてるんですか!?」

帰ってきたらば意味不明な行動を取っている主に、藍はいきり立って問い詰めた。

「精神と軽い記憶の操作、ありていに言えば洗脳。どうなったかと言えば、私に従順な控え目メイドのように大変身☆」
「大変身☆ じゃなくて、何でそんなことしてるんですか」
「ふふふ、私の崇高な目的はただ一つよ」

もったいぶった紫は、隙間を開くとスタンダードなメイド服を引っ張り出した。

「コスプレ撮影会がしたいから!」
「威張って言うことか!?」
「あぎゃん!」

チョップ二発目、渾身の力を込められた一撃に紫の顔が畳みに沈んだ。
無理矢理に性格を書き換えられてしまった天子が、慌てて紫の身体を抱き起こす。

「大丈夫ですかご主人様!?」
「大丈夫よ天子。あなたのその呼び方だけで後10年は闘えるわ」
「阿呆なこと言ってないで、そんなことしたら天子に嫌われてしまいますよ」

呆れ果てたか、はたまた疲れ果てたか、藍は大きく溜息を吐いて問い掛ける。
「心配はないわ」と紫はメガネを押し上げて答えた。

「記憶操作もしていると言ったでしょう。メガネがキーになっていて、それを外せば掛けていた間の記憶は綺麗サッパリ忘れるわ。私は可愛い衣装を着た天子を撮影できて、天子はその記憶を忘れ何も知らずに私に願いを叶えて貰う。これぞまさにWINーWINの関係!」
「有り余る才能を駄目な方向に活用しすぎです。あぁ、橙をマヨヒガに置いてきて本当に良かった。こんなところを見せずに済んで」
「酒を飲むたびに、中国での経験を橙に自慢してるあなたに言われたくないわ」
「橙も。藍様は尊敬できるけれど、自慢話にはうんざりしてるって言っていましたよ」
「し、仕方ないでしょう、九尾なんですから」

紫と天子の息がぴったりの言葉攻めに、藍の形勢が悪くなる。

「それよりも天子に服を着させるなら早くした方がいいのでは。あまり長く洗脳していると天子の負担になるでしょうし」
「それもそうね。それじゃあ天子、隣の部屋で着てきて頂戴」
「かしこまりましたご主人様!」

元気一杯に返事をした天子は、メイド服を持って襖の向こう側へ回った。

「ふふふ、メイド姿の天子、想像しただけでクルものがあるわ」
「どうでもいいですけれど、そのメガネどうしたんですか。今まで掛けていたところなど、見かけたことがありませんでしたが」
「ちょ、ちょっとこのメガネは特別なのよ」

頬を赤らめる紫を見て、あぁ天子絡みなんだろうな、と藍は大体を察した。
と、襖を少し開けて天子がこちらに顔を出してきた。

「すいません、お尋ねしたいことが」
「あらどうしたのかしら?」
「一部着け方のわからないものがありまして」
「藍。着せ方は式にして送るから、あなたが教えてあげなさい」
「いやいや、そこは紫様がやるべきでしょう」
「だ、だって下着姿とか見るのは刺激が強いというか……」
「こんのヘタレが……!」

思わず握りこぶしを作ってしまう藍を、「い、いいから早くしなさい!」とますます頬の赤みを強くして恥らう乙女(年齢不詳)が背中を叩かれ押し出した。
仕方なく藍は隣の部屋に移って、与えられた指示通りに作業をこなすことにする。

「わからないというのはこちらなんですが」
「ガーターベルトか。天子はあまりこういうのは馴染みがないだろうからな」
「藍さんはわかりますか?」
「私もこれについては良くは知らないが、紫様から着せ方の式を受け取っているからその通りにすればなんとかなるさ。えーとこれは腰に着けてだな……」
「腰ですか、わかりました」
「それにしても天子は胸はないが腹が引っ込んでて寸胴ではないな。こういうスレンダーな体系と言うのも中々……」
「藍さん、キモイです」
「藍、変な事考えているようならば……」
「何も取って食ったりはしませんし、紫様ほど変なことは考えてませんよ。と言うか洗脳されても天子は言うこと直球だな、キツイ……」

ドスの効いた声を出す紫に返答しながら、せっせと藍は天子に服を着せていく。
紫の出して式の通りに着せていけば、メイド服への着せ替えはすぐに終わった。

「紫様、着せ替え完了しましたよ」
「よし、それじゃ襖を開けなさい。あっ、天子はスカートの両端を摘んでポーズを取っててね」
「わかりました」
「いちいちこだわりますね……それじゃあオープン」

藍が襖を引けば、いつもとは違った格好をした天子が現れた。
装飾が多すぎず黒を基調にしたメイド服を纏った天子は、スカートを摘んでしずしずと頭を下げた後にニッコリ微笑んだ。

「いかがですかご主人様?」

メガネを掛けて洗脳されていても、その笑顔はいつもと変わらぬ眩しい笑み。
おしとやかな雰囲気も相まって、今すぐにでも紅魔館で即戦力になりそうなほどメイド姿が似合っていた。
それを見て、写真を撮ろうとカメラを構えていた紫の手が震える。

「ぶ……ぶ……」
「ぶ?」
「ブラボォォォオオオ!!!」
「うわぁっ!!?」

感極まり奇声を上げながら仰け反って飛び上がって紫に、天子は度肝を抜かれる。
そうしている間にも、しっかりとシャッター音は連続で鳴り響いていた。

「あぁ、可愛いわ。最高に似合っているわ天子。あっという間にカメラのメモリーが埋まっていくわ、恐ろしい子!」
「紫様、天子も洗脳されてるのに引いてますよ」

藍の言う通り、天子は笑顔のままではあるのだが、微妙にそれが苦笑いに変わってきている。

「どれだけ引かれようが、どうせ後で忘れるんだから万事良し!」
「流石紫様、外道ですね」
「ふふふ、こんな天子を見られるなら外道でも畜生でもババアでも構わないわ。天子、そのままクルって一回転してもらえるかしら?」
「こうですか?」

紫の言われた通り、天子はその場で軽やかに身を回した。
摘まれたままのスカートがはためき、サラサラとした綺麗な蒼髪が宙に広がり煌く。
紫は忙しなくシャッターを切りながら、その様子をうっとりとした表情で見つめた。

「はぁぁぁ、可愛過ぎて思わず溜息まで出るわ。メガネとメイド服の組み合わせも似合っているし。次はこれを頭に着けてくれないかしら」
「これをですか……?」
「そう、お願いね」

隙間から取り出したのであろう特殊なキャップを渡されて、天子は少し恥ずかしそうに紫に尋ねた。
けれど期待した表情をする紫を見て、仕方なく天子はキャップを頭に装着する。
天子の頭の上に、ネコミミキャップが鎮座した。

「にゃ……にゃあ?」
「ありがとう現実ぅ!」
「また奇声上げて吹っ飛んだ!?」

少し恥ずかしがりつつも、猫っぽいポーズを取って上目使いにそんな事を言われて、妖怪の賢者もノックアウトせざるを得なかった。
この天子には興奮を通り越して、もはや感動すら込み上げてくる。

「紫様大げさすぎますって」
「こんな可愛い格好した天子にあんなこと言われれば大げさにもなるわ。もし私に変態属性でも付いていれば、これに鼻血が追加されてるところよ」
「いたいけな少女洗脳してこんな事してる時点で十二分変態ですから」

倒れながらも必死にカメラに手を伸ばす紫を、天子は複雑な表情で見つめていた。
何か迷っている様子の天子だったが、やがて覚悟を決めたように手を握り締めると、一歩前に出て言葉を紡ぐ。

「あ、あの……」
「あら、何かしら」

おずおずと声を掛けた天子に、身を起こした紫は返す。

「ご主人様が可愛いものがすきと言うのは前々から知っていましたが。こんな写真を取れてそんなに嬉しいのですか?」

何でもないような質問を紫に投げ掛けた。
果たして何故そんな質問をしてきたのかはわからなかったが、紫は満面の笑みを浮かべた。

「えぇ、本当のあなたには申し訳ないことをしているけれど、とても嬉しくて幸せよ」
「……そうですか」

迷いなく答えられて、天子もつい紫に釣られて同じように笑顔になる。

「いきなりそんな事を聞いてくるなんて、一体どうしたのかしら?」
「いえ別に、ご主人様が嬉しいならそれでいいんです」
「しかし紫様、悪いと思ってるのなら止めた方がいいのでは」
「そうね、撮りたいポーズはあらかたやって貰ったし、とりあえずはこれでいいかしら」

藍に言われて紫は構えていたカメラを下げる。
ようやく終わりかと、メイド服を着た天子は安心したように一息吐いた。

「ご主人様も満足していただけたようですし。そろそろ元の服に着替えさせていただきますね」
「あら、誰が元の服を着ろといったのかしら?」
「はい? いや、でも撮影は終わりじゃ……」
「何を言っているの、宴はこれからよ!」

いつもからでは考えられないほどハイテンションで叫んだ紫が、等身大の隙間を開くと中からキャスター付きのハンガーを引っ張り出した。
そしてそのハンガーにズラリと並んだ多種多様の、服、服、服、服、服、服。

「って、多い多いっ!?」
「私の用意した衣装は百八着まであるわよ」
「ドヤ顔して言うことじゃないですからね。これ全部天子に着せるおつもりですか!?」

一気に部屋の大部分を占領するほど用意された服を見て、天子と藍は思わず圧倒された。
これ全部を着るとなると、それこそ丸一日使ってもまだ足りない。

「安心なさい。全部着せるとなると時間が掛かりすぎるから、私が厳選したもののみを時間が許す限り着せていくわ」
「もしかして、今日一杯撮影ですか?」
「そのつもりだけれど、それがどうかしたの?」
「うわぁ……」

カメラを握り締めて当然のように言い放つ紫に、二人は顔を引き攣らせて引いていた。
この執念染みた気合、全くもって理解できない。

「え、えーとご主人様。お手洗いの方へ行かせて貰ってもかまわないでしょうか?」
「そうね、長くなるだろうし今の内に行っておきなさい。じゃあその間にこっちは衣装を選んでおくわ。」
「はい、それでは失礼します」

紫から了承を得ると、天子はその場から離れてそそくさとトイレへ向かった。
扉を開けて中に入ると、幻想郷では珍しい洋式トイレ(しかもウォシュレット機能付き)に腰を下ろす。
だがトイレに来たと言うのに天子は用を足す気配を見せない、そもそも便器の蓋を下げたままなのですることができない。

「ふぅー……疲れたぁ」

ゆっくりと溜息を吐くと背中をタンクに預けて、気だるげに肩を落とす。
おしとやかな雰囲気だった先程までとは打って変わって、力の抜けているグダグダした雰囲気に切り替わる。

「しかし、何て言うか、紫もアレよね」

小言を呟く天子は指先を顔へと伸ばし、紫が渡してくれたメガネを取り外した。

「アレで結構間抜けよね。ちょっと演技してみたらコロッと騙されちゃってまぁ」

洗脳などされていない、いつも通りの天子がそこにいた。

「それか私のこと舐めてるのかしら。天人なんだし、術を掛けようとすれば気が付くわよ」

掛けた筈の術が効いていないなどと露知らず、勝手に勘違いしてはしゃいでいた紫を思い返して嘲笑う。
紫がメガネを選び、それを受け取った時点で、天子は全ての仕掛けに気付いていた。
だからこそあえて術に掛かった振りをして、紫がその先で何をするつもりだったのか探ろうとしたのである。それにしたってコスプレ撮影会なんて始めるとは思わなかったが。

「さぁて、ここからどうしてやろうかしら」

メガネを人差し指に引っ掛けてクルクル回しながら、いかにも悪巧みしてますよ的に口元を吊り上げる。
せっかく恥を晒してまでチャンスを得たのだ、紫をギャフンと言わせるような策練り始める。
撮影が終わった瞬間にカメラを破壊するのはどうだろうか? いやいや、こっそりカメラに細工して映らないようにするのも良いかもしれない。
なんにせよこの状況は圧倒的に天子が有利だ、洗脳なんてふざけたことをしようとした報いは十分に受けて貰おうじゃないか。
だが悪巧みをする天子の脳裏に、さっきの紫の笑顔が思い出された。

『えぇ、本当のあなたには申し訳ないことをしているけれど、とても嬉しくて幸せよ』
「……っ」

ニヤついた口元をつぐみ、振り回していたメガネを止める。
あの顔を思い出した途端、考えていたものを全部吹き飛ばされてしまった。

「……紫の卑怯者」

いつもは胡散臭かったり澄ました顔で居るくせに、ここぞと言う時にあんな風に可愛い笑顔をしてくるなんて。
あんな顔を見せられたら、ついつい甘くなってしまう。

「ま、まぁ、たまに付き合ってやるのもいいかしら。紫には色々お世話になってるし」

ご飯をご馳走になったり、美味しいお菓子を分けてもらったりしているし。
どこか言い訳のように取り繕うと、再びメガネを掛けてドアノブに手を掛けた。
今回はあくまで紫に操られただけだ。
紫をご主人様と呼んでいるのもそのせいだし、変な格好して写真を撮られるのだってそうだ。
悪いのは全部紫で、天子が知らない内に全て終わる。ただそれだけのことだ。

「でも、紫が可愛いって言ってるのは。私じゃないのよね」

ドアノブを回そうとした手が止まる。
何だろう、胸の内でくすぶる、この不愉快な黒い気持ちは。

「……馬鹿馬鹿しい、それがどうしたってのよ」

だがそんな気持ちはすぐに振り払い、とっととトイレから出て紫の待つ居間へと戻っていった。

「ただいま戻りました、ご主人様」
「お帰りなさい。今度はこれを着てくれるかしら」

部屋に戻ってくるなり早速次の衣装を寄越される天子だが、部屋から藍がいなくなっていることに気がついた。
もしかして、と嫌な予感が過ぎる。

「あの、藍さんはどこへ行かれたのですか」
「藍は付き合いきれないと言って出て行ったわ」

予感的中。凄く面倒臭いことになった。
ここに来て唯一のストッパーだった藍がいなくなってしまっては、紫の行動に歯止めが掛からなくなってしまう。
やっぱりネタばらしして撮影止めさせようかと思う天子だったが、紫から期待のまなざしで見つめられて結局何も言えず、着せ替え人形をこなすこととなった。

それからは脇が出ていない、普通の巫女服を着たり。

「中々様になっているわね」
「元々私はこの地を治める神官の娘ですし」
「似合わないはずがないわね。とにかく一枚パシャリと」

紅い色合いと美しいチャイナ服を着たり。

「下界に降りてから大陸の方のイメージは随分と変わりました」
「あら、どう変わったのかしら?」
「居眠り大国」
「それ間違ってるから。あっ、足を上げてそれっぽくポーズを取って頂戴ね。その綺麗な生足が映えるように」
「変態的ですね」
「何と言われようが、ここで貴重な生足ショットを逃す手はないわ」

ゆかりんオリジナル魔法少女衣装を着たりした。

「何だか嫌な記憶が思い出されるんですが」
「気のせいよ」
「それにヒラヒラが多すぎて装飾過多ですし、ピンク色なんて私に似合うとは思えませんけれど」
「ヒラヒラに付いては完全に私の趣味だから個人の感性次第だけれど、天子にはピンクの衣装だってとっても可愛くて似合っているわ」
「……ありがとございます」
「はい、それじゃこっちに目線向けて」

その後も色んな衣装を着て、天子は写真を撮られ続けた。
撮影の間、紫は事ある毎に「可愛い」だの「似合っている」だの言って聞かせて、顔をほころばせていた。
そうして紫が笑うたびに天子の胸は温かくなる。
けれど同時に、天子の心で黒い感情の炎が勢いを増してきた。

「天子、どうしたのかしら。何だか表情が硬いけれど」
「……いえ、何でもありません。大丈夫です」

紫に聞かれて、天子は出来る限りの笑顔を浮かべて受け流す。

「でもずっと続けていて疲れてきたのかもしれないわ。そろそろ休憩にしましょう」
「わかりました。その前にいつもの服に戻っていいでしょうか。あちらの方が気が休みます」
「そこは好きにしていいわ」

気分が沈んでいる理由はそれだけではないのだが、紫の言う通り疲れているのも事実だ。
天子は着替えて座布団に座り込むと、紫がその隣に並んでカメラの裏側を天子に見せてきた。
そこには、先程のメイド服を着た天子の姿が表示されている。

「さっきの写真ですか?」
「えぇそうよ。これは撮った後すぐに確認できるの」

紫がボタンを押せば写真が切り替わり、別のアングルから撮られた写真が表示された。

「本当に可愛く撮れているわ」

次々と切り替わっていく写真を見て楽しむ紫だったが、天子はずっと無表情で眺めている。

「……もういいです」

我慢していた何かを堪えきれなくなったように、天子はカメラを押し退けた。
今一天子の気持ちを察せずに疑問を浮かべる紫に、天子は身体を向ける。

「一つ聞きたい事があります」
「なにかしら?」
「いつもご主人様といる私は可愛くないんですか、好きじゃないんですか?」
「えぇっ!? いや、それは、その」

思いもよらない質問に、紫は顔を赤らめて困惑した様子だった。
このままでは答えてもらえるか怪しいと思い、天子は続けざまに口を開く。

「答えられないんですか? それとも普段の私はお嫌いで?」
「そんな事はないけれど……」

天子に言い負かされた形で紫は押し黙る。
少しの間そうやって黙り込んでいたが、天子の眼力に負かされて渋々と口を開いた。

「うぅっ……それじゃあ、一回しか言わないから良く聞いて。いや良く聞かなくていいわ。むしろ聞き流してくれた方が」
「早く」
「はい」

有無を言わさぬ天子の威圧感に、紫は正座で姿勢を正す。
本来なら洗脳されているものがここまで強気に出るはずがないのだが、それに気付かないくらいに紫の方はいっぱいいっぱいだった。
頬を染めて天子の目を直視できずに目線を反らしボソリと口を開いた。

「ふ、普段の天子はその、凄く可愛いと思ってるわ」

消えそうなほどか細い呟きだったが、確かにそれは天子の耳に届いた。
そしてそれだけの言葉で、天子の胸で渦巻いていた黒い炎があっという間に消え去っていく。

「勿論見た目だけで言ってるんじゃない。性格が良いとは言えないけど、常に自分にとっての幸せを追い求めていて。そのために悪戯して、しっぺ返しを喰らっても後腐れなくて。この郷で楽しく笑って過ごしているあなたはとても魅力的で。天人とは思えないくらい快活で、嫌なものを全部吹き飛ばしてしまいそうな笑顔。そんな風に笑っている時の天子はとても可愛くて、一緒にいると私も笑顔になれる」

紫は途中から恥ずかしそうに顔を俯けてしまったが、それでも少しずつ想いを伝えていく。それを天子は緩みそうな頬を必死に押さえながら聞いていた。

――不思議だ、本当に不思議だ。
紫の話を聞いているだけで自然にニヤける。顔がだらしなく笑ってしまう。
さっきまで嫌な思いをしてたのにもう忘れてしまった。
胸の内がすっごく暖かい。

もうこの時点で天子は洗脳がどうとか、そんなものはどうでもよくなってしまった。
けれど、それはそれで簡単に意志を曲げられてしまっているようでちょっと気に入らない。なのでちょっと意地悪する事にする。

「なら、何で洗脳なんかしたのですか」
「えーと、最初はちょっとした出来心だったのよ? でもそこから暴走し始めて……」
「用するに悪ノリで人の心を弄んで楽しんでいたと」
「その通りですごめんなさい!」

とうとう土下座までしだした紫を見て天子は溜飲を下げる。
妖怪の賢者の土下座姿見られただけでも、わざわざ猿芝居した甲斐があったかもしれない。

「服を着せたいなら、素直にいつもの私に頼めばよかったのに」
「天子が聞いてくれるとは思えないし。」
「ふぅん。本当、馬鹿よね紫って」
「は……?」

紫がようやく天子の様子がおかしいと気付いた時を見計らって、天子は掛けていたメガネを取り外した。
土下座の体制のまま顔だけ上に上げた紫が、呆然とそれを見上げる。

「て、天子……?」
「天子だけどそれが何か?」
「……いつから?」
「あえて言うなら最初から」
「きゃああああああああああああああああああ!!!」

知らない方がよかっただろうに、事態に気付いてしまった紫は過去最高の恥ずかしさで頭を抱えてのた打ち回った。
畳の上で跳ねる紫を面白いなぁと天子が眺めて数秒、紫がもう一度顔を向けてきた。

「……もしかして、最初からって言うのはメガネを掛けた時からと言う意味?」
「いやー、ブラボーとか言いながらひっくり返ったときはちょっと引いたわ」
「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

燃料追加。
速度倍で今度は転がり回ろうとする紫が、部屋に置きっぱなしだった衣装を轢きそうになる。瞬間、ピタリと停止してゆっくりと引き下がった。どんな状態でも服は大事らしい。
コロコロと天子の前に戻ってくると、顔を抑えて小さく丸くなりと肩を震わせて黙り込んでしまった。
やりすぎたかなと思う天子だが、そもそもが紫の自業自得であるので当然の報いか。

「紫ー? もしもーし?」
「貝になりたい……」
「駄目だこりゃ」

完全に精神がノックアウトされていて、まるで話が通じない。
何かしらのアクションがあるなら面白いのだが、こう固まられたら面白みがない。
それに天子が紫に言いたい事はまだ残っているのだ。

「どーしよっかなー……あ、そうだあれだ」
「天子に見られた聞かれた引かれたはずかしい恥ずかしいハズカシイ……」

念仏のように唱え始めた紫を放置して、天子は一旦その場から離れていく。
ブツブツと呟き続ける紫が取り残されて三分ほど経った頃、戻ってきた天子が肩を叩いた。

「紫、ちょっとこっち見てみなさいってば」
「何かしら天子。こんなババアに声を掛けて。所詮私は人の事洗脳してあんなことやそんなことをすることしか出来ない変態よよよ……」
「いい加減うざい。いいからこっち見ろ!」

天子は紫の顔を掴み取ると、強引に目線が自分へと合うように向きを変えさせた。
無理矢理に首を曲げさせられてゴキリと嫌な音が鳴る。
「あだっ!」と悲鳴を上げた紫が目を開けると、変貌した天子の姿が目に入った。

「天子、その格好」
「ふふん、メガネ掛けてなくても似合うでしょ」

天子は脱ぎ捨てられていたはずのメイド服に再び袖を通していた。
思わず目をぱちくりさせる紫に、天子は得意げに笑いかける。

「何でまたメイド服なんか」
「言ったでしょ。服を着せたいならいつもの私に頼めばよかったのにって」
「……こんな簡単にメイド服を着るなんて。さてはあなた洗脳されたままね! 術が不完全でメガネを外してもまだ作用しているんでしょう!?」
「違うわよ馬鹿」

まだ精神的ショックで頭が回っていないのか、変なことを言い出した紫に天子はチョップを喰らわせる。
法力によるブースト付きの一撃に、紫は頭を抑えて痛みに悶える。

「こ、この乱暴さは間違いなく比那名居天子本人……!」
「だからさっきからそう言ってるでしょ」
「で、でも、だって何でそんな素直に」
「そりゃあさ。あんまりしょっちゅうこんな格好するのは嫌だけど、紫には日ごろからお世話になってるし。ご飯食べさせてもらったり美味しいお菓子貰ったり。たまにお願いされるくらいなら一応は聞いてあげるわよ」

毛先を指で弄りながらそう言う天子だが、「ただこれだけは約束して」と付け加えた。

「もう、洗脳したりするのは止めて。あんな私が否定されるようなのは嫌。私を見るなら私を見てよ。私じゃない私を可愛いなんて言わないでよ……」
「……天子」

紫に手を伸ばされ、頬の水滴を指で拭われて、初めて天子は泣いている事に気付いた。
さっきどうでもいいって綺麗サッパリ忘れた癖して、自分でぶり返して泣くなんて馬鹿だなと思う。
でも仕方ないじゃないか。止まらないものは止まらない。

「本当にね、嫌だったのよ私……グス。紫ってば私のこと、本当は嫌いなんじゃないかって思って!」
「そんな事ないわ。絶対にない」

声を震わせて涙を流す天子は跪くと、紫の胸に倒れこんだ。
服を握り締めて泣きじゃくる天子を、紫は優しく腕で包み込む。

「ごめんなさい。私の軽率な行動であなたをこんなにも苦しめて」
「別に、紫がもうしないって言うなら、私はそれで」
「えぇ、もう天子を傷つけるようなことは絶対にしない」
「なら、いいわよ、もう」

天子は紫の胸元から離れて服の袖で涙を拭うと、悲しそうな顔を押し込めてありったけの笑顔を浮かべた。

「紫、どうかしら?」
「可愛いわよ。さっきよりもずっとずっとね」

目を細めて天子はちょっぴり恥ずかしそうに毛先を弄った。



 ◇ ◆ ◇



「欝だ……」
「橙です。仕事が終わって家に帰ると言うのに、藍様が落ち込んでて空気が重いです」

太陽が西のほうで紅く染まる夕暮れ。
人里で買った食材が詰まった鞄を持ちながら、藍と橙は山道をトボトボと歩いていた。

「どうしたんですか藍様。今日の大結界の直し、そんなに大変だったんですか?」
「そうではないんだが。紫様と天子がちょっとな……」
「お二人がどうかしたんですか?」
「どうかしたんだが、詳しくはあんまり話したくないと言うか。とかなんとか言ってる間に着いちゃったよもう」

山奥にひっそりと鎮座する屋敷の玄関の前で藍は立ち止まってしまった。

「むぅー……」
「お二人がイチャイチャしてて入りにくいなら、いっそ今日は橙の家で食べますか? 紫様もお腹がすいたなら隙間で取り寄せる何なりするでしょうし」
「そうしたいのは山々だが、今の紫様は暴走状態で放っておいたら空腹で倒れるまでやりかねないし。出て行ってなんだが私がいないとストッパー役が……あぁ、もう仕方がない!」

意を決した藍が一歩進むと玄関の扉を開け放った。

「ただいま戻りましたー!」
「ただいまでーす」

藍がやけくそ気味に声を張り上げたにも関わらず、家の中からは返事は返ってくる様子はない。

「お出かけしたんでしょうか。よくお二人で隙間で外出していますし」
「いや、恐らくはここにいる。私達の声を聞いてないだけだろう」

藍と橙が靴を脱いで家に上がて奥に進むと、居間の方から襖越しに話し声が聞こえて来た。

「――! ――いいわ天子!」
「――り前よ。私が――ないわけが」

藍は手を伸ばして橙に止まるようにジェスチャーを送る。
橙が命令どおりに立ち止まったのを確認すると、そっと襖を開けて中に顔を出した。

「紫様、ただいま戻りまし――」
「ハイ天子! そこでキラッ、キラッ!」
「はーいいいわよっ……キラッ☆」
「ブラボー! ワンダフォー!!」
「バッチコーイ! イェーイ!!」
「うわぁ……」

ノリノリで撮影をしている二人を見て、やはり藍は若干引いた。
主人である紫もそうだが、天子の方もやたらと張り切ってポーズを決めている。

「あれ、メガネを外してる?」

ここで天子の顔にメガネが掛かっていないことに気が付いた。
洗脳も解けているようだし、なのに何故撮影が続いているんだろうか。

「どうしたんですか?」
「いや、状況がよく飲み込めなくて……」

続いて橙が中の様子を覗き込んだ。
ヒラヒラな衣装を纏い笑顔でポーズを決める天子と、そんな天子をはやし立てながらカメラを構える紫が目に映る。

「わー、綺麗な服。でも大体いつもどおりじゃないですか」
「ん、そうだな。いつのまにか」
「完全にお二人の世界に入ってますし。邪魔しないで料理作っちゃいましょう」
「そうだな、その方がいい……でも何でだ? んー?」

藍は今一腑に落ちない表情をしながらも、台所へ退散していった。
橙はもう一度だけ部屋の中を覗くと、「好きな人がいるっていいなー」と呟いて藍の後に着いていった。



 ◇ ◆ ◇



「あー、もうかなり撮ったわね」
「ふぅ、眼福だったわ」

疲れた様子で寝転ぶ天子は、ホクホク顔でたたずむ紫とガリガリ音を立てながら写真を吐き出していくプリンターを見上げていた。
撮ってすぐに印刷できるなんて便利だなと思いながら、無造作に山のように積み重なった写真を手に取った。
映っているのは胸元に『てんこ』と書かれた体操服(何故てんこなのかは不明)を着た天子。健康的な白色とブルマの下にある生足が美しい。
他にもちょっと手を伸ばせば学ランを羽織っている写真や、カウボーイ風の衣装で銃を構えている写真などがある。
どうもメガネを外した辺りで素顔に似合う方向性へと変えてきたようだ。

「随分ノリノリだったわね」
「そうね、やってみると案外楽しいもんだわ。あんまりしょっちゅうはやりたくないけど」

日頃からこんなことしてたら人として駄目な気がする。

「紫もどう? 写真なら私が取ってあげるわよ」
「結構よ。恥ずかしいし、やるなら自分でやるから」
「そっちの方がある意味恥ずかしいでしょ」

対外的には何の問題もないが、一人でこんな事やるのはそれはそれでどうかと思う。
天子がもう一度写真を手に取ってみると、今度は紺色の布を身に付けて恥ずかしそうにしている自身の姿が目に入った。

「うわ、スク水かぁ」
「何よ変な声を出して、良く似合ってるじゃない」
「でもこれ妙にぴっちりしてるから恥ずかしいのよ、これならまだ下着姿の方がマシだわ。本当にこれ外の世界じゃ普通なの?」
「本当よ。これは旧型のだけど確かに外で一般的な水着よ。だから別に恥ずかしがらなくても……あぁ、この衣装じゃ胸を誤魔化せないものね」
「うるさいババア!」

いきり立った天子が持っていた写真を紫へ鋭く飛ばすが、隙間を出すまでも泣く受け止められた。
舌打ちすると「まぁ、柄が悪い」などと言われたが無視する。

「それにしても本当に沢山取れたわ。あなたも相当疲れただろうし、今日はもう終わりにする?」
「じゃあ最後に私の好きな服で一枚取らせて」
「いいけれど、どれを着るのかしら」
「今から決める!」

身体をほぐそうと両腕を伸ばしていた天子が、上半身を跳ねさせて起き上がった。
今部屋には最初に紫が持ち出したハンガーの他にも、ご丁寧にマネキンに着せられた服なども置かれていて居間の大部分を占領している。

「メガネと言いこれと言い、何でもかんでも持ちすぎでしょ」
「小物から電車まで、何でも収納隙間空間」
「一家に一台!」
「ただし使い方を少しでも間違えると、異空間や宇宙に飛ばされて帰って来れなくなるのでご用心」
「なにそれこわい」

紅魔館で借りた漫画を思い出してカーズは嫌だなと考えながら、用意された衣装を見ていく。
パッと見た感じ可愛い服はあるのだが、今ここで天子が着たいと思うような服が中々見つからない。
さっきまで色んな服を着ていた分、どこか代わり映えしないのだ。
何かないかなと服の群れの中を進んで行くと、白いひらひらした布が開きっぱなしの隙間からはみ出ているのに気が付いた。

「おっ?」
「見つかったのかしら」
「んー、ちょっと待ってて」

天子が隙間の中を覗き込むと、純白の煌びやかなドレスが着せられているマネキンを見つけた。
手を突っ込んで引っ張り出すと紫の元へ持っていく。すると紫は目を丸くして驚いているようだった。

「紫、これ何の服?」
「まさかそれを持ってくるなんて。と言うか出した覚えがないんだけれど」
「隙間開きっぱなしだったわよ。中覗いたらあった」
「夢中になりすぎて不注意だったわね……今度からそういう隙間を見つけても手を出さないようにね。中に入ったら隙間空間で行方不明になりかねないから」
「こわっ、ちゃんと管理しときなさいよ。でこの服は」
「服の方はウェディングドレスよ」
「うえでぃ……日本語で」
「西洋で一般的な結婚式での花嫁衣装よ」
「花嫁の? へぇー、これが」

綺麗な服だったので持って来たのだが花嫁衣装とは思わなかったのか、天子は興味心身にドレスを眺める。

「こっちの方は白は死装束だけど、向こうの方は違うのね」
「昔はそれで受け入れられなかったようだけど、最近は日本もこれを着て挙式を上げることが多くなってきてるわ」
「ふーん……よっし、決めた!」

ようやく見つかったと手を叩いた天子は、マネキンからウェディングドレスを剥ぎ取りにかかった。

「相手もいないのに花嫁衣装を着るつもり?」
「いーでしょ別に、着たいものは着たいんだから。それより綺麗に撮れるようにカメラ用意しといてよね」
「はいはい。慌てて着て破かないようにね」

ドレスを持って隣部屋へ着替えに行く天子に、紫は印刷された写真をまとめながらおざなりな返事を返す。
先程まではハイテンションで撮影していた紫だが、今は興奮せずに落ち着いたそぶりを見せている。
天子の花嫁姿に期待していない訳ではない。しかし一旦休憩を挟んだので興奮も冷めたし、先程から色んな衣装を着た可愛い天子を見てきて慣れが生まれていた。
それよりも今はアルバムでの写真の並べ方を服装順にまとめる素顔とメガネで別に分けるか悩んでいる。
結局アルバムを増やして二通りとも作ろうとした辺りで、隣部屋の襖が開かれた。

「着替え終わったわよ」
「あら、案外早かったわ……」

紫が現れた天子に目を向けた瞬間、手に持っていた写真がポロリと落ちた。
丸みを帯びて裾が地面に付くお姫様のようなドレスに、頭には輝くティアラと顔を覆う半透明のベール。
純白のウェディングドレスを身にまとった天子は美しく、神々しく感じられて。
紫はまるで雷撃に撃たれたような衝撃が走り、口を閉じるのも忘れてただただ見惚れていた。

「ね……ぇ……」
「ふっふーん、似合ってるでしょ」

得意げな顔で離しかけてくる天子だが、紫は放心したままで動けずにいた。

「ちょっとどうしたのよ、いきなり黙り込んで。もしもーし?」
「……あ、いや。ご、ごめんなさい」

天子に目の前で手を振られて、ようやく紫は意識が戻ってきた。

「何か変ね。あ、もしかして惚れちゃったとかー?」
「えっと。そ、それはその……」
「ちょ、何よその反応。もしかして本気でなんて」
「…………」
「えと……」

冗談めかして言う天子だったが、紫のまんざらでもない反応を見て歯切れが悪くなった。
両者とも頬を赤く染めて黙り込んでしまう。
そのまま何も出来ずに見詰め合ってしばらく、痺れを切らした天子が先に口を開いた。

「ちょっと、何か言いなさいよ……」
「……に、似合ってるわよ。凄く綺麗」

天子の促されて、紫は搾り出すようになんとか声を出す。
思ったままの事を言われて天子は嬉しそうな顔をするが、恥ずかしさは拭えないのか顔を逸らし毛先を弄り始めた。

「あ、当たり前でしょ。私が似合わない訳ないじゃない」
「そうね。性格はともかく見た目はそれなりだから」
「一言余計よ!」

軽口に天子が怒った顔で食い付いて、それを見た紫が面白そうに笑う。
二人とも顔を赤くしたままだが、なんとかそれらしい空気に戻ってきた。

「とにかく写真よ写真。早く取りなさいってば!」
「わ、わかったわ。それじゃ姿勢を正して、こっちに目線を……」

天子が強引に場を推し進めて、紫にカメラを構えさせる。
カメラのピントも調節されて紫がシャッターを切ろうとしたその時、廊下の戸が開いて橙が入ってきた。

「お二人とも、もうすぐご飯ができますから片付けて下さーい」
「わ、橙!?」
「え、な、いつのまに!?」

緊張している時に割って入られて、天子も紫も慌てふためく。

「さっきから藍様と一緒に家にいましたよ」
「そうだったの?」
「家に戻ってきたのならそう言いなさい」
「すいません。お二人の邪魔をしちゃいけないと思って。それにしても天子、凄く綺麗な格好」
「ありがと。そりゃあ私なんだしね」

胸に手を当てて鼻を高くする天子を見ていた橙は、次に疑問を浮かべた顔で紫を見た。

「紫様は着ないんですか?」
「え?」
「だってカメラで天子を写しているんでしょ? だったら一緒に着て写った方がずっといいですよ!」
「ちぇ、ちぇちぇちぇ橙!」

これは名案だとばかりに大きな声を上げる橙に対し、紫は困惑の表情を浮かべていた。
天子が着ているのは花嫁衣装で、同じのを着て並ぶということはそれはつまり。

「むむ、無理よ絶対無理!!!」
「えー、どうしてですか?」
「どうしてもなの!」
「何なんですか紫様。天子からも何か言ってよ」
「私!?」

橙からのキラーパスが天子に渡る。
紫は少し安心した。これで天子が断ってくれれば場は収まるはずだ。

「えっと私はその……」

天子はもじもじと身体を動かして考え込む。
花嫁姿の紫と一緒に写真に納まる姿を思い描き、胸が高鳴った。

「ゆ、紫も一緒の方が、良いかも……」
「天子!?」
「……ダメ?」
「うっ……」

いつものおてんばな天子とは違い、しおらしく上目遣いで頼まれては紫も言葉に詰まる。
不安げな瞳に見つめられて、結局折れてしまった。

「……天子が、そう言うなら」
「うん、ありがと……」

微妙な間を置いて紫は隣の部屋へと移る。
天子は橙と二人で着替えが終わるのを待つこととなった。

「本当に綺麗な服。天子、その服ってどんな服なの?」
「そ、それは秘密よ」

橙が尋ねてきたが、恥ずかしくって答えは言えなかった。
紫が戻ってくるのを、天子は何もせずじっと待つ。そうして何も言わずにいると自然と耳が澄まされて、襖の向こうから服の擦れる音が聞こえてくる。
心臓の音と一緒にそれを聞いていると、やがて音が止んで襖が僅かに開かれた。

「終わった?」
「えぇ……」
「それじゃ、こっち来てよ」
「で、でもやっぱりこういうのは……」
「橙、ゴー」
「りょうかーい!」

天子が号令を掛けると、すぐさま橙が飛び出して襖に手を掛けて横に引く。
戸が開かれて、天子と同じように純白のウェディングドレスを纏った紫が現れた。

「ひゃっ!」

心の準備ができないまま襖を開け放たれて、紫は小さな悲鳴を上げて固まっていた。
天子が着ているドレスとは違い、身体の線に沿った細身のドレスでスタイルのよさが際立っている。
頭にもベールはかかっているがティアラは付けていなく、天子と比べれば少し控え目な印象を受ける。
しかしながら、見る者を魅了する美しさを持っており。紫が天子に見惚れたように、天子もまた紫に見惚れてしまった。

「えと……どうなの、かしら」
「……紫」
「ひゃい!?」
「紫も、すっごい綺麗」
「……ありがとう」

撮影に関しては、台所で料理を用意していた藍を呼びつけて撮って貰うこととなった。
藍はカメラを弄くりながら、今回の功労者である橙に耳打ちする。

「よくやったな橙。後でご褒美のマタタビだ」
「やった!」
「はい、お二人とも準備が出来ましたから並んで下さい!」
「それじゃ紫」
「えぇ」

花嫁姿の二人が並び立つと、藍はカメラを縦に構えて二人をフレームに収める。
けれどまだ物足りないのか、神妙な顔つきで藍は「もっと寄って」と声を掛けた。
少しずつ距離を詰めていく紫に、天子はそっと右手を伸ばして紫の手を掴み取った。

「あっ……」
「いいでしょ、このくらい」
「……そうね、これがいいわ」

天子が指を絡めるて引き寄せると、紫も恥ずかしながらも同調して握り締める。
その様子に満足した藍は、カメラのボタンを押してその光景を切り取った。



 ◇ ◆ ◇



その日の夜。天子はついでに貰った写真立てに収められた一枚の写真を見て、ニヤニヤと笑っていた。

「えへへ……」

ベッドの上に転がって、写真を眺め見る。
顔を横にして、逆さにして、色んな方向から見ても天子と紫が並んで写っているのは変わらない。
いつもならもう寝る時間なのに、今日はまだ寝付けない。
不思議だ。何でたった一枚の写真で、こんなに心が暖かくなるんだろう。

「ほんとう、ふしぎ……」

立てかけられていた写真を手に取り胸の中に抱え込む。
そうやって目を閉じると、写真を撮ったときの事を思い出して、隣に紫がいるかのように思えた。
すると何だか安心してきて。暖かい気持ちに包まれながら、ようやく眠気が襲ってきた。
今日は、なんだか良い夢を見られそうだ。





……いや待て、何か忘れているような。

「あっ、メガネ忘れてた!」



 ◇ ◆ ◇



自室で紫は胸の高鳴りを感じながら、手に持ったあるものを凝視していた。
最初に天子が付けて来た黒縁のメガネ。

「天子のメガネ……」

緊張しながら呟くと、ゆっくりと顔に掛けようとする。

「思春期の子供か!」

覗き見していた藍は思わず悪態を吐いた。
そろそろ忘れられてそうですが、電動ドリルです。
最近リアルが大変だったり、「これは本当に面白いのだろうか?」と壁に当たったりで中々筆が進まなかったり。
最終的には「自分でゆかてん書いて読んでニヨニヨしたいんだよ!」と初心を思い出してなんとか書ききれました。

そもそもこの話の元凶はキャラスレに張られたメガネを掛けた天子のAA。
見た瞬間ティン! と来て書き始めました。
しかし「ちゃんとメガネ天子の可愛さを伝えられるだろうか?」と悩み。迷惑だろうと思いながらも、恥を忍んで同キャラスレにて意見を募って。
結果、後半はメガネ成分どっかいってしまったとさ。本末転倒。メガネ成分を期待した方ごめんなさい。

あの時意見を下さった方々、本当にありがとう御座いました。
電動ドリル
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コメント



0.2490簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
>感極まり奇声を上げながら仰け反って
ピクッ
全部イラストで見たいな!
2.100名前が無い程度の能力削除
何でか知らないけどポルポル顔のゆかりんだけは完全に脳内補充が出来た

流石のゆかてんだ、破壊力が違いますよ(破顔的な意味で)
撮った写真一式欲しいなとか(チラッ 思ってみたり(チラチラッ
3.100名前が無い程度の能力削除
ああ、流石の安定感。今回のことでまた一歩関係が進んだような。
ところで結婚式本番は天子はドレスでいいとしてゆかりんは白無垢が似合うと思うんだ。
4.100名前が無い程度の能力削除
あんまぁ~~~~~い!

だが、それがいい!
5.100名前が無い程度の能力削除
二人とも可愛すぎて悶え苦しんだぞコンチクショー
あなたのゆかてんSSは最高だ!
6.100名無し削除
あなたの書くゆかてんが大好きです
素晴らしい
12.100名前が無い程度の能力削除
頬の筋肉がつり上がったまま戻らないんですが…
25.100名前が無い程度の能力削除
結婚した!紫様と天子は結婚したぞ!
27.100名前が無い程度の能力削除
あっ甘いwwwだがそれがいいwww
あなたが書くゆかてんにいつも楽しませてもらってます。
最後にゆかりんそのまま式上げればよかったのにwww
29.100過剰削除
くそっwwww
糖尿病になったらこのSSのせいだぞwwww
32.100名前が無い程度の能力削除
あーニヤニヤしてしまう自分がキモい…

しかしこんなSSでは仕方ないぜ
38.100名前が無い程度の能力削除
Good
39.100名前が無い程度の能力削除
結婚した
52.100名前が無い程度の能力削除
ほほえましいですな、本当に・・・
54.100名前が無い程度の能力削除
誤字報告を
隙間を出すまでも泣く受け止められた。
なくが泣くになっています

ブラボー!おおブラボー!
63.100名前が無い程度の能力削除
こんな甘ったるいSSが書ける電動ドリルさんを忘れられるはずがない。
ただしいうウェディングドレスの使い方をすればいいのに。
70.無評価えぬろくよん削除
そのうちゆかりんは考えるのをやめた(天子萌的な意味で)


これは是非イラストで見たいですねぇ(チラッチラッ
71.100Yuya削除
タキシードじゃないのかよ