Coolier - 新生・東方創想話

叢雲

2011/07/22 03:05:58
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 月が輝いている。

 いつ見上げたのか分からないほど永い時間、私はそこに佇んでいたようだった。置いて行かれたような寂しさと、手の届かない永遠の距離を感じている。そうして私は、人が死ぬというのは、こういうことか、と初めて思った。



 日々が移ろい、時間の感覚が希薄になり消えていく。
 そうしたことを受け入れ、恐れなくなったのはいつからだろう。不死は時間ばかりを引き延ばしてゆく。生命の価値、感情の強さが、伸び切った時間と同じように、存在しないが如くに打ち捨てられている。
 永琳、と名を呼ぶ声がある。私は振り向く。そこには、私にとっての始まり、そして永遠がある。
「永琳」
「はい、姫様」
 輝夜は、変わらない。衰えることのない美しさも、そして、傍目には内側も。何もかもを不変のものと見なし、一切の物事に悩みを持たない。例え私が世話をしていなくとも、その性質が変わることはないだろう。
それは輝夜の飲んだ蓬莱の薬ゆえか。それとも、と思う。自分にはない『何か』のせいか。
 輝夜は自分の在処を信じている。どこへ行こうとも、何が起ころうとも、それさえあれば不変でいられる。
「ちょっと出かけてくるわ」
 いつだって自分勝手で、我が侭。それだけを言いに来た輝夜は、返事も待たずに、背を向けた。
 私は思う。輝夜の持っている『何か』を、私は持っているだろうか? 最も近いものは、『輝夜』であるように思える。輝夜の為に生きてきたし、これからもそれは変わらない。輝夜にとっての永遠を変えてしまったことは、一生を共にするに値する。
 それを失えば私は、本当に何が残るのだろうかと思う。輝夜が出て行き、一人になったら。表向きの生活を保つ為に薬を売り、医者をやる必要がなくなったら。
 私は一人、何をして過ごすのだろう。
 永遠とは無だとつくづく思う。何も為しはしない。生は有限だと言うが、限りはあれど有。存在を示し、残す。いつか失われるそれを目にした後世の者が、また形を変えて残してゆく。生は永遠なのだ。
 私は思う。
 私は生には留まれない。私は永遠にも留まれない。
 私には今しかない。

 ……その日を境に、輝夜は永遠亭に帰ってこなくなった。



 睡眠も食事も、取る必要がないというのは寂しいことね。そう輝夜が言っていたのを思い出す。習慣とは、人を人たらしめるのに必要、とも。全く同意する。食事も睡眠も止め、そこらにずっと佇んでいれば、永遠に生きているだけの石と変わらない。
 最も、張本人の輝夜が、寝坊や朝食に来なかったりしたのだが。そんな些細な事でも、今となっては小さな笑いが止まらない。
 決まった時間に起き、決まった時間に食事を取る。食卓に座るのは、最早私一人だ。輝夜を探そうともしない私に、「おかしいですよ!」と喚いて、鈴仙も出て行ってしまった。
 生活音と言葉で溢れていた頃が懐かしく思える。目頭が熱くなる感覚もなく、涙が一筋流れる。近頃は、涙を流すという感覚さえない。ただ流れてゆく。私の命と共に。
 食事を終えれば、作業場に戻る。輝夜も鈴仙もいなくなれば、最早不必要と言って良いほどのことだ。一人分の食事など、最早診察で事足りる。里に薬を売る必要もない。けれど繰り返してしまうのは、里に売る薬のリストが、いつも鈴仙の代わりに仕事をしてくれる兎達から届く。つまりは、それもまた、生活の一つのリズムだからなのだろう。
 私は生きている。それだけでしかないのに、何が私を悲しくさせるのだろう。何が、私に喜びを生むのだろう。
 作業場に戻ってから、私は、今日は慧音が来るだろうか、と思った。



 今日は、慧音が来た。輝夜がいなくなった時、妹紅もいなくなったらしい。そのことで様子を見に来てから、慧音が時折尋ねて来るようになった。話をするわけでもなく、本当にただ時間を共有するというような時間の過ごし方をする。私が話を振らないからだろうと思ったが、それをどうこうするというつもりもないらしい。縁側に座って、兎達が畑を作っているのを眺めることになる。
 慧音の指先に触れる。慧音の表情は強張るのを見る。
 私はそれを持ち上げて、自分の頬に当てる。慧音の掌の感触を頬に、手の甲の感触を指先に感じている。しなやかで、少し細い。慧音の目を見詰めていると、慧音は少し強張った表情で私を見詰め返している。
 少しの時間のあと、慧音は視線を離すと同時に、指先を離してしまう。少し寂しくなって溜息をつく。何度も繰り返すことなのに、慧音は慣れない。「お前は、綺麗すぎるんだ」そう恥ずかしそうに言う。心なしか顔も赤くなっている。
 途端に慧音が欲しくなる。どうしてだろうと、私はいつも思う。これも食事や睡眠と同じように、必要のないもののはずなのに。
 蓬莱の薬は、人を伝説の位置へと押しやる。人は動物としての活動の一切を失う。いわゆる現人神、人間より一つ高次の存在である。人が耳の一部に元々犬だった頃の名残を持つように、食事や睡眠は、元々人だった頃の名残に過ぎない。生殖活動も同じことだ。元々必要ではなかったこと。
 私は思索を打ち切ると、立ち上がった。「送るわ」そう言うと、慧音も立ち上がって付いてくる。
「じゃ、何かあったらすぐ言うんだぞ」
 慧音はいつも、帰り際にはそう言う。けれど、何かがあったことは一度もない。
 そしてまた一人に戻る。一人で、慧音が来るのを待っている。



 輝夜の部屋にふらりと入る。輝夜の部屋は、輝夜が暇つぶしの為に集めた娯楽が大量に置いてある。それらは私と同じだ。輝夜に置いて行かれた、誰にも触れられることのないものたち。退屈をもてあました時、私はここに入る。入って、どこから集めてきたのか分からない本を読みふける。
 そんな風にしていると、玄関で誰かが私を呼んでいる。博麗の巫女がそこにいる。
「ちょっと、おたくの姫様呼んでよ。なんか月の博覧会とかいうのを神社で出張イベントしたら信仰増えるんじゃないとか言っといて、連絡全然無いじゃない。せっかく準備してたのにどーゆーことよ」
 そんなことをしていたのだ。あきれかえるというよりもおかしくなる。くすくす笑うと「何笑ってんのよ」と霊夢が強い目をして私を睨む。
「ごめんなさい、でも……姫様は、どこかに行っちゃって。もう、しばらく帰ってないわ」
 霊夢は驚いた風でもなく「あら、そうなの?まあ、そのうち帰ってくんでしょ。帰ってきたら言っといて」そう言って、悪びれる風でもなく玄関に座り込む。
「……何も出ないわよ」
「期待してないわ。私はあんたと久しぶりに話でもしようかなと思ってここにいるだけよ」
 私は腕を組んで長く息を吐いた。
「……しょうがないわね。上がっていいわよ。何か欲しかったら自分でしなさいよね」
 わーい、とあまり嬉しそうではない発音で言って、霊夢は私の後について上がってくる。放っておいて縁側に座り込むと、今日も兎達が畑仕事をしている。元々彼らの生活の中には無かったものだ。私達が教えたものだが、それが元で彼らの生き方が大きく変わることはない。生きていくこと……その本質は変わらない。私は彼らに憧れと、圧倒的な懸絶を見ている。
「楽しそうね」
「……そう見える?」
 湯飲みを一つ私に手渡しながら、霊夢が私の隣に座る。
「兎よ」
 きゃいきゃいはしゃぎながら手足を動かす様子は、遊びの延長とも言えるかもしれない。
「……そうね」
「生きてるの、楽しくない?」
 霊夢を見ると、視線は兎達に向けられたままだった。霊夢は単純に問いとして尋ねている。
「楽しいわよ。生きてると楽しいことも辛いことも悲しいことも。不本意なことにね」
「ふうん」霊夢は湯飲みに口をつけた。そしてそれ以上何も語らなかった。
「たまには宴会、来なさいよ。姫様に伝えといてね」霊夢は帰りがけにそれだけを言って帰って行った。



 永琳。私を呼ぶ声がする。それは姫様の声になり、やがて慧音の声になった。
「永琳」慧音が私を呼んでいる。けれど、私はそれに答えることができない。
 月が光っている。風が吹き、着物の裾と草原を揺らしている。私と月を隔てるものは吹きすさぶ風でしかなく、長く間延びして聞こえるこの音は月が鳴いているのだと私は思った。りぃぃん、りぃぃんと月が鳴って、慧音が私を呼んでいる。



 いつか、慧音に聞いたことがある。
「ねえ、慧音。人間のことをどう思っている?」
「人間? 何でそんなこと聞くんだ? ……変な奴だな。そうだな、人間は好きだ。妖怪と違って、皆で寄り添って、協力して生きていこうとする。そういう営みが全部、好きだ。理由はないけど……」
「そう。……なら、人間は慧音のことをどう思っているのかしら?」
「……人間、な。難しいよ。圧倒的に嫌われているとは思っていない。私の半分は人間だからな。……でも、半分は妖怪だ。人間とは、別のものだ」
「迫害にも合った。特に、子供達が私に懐き始めた頃は。妖怪は人を喰うもの、食物連鎖の最上だ。……だからこそ孤独だ。私は、彼女らが皆人の姿を取るのは、憧れと模倣だと思ってる。人間のことを知ろうと思って、人間になる。あるいは獣の姿をしていた頃から、人間に徐々に変化して……今は進化の過渡期なのかもしれない。まあ、そんなことはどうでもいいことだけどな。……まあ、それで、今も理解してくれない大人も、少なくなったけど、いる。でも、いつかは分かってもらえると思ってる。単純に私が教えた子供達が大人になったってこともあるけど、理解してくれない人が死んだらそれでいいや、じゃなくて、私は生きてるうちに私の事を理解してもらいたい。少なくとも、子供達に教育することを。別に私じゃなくていいけれど、この世界のこと、あなた達の事を学ぶことは大事だと、あなた達の知るよりも、あなた達は素晴らしいから、もっと愛してあげてほしいと」
「…………」
「喋り過ぎちゃったな。…でも、本気だ。私はそれには自信があるぞ、誰よりも人間達を見てきたって自負してるからな」

 慧音は本当に生きているのだろうか? 私はどこかでそれを信じることができない。
 逃避だと分かっている。慧音は生きている。地に足を付け、しっかりと何かを見据えて生きている。人間。慧音と同じになるとは言えない。慧音が見てきたように、私は人間を見ていない。
 ただそれだけのこと。慧音と私は違う。輝夜とも違う。輝夜は私と同じだと、どこかで信じていたのだろう。慧音は生きている。『私は、本当に生きているのだろうか?』引き延ばされて限界に達した生の価値が、断ち切れて失われる時を待っている。慧音に出会わなければ、そんな風になることもなかったのに。慧音は私を断ち切る刃だ。私は、断ち切られる時を待っている。
 けれど、否応なく、私は彼女に惹かれている。
 

 月を見ていたのだと分かった。慧音がいる。帽子を脱いでいるのは風が強いからだろうかと、どうでもいいことを考えている。慧音が私の指先を握っていて、その温もりが伝わってくる。
 慧音が私を見出したのだ。何となく、私はそう思った。
 私は泣いても笑ってもいなかった。喜んでも悲しんでもいなかった。感情のない顔をして、慧音を見つめている。私自身が、私はどこにいるのだろうと一瞬のうちに考えるほど、そこには何もなかった。私は永遠だ。永遠そのものだと私は思った。永遠とはこんなに冷たく、空疎で、どこにも価値のない。永遠に動き続けるものとは、永遠に形失わず。それは永遠に動きを止めるのと変わりがない。
 そこには何もなかった。ただ、慧音だけが一人、私の指を掴んで離そうとはしなかった。



「なんだって?」
 慧音が不信感を剥き出しにして、私を見た。私は今言った言葉を繰り返し、慧音に呟く。
「……妹紅と輝夜は、私が殺した」
 私は真実を告げたつもりだったけれど、慧音が信じられないのも無理はなかった。
「……何……を、言ってるんだ。そんなことできるはずがないだろう」
「要は信仰なのよ。世の中がそうだと決まっているから、永遠が、蓬莱の薬が生まれる。ならその信仰を消せばいいの」
 蓬莱の薬のシステム……細胞一つ一つが再生機能を持ち、破壊された肉体を修復する。そのエネルギーは信仰から生まれている。永遠を信じる誰かの言葉が、どこかであるかもしれないと無意識に信じていることが、外部から永遠の身体を形作っている。神が神として形を持ち、信じられているように。蓬莱の薬が忘却の彼方へと失われれば、永遠の身体を持った者は失われる。
 言葉を失い、意味が消え、現実へと帰化される。方法が分かれば簡単な方法ではあった。
「馬鹿なことを言うな。世界の誰もが永遠を忘れようが、あの二人が、少なくとも妹紅が、自分を苦しめてきた永遠を忘れるものか」
 慧音はまだ信じていないようであった。信じられないのは、信じたくないからかもしれなかった。妹紅は死ではないどこかへと行っただけと、信じたいのかもしれなかった。
「忘れさせるなんて簡単なことよ。人の記憶なんて曖昧なもの。外部からの干渉でも、充分に操れる。あの二人も、自分が不死であることを認識しなくなった」
「…………」
「あとは人の認識の中から、蓬莱の薬を失わせただけ。文献や歴史には残るでしょう。また思い出し、学ぶかもしれない。けれど、その時はもう妹紅や輝夜がいなくなった後の世界のことよ。蓬莱の薬に関わっていた人間の中から、蓬莱の薬の記憶は消え去った。この世界には蓬莱の薬は存在しない」
「……でも、お前は、まだ存在している……妹紅も輝夜も、いなくなるはずがない。私が存在を知っている限り……そうだ、私はまだ、彼女らのことも、お前のことも、忘れちゃいない……」
 そうね、と私は呟く。
「世界から蓬莱の薬は消えたけれど、まだここには残っている。私、貴方、そして輝夜と妹紅。彼女らは自らの不死を忘れ、眠っているだけ。私達が忘れれば、彼女達は本当に存在が消失する」
 慧音が私の胸ぐらを掴む。
「お前のやっていることは間違っている。……二人は、どこにいるんだ。答えろ!」
「さて」
「お前がこんなことをする奴とは思わなかった。生きている人間が……生きようとしている人間が、死ぬなんて絶対に間違ってる!」
「元々死んでいたのよ。私達は。失われて失われて、ようやく終わることを望んでいたの。妹紅も」慧音の瞳に一瞬、迷いが生じるのが分かった。妹紅も永く生きて、学んだ部分もあったにしても、終末を望む気持ちはあったのだろう。「そうだったんじゃないの?」
「お前は……!」
「姫様も、妹紅も……殺すも生かすも、あなた次第よ。慧音」
 さて。慧音は、私を殺して、永遠を取り戻すかしら? それともあの二人のことを忘れ去るかしら。



 慧音が私を呼んでいる。
 どうしてだろう。
 どうして慧音が私を呼ぶのだろう。永遠を失ってしまったはずなのに、慧音はどうして私の腕を掴むことができるのだろう。
 声を聞くことができる。思考を思い描くことができる。慧音の姿を思い浮かべることができる。
 失われてしまったもの。永遠……そんなものは存在しなかった。私が忘れたと思い込んでいただけ。
 目を開くことができる。

 そこでは、慧音が私の手を握っている。



「医者の不養生だ」開口一番にそう言ったのは、様子を見るという名目で野次馬に来たに違いない魔理沙だった。不死者の自殺未遂なんて、笑い話に他ならない。確かに、入院服を着て、布団に就いている姿は自分でも笑いがこぼれるように不思議な感覚だった。
「失敗したんだってね」霊夢が魔理沙の隣で呟く。
「ま、お前らに見舞いってのもそうそう無い話だからな。奮発してやったぜ」
 魔理沙が差し出してきたのは、鉢植えに入った彼岸花。悪趣味にもほどがあると思ったけど、それくらいが丁度いいのかもしれなかった。
「でも、結局どういうことなの?」
「永琳はね、蓬莱の薬っていう価値観を、永遠に葬り去ろうとしたのよ」
 同じように永琳の隣で布団に入っている輝夜が語り出す。その向こうでは妹紅が退屈そうに輝夜の本をめくっている。
「どういうことなんだぜ」
「蓬莱の薬の永遠は、認識に支えられた永遠なの。そもそも、蓬莱の薬っていう質量一つで、永遠が得られる訳もなし。永琳は蓬莱の薬の作り方を知っていたけれど、それだって自分で生み出した訳じゃない。信仰っていう、永遠を生きるためのシステムを、その薬一つに押し込めたもの。月で語り継がれていた蓬莱の薬っていうのはそういうものよ。だから、人々の認識から蓬莱の薬、永遠っていう価値観を消せば、それによって支えられている私達は消滅する。それだけの話よ」
「そんな馬鹿な。永遠っていう価値自体が、大袈裟なプラシーボだっていうのか? まるで、ウイルスっていう認識を失くしたら、風邪がなくなりましたって、そんな話みたいじゃないか。それじゃ、私が永遠に生きられるって思い込めば永遠に生きられるってのか?」
「蓬莱の薬が原動力にしているのは思考エネルギーよ。信仰と同じ。思い込むとは言っても、あなた一人では無理よ。私達を生かしているのは、かつて人々が信じ、今もどこかで信じ続けられている、その歴史そのものだもの。ただそれを無意識に取り込むだけ。だから永琳、心配しなくても、皆が蓬莱の薬を忘れるほど時を過ごして、存在そのものが消え去れば、自然と消滅できるわよ」
「別に、消えたいとは思ってないわ」
「じゃあどうして、蓬莱の薬っていう価値観を消そうとしたのよ?」
「別に。やれることがあったから、やってみようと思っただけよ。蓬莱の薬を作ったのと同じ」
 なんだよそれ、と魔理沙が茶化して笑いかけ、畳の上に座り込む。
「笑い話ね。こういうのに包丁持たせちゃ駄目よ、できるからっていう理由でどてっぱら刺されて心中未遂するわよ」
「しないわよ」
「この包丁、博霊結界でコーティングしてあるから永遠を断ち切るわよって言ったら?」
 私は少し考えて言った。
「私の知識で再現可能か試してから、できたらする」
 沈黙。
「だめだな、こいつ」魔理沙がぽつりと言った。
「別にいいけどさあ」妹紅が本から目を離さずに言った。「死ぬんなら、自分からにしてよ。私は、死ぬ前にしなきゃいけないことがあるんだから」
「何するんだ?」
「こいつを」親指で輝夜を示す。「親父の墓の前で土下座させる」
「誰だっけ。あの人。誰でもいいけど、嫌よ。振った男の人の前に行くなんて、恥ずかしいこと」
 妹紅もそれ以上言わなかった。
「しかし、人の意識の中から蓬莱の薬を消したんだろ?どうして、お前らいなくならなかったんだ?それに、私達は蓬莱の薬もお前らも、忘れちゃいない」
「一度消えたら再構築はされないと思ってたかもしれないけど、蓬莱の薬っていうのはそう生やさしいものじゃないの。永琳が消した蓬莱の薬を、もう一度思い出させて回った奴がいるのよ」
「ああ…」魔理沙はその一言で簡単に納得したようだった。
「それで、そいつは?」



「もういいの、慧音」
 布団で眠っていたはずの慧音は、私が訪れた時、身体を起こしていた。
「別に、何かがあった訳じゃない。疲れただけだ、寝れば治る。それより、お前は?」
 何も、と答える。その一言で慧音は安心したようだった。慧音は話題を変えた。
「お前の言葉、忘れないよ。ひょっとしたら、皆を消してしまったかもしれないことも。……お前が、本当にいなくなりたいと考えたことも」
「まさか」
「私は、お前が一人で残ったのは、お前の未練だと思ってる」
二度目の否定は、少し遅れた。それで慧音が分かったとも思えないけど。「……まさか」
「……永琳、お前、なんであんなことを言ったんだ? ……まるで、あれじゃ、私に殺されたがってたみたいじゃないか」
(『あなた次第よ』……)「……そう……ね。私を殺すなら、あなた以外にないと、そう思ってたのは確かね」
慧音と私の間に、沈黙が降りる。
「……まあ、結局、何とかなったから良かったけど。それで、永琳? お前、これからは?」
「……これから、と言われてもね。とりあえず、皆がいなくなったことで、初めて気付けた気持ちに素直になろうかな」
「まるで告白みたいじゃないか。一体、何に気付い」……むぐ。慧音の言葉を唇で塞ぐ。
「な、な、なにを」
「なにをじゃなくてね」よっと、と声をかけて慧音の半身をそのまま布団に倒してしまう。力を入れて拒むという行動も想像できないだろう慧音のスカートをめくって内股に指先を這わせる。
「ひぁ」
「ねえ、慧音、分かってなかったの?本当に」
「分かってなかったって、な、何が」
「何がじゃなくって」
 私の気持ち。……心配されて嬉しかっただけかもしれないけど。勘違いなら勘違いでもいい。指も一端止めて、慧音の瞳をじっと見る。慧音の目に、思考の中に、私が満たされていくのを意識する。
 慧音。慧音の信仰の中に、私を含めてしまいたい。
 見つめ合っている私達の前で、扉が勢いよく開かれる。
「師匠! 姫様が、姫様が帰ってきましたよぉ!」
「鈴仙……」
 余程嬉しかったんだろうな、と思う。何もかもを置き去りにして走ることができるほど。
 危ういな、と思う。私も姫様も。
 けれど、と思う。慧音を見る。鈴仙が気付いてあ、と呟く。
 私は慧音に微笑みかけると、そのまま覆い被さるようにキスをした。
 鈴仙によって扉はゆっくりと閉じられてゆき。
初アップローディング。よろしくです。
けーねとえーりんです。えーりん×かぐや的要素があるのは、永琳にとって輝夜のウェイトが大きくなったからです。
永遠人達の思考が分からなすぎました。
更には展開も理解しがたいかもしれませんが、それなりに読んでもらえると嬉しいです。

追記:コメントがついて驚喜。ありがとうございます。三点リーダ修正しました。
追記2:ちょっと修正したと思ったら出来てなかったので再び修正。8/26
RingGing
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コメント



0.1080簡易評価
4.90コチドリ削除
『只なんとなく』で、己や世界を滅ぼすラスボス的な何かを感じますね、この永琳には。
生物としての重心が間違ったところにいってそう。精密さを欠いた天秤みたいだ。
作品が放つ空気もそう。ぼんやりとした据わりの悪さを感じるこの後味、悪くない。うん、全然悪くない。

永琳みたいな人にはバランサーとして慧音先生はうってつけかも。愚直で真直ぐでとても優しいその在りようが。
ただ、将来その錘に消滅がせまった時の八意先生の取る行動が気になる。
根本的な思想の矯正は無理っぽそうですものね。静かに暴走を始めなきゃいいんだけど。
14.90名前が無い程度の能力削除
蓬莱の薬に対する考察が新鮮で良かったです。
作者さんの伝えたかった事がなかなか掴み辛い作風ですが、その曖昧な感触も
魅力なのかと思います。

ご存知かもしれませんが、…は一般的に偶数個で使用する暗黙の了解があります。
……もしくは…………等です。
細かい点ですが、やはり違和感を感じましたので指摘させていただきました。
17.80名前が無い程度の能力削除
やっぱ得体が知れないなあ、月人って。
得体が知れない。だからこそ永琳主体だとまったく感情移入というものができないな。
慧音が主人公だったらなぁ、と思うけれど、それはそれ、これはこれか。

お話そのものの雰囲気はよいのだけれど、慧音の登場が少々唐突に感じるかなぁ。
いつの間にか現れた的な描写だったけど、もうちょっと馴れ初めとかあったらなあと思う。いきなり濃厚な百合シーンになってビビった。
19.90名前が無い程度の能力削除
蓬莱の薬関連の話と百合シーンにギャップがありましたが、そこも面白かったです。
全体的に唐突な感がありましたが、結構そこが楽しめてしまって
不思議な文でした。
20.100名前が無い程度の能力削除
新作まりゆかから来ました。強い人が凹むところ、確かにイイですね。何か目覚めたかも。
21.80名前が無い程度の能力削除
新作面白かったので作者様の作品巡り中~ついでの訂正

>「元々死んでいたのよ。私達は。失われて失われて、ようやく終わることを望んでいたの。妹紅も」慧音の瞳に一瞬、迷いが生じるのが分かった。妹紅も永く生きて、学んだ部分もあったにしても、終末を望む気持ちはあったのだろう。「そうだったんじゃないの?」

↑の部分が台詞と地の文がごっちゃになっちゃってるんで改行した方がいいかも
他にもあるけどこれが一番目立ってたんで……いやわざとならいいんだけど

唐突だった感はあるけどお話は楽しめたし何よりキャラ(特に永琳)の性格がツボった
月人の思考分からないといいつつ違和感なく書けてるじゃないですかーやだー
それに永琳にとって姫様のウエイトが高いのは当然だと思うしむしろそれが良い
23.100名前が無い程度の能力削除
えーてる要素込みのえーけねだと…許せる!
最後に顔筋全部もってかれました。ニヤニヤ。