「出たあああああああ!!! ここでグレート・ウドンゲイン選手の必殺技!!! 『幻朧月睨(ルナティックレッド・パイルドライバー)』だあああああああああ!!!!!!」
ゴシャッバキバキバキッ!!
「対戦相手、いや、犠牲者のジャイアント姫様選手!! 無惨に四肢がもげて再起不能だああああああ!!!!!」
永琳は全くの無表情で四肢がもげて使い物にならなくなったフィギュアをゴミ箱に放り込んだ。
「ふぅ、今日の診察も終わりね。酒でも飲んで寝ようかしら」
永琳は月の出ている夜はテンションが上がるので、誰も居なくなった夜の診察室で一人、大声でプロレスごっこに興じるという趣味がある。
窓からは月光が差し込んでおり、机の上にてチャンピオンベルトを手にし、堂々と掲げるグレート・ウドンゲイン選手を照らしていた。
「風情ね」
永琳は酒を飲んだ。明日は日曜日とは言え、急患が入るかもしれないので、そう深酒もできないなと思った。
「……グレート・ウドンゲイン選手、か…」
彼女は今回、三度目のリターンマッチのすえ、宿敵のジャイアント姫様選手を倒し、ベルトを手に入れた。
一度目の敗北からの一年間、彼女に苦しくない日など一度もなかった。毎日のように地獄のようなトレーニングに耐え、毎日のように血の小便を流し、それよりも苦しい敗北の屈辱に耐え続けた。
勝者である彼女の額は割れ、流血している。だがその奥にある彼女の笑顔は、なんと輝いていることか。今の彼女は、この一年間、いや、これまでの人生全てで味わってきた苦痛全てがそのまま喜びに変わっているに違いないのだ。
「でも、無様に四肢がもげてゴミ箱に放り込まれた姫様選手が、ウドンゲイン選手に劣っているわけじゃない。彼女だって頑張ったのだ。どっちが勝ってもおかしくなかった」
この世は勝った負けたでかしましい。まるでそのことにしか興味がないよう。だが、勇者だったってことも、勝ち負けと同じぐらい重要だ。そして勇者は、敗者にもいるはずなのだ。
「えーりん、まだ起きてるの?」
「輝夜。私は今お酒を飲んでるから、近寄っては駄目よ」
診察室の扉を開けて現れたのは、本物の輝夜だった。
「えー? お酒から副流煙が出るわけでもあるまいし。第一いまさら私の身体に毒など…」
「輝夜っ! 近寄っちゃ駄目だってばっ!」
「何? 何言ってるのさっきから…………あっ」
「…………」
「………おい」
必死の誤魔化しもむなしく、輝夜に四肢のもがれた輝夜フィギュアがバレた。
「……何、やってるの…?」
永琳はそっと、机の上でチャンピオンベルトを手にしているグレート・ウドンゲイン選手を指差した。
「ジャイアント姫様選手は、接戦のすえ、グレート・ウドンゲイン選手の必殺技『朧月花栞(ロケット・パワーボム)』を受け、無惨に四肢がもげて敗北したわ」
必殺技の名前がさっきと変わったが、いずれにせよジャイアント姫様選手が四肢をもがれ無惨に敗北する未来に変わりはない。
「……そう、なんだ…」
「………」
「……でも、これで終わりじゃないのよね。彼女はきっと、再起するのよね」
「………」
「そしてグレート・ウドンゲイン選手とまた勝負するんでしょう? そしたら今度はきっと……」
永琳は苦しそうに首を横に振った。
ジャイアント姫様選手は、この日を最後に、二度とリングに上ることはない。再起する精神力だとか、プロレスに対する未練だとか、そういうのじゃなくて、まず四肢がもげたらプロレスなんかできないだろ常識的に考えて。
「大丈夫よ、輝夜。確かにジャイアント姫様選手は、グレート・ウドンゲイン選手に敗北したわ。でも、試合の負けは、勝負の負けじゃない。本当に大事なのは、ここ」
永琳は輝夜のよくまな板と見間違える胸を指した。
「心が折れた時が、本当の負けなの。たとえレフェリーがスリーカウントをとろうが、心が折れない限り、ジャイアント姫様選手は負けてなんかいないわ」
「永琳…そうよね」
「そうよ」
「……うん、私頑張る。そしてひいてはジャイアント・ウドンゲイン選手に私の必殺技『ブリリアント・ドラゴン・スープレックス』をぶちまかしてやるわ」
「その意気です、姫様」
輝夜はウンと意気込んで部屋を出て行った。果たして彼女が何をしに来たのかは永琳をもってしても明らかではない。
その後廊下から『あ、姫様、起きておいででしたか』という優曇華院の声と、ドゴォという音と地面が少し揺れたことと、『うぎゃあああ』という優曇華院の声がした気がしたが、日曜日だし、多少急患があったとしてもスルーする覚悟で永琳はグラスの酒を飲み干した。
月明かりをバックに、グレート・ウドンゲイン選手はベルトを掲げている。永琳には一目で彼女の過ごしてきた過去、そしてこれからの未来を見通すことができた。
サラリーマン、社長、サッカー選手、将棋指し、作家、レスラー、魔法使い、巫女、医者…様々な人間が居て、その数だけ人生が存在する。しかし人生のレールは、ある時を境に途切れている。永琳は、自分の過ごしている現在が、人生のレールをとっくにはみ出してしまっていることを理解していた。
それでも自分には、見守る孫も、迎えに来る死神も、居やしない。それが不死というものなのだ。
だから彼女は妄想をする。彼女の広大な脳からは、地球などというちっぽけな舞台が生み出す物語なんかよりも、もっともっと無数で多彩で、美しかったりヘッポコだったりする物語が生まれる。
「そういうわけだから永琳はよく弟子や患者から『何考えてるのかわからない。あいつは変態ではなかろうか』とか言われるのだ。不老不死の所為であって私という人格に問題があるわけではないというのに、失礼な奴らだ、あいつらは」
永琳は生まれた頃から行く場所行く場所で『変人』のレッテルを貼られて歩いていることを容易には届かない高さの棚に上げ、二度と手を伸ばさない覚悟を決めた。そして下らないことを考えてる間に酒がまわってきた、いい感じにほろ酔いになってきたことだし、ていうか風呂入ってなかった。めんどいし、このまま服脱いで寝よう。そう考えていた。診察室から出ると頭が廊下に埋まって兎柱と化しているオブジェと遭遇しそうな気がしたので、そのまま診察台に横になって寝た。
おしまい
らしいところだ
わろうたぞよ
永琳www何故四肢がもげた設定にしたしwww
そしてうどんェ…w