新聞記者にとってネタがないというのはそれはそれは致命的だ。
だけど、焦れば焦るほどネタは見つからない。
だから私は良くヤケ酒をする。
意図的にヤケ酒をするといいうのは、何か矛盾する気がするが、とにかく焦るよりも酒でも飲んでストレスを溜めないようにすることが大事だ。
少なくともそう、私、射命丸文は考えている。
そして現在、私は絶賛二日酔い中だった。
「う~……すごくだるいです……」
博麗神社での宴会の帰り道、まだ明け方の空を私は飛んでいた。
飛ぶと言っても、ふわふわと浮遊しているような状態だ。
鴉天狗がこれほどまでにのんびり飛んでいるところは、そうそうお目にかかれるものではないだろう。
もしも、私を見つけた人がいたなら、それこそまさに早起きは三文の得である。いや、徳だったか。
そんなこんなで、私は気怠い体で必死に空を進んでいた。
しかし、なんだかんだでもうすぐ私の家に着く。
帰ったら軽く水浴びでもして寝るとしよう。
そう考えていた時だった。
目の前から、見慣れた天狗が飛んできたのは。
「ピピー、ここから先は立ち入り禁止です」
私のすぐそばまで近づくと、そのまま停止して胸にぶらさげていた笛を吹く。
白狼天狗、犬走椛がそこにいた。
「あの、椛。私です、射命丸文です」
「おや、文先輩でしたか。どうしたんですか、ずいぶん顔が気持ち悪いですけど?」
「いきなり失礼な事言われてる!?」
「ああ、すいません間違えました。ずいぶん気持ち悪い顔、ですね」
「訂正できてないですよ!何を間違えたと思ったんですか!?」
犬走椛、まぁ私の後輩に位置するような天狗である。
もちろん鴉天狗と白狼天狗では与えられる役割が全然違うので、直属の後輩というわけでもないのだが。
「で、そのお顔がとてもお気持ち悪い文先輩は一体何をしているんですか?」
「わざとやってるんですね……」
この後輩、私のことを全く敬う気がないのである。
まだまだ若いものの、基本的に優秀で上司に対しての態度もバッチリなのだが、なぜか私に対してはまるで家畜でも見るかのような目を向け、ぞんざいな扱いしかしてくれない。
「私は宴会の帰りです」
「宴会?ああ、文先輩がいつも頭の中のお友達とやっているあの宴会ですか」
「何の話ですか!?私をちょっとアブナイ子みたいにしないでください!」
「あ、先輩には自覚がないんでしたね……」
「そんな同情っぽい目で見ないでくださいよ!えっ、本当にそうなのかな?とか思っちゃうじゃないですか!」
そういうネタは私ではなくアリスさんでやってほしい。
いや、あの人はどちらかと言えば友人は多い方だと思うけど。
「とにかく、私は疲れてるんです。通してもらえますね?」
「だめです」
「なぜ!?」
「さぁ?なんとなく?」
「なんで疑問形なんですか!そして、なんとなくで私の道を阻まないでください!」
「あ、そのセリフなんかカッコいいですね、中二病っぽくて」
「確実に馬鹿にしてますよね!?」
「私の道を阻まないでください!キリッ!」
「うざい!この後輩すごいうざい!!」
椛はいつもこんな風に私を小馬鹿にしてくるのだ。
決して嫌いというわけではないのだが、どうにも苦手である。
「はぁ……どうすれば通してくれるんですか?」
「あ、いいですね。その屈服した感じの表情、ドキドキします」
「ほんと嫌な人ですねあなたは!」
しかもドSっぽいというか、妙な趣向を持っているのもまた厄介なのである。
椛と話していて会話がまともに進んだことなど、今ままで一度もない。
「まぁ、私も鬼ではないですから。通してあげないこともないですけど」
「天狗ですもんね、椛」
「ふふ…………っていきなり何つまらないこと言ってるんですか、死んでください先輩」
「今ちょっと笑いましたよね!?絶対笑み押し殺しましたよね!?」
密かに笑った顔がかわいいと思ったのは内緒だ。
この子は私の前だと本当に無表情だからなぁ。
「文先輩がまた何か幻覚を見ていたことはさておき」
「誤魔化した上に私を妄想癖持ちにしないでもらえますかねぇ……」
「残念ながら、ここら辺は本当に立ち入り禁止なので、迂回してください」
「え、そうなんですか?それならもっと早く言ってくれればいいのに……」
「先輩が苦しむ姿があまりに可愛かったので」
「嬉しくない!可愛いって言われてるのに嬉しくない!!」
私は大きくため息をつくと、椛に言われた通り迂回することにした。
通行止めになっているのは、私の家の南側にあたる場所だ。
それならこのまま西に飛んで、南西辺りから向かえば文句はあるまい。
いくら低速飛行状態とは言え、そのくらいの距離はあっという間だ。
「って椛、なんでついてくるんですか?」
「いえ、偶然です。私の巡回ルートがこっちなので」
うさん臭い、というか百パーセント嘘だろうと思いつつも、そのまま椛と隣り合って飛翔する。
それによくよく考えると、椛が側にいるということは立ち入り禁止区域をすぐに教えてもらうことができるわけで。
むしろ助かるのかなぁ、などと気楽に考えていたのだが。
「立ち入り禁止です」
「えっ!」
さきほどの場所からは、かなり距離を取ったはずなのだが、立ち入り禁止と言われてしまった。
「まさか妖怪の山全域が立ち入り禁止なんですか?」
「いえ、この辺りだけですよ」
淡々と告げる椛。
確かに山全域が立ち入り禁止なんて大事なら、私にも何かしらの連絡が入ってるだろうし。
でも、それにしてはやけに禁止区域が広くないだろうか。
とにかく、考えていても仕方がない。
真っ直ぐ西へと飛んできたので、現在地からすれば私の家は北東方向にあることになる。
(もしかして、そもそも北に進めないんでしょうか)
そうであればそもそも家には帰れない。
試しにそこから北方向に飛んでみることにする。
すると、椛は特に注意することなく、私に追随してきた。
(ていうか最早ナチュラルに付いてきているんですけど……)
全くもって椛の行動は謎である。
そんなことを考えている間に、ちょうど私の家が南東方向に位置する辺りまでやってきた。
さすがにここからなら大丈夫だろう、そう思って再び進行方向を我が家に向けたのだが。
「立ち入り禁止です」
「ちょっ!どういうことですか!?」
おかしい、明らかにおかしい。
なんでこう、私の家に向かう方向ばかり立ち入り禁止に……。
「……椛、聞いてもいいですか?]
「はい、なんですか?」
「もしかしてとは思うんですが、私の家周辺が立ち入り禁止になったりしてます?」
「ええ、文先輩の家から半径五百メートル以内に誰一人もいれるなという命令を受けてます」
「なっ!一体どういうことですかそれは!」
思わず、椛の肩を強く掴んでしまう。
なぜ私の家中心に立ち入り禁止になっているのか。
昨日の夜までは全くそんな状況ではなかったのに。
「文先輩の家から、怪しげな粉が見つかったということで、現在家宅捜索中です」
「え……な、なに……粉?」
「あ、その狼狽した感じの顔たまりませんね、ドキドキします」
こんな時にまでドSぶりを発揮する椛。
私は状況が呑み込めず、完全に混乱していた。
「わ、私はそんな粉持ってませんよ!」
「そうなんですか?さきほど文先輩の家から白い粉が大量に入った袋が見つかったということですが」
「そんなっ!な、何かの間違いです!」
「いえ、間違いではありません」
「う、うそです……そんなはず……」
そんな危ないもの私は一度だって手に入れたことがない。
これは何かの間違いだ。
私は誰かにはめられたのだ!
「間違いではありません、だって置いたの私ですから」
「って椛がはめたのかよっ!!」
さすがの私も丁寧語がどこかに吹き飛んでしまった。
いやいや、さすがに犯人近くにいすぎでしょ。
「でも大丈夫です、ちゃんと袋に『砂糖』って大きな字で書いておきましたから」
「露骨に怪しくなってるじゃないですか!」
「いやでも中身は本当にただの砂糖ですよ?」
「そういう問題じゃないですから!確実に危ない薬だと思われちゃってますから!」
「まぁ何袋も書いている内に面倒になって、『S』って省略しちゃったんですけどね」
「完全にアウトですよねそれ!?」
「あと、近くにチューブとか注射器とか置いちゃいましたけど、まぁ大丈夫ですよね?」
「どう考えても駄目ですけど!?一体何の確認ですか!?私もう確実に犯罪者にされちゃってますよ!」
椛のあまりの行動に愕然とする私。
間違いなくあと数時間もすれば、私は天狗ポリスに捕まることになるだろう。
(ああ、まずい、頭がくらくらしてきました……)
二日酔いの体で無理して飛んで、おまけにこんな訳のわからない状況に巻き込まれて……
気が付けば、私の体は落下を始めていた。
まずい、と思いながらも体が言うことをきかない。
そのまま私は地面へと吸い込まれるように落下していく。
墜落までの工程が、なぜかやけにゆっくりと私の脳に伝達されていき――
「あぶないっ!」
しかし、私の体はぎりぎりのところで落ちなかった。
「文先輩!大丈夫ですかっ!?」
「……椛?」
憎たらしい後輩の声が聞こえるような気がする。
けれど、朦朧とした私の頭では彼女の姿を視界に捉えることはできない。
「まったくもう……ただの冗談だったのに……」
椛が何かをつぶやく。
私は無意識に聞き返していた。
「冗……談……?」
「大事な後輩も誘わず、勝手に宴会に行ってしまうような先輩に軽く仕返しをしただけです」
ぼんやりとした頭で椛の言葉を聞く。
いや、聞いたような気がしたけれど、残念ながら私の頭はもうそれを処理できるほど働いていなくて。
「もう一度……言ってください……椛……」
「はい?私は何も言ってませんよ。幻聴まで聞こえるなんて、文先輩は本当にアブナイ人ですね」
もう、自分が何を言ったのかもよくわからなかった。
椛が何か私を罵倒するような言葉をかけてきたような気がしたけどそれもわからない。
「……おやすみなさい、文先輩」
だけど、椛のその言葉だけはちゃんと聞き取れて。
私が今、椛の背中におぶさっているというのもちゃんとわかって。
なんだか私はとても安心した気持ちになって、そのままゆっくりと意識を手放してしまうのだった。
その翌日、私は自分の部屋のベッドで心地よい目覚めを味わっていた。
「うぅ……くぅ~……!」
ベッドから体を起こして、ぐっと全身を伸ばす。
そのまま体に捻りを加えると、ぽきぽきと骨が鳴る音が聞こえる。
「あいたたたた……」
訂正、あまり心地よい目覚めというわけでもなかった。
ともあれ体調は回復しているようでよかった。
気持ち悪さも、体のだるさも一切ない。
と、そこで私の脳裏に昨日の出来事が蘇ってきた。
何か椛と一悶着起こしていたような。
そうだ、彼女のせいで私は散々な目に――
「ってあれ?もしかして椛が私を家まで運んでくれた?」
あの時、確か私は気を失ってしまったはずだ。
直前の記憶はほとんどないけど、椛の背に乗っていたことはなんとなく覚えている。
落下寸前で私を助けてくれて、それからわざわざここまで運んでくれたのか。
ふと机を見てみると、何やら紙が一枚中央に置かれているのが目に留まった。
椛の書置きかな、と思いつつ手に取ってみる。
『送迎代 お饅頭五箱』
「請求書!?」
何の変哲もないただの紙に、おそらく椛の物と思われる筆跡でそんなことが書かれていた。
すぐにこんな物は破り捨ててしまおうと思って、くしゃくしゃと手の中で丸めてしまう。
しかしごみ箱に投げ入れる直前で、振り上げた腕がぴたり、と止まった。
(……たまには、二人でお饅頭食べるのもいいかもしれませんね)
丸めてしまった紙を広げて、一度綺麗に広げなおした後、丁寧に折りたたんで机の上に置いた。
着替えをすませたら、ポケットにでも入れておこうと思う。
取材ついでに人里でお饅頭を買っていけば椛も文句はあるまい。
わずか数百メートルの距離を送り届けてもらっただけでお饅頭五箱。
普通なら、怒ってしまうところだろうけど。
なぜか今の私の顔からは笑みが消えてくれないのだった。
それから軽く水浴びをして、体を洗い流してやる。
朝から浴びる水は少々冷たかったものの、どちらかと言えば私の体はそれを歓迎しているようだ。
それから体をふいて、着替えをテキパキと済ませると、私は一度自分の机に向かった。
今日から、再びネタ探し再開である。
なんだかんだとあったものの、一応休息は取れた。
いつまでも休んでいては、新聞記者として終わりである。
「え~と、今日はここと、あとここ、それからここにも行きたいですねぇ」
幻想郷の地図を広げて、自分の行く場所に目星をつける。
特に何かアテがあるわけではないので、こればかりは自分の勘が頼りだ。
その作業を五分ほどで終わらせると、ペンとネタ帳、それから自慢のカメラを首からぶら下げて準備は完了だ。
「さぁ、行きましょうか!ネタが私を待っている!」
そう叫んで勢いよく扉を開き、空へと羽ばたこうとして。
「ってうわぁ!?」
「っ!」
しかし、扉を開けた先にいた人物によって、私はたたらを踏んで立ち止まることになった。
私が顔を上げて、相手を確認すると、よく見知った犬耳と尻尾が視界に入った。
「あぁ、椛でしたか」
私の後輩が、仏頂面でそこに立っていた。
「どうも文先輩、とても安らかな顔をしてますね。そろそろ死ぬんですかね?」
「なぜあなたは開口一番ドS発言なんですか……」
あまりにいつも通りの対応になんだかがっくりと来る。
せっかく人が感謝の気持ちを抱いていたというのに。
「で、妄想変態犯罪者の文先輩はどこに行くつもりなんですか?」
「妄想癖はないですし、変態ではありませんし、犯罪者に仕立て上げたのはあなたですからね?」
「……では、クソ鴉の文先輩はどこに行くんですか?」
「椛はそろそろ先輩という言葉の意味を辞書で調べてもらえませんかねぇ!?」
クソ鴉はないだろう、クソ鴉は。
しかし、ここで椛のペースに飲まれるといつもの通りなので、私は一度深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「あのですね、椛」
「はい?」
「昨日はありがとうございました」
「なんのことですか?」
「私を家まで送ってくれたじゃないですか」
「ああ、そのことですか。気にしないでください。いじり甲斐の無くなった文先輩に興味を無くしただけなので」
この後輩は本当に素直に感謝を受け取ってくれない。
まぁそれはなんとなくわかっていたことなので、私も苦笑で受け答えた。
「で、先輩はどこに行くつもりなんですか?」
「今日から取材を再開するんです、このままサボっているのはまずいので」
「ああ、他人の面白い様を取材して、その人を精神的に追い詰めるお仕事をしにいくんですね。頑張ってください」
「聞こえの悪い言い方はやめてくれません!?」
「私もお仕事手伝ってみたいんです、楽しそうですよね取材って」
「可愛く言っても駄目ですから!あなたの楽しみは絶対歪んでますから!」
椛がさらに可愛らしく頬を膨らませたものの、私は断固拒否だ。
可愛いけど、可愛いけど、断固拒否。
この子が取材に着いてきたら、相手の精神はもちろんとして、私の精神もやばい。
「そういえば椛はなぜ私の家に?」
「例の粉を回収に来ました」
「ほんとに置いてたんですか!」
「ええ、砂糖を10㎏ほど」
「なんで家に砂糖がそんなに保管されてるんですか!?」
「先輩の家が黒アリで埋め尽くされる様を想像したらドキドキしちゃって、てへ」
「何可愛らしく舌を出してるんですか!さっきからやけに姑息ですけど、私は許しませんからね!?」
この子は何か自分の新しい武器をこの短期間の間に見つけたらしい。
「で、本当はどうして家に?」
「請求した品物を、受け取ろうと思いまして」
ああ、請求書のことか、とすぐに理解する。
私は胸ポケットから、綺麗に畳まれているのにやけにくしゃくしゃな一枚の紙を取り出した。
「ああ、それです。もう用意できてますか?」
「えと、すいません、私は今起きたばかりなので……取材の帰りにでも買おうかと思ったんですけど」
「じゃあそれでいいです。また後ほど受け取りに来ます」
「そうですか。あ、せっかくですから一緒に食べませんか?」
どうせ、何か毒舌か飛び出すに違いない。
犯罪者とは一緒に食べたくありません、とか。
そんな反応を予想していたものの、しかし椛の反応は私の考えと大いに食い違っていた。
まるで、何か不可思議ものを見つけたかのようにぽかん、とした顔でこちらを見ている。
普段の椛らしからぬ表情に、私の方まで若干呆けてしまいそうになる。
「椛?どうかしましたか、椛?」
「……いえ……なんでも…………すいません、文先輩。もう一回言ってくれませんか?」
「へ?……あぁいや、だから一緒にお饅頭食べませんか、と」
「……一緒に……お饅頭……私と?」
「ええ、ここには椛以外に誰もいないですしね」
「…………」
茫然とした表情の椛が私の目の前にいる。
何か変なことを言っただろうかという心配と同時に、椛のそんな珍しい顔が面白くて。
私は思わず笑ってしまっていた。
「…………人の顔を見て笑わないでくれますか?」
「す、すいません。でも、今の椛、なんかすごい面白くて」
「……不愉快です」
つん、とそっぽを向く椛。
今日の椛は本当にどうしたのだろうというくらい色々な表情を見せてくれる。
「まぁとにかくそういうことですから考えておいてくださいね」
未だにどこかぼ~っとした感じの椛をその場に残して、私は空へと飛び上がろうとした。
この話は、またお饅頭を渡すときにでもすればいいだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください文先輩」
上空へと舞い上がり、いざ進行、というところで、下から椛の声がかかる。
椛は慌てたようにこちらに向かって飛翔してくる。
「はぁはぁ、どうせ先輩の絶望的なセンスではネタを見つけることはできないですよ」
「……わざわざそれを言いに来たんですか?」
この子はどこまで毒舌家なのか、と思ってしまう。
「紅魔館か、あるいは博麗神社です」
「え?」
「千里眼で見る限り、面白いことが起きていそうな場所ですよ」
千里眼、それは椛の持つ能力で、文字通り千里先をも見通す能力のことだ。
それを使って、私にスクープのありそうな場所を教えてくれた?
これもまた、普段の椛からは考えられない行動だった。
「ありがとうございます、椛!」
「近づかないでください、犯罪菌がうつっちゃいます」
「小学生レベルの発言はやめません!?」
せっかくの感謝の言葉も、こうしてスルーされてしまう。
やっぱり、普段通りの椛なのだろうか。
「ほんとにもう……椛はどうしてそう私にだけ厳しいんですか……」
それは独り言のつもりだった。
別に椛に答えを期待したわけではない。
どうせ、いじりがいがある、とか言われるだけなのだろうし。
「紅魔館のメイド長……」
だけど、椛からそんな呟きが返ってきた。
「文先輩、ちょっと前に紅魔館のメイド長と門番の熱愛疑惑、という記事を書いてましたよね?」
「え……確かに書いた覚えはありますけど」
それはもう数か月前の話だっただろうか。
色々あって、私はメイド長のあるスクープを握りつぶした代わりに、そのネタを記事にして幻想郷にばら撒いた。
おかげで、レミリアさんからはちょっと睨まれていたりするのだけど……。
ちょっと待て、私の書いた記事を椛が読んでくれているということ?
そんな話、一度もしてくれたことないのに。
「好きな相手だからこそ虐めたくなる、そんな内容でした」
私の混乱を気にも留めず、椛は言葉を続ける。
何故か、少しだけ恥ずかしそうにうつむきながら。
「ねぇ、文先輩」
その俯いていた顔を上げて、私としっかり視線を合わせる。
その赤らんだ顔は、今まで見たどんな椛の表情よりも可愛くて。
「そういう女の子、幻想郷には割と多いんだと思いますよ」
と、そんなことを言い残して。
椛は鴉天狗にも負けないほどのスピードで、向こうの空へと消えて行ってしまった。
後にはただ、茫然と空に浮かぶ私だけが残されるのだった。
(……えっと、紅魔館のメイド長が虐めたくなるから幻想郷には割と多くて……いや違くてえっと……)
何度も何度も思考して、椛が何を言っていたのかを整理する。
だけど、椛の可愛い顔を思い出す度に、心臓がドキドキしてしまって。
二日酔いは完全に治っているはずなのに、私の頭はまるで働いてくれなくて。
そうして、ようやく私が椛の言葉の意味を理解したとき。
私はもう顔を真っ赤にしてしまった。
だから結局その日も、私は取材に行くことはできそうになくて。
それでも、お饅頭だけは絶対に買っておこう、と心に誓うのであった。
だけど、焦れば焦るほどネタは見つからない。
だから私は良くヤケ酒をする。
意図的にヤケ酒をするといいうのは、何か矛盾する気がするが、とにかく焦るよりも酒でも飲んでストレスを溜めないようにすることが大事だ。
少なくともそう、私、射命丸文は考えている。
そして現在、私は絶賛二日酔い中だった。
「う~……すごくだるいです……」
博麗神社での宴会の帰り道、まだ明け方の空を私は飛んでいた。
飛ぶと言っても、ふわふわと浮遊しているような状態だ。
鴉天狗がこれほどまでにのんびり飛んでいるところは、そうそうお目にかかれるものではないだろう。
もしも、私を見つけた人がいたなら、それこそまさに早起きは三文の得である。いや、徳だったか。
そんなこんなで、私は気怠い体で必死に空を進んでいた。
しかし、なんだかんだでもうすぐ私の家に着く。
帰ったら軽く水浴びでもして寝るとしよう。
そう考えていた時だった。
目の前から、見慣れた天狗が飛んできたのは。
「ピピー、ここから先は立ち入り禁止です」
私のすぐそばまで近づくと、そのまま停止して胸にぶらさげていた笛を吹く。
白狼天狗、犬走椛がそこにいた。
「あの、椛。私です、射命丸文です」
「おや、文先輩でしたか。どうしたんですか、ずいぶん顔が気持ち悪いですけど?」
「いきなり失礼な事言われてる!?」
「ああ、すいません間違えました。ずいぶん気持ち悪い顔、ですね」
「訂正できてないですよ!何を間違えたと思ったんですか!?」
犬走椛、まぁ私の後輩に位置するような天狗である。
もちろん鴉天狗と白狼天狗では与えられる役割が全然違うので、直属の後輩というわけでもないのだが。
「で、そのお顔がとてもお気持ち悪い文先輩は一体何をしているんですか?」
「わざとやってるんですね……」
この後輩、私のことを全く敬う気がないのである。
まだまだ若いものの、基本的に優秀で上司に対しての態度もバッチリなのだが、なぜか私に対してはまるで家畜でも見るかのような目を向け、ぞんざいな扱いしかしてくれない。
「私は宴会の帰りです」
「宴会?ああ、文先輩がいつも頭の中のお友達とやっているあの宴会ですか」
「何の話ですか!?私をちょっとアブナイ子みたいにしないでください!」
「あ、先輩には自覚がないんでしたね……」
「そんな同情っぽい目で見ないでくださいよ!えっ、本当にそうなのかな?とか思っちゃうじゃないですか!」
そういうネタは私ではなくアリスさんでやってほしい。
いや、あの人はどちらかと言えば友人は多い方だと思うけど。
「とにかく、私は疲れてるんです。通してもらえますね?」
「だめです」
「なぜ!?」
「さぁ?なんとなく?」
「なんで疑問形なんですか!そして、なんとなくで私の道を阻まないでください!」
「あ、そのセリフなんかカッコいいですね、中二病っぽくて」
「確実に馬鹿にしてますよね!?」
「私の道を阻まないでください!キリッ!」
「うざい!この後輩すごいうざい!!」
椛はいつもこんな風に私を小馬鹿にしてくるのだ。
決して嫌いというわけではないのだが、どうにも苦手である。
「はぁ……どうすれば通してくれるんですか?」
「あ、いいですね。その屈服した感じの表情、ドキドキします」
「ほんと嫌な人ですねあなたは!」
しかもドSっぽいというか、妙な趣向を持っているのもまた厄介なのである。
椛と話していて会話がまともに進んだことなど、今ままで一度もない。
「まぁ、私も鬼ではないですから。通してあげないこともないですけど」
「天狗ですもんね、椛」
「ふふ…………っていきなり何つまらないこと言ってるんですか、死んでください先輩」
「今ちょっと笑いましたよね!?絶対笑み押し殺しましたよね!?」
密かに笑った顔がかわいいと思ったのは内緒だ。
この子は私の前だと本当に無表情だからなぁ。
「文先輩がまた何か幻覚を見ていたことはさておき」
「誤魔化した上に私を妄想癖持ちにしないでもらえますかねぇ……」
「残念ながら、ここら辺は本当に立ち入り禁止なので、迂回してください」
「え、そうなんですか?それならもっと早く言ってくれればいいのに……」
「先輩が苦しむ姿があまりに可愛かったので」
「嬉しくない!可愛いって言われてるのに嬉しくない!!」
私は大きくため息をつくと、椛に言われた通り迂回することにした。
通行止めになっているのは、私の家の南側にあたる場所だ。
それならこのまま西に飛んで、南西辺りから向かえば文句はあるまい。
いくら低速飛行状態とは言え、そのくらいの距離はあっという間だ。
「って椛、なんでついてくるんですか?」
「いえ、偶然です。私の巡回ルートがこっちなので」
うさん臭い、というか百パーセント嘘だろうと思いつつも、そのまま椛と隣り合って飛翔する。
それによくよく考えると、椛が側にいるということは立ち入り禁止区域をすぐに教えてもらうことができるわけで。
むしろ助かるのかなぁ、などと気楽に考えていたのだが。
「立ち入り禁止です」
「えっ!」
さきほどの場所からは、かなり距離を取ったはずなのだが、立ち入り禁止と言われてしまった。
「まさか妖怪の山全域が立ち入り禁止なんですか?」
「いえ、この辺りだけですよ」
淡々と告げる椛。
確かに山全域が立ち入り禁止なんて大事なら、私にも何かしらの連絡が入ってるだろうし。
でも、それにしてはやけに禁止区域が広くないだろうか。
とにかく、考えていても仕方がない。
真っ直ぐ西へと飛んできたので、現在地からすれば私の家は北東方向にあることになる。
(もしかして、そもそも北に進めないんでしょうか)
そうであればそもそも家には帰れない。
試しにそこから北方向に飛んでみることにする。
すると、椛は特に注意することなく、私に追随してきた。
(ていうか最早ナチュラルに付いてきているんですけど……)
全くもって椛の行動は謎である。
そんなことを考えている間に、ちょうど私の家が南東方向に位置する辺りまでやってきた。
さすがにここからなら大丈夫だろう、そう思って再び進行方向を我が家に向けたのだが。
「立ち入り禁止です」
「ちょっ!どういうことですか!?」
おかしい、明らかにおかしい。
なんでこう、私の家に向かう方向ばかり立ち入り禁止に……。
「……椛、聞いてもいいですか?]
「はい、なんですか?」
「もしかしてとは思うんですが、私の家周辺が立ち入り禁止になったりしてます?」
「ええ、文先輩の家から半径五百メートル以内に誰一人もいれるなという命令を受けてます」
「なっ!一体どういうことですかそれは!」
思わず、椛の肩を強く掴んでしまう。
なぜ私の家中心に立ち入り禁止になっているのか。
昨日の夜までは全くそんな状況ではなかったのに。
「文先輩の家から、怪しげな粉が見つかったということで、現在家宅捜索中です」
「え……な、なに……粉?」
「あ、その狼狽した感じの顔たまりませんね、ドキドキします」
こんな時にまでドSぶりを発揮する椛。
私は状況が呑み込めず、完全に混乱していた。
「わ、私はそんな粉持ってませんよ!」
「そうなんですか?さきほど文先輩の家から白い粉が大量に入った袋が見つかったということですが」
「そんなっ!な、何かの間違いです!」
「いえ、間違いではありません」
「う、うそです……そんなはず……」
そんな危ないもの私は一度だって手に入れたことがない。
これは何かの間違いだ。
私は誰かにはめられたのだ!
「間違いではありません、だって置いたの私ですから」
「って椛がはめたのかよっ!!」
さすがの私も丁寧語がどこかに吹き飛んでしまった。
いやいや、さすがに犯人近くにいすぎでしょ。
「でも大丈夫です、ちゃんと袋に『砂糖』って大きな字で書いておきましたから」
「露骨に怪しくなってるじゃないですか!」
「いやでも中身は本当にただの砂糖ですよ?」
「そういう問題じゃないですから!確実に危ない薬だと思われちゃってますから!」
「まぁ何袋も書いている内に面倒になって、『S』って省略しちゃったんですけどね」
「完全にアウトですよねそれ!?」
「あと、近くにチューブとか注射器とか置いちゃいましたけど、まぁ大丈夫ですよね?」
「どう考えても駄目ですけど!?一体何の確認ですか!?私もう確実に犯罪者にされちゃってますよ!」
椛のあまりの行動に愕然とする私。
間違いなくあと数時間もすれば、私は天狗ポリスに捕まることになるだろう。
(ああ、まずい、頭がくらくらしてきました……)
二日酔いの体で無理して飛んで、おまけにこんな訳のわからない状況に巻き込まれて……
気が付けば、私の体は落下を始めていた。
まずい、と思いながらも体が言うことをきかない。
そのまま私は地面へと吸い込まれるように落下していく。
墜落までの工程が、なぜかやけにゆっくりと私の脳に伝達されていき――
「あぶないっ!」
しかし、私の体はぎりぎりのところで落ちなかった。
「文先輩!大丈夫ですかっ!?」
「……椛?」
憎たらしい後輩の声が聞こえるような気がする。
けれど、朦朧とした私の頭では彼女の姿を視界に捉えることはできない。
「まったくもう……ただの冗談だったのに……」
椛が何かをつぶやく。
私は無意識に聞き返していた。
「冗……談……?」
「大事な後輩も誘わず、勝手に宴会に行ってしまうような先輩に軽く仕返しをしただけです」
ぼんやりとした頭で椛の言葉を聞く。
いや、聞いたような気がしたけれど、残念ながら私の頭はもうそれを処理できるほど働いていなくて。
「もう一度……言ってください……椛……」
「はい?私は何も言ってませんよ。幻聴まで聞こえるなんて、文先輩は本当にアブナイ人ですね」
もう、自分が何を言ったのかもよくわからなかった。
椛が何か私を罵倒するような言葉をかけてきたような気がしたけどそれもわからない。
「……おやすみなさい、文先輩」
だけど、椛のその言葉だけはちゃんと聞き取れて。
私が今、椛の背中におぶさっているというのもちゃんとわかって。
なんだか私はとても安心した気持ちになって、そのままゆっくりと意識を手放してしまうのだった。
その翌日、私は自分の部屋のベッドで心地よい目覚めを味わっていた。
「うぅ……くぅ~……!」
ベッドから体を起こして、ぐっと全身を伸ばす。
そのまま体に捻りを加えると、ぽきぽきと骨が鳴る音が聞こえる。
「あいたたたた……」
訂正、あまり心地よい目覚めというわけでもなかった。
ともあれ体調は回復しているようでよかった。
気持ち悪さも、体のだるさも一切ない。
と、そこで私の脳裏に昨日の出来事が蘇ってきた。
何か椛と一悶着起こしていたような。
そうだ、彼女のせいで私は散々な目に――
「ってあれ?もしかして椛が私を家まで運んでくれた?」
あの時、確か私は気を失ってしまったはずだ。
直前の記憶はほとんどないけど、椛の背に乗っていたことはなんとなく覚えている。
落下寸前で私を助けてくれて、それからわざわざここまで運んでくれたのか。
ふと机を見てみると、何やら紙が一枚中央に置かれているのが目に留まった。
椛の書置きかな、と思いつつ手に取ってみる。
『送迎代 お饅頭五箱』
「請求書!?」
何の変哲もないただの紙に、おそらく椛の物と思われる筆跡でそんなことが書かれていた。
すぐにこんな物は破り捨ててしまおうと思って、くしゃくしゃと手の中で丸めてしまう。
しかしごみ箱に投げ入れる直前で、振り上げた腕がぴたり、と止まった。
(……たまには、二人でお饅頭食べるのもいいかもしれませんね)
丸めてしまった紙を広げて、一度綺麗に広げなおした後、丁寧に折りたたんで机の上に置いた。
着替えをすませたら、ポケットにでも入れておこうと思う。
取材ついでに人里でお饅頭を買っていけば椛も文句はあるまい。
わずか数百メートルの距離を送り届けてもらっただけでお饅頭五箱。
普通なら、怒ってしまうところだろうけど。
なぜか今の私の顔からは笑みが消えてくれないのだった。
それから軽く水浴びをして、体を洗い流してやる。
朝から浴びる水は少々冷たかったものの、どちらかと言えば私の体はそれを歓迎しているようだ。
それから体をふいて、着替えをテキパキと済ませると、私は一度自分の机に向かった。
今日から、再びネタ探し再開である。
なんだかんだとあったものの、一応休息は取れた。
いつまでも休んでいては、新聞記者として終わりである。
「え~と、今日はここと、あとここ、それからここにも行きたいですねぇ」
幻想郷の地図を広げて、自分の行く場所に目星をつける。
特に何かアテがあるわけではないので、こればかりは自分の勘が頼りだ。
その作業を五分ほどで終わらせると、ペンとネタ帳、それから自慢のカメラを首からぶら下げて準備は完了だ。
「さぁ、行きましょうか!ネタが私を待っている!」
そう叫んで勢いよく扉を開き、空へと羽ばたこうとして。
「ってうわぁ!?」
「っ!」
しかし、扉を開けた先にいた人物によって、私はたたらを踏んで立ち止まることになった。
私が顔を上げて、相手を確認すると、よく見知った犬耳と尻尾が視界に入った。
「あぁ、椛でしたか」
私の後輩が、仏頂面でそこに立っていた。
「どうも文先輩、とても安らかな顔をしてますね。そろそろ死ぬんですかね?」
「なぜあなたは開口一番ドS発言なんですか……」
あまりにいつも通りの対応になんだかがっくりと来る。
せっかく人が感謝の気持ちを抱いていたというのに。
「で、妄想変態犯罪者の文先輩はどこに行くつもりなんですか?」
「妄想癖はないですし、変態ではありませんし、犯罪者に仕立て上げたのはあなたですからね?」
「……では、クソ鴉の文先輩はどこに行くんですか?」
「椛はそろそろ先輩という言葉の意味を辞書で調べてもらえませんかねぇ!?」
クソ鴉はないだろう、クソ鴉は。
しかし、ここで椛のペースに飲まれるといつもの通りなので、私は一度深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「あのですね、椛」
「はい?」
「昨日はありがとうございました」
「なんのことですか?」
「私を家まで送ってくれたじゃないですか」
「ああ、そのことですか。気にしないでください。いじり甲斐の無くなった文先輩に興味を無くしただけなので」
この後輩は本当に素直に感謝を受け取ってくれない。
まぁそれはなんとなくわかっていたことなので、私も苦笑で受け答えた。
「で、先輩はどこに行くつもりなんですか?」
「今日から取材を再開するんです、このままサボっているのはまずいので」
「ああ、他人の面白い様を取材して、その人を精神的に追い詰めるお仕事をしにいくんですね。頑張ってください」
「聞こえの悪い言い方はやめてくれません!?」
「私もお仕事手伝ってみたいんです、楽しそうですよね取材って」
「可愛く言っても駄目ですから!あなたの楽しみは絶対歪んでますから!」
椛がさらに可愛らしく頬を膨らませたものの、私は断固拒否だ。
可愛いけど、可愛いけど、断固拒否。
この子が取材に着いてきたら、相手の精神はもちろんとして、私の精神もやばい。
「そういえば椛はなぜ私の家に?」
「例の粉を回収に来ました」
「ほんとに置いてたんですか!」
「ええ、砂糖を10㎏ほど」
「なんで家に砂糖がそんなに保管されてるんですか!?」
「先輩の家が黒アリで埋め尽くされる様を想像したらドキドキしちゃって、てへ」
「何可愛らしく舌を出してるんですか!さっきからやけに姑息ですけど、私は許しませんからね!?」
この子は何か自分の新しい武器をこの短期間の間に見つけたらしい。
「で、本当はどうして家に?」
「請求した品物を、受け取ろうと思いまして」
ああ、請求書のことか、とすぐに理解する。
私は胸ポケットから、綺麗に畳まれているのにやけにくしゃくしゃな一枚の紙を取り出した。
「ああ、それです。もう用意できてますか?」
「えと、すいません、私は今起きたばかりなので……取材の帰りにでも買おうかと思ったんですけど」
「じゃあそれでいいです。また後ほど受け取りに来ます」
「そうですか。あ、せっかくですから一緒に食べませんか?」
どうせ、何か毒舌か飛び出すに違いない。
犯罪者とは一緒に食べたくありません、とか。
そんな反応を予想していたものの、しかし椛の反応は私の考えと大いに食い違っていた。
まるで、何か不可思議ものを見つけたかのようにぽかん、とした顔でこちらを見ている。
普段の椛らしからぬ表情に、私の方まで若干呆けてしまいそうになる。
「椛?どうかしましたか、椛?」
「……いえ……なんでも…………すいません、文先輩。もう一回言ってくれませんか?」
「へ?……あぁいや、だから一緒にお饅頭食べませんか、と」
「……一緒に……お饅頭……私と?」
「ええ、ここには椛以外に誰もいないですしね」
「…………」
茫然とした表情の椛が私の目の前にいる。
何か変なことを言っただろうかという心配と同時に、椛のそんな珍しい顔が面白くて。
私は思わず笑ってしまっていた。
「…………人の顔を見て笑わないでくれますか?」
「す、すいません。でも、今の椛、なんかすごい面白くて」
「……不愉快です」
つん、とそっぽを向く椛。
今日の椛は本当にどうしたのだろうというくらい色々な表情を見せてくれる。
「まぁとにかくそういうことですから考えておいてくださいね」
未だにどこかぼ~っとした感じの椛をその場に残して、私は空へと飛び上がろうとした。
この話は、またお饅頭を渡すときにでもすればいいだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください文先輩」
上空へと舞い上がり、いざ進行、というところで、下から椛の声がかかる。
椛は慌てたようにこちらに向かって飛翔してくる。
「はぁはぁ、どうせ先輩の絶望的なセンスではネタを見つけることはできないですよ」
「……わざわざそれを言いに来たんですか?」
この子はどこまで毒舌家なのか、と思ってしまう。
「紅魔館か、あるいは博麗神社です」
「え?」
「千里眼で見る限り、面白いことが起きていそうな場所ですよ」
千里眼、それは椛の持つ能力で、文字通り千里先をも見通す能力のことだ。
それを使って、私にスクープのありそうな場所を教えてくれた?
これもまた、普段の椛からは考えられない行動だった。
「ありがとうございます、椛!」
「近づかないでください、犯罪菌がうつっちゃいます」
「小学生レベルの発言はやめません!?」
せっかくの感謝の言葉も、こうしてスルーされてしまう。
やっぱり、普段通りの椛なのだろうか。
「ほんとにもう……椛はどうしてそう私にだけ厳しいんですか……」
それは独り言のつもりだった。
別に椛に答えを期待したわけではない。
どうせ、いじりがいがある、とか言われるだけなのだろうし。
「紅魔館のメイド長……」
だけど、椛からそんな呟きが返ってきた。
「文先輩、ちょっと前に紅魔館のメイド長と門番の熱愛疑惑、という記事を書いてましたよね?」
「え……確かに書いた覚えはありますけど」
それはもう数か月前の話だっただろうか。
色々あって、私はメイド長のあるスクープを握りつぶした代わりに、そのネタを記事にして幻想郷にばら撒いた。
おかげで、レミリアさんからはちょっと睨まれていたりするのだけど……。
ちょっと待て、私の書いた記事を椛が読んでくれているということ?
そんな話、一度もしてくれたことないのに。
「好きな相手だからこそ虐めたくなる、そんな内容でした」
私の混乱を気にも留めず、椛は言葉を続ける。
何故か、少しだけ恥ずかしそうにうつむきながら。
「ねぇ、文先輩」
その俯いていた顔を上げて、私としっかり視線を合わせる。
その赤らんだ顔は、今まで見たどんな椛の表情よりも可愛くて。
「そういう女の子、幻想郷には割と多いんだと思いますよ」
と、そんなことを言い残して。
椛は鴉天狗にも負けないほどのスピードで、向こうの空へと消えて行ってしまった。
後にはただ、茫然と空に浮かぶ私だけが残されるのだった。
(……えっと、紅魔館のメイド長が虐めたくなるから幻想郷には割と多くて……いや違くてえっと……)
何度も何度も思考して、椛が何を言っていたのかを整理する。
だけど、椛の可愛い顔を思い出す度に、心臓がドキドキしてしまって。
二日酔いは完全に治っているはずなのに、私の頭はまるで働いてくれなくて。
そうして、ようやく私が椛の言葉の意味を理解したとき。
私はもう顔を真っ赤にしてしまった。
だから結局その日も、私は取材に行くことはできそうになくて。
それでも、お饅頭だけは絶対に買っておこう、と心に誓うのであった。
この作品の場合は文と椛の関係性や性格付けですね。は、ある意味王道ですよね。
お話の流れや二人の会話もテンプレっちゃテンプレ。ラストもこちらの想像の範囲を外れるものではなかった。
いかんな、まるで誰かさんの性格がうつってしまったかのようなコメントだ。
だってこの椛めちゃくちゃ可愛いんだもの! おもくそ俺好みなんだもの!
くそぅ、文が妬ましくてならん。鴉天狗下駄脱げろ。
とにかくがっちりハマッた。大好きです、この物語。
って小学生か!? でも可愛いから良し
椛も真面目だし案外当てはまりそう
デレ後の饅頭おやつ会イベントはまだですか!w
こんな可愛い後輩が欲しくなってしまいます。
椛のいじらしさに萌え死にそう!
あややが羨ましいぜ!