ある日、茨木華扇が博麗神社に訪れると、そこにはネコミミと尻尾を生やした博麗霊夢と霧雨魔理沙が縁側でごろごろしていた。
春の陽気が暖かなこの季節、暢気な性分が講じてネコになってしまったのだろうかと本気で思った華扇だったが、彼女たちのそばに転がる小瓶を見て事態を理解したのかため息をついた。
「魔理沙の薬ですね。……まったく」
呆れたように呟いてから、華扇は二人に歩み寄った。
縁側でごろごろと丸くなるそのさまは、まさしくネコそのものである。
どうやら身も心もネコになりきるような薬であるらしく、二人の様子は普段とはいささか想像がつかないものだ。
縁側に上がりこみ、すたすたと淀みない足取りで二人の下へ。
するとどうだろう、彼女たちは華扇のことに気がついたようで、ピンッと耳を立てて彼女に振り向いて、興味深そうな視線を向けてくる。
ぱたぱたと尻尾がせわしなく動いているのは、警戒されているからなのか、あるいは興奮から来る仕草なのか。
「二人とも、いったい何をしているのですか。まったく」
「にゃ~」
「にゃ~にゃあにゃあ」
ぴたりと、二人のネコそのものな返事に硬直してしまう華扇の心中はいかなものか。
何しろ、言葉ぐらいしゃべれるだろうと思っていたら、まさかのネコの鳴き声で返されてしまう始末である。
どうやら予想以上に、彼女たちへの薬の影響は甚大な様子だった。
頭痛を覚えたのか、華扇は疲れたようにため息をついて天井を仰ぐ。
幸い、動物の言葉のわかる華扇だからよかったものの、早苗あたりがこの場に訪れていたら何事かと思うことだろう。
さて、どうやってこの事態を収拾しようかと華扇が頭を悩ませていると。
『にゃあ~!!』
「きゃあ!!?」
ネコ化した二人がタックルでもするかのように飛びついてきた。
さすがの華扇も相手は二人同時に飛び掛られては、体を支えきれずに倒れこんでしまうのは道理。
盛大にしりもちをつく結果になってしまった彼女は、「いたたた」と涙目になりながらお尻をさすっている。
「な、何をするのですか二人とも!? ……いえ、この場合は二匹かしら?」
「にゃ?」
華扇の呟きに、こてんっと首をかしげたのは霊夢である。
不思議そうな顔で華扇の顔を覗き込み、まじまじと見つめていたが、やがてニコリと笑ってぎゅーっと抱きついてきた。
「な、なななななななぁっ!!?」
ぼんっという音が聞こえそうなほど、まるで茹蛸のように顔を真っ赤にした華扇に、霊夢は追撃とばかりに頬摺りまでしてくる始末。
ぱくぱくと魚みたいに口を開閉させるしかできない華扇に不満なのか、魔理沙はというとムーッとした膨れっ面で服の裾を引っ張っている。
まるで遊んでほしそうな子猫そのものな行動に、どうしたらいいのか、何をすればいいのか。
そんな簡単なことすらも思いつけないまま、仙人ともあろう少女がネコな二人にされるがままだった。
「にゃー」
「にゃ?」
遊んで。遊んで。
そんな言葉を繰り返す二人。いつもとは違う、子供のように目をきらきらと輝かせ、純真爛漫に笑う彼女たちがおかしくて、華扇はくすくすと苦笑した。
霊夢に抱きつかれたままだから、いまだ顔の火照りは収まってはいないけれど。
「わかりました。さて、二人は何をしたいのですか?」
抱きついている霊夢の頭を撫でながら、二人を交互に見渡して華扇は笑う。
やさしく、暖かな、花のような微笑み。
にゃーと一声鳴いた魔理沙に、華扇は霊夢と同じように頭を撫でてやる。
心地良さそうに目を細める二人を見やり、華扇は「たまにはこんな日も悪くないのかしらねぇ」と呟いた。
体を起こして縁側に座ると、二人はうれしそうに華扇のそばに擦り寄ってくる。
にゃーにゃー、にゃーにゃー。
何をするの? 何して遊ぶの?
そう問いかけてくる二人の頭を撫でながら、ごろごろと喉を撫でてあげたりと。
そんなふうに遊んであげながら、ふと、いつごろ二人は元に戻るのだろうと華扇は首をかしげた。
いつまでもこのままでいいはずもないし、戻らないようなら何かしら解決策を講じる必要があるだろう。
「かといって、魔法のことはあまり詳しくないし……時間がたてば戻るのかしら?」
そんなことを呟いていると、くぁーっと欠伸をこぼしたのは魔理沙である。
眠そうに目をこすり、今にも眠ってしまいそうなそのさまが微笑ましくて、華扇はポンポンッと自分の膝を叩く。
その意味がわかったのか、魔理沙はうれしそうに一声鳴くと、華扇の太ももに頭を乗せて体を丸め、うつらうつらと舟をこぎ始めた。
そんな魔理沙をうらやましそうに見つめる霊夢に気づいて、苦笑しながら「あなたもおいで」と優しく言葉をかければ、彼女もうれしそうに華扇の膝に頭を乗せて丸くなった。
「~♪」
そんな彼女たちを見ていると、自然と子守唄が口をついて出た。
優しく、穏やかな心地よい旋律に、二人はだんだんとまどろみの中に落ちていく。
口ずさむ華扇の表情は穏やかで、まるで子を見守る母親のよう。
暖かな日差しの中、心地よい旋律が夢の世界へと後押ししていく。
彼女自身、どうして歌おうと思ったのかはわからない。ただ自然と、子をあやすための旋律が口をついて出たのだ。
そうして歌い終わったころには、二人はすっかりと眠りに落ちていた。
時々ネコの耳をぴくぴくさせ、安らかな寝息を立てて夢の中。
膝の上で眠る二人の少女の頭を撫でながら、華扇は満足げに微笑んでいる。
そんな彼女の元に、ふわりと降り立つひとつの人影。
時々博麗神社に訪れる人形遣いは、そんな三人の少女を目にして呆れたようにため息をついた。
「あら、さすが仙人。動物の扱いはお手の物なのね」
「アリスですか。ご覧のとおり、今日は二人とも役に立ちそうにありませんよ?」
「いいのよ。私の用事はこれでその二人を元に戻すことだから」
そういってアリスが懐から取り出したのは、透明の液体が入った小瓶だった。
「なるほど、この子達がこうなったときに一緒にいたのね」
「ご名答。魔理沙が作った薬だからいい予感はしなかったのだけど、案の定ね。これはその解毒薬」
魔理沙には貸しひとつね、と呆れたように口にするアリスを見て、「そうですね」と華扇も苦笑する。
なんだかんだとこうやって解毒薬を持ってくるあたり、わかりにくくはあるが彼女も友達思いではあるのだろう。
そんな仙人の考えを知ってか知らずか、アリスは小さく笑って小瓶を投げ渡す。
「それで、今から使う?」
意地悪そうにつむがれた言葉を聞いて、華扇はふと膝枕で眠る二人に視線を落とした。
すやすやと安らかに眠る二人を見て、「いいえ」と華扇は微笑んだ。
その安らかな笑顔は、ともすれば本当の、二人の母親のような笑顔で。
「二人が起きてからでも、遅くはないでしょう。今は、ゆっくり眠らせてあげたいですから」
「ふふ、それもそうね」
そんな彼女の言葉に同意して、アリスは華扇の隣に座り、魔理沙の髪を優しく撫でてやる。
心地良さそうに頬を緩める魔理沙を見て、アリスは「しょうがないやつねぇ」と呟いて、優しく笑った。
春の麗らかな午後の陽気。桜舞い散る博麗神社。
どうやら、二人が元に戻るのは、もう少し先の話のようである。
普通の猫でいいじゃん、みたいな。
まさか素直になって誰かに甘えるためだったとか…
アリスも猫化してみて欲しいですねー