Coolier - 新生・東方創想話

さみしがりやのナイトメア

2011/07/25 23:14:44
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 その日、フランドールはとても暇でした。読みかけの本は全部読み終わってしまっていましたし、うんと昼寝をしたので、ちっとも眠たくもなかったのです。メイドがお部屋を掃除しに来てくれる時間まで、まだ少しありました。


 フランドールは大図書館に行きました。いつもむすっとした顔で本を読んでいる魔女は、いつもの場所にいませんでした。
 しんとした部屋に、「おぅい」とフランドールの声が響きます。大図書館は、とてもほこりっぽいので、あまり好きではありません。でも、本は好きなので、よくここに来て、本を借ります。いつも優しく本を貸してくれる司書も、今日はいませんでした。
 おかしいな、と思いましたが、あまりにほこりっぽいので、フランドールはすぐに出て行きました。


 次にお庭に出ました。フランドールは、吸血鬼で、日光が苦手だとみんなから思われていますが、実はそうでもないのです。フランドールのお姉さんだって、そんなに苦手じゃありません。日傘を差せば、へっちゃらなのです。フランドールもそうです。日傘さえあれば、大丈夫。でも、今日は、すぐに日傘を差しに来てくれる、優しいお庭番はいませんでした。ですから、フランドールは、肩にかけていたケープを、頭の上まで持ってきて、光を避けなければいけませんでした。日差しの強い日だったので、土はすっかり乾いていました。
 力ない花壇に、「おぅい」とフランドールの声が響きます。フランドールは、どちらかといえば夜が好きなので、昼のお庭はあまり好きではありません。でも、お庭番でもある門番が好きなので、よくここに来て、門番とお話をします。いつも先に声をかけてくれる門番も、今日はいませんでした。
 お仕事中なのかな、と思って、フランドールはすぐに出て行きました。


 その次はホールに出ました。フランドールの住んでいるお屋敷はとても広いので、玄関の前のホールも、うんと広いのです。ですから、ここを掃除をするのは、きっと大変に違いありません。お屋敷を掃除しているメイドは、いつもこのホールを最後から二番目に掃除します。最後は、フランドールの部屋です。
 ぴかぴかに磨かれたホールに、「おぅい」とフランドールの声が響きます。玄関は、よそのひとを出迎える場所です。フランドールは、よそのひととお話するのがとても苦手なので、玄関も、そのホールも、あまり好きではありません。でも、ここをいっしょうけんめいに掃除しているメイドの後ろ姿は、とても好きなので、よくここに来て、メイドの後ろ姿をながめています。いつも完璧に仕事をこなすメイドも、今日はいませんでした。
 本当に変なの、と思ったので、フランドールはすぐに出て行きました。


 最後にお姉さんの寝室に行きました。フランドールのお姉さんは、お寝坊なので、夜更かしも朝更かしもします。寝ぐせだらけの頭で、うつらうつらしながら、朝ご飯を食べていることもしょっちゅうです。フランドールは、身だしなみがちゃんとしてないままご飯を食べるのはいやなので、きちんとしてから朝ご飯を食べます。それが淑女というものです。お姉さんは、淑女という言葉を好んで使うのですが、そのわりにはちゃらんぽらんなのだと、フランドールは思っています。
 ちらかった部屋に、「おぅい」とフランドールの声が響きます。お姉さんは、フランドールと違って、よそのひとと遊ぶのが大好きです。外に出て行くのも、大好きなのです。ですから、ちょっと眼を離すと、すぐにいなくなってしまいます。お姉さんのそういう性格は、あまり好きではありません。でも、お姉さんのことは、大好きでした。なぜ、と理由を聞かれてもわかりません。そして、なぜだかわからないから、好きなのだと思っています。理由なんかいらないのです。お姉さんがお姉さんだから、フランドールは好きなのです。お姉さんがお姉さんじゃなく、魔女だったり、門番だったり、メイドだったりしたら、好きじゃないかもしれません。フランドールは、そんなふうに、みんなを愛しています。なのに、寝室にも、お姉さんはいませんでした。どこにも、だれもいません。
 どうして、どうして、と思いながら、フランドールは部屋に戻って行きました。


 フランドールはしょんぼりしてしまって、ベッドに横になりました。ぬいぐるみの形をしたクッションを抱きしめても、だれもいません。だって、フランドールの部屋は、フランドールだけのものです。でも、紅魔館はみんなのものなのに、今日に限って、だれもいないのです。


「さみしいだろ」
 声がしました。びっくりして、フランドールは、体を起こしました。だれもいないはずですし、なにより、その声は、フランドールの声とそっくりだったのです。
 でも、だれもいません。そして、今抱きしめているクッションがしゃべっているのだと、気付きました。
「さみしくないわ」
 フランドールは、うそをつきました。だって、認めたら、本当になってしまいそうだったのですもの。
「うそつけ。おれはわかるよ。おまえは、さみしいんだ」
「やめてよ。わたしは、そんな男の子みたいに、お話ししたりしないの」
「おれが、どんなふうにはなそうと、かってだろ」
「じゃあ、わたしの声でしゃべらないで」
「それは、むりだ。おれは、おまえだもん」
 クッションは、好き放題にしゃべります。フランドールは、いやになって、クッションを投げ飛ばしました。
「おいおい。やめろよ。いくらさみしいからって、やつあたりは、よせよ」
「さみしくないわ!」
 フランドールは、悲しくなって、大声を出しました。
 本当は、とてもとても、さみしいのです。
「ひとりでいるっていうのは、そういうことだ。おまえは、こんなせまいへやに、ひきこもって、まんぞくしてるかも、しれないけどな。いつか、こんなふうに、みんないなくなっちゃうんだぜ。おまえをおいてさ。そしてだれもいなくなる」
 フランドールは、もうその声を聞きたくなかったので、右手をぐっと握りました。クッションが、ぱぁんと音をたててはじけました。これは、フランドールだけの特別な力です。生まれてからずっと、この力と生きてきました。
 フランドールは、泣きだしたくなりました。だって、そこにはだれもいなかったからです。クッションは、言ったとおり、フランドール自身だったのですから。


 そんな夢を見たので、フランドールは、朝びっくりして飛び起きて、寝ぐせがぐしゃぐしゃのまま、朝ご飯を食べました。いつもは頭の左のほうで髪をくくっているのですが、そんな余裕もありませんでした。その日はたまたま、お姉さんはきちんとしている日だったので、フランドールはお姉さんに、たいへんに笑われました。


 朝ご飯を食べ終わったあと、フランドールは、大図書館に行きました。おそるおそる、「おぅい」と声をかけました。
「何か用かしら」
「あ、や、えっと。おはよう」
「おはよう。わざわざ挨拶をしに?」
「えーっと、……うん、そう!」
「それはそれは。ところで妹様、この間貸した本を少し返してくれはしない? どうしても読み返したい一節があるのだけど」
「あとで持ってくる」
「どうもありがとう」
 フランドールは、顔いっぱいの笑顔で、司書にも手を振って、大図書館を出て行きました。


 次にお庭に出ました。おそるおそる、「おぅい」と声をかけようとすると、先に、声をかけられました。
「今日は日差しが強いですね」
「暑いね」
「本当に。土も、すっかり乾いてしまって」
「門番なんだか、お庭番なんだか、わからないね」
「それは言わないお約束です」
「朝だね」
「? 朝ですね」
「おはよう」
「? おはようございます」
 フランドールは、心から満足して、お庭をあとにしました。


 次にホールへ向かいました。元気良く、「おぅい」と声をかけました。
「おはようございます。御用でしょうか」
「おはよう。ううん、何もないよ」
「てっきり、早く部屋を掃除に来い、と怒られるものと思いましたわ」
「そんなに、わたしってこわいイメージ?」
「いえ、いえ。冗談です。あぁ、そうだ、妹様。もしよろしければ、お嬢様の部屋へ行って頂けませんか?」
「どうして?」
「チェスの相手を探しておいでなのです。わたくしに、相手をしろと仰る」
「あぁ、それは、かわいそうに。わざと負けてあげなきゃいけないもんね」
「少し、手加減をなさってあげて」
「わかってるよ」
 フランドールは、いじわるに笑って、ホールを出て行きました。


 最後に、お姉さんの寝室に着きました。ノックしながら、「おぅい」と声をかけました。
「あら。あなたが来るなんて、意外」
「今日はとても暇なの」
「いつもそうでしょうよ」
「うん。でも、今日は特別」
「そう? チェスでもしない?」
「いいよ。手加減してあげるね」
「ふん、今までの私と思わないことね。手加減などいらないわ!」
「うん、うん。じゃあ、がんばってね」
 フランドールは、くすくす笑って、ソファに座りました。


「ん、あ、そうだ。お姉様」
「なにかしら。あ、待ったはなしよ」
「んーん。おはよう」
「おはよう。そうね、モニングティーでもほしいわね」
「そういう話じゃ、ないけどさ」
 フランドールは、クッションのことを思い出しました。きれいに洗って、今日はあのクッションをかかえて寝よう、と思いました。


「みんないるね、って、話だよ」
 フランドールは、そんなふうに、ちっともさみしくはないのでした。







おわり
みんなでいるっていうのは、そういうことだ。
過酸化水素ストリキニーネ
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コメント



0.4710簡易評価
10.70名前が無い程度の能力削除
童話みたいで心温まる
12.100名前が無い程度の能力削除
絵本を読んでいるようでした。
脳内でパラパラとページをめくる音が。
あー悪夢怖くない。
14.100奇声を発する程度の能力削除
ホンワカした気持ちになれました
17.100名前が無い程度の能力削除
お久しぶりです。
童話風味も、良いものですね。
21.60名前が無い程度の能力削除
ほわほわしました
28.100名前が無い程度の能力削除
そうだよ
33.80名前が無い程度の能力削除
さみしくないって素晴らしいことだよ。
38.100名前が無い程度の能力削除
フランちゃんの「おぅい」って呼ぶ声で、すごく和みました
41.100名前が無い程度の能力削除
好きな人には挨拶しよう、ですね。
46.100名前が無い程度の能力削除
いいですよね。
51.90名前がない程度の能力削除
もういいかい
ときいて
もういいよ
とかえってこないのは
さびしいことだから
52.100名前が無い程度の能力削除
浄化されるような悪魔の屋敷……
いいですね
55.90名前が無い程度の能力削除
よかった……いいお話でしたよ…きっとそうなんですね。
56.90幻想削除
ほっこり
63.100名前が無い程度の能力削除
大好きな人達がいるのが何より幸せ

笑顔になりました!
71.100名前が無い程度の能力削除
「そんなに、わたしってこわいイメージ?」
「いえ、いえ。冗談です。……」
このやりとりが、個人的にかなりツボでした。なんでだろ。。。

すっごくいい。東方の世界でいきなりおれって言われるとびっくりしますね。
72.100名前が無い程度の能力削除
心が温まりました。
あと、誤字指摘。
モニングティー → モーニングティー
77.80名前が無い程度の能力削除
こういう童話風なのもいいなー
82.90名前が無い程度の能力削除
後味、綿飴みたいだ。ごちそうさんでした。
84.90名前が無い程度の能力削除
脳内で、ラストが色鉛筆で絵描がれていてよかったです
86.80ネコ輔削除
メイフラ分の補充が出来ました。
87.60名前が無い程度の能力削除
>>72 モニングティーは,
前にモニングシャンプー使ってる過酸化さんだから敢えてやってるんだと思ってた…。
72がネタも許容できる紳士なら東方wiki-東方スレ用語辞典「乳臭い」みると良いよ。


…なんか読みにくい。
でも、なんか珍しくフランちゃんが動いたような。珍しい。
88.100oblivion削除
しあわせしあわせ。たぶん幸せ?
先生のフランちゃんを見ると何故か複雑に考えてしまいますが。
チェス強そうだなあフランちゃん
89.90名前が無い程度の能力削除
絵本のような情景が浮かびました
「おぅい」って部分がかわいいですね
92.100りんご削除
当たり前の日常ってとても大切ですね。
96.100名前が無い程度の能力削除
誰かと一緒にいるって、当たり前だけど幸せなこと
100.100名前が無い程度の能力削除
可愛いお話。ほっこりしました。
みんなといる。いいものですね。
127.100名前が無い程度の能力削除
みんながいるからさみしくない、さみしくないからみんながいる
128.90削除
温まりました。