はい。見ての通り七夕ネタですが明らかに遅刻です。
レイアリです。今回のものはあまり酷くありませんが抗体が無ければ全力で天の川の対岸に退避してください。
それではどうぞ。
天気は晴れ。完全無欠な紛うこと無き晴天。といっても今の時間は夜なのだが。
今日は7月。7月の、7日。つまりは、七夕だ。
「いやー、きれいですねぇアリスさん」
「そうね」
「でも、何故私の神社じゃなくて守矢神社で七夕をやってるのかしら」
今現在、私は、いや私たちは守矢神社の縁側に座っていた。視線の先には大きく掲げられた立派な笹が一本聳えている。勿論七
夕のために用意されたものだ。七夕らしく葉に括り付けられた色とりどりの短冊が風に揺られて踊っている。桃色、緑色、黄色
に灰色。黒もあれば白もある。当然七夕なのだからそれぞれの短冊には願い事が書かれている。
「いいじゃないですか。山の上の方が星もきれいに映るモノですよ」
「ウチだってそれなりに高いところにあるんだけれど」
「それはまぁ、やはりこちらの神社のほうが徳が高いのでしょう。…それにぃ、霊夢さんは興味ないんでしょう?…いたっ痛い
でふ霊夢さんっ!ごめんなひゃーい!」
目の前では麓の神社の巫女である霊夢によって妖怪の山の神社の巫女である早苗に対するありがたい洗礼が行われていた。頬を
抓られ涙目になって私に助けを求めてくる早苗。手足をじたばたと動かし涙目になって訴えてくるその姿は弾幕勝負のときに見
せる残忍な妖怪退治者の面影など微塵も感じさせてはくれない。逆に霊夢は無表情に薄い笑みを貼り付けて早苗の柔らかそうな頬
をこれでもかと言うほどに揉みしだいていた。正直少し怖いが、それも表面上に限ってのこと。この二人を眺めていると何だか
年下の妹二人の長姉にでもなった気分だ。
「ありふしゃーんっ!」
「奇跡を豪語するのなら自分で抜け出して見なさい」
「そうよ。それにこんなにここも大きいんだからきっと奇跡出せるでしょ」
「ほんなむたくたなー!…わぷっ。ていうかそこは関係ないでしょう!」
「ところが、関係してる」
「そ、ほんなー」
何故、私たち三人がこうして神社の縁側でくっちゃべっているのか。ことの発端は今から数時間程前に遡る。
・・・・・・・・・
私は家で裁縫をしている最中だった。きっかけは些細なこと。鬱陶しい梅雨も終わったことであるし、湿気で痛んだ人形の修繕
を行っていたのだ。最近忙しくて実験ばかりしていたためか、久しぶりに体感する人形との時間に段々と興が乗ってしまい、気
が付いたら人形たちの衣服の新調にまで手を伸ばしてしまっていたのだ。凝り性の私は一度始めた作業を止められるはずも無く、
一通りの作業を終えて背伸びをする頃には日が暮れてしまっていた。
あーあ、またやってしまった、と後悔していたそんなときだ。奴は現れたのは。
「よぉアリス。こんばんはだぜ」
「あらいらっしゃい。いつも騒がしく乱入してくるあんたが、いつの間に音もなく侵入するスキルを習得したのかしら」
「ああ、言っとくがちゃんと扉ノックしたから。まぁ3秒待っても出てこなかったから私自慢の超技術で窓ガラスを割って入って
きたけど」
何と、私としたことが扉のノック音に気がつかなくなる程に作業に集中してしまっていたなんて。都会派の名が泣いてしまうで
はないか。いやまぁ都会派関係無いかもしれないけど。それにしても珍しいこともあるものだ。こいつが扉をノックし、尚且つ
例え数瞬でも待っただなんて。こいつにとって扉とはノックアウトするものだと思っていた私はどうやら認識を改める必要があ
りそうだ。いや、もしかしたらこれは事件かもしれない。一体どんな事件、いいや異変が起きてしまったというのだろうか。あ
あ全く霊夢は何をしているのだ。私の家にもしかしたら異変の鍵を握る重要人物がいるというのに。
「…失礼なこと考えていないか?」
「だと思うのならそう思われない入り方を心がけなさい」
「次からはちゃんと先に窓割ってはいってぇ!?」
「オーエドー!」
魔理沙の無礼極まりない発言にオートでツッコミを入れる大江戸人形(爆薬未セット状態)。またこれか。どうも最近自我があ
るような素振りをみせる人形が多くなったような気がするのだ。上海や蓬莱は分かる。半分自律しているようなものだし。だが
それ以外、オルレアンやゴリアテなどの人形までがそのような兆しを見せているのだから不思議なものだ。今の大江戸だって私
は攻撃命令をまだ出していないというのに行動に出た。…まぁ結局出すことには変わりなかったし、もしかしたら私の内心が勝
手に命令となって人形に届いてしまったのかもしれない。
「で、何の用かしら」
「いやさ、神奈子んとこの神社で七夕祭りをやってるそうなんだよ」
「守矢神社で?…たなばた?」
たなばた…。聞きなれない言葉だ。響きからしてアジア系、または日本の行事か何かだろうか。つくづく思うがここ幻想郷では
多種多様な国の行事や文化が乱立していて何がなんなのかすごく判り辛いと思う。故郷の魔界には数える程行事も休日もないと
いうのに。あまりに多すぎるのはかえって不便というものか。
云々と悩んでいる私が余程珍しいのだろうか、どうにも楽しそうな目でこちらを見てくる魔理沙。まるでそんな常識的なことす
ら知らないのかと物語っているようなその目線。ふと気がつくと魔理沙の後ろで槍を構えた上海がスタンバイしていた。その目
は私に強く語りかける。「アリス、あんたの親指の向き一つで、こいつをいつでもギルティすることができるぜ?」と。だから
私も目で語りかけた。「だめよ上海。魔理沙の反応は確かにイラつくかもしれないけど、事実として彼女の言うことの意味がわ
からない私がいるのだから」と。すると上海はまるで落ち込んだかのようなリアクションをとった後、ふらふらと自室(人形棚)
に戻っていった。
「アリスーもしかしてお前七夕知らないのかー」
「少なくとも魔界では聞かなかったわね。もしよければ教えていただけるかしら。御代はこの前あなたが盗んでいったココアクッ
キー一袋でチャラにしてあげる」
「そうかー知らないのかー。だったらこの魔理沙お姉さんが手取り足取り優しく教えてあげないとなぁ。感謝したまえよ、うん
うん」
「で、どうなのよお嬢さん」
急に間違った方向に対して威張りだす魔理沙。いつもは自分が教えを請う側にいることが多いからだろう。いざ自分が教える側
に立った途端にお姉さんぶるのは魔理沙のかわいい癖の一つだと思う。そんなことだから私はあなたを世話のかかる妹のように
しか見れないと言うのに。あなたもいい加減その行動こそがベベのような行為だと気づくべきね。
「うん、まぁあれだ。話すと長くなるから短く簡潔に言うぜ」
「簡潔にどうぞ」
「ずばり、願い事を書いた短冊を笹に吊り下げるお祭りだ」
「簡潔すぎて何を言いたいのかよくわからないわね」
笹に願いを吊り下げる?そんなことしてどうしようというのだろうか。外部の人間に自分の願望を晒すなんて目立ちたがり屋か
ナルシストくらいしかいないのではないだろうか…。簡潔な説明では理解できなかった私は、結局詳細な説明を受けることとな
った。
とりあえず、七夕とは天の川で遮られた彦星と織姫が一年に一度再開できる日とのこと。さらに、短冊と呼ばれる長方形の色紙
に自分の願い事を書いて笹の葉に吊るすということもするらしい。何故男女二人の再会と願掛けが同時並行するのか。魔理沙曰
く、何でも昔は五色の願いの糸というものを吊るすだけだったそうなのだが、そのうち短冊に自身の歌を載せて吊るすようにな
り、さらにはいつの間にか願い事を書いて吊るすようになったのだという。時代の流れで本質が変化するなんてありふれたこと
だぜ、と白い歯を見せて笑う彼女だが、妙に受け売りしている様な言い回しをしている辺り、大方霖之助さんにでも聞いたんで
しょう。しかし…そんなことで願いを叶えようだなんて、他人任せもいいとこだ。それで願い事が叶うというのなら私は当たり
前にこう書くだろう。
「志半ばで倒れませんようにって」
「何それ怖い。ってか夢がないな。自律人形は?」
「あれは自分の力で成し遂げてこそ、よ」
勘違いしないで欲しい。自律人形の作成とは私にとって魔法使いとしての最高目標であり、如いては人形遣いとしての矜持でも
ある。そういうものはやはり自分の知識と技量を以ってして完遂させなければ意味を持たないのだ。大体夢と願いは違うものじゃ
ないのか。仮に夢を叶えてくれるというのなら彦星と織姫はサンタクロースに転職するべきね。
「まぁ、とにかく切望することを短冊に書きなぐって笹に吊り下げればいいんだよ」
「あなたはなんて書いたの」
「茸が手に入りますようにって」
「なら靴下が必要ね」
気が付けば意味のない言葉の応酬。いつものことだ。もうこうなったらそれまで話していた話題は一旦終了してしまう。どうせ
次の瞬間にはおなか減ったとかご飯ご馳走してとか言って来るのだろう。勿論私はそのようなことは先刻承知済みなのだ。あら
かじめ蓬莱人形をキッチンに向かわせ、今日のメニューであるクラムチャウダーをばっちり温めさせてさせている。
…ふと思ったけど、一体何故私がこんな持て成すようなことをしなければならないのだろうか。そこに意味などないというのに。
まぁそれは多分、性格なんだろうなと思う。たとえ招かれざる客であったとしても、静かな我が家を訪れてくれた人にはお持て
成しをもってして迎えてあげたい。つくづく損な性格だ。でも、もしかしたら手の掛かる妹のような存在に世話を焼きたいとい
うだけなのかもしれない。だが、次に彼女の発した言葉は私の予想したそれとは異なっていた。
「話が逸れたな。とにかく、お前も行ってみろよ。で、やってみろよ」
「私が?たなばたを?」
星空見上げて二人を祝福したり短冊書いて笹の葉に吊るしたりする、と。…止してほしい。
私は仮にも都会派を自称する魔法使いなのだ。そんなものに心を躍らせる幼子の時代はとっくに過ぎ去ったはず。聞くからに子
供騙しの乙女チック全開な行事になど参加したくもない。そんな暇があったら自律人形完成に向けての努力を重ねている方が数
倍マシだ。だが、
「そう言うなって。…霊夢も行くって言ってたぜ」
「…霊夢が?」
その一言に一瞬意識を持って行かれかける。とっくに乙女心を卒業したはずなのだが、もしかしたらまだほんの少しはそういう
心が残っているのかもしれない。その欠片程残っている乙女心が捕らえて離さないキーワードが出てきたのだから無視する訳に
も行かない。
「アリスこないだ言ってただろ?気になって仕方がないって」
「あれは忘れなさいって言ったのに」
あれというのも、この間開かれた宴会の席。私は魔女仲間3人と一緒に酒を呑んでいた。同じ種族同士弾む話の中、聖の持つほ
んわかとした暖かいムードに当てられて私はついつい飲みすぎてしまった。…それが破滅への道とも知らずに。
正直に言うと、私は酔っ払うと極度の甘え下戸になってしまうらしい。家族といるときなら未だしも、皆の前でそんな恥ずかし
い姿を晒せる訳もないし、いつもは自制しているからそうはならない。だが、自制をできずに酔っ払ってしまった私はついつい
聖に甘えてしまった。甘える私と甘えさせる聖。結果、私は言わなくてもいい心の内をいくつかさらしてしまったと言う訳だ。
実験の失敗談から封印すべき黒歴史の一端に至るまで色々なことを。そしてそのうちの一つが「霊夢が気になって仕方がない」
というものだったのだ。
「上手く行けば霊夢の願い事を見れるかもしれない。そうすればアリスにだってチャンスはあるだろう」
「俗っぽい理由ね。たなばたに参加するという目的から大きく離れている」
「いいじゃない。目的が手段になるくらい」
大いに問題があると思うんだけど。
あーだこーだとすったもんだした末、結局は行くハメになり、私は手短に身なりを整えて自宅を後にした。ちなみに私にそのこ
とを教えた当事者は早々に退散してしまった。何でも待ち合わせをしているんだとか。大の大人でも乗れるような大型箒を開発
したからこれで星空デートと洒落込むのさとか何とか言っていたっけ。がさつな癖に非常に乙女だ。
そんなこんなで出発し、ものの十分程で守矢神社に到着。神社の催し物というだけあって当然山に入ることを止められることも、
椛ちゃんに襲われることもなく無事に神社に到着することができた。夜も遅いし誰も居なかったが祭りをしているだけあって神
社の雰囲気はいつもとは違って見える。神社の本殿内に目を向ける。風神様こと神奈子が胡坐をかいて座しており、目の前に広
がっている無数の笹たちを見つめているようだった。こうして見るといつも宴会で騒いでいるときのあっけらかんとした態度な
ど微塵も感じず、ただ神様として威厳を感じるのみだ。こちらに越してきてずいぶんと信仰という名の力をつけたのだろう。そ
の圧倒的存在感は自分の母上に迫るものがあった。
「…ん?おやぁアリスじゃないか。やっ」
「誰も見ていないとはいえフランクすぎない?」
「平気平気。ずっと威厳出すなんて肩が凝って仕方がないよ」
だがその視線が私を捉えると同時にそれまで張り詰めていた空気が一気に霧散、いつもの大らかな雰囲気に戻っていた。神奈子
特有のこの急激な温度変化。この極端さにも最近はもう慣れた。最近では寧ろそれこそが彼女の持つ魅力なんじゃないだろうか
と思うようになった。神奈子は私の顔をジーっと見つめると、何かを閃いたらしく掌をポンと叩いた。
「霊夢たちなら向こうの縁側だよ」
「まだ何も言っていないのに、わかるのかしら」
「神様を舐めるなってことよ」
表面には出さなかったが、一瞬驚いた。まさか読心の能力でも備わっているのであろうか。さとりでもあるまい。いや、だがこ
う見えても彼女は非常に名のある神様の一人だ。その神通力には凄まじいものがあるはず。いつもはそんなもの微塵も感じさせ
ないが、ほとばしるそれを使って私の心を覗くことなど造作もないという訳か。
「今ちょっと失礼なこと考えただろ」
「いいえ全く」
「まぁいいよ。実は魔理沙がね。アリスが来るだろう、と教えてくれたのさ」
魔理沙が?あの子は一体何がしたいのか。なんとなく彼女の思惑通りに動いてしまったような気がして気に入らない。
「…って、答えになってないわね」
「おやおや、覚えていないのかい。宴会であんたの独白を聞いていなかったのは余程酔っていた奴くらいさ」
「…私そんなに大声だったのかしら」
「我々の聴力が優れているだけさ」
なんてインチキ。恥ずかしくなった私はその場から逃げるようにして縁側に向かった。後ろからどこか楽しげな笑いが聞こえて
きたのでストロードールでも投げてやろうかと思ったが、よく聞くと笑い声が二つ分あったので素直に諦めて敗走することにし
ておいた。本当、あの宴会の後半獣に歴史を食べてもらうように頼むべきだったな。
…。
「あー、それにしても来ないわねぇ。もう帰ろうかしら」
「葛餅でも食べます?その内来るでしょう。しかし霊夢さんってへたれですよね。…いや無言でお尻抓らないでください痛い」
側面に回り込んで縁側に近づいていくと、徐々に誰かの話し声が聞こえてきた。声からしてどうやら霊夢と早苗のようだ。何や
ら来るとか来ないとか帰るとかとか聞こえてくる。誰か待っているのだろうか。何とはなしに横に目を向けると縁側から数歩進
んだ所に神社正面にもたくさんあった笹が一本だけ刺さっていた。どうやらこちらは個人用なのだろう。いくつか短冊が吊られ
ているのが見える。…よし、状況はおおよそ把握できた。その場で静止し胸に手を当てる。本当ならすぐに顔を出して混ざりに
行きたかったが、その前にはまずするべきことがあった。
「すぅー、はぁー…すぅー、はぁー…」
なんてことはない。心を落ち着かせ冷静に話をするための深呼吸だ。何も霊夢を目の前にすると緊張して声が裏返ってしまいそ
うだからとか、という訳ではない。決してない。断じてない。都会派な私は何時如何なるときもクールで冷静な女性でいなけれ
ばならないのだ。手鏡を見て髪の毛を整えカチューシャの位置を調整する。うん、完璧。多分、顔が赤いのも熱いのも気のせい
だ。ここが蒸し暑いからに決まっている。鼓動が早くなっているのもきっと気のせい。でなければ飛んできたことによるランナー
ズハイだ。きっとそうだ。心の中で最後のカウントダウンをした後、意を決した渡しは二人の前に躍り出た。
「あら、あなたたち。こんばんは」
「おー、アリスさん!待ってましたよー」
「あら、待っていたの?」
「そうなんですよ。霊夢さんがずっとアリずざっ…いったーい!」
「奇遇ね。アリス」
明るく声を掛けてくる早苗。何かを言いかけていたが、霊夢のカウンターナックルが鼻の頭に直撃したようで悶え苦しんでいた。
その苦しみっぷりには少々心配になる。以前霖之助さんに見せてもらった外の世界の雑誌によると、現代っ子はゆとりなんて呼
ばれていて体と精神がひどく脆いそうなのだ。外から来た早苗も見た感じすごく若いし現代っ子に含まれるのよね。腰に下げて
来たポーチから手早く救急手当セットを取り出す。これさえあれば軽度の怪我なら簡単に手当てすることが可能という代物だ。
顔面殴打ならシップがいいだろうか。
「どうしたのこんな時間に。祭りに参加しに来たの?」
「そういう訳ではないわ。ただどんなものなのかというのが気になってね」
半分本音、半分嘘だ。本来の目的は霊夢の短冊の内容を見るというものであって、参加しにきたというわけではない。しかし、
残りの半分は参加して見たいな、と思う気持ちでもあるのだ。どうやら私の心に巣食う乙女心はまだそれなりにあるのかもしれ
ない。霊夢と一緒ならこの行事を楽しんでみるのも悪くはない。だが、
「でも、意外と普通なのね。これは興味を持つほどでもなかったかもしれないわ」
私の口は全く意味のわからないことを口走っていた。気がついたら。無意識で。
いや待て待て。霊夢の短冊を見に来たんだぞ自分。当然霊夢だって参加しているはずだ。それなのに「興味を持つまでもなかっ
たかもしれない」ってそれはないだろう。霊夢の行動を否定するようなものだぞこれは。ああ、本気で自分の顔面を殴ってやり
たい。いっそポーチの中にいつの間にか入り込んでいた大江戸を爆発させてこの場から消えてしまいたい…いや、この大江戸は
火薬が入っていないんだったか。内心ではマグマのごとくドロドロな思考を展開する自分だが、外面は器用にクールに演じ切れ
ていたことが唯一の救いか。弁明せねば。次に何を言おうかと顔を上げたところで縁側に腰掛ける霊夢と目が合った。まずい、
今何かを言わなければ…。
「ああ、アリスもなの」
「…というと?」
「実は私も興味なくてね。だから来たのはいいんだけど参加はしていないの」
これは予想外の事態が発生してしまった。どうしよう。まさか霊夢自身がこのお祭りに参加していなかったなんて…。何という
誤算!私はここに来るまで霊夢がこの七夕に参加していることをだけを前提に話を進めてきたが、参加していないことも前提の
一つに組み込んで考えるべきだった…!これでは本末転倒ではないか!いやこの場合後の祭りと言うのか?なんかもうどっちで
もいいや。
「霊夢はこういうものには興味がなさそうだものね」
「ええ。こんなものに願掛けをするくらいなら自分の足で願いを叶える為に努力するわ」
流石は霊夢だ。いいことを言うではないか。先程の自分が霊夢とどこか似たような思考をしていたことに言い知れぬ喜びを感じ
る。でもちょっとしたお願いくらい吊るしてくれていてもバチは当たらなかったんじゃないだろうか。
「何いいこと言ったみたいな顔してるんですか霊夢さん。大体あなたの短冊あぶふっ!…ぼ、ぼうりょく…はんたぁい…」
「蚊が止まっていたのよ。痒いより痛い方が好きでしょう」
「それを言うならマシでしょう、でしょう…どっちにしろ痒いほうがマシで…すぅ」
「あの…大丈夫?」
頬に大きく紅い手形が張り付いている早苗を見てかなり心配になってきた。少なくともこの子私が合流してからもう3回はダメー
ジを負っているはずである。このままでは何とか残機をエクステンドしない限り次でアウトになってしまう。…だめだ。私とし
たことが何を意味のわからないことを考えているのだか。暑さのせいか恥ずかしさのせいかは知らないけど、都会派なら感情の
コントロールくらいしてみせないと。
「大丈夫早苗?これ、シップ…」
「アリス、見てみなさい。星が綺麗よ」
呼ばれてつい反射で上を見上げてしまう。すると、
「…う、わぁ…きれい…」
「…おおー、宴会のときもそうでしたが、アリスさんもそういうかわいい表情できるんですね」
「今すぐ記憶から抹消することをお勧めするわよ」
「あはは、善処しますから針抜くのやめてください霊夢さん」
二人のやり取りが一瞬頭に入ってこなかった。見上げた夜空には無限の如き星空が広がっていて、雲一つ見当たらないまっさら
な黒色にばら撒かれた星々はそれぞれが自身の存在を大いに主張するかのように輝きを放っている。綺麗。その言葉しか出てこ
なかった。なかなかどうして安っぽい台詞ではあるが、このような光景にこそ、綺麗という言葉が似合うような気がした。どう
やら私の中の乙女心は思っていた以上に大きかったらしい。都会派の称号は返上が必要かな。
しばらく、三人揃って無言になりながらその星空を見上げていた。
「あ、アリスさん今首からパキって鳴りましたよ」
首が痛みに悲鳴を上げるまでは。
・・・・・・・・・
そうして今に繋がる訳だ。
霊夢との会話には特に気を使っていた。どうしても意識してしまい上手く言葉が紡げなくなる。先程のような失言などをしない
ようにどうにか気の利いた言葉の一つでも浴びせてやりたいものだ。しかしやはり上手くは行かず、早苗を間に挟むことによっ
てどうにかこうにか間を持たせることしかできなかった。私ってへたれなんだろうか。
「ふぅ…酷い目に遭いました」
「ふんっ。自業自得よ」
「脱出おめでとう」
「お二人とも冷たいです。ねー、上海ちゃん」
「シャンハーイ?」
今早苗の膝元には上海人形が鎮座している。話している間中常に宙に浮かしておくのも魔力が勿体無かったので何となく早苗の
膝元に置いてみたのだ。何というか、早苗は必要以上に大人ぶって振舞うことがない、いうなれば歳相応の少女のような性格を
している。だからだろうか、予想以上に人形とは親和性があった。架空のカメラフレームを頭に浮かべ、二人がじゃれている光
景を収めて見る。…中々、絵になるではないか。
「あ、そうそうアリスさん。実はですね」
「どうかしたの」
「霊夢さんはやってないって言ってましたが実際には”…ぐぉお、体が、痺れ、る」
「さ、早苗!?」
いきなり早苗が後ろに倒れこんだ。こればかりは本気で心配になって抱き起こして見ると、背中に何やら呪術式の書かれた御札
が貼り付けてあった。よく見ればこれは対人妖両用行動拘束札ではないか。しかもかなりの高ランクなものだ。こんなもの貼り
付けられたら例えグリモワールの魔力を最大で放出しても脱出は難しいというレベルのもの。これを魔術で組上げるとしたら軽
く3日はかかりそうだ。霊夢を見るとどこか余裕を浮かべた表情をして早苗に寄り添った。
「ごめんなさい早苗。アリスの持ってきたシップを張ってあげようとしたんだけど間違えてしまったみたい」
「ええ。ええ。お心遣い、感謝いたします…とりあえず剥がして…」
開放された早苗はどこか煮え切らない表情で霊夢を見つめている。
「どうしたのかしら。やっぱり怒ってる?」
「あ、いえそういうわけではないんですよアリスさん。まぁ、なんていうか、乙女心ですよね」
「?」
「さてっ」
急に大声を上げて体を伸ばす霊夢。彼女が誰かの家に遊びに行ったときは、大抵この行動を起こした後数分で帰路に着く。つま
りは帰宅のサインという訳。ということはもう帰るのだろうか。私個人としてはもっと霊夢と喋っていたい。ああそうだ、これ
から私の家に招待してはどうだろうか。丁度クラムチャウダーも作っているし、遅めの晩御飯をご馳走するのもいいかもしれな
い。うん。これはいいだろう。これなら違和感なく霊夢を誘うことができるし、私の都会派な印象も加速すること間違いなしだ。
「帰るんですか?」
「あんまり長居しても悪いしね」
今だ!
「そうね。帰ったほうがいいでしょう。私たちがいくら弾幕ごっこができるとは言ってもここは妖怪の山。あまり遅くなりすぎ
ると凶暴なやつらが暴れだしかねないわ」
…何言ってるんだろう自分。やっぱり私はへたれなんだろうか。都会派という称号はもう剥奪されるべきなのだろうか。…いい
や諦めるな、まだだ。まだ手はあるはず。そう…そうだ!霊夢から提案してきてはくれないだろうか。今日はもう遅いからあん
たの家でご飯ご馳走になってもいいかしらって。そうすれば私も喜んでご招待しよう。チャウダーの2杯でも3杯でもよそってあ
げよう。さぁ、霊夢。
「…そ、そうね。あー、うん。負ける気はしないけど、油断大敵だものね。今日は早く帰って寝ることにするわ」
「ええ、そうね。それが一番よ…ね」
「御二方…これはどうしようもないです。ねぇ?上海ちゃん」
「シャンハーイ!」
・・・・・・・・・
「…はぁー」
結局、何事もなく家に着いた。あの後、山を降りるまでの間に二人で行動していた。何とか勇気を出して「二人なら襲われても
リスクがぐっと減るわ」と誘ったのだ。その中でも会話はもちろんあった。覚えている限りで6回程家に誘うタイミングがあっ
た。にも拘らず私は最後までその言葉を発することができなかった。本気で凹んだ。大江戸が胸を貸してくれなかったら私の顔
は今頃酷いことになっていただろう。確か大江戸には棚に帰るように指示しておいたはずなんだけども。いいやもう。
「でも、最大の失敗は…あれよねぇ…」
なぜあそこで七夕に興味がないなんて言ってしまったんだろうか。あれさえなければその先の流れは違ったものになっていたか
もしれないというのに。いや、でも霊夢も興味がないと言っていたことだし、やはりあれはあれでよかったのではないだろうか。
「うう。でも短冊はつけることができなかったなぁ」
一応、作ってはいたのだ。短冊を。長方形の蒼い短冊に一生懸命願いを込めて、書いていたのだ。しかしあんなことがあったの
だから当然貼り付けてきてはいない。きっと今頃ポーチの中でぐしゃぐしゃに…あれ。
「あれ、ない。短冊が、ない」
何故かポーチの中身から短冊が綺麗さっぱり跡形もなく消えていた。家から出るときはポーチの中にあったはずなのに。もしか
すると何処かに落としてしまったのだろうか。だとしたらどこで?まず一番怪しいのは守矢神社。あそこで手当セットを取り出
したとき、ポーチからはみ出して落ちてしまったという可能性が一番高いだろう。あるいは帰りの山道で落としてしまった可能
性もある。しかしまぁどちらにせよ問題はないだろう。神社で落としたのなら早苗が拾ってくれているだろうし、あの子なら何
か対価でも持っていってあげれば口を割るようなことはしないだろう。また、妖怪の山で落としても問題はないはずだ。前回の
宴会時、主要な妖怪たちにはもう筒抜けになってしまっているはずなのだから。今更見られた所で痛くも痒くもない。…いや、
もしかしたらからかわれるかもしれないが。まぁ、そこまで深刻に考えることもないでしょう。
「ホー!ホラーイ!」
「ん?どうしたのほうら…あー!!」
忘れていた!そういえば蓬莱にはクラムチャウダーを温めてきてくれと命令を送ったままにしていたのだった。しかも命令を解
除しないまま家を出てしまったため、その後も蓬莱は律儀に鍋の番をし続けていた。勿論、いくら蓬莱が半自律しており、自身
の判断で火を止めようかとした所で、私との距離が開きすぎたことによって魔力が枯渇し機能停止に陥ってしまったのだから鍋
の火が勝手に消えることなど当然なく…。
「うあー…これはひどい」
鍋の中身は大変なことになっていた。キッチン中に焦げた匂いが充満している。もう泣きそう。いやまぁ火事にならなかっただ
けマシだろうけども…。あれ、そういえばさっきまで何考えてたんだっけ。
…もういいや…。
・・・・・・・・・
私は二人が帰った後、神社の敷地内を見回っていた。風に煽られて落ちてしまった短冊などが無いだろうかと確認するためだ。
「しかし傑作でした」
まずアリスさんだ。私はもう彼女が神社に足を踏み入れた時点で来訪に気付いていた。彼女、私たちの前に出る直前に深呼吸な
んかしていたようだが、乙女チックな所もあるものだ。彼女は魔理沙さんが私と結託していたことなど気付いていなかったこと
だろう。
「魔理沙さんには今度何かおごらないといけませんねぇ」
あの宴会の時のアリスさんの独白。勿論近くで呑んでいた私の耳にも入っていた。というかあの宴会の場にいた人妖全員が聞い
ていた。唯一、酔っ払いすぎて前後不覚に陥っていた霊夢さんを除いては。あまりにも間抜けな話だ。ちなみに、霊夢さんもア
リスさんと似たようなことをやってのけていたが(彼女の場合独白させられていたと言うべきだろう)そんな時に限ってアリス
さんは不参加だった。
「まさかあんなに簡単に協力していただけるなんて思いもしませんでしたからね」
それらを鑑みて、お互いにお互いが気になる存在だというのにそれを知らないなんて不憫すぎる、と考えた私は魔理沙さんに持
ちかけた。今回の七夕を利用して二人の距離をどうにか縮めることはできないだろうかと。そうして彼女にアリスさんを焚き付
けてもらった訳なのだが…。
「まさかあんな展開になってしまうなんてねぇ」
余談だが、何も知らずに参加しに来た霊夢さんに、アリスさんが来ることを告げたときの慌てっぷりはお腹を抱えて笑い転げそ
うな程に面白かった。
「…おや」
そろそろ屋内に戻ろうかと思った所、個人用として縁側に設置していた笹の葉にさっきまで見えていなかった短冊が引っかかっ
ていた。
「こんなのあったかな…あ」
短冊と笹の間で結んである針金は酷く歪な形をしており、明らかに人の手でやったようには見えない。これはもしかしてと短冊
の名前を見ると、やっぱりかと納得がいった。
「上海ちゃんも粋なことしますねぇ。もしかしたら完全自律も近いかもしれません。アリスさん」
その不安定で今にも落ちそうな針金を一旦解き、外側から最も見えづらい場所に結び直す。何故見えづらい所に設置するのか、
そんなことに意味は無い。さぁ、親愛なる二柱が騒ぎ出す時間だ。酒の用意をするため蔵にでも行こう。尚、付け直した短冊の
隣に先程の短冊と同じくらい不器用に巻かれた、赤い短冊が隠れていたが気が付かない振りをしておいた。
『アリスと、もっと素直に話せますように』
『霊夢と、もっと仲良くなれますように』
レイアリです。今回のものはあまり酷くありませんが抗体が無ければ全力で天の川の対岸に退避してください。
それではどうぞ。
天気は晴れ。完全無欠な紛うこと無き晴天。といっても今の時間は夜なのだが。
今日は7月。7月の、7日。つまりは、七夕だ。
「いやー、きれいですねぇアリスさん」
「そうね」
「でも、何故私の神社じゃなくて守矢神社で七夕をやってるのかしら」
今現在、私は、いや私たちは守矢神社の縁側に座っていた。視線の先には大きく掲げられた立派な笹が一本聳えている。勿論七
夕のために用意されたものだ。七夕らしく葉に括り付けられた色とりどりの短冊が風に揺られて踊っている。桃色、緑色、黄色
に灰色。黒もあれば白もある。当然七夕なのだからそれぞれの短冊には願い事が書かれている。
「いいじゃないですか。山の上の方が星もきれいに映るモノですよ」
「ウチだってそれなりに高いところにあるんだけれど」
「それはまぁ、やはりこちらの神社のほうが徳が高いのでしょう。…それにぃ、霊夢さんは興味ないんでしょう?…いたっ痛い
でふ霊夢さんっ!ごめんなひゃーい!」
目の前では麓の神社の巫女である霊夢によって妖怪の山の神社の巫女である早苗に対するありがたい洗礼が行われていた。頬を
抓られ涙目になって私に助けを求めてくる早苗。手足をじたばたと動かし涙目になって訴えてくるその姿は弾幕勝負のときに見
せる残忍な妖怪退治者の面影など微塵も感じさせてはくれない。逆に霊夢は無表情に薄い笑みを貼り付けて早苗の柔らかそうな頬
をこれでもかと言うほどに揉みしだいていた。正直少し怖いが、それも表面上に限ってのこと。この二人を眺めていると何だか
年下の妹二人の長姉にでもなった気分だ。
「ありふしゃーんっ!」
「奇跡を豪語するのなら自分で抜け出して見なさい」
「そうよ。それにこんなにここも大きいんだからきっと奇跡出せるでしょ」
「ほんなむたくたなー!…わぷっ。ていうかそこは関係ないでしょう!」
「ところが、関係してる」
「そ、ほんなー」
何故、私たち三人がこうして神社の縁側でくっちゃべっているのか。ことの発端は今から数時間程前に遡る。
・・・・・・・・・
私は家で裁縫をしている最中だった。きっかけは些細なこと。鬱陶しい梅雨も終わったことであるし、湿気で痛んだ人形の修繕
を行っていたのだ。最近忙しくて実験ばかりしていたためか、久しぶりに体感する人形との時間に段々と興が乗ってしまい、気
が付いたら人形たちの衣服の新調にまで手を伸ばしてしまっていたのだ。凝り性の私は一度始めた作業を止められるはずも無く、
一通りの作業を終えて背伸びをする頃には日が暮れてしまっていた。
あーあ、またやってしまった、と後悔していたそんなときだ。奴は現れたのは。
「よぉアリス。こんばんはだぜ」
「あらいらっしゃい。いつも騒がしく乱入してくるあんたが、いつの間に音もなく侵入するスキルを習得したのかしら」
「ああ、言っとくがちゃんと扉ノックしたから。まぁ3秒待っても出てこなかったから私自慢の超技術で窓ガラスを割って入って
きたけど」
何と、私としたことが扉のノック音に気がつかなくなる程に作業に集中してしまっていたなんて。都会派の名が泣いてしまうで
はないか。いやまぁ都会派関係無いかもしれないけど。それにしても珍しいこともあるものだ。こいつが扉をノックし、尚且つ
例え数瞬でも待っただなんて。こいつにとって扉とはノックアウトするものだと思っていた私はどうやら認識を改める必要があ
りそうだ。いや、もしかしたらこれは事件かもしれない。一体どんな事件、いいや異変が起きてしまったというのだろうか。あ
あ全く霊夢は何をしているのだ。私の家にもしかしたら異変の鍵を握る重要人物がいるというのに。
「…失礼なこと考えていないか?」
「だと思うのならそう思われない入り方を心がけなさい」
「次からはちゃんと先に窓割ってはいってぇ!?」
「オーエドー!」
魔理沙の無礼極まりない発言にオートでツッコミを入れる大江戸人形(爆薬未セット状態)。またこれか。どうも最近自我があ
るような素振りをみせる人形が多くなったような気がするのだ。上海や蓬莱は分かる。半分自律しているようなものだし。だが
それ以外、オルレアンやゴリアテなどの人形までがそのような兆しを見せているのだから不思議なものだ。今の大江戸だって私
は攻撃命令をまだ出していないというのに行動に出た。…まぁ結局出すことには変わりなかったし、もしかしたら私の内心が勝
手に命令となって人形に届いてしまったのかもしれない。
「で、何の用かしら」
「いやさ、神奈子んとこの神社で七夕祭りをやってるそうなんだよ」
「守矢神社で?…たなばた?」
たなばた…。聞きなれない言葉だ。響きからしてアジア系、または日本の行事か何かだろうか。つくづく思うがここ幻想郷では
多種多様な国の行事や文化が乱立していて何がなんなのかすごく判り辛いと思う。故郷の魔界には数える程行事も休日もないと
いうのに。あまりに多すぎるのはかえって不便というものか。
云々と悩んでいる私が余程珍しいのだろうか、どうにも楽しそうな目でこちらを見てくる魔理沙。まるでそんな常識的なことす
ら知らないのかと物語っているようなその目線。ふと気がつくと魔理沙の後ろで槍を構えた上海がスタンバイしていた。その目
は私に強く語りかける。「アリス、あんたの親指の向き一つで、こいつをいつでもギルティすることができるぜ?」と。だから
私も目で語りかけた。「だめよ上海。魔理沙の反応は確かにイラつくかもしれないけど、事実として彼女の言うことの意味がわ
からない私がいるのだから」と。すると上海はまるで落ち込んだかのようなリアクションをとった後、ふらふらと自室(人形棚)
に戻っていった。
「アリスーもしかしてお前七夕知らないのかー」
「少なくとも魔界では聞かなかったわね。もしよければ教えていただけるかしら。御代はこの前あなたが盗んでいったココアクッ
キー一袋でチャラにしてあげる」
「そうかー知らないのかー。だったらこの魔理沙お姉さんが手取り足取り優しく教えてあげないとなぁ。感謝したまえよ、うん
うん」
「で、どうなのよお嬢さん」
急に間違った方向に対して威張りだす魔理沙。いつもは自分が教えを請う側にいることが多いからだろう。いざ自分が教える側
に立った途端にお姉さんぶるのは魔理沙のかわいい癖の一つだと思う。そんなことだから私はあなたを世話のかかる妹のように
しか見れないと言うのに。あなたもいい加減その行動こそがベベのような行為だと気づくべきね。
「うん、まぁあれだ。話すと長くなるから短く簡潔に言うぜ」
「簡潔にどうぞ」
「ずばり、願い事を書いた短冊を笹に吊り下げるお祭りだ」
「簡潔すぎて何を言いたいのかよくわからないわね」
笹に願いを吊り下げる?そんなことしてどうしようというのだろうか。外部の人間に自分の願望を晒すなんて目立ちたがり屋か
ナルシストくらいしかいないのではないだろうか…。簡潔な説明では理解できなかった私は、結局詳細な説明を受けることとな
った。
とりあえず、七夕とは天の川で遮られた彦星と織姫が一年に一度再開できる日とのこと。さらに、短冊と呼ばれる長方形の色紙
に自分の願い事を書いて笹の葉に吊るすということもするらしい。何故男女二人の再会と願掛けが同時並行するのか。魔理沙曰
く、何でも昔は五色の願いの糸というものを吊るすだけだったそうなのだが、そのうち短冊に自身の歌を載せて吊るすようにな
り、さらにはいつの間にか願い事を書いて吊るすようになったのだという。時代の流れで本質が変化するなんてありふれたこと
だぜ、と白い歯を見せて笑う彼女だが、妙に受け売りしている様な言い回しをしている辺り、大方霖之助さんにでも聞いたんで
しょう。しかし…そんなことで願いを叶えようだなんて、他人任せもいいとこだ。それで願い事が叶うというのなら私は当たり
前にこう書くだろう。
「志半ばで倒れませんようにって」
「何それ怖い。ってか夢がないな。自律人形は?」
「あれは自分の力で成し遂げてこそ、よ」
勘違いしないで欲しい。自律人形の作成とは私にとって魔法使いとしての最高目標であり、如いては人形遣いとしての矜持でも
ある。そういうものはやはり自分の知識と技量を以ってして完遂させなければ意味を持たないのだ。大体夢と願いは違うものじゃ
ないのか。仮に夢を叶えてくれるというのなら彦星と織姫はサンタクロースに転職するべきね。
「まぁ、とにかく切望することを短冊に書きなぐって笹に吊り下げればいいんだよ」
「あなたはなんて書いたの」
「茸が手に入りますようにって」
「なら靴下が必要ね」
気が付けば意味のない言葉の応酬。いつものことだ。もうこうなったらそれまで話していた話題は一旦終了してしまう。どうせ
次の瞬間にはおなか減ったとかご飯ご馳走してとか言って来るのだろう。勿論私はそのようなことは先刻承知済みなのだ。あら
かじめ蓬莱人形をキッチンに向かわせ、今日のメニューであるクラムチャウダーをばっちり温めさせてさせている。
…ふと思ったけど、一体何故私がこんな持て成すようなことをしなければならないのだろうか。そこに意味などないというのに。
まぁそれは多分、性格なんだろうなと思う。たとえ招かれざる客であったとしても、静かな我が家を訪れてくれた人にはお持て
成しをもってして迎えてあげたい。つくづく損な性格だ。でも、もしかしたら手の掛かる妹のような存在に世話を焼きたいとい
うだけなのかもしれない。だが、次に彼女の発した言葉は私の予想したそれとは異なっていた。
「話が逸れたな。とにかく、お前も行ってみろよ。で、やってみろよ」
「私が?たなばたを?」
星空見上げて二人を祝福したり短冊書いて笹の葉に吊るしたりする、と。…止してほしい。
私は仮にも都会派を自称する魔法使いなのだ。そんなものに心を躍らせる幼子の時代はとっくに過ぎ去ったはず。聞くからに子
供騙しの乙女チック全開な行事になど参加したくもない。そんな暇があったら自律人形完成に向けての努力を重ねている方が数
倍マシだ。だが、
「そう言うなって。…霊夢も行くって言ってたぜ」
「…霊夢が?」
その一言に一瞬意識を持って行かれかける。とっくに乙女心を卒業したはずなのだが、もしかしたらまだほんの少しはそういう
心が残っているのかもしれない。その欠片程残っている乙女心が捕らえて離さないキーワードが出てきたのだから無視する訳に
も行かない。
「アリスこないだ言ってただろ?気になって仕方がないって」
「あれは忘れなさいって言ったのに」
あれというのも、この間開かれた宴会の席。私は魔女仲間3人と一緒に酒を呑んでいた。同じ種族同士弾む話の中、聖の持つほ
んわかとした暖かいムードに当てられて私はついつい飲みすぎてしまった。…それが破滅への道とも知らずに。
正直に言うと、私は酔っ払うと極度の甘え下戸になってしまうらしい。家族といるときなら未だしも、皆の前でそんな恥ずかし
い姿を晒せる訳もないし、いつもは自制しているからそうはならない。だが、自制をできずに酔っ払ってしまった私はついつい
聖に甘えてしまった。甘える私と甘えさせる聖。結果、私は言わなくてもいい心の内をいくつかさらしてしまったと言う訳だ。
実験の失敗談から封印すべき黒歴史の一端に至るまで色々なことを。そしてそのうちの一つが「霊夢が気になって仕方がない」
というものだったのだ。
「上手く行けば霊夢の願い事を見れるかもしれない。そうすればアリスにだってチャンスはあるだろう」
「俗っぽい理由ね。たなばたに参加するという目的から大きく離れている」
「いいじゃない。目的が手段になるくらい」
大いに問題があると思うんだけど。
あーだこーだとすったもんだした末、結局は行くハメになり、私は手短に身なりを整えて自宅を後にした。ちなみに私にそのこ
とを教えた当事者は早々に退散してしまった。何でも待ち合わせをしているんだとか。大の大人でも乗れるような大型箒を開発
したからこれで星空デートと洒落込むのさとか何とか言っていたっけ。がさつな癖に非常に乙女だ。
そんなこんなで出発し、ものの十分程で守矢神社に到着。神社の催し物というだけあって当然山に入ることを止められることも、
椛ちゃんに襲われることもなく無事に神社に到着することができた。夜も遅いし誰も居なかったが祭りをしているだけあって神
社の雰囲気はいつもとは違って見える。神社の本殿内に目を向ける。風神様こと神奈子が胡坐をかいて座しており、目の前に広
がっている無数の笹たちを見つめているようだった。こうして見るといつも宴会で騒いでいるときのあっけらかんとした態度な
ど微塵も感じず、ただ神様として威厳を感じるのみだ。こちらに越してきてずいぶんと信仰という名の力をつけたのだろう。そ
の圧倒的存在感は自分の母上に迫るものがあった。
「…ん?おやぁアリスじゃないか。やっ」
「誰も見ていないとはいえフランクすぎない?」
「平気平気。ずっと威厳出すなんて肩が凝って仕方がないよ」
だがその視線が私を捉えると同時にそれまで張り詰めていた空気が一気に霧散、いつもの大らかな雰囲気に戻っていた。神奈子
特有のこの急激な温度変化。この極端さにも最近はもう慣れた。最近では寧ろそれこそが彼女の持つ魅力なんじゃないだろうか
と思うようになった。神奈子は私の顔をジーっと見つめると、何かを閃いたらしく掌をポンと叩いた。
「霊夢たちなら向こうの縁側だよ」
「まだ何も言っていないのに、わかるのかしら」
「神様を舐めるなってことよ」
表面には出さなかったが、一瞬驚いた。まさか読心の能力でも備わっているのであろうか。さとりでもあるまい。いや、だがこ
う見えても彼女は非常に名のある神様の一人だ。その神通力には凄まじいものがあるはず。いつもはそんなもの微塵も感じさせ
ないが、ほとばしるそれを使って私の心を覗くことなど造作もないという訳か。
「今ちょっと失礼なこと考えただろ」
「いいえ全く」
「まぁいいよ。実は魔理沙がね。アリスが来るだろう、と教えてくれたのさ」
魔理沙が?あの子は一体何がしたいのか。なんとなく彼女の思惑通りに動いてしまったような気がして気に入らない。
「…って、答えになってないわね」
「おやおや、覚えていないのかい。宴会であんたの独白を聞いていなかったのは余程酔っていた奴くらいさ」
「…私そんなに大声だったのかしら」
「我々の聴力が優れているだけさ」
なんてインチキ。恥ずかしくなった私はその場から逃げるようにして縁側に向かった。後ろからどこか楽しげな笑いが聞こえて
きたのでストロードールでも投げてやろうかと思ったが、よく聞くと笑い声が二つ分あったので素直に諦めて敗走することにし
ておいた。本当、あの宴会の後半獣に歴史を食べてもらうように頼むべきだったな。
…。
「あー、それにしても来ないわねぇ。もう帰ろうかしら」
「葛餅でも食べます?その内来るでしょう。しかし霊夢さんってへたれですよね。…いや無言でお尻抓らないでください痛い」
側面に回り込んで縁側に近づいていくと、徐々に誰かの話し声が聞こえてきた。声からしてどうやら霊夢と早苗のようだ。何や
ら来るとか来ないとか帰るとかとか聞こえてくる。誰か待っているのだろうか。何とはなしに横に目を向けると縁側から数歩進
んだ所に神社正面にもたくさんあった笹が一本だけ刺さっていた。どうやらこちらは個人用なのだろう。いくつか短冊が吊られ
ているのが見える。…よし、状況はおおよそ把握できた。その場で静止し胸に手を当てる。本当ならすぐに顔を出して混ざりに
行きたかったが、その前にはまずするべきことがあった。
「すぅー、はぁー…すぅー、はぁー…」
なんてことはない。心を落ち着かせ冷静に話をするための深呼吸だ。何も霊夢を目の前にすると緊張して声が裏返ってしまいそ
うだからとか、という訳ではない。決してない。断じてない。都会派な私は何時如何なるときもクールで冷静な女性でいなけれ
ばならないのだ。手鏡を見て髪の毛を整えカチューシャの位置を調整する。うん、完璧。多分、顔が赤いのも熱いのも気のせい
だ。ここが蒸し暑いからに決まっている。鼓動が早くなっているのもきっと気のせい。でなければ飛んできたことによるランナー
ズハイだ。きっとそうだ。心の中で最後のカウントダウンをした後、意を決した渡しは二人の前に躍り出た。
「あら、あなたたち。こんばんは」
「おー、アリスさん!待ってましたよー」
「あら、待っていたの?」
「そうなんですよ。霊夢さんがずっとアリずざっ…いったーい!」
「奇遇ね。アリス」
明るく声を掛けてくる早苗。何かを言いかけていたが、霊夢のカウンターナックルが鼻の頭に直撃したようで悶え苦しんでいた。
その苦しみっぷりには少々心配になる。以前霖之助さんに見せてもらった外の世界の雑誌によると、現代っ子はゆとりなんて呼
ばれていて体と精神がひどく脆いそうなのだ。外から来た早苗も見た感じすごく若いし現代っ子に含まれるのよね。腰に下げて
来たポーチから手早く救急手当セットを取り出す。これさえあれば軽度の怪我なら簡単に手当てすることが可能という代物だ。
顔面殴打ならシップがいいだろうか。
「どうしたのこんな時間に。祭りに参加しに来たの?」
「そういう訳ではないわ。ただどんなものなのかというのが気になってね」
半分本音、半分嘘だ。本来の目的は霊夢の短冊の内容を見るというものであって、参加しにきたというわけではない。しかし、
残りの半分は参加して見たいな、と思う気持ちでもあるのだ。どうやら私の心に巣食う乙女心はまだそれなりにあるのかもしれ
ない。霊夢と一緒ならこの行事を楽しんでみるのも悪くはない。だが、
「でも、意外と普通なのね。これは興味を持つほどでもなかったかもしれないわ」
私の口は全く意味のわからないことを口走っていた。気がついたら。無意識で。
いや待て待て。霊夢の短冊を見に来たんだぞ自分。当然霊夢だって参加しているはずだ。それなのに「興味を持つまでもなかっ
たかもしれない」ってそれはないだろう。霊夢の行動を否定するようなものだぞこれは。ああ、本気で自分の顔面を殴ってやり
たい。いっそポーチの中にいつの間にか入り込んでいた大江戸を爆発させてこの場から消えてしまいたい…いや、この大江戸は
火薬が入っていないんだったか。内心ではマグマのごとくドロドロな思考を展開する自分だが、外面は器用にクールに演じ切れ
ていたことが唯一の救いか。弁明せねば。次に何を言おうかと顔を上げたところで縁側に腰掛ける霊夢と目が合った。まずい、
今何かを言わなければ…。
「ああ、アリスもなの」
「…というと?」
「実は私も興味なくてね。だから来たのはいいんだけど参加はしていないの」
これは予想外の事態が発生してしまった。どうしよう。まさか霊夢自身がこのお祭りに参加していなかったなんて…。何という
誤算!私はここに来るまで霊夢がこの七夕に参加していることをだけを前提に話を進めてきたが、参加していないことも前提の
一つに組み込んで考えるべきだった…!これでは本末転倒ではないか!いやこの場合後の祭りと言うのか?なんかもうどっちで
もいいや。
「霊夢はこういうものには興味がなさそうだものね」
「ええ。こんなものに願掛けをするくらいなら自分の足で願いを叶える為に努力するわ」
流石は霊夢だ。いいことを言うではないか。先程の自分が霊夢とどこか似たような思考をしていたことに言い知れぬ喜びを感じ
る。でもちょっとしたお願いくらい吊るしてくれていてもバチは当たらなかったんじゃないだろうか。
「何いいこと言ったみたいな顔してるんですか霊夢さん。大体あなたの短冊あぶふっ!…ぼ、ぼうりょく…はんたぁい…」
「蚊が止まっていたのよ。痒いより痛い方が好きでしょう」
「それを言うならマシでしょう、でしょう…どっちにしろ痒いほうがマシで…すぅ」
「あの…大丈夫?」
頬に大きく紅い手形が張り付いている早苗を見てかなり心配になってきた。少なくともこの子私が合流してからもう3回はダメー
ジを負っているはずである。このままでは何とか残機をエクステンドしない限り次でアウトになってしまう。…だめだ。私とし
たことが何を意味のわからないことを考えているのだか。暑さのせいか恥ずかしさのせいかは知らないけど、都会派なら感情の
コントロールくらいしてみせないと。
「大丈夫早苗?これ、シップ…」
「アリス、見てみなさい。星が綺麗よ」
呼ばれてつい反射で上を見上げてしまう。すると、
「…う、わぁ…きれい…」
「…おおー、宴会のときもそうでしたが、アリスさんもそういうかわいい表情できるんですね」
「今すぐ記憶から抹消することをお勧めするわよ」
「あはは、善処しますから針抜くのやめてください霊夢さん」
二人のやり取りが一瞬頭に入ってこなかった。見上げた夜空には無限の如き星空が広がっていて、雲一つ見当たらないまっさら
な黒色にばら撒かれた星々はそれぞれが自身の存在を大いに主張するかのように輝きを放っている。綺麗。その言葉しか出てこ
なかった。なかなかどうして安っぽい台詞ではあるが、このような光景にこそ、綺麗という言葉が似合うような気がした。どう
やら私の中の乙女心は思っていた以上に大きかったらしい。都会派の称号は返上が必要かな。
しばらく、三人揃って無言になりながらその星空を見上げていた。
「あ、アリスさん今首からパキって鳴りましたよ」
首が痛みに悲鳴を上げるまでは。
・・・・・・・・・
そうして今に繋がる訳だ。
霊夢との会話には特に気を使っていた。どうしても意識してしまい上手く言葉が紡げなくなる。先程のような失言などをしない
ようにどうにか気の利いた言葉の一つでも浴びせてやりたいものだ。しかしやはり上手くは行かず、早苗を間に挟むことによっ
てどうにかこうにか間を持たせることしかできなかった。私ってへたれなんだろうか。
「ふぅ…酷い目に遭いました」
「ふんっ。自業自得よ」
「脱出おめでとう」
「お二人とも冷たいです。ねー、上海ちゃん」
「シャンハーイ?」
今早苗の膝元には上海人形が鎮座している。話している間中常に宙に浮かしておくのも魔力が勿体無かったので何となく早苗の
膝元に置いてみたのだ。何というか、早苗は必要以上に大人ぶって振舞うことがない、いうなれば歳相応の少女のような性格を
している。だからだろうか、予想以上に人形とは親和性があった。架空のカメラフレームを頭に浮かべ、二人がじゃれている光
景を収めて見る。…中々、絵になるではないか。
「あ、そうそうアリスさん。実はですね」
「どうかしたの」
「霊夢さんはやってないって言ってましたが実際には”…ぐぉお、体が、痺れ、る」
「さ、早苗!?」
いきなり早苗が後ろに倒れこんだ。こればかりは本気で心配になって抱き起こして見ると、背中に何やら呪術式の書かれた御札
が貼り付けてあった。よく見ればこれは対人妖両用行動拘束札ではないか。しかもかなりの高ランクなものだ。こんなもの貼り
付けられたら例えグリモワールの魔力を最大で放出しても脱出は難しいというレベルのもの。これを魔術で組上げるとしたら軽
く3日はかかりそうだ。霊夢を見るとどこか余裕を浮かべた表情をして早苗に寄り添った。
「ごめんなさい早苗。アリスの持ってきたシップを張ってあげようとしたんだけど間違えてしまったみたい」
「ええ。ええ。お心遣い、感謝いたします…とりあえず剥がして…」
開放された早苗はどこか煮え切らない表情で霊夢を見つめている。
「どうしたのかしら。やっぱり怒ってる?」
「あ、いえそういうわけではないんですよアリスさん。まぁ、なんていうか、乙女心ですよね」
「?」
「さてっ」
急に大声を上げて体を伸ばす霊夢。彼女が誰かの家に遊びに行ったときは、大抵この行動を起こした後数分で帰路に着く。つま
りは帰宅のサインという訳。ということはもう帰るのだろうか。私個人としてはもっと霊夢と喋っていたい。ああそうだ、これ
から私の家に招待してはどうだろうか。丁度クラムチャウダーも作っているし、遅めの晩御飯をご馳走するのもいいかもしれな
い。うん。これはいいだろう。これなら違和感なく霊夢を誘うことができるし、私の都会派な印象も加速すること間違いなしだ。
「帰るんですか?」
「あんまり長居しても悪いしね」
今だ!
「そうね。帰ったほうがいいでしょう。私たちがいくら弾幕ごっこができるとは言ってもここは妖怪の山。あまり遅くなりすぎ
ると凶暴なやつらが暴れだしかねないわ」
…何言ってるんだろう自分。やっぱり私はへたれなんだろうか。都会派という称号はもう剥奪されるべきなのだろうか。…いい
や諦めるな、まだだ。まだ手はあるはず。そう…そうだ!霊夢から提案してきてはくれないだろうか。今日はもう遅いからあん
たの家でご飯ご馳走になってもいいかしらって。そうすれば私も喜んでご招待しよう。チャウダーの2杯でも3杯でもよそってあ
げよう。さぁ、霊夢。
「…そ、そうね。あー、うん。負ける気はしないけど、油断大敵だものね。今日は早く帰って寝ることにするわ」
「ええ、そうね。それが一番よ…ね」
「御二方…これはどうしようもないです。ねぇ?上海ちゃん」
「シャンハーイ!」
・・・・・・・・・
「…はぁー」
結局、何事もなく家に着いた。あの後、山を降りるまでの間に二人で行動していた。何とか勇気を出して「二人なら襲われても
リスクがぐっと減るわ」と誘ったのだ。その中でも会話はもちろんあった。覚えている限りで6回程家に誘うタイミングがあっ
た。にも拘らず私は最後までその言葉を発することができなかった。本気で凹んだ。大江戸が胸を貸してくれなかったら私の顔
は今頃酷いことになっていただろう。確か大江戸には棚に帰るように指示しておいたはずなんだけども。いいやもう。
「でも、最大の失敗は…あれよねぇ…」
なぜあそこで七夕に興味がないなんて言ってしまったんだろうか。あれさえなければその先の流れは違ったものになっていたか
もしれないというのに。いや、でも霊夢も興味がないと言っていたことだし、やはりあれはあれでよかったのではないだろうか。
「うう。でも短冊はつけることができなかったなぁ」
一応、作ってはいたのだ。短冊を。長方形の蒼い短冊に一生懸命願いを込めて、書いていたのだ。しかしあんなことがあったの
だから当然貼り付けてきてはいない。きっと今頃ポーチの中でぐしゃぐしゃに…あれ。
「あれ、ない。短冊が、ない」
何故かポーチの中身から短冊が綺麗さっぱり跡形もなく消えていた。家から出るときはポーチの中にあったはずなのに。もしか
すると何処かに落としてしまったのだろうか。だとしたらどこで?まず一番怪しいのは守矢神社。あそこで手当セットを取り出
したとき、ポーチからはみ出して落ちてしまったという可能性が一番高いだろう。あるいは帰りの山道で落としてしまった可能
性もある。しかしまぁどちらにせよ問題はないだろう。神社で落としたのなら早苗が拾ってくれているだろうし、あの子なら何
か対価でも持っていってあげれば口を割るようなことはしないだろう。また、妖怪の山で落としても問題はないはずだ。前回の
宴会時、主要な妖怪たちにはもう筒抜けになってしまっているはずなのだから。今更見られた所で痛くも痒くもない。…いや、
もしかしたらからかわれるかもしれないが。まぁ、そこまで深刻に考えることもないでしょう。
「ホー!ホラーイ!」
「ん?どうしたのほうら…あー!!」
忘れていた!そういえば蓬莱にはクラムチャウダーを温めてきてくれと命令を送ったままにしていたのだった。しかも命令を解
除しないまま家を出てしまったため、その後も蓬莱は律儀に鍋の番をし続けていた。勿論、いくら蓬莱が半自律しており、自身
の判断で火を止めようかとした所で、私との距離が開きすぎたことによって魔力が枯渇し機能停止に陥ってしまったのだから鍋
の火が勝手に消えることなど当然なく…。
「うあー…これはひどい」
鍋の中身は大変なことになっていた。キッチン中に焦げた匂いが充満している。もう泣きそう。いやまぁ火事にならなかっただ
けマシだろうけども…。あれ、そういえばさっきまで何考えてたんだっけ。
…もういいや…。
・・・・・・・・・
私は二人が帰った後、神社の敷地内を見回っていた。風に煽られて落ちてしまった短冊などが無いだろうかと確認するためだ。
「しかし傑作でした」
まずアリスさんだ。私はもう彼女が神社に足を踏み入れた時点で来訪に気付いていた。彼女、私たちの前に出る直前に深呼吸な
んかしていたようだが、乙女チックな所もあるものだ。彼女は魔理沙さんが私と結託していたことなど気付いていなかったこと
だろう。
「魔理沙さんには今度何かおごらないといけませんねぇ」
あの宴会の時のアリスさんの独白。勿論近くで呑んでいた私の耳にも入っていた。というかあの宴会の場にいた人妖全員が聞い
ていた。唯一、酔っ払いすぎて前後不覚に陥っていた霊夢さんを除いては。あまりにも間抜けな話だ。ちなみに、霊夢さんもア
リスさんと似たようなことをやってのけていたが(彼女の場合独白させられていたと言うべきだろう)そんな時に限ってアリス
さんは不参加だった。
「まさかあんなに簡単に協力していただけるなんて思いもしませんでしたからね」
それらを鑑みて、お互いにお互いが気になる存在だというのにそれを知らないなんて不憫すぎる、と考えた私は魔理沙さんに持
ちかけた。今回の七夕を利用して二人の距離をどうにか縮めることはできないだろうかと。そうして彼女にアリスさんを焚き付
けてもらった訳なのだが…。
「まさかあんな展開になってしまうなんてねぇ」
余談だが、何も知らずに参加しに来た霊夢さんに、アリスさんが来ることを告げたときの慌てっぷりはお腹を抱えて笑い転げそ
うな程に面白かった。
「…おや」
そろそろ屋内に戻ろうかと思った所、個人用として縁側に設置していた笹の葉にさっきまで見えていなかった短冊が引っかかっ
ていた。
「こんなのあったかな…あ」
短冊と笹の間で結んである針金は酷く歪な形をしており、明らかに人の手でやったようには見えない。これはもしかしてと短冊
の名前を見ると、やっぱりかと納得がいった。
「上海ちゃんも粋なことしますねぇ。もしかしたら完全自律も近いかもしれません。アリスさん」
その不安定で今にも落ちそうな針金を一旦解き、外側から最も見えづらい場所に結び直す。何故見えづらい所に設置するのか、
そんなことに意味は無い。さぁ、親愛なる二柱が騒ぎ出す時間だ。酒の用意をするため蔵にでも行こう。尚、付け直した短冊の
隣に先程の短冊と同じくらい不器用に巻かれた、赤い短冊が隠れていたが気が付かない振りをしておいた。
『アリスと、もっと素直に話せますように』
『霊夢と、もっと仲良くなれますように』
でもうめぇ
素直になれない者同士ってのは、いつまでも見ていたいような 早くくっつけちゃいたいような、ね。
素敵でした
>>5さま
ありがとうございます!この獣も喜んでおります。
>>奇声を発する(ry in レイアリLOVE!さま
ひゃっほい!
>>14さま
上海はもう自律していいと思います。
>>17さま
今回は特に困った子たちに仕上がっておりまして(え
>>19さま
私の中の早苗さんは年頃らしく友人の恋愛に興味津々のようです。応援しつつも楽しむタイプですね。
>>20さま
この後事態に気が付いたアリスは上海の服のフリルを増設したそうです。(天狗調べによる
>>22さま
oh!thank you very much!
>>26さま
作ってるうちにいつの間にか霊夢まで素直になれない子になってしまっていたんです…。
あ、もうくっついてます。霊夢の頭の中では(えー
>>27さま
今思えば二人以外の会話が多くなってしまったかもしれませんね。次回書くときは気を使いたいと思います…。
>>29さま
同士よ…!
>>31さま
こう、へたれがへたれながらもいちゃつこうとしている様とかぐっときませんか…?
>>33さま
二人がきっかけを作ってもこの有様!この関係はもう少し続くかと思われます。