夢、だったと思う。あまりにも生々しかった夢だったから、霊夢は目覚めた後、少しだけ混乱した。
夢の中で、霊夢はたくさんの妖怪たちに追われていた。霊夢は必死に暗闇の中を逃げている。
走っているのに、身体は全く疲れず、いつまでも走り続けられる気さえしてくる。
けれど、後ろから迫りくる妖怪たちとの距離も変わらない。追いつかれると、殺される。そんな事、追いつかれなければわからない事なのに、夢の中の霊夢はそうなる事がわかっていた。
永遠に終わらない逆鬼ごっこ。こっちは一人で、向こうは多数。
もしかして、神様から与えられた新しい罰なのかしら、と思った所で目が覚めた。
少しだけ塗装がはがれた天井が見える。どうやらもう朝日が昇っているようだった。重たい身体をゆっくりと起こして、布団を畳んだ。そうして障子を雑に開け、昇りたての朝日に身体をさらす。明るい光を半分ほど閉じられた眼に焼き付け、身体と頭を起こす。
一体あの夢はなんだったのかと霊夢は思った。永遠に走り続けるという夢。思いだしただけでも嫌になる。永遠など、私には辛すぎる。
霊夢はゆっくりと服を着替え、神社の境内へ足を運んだ。境内は落ち葉が散乱しており、それはそれで、ある種の趣があるとも言えなくは無かった。
「でもここは、人が住む所だから」
そう言って、落ち葉をかき集める。真夜中に強い風が吹いていたから、そのせいで落ちたのだろう。
しばらく落ち葉をかき集めていると、空から何かが境内に降りてきた。
「霊夢さん、お久しぶりですね」
鴉天狗の射命丸文だった。文はにこやかに笑って霊夢に近づいてくる。霊夢には、こう言う時の表情の文をよく知っていた。
「今日は何の取材なの?」
霊夢がそう言うと、文は少し拍子抜けした顔になった。
「もうわかっているのなら、話は早いですね。今日は霊夢さん、と言うよりは博麗の巫女の一日という題で取材をしようと思いまして」
文は取材対象には謙った態度をとる。一応、新聞記者らしい真似事をしているな、と霊夢は冷たい目で文を見た。
「文にしては、まじめな記事を作るのね」
「私はいつも真面目ですよ?」
「でも、却下よ。それに、私の生活なんて面白くもなんともないでしょう?」
「面白いかどうかは新聞を読む方たちが決めます。少なくとも、私は霊夢さんに興味があって、取材を申し込んでいるのです」
「面白くない回答だわ。却下」
「実は私には霊夢さんの素生を調べ、天狗の秘密組織に報告しないといけないのです」
「そんなのなおさら却下よ」
「ねえ、夜までお付き合いしますからぁ」
「気持ち悪い。却下」
「はずみますよ。私のとっておきが」
「文の胸は弾むほど無いでしょ? 却下」
「……意味違いますよ?」
「知ってるわ。後、子猫みたいな目をしても意味無いからね」
「ううん、固いですね、霊夢さん」
霊夢は溜め息をついた。誰が好き好んで、自分の生活を妖怪たちに曝さなければいけないのか。そんな事はお金をいくらもらっても巫女としての誇りが許さなかった。
「お願いしますよお。正直な所を言うと、そろそろ新聞大会があるんですけど、良い記事が見つからないんです。だから、皆の興味を引く霊夢さんの記事なら、と思いまして……」
文にとっては一大事かもしれないが、霊夢にとっては下らない事だ。わざわざ文に尽くしてやる義理もない。霊夢はふいっと余所を向いて再び掃除を始めた。
「れいむさあん……聞いてますか?」
文の声を、聴覚から遮断する。それでも何かをしつこく話しかけるので、今度はその声を川のせせらぎに変換してみる。
するとどうだろう。霊夢の脳内には、太陽からの眩い光をきらきらと反射させる小川が浮かんでくる。その川に触れてみると、水は穏やかに、絶えることなく霊夢の手を濡らしてゆく。
あら、これはすごいわ。まるで目の前を本物の川が流れているみたい。
しばらく、清らかな音に耳を傾けている。
ところが、次第にその音は、激しくなりついには濁流のように轟々しいものになった。
あれ、何かおかしいぞ。これは、うるさいわね。ええ、何だかとっても不快だわ。
霊夢は振り返り大きな声で叫んだ。
「くどい!!」
いまどき、くどいなんて言わないわと一瞬思ったが、それよりも目の前の人物に驚いた。
「……悪かったな」
目の前にいたのは、不機嫌そうに目を吊り上げている霧雨魔理沙だった。文は魔理沙の後ろで、目を丸くして驚いていた。
「何で魔理沙がいるの?」
「いちゃいけないのか? 私はこの神社に居るのに理由がいるのか?」
「そうじゃなくて、いつから居るのよ?」
「さっき」
魔理沙は真っ黒な帽子を直しながら答える。
「そう、突然大きな声を出して悪かったわ。それで、用事は何?」
「いや、今日たまたま香霖堂へ寄ったら、酒をくれてさ。どこの銘柄か分からなかったから、霊夢に聞けばわかるかと思って」
そう言って、魔理沙は一升瓶の半分ほどの瓶を持ちだしてきた。霊夢は手にとって、その瓶をじっと観察した。確かに、ラベルは今まで見た事の無いもので、よくわからない字が書いてある。紫色の瓶なので、中の液体が何色なのかもわからない。
「変なお酒ね。日本酒? いや、新手の焼酎かしら? 蓋を開けないと何とも言えないけれど……」
そう言って、魔理沙の方を振り向くと、文が魔理沙に取材をしていた。朗らかな魔理沙の表情を見て、霊夢は直感で魔理沙が買収されたと思った。
「小さな頃の霊夢さんは一体どのようなお人だったんですか?」
「霊夢は小さい頃は可愛かったんだぜ。そりゃあ、妖怪に出くわしたりすると、泣いてわめいて、襲った妖怪が逆におろおろしていたぐらいだ。妖怪も困りに困って、近くで拾ったドングリを霊夢に差し出して、機嫌を取ろうとしてたな。でもな、それは霊夢の仮の姿で、そうやって油断した妖怪に、陰陽玉を出しちゃあ投げて、出しちゃあ投げて、その妖怪をぼろぼろにさせたんだ。私は最初にそれを見たとき、もう心底震えあがったね。こいつは子どもの皮をかぶった残虐非道な……いてっ」
霊夢は呆れながら、魔理沙の頭を軽くはたいた。
「全く、魔理沙からこのお酒の事を振ったんでしょ? 最後まで興味を持ちなさいよ」
「悪い悪い。じゃあ、取材はまた今度、受けるわ」
楽しそうにメモをとっていた文は、これまた嬉しそうな表情で魔理沙に駆け寄っていく。
「ではまた明日、場所は魔理沙さんの家で構いませんか?」
「いいよ。お茶くらいは出すよ」
文はありがとうございます、と言って目もくらむような早さで飛び立っていった。
「全く、ある事無い事言って……私に許可ぐらいとりなさいよ」
「霊夢が否定すればいい話だろ? それに私は嘘は言っていないぜ」
霊夢は何となくバツの悪そうな顔をする。確かに、妖怪退治がよくわからなかった頃は、そんなこともしたような気がする。
まあ、若気の至りってやつよ。たぶん。
この神社の参拝客が少ないのは、子どもの頃に腹黒い事ばかりしていたからな
のかな、と霊夢はちょっと後悔した。
「……で、どれくらいはずんだの?」
霊夢は少しだけ気になって、魔理沙に聞いてみた。金額が金額だったら、許可料で半分くらい貰おうかな、という案が頭の中を駆け巡る。
「はずむ? ああ……」
魔理沙はにやりと笑って得意げに答えた。
「霊夢よりは弾んだな。あいつの胸」
その瞬間、境内に風船が割れるようなパンという軽快な音が響いた。
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「それで、このお酒何だったんだ?」
頭をさすりながら、魔理沙は改めて霊夢に尋ねる。霊夢はワインじゃないかしら、と答えた。
「年代物のワインね。同じような瓶をレミリアの家で見た事があるわ」
「ワイン……うまいのか? それ」
「飲んだ事は無いけれど……じゃあ、夜飲む?」
「ああ、いいぜ」
結局瓶は霊夢が預かる事になり、夜に神社に集まる事になった。
「お邪魔します」
魔理沙が神社に訪れたのは、もう日が沈みかけた時だった。一番星が輝き始め、辺りは青と紫のぼんやりした世界になっている。山の方は夕日の橙色がわずかに残り、それが一層鮮やかに西の空を照らしている。
「意外と早かったわね」
「キノコが大量に採れたんだ。何かつまみでも作ろうぜ」
そう言いながら、魔理沙が誇らしげに袋一杯のキノコを掲げた。
色とりどりに染め上げられた、派手に蛍光する赤、青、緑、黄色のキノコたち……
「……却下ね」
霊夢はぼそりと呟いた。
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ポンっと空気の抜ける音がした。魔理沙が紅魔館から借りてきたワイン専用の蓋をとる器具を使い、霊夢は器用に蓋をとった。ワインの蓋は、特殊な植物で作られたものだった。霊夢はワインよりも、むしろその蓋の方に興味がわいた。
「この蓋って、どうやって作っているのかしら?」
手にとって、転がすようにワインの蓋をいじってみる。軽くて防水性抜群で非常に硬くて丈夫だが、若干弾力がある。アルコールが気化しやすいお酒にはぴったりの蓋だと思った。魔理沙は早く飲もうと言って、何と透明なコップまで持ち出してきた。
「紅魔館で借りてきたんだ。ワイングラスって言うらしいぜ。割れやすいから、できるだけ破片を集めて持って帰ってきてくれと言われた」
「そのワイングラスとやらを割る事前提で話を進めているのね……」
しかし、それは良い心がけだとも思った。
「では早速……って最初はちょっとだけな」
魔理沙が掲げたワイングラスにワインを注ぐ。紫色の濃い液体がグラスを満たしていく。一センチほどで、魔理沙はもういいよ、と言った。
「じゃあ、飲んでみるか」
魔理沙がワインを一気に口に含んだ。その後、苦そうに顔をしてううっとえづいた。
「何だ、これえ。ブドウの味が全くしないぜ。ブドウから造られてるって話だったのに。それに、この独特の臭み、私は好きにはなれないな」
「どれどれ……」
霊夢は自分のグラスにワインを注ぐと、匂いを嗅いでみる。確かに今まで飲んだ事の無い酒の香りがした。恐る恐るワイングラスに口を付けて、ちょっとだけ飲んでみる。
「……」
「どうだ?」
魔理沙が心配そうに尋ねる。
「……しい……」
「え?」
「おいしい……このワイン、すごくおいしい」
霊夢は久しぶりに感動した。このさっぱりとした酸味の中に、仄かに漂う甘い香りが病みつきになった。
魔理沙は意味がわからない、という表情をしている。
「霊夢、そのワイン全部あげる。私はやっぱりこっちでいいや」
そう言って魔理沙は自分でこしらえた日本酒をとりだす。
「あら、いいの魔理沙? じゃあ、改めて、乾杯しましょう」
「おう」
おちょこに日本酒を注ぎ、魔理沙は日本酒を掲げた。そうして二人で乾杯、と言っておちょことワイングラスを軽く触れさせた。
二人で乾杯をしてから間もない間に、霊夢は何だか無性に楽しくなってきた。別に魔理沙の話が特別面白いわけでもなく、他の妖怪が乱入してきたわけでもなく、ただ静かにお酒を嗜んでいたはずだったのに、いつの間にか大声をあげてげらげらと笑っていた。
「なんだかねえ、もうさすが霖之助さんよねえ。霖之助さんさすがよねえ。だってこんなにおいしいワインをくれるなんて、もうさすがよねえ、あははは」
魔理沙はそうだな、と同意するだけでまともに取り合っていなかった。魔理沙は霊夢がこんなに酔うとは思いもしなかったのだ。酒が強いはずの霊夢が、ワインを一本開けただけでこんなにひどい有様になる。
これだけで、魔理沙はワインと言うお酒が怖いものだと理解するには十分だった。
「いやあ、今夜は最高ね。さいこううううう!」
霊夢はけらけら笑いながら天高く拳を突き上げた。もう魔理沙には霊夢の事がよくわからない。
なあ、霊夢。悩みがあるんだったら聞いてあげたのに。
魔理沙は何となく涙ぐんだ。よくわからないけれど、涙ぐんだ。
多分、霊夢のあまりの壊れっぷりを見て、人間の弱さを実感してしまったのだろう、と勝手に思う事にした。
しばらくこんな調子で騒いでいた霊夢が、突然黙りだす。魔理沙は心配になって霊夢に話しかけた。
「大丈夫か? 苦しくないか?」
「ねえ、魔理沙……私、変な夢見たのよ。ねえ、聞いてるう?」
「うん、聞いてるから」
「その夢でねえ、私独りぼっちだったの。妖怪に囲まれても、私は一人で戦っていたの。いや、違うなあ。あまりに数が多かったから、私は逃げていたのよ。もうね、ずうっと逃げ続けた。走っても走っても、道は永遠に続いて、敵も永遠に追いかけてくる。終わらない逆鬼ごっこ。これってさ、どう思う?」
突然そんな話をされても、魔理沙としてはどう答えたらいいのかよくわからなかった。霊夢は一体何を私に求めているのだろうか。そんな疑問が浮かぶ。
「どうって、霊夢なら空を飛んで逃げればいいじゃないか」
考えても分からない時は、思いついた事を言ってみる。
「……ホントだ。バカだ、私は」
「相当、焦ってたんだな。飛ぶことも忘れるほど」
「でもね、この夢って、私への罰なんじゃないかと思って。考えてみたら、永遠って死刑よりも残酷な刑罰でしょう? 私はさ、巫女だから目につく妖怪を片っ端から退治してるけど、そのせいで妖怪から嫌われているんじゃないかなって。いや、嫌われるのは別にいいや。で、何がいけないってさ、逃げている人が私以外、誰もいなかったのよ」
「寂しかったなあ、独りは。普段は気にしないのに、ふとした拍子で、そういう事を感じちゃうんだよなあ。そう言えば、最初に退治した妖怪、せっかく私に親切にしてくれたのに、ありがとうの一言も言えずに、あまつさえ追い返しちゃうなんて、私ってほんとうに性格悪いわね。そんなんだから、嫌われるのかな」
霊夢はまるで取ってつけた様にわざとらしく声をあげて笑った。夜空に乾いた笑い声がしんと溶けていく。
魔理沙は霊夢の話を聞いて、意外だなと思った。自由人で何物にも縛られない霊夢の精神が少しだけ陰りを見せ、この時ばかりは年相応の女の子の霊夢が表に出てきていた。
しかし、実を言うと霊夢の話を聞いていた魔理沙も少しだけショックだった。魔理沙は少なくとも霊夢の友人だと思っていた。
けれど、霊夢の方は、魔理沙ですら、心の頼りにはしていなかった。その事実が魔理沙にとっては少しだけ辛かった。
悩みなんて己の力で解決するのが当たり前なんだから。
そう自分に言い聞かせるが、もう一人の寂しがり屋の魔理沙がひょいっと顔を出してくる。
友人なんだから、悩みを言ってくれても良いじゃない。私をもっと信頼してよ。
薪の燃えカスのような下らないプライド。
本当に下らない。
しかし、それも魔理沙の一部だった。
「……そういう時ってたまにあるよな」
魔理沙がそう言うと、霊夢はそうでしょう、と嬉しそうに返事をする。
「ねえ、魔理沙。私は皆から嫌われてるんでしょうね。きっと。だって退治するから、ね」
「まあ、多少はな。でも、それは私だってそうだし、皆に言える事じゃないかな」
「そう、かも。でも、私ってきっと孤独なんだよね」
うなだれる様に頭を下げて、ぼそぼそと喋る霊夢は、いつもの毅然とした態度とはかけ離れたものだった。そんな霊夢に魔理沙は、私がいるよ、とは言えなかった。たぶん、霊夢の求めている救いとは違っていると感じたからだった。
結局、霊夢はその後にすぐ寝てしまった。魔理沙は霊夢を布団まで連れて、そのまま神社に泊まる事にした。こんなこともあろうかと、布団も用意していた。
次の日の朝、魔理沙が目覚めるともう霊夢は起きていた。昨日の夜の饒舌ぶりが嘘のように、霊夢は寝ぼけた様子で何かを呟いていた。
「どうした、霊夢? 二日酔いか?」
「別に大丈夫よ。良いお酒だったから、残りはしない。けど……」
「けど?」
「昨日の夜の記憶がさっぱり無いわ。私変なこと言っていなかった?」
「いいや。ただ、私は実は寂しがり屋だってことを言っていたぜ」
「うわ……参ったな」
霊夢は苦い顔をして、昨日の事は忘れてくれ、と言った。
「私はもう帰る。午後から文が来るからな」
「ええ、文には変な事、言わないでよ?」
「分かってるよ。友達、だろ?」
魔理沙はそれだけを言って、空に向かって飛んで行った。今は早く家に帰って、シャワーを浴びる事ばかりを考えていた。
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午後から射命丸文が訪ねてきた。要件はもちろん、霊夢の子どもの頃の話である。
昨日の今日だ。魔理沙としては、安易に霊夢の事を語る事に少しだけ抵抗があった。
妖怪の目を気にして生きている少女。
それは小さいながらも、霊夢の精神に確かに存在する。
ひびの入ったガラスが危険なように、精神の中の小さなわだかまりは、時として、その善し悪しに関係なく、本人に大きな力を発揮する。
「では早速、よろしくお願いしますね。まずは魔理沙さんと霊夢さんが出会ったころの経緯を聞かせてください」
文が質問を始めるが、魔理沙の耳にはあまり入らない。
気にしなければいいのに、と自分でも思う。
霊夢だって、普段は気にしていないんだから。他人である自分が、どうにかするような事じゃない。
「お二人はいつごろ、どのような形で出会われたのですか?」
放っておいても、問題無い。霊夢なら、自力で何とかするだろう。
だから、大丈夫。
大丈夫?
「……魔理沙さん?」
でも、と魔理沙は否定した。
私は霊夢の友人だから。
お節介を焼く理由は、何となくそれだけでいい気がした。
「……昨日、神社で会った時、霊夢の昔話をしただろう。あれの続きをどうか記事にしてくれ」
魔理沙からの突然の提案に、文は驚いた。
「それはまた突然ですね……しかし、霊夢さんの話には違いありませんから、いいですよ」
文はにこやかに、メモ帳とペンを持ち、魔理沙の目をじっと見つめる。文の目からは、一言も聞き洩らさないという、強い意志を感じ取れた。
「実はあの後な……」
魔理沙が喋り始めると、文は真剣な表情で、魔理沙の話を聞いていた。そうして魔理沙が喋り終えると、文は満足した様子で、お礼を言った。
「ありがとうございます。貴重なお話を聞かせてもらいました。この話、是非記事にさせていただきますよ」
「頼む」
魔理沙の目は、取材中の文に負けず劣らず、真剣だった。
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それから数日後、霊夢はいつも通りの生活を続けていた。変わったことと言えば、里に買い物をしに行く途中で、目についた妖怪を追い払ったぐらいだ。
買い物から帰ってくると、カンの良い霊夢はすぐに気がついた。
お賽銭箱に何か入ってるわね。
本当に賽銭だとしたら喜ばしい事だが、そんな事は今までほとんどなかった。そのため、あまり期待せずに、手に荷物を持ったまま、賽銭箱に近寄って見る。上からではよくわからなかったので、蓋をとって中身を確認する。
「うん?」
中に入っていたのは、ドングリだった。ドングリが十五個ほど、ぽつぽつと入っている。
新しい嫌がらせかしら、と霊夢は思った。
今の季節は春である。季節はずれも良い所だった。
「おおい、霊夢。遊びに来たぜ」
呼ばれて振り返ると、そこには箒に乗った魔理沙がいた。
「ねえ、魔理沙。このドングリを置いていった犯人を知らないかしら?」
魔理沙は一瞬、不思議そうな顔をしたが、納得したような笑顔に変わる。
「ああ、心当たりはあるぜ。そいつがどこに居るかは知らないけどな」
「どこのどいつよ。こんな役にたたない物を神聖な賽銭箱に入れちゃって」
霊夢は賽銭箱からドングリを拾い集める。魔理沙はそれを見ながら、残念そうに霊夢に話しかけた。
「なあ、霊夢。本当に覚えていないのか?」
思いもかけない言葉に、霊夢は少し焦った。何を見落としているのだろうか、と手を止めて、考えてみる。
季節外れのドングリから導かれる、遠い記憶の断片。
それは、まだ霊夢が幼いころ。
初めて会った、妖怪。
泣きわめく霊夢に、困ったような表情でドングリを渡してきた妖怪だった。
その手は、妖怪のくせに、妙に柔らかく暖かった。
何でドングリだったのか、今ではもう思い出せないけれど、不思議と霊夢はそれで泣きやんだ。
「……まさか」
「さあね。私はそいつだと思うけどな」
心当たりはあった。最初に出会った妖怪で、最初に退治した妖怪でもある、名無しの妖怪の事だった。
心優しい妖怪だった、と今なら思える。出会ったときは、初めて見た怖さに、驚き泣きわめいて、あろうことか追い返してしまった。
「きっと、きっとだぜ? その妖怪は霊夢に嫌われたと思っていたんだな。それで、何かの拍子に霊夢が子どものときに、その妖怪に感謝しているってことを知って、すごく嬉しかったんだと思う。でも恥ずかしがりのそいつは、霊夢に面と向かって会う自信がなかったから、せめてもの気持ちで、そいつを置いていったんだ。私はそう考えるぜ」
不器用すぎる妖怪だ、と霊夢は心の中で呆れてしまった。
しかし追い返した妖怪が、自分の事を覚えてくれている事は、純粋に嬉しかった。
いつもは厳しい態度で接している妖怪たちからの優しさ、暖かさ。
立場上、仕方のない事ではあった。退治する事を苦に思ったこともないけれど、それでも彼らのことを忘れることなんて出来はしない。
だからこそ、たまには、同じ空の下、彼らとゆっくりと過ごすのも悪くないのかもしれない。
「魔理沙、あなた文にこの事を話したのね」
「さあな。知りたければ、新聞を読むんだな」
魔理沙はにこりと笑って、そう言った。
魔理沙はこれを狙って、文にこの事を話したのだろうか。
だとしたら、タイミングが良すぎるな、と思った。
やはり私は魔理沙との宴会で何か、悪い事を口走ってしまったらしい。
そう思って霊夢は目の前の友人に心の中で感謝をした。
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その日の晩、霊夢はあの日の夢を頭の中で想像した。
相変わらず辺りは真っ暗だったが、霊夢は追いかけてくる妖怪たちが笑っているように感じられた。
なぜだろうか、見ている景色は同じなのに。
目を覚ます事が、名残惜しい気さえしてくる。
皆ともう少しだけ、一緒に走りたかったな。
霊夢は体温でぬるく暖まった布団にもぐりこんで、そんな事を考えた。
集団に笑顔で追いかけられるって余計怖いよw
もちろん魔理沙と文、そして名無し妖怪も。
魔理沙…。
語尾にだぜだぜつけすぎないからこそ、本音が伝わってグッときますね。
霊夢よかったね…