『瀟洒な従者の熱中症対策』
じゃばじゃばじゃばじゃば……
紅魔館の庭の片隅で水の音が響く。
美鈴がホースでプールに水を入れている音だった。
プールといっても、外の世界の子ども用ビニールプールである。
これは、紅魔館の夏の風物詩。
本日館周囲の気温は三十七.五度。
時刻は昼の一時半を過ぎた頃。 一日でもっとも暑いと思われる時間。
この場所は木々に覆われて日陰になっているので日向よりは大分涼しく感じるが、それでもうだるような暑さだ。
暑さに強い美鈴でもこの気温は厳しい。 時折水を自分の足や手にかけて熱を奪わせる。
プールに水を入れる美鈴の近くには、草むらの陰で眠るレミリアがいる。
朝寝昼寝をしようとも、部屋が暑くて眠っていられなかったらしい。
美鈴がプールの準備をする前からそこにいたのでいささか驚いた。
吸血鬼の性質上窓を開け放して風と共に日光を入れるのも厳しいのだろう。
死にはしないが安眠できるとは思えない。 吸血鬼も難儀なものだ。
そんなことを考えつつプールに水を入れる。
プールが満たされたので、周辺の草木に水をやっていると、がさりという音と共に咲夜が現れた。
……完全に目がヤバイ。
常からポーカーフェイス気味だが、今日はそれを通り越して表情が死んでいる。
もっともこの暑さで館の中で仕事をしているのだ。無理もない。
プールの傍らに来ると、おもむろにベストを脱いだ。近くの植え込みの木の上に放る。
靴と靴下も脱いだ。ここまではいつものことである。
美鈴は念のため周囲に誰もいないか視線をやり、気を張った。
特に誰もいないようだ。咲夜の方に向き直り声をかける。
「咲夜さん、準備でき」
ザバァッ。
少し目を離していた隙に、咲夜はいつの間にか手にしていたバケツを頭の上からかぶっていた。
犬のように頭を振ってしずくを飛ばすと、美鈴が準備していた子ども用プールに座り込む。
そのままずるずると姿勢を仰向けに近い格好までずらす。
重みで低くなった箇所から水が流れる音がした。
「わー……いつになく豪快ですねぇ」
「暑い……」
「ええ、暑いですね」
「………今日チルノは?」
「今日は大事な仕事があるとかで拒否られました」
「あ、そう………チッ」
「ハイ、舌打ちいくない。足だけチャプチャプするのかと思いきや全身浴ですか」
普段は一応足をつからせたり服が濡れない程度に水をかけて涼をとる。
咲夜は人間なので熱中症というものになると下手したら死んでしまうらしい。
涼しいところでたくさん水分を取る、そのためにこの場所で行われてるのがこのプチ納涼会なのだが、今日の暑さはそんなものでは解消されないと思ったらしい。
しかも時によりチルノに協力(またの名を強制)してもらい、抱っこさせてもらったり冷気を出してもらうのだが今日はそれもない。
それにしても今の行水で大分咲夜の格好は目のやり場に困るものになった。
薄手のシャツが水に透けて、下着も肌も透け透けだ。
これは外部の人妖には見せられない。
やり場に困るといいつつ観察していると、咲夜が搾り出すように呟く。
「……汗だくだったから。どうせあとで着替えるし」
「はぁ、そうですか。がっつり透けてますからパパラッチさんに気をつけてくださいね」
「……」
「(完全に暑さでやられてるなぁ・・・)聞いてますか?咲夜さーん?」
「…水着着てることにすればおk」
「そうきましたか。まぁ買い占めるからいいか・・・(お嬢様が)」
もっともここは木に覆われていて上空からでも見えない場所である。
紅魔館に人の出入りが増えてからは(特に白黒ネズミ)パチュリーに幻術魔法をかけてもらっている。
視覚も聴覚も惑わせて、外からはただの木々があるようにしか見えない。
こちらから向こうの声などは聞こえるが、ここでたてている音や声は向こうからは聞こえない。
いつも思うことだが魔法って便利、と改めて思う美鈴だった。
だから、問題は咲夜が館に戻るときである。
暑さでやられた頭ではいつもの瀟洒さは遠く彼方へぶっ飛んでいる。
そこをパパラッチされる可能性はなきにしもあらず。
ブン屋は買収できそうだが、白黒ネズミはめんどうだ。
いっそここで着替えさせた方がいいのかもしれない、などと考えながら椅子をプールの側に寄せて、美鈴も足をプールにつける。
冷たくて気持ちがいい。あ、ズボン少し濡れた。
「めーりん、みず、かけて」
「はいはい」
もう咲夜は全身ずぶ濡れなのだ。 気が済むまで涼をとると良い。
ホースの出口を指で軽くつぶし、咲夜に向かってかけてやる。
レミリアのいる方には水がいかないように気をつけて。
咲夜は気持ちよさそうに目を閉じて水を受けている。
大分思考能力がハッキリしたのか半身をプールからは出し、先ほどよりはしっかりとした口調で咲夜が話し出す。
「お部屋にいらっしゃらないと思ったらここにいたのね、お嬢様は」
「ええ、私より先にいらしてたのでビックリしました」
「そういえばお嬢様のお部屋を掃除してる時が一番きつかったわね。おかわいそうに」
「ほぼ締め切りですからね」
「ええ。ところで今何時かしら。時計はベストのポケットの中に入れっぱなしだわ」
「ええと、二時ちょっと過ぎ、というところですかね。ここからだと長針が見えにくいので正確な時刻がわからないのですけど」
「もうそんな時間?いかなくちゃ」
言葉と共に咲夜がプールから立ち上がる。
それをまぁまぁと押しとどめて制する。
「その格好じゃ外はまずいでしょ。パパラッチされるのもイヤですし。ちょっと待っててください。着替え持ってきますからもうちょっと涼んでてください」
「え、でも……」
「えーとですね、パパラッチだけじゃなくて、他の人にも咲夜さんのその格好見られるのイヤなんです、私が」
自分の頭上の木にかけてあったタオルを咲夜に渡し、内緒話をするように咲夜の耳元に口を近づけ伝える。
咲夜は渡されたタオルを頭からかぶって顔を隠してしまったが、それでも諾のうなずきをする。
「じゃあちょっと行ってきますね」
タオルを被ったまま咲夜がもう一度うなずく。
タオルの上からぽんぽんと軽く撫でて、その場を後にする。
着替えの下着は一番お気に入りのにしようと思ったら自然とにやけてきた。
役得役得~お嬢様がいなければな~♪などと不敬な鼻歌を歌いながら、がっさがっさと草木をかきわけ二人の部屋へと向かった。
~~~~~~
「ただでさえ暑いのにさらに体感温度上げるのやめてくれない?」
「おっ、じょう、さま!起きて……!!」
「アンタの行水の音が激しくてね」
「も、うしわけ、ございません……」
「かまわないわ。むしろいい判断よ。何をしてもいいから”ねっちゅうしょう”とかいうのにならないでよ。下手したら死んじゃうっていうんだから」
「ハイ、気をつけます」
「うむ。ところで咲夜。そんなこと言っておいて悪いんだけど、着替えたらここまで冷たいアイスティー持ってきて」
「かしこまりました」
「よろしく」
この後、再び体感温度及び周辺気温が上がるような二妖によるメイドの着替え妨害とそれに対する抵抗戦があったとか。
End
じゃばじゃばじゃばじゃば……
紅魔館の庭の片隅で水の音が響く。
美鈴がホースでプールに水を入れている音だった。
プールといっても、外の世界の子ども用ビニールプールである。
これは、紅魔館の夏の風物詩。
本日館周囲の気温は三十七.五度。
時刻は昼の一時半を過ぎた頃。 一日でもっとも暑いと思われる時間。
この場所は木々に覆われて日陰になっているので日向よりは大分涼しく感じるが、それでもうだるような暑さだ。
暑さに強い美鈴でもこの気温は厳しい。 時折水を自分の足や手にかけて熱を奪わせる。
プールに水を入れる美鈴の近くには、草むらの陰で眠るレミリアがいる。
朝寝昼寝をしようとも、部屋が暑くて眠っていられなかったらしい。
美鈴がプールの準備をする前からそこにいたのでいささか驚いた。
吸血鬼の性質上窓を開け放して風と共に日光を入れるのも厳しいのだろう。
死にはしないが安眠できるとは思えない。 吸血鬼も難儀なものだ。
そんなことを考えつつプールに水を入れる。
プールが満たされたので、周辺の草木に水をやっていると、がさりという音と共に咲夜が現れた。
……完全に目がヤバイ。
常からポーカーフェイス気味だが、今日はそれを通り越して表情が死んでいる。
もっともこの暑さで館の中で仕事をしているのだ。無理もない。
プールの傍らに来ると、おもむろにベストを脱いだ。近くの植え込みの木の上に放る。
靴と靴下も脱いだ。ここまではいつものことである。
美鈴は念のため周囲に誰もいないか視線をやり、気を張った。
特に誰もいないようだ。咲夜の方に向き直り声をかける。
「咲夜さん、準備でき」
ザバァッ。
少し目を離していた隙に、咲夜はいつの間にか手にしていたバケツを頭の上からかぶっていた。
犬のように頭を振ってしずくを飛ばすと、美鈴が準備していた子ども用プールに座り込む。
そのままずるずると姿勢を仰向けに近い格好までずらす。
重みで低くなった箇所から水が流れる音がした。
「わー……いつになく豪快ですねぇ」
「暑い……」
「ええ、暑いですね」
「………今日チルノは?」
「今日は大事な仕事があるとかで拒否られました」
「あ、そう………チッ」
「ハイ、舌打ちいくない。足だけチャプチャプするのかと思いきや全身浴ですか」
普段は一応足をつからせたり服が濡れない程度に水をかけて涼をとる。
咲夜は人間なので熱中症というものになると下手したら死んでしまうらしい。
涼しいところでたくさん水分を取る、そのためにこの場所で行われてるのがこのプチ納涼会なのだが、今日の暑さはそんなものでは解消されないと思ったらしい。
しかも時によりチルノに協力(またの名を強制)してもらい、抱っこさせてもらったり冷気を出してもらうのだが今日はそれもない。
それにしても今の行水で大分咲夜の格好は目のやり場に困るものになった。
薄手のシャツが水に透けて、下着も肌も透け透けだ。
これは外部の人妖には見せられない。
やり場に困るといいつつ観察していると、咲夜が搾り出すように呟く。
「……汗だくだったから。どうせあとで着替えるし」
「はぁ、そうですか。がっつり透けてますからパパラッチさんに気をつけてくださいね」
「……」
「(完全に暑さでやられてるなぁ・・・)聞いてますか?咲夜さーん?」
「…水着着てることにすればおk」
「そうきましたか。まぁ買い占めるからいいか・・・(お嬢様が)」
もっともここは木に覆われていて上空からでも見えない場所である。
紅魔館に人の出入りが増えてからは(特に白黒ネズミ)パチュリーに幻術魔法をかけてもらっている。
視覚も聴覚も惑わせて、外からはただの木々があるようにしか見えない。
こちらから向こうの声などは聞こえるが、ここでたてている音や声は向こうからは聞こえない。
いつも思うことだが魔法って便利、と改めて思う美鈴だった。
だから、問題は咲夜が館に戻るときである。
暑さでやられた頭ではいつもの瀟洒さは遠く彼方へぶっ飛んでいる。
そこをパパラッチされる可能性はなきにしもあらず。
ブン屋は買収できそうだが、白黒ネズミはめんどうだ。
いっそここで着替えさせた方がいいのかもしれない、などと考えながら椅子をプールの側に寄せて、美鈴も足をプールにつける。
冷たくて気持ちがいい。あ、ズボン少し濡れた。
「めーりん、みず、かけて」
「はいはい」
もう咲夜は全身ずぶ濡れなのだ。 気が済むまで涼をとると良い。
ホースの出口を指で軽くつぶし、咲夜に向かってかけてやる。
レミリアのいる方には水がいかないように気をつけて。
咲夜は気持ちよさそうに目を閉じて水を受けている。
大分思考能力がハッキリしたのか半身をプールからは出し、先ほどよりはしっかりとした口調で咲夜が話し出す。
「お部屋にいらっしゃらないと思ったらここにいたのね、お嬢様は」
「ええ、私より先にいらしてたのでビックリしました」
「そういえばお嬢様のお部屋を掃除してる時が一番きつかったわね。おかわいそうに」
「ほぼ締め切りですからね」
「ええ。ところで今何時かしら。時計はベストのポケットの中に入れっぱなしだわ」
「ええと、二時ちょっと過ぎ、というところですかね。ここからだと長針が見えにくいので正確な時刻がわからないのですけど」
「もうそんな時間?いかなくちゃ」
言葉と共に咲夜がプールから立ち上がる。
それをまぁまぁと押しとどめて制する。
「その格好じゃ外はまずいでしょ。パパラッチされるのもイヤですし。ちょっと待っててください。着替え持ってきますからもうちょっと涼んでてください」
「え、でも……」
「えーとですね、パパラッチだけじゃなくて、他の人にも咲夜さんのその格好見られるのイヤなんです、私が」
自分の頭上の木にかけてあったタオルを咲夜に渡し、内緒話をするように咲夜の耳元に口を近づけ伝える。
咲夜は渡されたタオルを頭からかぶって顔を隠してしまったが、それでも諾のうなずきをする。
「じゃあちょっと行ってきますね」
タオルを被ったまま咲夜がもう一度うなずく。
タオルの上からぽんぽんと軽く撫でて、その場を後にする。
着替えの下着は一番お気に入りのにしようと思ったら自然とにやけてきた。
役得役得~お嬢様がいなければな~♪などと不敬な鼻歌を歌いながら、がっさがっさと草木をかきわけ二人の部屋へと向かった。
~~~~~~
「ただでさえ暑いのにさらに体感温度上げるのやめてくれない?」
「おっ、じょう、さま!起きて……!!」
「アンタの行水の音が激しくてね」
「も、うしわけ、ございません……」
「かまわないわ。むしろいい判断よ。何をしてもいいから”ねっちゅうしょう”とかいうのにならないでよ。下手したら死んじゃうっていうんだから」
「ハイ、気をつけます」
「うむ。ところで咲夜。そんなこと言っておいて悪いんだけど、着替えたらここまで冷たいアイスティー持ってきて」
「かしこまりました」
「よろしく」
この後、再び体感温度及び周辺気温が上がるような二妖によるメイドの着替え妨害とそれに対する抵抗戦があったとか。
End
下着が透けて見えても仕方ない仕方ない……もっと透けてもいいですよ?
同棲してるがなー!
こういう瀟洒じゃない咲夜さんは好きだなー。美鈴の前でだけ素になるっていうのは。
ていうか美鈴咲夜さんの下着お気に入りができるほど全部把握してるのかww
あまりに自然すぎて11番の人のコメント見るまで気がつかなかったw
末永くお幸せに。
絵の方も拝見させていただきましたー。
今年も暑くなるのかなと思いながら読みました。
めーさくは同室ですか。素晴らしい。