※この話は同作品集内の『凄い厳しい私の後輩』の設定を使っているので、お暇があればそちらもどうぞ。もちろん、そちらを読んでいなくてもあまり支障はありません。
ライバル、という言葉を聞いたことがあるだろう。
好敵手と書いて、ライバルと読ませることもある。
私には、そのライバルというものがいる。
それが、私と同じ鴉天狗の姫海棠はたてだ。
まぁ、ライバルとは言っても、はたてが一方的に絡んでくることが多いだけで、私はさして気にしていないのだけど。
むしろ私的には仲の良い友人みたいなものだと思っている。
そんなはたてに、朝から見つかってしまったのは不幸としか言いようがなかった。
「あ、文!なんていいタイミングで見つけたのかしら!」
甲高い声が聞こえたと思った時には、はたては私のすぐ側まで近づいてきていた。
一瞬で距離をつめてくる辺り、さすがは同じ鴉天狗と言ったところか。
ぶっちゃけ、はたてが厄介なのはそこで、見つかってしまうと私でも逃げ切ることができないのである。
「はぁ……なんですかはたて、私は今急いでいるんですが?」
「なに?取材?」
「ええ、今日はアポを取り付けてあるので」
「ふん、珍しいこともあるわね、あんたがアポなんて」
鼻で笑われた上に非常に失礼なことを言われているような気がするが、鴉天狗の間ではむしろ常識だ。
アポなし突撃取材こそ、良いネタ、良いスクープを見つけられる。
新人時代には、そんな教えを叩き込まれたりするから恐ろしい。
「まぁそれならそれでいいわよ、勝手にあんたの後をついていくだけだから」
「は……?どういう意味ですかそれは?」
私が疑問の声を上げると、はたてはびしっと人差し指を私に突きつけてきた。
腰に手を当て胸を張って宙に浮かぶ姿は、なるほどなかなかのスタイルで若干嫉妬してしまう。
「ふっ、私はあんたに勝つために秘密の作戦を考えたのよ」
不敵に微笑むはたて。
勝つ、というのは天狗の仲間内で開かれる記事の品評会のことだろう。
彼女は一体何をするつもりなのか、ごくりと唾を飲む。
「秘密の作戦……」
「そう、名付けて『ライバルの取材を取材作戦!』よ」
「ネーミングセンスひどっ!しかも作戦の内容バレバレなんですけど!?」
「えっ!?さ、さすがは私のライバルね、そうよ!あんたの取材を取材することで今後の勝負のヒントにしようという私の崇高な作戦のことよ!」
慌てふためいたはたては、崇高な作戦の内容を全て喋ってしまっていた。
こういう抜けたところが、私のライバルとは認めたくない所以である。
「もちろん拒否したところで、勝手についていくからね」
「取材に付き纏うのは記者としてNGじゃないですか?」
「いいえ、私も取材なんだからセーフよ、セーフ!」
必死になってそう主張するはたてを見て、私はため息を吐いた。
抜けたところはあれだけど、こういう強引さはむしろ見習うべきなのかもしれない。
「わかりました、もう何でもいいですから、さっさと行きますよ」
「イエッサー!!」
なぜ急に軍隊のノリなのか、と思いつつも突っ込むのがめんどくさいのでさっさと行くことにする。
こうしている間にもスクープはどんどん逃げていってしまうのだから。
が、先を急ごうとする私の前にもう一人、ある少女が立ちはだかってしまった。
「ん?あれ、椛じゃないの?」
視界の向こう側から飛んでくる人物にはたても気が付いたようだ。
白狼天狗、犬走椛の姿に。
鴉天狗よりは劣るものの、それなりのスピードを持つ椛は、やはり一瞬で私達の側まで近寄ってくる。
はたての時と違うのは、私の方も逃げるつもりがなかったことだろうか。
(って、なぜでしょう?)
椛と話している暇なんてない。
ネタは一分一秒の鮮度が大事なのだから。
だけど、どうしてか私は椛が近寄ってくるのを待っていて。
そんな私を不思議そうに見るはたてのことなんて、完全に思考の外だった。
「どうもおはようございます、文先輩……の隣にいるはたて先輩」
「なんか私のこと微妙にスルーしましたよね!?」
「おは~椛、文にもちゃんと挨拶しなさいよ?」
椛は私達にとって後輩にあたる存在だ。
本来違う天狗どうしで先輩後輩と呼び合うことはあまりないけど、ひょんなことから椛とはそんな関係になっている。
そしてこの椛、優秀かつ礼儀正しいことで有名なのだが、私に対してはなぜか厳しい態度を取るのである。
今だってはたての言うことはちゃんと聞くに決まって……
「はたて先輩に命令される謂れはないです」
「あんた……相変わらず、先輩に対する礼儀がなってないわね」
――ってあれ?
「あの、はたて?」
「何よ?」
「はたてに対する椛の態度も、いつもこんな感じなんですか?」
「そうなのよ!なんでかこいつ、あんたと私にだけはこういう態度なのよね」
両手を上げて呆れたと言わんばかりのはたて。
その言葉を聞きながら、ちらりと椛の顔を伺う。
しかし、いつも通りの無表情は相変わらず何を考えているかわからなかった。
(なんだ、私に対してだけじゃなかったんですね)
ちょっとした安堵のような感情が起こる。
この椛の妙な態度は、何も私だけに限ったことではないのだと。
だけど、何故かそれと同時に、私の心の中で何かざわつくものがあった。
それが理解できなくて、意味もなく胸に手を当ててしまう。
今のは一体……
「ところで先輩方はどこに行くんですか?」
「取材よ、取材」
二人の会話が聞こえて、一旦思考を中断する。
「そうですか、また誰かの人生を破滅に導くつもりなんですね」
「私達は何を始めようとしてるのよ!?」
「あれですよね、こう電気とか使って相手を苦しませた挙句、話を聞いたら切って捨てるという」
「それ拷問だから!取材ってそんな恐い物じゃないから!」
「私、人を苦しませることには自信あるんです」
「なに自信満々に主張してんのよ!?」
「得意な道具は釘と、あと針です」
「キャラ違うから!あんた剣とか盾とか持っちゃってるから!そんな暗殺者みたいなイメージゼロだから!」
はたてから、文も何とか言いなさいよ、という言葉が飛んでくる。
私とて黙っているつもりはなかったのだけど、目の前で繰り広げられる様が私にとっては衝撃的で、うまく言葉が出なかった。
椛の言葉は普段私と話している時と変わらない。
私以外の相手とこんな風に話す椛は初めてで。
私が返すべき言葉が、全てはたてによって返されていて。
それがたぶん、ショックだった。
「ちょっと文……さっきから黙っちゃってどうしたのよ?」
はたてが私の顔を覗きこむように近づいてくる。
びっくりして動かした視線が、はたてをじっと見ている椛を見つけてしまって。
また、心の中に妙なざわつきが生まれた。
「……はたて」
「うん?」
「うざい……」
「えっ?」
「はたて、超うざいです」
何故かそんな言葉が私の口から飛び出していた。
自分で自分の言葉に驚きながらも、しかし瞳はしっかりとはたてを睨んでいる。
「ちょ、えっ?何、私が悪いの?」
「百パーセント、はたて先輩が悪いですね」
「椛には聞いてないわよ!」
「百パーセントはたてが悪いので、私に土下座してください」
「いやいや理不尽すぎるでしょ!?私が一体何をしたっていうのよ!?」
「生きていることが問題なんじゃないですかね?」
「だから椛には聞いてないから!っていうかあんたさっきから失礼すぎだから!」
私と椛の両方から責められて、はたては最終的に疲れたように「すいませんでした」と空中で土下座した。
再びちらりと椛の顔を伺うと、少しだけ口許を緩ませて笑っているように見える。
さきほどのやり取りと、その表情を見ただけで、心のざわめきが少し和らいだ気がした。
「全く、なんで私が土下座してるのよ……」
「はたて先輩の普段の行いが悪いからだと思いますよ」
「あんたには言われたくない!」
その様子に、クスクスと笑ってしまう私。
大丈夫、さっきまでの変な感覚はもうない。
そんなことよりさっさと取材に行かなければ、と思ったのだけど。
「あ、そういえば!」
と、唐突にはたてが叫んだ。
「椛、あんたこの前私の家に来たとき、妙な時計置いていったわよね?」
「ああ、あの『プレゼント』のことですか」
ぴく、とその言葉に私は反応した。
今、椛がプレゼントとか言わなかっただろうか。
「あんたね、あの時計深夜にいきなりうるさい音出したりするんだけど、嫌がらせのつもりなの?」
「いえ、はたて先輩をお慕いする私からの感謝を込めたプレゼントですよ」
「あんたが慕ってくれている記憶が全くないんだけど!?」
「記憶力、悪いんですね」
「そのセリフが既に私を舐めきってるじゃないの!」
はたてがムキー!と怒りを露わにしているのを見つめながら、私はまた押し黙っていた。
椛がはたてにプレゼント。
そんなもの、私はもらったことなんてない。
私は一度も椛にプレゼントなんてされたことはない。
心のざわめきが、また蘇ってきていた。
そしてその正体の一部が今の私にはわかった。
悔しかった。
椛がはたてにプレゼントをあげたということが悔しかった。
(でも、どうしてこんなに……)
慕ってくれていると思っていた後輩が、私にだけプレゼントをくれなかったから?
ライバル扱いされているはたてに、負けた気がするから?
何かが、違うような気がした。
「ああ、そうだ。文にあの時計あげるわよ」
「え……?」
はたてが私にそんな提案をしてくる。
なんでだろう、一層ざわめきが強くなっていくような……。
「ほら、あんた記事書きかけで力尽きて寝ちゃうことがあるって言ってたじゃない。あれ、不定期にしか鳴らないけどうるさいから絶対に起きれるわよ?」
どう、どう?と迫ってくるはたて。
何か、物凄い敗北感が私を襲ってきて。
その理由はよくわからないけど、だけどひとつ、これだけは言いたい。
言わないと、我慢できない。
「あの……はたて」
「あ、やっぱり欲しい?それなら今日の夜にでも――」
飽きもせずその話をするはたてを見て、私の中で何かが弾けた。
「超うざいんですけど!!ちょっと黙ってもらえませんかねぇ!?」
「えぇっ!?な、なんでいきなり怒るのよ!?」
「あぁ、もう、はたてうざい!本当にうざい!!」
「それについては同感です」
「いや、えっとごめん……って椛はさらりと会話に入ってこないでくれる!?」
その後、またも私達から責められたはたては、観念したように本日二度目の土下座をかました。
それでも私の中には、何かもやもやとした感情が残り続けていた。
今日の文先輩はどこか変な感じだな、と思っていた。
突然黙り込んだり、かと思えば不機嫌そうな顔をしたり。
スランプとかネタが見つからない時以外に、こんな文先輩を見るのは初めてのことだった。
きっと、はたて先輩のせいだろうと思う。
この人がどんな人かと聞かれると、うざい人です、と答えるしかない。
何がうざいって、文先輩に付き纏っているのがとてもうざい。
しかも勝手にライバルとか言い出してる辺りがもう信じられないくらいうざい。
最初の頃こそ礼儀正しくしていたものの、あまりのうざさに猫かぶっているのが嫌になった。
私の本性を知っているのは文先輩だけで十分なのに、この人にまで知られているのもまたうざい。
私の中でのはたて先輩の評価はそんなところだった。
「なんでこう土下座ばかり……ていうか文、あんたアポがあるんじゃなかったの?」
「アポ……あっ、そうでした!!」
アポ、あぁ取材のことかと納得する。
文先輩はあまりそういうのを気にしない人だと思っていたけど、今日は特別なのだろう。
「くっ、はたて!なんでもっと早く言ってくれないんですか!」
「あんたが土下座とかさせるからでしょうが!」
「仕方ない、とにかく最高速度で行きますよ」
「わかったけど、私を置いてかないでよね」
会話しながらも、二人は既に飛行体制に入っている。
取材となると、私は一緒に行けない。
はたて先輩のせいでほとんど文先輩と話せなかったのは残念だけど、今日は仕方ない……ん?
「ピ、ピピー!」
『わっ!?』
慌てていつも胸にぶら下げている笛を吹く私。
本当は緊急事態があった時以外にあまり使ってはいけないことになっているけど、今は緊急事態だから仕方ない。
だって今の会話、何かがおかしかった。
「こら椛、いきなり何なのよ!」
はたて先輩が私の行動に抗議の声を上げる。
抗議したいのはむしろこっちの方だ。
「あの、もしかしてお二人は一緒に取材に行くんですか?」
「そうよ!作戦名『ライバルの取材を取材作戦!』のためにね!」
「その名前かなり気に入ってるんですね……」
はたて先輩は私の質問にすぐさま頷いてきた。
文先輩が文句を言わない辺り、二人の間では既に納得していることなのだろう。
たまらず私は慌ててしまう。
「鴉天狗が同じ場所に取材なんて話は聞いたことがありません」
「まぁ、そうね。でも何事にも例外はあるじゃない?」
「いいんですか、その上の人に怒られたりとか」
「うっ……そこは確かに怖いんだけど、まぁ記者自体を取材する、っていう名目があればどうにかなるんじゃないかな」
食らいつこうとする私の言葉は次々とはたて先輩に打ち返されてしまう。
白狼天狗である私には鴉天狗のそういう微妙な決まりはわからないから、これ以上言葉が出てこない。
「すいません椛、そういうことですから見逃してくれませんか?」
ついには文先輩にまで、そんなことを言われてしまう。
違うんです、文先輩。
別に誰かに告げ口しようとか、そんなことを考えてるわけじゃないんです。
声にしたかったけど、この人の前では肝心なところで素直になれない私には言えるわけもなかった。
文先輩、私は取材に連れて行ってくれないじゃないですか。
どうしてはたて先輩はいいんですか。
……先輩は、私よりもはたて先輩の方が好き、なんですか?
ぐるぐると言葉だけが頭の中に浮かんで、でもそれが私の口から出てくることはない。
「椛……?」
文先輩が何も言わない私を心配そうに見ている。
きゅっ、と心が締め付けられた。
一緒に取材、私も行きたいです。
はたて先輩と二人きりなんて絶対だめです。
それじゃまるで、デートみたいじゃないですか……。
どれも心の中で声にするのが精一杯。
目の前にいる私の大好きな人には、決して届くはずもない。
「文、もういいから行くわよ!」
はたて先輩が文先輩の腕を取る。
その光景が、とても憎らしくて。
だから、私は思わずつぶやいた。
「はたて先輩、うざい……」
「え?」
「はたて先輩!超うざいですっ!!」
「え、ええええ!?」
結局呟きだけにとどめられず、叫んでしまっていた。
文先輩に言えないたくさんの言葉の代わりに、はたて先輩に恨みをぶつける。
こんなことをしたってどうにもならないのに。
悔しくて、俯きながらぎゅっと拳を握る。
「な、なんで私がうざいって話になるのよ!」
「いや、はたては相当うざいですよ?」
だけど、そんな私に文先輩が加勢してくれる。
顔を上げた私の前で、文先輩はにこっと笑っていた。
さっきのとはまた少し違う風に、心が締め付けられてしまう。
「はたてには自覚がないんですね」
「い、いやあんた達の認識がおかしいのよ!だって私は仲間内でも空気の読めるタイプだって言われてて……」
「先輩がいない所では陰口叩かれまくってますけどね」
「う、うそっ!?」
「うそです」
「あっさり認めた!?」
「まぁでもはたてがうざいのは宇宙の真理ですからね」
「私の規模ずいぶんでかいわねっ!」
いつの間にか、私は調子を取り戻していた。
いや、いつもより調子が良いかもしれない。
文先輩が私の味方になってくれているから。
「うぅ……私うざいんだ……そうなんだ……」
はたて先輩もさすがに落ち込んでいるようで、私はもう一度文先輩と視線を合わせて笑いあった。
本当は、はたて先輩と二人でなんて行かせたくないです。
文先輩の隣にいるのは、私だけであってほしいです。
でも、文先輩がそうして笑ってくれるから。
だから今日は、許してあげます。
「ところで先輩方、取材、行かなくていいんですか?」
色んな言葉を胸に秘めたまま、私は二人に聞いた。
その途端、二人があっ、と顔を見合わせる。
そんなところにまで嫉妬しそうになるのは、さすがに悪いだろうか。
「こ、これは完全に遅刻です!」
「どうすんのよ!?」
「いえ、大丈夫です。はたてのせいで遅れた、ということにしますので」
「ふざけるなー!!」
怒るはたて先輩を尻目に、文先輩はスピード全開で私の横を駆け抜けていった。
それを追うように、はたて先輩も駆けていく。
あの人は、自分が遅刻の原因にさせられるというのが本当にわかっているのだろうか。
まぁ、そういうどこか抜けたところがあるから、うざいうざいと言いつつも、嫌いになれずにいるのだけど。
嫌がらせに渡した時計をいまだに持っているあたりとかも含めて。
文先輩は、最後に目だけで私に挨拶をしてくれた。
それだけで、今の私には十分だ。
だから、最後に二つだけ、二人が消えていった朝の空に叫んでおくことにする。
大きく息を吸い込んで、まずは一つ目。
「はたて先輩!うざーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!」
あともう一つだけ。
もう一度、できる限り大きな声で。
「文先輩!だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいすき!!!!!!」
その声は、どこまでも続く空に吸い込まれていくようで。
文先輩まで届いて欲しいような、欲しくないような、そんな複雑な気持ちで。
けど、きっと、いつか必ずちゃんと届けたい。
輝く朝日に向かって、静かにそう決意した。
ただ、はたてへのフォローがあれば、さらに素敵な作品になったと思います。
一応×「宇宙の心理」○「宇宙の真理」だとおもいます。
恋敵に対してなら何言っても言い訳じゃないよね。
こんな椛じゃ応援出来ないな。
確かにはたての強引なところとかはうざいと私も感じましたし、はたてが全く悪くないとは言いませんが、
前作と比較するとはたてに攻撃が集中してはたてのみが悪者であり犠牲者となっているように見えてしまうために読後感がスッキリしません。
そしてそんな風に書かれてしまった両者が可哀想。
マイナス点が欲しいぐらい。