※タグにもある通り、一次設定が大破しています。ご注意ください。
また、オリキャラの脇役が2つほど出てきます。
白玉楼の朝は早い。
正確に言うと、白玉楼専属の庭師にして剣術の指南役、魂魄妖夢の朝は早い。
床に就くのは主人より後。従者として当然のことではあるが、自由奔放な主人は床に就く時間も気の向くままであった。
たとえいつもならとっくに床に就いている時間であったとしても、主人である幽々子に「今日は夜のお散歩に行きましょう」と言われてしまえば、当然従者としてついていかないわけにはいかないのだ。
二百由旬はあろうかという巨大な白玉楼自慢の桜並木を歩く。ちょうど桜が咲き誇る時期で、さらに夜更けということも相まって、幽霊たちも数えるのが馬鹿らしくなるほどいる。
夜、闇と桜色がまじりあう中で、くるくると舞うように動き回る白。
その美しさは、この白玉楼に住まう二人をして、時という呪縛から解き放ってしまうほどであった。
そんなわけで、妖夢がほんの少しばかり寝坊をしてしまったのは、ある意味当然の結末と言えるであろう。
「ふあぁ」
その日、大きく生欠伸を一つして、魂魄妖夢は目覚めた。
昨日は随分と夜更かしをしてしまった。この分なら、幽々子様もまだ目が覚めてはいまい。
いつもより少し起きるのが遅かったが、それでも二刻ほどである。
睡眠時間が少々足りず、布団の誘惑から抜け出せずにいた。
何の制約もなければ、迷わず二度寝を決め込んでしまうだろう。しかしそこは従者、ぐっとその気持ちを抑え込む。
・・・・・・しかし、眠いなぁ。
妖夢がもう一つ生欠伸をして、微睡んでいたところ。
「ん?」
何やらおかしいものが妖夢の目に飛び込んできた。
日常の中に突然現れた非日常に、妖夢の精神が徐々に覚醒していく。
いつも通りの寝室。畳の匂いが心地よい。
締め切られた障子。強すぎる光を優しくさえぎっている。
ふかふかの布団。昨日一日干したばかりで、昨日はふんわりとした太陽の匂いを感じながら眠った。
二つの半霊。ちょっと待て。
「・・・・・・え、ちょっと待って」
目をこすってみる。もしかしたら何度も欠伸をしたせいで、涙がたまって二重に見えてしまったのかもしれない。
それでも半霊は二つ。
白くぼんやりとした球体は、ふわふわと二つ浮かんでいた。
ひょっとしたら、視力が悪くなってぶれて見えているのかしら。
妖夢は少し不安になったが、二つの半霊は別々の方向へとくるくると回ってくれやがった。
これで二つの半霊がそれぞれ別の存在、ぶれて見えているのではないということがわかってしまった。
妖夢はしばし呆然としたが、一つ閃いて、
「なんだ夢か」
くるんと布団にくるまって、すぐに安らかな寝息を立て始めた。
今日はあんまり眠れてなかったし、ちょうどいいか。
眠る妖夢の耳に、幽々子の自分を呼ぶ声が聞こえてくるまで、さして時間はかからなかった。
「それで今朝は遅れたのね」
幽々子は、いかにも楽しそうに、にこにこ笑いながら言った。
「本当に妖夢は駄目ねぇ。結論を急ぎ過ぎよ」
「・・・・・・申し訳ありませんでした」
「ふふふ。朝ご飯が遅れた時はどうしたのかと思ったけれど」
幽々子は妖夢の半霊(×2)をゆるゆると撫でながら、
「暇がつぶせそうだから、許してあげる」
にこりと微笑んでいった。
しかし妖夢は、自身の半霊を撫でられて、体のあちこちがむずむずするのでそれどころではなかった。
あの後、妖夢は一刻ほど眠った後幽々子に起こされた。
普段、白米の芳醇なにおいと、ちょっと頼りない従者のゆさぶりの中で目が覚める幽々子だったが、今日はなぜか従者が来ず、なんの匂いもしない。朝特有の、ほのかな風の匂いがするだけだった。
そういったわけで、立腹した幽々子はぷりぷりしながらぐっすりと眠る従者をたたき起こし、何よりも早く料理を作らせた。
そうして、手早く作られた玉子焼きとお茶漬けをあっという間に食べ、漬物をぽりぽりと食べているところでようやく従者の変貌に気付いたのであった、
いかに怒っていたとはいえ、自身の変化に全く気付いてもらえなかった妖夢の乙女心はほんの少しだけ傷ついたのであった。
そうして、現在に至るわけである。
「どちらかが妖夢の半霊じゃないということかしら」
幽々子はそういって二つの半霊を見比べたが、どちらも寸分の違いもなく、ただの白い球体である。
いかに普段から見ているものだといえ、否、逆に見慣れているものだから、特別意識したこともなかったからかもしれない。
どちらが本物か、皆目見当もつかなかった。
それは幽々子だけでなく妖夢も同様であった。
「感覚はどちらもあるのかしら?」
幽々子は二つの半霊を両手でなでながら尋ねた。
妖夢は少しぴくんと動き、咳払いを一つした。顔はほんのりと赤らんでいた。
「はい、どちらも同じように、ん、感覚があります、ので」
あんまり撫でないでください、と妖夢は小声で言った。
体が、生まれたての小鹿のように、小刻みにぷるぷると震えていた。
くすぐられているのを必死で耐えているように、正座をしている足をぐにぐにと曲げて、声を出さないように必死で耐えていた。
幽々子はにやにやと笑っている。おそらく、わかってやっているのだろう、と妖夢自身理解していたが、どうすることもできない。
「ふうん。まぁ、貴方がわからないなら私にもわからないわね」
幽々子はそういって、ようやく半霊を解放した。
ほっと息をついた妖夢だったが、ほんの少しだけ残念そうな顔をしたのを幽々子は見逃さなかった。あえて口に出しこそしなかったが。
さて、そんな二人の戯れも終わり、少し落ち着いてみると、問題だけが宙ぶらりんで残ってしまった。
どちらが本物の半霊なのか。それとも、どちらも本物の半霊で、二つに分かれてしまったのか。
いかに幽々子とて、このような体験は初めてだった。そして、妖夢自身もである。
全くわからない事象に二人が頭をひねってどれだけ考えても、答えは出るものではないだろう。
妖夢は、ほとほと困り果てていた。
幽々子は、妖夢が半人なら、霊が二つになると、半人半々霊になるのかしら、長くなるわねぇ、と考えていた。
「面白そうなことになってるわね」
「でしょう!」
「お二方共、真面目に考えてくださいよう」
それから数刻後、ちょうど日が真上へと移動しつつある時、唐突な来訪者が現れる。
八雲紫。彼女がやってくるときはいつも唐突であるため、幽々子も妖夢もさほど驚きはしない。
ただ、八雲紫本人が、見慣れた友人の見慣れた従者の見慣れない霊に若干うろたえてしまっただけだった。
しかしそこは妖怪の賢者である。
彼女の友人のにっこりとした笑みを見るや、すぐに彼女の意志を理解し、妖夢をいじりに回ったのであった。まさに以心伝心である。
妖夢と言えば、いじってくる対象が一人から二人へ増えたので、さらに困り果て、だんだん涙目になりつつあった。
流石に泣かせてしまうのはまずいと思ったのか、紫は咳払いを一つして取り繕い、
「それで、どちらが本物の半霊なのかが知りたいのね」
凛々しい声でそう言った。
妖夢からすればようやく出航した助け舟である。八雲紫と言えば妖怪でも最強と言われる存在。境界を操り、また、その知識ゆえに妖怪の賢者とも呼ばれ、不可能はないのではないかとすら思われる存在である。
ただ、まともに協力してくれるのかが、酷く心配ではあったが。
「その通りです。紫様、助けてくださいませんでしょうか」
少し目に涙をためて、俯き気味に、不安そうな声で尋ねる。紫から、うぐっ、と言う声が聞こえたが、すぐにごまかすような咳払いをし、
「そ、そうねぇ。協力してあげないこともないわ」
をほほ、と、まるで熱くなったものを冷やすかのように扇子で自分の顔を仰ぎながら、妖夢のまぶしい笑顔を浴びながら、友人のパルパルとした目線を感じながら紫は言った。
幽々子としては、従者の笑顔を向けてもらったことが、そして暇つぶしが消えてしまいかねない事態が大層不服ではあったが、おそらく自分の友人の事だ、何か面白い考えがあるのだろうと思い、鋭い目線こそ送れどあえて口は出さなかった。
「それじゃあ、半霊?を一つ差し出しなさい」
はい、と、妖夢は片方、紫に近いほうにいた半霊を、紫の手の中へと移動させた。
紫が言うには、『話すことができるものとできないものの境界』を入れ替えることで、半霊を喋れるようにして話を聞いてみればいいのではないかしら、ということだった。
妖夢は「本物かどうかをパッと調べてくれればいいのに」と、内心では思ったが、おそらく難しいのだろう、と思い、また、せっかく協力してくれるのに高望みしてはいけないと自分を戒め、半霊を差し出した。
ただ、先ほどから少しもしゃべらず、紫に目線を送り続けている主人の事が少し気になったが。
「それじゃあ、始めるわよ」
紫がそういうと、その手の中におさめられた半霊が、一瞬だけほんのりとした光を放ち、すぐに消えた。
どうやら本当に一瞬で終わったらしい。
「さぁ、聞いてみなさい」
そういって、紫が半霊を差し出す。
長年半人半霊として生きてきたが、自分の半霊と話をするというのは初めてで、妖夢は不思議な昂揚感に胸が高鳴るのを感じた。
買ってもらったゲームのハードを、箱から取り出すような気持ちだった。
「あなたは、私の半霊?」
妖夢が尋ねると、半霊はその白い体を少し揺らし、
「はああああああ!!俺妖夢ちゃんとお話ができるようになってるうううう!!!ほああああ!!これはマジ興奮するわああああハンパねぇえええ!!」
空気が凍った。
紫の口の端が、ひくっと不自然に吊り上った。
幽々子は呆然としている。無理もないだろう。
妖夢に至っては、何が起こったのか全く分からないでいる。
バリトンじみた声であった。おおよそこの場には似つかわしくない、非常に男らしい声であった。
妖夢の手にある白い球体から、その声が発されたようには聞こえたが、とても信じられない。
3人の思いは「何が起こったのかわからない」で一致したが、半霊(?)は続けてしゃべり続ける。
「ああああ、紫様本当にありがとうございます!!憧れの妖夢ちゃんと口を利けるなんて!!最高でございます!!あまりの喜びのあまり成仏してしまいそうですよ本当になんか出ちゃいそうです!」
半霊はその小さく白い体をくるくると回して、音は低い、それでいてテンションの高い声で続けざまに口走る。
妖夢はもう、何が何やらわからなかった。これが自分の半霊としてついていただという事実を受け入れたくなかった。あなたのお父さんよ、と言われ、紹介された父親がスカートをはいてきゃぴきゃぴしながら出てきた気分だ。
一方で、感謝をされた紫も、「えっ、ああ、はい」と、何故だか敬語になってしまっていた。
続いて、半霊がぐるりと回って幽々子のほうを見た。見たとはいっても目はないのだが、はっきりと視線を感じるほど鋭く幽々子のほうへ向いた。
幽々子の喉が、ひっ、と鳴った。
「幽々子様あぁ、貴方様の手でなでられた時間は実に至福の時でございました!!なんていうか、俺、死んでよかったって思うくらい!」
幽々子は、悍ましいものを見る目で半霊を見ている。否、目が離せなくなっている。かすかに震えてもいた。
「やめなさい、妖夢」
楼観剣を抜こうとした死んだ目の妖夢を、紫が引き止める。
先ほどまで自身も多少なりとも驚いていた、若干なれども引いていた紫ではあったが、気持ちはすぐに切り替えたのか、すでに賢者としての顔に戻っている。
この切り替えの良さが、幻想郷の賢者と呼ばれる所以だろう。
「何故止めるのですか、紫様。これは半霊ではありません。私の半霊が・・・・・・こんなわけ」
それ以上、言葉は続かなかった。妖夢自身、もう、何を言えばこの感情を吐露できるのかわからなくなっているのだ。
「それに、私に対してだけならいざ知らず、紫様に、そして幽々子様に愚挙を働きました。切り捨てるには十分の筈」
そう、先ほどの幽々子への半霊・・・・・・否、幽霊の言葉は、妖夢にとっては、従者にとっては耐えがたい愚行であった。それはもう、切り捨ててやりたいほどに。
話の流れを聞いていた半霊(偽)は、あわてて言葉を並べる。
「えええええ!?ちょっと待ってよようやく喋れたのに!!俺の妖夢ちゃんへの愛はまだまだバーニングしてるのに!!」
「そのまま燃え尽きてしまえ」
「うっひょおおおお!!!妖夢ちゃんのその冷たい目!すごくいいいいい!!素晴らしい!!でもまだこの至福が続けばいいのに!!」
「否、貴様はこれから切り捨てられる。・・・・・・妖怪が鍛えた楼観剣に、斬れぬものなど・・・・・・」
妖夢が、居合腰を構え、今まさに放たんとする直前。
「だいたいさぁ!なんで俺だけなんだよ!!半霊半霊って言ってっけどなんだよそれ!!そっちの奴だって普通の幽霊じゃねーかよ!!差別ですか?幽霊差別ですか!?」
またもや、時が止まった。
ちょうどその時、時を止めていたメイド長の世界に3人は偶然にも入門してしまったのだが、関係のないことである。
そっちのやつ、と幽霊は言った。
続けて、そいつも普通の幽霊だと。
今度は、紫、幽々子、妖夢全員の開いた口がふさがらない。
しかし、
「・・・・・・そ、それならば、そちらの幽霊・・・・・・妖夢の半霊の話も、聞いてみるべきよね」
相変わらず切り替えの早い紫の言葉で、幽々子がはっとした。妖夢はまだ呆けていた。
そんな妖夢にあわてて話しかける幽々子。
「そ、そうよね。妖夢、安心しなさい、今度こそ普通の半霊よ、・・・・・・たぶん」
非常にあいまいな慰めの言葉だった。
その言葉を受けて、妖夢も蚊の鳴くような声で、「そうですね・・・・・・」と言う。
全員が、嫌な予感はしていた。
さて、紫の能力の使用は終了し、あとは妖夢が話しかけるだけだ。
しかし、
「そ・・・・・・の・・・・・・。・・・・・・うう」
声が出ない。
本物の半霊(?)があんな調子だったら、もしも声がバストーンだったら、 もし一人称が拙者で、二人称が○○氏だったら・・・・・・。
嫌でもそのような想像が頭の中を、ぐるんぐるんと走り回るのだ。
たった一言、「貴方は私の半霊ですか」が言えない。まるで恋する乙女の告白ようだが、180度まちがった方向である。
そうして、妖夢が言葉を言いあぐねていると、
「・・・・・・妖夢。私は本当に長い間、貴方と一緒にいたのよ。何を恐れることがあるの」
幽霊の声は、どことなく妖夢に似た声だった。
バリトンの声でもなく、妙なテンションでもなく、ただ、静かで、凛とした声だった。
妖夢の目から、涙がこぼれた。
安堵。よかった。私の半霊は、変な奴ではなかった。
そうだ、半霊は私。半人半霊で、魂魄妖夢なのだ。
「貴方が、私の半霊なのね」
「いや私は普通の幽霊だけどね」
妖夢は咆哮し、楼観剣を振り回した。
もう何も信じられなかった。
切っ先が男のほうの幽霊に当たり、一瞬で殺傷された。
危険を感じた紫が、楼観剣をスキマ送りにした。
暴れる妖夢を、幽々子が羽交い絞めにして止めた。
背中から伝わる柔らかい二つの豊満なふくらみに動揺し、妖夢の自我が覚醒した。
くるりと幽々子に向き直ると同時に、妖夢はそのふくらみに顔をうずめ、慟哭した。
ここまで、5秒。
さて、落ち着いてみると、一番の主要人物である妖夢は幽々子の胸で泣き続けている。
そして先にしゃべった、男のほうの幽霊は成仏してしまった。
となると、紫と幽々子がこの残った、女の幽霊に話を聞き、真実を突き止めなければならない。
「それで、あなたは何者なのかしら?」
幽々子はなく妖夢を優しくなでながら、しかし女の幽霊に対しては毅然とした態度で問う。
これ以上、妖夢の事を傷つけることを言えばどうなるか、わかっているわよね。
見るだけで、人を殺せそうな目だった。
しかし、幽霊は視線をどこ吹く風のように、くるくると回りながら言う。
「私はね、妖夢が物心つく前に、妖夢にくっついただけのただの幽霊。なんだかよくわからないけど、あのときは吸い込まれるように妖夢にくっついたの」
「くっついた?それはどういう意味かしら」
「えーっと、あれよ、乗り移るって言ったら正しいかしらね。多分妖夢は、霊感が強い人間だし、それでくっついたんだと思う」
「乗り移る、ねぇ・・・・・・。ん?」
幽々子はピクリと眉をひそめる。紫は・・・・・・あわてて何かを確認し、驚愕の表情になっていた。
しかし、幽々子は幽霊の話を聞いていて、友人の様子に気付かない。否、気付けない。
「妖夢が、なんて言ったかしら?」
「だから、人間でしょ?」
違うの?と言いたげに、幽霊がくるりと回る。
幽々子は、あっけにとられ、何も言えなくなった。
妖夢が、人間?
しかし、妖夢は半人半霊と・・・・・・。
そうだ。半人半霊の祖父、魂魄妖忌。
彼が半人半霊なら、妖夢も半人半霊であるはずである。
ならば・・・・・・と、そこまで考え、幽々子はふと顔を上げる。
友人が、ものすごい驚愕の表情をしていた。
思わず、びくりと体を動かしてしまう。半信半疑の事態が多すぎて、精神的に弱くなっているのかもしれない。
紫のこんな表情を、幽々子は今まで見たことがなかった。
まるで、そう・・・・・・。
今、妖夢を確認したら、本当に人間だったことがわかったような表情だった。
誰も、何も言わなかった。
幽々子は、わかってしまった。紫の表情で、すべて。以心伝心とは、こうも無情なものなのだろうか。
「魂魄妖夢は、霊感の強い、ただの人間である」
今までのすべての大前提が崩れていくようだった。
妖夢を抱いて座っているはずなのに、なぜだか、今にも崩れそうな崖の上にいるような気分だった。
「・・・・・・。まさに、驚天動地ね。やられたわ」
紫が、すべてを悟ったように、ふぅ、と一つため息をついた。
「最初からずっと半人半霊だと言われたから、改めて調べてみようと思わなかった」
幽々子は頷いた。幽々子も、妖夢の事を半人半霊だと言われ、何の疑問も抱かず、今の今まで過ごしていた。
ならば、何故。
何故半人半霊だと思った。
言われたから。誰に?
「師匠」
幽々子の胸の中から、声がする。
妖夢は、いつの間にか泣き止んでいた。
酷く、かすれた声だった。
「師匠、何故。何故ですか。何故貴方は、私を・・・・・・。」
私を、と言いかけて、妖夢の頭で過去の記憶が、ざあざあと流れ始めた。
師匠がいなくなったこと、師匠に剣術を受けていたこと、白玉楼に住むようになったこと。
・・・・・・その記憶の中に、自身を「半人半霊」と呼ぶ、師匠、魂魄妖忌の姿はなかった。
魂魄妖忌は、一度も、妖夢を半人半霊とは言っていない。
半人前。妖夢。それ以外の名で、彼が妖夢を呼ぶことはなかった。
ならば、どういうことだ。
いつも半人半霊だと言っていたのは。
「私?」
そう。私だ。魂魄妖夢だ。
私は、自分が半人半霊だと思い込んでいた?
それならば、何故。
必死で記憶を手繰る。
白玉楼に来る前、物心つく前。
絶対にその時に何かがあったはずなのだ。
ああ、くそ、師匠の「半人前め」という言葉が、ここにきて・・・・・・。
半人前?
「あ、あああ・・・・・・」
思い出した。
思い出してしまった。
「まだまだじゃのう、妖夢」
妖夢の剣が、地面に突き刺さった。
「ま!まいりました!」
妖夢がまだ物心つく前。
そのころから妖忌は、妖夢を一流の剣士へ、そして庭師へと育て上げるため、師として妖夢と接してきていた。
やりすぎとも言われるかもしれない。横暴だとも。だが、何分、人の命は、主人に比べると格段に短い。
情を捨て、妖夢を剣士として、一流の従者として育て上げるのが、妖忌の、散逝く前にできる最後の幽々子への奉仕。
「せめて儂から一本取って見せよ。まだお前は半人前だが、修行に励めばそう遠くはないやもしれぬ」
否、そうでなくては困る。妖忌はそう言いかけたが、口には出さなかった。
散逝く身を告げ、妖夢の剣を鈍らせてはならなかったからである。
「はい、頑張ります!・・・・・・師匠、ひとつよろしいでしょうか」
「む、いいだろう。何かな?」
「その、ご質問なのですが。あの、師匠がよくいう、はんにんまえ・・・・・・という言葉の、意味を教えてはいただけませんか」
「む・・・・・・」
妖忌は狼狽した。
剣術の事について、自分なりに聞いてくるのかと思ってみれば、日本語の問題だった。
しかし、半人前。どう説明すればよいだろうか。
「それはだな、妖夢。・・・・・・むぅ、困ったの、どう説明すれば・・・・・・」
「師匠?」
「そうだのう。一人前という言葉は知っておるかな?」
「はい、それなら!」
「よし、ならば、一人前に対し、半人前は半分が足りない。半分がない、つまりな」
「半分が零なのだ」
「半分が霊ですか!」
了。
また、オリキャラの脇役が2つほど出てきます。
白玉楼の朝は早い。
正確に言うと、白玉楼専属の庭師にして剣術の指南役、魂魄妖夢の朝は早い。
床に就くのは主人より後。従者として当然のことではあるが、自由奔放な主人は床に就く時間も気の向くままであった。
たとえいつもならとっくに床に就いている時間であったとしても、主人である幽々子に「今日は夜のお散歩に行きましょう」と言われてしまえば、当然従者としてついていかないわけにはいかないのだ。
二百由旬はあろうかという巨大な白玉楼自慢の桜並木を歩く。ちょうど桜が咲き誇る時期で、さらに夜更けということも相まって、幽霊たちも数えるのが馬鹿らしくなるほどいる。
夜、闇と桜色がまじりあう中で、くるくると舞うように動き回る白。
その美しさは、この白玉楼に住まう二人をして、時という呪縛から解き放ってしまうほどであった。
そんなわけで、妖夢がほんの少しばかり寝坊をしてしまったのは、ある意味当然の結末と言えるであろう。
「ふあぁ」
その日、大きく生欠伸を一つして、魂魄妖夢は目覚めた。
昨日は随分と夜更かしをしてしまった。この分なら、幽々子様もまだ目が覚めてはいまい。
いつもより少し起きるのが遅かったが、それでも二刻ほどである。
睡眠時間が少々足りず、布団の誘惑から抜け出せずにいた。
何の制約もなければ、迷わず二度寝を決め込んでしまうだろう。しかしそこは従者、ぐっとその気持ちを抑え込む。
・・・・・・しかし、眠いなぁ。
妖夢がもう一つ生欠伸をして、微睡んでいたところ。
「ん?」
何やらおかしいものが妖夢の目に飛び込んできた。
日常の中に突然現れた非日常に、妖夢の精神が徐々に覚醒していく。
いつも通りの寝室。畳の匂いが心地よい。
締め切られた障子。強すぎる光を優しくさえぎっている。
ふかふかの布団。昨日一日干したばかりで、昨日はふんわりとした太陽の匂いを感じながら眠った。
二つの半霊。ちょっと待て。
「・・・・・・え、ちょっと待って」
目をこすってみる。もしかしたら何度も欠伸をしたせいで、涙がたまって二重に見えてしまったのかもしれない。
それでも半霊は二つ。
白くぼんやりとした球体は、ふわふわと二つ浮かんでいた。
ひょっとしたら、視力が悪くなってぶれて見えているのかしら。
妖夢は少し不安になったが、二つの半霊は別々の方向へとくるくると回ってくれやがった。
これで二つの半霊がそれぞれ別の存在、ぶれて見えているのではないということがわかってしまった。
妖夢はしばし呆然としたが、一つ閃いて、
「なんだ夢か」
くるんと布団にくるまって、すぐに安らかな寝息を立て始めた。
今日はあんまり眠れてなかったし、ちょうどいいか。
眠る妖夢の耳に、幽々子の自分を呼ぶ声が聞こえてくるまで、さして時間はかからなかった。
「それで今朝は遅れたのね」
幽々子は、いかにも楽しそうに、にこにこ笑いながら言った。
「本当に妖夢は駄目ねぇ。結論を急ぎ過ぎよ」
「・・・・・・申し訳ありませんでした」
「ふふふ。朝ご飯が遅れた時はどうしたのかと思ったけれど」
幽々子は妖夢の半霊(×2)をゆるゆると撫でながら、
「暇がつぶせそうだから、許してあげる」
にこりと微笑んでいった。
しかし妖夢は、自身の半霊を撫でられて、体のあちこちがむずむずするのでそれどころではなかった。
あの後、妖夢は一刻ほど眠った後幽々子に起こされた。
普段、白米の芳醇なにおいと、ちょっと頼りない従者のゆさぶりの中で目が覚める幽々子だったが、今日はなぜか従者が来ず、なんの匂いもしない。朝特有の、ほのかな風の匂いがするだけだった。
そういったわけで、立腹した幽々子はぷりぷりしながらぐっすりと眠る従者をたたき起こし、何よりも早く料理を作らせた。
そうして、手早く作られた玉子焼きとお茶漬けをあっという間に食べ、漬物をぽりぽりと食べているところでようやく従者の変貌に気付いたのであった、
いかに怒っていたとはいえ、自身の変化に全く気付いてもらえなかった妖夢の乙女心はほんの少しだけ傷ついたのであった。
そうして、現在に至るわけである。
「どちらかが妖夢の半霊じゃないということかしら」
幽々子はそういって二つの半霊を見比べたが、どちらも寸分の違いもなく、ただの白い球体である。
いかに普段から見ているものだといえ、否、逆に見慣れているものだから、特別意識したこともなかったからかもしれない。
どちらが本物か、皆目見当もつかなかった。
それは幽々子だけでなく妖夢も同様であった。
「感覚はどちらもあるのかしら?」
幽々子は二つの半霊を両手でなでながら尋ねた。
妖夢は少しぴくんと動き、咳払いを一つした。顔はほんのりと赤らんでいた。
「はい、どちらも同じように、ん、感覚があります、ので」
あんまり撫でないでください、と妖夢は小声で言った。
体が、生まれたての小鹿のように、小刻みにぷるぷると震えていた。
くすぐられているのを必死で耐えているように、正座をしている足をぐにぐにと曲げて、声を出さないように必死で耐えていた。
幽々子はにやにやと笑っている。おそらく、わかってやっているのだろう、と妖夢自身理解していたが、どうすることもできない。
「ふうん。まぁ、貴方がわからないなら私にもわからないわね」
幽々子はそういって、ようやく半霊を解放した。
ほっと息をついた妖夢だったが、ほんの少しだけ残念そうな顔をしたのを幽々子は見逃さなかった。あえて口に出しこそしなかったが。
さて、そんな二人の戯れも終わり、少し落ち着いてみると、問題だけが宙ぶらりんで残ってしまった。
どちらが本物の半霊なのか。それとも、どちらも本物の半霊で、二つに分かれてしまったのか。
いかに幽々子とて、このような体験は初めてだった。そして、妖夢自身もである。
全くわからない事象に二人が頭をひねってどれだけ考えても、答えは出るものではないだろう。
妖夢は、ほとほと困り果てていた。
幽々子は、妖夢が半人なら、霊が二つになると、半人半々霊になるのかしら、長くなるわねぇ、と考えていた。
「面白そうなことになってるわね」
「でしょう!」
「お二方共、真面目に考えてくださいよう」
それから数刻後、ちょうど日が真上へと移動しつつある時、唐突な来訪者が現れる。
八雲紫。彼女がやってくるときはいつも唐突であるため、幽々子も妖夢もさほど驚きはしない。
ただ、八雲紫本人が、見慣れた友人の見慣れた従者の見慣れない霊に若干うろたえてしまっただけだった。
しかしそこは妖怪の賢者である。
彼女の友人のにっこりとした笑みを見るや、すぐに彼女の意志を理解し、妖夢をいじりに回ったのであった。まさに以心伝心である。
妖夢と言えば、いじってくる対象が一人から二人へ増えたので、さらに困り果て、だんだん涙目になりつつあった。
流石に泣かせてしまうのはまずいと思ったのか、紫は咳払いを一つして取り繕い、
「それで、どちらが本物の半霊なのかが知りたいのね」
凛々しい声でそう言った。
妖夢からすればようやく出航した助け舟である。八雲紫と言えば妖怪でも最強と言われる存在。境界を操り、また、その知識ゆえに妖怪の賢者とも呼ばれ、不可能はないのではないかとすら思われる存在である。
ただ、まともに協力してくれるのかが、酷く心配ではあったが。
「その通りです。紫様、助けてくださいませんでしょうか」
少し目に涙をためて、俯き気味に、不安そうな声で尋ねる。紫から、うぐっ、と言う声が聞こえたが、すぐにごまかすような咳払いをし、
「そ、そうねぇ。協力してあげないこともないわ」
をほほ、と、まるで熱くなったものを冷やすかのように扇子で自分の顔を仰ぎながら、妖夢のまぶしい笑顔を浴びながら、友人のパルパルとした目線を感じながら紫は言った。
幽々子としては、従者の笑顔を向けてもらったことが、そして暇つぶしが消えてしまいかねない事態が大層不服ではあったが、おそらく自分の友人の事だ、何か面白い考えがあるのだろうと思い、鋭い目線こそ送れどあえて口は出さなかった。
「それじゃあ、半霊?を一つ差し出しなさい」
はい、と、妖夢は片方、紫に近いほうにいた半霊を、紫の手の中へと移動させた。
紫が言うには、『話すことができるものとできないものの境界』を入れ替えることで、半霊を喋れるようにして話を聞いてみればいいのではないかしら、ということだった。
妖夢は「本物かどうかをパッと調べてくれればいいのに」と、内心では思ったが、おそらく難しいのだろう、と思い、また、せっかく協力してくれるのに高望みしてはいけないと自分を戒め、半霊を差し出した。
ただ、先ほどから少しもしゃべらず、紫に目線を送り続けている主人の事が少し気になったが。
「それじゃあ、始めるわよ」
紫がそういうと、その手の中におさめられた半霊が、一瞬だけほんのりとした光を放ち、すぐに消えた。
どうやら本当に一瞬で終わったらしい。
「さぁ、聞いてみなさい」
そういって、紫が半霊を差し出す。
長年半人半霊として生きてきたが、自分の半霊と話をするというのは初めてで、妖夢は不思議な昂揚感に胸が高鳴るのを感じた。
買ってもらったゲームのハードを、箱から取り出すような気持ちだった。
「あなたは、私の半霊?」
妖夢が尋ねると、半霊はその白い体を少し揺らし、
「はああああああ!!俺妖夢ちゃんとお話ができるようになってるうううう!!!ほああああ!!これはマジ興奮するわああああハンパねぇえええ!!」
空気が凍った。
紫の口の端が、ひくっと不自然に吊り上った。
幽々子は呆然としている。無理もないだろう。
妖夢に至っては、何が起こったのか全く分からないでいる。
バリトンじみた声であった。おおよそこの場には似つかわしくない、非常に男らしい声であった。
妖夢の手にある白い球体から、その声が発されたようには聞こえたが、とても信じられない。
3人の思いは「何が起こったのかわからない」で一致したが、半霊(?)は続けてしゃべり続ける。
「ああああ、紫様本当にありがとうございます!!憧れの妖夢ちゃんと口を利けるなんて!!最高でございます!!あまりの喜びのあまり成仏してしまいそうですよ本当になんか出ちゃいそうです!」
半霊はその小さく白い体をくるくると回して、音は低い、それでいてテンションの高い声で続けざまに口走る。
妖夢はもう、何が何やらわからなかった。これが自分の半霊としてついていただという事実を受け入れたくなかった。あなたのお父さんよ、と言われ、紹介された父親がスカートをはいてきゃぴきゃぴしながら出てきた気分だ。
一方で、感謝をされた紫も、「えっ、ああ、はい」と、何故だか敬語になってしまっていた。
続いて、半霊がぐるりと回って幽々子のほうを見た。見たとはいっても目はないのだが、はっきりと視線を感じるほど鋭く幽々子のほうへ向いた。
幽々子の喉が、ひっ、と鳴った。
「幽々子様あぁ、貴方様の手でなでられた時間は実に至福の時でございました!!なんていうか、俺、死んでよかったって思うくらい!」
幽々子は、悍ましいものを見る目で半霊を見ている。否、目が離せなくなっている。かすかに震えてもいた。
「やめなさい、妖夢」
楼観剣を抜こうとした死んだ目の妖夢を、紫が引き止める。
先ほどまで自身も多少なりとも驚いていた、若干なれども引いていた紫ではあったが、気持ちはすぐに切り替えたのか、すでに賢者としての顔に戻っている。
この切り替えの良さが、幻想郷の賢者と呼ばれる所以だろう。
「何故止めるのですか、紫様。これは半霊ではありません。私の半霊が・・・・・・こんなわけ」
それ以上、言葉は続かなかった。妖夢自身、もう、何を言えばこの感情を吐露できるのかわからなくなっているのだ。
「それに、私に対してだけならいざ知らず、紫様に、そして幽々子様に愚挙を働きました。切り捨てるには十分の筈」
そう、先ほどの幽々子への半霊・・・・・・否、幽霊の言葉は、妖夢にとっては、従者にとっては耐えがたい愚行であった。それはもう、切り捨ててやりたいほどに。
話の流れを聞いていた半霊(偽)は、あわてて言葉を並べる。
「えええええ!?ちょっと待ってよようやく喋れたのに!!俺の妖夢ちゃんへの愛はまだまだバーニングしてるのに!!」
「そのまま燃え尽きてしまえ」
「うっひょおおおお!!!妖夢ちゃんのその冷たい目!すごくいいいいい!!素晴らしい!!でもまだこの至福が続けばいいのに!!」
「否、貴様はこれから切り捨てられる。・・・・・・妖怪が鍛えた楼観剣に、斬れぬものなど・・・・・・」
妖夢が、居合腰を構え、今まさに放たんとする直前。
「だいたいさぁ!なんで俺だけなんだよ!!半霊半霊って言ってっけどなんだよそれ!!そっちの奴だって普通の幽霊じゃねーかよ!!差別ですか?幽霊差別ですか!?」
またもや、時が止まった。
ちょうどその時、時を止めていたメイド長の世界に3人は偶然にも入門してしまったのだが、関係のないことである。
そっちのやつ、と幽霊は言った。
続けて、そいつも普通の幽霊だと。
今度は、紫、幽々子、妖夢全員の開いた口がふさがらない。
しかし、
「・・・・・・そ、それならば、そちらの幽霊・・・・・・妖夢の半霊の話も、聞いてみるべきよね」
相変わらず切り替えの早い紫の言葉で、幽々子がはっとした。妖夢はまだ呆けていた。
そんな妖夢にあわてて話しかける幽々子。
「そ、そうよね。妖夢、安心しなさい、今度こそ普通の半霊よ、・・・・・・たぶん」
非常にあいまいな慰めの言葉だった。
その言葉を受けて、妖夢も蚊の鳴くような声で、「そうですね・・・・・・」と言う。
全員が、嫌な予感はしていた。
さて、紫の能力の使用は終了し、あとは妖夢が話しかけるだけだ。
しかし、
「そ・・・・・・の・・・・・・。・・・・・・うう」
声が出ない。
本物の半霊(?)があんな調子だったら、もしも声がバストーンだったら、 もし一人称が拙者で、二人称が○○氏だったら・・・・・・。
嫌でもそのような想像が頭の中を、ぐるんぐるんと走り回るのだ。
たった一言、「貴方は私の半霊ですか」が言えない。まるで恋する乙女の告白ようだが、180度まちがった方向である。
そうして、妖夢が言葉を言いあぐねていると、
「・・・・・・妖夢。私は本当に長い間、貴方と一緒にいたのよ。何を恐れることがあるの」
幽霊の声は、どことなく妖夢に似た声だった。
バリトンの声でもなく、妙なテンションでもなく、ただ、静かで、凛とした声だった。
妖夢の目から、涙がこぼれた。
安堵。よかった。私の半霊は、変な奴ではなかった。
そうだ、半霊は私。半人半霊で、魂魄妖夢なのだ。
「貴方が、私の半霊なのね」
「いや私は普通の幽霊だけどね」
妖夢は咆哮し、楼観剣を振り回した。
もう何も信じられなかった。
切っ先が男のほうの幽霊に当たり、一瞬で殺傷された。
危険を感じた紫が、楼観剣をスキマ送りにした。
暴れる妖夢を、幽々子が羽交い絞めにして止めた。
背中から伝わる柔らかい二つの豊満なふくらみに動揺し、妖夢の自我が覚醒した。
くるりと幽々子に向き直ると同時に、妖夢はそのふくらみに顔をうずめ、慟哭した。
ここまで、5秒。
さて、落ち着いてみると、一番の主要人物である妖夢は幽々子の胸で泣き続けている。
そして先にしゃべった、男のほうの幽霊は成仏してしまった。
となると、紫と幽々子がこの残った、女の幽霊に話を聞き、真実を突き止めなければならない。
「それで、あなたは何者なのかしら?」
幽々子はなく妖夢を優しくなでながら、しかし女の幽霊に対しては毅然とした態度で問う。
これ以上、妖夢の事を傷つけることを言えばどうなるか、わかっているわよね。
見るだけで、人を殺せそうな目だった。
しかし、幽霊は視線をどこ吹く風のように、くるくると回りながら言う。
「私はね、妖夢が物心つく前に、妖夢にくっついただけのただの幽霊。なんだかよくわからないけど、あのときは吸い込まれるように妖夢にくっついたの」
「くっついた?それはどういう意味かしら」
「えーっと、あれよ、乗り移るって言ったら正しいかしらね。多分妖夢は、霊感が強い人間だし、それでくっついたんだと思う」
「乗り移る、ねぇ・・・・・・。ん?」
幽々子はピクリと眉をひそめる。紫は・・・・・・あわてて何かを確認し、驚愕の表情になっていた。
しかし、幽々子は幽霊の話を聞いていて、友人の様子に気付かない。否、気付けない。
「妖夢が、なんて言ったかしら?」
「だから、人間でしょ?」
違うの?と言いたげに、幽霊がくるりと回る。
幽々子は、あっけにとられ、何も言えなくなった。
妖夢が、人間?
しかし、妖夢は半人半霊と・・・・・・。
そうだ。半人半霊の祖父、魂魄妖忌。
彼が半人半霊なら、妖夢も半人半霊であるはずである。
ならば・・・・・・と、そこまで考え、幽々子はふと顔を上げる。
友人が、ものすごい驚愕の表情をしていた。
思わず、びくりと体を動かしてしまう。半信半疑の事態が多すぎて、精神的に弱くなっているのかもしれない。
紫のこんな表情を、幽々子は今まで見たことがなかった。
まるで、そう・・・・・・。
今、妖夢を確認したら、本当に人間だったことがわかったような表情だった。
誰も、何も言わなかった。
幽々子は、わかってしまった。紫の表情で、すべて。以心伝心とは、こうも無情なものなのだろうか。
「魂魄妖夢は、霊感の強い、ただの人間である」
今までのすべての大前提が崩れていくようだった。
妖夢を抱いて座っているはずなのに、なぜだか、今にも崩れそうな崖の上にいるような気分だった。
「・・・・・・。まさに、驚天動地ね。やられたわ」
紫が、すべてを悟ったように、ふぅ、と一つため息をついた。
「最初からずっと半人半霊だと言われたから、改めて調べてみようと思わなかった」
幽々子は頷いた。幽々子も、妖夢の事を半人半霊だと言われ、何の疑問も抱かず、今の今まで過ごしていた。
ならば、何故。
何故半人半霊だと思った。
言われたから。誰に?
「師匠」
幽々子の胸の中から、声がする。
妖夢は、いつの間にか泣き止んでいた。
酷く、かすれた声だった。
「師匠、何故。何故ですか。何故貴方は、私を・・・・・・。」
私を、と言いかけて、妖夢の頭で過去の記憶が、ざあざあと流れ始めた。
師匠がいなくなったこと、師匠に剣術を受けていたこと、白玉楼に住むようになったこと。
・・・・・・その記憶の中に、自身を「半人半霊」と呼ぶ、師匠、魂魄妖忌の姿はなかった。
魂魄妖忌は、一度も、妖夢を半人半霊とは言っていない。
半人前。妖夢。それ以外の名で、彼が妖夢を呼ぶことはなかった。
ならば、どういうことだ。
いつも半人半霊だと言っていたのは。
「私?」
そう。私だ。魂魄妖夢だ。
私は、自分が半人半霊だと思い込んでいた?
それならば、何故。
必死で記憶を手繰る。
白玉楼に来る前、物心つく前。
絶対にその時に何かがあったはずなのだ。
ああ、くそ、師匠の「半人前め」という言葉が、ここにきて・・・・・・。
半人前?
「あ、あああ・・・・・・」
思い出した。
思い出してしまった。
「まだまだじゃのう、妖夢」
妖夢の剣が、地面に突き刺さった。
「ま!まいりました!」
妖夢がまだ物心つく前。
そのころから妖忌は、妖夢を一流の剣士へ、そして庭師へと育て上げるため、師として妖夢と接してきていた。
やりすぎとも言われるかもしれない。横暴だとも。だが、何分、人の命は、主人に比べると格段に短い。
情を捨て、妖夢を剣士として、一流の従者として育て上げるのが、妖忌の、散逝く前にできる最後の幽々子への奉仕。
「せめて儂から一本取って見せよ。まだお前は半人前だが、修行に励めばそう遠くはないやもしれぬ」
否、そうでなくては困る。妖忌はそう言いかけたが、口には出さなかった。
散逝く身を告げ、妖夢の剣を鈍らせてはならなかったからである。
「はい、頑張ります!・・・・・・師匠、ひとつよろしいでしょうか」
「む、いいだろう。何かな?」
「その、ご質問なのですが。あの、師匠がよくいう、はんにんまえ・・・・・・という言葉の、意味を教えてはいただけませんか」
「む・・・・・・」
妖忌は狼狽した。
剣術の事について、自分なりに聞いてくるのかと思ってみれば、日本語の問題だった。
しかし、半人前。どう説明すればよいだろうか。
「それはだな、妖夢。・・・・・・むぅ、困ったの、どう説明すれば・・・・・・」
「師匠?」
「そうだのう。一人前という言葉は知っておるかな?」
「はい、それなら!」
「よし、ならば、一人前に対し、半人前は半分が足りない。半分がない、つまりな」
「半分が零なのだ」
「半分が霊ですか!」
了。
愛い奴めー。
結局あの感覚繋がった幽霊たちは誰だったんだw