「さて、紹介しよう。本日特別授業を行ってくれる森近霖之助先生だ」
「……どうも」
してやったりという顔の慧音の横で、僕は失敗したなあと思っていた。
「へー」
「ふーん」
上白沢慧音が先生をやっている寺小屋。
大量に文房具の注文があり、届けて欲しいというからやってきたらこれだ。
「彼は魔法の森の奥で香霖堂という店の店主をやっている。為になる話が聞けるはずだ」
どうやら生徒たちに対して何かしらの話をさせようという魂胆だったらしい。
話をするのは嫌いではないのだが、子供相手となると少し勝手が違う。
「という訳でお願いするぞ。霖之助先生」
「……ああ」
紹介されてしまったからには仕方ない。慧音が大量に注文をしてくれてありがたかったのは事実だ。
ここはひとつサービスとして引き受けるとしよう。
「さて……」
為になる話とは何を話したものか。
道具に対しての薀蓄を語るのもいいが、それは子供には退屈な内容だろう。
「慧音先生は普段、習字やそろばん、幻想郷の歴史、色々な事を君らに教えているだろう」
だから僕がその辺りの事を話す必要は無いのだ。
「僕はそうだな……慧音先生が教えないような事を教えたいと思う」
教えるというよりは、気づかせるというべきだろうか。
「なになに? 魔法とか?」
「必殺技かもしれないぜ」
「それだったら慧音には頭突きがあるだろう」
子供たちがどっと笑い声を上げた。
「……」
慧音は渋い顔をしている。
「そうだな……そろそろ夏休みも近い。夏休みには何をする?」
「川で遊ぶー」
「カブトムシ捕まえるー」
「花火やるんだー」
子供にとって夏休みは遊ぶためのものだ。
それ以上の深い理由はいらないだろう。
「そうだね。だけど、それでいいのかな。慧音先生は君らにたくさん宿題を出すんじゃないかい」
子供たちは渋い顔をした。
「出る出る。すごいいっぱい」
「前は大変だったー」
「自由研究なんかもあるんじゃないかな」
「あるある!」
自由研究。文字通りそれは自由な研究だ。
だから僕は、僕なりの自由研究の研究を話そうと思う。
「これは僕の予想なんだが……みんなもしかしたら、自由研究はお父さんやお母さんに考えて貰ったり手伝って貰ったりしたんじゃないかな」
一瞬、教室が静まり返る。
「別にそれは悪いことでは無いよ。お父さんやお母さんに手伝って貰うというのはね」
子どもの力だけでは限界がある。そこを手助けしてもらうのはいいのだ。
「だけど、何をしようかという事は自分で考えて欲しいんだ」
それこそが自由研究の肝であり、もっとも大事な場所であると僕は考える。
「じゃあ自由研究で何をしたらいいか。ちょっと考えてみようか」
「何って何でもいいんじゃないの? 自由なんでしょ?」
「そうだね。何をしても構わないさ。でも、全然興味の無いことをやろうとしたってつまらないだろう? 例えば……ヒマワリの観察とか」
「うん、つまんない」
どこかで妖怪がクシャミをしているかもしれない。ついでに今の話がバレたら僕が殴られそうだ。
「まあ、観察はあくまで観察でその後に何かが無いと研究にはならないんだがね」
「研究って何だかよくわかんないよ」
「そうそう」
研究という言葉は難しい。大人だってよく分かっていないかもしれない言葉だ。
「研究というのは……何かについて自分で調べたり、色々試してみたり、あるいは観察したりして……自分なりの答えを見つけることなんだ」
別の言葉にしても分かりづらい。
「答えって何?」
「うーん。そうだな。さっきの話で言うと……ヒマワリの観察だが、普通に育てれば普通に花が咲くね」
「水あげなかったら枯れちゃったよ」
「……ははは」
この話題を選んだのは失敗だったかもしれない。彼女がこの場にいないのにも関わらず胃が痛い。
「そうだね。水をあげなかったらヒマワリは枯れてしまうだろう。これはひとつの答えだ」
「じゃあ今年もそれやろうっと」
それは止めて欲しい。
「それでは答えは不完全だよ」
「なんで?」
「だって水をあげたら花は咲くだろう?」
「そんなの当たり前じゃん」
「本当に? 必ずそうなのかい?」
「……うーん」
子供は首を傾げてしまった。それでよいのである。
「じゃあ何日花に水をあげなかったら花は枯れるのか。一日ごとに水をあげたヒマワリと、毎日あげたヒマワリはどっちが大きく育つのか」
「毎日上げたほうが育つんじゃない?」
「一週間くらいあげなかったら枯れちゃいそう」
「一日ごとのほうが育ったりするかも?」
彼らはそれぞれに思うことをしゃべっていた。
「ねえ、どうなるの?」
「それの答えは慧音先生でもわからない。自分でやってみないと分からないんだよ」
「へー」
「先生でもわからないんだー」
「ああ。その自分でやってみた色々な結果をまとめたものが……研究ってやつだからね。君らが自分で作り出したまったく新しいものなんだよ」
「でもヒマワリの観察なんて毎年誰かやってるよ?」
「そうだろうね」
ヒマワリについて調べたければ……とある妖怪に聞けば事細かに教えてくれるだろう。命の保証はしないが。
「だからここで自由という言葉が生きてくる。調べるのは何でもいいんだ」
「何でも?」
「……そうだな。例えばこんな事を考えたことはないかな」
子どもの頃というのは見るものが全て珍しく、何でも面白く見えたものだ。
「雨はどうして降るんだろう、影はどうしてできるんだろう……みたいな事を」
雨が降るのは竜神様のおかげであり、影は陰陽の関係から成り立つものなのだが……その辺りの説明はまだ難しいだろう。
「母ちゃんに聞いたら教えてくれなかったよ」
「父ちゃんは自分で考えろって」
大人だって何でも知っているわけではないのである。僕だって知らないことは知らない。
「じゃあ、もしその大人でも知らないような事を君たちが調べて……答えを見つけたら、それは凄い事なんじゃないかな?」
「おー」
「でも、そんな事できるのかなぁ?」
「調べたけど、わかりませんでした。ダメでした……でもいいんだよ。ただどんな事をやったか。それは大事だけどね」
子どもの出来る範囲ではやはり限界がある。
だが子どもの頃にやった事、興味を持ったことが将来役に立つこともあるのだ。
「ダメでもいいの?」
「いい……というのはちょっと違うかな。さっきの話になってしまうが。ヒマワリに水をあげなかったら枯れました。これはいい事だと思うかい?」
「……あんまりよくないと思う」
「そうだね。ダメなことだ。だが、ダメだということがわかった。これもひとつの答えなんだよ」
「えー」
「もう少し例えようか」
ダメと分かることは重要な事なのだ。
「ハチに刺されたことがある子はいるかな?」
「あるー。すげえ痛かった」
「じゃあまたハチがいたら近づこうとするかい?」
刺されたという子どもはぶんぶんと首を振った。
「イヤだよ。刺されたら痛いじゃん」
「そう。ハチに刺されるというのは痛い。ダメなことだ。それがわかった。だから近づかないようにする。これは君がハチに刺されなければ分からないことだったろう?」
「んー? おー? そっか!」
ぱあっと何かに気づいたような表情に変わる。
「君が刺された事を知って、他の子どもたちもハチには近寄らなくなったはずだ。これは君の行動による成果なんだよ」
「こうどうによるせいか?」
「ハチに近づきました。刺されたら痛かったです。みんなも近づかないようにしましょう。ほら、ひとつ研究できたじゃないか」
「研究ってそういうことなのかー」
「ごく簡単に言うとだけどね。じゃあどうしたら刺されないのか、なんて事を調べている大人もいたりする」
曰くハチは白い服よりも黒い服を着たものを好むとかなんとか。
「へぇー」
「だが、子どもだけでハチについて調べるのはとても危ないね。似たようなことはたくさんある。妖怪について調べたら危ない。一人で川に行ったら危ない」
これは非常に重要な事だ。
いいのか悪いのかわからない。とりあえずやってみたらとんでもないことになった……では遅いのだ。
「だからハチに刺されて痛い思いをしたくないのと同じように、何かをやろうと思ったらまず大人に聞くんだ。いいね」
「でも父ちゃんはそんな事に詳しくないよ?」
「なら、慧音先生に聞けばいいさ。こういう事を調べたいんですがって」
「そうだな。先生は休みでも寺小屋にいるぞ」
慧音がうんうんと頷いている。
彼女に任せればまず安心であろう。
「じゃあ今から考えておこう!」
「おいおい、まだ夏休みは先だぞ?」
「いいじゃないか。子どもが乗り気な時は付き合うべきさ」
それもまた大人の義務である。
「……全く」
「せんせー! 川の魚について調べたーい!」
「ああ、それは構わないが必ず大人と一緒に……」
子供たちは各自、自分の気になることを慧音に尋ね出した。
日頃の小さな出来事でも、子どもは疑問に思っているものだ。
だがそれをどう訪ねていいか分からない。どう調べていいのかわからない。
大人に聞いても教えてくれない。
そこをうまく教えてやることが……あるいはきっかけさえ与えてやれば、その子どもは将来大きく化ける可能性があるのだ。
その為に自由研究は大きな役割を持っている。
「あー、妖怪の山は駄目だ。調べるなら豊穣の神である……」
「慧音、僕の授業は終わりでいいかな?」
「バカ言うな。生徒の疑問に火をつけたんだ。最後まで付き合ってもらうぞ」
「そうかい」
その後、僕も一緒になって生徒の調べたいことを聞いていき、夏休み前だというのに全員の自由研究の題材が決まってしまったのである。
「まったく、夏休みの後が大変になるじゃないか」
そう言う慧音の顔はとても嬉しそうであった。
「よーし今日からセミについて調べるぞー!」
子どもも毎日の目標……自分で考えたやるべき事が出来て、生き生きしているように見えた。
まあ、自分で言うのもなんだが僕は十分に仕事をしたのではないだろうか。
「しかし嫌に手馴れていたな」
別れ際に慧音がそんな事を訪ねてきた。
「昔取った杵柄って奴でね」
とびっきりのじゃじゃ馬を相手にしてきた僕には造作も無い事なのである。
「……」
僕はそれを久々に引っ張り出し、眺めていた。
昔、とある少女がキノコについて興味を持った。
僕はそれを彼女と共に調べ、少女はキノコが大好きになった。
同じように少女は魔法に興味を持ち、僕はそれの手助けをした。
僕の手伝いは途中で終わってしまったのだが……
少女は自分で魔法を学び、今や幻想郷で知らないものはいないくらい有名な魔法使いになった。
「何見てるんだ香霖……ってまだ持ってたのかよそれ」
その少女……魔理沙は僕が昔に作ってやったキノコ辞典を見て目を丸くしていた。
子供用に作った、非常に簡単なものである。
「ちょっと懐かしくてね」
「今ならそれより断然詳しいものを作れると思うぜ」
「そうだろうね」
好きこそ物の上手なれ。三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。
彼女の得意分野ではもう僕は敵わないだろう。
好きな事をひたすらに突き詰めれば、それは大きな力となるのだ。
「また何か研究してみるかい? よかったら手伝うよ」
「研究ねえ、うーん」
魔理沙は少し考える仕草をした後、とびっきりの悪戯を考えついたような顔をしてこう言うのであった。
「じゃあ、なんでこの店は客が来ないのか研究するとしようかな」
「……その研究は答えが出るまで難しそうだね」
「答えが出るまで香霖には付き合ってやるから安心しな」
研究の答えが出る日は、果たして来るのだろうか。
その答えが僕と魔理沙にとって幸せな答えである事を願うのであった。
心温まるいいお話でした!
いいの?
自由研究とかマジで懐かし過ぎる…何だか懐かしい気持ちになれました
最後の数行の二人の雰囲気がいいなー。
幼い頃の魔理沙の相手は大変だけど楽しそうだなぁ
魔理沙は得意そうだなぁ。
評価されたかは別として
慧音ならきっと一生懸命評価してくれるだろうから羨ましい
もっと真面目にやりゃよかった
子どもを温かく見守る大人は格好良いです
子供の創造力を養うってこういうことなんだな、と感心しました。
何か(時間が無いから)簡単なモノを研究するとしようなんてあの頃、こんな風に諭されてたらな~
恐れ入りました
自由研究に悩んだ夏休みの記憶は無いのですが
一度くらいやっておいても良かったかなぁ、と
これを読んで思いました。