この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください
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突然ですが、私は今、穴を掘っています。深い、深い、とても深い穴を掘っています。落とし穴ではありません。私は竹林の兎のような、悪戯っ子じゃないんです。では、そんな私がどうして必死になって穴を掘っているのかというと、原因は数日前にさかのぼることになります。
その日、私は太陽の畑の近くに散歩しに来ていました。すると、突然大きな声が聞こえてきたのです。
「おはよーございます!」
なんということでしょう。私の他にも、元気な挨拶の声を響き渡らせる方が幻想郷には存在していたようです。このような場面に遭遇したなら、私も負けてはいられません。
「おはよーございます!」
元気いっぱいの返事を返してあげました。それはもう、周りの空気が震えあがるくらいの大きな声で。
「!? な、なに?」
どうやら、相手は少しばかり驚いているようです。
「……き、気のせいよね。こんなところに、誰かが来るわけがないし。」
ここ最近、太陽の畑を訪れる方は多いと聞いていたのですが…… そんなことより、あれほど大きな声を返したのに、気のせいで済まされては私の面目が立ちません。私は声がした方向に向かうことにしました。
気づかれないように、気配を殺しながら、そうっと近付いて行くと、私の目には驚くべき光景が飛び込んできました。チェックの柄の入った赤い服、ウェーブのかかった緑の髪、そして、茶色い耳。
「え!?」
思わず声を出しかけて、あわてて口をふさぎました。私だって、風見幽香という妖怪については知っていました。しかし、どう考えてもおかしい部分があるじゃないですか。
「まさか、私が他の妖怪の真似をしているなんて…… 誰かにばれたら大変。うん、さっきのは気のせい。さぁ、続きを楽しみましょう。」
幸い、まだ私がいる事は気付かれていないようです。そして、今の発言から察するに、もしかしたら幽香さんは私の真似をしていた、ということなのでしょう。でも、さすがにつけ耳をつけるというのは……
「あの子、他にはなんて口癖があったかしら。」
幽香さんほどの妖怪がつけ耳を付けて遊んでるとか、あの、あの幽香さんが、つけ耳、だめだ、もう、笑いが、耐えられない―――
「たしか、ぎゃー―――」
「プフッ!」
「ギャーッ!?」
「ギャーッ!」
思わず吹き出してしまった私、叫び声をあげる幽香さん、それに応える私。太陽の畑に絶叫のハーモニーが響き渡りました。
音が治まり、おそらく幽香さんの心臓の鼓動も治まった頃、少しだけ青ざめた顔の幽香さんが、私に声をかけてきました。
「……いつからそこにいたの?」
「おはよーございます、から。」
うなだれる幽香さん。なんとなく、気持ちはわかります。真似をして遊んでいた事を、よりにもよって真似をしていた当人に見つかってしまったのですから。
「……さすがに、つけ耳はないです。」
その言葉が、どんな意味を持つのかを深く考えずに口にしてしまいました。凄い勢いで顔をあげる幽香さん。その表情は、物言わぬ殺気に満ちているようでした。あ、もしかして、私、ひどい目にあうの?
「あなた。」
「は、はいぃっ!?」
静かに呼びかけられ、思わず声が裏返ってしまいました。全身が緊張して、逃げ出すことなんてできません。
「このことを、誰にも言わないって、誓える?」
声を出すことすらままならない私は、ぶんぶんと首を縦に振っていました。そうすることが、ひどい目にあわないための唯一の方法でしたから。
「そう。もちろん、ただでとは言わないわ。あなたの花を創ってあげる。契約の証としてね。」
半泣きになりながら、必死で首を振っていました。とにかく、必死で。だんだんと、ふわふわした感覚が私を包んでいきました。なんだか、気分がよくなっていくような、そんな感覚を味わいながら、少しずつ、意識が薄れていきました。
意識を取り戻した時、私はどこかの家の中で、ベッドに横になっていました。
「……あれ?」
「気がついたわね。そりゃあ、あんなに必死になって頭を振ってたら、軽く脳しんとうにもなるわよ。そんなに私の事が怖かった?」
どうやら、めまいを起こして倒れた私を家の中に運んで介抱してくれたようです。なんとなく心配そうな顔で私を見つめる幽香さん。つけ耳は…… つけたままでした。とにかく、まずはお礼を言わないと。
「あの、ありがとうございます。」
「素直でよろしい。あなたが気絶している間に、花の方も完成したわ。隣の部屋に置いてあるから、動けるようだったらついてきなさい。」
無理はしちゃだめよ、と言い残して隣の部屋に行ってしまいました。今の幽香さんは、なんだかすごく優しい人のように感じてしまいます。軽く伸びをしてから、私も隣の部屋に入って行きました。
はたして、その部屋には花がありました。緑色の茎の先端がたくさん枝分かれしていて、それらの先端にやや桃色がかった小さな花が咲いていました。まるで半球型の花火みたいな形。そう思いながら見とれていると、幽香さんが話しはじめました。
「セリ科の植物を基に創ってみたの。こんな風に咲く花も、なかなか面白いでしょう?」
私はこくりと頷きました。幽香さんの表情が笑顔に包まれていきます。
「でも、この花の真価は根っこにあるのよ。こっちの鉢にある花の茎をつかんで、根っこを引き抜いてみなさい。」
幽香さんが差し出した鉢には、土の中から茎と葉っぱが少しだけ出ていました。
「幽香さん。これって、そっちの花と同じ植物なんですか?」
「えぇ。まだ花が咲くまで成長していない状態。花が咲いちゃうと、根っこの魅力が減っちゃうのよ。ほら、とりあえずやって御覧なさい。」
勧められるままに、私はその植物を土から引き抜きました。何が出てくるんだろうと思っていましたが、出てきたそれは少しだけ茶色っぽい、でも、よく見なれた野菜でした。
「ニンジン?」
「そう。これが、あなたの花、カソダニンジンよ。」
満面の笑みを浮かべる幽香さんにつられて、私も少しだけ笑顔になりました。ただ、その時の私は驚きの方が大きかったようで、ただじっと花と根っこを見つめ続けていました。
しばらくの間そうしていると、幽香さんが私の手から根っこの方をとりあげました。
「土を落として洗ってくるから、ちょっとだけ、待っててね。」
ハミングしながら部屋を出ていった幽香さん。戻ってくると、いきなり私の耳元に根っこを押しつけてきました。
「ひゃっ!?」
「静かに。よく、耳を澄ませて御覧なさい。」
突然のことに驚いてしまいましたが、落ち着いて耳を澄ませてみると、なんだかザザァ、ザザァ、という音が聞こえてきました。今までに聞いたことのない音だったので、私は首をかしげて考え込んでしまいました。
「幻想郷の外の世界には、海というものがあるらしいわ。」
「海?」
「えぇ。海の近くには貝が落ちてたりして、その貝を耳に当てると、貝の中で音が反響して、さざなみのような音がすると言われているの。さざなみというのは、海の水が寄せたり返したりするときにできる小さな波のことよ。」
「……よくわからないよ。海って、水があるところなの? 霧の湖みたいな?」
「湖よりもっと広くて、水はしょっぱいそうよ。……とにかく、そのさざなみの音が聞こえる、っていう工夫をしてみたんだけど。なんだかピンとこなかったみたいね。」
海。もしかしたら、村紗さんに聞けばわかるかもしれない。今度聞いてみよう。そんなことを考えていると、幽香さんが急に私に向き直りました。
「はい。これで、契約は成立よ。確認するわ。あの事は、誰にも話してはいけない。もう一度言うわ。あの事は、誰にも話してはいけない。もし契約を破ったら、その時は…… わかってるわね?」
優しかった幽香さんに、再び殺気がみなぎってくるのがわかりました。背筋が凍りつき、身体が強張って行くのを感じた私は、また大きく頭を縦に振りました。そして少しずつ意識が遠くなって……
目覚めた時には、私はさっきのベッドに横になっていました。
「あなた…… 少しは学習しなさい。」
頭を抱えて呆れ顔の幽香さん。また介抱してくれたんだと思った私の手に、そっと一包みの種を渡してきました。
「これはカソダニンジンの種。帰ったら蒔いてみなさい。花が咲くまで育ててもいいし、花が咲く前に食べてみるのもいいわね。どうするかは、あなたの自由よ。」
怖かったり優しかったり、不思議な妖怪だなぁ、なんて感じて、どっちが本当の幽香さんなんだろうと思って、じっとその顔を見つめていると、
「どうしたの? 言いたいことがあるなら、ちゃんと言いなさい。」
なんて言われてしまい、とりあえず、ここはお礼を言うべきだろうと思い至りました。
「幽香さん、なんというか、二度も介抱してくれて、ありがとうございました。」
「……ふふ。あなたらしくないわよ。挨拶はもっと大きな声で。ほら、もう一度。」
また優しい笑顔になった。こうなったら、私も私らしく、元気な声でお礼をしないと。
「ありがとーございましたっ!」
「よくできました。」
そんなことがあって、私は幽香さんの秘密の口止めとして、花を創ってもらったんです。でも、でもですよ。秘密って、誰かに話したくなっちゃうじゃないですか。それに、二回確認したら、それは『やれ』っていう振りだって、どこかで聞いた気もしますし。それでも、私だって少しくらいは我慢しました。でも、花の世話をするたびに、あの事を思い出しちゃって……
あぁ、つけ耳。せめてつけ耳の事だけでも大声で叫びたい。でも、私が大声で叫んだら、幻想郷中に響き渡るだろう事は想像できます。そうなったら、幽香さんはどうするか。あぁ、私はどうすればいいの?
だから、だからなんです。私は深い穴を掘っているんです。穴の中で叫べば、きっと誰にも聞こえない。たぶん、聞こえないはず。聞こえないんじゃないかな。まぁ、ちょっとくらい外に漏れても、聞いている人なんて…… とにかく、幽香さんの秘密を誰にも知られないように叫ぶために、ただそれだけのために、必死で穴を掘って、掘って、掘って……
「もう、そろそろ、いいかな?」
見上げると、はるかかなたに小さな光が見えるだけ。かなり深くまで掘ったはず。一応、周りには誰もいないかどうかを確認しよう。穴の外まで飛び上がって…… うん、誰もいない。叫ぶなら、今しかない。大きく息を吸って、吐いて、もう一度大きく息を吸って……!
「幽香のつけ耳はぁ響子の耳い!」
このみみい…… のみみい…… みみい…… みい……
さすがに穴の中で何回か反響したようでしたが、私の心の中には、ある種の達成感が生まれていました。言い換えるなら、満足感。言っちゃった。あはは。あはは。
しばらくの間、穴の中で悦に浸った後で、私は穴の外に出て、その穴を埋める作業を始めました。私は悪戯っ子じゃないんです。落とし穴なんて掘りません。目的を果たしたら、後は証拠を隠滅するだけ。せっせ、せっせ、っと。
翌日、一輪さんが、地面の中から何かが聞こえてくると言って、村紗さんと一緒に調査を始めました。えぇ、私には心当たりがありました。だからといって、調査を手伝うわけにはいきません。命蓮寺の周辺を調査する二人の様子を、ただ静かに見守っていました。
「ほんとよ。たしかに、この辺りから誰かの声が聞こえてきたんだから。」
「そうは言ってもさぁ、それが本当なら、誰かが土の中に埋まってるってことじゃない? わざわざそんなことする人っているのかなぁ。」
「土の中に埋まっちゃったから助けを求めてるのかもしれないじゃない。……って、もしもそうだったら、早く見つけてあげないと! 村紗、もっとよく聞き耳を立てて!」
二人は、特に一輪さんの方は凄いやる気をみせています。あぁ、どうしてこうなった? 昨日はたしかに我慢の限界だったけど、それでも万全を尽くしたはずなのに。まさか、私の声がまだ反響して残ってるとか? いや、そんなはずはない。声が響き終わったのは確認したし、穴を埋めている時も、声が聞こえるなんてことはなかった。じゃあどうして?
必死で考えてみてもわからない。頭が混乱している間に、一輪さんがついに音の発信源をつきとめてしまったようです。
「どうやら、この真下から聞こえてくるみたいね。」
恐る恐るその方向を見ると、そこは私が掘った穴のあった場所ではありませんでした。もしかして、私の勘違いだったのかも、と、少しだけ気を緩めて―――
「この花…… 響子ちゃんの花よね。なんでこの下から聞こえてくるんだろう。」
「今は考えるよりも早く確かめないと。さぁ、地面を掘るわよ、村紗。」
私の全身に再び緊張が走りました。あのとき、幽香さんはなんて言ってた? 海のさざなみ、貝の中、音の反響…… そうだ、私の花の根っこ、ニンジンの部分が、音を反響する仕組みを持っているとしたら、その中で、まだ私の声が反響しているとしたら……!
「一輪さん! 村紗さん! ちょっと待って!」
二人を見守っているだけではいけない。ここは二人を止めないと。そう思って呼びかけたつもりでしたが、その声は、もう一つの私の声にかき消されてしまったのです。
『幽香のつけ耳はぁ響子の耳い!』
土の中から掘り出されたカソダニンジン。その根っこから響き渡る、例の言葉。目を点にして固まる一輪さんと村紗さん。そして、青ざめる私。
『幽香のつけ耳はぁ響子の耳い!』
もう一度、その言葉が響いたとき、私の目の前の二人の顔は徐々にほころんでいき、ついには大きな声で笑い始めてしまいました。
「ちょ、ちょっと、幽香って、風見幽香のことよね? あれほどの妖怪が、響子ちゃんの耳って、ねぇ、これってどういうこと? ねぇ、ねぇ!」
「私に聞かないでよ一輪! まさか、こういうこと? 響子ちゃんの真似してたとか? 緑髪だから? そんな、そんな単純な理由で? く…… ははははは!」
あぁ、どうしよう。どうしよう。せめて、この二人だけでも口止めしようか? いや、私の力じゃ無理。でも、放っておけば、あの二人のこと、どんどん広まっていくはず。そうだ、まだ幽香さんには知られていない。大丈夫、まだ間に合う。まずは落ち着いて考えよう。
そう思ってゆっくり後ろを振り返ると、そこには冷たい笑顔を浮かべた幽香さんが立っていました。
「ギャーッ!?」
なんで? なんでこのタイミングで幽香さんがここにいるの? いや、そんなことより、この状況、いわゆる、詰みって感じじゃないの?
「花の様子を見に来てみたんだけれど…… これは、どういうことかしらねぇ、響子ちゃん?」
介抱してくれた時に見せてくれた笑顔じゃない。今の幽香さん、すごく怒ってる。説明したくても、口が震えてまともに声が出せない。たとえ説明できたとしても、全部言い訳になっちゃいそうな気もするんだけれど。
「さて、まずはあの二人をなんとかしないとねぇ。」
ゆっくりした足取りで一輪さんと村紗さんに近づいて行く幽香さん。二人はまだ笑い続けている。だめ、あの二人、気づいてない。
「……に、逃げて! 二人とも!」
震える口に力を込めて、なんとか声を張り上げる事が出来ました。こちらを振り返った二人は、近付いて来る幽香さんの姿に気づいた途端、悲鳴をあげながら一目散に逃げ出して行きました。よかった。とりあえず、二人は逃がすことができたみたい。私、がんばったよ。
『幽香のつけ耳はぁ響子の耳い!』
また声が響いた。そうだ、私の危機は、まだ去ってないんだ。目の前では、幽香さんが例のニンジンを手にとり、くるくる回して観察し始めました。
「……たしか、響子ちゃんはやまびこの妖怪だったわね。声を返すということが存在意義。私自身、花にもその性質を反映させたつもりだったけど、まさか、こんなことになろうとはね。」
そして、手に持っていたニンジンをポキッと二つに折ってしまいました。その瞬間、響いていた声は止まって…… あぁ、まさか、つまり、幽香さんが言いたいことって……
「あなたも、この花のようになりたい?」
怖くて、ただただ怖くて、がくがくと身体が震えるのがわかりました。もうだめだ。こうなっては、逃げる事は出来ない。抵抗しようったって、相手はあの幽香さん。焼け石に水。そんな言葉が浮かんできて……
それでも、私の心の中に、諦めたくないと思う気持ちが残っていたのでしょう。なにもしないよりはましだという気持ちが、私に声を出させてくれました。
「……いやだ。私はやまびこ。声を返すだけ。だから、だから怒らないで!」
「さっきの声、あなたの声だったわよね。どのような経緯があったにしろ、契約は破られた。……覚悟はいいわね?」
いつの間にか、私は泣いていたみたいです。大声で泣きながら、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返して叫び続けて、それでも、目の前の妖怪は表情を変えることなく、手に持っていた傘を大きく振りかぶりました。
覚悟を決めた私はギュッと強く目を閉じました。次の瞬間、私の身体には強い衝撃が走り、全身が痛みで包まれる。そう思って、その瞬間を待っていましたが、いつまでたってもその瞬間が訪れる事はありませんでした。
恐る恐る目を開くと、私の目の前、幽香さんとの間に割って入るように、聖の姿がありました。幽香さんと向き合って、まるで私をかばってくれているように。私の頭の中に大きな疑問符が浮かびあがってきました。どうして? どうして聖がここにいるの?
「泣き声がするから来てみれば…… 一体、なにがあったのですか?」
聖は落ち着いた口調で幽香さんに語りかけました。幽香さんは未だに傘を振りかぶったまま。その幽香さんに向き合って、一歩も引かない聖。
「その子、響子ちゃんがね、私との契約を破ったのよ。秘密をばらしちゃいけないっていう契約をね。だから、その制裁をしようとしているところ。」
幽香さんが事情を説明すると、聖は少し俯いて何事かを考えはじめたようでした。しばらくして、顔をあげた聖は私の方に振り返りました。武器を構えた相手に背中を向ける。そんな危険なことを平気でやってしまう聖。危ない。私がそう言うより先に、聖が口を開きました。
「響子、よく聞きなさい」
優しく、しかし、真剣な口調で、聖は語りはじめました。
「秘密というのは、その人にとって他人に知られたくないこと。それを口にすることは、その人の心を傷つけること。誰かに話したいという欲望に負けてしまった、あなたはもっと修行が必要ですね。」
そういって、私の頭に手のひらを乗せて、静かに離しました。その行動の意味がわからず、私は聖の顔を見つめかえすと、聖は笑顔を返してくれました。たぶん、私、叱られたんだと思います。秘密をばらしちゃうのはいけないこと、そう教えると共に、修行に励むように叱咤激励してくれたんだと、私は受け止める事にしました。
笑顔を見せた後、すぐに聖は幽香さんに向き直りました。
「幽香さん、あなたが怒る気持ちはとてもよくわかります。しかし、その怒りを暴力で解決しようとするのは感心しません。」
静かな、しかし、とても力強い口調で宣言された言葉。それからしばらくの間、二人は視線を交わしていたようでしたが、やがて、幽香さんが溜め息をつきながら傘を降ろすことで、周囲に張りつめていた緊張した空気は緩んでいきました。
「……仕方ないわね。もう、ばらされちゃったし。」
どこかあきらめにも似たような、力の抜けた発言に、今更ながら罪悪感が湧いてきました。私のせいで、幽香さんを傷つけてしまったんだったら、その分の埋め合わせをするべきではないか。でも、どうすれば? そんなことを考えていると、聖が幽香さんに声をかけました。
「秘密なんて、3日もすれば、なんでもなくなりますよ。日、3つ、だけに……」
その言葉を聞いた瞬間、幽香さんは、はっとした表情を浮かべました。え? あれ? 今の言葉って、そんなに凄い言葉なの? 私にはわからない、何か暗号みたいなのが込められていたとか? 一人混乱している私の目の前で、幽香さんと聖が固い握手を交わしていました。
「あなたとは、良い友達になれそうね。」
「こちらこそ。」
なんだかわからないけど、二人とも笑顔になってる。どういうこと? もう、なんだかわからない。とにかく、丸く収まったっぽいし、これでいいのかな。うん、たぶん、これでいいんだよね。さっきまで感じていた罪悪感は、混乱してる間にどこかに行ってしまったみたい。
気がつくと、二人が笑い声をあげている。こんな時は、私の出番だよね。笑いが増えれば幸せも増える。たぶん。きっと。そんな思いを抱きながら、私は笑い声を響かせる。大きな声で、遠くに届くように。それが、やまびことしての存在意義なんだから。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください
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突然ですが、私は今、穴を掘っています。深い、深い、とても深い穴を掘っています。落とし穴ではありません。私は竹林の兎のような、悪戯っ子じゃないんです。では、そんな私がどうして必死になって穴を掘っているのかというと、原因は数日前にさかのぼることになります。
その日、私は太陽の畑の近くに散歩しに来ていました。すると、突然大きな声が聞こえてきたのです。
「おはよーございます!」
なんということでしょう。私の他にも、元気な挨拶の声を響き渡らせる方が幻想郷には存在していたようです。このような場面に遭遇したなら、私も負けてはいられません。
「おはよーございます!」
元気いっぱいの返事を返してあげました。それはもう、周りの空気が震えあがるくらいの大きな声で。
「!? な、なに?」
どうやら、相手は少しばかり驚いているようです。
「……き、気のせいよね。こんなところに、誰かが来るわけがないし。」
ここ最近、太陽の畑を訪れる方は多いと聞いていたのですが…… そんなことより、あれほど大きな声を返したのに、気のせいで済まされては私の面目が立ちません。私は声がした方向に向かうことにしました。
気づかれないように、気配を殺しながら、そうっと近付いて行くと、私の目には驚くべき光景が飛び込んできました。チェックの柄の入った赤い服、ウェーブのかかった緑の髪、そして、茶色い耳。
「え!?」
思わず声を出しかけて、あわてて口をふさぎました。私だって、風見幽香という妖怪については知っていました。しかし、どう考えてもおかしい部分があるじゃないですか。
「まさか、私が他の妖怪の真似をしているなんて…… 誰かにばれたら大変。うん、さっきのは気のせい。さぁ、続きを楽しみましょう。」
幸い、まだ私がいる事は気付かれていないようです。そして、今の発言から察するに、もしかしたら幽香さんは私の真似をしていた、ということなのでしょう。でも、さすがにつけ耳をつけるというのは……
「あの子、他にはなんて口癖があったかしら。」
幽香さんほどの妖怪がつけ耳を付けて遊んでるとか、あの、あの幽香さんが、つけ耳、だめだ、もう、笑いが、耐えられない―――
「たしか、ぎゃー―――」
「プフッ!」
「ギャーッ!?」
「ギャーッ!」
思わず吹き出してしまった私、叫び声をあげる幽香さん、それに応える私。太陽の畑に絶叫のハーモニーが響き渡りました。
音が治まり、おそらく幽香さんの心臓の鼓動も治まった頃、少しだけ青ざめた顔の幽香さんが、私に声をかけてきました。
「……いつからそこにいたの?」
「おはよーございます、から。」
うなだれる幽香さん。なんとなく、気持ちはわかります。真似をして遊んでいた事を、よりにもよって真似をしていた当人に見つかってしまったのですから。
「……さすがに、つけ耳はないです。」
その言葉が、どんな意味を持つのかを深く考えずに口にしてしまいました。凄い勢いで顔をあげる幽香さん。その表情は、物言わぬ殺気に満ちているようでした。あ、もしかして、私、ひどい目にあうの?
「あなた。」
「は、はいぃっ!?」
静かに呼びかけられ、思わず声が裏返ってしまいました。全身が緊張して、逃げ出すことなんてできません。
「このことを、誰にも言わないって、誓える?」
声を出すことすらままならない私は、ぶんぶんと首を縦に振っていました。そうすることが、ひどい目にあわないための唯一の方法でしたから。
「そう。もちろん、ただでとは言わないわ。あなたの花を創ってあげる。契約の証としてね。」
半泣きになりながら、必死で首を振っていました。とにかく、必死で。だんだんと、ふわふわした感覚が私を包んでいきました。なんだか、気分がよくなっていくような、そんな感覚を味わいながら、少しずつ、意識が薄れていきました。
意識を取り戻した時、私はどこかの家の中で、ベッドに横になっていました。
「……あれ?」
「気がついたわね。そりゃあ、あんなに必死になって頭を振ってたら、軽く脳しんとうにもなるわよ。そんなに私の事が怖かった?」
どうやら、めまいを起こして倒れた私を家の中に運んで介抱してくれたようです。なんとなく心配そうな顔で私を見つめる幽香さん。つけ耳は…… つけたままでした。とにかく、まずはお礼を言わないと。
「あの、ありがとうございます。」
「素直でよろしい。あなたが気絶している間に、花の方も完成したわ。隣の部屋に置いてあるから、動けるようだったらついてきなさい。」
無理はしちゃだめよ、と言い残して隣の部屋に行ってしまいました。今の幽香さんは、なんだかすごく優しい人のように感じてしまいます。軽く伸びをしてから、私も隣の部屋に入って行きました。
はたして、その部屋には花がありました。緑色の茎の先端がたくさん枝分かれしていて、それらの先端にやや桃色がかった小さな花が咲いていました。まるで半球型の花火みたいな形。そう思いながら見とれていると、幽香さんが話しはじめました。
「セリ科の植物を基に創ってみたの。こんな風に咲く花も、なかなか面白いでしょう?」
私はこくりと頷きました。幽香さんの表情が笑顔に包まれていきます。
「でも、この花の真価は根っこにあるのよ。こっちの鉢にある花の茎をつかんで、根っこを引き抜いてみなさい。」
幽香さんが差し出した鉢には、土の中から茎と葉っぱが少しだけ出ていました。
「幽香さん。これって、そっちの花と同じ植物なんですか?」
「えぇ。まだ花が咲くまで成長していない状態。花が咲いちゃうと、根っこの魅力が減っちゃうのよ。ほら、とりあえずやって御覧なさい。」
勧められるままに、私はその植物を土から引き抜きました。何が出てくるんだろうと思っていましたが、出てきたそれは少しだけ茶色っぽい、でも、よく見なれた野菜でした。
「ニンジン?」
「そう。これが、あなたの花、カソダニンジンよ。」
満面の笑みを浮かべる幽香さんにつられて、私も少しだけ笑顔になりました。ただ、その時の私は驚きの方が大きかったようで、ただじっと花と根っこを見つめ続けていました。
しばらくの間そうしていると、幽香さんが私の手から根っこの方をとりあげました。
「土を落として洗ってくるから、ちょっとだけ、待っててね。」
ハミングしながら部屋を出ていった幽香さん。戻ってくると、いきなり私の耳元に根っこを押しつけてきました。
「ひゃっ!?」
「静かに。よく、耳を澄ませて御覧なさい。」
突然のことに驚いてしまいましたが、落ち着いて耳を澄ませてみると、なんだかザザァ、ザザァ、という音が聞こえてきました。今までに聞いたことのない音だったので、私は首をかしげて考え込んでしまいました。
「幻想郷の外の世界には、海というものがあるらしいわ。」
「海?」
「えぇ。海の近くには貝が落ちてたりして、その貝を耳に当てると、貝の中で音が反響して、さざなみのような音がすると言われているの。さざなみというのは、海の水が寄せたり返したりするときにできる小さな波のことよ。」
「……よくわからないよ。海って、水があるところなの? 霧の湖みたいな?」
「湖よりもっと広くて、水はしょっぱいそうよ。……とにかく、そのさざなみの音が聞こえる、っていう工夫をしてみたんだけど。なんだかピンとこなかったみたいね。」
海。もしかしたら、村紗さんに聞けばわかるかもしれない。今度聞いてみよう。そんなことを考えていると、幽香さんが急に私に向き直りました。
「はい。これで、契約は成立よ。確認するわ。あの事は、誰にも話してはいけない。もう一度言うわ。あの事は、誰にも話してはいけない。もし契約を破ったら、その時は…… わかってるわね?」
優しかった幽香さんに、再び殺気がみなぎってくるのがわかりました。背筋が凍りつき、身体が強張って行くのを感じた私は、また大きく頭を縦に振りました。そして少しずつ意識が遠くなって……
目覚めた時には、私はさっきのベッドに横になっていました。
「あなた…… 少しは学習しなさい。」
頭を抱えて呆れ顔の幽香さん。また介抱してくれたんだと思った私の手に、そっと一包みの種を渡してきました。
「これはカソダニンジンの種。帰ったら蒔いてみなさい。花が咲くまで育ててもいいし、花が咲く前に食べてみるのもいいわね。どうするかは、あなたの自由よ。」
怖かったり優しかったり、不思議な妖怪だなぁ、なんて感じて、どっちが本当の幽香さんなんだろうと思って、じっとその顔を見つめていると、
「どうしたの? 言いたいことがあるなら、ちゃんと言いなさい。」
なんて言われてしまい、とりあえず、ここはお礼を言うべきだろうと思い至りました。
「幽香さん、なんというか、二度も介抱してくれて、ありがとうございました。」
「……ふふ。あなたらしくないわよ。挨拶はもっと大きな声で。ほら、もう一度。」
また優しい笑顔になった。こうなったら、私も私らしく、元気な声でお礼をしないと。
「ありがとーございましたっ!」
「よくできました。」
そんなことがあって、私は幽香さんの秘密の口止めとして、花を創ってもらったんです。でも、でもですよ。秘密って、誰かに話したくなっちゃうじゃないですか。それに、二回確認したら、それは『やれ』っていう振りだって、どこかで聞いた気もしますし。それでも、私だって少しくらいは我慢しました。でも、花の世話をするたびに、あの事を思い出しちゃって……
あぁ、つけ耳。せめてつけ耳の事だけでも大声で叫びたい。でも、私が大声で叫んだら、幻想郷中に響き渡るだろう事は想像できます。そうなったら、幽香さんはどうするか。あぁ、私はどうすればいいの?
だから、だからなんです。私は深い穴を掘っているんです。穴の中で叫べば、きっと誰にも聞こえない。たぶん、聞こえないはず。聞こえないんじゃないかな。まぁ、ちょっとくらい外に漏れても、聞いている人なんて…… とにかく、幽香さんの秘密を誰にも知られないように叫ぶために、ただそれだけのために、必死で穴を掘って、掘って、掘って……
「もう、そろそろ、いいかな?」
見上げると、はるかかなたに小さな光が見えるだけ。かなり深くまで掘ったはず。一応、周りには誰もいないかどうかを確認しよう。穴の外まで飛び上がって…… うん、誰もいない。叫ぶなら、今しかない。大きく息を吸って、吐いて、もう一度大きく息を吸って……!
「幽香のつけ耳はぁ響子の耳い!」
このみみい…… のみみい…… みみい…… みい……
さすがに穴の中で何回か反響したようでしたが、私の心の中には、ある種の達成感が生まれていました。言い換えるなら、満足感。言っちゃった。あはは。あはは。
しばらくの間、穴の中で悦に浸った後で、私は穴の外に出て、その穴を埋める作業を始めました。私は悪戯っ子じゃないんです。落とし穴なんて掘りません。目的を果たしたら、後は証拠を隠滅するだけ。せっせ、せっせ、っと。
翌日、一輪さんが、地面の中から何かが聞こえてくると言って、村紗さんと一緒に調査を始めました。えぇ、私には心当たりがありました。だからといって、調査を手伝うわけにはいきません。命蓮寺の周辺を調査する二人の様子を、ただ静かに見守っていました。
「ほんとよ。たしかに、この辺りから誰かの声が聞こえてきたんだから。」
「そうは言ってもさぁ、それが本当なら、誰かが土の中に埋まってるってことじゃない? わざわざそんなことする人っているのかなぁ。」
「土の中に埋まっちゃったから助けを求めてるのかもしれないじゃない。……って、もしもそうだったら、早く見つけてあげないと! 村紗、もっとよく聞き耳を立てて!」
二人は、特に一輪さんの方は凄いやる気をみせています。あぁ、どうしてこうなった? 昨日はたしかに我慢の限界だったけど、それでも万全を尽くしたはずなのに。まさか、私の声がまだ反響して残ってるとか? いや、そんなはずはない。声が響き終わったのは確認したし、穴を埋めている時も、声が聞こえるなんてことはなかった。じゃあどうして?
必死で考えてみてもわからない。頭が混乱している間に、一輪さんがついに音の発信源をつきとめてしまったようです。
「どうやら、この真下から聞こえてくるみたいね。」
恐る恐るその方向を見ると、そこは私が掘った穴のあった場所ではありませんでした。もしかして、私の勘違いだったのかも、と、少しだけ気を緩めて―――
「この花…… 響子ちゃんの花よね。なんでこの下から聞こえてくるんだろう。」
「今は考えるよりも早く確かめないと。さぁ、地面を掘るわよ、村紗。」
私の全身に再び緊張が走りました。あのとき、幽香さんはなんて言ってた? 海のさざなみ、貝の中、音の反響…… そうだ、私の花の根っこ、ニンジンの部分が、音を反響する仕組みを持っているとしたら、その中で、まだ私の声が反響しているとしたら……!
「一輪さん! 村紗さん! ちょっと待って!」
二人を見守っているだけではいけない。ここは二人を止めないと。そう思って呼びかけたつもりでしたが、その声は、もう一つの私の声にかき消されてしまったのです。
『幽香のつけ耳はぁ響子の耳い!』
土の中から掘り出されたカソダニンジン。その根っこから響き渡る、例の言葉。目を点にして固まる一輪さんと村紗さん。そして、青ざめる私。
『幽香のつけ耳はぁ響子の耳い!』
もう一度、その言葉が響いたとき、私の目の前の二人の顔は徐々にほころんでいき、ついには大きな声で笑い始めてしまいました。
「ちょ、ちょっと、幽香って、風見幽香のことよね? あれほどの妖怪が、響子ちゃんの耳って、ねぇ、これってどういうこと? ねぇ、ねぇ!」
「私に聞かないでよ一輪! まさか、こういうこと? 響子ちゃんの真似してたとか? 緑髪だから? そんな、そんな単純な理由で? く…… ははははは!」
あぁ、どうしよう。どうしよう。せめて、この二人だけでも口止めしようか? いや、私の力じゃ無理。でも、放っておけば、あの二人のこと、どんどん広まっていくはず。そうだ、まだ幽香さんには知られていない。大丈夫、まだ間に合う。まずは落ち着いて考えよう。
そう思ってゆっくり後ろを振り返ると、そこには冷たい笑顔を浮かべた幽香さんが立っていました。
「ギャーッ!?」
なんで? なんでこのタイミングで幽香さんがここにいるの? いや、そんなことより、この状況、いわゆる、詰みって感じじゃないの?
「花の様子を見に来てみたんだけれど…… これは、どういうことかしらねぇ、響子ちゃん?」
介抱してくれた時に見せてくれた笑顔じゃない。今の幽香さん、すごく怒ってる。説明したくても、口が震えてまともに声が出せない。たとえ説明できたとしても、全部言い訳になっちゃいそうな気もするんだけれど。
「さて、まずはあの二人をなんとかしないとねぇ。」
ゆっくりした足取りで一輪さんと村紗さんに近づいて行く幽香さん。二人はまだ笑い続けている。だめ、あの二人、気づいてない。
「……に、逃げて! 二人とも!」
震える口に力を込めて、なんとか声を張り上げる事が出来ました。こちらを振り返った二人は、近付いて来る幽香さんの姿に気づいた途端、悲鳴をあげながら一目散に逃げ出して行きました。よかった。とりあえず、二人は逃がすことができたみたい。私、がんばったよ。
『幽香のつけ耳はぁ響子の耳い!』
また声が響いた。そうだ、私の危機は、まだ去ってないんだ。目の前では、幽香さんが例のニンジンを手にとり、くるくる回して観察し始めました。
「……たしか、響子ちゃんはやまびこの妖怪だったわね。声を返すということが存在意義。私自身、花にもその性質を反映させたつもりだったけど、まさか、こんなことになろうとはね。」
そして、手に持っていたニンジンをポキッと二つに折ってしまいました。その瞬間、響いていた声は止まって…… あぁ、まさか、つまり、幽香さんが言いたいことって……
「あなたも、この花のようになりたい?」
怖くて、ただただ怖くて、がくがくと身体が震えるのがわかりました。もうだめだ。こうなっては、逃げる事は出来ない。抵抗しようったって、相手はあの幽香さん。焼け石に水。そんな言葉が浮かんできて……
それでも、私の心の中に、諦めたくないと思う気持ちが残っていたのでしょう。なにもしないよりはましだという気持ちが、私に声を出させてくれました。
「……いやだ。私はやまびこ。声を返すだけ。だから、だから怒らないで!」
「さっきの声、あなたの声だったわよね。どのような経緯があったにしろ、契約は破られた。……覚悟はいいわね?」
いつの間にか、私は泣いていたみたいです。大声で泣きながら、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返して叫び続けて、それでも、目の前の妖怪は表情を変えることなく、手に持っていた傘を大きく振りかぶりました。
覚悟を決めた私はギュッと強く目を閉じました。次の瞬間、私の身体には強い衝撃が走り、全身が痛みで包まれる。そう思って、その瞬間を待っていましたが、いつまでたってもその瞬間が訪れる事はありませんでした。
恐る恐る目を開くと、私の目の前、幽香さんとの間に割って入るように、聖の姿がありました。幽香さんと向き合って、まるで私をかばってくれているように。私の頭の中に大きな疑問符が浮かびあがってきました。どうして? どうして聖がここにいるの?
「泣き声がするから来てみれば…… 一体、なにがあったのですか?」
聖は落ち着いた口調で幽香さんに語りかけました。幽香さんは未だに傘を振りかぶったまま。その幽香さんに向き合って、一歩も引かない聖。
「その子、響子ちゃんがね、私との契約を破ったのよ。秘密をばらしちゃいけないっていう契約をね。だから、その制裁をしようとしているところ。」
幽香さんが事情を説明すると、聖は少し俯いて何事かを考えはじめたようでした。しばらくして、顔をあげた聖は私の方に振り返りました。武器を構えた相手に背中を向ける。そんな危険なことを平気でやってしまう聖。危ない。私がそう言うより先に、聖が口を開きました。
「響子、よく聞きなさい」
優しく、しかし、真剣な口調で、聖は語りはじめました。
「秘密というのは、その人にとって他人に知られたくないこと。それを口にすることは、その人の心を傷つけること。誰かに話したいという欲望に負けてしまった、あなたはもっと修行が必要ですね。」
そういって、私の頭に手のひらを乗せて、静かに離しました。その行動の意味がわからず、私は聖の顔を見つめかえすと、聖は笑顔を返してくれました。たぶん、私、叱られたんだと思います。秘密をばらしちゃうのはいけないこと、そう教えると共に、修行に励むように叱咤激励してくれたんだと、私は受け止める事にしました。
笑顔を見せた後、すぐに聖は幽香さんに向き直りました。
「幽香さん、あなたが怒る気持ちはとてもよくわかります。しかし、その怒りを暴力で解決しようとするのは感心しません。」
静かな、しかし、とても力強い口調で宣言された言葉。それからしばらくの間、二人は視線を交わしていたようでしたが、やがて、幽香さんが溜め息をつきながら傘を降ろすことで、周囲に張りつめていた緊張した空気は緩んでいきました。
「……仕方ないわね。もう、ばらされちゃったし。」
どこかあきらめにも似たような、力の抜けた発言に、今更ながら罪悪感が湧いてきました。私のせいで、幽香さんを傷つけてしまったんだったら、その分の埋め合わせをするべきではないか。でも、どうすれば? そんなことを考えていると、聖が幽香さんに声をかけました。
「秘密なんて、3日もすれば、なんでもなくなりますよ。日、3つ、だけに……」
その言葉を聞いた瞬間、幽香さんは、はっとした表情を浮かべました。え? あれ? 今の言葉って、そんなに凄い言葉なの? 私にはわからない、何か暗号みたいなのが込められていたとか? 一人混乱している私の目の前で、幽香さんと聖が固い握手を交わしていました。
「あなたとは、良い友達になれそうね。」
「こちらこそ。」
なんだかわからないけど、二人とも笑顔になってる。どういうこと? もう、なんだかわからない。とにかく、丸く収まったっぽいし、これでいいのかな。うん、たぶん、これでいいんだよね。さっきまで感じていた罪悪感は、混乱してる間にどこかに行ってしまったみたい。
気がつくと、二人が笑い声をあげている。こんな時は、私の出番だよね。笑いが増えれば幸せも増える。たぶん。きっと。そんな思いを抱きながら、私は笑い声を響かせる。大きな声で、遠くに届くように。それが、やまびことしての存在意義なんだから。
童話から着想を得るってのはさすがに思いつかなんだ
しかも面白いしすげーや
かわいいゆうかりんに和ませていただきました。
王様の耳はロバの耳、もし童話として知ってそうな紅魔組や早苗さんがいたら全力で止めただろうなぁ