「あやややや。 これはまた珍しい場面に遭遇してしまいましたねぇ」
鴉天狗の射命丸文はそう言いいながら、嬉しそうな、けれども少し困ったような顔を作った。
いつもならば自分が来たのがわかった時点で、悪態をつきながら気だるげに自分を出迎えるはずのここの家主が、今日に限っては自分の予想に大きく反していたからだ。
彼女は今もなお、気持ちよさそうにだらりと服の下から可愛らしいおへそまで覗かせて縁側で昼寝をしている。
そのあどけない寝顔は、いつも自分に向ける表情とは違って年相応の穏やかさと可憐さを醸し出している――正直なところ同性の文から見ても、思わず魅入ってしまうほどの美しさだった。
確かに今の季節は春先で差し込む日光が肌に暖かく眠気を誘うのは分かる。だが、それには少々気が抜けすぎているのではないか? と文は胸の内で思った。そして同時にこうも思った――今がチャンスだと。
「ここは服を直して毛布か何かをかけてあげるのが人の情というものなんでしょうが…… それではあまり面白くないですねぇ。せっかく何かネタになる様な事を聞きに来たのですから、これをネタにしない手はないですね」
一人ごちつつ、文は首に掛けた古風なカメラを構えた。
照準部分を覗きこみ、彼女の寝姿をしっかりと捉える。
「可愛い寝顔の一枚くらい写真に撮っても、罰はあたりませんよね……」
肝心の被写体を起こさないように慎重にカメラと自分の立ち位置を調整し、あどけない寝顔にばっちり狙い定めた。あとはシャッターを押すだけだ。
それが記者としての彼女の本分なのか、寝ている相手にも聞こえない程度に一応の合図を告げる。
「それじゃ、いきますよ… 3、2、1」
カシャ、と言う小さな音がして、彼女の寝顔はまんまと文のカメラの中に収められた。
「ふふ… いい寝顔でしたよ霊夢さん。さて、じゃあ起こさないように毛布でも探してあげましょうか」
満足げな顔を浮かべながらそっと靴を脱ぎ、家の中に入ろうとしたその時、出し抜けに文の足首を何かが必要以上に強い力で掴んだ。
「あやぁ!?」
バランスを崩した文が廊下を派手にすっ転ぶ。
がっちりと足を掴まれたため、まともに受け身もままならまま廊下との熱い接吻を交してしまう。おかげで鼻先に強烈な痛みと、ひんやりとした床板の木の感触を唇に感じる羽目になったのは言うまでも無い。
「いたたたた……」
強打した鼻っ柱を両手で押さえながら起きあがった文に後ろから声が聞こえた。
「――あんたも趣味が悪いわね、人の寝顔を無断で撮るんだなんて。盗撮は立派な犯罪よ?」
どこか抜けているようで凛とした声音。間違いなく先程まで天女の様な寝顔だったここの家主こと、博麗霊夢の声だった。
一瞬前のあどけない表情はどこかへ飛んでいき、やや崩れ気味だった巫女装束も既にしっかりと直っている。実に驚きの早業である。
「あやややや……起きてたんですか。 霊夢さんも人が悪いですねぇ。 起きてるならそう言ってくれればいいのに」
「さっきのあんたのカメラの音で目が覚めたのよ。まったく、迷惑な事してくれるわね」
出し抜けにひょいと霊夢が文の首へと手を伸ばす。するとまるで首からすり抜けたかのように一瞬で霊夢が文のカメラを取り上げていた。
「ちょっと! 何するんですか霊夢さん!?」
そう文がいい終わるよりも早く、霊夢はカメラのフィルムを抜き取ると、次々と袖から札を取り出し、ぐるぐると巻き付けて完全に封印してしまった。
「ああー!! 私の大事なフィルムが!」
「くだらない事するからよ。今度やったらカメラごと木端微塵にするから、そのつもりでいなさい」
霊夢がひょいと残ったカメラを文へと投げ返す。涙目になりながらも、文はそれを落とすことなく受け取り、再び首にかけなおした。既にフィルムは霊夢のスカートのポケットにしまわれ、取り返すすべは恐らくないだろう。
その後霊夢はめんどくさそうに、
「で、今日は何しに来たのよ? 盗撮だけが目的だったなら、今すぐここから叩きだすけど?」と尋ねた。
さっきの写真を名残惜しむかのように、涙目で新しいフィルムを詰めながら文は答える。
「いえいえ、寝顔を撮らせてもらったのはただの偶然ですよ。生憎フィルムは無くなりましたけど、心の中にはバッチリ保存しておきましたから」
文のセリフを聞いた瞬間、霊夢は眼を細く引いた。所謂〝ジト目〟いう奴だ。
「……やっぱり記憶も無くした方がいいかしら」
「すいません勘弁して下さいお願いします」
文が即座に頭を下げた。即座に謝ったことが功を奏してか、霊夢が呆れたような顔をしただけで事なきを得る。
「まあいいわ。その辺に座ってなさい。いまお茶でも出したげるから」
「それじゃあ、ご遠慮なく」
さっきの謝罪はどこへやら、意気揚々と文は縁側に座り、代わりに霊夢は台所へと向かって行った。
さっそく文は居間の中から手頃な座布団を一つ拝借し、縁側に敷いて胡坐をかく。行儀が悪いと霊夢にはよく言われるが、文は別段、公式の場以外では礼儀を気にしない主義だった。第一、友人とも腐れ縁とも言える霊夢の神社に来ているのに、緊張するような座り方をする理由も道理も無い。
やがて台所の方で物音がしはじめてから何十秒かした後、文は何気なく再びカメラの狙いを霊夢に定めた。
ファインダ越しに霊夢が戸棚から茶葉の入った筒を取り出してるのが見える。何気ない仕草だが、それだけでも彼女の無意識に浮かんだ美しい微笑と、窓から差し込む暖かな陽の光が、日常の何気ないワンシーンを一枚の絵画のように美しく見せていた。
霊夢に気付かれないように文はそっと彼女にカメラを向け、慎重にシャッターを切った。
写真が撮れた事を確認すると、よし、と小さくガッツポーズをし、何事も無かったかのようにカメラのフィルムをポケットにしまった。勿論これを取り上げられないためだ。
それ以降は何事も無かったかを装って、したり顔で待っていると、霊夢がお盆に湯呑を二つ持ってきてくれた。
「お待たせ…… 何ニヤついてるの?」
「いやー、今日のお茶は何が出るんだろうなーっと思いまして」
杜撰とも言える白々しい演技で文は返事を返すが、どうやらそれには気がつかなかったのか、いたって普通の答えが霊夢から返ってきた。
「何って……いつもの緑茶だけど? いくら期待したって玉露なんか出ないわよ。ウチ貧乏なんだから。どう頑張っても麦茶かほうじ茶がいい所ね――はい」
文が湯呑を受け取る。淹れたての温かいお茶の香りが鼻孔をくすぐった。苦みと仄かな甘みを内包した香りは実に心地よい。
貧乏貧乏と周りに愚痴をこぼしながらも、必ず来客の際に新しいお茶を振舞うのは、霊夢なりの気遣いなのだろう。そういう所が几帳面な彼女の特徴なのである。
「ありがとうございます。私はお茶は好きですし、種類にはこだわらない方ですから、ほうじ茶でも麦茶でも構わないんですけどね」
早速ひとくち緑茶を啜る――一番茶の独特のほろ苦い風味と仄かな甘みが広がる。濃さも味も文にはとてもいい塩梅で思わず小さく唸ってしまった。
これほど美味しいお茶はそうそうない、普通のお茶といいながら実は霊夢が出しているのはかなりいいお茶なのかもしれない、と文は内心で思った。
「どう?少し濃く入れ過ぎた?」
と霊夢が聞いた。文は正直な感想を述べた。
「いえいえ、結構なお手前ですよ霊夢さん。私は少し濃い目の方が好きなんです」
「よかった。それなら今度からあんたのお茶は少し濃い目に入れたげるから」
なんてやりとりをしながらお茶を啜る。
湯呑の中のお茶を半分ほど飲みほした所で、申し訳なさそうに文がこういった。
「ところで霊夢さん……さっきのフィルム、返していただけませんかね? あれがないと新聞記事の制作上、とっても困るんですよー。もう盗撮まがいのことなんてしませんから」
数秒前の事をすっかり棚に上げ、文は藁にもすがるような芝居がかった顔で霊夢にすり寄る。両手まで合わせてい完全に拝み倒そうと言う姿勢だが、如何せん芝居が嘘臭い。
それに対し霊夢は取り付く島も無くきっぱりと断言した。
「嫌よ」
「そんな事おっしゃらずに、それだって大切な商売道具なんですから。強奪だって立派な犯罪ですよ、職権乱用ですよぉ!」
「盗撮するあんたにだけは言われたくないわね、そんな事」
まるで刀の様にバッサリとその願いを切り伏せ、霊夢はお茶を啜る。
そう言われてしまっては文には立つ瀬がない。
「うう……ねえ霊夢さん」
「何よ?」
「ずっと前から気になってたんですけど、どうして霊夢さんっていつも写真だけは撮らせてもらえないんですか? いつもちゃんと話は聞かせてくれるのに、写真だけは絶対に撮らせてくれないじゃないですか」
そう、文は今まで一枚も霊夢の写真をきちんと許可を取って撮影した事は一度も無い。なぜか今まで彼女は拒否し続けてきた上に、盗撮した物は先ほどの様にすべて封印されるかその場で木端微塵に処分されてしまっている。奇跡の成功例と言えるのはさっきの一枚だけだ。
文の質問に、霊夢は表情も変えずいとも簡単に答えてみせた。
「簡単よ――――あたし写真って嫌いなの」
鋭い刃物か何かのように霊夢の言葉が文の胸に突き刺さった。それはまさに自分がいては迷惑だと遠まわしに言われているようで、文は悲しいような寂しいような気持ちになった。
文はその気持ちを胸の中に隠して尋ねた。
「それですよ。なんで嫌いなのかが気になってるんです……あ、もしかして霊夢さんって、写真を撮られると魂が抜かれるっていうのを信じてる口ですか?」
文のオカルトじみた質問に霊夢は鼻で笑って一蹴する。
「それは無いわね。もし写真を撮られたくらいで魂が抜かれるなら、鏡に映っただけでも抜かれてると思わない? 幽霊を撮ったって何の変化も無いんだから、魂なんか抜かれるわけがないわ」
「言われてみれば確かに。じゃあ、なんで霊夢さんは写真が嫌いなんですか?」
少し言葉を選ぶように考えて後、霊夢は言う。
「だって、どこでも見られる写真があったら、みんな今のあたしを見なくなっちゃうじゃない。写真を見て思い出を振り返るなんて、あたしが死んだ後にでも勝手にしてもらいたいわ。あたしは今を生きている。だからこそ、皆には生きている今のあたしを見てほしいのよ」
なるほど、と文は納得した。つまり霊夢は自分の事を過去として語られたくはないのだ。
写真は過去を映し出す。写真を見て霊夢を語った所で、それはその写真の時点での彼女――過去の霊夢を語っているにすぎない。それが彼女には気に食わないのだ。
その事を持っていた手帳に簡単に書きとめてから、
「なるほど。だから霊夢さんは写真が嫌いだったんですね…………もしよろしかったら、そのことを記事にしても?」
「いいわよ、それであたしの写真を撮ろうとする失礼千万な天狗連中が少しでも来なくなれば万々歳だわ――でも写真の掲載は禁止よ。もしやったら、あんたのカメラは……分かるわね?」
クシャっと両の掌で潰すような霊夢の動作が、写真を掲載した時の哀れなカメラの状態を如実に表していた。どのような状態になるかは言うまでも無い。
「はい……分かってます……」
「よろしい」
満足げに霊夢は頷いた。文はぽつりとこう言った。
「でも……霊夢さんが写真に撮れないのは、私は少しもったいないと思います」
文の言葉に、今度は霊夢が疑問符を顔に作る事になった。
「??? どうしてよ?」
どうしてと聞かれて文は参ってしまった。言葉に表すことのできないこの気持ちをどう表現していいのか、本当に悩んでしまったからだ。
だがしかし、自分は新聞記者――すなわち表現者だ。自分の気持ちを正確に人に表せないでどうする。
自分に言い聞かせ、文は自分の中の言葉を探りながら、少しずつ霊夢に語った。
「だって――霊夢さんって、時々、私が想像できない程にすごく綺麗な表情をする時があるんですよ――なんて言うか、無意識の美と言うか、ふっと見せる表情が同性の私ですら見惚れちゃう程なんです――それが残せないのが、すごくもったいないなと思ったんですよ」
自分の胸から絞り出すように言い終わった文は、ふと自分が霊夢に抱いている感情がどういう類の物であるのかを知った。
それは恋であった。間違いなく自分は目の前の少女に恋愛の念を抱いていたのだ。
文の説明を一通り聞聞き終わった瞬間、霊夢は目をぱちくりとさせ、後に呆れたように言った。
「……そんなクサイ台詞を本人に面と向かって言えるのは、後にも先にもあんただけだわ。きっと」
そんな事を言われては文の方も黙っていられない。
「霊夢さん酷いですよ! 勇気出して私のホントの気持ち、全部言ったのに!」
「それがクサイって言ってるのよ――――まあ、あたしを見てくれるって言ってくれたのは嬉しかったけどね」
言い終えた後、出し抜けに霊夢は一瞬だけ、本当に一瞬だけふっと微笑んだ。
霊夢の顔を見た瞬間、文の思考と時間は数秒の間、完全に停止した。
それはまるであまりの美しさに魂を抜かれたかのような、そんな顔をしていた。
「文?―――ちょっと文!?」
だから文が正気に戻ったのは霊夢に肩を揺らされてからのことだった。
「―――へ? な、何でしょう?」
「〝何でしょう!?〟じゃないわよ。いきなりボーっとしちゃってどうしたの? あんまり臭いこと言いすぎて頭から熱でも出た?」
そう言うや否や、いきなり霊夢がお互いの息がかかりそうなほどに自分の顔を文の方へ近付けた。
「―――――――っ!!」
言葉に出来ない衝撃が文の全身に走る。
何とか身を引こうとするが、後頭部をがっちりと霊夢に掴まれている為に離せない。
お互いの息がかかるどころかもう数センチしたら唇さえも重なってしまう距離に二人はいる。文の視界いっぱいに霊夢の顔が移り込み、彼女の瞳の中をすべて占領していた。
異様な状況に文の心臓はなぜか早鐘を打ち続け、頭の中は霞がかかった様に真っ白い何かに覆い尽くされて、まともな思考すらおぼつかない。ただわけもわからずにドキドキとした心臓の鼓動の早さだけを文は自覚した。
永遠に続くのかと思った場面だったが、その終焉は唐突にあっさりと訪れた。
霊夢の方からぱっと離れたのだ。
「へ?」
今まで脳内にかかっていた霞がいきなり払われ呆然としていた文は意識を取り戻した。
「ん……熱はないみたいね」
肝心の霊夢はと言えば、呑気に自分の手を額に当ててそんな事を言っている。
どうやら本当に熱を計っただけのようだった。
「ね、……ねね、……熱なんかありませんよ!」
「じゃあ何でいきなりボーっとしてたわけ?」
「それは……そのぉ……い、言えません!」
「へんな文。まあいいわ、あたしの写真を無断で取らないように他の天狗にも言っといて――いちいち撮った奴を探し出してフィルムとそいつを始末するの、結構面倒なんだから……ね?」
先ほど無断で撮っていた文からすれば、まさに笑えない言葉である。
その一言で文はさっき自分がまさに霊夢の〝始末〟の対象にされかねない事を思い出した。
「は、はいぃ! 不肖、射命丸文! 尽力するしだいでございます!」
何をされるのか分からない〝始末〟の恐怖と緊張で文の声は必然的に上ずり、口調もかなりチグハグだ。
「……今日の文はホントに変ね。どうかしたの?」
「な、何でもないんです!――ホントに何でもないんです!」
「そう――ならいいわ。今日はもう帰るの?」
「―――え?」
頭をハンマーでおもいきり殴られたような衝撃が文を襲った。
まさかそんな事を言われるとは思わなかった。
なぜ? なぜそんなこと言うのだ。今の今になって。
無論、こんな時間が永遠に続くとは思ってはいない。
だが、それでも、なぜ今言うのだ?
帰ってほしいと言うことなのだろうか? 自分がいると迷惑だから早く居なくなって欲しいと言うことなのだろうか?
思わず目の前の本人にそう聞きたくなった。
だがそんな事はできない。聞いてしまったら今までの付き合いができない気がした。
文の頭のなかを様々な言葉が一瞬で駆け巡る。
その癖、口にはまともな言葉が出てこない。
「だって、今日は何にも用ないんでしょ? 取材はさっきので終わったし」
「え、……いや、その、そうなんですが……」
「なに? 他に何か聞きたい事でもあるの?」
「いや……その、何というか……霊夢さんとはもう少しだけ一緒にいたいと言うか……」
煮え切らないままにそう文が言った。それが今の彼女の精いっぱいだった。
霊夢はさっと縁側を立ちあがって、
「そう。まだ居たいっていうなら好きにするといいわ。泊まるっていうなら、予備の布団も出さなきゃいけないし、ご飯も作らないといけないから、決めるならさっさとして欲しいけど」
二つの湯呑とお盆を持ってさっさと台所の方へと行ってしまった。
「あ…………」
行ってしまう霊夢の背中に声をかけようとしたが、結局、文にはかける言葉が見つからなかった。
曖昧なままでいた結果、文は空模様がすっかり夜の色になるまで博麗神社に入り浸っていた。
霊夢にさし出された夕食を一緒に食べ、用意された風呂に入り終わり、用意してもらった寝巻に着替えていよいよ寝ようとしたその矢先、風呂に入り終えた寝巻き姿の霊夢が寝室へと入ってきた。
湯を浴びたせいでいつもよりもほんのりと明るさが増した肌と顔が、彼女の顔を美しいものから艶めかしい物へと一層変化させていた。
あまりの姿に文は無意識にごくりと唾を飲み込んでいた。
そう言う意識があったわけではないが、無意識に出ている彼女の魅力に思わず中てられたのだ。
「予備の布団、あたしの隣に敷いちゃったけど、よかったわよね?」
「はい。全然大丈夫です。――すいません霊夢さん。結局、夕飯を御馳走になった挙句に泊まりにまでなってしまって……」
「別に迷惑なんてしてないわ。参拝客ですら誰も来ないような神社ですもの、偶には来客も無いと、こっちも張り合いがないわ」
それはどういう意味での迷惑なのか?
自分と一緒にいる事が迷惑ではないのか、それとも人を泊める程度の事は迷惑の内に入らないと言うことなのか。
昼間からずっと悩んでいた事を、文はいま、ここで聞いた。
「…………迷惑……じゃないんですか?」
「……何がよ?」
「私が来る事がです。だって霊夢さんは写真が嫌いなんですから、わざわざ写真を取りに来るような私がここに来るのが本当は邪魔なんじゃないですか? 迷惑してるんじゃないでしょうか? 教えてください。本当はどう思ってるんですか?」
「―――――正直、毎回写真を撮ろうとする事に関しては、あんまりいい気分はしてないわよ」
「……そうですか」
続けて、すいません、と謝ろうとしたところを霊夢の言葉が遮った。
「でも勘違いしないで。アンタの事を誰も迷惑だなんて言ってないし、思ったことも無いわ。そりゃ毎回毎回写真を撮らせろって言ってくるときは不快だったけど、今日の事でなんでそんなにアンタが写真を撮りたがるのかもわかったし、もうそんな事で一々いらつくような間でもないでしょ。本当に迷惑なら、結界なり弾幕なりでとっくのとうに追い払ってるわ」
「え?」
聞き終わった後で文は思わず自分が何か聞き間違いをしてしまったのではないかと錯覚した。
「それはつまり―――」
「これ以上言わせないで。別に嫌いじゃないって言ってるでしょ――もう寝るわ、お休み」
そう言って霊夢はそそくさと自分の布団の中にもぐずり込んでしまった。
文はしばらくそのままでいたが、やがて思い出したように部屋の隅に置いておいた自分のスカートのポケットを探り、フィルムを取り出した。
「霊夢さん、やっぱりこれ、お返します」
布団から起き上がった霊夢がフィルムを受け取る。
「なによこれ?」
「実は私、もう一枚霊夢さんの写真を撮ってたんです―――これは言い訳ですけど、新聞に載せる為とか、そういう悪気があって撮ったわけでは誓ってありません―――でもやっぱり、霊夢さんにとっては不快な物でしょうし、霊夢さんを見るなら、写真よりも本人に会いに行った方が、お互いの為にずっといいって分かりましたから」
「ふぅん。殊勝な心がけね―――いいわ、今回だけ勘弁してあげる」
なんと霊夢は自分が受け取ったフィルムを文につっ返してきた。
「霊夢さん?」
「正直に申告した天狗に今日だけのご褒美よ。新聞に載せるのは許さないけど、持ってる分にはいいから」
「どうしてですか? 今までそんなこと誰にもしなかったのに」
「どうしてかしらね?――多分、ただの気まぐれよ。いつか私は死ぬだろうから、あたしの事を思い出したくなったらそれでも見るといいわ。どうせ妖怪のアンタの方が長生きするんだろうし」
「私は―――私は霊夢さんの事だけは絶対忘れません。たとえ百年たっても、千年たったとしても、絶対にです」
霊夢はしばらくぽかんとしていたが、やがて小さく「ありがとう」と言って微笑んだ。
そしてさっきと同じように布団を被ると静かな寝息を立てて、眠ってしまった。
文はこの先、その時の霊夢の微笑みだけは、どんな事があっても永遠に忘れないだろうな、と感じた。
それはそんな微笑だった。
グッと来た。
笑ってる女の子は可愛いものです。霊夢ならなおさらです。それほど素晴らしい少女に心を奪われた文はハテ、不幸なのか幸せなのか。
"写真"に収まりきらない霊夢を感じました。よかったです。
椎名林檎が脳内再生されて目からプリンセスウンディネが;;
ありがとうございます。あやれいむは好きなジャンルのひとつです
>3さん
思い出ネタってやっぱり多いんでしょうね。それでもいいと言って下さって嬉しいです。
>4さん
純情な文がいたっていいと思うんです。きっとあややは純情な子なんです。
>保冷剤さん
まさかあなたにコメントをいただけるとはっ!きっと文ちゃんと霊夢はこんな感じでずっと行くと思います。
写真に残したいけど残せない、そんな感じを目指しました。
>13さん
椎名林檎さんいいですよね。僕も東京事変をよく聞きます
>葉月ヴァンホーテンさん
ありがとうございます。あの深夜のアドバイスのおかげで書き切る事ができました
甘いぜ、作者さん
気がついたら甘くなってました。
これは良いあやれいむ。忘れないことはきっと辛いけれど、それだけではないんだろうなぁ。
素敵な甘味のあるお話でした。面白かったです。