山もなければオチもないよ!!
咲夜さんとアリスがだらだらしてるだけです。それでもおkな方はどうぞ。
四季折々の彩を湛えるこの幻想郷も命が芽吹く春も終わり、暦をめくる毎に空気に湿り気を多く含んだ日が続くことが多くなってきた。
季節と言うものがあるということは当然この幻想郷にも梅雨というものがあり、丁度そんな時期に差しかかっている毎日に少しだけ、本当に少しだけ胸が高鳴った。
いつもよりも湿気の多い室内で一人で座るには少し大きいソファーに深く腰をかけ、湿気に当てられて傷まないように丁寧に人形達の手入れをしてやる。自分で言うのもなんだが、やはり出来がいい。
丹精に丹精に作った人形達は自分の子供のように大切だし、愛している。間接の駆動域を確認して、服の解れなんかがないか一通りチェックして、髪に櫛を通して、はいおしまい。
美しいもの。命のないもの。完成された不完全なもの。故に美しいもの。
吸血鬼は流水を渡れない、とは言うがそれが実際どの程度の影響なのかは知らない。けれど実際雨の日に出歩いている吸血鬼は見たことが無い。
(とは言っても澄み渡った青空の下を出歩いている吸血鬼も見たことは無いのだが)
差し詰めどんよりと鉛のように重い雲に覆われた日が吸血鬼にとっての最高のお出かけ日和といったところだろうか。
曇りの日に博麗神社に行けば結構な確率で縁側でなんやかんや言いながら、出涸らしの緑茶を啜る霊夢と吸血鬼と日傘を持って横に佇む犬が一匹が見られる。
この犬がまた厄介なことに自分の業務が山積みであっても、お嬢様が外出するとなればあっちこっちに付いて回る忠犬っぷりだ。
話は戻るが、とにかく雨の日はレミリアは外に出ない。梅雨の時期ならば尚更である。窓ガラスを静かに叩く小さな雨粒に少しだけ感謝する。
レミリアが外出しないということは、それだけ咲夜の仕事が少なくて済むというわけで。そうなれば咲夜個人の使える時間は増えるわけで。
(咲夜が使える時間を増やすなんて事実上無限に行える話なんだけれども)
そんなこんなで考え込んでいる内に、控えめに家のドアがノックされる。
我が家を頻繁に訪れる人間はおおよそ二名しかおらず、内一名はノックどころかドアから入ってくるかどうかすら怪しい。
暫く前にいつでも入ってきていいと本人に伝えいるものの、相変わらず律儀に訪問の際はノックを欠かすことがない。
彼女が瀟洒と呼ばれる理由がなんとなく分かる。どっかの白黒鼠のように無遠慮に立ち入るような真似はしない。あの館の犬は良く躾けられている。
そしてそういった咲夜の律儀なところがまた嫌いじゃない。恐らく咲夜自身も私が咲夜のそんな性格を少なからず好いていることを分かっている。本当に大した犬だ。
降り続く雨粒を吸って少しだけ膨張した重い木の扉が押し開かれて、そのまま真っ直ぐ私の元へ咲夜がやってくる。
まだ手元に人形を持ったままなので、顔は上げずにじっと傑作であるその子と目を合わせている。ここで真っ先に笑顔を振りまいたりしたら咲夜が調子に乗るだけだ。
まだ顔を上げずに居たら、視界に咲夜の靴が現れた。飛んできたのかブーツに濡れた土を踏んだような痕跡は無かった。
雨の日はよく生地が厚めの少し硬そうなブーツを履いている。それがなんだか子供が雨具を身に着けているようでかわいらしかった。
くすり、とほんの小さく微笑んでからやっと顔を上げると、少しだけ不満そうな咲夜がじっとこちらを見下ろしていた。
数日振りに見る咲夜は相変わらず整った顔立ちで、銀の癖毛は不規則に跳ねているがそれすらも計算されたように整っている。
「あら、居たの?」
意地悪そうに言ってやると、やれやれと言った風に首をかしげて「お客様に対して失礼じゃない?」だそうだ。どうやら傘も差さずに来たらしい。
お馴染みのメイド服は少し濡れていつもよりもその色が深くなっていた。こちらもやれやれという様に立ち上がり、咲夜の頭にタオルを掛けてやる。
「濡れ犬を放っておくほど薄情な家主でもないわ」
「あら、失礼ね。でも犬は自分で自分を拭いたりはしないものよ」
「はいはい。手の掛かる犬だこと」
「わん」
ふざけた様な言葉の投げ合いも心地いいもので、胸が温かくなる。
厚手のタオルの上から咲夜の髪の毛をくしゃくしゃと拭いてやると、気持ちよさそうに咲夜は目を細めた。本当に犬みたいだ。
私は咲夜の硝子玉のように澄んだ青色の瞳がとても好きだ。同じ青でも私の瞳とは全然違う。どちらかと言えば私の人形達に近いような色をしている。
作り物のように綺麗な咲夜は、作り物ではない。ちゃんと血の通った人間で、心臓だって動いているし、温かい。怪我をすれば血が出るし、お腹だって空く。
人間のような生活をしている私だって、本当は眠ったり食べたりする必要は無い。一生紅茶とクッキーだけでも十分に生きていける。それでもそれをしないのは咲夜が居るからだ。
咲夜と私が違う生き物でないことを極力自覚したくないのだ。人間ぶっているだけだ。そんな私は臆病者だ。
「アリス、もう乾いたわよ」
「え、あ、うん」
「どうしたの?ボーっとして」
あなたがいつか居なくなってしまうことはちゃんと理解している。でも理解していることと、分かっているのは全く違うことだと思った。
できることならばもっと沢山の時間を咲夜と過ごしたいと願ってしまう。でもそれは彼女の意に反することだ。
「アリス?」
咲夜が不安そうに私の顔を覗き込む。やっぱり咲夜の目は綺麗だ。咲夜にこんな顔をさせたいわけではない。
それでも、それでも私はこんな気持ちをどうやって咲夜に訴えればいいのかわからない。言葉が出てこない。喉の奥に引っ掛かったままだ。
咲夜が困ったように私の肩に手を置いて、そのままストンとソファーに座らされた。すぐに咲夜も隣に腰掛ける。
「どうかした?なんだかあなた変よ?」
「・・・・・・べつに。なんでもない」
「子供みたいな言い逃れしないの。ほら、どうしたの?」
こういう時の咲夜はすごく優しい。優しすぎて、こんなわがままはとてもじゃないけど口に出せない。
どうしようもない事だと割り切れるわけではないけれど、他にどうすればいいんだろうか。咲夜がそれを望んでいないのだ。これはただの私のわがままだ。
咲夜が居なくなった世界でその先何十年、何百年と生きていかなければならない臆病な私のただの我侭でしかないのだ。それは口に出すべきじゃない。
口に出したところで、何も解決しない。きっとこれからも私はこういう面倒なこと考えるのだろう。でも仕方ないのだ。他でもない人間である咲夜が好きなのだから。
咲夜はずっと戸惑うような、困ったような顔をして視線をあっちこっちに走らせながらも、私の顔を覗き込んでいる。
そんな普段の凛とした彼女の姿からは創造できないような表情に、少し心の平静が戻る。かわいい。
おろおろと視線を泳がせる様子は年相応のようで、それを笑ってしまう私は所謂大人というものなんだろうか。たぶん、そんなことはない。
(恐らく、大人はこんなどうしようもないわがままでごねたりしない)
突然咲夜が思い立ったようにぐっと私を見つめたかと思うと、ほっそりした形のいい手のひらでわしわしを頭を撫でられた。
それは本当に突然の事で、驚いた私の目は満月のようにまんまるくなってしまっていたのではないだろうか。
咲夜はたまに予想できない行動を取る。私にはそれがなんだかとても嬉しく思える。
「・・・っぷ、あははははは」
「え、ちょっと、どうして笑うのよ。人が慰めてるのに」
「うん、ありがとう咲夜。もう大丈夫だから」
「で、一体どうしたのよ」
今度は咲夜が照れたような拗ねたような、そんな顔をした。こんな表情を気軽に表に出してくれることに優越感を感じる。きっとレミリアの前では咲夜はこんな顔をしない。
レミリアが咲夜のことを大切にしているのは理解している。咲夜はレミリアのことを慕っている。主従関係というよりは家族の情のようなものだとは思っている。
それでも、咲夜は最低限の立場は弁えてレミリアに接しているのだろう。彼女は少し融通の利かない人間だ。
だからレミリアの前では表に出さないような表情や、言葉、仕草、感情。そんなものを私の前で見せてくれることは素直に嬉しい。
「ただね、少しだけレミリアが羨ましくて」
「お嬢様が?」
「勿論咲夜にとってレミリアは主人であるし、大切なのは分かっているわ」
「私はお嬢様のメイドだもの」
「それがちょっと羨ましいなーって」
「・・・アリスは私にお嬢様、とかご主人様、とか呼ばれたいの?」
「断じて違うわよ」
一応言っておくが主従プレイとかそういうものには全く興味が無い。普段から従者やってる咲夜にそんなこと強要したって卒なくこなすに決まっている。悔しいが彼女はあくまで瀟洒だ。
そういうことではない。私はレミリアが見れない咲夜の一面を見ることができる。でもそれは裏を返せばレミリアは私が見れない咲夜の一面を知っているということだ。
咲夜にお嬢様と呼ばれたいのか、と問われれば別にそういう訳ではないのだが、仮にそう呼ばれても悪い気はしない自分がまた情けない。
つまるところ、私は、咲夜のすべてが欲しくて欲しくてたまらない。
「アリスは、その・・・私にとってはとても大切な人よ?」
「じゃあレミリアとどっちが大切?」
「・・・・・・どうしていじわる言うのよ」
「冗談よ」
「勿論言うまでもないけどお嬢様が最優先よ。元々そういう契りでしたもの」
「ふーん」
「でもアリスも本当に特別なのよ、美鈴やパチュリー様、妹様も大切だけど、それとはまた違うのよ」
「私は咲夜のことが大好きよ」
「私だって・・・その、アリスのこと・・・・・・好きよ」
ちゃんと分かっている。咲夜がレミリアの従者で、それとは別の意味で私のことを大切にしてくれていることも、すべて分かっている。
分かっているのにこんなにごねてしまうのは、私がまだまだ子供なんだろうか。咲夜の何倍もの時間を生きてきているはずなのに、どうしてこんなにもみっともないんだろう。
咲夜がワーカーホリック気味なのも理解できる。なにせ自分の運命を変えてくれた恩人ともいえるレミリアに誠心誠意仕えているのは理にかなったことで。
あれだけの数の部下を取り仕切り、広い紅魔館の雑務を一手に引き受け、それに加えてレミリアに付き従っているとなれば並大抵の事ではない。
しかしそんな忙殺されそうな日々の中でも咲夜は私に会いに来てくれている。本当は私が紅魔館に出向くべきなんだろうけど、咲夜があまりいい顔をしない。
やはり家族のような人の手前恥ずかしいのだろうか。ポーカーフェイスを気取ってはいるが咲夜は意外に照れ屋な節がある。
少し大人びていて、それでいてまだ子供のようで、不思議とそこに惹かれる。未完成故の魅力とでも言うのだろうか。人形達とはまた違う未完成な部分。綺麗なもの。
とにかく、
「ちょっとやきもち妬いただけよ。気にしないで」
「どうしてアリスがやきもち妬くのよ」
「咲夜のこと好きなんだもの。咲夜の全部が欲しくなっちゃうのよ」
「・・・・・・それは、仕方ないわ」
「あなたは従者だもの」
「十六夜咲夜という存在自体お嬢様から頂いたようなものだもの。従者である十六夜咲夜は、勿論髪の一本から足の爪まで、全てがお嬢様のものよ?
でもね、それ以外の私はとっくに全部アリスのものなのよ?」
ずるい。ずるいわよ。この馬鹿犬。
何かが零れてしまいそうで、咲夜の手をぎゅっと握る。やわらかくてあたたかい。そのまま咲夜の胸に顔をうずめる。
最初は驚いたのか、わたわたと慌しく身じろぎしていた咲夜も、今はゆっくりと私の撫でてくれている。心地よい静寂が部屋に降り積もっていく。
薇仕掛けの木製時計がカチコチと、確実に時を刻んでいく。それを追い掛けるように咲夜の心臓の音が聞こえる。咲夜の生きている音がする。それがなにかとても大切な事で、尊いものに思えた。
じんわりと伝う体温と、かすかに聞こえる鼓動も咲夜がいきている証だ。そして、咲夜が死にゆく証だ。
「今日のアリスは甘えんぼさんね」
「うるさい」
咲夜は茶化すように言うけれど、それでも私の頭を撫で続けていてくれる。私もその手を払うことができずにいる。どうしようもなく心地いい。しばらくこうしていたい。
窓の外は相変わらずの雨で、過分な雨水が森の緑を深めていて。少しべたべたする湿度の高い空気が余計に重苦しく感じる。咲夜はずっと私を撫で続けてて、それに甘んじる私が居いて。
部屋の薇時計は正確に時間を刻んでは、もうその時が戻ることはないと私たちに見せ付けては砂を零す。
今ここに居る咲夜は全部わたしのものだ。今はそれだけで十分な気がした。
「雨の日はね、」
「ん?」
「雨の日はお嬢様が外に出ないからアリスに会いにくるわ」
「ほんとに?」
「ええ、約束する。これから必ず会いにくる」
「じゃあてるてる坊主を逆さに吊るしておかなくちゃね?」
なんて馬鹿げた話をしながら、くすくすと二人で笑いあった。今はこれでいいのだ。少しずつ二人で歩いていけばいずれ納得できる答えに辿り着くのかもしれない。
寄り添って寄り添って、その先に何があろうときっと後悔はしないような気がした。
私は幸せ者だ。そして私を幸せにしてくれる咲夜を幸せにするのも私でありたいと思った。
掛け替えのないものを手に入れた。不完全で危なっかしいものだけれど、大事に大事にしようと思った。
こういった毎日が愛おしく思える。昨日よりも雨の匂いが少しだけ待ち遠しい。
マジか
何という巡りあわせの日!
ああ、咲夜さん
俺も咲夜さんに甘えたい
良かったです!
咲夜さんの方も割と似たこと考えてそうですね。
視覚描写から心情描写まで。
>それでもそれをしないのは~ かな?
咲アリ!
読んでいてほんわかしました。
けしからんもっとやれ。