ここは人間の里のとある一角。
人通りの多いこの場所には、二軒の喫茶店がありました。
一軒は男性に人気の、女給さんが短いスカートのメイド姿でお出迎えしてくれるというサービスをしています。
もう一軒は、極普通の喫茶店です。
そんな極普通の喫茶店の名前は『レディバード』。
制服も、特徴的なメニューもない、ただただ普通の喫茶店。
唯一の特徴といえば、テラスがあるぐらいでしょうか。
もっとも、テーブルが1つで、椅子が2つ。
特徴と言うには、特徴には成りきれていない、そんなテラスです。
お陰で、レディバードの常連客は閑古鳥さん一羽のみ。
アルバイトの欠伸も絶える事はありません。
さてさて、今日も退屈なレディバードの一日が始まるのでした。
~☆~
「はぁ~、まったく。ご主人には困ったものだ」
私は漏れ出すため息を抑える事もできず、人間の里をトボトボと歩いていた。
人間の里というだけあって、やっぱり人間が多いけど、ちらほらと妖怪もウロウロしている。
本当、変わったものだ。
昔だったら大騒ぎだったのに。
「平和っていうのは、こういう事を言うのだろうか」
平和。
平和ねぇ。
ふむ。
しかし、それにしても。
それにしても、だ。
私の能力、『探し物を探し当てる程度の能力』は、こういう具合に使うのは向いてないと思う。
「何か美味しい物を探してきてください。今日の夕餉は豪華にしちゃいましょう」
ご主人よ、あなたは本当に仏門の人間……否、妖怪か……と私は問いたい。
いや、まぁ『虎の妖怪』という事になっているし良いか。
「虎ならば、肉を喰う」
私ことナズーリンは、またまた深いため息を吐いた。
ご主人である寅丸星は、とても良い妖怪だ。
その時点で矛盾している。
妖怪が『良い』はずがない。
人間に恐れられない妖怪など、妖怪でいられるのだろうか?
そんな曖昧な存在だからこそ、良い妖怪なんていう訳の分からないものになるんだろうな。
「まったく。う~ん……それにしても、何か美味しいものねぇ」
とりあえず人間の里に来たのだが、売っている物は普通の食材ばかりだ。
八百屋には、大根、ニンジン、たまねぎ、ピーマン。
肉屋には、牛肉、豚肉、鶏肉、鹿肉、猪肉。
他にも色々と店がある。
あ、チーズだ。
美味しそう。
でも、夕餉がチーズだけというのは、余りにも寂しい。
そして侘しい。
う~ん。
みんなが共通して美味しいものなんか、いくら探せど見つかりやしない。
「はぁ~。仕方ない。ちょっと休憩していこう」
休憩は大事だ。
毎日毎時、張り詰めていては妖怪であろうとも死んでしまう。
心を休めるのは、とても大事な事だ。
ご主人はいつも休んでいる気がするんだけど。
ちょっとは張り詰めて欲しいものだな。
「ふむ……」
丁度よい所に喫茶店があった。
向かい合って二軒。
1つは何やら男の客がいっぱい居て、どうにも窮屈そうだ。
「こっちだな」
私は迷うことなく、喫茶店レディバードに入る事にした。
今日は天気も良い事だし、テラスに座る事にしよう。
白いテーブルに白い椅子と、これはこれで中々オシャレじゃいか。
ちょっと椅子が高くて足が地に届かないのは、まぁ私の身長が低いせいなので、仕方がない。
「いらっしゃいませ」
私が椅子に座ると、店の中から女給さんがやってきた。
やってきたのだが……
「君は確か永遠亭の……」
「蓬莱山輝夜よ」
「ここで何をやっているんだい?」
「アルバイト」
しれっと答えるお姫様に、私は納得のいかない表情を浮かべた。
お姫様っていうのはアルバイトをしないといけない職業だったのか。
いや、姫っていうのは職業じゃないな。
あ~、ん?
良く分からなくなってしまった。
「はい、これメニュー」
「あ、うん、ありがとう」
私はメニューを受け取った。
輝夜は横に付いたままだった。
どうやらすぐに決定しなければならないらしい。
う~ん。
ま、これでいいか。
「白玉あんみつとアイスコーヒー」
「は~い、ちょっと待っててね~」
そう答えて、輝夜は店の中へと戻っていった。
店内で店主に注文を伝えているらしい。
しかし、どうしてこんな所で永遠亭のお姫様がアルバイトなんかしているんだろうか?
何か企みがあるのだろうか。
私は腕を組みながら正面に向き直った時、心底驚いた。
「うわぁ!?」
テーブルの向かい側に妖精が座っていた。
何やらキョロキョロと辺りをうかがっていた。
物珍しいのか、それとも落ち着きがないのか。
判断は付かない。
あ~、でも、この妖精の事は知っている。
氷の妖精で、確か……チルノと言ったはず。
「き、君はチルノ……だったかな」
「あたいの名前を知っているとは、恐れ入った」
「それ、意味わかって使っているのかい?」
「ううん、知らない。恐れ入ったか?」
「あぁ、恐れ入ったよ」
うん。
本当に恐れ入った。
「お前は誰だ?」
「私かい? 私はナズーリン。命蓮寺に住んでいるよ」
「ナズーリンか。霖之助かお燐の子供?」
「その、お燐って奴が誰かは知らないが、私は決して霖之助の子供ではないと誓うよ」
仏門にたずさわる妖怪だが、神に誓ってもいい。
霖之助には宝塔の件で煮え湯を飲まされている。
もちろん私は猫舌ではないのだが、やはり熱いお湯など飲める訳がないのだ。
「ふむ。君、もしかして名前に『リン』が付いているからそう思ったのかい?」
「おう」
「単純だなぁ。それだと永遠亭にいるらしい永琳という医者も身内になってしまうよ」
「へ~、永琳の子供なのか」
「言ってない、そんな事一言も言ってない」
と、私が目の前で手をブンブンと振った時、輝夜が白玉あんみつとアイスコーヒーもトレイに乗せてやってきた。
「はい、お待たせ。へ~、チルノと待ち合わせでもしてたの?」
まぁ、相席していたら誰だってそう思うだろうな。
「違う違う。彼女は私とは無関係なお客だよ」
「あらそうなの? いらっしゃいチルノ。お金もってるの?」
輝夜とチルノは顔見知りらしい。
それなりに仲も良いんだろうか?
共通点など、どこにも見つからないんだけど。
「ん、これで何か食べれる?」
チルノはポケットから小銭を取り出して輝夜に見せている。
「はいはい、これだけだと……メニューのこの辺りね」
輝夜がメニューを指し示した。
はてさて、妖精がどうやってお金を手に入れたのか気になるところではあるが、私には何も言えた義理はない。
「え~っと、じゃぁね、メロンクリームソーダ!」
「は~い、ちょっと待っててね~」
輝夜は注文を聞くと、再び店内へと戻っていった。
私はそれを目で追いながら、アイスコーヒーをちゅぅとストローで吸い込む。
「……にがい」
やっぱりシロップは必須だな。
「あはは、ナズーリンは子供だな」
「む、メロンクリームソーダを注文した君には言われたくないね」
「メロンクリームソーダは最強だから、いいのよ」
「どういう理屈だい、それは」
私はさっそくとばかりに白玉あんみつの白く丸いだんごを口に放り込む。
甘さと何とも言えない弾力。
これが白玉の醍醐味だろう。
「メロンクリームソーダは、ジュースの中にアイスクリームが浮かんでいるんだぞ。これが最強じゃなかったら、何が最強だっていうのさ」
「ふ~ん。まぁ、言いたい事は分かった。けど、その理論でいくとパフェはどうなるんだい?」
フレークの上に生クリームやらアイスやら果実やらお菓子やら。
盛り沢山に組み合わさったお菓子じゃないか。
パフェこそ最強だと思うのだが?
「あれは化け物」
「化け物!?」
「ちょっとあたいの天才的な脳では理解ができない」
「言いたい事は分かるけど、君の脳はちょっとおかしい」
「えっ!? おまえあたいの頭の中みたのか!?」
「見なくても分かる」
おまえ天才だな、と納得しているチルノは放っておいて白玉あんみつの続きを頂く。
実は、寒天も好きだったりする。
色が付いているのが殊更良い。
うん。
で、その中でも白いのが得に好き。
「ねぇねぇ、ちょっと頂戴」
「む。君は図々しいな。ほら、あ~ん」
「あ~ん」
チルノの口にみつ豆と寒天を放り込む。
間接キスになってしまったが、気にする氷精ではあるまい。
「おぉ、美味しいな」
「そうだろう。甘いものはやはり必要なのだよ。人間にも妖怪にも」
「妖精にもな」
「うむ。では、君のメロンクリームソーダもちょっと食べさせてもらうぞ」
「気が向いたらな」
「君は図々しいなぁ」
苦笑する声が聞こえたので、そちらを見ると輝夜が笑っていた。
トレイにはメロンクリームソーダ。
炭酸の泡とそこに浮かぶバニラアイスが美味しそう。
うむ、やはり甘いものは大切だ。
今日の夕餉はいっその事、何か甘いものにしてみようか。
~☆~
白玉あんみつを食べ終わる頃には、チルノのメロンクリームソーダも空っぽになっていた。
長いスプーンでカラカラと氷を鳴らして遊んでいる。
妖精らしく、無邪気なものだな。
「ところでチルノ。美味しいものと言えば、何を想像する?」
「アイスかカキ氷だな。もしくは氷砂糖」
「最初の二つは納得するが、最後の1つは激しく間違っている気がする」
「うまいぞ、氷砂糖」
「砂糖の塊じゃないか。健康に悪い」
「じゃ、ナズの好きなものって何さ?」
いきなり愛称で呼ばれて、私は少しだけびっくりした。
まったく、妖精とは考えなしだなぁ。
他人との距離感が無いのだろうか。
「私の好きなものはチーズだ」
「チーズって、あの豆腐みたいなヤツで、牛乳の搾りカスか。結構しょぼいものが好きなんだな。恐れ多い」
「君、何かチーズに恨みでもあるのか?」
チーズが牛乳の搾りカスだと?
冗談じゃない。
牛乳こそ、チーズの材料でしかないというのに。
『乳牛』などという名前は、今すぐにでも『チーズ牛』にでも改名するべきだ。
うん。
「チーズに恨みはないが、牛乳には恨みがある」
「ほう?」
「この前飲んだら、お腹が痛くなった」
「腐ってたんじゃないのかい?」
「知らん」
「適当だなぁ~」
しかし、本当に夕餉はどうしよう。
妖精に、というかチルノに聞いても無駄な事には違いない。
さっきから候補が甘いもの以外で増えやしない。
アイスコーヒーをちゅぅと飲んで、私は太陽の位置を確認した。
まだまだ高い位置にあって、逢魔ヶ刻には時間はある。
「はてさて、私はもう行く事にするよ」
「どこへだ?」
「さぁてね。それが決まっていれば私はここで休憩をしていなかったよ」
「ふ~ん。大変なんだな」
「なに、困ったご主人の頼み事のせいだ。いつもの事でどうという事もない」
私は、すいませ~ん、と店内に呼びかける。
「はいはい。お勘定?」
「うむ、これで」
私は店内から出てきた輝夜にお金を渡す。
「丁度ね。ありがとうございました」
「輝夜、ついでにあたいも」
「はいはい」
チルノも休憩を終わりにするらしい。
ん?
そういえば、どうしてチルノはここに来たんだろうか?
「チルノ、君はどうしてここへ?」
「通りかかったら変な奴がいたから」
「それはもしかして、私の事か?」
「おう。恐れ入ったか?」
「恐れ入ったよ」
本当、恐れ入った。
もし私が凶悪で好戦的な妖怪だったら、今頃はチルノの頭を鷲掴みにして引きずっているだろう。
私はしないけれど。
しかし、心配になるな、この無邪気さ。
いつか身を滅ぼすかもしれない。
「君、少し命蓮寺に来ないか?」
「ん? なんで?」
「妖精の中で、君は強い方じゃないかな?」
「あたいは最強よ。そこのお姫様よりも強いわ!」
輝夜を見ると苦笑している。
嘘なのかどうか、曖昧だな。
まぁ、いい。
「中途半端な力は身を滅ぼす。どうだろう、ウチの聖に会って話をしてみると良い」
「ひじりん?」
「……うん、ひじりんでいいや。もうちょっと強くなれるかもしれないよ」
少し賢くなれば、礼儀を覚えれば、彼女は化けるんじゃないだろうか。
妖精だけど。
化け物には成れないかもしれないけれど。
「マジか!?」
「マジだ」
「よし、行くぞ。何をしているナマズ! はやく行くぞ! 恐れ多いな!」
「私は鼠の妖怪だよ。ナマズじゃない。あと、その言葉の意味も教えてもらうといい」
チルノはふわりと浮かび上がると、舞う様にして上空へと昇っていった。
「ありがとうございました。またのお越しを~」
そういう輝夜に一礼してから、私も舞い上がる。
まったく、そっちは命蓮寺の反対方向だ。
「チルノ。そっちじゃない、こっちこっち!」
「罠か!?」
「違う!」
さてさて、聖に会う事によって、この妖精がどう変わるか。
もしくは何も変わらないのか。
夕餉よりも楽しみなのは違いはない。
美味しいものは見つからなかったが、面白い奴が見つかった。
ご主人には、これで勘弁してもらおう。
「まぁ、ただの言い訳に過ぎないかもしれないが」
~☆~
ここは人間の里のとある一角。
人通りの多いこの場所には、二軒の喫茶店がありました。
一軒は男性に人気の、女給さんが短いスカートのメイド姿でお出迎えしてくれるというサービスをしています。
もう一軒は、極普通の喫茶店です。
そんな極普通の喫茶店の名前は『レディバード』。
制服も、特徴的なメニューもない、ただただ普通の喫茶店。
唯一の特徴といえば、テラスがあるぐらいでしょうか。
もっとも、テーブルが1つで、椅子が2つ。
特徴と言うには、特徴には成りきれていない、そんなテラスです。
本日のお客さんは命蓮寺のナズーリンさんと、氷精のチルノさんの二人だけ。
「ふあ~ぁ。退屈」
本日も退屈なレディバードで、店員さんの欠伸の声が聞こえるのでした。
人通りの多いこの場所には、二軒の喫茶店がありました。
一軒は男性に人気の、女給さんが短いスカートのメイド姿でお出迎えしてくれるというサービスをしています。
もう一軒は、極普通の喫茶店です。
そんな極普通の喫茶店の名前は『レディバード』。
制服も、特徴的なメニューもない、ただただ普通の喫茶店。
唯一の特徴といえば、テラスがあるぐらいでしょうか。
もっとも、テーブルが1つで、椅子が2つ。
特徴と言うには、特徴には成りきれていない、そんなテラスです。
お陰で、レディバードの常連客は閑古鳥さん一羽のみ。
アルバイトの欠伸も絶える事はありません。
さてさて、今日も退屈なレディバードの一日が始まるのでした。
~☆~
「はぁ~、まったく。ご主人には困ったものだ」
私は漏れ出すため息を抑える事もできず、人間の里をトボトボと歩いていた。
人間の里というだけあって、やっぱり人間が多いけど、ちらほらと妖怪もウロウロしている。
本当、変わったものだ。
昔だったら大騒ぎだったのに。
「平和っていうのは、こういう事を言うのだろうか」
平和。
平和ねぇ。
ふむ。
しかし、それにしても。
それにしても、だ。
私の能力、『探し物を探し当てる程度の能力』は、こういう具合に使うのは向いてないと思う。
「何か美味しい物を探してきてください。今日の夕餉は豪華にしちゃいましょう」
ご主人よ、あなたは本当に仏門の人間……否、妖怪か……と私は問いたい。
いや、まぁ『虎の妖怪』という事になっているし良いか。
「虎ならば、肉を喰う」
私ことナズーリンは、またまた深いため息を吐いた。
ご主人である寅丸星は、とても良い妖怪だ。
その時点で矛盾している。
妖怪が『良い』はずがない。
人間に恐れられない妖怪など、妖怪でいられるのだろうか?
そんな曖昧な存在だからこそ、良い妖怪なんていう訳の分からないものになるんだろうな。
「まったく。う~ん……それにしても、何か美味しいものねぇ」
とりあえず人間の里に来たのだが、売っている物は普通の食材ばかりだ。
八百屋には、大根、ニンジン、たまねぎ、ピーマン。
肉屋には、牛肉、豚肉、鶏肉、鹿肉、猪肉。
他にも色々と店がある。
あ、チーズだ。
美味しそう。
でも、夕餉がチーズだけというのは、余りにも寂しい。
そして侘しい。
う~ん。
みんなが共通して美味しいものなんか、いくら探せど見つかりやしない。
「はぁ~。仕方ない。ちょっと休憩していこう」
休憩は大事だ。
毎日毎時、張り詰めていては妖怪であろうとも死んでしまう。
心を休めるのは、とても大事な事だ。
ご主人はいつも休んでいる気がするんだけど。
ちょっとは張り詰めて欲しいものだな。
「ふむ……」
丁度よい所に喫茶店があった。
向かい合って二軒。
1つは何やら男の客がいっぱい居て、どうにも窮屈そうだ。
「こっちだな」
私は迷うことなく、喫茶店レディバードに入る事にした。
今日は天気も良い事だし、テラスに座る事にしよう。
白いテーブルに白い椅子と、これはこれで中々オシャレじゃいか。
ちょっと椅子が高くて足が地に届かないのは、まぁ私の身長が低いせいなので、仕方がない。
「いらっしゃいませ」
私が椅子に座ると、店の中から女給さんがやってきた。
やってきたのだが……
「君は確か永遠亭の……」
「蓬莱山輝夜よ」
「ここで何をやっているんだい?」
「アルバイト」
しれっと答えるお姫様に、私は納得のいかない表情を浮かべた。
お姫様っていうのはアルバイトをしないといけない職業だったのか。
いや、姫っていうのは職業じゃないな。
あ~、ん?
良く分からなくなってしまった。
「はい、これメニュー」
「あ、うん、ありがとう」
私はメニューを受け取った。
輝夜は横に付いたままだった。
どうやらすぐに決定しなければならないらしい。
う~ん。
ま、これでいいか。
「白玉あんみつとアイスコーヒー」
「は~い、ちょっと待っててね~」
そう答えて、輝夜は店の中へと戻っていった。
店内で店主に注文を伝えているらしい。
しかし、どうしてこんな所で永遠亭のお姫様がアルバイトなんかしているんだろうか?
何か企みがあるのだろうか。
私は腕を組みながら正面に向き直った時、心底驚いた。
「うわぁ!?」
テーブルの向かい側に妖精が座っていた。
何やらキョロキョロと辺りをうかがっていた。
物珍しいのか、それとも落ち着きがないのか。
判断は付かない。
あ~、でも、この妖精の事は知っている。
氷の妖精で、確か……チルノと言ったはず。
「き、君はチルノ……だったかな」
「あたいの名前を知っているとは、恐れ入った」
「それ、意味わかって使っているのかい?」
「ううん、知らない。恐れ入ったか?」
「あぁ、恐れ入ったよ」
うん。
本当に恐れ入った。
「お前は誰だ?」
「私かい? 私はナズーリン。命蓮寺に住んでいるよ」
「ナズーリンか。霖之助かお燐の子供?」
「その、お燐って奴が誰かは知らないが、私は決して霖之助の子供ではないと誓うよ」
仏門にたずさわる妖怪だが、神に誓ってもいい。
霖之助には宝塔の件で煮え湯を飲まされている。
もちろん私は猫舌ではないのだが、やはり熱いお湯など飲める訳がないのだ。
「ふむ。君、もしかして名前に『リン』が付いているからそう思ったのかい?」
「おう」
「単純だなぁ。それだと永遠亭にいるらしい永琳という医者も身内になってしまうよ」
「へ~、永琳の子供なのか」
「言ってない、そんな事一言も言ってない」
と、私が目の前で手をブンブンと振った時、輝夜が白玉あんみつとアイスコーヒーもトレイに乗せてやってきた。
「はい、お待たせ。へ~、チルノと待ち合わせでもしてたの?」
まぁ、相席していたら誰だってそう思うだろうな。
「違う違う。彼女は私とは無関係なお客だよ」
「あらそうなの? いらっしゃいチルノ。お金もってるの?」
輝夜とチルノは顔見知りらしい。
それなりに仲も良いんだろうか?
共通点など、どこにも見つからないんだけど。
「ん、これで何か食べれる?」
チルノはポケットから小銭を取り出して輝夜に見せている。
「はいはい、これだけだと……メニューのこの辺りね」
輝夜がメニューを指し示した。
はてさて、妖精がどうやってお金を手に入れたのか気になるところではあるが、私には何も言えた義理はない。
「え~っと、じゃぁね、メロンクリームソーダ!」
「は~い、ちょっと待っててね~」
輝夜は注文を聞くと、再び店内へと戻っていった。
私はそれを目で追いながら、アイスコーヒーをちゅぅとストローで吸い込む。
「……にがい」
やっぱりシロップは必須だな。
「あはは、ナズーリンは子供だな」
「む、メロンクリームソーダを注文した君には言われたくないね」
「メロンクリームソーダは最強だから、いいのよ」
「どういう理屈だい、それは」
私はさっそくとばかりに白玉あんみつの白く丸いだんごを口に放り込む。
甘さと何とも言えない弾力。
これが白玉の醍醐味だろう。
「メロンクリームソーダは、ジュースの中にアイスクリームが浮かんでいるんだぞ。これが最強じゃなかったら、何が最強だっていうのさ」
「ふ~ん。まぁ、言いたい事は分かった。けど、その理論でいくとパフェはどうなるんだい?」
フレークの上に生クリームやらアイスやら果実やらお菓子やら。
盛り沢山に組み合わさったお菓子じゃないか。
パフェこそ最強だと思うのだが?
「あれは化け物」
「化け物!?」
「ちょっとあたいの天才的な脳では理解ができない」
「言いたい事は分かるけど、君の脳はちょっとおかしい」
「えっ!? おまえあたいの頭の中みたのか!?」
「見なくても分かる」
おまえ天才だな、と納得しているチルノは放っておいて白玉あんみつの続きを頂く。
実は、寒天も好きだったりする。
色が付いているのが殊更良い。
うん。
で、その中でも白いのが得に好き。
「ねぇねぇ、ちょっと頂戴」
「む。君は図々しいな。ほら、あ~ん」
「あ~ん」
チルノの口にみつ豆と寒天を放り込む。
間接キスになってしまったが、気にする氷精ではあるまい。
「おぉ、美味しいな」
「そうだろう。甘いものはやはり必要なのだよ。人間にも妖怪にも」
「妖精にもな」
「うむ。では、君のメロンクリームソーダもちょっと食べさせてもらうぞ」
「気が向いたらな」
「君は図々しいなぁ」
苦笑する声が聞こえたので、そちらを見ると輝夜が笑っていた。
トレイにはメロンクリームソーダ。
炭酸の泡とそこに浮かぶバニラアイスが美味しそう。
うむ、やはり甘いものは大切だ。
今日の夕餉はいっその事、何か甘いものにしてみようか。
~☆~
白玉あんみつを食べ終わる頃には、チルノのメロンクリームソーダも空っぽになっていた。
長いスプーンでカラカラと氷を鳴らして遊んでいる。
妖精らしく、無邪気なものだな。
「ところでチルノ。美味しいものと言えば、何を想像する?」
「アイスかカキ氷だな。もしくは氷砂糖」
「最初の二つは納得するが、最後の1つは激しく間違っている気がする」
「うまいぞ、氷砂糖」
「砂糖の塊じゃないか。健康に悪い」
「じゃ、ナズの好きなものって何さ?」
いきなり愛称で呼ばれて、私は少しだけびっくりした。
まったく、妖精とは考えなしだなぁ。
他人との距離感が無いのだろうか。
「私の好きなものはチーズだ」
「チーズって、あの豆腐みたいなヤツで、牛乳の搾りカスか。結構しょぼいものが好きなんだな。恐れ多い」
「君、何かチーズに恨みでもあるのか?」
チーズが牛乳の搾りカスだと?
冗談じゃない。
牛乳こそ、チーズの材料でしかないというのに。
『乳牛』などという名前は、今すぐにでも『チーズ牛』にでも改名するべきだ。
うん。
「チーズに恨みはないが、牛乳には恨みがある」
「ほう?」
「この前飲んだら、お腹が痛くなった」
「腐ってたんじゃないのかい?」
「知らん」
「適当だなぁ~」
しかし、本当に夕餉はどうしよう。
妖精に、というかチルノに聞いても無駄な事には違いない。
さっきから候補が甘いもの以外で増えやしない。
アイスコーヒーをちゅぅと飲んで、私は太陽の位置を確認した。
まだまだ高い位置にあって、逢魔ヶ刻には時間はある。
「はてさて、私はもう行く事にするよ」
「どこへだ?」
「さぁてね。それが決まっていれば私はここで休憩をしていなかったよ」
「ふ~ん。大変なんだな」
「なに、困ったご主人の頼み事のせいだ。いつもの事でどうという事もない」
私は、すいませ~ん、と店内に呼びかける。
「はいはい。お勘定?」
「うむ、これで」
私は店内から出てきた輝夜にお金を渡す。
「丁度ね。ありがとうございました」
「輝夜、ついでにあたいも」
「はいはい」
チルノも休憩を終わりにするらしい。
ん?
そういえば、どうしてチルノはここに来たんだろうか?
「チルノ、君はどうしてここへ?」
「通りかかったら変な奴がいたから」
「それはもしかして、私の事か?」
「おう。恐れ入ったか?」
「恐れ入ったよ」
本当、恐れ入った。
もし私が凶悪で好戦的な妖怪だったら、今頃はチルノの頭を鷲掴みにして引きずっているだろう。
私はしないけれど。
しかし、心配になるな、この無邪気さ。
いつか身を滅ぼすかもしれない。
「君、少し命蓮寺に来ないか?」
「ん? なんで?」
「妖精の中で、君は強い方じゃないかな?」
「あたいは最強よ。そこのお姫様よりも強いわ!」
輝夜を見ると苦笑している。
嘘なのかどうか、曖昧だな。
まぁ、いい。
「中途半端な力は身を滅ぼす。どうだろう、ウチの聖に会って話をしてみると良い」
「ひじりん?」
「……うん、ひじりんでいいや。もうちょっと強くなれるかもしれないよ」
少し賢くなれば、礼儀を覚えれば、彼女は化けるんじゃないだろうか。
妖精だけど。
化け物には成れないかもしれないけれど。
「マジか!?」
「マジだ」
「よし、行くぞ。何をしているナマズ! はやく行くぞ! 恐れ多いな!」
「私は鼠の妖怪だよ。ナマズじゃない。あと、その言葉の意味も教えてもらうといい」
チルノはふわりと浮かび上がると、舞う様にして上空へと昇っていった。
「ありがとうございました。またのお越しを~」
そういう輝夜に一礼してから、私も舞い上がる。
まったく、そっちは命蓮寺の反対方向だ。
「チルノ。そっちじゃない、こっちこっち!」
「罠か!?」
「違う!」
さてさて、聖に会う事によって、この妖精がどう変わるか。
もしくは何も変わらないのか。
夕餉よりも楽しみなのは違いはない。
美味しいものは見つからなかったが、面白い奴が見つかった。
ご主人には、これで勘弁してもらおう。
「まぁ、ただの言い訳に過ぎないかもしれないが」
~☆~
ここは人間の里のとある一角。
人通りの多いこの場所には、二軒の喫茶店がありました。
一軒は男性に人気の、女給さんが短いスカートのメイド姿でお出迎えしてくれるというサービスをしています。
もう一軒は、極普通の喫茶店です。
そんな極普通の喫茶店の名前は『レディバード』。
制服も、特徴的なメニューもない、ただただ普通の喫茶店。
唯一の特徴といえば、テラスがあるぐらいでしょうか。
もっとも、テーブルが1つで、椅子が2つ。
特徴と言うには、特徴には成りきれていない、そんなテラスです。
本日のお客さんは命蓮寺のナズーリンさんと、氷精のチルノさんの二人だけ。
「ふあ~ぁ。退屈」
本日も退屈なレディバードで、店員さんの欠伸の声が聞こえるのでした。
あとチルノがすごいかわいい
この流れで他キャラも見てみたい。
怖いもの知らずのチルノとなんだかんだで面倒見の良いナズーがなかなか良いコンビですね
三人のやり取りは楽しかったのですがもう一件の喫茶店の下りは必要なのかちょっと疑問がありました
それぞれの掛け合いが良かったです