その日、フランドールはとても暇でした。読みかけの本は全部読み終わってしまっていましたし、うんと昼寝をしたので、ちっとも眠たくもなかったのです。メイドがお部屋を掃除しに来てくれる時間まで、まだ少しありました。
フランドールは大図書館に行きました。いつもむすっとした顔で本を読んでいる魔女は、いつもの場所にいませんでした。
しんとした部屋に、「おぅい」とフランドールの声が響きます。大図書館は、とてもほこりっぽいので、あまり好きではありません。でも、本は好きなので、よくここに来て、本を借ります。いつも優しく本を貸してくれる司書も、今日はいませんでした。
おかしいな、と思いましたが、あまりにほこりっぽいので、フランドールはすぐに出て行きました。
次にお庭に出ました。フランドールは、吸血鬼で、日光が苦手だとみんなから思われていますが、実はそうでもないのです。フランドールのお姉さんだって、そんなに苦手じゃありません。日傘を差せば、へっちゃらなのです。フランドールもそうです。日傘さえあれば、大丈夫。でも、今日は、すぐに日傘を差しに来てくれる、優しいお庭番はいませんでした。ですから、フランドールは、肩にかけていたケープを、頭の上まで持ってきて、光を避けなければいけませんでした。日差しの強い日だったので、土はすっかり乾いていました。
力ない花壇に、「おぅい」とフランドールの声が響きます。フランドールは、どちらかといえば夜が好きなので、昼のお庭はあまり好きではありません。でも、お庭番でもある門番が好きなので、よくここに来て、門番とお話をします。いつも先に声をかけてくれる門番も、今日はいませんでした。
お仕事中なのかな、と思って、フランドールはすぐに出て行きました。
その次はホールに出ました。フランドールの住んでいるお屋敷はとても広いので、玄関の前のホールも、うんと広いのです。ですから、ここを掃除をするのは、きっと大変に違いありません。お屋敷を掃除しているメイドは、いつもこのホールを最後から二番目に掃除します。最後は、フランドールの部屋です。
ぴかぴかに磨かれたホールに、「おぅい」とフランドールの声が響きます。玄関は、よそのひとを出迎える場所です。フランドールは、よそのひととお話するのがとても苦手なので、玄関も、そのホールも、あまり好きではありません。でも、ここをいっしょうけんめいに掃除しているメイドの後ろ姿は、とても好きなので、よくここに来て、メイドの後ろ姿をながめています。いつも完璧に仕事をこなすメイドも、今日はいませんでした。
本当に変なの、と思ったので、フランドールはすぐに出て行きました。
最後にお姉さんの寝室に行きました。フランドールのお姉さんは、お寝坊なので、夜更かしも朝更かしもします。寝ぐせだらけの頭で、うつらうつらしながら、朝ご飯を食べていることもしょっちゅうです。フランドールは、身だしなみがちゃんとしてないままご飯を食べるのはいやなので、きちんとしてから朝ご飯を食べます。それが淑女というものです。お姉さんは、淑女という言葉を好んで使うのですが、そのわりにはちゃらんぽらんなのだと、フランドールは思っています。
ちらかった部屋に、「おぅい」とフランドールの声が響きます。お姉さんは、フランドールと違って、よそのひとと遊ぶのが大好きです。外に出て行くのも、大好きなのです。ですから、ちょっと眼を離すと、すぐにいなくなってしまいます。お姉さんのそういう性格は、あまり好きではありません。でも、お姉さんのことは、大好きでした。なぜ、と理由を聞かれてもわかりません。そして、なぜだかわからないから、好きなのだと思っています。理由なんかいらないのです。お姉さんがお姉さんだから、フランドールは好きなのです。お姉さんがお姉さんじゃなく、魔女だったり、門番だったり、メイドだったりしたら、好きじゃないかもしれません。フランドールは、そんなふうに、みんなを愛しています。なのに、寝室にも、お姉さんはいませんでした。どこにも、だれもいません。
どうして、どうして、と思いながら、フランドールは部屋に戻って行きました。
フランドールはしょんぼりしてしまって、ベッドに横になりました。ぬいぐるみの形をしたクッションを抱きしめても、だれもいません。だって、フランドールの部屋は、フランドールだけのものです。でも、紅魔館はみんなのものなのに、今日に限って、だれもいないのです。
「さみしいだろ」
声がしました。びっくりして、フランドールは、体を起こしました。だれもいないはずですし、なにより、その声は、フランドールの声とそっくりだったのです。
でも、だれもいません。そして、今抱きしめているクッションがしゃべっているのだと、気付きました。
「さみしくないわ」
フランドールは、うそをつきました。だって、認めたら、本当になってしまいそうだったのですもの。
「うそつけ。おれはわかるよ。おまえは、さみしいんだ」
「やめてよ。わたしは、そんな男の子みたいに、お話ししたりしないの」
「おれが、どんなふうにはなそうと、かってだろ」
「じゃあ、わたしの声でしゃべらないで」
「それは、むりだ。おれは、おまえだもん」
クッションは、好き放題にしゃべります。フランドールは、いやになって、クッションを投げ飛ばしました。
「おいおい。やめろよ。いくらさみしいからって、やつあたりは、よせよ」
「さみしくないわ!」
フランドールは、悲しくなって、大声を出しました。
本当は、とてもとても、さみしいのです。
「ひとりでいるっていうのは、そういうことだ。おまえは、こんなせまいへやに、ひきこもって、まんぞくしてるかも、しれないけどな。いつか、こんなふうに、みんないなくなっちゃうんだぜ。おまえをおいてさ。そしてだれもいなくなる」
フランドールは、もうその声を聞きたくなかったので、右手をぐっと握りました。クッションが、ぱぁんと音をたててはじけました。これは、フランドールだけの特別な力です。生まれてからずっと、この力と生きてきました。
フランドールは、泣きだしたくなりました。だって、そこにはだれもいなかったからです。クッションは、言ったとおり、フランドール自身だったのですから。
そんな夢を見たので、フランドールは、朝びっくりして飛び起きて、寝ぐせがぐしゃぐしゃのまま、朝ご飯を食べました。いつもは頭の左のほうで髪をくくっているのですが、そんな余裕もありませんでした。その日はたまたま、お姉さんはきちんとしている日だったので、フランドールはお姉さんに、たいへんに笑われました。
朝ご飯を食べ終わったあと、フランドールは、大図書館に行きました。おそるおそる、「おぅい」と声をかけました。
「何か用かしら」
「あ、や、えっと。おはよう」
「おはよう。わざわざ挨拶をしに?」
「えーっと、……うん、そう!」
「それはそれは。ところで妹様、この間貸した本を少し返してくれはしない? どうしても読み返したい一節があるのだけど」
「あとで持ってくる」
「どうもありがとう」
フランドールは、顔いっぱいの笑顔で、司書にも手を振って、大図書館を出て行きました。
次にお庭に出ました。おそるおそる、「おぅい」と声をかけようとすると、先に、声をかけられました。
「今日は日差しが強いですね」
「暑いね」
「本当に。土も、すっかり乾いてしまって」
「門番なんだか、お庭番なんだか、わからないね」
「それは言わないお約束です」
「朝だね」
「? 朝ですね」
「おはよう」
「? おはようございます」
フランドールは、心から満足して、お庭をあとにしました。
次にホールへ向かいました。元気良く、「おぅい」と声をかけました。
「おはようございます。御用でしょうか」
「おはよう。ううん、何もないよ」
「てっきり、早く部屋を掃除に来い、と怒られるものと思いましたわ」
「そんなに、わたしってこわいイメージ?」
「いえ、いえ。冗談です。あぁ、そうだ、妹様。もしよろしければ、お嬢様の部屋へ行って頂けませんか?」
「どうして?」
「チェスの相手を探しておいでなのです。わたくしに、相手をしろと仰る」
「あぁ、それは、かわいそうに。わざと負けてあげなきゃいけないもんね」
「少し、手加減をなさってあげて」
「わかってるよ」
フランドールは、いじわるに笑って、ホールを出て行きました。
最後に、お姉さんの寝室に着きました。ノックしながら、「おぅい」と声をかけました。
「あら。あなたが来るなんて、意外」
「今日はとても暇なの」
「いつもそうでしょうよ」
「うん。でも、今日は特別」
「そう? チェスでもしない?」
「いいよ。手加減してあげるね」
「ふん、今までの私と思わないことね。手加減などいらないわ!」
「うん、うん。じゃあ、がんばってね」
フランドールは、くすくす笑って、ソファに座りました。
「ん、あ、そうだ。お姉様」
「なにかしら。あ、待ったはなしよ」
「んーん。おはよう」
「おはよう。そうね、モニングティーでもほしいわね」
「そういう話じゃ、ないけどさ」
フランドールは、クッションのことを思い出しました。きれいに洗って、今日はあのクッションをかかえて寝よう、と思いました。
「みんないるね、って、話だよ」
フランドールは、そんなふうに、ちっともさみしくはないのでした。
おわり
脳内でパラパラとページをめくる音が。
あー悪夢怖くない。
童話風味も、良いものですね。
ときいて
もういいよ
とかえってこないのは
さびしいことだから
な
いいですね
笑顔になりました!
「いえ、いえ。冗談です。……」
このやりとりが、個人的にかなりツボでした。なんでだろ。。。
すっごくいい。東方の世界でいきなりおれって言われるとびっくりしますね。
あと、誤字指摘。
モニングティー → モーニングティー
前にモニングシャンプー使ってる過酸化さんだから敢えてやってるんだと思ってた…。
72がネタも許容できる紳士なら東方wiki-東方スレ用語辞典「乳臭い」みると良いよ。
…なんか読みにくい。
でも、なんか珍しくフランちゃんが動いたような。珍しい。
先生のフランちゃんを見ると何故か複雑に考えてしまいますが。
チェス強そうだなあフランちゃん
「おぅい」って部分がかわいいですね
みんなといる。いいものですね。