ぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱる。
「……あの、どうしたのですか?」
ああ嫉ましい嫉ましい。
目の前にいる地霊殿の主、古明地さとりが嫉ましい。
なによ、地底で一番の嫌われ者とか謳っておきながら、結構人気があるのなんて知ってるんだからね。ああ嫉ましい。
それに、心を読む能力とか反則じゃない。その便利な能力が嫉ましい。
相手がどう思っているか判るとか嫉ましい。嫉ましい嫉ましい嫉ましい……。
「……なるほど。好きな人が出来たから、その人が自分をどう思っているのか知りたい、ですか」
「その通りです力を貸してくださいさとり様」
全力で土下座した。
* * * * * *
事の始まりは、少し前の事。
あの紅白巫女と白黒魔法使いが地底で大暴れしてから、1ヶ月くらいだった頃だったかしら。
「ああ嫉ましい嫉ましいこの世の全てが嫉ましい……」
家で何時も通り、何かを嫉んでいた私。
湯飲みを傾けながらこうして嫉んでいるのは私の日課であり、橋姫としての存在意義に等しい事。
そう、私にとって嫉む事は全て。
だから別に、一人でやる事が無いからって、こうやって暇を誤魔化しているわけじゃない。ないったらない。
「……何考えてるのかしらね」
ずずず、とお茶を啜る。
あーあ、本当にやる事が無いわ。
今まではずっと、地上と地底を繋ぐこの場所の番人をしていたけれど、この間の騒ぎでその仕事も殆ど意味の無いものとなってしまったし。
あんまりこういう事を考える妖怪じゃないんだけど、何か面白い事でも起きないかしらね……。
「おーいパルスィ、元気かい」
お茶を吹いた。
ドゴッ! と激しい音を立てて開いた家の扉……いや、この場合は開いた、という表現は正しくないわね。壊れた。
豪快にも程があるダイナミック☆入室。こんな事を平気な顔してやってくる奴なんて、地底には一人しかいない。
「げほっ、げほっ! 勇儀!? またあんた!?」
「おっと、どうした咳き込んで。風邪でもひいたのかい?」
喧しい。全部あんたのせいよ。その余裕が嫉ましすぎるわ。
ドアをぶっ壊して不法侵入してきた、鬼の四天王の一人、星熊勇儀。
昔からなんだかんだと結構絡まれる事が多くて、今ではそれなりに仲が良いと言える存在の一人。
まあ、勇儀と仲が良くない妖怪なんて、滅多にいないだろうけどね。
「何しに来たのかは知らないけど、とりあえずまずはドアを直してくれる?」
「ん、ああ、壊れてたのかい。道理で開かなかったわけだ」
いやそれは鍵を掛けてたからよ。
そしてドアが壊れたのが自分の怪力のせいだと気付いてないのかこいつは。鬼か。鬼だった。
「よし、これでいいかい?」
「良くないわよ。そういうのは直したって言うんじゃなくて立て掛けたっていうのよ」
「うちのドアはこんなもんだよ?」
「それはあんたが自分でぶっ壊すからでしょうが。少しくらい家を大事にしなさい」
「しょうがないな、後で大工が得意な奴を呼んでおくよ」
何がしょうがないんだ何が。本人に一切悪気がないのが嫉ましいわ。
「とにかく、何しに来たのよ。家を壊しに来ただけだって言うなら嫉妬狂いにするわよ?」
「ははは、私には嫉妬するものなんて何もないから大丈夫さ」
冗談で言っているんじゃないんだろうから嫉ましいわね。
「……とにかく、何しに来たのよ」
余計な事を言うと話が進まなくなりそうだったので、この辺でやめておく事にする。
本当にめんどくさいわね、この鬼は。
「いや、大した事はないさ。ぶらぶらしてたらパルスィの家が目に入ったから、デートにでも誘おうと思ってね」
本当に大した事ないわね。
要するに散歩でもしてて、たまたまこの場所まで来たわけだ。
で、なんだかんだで結構顔を併せる事の多い私の家が目に入ったから、デートに誘ったという事……。
……って。
「で、でででででででででーと!?」
一瞬にして頭が沸騰した。
な、何を言ってるのよこの能天気鬼は!! 嫉ましいわね!!
わ、私とデートだなんて……そ、そんな事を言う人間なんているわけないじゃない!! いやまあ遠い昔にいた気がするけど!!
しかも目の前にいるのは人間じゃなくて鬼か。って、そんな事どうでもいい!!
「ん、まあデートって言うのは確かに変かもな。一緒に旧地獄街でも歩こうって話さ」
それをデートって言うんじゃないのかしら?
「あ、あのね勇儀……デートって言うのは普通男と女がするものでね……」
「いいじゃんか、私はパルスィの事、好きだし」
……。
…………。
……………………。
「……Why?」
私ペルシャ人だから日本語判らないわ。日本人だったかもしれないけど今だけペルシャ人でいいわ。
「んじゃさっさと行こうか。まずは適当にぶらつくかね」
思考が停止したまま、そのままずるずると勇儀に誘拐される。
私の事が、好き?
それってどういう事?
私に理解出来ない言葉を使うとか嫉ましいわね。
あははは、そんな事を何の躊躇もなく言えるのが嫉ましい。
私の事が好きだなんて、嫉ましい……。
……嫉ま……しい……。
* * * * * *
「あなたは小学生ですか」
「小五ロリに言われたくないわ。て言うか勝手に心を読まないでよ嫉ましいわね」
「読んでません。全部口に出していましたよ?」
「はうあっ!?」
場面は元に戻って、旧地獄の中心部にある地霊殿。
そんなこんなで、勇儀の事をやたらと意識してしまって、最近では床についても寝れない事がある。
……まあ、こんな事になる前から、別に嫌いなわけじゃなかったし……寧ろ……。
「ノロケもいい加減にしてくれませんかね」
「だったら心を読まなきゃいいでしょうが」
「まあ、意図的に眼を閉じる事も可能ですが……それだと面白くないので」
こいつ、ひょっとして好きで嫌われ者をやってるんじゃないだろか。
地霊殿の主はMなのね。これはいい情報を聞いたわ。
「そんなわけないでしょう。ある事ない事考えていると協力しませんよ?」
「すみませんでしたさとり様」
二度目の土下座。ううっ、さとりの言いなりになるのは癪だけど、他に方法もないしなぁ……。
「まあとにかく……私に頼らずとも、勇儀さんはちゃんとあなたの事を“好き”だと言っていたのでしょう?
他の者ならともかく、鬼達のトップに立つ勇儀さんが、冗談でそんな事を言うとはとても思えませんが」
「それは判ってるわよ。だけど、それが友達だとかそういう意味で言ったのか、それ以上の意味で言ったのか……」
そう、勇儀が冗談を言っているなんて事は、私だって思っていない。
ただ、その言葉の意味が、いったいどういうレベルでの話だったのか……それが気になってしょうがない。
「だったら大人しく本人に聞けばいいじゃないですか。間違っても嘘は言わないと思いますよ?」
「それが出来れば苦労しないわよ」
そんなの本人に聞くだなんて、恥ずかしくてしょうがないじゃない。
「パルスィさん、宇治の橋姫という伝説をご存知ですか?」
「……喧嘩売ってるの?」
「その昔、京都の宇治に掛かる橋で……」
「当事者!! あんたの目の前にいるのが宇治の橋姫!! アイアムブリッジオブプリンセス!!」
「慣れない英語は使わないほうがいいですよ。カー○オブド○ゴンになってますから」
「何の事?」
「こっちの話です。とにかくですね、あなた一応既婚者でしたよね? バツイチですが」
「バツイチ言うな。未婚のあんたよりはマシよ」
「私には妹さえいれば充分ですので」
「あんたも大概ね」
まあ、あんた達姉妹が異常なほどに仲がいいのは知ってるけどさ。
「それはいいです。一応既婚者だというのに、何で今更そんな乙女心全開になって戸惑っているのですか」
「……それこそ心を読んで察しなさいよ」
本当に空気が読めないわねこいつは。
……怖いからに決まってるでしょうが。
私は一度、愛した男に捨てられた。
それが原因で、鬼になりたいと願った私は、こうして本当に妖怪となった。
あの男と、私から夫を奪った女への復讐は果たし、今はもうあの時の事なんて、然程気にとめてはいないけれど……。
だけど、あの時の喪失感だけは、未だに拭い去る事が出来ない。
夫を愛していた事も事実だし、確かに未練はないけれど……それでも、大切なものを失った時の、どうしようもない感覚だけは忘れられない。
だから……どうしても、怖い。相手の心を知ってしまう事が。大切な人を作る事が。
勇儀の事を好きになったからって、勇儀がどんな妖怪かを知っていたって……。
「本当に、面倒な人ですねあなたは」
「煩いわね。空気読みなさいよ嫉ましい」
くすくすと、喉を鳴らして笑うさとり。こんな性格なら、確かに嫌われてもおかしくはないわね。逆の奴もいそうだけど。
「まあ、お話は大体判りました。では、恋する乙女のために手をお貸し致しましょう」
本当に腹が立つわねこいつ。性格自体はよかったはずなんだけどなぁ。
「尤も、仮に私が勇儀さんの心を読んで来たとして、あなたは私の言葉を信用しますか?」
少なくとも、今のあなたの言葉は何一つ信用出来ないわね。
「だと思います」
判ってるならやめなさいよ。
「ですので、あなたにはこの覚りの眼をお貸し致しますよ。これで、勇儀さんの心を自分で見てきてください」
……はぁ?
「あんたのその眼、取り外し可能だったの?」
「はい、ちょっと強引な方法ですが」
そう言って、さとりは頭に繋がっている覚りの目のコードを掴んで……。
ブチッ!!!!
……と、まるで雑巾が引きちぎれるような、ちょっとよろしくない音が……。
「ああ、相変わらず痛いですね……」
ちょっとグロいので表現するのが躊躇われるけれど、さとりの頭から赤い液体が噴水のように飛び散る。
ぼたぼたと音を立てて地面に落ち、そしてさとりの顔の左半分は見るも無残に真っ赤に染まって……。
「ひ、ひいいぃぃ!!!!」
昔数々の人間を殺した私と言えども、流石にこれには引いた。
「怖がる事ないじゃないですかぁ……これをあなたの頭に繋げれば、あなたも心が読めるようになりますよ……」
R-18G指定されてもおかしくない姿で迫ってくるさとり。はっきり言って怖いなんてレベルの話じゃなかった。
いやいやいや!! そんなグロいもん装備できるわけないじゃない!!
しかも頭に繋げるってなに!? 移植手術でもしろっていうの!? そんなの御免被るわよ!!
私はただ勇儀の心が見たかったってだけなのに、なんでこんな今後の人生が変わりそうな目に遭ってるわけ!?
私が何をしたっていうのよ!! いやまあ昔宇治で大量虐殺はしたけど!!
ごめんなさいごめんなさい!! 何かもうよく判らないけど謝るから許してえええぇぇぇぇ!!!!
「……と言うのは冗談で、元からこれは取り外し可能ですよ」
唐突に、瞳孔全開で今にも私を呪い殺さん勢いだったさとりの表情が、あっけらかんとしたものに変わる。
「……はぁ?」
「私の頭から吹き出ているのは血じゃありません。まあ舐めてみれば判ると思います」
言われるがままに、私はさとりの左頬に触れ、その赤い液体を口に運んでみる。
……なんだか、時々飲んでいる飲み物の味が口の中に……。
「……トマトジュース?」
「ええ、あなたのように、時々誰かの心を読んで欲しいと頼まれるものですから。
一種のパフォーマンスに、頭に繋がってるコードの付け根にトマトジュースが入った袋を仕掛けてあるのですよ」
はぁ!?
「ちょ!! あんたいつもトマトジュースを頭に乗っけて生活してたわけ!?」
「そうなりますね。まあ、非常食を携帯しているようなものですよ」
「全然違うわ!! まったく、寿命が100年縮んだわよ!!」
「妖怪ならば100年縮んだくらいどうと言う事はありませんよ」
ああああああ!!
こいつマジでめんどくさい!! 人をおちょくる事に関しては天下一品ね!!
さとりの能力だけでもめんどくさいのになんなのよこいつは!! ドSってレベルじゃないわよ!!
「そういうわけですから、安心してくださって大丈夫ですよ。
別にこれを装着したって、脳に根を張ってそのまま侵食されるような事はありませんから」
妙に生々しい……。
なんかもう、ツッコミを入れるのも面倒になってきた。
大人しく、言われるがままに覚りの眼を装着してみる。……あちこちにコードがあって面倒ね……。
「……これでいいのかしら?」
手間取りながらも装備完了。……したのはいいんだけど……。
「……これは……。(なんと言うか、全然似合っていませんね。これは酷い)」
「いいみたいね。よし判った今すぐぶん殴らせなさい」
「私を殴れば、勇儀さんの心は永久に闇の中ですのであしからず」
うぎぎぎぎ……。
そろそろ歯に皹が入るんじゃないかしら。歯軋りしすぎて。
いや、まあ、似合ってないのは判ってるわよ。私の姿にこのさとりの眼が似合うとは到底思えないし。
「慣れないうちでも、相手の表面上の心くらいは見えると思いますよ。
私が街で勇儀さんにいろいろと聞いて見ますので、あなたはその眼で心を見ていてください」
「えっ、この姿で旧地獄街を歩けって言うの?」
「勇儀さんにわざわざご足労願うというのですか?(それじゃ面白くないじゃないですか)」
えーっと、そろそろ本気で殴っても許されるわよね?
……便利だと思ってたけど、意外と嫌なものなのね、相手の心が読めるって。
「ああもう……判ったわよ……勇儀に会いに行けばいいのね……」
「そういう事です。(勇儀さんの反応が楽しみですね)」
こいつ……この件が片付いたら本当に覚悟しておきなさいよ?
絶対にその顔に嫉妬の念が詰まった五寸釘をブッ刺してやる。
意気消沈しつつも、さとりへの復讐だけを心の支えに、私達は旧地獄街へと足を向けた……。
* * * * * *
「相変わらず、騒々しいところね」
「そうですね。私も少し苦手です」
場所は変わって、此処は旧地獄街。
普段から勇儀は旧地獄街を歩いている事が多く、探すならやっぱり此処が一番だと思う。
勇儀は身長も高くて、何よりあの一本角が目立つから、街を歩いていればすぐ見つかるだろう。
「苦手というわりには、随分楽しそうね」
私の横を、さとりは普段あまり見せない笑顔で歩いている。
「ええ、いつもなら他人の心の声まで聞こえて、普通よりも騒々しいものですから。
何も聞こえない状況で歩くというのは、意外と清々しいものですね」
だったら覚りの眼を使わずに街を歩けばいいのに。
しかし……確かに、普段よりも煩いわね。
さとり曰く、慣れないうちはそんなに心の声は聞こえて来ないらしい。
今の私にも、喧騒に混じってなんだかぼそぼそと言葉にならないような声が聞こえてくるだけ。
まあ、それはそれで鬱陶しいんだけど……。
何よりさっきから一つ、気に入らない事があって……。
「……笑うな……笑うなぁ……」
道行く妖怪が、私を見ては心で笑っている声が聞こえてくる。
そりゃそうだというのは判るんだけど……。さとりの横で、似合いもしない覚りの眼を装備して街を歩いているだなんて、いいお笑い種だ。
おかげさまで、さっきから顔が物凄く熱い。恥ずかしくて死にそうだわ……。
こんな状態で、もし勇儀以外の知り合いにでも見つかったりしたら……。
「おっ、パルスィ。街にいるなんて珍し……」
……うっわ……最悪……。
「ヤ、ヤマメ……?」
「……パルスィ、そんな趣味があったんだ」
あからさまに軽蔑するような眼差しを向ける、私の友人の一人、黒谷ヤマメ。
なんだってこんな所にいるのよ……私より全然社交的だし、いても全然おかしくないか。だけどこんなタイミングで……。
「ヤマメ、お願いだから誤解しないで。これにはワケがあって……」
「ああ、ヤマメさん。パルスィさんの事はこれから水橋パルスィではなく古明地パルスィと呼んであげて下さい」
「余計な事を言うなああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
旧地獄街に響く私の絶叫。無論、旧地獄街にいた面々が一斉に私達のほうへと眼を向ける。
「さとり!! あんたさっきからマジでなんなのよ!! そんなに人をおちょくって楽しい!?」
「はい、楽しいです。(はい、楽しいです)」
「きっぱり答えやがったよコイツ!! 心に一切偽りなく!!」
「ん、パルスィ、さとりのところに嫁入りでもしたの?(古明地パルスィ……)」
「違うわい!! 真に受けるな!!」
「はい、嫁入りではなく養子縁組です」
「話をややこしくしないでよホントに!!」
「えっ? パルスィが妹? こいしとはどっちが上?」
「ヤマメ!! あんたもさっきから乗せられすぎよ!! ちょっと考えたら違うって判るでしょうが!!」
「いや、そんな格好じゃそっちの方がよっぽど納得出来るけど……」
「ぎゃふん!!」
そう言われると、確かに今の私は何か特別な用事があると言うよりは、古明地家の一員になったと言われたほうがしっくり来るかもね……。
ううっ、改めて思うと滅茶苦茶恥ずかしい。さっきから周りの妖怪の眼はずっと私達の方を向いてるし……。
「んー、でも今のパルスィの服装にその眼はちょっと合わないね。良ければ私が新しい服を作ろうか?」
そー言えば、ヤマメが編み物とかそういうものが得意だって言う話は聞いた事があった気が……。
……って、違う!!
「だからそういう事じゃないって言ってるでしょうが!! ちょっとわけあって覚りの眼を借りてるだけよ!!」
「えっ、眼を借りてる? 何で?」
「あうっ……そ、それは……」
ヤマメにそう訊き返され、言葉が続かなくなってしまう。
まさかこの衆人環視の中で『勇儀が私が好きかどうか知りたい』なんて言えるはずもない。
でも、正直な理由以外、覚りの眼を借りてまで何かする理由なんてあるのかな……。
「乙女の悩める問題のためですよ」
「ちょっ!! さとり!?」
「ああ、なるほど。(勇儀のことか)」
「何で納得してるの!? しかもしっかりと理解していらっしゃる!?」
心の中で勇儀の名前を出すヤマメ。口には出さない辺り、さとりよりは良心はあると思っていいのよね。
「いやぁ、パルスィがその辺の事でいろいろ悩んでるのはみんな知ってるから」
「はぁ!? えっ、ちょ、みんな知ってるってどういう事!?」
思わず周りを見てみる。そして何か、優しく自分の娘でも見守るかのような眼差しを私に向ける地底妖怪たち。
(パルスィちゃん、勇儀さんの前だと別人みたいだしねぇ)
(気付かれてないと思ってたんだ、マジ可愛い)
(パルスィも女の子だね)
(勇儀さんカッコいいし、まあ仕方ないよね)
(勇パルちゅっちゅ)
(パルスィ可愛いよパルスィ)
(パルスィちゃん頑張れ)
……次々と流れ込んでくる、地底妖怪たちの心の声。
そんな声が一つ聞こえる度に、私の頭に血が上って行くのが判る。主に恥ずかしさによって。
「あ、ああああああぁぁぁぁぁぁ……!!!!」
「どうです? 相手がどう思っているのかが判るという事がどういう事か」
あ、うん、よーく判ったわよ。確かにとんでもない事ね。相手がどう思っているのかが判るって、こうも恥ずかしい事なのね。
さとりとの付き合いはそれなりに長いけれど、今更ながら少しだけさとりの心の強さを尊敬した。
「あ、そう言えば勇儀ならさっきそこで見たよ? 探せば近くにいるんじゃないかな?」
えっ?
ヤマメの唐突なその情報に、一瞬何を言われたのかが判らなくなった。
「ちょっ、そういう事は先に……!!」
そう言い掛けて、そこで私の言葉は止まる。
無論、私が言っている事がわりと滅茶苦茶だったから。それに気付いたというのもある。
つい今まで、勇儀を探しているなんて事は知らなかったわけだしね。
だけど、一番大きな理由は……。
「おおっ、パルスィにヤマメにさとり。どうしたんだいそんなところで」
……探していた人の声が、私の耳に届いたから……。
「あ……ゆ……勇儀……?」
周りの地底妖怪より、一際目立つ長身と赤い一本角。
群集の向こうから、勇儀は私達の方へと歩いて来る。
……そして私達を見ていた地底妖怪たちは、笑顔で勇儀に道を譲っていた。
「何かみんな集まってると思えば、随分と変わった格好してるじゃんか。さとりのコスプレかい?」
ちょっ! この能天気鬼は恥ずかしい事をきっぱりと! 嫉ましいわね!!
「ちょうど良かったです勇儀さん。あなたを探していたのですよ」
「ん? 私を?」
えっ、さ、さとり? 何でもう本題に入ろうとしてるわけ?
あ、あの、ちょっと待ってまだ心の準備が……。
「勇儀さんは、パルスィさんの事をどう思っているのですか?」
あっさりと、キッパリと、ストレートに本題を述べる。
ああああぁぁぁぁ!! さとり!! あんた少しくらい人の気持ちを考えなさいよ!!
あうあうあう……どうしようどうしよう……。
勇儀のほうをまともに見れない……恥ずかしい……。
「ん、勿論いい友達さ。大好きだよ。(……………)」
あれっ?
言葉ではちゃんと喋っているのに、今までと違って心の声が全然聞こえない。
ヤマメやさとりの心は、ちゃんと聞こえてたのに、まるで靄が掛かっているかのように……。
「……ちゃんと、勇儀さんのほうを見てください」
えっ……?
「勇儀さんは、非常に強力な妖怪ですから。普段の私の力を持ってしても、心を読むのは非常に難しいのです。
元々嘘を言わない方なので、私は気にしていませんが……勇儀さんの本当の心を知りたいのであれば、勇儀さんから眼を逸らさないでください」
今までとは打って変わって、優しい瞳を向けるさとり。
この眼は……普段、さとりの妹であるこいしや、ペットの動物達に向けるような、そんな眼だった。
……全く。
そんな眼が出来るなら、普段からそうしてなさいよ。嫉ましいわね。
本当にこいつは、好き好んで嫌われてるんじゃないかな。そう思えてくる。
だけど、お陰で少しだけ心が落ち着いた。
私は何より、勇儀の心が知りたい。本当は、このさとりの眼を使わずに、自分の言葉で聞きたかった。
……でも、今くらいいいわよね。
「勇儀さん、ごめんなさい。もう一度だけお願いします。パルスィさんの事、どう思っていますか?」
首を傾げる勇儀。そんな勇儀を、私は自分の二つの眼、そして三つ目のさとりの眼で見据える。
勇儀がどう思っていようと、私はそれを受け止める。本当は嫌いだって言うなら、それはそれで構わない。
私は、知りたい。勇儀の本当の心を……。
「大好きさ、パルスィの事が。(大好きさ、パルスィの事が)」
勇儀の言葉と心の声が、ぴったりと重なる。
最初は、勇儀の言っている事が上手く伝わらず、何の反応も出来なかった。
だけど、次第に勇儀の言葉が、そして、本当に私の事を好きだと思ってくれている心が伝わってきて……。
……ぼろっ、と、涙が零れた……。
「えっ? お、おいパルスィ? どうしたんだよ急に……」
「煩い……煩いわよばかぁ……!! この能天気鬼……嫉ましい……!!」
ああもう、判ってはいたけど、やっぱり私は素直じゃないな。
だけど、嬉しい。勇儀の心を知る事が出来たのが、私の事を好きだと言ってくれた事が。
確かに、どうしようもなく恥ずかしい。私が自分で聞いたわけでもないというのに。
でも、嬉しさはそれ以上だ。こうして、涙が止まらなくなるくらいに……。
「……ほら、心を読むまでもなかったでしょう?」
さとりの優しい声が、心に染みる。
今まで散々馬鹿にされたりしてきたのに、それが全てどうでも良くなるくらいに。
「うん……うん……!!」
泣きながら、ただ私は頷く。だって、今さとりに感謝の言葉を述べたって、全部泣き声になってしまうだろうから。
「……ふぅ、羨ましいね。キスメはそういう事は言ってくれないから」
ため息一つ吐きつつ、ヤマメはそんな事を言う。
そりゃそうよ。私ですら、相手に面と向かって気持ちを伝える事なんて出来ないのに、内気なキスメにそんな事出来るわけないじゃない。
あんたの方から言ってやりなさいよ。尤も、そうしたところでキスメは逃げるか桶に篭って出てこなくなるだろうけど。
「勇儀……」
私は一歩、また一歩と勇儀の下に歩み寄る。
そして……。
「えっ……?」
戸惑う勇儀の身体を、ぎゅっと抱きしめた……。
「お、おいパルスィ? さっきからどうしたんだよ」
煩いわね……空気読みなさいよ、嫉ましい……。
「ほら、勇儀さん」
「勇儀、ちゃんと……ね?」
さとりとヤマメが、そう言って後押ししてくれる。
この二人はちゃんと、私があんたにどうして欲しいか判ってるのに……本当に、鈍いんだから。
「うーん……」
それでもまだ、困ったなと言わんばかりの表情を浮かべる。
鈍いにも程があるわよ、本当に。だから私は、この鬼に気付いてもらえるように、勇儀を抱きしめる手に、さらに力を入れる。
私には、言葉では気持ちを伝えられない。
だって、言葉で伝える気持ちなんて、所詮軽いもの。私はその事を、1000年近くも前から知っている。
だから、私は勇儀の心が知りたかった。もう、あんな辛い思いはしたくなかったから。
私を心から思ってくれる人を、好きになりたかったから……。
「パルスィ……」
ぎこちない腕で、勇儀はそっと私を抱き返してくれた。やっと、私がどうして欲しかったかが伝わったらしい。
ああ、そうだ。この暖かさが、私は欲しかったんだ……。
きっと、勇儀なら私を裏切らないでいてくれる。あの時みたいな、悲しい思いをさせないでくれる。
そう思わせてくれる、この暖かさが……。
「勇儀……」
地獄街にいるみんなが見ていることなんて、忘れて……。
私はずっと、勇儀の暖かさを感じている事にした……。
* * * * * *
「ありがとう、さとり」
一頻りの事が終わり、涙も落ち着いた私は、やっとさとりに感謝の言葉を述べられた。
ちなみに、今はもう周りは普段の騒がしい旧地獄街に戻っていた。
尤も、なんだかみんなに拍手されたり『おめでとう』とか言われたりで、凄く恥ずかしかったけど……。
「あなたにお礼を言われるとは、くすぐったいですね」
悪かったわね、普段はお礼なんか言わないような奴で。
「心が読めるって言うのも、悪い事ばかりじゃないのね」
「悪い事の方が多いですよ。特に私のような嫌われ者は」
かもしれないわね。
相手がよく思っている事を知るならともかく、悪く思っている事を知るのは、多分想像以上に辛い事だと思う。
それでもあえて、さとりは嫌われ役を買っているんじゃないかと思うと、やっぱりさとりを見る眼を、少し変えなきゃいけないかもしれない。
どうしてそんな役を買っているのかは、判らないけどね。さっきからその心を読めないかと試しているけれど、全然見えてこないし。
「とにかく、ありがとう。さとりの眼は返すわ」
そうして、私はさとりの眼を外して……。
「……あれっ?」
頭に繋がっているコードに手を掛け、外そうと思ったのだけれど……。
……あれ? どうしたのかしら? びくともしない。
どころか、引っ張るとちょっと頭に痛みが走る。どういう事なの……?
「あら、まさかパルスィさん……」
何故かさとりが、今まで異常に邪悪な笑みを浮かべる。
私も、そして周りで見ていた勇儀もヤマメも、同時に首を傾げて……。
「私が言っていた事、信じているのですか?」
……はい?
さとりが言った事? それって……。
『別にこれを装着したって、脳に根を張ってそのまま侵食されるような事はありませんから』
何故か脳裏に過ぎる、さとりの眼を借りた時のその言葉。
「えっ……いや、まさか……」
だらだらと、冷や汗が私の頬を伝う。
「うふふ、うふふふふ……」
怖い。さとりの笑い声が怖い。
いやいやいや、まさかそんな事はないわよね……?
そんな事は……。
ないわよ……ね……?
……あれっ……?
どういうことなの……。
あれ
第三の目をパルシィに渡したということは、さとりは覚り妖怪でなくなってしまうの?
養子縁組ならパルシィを入れて古明地三姉妹
勇儀姐さんが嫁or夫(婿養子)になれば古明地四姉妹に…!
家族が増えるよ! やったねこいしちゃん!
ストレートに甘い作品でした。にやにや
こういう事ですねわかります
と書こうとしてたんですよ。
ど う し て こうなったwww
あれっ、なんで俺の心の声が作品内に書かれているんだ!
まさかSSに心を読まれた!? ホラー!
よかったね。眼を返す心配しなくていいね!
末長くお幸せにね!パルスィ!
勇パルで暑さ倍増と思ったら、オチで背筋がゾッとしました…
さとパルを感じる
古明地パルスィルートですね、わかります
ですかね
と、とにかく橋姫ちゃんが可愛かったです。
仕事しすぎwww
よかったです
くそwwwwラストがwwww
ラストのホラーっぷりもすごい!
最後の数行でジャンルごとひっくり返す技量に脱帽
それはそうと、お幸せに。
『甘い勇パルものだと思ったらいつの間にかホラーになっていた』。
な…何を言っているのかわからねーと思うが、
俺も何をされたのかわからなかった…
頭がどうにかなりそうだった…
どんでん返しだとかハートフルボッコだとか、
そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
ラスト
後日談とかも書いてみてください
勇パルだぜイエー…あれ?