夢を見る
とてもとても変な夢
でも夢だなんて気づかない
それはある種、絶対の禁忌であるかのように
気づかせてはもらえない
……変だわ。
絶対に変だわ。
このレミリアスカーレットをなめてもらっては困る。
吸血鬼にして夜の王、ブラド・ツェペシュが末裔レミリア様をなめてもらっては困る。
気づかないわけがない。
これは変だ。
なんだというのだ。
世界がおかしいのか、私がおかしいのか。
私がおかしいわけないだろう。私がおかしいと思った奴、串刺しにしてやるからちょっと来い。
世界がおかしいのだ。
おかしいと思うのは私だけで、実はおかしくないのだろうか……?
だが焦る必要はない。私は絶対の支配者レミリア様だ。
一つずつ検証していこう。
私は今、昼食をとっている。ここでわかることを考えていこう。
そうだな……まず我が最愛の妹の口調がおかしい。
「なあねーちゃん、うちのプリン、なんかねーちゃんのよりちーさない?」
知らんよ。そんな大きさ変わんないよ。というか喋り方がやっぱおかしいよ。
「フラン。そんなに大きさは変わらないと思うわ。あとその喋り方やめなさい」
「いや、うちの喋り方べつおかしないて。ねーちゃんの喋り方のがあれやわ、お嬢様気取っとるみたいで、変やと思うで。あと絶対プリンねーちゃんのが大きいて」
こだわるなこいつ。あと私はお嬢様よ。気取ってるんじゃなくて、生粋のお嬢様よ。
「そこまで言うなら私のプリンと交換してあげるから。あと私はお嬢様で、あなたは私の妹なの。だからその喋り方は絶対にやめて」
「お、ありがとな!ほな」
どこに行こうというのフラン。
自分の用事だけ済ませたらとっとと消えちゃうなんて……
これはいつも通りか。
よし、次。
「美鈴。どうしてあなたは昼食を食べているの?」
「え?いや……私も食べないと死んでしまいますし」
「あ、ごめん。食べるなということじゃなくてね、どうしてあなたが私達と共に食事をしているかについて聞いているの」
「あ……私如きがお嬢様と食事を共にするのは失礼でしたでしょうか……?」
いやそうじゃないよ。
少し痛くなる頭を押さえ、振り上げそうな拳を抑え。
「あのね。別に私達と食事を共にすること自体はいいの。家族なんだから。でもね、あなたは何?」
「紅美鈴です。座右の銘は一日三眠です」
ぷちっ……はーい怒っちゃうぞぉ。私、怒っちゃうぞぉ……
面接じゃねえんだよ。そんなこと聞いてないでしょ。
「いや、あなたの役職は?」
「門番です」
「でしょ?だったら、こんなとこで食べてたらだめでしょ?今侵入者が来たら、どうするの?」
「ああ、それなら大丈夫ですよ!先ほど魔理沙さんにお会いしたので、門番を頼んでおきました!」
ぷちぷちっ……侵入者に門番頼んでどうするのよ……
「そ……それで?魔理沙はなんて……?」
「いいぜ!攻め込まれたら戦ってやるよ!……と。きゃ、頼もしい」
「さっさと門番の仕事に戻りなさい!!!」
門番はね……攻め込まれないために居るの……門番はね……
やっぱりおかしいよこいつも。
でもなによりおかしいのが居るんだよ。
最初に挙げるべきだったけれど、認めたくなかったんだよ。
「咲夜、何を、しているの?」
「何を、と言われましても……メイドとしての務め、でしょうか?」
「メイドは主人の体を撫でまわす物なの?」
遠慮のえの字の書き方を忘れましたと言わんばかりに、私のあちこちを撫でまわしてくる従者がそこにいた。
というか咲夜だった。
髪に、顔に、腕に、腋に、鎖骨に、……胸に、羽に、肩甲骨に、あばら骨に、おなかに、今では足だ。
全身を余すところなく触ってくる。
……もちろんスカートに手を入れようとした時は手を捻りあげた。
い、い、い、痛い!それ以上いけない!!とか言ってたがやめなかった。
完全で瀟洒な従者であるところの咲夜は、私の知っている咲夜は、こんなことをするだろうか、いやしない。
私の持ってる従者と違う。
「何を言っているのですかお嬢様!そこにお嬢様が!目を会わせることも、いや直視することも、いやいや想像することさえ恐れ多い、キュートでプリティーで愛らしく手乗りサイズで幼女でパーフェクトなお嬢様が居られるのですよ!?それを撫で、愛でずして何が従者、いやいや何が人間ですか!」
うん。プリンプリーズ。駄洒落じゃないよぉ。
「はぁ……もういいわ。離れなさい。私はパチェのところに行くわ」
「かしこまりました。名残惜しさで舌を噛み切りそうですが離れます」
パシャ、パシャ。
「咲夜、やめなさい。舌を噛み切るのも写真を撮るのもやめなさい」
どこかの文屋かお前は。
「しかしお嬢様!この瞬間のお嬢様を逃しては、もう一生このお嬢様には会えないのです!嗚呼、これを後世に残さずして何が従者でしょうか……」
もうやだこの従者。
「あなたの命を残さないわよ。さっさとどきなさい」
なんとか咲夜を振り払い、動かない大図書館こと、パチェの元へ向かう。
私は信じているのだ。
こんなふざけた世界でも、私の親友は私を裏切らないと。
私の親友はいつでも私を助けてくれるのだ。
私の唯一頼れる親友よ。
バン!
勢いよく図書館の扉を開く。
「……何、してるの……?パチェ」
パチェが地べたに寝っ転がっていた。
「あー……れみぃ……うん……」
「いや、何?……眠いの?」
「いや……ほら……ね?」
いやわかんねえよ。
「あれよ……本読んでて……寝ころんで読みたくなるじゃん……あー……うん」
途中で話切んなや。それで?今何してるのよ?本読んでないし」
「次の巻が本棚にあって……読みたいけど、取りに行くのめんどくさいし……本が勝手に歩いて来てくれればなぁ……」
「……一生這いつくばってろよ」
こいつに頼ろうとした私が馬鹿だった。
なにが唯一頼れる親友だ。
ただのたれもやしじゃないか。
とろんとした目しやがって。
動かない大図書館は、予想をはるかに上回って動かなかった。
「もうだめだ……紅魔館……」
もうこの世界に救いはないのね。
このヘンテコワールドに私は閉じ込められたままなのか。
どうやったら抜けだせるんだ。
ああ……いつもの紅魔館が恋しい。
この世界の紅魔館ときたら、従者は変態だし、門番は無能だし、親友は動かないし、妹に至ってはもう意味わかんないし。
……あれ?いつもと大差ない……?
いや!いやいやいや!
飲みこまれちゃだめ。私まで変になっちゃう。
なんとかして突破口を見つけないと……
「お、図書館にレミリアがいるなんて珍しいな」
快活な声が図書館に響く。
「っ!魔理沙!」
ああもうこいつだけだ。
こいつでだめならもう知らん。
私はよその子になる。
「魔理沙、この世界なんだか変よ。何か知らない?」
「あ?変?変かどうかは知らねえけど、違う世界に行く方法だったら知ってるぜ」
「!ほ、ほんと!?それはどうやったらいいの!?」
魔理沙がにやっと笑う。
悪魔が人間に怖がらされるというのは滑稽な話だが、この世界から出られるというのなら我慢しよう。
「こうするんだよ」
魔理沙が私にキ、キ、
……
目を覚ます。
「キシュ!」
……え……?
私はベッドで横になっていた。
パジャマは乱れて、おなかが出てしまっている。
「えー……夢オチ……?」
最悪だ。なんて夢見てんだ。
なんなのよあれ。
変な紅魔館に、魔理沙とキ……キスなんて……
「はぁ……プリンでも食べよ……」
私は服を着替え、咲夜を呼ぶ。
「まぁ……出れてよかったわ……あんな世界ごめんよ」
脱出方もわからず、ただただ途方にくれることほど恐ろしいことはない。
出れただけましとしよう。
「お呼びですか、お嬢様」
三秒以内。よし、いつも通り。
「プリンと紅茶を用意して頂戴。お外のテーブルで食べたいわ」
「かしこまりました」
外へと向かうべく自室のドアを開けると、七色の羽が横切った。
我が愛しの妹だ。
「フラン、これから咲夜にプリンを作ってもらうのだけど、一緒にどう?」
ある夜から私とフランは仲直りをし、一緒にプリンの味について語るほどになっていた。
フランの大きな言葉が館中に響く。
「なんでやねん!」
……え……
なんだ……私はまだ抜け出せていないんじゃないか……
私はまだ変な世界に囚われたままだというのか……
ぬかよろこびさせて突き落とすなんて、魔理沙……絶対に許さない……
「……うー……」
「お嬢様?どうなされました?お嬢様?お嬢様!?……」
遠のいていく意識の中で、私は一つ呟いた。
「なんでやねん……」
どこまでが夢で
どこからが現実か
それを見極めることこそ
睡眠というものなのです