穏やかな目覚めってどんなだろうなぁと、私ことフランドール・スカーレットは常々思う。
遠い昔にはそんな日もあったような気はするけれど、それももはや記憶の彼方。
幽閉されていた間は穏やかというよりもどちらかといえば陰鬱なものであったし、そのころの私は荒んでいた事もあって、そういった目覚めとはやはり無縁であった。
それから苦節ん百年、ようやく幽閉から解放された私は心からの穏やかな目覚めというものを体感できる。
……はず、だったのだけれど。
「フラン、フラァァァァァァァン!!? 折れ、折れる折れるぅぅぅぅぅぅ!!?」
「あー、ちょっと待ってお姉さま。素数数え終わってから離すから」
「それ永遠に続くんですけどもぉッ!!?」
自由の身になってからはや数年、未だ夜這い魔(姉)のせいで穏やかな朝とは未だ無縁な私なのだった。どっとはらい。
腕拉十字固でお姉さまの靭帯にダメージを与えつつ、素数をゆっくり数えながらぼんやりと現状を確認。
もうすっかり馴染みの光景になりつつあるこの惨状に、私は深い深いため息をつかざるを得ない。
とりあえず、技は解かぬままにお姉さまに問いかけてみることにする。
「お姉さま、何でこんなことするの?」
「妹と一緒に寝たいって言う姉の心がわからないの!?」
「起きたら胸に手が乗ってたんだけど?」
「不慮の事故よ!」
「下着だけ膝あたりまで下げられていた理由は?」
「辛抱たまらんかった」
「OK、ギルティ(有罪)!」
「ギアXッ!!?」
ちゃっかりボケる余裕はあるお姉さまだった。
無論、そのまま私が問答無用でへし折ったのは言うまでもない。
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「そういうわけでね、お姉さまには常識が足りないと思うんだ」
「……はぁ」
場所は変わって紅魔館正門前、私は日ごろの鬱憤を晴らすかのように美鈴に愚痴をこぼしていた。
それを困ったような笑顔を浮かべて受け止める彼女だけれど、その声にもどこか覇気がないというか、どうこたえていいものか迷っている様子だった。
そりゃあ、美鈴はお姉さまの従者なのだし、あまり主人を蔑むような意見を肯定するわけには行かないのはわかっているけれど、少しぐらい愚痴を聞いてほしい。
小さくため息をついていると、ぽんぽんと頭をなでてくれた美鈴の手は暖かくて、私の手なんかよりもずっと大きくてどこか安心する。
「お嬢様はお嬢様なりに、妹様のこと心配してるんですよ」
「それはまぁ、わかるけどさぁ。私は穏やかな朝を迎えたいんだけど……」
「ほら、お嬢様のはきっとあれですよ。長い間離れていた反動とかそんな感じ」
「反動でかすぎてもはやただの変態だよね、あれ」
そりゃあ、もちろん私だって長い間離れ離れだったというか、ろくに一緒にいられなかった分お姉さまといたいという気持ちは持っている。
持っているのだけれど、何をどう間違えたのか我が姉はイケナイ方向にフルスロットルだ。
ブレーキの壊れたシスコンは手に負えないと、ここ最近しみじみと思うしだいなのである。
そんな話をしていると、紅魔館のほうから歩いてくる二つの人影。
この紅魔館の頭脳、パチュリー・ノーレッジとその使い魔の小悪魔の二人だ。
「話は聞かせてもらったわ、フランソワーズ」
「フランドールよ」
「穏やかな朝を迎えたいと、そういうことよねフランドロワーズ」
「おーい、どんどん名前が正解から遠ざかってんですけどー? ていうかわざとだよねコレ? わざと間違えてるよねこのもやし?」
「そんなときは、この魔法の薬がお勧めよドロワーズ」
「せめてフランはつけてッ!!?」
「この薬を飲めばあら不思議、心地よい夢で朝の目覚めはばっちりよガンドロワ」
「とうとう兵器の名前になったッ!!?」
とかなんとかコント繰り広げつつも受け取った薬を手にとって、胡散臭げな表情を彼女に向ける。
パチュリーが作る薬なのだから効果は期待できるのかもしれないけれど、副作用なんかがあったりしないか不安にもなるわけで。
あと、根本的な話お姉さまの対策がまるでなっていない時点で、結果はお察しくださいといわざるを得ない気がするのだけど、その辺はどうなんだろう?
そんな私の様子を見かねてか、小悪魔がニコニコと笑って言葉をかけてきた。
「心配要りません妹様、私のお墨付きですよ」
「ごめん、逆に不安にしかならない」
「まぁまぁ、一度だけでいいですからお試しください。きっとさわやかな朝を迎えられますよ」
そんな優しい言葉をつむいで、ウインクまでして見せた小悪魔を無碍にできず、私は小さく小さくため息をついて了承する以外になかった。
そんな私を見て、美鈴が微笑ましそうに頭をなでてくれたから、……うん、それでよしにしようと思う。
未だ半信半疑ではあったけれど、私は液体状の薬が入った小瓶を壊れないように握り締めていた。
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ゆらゆらとしたまどろみから目を覚ます。
気分はこの上なくさえており、穏やかな朝とはこんなものなのかと感動に打ち震えた。
ゆったりとした朝の時間を堪能しながら、私はベッドの中から身を起こす。
何の邪魔のない目覚めが、これほど心地よいものだったのはいつ以来か。
そんなよくわからない感動に打ち震えながら、私はニコニコと笑顔で着替え始めた。
……平和だ。
いや、本来はコレが当たり前なんだろうけれど、感覚が麻痺してしまっているのかすごく新鮮に思えてしまうわけで。
あえて誰のせいなのかは明言しないけれど、やっぱり、こういう朝のほうが私は好きだ。
そういえば、パチュリーの話では夢を見るって言う話だったのだけれど、……どんな夢だったっけ?
「まぁ、いっか」
夢を覚えていないなんてことはよくある話だし、気にする必要なんてないだろう。
そう思いながら、穏やかな朝を迎えた上機嫌な気分で、私はドアを開けて。
あたり一面の荒野を見て、思わず硬直したのであった。
「……は?」
それは、果たしてどのように表現すればよかったのだろうか。
部屋を出れば地下室のはずなのになぜかただっ広い荒野が見渡す限り続き、木々は枯れ、大地は裂け、建物は荒廃してみるも無残だ。
ここだけでも大いに違和感だらけのツッコミどころ満載だったのだが、その後に訪れた光景は私の度肝をことごとくぶち抜いてくださりやがったのである。
「ヒャッハー!!」
モヒカンである。もう一度いおう、モヒカンである。
それもただのモヒカンなどではなく、うちのメイド服を着たガチムチのモヒカンである。
そんな不審人物どもが目の前を盗んだバイクで爆走していやがるのである。
今のまさか妖精メイドとかじゃないよね? 違うよね!!? 作画崩壊ってレベルじゃないよッ!!?
「ほあたぁ!!」
「ひでぶっ!?」
しかし、私の疑問に答えるわけでもなく、そんな不審な連中を誰かが横合いから殴り飛ばす。
私の理解の速度など知ったことかといわんばかりに、奇怪な姿をしたモヒカン共をその太く逞しい拳が次々と打ち抜いていく。
すっ飛んでいくモヒカンたちを尻目に、私は拳の主に視線を向ける。
そこに立っていたのは、私の身長の倍近くはあろうかという巨漢だった。
筋肉質の逞しい肉体に、やや眉毛が太いが顔立ちは端正で男らしい。
その逞しい体躯に収まらなかった衣服は破け鉄板のような胸筋が覗き、北斗七星の痣。
サイズの合っていないであろう衣服からは健康的すぎる丸太のような脚が大地を踏みしめ、「こぉー」と残心のように息を吐く。
……そして最も問題視するべきは、その雄々しくも逞しすぎる益荒男の髪型と服装と帽子が、ものの見事にお姉さまと合致するという事実なのだけど。
「……えぇぇぇぇえっとぉ、どちら様?」
思わず、そんな言葉で問うてしまった私は悪くないと断言したい。
ただでさえわけのわからない事態になっているというのに、目の前の出る作品間違ってんじゃないのかという人物の登場に動揺を隠せないのである。
そろそろ私が出る作品間違えてんじゃなかろうかと本格的に悩み始めたところ、目の前の男性(?)がいたって真顔で口を開き。
「何を言っているフラン、俺だ、レミシロウだ」
現実を許容しきれなくなった私はもれなく意識を手放した。
グッバイ現世。来世でまた会いましょう!
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結論、夢でした。
「パァチュリィィィィィィィィィァァァァァァァァッ!!?」
図書館のドアを蹴破りオーバスローで一球入魂。
マッハ3に届こうかという魔法薬の剛速球はだがしかし、下手人に届く直前に魔法の膜に阻まれて失速して下手人には直撃しなかった。
ちちぃっ!! 仕留め損ねたっ!!?
「どうしたの妹様、この薬の効果はお気に召さなかった? さぞいい夢を見れたと思うのだけど」
「恐ろしい悪夢だったよ!? 世紀末と狂気の世界に片足突っ込みかけたでしょうがッ!!?」
「全身どっぷり狂気に浸かってる妹様が何を言うのやら」
「やっかましいよ!!?」
いちいち腹立つ物言いに怒鳴り返しながら、腰に手を当ててズカズカとパチュリーの前にまで歩み寄る。
お姉さまが見ていたらはしたないと怒っていただろうけれど、知ったことか。
じとーっと彼女をにらみつけていると、どこからともなく笑顔を浮かべた小悪魔が紅茶を用意してくれたんで、それを乱暴に引ったくり、一気飲みしてドンッと叩き付ける様に机に置く。
「うーん、お気に召しませんでしたか」
「おかしいわね。妹様用に調整したはずなんだけど」
「調整してあの悪夢っ!?」
空恐ろしいものの片鱗を味わって身震いする。あれが本来どんな夢を見せる代物だったのか、想像するだけでも恐ろしい。
そんな私のことも露知らず、小悪魔がぽんっと何か思いついたかのように手をたたいた。
「では、奥の手を使わざる終えませんね、パチュリー様」
「ふ、あれをやるのね」
お互い目を合わせ、それで全てを悟ったのかパチュリーは読んでいた本を閉じて私に視線を向ける。
ごくりと、生唾を飲み込む。
普段は本ばかり読んでいて他に視線を向けないパチュリーが本を閉じたということは、その奥の手とやらはたいそうな策なのだろう。
ただ静かに、私は彼女の言葉を待つしかできずにいる。
それを見越して、パチュリーは淡々と言葉をつむぐ。しかし口の端は笑みの形につりあがり、表情の乏しいその顔は喜悦に満ちていた。
▼
「……ねぇ、奥の手って……まさかコレ?」
「あら、何かご不満?」
不満、ということはない。ただ、少々拍子抜けしたというだけの話であるだけで。
大きな大きな特大サイズのベッドの中、私は隣にいるパチュリーと小悪魔に視線を向けた。
そして反対側には、美鈴や咲夜、そしてお姉さまの声も聞こえてくる。
察してもらえただろうか。パチュリーと小悪魔がいった奥の手とはなんてことはない、みんなで仲良く寝ようって言う、ただそれだけの話であったのだ。
「ねぇ、咲夜。私、抱き枕じゃないのよ?」
「はて、今日は無礼講だとお嬢様はおっしゃったではありませんか」
「ふふ、お嬢様。たまにはいいじゃないですか。咲夜さんもたまにはお嬢様に甘えたいんですよ」
「め、美鈴っ!?」
後ろは後ろでなにやらキャッキャと騒がしい。
そちらに振り向いてみてみれば、顔を真っ赤にしている咲夜に抱きしめられているお姉さまと、そんな二人をほほえましそうに見守る美鈴。
なんだかんだでみんなすっかりとその気なようで、お姉さまも今は咲夜にされるがままだ。
いろいろ不安はあったのだけれど、なるほど、これなら穏やかな朝を迎えられるかもしれない。
なんにしても、なんだかんだで親馬鹿の気があるお姉さまは咲夜の拘束から脱出できまい。
「それなら、私は妹様を抱いて眠りに落ちるとしますね」
「うぶっ!?」
そんな油断があったせいか、美鈴が抱きしめてきたのに対処できず、私もお姉さまのようにされるがままの抱き枕状態。
暖かくてふんわりとした感触に、頭をなでてくれる手のひらが心地よい。
まるで、母の腕の中にいるような心地よさと安心感。私自身、母の抱擁は生まれてこの方一度も受けたことはないけれど。
きっと、こんなにもいいものなんだろうなぁって、そう思った。
「ならば、私はパチュリー様をゲェーッツゥッ!!」
「む、むきゅー!!?」
後ろから聞こえてくるどたばたとしたやり取りに、見えず世も容易に想像できてクスクスと苦笑した。
うん、今はこんなにも騒がしいけれども。
きっと目覚めはとてもすばらしいものになると感じながら、私はまどろみの底へ沈んでいった。
▼
誰もが寝静まった時間帯、大きなベッドで六人の少女たちが仲良く川の字で眠りについている。
左から、小悪魔はパチュリーを抱きしめ、美鈴は私を抱きしめ、そして咲夜はレミリアを抱きしめ。
それぞれ満足そうな表情のまま、昏々と深い眠りに落ちていた。
「……フラン、起きてる?」
「何? お姉さま」
そんな中で、唯一起きていた私とお姉さまが、唯一言葉を交し合った。
頭はいまだ呆然としていて、はっきりとした言葉は聞き取ることができずにいる。
それでも、名前を呼ばれたことだけはわかったから、虚ろな意識のまま返事をした。
それから、どれくらい経っただろう。うとうとした意識のまま、今にも再び眠りに落ちてしまいそうになったとき。
「この間は、ごめんね」
そんな、お姉さまの謝罪が耳に届いた。
お姉さまらしくない、しおらしい謝罪。ともすれば、寝ぼけているんじゃないかと疑ってしまいそうな、そんな声。
不安そうで、親におびえる子供のような、そんな、らしくない声。
あぁ、まったく何を言っているんだろう、この人は。そんなあまりにもらしくないお姉さまの言葉を、私はついつい苦笑する。
「気にしてないよ。でも、次からはへんなことしないこと。それなら、私もたぶん、素直になれるから」
「……本当?」
「本当だよ、ほら、約束の証」
咲夜と美鈴が向かい合うように眠ってくれていたおかげで、抱き枕にされていた私たちも自然と向かい合う形になっていた。
だから、小指だけをそっと差し出す。小さくて子供のような、なんてことのない約束のおまじない。
ゆーびきーりげーんまーん、なんてまともに働かない頭でお姉さまと小指をつなぐ。
へにゃりと笑いあって、それは些細なことだけど、とても幸せなことで。
ゆーびきった。そういうのが限界だったのか、私の曖昧だった記憶はそこで途切れた。
後から思えば、なんとも恥ずかしい話ではあるけれど。
私たちは目を覚ますまでずっと小指をつないだまま、この穏やかなまどろみの中で眠りに落ちたのだった。
目覚めはきっと、とても素敵なものであるのだと、そう予感しているかのように。
とりあえずすっかりツッコミが板についているフランには胃薬を進呈しておこうw
誤字
いわざる終えない→言わざるを得ない
魔法役の剛速球→魔法薬の剛速球
見えず世も容易に→見えずとも容易に
どれくらい足っただろう→どれくらい経っただろう
最後の指きりのシーン、これこそ姉妹だなと感じました。
フランちゃんはやっぱり紅魔館のツッコミなんですね。比較的常識人だから。
混ざりたいすごく混ざりたい
最初っから近くにいれば良いということか。
百点持っていけこのやろー
レミリアに睡眠薬のほうが手っ取り早かった気がする
しかし、見える、見えるぞ、翌朝目が覚めるとくるぶし まで下着が落ちてるフランちゃんの姿が!!