木々が紅く色づき始めた秋。
ここ、冥界の白玉楼も例外ではなく、広大な庭に生える桜たちもまた、秋の到来にその身を静かに紅く染め上げていた。
紅く、そして死の静寂に包まれた世界に声が響く。
「妖夢ー。よーうーむー」
「はいはい、幽々子さま。どうされました?」
縁側でのんびりと従者の名を呼ぶ幽々子の元へ、屋敷の中からエプロン姿の妖夢がぱたぱたと姿を現した。
「今日のお夕飯なんだけど、私、栗ご飯が食べたいわ」
「栗ご飯、ですか?」
「ええ。秋ですもの、秋らしいものが食べたくなって」
言ってやんわりと微笑む。その表情は穏やかな陽の光のようで、妖夢の心を暖かくする。
ああ、やっぱりこの人は綺麗だな、と思いながら妖夢も笑みを返す。
「分かりました。では、里に行って栗を買ってきますね」
「いやいや妖夢、普通の栗じゃ面白くないわ」
エプロンを取り外し始めた妖夢に対して表情一転、ぴっ、と人差し指を立てて幽々子は鋭い表情で言う。先ほどまでの陽光は暗雲に閉ざされ、幽々子の背後に激しい稲妻を妖夢は見た気がした。
「面白くって……」
「聞くところによると、妖怪の山には豊穣の神様がいるらしいわ。そんな神様が住んでいる山の栗って、とても美味しいと思わない?」
妖夢の背筋を冷たいものを伝う。
往々にして幽々子がこういった物言いをする時は、面倒ごとになることが多い。
そしてこの流れ。さすがの妖夢でも予想はつく。
「……はい、美味しそうですね」
「というわけで、お願いね」
「ですよね……」
再び微笑む幽々子に対して、予想通りの展開に妖夢は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「妖怪の山、かぁ……」
火バサミの入った大きな籠を背負って、妖夢は空を飛びつつ呟く。
「天狗に見つからないようしないと」
妖怪の山に住むという天狗たちはナワバリ意識が強いと聞く。山に侵入するものは容赦なく追い払ってしまうらしい。
たまに白玉楼へ新聞を届けに来る鴉天狗に『山には入らないように』と釘を刺されたことがある。
「そんなに危険なところなのかな……?」
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、いよいよ妖怪の山が近くなってきた。
紅葉によって紅く色づいた木々と、滝の水がきらきらと輝いているのが見える。
遠目から見た感じでは監視などなさそうに思えるが、念のためにと妖夢は山から少し離れたところに着地した。半霊はふよふよ飛んでいると目立ってしまうので、今のうちに籠の中に収めておく。
「……よしっ」
周囲を窺いながら、妖夢はちょろちょろと小走りに山へと踏み入った。びゅうと吹いた追い風に背を押されながら。
「わあ……」
見渡すかぎりの紅葉に、妖夢は思わず感嘆の声を上げた。
木々の色づきは言うまでもなく、落ち葉ももれなく紅、黄、橙に染まっており、まさに山の中は秋一色といった状態だった。
木漏れ日の中を、妖夢は歩く。
「きれい……」
さくさく。
踏みしめる落ち葉の音が心地よい。深呼吸すれば、どこかで果物が実っているのだろうか、甘いにおいがする。
幻想郷にあってなお幻想的な秋に包まれて、妖夢はしばし目的を忘れて景色に見とれる。
びゅうと風が吹いた。木々がゆれ、まだ木にしがみついている葉がさわさわと音を奏でる。
ひらり、ひらり。
「あ。……幽々子さまへのお土産に持って帰ろう」
頭に舞い降りた真っ赤な楓の葉をつまみ上げ、妖夢は籠の中に放り込んだ。
その時。
「そこの人間と幽霊!」
「!」
頭上から降ってきた朗々とした声に天を仰げば、山を背に庇うようにゆっくりと空からこちらへと下りてくる影がひとつ。
赤い高下駄、裾に赤いラインが入った藍色のスカートに、上は真っ白な脇出しの装束。中央に楓マークがスタンプされた盾を左手に、右手には長大で幅広の片刃の剣を携え。
雪のように白い髪の毛の上にちょこんと乗った小さな赤い八角帽。凛々しくも少女の面影を残した顔立ち。そして頭部にピンと立った三角形の耳と、背後でゆらゆらと揺れている尻尾が、その少女が人間ではないことを示していた。
この場で遭遇する可能性が最も高い種族といえば。
「ここは妖怪の山。我ら天狗の領域だ。余所者は立ち去れ」
大きな瞳で妖夢を睨み据え、少女――天狗は警告する。
妖夢とて、いずれ見つかるだろうと予想はしていたが……
「こんなに早く見つかるなんて……」
「あいにく、他の仲間たちよりも眼が良くてな。それに、鼻も利く」
問いに答える天狗の尻尾がぶん、と一度だけ大きく揺れた。
天狗は手にした大太刀をこちらに突きつけ、一歩を踏み出す。
「さあ、立ち去れ」
「く……」
まだ目的は果たせていない。不要なトラブルは避けるべきだ。
が、戦闘態勢の天狗を前に妖夢は、無意識に半身を引いて背の楼観剣に手をかけてしまった。
それを見た天狗の眼が鋭くなる。
「抵抗するか。ならば仕方ない。力尽くで排除させてもらう!」
「えっ!? ちょっ待っ!」
武器に手をかけた侵入者を敵と判断した天狗が踏み込んでくる。妖夢が構えを解いて制止の声を上げるがお構いなし。素早く間合いを詰めると大太刀を上段から振り下ろした。
「わああ!?」
悲鳴を上げながらなんとか回避。
背負っていた籠を放り出して相手に向き直ると、天狗は再びこちらへ刃を向けていた。
横薙ぎの一閃。妖夢は後ろに跳んですれすれで回避した。
「話をっ!……聞いて!」
「聞くことなど何も無い」
身を反らし、伏せて、あるいは投げ出して。
止まぬ攻撃から逃げ続けながら妖夢は必死に訴えるが聞く耳を持たず。
「侵入者は排除する! それだけだ!」
にべもなく切って捨てられる。
間断なく続く天狗の猛攻を妖夢は避け続けたが、やがて追い詰められ、
ぎぃん!
響く金属音。天狗の斬撃を、鞘から抜きかけた白楼剣の刃が受け止めていた。
「いい加減に……しろ!」
怒声とともに大太刀を弾き返して大きく距離をとる。
こちらの話を聞かず、一方的に攻撃を続ける天狗に、妖夢の我慢も限界に達していた。
白楼剣を納刀し、背の楼観剣を抜き放ちながら叫ぶ。
「まずは斬る! 話はそれからだ!」
「ふん! 人間風情が天狗に勝てると思っているのか!」
そして二人の剣士は同時に駆け出した。
互いに上段からの一撃。
がきぃ!
刃と刃が交差する。
私の剣を天狗は涼しい顔で抑えている。向こうは片手だというのに、ビクともしない。
さすがは天狗。腕力は並外れている。
「面白い」
鍔迫り合いのさなか、天狗が笑みを浮かべる。その瞳に獰猛な炎を滾らせて。口の端から鋭い牙を覗かせて。
その様は、まさに獲物を前にした獣そのもの。
「天狗を前に臆せず立ち向かうか。その勇気に免じて、お前に勝機を与えてやろう」
「なに?」
「一撃。私に一撃を浴びせることが出来ればお前の勝ちだ。話くらいなら聞いてやる」
「たった一撃だと!?」
この天狗は私を馬鹿にしているのか。
いくら天狗が力の強い妖怪だとしても、私が剣で遅れを取るなど!
「ふっ、馬鹿にするな、とでも言いたげだな。だがっ!」
ぐんっ。
「!?」
力の均衡が崩れた。
圧され、圧され、圧され……
ぎんッ!
やがて私は天狗の剣に弾き飛ばされた。
「あぐっ!」
「たかが一撃。だがその一撃は、お前にとって遠いものだ」
地に這い蹲る私を天狗は悠然と見下ろす。
がしゃり、と大太刀がこちらに突きつけられ、
「それでも勝てると思うのなら、かかって来い。返り討ちにしてやろう」
「……ならば」
ゆっくりと立ち上がり、天狗の視線を受けながら私は楼観剣を下段に構えた。
向こうがやる気なんだ。こちらの話を通すなら勝つしかない。
ならば――
「ならば、お言葉に甘えてこの場を斬り通らせてもらう!」
全力でやってやる!
吼えて、私は猛然と天狗に向かって走る。
地を這うかのごとく姿勢を低くし、天狗の足元を払うべく楼観剣を構え。
しかし私の剣が間合いに入る直前。
「ふッ!」
鋭い呼気とともに天狗が踏み込み、大太刀を振り下ろす!
先手を取られた私は急停止し、右半身を逸らして一撃をかわす。同時に引いた楼観剣で突きを繰り出す。しかし天狗も身を逸らしてこちらの攻撃をかわした。まだ!
突き出した楼観剣を横薙ぎに振り払う。が、それも身を伏せてかわされた。
この体勢ではお互い攻めることは出来ない。私は距離を取るべく後ろに跳ぼうとして、しかし天狗の動きは私の予想とは違った。
盾を体の前に構えて天狗が踏み込む。楼観剣の、大太刀の間合いの内側にいるこの状況で!?
腹部に衝撃。
「うぐっ!?」
打ち上げるような盾越しの体当たりを受けて、身体が大きく浮き上がる。
姿勢の制御が追いつかない私に天狗の大太刀が迫る。
ぎんッ!
かろうじて楼観剣で防いだが、その衝撃で更に私の身体は上空へ。
枝に、葉に全身を叩かれながら木々の上まで飛ばされたところで何とか霊力を操り、空中でくるりと一回転して停止。地に視線を向けるが、未だ散ることなく赤々と色づく木々が邪魔で天狗の姿は見えず。
とにかく降りなければ。これ以上、他の天狗には見つかりたくない。
ばさり。
地を目指して下降を始めたところで耳に入った布地が空を叩く音。次いで視界の端に映った影と、陽光とは違う煌き。影の行く先は――
「上!?」
弾かれたように見上げた先には、白き衣と振り上げられた白銀の刃。
「ちぃ!!」
ギッ!
振り下ろされた大太刀を楼観剣で受ける。足元に霊力を集中して簡易の足場として踏みしめるが、そんな急ごしらえが長持ちすることもなく。
ギァン!!
足場は砕け、重力と天狗の膂力の合わさった力に抗うことなど出来るわけもなく。私は枝葉をなぎ倒して再び森の中へ、そして大地に叩きつけられた。
「があ! ぐ……」
衝撃で肺から空気が搾り出される。だけどっ……苦しんでる暇なんてない!
私から少し離れたところに着地した天狗が更に踏み込み大太刀を振りかぶる。
横に転がって回避。ざしゃむっ、と耳元で落ち葉が叩き潰される音が響いた。
立ち上がる間も惜しんで身を投げ出して天狗と距離をとる。立ち上がり、振り返った先には横薙ぎの一撃を叩き込まんとする天狗の姿。回避は間に合わない!
ぎッ! ギギ……
刀身の背に左手を添えて防ぐ。だが、力比べではかなわないのは承知のこと!
このまま受けると見せかけて素早く跳び退る。攻撃をすかされた天狗は僅かに体勢を崩した。いま!
踏み込み、袈裟懸けに楼観剣が閃く!
「無駄だ!」
がづッ!
吼えて天狗が左手を振り払う。盾に楼観剣を弾かれ、今度は私が大きく体勢を崩した。まずい!
こちらに脇腹に向かって吸い込まれるように大太刀が迫る。体勢は崩れたまま。防御はできない!
「くうっ!!」
呻きとも悲鳴ともつかぬ声を喉から吐き出しながら私は無理やり飛び退る。
「!!」
腹部に衝撃。
姿勢が崩れ、肩から転倒した。すぐに起き上がり、二回、三回と跳び退る。天狗はこちらを追うことなく、ただ構えてこちらを見据えていた。
「う……く……」
こちらも再び構えを取ろうとするが、その瞬間、鋭い痛みが左の脇腹に走って膝をつく。
ちらりと視線を向ければ、そこには予想通りの光景。紅葉よりもさらに紅い染みが服に広がっていた。
服の上からでははっきり分からないが、あまり無視できるものではなさそうだ。
「……」
と、天狗が構えを解いた。先ほどまでの攻撃的な気配が霧散する。
「立ち去れ。すぐに治療すれば大事には至るまい」
「なんだと?」
「立ち去れ、と言った。手負いをいたぶる趣味はない」
「敵を見逃すというの?」
「また来るなら、また返り討ちにするだけだ」
なんと言うことはない、といった口調で言ってのける。なんて不遜な……!
言い返してやりたいが、足に力が入らない。傷口に添えた手にぬるりとした感触。
吐き気がする。呼吸が震える。
でも、まだ倒れるわけにはいかない……!
楼観剣を支えに、なんとか立ち上がる。
「ほう……」
天狗が感嘆の声を上げている。だけど、あまり動ける気はしなかった。
僅か数合。ただの数合でこれほど実力がはっきりしてしまうなんて……
今の私は天狗に勝てないのか……? 一撃を浴びせることすら叶わないのか……?
――いや、まだ……
「まだ、戦える」
「…………」
「あと一手。……これで駄目なら諦める」
そうだ、まだ一手残っている。諦めるにはまだ早い!
往生際が悪いと思うけど、格好悪いと思うけど。
それでも私は幽々子さまの『お願い』を叶えたい。
あの春の日。『命令』を果たせなかった私に、幽々子さまは「いいのよ」と微笑みかけてくれた、その時の顔が忘れられない。どこかふっきれたような――でも、寂しげな。それを見た私は胸がきゅっと苦しくなった。
もう、あんな思いはしたくない。幽々子さまにはいつでも心から笑顔でいてほしい。
だから!
「絶対に、勝つ」
「……いいだろう」
天狗が静かに構える。
私は上着の内ポケットから一枚の符を取り出した。
「それは……!」
それの正体に気がついたか、天狗が動揺の声を上げる。
スペルカード。そしてこれは、伊吹萃香の起こした異変の時に使っていた数少ない近接専用のもの。
しかし、霊力、体力ともに多く失っている今の私では、大技は撃てない。それでも、私の握っているこの一手は天狗に勝てるかもしれない一手。信じて撃つだけだ。
スペルカードを口にくわえて私は楼観剣を構える。
腰を落とし、左半身を引いて身を捻る。そして楼観剣を持った右手を左の腰に寄せて。左手を鍔の近くにそっと添えて。
それは、居合いの構え。
そして、宣言するスペルカードは。
「人符『現世斬』」
宣言とともに、くわえている符が私の霊力を吸い取る。
僅かな脱力感。
しかし、その脱力も一瞬のこと。すぐに増幅された霊力が符から返され、今度は身体の内側が熱くなる。
符から返された霊力の働きかけによって、私は今、爆発的に向上した身体能力を以ってスペルカードに定義された動きを体現することができる。それが、近接系スペルカードの特徴。
そして『現世斬』に定義された動き。それは『居合い』。
力でも、技でも敵わない。なら、相手が反応する前に近づいて、斬る。私に残された最後の一手。
天狗を相手に速さで勝負などと、鼻で笑われてしまうかもしれない。だけど、霊力の支援を受けた『現世斬』なら……!
『現世斬』に込められた霊力はそれほど多くないけれど、その霊力の使い道のほとんどが『速さ』につぎ込まれている。
故に『現世斬』は、私のスペルカードでも最速クラスの技。
これで駄目なら、諦める。
どくん、どくん。
心臓の鼓動がうるさい。視界が霞んできた。もう猶予はないな……。
秋色の中に浮かぶ白い影を目指して、私は一歩を踏み出した。
かさり。
踏みしめた落ち葉が小さな声をあげ。
そして私は、その身を一つの弾幕と化す。
…………
「ぐう……!?」
苦悶の声は、どちらのあげたものなのか。
ぽたり、ぽたり。
視線の先、地面に滴る赤い雫はどちらのものなのか。
動かない体、霞む視界。顔を上げることすらできず、朦朧とする意識の中でただ一つ、わかることは。
「…………!」
右手が振りぬけていないこと。
私の剣が、届かなかったこと……
くわえていた符が桜の花びらになって散り消える。その光景を最後に、私の意識は闇へと消えた。
轟々――。
「……んぅ?」
身を震わせる轟音に、妖夢は瞼を開いた。
視界に広がったのは、少し湿った岩肌。どこかから光を受けているのだろうか。ちらちらと輝いて網膜を刺激する。
――私は、どうなったんだっけ?
思い出そうとするが、まだ意識がはっきりしない。それでも自分が横たえられていることだけはわかった。
後頭部と両手から伝わる地面の感触は、白玉楼でも馴染みのもの、畳だ。
岩の天井に畳の床。ここはどこだろうと首を巡らせた。
左を見る。天井と同じような岩肌の壁と、木製の箪笥が見えた。洞窟を改造して住居にでもしているのだろうか。
右に顔を向けると、床の畳は途中で途切れ、壁には一枚の木製の扉。目線の高さあたりに取り付けられた小さな窓から見えるのは真っ白い空間。そこからキラキラと白い光が入ってきていた。
そしてこちらに背を向けて畳の上に座る白い人影。
頭部に生えた獣の耳とゆらゆら揺れる尻尾が、その人影が人間ではないことを示していた。
「……あの」
無意識に声をかけてから妖夢は自分の行動に慌てた。
ここがどこかも分からない。相手が何者かもわからない。こんな状況で無用心にも声を上げてしまうとは。
慌てて身を起こそうとした瞬間、脇腹を激痛が襲った。不意の痛みに、思わず全身が引きつる。
妖夢の焦りをよそに、人影がゆっくりと振り返る。
「目を覚ましたか」
白い衣に身を包んだ人影――妖夢を打ち倒した天狗は、こちらの姿をみるや安堵の表情を浮かべた。
「よかった。あのまま目を覚まさなかったからどうしようかと思っていた」
「ええと……?」
立ち上がり、天狗がこちらに歩いてくる。
こちらも身体を身体を起こそうとするが、天狗が手でそれを制した。
「ああ、無理に起きなくていい。傷口が開いてしまうかもしれない」
「きず……?」
口調は変わらないが、雰囲気はいくらか柔らかくなっていた。
――傷口……?
なんとか首だけを動かして、自分の身体を確認する。真っ白だったブラウスの腹部が真っ赤に染まっている、その光景に思わず顔をしかめた。そしてボタンが外されて少しはだけたブラウスの下、腹に包帯が巻かれているのが見える。
「これ……は……?」
「手当てはしておいた。激しく動かなければ開くこともないだろう」
「あ、ありが、とう……」
「傷はそれほど深くはなかったが、少し出血が多かったな。もうしばらく休んでいくといい。しかし……まったく、無茶をしすぎだ」
妖夢の傍らに座り込み、天狗はそっと脇腹に手を添えた。
そしてずいっと顔を近づけ、呆れ半分、怒り半分といった様子で天狗は続ける。
「腹を斬られて、内臓でも傷ついていたらどうする。
だというのに、スペルカードまで持ち出してあんな技を使うとは……一歩間違えば霊力と体力を使い果たしてあの世行きだぞ?」
「それは……帰る手間が省ける」
「なんだ?」
「いえなんでもっ!」
慌てて首を振る妖夢を見て、天狗はため息を一つ。
とりあえず敵意は無い様子の天狗を見ているうちに、妖夢は意識を失う前のことを思い出しかけていた。
「あ……そうか、私……」
――山に入って。天狗に見つかって。戦って。そして……
「どうして……」
「うん?」
「どうして、私は生きてるんですか? てっきり殺されるものかと」
天狗は怪訝な顔。
「私は、勝負に負けて……」
「負け?」
最後の一手を思い出す。
――私は現世斬を振り抜けなかった。止められてしまった。
「私は……わたし、は……」
――負けた。私は……負けたんだ。
じわりと妖夢の瞳に涙がたまっていく。
全力を出した。悔いはない。だが、それでも一太刀も届かなかったことがショックだった。
「……これを見ろ」
涙でぼやける視界の中、妖夢の眼前に天狗の左手が掲げられる。捲られた袖の下、二の腕には赤く滲む白い包帯が巻かれていた。
「こ、これ……?」
唖然とする妖夢を置いて、天狗は立ち上がって横たわっている妖夢の頭側に面するほうへと歩いていく。
ガシャ……
硬質な何かが擦れ合う音。
再び妖夢の視界に戻ってきた天狗は、真っ二つになった盾を持っていた。
「まさか、盾ごと斬られるとは思わなかった」
がらんっ、と盾を放りながら天狗は自嘲ぎみに笑った。
「まったく。大したものだよ、お前は」
「これを、私が……?」
「ああ、そうだ。盾がなかったら腕がなくなっていたかもしれないな」
左腕をさすりながら、天狗は箪笥の方へと足を向ける。
「あの後、気絶してしまったお前を放っておくわけにも行かず、ここに運び込ませてもらった」
「私は……勝ったの……?」
「一撃でも与えることが出来ればお前の勝ち。そう言っただろう?」
ぼう、と天井を眺めて天狗の言葉を反芻する。
――……本当に、勝ったの? 私が? 天狗に? いやいや、たったの一撃で……でも勝ちは勝ちだ。だけどあのまま続けていたら私は死ん――
「なんて顔をしているんだ?」
呆れの混じった声とともに、額に湯飲みが乗せられる。湯飲みからじわりじわりと熱が伝わってきて……
「熱ッ!? 熱いです!」
悲鳴を上げると、湯飲みはあっさりと額からどけられた。足元の近くに置かれていたちゃぶ台の上に湯飲みを乗せながら、天狗は笑う。
「なかなか愉快な顔芸を披露していたが、何を考えていたんだ?」
「ユカイなって…………私の剣は、届いたんだなって」
「…………」
圧倒的な力を持つ天狗。その力は幻想郷でもかなり高位に位置する。
その天狗に、たった一撃だけど届いた。
――私は、少しずつだけど、きっと強くなれてるんだ……
そう考えると、自然に笑みがこぼれた。
「起き上がれるか?」
天狗の支えを受けて、妖夢はゆっくりと上半身を起こした。また脇腹が少し痛んだが、我慢する。
「自己紹介がまだだったな。私は犬走椛。妖怪の山で哨戒を任されている白狼天狗だ。お前は?」
「冥界の白玉楼で庭師をしています、魂魄妖夢です」
天狗――犬走椛から改めて湯飲みを受け取りながら、妖夢も名乗る。
「冥界?」
「ええ。罪のない死者が転生、または成仏するまでを過ごす幽霊の世界です」
「では魂魄、お前は肉体を持った幽霊なのか?」
「いえ、私は幽霊と人間のハーフです」
「……それは、死んでいるのか? 生きているのか?」
「半分は生きてます」
「…………そうか」
――あ、混乱してる混乱してる。
腕を組んで首をかしげる椛姿に妖夢は苦笑しつつ、渡された湯飲みに口をつけた。ほのかな苦味が口の中に広がる。美味しい。
思わずほう、と息をついたところで椛の視線に気づき、妖夢は妙に気恥ずかしくなった。
「とっ、ところで! ここはどこなんですか?」
「私たち白狼天狗や、河童たちが利用する休憩所みたいなものだ」
椛が扉を示す。
轟々――。
先ほどからずっと響いている轟音は扉の向こう側から聞こえていた。
「この部屋は滝の裏側にあるんだ」
疑問が顔に出ていたのか、椛は言う。
――なるほど、あの音は 妖怪の山を降る滝の音だったのか。ということは、あの小窓から見えるのは水……
「あの、これってどうやって出入りしてるんですか? まさか、毎回ずぶ濡れ……?」
「そんなわけないだろう。出入りをする時はちゃんと出入り口に設置された傘が開く仕組みになっている。河童の作ったものだから勝手はわからないがな」
「へえ……」
河童って凄いんだな、と妖夢は漠然とした感想を抱いた。
「さて」と椛は表情を引き締めると、立ち上がって出入り口へと向かった。
「私は少し外に出る。お前はもう少し休んでいなさい」
「あ……」
「休んでいろよ」
念を押してから、椛は扉の向こう側へと姿を消した。
椛がいなくなり、部屋に取り残された少女がひとり。
「…………」
手持ち無沙汰になった妖夢は、ぐるりと周囲を見回す。
畳の床、岩の壁、岩の天井。
扉の取り付けられている側の地面には畳が敷かれておらず、そちらも岩肌がむき出しになっている。
その玄関部に設置された傘立て――もしかしたら武器立てかもしれない――に、白楼剣と楼観剣は立てかけられていた。
さらにその隣には、妖夢の背負ってきた籠も置かれていた。外に置き去りにされていなかったことに安堵する。
意識を集中すると、中から半霊が飛んできた。妖夢の意思に従ってふよふよと飛び回る。
「…………」
半霊を使って白楼剣と楼観剣を手元に持ってきた妖夢はふと思う。
――犬走椛。妖怪の山の白狼天狗……
「強かったな……」
お前の勝ちだと天狗は言ったが、やっぱりそれはあくまでルールの上での話だ。これが実戦――正真正銘の殺し合いだったなら、妖夢は確実に冥界へ飛ばされていただろう。完全な霊体となって。
ぱたりと仰向けに倒れて天井を見上げる。相変わらず岩肌の天井はちらちらと輝いている。
轟々――。
滝の音が耳に響く。
「…………犬走、椛……」
かっこいいと思った。
風になびく純白の髪の毛と衣。力強く澄んだ相貌。凛々しく整った顔立ち。
そして何よりも、あの豪快な剣技。自分には持ち得ない力を以ってして繰り出される白狼天狗の剣に、妖夢は魅了されていた。
初めて祖父以外の剣に『あこがれ』を抱いた。
そして……
「もっと強くなって、そして……もう一度…………」
もう一度、戦ってみたい。
決意はまどろみの中にゆっくりと沈み。
「…………すぅ」
轟々――。
そして部屋には、やまぬ水音と穏やかな寝息がひとつ。
轟々――。
妖怪の山。
鮮やかな紅葉に彩られた木々。雲ひとつない蒼穹。
そしてここ、山を降り、河童の住処を抜け、人里まで流れる大瀑布、九天の滝。
その滝から突き出した岩の足場に一人の白狼天狗が立っていた。
滝を背に、大太刀を地に突き立てて静かに佇む様は、見るものを魅了する凛々しさと美しさを兼ね備えていた。
しかし、その精悍な表情が僅かに歪む。
首を巡らせ、左側に広がる木々を忌々しげに睨み付けた。
「そこですか」
「あやや、バレてしまいましたか」
がさがさと木々の間から現れたのは、一人の少女。
闇によく似た黒髪を風になびかせた少女。彼女もまた、妖怪の山に籍を置く天狗――鴉天狗だった。
八角帽と高下駄は椛とよく似たもの。楓の柄の入った白いブラウスと紺のスカートといった出で立ち。
そして、額に巻かれた白い鉢巻と、そこに突き立てられた二本の木の枝が否応にも視線を引き付ける。ちなみに、両手にも同様に枝をしっかりと握っていた。
あまりにも予想外の姿に椛は唖然とした。
「……なんて格好してるんですか」
「外の世界で伝統的なカモフラージュ術です。もう少しいけると思ったのですが……」
両手と額に取り付けられた木の枝を放り捨てながら大真面目につぶやく。
「……いくら姿を隠そうとも、いかに気配を消そうとも、白狼天狗にはこれがありますからね」
そう言って、椛は自分の鼻をちょんと触る。
「なるほど。さすがはワン」
「はい?」
「いえなんでも」
射抜くような視線とドスの効いた一言、そして向けられた殺気に鴉天狗は大人しく閉口した。明後日の方を向きながら八つ手の団扇を仰ぎだす。
「ところで、射命丸さん」
「なんですか?」
射命丸と呼ばれた鴉天狗――幻想郷最速を誇る、里に最も近い天狗、射命丸文は団扇を仰ぐ手を止め、こちらに向き直った。
「いつから、見ていたんですか?」
「『わあ』ってところから」
「なにそれ私知らない。いつの話ですか?」
「魂魄さんが山に入って紅葉に見とれてたところ」
「私より先に見つけてたんなら止めてくださいよ!!」
あんまりと言えばあんまりの対応に椛は思わず声を荒らげる。
妖夢を運んでいる時に誰かに見られていることに気づいてはいたのだが、まさか最初からずっと見られていたとは。周囲への警戒を疎かにしたことを悔いるばかりである。
「いやまあ。白狼天狗のお仕事を横取りしちゃ悪いかなー、なんて。近くにあなたがいるのは知っていましたから」
「こんの、ぬけぬけとっ……!」
「ですが」
「!」
文の表情が鋭くなる。立ち上る妖気。それに呼応してか、周囲を風が渦巻いて木々をざわざわと騒がせる。
「ですが、まさか山の中に連れ込んでしまうとは思いませんでした」
「……それは」
「侵入を許すどころか、まさか手引きのような真似までしてしまうなんて。さすがにこれ以上は見過ごすことは出来ません。今すぐ魂魄妖夢を引き渡しなさい」
左手が差し出される。
しばしその手を見つめて、椛は視線を上げた。文の表情は鋭いまま。こちらを射抜くように見ている。鋭利な刃を首筋に押し当てられているような感覚に襲われた。
秋も半ばといった涼しい季節。こくりと喉を鳴らし、椛は額を汗が伝うのを感じながら口を開いた。
「……引き渡したとして、彼女はどうなりますか?」
「知りません。私は侵入者を連行するだけ。そこから先は大天狗様の裁量次第でしょう」
「そう、ですか」
「ま、少なくとも手厚く歓迎することはないでしょう。何せ相手は山への侵入者なんですから」
「……」
文の言葉と嗜虐的な笑みが椛の心をざわつかせる。
妖怪の山は封鎖的な社会だ。仲間意識が強い反面、対立するものに容赦することは無い。侵入者の末路など、椛にも容易の想像がつく。それも、最悪の形で。
「さあ」
「…………」
この辺り一帯に他の天狗はいない。自分と文の二人だけだと、椛の鼻は告げている。
――ならば。
「渡せません」
「……山の意思に背くと言うのですか」
「罰は受けます。ですが、それは私ひとりでいい」
「それを決めるのはあなたではない」
「分かっています。だから……」
椛は地に突き立てていた大太刀を抜き放つと、文に突きつけた。
「あなたを倒して魂魄妖夢を逃がす」
文の瞳が驚愕に見開かれる。渦巻いていた風が鳴りを潜め、再び滝の音だけが周囲を包み込んだ。
「……正気ですか?」
「無論、正気です。たかが侵入者ひとり、上がそれほど重視するとは思えません。山の外まで逃がしてしまえば、追っ手を寄越すこともないでしょう?」
――彼女を助けるにはこれしかない。
真っ直ぐに文の瞳を見据えて椛は不敵に笑ってみせる。
「罰は、彼女を逃がした後で私ひとりが受けます。もとより、彼女を山に入れたのは私なのですから、私ひとりで受けるのが道理のはず」
しばし呆然としていた文だが、やがて椛と同様に笑みを浮かべて嘲るように言う。
「面白いですね。白狼天狗ごときが、この私を倒せると?」
「へらへらと新聞ばかり書いている堕落した鴉天狗なんかに、私が負けるとでも?」
売り言葉に買い言葉。文の挑発に椛は挑発で返してやった。文の嘲笑が更に深くなる。同時に瞳がギラリと閃いた気がした。
「……言いますね」
びゅおぉう!
文の纏う妖気が大きく膨れ上がる。同時に、文を中心に竜巻が発生し、椛は思わず眼前に両腕を掲げた。
荒れ狂う風に木々が悲鳴をあげ、滝の水が吹き散らされて頬に降りかかる。
「白狼天狗風情がよく吠える」
びょうびょうと耳元で風が唸るなか、文の声だけははっきりと聞こえた。能力を使って伝えているのだろうか。
腕の隙間から文を窺い見た椛は眩暈を起こした。
「ひっ!?」
意図せず喉から小さな悲鳴が上がる。
文を取り巻く膨大な妖気に、そして全身を貫くプレッシャーに中てられて足元がふらつく。
――射命丸文とはッ……これほどの力を持った天狗だったのか……!?
自分の想像をはるかに上回るプレッシャーを放つ鴉天狗を前に、椛は一歩、また一歩と後ずさる。
「ひぁ!?」
後ずさるうちに足場の端まで追い詰められていた椛は、足を踏み外して危うく滝つぼに転落しそうになった。かろうじてバランスを取って転落を免れたが、崖っぷちにいることには変わりなかった。それは、立ち位置の話だけではなく、自らの命の話でも、そして魂魄妖夢の命の話でもある。
――そうだ、引けない。引くわけにはいかない!
これだけ大きな事を言ったのだ。どちらにしろ、ここで文を倒さねば自分は彼女に殺されるだろう。
折れかけた心を奮い立たせ、椛は大太刀を構える。しかし、呼吸が苦しい。心臓を鷲掴みにされているかのようだ。
「命が惜しくないようですね」
す、と文の表情がなくなった。しかしその瞳からは明確な殺意が投げかけられている。
――怯えるな……怯えるなッ!!
「何故、彼女にそこまで固執するんです? ただの小娘でしょう」
「……ええ、ただの小娘です。我々天狗にとっては取るに足らない存在でしょう」
何か喋っていないと意識を失いそうだった。だから、内から溢れてくる言葉を椛は吐き出し続ける。
「ですが、そんな取るに足らない存在に……魂魄妖夢に私は興味を抱いてしまった」
天狗に一撃を浴びせるなど、今の幻想郷ではよほどの実力者でなければ成しえることではない。同族や神、鬼ならばともかく、ただの半死人などには数百年かかっても達成できることではないだろう。
しかし彼女はやってのけた。
「天狗に臆すことなく立ち向かい、そして見事、私に一撃を浴びせた」
そんな一生懸命さに惹かれたからだろうか。
「彼女がこれから何を見て、何を聞いて、何と戦って、そしてどれだけ強くなるのか。私は彼女の未来を見てみたい」
椛は確信する。
彼女は――魂魄妖夢、これからもっと強くなる。
幾多の出会いと別れを経て、幾多の出来事に立ち向かって。そして……
――そしていつか。
「私はまた彼女と戦ってみたい。今はまだ天狗の領域には遠いけど、それでも彼女はいつか追いついてくる。対等に戦える日がきっと来る。だから――」
目を閉じれば脳裏に浮かぶ。身の丈に合わない長さの刀を構える銀髪の少女の姿。
――終わらせるわけにはいかない。
息苦しさがすう、と消える。胸の圧迫感もない。
がしゃ、と大太刀を構えなおして椛は吼える。
「だから、私は彼女を死なせない!」
「…………」
文に動きはない。ただ静かに椛を見つめ続ける。
轟々と。びょうびょうと。
瀑布の水音と渦巻く竜巻が静寂を砕き続ける。
しかし、椛には風の音も、水の音も耳に入らず。ただ、文の動向にだけ注視する。目はその一挙手一投足に向け、耳は衣擦れの音一つ聞き逃さぬよう集中させる。
「…………」
「…………」
ふ、と。風が止んだ。同時に文の纏っていた強大な妖気も、突き刺すような殺気も霧散する。
「ごめんなさい、犬走。あなたを試しました」
目を伏せ、小さく頭を下げる鴉天狗を前に、椛は目を白黒させた。
「……それは、どういう……?」
「どうして彼女を匿ったのか。それが知りたかったんです」
「どうして……」
「あなたは、私の知る白狼天狗の中でも特に頭の固い方だと思っていました。
ところが、今回の一件。私も山に所属する身ですからね。あなたが何を思って、山の規律を犯してまで魂魄さんを助けようとしたのか、それを知っておきたかった。そしてそれが山に害をなすものだとしたら、止める必要があった」
「…………」
「ですが……そうですか――。あなたは山の外に興味を持ったんですね。それはとても良いことだと、私は思います」
文が微笑む。その笑みは慈愛に満ちていて。
「安心して下さい。上には『私の知り合いだから問題はない』と報告してあります」
「本当ですか!?」
「はい。まあ、それでも監視付きで許可、という形になりましたが」
「……良かった……」
安心してしまったからだろう。椛の身体から力が抜けた。
膝をつき、肩で息をする椛の背を文は優しく擦る。
「少しやりすぎましたかね。大丈夫ですか?」
「こ……これくらい、どうってことは…………」
強がるが、呼吸が整うにはまだしばらく時間がかかりそうだった。
「それにしても」
と、椛の背を擦りながら文は感慨深げに呟く。
「斬られて目覚めるとは……犬走、あなたMですか?」
「…………」
ぷちん。
自分の中の何かが切れる音を、椛は聞いた気がした。
「レイビーズバイト!!」
「アウチっ!?」
動かぬ体を奮い立たせて、椛は渾身の一噛みを文に見舞ってやった。
部屋に戻った時、妖夢は穏やかな寝息を立てていた。その寝顔は見た目相応の少女のもので。
もう少し寝かせてやりたかったが、写真を撮ろうとする文をたしなめ、押さえつけている間に目を覚ましてしまった。
椛は三人分のお茶を淹れ、とりあえず山に入った理由を聞くことにする。
「――で、何で山に入ったんだ?」
「栗拾いをするために」
「くり?」
「くり。」
「くり……ああ……」
椛には訳が分からなかったが、文は納得がいったように相槌を打つと、生暖かい目で妖夢を眺めた。
危険を冒してまで山の栗を拾いにくる理由が椛にはわからなかった。栗なんて里で買えるだろうに。視線で文に問いかけると、文は苦笑交じりに言う。
「妖怪の山は自然が豊かですからね。そういった土地で採れた栗を食べてみたいとか、そんなところじゃないですか?」
「正解です。豊穣の神が住んでいる山の栗が食べてみたいと」
「? どういうことですか?
「魂魄さんのご主人様の話ですよ。食べることが大好きな亡霊お嬢様でねぇ。今回は山の栗に興味を持たれたわけですか」
言葉を失った。
まさか、栗を食べたいがためだけに、こんな少女を妖怪の山に遣わせる者がいるとは椛は思わなかった。
「無茶を言う人だな。妖怪の山に行けとは……」
「まあ、慣れてますから」
ハハ、と妖夢は乾いた笑みを浮かべた。
――これは……これまでもかなり振り回されてきたな……
文が妖夢に向けた視線の意味を、なんとなく理解した。
「ともあれ、ここから先は私たちがご一緒します」
「えっ、どういうことですか?」
いつの間にかカメラを構えていた文が言う。妖夢を撮ろうとするが、半霊にブロックされて撮りあぐねている。
文のシャッターから巧みに逃れながら不思議そうにする妖夢に、椛は答えてやる。
「本来、山は不可侵の土地なんだが、監視付きという条件で上から許可をもらった」
「許可を取ってきたのは私ですけどね」
「そうだったんですか。すみません、ありがとうございます。でも、案内までしてもらうのは悪い気が……」
申し訳なさげに妖夢は言う。
まったく、何も分かっていないようだ、と椛は嘆息した。
「この広い妖怪の山、どうやって栗の木を探すつもりだったんだ?」
「うっ……」
「このまま一人でまた山をうろついてみろ。他の白狼天狗に見つかって今度こそバッサリ、だ」
「うぅ……」
指摘に、萎縮しまくる。その隙に文は回り込んでパシャリ、パシャリとシャッターを切るが、半霊に、そして半人にも反応はなく。
――ちょっと言い過ぎたか。落ち込ませるつもりはなかったのだが。
「だから私が案内してやる。射命丸さん、構いませんね?」
「いいですけど、私も一緒に行きますよ。監視の命を受けてますからね」
「……本当にいいんですか?」
「構わないさ。それに、お前とはもっと話をしたいと思っていた」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
その言葉に、椛は満足げに頷いた。
妖夢は居住まいを正すと、二人の天狗にぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします、犬走さん、射命丸さん」
「あくまで監視ですけどね」
「ああ。――それと、そんなに畏まらなくていい。私は……その、お前と友人になりたいと思っている」
「!」
「……駄目だろうか?」
「い、いえっ! そんなことないです! こちらこそ!」
首をぶんぶんと振りながら言う半人。それに合わせて半霊も左右にぶんぶんと飛び回った。
椛は安堵した。一度は命のやりとりをした間柄、拒絶されてしまうのではないかと不安だった。
隣で文がにやにやと笑みを浮かべているが、見なかったことにする。
「よろしく、妖夢」
差し出した右手。妖夢はそれを見て、椛の顔を見て、自分の右手を見て。
「はい、椛!」
その手を強く握り締めた。
「椛、今日は本当にありがとうございました!」
夕暮れの妖怪の山。麓に向かって山を下りながら、妖夢は斜め前を歩く椛に向かって言った。少し大きめの段差を軽く飛び降りると、背の籠が妖夢の動きに合わせて揺れて、中に詰め込まれた栗が危なげに跳ねた。
肩越しにこちらに顔を向けて椛は微笑む。
「あまり動き回ると傷口が開くぞ。またいつでも……とは言えないが、気が向いたら来るといい。ただし、今度は人間用の道を通って、な」
「あー……はい」
椛の言葉に、浮かべていた笑顔がばつの悪そうな感じになる。人間用の道があることを妖夢は知らなかったのだ。
椛の横を歩く文が後ろ向きに低く飛びながら山頂付近を団扇で示す。
「人間用に整備された参道と、山頂の神社ならば哨戒の白狼天狗たちも襲ってこないでしょう。次はそこを通りなさい」
「はい。射命丸さんも、取り計らってくれてありがとうございます」
「いえいえ。あなたのとこのお嬢様は文々。新聞の大事な購読者ですからね。これくらいはとーぜんですっ。
ということで、魂魄さんも自分用に一部いかがあいたっ!?」
新たな購読者獲得に乗り出そうとした文の尻に椛の尻尾が叩きつけられた。
椛はぶんと尻尾を一振りしながら、そ知らぬ顔で先を行く。
「何すんの!?」
「いえ、いまそこに悪質な鴉天狗がいたような気がして」
「隠す気ないわね!?」
「あはは……幽々子さまからお借りして読ませてもらいます」
他愛のない話を続けながら、三人の人影と一つの霊魂が山を降る。
りりりりりり……
鈴虫の声がどこかから響いていた。
日が沈む。茜色の世界は少しずつ藍色に。そして闇に包まれてゆく。
やがて木々の連なりと斜面は終わりを告げ、山の麓へと三人はたどり着いた。
「それでは椛、射命丸さん。ここまで送ってくれてありがとうございました」
「ああ。また会おう、妖夢」
「新聞購読の件、考えておいてくださいね」
互いに手を振り、別れを告げ。そして妖夢は白玉楼へと飛び立つ。ばしんという音と、カァカァ騒ぐ鴉天狗の声が背後で聞こえ、妖夢はくつくつと笑いながら帰路へついた。
「――あなたには感謝しなければなりませんね」
遠ざかっていく少女と半霊を見つめながら、椛はぽつりとつぶやいた。
「あややや、誇り高き白狼天狗サマとは思えぬお言葉。明日は犬でも降るのかしら?」
ひゅッ!
椛の尻尾が空を切る。
じろりと横に目を向けると、ヤツデの団扇で口元を隠しながら、文は尻尾の射程からギリギリ外れたところに立っていた。
「おぉ、危ない危ない」
「……ち」
「ま、態度は相変わらずアレだけど、随分殊勝なことを言うようになったじゃない。私が思っている以上に、心境の変化は大きかったみたいね」
「……まあ、そうですね。自分でも変わったと思いますよ」
椛はようやく文に顔を向ける。いつも文に向ける仏頂面ではなく、薄く微笑みながら。
「あなたは私の大切な友人の命を救ってくれた。本当に感謝しています」
「……礼なんていらないわよ。私はただ、面白そうだと思ったからそうしただけ」
つっけんどんに返されてしまった。だが、その表情は照れくさそうに見えて。
言ってもまた否定するだろう。椛は黙っていることにした。
「この借りは必ず返します」
「あ、それじゃあ明日の午後ヒマ?」
「近っ! まあ、暇ですけど」
「人里に新しいカフェーがオープンしたのよ。そこのパフェが美味しいって評判でね。取材に付き合ってくれない? もちろん、犬走の奢りで」
「……そんなことでいいんですか?」
「あら、美味しいパフェがタダで食べられて、新聞のネタも増える。新聞記者にこれ以上望むものがあるのかしら?」
手帳とペンを取り出しながら不敵に笑う。
その様は、まさに傲岸不遜な鴉天狗そのもの。しかし、不思議と嫌な感じがしないのは、射命丸文という鴉天狗に対する評価が椛の中で変わったからだろう。
「……ま、こちらとしては安く済むので願ったりですけどね」
「決まりね。それじゃあ犬走、また明日!」
「わかりました」
手帳に何か――明日のスケジュールだろうか?――を書き込みながら射命丸は飛び立つ。そのまま山の方へ行くかと思いきや、転進して再びこちらに降りてきた。
「っと、そうだ。犬走」
「なんですか?」
「これは個人的な提案なんだけど――」
翌日。
「こんにちはー。魂魄さんはいらっしゃいますかー?」
庭木の剪定をしていた妖夢の耳に、自分の名を呼び声が聞こえる。
死の静寂に包まれているここ、冥界の白玉楼において、あまりにも生に満ちた声だった。
「はいはいどちら様――って、新聞記者さん。昨日はどうも」
「どうもー。清く正しい射命丸です」
木製の門を押し開けた妖夢を待っていたのは、鴉天狗、射命丸文だった。抜き身の刀を片手に現れた少女に対し、文の頬が一瞬引きつったことに妖夢は気がついていない。
「傷は大丈夫ですか?」
「はい。まだ少し痛みますが、仕事には支障はありません」
「それは良かった」
「ところで、新聞ですか?」
「おっと、そうでした。今日の私は新聞記者ではなく、メッセンジャーなのです」
ぴ、と一枚の封筒を取り出しながら楽しげに言う。
「メッセンジャー?」
「はい。魂魄さん宛てにお手紙ですよ」
「? 誰からだろう?」
封筒を受け取り、まじまじと見つめる。
真っ白な封筒に『魂魄妖夢へ』と記されている。達筆だ。
ぴらりと裏返して、妖夢は差出人の正体を知った。
裏側に差出人の名前は記されていない。ただ、一枚の木の葉が貼り付けられていた。
それは楓の葉――色鮮やかな、一枚のもみじ。
ここ、冥界の白玉楼も例外ではなく、広大な庭に生える桜たちもまた、秋の到来にその身を静かに紅く染め上げていた。
紅く、そして死の静寂に包まれた世界に声が響く。
「妖夢ー。よーうーむー」
「はいはい、幽々子さま。どうされました?」
縁側でのんびりと従者の名を呼ぶ幽々子の元へ、屋敷の中からエプロン姿の妖夢がぱたぱたと姿を現した。
「今日のお夕飯なんだけど、私、栗ご飯が食べたいわ」
「栗ご飯、ですか?」
「ええ。秋ですもの、秋らしいものが食べたくなって」
言ってやんわりと微笑む。その表情は穏やかな陽の光のようで、妖夢の心を暖かくする。
ああ、やっぱりこの人は綺麗だな、と思いながら妖夢も笑みを返す。
「分かりました。では、里に行って栗を買ってきますね」
「いやいや妖夢、普通の栗じゃ面白くないわ」
エプロンを取り外し始めた妖夢に対して表情一転、ぴっ、と人差し指を立てて幽々子は鋭い表情で言う。先ほどまでの陽光は暗雲に閉ざされ、幽々子の背後に激しい稲妻を妖夢は見た気がした。
「面白くって……」
「聞くところによると、妖怪の山には豊穣の神様がいるらしいわ。そんな神様が住んでいる山の栗って、とても美味しいと思わない?」
妖夢の背筋を冷たいものを伝う。
往々にして幽々子がこういった物言いをする時は、面倒ごとになることが多い。
そしてこの流れ。さすがの妖夢でも予想はつく。
「……はい、美味しそうですね」
「というわけで、お願いね」
「ですよね……」
再び微笑む幽々子に対して、予想通りの展開に妖夢は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「妖怪の山、かぁ……」
火バサミの入った大きな籠を背負って、妖夢は空を飛びつつ呟く。
「天狗に見つからないようしないと」
妖怪の山に住むという天狗たちはナワバリ意識が強いと聞く。山に侵入するものは容赦なく追い払ってしまうらしい。
たまに白玉楼へ新聞を届けに来る鴉天狗に『山には入らないように』と釘を刺されたことがある。
「そんなに危険なところなのかな……?」
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、いよいよ妖怪の山が近くなってきた。
紅葉によって紅く色づいた木々と、滝の水がきらきらと輝いているのが見える。
遠目から見た感じでは監視などなさそうに思えるが、念のためにと妖夢は山から少し離れたところに着地した。半霊はふよふよ飛んでいると目立ってしまうので、今のうちに籠の中に収めておく。
「……よしっ」
周囲を窺いながら、妖夢はちょろちょろと小走りに山へと踏み入った。びゅうと吹いた追い風に背を押されながら。
「わあ……」
見渡すかぎりの紅葉に、妖夢は思わず感嘆の声を上げた。
木々の色づきは言うまでもなく、落ち葉ももれなく紅、黄、橙に染まっており、まさに山の中は秋一色といった状態だった。
木漏れ日の中を、妖夢は歩く。
「きれい……」
さくさく。
踏みしめる落ち葉の音が心地よい。深呼吸すれば、どこかで果物が実っているのだろうか、甘いにおいがする。
幻想郷にあってなお幻想的な秋に包まれて、妖夢はしばし目的を忘れて景色に見とれる。
びゅうと風が吹いた。木々がゆれ、まだ木にしがみついている葉がさわさわと音を奏でる。
ひらり、ひらり。
「あ。……幽々子さまへのお土産に持って帰ろう」
頭に舞い降りた真っ赤な楓の葉をつまみ上げ、妖夢は籠の中に放り込んだ。
その時。
「そこの人間と幽霊!」
「!」
頭上から降ってきた朗々とした声に天を仰げば、山を背に庇うようにゆっくりと空からこちらへと下りてくる影がひとつ。
赤い高下駄、裾に赤いラインが入った藍色のスカートに、上は真っ白な脇出しの装束。中央に楓マークがスタンプされた盾を左手に、右手には長大で幅広の片刃の剣を携え。
雪のように白い髪の毛の上にちょこんと乗った小さな赤い八角帽。凛々しくも少女の面影を残した顔立ち。そして頭部にピンと立った三角形の耳と、背後でゆらゆらと揺れている尻尾が、その少女が人間ではないことを示していた。
この場で遭遇する可能性が最も高い種族といえば。
「ここは妖怪の山。我ら天狗の領域だ。余所者は立ち去れ」
大きな瞳で妖夢を睨み据え、少女――天狗は警告する。
妖夢とて、いずれ見つかるだろうと予想はしていたが……
「こんなに早く見つかるなんて……」
「あいにく、他の仲間たちよりも眼が良くてな。それに、鼻も利く」
問いに答える天狗の尻尾がぶん、と一度だけ大きく揺れた。
天狗は手にした大太刀をこちらに突きつけ、一歩を踏み出す。
「さあ、立ち去れ」
「く……」
まだ目的は果たせていない。不要なトラブルは避けるべきだ。
が、戦闘態勢の天狗を前に妖夢は、無意識に半身を引いて背の楼観剣に手をかけてしまった。
それを見た天狗の眼が鋭くなる。
「抵抗するか。ならば仕方ない。力尽くで排除させてもらう!」
「えっ!? ちょっ待っ!」
武器に手をかけた侵入者を敵と判断した天狗が踏み込んでくる。妖夢が構えを解いて制止の声を上げるがお構いなし。素早く間合いを詰めると大太刀を上段から振り下ろした。
「わああ!?」
悲鳴を上げながらなんとか回避。
背負っていた籠を放り出して相手に向き直ると、天狗は再びこちらへ刃を向けていた。
横薙ぎの一閃。妖夢は後ろに跳んですれすれで回避した。
「話をっ!……聞いて!」
「聞くことなど何も無い」
身を反らし、伏せて、あるいは投げ出して。
止まぬ攻撃から逃げ続けながら妖夢は必死に訴えるが聞く耳を持たず。
「侵入者は排除する! それだけだ!」
にべもなく切って捨てられる。
間断なく続く天狗の猛攻を妖夢は避け続けたが、やがて追い詰められ、
ぎぃん!
響く金属音。天狗の斬撃を、鞘から抜きかけた白楼剣の刃が受け止めていた。
「いい加減に……しろ!」
怒声とともに大太刀を弾き返して大きく距離をとる。
こちらの話を聞かず、一方的に攻撃を続ける天狗に、妖夢の我慢も限界に達していた。
白楼剣を納刀し、背の楼観剣を抜き放ちながら叫ぶ。
「まずは斬る! 話はそれからだ!」
「ふん! 人間風情が天狗に勝てると思っているのか!」
そして二人の剣士は同時に駆け出した。
互いに上段からの一撃。
がきぃ!
刃と刃が交差する。
私の剣を天狗は涼しい顔で抑えている。向こうは片手だというのに、ビクともしない。
さすがは天狗。腕力は並外れている。
「面白い」
鍔迫り合いのさなか、天狗が笑みを浮かべる。その瞳に獰猛な炎を滾らせて。口の端から鋭い牙を覗かせて。
その様は、まさに獲物を前にした獣そのもの。
「天狗を前に臆せず立ち向かうか。その勇気に免じて、お前に勝機を与えてやろう」
「なに?」
「一撃。私に一撃を浴びせることが出来ればお前の勝ちだ。話くらいなら聞いてやる」
「たった一撃だと!?」
この天狗は私を馬鹿にしているのか。
いくら天狗が力の強い妖怪だとしても、私が剣で遅れを取るなど!
「ふっ、馬鹿にするな、とでも言いたげだな。だがっ!」
ぐんっ。
「!?」
力の均衡が崩れた。
圧され、圧され、圧され……
ぎんッ!
やがて私は天狗の剣に弾き飛ばされた。
「あぐっ!」
「たかが一撃。だがその一撃は、お前にとって遠いものだ」
地に這い蹲る私を天狗は悠然と見下ろす。
がしゃり、と大太刀がこちらに突きつけられ、
「それでも勝てると思うのなら、かかって来い。返り討ちにしてやろう」
「……ならば」
ゆっくりと立ち上がり、天狗の視線を受けながら私は楼観剣を下段に構えた。
向こうがやる気なんだ。こちらの話を通すなら勝つしかない。
ならば――
「ならば、お言葉に甘えてこの場を斬り通らせてもらう!」
全力でやってやる!
吼えて、私は猛然と天狗に向かって走る。
地を這うかのごとく姿勢を低くし、天狗の足元を払うべく楼観剣を構え。
しかし私の剣が間合いに入る直前。
「ふッ!」
鋭い呼気とともに天狗が踏み込み、大太刀を振り下ろす!
先手を取られた私は急停止し、右半身を逸らして一撃をかわす。同時に引いた楼観剣で突きを繰り出す。しかし天狗も身を逸らしてこちらの攻撃をかわした。まだ!
突き出した楼観剣を横薙ぎに振り払う。が、それも身を伏せてかわされた。
この体勢ではお互い攻めることは出来ない。私は距離を取るべく後ろに跳ぼうとして、しかし天狗の動きは私の予想とは違った。
盾を体の前に構えて天狗が踏み込む。楼観剣の、大太刀の間合いの内側にいるこの状況で!?
腹部に衝撃。
「うぐっ!?」
打ち上げるような盾越しの体当たりを受けて、身体が大きく浮き上がる。
姿勢の制御が追いつかない私に天狗の大太刀が迫る。
ぎんッ!
かろうじて楼観剣で防いだが、その衝撃で更に私の身体は上空へ。
枝に、葉に全身を叩かれながら木々の上まで飛ばされたところで何とか霊力を操り、空中でくるりと一回転して停止。地に視線を向けるが、未だ散ることなく赤々と色づく木々が邪魔で天狗の姿は見えず。
とにかく降りなければ。これ以上、他の天狗には見つかりたくない。
ばさり。
地を目指して下降を始めたところで耳に入った布地が空を叩く音。次いで視界の端に映った影と、陽光とは違う煌き。影の行く先は――
「上!?」
弾かれたように見上げた先には、白き衣と振り上げられた白銀の刃。
「ちぃ!!」
ギッ!
振り下ろされた大太刀を楼観剣で受ける。足元に霊力を集中して簡易の足場として踏みしめるが、そんな急ごしらえが長持ちすることもなく。
ギァン!!
足場は砕け、重力と天狗の膂力の合わさった力に抗うことなど出来るわけもなく。私は枝葉をなぎ倒して再び森の中へ、そして大地に叩きつけられた。
「があ! ぐ……」
衝撃で肺から空気が搾り出される。だけどっ……苦しんでる暇なんてない!
私から少し離れたところに着地した天狗が更に踏み込み大太刀を振りかぶる。
横に転がって回避。ざしゃむっ、と耳元で落ち葉が叩き潰される音が響いた。
立ち上がる間も惜しんで身を投げ出して天狗と距離をとる。立ち上がり、振り返った先には横薙ぎの一撃を叩き込まんとする天狗の姿。回避は間に合わない!
ぎッ! ギギ……
刀身の背に左手を添えて防ぐ。だが、力比べではかなわないのは承知のこと!
このまま受けると見せかけて素早く跳び退る。攻撃をすかされた天狗は僅かに体勢を崩した。いま!
踏み込み、袈裟懸けに楼観剣が閃く!
「無駄だ!」
がづッ!
吼えて天狗が左手を振り払う。盾に楼観剣を弾かれ、今度は私が大きく体勢を崩した。まずい!
こちらに脇腹に向かって吸い込まれるように大太刀が迫る。体勢は崩れたまま。防御はできない!
「くうっ!!」
呻きとも悲鳴ともつかぬ声を喉から吐き出しながら私は無理やり飛び退る。
「!!」
腹部に衝撃。
姿勢が崩れ、肩から転倒した。すぐに起き上がり、二回、三回と跳び退る。天狗はこちらを追うことなく、ただ構えてこちらを見据えていた。
「う……く……」
こちらも再び構えを取ろうとするが、その瞬間、鋭い痛みが左の脇腹に走って膝をつく。
ちらりと視線を向ければ、そこには予想通りの光景。紅葉よりもさらに紅い染みが服に広がっていた。
服の上からでははっきり分からないが、あまり無視できるものではなさそうだ。
「……」
と、天狗が構えを解いた。先ほどまでの攻撃的な気配が霧散する。
「立ち去れ。すぐに治療すれば大事には至るまい」
「なんだと?」
「立ち去れ、と言った。手負いをいたぶる趣味はない」
「敵を見逃すというの?」
「また来るなら、また返り討ちにするだけだ」
なんと言うことはない、といった口調で言ってのける。なんて不遜な……!
言い返してやりたいが、足に力が入らない。傷口に添えた手にぬるりとした感触。
吐き気がする。呼吸が震える。
でも、まだ倒れるわけにはいかない……!
楼観剣を支えに、なんとか立ち上がる。
「ほう……」
天狗が感嘆の声を上げている。だけど、あまり動ける気はしなかった。
僅か数合。ただの数合でこれほど実力がはっきりしてしまうなんて……
今の私は天狗に勝てないのか……? 一撃を浴びせることすら叶わないのか……?
――いや、まだ……
「まだ、戦える」
「…………」
「あと一手。……これで駄目なら諦める」
そうだ、まだ一手残っている。諦めるにはまだ早い!
往生際が悪いと思うけど、格好悪いと思うけど。
それでも私は幽々子さまの『お願い』を叶えたい。
あの春の日。『命令』を果たせなかった私に、幽々子さまは「いいのよ」と微笑みかけてくれた、その時の顔が忘れられない。どこかふっきれたような――でも、寂しげな。それを見た私は胸がきゅっと苦しくなった。
もう、あんな思いはしたくない。幽々子さまにはいつでも心から笑顔でいてほしい。
だから!
「絶対に、勝つ」
「……いいだろう」
天狗が静かに構える。
私は上着の内ポケットから一枚の符を取り出した。
「それは……!」
それの正体に気がついたか、天狗が動揺の声を上げる。
スペルカード。そしてこれは、伊吹萃香の起こした異変の時に使っていた数少ない近接専用のもの。
しかし、霊力、体力ともに多く失っている今の私では、大技は撃てない。それでも、私の握っているこの一手は天狗に勝てるかもしれない一手。信じて撃つだけだ。
スペルカードを口にくわえて私は楼観剣を構える。
腰を落とし、左半身を引いて身を捻る。そして楼観剣を持った右手を左の腰に寄せて。左手を鍔の近くにそっと添えて。
それは、居合いの構え。
そして、宣言するスペルカードは。
「人符『現世斬』」
宣言とともに、くわえている符が私の霊力を吸い取る。
僅かな脱力感。
しかし、その脱力も一瞬のこと。すぐに増幅された霊力が符から返され、今度は身体の内側が熱くなる。
符から返された霊力の働きかけによって、私は今、爆発的に向上した身体能力を以ってスペルカードに定義された動きを体現することができる。それが、近接系スペルカードの特徴。
そして『現世斬』に定義された動き。それは『居合い』。
力でも、技でも敵わない。なら、相手が反応する前に近づいて、斬る。私に残された最後の一手。
天狗を相手に速さで勝負などと、鼻で笑われてしまうかもしれない。だけど、霊力の支援を受けた『現世斬』なら……!
『現世斬』に込められた霊力はそれほど多くないけれど、その霊力の使い道のほとんどが『速さ』につぎ込まれている。
故に『現世斬』は、私のスペルカードでも最速クラスの技。
これで駄目なら、諦める。
どくん、どくん。
心臓の鼓動がうるさい。視界が霞んできた。もう猶予はないな……。
秋色の中に浮かぶ白い影を目指して、私は一歩を踏み出した。
かさり。
踏みしめた落ち葉が小さな声をあげ。
そして私は、その身を一つの弾幕と化す。
…………
「ぐう……!?」
苦悶の声は、どちらのあげたものなのか。
ぽたり、ぽたり。
視線の先、地面に滴る赤い雫はどちらのものなのか。
動かない体、霞む視界。顔を上げることすらできず、朦朧とする意識の中でただ一つ、わかることは。
「…………!」
右手が振りぬけていないこと。
私の剣が、届かなかったこと……
くわえていた符が桜の花びらになって散り消える。その光景を最後に、私の意識は闇へと消えた。
轟々――。
「……んぅ?」
身を震わせる轟音に、妖夢は瞼を開いた。
視界に広がったのは、少し湿った岩肌。どこかから光を受けているのだろうか。ちらちらと輝いて網膜を刺激する。
――私は、どうなったんだっけ?
思い出そうとするが、まだ意識がはっきりしない。それでも自分が横たえられていることだけはわかった。
後頭部と両手から伝わる地面の感触は、白玉楼でも馴染みのもの、畳だ。
岩の天井に畳の床。ここはどこだろうと首を巡らせた。
左を見る。天井と同じような岩肌の壁と、木製の箪笥が見えた。洞窟を改造して住居にでもしているのだろうか。
右に顔を向けると、床の畳は途中で途切れ、壁には一枚の木製の扉。目線の高さあたりに取り付けられた小さな窓から見えるのは真っ白い空間。そこからキラキラと白い光が入ってきていた。
そしてこちらに背を向けて畳の上に座る白い人影。
頭部に生えた獣の耳とゆらゆら揺れる尻尾が、その人影が人間ではないことを示していた。
「……あの」
無意識に声をかけてから妖夢は自分の行動に慌てた。
ここがどこかも分からない。相手が何者かもわからない。こんな状況で無用心にも声を上げてしまうとは。
慌てて身を起こそうとした瞬間、脇腹を激痛が襲った。不意の痛みに、思わず全身が引きつる。
妖夢の焦りをよそに、人影がゆっくりと振り返る。
「目を覚ましたか」
白い衣に身を包んだ人影――妖夢を打ち倒した天狗は、こちらの姿をみるや安堵の表情を浮かべた。
「よかった。あのまま目を覚まさなかったからどうしようかと思っていた」
「ええと……?」
立ち上がり、天狗がこちらに歩いてくる。
こちらも身体を身体を起こそうとするが、天狗が手でそれを制した。
「ああ、無理に起きなくていい。傷口が開いてしまうかもしれない」
「きず……?」
口調は変わらないが、雰囲気はいくらか柔らかくなっていた。
――傷口……?
なんとか首だけを動かして、自分の身体を確認する。真っ白だったブラウスの腹部が真っ赤に染まっている、その光景に思わず顔をしかめた。そしてボタンが外されて少しはだけたブラウスの下、腹に包帯が巻かれているのが見える。
「これ……は……?」
「手当てはしておいた。激しく動かなければ開くこともないだろう」
「あ、ありが、とう……」
「傷はそれほど深くはなかったが、少し出血が多かったな。もうしばらく休んでいくといい。しかし……まったく、無茶をしすぎだ」
妖夢の傍らに座り込み、天狗はそっと脇腹に手を添えた。
そしてずいっと顔を近づけ、呆れ半分、怒り半分といった様子で天狗は続ける。
「腹を斬られて、内臓でも傷ついていたらどうする。
だというのに、スペルカードまで持ち出してあんな技を使うとは……一歩間違えば霊力と体力を使い果たしてあの世行きだぞ?」
「それは……帰る手間が省ける」
「なんだ?」
「いえなんでもっ!」
慌てて首を振る妖夢を見て、天狗はため息を一つ。
とりあえず敵意は無い様子の天狗を見ているうちに、妖夢は意識を失う前のことを思い出しかけていた。
「あ……そうか、私……」
――山に入って。天狗に見つかって。戦って。そして……
「どうして……」
「うん?」
「どうして、私は生きてるんですか? てっきり殺されるものかと」
天狗は怪訝な顔。
「私は、勝負に負けて……」
「負け?」
最後の一手を思い出す。
――私は現世斬を振り抜けなかった。止められてしまった。
「私は……わたし、は……」
――負けた。私は……負けたんだ。
じわりと妖夢の瞳に涙がたまっていく。
全力を出した。悔いはない。だが、それでも一太刀も届かなかったことがショックだった。
「……これを見ろ」
涙でぼやける視界の中、妖夢の眼前に天狗の左手が掲げられる。捲られた袖の下、二の腕には赤く滲む白い包帯が巻かれていた。
「こ、これ……?」
唖然とする妖夢を置いて、天狗は立ち上がって横たわっている妖夢の頭側に面するほうへと歩いていく。
ガシャ……
硬質な何かが擦れ合う音。
再び妖夢の視界に戻ってきた天狗は、真っ二つになった盾を持っていた。
「まさか、盾ごと斬られるとは思わなかった」
がらんっ、と盾を放りながら天狗は自嘲ぎみに笑った。
「まったく。大したものだよ、お前は」
「これを、私が……?」
「ああ、そうだ。盾がなかったら腕がなくなっていたかもしれないな」
左腕をさすりながら、天狗は箪笥の方へと足を向ける。
「あの後、気絶してしまったお前を放っておくわけにも行かず、ここに運び込ませてもらった」
「私は……勝ったの……?」
「一撃でも与えることが出来ればお前の勝ち。そう言っただろう?」
ぼう、と天井を眺めて天狗の言葉を反芻する。
――……本当に、勝ったの? 私が? 天狗に? いやいや、たったの一撃で……でも勝ちは勝ちだ。だけどあのまま続けていたら私は死ん――
「なんて顔をしているんだ?」
呆れの混じった声とともに、額に湯飲みが乗せられる。湯飲みからじわりじわりと熱が伝わってきて……
「熱ッ!? 熱いです!」
悲鳴を上げると、湯飲みはあっさりと額からどけられた。足元の近くに置かれていたちゃぶ台の上に湯飲みを乗せながら、天狗は笑う。
「なかなか愉快な顔芸を披露していたが、何を考えていたんだ?」
「ユカイなって…………私の剣は、届いたんだなって」
「…………」
圧倒的な力を持つ天狗。その力は幻想郷でもかなり高位に位置する。
その天狗に、たった一撃だけど届いた。
――私は、少しずつだけど、きっと強くなれてるんだ……
そう考えると、自然に笑みがこぼれた。
「起き上がれるか?」
天狗の支えを受けて、妖夢はゆっくりと上半身を起こした。また脇腹が少し痛んだが、我慢する。
「自己紹介がまだだったな。私は犬走椛。妖怪の山で哨戒を任されている白狼天狗だ。お前は?」
「冥界の白玉楼で庭師をしています、魂魄妖夢です」
天狗――犬走椛から改めて湯飲みを受け取りながら、妖夢も名乗る。
「冥界?」
「ええ。罪のない死者が転生、または成仏するまでを過ごす幽霊の世界です」
「では魂魄、お前は肉体を持った幽霊なのか?」
「いえ、私は幽霊と人間のハーフです」
「……それは、死んでいるのか? 生きているのか?」
「半分は生きてます」
「…………そうか」
――あ、混乱してる混乱してる。
腕を組んで首をかしげる椛姿に妖夢は苦笑しつつ、渡された湯飲みに口をつけた。ほのかな苦味が口の中に広がる。美味しい。
思わずほう、と息をついたところで椛の視線に気づき、妖夢は妙に気恥ずかしくなった。
「とっ、ところで! ここはどこなんですか?」
「私たち白狼天狗や、河童たちが利用する休憩所みたいなものだ」
椛が扉を示す。
轟々――。
先ほどからずっと響いている轟音は扉の向こう側から聞こえていた。
「この部屋は滝の裏側にあるんだ」
疑問が顔に出ていたのか、椛は言う。
――なるほど、あの音は 妖怪の山を降る滝の音だったのか。ということは、あの小窓から見えるのは水……
「あの、これってどうやって出入りしてるんですか? まさか、毎回ずぶ濡れ……?」
「そんなわけないだろう。出入りをする時はちゃんと出入り口に設置された傘が開く仕組みになっている。河童の作ったものだから勝手はわからないがな」
「へえ……」
河童って凄いんだな、と妖夢は漠然とした感想を抱いた。
「さて」と椛は表情を引き締めると、立ち上がって出入り口へと向かった。
「私は少し外に出る。お前はもう少し休んでいなさい」
「あ……」
「休んでいろよ」
念を押してから、椛は扉の向こう側へと姿を消した。
椛がいなくなり、部屋に取り残された少女がひとり。
「…………」
手持ち無沙汰になった妖夢は、ぐるりと周囲を見回す。
畳の床、岩の壁、岩の天井。
扉の取り付けられている側の地面には畳が敷かれておらず、そちらも岩肌がむき出しになっている。
その玄関部に設置された傘立て――もしかしたら武器立てかもしれない――に、白楼剣と楼観剣は立てかけられていた。
さらにその隣には、妖夢の背負ってきた籠も置かれていた。外に置き去りにされていなかったことに安堵する。
意識を集中すると、中から半霊が飛んできた。妖夢の意思に従ってふよふよと飛び回る。
「…………」
半霊を使って白楼剣と楼観剣を手元に持ってきた妖夢はふと思う。
――犬走椛。妖怪の山の白狼天狗……
「強かったな……」
お前の勝ちだと天狗は言ったが、やっぱりそれはあくまでルールの上での話だ。これが実戦――正真正銘の殺し合いだったなら、妖夢は確実に冥界へ飛ばされていただろう。完全な霊体となって。
ぱたりと仰向けに倒れて天井を見上げる。相変わらず岩肌の天井はちらちらと輝いている。
轟々――。
滝の音が耳に響く。
「…………犬走、椛……」
かっこいいと思った。
風になびく純白の髪の毛と衣。力強く澄んだ相貌。凛々しく整った顔立ち。
そして何よりも、あの豪快な剣技。自分には持ち得ない力を以ってして繰り出される白狼天狗の剣に、妖夢は魅了されていた。
初めて祖父以外の剣に『あこがれ』を抱いた。
そして……
「もっと強くなって、そして……もう一度…………」
もう一度、戦ってみたい。
決意はまどろみの中にゆっくりと沈み。
「…………すぅ」
轟々――。
そして部屋には、やまぬ水音と穏やかな寝息がひとつ。
轟々――。
妖怪の山。
鮮やかな紅葉に彩られた木々。雲ひとつない蒼穹。
そしてここ、山を降り、河童の住処を抜け、人里まで流れる大瀑布、九天の滝。
その滝から突き出した岩の足場に一人の白狼天狗が立っていた。
滝を背に、大太刀を地に突き立てて静かに佇む様は、見るものを魅了する凛々しさと美しさを兼ね備えていた。
しかし、その精悍な表情が僅かに歪む。
首を巡らせ、左側に広がる木々を忌々しげに睨み付けた。
「そこですか」
「あやや、バレてしまいましたか」
がさがさと木々の間から現れたのは、一人の少女。
闇によく似た黒髪を風になびかせた少女。彼女もまた、妖怪の山に籍を置く天狗――鴉天狗だった。
八角帽と高下駄は椛とよく似たもの。楓の柄の入った白いブラウスと紺のスカートといった出で立ち。
そして、額に巻かれた白い鉢巻と、そこに突き立てられた二本の木の枝が否応にも視線を引き付ける。ちなみに、両手にも同様に枝をしっかりと握っていた。
あまりにも予想外の姿に椛は唖然とした。
「……なんて格好してるんですか」
「外の世界で伝統的なカモフラージュ術です。もう少しいけると思ったのですが……」
両手と額に取り付けられた木の枝を放り捨てながら大真面目につぶやく。
「……いくら姿を隠そうとも、いかに気配を消そうとも、白狼天狗にはこれがありますからね」
そう言って、椛は自分の鼻をちょんと触る。
「なるほど。さすがはワン」
「はい?」
「いえなんでも」
射抜くような視線とドスの効いた一言、そして向けられた殺気に鴉天狗は大人しく閉口した。明後日の方を向きながら八つ手の団扇を仰ぎだす。
「ところで、射命丸さん」
「なんですか?」
射命丸と呼ばれた鴉天狗――幻想郷最速を誇る、里に最も近い天狗、射命丸文は団扇を仰ぐ手を止め、こちらに向き直った。
「いつから、見ていたんですか?」
「『わあ』ってところから」
「なにそれ私知らない。いつの話ですか?」
「魂魄さんが山に入って紅葉に見とれてたところ」
「私より先に見つけてたんなら止めてくださいよ!!」
あんまりと言えばあんまりの対応に椛は思わず声を荒らげる。
妖夢を運んでいる時に誰かに見られていることに気づいてはいたのだが、まさか最初からずっと見られていたとは。周囲への警戒を疎かにしたことを悔いるばかりである。
「いやまあ。白狼天狗のお仕事を横取りしちゃ悪いかなー、なんて。近くにあなたがいるのは知っていましたから」
「こんの、ぬけぬけとっ……!」
「ですが」
「!」
文の表情が鋭くなる。立ち上る妖気。それに呼応してか、周囲を風が渦巻いて木々をざわざわと騒がせる。
「ですが、まさか山の中に連れ込んでしまうとは思いませんでした」
「……それは」
「侵入を許すどころか、まさか手引きのような真似までしてしまうなんて。さすがにこれ以上は見過ごすことは出来ません。今すぐ魂魄妖夢を引き渡しなさい」
左手が差し出される。
しばしその手を見つめて、椛は視線を上げた。文の表情は鋭いまま。こちらを射抜くように見ている。鋭利な刃を首筋に押し当てられているような感覚に襲われた。
秋も半ばといった涼しい季節。こくりと喉を鳴らし、椛は額を汗が伝うのを感じながら口を開いた。
「……引き渡したとして、彼女はどうなりますか?」
「知りません。私は侵入者を連行するだけ。そこから先は大天狗様の裁量次第でしょう」
「そう、ですか」
「ま、少なくとも手厚く歓迎することはないでしょう。何せ相手は山への侵入者なんですから」
「……」
文の言葉と嗜虐的な笑みが椛の心をざわつかせる。
妖怪の山は封鎖的な社会だ。仲間意識が強い反面、対立するものに容赦することは無い。侵入者の末路など、椛にも容易の想像がつく。それも、最悪の形で。
「さあ」
「…………」
この辺り一帯に他の天狗はいない。自分と文の二人だけだと、椛の鼻は告げている。
――ならば。
「渡せません」
「……山の意思に背くと言うのですか」
「罰は受けます。ですが、それは私ひとりでいい」
「それを決めるのはあなたではない」
「分かっています。だから……」
椛は地に突き立てていた大太刀を抜き放つと、文に突きつけた。
「あなたを倒して魂魄妖夢を逃がす」
文の瞳が驚愕に見開かれる。渦巻いていた風が鳴りを潜め、再び滝の音だけが周囲を包み込んだ。
「……正気ですか?」
「無論、正気です。たかが侵入者ひとり、上がそれほど重視するとは思えません。山の外まで逃がしてしまえば、追っ手を寄越すこともないでしょう?」
――彼女を助けるにはこれしかない。
真っ直ぐに文の瞳を見据えて椛は不敵に笑ってみせる。
「罰は、彼女を逃がした後で私ひとりが受けます。もとより、彼女を山に入れたのは私なのですから、私ひとりで受けるのが道理のはず」
しばし呆然としていた文だが、やがて椛と同様に笑みを浮かべて嘲るように言う。
「面白いですね。白狼天狗ごときが、この私を倒せると?」
「へらへらと新聞ばかり書いている堕落した鴉天狗なんかに、私が負けるとでも?」
売り言葉に買い言葉。文の挑発に椛は挑発で返してやった。文の嘲笑が更に深くなる。同時に瞳がギラリと閃いた気がした。
「……言いますね」
びゅおぉう!
文の纏う妖気が大きく膨れ上がる。同時に、文を中心に竜巻が発生し、椛は思わず眼前に両腕を掲げた。
荒れ狂う風に木々が悲鳴をあげ、滝の水が吹き散らされて頬に降りかかる。
「白狼天狗風情がよく吠える」
びょうびょうと耳元で風が唸るなか、文の声だけははっきりと聞こえた。能力を使って伝えているのだろうか。
腕の隙間から文を窺い見た椛は眩暈を起こした。
「ひっ!?」
意図せず喉から小さな悲鳴が上がる。
文を取り巻く膨大な妖気に、そして全身を貫くプレッシャーに中てられて足元がふらつく。
――射命丸文とはッ……これほどの力を持った天狗だったのか……!?
自分の想像をはるかに上回るプレッシャーを放つ鴉天狗を前に、椛は一歩、また一歩と後ずさる。
「ひぁ!?」
後ずさるうちに足場の端まで追い詰められていた椛は、足を踏み外して危うく滝つぼに転落しそうになった。かろうじてバランスを取って転落を免れたが、崖っぷちにいることには変わりなかった。それは、立ち位置の話だけではなく、自らの命の話でも、そして魂魄妖夢の命の話でもある。
――そうだ、引けない。引くわけにはいかない!
これだけ大きな事を言ったのだ。どちらにしろ、ここで文を倒さねば自分は彼女に殺されるだろう。
折れかけた心を奮い立たせ、椛は大太刀を構える。しかし、呼吸が苦しい。心臓を鷲掴みにされているかのようだ。
「命が惜しくないようですね」
す、と文の表情がなくなった。しかしその瞳からは明確な殺意が投げかけられている。
――怯えるな……怯えるなッ!!
「何故、彼女にそこまで固執するんです? ただの小娘でしょう」
「……ええ、ただの小娘です。我々天狗にとっては取るに足らない存在でしょう」
何か喋っていないと意識を失いそうだった。だから、内から溢れてくる言葉を椛は吐き出し続ける。
「ですが、そんな取るに足らない存在に……魂魄妖夢に私は興味を抱いてしまった」
天狗に一撃を浴びせるなど、今の幻想郷ではよほどの実力者でなければ成しえることではない。同族や神、鬼ならばともかく、ただの半死人などには数百年かかっても達成できることではないだろう。
しかし彼女はやってのけた。
「天狗に臆すことなく立ち向かい、そして見事、私に一撃を浴びせた」
そんな一生懸命さに惹かれたからだろうか。
「彼女がこれから何を見て、何を聞いて、何と戦って、そしてどれだけ強くなるのか。私は彼女の未来を見てみたい」
椛は確信する。
彼女は――魂魄妖夢、これからもっと強くなる。
幾多の出会いと別れを経て、幾多の出来事に立ち向かって。そして……
――そしていつか。
「私はまた彼女と戦ってみたい。今はまだ天狗の領域には遠いけど、それでも彼女はいつか追いついてくる。対等に戦える日がきっと来る。だから――」
目を閉じれば脳裏に浮かぶ。身の丈に合わない長さの刀を構える銀髪の少女の姿。
――終わらせるわけにはいかない。
息苦しさがすう、と消える。胸の圧迫感もない。
がしゃ、と大太刀を構えなおして椛は吼える。
「だから、私は彼女を死なせない!」
「…………」
文に動きはない。ただ静かに椛を見つめ続ける。
轟々と。びょうびょうと。
瀑布の水音と渦巻く竜巻が静寂を砕き続ける。
しかし、椛には風の音も、水の音も耳に入らず。ただ、文の動向にだけ注視する。目はその一挙手一投足に向け、耳は衣擦れの音一つ聞き逃さぬよう集中させる。
「…………」
「…………」
ふ、と。風が止んだ。同時に文の纏っていた強大な妖気も、突き刺すような殺気も霧散する。
「ごめんなさい、犬走。あなたを試しました」
目を伏せ、小さく頭を下げる鴉天狗を前に、椛は目を白黒させた。
「……それは、どういう……?」
「どうして彼女を匿ったのか。それが知りたかったんです」
「どうして……」
「あなたは、私の知る白狼天狗の中でも特に頭の固い方だと思っていました。
ところが、今回の一件。私も山に所属する身ですからね。あなたが何を思って、山の規律を犯してまで魂魄さんを助けようとしたのか、それを知っておきたかった。そしてそれが山に害をなすものだとしたら、止める必要があった」
「…………」
「ですが……そうですか――。あなたは山の外に興味を持ったんですね。それはとても良いことだと、私は思います」
文が微笑む。その笑みは慈愛に満ちていて。
「安心して下さい。上には『私の知り合いだから問題はない』と報告してあります」
「本当ですか!?」
「はい。まあ、それでも監視付きで許可、という形になりましたが」
「……良かった……」
安心してしまったからだろう。椛の身体から力が抜けた。
膝をつき、肩で息をする椛の背を文は優しく擦る。
「少しやりすぎましたかね。大丈夫ですか?」
「こ……これくらい、どうってことは…………」
強がるが、呼吸が整うにはまだしばらく時間がかかりそうだった。
「それにしても」
と、椛の背を擦りながら文は感慨深げに呟く。
「斬られて目覚めるとは……犬走、あなたMですか?」
「…………」
ぷちん。
自分の中の何かが切れる音を、椛は聞いた気がした。
「レイビーズバイト!!」
「アウチっ!?」
動かぬ体を奮い立たせて、椛は渾身の一噛みを文に見舞ってやった。
部屋に戻った時、妖夢は穏やかな寝息を立てていた。その寝顔は見た目相応の少女のもので。
もう少し寝かせてやりたかったが、写真を撮ろうとする文をたしなめ、押さえつけている間に目を覚ましてしまった。
椛は三人分のお茶を淹れ、とりあえず山に入った理由を聞くことにする。
「――で、何で山に入ったんだ?」
「栗拾いをするために」
「くり?」
「くり。」
「くり……ああ……」
椛には訳が分からなかったが、文は納得がいったように相槌を打つと、生暖かい目で妖夢を眺めた。
危険を冒してまで山の栗を拾いにくる理由が椛にはわからなかった。栗なんて里で買えるだろうに。視線で文に問いかけると、文は苦笑交じりに言う。
「妖怪の山は自然が豊かですからね。そういった土地で採れた栗を食べてみたいとか、そんなところじゃないですか?」
「正解です。豊穣の神が住んでいる山の栗が食べてみたいと」
「? どういうことですか?
「魂魄さんのご主人様の話ですよ。食べることが大好きな亡霊お嬢様でねぇ。今回は山の栗に興味を持たれたわけですか」
言葉を失った。
まさか、栗を食べたいがためだけに、こんな少女を妖怪の山に遣わせる者がいるとは椛は思わなかった。
「無茶を言う人だな。妖怪の山に行けとは……」
「まあ、慣れてますから」
ハハ、と妖夢は乾いた笑みを浮かべた。
――これは……これまでもかなり振り回されてきたな……
文が妖夢に向けた視線の意味を、なんとなく理解した。
「ともあれ、ここから先は私たちがご一緒します」
「えっ、どういうことですか?」
いつの間にかカメラを構えていた文が言う。妖夢を撮ろうとするが、半霊にブロックされて撮りあぐねている。
文のシャッターから巧みに逃れながら不思議そうにする妖夢に、椛は答えてやる。
「本来、山は不可侵の土地なんだが、監視付きという条件で上から許可をもらった」
「許可を取ってきたのは私ですけどね」
「そうだったんですか。すみません、ありがとうございます。でも、案内までしてもらうのは悪い気が……」
申し訳なさげに妖夢は言う。
まったく、何も分かっていないようだ、と椛は嘆息した。
「この広い妖怪の山、どうやって栗の木を探すつもりだったんだ?」
「うっ……」
「このまま一人でまた山をうろついてみろ。他の白狼天狗に見つかって今度こそバッサリ、だ」
「うぅ……」
指摘に、萎縮しまくる。その隙に文は回り込んでパシャリ、パシャリとシャッターを切るが、半霊に、そして半人にも反応はなく。
――ちょっと言い過ぎたか。落ち込ませるつもりはなかったのだが。
「だから私が案内してやる。射命丸さん、構いませんね?」
「いいですけど、私も一緒に行きますよ。監視の命を受けてますからね」
「……本当にいいんですか?」
「構わないさ。それに、お前とはもっと話をしたいと思っていた」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
その言葉に、椛は満足げに頷いた。
妖夢は居住まいを正すと、二人の天狗にぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします、犬走さん、射命丸さん」
「あくまで監視ですけどね」
「ああ。――それと、そんなに畏まらなくていい。私は……その、お前と友人になりたいと思っている」
「!」
「……駄目だろうか?」
「い、いえっ! そんなことないです! こちらこそ!」
首をぶんぶんと振りながら言う半人。それに合わせて半霊も左右にぶんぶんと飛び回った。
椛は安堵した。一度は命のやりとりをした間柄、拒絶されてしまうのではないかと不安だった。
隣で文がにやにやと笑みを浮かべているが、見なかったことにする。
「よろしく、妖夢」
差し出した右手。妖夢はそれを見て、椛の顔を見て、自分の右手を見て。
「はい、椛!」
その手を強く握り締めた。
「椛、今日は本当にありがとうございました!」
夕暮れの妖怪の山。麓に向かって山を下りながら、妖夢は斜め前を歩く椛に向かって言った。少し大きめの段差を軽く飛び降りると、背の籠が妖夢の動きに合わせて揺れて、中に詰め込まれた栗が危なげに跳ねた。
肩越しにこちらに顔を向けて椛は微笑む。
「あまり動き回ると傷口が開くぞ。またいつでも……とは言えないが、気が向いたら来るといい。ただし、今度は人間用の道を通って、な」
「あー……はい」
椛の言葉に、浮かべていた笑顔がばつの悪そうな感じになる。人間用の道があることを妖夢は知らなかったのだ。
椛の横を歩く文が後ろ向きに低く飛びながら山頂付近を団扇で示す。
「人間用に整備された参道と、山頂の神社ならば哨戒の白狼天狗たちも襲ってこないでしょう。次はそこを通りなさい」
「はい。射命丸さんも、取り計らってくれてありがとうございます」
「いえいえ。あなたのとこのお嬢様は文々。新聞の大事な購読者ですからね。これくらいはとーぜんですっ。
ということで、魂魄さんも自分用に一部いかがあいたっ!?」
新たな購読者獲得に乗り出そうとした文の尻に椛の尻尾が叩きつけられた。
椛はぶんと尻尾を一振りしながら、そ知らぬ顔で先を行く。
「何すんの!?」
「いえ、いまそこに悪質な鴉天狗がいたような気がして」
「隠す気ないわね!?」
「あはは……幽々子さまからお借りして読ませてもらいます」
他愛のない話を続けながら、三人の人影と一つの霊魂が山を降る。
りりりりりり……
鈴虫の声がどこかから響いていた。
日が沈む。茜色の世界は少しずつ藍色に。そして闇に包まれてゆく。
やがて木々の連なりと斜面は終わりを告げ、山の麓へと三人はたどり着いた。
「それでは椛、射命丸さん。ここまで送ってくれてありがとうございました」
「ああ。また会おう、妖夢」
「新聞購読の件、考えておいてくださいね」
互いに手を振り、別れを告げ。そして妖夢は白玉楼へと飛び立つ。ばしんという音と、カァカァ騒ぐ鴉天狗の声が背後で聞こえ、妖夢はくつくつと笑いながら帰路へついた。
「――あなたには感謝しなければなりませんね」
遠ざかっていく少女と半霊を見つめながら、椛はぽつりとつぶやいた。
「あややや、誇り高き白狼天狗サマとは思えぬお言葉。明日は犬でも降るのかしら?」
ひゅッ!
椛の尻尾が空を切る。
じろりと横に目を向けると、ヤツデの団扇で口元を隠しながら、文は尻尾の射程からギリギリ外れたところに立っていた。
「おぉ、危ない危ない」
「……ち」
「ま、態度は相変わらずアレだけど、随分殊勝なことを言うようになったじゃない。私が思っている以上に、心境の変化は大きかったみたいね」
「……まあ、そうですね。自分でも変わったと思いますよ」
椛はようやく文に顔を向ける。いつも文に向ける仏頂面ではなく、薄く微笑みながら。
「あなたは私の大切な友人の命を救ってくれた。本当に感謝しています」
「……礼なんていらないわよ。私はただ、面白そうだと思ったからそうしただけ」
つっけんどんに返されてしまった。だが、その表情は照れくさそうに見えて。
言ってもまた否定するだろう。椛は黙っていることにした。
「この借りは必ず返します」
「あ、それじゃあ明日の午後ヒマ?」
「近っ! まあ、暇ですけど」
「人里に新しいカフェーがオープンしたのよ。そこのパフェが美味しいって評判でね。取材に付き合ってくれない? もちろん、犬走の奢りで」
「……そんなことでいいんですか?」
「あら、美味しいパフェがタダで食べられて、新聞のネタも増える。新聞記者にこれ以上望むものがあるのかしら?」
手帳とペンを取り出しながら不敵に笑う。
その様は、まさに傲岸不遜な鴉天狗そのもの。しかし、不思議と嫌な感じがしないのは、射命丸文という鴉天狗に対する評価が椛の中で変わったからだろう。
「……ま、こちらとしては安く済むので願ったりですけどね」
「決まりね。それじゃあ犬走、また明日!」
「わかりました」
手帳に何か――明日のスケジュールだろうか?――を書き込みながら射命丸は飛び立つ。そのまま山の方へ行くかと思いきや、転進して再びこちらに降りてきた。
「っと、そうだ。犬走」
「なんですか?」
「これは個人的な提案なんだけど――」
翌日。
「こんにちはー。魂魄さんはいらっしゃいますかー?」
庭木の剪定をしていた妖夢の耳に、自分の名を呼び声が聞こえる。
死の静寂に包まれているここ、冥界の白玉楼において、あまりにも生に満ちた声だった。
「はいはいどちら様――って、新聞記者さん。昨日はどうも」
「どうもー。清く正しい射命丸です」
木製の門を押し開けた妖夢を待っていたのは、鴉天狗、射命丸文だった。抜き身の刀を片手に現れた少女に対し、文の頬が一瞬引きつったことに妖夢は気がついていない。
「傷は大丈夫ですか?」
「はい。まだ少し痛みますが、仕事には支障はありません」
「それは良かった」
「ところで、新聞ですか?」
「おっと、そうでした。今日の私は新聞記者ではなく、メッセンジャーなのです」
ぴ、と一枚の封筒を取り出しながら楽しげに言う。
「メッセンジャー?」
「はい。魂魄さん宛てにお手紙ですよ」
「? 誰からだろう?」
封筒を受け取り、まじまじと見つめる。
真っ白な封筒に『魂魄妖夢へ』と記されている。達筆だ。
ぴらりと裏返して、妖夢は差出人の正体を知った。
裏側に差出人の名前は記されていない。ただ、一枚の木の葉が貼り付けられていた。
それは楓の葉――色鮮やかな、一枚のもみじ。
この二人も似た様な所が多いですよね
戦闘部もテンポよくスルスルと読めてなおかつ状況がイメージしやすかったので二人が頭の中で激しく動き回っていました。
堅苦しいかと思いきや「くり?」 「くり。」の微妙な空気や文ちゃんを尻尾で叩くところとか適度に息をつけるところがあったりしてメリハリがあって最後まで集中して読めました。
最後に紅葉の葉を手紙に貼って送ってきたのが粋だなって思いましたが最初に籠に入れた紅葉の葉が伏線だと気づいたらなんか胸の奥が熱くなりました。
今後の二人をまた見てみたいです。
このあとの彼女たちが気になる出会いの話でした。
是非続きが見たいです。
そして椛の尻尾でたたかれたいです!
真面目そうな二人をより一層引き立てていました。
まだまだ暑い季節ですが、物語に涼しい風景が浮かび、
読んでいてとても楽しかったです。
その疑問をすっきりさせてくれるような作品をありがとうございました。
>> 奇声を発する程度の能力さん
妖夢と椛は似たもの同士なんだろうなあって以前から思ってました。二人とも生真面目。
椛に関しては完全にイメージになってしまいますけど。
>> ぺ・四潤さん
戦闘部に関してはいちど三人称視点で書いたのですが、Twitterでアドバイスをいただいて一人称で書いてみました。
テンポを重視するためのシフトだったのですが功を奏したようで何よりです。
>>9
確かに、スタンダードな流れですね。もう少し面白い流れを組み込めればよかったのですが。
奇をてらいすぎるのもまた危険な橋を渡ることになると思いますが、次回以降では読者の予想や期待を裏切る展開というものが書けるように努力します。
>> とーなすさん
ぼんやりと続き、というか設定を引っ張ったお話も考えているので、上手いこと形に出来たらまた投稿させていただくかもしれません。
残念ながら椛の尻尾は妖夢と文のものです。もふもふ。
>>14
生真面目だけどちょっと間が抜けてるってくらいが可愛いですよね。
椛に関しては完全にイメージになりますけど、上手く琴線に触れることができたようで幸いです。
>>15
これを書くにあたる原初はまさにそれでした。
同系統の得物を扱う人妖の少ない幻想郷だからこそ、同系統の得物を持つもの同士で戦うとどちらが強いのか。
私なりに形にしてみた結果がこれでした。
紅葉は天狗だけど白楼天狗だし強いのか!?
妖夢は幻想郷一の瞬発力と集中力だけど30歳以下で空気も切れないし弱いのか!?
なあんてことばかりが気になってしまい、自分が自覚していた以上に最強議論厨になってしまっていると知りました。
良くないことですね。
素直に楽しめない;;
読んでいただいてありがとうございます!
椛と妖夢はどっちが強いのかー、という話は完全に私の個人的な見解になっていまいますね。
妖夢は強いとは思いますけど、種族という圧倒的なポテンシャルの差を埋められるほどの実力は持ち合わせていないと思ったのです。
天狗は幻想郷でトップクラスの強さを誇る種族。その中でも山の自衛隊たる白狼天狗ともなれば、純粋な戦闘能力は天狗の中でも更に上位に位置するのではいか。ともなると、今の妖夢ではとても勝つことはできないだろうな、と。
弾幕ごっこだったら妖夢のほうに分があると思うんですけどね。
うむむ、次に戦闘モノを書くときは27さんにも納得のいく結果をお届けしたいものですねw
まず風神録のように弾幕ごっこで決着をつけるのでは(この幻想郷内、生死まであるような決闘を行うとは思えない)
↑は妖夢と椛の剣での闘いの話なので納得できますが、
椛の言動がちょっと(妖怪の山が排他的とは言え、侵入者を消すまで行うとは思えない)
椛が文の力量を知らないとは到底思えない(ダブルスポイラー)
これらの点ですね。
なんだか気になり始めてから集中して読めなかったので申し訳ありませんが点数も控えめです。
読んでいただいてありがとうございます!
違和感、疑問点に関して私なりの解釈を。
・弾幕ごっこによる決闘ではなかった理由。
求聞史紀によると妖怪の山について以下のように記載されています。
『余所者に対する風当たりは強い。特に山の侵入者に対しては、相手が何であれ全力で追い返されてしまう。
そのため、山の実情はほとんど謎のままである。』
以上の記載があったので、ごっこ遊びである弾幕勝負ではなく、こういった形での勝負にしました。
また、スペルカードルールが制定されているとはいえ、そういった命のやり取りが完全になくなるわけでは
ないだろうという考えもあります。
とはいえ、これに関しては仰るとおり『妖夢と椛の剣での戦いの話』を描きたいがため、という面が強いですが……
・妖怪の山について
これも先ほどの求聞史紀より抜粋、ですね。
『山の侵入者に対しては、相手が何であれ全力で追い返す』
とあるので侵入者の末路はそういったものなのかな、と考えました。
・椛が文の力量を知らないことについて
ダブルスポイラーでは『弾幕ごっこ』ではなく『相手の弾幕を避けつつ写真を撮ること』しかしていないため、
この段階で椛は文の実力を知らないのではと考えました。
一応ここまでは考えていたのですが、納得いくよう組み込めていなかったようですね……
もともと原作で絡みのない二人だけに、その辺りの理由付けにはかなり時間を割いて考察したのですが、
うむむ、まだまだ甘かったですね……
次回以降ではその辺りの背景も納得いただけるようきちっと詰めていきたいと思います。
貴重なご意見ありがとうございました!
そうした剣と刀のぶつかり合いが表現されていて楽しく読めました。妖怪の山の秋の風景、滝の音、
鈴虫に至るまでシチュエーションが丁寧に描かれていて、そこにアクションシーンも綴られていて、
と緩急に満ちた物語展開は流石だと思います。原作の『風神録』を愛してらっしゃるんだな、と
書き手の想いが伝わってくるようです。真面目ゆえに相性も好さそうな二人ですね。
次の作品も読んできます。好い作品をありがとうございました。