「霊夢、貴方はいつもそんな事をしているのですか?」
暖かい日差しの降る正午過ぎ、博麗神社の縁側でお茶を啜る霊夢に、そんな言葉が掛けられた。
少しけんか腰にも聞こえるが、いつも通りであるように霊夢は受け流す。
「ずっとじゃないわよ。掃除だってしてるし、異変解決もやってるわ」
「私が来る時はいつもお茶を飲んでいるように見えるのですが」
「あんたが来るタイミングが悪いのよ、いつもいつも」
大体こいつが来ると面倒な事が起こる。霊夢にとってこの客人――茨華仙は、その程度の認識であった。
お茶をお盆の上に戻して、霊夢は
「それで、『そんな事』をしていて何か悪いのかしら?」
「悪いですね、特に」
ビシ、と包帯の巻かれた右手で、お茶の入った湯のみ――ではなく、湯飲みの隣の小皿を指す。正確には、小皿に乗った栃餅を。
「その栃餅、大分古いものみたいですね」
「そうねぇ、いつ貰ったのか覚えてないけど、棚に有ったから出してみたの」
そう言うと霊夢は、栃餅を一つ取り上げて齧り、咀嚼する。
乾燥して硬くなったそれを食べにくそうに噛み、飲み込まないうちに湯飲みを取って、お茶で流し込んだ。
「霊夢っ!」
ずい、と霊夢の眼前に詰め寄り、声を荒げる華仙。
何が気に入らなかったのか、霊夢は訳が分からないまま目を丸くしている。
「な、なに……?」
「貴方はこの栃餅を何だと思っているの!」
華仙の怒りは、霊夢の食べた栃餅についての事だった。
「なに? あんたも食べたかったの?」
「そういう事を言っているのではありません!」
鼻先が触れ合いそうな距離まで詰め寄って、意気荒く華仙は言葉を続ける。
「貴方はこの栃餅がどれだけの人の思いが籠められているのか、考えた事は無いの!?」
「な、何よ急に……」
「そうね……せっかくだから直接教えてあげましょうか」
一人頷き、華仙はパッと姿を消す。一人取り残された霊夢は、ただ呆気に取られるばかりだった。
軽く悪態を付きつつ、食べかけの栃餅をもう一齧りして、食べ難そうにお茶に手を伸ばす。
「……えっ?」
湯飲みを掴もうとした手は、触れるとざらざら音のする山に突っ込んでいた。
「さて、準備は整いました」
見る間に霊夢の手が小豆色に染まっていく。その実、小豆に埋まっていた。
お茶とお茶請けが載せられていたお盆には、山の様に小豆が積み上げられていた。
「ちょっと、どういう事よこれは」
「霊夢、今からこれを使って貴方に教えてあげます」
華仙は意気揚々と小豆の乗ったお盆を右手にに持ち、左手で霊夢の手を取ると、神社の台所へと歩いていった。
「貴方は、餡子の作り方を知っていますか?」
てきぱきと大き目の鍋の準備を進める華仙が、立ち尽くしている霊夢に砂糖を頼みながら、そう聞く。
二人ともエプロンを付けて、華仙は包帯を巻いている腕の方にゴム手袋を付けている。料理等汚れる作業をする時にはこうしていると、華仙は話す。
「餡子は作った事が無いけど、小豆を煮れば出来るんじゃないの」
「不正解。お菓子作りというものは、貴方が思っているよりずっと大変なのです」
「ふーん」
華仙はざらざらと鍋の中に小豆を入れて、小さな瓶いっぱいの水を流し入れる。
それに薪で火をかけると、すぐに次の行動に移った。
「霊夢、ザルは何処に有ります?」
「ああ、その棚の下段の奥の方」
霊夢の指し示す所からザルを取り出して、水で軽く流す。
それを霊夢に渡して、華仙は言葉を続けた。
「という事で、これから霊夢に餡子を作ってもらいます」
「言われなくても分かってるわよ。というか拒否権は?」
「有りません」
「あんたもレミリア達の同類なのね……」
がっくりと項垂れる霊夢。台所を勝手に漁られた上に、無理矢理お菓子を作る事にされていた。
「――さて、そろそろ良いですね」
「もう出来たの?」
「いえ、火を弱めてください」
渋々、ボコボコと沸き立つ水の加減を見ながら、薪を調節していく霊夢。
少し落ち着いた所で華仙が止めて、しばらく待つよう霊夢に指示する。
「良いですね、このまま十分ほど待ちましょう」
「その後は?」
「ザルにあけて水洗いです、まだ下準備の段階ですよ。丁度良いから、少しありがたいお話でもしましょうか」
まだ始まったばかりだと聞かされ、霊夢は大きな溜息を吐く。
「――霊夢、ザルを流し場に置いて、その中に鍋の中身を全てあけてください」
華仙の説教に息苦しさを感じていた霊夢は、言われるがままに鍋を引っくり返す。
そして水洗いを済ませて、再び鍋に戻して水を入れ火を点ける。
霊夢は額に流れる汗を袖を外した腕で拭い、霊夢は再び火の調節を始めた。
「終わったわよ」
「それではこのまま、アクを取りながら水の量を調節して、一時間ほど待ちます」
うへぇ、と霊夢が嫌な声をあげる。
今更何を言った所で開放されるわけもないと分かるからか、霊夢は大人しく華仙の言う通りにし続けた。
「大変でしょう?」
霊夢の後ろで監督していた華仙が、霊夢に尋ねる。
そうね、と霊夢は一言だけ返した。
「この苦労が有るからこそ、美味しい餡子が食べられるのです」
霊夢は、黙々とアクを取り、水を足し続ける。
「頃合ですね。次は砂糖を入れてもう十分待ちます」
華仙の指示に霊夢は無言で頷いて、砂糖を言われるままに鍋に加える。
流石に日頃から料理をしているだけあって、霊夢の手際は非常に良く、初めて扱う素材にもすぐに適応していった。
その作業を二回繰り返す頃には、鍋の中はさらさらの煮汁に満ちていた。
それを少量掬い取って、口に運ぶ霊夢。
甘い餡子の味が舌を通り抜け、霊夢の喉を鳴らして嚥下される。
「んー……、これで完成?」
控えめながらもしっかりとした甘さを感じて、霊夢が華仙に問う。
華仙はどちらとも言わず、どちらでも在ると言葉を返した。
「……それで、結局何が言いたかったのよ」
餡子作りを終えて、霊夢は居間にてお椀に入れられた出来立ての餡子と向かい合って座っていた。
華仙は台所で鍋やらザルやらを水洗いしており、時々鼻歌らしき声が居間にまで聞こえて来る。
よく分からないまま作ったものの、霊夢にはまだ華仙の本意を分かりかねていた。
「待たせてすみません、霊夢」
包帯の手に付けた手袋を脱いで、華仙も卓に着く。白いエプロンはそのままだったが、普段の服装の所為かあまり違和感は無かった。
華仙は甘い湯気の立ち上るお椀のそばにスプーンを置き、霊夢の隣に座る。
「この餡子は、今はぜんざいと言い、お汁粉に近いものです」
「見れば分かるわよ」
「それでは、味はどうですか?」
何やら、期待の篭った眼差しで、華仙は霊夢にぜんざいを食べる様促している。
じっと見つめられて落ち着かない様子の霊夢だったが、先程からぜんざいの良い匂いに少し涎を湧かしていたため、しぶしぶぜんざいを口に入れた。
「どうです?」
「ん、ん……美味しいわ」
霊夢の素直な反応に、微笑みを零す華仙。
しばらくの間霊夢が食べるのを眺めていたが、やがて華仙は立ち上がって、台所の方へと歩いていく。
「次は、これを食べてみてください」
台所から戻って来た華仙の手には、ぜんざいが入っていたお椀と同じものが乗っていた。
華仙はそれを卓に置き、また霊夢の隣に座る。
「これは……また餡子?」
「はい。さっきのぜんざいを水で冷やしたものです」
お椀の中には、ぜんざいの様に甘い匂いのする湯気はたたないものの、霊夢のよく知る餡子が盛られていた。
霊夢はお茶を少し飲み、冷やされた餡子の方を口に入れる。
「味の違いが分かりますか?」
「うーん……こっちの方が甘いわ。けど、それがどうしたのよ」
待ってました!と言わんばかりに華仙が目を輝かせる。
「今作ったこの餡子、ただ食べる時間が遅いか早いかだけの違いで、少なからず味が変わるのです。
つまり、食べる人にとって一番好みの合う味のするタイミングは、あまり長くないのです。
それは作り手側にとっても同じ事であって、最も美味しいと自信を持って言えるタイミングで提供しているのです。
――だというのに」
ずい、と再び霊夢に顔を寄せて、華仙は言葉を続ける。
「貴方が食べていた栃餅、あれは何なんですか!
時間が経ち過ぎて乾燥してしまっては、本来の味なんて分かるはずが無い。その上、最後はお茶で流し込むなんて、失礼極まりないわ。
栃餅は一つ作るのに長い時間と労力を費やすお菓子。それこそ、さっきの餡子なんて比べ物にならないくらい。
それをちゃんと美味しい時に食べてあげないなんて、作り手や材料への冒涜と同じなのよ」
華仙の言葉は止まらない。
「さっきの餡子にしたってそう、小豆だって一朝一夕に育てられるものではないし、作り手も精魂込めて美味しく作っている。
それは、今貴方が作ってみたのだから、少しくらいは分かるはず。
そうして作られた料理をくだらない理由で台無しにされたら、貴方だって少しは嫌な気持ちにならない?
それに、貴方だって美味しいものを食べたいと思うでしょう。ならば何故一番美味しい時に食べないの?
貴方の行った事は、誰も得をしない事なのよ」
一気に言い終えた華仙は、とても清清しい笑顔で額の汗を拭った。
何となく後光がさしているように見えるのは、仙人だからだろう。
「ああ、一つ言い忘れてました」
華仙は立ち上がり、戸棚から色とりどりの粒が詰まった小瓶を取り出した。
「あっ、それはうちの……!」
「これを一つ食べてみてください」
華仙は、小瓶の蓋を開けて中の刺々しい粒――金平糖を一つ手の平に転がし、霊夢の口に入れる。
不本意ではあったものの、霊夢は仕方なく舌の上で金平糖を転がす。
「金平糖は昔、城にも匹敵するほど貴重で、有力な人々の間では評判の甘味でした。
その金平糖は甘いかしら?」
「んー、あんまり」
霊夢の口の中で溶けて、砂糖の味が広がる。しかしその甘さは呆けていて、微かに土臭さがにじみ出ていた。
「甘い物を続けて食べれば、その味は新鮮さを失ってしまい、それが甘いという事が分からなくなってしまいます。
これは食だけではなく、行動や仕事といった日常的な事でも同じなのです。
甘いものばかりでは、そのものの本当の価値が分からなくなってしまうものですから」
楽ばかりしていて苦労を知らない貴方の様にね、と華仙はわざとらしく注釈を付ける。
「私だって苦労しているわよ。どうやったら参拝客が増えるか、とか」
「私を見世物にしたり山の神社の活動に」
「それだって立派な活動じゃない」
「全部人任せで、貴方個人の活動が無いではありませんか。
苦労を越えて来たからこそ、幸福の味をしっかりと噛み締められるのです」
一人頷いて、華仙は説教を終える。
「私の言いたかった事は以上です。ちゃんと分かりましたか?」
「大体ね」
大体分かって無い、霊夢の返事はそんな意味にも近かった。
「それにしても、あんたみたいな仙人もお菓子に興味が有るのねぇ」
「ええ、お菓子に留まらず、料理にも様々な謂われや教えが有って、その一つ一つを汲むことも立派な善行の一つです」
「でも、あんたって人間と同じ様に食べるんだっけ?」
仙人とは本来、霞を食べて生きている。
華仙も仙人ならば、それに同じであるはずだった。
「私にも仙人ではない時くらい有りました。それに」
華仙は少し表情を曇らせたが、すぐに微笑んで、霊夢の顔を見つめる。
「私の導きで人が幸せになれれば、私も徳を積めるというものです」
あくまで仙人らしく、そう言った。
暖かい日差しの降る正午過ぎ、博麗神社の縁側でお茶を啜る霊夢に、そんな言葉が掛けられた。
少しけんか腰にも聞こえるが、いつも通りであるように霊夢は受け流す。
「ずっとじゃないわよ。掃除だってしてるし、異変解決もやってるわ」
「私が来る時はいつもお茶を飲んでいるように見えるのですが」
「あんたが来るタイミングが悪いのよ、いつもいつも」
大体こいつが来ると面倒な事が起こる。霊夢にとってこの客人――茨華仙は、その程度の認識であった。
お茶をお盆の上に戻して、霊夢は
「それで、『そんな事』をしていて何か悪いのかしら?」
「悪いですね、特に」
ビシ、と包帯の巻かれた右手で、お茶の入った湯のみ――ではなく、湯飲みの隣の小皿を指す。正確には、小皿に乗った栃餅を。
「その栃餅、大分古いものみたいですね」
「そうねぇ、いつ貰ったのか覚えてないけど、棚に有ったから出してみたの」
そう言うと霊夢は、栃餅を一つ取り上げて齧り、咀嚼する。
乾燥して硬くなったそれを食べにくそうに噛み、飲み込まないうちに湯飲みを取って、お茶で流し込んだ。
「霊夢っ!」
ずい、と霊夢の眼前に詰め寄り、声を荒げる華仙。
何が気に入らなかったのか、霊夢は訳が分からないまま目を丸くしている。
「な、なに……?」
「貴方はこの栃餅を何だと思っているの!」
華仙の怒りは、霊夢の食べた栃餅についての事だった。
「なに? あんたも食べたかったの?」
「そういう事を言っているのではありません!」
鼻先が触れ合いそうな距離まで詰め寄って、意気荒く華仙は言葉を続ける。
「貴方はこの栃餅がどれだけの人の思いが籠められているのか、考えた事は無いの!?」
「な、何よ急に……」
「そうね……せっかくだから直接教えてあげましょうか」
一人頷き、華仙はパッと姿を消す。一人取り残された霊夢は、ただ呆気に取られるばかりだった。
軽く悪態を付きつつ、食べかけの栃餅をもう一齧りして、食べ難そうにお茶に手を伸ばす。
「……えっ?」
湯飲みを掴もうとした手は、触れるとざらざら音のする山に突っ込んでいた。
「さて、準備は整いました」
見る間に霊夢の手が小豆色に染まっていく。その実、小豆に埋まっていた。
お茶とお茶請けが載せられていたお盆には、山の様に小豆が積み上げられていた。
「ちょっと、どういう事よこれは」
「霊夢、今からこれを使って貴方に教えてあげます」
華仙は意気揚々と小豆の乗ったお盆を右手にに持ち、左手で霊夢の手を取ると、神社の台所へと歩いていった。
「貴方は、餡子の作り方を知っていますか?」
てきぱきと大き目の鍋の準備を進める華仙が、立ち尽くしている霊夢に砂糖を頼みながら、そう聞く。
二人ともエプロンを付けて、華仙は包帯を巻いている腕の方にゴム手袋を付けている。料理等汚れる作業をする時にはこうしていると、華仙は話す。
「餡子は作った事が無いけど、小豆を煮れば出来るんじゃないの」
「不正解。お菓子作りというものは、貴方が思っているよりずっと大変なのです」
「ふーん」
華仙はざらざらと鍋の中に小豆を入れて、小さな瓶いっぱいの水を流し入れる。
それに薪で火をかけると、すぐに次の行動に移った。
「霊夢、ザルは何処に有ります?」
「ああ、その棚の下段の奥の方」
霊夢の指し示す所からザルを取り出して、水で軽く流す。
それを霊夢に渡して、華仙は言葉を続けた。
「という事で、これから霊夢に餡子を作ってもらいます」
「言われなくても分かってるわよ。というか拒否権は?」
「有りません」
「あんたもレミリア達の同類なのね……」
がっくりと項垂れる霊夢。台所を勝手に漁られた上に、無理矢理お菓子を作る事にされていた。
「――さて、そろそろ良いですね」
「もう出来たの?」
「いえ、火を弱めてください」
渋々、ボコボコと沸き立つ水の加減を見ながら、薪を調節していく霊夢。
少し落ち着いた所で華仙が止めて、しばらく待つよう霊夢に指示する。
「良いですね、このまま十分ほど待ちましょう」
「その後は?」
「ザルにあけて水洗いです、まだ下準備の段階ですよ。丁度良いから、少しありがたいお話でもしましょうか」
まだ始まったばかりだと聞かされ、霊夢は大きな溜息を吐く。
「――霊夢、ザルを流し場に置いて、その中に鍋の中身を全てあけてください」
華仙の説教に息苦しさを感じていた霊夢は、言われるがままに鍋を引っくり返す。
そして水洗いを済ませて、再び鍋に戻して水を入れ火を点ける。
霊夢は額に流れる汗を袖を外した腕で拭い、霊夢は再び火の調節を始めた。
「終わったわよ」
「それではこのまま、アクを取りながら水の量を調節して、一時間ほど待ちます」
うへぇ、と霊夢が嫌な声をあげる。
今更何を言った所で開放されるわけもないと分かるからか、霊夢は大人しく華仙の言う通りにし続けた。
「大変でしょう?」
霊夢の後ろで監督していた華仙が、霊夢に尋ねる。
そうね、と霊夢は一言だけ返した。
「この苦労が有るからこそ、美味しい餡子が食べられるのです」
霊夢は、黙々とアクを取り、水を足し続ける。
「頃合ですね。次は砂糖を入れてもう十分待ちます」
華仙の指示に霊夢は無言で頷いて、砂糖を言われるままに鍋に加える。
流石に日頃から料理をしているだけあって、霊夢の手際は非常に良く、初めて扱う素材にもすぐに適応していった。
その作業を二回繰り返す頃には、鍋の中はさらさらの煮汁に満ちていた。
それを少量掬い取って、口に運ぶ霊夢。
甘い餡子の味が舌を通り抜け、霊夢の喉を鳴らして嚥下される。
「んー……、これで完成?」
控えめながらもしっかりとした甘さを感じて、霊夢が華仙に問う。
華仙はどちらとも言わず、どちらでも在ると言葉を返した。
「……それで、結局何が言いたかったのよ」
餡子作りを終えて、霊夢は居間にてお椀に入れられた出来立ての餡子と向かい合って座っていた。
華仙は台所で鍋やらザルやらを水洗いしており、時々鼻歌らしき声が居間にまで聞こえて来る。
よく分からないまま作ったものの、霊夢にはまだ華仙の本意を分かりかねていた。
「待たせてすみません、霊夢」
包帯の手に付けた手袋を脱いで、華仙も卓に着く。白いエプロンはそのままだったが、普段の服装の所為かあまり違和感は無かった。
華仙は甘い湯気の立ち上るお椀のそばにスプーンを置き、霊夢の隣に座る。
「この餡子は、今はぜんざいと言い、お汁粉に近いものです」
「見れば分かるわよ」
「それでは、味はどうですか?」
何やら、期待の篭った眼差しで、華仙は霊夢にぜんざいを食べる様促している。
じっと見つめられて落ち着かない様子の霊夢だったが、先程からぜんざいの良い匂いに少し涎を湧かしていたため、しぶしぶぜんざいを口に入れた。
「どうです?」
「ん、ん……美味しいわ」
霊夢の素直な反応に、微笑みを零す華仙。
しばらくの間霊夢が食べるのを眺めていたが、やがて華仙は立ち上がって、台所の方へと歩いていく。
「次は、これを食べてみてください」
台所から戻って来た華仙の手には、ぜんざいが入っていたお椀と同じものが乗っていた。
華仙はそれを卓に置き、また霊夢の隣に座る。
「これは……また餡子?」
「はい。さっきのぜんざいを水で冷やしたものです」
お椀の中には、ぜんざいの様に甘い匂いのする湯気はたたないものの、霊夢のよく知る餡子が盛られていた。
霊夢はお茶を少し飲み、冷やされた餡子の方を口に入れる。
「味の違いが分かりますか?」
「うーん……こっちの方が甘いわ。けど、それがどうしたのよ」
待ってました!と言わんばかりに華仙が目を輝かせる。
「今作ったこの餡子、ただ食べる時間が遅いか早いかだけの違いで、少なからず味が変わるのです。
つまり、食べる人にとって一番好みの合う味のするタイミングは、あまり長くないのです。
それは作り手側にとっても同じ事であって、最も美味しいと自信を持って言えるタイミングで提供しているのです。
――だというのに」
ずい、と再び霊夢に顔を寄せて、華仙は言葉を続ける。
「貴方が食べていた栃餅、あれは何なんですか!
時間が経ち過ぎて乾燥してしまっては、本来の味なんて分かるはずが無い。その上、最後はお茶で流し込むなんて、失礼極まりないわ。
栃餅は一つ作るのに長い時間と労力を費やすお菓子。それこそ、さっきの餡子なんて比べ物にならないくらい。
それをちゃんと美味しい時に食べてあげないなんて、作り手や材料への冒涜と同じなのよ」
華仙の言葉は止まらない。
「さっきの餡子にしたってそう、小豆だって一朝一夕に育てられるものではないし、作り手も精魂込めて美味しく作っている。
それは、今貴方が作ってみたのだから、少しくらいは分かるはず。
そうして作られた料理をくだらない理由で台無しにされたら、貴方だって少しは嫌な気持ちにならない?
それに、貴方だって美味しいものを食べたいと思うでしょう。ならば何故一番美味しい時に食べないの?
貴方の行った事は、誰も得をしない事なのよ」
一気に言い終えた華仙は、とても清清しい笑顔で額の汗を拭った。
何となく後光がさしているように見えるのは、仙人だからだろう。
「ああ、一つ言い忘れてました」
華仙は立ち上がり、戸棚から色とりどりの粒が詰まった小瓶を取り出した。
「あっ、それはうちの……!」
「これを一つ食べてみてください」
華仙は、小瓶の蓋を開けて中の刺々しい粒――金平糖を一つ手の平に転がし、霊夢の口に入れる。
不本意ではあったものの、霊夢は仕方なく舌の上で金平糖を転がす。
「金平糖は昔、城にも匹敵するほど貴重で、有力な人々の間では評判の甘味でした。
その金平糖は甘いかしら?」
「んー、あんまり」
霊夢の口の中で溶けて、砂糖の味が広がる。しかしその甘さは呆けていて、微かに土臭さがにじみ出ていた。
「甘い物を続けて食べれば、その味は新鮮さを失ってしまい、それが甘いという事が分からなくなってしまいます。
これは食だけではなく、行動や仕事といった日常的な事でも同じなのです。
甘いものばかりでは、そのものの本当の価値が分からなくなってしまうものですから」
楽ばかりしていて苦労を知らない貴方の様にね、と華仙はわざとらしく注釈を付ける。
「私だって苦労しているわよ。どうやったら参拝客が増えるか、とか」
「私を見世物にしたり山の神社の活動に」
「それだって立派な活動じゃない」
「全部人任せで、貴方個人の活動が無いではありませんか。
苦労を越えて来たからこそ、幸福の味をしっかりと噛み締められるのです」
一人頷いて、華仙は説教を終える。
「私の言いたかった事は以上です。ちゃんと分かりましたか?」
「大体ね」
大体分かって無い、霊夢の返事はそんな意味にも近かった。
「それにしても、あんたみたいな仙人もお菓子に興味が有るのねぇ」
「ええ、お菓子に留まらず、料理にも様々な謂われや教えが有って、その一つ一つを汲むことも立派な善行の一つです」
「でも、あんたって人間と同じ様に食べるんだっけ?」
仙人とは本来、霞を食べて生きている。
華仙も仙人ならば、それに同じであるはずだった。
「私にも仙人ではない時くらい有りました。それに」
華仙は少し表情を曇らせたが、すぐに微笑んで、霊夢の顔を見つめる。
「私の導きで人が幸せになれれば、私も徳を積めるというものです」
あくまで仙人らしく、そう言った。
華扇ちゃん可愛いなぁ
ある意味いいように使われてるけど
あと、文章通りのレシピで実際に作ったら本当におしるこっぽい何かができたっす。
しかもちょっとおいしい。
為になる説教も含めてありがたやー
うーん。心に響くいい言葉でした。
まったりと始まっていい締め方。なんかこのまま漫画にして原作に出しても全然違和感がないいい話でした。
私も値段的な意味ではなしにもっと豊かな食生活を送りたいと思います。
まぁ持論は曲げないけども。
やっぱり食べ頃が一番すね。飲食店でバイトしてると更に思いますや。
……あまいものたべたい。
書籍化希望。
馬の耳に念仏と云いますか、霊夢の耳に説教と云いますか。
幻想郷の少女の耳に説教かも知れぬ。
良く良く考えてみれば、幻想郷には、まともに説教を聞きそうな人物の方が少なかった。