この話は、作品集148の『文「今日の当番は霊夢さんですよね?」』の続編です。読んでいただけたら幸いです。
「…」
「…」
もうどれくらいこうしてにらみ合っているだろうか。四半刻は軽くこえているはず。否。厳密にはにらみ合っているのではなく、私が一方的ににらみつけられている。私にできることは、うつむいて彼女の視線から逃げる程度であった。千年天狗たるこの射命丸文に正座を強い、かように縮み上がらせたのは天魔様以外ではこの博麗の巫女…博麗霊夢ただ1人であろう。
ことの発端は単純だった。それにはほんの少し時をさかのぼる…
――――――
「ざっとこんなもんですかね」
満足気につぶやきながら窓の外を見る。日はすっかり落ちきり、月が昇り始めていた。こんなに早く原稿があがるのはしばらくぶりである。私はいつも締め切りギリギリまでネタ集めとその裏を取るのに駆けまわるタチなのだが、今回ばかりはその過程もほどほどに原稿を仕上げることにした。そのおかげで、原稿をあげる前の恒例となった徹夜をするまでもなく日付が変わる前に仕上げることができた。これにはちょっとした理由がある。
「は~やっく来ないっかな~」
お正月でも待つ少女のようにワキワキ…もといウキウキと浮かれまくる私。いやいや、待っているのはお正月なんか比較にならないくらい素晴らしいことである。
「まさか霊夢さんのほうから私の家への『お泊り』を申し出るとは…ウヘヘ」
少々下品な笑みがこぼれる。だがこれが興奮せずにいられるだろうか。いや何人たりとも興奮せずにはいられまい。このシチュエーションをもってして微動だにしない者は余程の聖人君子か、性欲のないものである。ああ…誰かこの私のほとばしるパトスを抑えてください!イドの解放を通り越して、幻想風靡を100回ほど繰り返してしまいそうな勢いです!!
こほん…少し頭を冷やしましょう。そう、霊夢さんが私の家にお泊りを…あの霊夢さんが私の家にお泊りを!大事なことなので2回言った。千年以上生きていますが、これ以上のご褒美があるだろうか。今まで耐え難きを耐え、忍び難きを忍び立て続けてきたフラグがついに成就したのである。国民よ日の丸を掲げよ!本日は祝日なり!本日は祝日なり!!この記念すべき日を全身全霊で性こ…成功させるために、死ぬ気で原稿を仕上げたのだ。
「!!…来た!」
どうやら彼女が来たようだ。風の動きでも分かるが、今の私には能力以上の何かがはたらいてようである。今の私にどうして霊夢さんの接近程度が分からないであろうか、いいや分からない訳がない。
「まずい!」
ふと後ろを振り向くとそこは惨状だった。先ほどまで原稿を仕上げていたので、その資料やらメモやらなんだかよく分からないゴミがそこらへんに散らばっているではないか。今日は彼女が泊まりに来るので、食事の下ごしらえに風呂や厠の掃除、ベッドメイキングや勝負下着の用意まで抜かりはない。だが肝心の私の居室兼仕事部屋であり、今日に限っては彼女が寝泊まりするこの部屋の掃除が一切なされていなかった。
「まだ間にあう!」
幻想郷最速の速度を生かし、床に散乱している資料や本を本棚に押しこむ。ボツ原稿のクシャクシャに丸められたゴミや、いつのものか分かりゃしない夜食の残りといったゴミ達は窓の外に放り出すと同時に羽団扇を取り出し、幻想郷の彼方へぶっ飛ばした。ごめんなさい顔も知らないどこかの人妖。だが、今日という記念日にはあまりにも小さな犠牲である。
「文?」
「!?」
間一髪…どうやら間に合ったようだ。ノックの音とともに楽園の素敵な巫女さんの魅力的な声が聞こえてくる。
「はいは~い、今行きますよ~」
とたとたと小走りで彼女を迎えに行き間髪を入れずにドアを開けると、お土産でしょうか一升瓶を携えた霊夢さんが立っている。
「あやや…いらっしゃい、霊夢さん」
「ん…これ、お土産」
「あや!これはどうもありがとうございます!」
お泊りのおみやげが一升瓶ですか…まぁ霊夢さんらしいといえばらしいけれど、もう少し色気のあるものでも良かったのではないだろうか。そんな感想を飲み込み、彼女を家のなかに迎え入れる。
「それにしても、けっこう早く着きましたね?」
「そうかしら?時間通りかと思ったけど」
「あや、これはもしかして無意識に私に早く会いたかったという乙女心のなせる技ですね!」
「違う」
即答ですか…いやいや、私には分かっていますよ。表情には出していなくても、耳が真っ赤になっていますよ。まったく、もう少し素直になってくれてもいいのに。
「ご飯にします?それとも先にお風呂入っちゃいます?」
「ん~お腹すいたし、ご飯がいいかな」
「あ、今の新婚夫婦っぽいですね!それともわ・た・し?なんて言っちゃったりして!?」
「ご飯で」
「あややや…」
即答しなくったっていいのに…とにかく、お腹をすかして来てくれた彼女のために腕をふるうとしよう。下ごしらえはすでにすんでいるし、すぐに出来るでしょう。
「じゃあ、準備してくるので部屋でくつろいでいてください!」
「手伝うわよ?」
「いえいえ!霊夢さんはお客さんですので。それにもう下ごしらえはしてあるので」
「そう?じゃあお言葉に甘えて」
私の家は人里にわりと近いとはいえ妖怪の山まではかなりの距離があり、ここまで来るのは多少なりとも疲れたはず。それでも手伝おうかと聞いてくれる霊夢さんのささやかな心遣いがたまらなく嬉しい。そんな彼女のために、私は鼻歌を歌いながら上機嫌で食事の準備に入る。このあと待ち構える地獄をつゆ知らずに…
――――――
「れ・い・むさ~ん」
食事の用意ができたのでルンルンと彼女を部屋まで呼びに行きます。こうみえても料理には自身があるので、彼女に食べてもらうのが楽しみで仕方がない。
「おまたせし…」
私が覗き込んだのは、今夜彼女と私の愛の巣となるはずの寝室…のはずだった。しかし、そこは寝室という名の天国ではなかった。
「文…?」
「れ…霊夢さん…」
「どういうつもりかしら?」
「あ…あややや…」
そう、そこは…修羅場という名の地獄だった。
――――――
こうして今に至る。今現在、向かい合う私と彼女の間には数十冊はあるであろうやや薄い本が置いてある。何を隠そうそれは、私こと清く正しい射命丸文秘蔵の…「えっちな本」である。
「…」
「…」
沈黙が痛い…いっそ問答無余で夢想封印でも食らわせてくれたらどんなに楽だろう。そんな沈黙を先に破ったのは霊夢さんの方だった。
「文」
「は…はひ…」
うわ、なんて冷たい声なんだろう…異変の時だってこんな声聞いたことない。背筋が凍るってこういうことか。
「これは何ですか」
「本です」
なんで敬語なんですか!?怖すぎですよ!!
「これは何ですか」
「…えっちな本です」
「何をしていますか」
「2人の人間が愛を育んでいます」
「何をしていますか」
「…女の子2人がぐちょぐちょにくんずほぐれつしています」
「…!!」
「いたぁ!?」
「みなまで言うな!ばか!」
「霊夢さんが聞いたんじゃないですかぁ!?」
なんということでしょう…慌てて片付けたせいか、ベッドの下に隠してあった私秘蔵のえっちな本がはみ出していたようである。
「だいたい!…なんなのよ!…この本は!」
「痛い!痛いですってばぁ!」
詰問しながら鬼の形相で殴ってくる霊夢さん。私のえっちな本で…あぁ…角は痛いですってばホントに。
「て言うか、この本の数はなんなのよ!?多すぎでしょ!58冊ってどういうことよ!?」
「数えたんですか!?」
「数えたわよ!!」
うん…確かにこの絵面は非常によろしくない。1冊や2冊ならいざ知らず、いくらなんでも58冊は多すぎる。
「あんた…この本で何しようってのよ!?」
「なにって…ナニですが…」
「!!~(声にならない怒り)」
「すみません!すみません!口がすべりました!お願いだから宣言無しのスペカはやめて!!」
――――――
「はぁっ…はぁっ」
「うぅ…」
ひとしおきり怒って落ち着いたのか、霊夢さんは肩で息をして未だに正座させられている私を見下ろしている。私はといえば、えっちな本が見つかったことによる精神的ダメージに加え、叩かれた頭が痛いのと足がしびれているのとで半泣きである。
「…ごはん」
「へ?」
「大声出したらお腹すいたわ…できてるんでしょ?」
「あぁ…えっと…はい」
このタイミングでごはんとは…どうも今の霊夢さんの気持ちは判断しかねる…えっちな本あれだけ見つかっておいて言うのもなんですが、嫌われていないか心配で私はごはんどころではない。
「あ…」
「?」
「すっかり冷めちゃいました」
頑張って作ったのにな…思い返せば霊夢さんが泊まりに来ると決まってから一週間、原稿を死ぬ気で徹夜を繰り返し仕上げ、食事のメニューだって一生懸命考えて下ごしらえまでしてきた。それを自分のとてもじゃないけど人には言えない趣味なんかで、こんなにギスギスさせてしまったことを考えると、自業自得とはいえ涙がこみ上げてくるというものです。
「作りなおしてきますね…」
そう言ってお皿を片付け始めるが、すぐにそれを霊夢さんの手に抑えられた。何事かと彼女を見ると、霊夢さんは私から料理をふんだくり席について咀嚼しはじめました。無言で私の作った…冷めて味もすっかり変わってしまったであろう料理をもくもくと食べるのを見て、私も席につくことにした。
「ねぇ…」
「…なんでしょう」
「文はさ…その…ああいうこと…したいと思うの?」
「ああいうこと…といいますと?」
「だから…さっきの本みたいなこと…」
「ええと…」
この空気でなんて答えにくい質問をするのでしょうこの巫女は…
「そりゃあ…したいですよ?せっかくお互いに…好きなのに」
「…そう」
千年以上生きておいて、こんなセリフを吐くのがこんなに恥ずかしいとは思いもしなかった。ふと顔を上げると、霊夢さんの顔も首元から真っ赤になっていた。二人の間にはそれ以上の会話はなく、食事は終わった。
「ごちそうさま」
「いえ…すみません、美味しくなかったでしょう?」
「おいしかった」
「え?」
「おいしかった」
「…はい」
もう少し気の利いたことは言えないのかと自分が恨めしくなるが、それ以上に冷め切った私の食事を綺麗に完食して、「おいしい」といってくれた彼女のことが愛おしかった。
「お風呂入ります?」
「ん」
「沸いていますから、お先にどうぞ」
そう言って逃げるように食器を片付けようとした私の腕を霊夢さんに掴まれる。
「いっしょに入るわよ」
「…へ?」
「いいから」
「ちょっ!?」
――――――
強引に風呂場まで連れていかれ、どういう訳か私は霊夢さんに背中を流してもらっている。さすがの私も一緒にお風呂などというイベントまでは想定していなかった。おまけに今しがた喧嘩をしてきた矢先のことである。いつものおどけた射命丸文はどこにいったのか、霊夢さんとお風呂に入っていることに対する興奮と羞恥で思考回路がぶっ飛んでしまっていた。
「…ん」
「うひゃぁ!?…れっれいむさん!?」
一瞬、何が起きたのか判断が遅れた。しかしすぐさま理解した。彼女が…霊夢さんが私の背中に抱きついてきたのだ。普段は私のほうから抱きついているが、あれはじゃれているといったほうが適当で、無論服を着ている。こんな空気で、おまけに全裸で霊夢さんから抱きついてくるなどとどうして予想出来るであろうか。あまりにも衝撃的すぎて息が出来ない。
「文…」
「霊夢さん…?」
「私ね…何も本気で怒ったわけじゃないの」
「…」
「そりゃあ、あんなやらしい本を…それもあんな数を見つけて腹は立ったけどさ」
「面目ないです…」
「でも…私もあんたと一緒だから」
「へ?」
予想外な発言に思わず聞き返す。うわっなんてデリカシーがないんだろう私。
「ばか…言わせないでよ」
「あや…すみません」
「したいわよ…文と」
鼓動が聞こえる。彼女がこんなに素直に気持ちを打ち明けてくれたことがこれまでにあっただろうか。私は彼女がどうしようもなく愛おしくなって、唐突にふりむいて彼女を力いっぱい、それでいて彼女の繊細で美しい身体を壊さないように抱きしめた・
「ちょっ文!こっち向かないでよ!?」
「すみません霊夢さん…でも」
彼女を感じたかった。霊夢さんの柔らかなおっぱいを、お腹を、黒く美しい髪を、吐息を、体温を私の全身で感じたかった。最初は緊張で強ばっていた彼女の身体も、次第に弛緩して私の背中に腕を回して体重を預けてきた。ああ…なんてあたたかくて、やわらかくて、それでいて儚いのだろう。
「後悔しても知りませんよ」
「…うん」
「私は本気ですよ」
「…うん」
「愛してます」
「うん…うん」
霊夢さんは静かに涙を流しながらいっそう強く私に抱きつき、全身を密着させてきた。私もそれに応じた。まるでわきあがる激情をぶつけ合うかのように胸と胸を、お腹とお腹を密着させた。そして何度もキスをした。
朝まで…
>朝まで…
ミスチー「チュンチュン」
で、続きは?
続きはあるんですよね?
詳細が書いてないのがとても気になりますが。
こりゃまたストレートな
それにしても58冊ってw
それにしても文ちゃん、その冊数を一ヶ所に隠すのは自殺行為だよw
部活終わって家に帰ったら雰囲気お通夜ああああああ
……私は14冊でした。
| ^o^ | <あやれいむすばらしいです
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